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2006年5月の32件の記事

2006年5月31日 (水)

そばアレルギーとして生きて

 そばアレルギーは 日本そばが原因で起こるアレルギー。
 1988年12月、札幌市の小学校で給食のそばを食べた男児が、ぜんそくで倒れ、嘔吐物が喉に詰まって死亡する事故が起きてから一般に認知されるようになった。

 この一件は「小学生がそばアレルギーで死んだ」と端的に伝わっている。
 実際の死因は窒息であり、そばアレルギーというだけで死の危険と隣り合わせというわけではない。

 

食べた後、舌がかゆくなる。
その後、全身が真っ赤になり全身がかゆくなる。
そば饅頭やそば粉が入っているワッフルなどでも発症する。
そばと同じ釜で煮たうどんでも発症することがある。
そば殻の枕で寝ても必ずしも発症しない。
そば焼酎を呑んでも必ずしも発症しない。

 


 子供の頃、行楽地でそば饅頭を食べて舌がかゆくなった。
 次に食べた時にもかゆくなった。
 当時、そばアレルギーは一般に認知されていなかったが、それ以来、自主規制でそばは口にしなかった。

 それから、15年が過ぎ社会に出た。
 取引先で50人ほどの勉強会をおこない、夕飯にそばが出た。
 参加者が一斉に箸を割る。

 一瞬躊躇した。
 ここで箸をつけないのは、間が悪い。
 年月も経っていることだし、もう大丈夫かも知れない。
 意を決して箸をつけた。

 

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2006年5月30日 (火)

ナイキフリーのモニター(最終回)

 二ヶ月前、荒川マラソンの会場で指定しておいたショップにやってきた。
 二か月分のモニターレポート、ナイキフリーは2種類のインソールと共に元の箱、元の袋に入れて持ってきた。
 「モニターレポートを持ってきました」
 というと、呼びに行って店長さんらしき人が奥から出てくる。
 お、これは何か特別な臭い。

 「はい、これがレポートですね」
 と言いつつ、貸し出しリストのようなものを見ながら、サイズは27.5・・とかぶつぶつ言っている。
 これは期待が持てる展開だ。
 すると、
 「はい確かに。ありがとうございました」
と靴はカウンターの向こう側へ。念のために食い下がる僕。
 「あのぉ。その靴はいただけないんですよね?」
 「あ、はい。回収となっております」

①新品の靴をくれる。
②モニターの靴、よかったらお持ちになってください・・と言ってくれる。
③新品の靴を割引してくれる。
④モニターの靴を安く買い取ることができる。

 いくつもの想定はすべて外れた。
 仕方なく、売り場でナイキフリーを見せてもらう。オールブラックの靴はない。説明によると「この靴はメーカーに在庫を置く靴ではないので、お店によってある色があるだけで、取り寄せは効かないんですよ」

 ナイキは僕が靴コレクターだった1998年までとシステムが変わっていなければ、年4シーズンのリリース。その都度、半年前に販売店を集めて展示会をおこない、そこで受注した数を納品する。この"6か月"が厄介。
 スウッシュさえついていれば何でも売れた1998年初頭までの勢いが、その年の秋にはぱったりと止まった。スニーカーブームが去ったのだ。靴はうれなくなったが、半年前に発注した靴は予定通りにやってくる。靴は大量に売れ残り、販売店は投売りせざるを得なかった。

 ただナイキフリーが違うのは、1シーズンでのカラー展開が多いということだ。エアマックス95のように、10年たっても未だに色を変えて売りつづけている靴もあるにはある。ただし、1度のシーズン(四半期)でこれだけのカラー展開をするのは珍しい。

 この後、5軒のスポーツ店を回ったが、どの店も置いてある色が違っていた。そして最後のお店に
仕事でも履けそうなオールブラックに近いモデルがあったので購入した。今、仕事履きで使っているが、疲れないし涼しいし、大変具合がいい。



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2006年5月29日 (月)

