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2006年1月の31件の記事

2006年1月31日 (火)

eビジネスが始まって8年

 eビジネスとはIT(インターネットを含む情報処理技術全般)を利用したビジネスのこと。 IBMの造語。

 従来のビジネスに対して、インターネットと言う新しい手段を使うビジネスを色分けするためにできた言葉。1999年頃から流行語となったが、2004年には誰も言わなくなった。eビジネスがごく一般的になり、わざわざ使い分ける必要がなくなった・・というのが、業界人的な分析だが、実際はさすがに使うのが恥ずかしくなったのだろう。

 eビジネスが謳われて7年が過ぎたが、未だにインターネットを使っていないビジネスのほうが圧倒的に多いし、eビジネスをしているけれど、実際にはインターネットの住人ではない人が取り仕切っていて、インターネットユーザーに受け入れられていないビジネスも多い。

 インターネットの住人というと、新興ベンチャーを想起する人がいるかと思うが、住人はどこの企業にもいる。住人というのはユーザーのことであり、インターネット業界に精通している人ではない。キーマンという言葉を使う人は後者と思ってまちがいない。

 e ビジネスは次の2つの総称。
BI=Business Intelligence
EC=Electronic Commerce
 社内の仕組みの改善がBI、対外的な商売がECである。

eビジネスの進め方
しらべるの造語一覧

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2006年1月30日 (月)

広島

 東京の人に聞くと、広島は修学旅行で行く学校が多いようだ。
 広島まで行ったことがある。でも広島から下は行ったことがないという。
 九州の人は東北のことを「東京の上」というが、東京の人に「広島より下」と言われると、その日本語は適切なのかと思う。

 仕事以外では初めて訪れた広島。
 飛行場がかなり広島から東にあった。

 レンタカー会社の人に「広島西飛行場の方が便利ですよねぇ」と水を向けると「尾道とかに行く人にはこっちが便利です」とにべもない返事がが返ってきた。地元の人の反感を買ったようだ。

 カーナビを頼りに原爆ドームをめざす。愛・地球博のマンモスと同じくらいに、広島と言えばここを見なければ来た気がしない。

 警備員のおじさんに駐車場を尋ねると「その先の橋を左にいきゃええよ。みやすいよ」と教えてくれる。これは広島、山口に住んだひとじゃないと違う意味にとるだろう。

 「みやすい」とは、易しいという意味であり、見やすいではない。お国言葉が懐かしい。

 さて、原爆ドームだが・・

  小さかった

 この驚きはシンガポールでマーライオンを見た時と匹敵する。なぜだろう。この両者は、大きさがばれるから、人間と一緒に撮影してはいけないという観光条例でもあるのかと思った。

 広島城も小さかった。というか、あることも知らなかった。
 広島市民球場が原爆ドームの真ん前、市のど真ん中にあるのに驚いた。
 夕方に通りがかり、応援の太鼓でも鳴っていれば、見ようと思っていなくても、つい入ってしまいそうなよい立地。だが、テレビ中継を見ていると巨人戦でさえ空席がかなり目立つ。よほど、娯楽として愛されていないのか。
 最後にお好み焼きを食べた。僕はお好み焼きと言えば、幾重にもかさねていく広島のそれだと思っているが、一般的には具を混ぜ込んで誰にでも焼ける大阪風がお好み焼きと認知されていて、関東では広島のそれは「広島焼き」などというありがたくない名前を授かっている。

 地元の方が勧めてくれた「ひろしちゃん」には行く時間がなかったが、広島球場から地下に降りてすぐの、みっちゃんいせやで食べた。15年ほど前に、みっちゃんで食べた時はそばを事前に茹でる行程はなかったと思う。手順もずいぶんと変わっていた。キャベツがしんなりして美味かった。

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2006年1月29日 (日)

スペイン館ロエベショップ

 FCBarcelona on tour Japan2005期間中、唯一の完全オフの日。ほとんどの選手達は秋葉原に電化製品を買いに行っていた。
 去年は初の日本ツアーということで、大量に買っていったが、今年はその分控えめ。お目当てはPSPだったらしい。

 デコは別行動。
 のぞみ号で雑誌の取材を受けながら、愛・地球博をめざしていた。 インタビューを受けながら、突然「あれ、富士山?」「この電車今何キロで走ってるの?」と逆取材。すっかり日本の誇る新幹線を気に入ってくれたようだ。

 僕はその3週間前に愛・地球博会場にいた。噂には聞いていたが、とにかく大盛況。開門と同時にダッシュ(してはいけないので速歩)して「マンモスのみ」をなんとか見ることができた。大阪万博の月の石、上野動物園のパンダ同様、これを見なければ、行った気がしないところだ。
 しかし、マンモスを終えるともう、どのパビリオンも数時間待ち。そこで、空いている外国館へ方向転換。オランダ、スペインを見た。
 入口でスペイン人らしき係員に「オラ!」と挨拶すると「こんにちは」と言われて、こけた。サッカーの展示コーナーにはバルサ唯一の獲得ビッグイヤーがあった。
「これ本物 ・・というか、レプリカの本物ですか?」
と質問すると、日本人ガイドは「はい、そう聞いております」とキッパリ答えていたが、全く同時期にカンプノウのミュージアムで写真を撮ってきていた人がいたので、どうも怪しい。
 出口にショップがあったので、お、スペイングッズが買えるのかと思ったら、ロエベ・オンリーのショップ。話しのネタに入ると「会場限定」という小箱が見えた。

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2006年1月28日 (土)

