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2006年3月の31件の記事

2006年3月31日 (金)

パソコン通信最後の日

 2006年3月31日
 今日でパソコン通信が終わる。

 ニフティからはサービス終了のお知らせが何度も届き、その都度、@nifty会員への切り替えを薦められた。

 最後まで「パソコン通信」会員のままでいた。
 実際には、パソコン通信会員でしか使えない機能を利用していたわけでもない。
 気分の問題。
 時代の波、合理化の流れに最後まで抵抗したいという気分。
 いったい、何人がそうだったかはわからないが、パソコン通信の最後を会員のまま見届けることができた。

 1992年、僕の周囲にはパソコン通信どころか、パソコンを持っている人がいなかった。
 誰からか、ニフティサーブの噂を聞きつけ、本屋さんで当時1点だけ出ていた分厚いガイドブックを買い独学した。
 パソコンにモデムが標準でつくようになったのは1995年末のWindows95パソコン以降。(2000年代以降、そのモデムは過去の遺物となり、パソコンには付かなくなっている)
 
EPSON386NOTEAにオプション販売の内臓モデムを入れた。ハードディスク、メモリー、モデムが別売とはいえ本体スロットにすっきり収まるノートパソコンはこのマシンが日本初(世界初かもしれない)。

 初めて接続した日、何度もトライ&エラー後 ピー、ガーの雑音がすっと消え、ようこそニフティサーブへのメッセージが出た時、見知らぬ世界に足を踏み込んだ戸惑いが脳に走った。なぜだか怖いと思った。

 パソコン通信とインターネット
 楽しい出来事がたくさん起こったのはインターネット。
 親友がたくさんできたのがパソコン通信。


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2006年3月30日 (木)

ワイヤレスマウス

 マウスにはコードがついている。使うたびコードを取り回すために、マウスを納豆みたいに回すのは面倒だ。
 そこで、ワイヤレスマウス。コードレスマウスというのかと思っていたら、ワイヤレスマウスと呼ぶらしい。
 3つのタイプがあった。

スタンド充電式
 充電池で動く。受信部がスタンドになっていて、スタンドに置いて充電する。電池交換のタイミングを気にしなくて済む。ただし種類が少なく大きさ、色の選択肢が少ない。実勢価格4,000円、ヤフオクでは3,000円。

電池交換式
 単3または単4電池で動く。持ち歩き用の小型サイズなど品種が多い。ノートパソコンと共に持ち歩くならば、受信ユニットがマウス本体に収納できるタイプがよい。実勢価格4,000円

電池不要
 マウス本体は電池不要だが、受信部が専用のマウスパッドになっている。そのマウスパッドの上でしか機能しない。実勢価格3,000円

 ポイントは「電池」
 電池を節約するために、スイッチをこまめに切るといった日々の管理は世知辛い。
 それで「電池不要」という謳い文句のタイプが出てくるのだろうが、専用のマウスパッドの上でしか動かないのでは、ワイヤレスのメリットがない。
 受信部がUSBメモリーになっている商品が出ているが、既に持っている人には無用の長物。
 スタンド充電式がベスト。パソコンから受信部までUSBケーブルを取り回さなければならないが、机のすみっこに綺麗に取り回せばよい。
 サイズが小さいに越したことはないと思っていたが、実際、使い始めてみると、超小型である必要はない。
 

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2006年3月29日 (水)

青色ダイオード

 近所の信号機が新型に変わった。
 青色ダイオードになったのはもちろんだが、可視性が高いため、日よけの長さが短くなった。

 中村修二氏が発明した青色発光ダイオードを巡る裁判で、一旦、中村氏が勝訴した時のこと。

東京地裁の判決文より
(以下引用)
 「充実した研究部門を備えた大企業と異なり、小企業の貧弱な研究環境の下、個人的能力と独創的な発想で世界的発明を成し遂げた、職務発明としては稀有(けう)な事例だ」
(引用おわり)

日亜化学工業のウェブサイトより
(以下引用)
 404特許訴訟の判決についてのコメント
 青色、緑色、白色等の短波長LED、LD製品は数多くの特許権及びノウハウからなっており、製品はさらにそれに多くの付加価値がついていることは自明であるのに、本判決はそれを見落とし、本訴訟の対象となっている唯一の特許権をあまりにも過大評価して、他の多数の研究開発者及び企業の貢献を正当に評価しない不当な判決であり、直ちに控訴する。

 本件原告のように、ノーリスクで終身雇用或いは安定収入という企業の中にあって、巨額のリスク負担をした企業に破天荒とも言える巨額の成功報酬を請求することは、安定収入と巨額のリスク報酬の二重取りを求めるものであって理論上許されないことであり、もしそのような二重取りが認められれば日本企業の研究開発活動は成り立たない。

 弊社は、今後もその点を正々堂々と主張していく所存である。

(引用おわり)

 東京地裁は"ふつうの企業の開発体制ではなかった"ことを理由としているのに、日亜化学はほおっかむりしてその論点を避けた。
 「正々堂々」を口にするならば、論点をそらすべきではない。