バルサ12月の日程を予想

 FIFAクラブワールドカップ2006欧州サッカー代表FCバルセロナの日程を予想した。

【 バルサ来日 予想日程 】 2005年大会日程を元に予想。

 9日(土)
リーガ公式戦 この週は土曜日に試合を開催。
2005-06シーズンのバルサは11日(日)に15節セビージャ、ミッドウィークの試合はなく、17日(土)16節カディス戦を行っている。
10日(日)
バルセロナ出発
11日(月)
日本到着
夕方、軽めの練習。
12日(火)
ソシオ公開練習 日産スタジアム
13日(水)
FCバルセロナ 対 オセアニア・北中米カリブ勝者 日産スタジアム
17日(日)
決勝 日産スタジアム
深夜、チャーター便でバルセロナへ。

 2005年大会、2004-05欧州代表リバプールは木曜日に準決勝、中2日で日曜日に決勝を戦った。そのパターンを踏襲すると14日、17日。
 バルセロニスタは13日、14日、17日のスケジュールを空けておく必要がある。

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2006年5月28日 (日)

バルサ経営陣、東京工業大学へ

 ホテルに着いた選手たちは夕方、日産スタジアムへバス移動して練習。
 その時間帯、FCBマーケティングディレクター Esteve Calzada 氏を始めとする数人のスタッフは東京工業大学でのイベントに臨んでいた。
 理系では国内最高峰に位置付けられる東京工業大学は田園調布に近い大岡山の住宅街にある。首都東京と言っても大田区のこの当たりは、ちょっとした地方都市よりも田舎である。
 駅前にマクドナルドと数店の居酒屋、ライブハウス、スポーツバーがある。以前はTSUTAYAがあったのだが、店を閉めた。

 校門にいた警備員さんや学生に場所を聞きながらたどりついた会場では、バルサのユニを着た学生たちが受付の準備をしている。少し早く着いたので、話しを聞いているとスタッフの学生は東工大だけではないらしい。90年代の古いユニの方もいる。

 古くからのバルセロニスタに、こう言う人たちがいる。
「ナイキになってデザインが悪くなった」
「ナイキ最低、前のに戻して欲しい」
「蛍光イエロー?赤いパンツ?信じられない!」

 そういうのを懐古主義という。
 決して安価ではない最新のユニフォームを手にして楽しい気持ちになっている人からみれば、不愉快極まりない。
 ただ、バルセロニスタの先輩への敬意として、黙っている。
 デザインの良し悪しは、人それぞれの好みに過ぎない。日本では「言論の自由」は保障されているが、誰にも「人を不愉快にさせる権利」はないことを知って欲しい。

 受付にはまだ早いが、中に入れてもらって待つことにする。
 サッポロの協賛により、会場入口付近のデスクに「玉露入りお茶」のペットボトルが "ご自由にどうぞ" と置いてあったので 1ついただく。
 サッポロさん、ありがとう!

 受付で配られたバルサ経営陣プロフィールの資料に目を通す。
 モノクロの写真、それをコピーしたB4普通紙なので画質は不鮮明だが、今日のメインゲスト Esteve Calzada はかなりのイケメンのようだ。

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2006年5月27日 (土)

音楽と離れている世代

 CDを買う世代は23歳まで

 音楽CDを買って、所有することにステータスを感じるのは23歳まで。それを過ぎるとレンタルに流れるか、音楽のない生活になる。

 結婚、出産、育児、忙しさを増す仕事。
 人は20代から30代、音楽と離れている。

 通勤の往復に行動ルートが絞られる社会人にとって、その通勤路にCD販売店がないということも音楽から遠ざかる理由のひとつ。それを裏付けるように、セブンイレブンでは 競合CD販売店が多い東京よりも、少ない地方のお店が3倍売れている。
(2000年5月11日、セブンイレブン碓井誠取締役 -当時-談)