外国人が書いた本

 外国人著者の本はたいてい、こんなふうに書かれている。

 人は誰も自らの意見を持たねばならない。自らの意見を持たぬ者は生きてないのと同じだ。有名な法律学者リチャード・メイは3歳の誕生日に教会へ行き、高校の頃はワルだったという牧師ロジャー・サンダーからそう啓示を受けたと言っている。ジョン・バーナード、フレディ・ロバーツ、リッチー・ロジャースその他多くのエコノミストたちが学んできたこともそういうことだった。「マイオピニオン」の著者、ジミー・ロドリゲスはこう書いている。「人生でもっとも大切なのは自分らしさの追求だ」彼はいま5千人の従業員を抱える一大ネット企業のCEOだ。・・・

 登場人物を減らしたら、400ページから成るあの厚い本は40ページくらいになるだろう。人のことはいいから自分の意見を言ってもらいたいものである。



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2006年1月27日 (金)

ガッツポーズという言葉の始まり

 1970年代、中山律子を中心キャラクターとした大ボウリングブームが起きた頃、その言葉は生まれた。

 プロレスがそうであったように、ピーク時にはいくつものテレビ中継レギュラー番組があり、国民の多くが中山、須田、並木の熱い女の戦いに熱中していた。
 当時「ガッツボウリング」(学研~既に休刊)というボウリング雑誌があった。

 ボウリングでは、(中谷彰宏か・・)
 素人ボウラーでもストライクやスペアの時は振り返ってみんなに向かって、喜びを表現しなければならない。狙ったピンを外せば、悔恨の情を見せることも強いられる。これが、人づきあいの下手な人には大変な苦痛になっている。

 70年代、そういったポーズはプロによって確立される。
 TV中継のアナウンサーは、ストライクをとってポーズを作るボウラーの姿を表現することに四苦八苦していた。

「中山、喜びを爆発っ、今日三つ目のダブル!」
「須田、満面の笑顔で右手を90度折って、斜め後方に引いた!」

そんなばかな

 そしてある時、一人のアナウンサーが咄嗟のアドリブで、雑誌名を拝借
「中山、ガッツポーズ!」と言ったのがガッツポーズという言葉の始まり。

 ガッツ石松が登場したのは、その後。ガッツ石松が「ガッツポーズ」という言葉の元祖ではない。
 だが、そう信じこんでいる人は、言い張って聞かない。



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2006年1月26日 (木)

おいしいたこ焼きの作り方

 たこやきは外がカリカリ、中がとろとろ
 しかもまん丸のものと決まっている。

 生産性を上げるためにショッピングセンターのスナックコーナーでは半球の形をしているが、あれでは台無し。


 では、自宅で作れるおいしいたこやきの作り方。

1,タネ(小麦粉を溶いたやつ)には魚粉を混ぜる

2,ピックでひっくり返す直前、多めに「天かす」(揚げ玉)を入れる。
 表面がカリカリ、中はとろとろに仕上がる。

3,ひっくり返す前に「醤油」を一滴落とす。
 外側にこぼすと表面が焦げるので「中身」に落とす。

 タコが苦手な人は「粗挽きソーセージ」を入れると味が出て美味い。天ぷらでも美味い。


 鉄製のピックはたこやき器に傷を付けるので竹串を使うとよい。

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2006年1月25日 (水)

是々非々の見識

 加藤紘一は品が無い。
 讀賣新聞に
堀江貴文逮捕を受けた彼のコメントが載った。
竹中大臣はホリエモンと小泉さんと三人で改革をやると言っていた。その責任は重い」

 世の中は是々非々。
 なにか一つ非があっても、よい一面もある。
 非は非であるが、是まで消えるわけではない。

 
NPBの目を覚まさせたのは、三木谷ではない。
 敵対的TOBの想像力を企業に芽生えさせたのは誰だったのか。

 勝ち目がないと勝負しない政治家や、TOBは経済用語事典のための言葉だと思っていた経営者たちは、どんな見識をもって堀江を嘲ることができるだろう。


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2006年1月24日 (火)

新幹線の出張で富士山を見る

 東京駅からの出張は「えきねっと」(JR東日本)をつかう。
 だが、大阪からの帰り時間が確定していない時は、大阪で「おでかけネット」(JR西日本)を使う。
 名古屋の時は「JRエクスプレスカード」(JR東海)

 日本のビジネスマンは複雑な会員システムを理解して文句も言わないのだから、たいしたものだ。

 以前、「JRエクスプレスカード」を使わなくなったので、解約した。しかし、翌年も会費を引き落とされ、カードも送られてきた。申し入れて返金してもらい再度、解約の確認を伝えたが、翌年も同様に会費を引き落とされて、カードも送られてきた。この会社の会員DBはいったいどういう設計・運用になっていたのだろう。1999年、2000年のことである。

 
新幹線出張、楽しみの一つは「富士山」
 行く日が決まったら、えきねっとでE列を予約する。

東海道・山陽新幹線の座席

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2006年1月23日 (月)

溜め込んだ記録を使う日はこない

DAV
【 Digital Audio Video 】 8mmビデオテープで音楽をデジタル録音する機能をもつビデオ。

 日本初の据え置き型8ミリビデオデッキ、ソニーEV-S700(1984年発売)で初めて搭載された。
 8ミリ、
Hi8のビデオテープは、映像+ノーマル音声で5トラック、PCM音声が1トラックを使う合計6トラック構成になっている。
 その6トラック全てをPCMオーディオ録音用に使う規格を「マルチトラックPCM」と言う。120分テープで最長24時間のデジタルオーディオ録音ができる。1994年以降生産のモデルには搭載されていない。

 当時、主流だったVHSではなく8ミリビデオデッキを買ったのは、8mmビデオのみの発売だった佐野元春のライブビデオ「Visitors」を見るためと、この機能に惹かれたから。