 青色発光ダイオード開発の道筋では中村修二が社内で孤立無援に近かったことが、その著書に記されている。これが事実に反するならば日亜化学は反論すべきだった。

 庶民が使う日用品を扱っている会社ならば、ここまで厚顔無恥な態度をとれなかったと思う。
 気が滅入るので、こういう会社を巡る裁判は報道されていても読まないことにしたい。

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2006年3月28日 (火)

インターフェース

 インターフェースという言葉が世の中に出てきて10年ほどだろうか。
 初めて聞いたのは、大手家電メーカーのテレビCM。
 「人と機械の間にウチの会社が入りますよ」という意思表示だったと思う。

interface
 ハードウェアやソフトウェアを相互に接続するための装置・規約・プログラム。
 複数のシステムでデータをやりとりする部分の仕組み全般。
 インターフェースとは「境界」を意味する。

【 使用例 】
ホストコンピュータークライアントサーバーでデータをやりとりする場合に、IT技術者どうしで
「インターフェースはどうしようか?」
というように使う。

 この時、この短い言葉の中には以下の意味が含まれている。
 「データのファイルレイアウト、個々のデータ項目の定義、個々のコード定義、データをどういう頻度、タイミングで受け渡すか、受渡し後の処理はどうしようか、それぞれのシステム担当者の役割分担・・はどうしようか」

 だが、それを全て自分がコミットして仕切ろうと思っている人ではなく、面倒くさいことはコンピューター・システム部署に任せよう、すべてプログラマーに任せよう、と内心思っている人が、したり顔で
「インターフェースはどうしようか?」
を言う。

ユーザーがコンピューターを使う時の入口になるマウスやキーボードのことをユーザーインターフェースとかマンマシンインターフェースと言う。
データ入力画面のことをインターフェースと言う人も多い。
IT業界人のなかにはインターフェースを I/F と表記する人がいる。


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2006年3月27日 (月)

思考停止も悪くない?

 しらべるにはずっと「日本」というページがなかったので、2005年秋に日本を定義した。

 その時の定義は
 アジア大陸の東に点在する6852の島で構成された国。人民の英知が優れており、科学技術ともの作りで
GDP世界2位の経済大国。

 そして、この度、改訂して以下の文言を加えた。
 文明が成熟し冷静で性善説の合意が形成される一方、大半の人は思考停止していて、その合意をありのままに受け入れる。

 WBC結果に対する各国の報道を見ていて、日本の報道が大人で成熟したものであることに気づいた。
 以前から、日本における思考停止がどのように起こっているかを把握できていなかったが、WBC報道はヒントになった。
 日本は安全で穏健な合意(世論)を形成できる、成熟し、平和な国。

 乱暴な思考が飛び交う社会と、日本とどちらがよいか?
 思考停止を嘆くばかりが脳ではないという気がしてきた。

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2006年3月26日 (日)

グラシアス

 ソシオ公開練習は19時から日産で行われている。
 数日前、デコに手渡すことができなかったファンサイトの資料を渡そうと、僕は宿舎へやってきた。
 ただ、紙を渡すのでは二の舞になるので、デコも行った愛・地球博会場で買ってきた「ロエベのピンバッジ」をプレゼントし、その袋に資料をしのばせることを思いつく。

 宿舎では数人の仲間と友達になった。
 当初は、プレゼントだからと言って、ホテルの係員に頼んでデコに手渡してもらおうと思ったが、断られた。
 練習が終わって、選手が戻るのは何時になるかわからない。もしかしたら、そのまま横浜の中華街にでも行ってしまうのかも知れない。
 立ち去るには名残惜しく、しばらく、仲間とバルサの話をつづける。
 そうこうするうちに、徐々にファンが集まってくる。時計をみるとあっという間に21時。
 ここまで来たら、とことん待つしかない。
 たのむ、まっすぐホテルに帰ってきてくれ。

 その思いが通じ、22時前に暗がりから見慣れたバスが姿を現した。座席には紺色のトランジット・シャツが見える。
 バスが正面につけられ、ファンは張られたロープの前で整然と待つ。3時間前から陣取っていたので、最前列だ。
 半分くらいの選手が降りて通り過ぎた頃、デコがやってきた。
 「デコ! デコ!」
 絶叫しながら、「プレゼント」とスペイン語で書いた袋をデコに向かって突き出す。
 デコが受け取る。
 目と目が合う。デコはなんだか悪いねという表情。笑顔はない。
 そして彼の口から 「グラシアス」

 その後、デコが資料を見て、デコファンサイトをチェックしたかどうかはわからない。

 プレゼントを渡し終えると、他の選手にはもう用は無く、僕はその場にへたり込む。待っていてよかった。
 仲間もそれぞれにお目当ての選手からサインをゲットして、飛び上がって健闘をたたえあっている。