 音楽と離れていても困らないが、戻った時に音楽の力を痛感する。
 悩み、挫折。大きな壁に当たった時、音楽をかけてみよう。

 若年の頃、音楽はかつて空気の存在のようであったのだが、再会を果たした後、音楽を力として利用しようとする。健康を気遣う人が摂るサプリメントにその役割は似ている。

 「音楽は力 今君はそれを手にしている」
 1992年 佐野元春 TDKコマーシャル

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2006年5月26日 (金)

焼ラーメン初挑戦

 1995年夏、天神の野村證券の裏にある屋台で焼鳥を食べていた。
 博多の屋台で呑む時は夏ならば焼鳥、冬はおでんを肴にビール。最後にラーメンで締める。  お店は常連さんらしき人で混んでいる。店主と親しげに話しているのでそれとわかる。
 店主が焼きそばを作っている。お客の一人がつっこむ。

「前からいっぺん、焼ラーメンっていうとば食べてみたかったいね」
「してみるや?」と店主が応じる。

 野菜と肉を炒めたところにラーメンが入り、あっさりとしたソースで仕上げて
「はい、お待ち 焼ラーメン!」
食べたい!羨ましい!

 11年の時が流れ、博多では焼ラーメンが市民権を得つつあることは聞いていた。そこに永谷園が「焼ラーメン」を売りだした。家庭でも作れるような具材セットが400円ほどでセブンイレブンに並んでいる。
 作ってみたい。だけどあれをそのまま作るのは、気が乗らない。

 そして先日、広島風お好み焼き
を作ろうかとスーパーで焼きそば麺(ちゃんぽん麺)をみていたら、特売をやっている。
「うどん・そば・中華めん 2玉108円」

 え、中華めん?
 見た目は細麺、博多ラーメンに近い。しかもチャンポン麺ふうの扱いやすい雰囲気。
 予定は「焼ラーメン」初挑戦に変わった。
 

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2006年5月25日 (木)

ナイキフリー5.0モニター開始!

【 初日 】
 初マラソン完走の翌日。いったい足がどんなことになるのか?と興味津々だったこの日。確かに足は前に進まない。だからと言って、一歩も歩けないわけでもない。
 この2か月は毎日オーダーメイドした
スーパーフィート(インソール)を入れた靴を履いていた。オーダーなので左右のアーチサポートの高さが違う。僕の場合、左足の方が右より土踏まずが下がっている。FREE5.0に足を入れた第一印象はスーパーフィートと比べて左のアーチサポートが高く違和感がある。

【 二日め 】
 マラソン明け二日目ようやく普通に歩けるようになったので少し散歩に出る。やはり左アーチが高く違和感がある。これはソールが足に合っていない痛みであり、この靴特有の"日頃使っていない筋肉の違和感です"ではないと思う。モニターの靴はまっ黄色のアッパー。黄色いアッパーの靴は4足持っているがいずれも夏用。それ以外の3シーズンでは合う服を持ち合わせない。

【 三日め 】
 黄色い靴を会社に履いていけないので、同梱4.5のインソールをエアマックス95SC(ヒッコリーブラック、size:us9.5)に入れて履く。歩き始めてすぐ5.0のインソールに比べて土踏まずが低いことがわかる。これは快適。SUPER feetを履いている感覚に近い。このインソールだけでも買う価値がある。一般のスポーツシューズよりも高機能なインソールが2枚入って 12,600円は手頃な価格と言える。
4.5と5.0のインソールを比較して言えば、4.5は5.0と比べて裸足に近いというよりも「普通の靴」に近い。

【 四日め 】
 今日は5.0のインソールをエアマックス95SC(ヒッコリーブラック)に入れて履く。インソールに溝が切ってありクッションまで付いている。クッション付きインソールはニューバランスのウォーキングシューズでも経験がある。これは安いコストで、柔らかい履き心地を出すための策なのだろう。