 レンタルCD店でニューシングルを借りてきてカセットに録音する→しばらく聴いていると気に入らない曲がでてくる→その曲だけ消すことができない
 パソコンと携帯で音楽を聴く世代には信じられないかも知れないが、これがあたりまえの時代。
 だが、DAVに一度落としておけば、再度ダビングし直す手間を惜しまなければ、レンタルCD店で借りなおさなくても済む。
 こうして録音した曲数は千曲はあっただろうか。やがてハードが壊れ、再生の手段を失った後もテープは大切にとっておいた。しかし、パソコンに入れた曲が2000曲を超える頃、とうとう捨てる日が来た。

 いつか使うだろうと日々溜め込むアーカイブを使う日は訪れない

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2006年1月22日 (日)

バルサ2度目の来日 日程

 今回のバルサの来日中の動きは次の通り。

 6月11日
新横浜のマリノスのショップ、トリコポイントが3日間、バルサポイントとなる。
===>トリコポイント地図
ソシオ限定交流イベント開催。
 6月12日
16:03キックオフ 横浜Fマリノス-バルサ日産スタジアム
 6月13日
フランク・ライカールト監督とコーチ4人がさいたま市内の中学3年生約80人を指導。当初は選手も参加が予定されていたが初戦の引き分け後、休養日に振り替えられた。
デコはのぞみ号に乗って愛・地球博。大半の選手は秋葉原でショッピング。
 6月14日
日産スタジアムでソシオ限定イベント、公開練習開催
 6月15日
19:05キックオフ さいたまシティカップ2005 浦和レッドダイアモンズ-バルサ(さいたまスタジアム2002)
パソコンテレビGYAOが無料生中継~ブロードバンド環境+15インチのノートパソコンのモニターで見るとテレビを見ているのと遜色はなかった。
26:33~27:40 TBS系列全国28局ネットで録画ダイジェスト放送。
 6月16日
バルセロナへ向けて帰国

 さて6月11日土曜日、飛行機は定刻から遅れていた。

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2006年1月21日 (土)

Copyright 1988-2006の意味

 ウェブサイトで見かける Copyright 1988-2006 という表示は「1988年に初めて作り、最後に作ったものは2006年のものですよ」程度の意味。

 「1988年から2006年の期間、著作権で保護されていますよ」という意味ではない。このような記述をしても法律的にはなんの効力もない。
 書くとすれば
 Copyright 1998 著作権者 All Rights Reserved.
 で十分。ただ、これを書かなくても著作権は発生しており、盗用防止の抑止効果というところか。

 個人の場合、著作権は死後50年、企業の場合は作ってから50年と有効期間が決まっている。
 個人、企業ともに他人の記事を引用することはできても、盗用はできない。法律と契約があるからこそ、個人も企業も安心して書けるのである。
 



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2006年1月20日 (金)

10年日記を自作する

10年日記は通信販売の人気商品。
日付毎に向こう10年分の日記が1ページに書き込める。

通販の商品は1ページに、1月1日が2006年~2015年まで書けるようになっている。
エクセルで同じフォーマットをつくり、何年か使ってみたが "その日に何があったかを経年で追う"という情報にはそれほど、価値を見出せなかった。

エクセル2002の場合、作ることができるシート最大枚数は255枚。
366枚あれば、1日1シートで作りやすいのだが、実際には1シートに複数の日付を入れなければならない。
そうして作ると後々の手間が大変だった。(1年増やす毎に行の挿入を慎重にやらねばならない)

 
エクセルで作るならば、年単位で1シートにした方が作りやすいし、記入も便利。

  【 エクセルで自作する 】

1, シートに1/1~12/31の1年分の行を作る。
2, シート名を"sheet1"から"2006年"に変える。
3, シート名"2006年"の上で右クリック>移動またはコピー>
   「コピーを作成する」にチェック>[Enter]
4, コピーして新しくできたシート名を"2007年"に変更。
5, この繰り返しで任意の年数を作る。

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2006年1月19日 (木)

人生の冬をどう迎えるか

 東京荒川市民マラソンのエントリー期限が23日に迫っている。
 新宿から埼京線で21分の「浮間舟渡」と東京23区内で行われる唯一の市民マラソン。そこから荒川河川敷を河口に向かい21km下って折り返すコース。参加者およそ14,000人はNAHAマラソンに次いで国内2番目の出場者数。制限時間7時間、完走率96.4%。7時間以内にゴールできなかった人はわずか500人ということになる。

 

 「ランナーズ」が行った2004年全国ランニング大会100撰では1位に選ばれた。チャンピオンチップによるラップタイムの計測、そのタイムがメール転送されるGTMails、完走記録証にはゴール写真が入るなど、マラソン完走という大仕事をやり遂げるに見合ったサービスが充実している。

 

 2007年からは東京国際マラソンを衣替えした3万人規模のレース「東京マラソン」が始まる。そうなると2007年の荒川は参加者が減ってしまうのだろうか。いやマラソン愛好家のパイが底上げされて、相乗効果でさらに発展するかも知れない。

 

 人生80年時代といえども、40歳から60歳を運動もせずに過ごした人には老人としてのラスト20年が待っている。心と体が若いまま迎える人生の冬のために、これから走り始める人は少なくないだろう。

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2006年1月18日 (水)

日本人は肥満に弱い

 以前「日本人は投資に弱い」と宣伝している証券会社があった。よぉく考えよ~お金は大事だよと辛気くさい歌を幼気な子どもに踊りながら歌わせるCMと並んで憤懣やるかたないCMだった。僕はそんなに日本人が嫌いな会社は、国外へ出て行って商売してほしいと思っていた。