 ふと見ると、選手はとうにホテルに入ってしまったというのに、ある一角にファンの人だまりができていた。なんだろうか・・

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2006年3月25日 (土)

岩月謙二理論

 【 いわつき けんじ 】 理学博士。早稲田大学-筑波大学大学院-テキサス工科大(研究員)-香川大学講師-同助教授-同教授。

1955年
山形県で生まれる。
早稲田大学卒。筑波大学大学院修了。
1992年
 3月「男と女のラブゲーム」発表。タイトルと相反して内容はほとんど論文である。(当時は香川大学講師)
1999年
 9月30日、ストックホルム・シンドロームについて書いた「娘の結婚運は父親で決まる」NHK出版
2000年
12月「自分にウソをついて何になる」ドリームクエスト 世界で初めて心の感度について書いた。
2003年
 1月20日 「なぜ、男は「女はバカ」と思ってしまうのか」講談社
 5月20日 「娘は男親のどこを見ているか」講談社
 6月24日 「母を恋して太る人、彼を愛してやせる人 3日後日記でダイエットに成功する!」マキノ出版
2004年
 5月10日、自ら"集大成ともいうべき内容"という「なぜ、女は恋や仕事に臆病になってしまうのか -なぜか心が満たされないあなたへ79のヒント」小学館
12月7日、相談者の女性にわいせつ行為をした容疑で逮捕。
かつて「育てなおしは誤解と批判を受けるのでやめた」と著書に記していた。
2006年
 3月23日、高松地裁は懲役2年の判決を言い渡す。

 岩月謙二の理論に触れることは有意義である。
 有罪判決により、彼の論理は人々の共感を得られなくなるだろう。
 だが、是々非々で勉強する価値のあることを彼は書いてきた。
 自ら2004年の著書を集大成と言った。この作品一つだけをとっても、彼の足跡は大きい。



しらべる

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2006年3月24日 (金)

応援よろしくお願いします。

 日本のスポーツ選手は必ずこれを言わされる。
 どの記者も「ファン、全国のみなさんにひとこと」という
ステレオタイプな質問をするからだ。

 
特に巨人以外11球団のプロ野球選手は、こう言うことを義務づけられているのかと思うくらい、締めは必ずコレ。
 このきめ台詞は「最後に一言」に対して言わなければならない。
 もし、途中で言ってしまうと・・

記者「次の試合に向けての抱負は?」
選手「次も精一杯頑張りますから・・ 応援よろしくお願いします」
記者「それでは、最後にファンの皆さんへひとこと」
選手「・・ 応援よろしくお願いします」

 お立ち台に2人上がっていると、お客さんは2回きかなければならない。
 一人が外国人だと1回で済む。

 F1パイロットもサッカー選手も このきめ台詞を言うことがあるが、その前段では、自主的に組み立てて、長く話す。
 プロ野球選手はきっと本は読まず、自分で考えて言葉を組み立てるということを脳が放棄しているのだろう。
 Jリーグ選手は少し自分で考えて話すが、不入りが切実なので「スタジアムに来てください」という言い方が多い。
 


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2006年3月23日 (木)

自分に寛容になること

 歩き方を矯正するインソール SUPER feet のブックレットに「No Need for Speed」 (2004/09/03) 著者 John Bingham の次の言葉が載っている。

「自分に寛容になること。焦らないこと。体は時間が与えられれば、徐々に新しいレベルに適応できる」

 これは、故障を抱えるアスリート、目標に向かって進む人たちに贈られた言葉だろう。
 レースが迫ってくると、アスリートは自分を追い込んでいく。
 「10km走らなければ」
 「負荷運動を30分こなさなければ」
 「雨でも走らなければ」

 だが、故障した体、劣っている体力では、それが新たな故障を招き、レース本番になけなしの自分の力さえ発揮できない。
 走ることができない日は代替運動を研究する。
 30分続けることが辛ければ、負荷を落とす。

 頑張ろうとする自分に甘くなることで、体はレース本番で期待に応えてくれる。

 ただし、練習の辛さを過食で紛らわすといった自らの逃避行動に甘くなってはいけない。
 頑張ることができなくても、今できることをやる。
 今できることの一つには、頑張ったことを無にする行動を抑えることも含まれる。

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2006年3月22日 (水)

フライヤーってなんだろう?

 とんかつやフライドチキンを大量に揚げる業務用調理器?