【 五日め 】
 昨日と同じ履き方。二日めで慣れて違和感が消えている。だが、明らかにアーチを強く押し上げているインソールに慣れることが妥当なのかはわからない。
 仕事ではナイキ、NBのアッパーからアウトソールまでがオールブラックの靴を履いている。FREEもそれに加えたい。レディースモデルには「ナウアンドゼン」というオールブラックがある。メンズでも設定されていたらそれが欲しい。

【 七日め 】
 4.5のインソールでFREEを履く。かかと部分のクッションが無いため随分とアーチが高い。レース時に痛かった左足外側の痛みがぶり返す。こういう痛みを「日頃使っていない筋肉の痛み」ですよと片付ける店員がきっといるに違いない。
 足入れ部のサポート感は
エアマックス93よりもしっかりとしていて良い。現在の手持ち40足の中で履いた印象が一番近いのは aqua sock extra。これは夏に素足で履けるので長く愛用している。

 いきなり途中を割愛して・・

【 二ヵ月後 】
 外出時はいつもこの靴を履いていた。モニター期間だからということではなく、このシーズンに履く靴ではベストの靴だからだ。

 レポートをプリントアウトして、ショップへ向かう。

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2006年5月24日 (水)

ナイキフリーのモニターに参加

 2006年荒川市民マラソンの出場者100名を対象にした、ナイキフリーのモニターに参加した。

 ナイキフリーは裸足で歩くのに近い状態を靴で実現すると
ナイキは言っている。
 ランニング雑誌に頻繁に商品広告が出ているので、靴
コレクターとしては一度履いてみたいと思っていた。

 荒川マラソン前日選手エントリーでのモニターは先着30名様。ブースが開く11時を目指して現地へ向かうが大渋滞で着いたのは2時間遅れ。それでも一応ナイキキャラバンのブースに立ち寄る。試し履き用のナイキフリーが並んでいる。

moto「もう、モニター終わりですよね?」
係員「いえ、まだいいですよ。それじゃこちらに座って受付を・・」

 俄然目が輝く。相手の気が変わらないうちにそそくさと住所、氏名を書き始める。いやぁダメかと思ってましたよ・・
 すると係員
「ご返却はどちらになさいますか?」

 え゛?返却?
 モニターって普通もらえるんじゃないの?
 という態度はおくびにも出さず、じゃ川崎店で。

 僕はこう考えた。
 現実的に、2か月履き古した靴は処分するしかないだろう。返却というのは課題のレポートを回収するための方便で、レポートを出しに行った時に「靴はどうぞお持ちください」と言ってくれるに違いない。

 試し履きをしたところ、日頃履いているナイキサイズUS9.5では若干きつい。だが、係員は「この靴はジャストサイズで履く靴です」という。
 靴には飾る靴(蒐集、転売目的=履かない)、使う靴(デザイン優先だが実際に使う)、履く靴(走る、歩くという機能優先)がある。
 ナイキフリーは履く靴なので、このアドバイスは正しかった。
 試し履きのアッパーはグレー。多くの人が履いたのだろう。少しくたびれている。だが帰宅して箱を開けてみると、新品の黄色いアッパーが入っていた。

 "返却"期限まで2ヶ月のモニター期間が始まった。

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2006年5月23日 (火)

なぜ、人事異動の通告は月曜日なのか?

 会社は人事異動、解雇通告を月曜日に行うことが多い。

週末に伝えると
・異動~週末に家族とじっくり相談、断る理由を考える時間を与える。
・解雇~ほかの会社が空いてないので次の職場探しができない。

 会社側から見れば、本人が元の場所に留まる方向に動かれてしまい、都合が悪い。

週明けに伝えると
・異動~じっくり考え、人に相談する時間が少ない。
・解雇~次の職場をすぐ探しに行ける

 週明けの方が、本人が通告を承諾せざるを得ない状況になる。

 "毎年3月末の定期異動" のように、時期がはっきりしている予定調和な異動は別として、本人にとってサプライズな知らせは月曜日に集中する。自らの経験をカレンダーで振り返ってみるとわかる。