 全然話は違うが「老ける人と老けない人はここが違う!」下方浩史 扶桑社 2003年12月 によると日本人は肥満に弱いらしい。こちらは興味深い。

(以下、意味を変えぬよう抜粋して引用)
 日本人をはじめとしたモンゴロイドと呼ばれる人々は、氷河期に凍り付いたベーリング海を歩いて移動し、太平洋の周りに住みついた。これはエネルギーを効率よくため込む能力、それを利用する能力が高かったからです。しかし、皮肉なことにその能力が仇となって、日本人は欧米人より太りやすい体質になってしまった。
(引用おわり)

 この書では、脂肪をため込みやすい遺伝子をもっていて太りやすい・・というところまでは理路整然としているが、それに続く「日本人は糖尿病になりやすい」云々は今ひとつ検証性に乏しかった。

 いずれにせよ、太りやすいことは確かだ。だから日本人は魚を多く食べてきたのだろうか。

 また、関係ないが、僕は魚貝類アレルギーだ。 僕がこの本を読んで一番驚いたのは、ずっと子どもの頃から魚貝類と思っていたのに「魚介類」という漢字が存在するということだった。しかも辞書をひいたら「魚類と貝類」とあった。なんじゃそりゃ。

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2006年1月17日 (火)

設計図を書き忘れた人

 パソコンを勧めた3人めは、客商売の個人経営者。
 僕が商談に行ったときに見せる、エクセルやPower Pointの資料を、画面に頭を突っ込むんじゃないかと思うほど、食い入るように見ていた。
 彼は僕が営業に来るのを実に楽しみにしていて、僕からすればさほど重点立ち寄り先ではなかったが、行けば本当に嬉しそうに迎えてくれるので時々行った。

 結局、僕が使っていたのと同じメビウスのハイエンドマシンを買うのだが、ハードソフト一式の値引き後金額でさえ、いきなり70万円を超えていた。当時、友達が大手パソコンチェーンの店長をしていて、店頭価格が20%が限度の時代に、無条件で30%引いてくれた。自分のマシンはもちろんそこで買ったし、勧めた人からも頼まれて紹介した。
 友達は薄利でも売上が大きくてにこにこだし、勧めた人はどこよりも安く買えて自宅まで無料で届いて大満足。僕はその二人の喜ぶ姿を見て嬉しくなる。

 この個人経営者は今年も年賀状をくれた。もう仕事の縁が切れて7年めの正月になる。
 購入後、3ヶ月で僕を追い越し、半年後にはとてもついていけない世界に彼ははいっていった。今ではずいぶんと顧客も増えているようだ。

 パソコンは心の設計図。想像力がパンクするまで必要ない。
 ゆえに、学習指導要領に入っているコンピューター・リテラシーの教育なんてナンセンス。生まれて18年くらいは心の設計図を書き溜める時期でいい。

 今はパソコンを買えばエクセルやワードで何も作らなくても、ネットとメールのツールとして機能する。1990年代によく使われた「ホコリをかぶる」という言葉をいう人もいなくなった。

 ネットとメールでパソコンを使えば何も考えなくてよい。
 設計図を書き忘れた人、設計図を書きつづける人
 パソコンはその人によってまったく性格が違う機械だ。

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2006年1月16日 (月)

歳をとると時間は速くなる

 月曜の朝、会社でこれを飲めば、ブルーマンデーも吹っ飛ぶんじゃないかと思って、ナチュラルローソンで買ってきたスタバのシアトルラテにストローを挿す。
 少しだけ気分はいい。
 でも誰かが中身を「らくのうコーヒー牛乳」に入れ替えていても、きっと僕は気づかない。

 パソコンの上に掲示してあるカレンダーで今日の予定をチェック
 システム手帳、PDA、PCのアウトルック いろいろなスケジューラーを転々としてきたが、今はこれがベスト

 今日は朝から T社さんが来る日だな。

 なかなか来ない

 あ、火曜のところを見ていた。

 今年から月曜始まりの能率カレンダーに変えたのだった。
 2日、9日は赤くなっているので、その行は休みだと思っていた。
 2006年初めて働く月曜日。
 今年初めて5日働く週明け

 年齢を重ねるほど、時間は早く過ぎる。
 歳月を重ねると、ほとんどのことが経験済みになり、相対的に時間を短く感じるためだ。
 きっと今年も、あっという間に終わるだろう。



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2006年1月15日 (日)

生涯初のおっかけ

 バルセロナ旅行の記念品としてカンプノウでデコのユニフォームを買った日から4か月後、僕は都心のホテルでデコを待っていた。

 これまで音楽、スポーツにいろいろな Faborite star はいたが、人生初のおっかけである。FCバルセロナはCLでは決勝トーナメント1回戦で敗れたが、5月に国内リーグを制しスペイン王者として日本に凱旋した。これが2004年に次いで二度目のジャパンツアーなのである。