 実際は「チラシ」のこと。

 音楽イベント(コンサート、クラブイベント、ストリートライブなど)の日時、出演者、曲目などを宣伝するチラシのことをこう呼ぶ。
 だが、クレジットカードの利用明細票に同梱されてくる、宣伝物のことをこう呼ぶ信販業者もいる。
 いわゆる、言ったもん勝ちの業界用語。

 これを仕事で使われると始末が悪い。
 知っている人は、知らない人の前でも平気で使う。
 目の前の人が明らかに「?マーク」を浮かべているのに、「あぁチラシのことだよ」とは言ってあげず、さらに得意になってフライヤーを連呼する。

 こうして意地でも業界用語で通す人と、意味を知らない人が会話すると

業界くん「その場合はフライヤーで入れると言う手がありますね」
ど素人「いや、封入物で対処できるんじゃないかな」

 こんなことが起こる。
 それも延々と続けて、結局、その日は会議が終わる。


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2006年3月21日 (火)

是々非々

 幅広くすべてのことから学ぶことは大切である。
あの国が嫌いだから、一切なにも受け付けない。
あのクラブチームは敵だから、情報は遮断する。
 そうすることで、よい情報も入ってこない。

 是々非々が大切

 いやな相手でも、よいことはよい
 「是々非々」は2001年11月に「
国会等の移転に関する特別委員会」で参考人の石原慎太郎都知事が使っているのを聞いて 「あ、いいな」 と思った言葉。
 石原慎太郎はずっと、ある政党と主義主張が相反している。
 だが、
首都移転というテーマについては意見が一致している。
 そのことをあの苦々しい表情で「是々非々でいきましょう」と表現した。

よいことは聞く耳を持ちたい
よことはよいと言っていきたい
悪いことは見なかったことにしたい

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2006年3月20日 (月)

風と25m

 3月19日は宇都宮線が一時、運転を見合わせていたので、なにごとかと思っていると、20日の読売新聞朝刊に「風速25mを超えたので、規定により運転を見合わせた」とあった。

 最近、電車に乗っていて思うのは、障害物や人が線路内に立ち入った・・と言って列車が停まった時、乗客にざわつきがなくなり悠然としていること、列車会社はダイヤが遅れることを慇懃なまでに詫びること。
 トラブルによって生じた遅れを取り戻すために速度を上げるよりも、こういう時こそ、落ち着いて安全を期すことが社会的に合意されたのではないだろうか。

 重ねて言うが、19日は街中どこへ行っても風が強かった。
 風よけのない河原を走ったりした人は、とんでもない思いをしたことだろう。

 風が吹くと桶屋が儲かると言うが、今ならば、風が吹くと目薬が売れて薬局が儲かるとか、看板が落ちて看板屋が儲かるとか、電車が停まって、駅前のコンビニや喫茶店が儲かるとか、タクシーやバスが儲かるということになるだろうか。

 よく「晴れ女」「雨男」といったキャッチフレーズを人に重ねることがあるが、この春のようにこうも風の強い日が多いと今に「風男」を名乗る人が現れるだろう。
 と書いている間にも日本中で100人は生まれている気がする。
 

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2006年3月19日 (日)

デコ即興のサイン会

 マリノスと引き分けた翌日、6月13日
 ライカールト監督とコーチ4人がさいたま市内の中学3年生約80人を指導した。当初は選手も参加が予定されていたが、昨日の引き分け後、急遽休養日に振り替えられた。80人の中学生はがっかりしただろうが、ここが選手の心身のコンディションを大切にするライカールトらしいところ。

 
愛・地球博に行ったデコはポルトガル館で即興のサイン会。ポルトガル館には「14時にデコ選手がきます」という張り紙があったと報告があった。そしてこの模様は東海テレビ(CX系列)18時からのニュースで報じられ、しばらくはネットでも動画を見ることができた。デコに群がっているのは、どう見てもふつーのおばちゃん達で、とりあえず有名な西洋系男性には絡んでおこうという風情だった。

 その映像をみて僕にはあるアイデアが湧いた。

 6月14日は19時からソシオ限定交流イベント。日産スタジアムで公開練習が行われた。雑誌記事でその年のソシオ登録先着30名が交流イベントに参加できると書いているところがあったが、何のことを指しているのだろう。少なくとも、この公開練習はソシオ全員はおろか、その友達も連れてきてよいことになっている。

 僕はその日産スタジアムには行かず、数日前にデコサインをもらった宿舎にいた。

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2006年3月18日 (土)

自分が走っているマラソンをブログで速報する

 ブログはパソコンでインターネットにつないで、ブログサービスのWeb画面にアクセス。そこで文章を打ち込む。
 最近では、これに携帯電話やパソコンから任意のアドレス宛てにメールを送ると、それがブログとして公開される 「メールでブログ」が書けるサービスもある。

 ところで今時のマラソンは「
チャンピオンチップ」というICチップを靴につけて走り、タイムを計測する。
 そのチップで計測したデータは後で記録証に掲載されるが、速報をメール配信するサービスもある。「
GTMails」というサービス。

 では「GTMails」を「メールでブログ」に送るとどうなるか?
 自分で走っているマラソンのラップタイムが(少し時間差はあるが)リアルタイムにブログに速報されることになるはずだ。

 ただネックがある。
 GTMailsではメール本文に「ゼッケン番号」「選手名」が表示される。
 選手名はふつう本名の氏名だろうし、ゼッケン番号があれば、レース結果を検索して氏名を特定できる。
 ということは、不特定多数が読むブログで公開するのはリスクがある。
 ゼッケン、選手名を本文から外すことが選べればよいだのだが、惜しい。