 3月15日
バルサ来日決定、"ロナウジーニョ参加"とスポニチが報道。2005年6月10日~15日、横浜戦(日産スタジアム?)を含む2試合を開催。
 3月18日
バルサ日本ツアー概要判明
2005年6月12日横浜戦、14日or15日に親善試合をもう1試合。スポニチが報道。
 4月15日
ソシオ向け先行販売の各ソシオに対する販売枚数が決定。各ソシオにつき各試合2枚。2試合で4枚まで買える。
対戦カードが正式決定。不明だった第2戦の相手はレッズ。
さいたま市「さいたまシティカップ2005」の市民優先予約を発表。5月2日~9日の間、さいたま市民のインターネット予約を受付。
 4月27日
ファミマクラブ会員向け先行予約抽選受付開始。
 5月3日
初めてヤフオクに「横浜F・マリノスvsFCバルセロナ カテゴリー4アウェイ側」が出品された。
 5月5日
ヤフオクにファミマ先行予約当選の購入権利が一斉に出品された。
 5月6日
ファミマ当選権利が大量に落札される。8,000円を超えたものもあったが、開始価格の1,000円のまま落札されずに終了したものも多数あり、検索テクニック次第で大きく出費に差が付く事例となった。
 5月9日
先行予約当選分の引き替えが21時で締め切られる。
 5月10日
横浜対バルサ チケット一般発売 電話予約、店頭ともに席にゆとりがあり購入することができた。
 5月15日
コンフェデ2005ドイツ大会出場のためロナウジーニョの来日が難しくなったと日刊スポーツが報道。
 5月20日
ロナウジーニョがコンフェデに出場することがクラブから発表された。これで来日メンバーから外れることが確定。
 5月22日
さいたまシティカップ2005(レッズ対バルサ) チケット一般発売
 5月31日
FCバルセロナ公式サイトで来日メンバー発表。デコの来日が確定。負傷で長期離脱していたFWラーションがメンバー入り。エトー(カメルーン代表)はW杯予選に備えるためメンバーを外れるかも知れない。
 6月1日
ソシオ枠チケットが一斉に届きはじめる。
 6月2日
マリノス公式サイトで、ロナウジーニョが来日メンバーを外れたお詫びと、来場者に「FCバルセロナ オリジナルプレゼント」を検討中であることが記載された。
 6月11日
FCバルセロナ 成田空港

 僕も本来ならば、空港で選手を待つつもりだった。 

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2006年1月14日 (土)

LSD

 Long Slow Distance ゆっくりとした速さで長い時間行うトレーニング

 5km、10km走といった距離を決めて任意の速さを求める練習ばかりでは飽きてしまう。距離を決めた練習では「決まったコース」を走らねばならない。決まったコースとはいつものコースであり、1週間もすれば飽きてくる。

 YAHOO!マップで近所の地図を二万一千分の一でプリントして、マジックを握り走り出す。一段階詳細なサイズは八千分の一だが、これでは端から端まで1.25kmしかなく60分のLSDには範囲が狭すぎる。

 後から同じ道をクルマで測るために進入禁止の道には入らない。信号や人通りが多い大通りを避けて一本裏の閑静な道を選んで進む。街灯があるところまで走って、街灯の下で歩きながら場所を確認する。

 どうもイメージした通りのコース取りができない。この先に大通りが見えてくる。そうしたら左に折れて周回しようとプランニングしているのに、いつまでも大通りは見えてこない。その代わりに意図しない隣町の商店街に出た。カドにみずほ銀行がある。ここで戻ってはまだ早い。もう少し奥深く入れば国道に出るはずだ。結局思い描いたコースとは違う道を走ることになる。あとでわかるようにと電柱の番地を控えるのだが、手元の地図に番地が載っていない。番地表記は八千分の一地図までだ。そうこうするうちに再び商店街に出た。どこだ?見たことがないようなあるような。一周している・・・
 LSDで距離と速さを絡めるのはやめた。

 LSDでは「ちょっとこっちに行ってみよう」「30分過ぎたからそろそろ家に向かって走るか」といった探索の楽しみを追うのがよい。

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2006年1月13日 (金)

パワポ勘違い族

 二人目は同僚で、僕と同じMS-DOSマシンを買った。当時DOSマシンといえばNECの98。僕はEPSONの98互換機だったが、彼はNECの最新98ノート。価格は僕が買った時と同じ35万円程度だったが、数年たてばマシンスピードは格段にあがり、ハードディスクも十分に積まれていた。数年後にはWindows95というのが出るから、それまで待つと言う手もあるよと釘をさしたが「それまでの間、使えない時間が惜しいよ」という僕からの受け売り理論が返ってきた。
 彼は、パソコンを買えば僕と同じようなスタイルの仕事ができると考えていて「これからはパソコンだよね」と言っていたようだ。
 だが、Windows95が出て1年たった頃、彼は 「motoちゃんに騙されたよ」とあちこちで言うようになった。もちろん、パソコンを買えば前年比110%は間違いないとか、頭に描くだけで欲しい機能がお湯のように沸いてくると言ったわけではない。
 2000年頃、Power Pointでプレゼンすると「いいねぇそれ。僕も入れよう」とプレゼン内容ではなく、Power Pointを評価する「パワポ勘違い族」が現れた。彼らの特徴は、Power Point を使いさえすれば誰でも路路整然と分析ができ、アイデアが沸いてくると考えるところ。そして必ず会議の終わりには「内容はともかくとして、それ、参考にするから」とファイルだけはちゃっかり戴くところ。
 98ノートの彼もよく 「それいいねぇ」と僕が123マクロで作ったアプリケーションを欲しがった。

 この経験を元に僕はパソコンを人に勧めなくなった。世の中にパソコンが周知されていない頃は、その効能を伝えることに快感があったし、それが使命のようにも感じていた。だが、パソコンの存在が一般的になった今、使えば便利だし、使わなければ立ち遅れる。それくらいは誰でもわかることで、あとは本人次第。恨まれてまでお節介をする役割は終わった。

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2006年1月12日 (木)

友達のセーラー服おじさん

 今年も名古屋のセーラー服おじさん安穂野香さんから年賀状が届いた。

 1994年まだ彼が栄のセントラルパークで隔日ストリートライブをやっていた頃からのつきあい。当時、彼のストリートライブ、テレビ出演を網羅したプロモーションビデオ「とりゃーす」をまとめた。内容が内容だけに、個人で楽しむ程度のプライベートビデオ。タイトルは佐野元春「TRUTH」のパロディ。なかでも傑出した映像は、亡くなったhide(X)のライブに客席から飛び入りした場面。hideは安さんのファンだったのだろうか。

 安さんは辛うじて携帯は持っているが、メールもネットもやっていない。大自然とふれあうことでスピリチュアルな曲を生み出すことが近年のテーマらしい。去年届いたビデオやハガキにそうあった。
 表舞台には露出しない彼にも、年に2~3回「あの人は今」的なテレビや雑誌の取材希望がある。ただ、本人への連絡先を誰も知らないらしく、僕のホームページ宛に取材依頼が届く。
 去年、愛・地球博にちなんで彼への取材希望があったのだが、迷惑メールに埋もれて発見が遅れ、収録日が過ぎてしまった。安さんにはせっかくのテレビ出演機会を1つつぶして悪いことをした。

 さて届いた年賀状は、パソコン、印刷、当たり前の世知辛いこの世の春、まるで女子小学生が書いたのかと思うようなほのぼの手書きのお便り。

 その隅っこに
本年はCDを出す予定!

 おぉついに、安さんメジャーデビュー?
 いやぁここまで応援してきた甲斐があった(って言うほど何もしてないか)


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2006年1月11日 (水)

歩いた方が速い

 風邪明けの朝。熊本の親戚から送ってきたミカンを3つ食べて12時間寝た。おふくろが後でうるさいから会社帰りに礼状を投函する。

 みかんが届きました。この街に暮らしていると季節感が薄れます。今年みかんをまだ食べていなかったことを思い出しました。ちょうど風邪を引いていたのですが、これですっかり治りそうです。

 海が見えない。川がない。山もない。子ども時代を盆地や海辺で暮らした僕にとって、どこまでも続くビルの平野が嬉しかったのは受験でこの街を初めて訪れた時だけだ。

 体調回復度90%。どれだけやれるのか試してみたい。それが着替えて表に出た時には、昨日より低い負荷じゃ気が済まなくなっている。おととい初めて通しで4km走ったばかりというのに、今日はウォーキングなしの5km走。本に書いてある「お話ペース」で入っていく。確かにこれならば辛さはない。1km、2km・・だがラップが8分を切れない。初めて5kmフルジョギングしたのに、初めの1kmをウォーキングで入った時のタイムから2分落ち。

 歩いた方が速いんじゃないか・・
 5km走り続けることにこだわるより、4km走って1km歩く・・。僕のようなサブセブンレベルには十分検討に値する。

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2006年1月10日 (火)

コンピューターは心の設計図

 1990年からノートパソコンを使っていた。
 知人の間では「パソコンに詳しいヒト」で通っていたので、1995年~1997年のパソコン創世記には10人が僕の勧めでパソコンを買った。といっても、積極的に勧めたのは最初の3人までだった。

 最初の一人はパワーブック150を15万円で買った。当時僕はMS-DOSユーザーでマックの動く画像や音に強く惹かれていたが、Windows95を見るまではと、マックに踏み切れないでいた。彼は中小企業の経営者。それまでは詳細に営業データを記録。営業マンが22時に帰ったあと3時間ほどかけて電卓で集計表を作っていた。

 大須のパソコン街に一緒に買いに行った日から一ヶ月後、彼の事務所を訪ねるとそこにはデスクトップPC、プリンターを含めて200万円ほどの機材が置かれ、パワーブック150は既に片隅にいた。であったばかりのファイルメーカーは既に彼の片腕となっていた。

 「motoさん、3時間かかってた集計が30分で終わっちゃうんですよ。助かる~」
 彼の目が赤い理由がわかる。
 きっと、この一ヶ月玩具との楽しい格闘に寝食を忘れたに違いない。

 自分が買いもしないマックを勧めたことに後ろめたさを感じていたのは杞憂だった。

 つづく (以後、パソコンのカテゴリーで連載)

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2006年1月 9日 (月)

成人の日の違和感

 成人の日が1月の第2月曜日になったのはハッピーマンデーにより2000年から。それまでは1月15日に固定されていた。

 体育の日の10月10日と同様、1月15日が成人の日じゃないのは未だに違和感があるし、成人の日が成人の日であると気づかずに終わることもある。

 今日はたまたまクルマで走っていて成人式にでかける晴れ着姿の女の子を見かけて気づいた。

 一人でタクシーを拾おうとする娘、美容院の順番を待つ娘、往来で父親が写真を撮りまくっていてうつむく娘。きっと彼女は今タマちゃんの心境なのだろう。

 新成人の数
2001年 157万人
2002年 152万人
2003年 152万人
2004年 150万人
2010年には125万人に減ると予想される。ピークは1970年の246万人。

 お年玉付き年賀はがきの抽選日だけが1月15日にぽつんと取り残されている。


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2006年1月 8日 (日)

ユニフォームのサイズ

 フォーク並びではないレジで、随分と待たされたが、ようやく自分の番が回ってきた。Lでいいとは思うのだが、一応サイズを確認してみる。
 「Is this OK for me?」
 スペイン語は定型文しか覚えてこなかったので、手振りを入れて適当な英語をつかう。シンガポールのように母国語と英語を同じくらいに使いこなす民族は希で、スペイン人はスペイン語しか話さない。だが、身振りと指さしを入れればおよそ通じないことはない。
 女性店員は確か
 「Please try it on.(試着すれば?)」
 と言って地下1階にある試着室を指さした。