マラソン講座

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2006年3月17日 (金)

遠くにいる人と話す

 遠く離れた事務所にいる人に電話をする。
 「今からメールに
URLを書いて送るから、そのWebページを見ながら話しましょう」

 そう言ってからメールを「送信」
 相手が受信してWebページを開くまでに30秒もあれば事足りる。

 二人以上の人間が「ことば」だけで共通理解をするのは難しい。
 だが、同じ「図表」「文書」を見ながらであれば、費やす時間が短縮されるし、共通理解を得る確率が高まる。

 10年前ならば、FAXでやっていた。
 その前ならば、手紙を送って1日~2日かかって実現するレベルのこと。
 世の中は大変なスピードでどこかへ向かっている。

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2006年3月16日 (木)

通り名の定義

 京都に知人を訪ねた時、メールでもらった住所に「上る」とか「入る」とか、へんてこなことが書いてあった。その時は地域の人だけが呼んでいる通称(例:宮崎のトロントロン)かと思った。

 京都ではこれが住所表記に使われている。
 「通り名」という。「とおりな」と読む。
 トオリメイ?トオリナ?どちらかわからなかったので、京都市役所に確認した。

 通り名がある場合、必ず通り名を表記する。
 通り名は町名の前につける。
 通り名がない町名もある。

 京都の人に聞けばわかる・・と思うかも知れない。
 だが、自分が住んでいる町の住所表記が公的にどのようなルールで運用されているかを責任を持って言い切れる人なんて、そうはいないものだ。
 書くとわずか3行の簡単なことだが、こうした定義をまとめるのは多くの時間を要する。


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2006年3月15日 (水)

エクセル セルの「入力制限」

 ずいぶん前に「マイクロソフト認定エクセル3級」という、今となっては誰も知らないような資格をとって以来、エクセルについては、少しは詳しいと思われている。

 1-2-3を5年使った後、エクセルに引っ越して11年。
 それでも未だに、こんな便利な方法があったのか・・今までの*年はなんだったのかという機能に出会う。

 3日前に知ったのは 任意のセルへの入力を「半角英数に制限する方法」
 日付、数字を打つ時に、以前より少しだけ便利になった。

▼入力制限したいセルを選択する
   ↓
▼[データ]>[入力規制]
 「日本語入力」のタブを選択
   ↓
▼"半角英数字"を選んで[ OK ]



ど素人!エクセル講座

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2006年3月14日 (火)

マラソンの退廃

 腕立て伏せを全員で千回やってから「さぁ腕相撲世界一決定戦です」
 70分間0-0ということにして「さぁ20分間、ここから バルサ 対 チェルシー の真剣勝負です」
 そんな競技が、もしあったら馬鹿馬鹿しく見る気がしない。

 女子マラソンで記録を狙うランナーが雇い、予定した時間配分通りに先導する男性ランナー。
ペースメーカーは初めはそうだった。

 その後、男子マラソンでも30kmまでを一定のペースで先導するランナーとして採用された。

 2006年の東京国際マラソン以降、日本国内のレースでも堂々と30kmまで先導するようになった。

 東京国際では30km手前で誰かが前に出ようとすると、ペースメーカーがそれを手で制するというシーンもあった。

 勝負の楽しみがまるでない。
 マラソン観戦は2時間を超す緊張感の持続、スリルが醍醐味。

 毎度こんな趣向でやるならば、初めの90分間テレビを見る必要はない。次のレース観戦からは
DVDレコーダーで追っかけ再生することにしよう。





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2006年3月13日 (月)

佐野さん50歳!

 佐野元春さんの誕生日
 1956年 3月13日生まれの彼は今年で50歳
 50年前の今日の東京は、きっと春の始まりを感じさせるような、暖かな空気の1日だったのだろう。

 50歳だが、彼はとても若い。
 髪もふさふさしている。白髪だけど
 白髪の人は禿げないという風説はやはり本当だと思う。

 明石家さんまは「若くみえる中年」の代表者だが、ここに来て老いが隠せない。
 佐野さんにしても、老いは顔に出ている。だが、元々若さが売りの人ではなく、張り切っているわけではないので、とてもよい味のある顔になっている。

 それよりも課題なのはファンの平均年齢の高齢化。
 少子化になれば、将来の社会制度に不安があるように、10代、20代のファンが入ってこなければ絶対数が減ってしまう。
 かっこいい50代のロックンローラー佐野元春に、ここらでデビュー後初のオリコンNo.1ヒットが欲しい!