 試着室は2つあったと思うが、その日使えるのは1つしかなかった。先約がありしばし待っていると、ユニフォームを試し終えた小太りのサラリーマンが出てきて「またせてゴメンね」とウィンクしたので目をそらした。仕事中にさぼってきたのだろうか。
 慌ててジャンパーを脱ぎ、今にもびりっといきそうな薄手のユニを破かないように慎重に首を入れる。今思えば選手があれだけ引っ張っても破れない素材なのだからその心配は要らなかった。
 ふつうの服はLだが、鏡に映すとなんだかぱんぱんなので、一旦脱いで10mくらい離れたユニフォームコーナーまで走って行ってXLをつかんでくる。
 首回りは大きいが着丈が気に入ったのでXLに決めて再びレジへ。並んでいる間に肩の辺りにほつれを見つけたので、また売り場へ戻って違うのと替えてきた。
 マーキングが圧着された状態で、バルサユニ各選手各サイズがこれだけ一堂に吊してあるのは、世界でここだけだろう。

 日本に帰ってからTシャツ1枚の上に着てみるとちょっと大きかった。試着した時は、急いでいたため ネルのシャツの上から着ていた。ただこのXL、素人採寸で着丈72.5cmだが、05-06HOMEのLサイズ(73cm)よりも短い。共に公式オーセンティックユニフォームでもこんな調子。モデルによってサイズが一定していないのかも知れない。

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2006年1月 7日 (土)

音楽と共に走る

 FMトランスミッターを買った

 メモリーデバイスを使った音楽プレーヤーを手に入れて以来、早く使ってみたかった。
 これで音楽をクルマに持ち込むためにCDを焼かなくて済む。
 電気屋の店頭には4,000円から5,000円のものが並んでいるが、通販で1,980円があったのでそれにした。

 音が悪かった
 FM受信アンテナがリアガラスについているためか、電波の入りが悪い。
 かなりボリュームを上げなければならないし、それに比例して雑音も大きくなる。チューニングがずれた古いラジオを聞くという覚悟で聴けばちょうど良いのかも知れない。

 もしかして、安物買いをしてしまったのかと、商品知識が豊富な***電機の兄ちゃんに聴いてみると、値段が高いから電波が強いということはないそうだ。
 将来クルマを買い換える時はFMアンテナの位置をよくチェックしよう。CDチェンジャーや車載HDに何十万もかかることを思えば、少々古びたラジオ風だろうが我慢する価値はある。

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2006年1月 6日 (金)

想像力

 「想像力」は 村上龍が好きな言葉
 2005年の福知山線脱線の事故直後、JR職員がボウリング大会に興じていたことについてコメントを求められ
「彼らには、事故、大惨事、そこで自分たちが何をすべきかという想像力がなかったんだと思う」
というような主旨のことを答えていた。
(テレビ朝日 報道ステーションにて)

 子どもは獅子舞を見ると泣き出す。
 遊園地で怪獣の張りぼてを見て「食べられる~」と泣きじゃくる。

 子どもは、
 獅子や怪獣は人に危害を加えたり、食べてしまうことがあることを特撮テレビ番組で見た経験を通して知っている。
 一方、獅子舞には人間が入って獅子の真似をすることがある。怪獣は制作会社の人が工房で組み立てているということを経験を通して知らない。


 ありもしないことのイメージを膨らませるのは「妄想力」
 これはこれで、もの書きには大切な能力だが、小説家を目指さない人にとっては、あまりない方がよい。

 だが、一般人として生きていくうえで「想像力」は、人生を豊にするということよりも、日々の暮らしをつまらないものにしないための危機管理として大切。

 自転車で坂を猛スピードで駆け下りない
 
訪販のセールスマンを追い返すためにわざわざケンカしない
 
セレブの女性を抱いてお金がもらえるというメールはすぐ捨てる
 から足を踏んで膝を痛めないよう、路面をよく見て歩く
 コンタクトレンズを落としたら、一歩も動かず足もとから探す
 電柱の工事をしていたら電柱が倒れる半径から出る
 歩行者信号待ちでは、クルマに突っ込まれない位置をとる
 包丁を持って街を歩いている人がいたらせめて砲丸投げ世界記録だけ離れる

 

 トラブルはいつもそばにいるよ

 

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2006年1月 5日 (木)

エクセルで一生を棒に振らないために

 [ ファイル ] メニューを開いてプルダウン表示される 「最近使用したファイル」の表示を手動で消す方法。(履歴表示状態だが、履歴が無い状態にしたい)

 

▼タスクバー ツール>オプション 全般のタブ
 最近使ったファイル一覧 のチェックを外して[ OK ]
  ↓
▼タスクバー ツール>オプション 全般のタブ
 最近使ったファイル一覧 にチェックを入れて[ OK ]
  ↓
 これで、直近に開いたファイルの履歴が消え、新たに開いたファイルの履歴だけが表示されるようになる。

 

 ある時 「 らぶらぶ交換日記.xls 」 のような、ファイル名すら他人に見せたくないファイルを開いていたとする。その後、打合せが入りエクセルを使うことになった。
 必要なファイルを探そうと「ファイル」をクリックすると、らぶらぶ交換日記.xls を書いていることが人にばれてしまう。プロジェクターで映し出していると被害はさらに拡大する。

 

 そうなるともう、どう取り繕おうが、一生言われるのは間違いない。
 その場で明るく突っ込んでくれればまだいいが、その場で見て見ぬ振りされるともっと怖い。

ど素人!エクセル講座

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2006年1月 4日 (水)