しらべる

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2006年3月12日 (日)

モッタ30万円

 3-3となってからはデコは左サイドラインぎりぎり、相手守備オフサイドライン近くの最前列に残ってパスを待つ。
 バックスタンドで見ているので、常時デコが目の前のライン上で張っていて嬉しい。ただ目の前とは言っても日産スタジアムは陸上トラックがあるため、いい席なのにかなり選手は遠い。2006年Jリーグ、浦和ホームの開幕戦がなぜか国立で行われていた。ホームは素晴らしいスタジアムなのに、わざわざ見づらいスタジアムで試合をさせるのはナンセンスだ。

 2列めMFからのパスのほとんどはデコが待つ左サイドへ出る。ボールを受けたデコは強引な突破を企図してはファウルをもらう。ペナルティエリアやや外左からのセットプレーを2度、デコが直接ゴールを狙う。右を狙った1本めはバーの上。二人がフェイントでボールをまたいだ後にデコが蹴った2本めはゴール枠の左端を捉えていたが、GKにキャッチされた。
 ロスタイムはマリノスのシュートがバーをたたくなど冷や汗もの。何度か左からデコが持ち込んでペナルティエリアに迫ったが、マリノスの必死の守りでエリアには入れず。3-3で試合終了。

【 試合後 】
 ヒーローインタビューはまずデコ。どうやらスペイン語らしい。デコは「日本には去年も来たことがある」といったことを答えたらしい(後で人から聞いた)。つづいてモッタ。インタビューは二人のみ。2ゴールでMVPを獲得したモッタに賞金300,000円のプレートが手渡され、バックスタンドの周囲の観客からは 「少なっ!」 の声があがる。
 デコはマリノス選手のユニフォーム交換の求めに応じ、上半身裸のままロッカーにひきあげた。

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2006年3月11日 (土)

電話があったことをお伝え下さい

 「電話があったことをお伝えください」は伝えない。

 これを言うのは、腰の引けた人。
 社内であれば、こちらの部署に依存度が高い人、社外であれば営業の人。要は立場が弱い人だ。

 「電話ください」
 と言える立場ではない。そこまでは言えない。
 でも、電話したぞと言う証拠を残したい。
 でも、そんな証拠なんて屁にもならない。
 そんなことがわからないのかな?

 「電話ください」と言ってくれれば、そうMEMOに書くだけでよい。
 「電話があったことをお伝えください」は文字数が多いだけでなく、
 では、また電話すると言っていたのか?
 どこかに出かけるから、返信は受けられないと言う意味だったのか?
 と相手の状況を把握しなければならない。
 それを把握しないのは、子どものお遣いだ。

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2006年3月10日 (金)

定年退職の人を送る言葉

 定年退職の送別会で、送る側の贈る言葉について、いつも考えている。

【 言うべきこと 】
自分とその人だけの隠されたエピソード
仕事での主な業績、金字塔。
「皆 あなたのことを忘れませんよ!」

【 例 】  「もし私が今日この会社を去っても、1か月もすればもう誰も覚えていないと思いますが(笑)、あなたのことは1か月、1年たってもずっと皆が覚えていて、あぁあなたならこういう時、こういうだろうなって、折に触れて思い出すと思います」


【 言わないでいいこと 】
皆が知っているエピソード
過去の失態
会社の歴史
 その人とは関係ない会社の歴史を懐かしむ人がいる。
「ゆっくり休んでください」
 それは霊前で言うこと。
「また、会社に遊びに来てください」
 社交辞令として見え透き過ぎ。本当に来た時、時間をとって相手をするのか?

【 言ってはいけないこと 】
がんばってください
 目上の人に大変失礼。言われたほうはどう反応していいかわからない。

 「ぜひ、また会社に顔をみせてください!」
 と言うお調子者に限って、本当に来たら 「お久しぶりです!いやぁ、残念だなぁ。これから僕は会議なんですよ。来るなら、前もって教えてくださいよ~ じゃこれで」 と言って、すぐいなくなる。

→最新更新版 定年退職の送別会の送る言葉


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2006年3月 9日 (木)

イチローに聴きたかった

 日本には数字や結果だけでなく、その人間性に惚れ込むスポーツファンが多いかと思っていたが、読売新聞調査ではイチローが1位になっていた。3階建てのビルの屋上でモノを言っているような人でも支持を得られるということは、日本人の心がより合理的になったということかも知れない。

 WBCで初戦に負けた時、
イチローに一番聴きたかったのは
 あなたが「向こう30年、日本には勝てないと思わせるような試合をしたい」と言ったことが、相手の選手を刺激したのではないですか?
ということだったが、今のところその受け答えの記事を見つけていない。

 試合後の会見で「調子は?」という質問があり、イチローは「却下」と応えたらしい。
 それは当然だ。その記者は校正にでも回ったほうがよい。

 その昔、まともな質問ができないくせに、取材に真摯に答えないと
中田英寿を批判していたサッカー記者が大勢いた。どのメディアも入社試験の方法を見直した方がいいと思う。論文や小説を書かせて、文学賞の審査員作家陣に選ばせたらよい。

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2006年3月 8日 (水)