東京に雨が降らなかった理由

 2005年12月4日から2006年1月1日のあいだ、東京には雨が降らなかった。
 僕は晴れ男である。
 その僕がウォーキングを始めたのだ。

 「長崎は今日も雨だった」という歌があるが、長崎ハウステンボスはオープン、グランドオープン、10周年と記念イベントの日はことごとく雨にたたられてきた。
 だが、係留飛行ルフティのオープニングイベントは、僕がセレモニーに出席したため、雲一つ無い快晴となり、青い空にベンディクセンデザインの黄色い気球が映えた。

moto「実は僕、晴れ男なんですよ」
会長「え、そうなの。僕もそうなんだ」
社長「いや、実は僕もそうなんです」

 ここはお客さんに花を持たせてくれればいいのに、ちょっとがっかりした。気球に乗ろうと行列に並んで見守っていたお客さんは、まさか大の大人3人が晴れ男を主張しあっているとは思わなかっただろう。

 東京の雨は天皇杯が終わるのを待って翌日にほどよいお湿りをもたらした。
 その日、行われた箱根駅伝では天候の変化により4区と5区の選手の服装が一変するのを見ることができた。僕は当然、練習を休んでそれを観察していた。

 大都会 東京を沿道の応援を受けて走る。
 スポーツ好きな人ならば、誰もが一度体験してみたいシーンではないだろうか。


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2006年1月 3日 (火)

メシ食った?のポーズ

左手で「ごはん茶碗」
右手の人差し指と中指を揃えて「箸」

このシルエットで「箸」を口に向かってかきこむポーズで
「メシ食った?」
とやる人がいる。
焼鳥屋でアルバイトしてる時、大将がヒマを見計らって
「メシ行ってこいよ」
と口で言わずに、このポーズをやるのがいつも嫌だった。

貧粗過ぎる。
このポーズから連想されるのは食事という楽しいイメージではなく、生命維持のための突き上げる欲望。だが、僕にはそれは悲しい儀式に映る。なんだか「君もご飯を食べなければ、生きてはいられないだろう」と言われているようで、余計なお世話だとツッコミたくなる。

 信じられないが、女性でもこれをやる人がいる。
まさに百年の恋も冷める暴挙だ。
工事現場でバイトでもしていたのだろうか。

あと、通販の自動車保険のCMで見かける
親指を上に、小指を下に向けて立てて耳に当て (あとの3本は曲げる)
「電話して!」
というポーズ
あれもどん引きの対象だ。

 ロナウジーニョじゃないんだから、あれは日本人には絶対似合わない
日本人ならばコブシを握りしめ、受話器をむんずとつかんで耳に当てるポーズと決まっている。指でダイヤルを回す 交換台につなぐためにレバーをぐるぐる回すまで行けば、ギャグの帝王と呼ばれるかも知れない。

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2006年1月 2日 (月)

年賀状を元旦につくる

 1月2日に年賀状が届いた。
 例年2日は配達お休みなのだが、暇な正月の2日がさらにヒマになって困っていた。
 やはり郵政民営化決定を受けて、頑張っているのだろうか。

 今年は年賀状作りが年を越してしまった。2度目である。
 ただ元旦に年賀状をつくると、おせち料理など最新の写真が使えるし、元旦に届いた年賀状へのレスが書けてしまうというメリットもある。
 年賀状の楽しみは6日や7日になって、もう会社が始まっているのにぱらぱらとやってくるやつ。それが途絶えた日は少し寂しい。元旦に作って出せば、遅れてきた貴重な1枚になるはず。それが印刷に「今年もヨロシク!」では洒落にならないが、気の利いたものにすれば少しは喜んでもらえるだろう。

 年内押し迫って作るくらいなら、元旦に作る!
今年得た教訓でした。

もらって嬉しくない年賀状

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2006年1月 1日 (日)

スペインのTAX リファンド

 旅先ではいつもネクタイを買うことにしている。11年前、三重県「志摩スペイン村」がオープンしたての頃、MADE IN SPAIN のステッカーが貼ってある でできたネクタイを買った。そこそこ いい値段だったが、そのインパクトに一目惚れ。それ以降、パーティではずいぶんと人気を集めてくれた。

 さて、FCBOTIGAの地下一階で紺地にコオロギ鍋(バルサロゴ)を散りばめたトラディショナルなネクタイ(22ユーロ)を発見。バルセロナ旅のネクタイはこれと迷わずかごに放り込む。迷わなかったもう一つの理由に「TAX リファンドのことがあった。ユニフォームだけでは規定の金額に満たないが、ネクタイの金額を足せば税金払い戻しの金額を超える。このネクタイは5か月後に、まさかの活躍をすることになる。

 FCBOTIGAはキーホルダーやトレーニングウェア、目覚まし時計まで、かなりの点数だ。今ならば予算の許す限りカゴに入れるところだが、この時はTAXリファンドを超えれば、あとのグッズに用はなかった。
 ネクタイだけをカゴに入れて、再びユニフォームが吊された壁に戻る。

 前日の写真の主が、デコだと知らなければ、間違いなくここは有名人の「10」を手にしていただろう。ふと、故郷に着て帰った時のシーンがよぎる。母親はきっと「そりゃプロ野球の選手かね」と言うだろう。田舎にはデコを知っている人は一人もいないかも知れない。ここは無難に10か・・と迷ったが、
 「いやこれも何かの縁だ」
20の L をつかむ。肩の位置に黒くて丸いプラスチックのコブがついている。
 欧州サッカーではこれを凶器にしてチャージするのだろうか?
 初めて手にするサッカー・ユニフォームに想像
(というか妄想)が膨らむ。

 連れの姿が見えない。待たせては悪いと思い、とり急ぎレジに並ぶ。地下1階のレジは3台ほどありそれぞれに客が並んでいる。右側の列に並んでいたところ前の客がサイズのことで店員と話し込み始めた。他の列はどんどん進んでいく。日本の銀行やチケット売り場で見かけるフォーク並びは、ここだけでなくバルセロナでは何処でもみかけなかった。
(レジは地下だけでなく1階にもある)

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