言葉のドッジボール

ある日のコンピューター・システム打合せでの会話

A社 佐藤さん
「この照会画面では、ボタンを押してから計算して作るものはありますか?」

B社 鈴木さん
「既に計算されたものを照会するだけです。」
B社 鈴木さんの上司の田中さん
「ユーザーが要求するものをその都度抽出するのではありません。」

A社 佐藤さん
「ですから、無いのですよね?」
B社 鈴木さん
「ユーザーがキックしてから作成するデータについては想定していないんです。」
B社 鈴木さんの上司の田中さん
「ユーザーがキックして作るデータがないのは、締め日との関係がありまして。まちまちなデータがダウンロードされた場合、問題が多いのです」

A社 佐藤さん
「 ・・・・ 」

 子どもの頃、よく軟球でキャッチボールをした。
キャッチボールは相手の胸をめがけて投げることを心がけた。
相手が受けやすいボールを投げるのがキャッチボール

子どもの頃、体育で一番楽しみなのはドッジボールだった。
ドッジボールは相手から来た球をキャッチすることもあるが、球が鋭い場合は当たらないようによける。相手に投げる時も受け辛いボールを投げる。

 会話では、相手の言葉を一旦受けて、自分の言葉を返すのが「言葉のキャッチボール」
 互いに言いたいことを言い合うのはキャッチボールではない。

 自分の言いたいことだけ言いたい人どうしの冗長な会話を、しらべるでは「言葉のドッジボール」と定義している。

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2006年3月 7日 (火)

コミュニティは終わっている。

 ニフティ・フォーラムというコミュニティは2004年3月に終焉を迎えたが、2004年2月に立ち上がったSNS「ミクシィ」の「コミュニティ」にその思想は引き継がれている。

 ニフティのフォーラムは主催者のニフティ側に申請して、承認を得なければ作ることができない。個人が自由に作るには別料金を支払い
「ホームパーティ」「パティオ」を作るしかなかった。一方、ミクシィでは別料金を支払わなくとも、好きな数だけコミュニティを立ち上げることができる。

 では、コミュニティは息を吹き返すのか?
 答えはノー

 日本におけるネットコミュニティは「受身」のメディアであるインターネット(Webページ)が登場した時点で、下り坂にはいり、その後に登場した匿名型「掲示板」が荒れた時点で終焉した。

 顔の見えないコミュニケーションでは、誰も心を開かない。
 インターネットの本格普及が始まる1997年以前でも、オフを開催しないコミュニティは長続きしなかった。
 顔の見えるコミュニケーションに参加していた人口のうち、大半の層は「受身」のインターネット(Webページ)に流れた。コミュニケーションをしたい層(アクティブ)のうち、一定数が荒れた掲示板に接して、身を堅くした。

 パソコン通信時代、顔の見える度合いに比例して書き込みが多かった傾向は、ミクシィ・コミュニティでも続いている。今、ミクシィ上には 5000人、1万人とメンバーがいるのにほとんど書込みのないコミュニティが大量にできている。



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2006年3月 6日 (月)

靴のインソールはいかに足に合っていないか

 ジョギング用の靴を買いに行った。
 お目当ての靴を包んでもらったところで、ランニンググッズのお勧めは?と訪ねると
「予算があるんでしたら、インソールにお金をかけるといいんですけどね」
と担当のYさん
 2週間ほど靴を使ったところで、インソールを作りに行く。

 足型に合わせたインソール(中敷)Super-feet 制作費込みで9,245円
 その日は先客があり、オーブンが温まっていたので30分ほどで出来た。

 初日は足を慣らすために10kmウォーキング
 少し頑張りすぎたか・・
 足がパンパンに張る。その晩、説明書を読むと
 「初日は2時間、二日めは4時間・・徐々に慣らしていく」とあった。
 確かに歩いたのは2時間だが、ちょっとまずい。

 仕事履きのウォーキングシューズにも難なく入ったので、日中は詰め替える。
 夜の練習では GT-2110に戻す。
 5kmほど走った後、インソールが違う別の靴を履くと、いかに足の型に合わない靴を履いていたかが実感できる。

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2006年3月 5日 (日)

消えないデコ

【 後半 】
 バルサは選手交代なしで後半へ。デコのキックオフで今度はバルサがバルササポーターに向かって攻める。2-2のイーブンがつづくなか、だんだんとデコが苛立ち、本気モードに変わっていくのが見て取れる。
 均衡を破ったのはデコ。右サイドで相手DFと相対した場面。ボールを挟んで動かすと見せかけて、すぐ逆方向に切り返すフェイント・ドリブル”シザーズ&切り替えし”。日頃対戦しているDFならば動きが想定されてしまうが、慣れていない相手の場合、完全に置き去りにされてしまう。
 DFを振り切ってフリーの状態であげたクロスが、ゴール前でフリーのモッタのヘッドにぴたりと合い3-2。

 デコは時に中盤まで守備に戻る。チャンスあるところにデコではなく、ボールあるところにデコ。デコが何人もいるような錯覚を覚える。ゴール前に切り込んでも自ら強引に打つことがなく、パスを出すことで味方の意欲を引き出すかのよう。東洋の端で行う試合もエキジビジョンではなく、来期に向けて味方の修練の場と考えているようだ。
 終始、統制された鳴り物応援を続けるマリノスサポーター。バルササポーターは後半中ごろ、一度だけ「バルサ!」コールしたが、マリノスサポーターから一斉に大ブーイング。その後、2度とバルサコールは起こらなかった。もちろん個々の選手のコールもなし。
 3-2で逃げ切りかと思われた終盤、DFエジミウソンにミスが出てPKを与え3-3。40分頃、デコがベンチに向かってなにやら合図。
 「接戦だから、交代はしないよ」という意図にとれた。

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2006年3月 4日 (土)

NTTの先見性

 無線の電話が普及すれば、身を置く場面に突然電話がかかってくる。レストランでのデートや電車の中、会議など行為そのものが、電話により中断される。禁電席、禁電タイムが必要になるだろう。

 「2005年の社会と情報通信」NTT出版 にこう書かれている。
 1991年9月のことである。

 14年後の社会を予測した本を出すという意図がよくわからないが、その先見性は確かだ。当時まだ携帯電話は登場前で、パソコン通信はあったものの、インターネットという言葉はなく、当然、この本には登場しない。

 行為を中断されることが嫌いな人、スタイルとして格好悪いと思う人は今でも携帯を持たないし、持っていても会社の引き出しやカバンに入れたままにしている。

 携帯をかけながらの運転も依然として頻繁にみかける。狭い道を徐行もせず走ってくるクルマの運転席を見やると、だいたい電話中だ。

 禁電席は実現したが、まだ禁電タイムは実現していない。あと大丈夫じゃないのに「大丈夫」というのは禁電語に指定したい。

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2006年3月 3日 (金)

マラソンが1位、2位

 3月2日付け讀賣新聞に讀賣新聞によるスポーツ人気投票調査の結果が載っている。

 男性は1位「プロ野球」2位「マラソン
 女性は1位「マラソン」2位「プロ野球」

 サッカーは男女共に5位以内に入っていない。

 どのスポーツが好きか?という問いに対する答え方の切り口としては
「観るスポーツ」
「自分がやるスポーツ」
の2つが考えられる。

 「プロ野球を観たことが有る人」と「硬式野球をやったことがある人」に比べれば、「マラソンを観たことが有る人」に対して「(フル)マラソンを走ったことがある人」の比率は随分と低いだろう。

 マラソン支持率の折れ線グラフを見ると、2000年(高橋尚子優勝)2004年(野口みづき優勝)とリンクして、その都度前年より高くなり、しばらくして下降線を描いている。
 このことからも、マラソンは「観るスポーツ」であると同時にナショナリズム高揚の象徴としてのスポーツと言える。

 来年は日本初の大都市市民マラソン「東京マラソン」が始まる。
 マラソン雑誌を出している2社「ランナーズ」「ベースボール・マガジン社」は笑いが止まらないだろう。

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2006年3月 2日 (木)

パソコン通信が今月終わる

 ニフティのパソコン通信が終わる。

2006年 3月31日「ワープロ・パソコン通信」サービス終了。
2006年 4月 1日@nifty(旧NIFTY SERVE)会員は、会員種別が「@nifty会員」に強制変更される。

 事実上のパソコン通信の終焉は2004年3月だ。
 @ニフティ(前身:ニフティサーブ)は電子メール、フォーラム、掲示板の3本柱で軌道に乗った。特にフォーラムの充実がニフティの強み。仕掛けはどこの会社にでも作れるだろうが、先行業者ということで、多くのユーザーを集めた。そして「SYSOP」=シスオペという独自の管理制度が功を奏し、荒れていなくて誰もが安心して参加できる場を確立した。

 かつて、フォーラム(とパティオ)に集った「ユーザーの質」こそが、ニフティの強みだった。
 しかし、2000年代に入ると、ほとんどのユーザーはフォーラムを使わなくなった。それが経営を圧迫したため、2004年3月を境に大半のフォーラムを切り捨てた。

 そういう意味で、2年前からニフティに入っているメリットは何もない。
 ホームページを置いていて、アドレスを変えたくない。つまり、移行のストレスが面倒なユーザーが引き止められているのである。

 ニフティに会員引止めの意志はなく、12年利用していても、ボールペン1本どころか、お礼のメール1通さえ来た事がない。CRM全盛のいま、価格の割引や、ディスク容量増量などがあってもよさそうなものだ。

 4月に入り@nifty会員に変更されても、期日指定メールサービスが使えなくなるくらいで、大きなデメリットはない。

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2006年3月 1日 (水)

市町村合併

 合併特例法の元の「平成の大合併」が終盤を迎えている。
 およそ1年前の2005年3月31日までに申請を終え、2006年3月31日までに合併すれば、新・合併特例法による優遇措置が受けられる。

 2月20日には、市町村数が2000を割った。この3月はいよいよラストスパート。

 4月を過ぎ、3月分移行措置の作業が終われば、住所データベースの担当者は一息つける。

 与党と民主党は共に市町村数は1,000が理想としている。

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