 あなたの会社が、金曜日に通告してくれるならば、それは社員思いの会社。
 月曜日通告ならば、保守的で社員への思いやりを持てない会社である。

 あ、間違っても就活で
 「異動の通告は何曜日ですか?」
と聴かないように。

ど素人!人事・労働 講座



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2006年5月22日 (月)

うんめぇ

 【 感嘆詞 】 美味い

 10代~20代の男性アイドル、男性お笑い芸人らがバラエティ番組で美味しい料理を食べた時に開口一番発することば。

 文筆・評論に携わる者はおいしい料理に接した時に、いかに「おいしい」という直接的な表現を使わずに視・聴・読者にその感動を伝えるかが腕の見せ所となる。
 それが「まったりとした後味」や「素材が前に出過ぎない」といった、持って回った表現を創り出す。

 語彙の少ない者が「まったり」や「芳醇」を口にしても、それは借り受けた言葉という印象を拭えない。
 そこで「うまい」「おいしい」という平凡な表現を避ける手段として
"あまりに美味しくて素に戻ってしまい、ことばもない"
という心理状態を装うことになる。

 それが「うんめぇ」
 芸のない者の開き直りを象徴したことば

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2006年5月21日 (日)

100周年ユニのデコ仕様

 デコはいつも中ごろにバスを降りてくる。バスの着席位置が暗黙の了解で決まっているからだろう。それとも「タイヤの上は酔う」からという理由なのかも知れない。

 先月、カンプノウで買った04-05シーズンにサインをもらっている。05-06はマーキングが未確定ということでまだ入れていない。あとの手持ちはポルトガルHOME(2005年)、0405セカンド、
100周年ユニに当時は在籍していないデコを入れたもの。バルサとして行動している時にポルトガルユニを持ち出すのは礼を失する。今日は珍しさで目を引こうと100周年を持参している。

 カートを押してこちらを見るデコ
 それまで「バルサの選手は優しいから、サインくれるよ、安心してね」と穏やかに周囲に言っていたとは思えない声で

 
「でこー」と叫ぶ。
 
デコはにこっと笑って 100周年ユニに視線をくれるが、そのままホテル内へ。
 一瞬、信じられない事態に思考が止まる。

 全員が降りたあと、しばしの間が空いて、ロナウジーニョがバスから降りてくる。
 ここまで、誰一人としてサインを書きにファンのほうへ来ていない。
 せめて、ロニー ファン必死のロニーコール。
 苦笑いのロニー、一瞬、仕方ないなぁ行こうかなぁという素振りをみせたが、やはりそのままスルー。

 チームオーダーが出ていたのか?
 ファンは一斉にホテル内へなだれ込んで選手を追う。
 僕は呆然とその場に立ち尽くす。
 ホテル側との紳士協定、マナー遵守の見地からホテル内で選手を追い回すことはできない。この日はそのままホテルを後にして、夕方、東京工業大学で行われるバルセロナ経営陣の講演へと移動した。
 

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2006年5月20日 (土)

ビッグイヤー?

 BIG EARはUEFAチャンピオンズリーグの優勝カップ。
 優勝チームのキャプテンがビッグイアーを掲げると、どえらい分量の紙ふぶきが噴出すのがお約束。去年は真っ赤な紙ふぶきが
リバプールのユニフォームとマッチしていたが、今年も同じ赤だった。別に優勝チームに合わせて用意しているのではないようだ。

 2つの取っ手が大きな耳(ear) に見えることからこの名が付いた。
 日本ではビッグイヤーと表記されているので、"1年に1度のどでかい仕事を称える" トロフィーのように思える。

 3年連続優勝または通算5回優勝で、チームは本物を永久保有することができる。
 永久保有しているのは、レアル・マドリー、アヤックス、バイエルン・ミュンヘン、ACミラン、リバプールの5チーム。

 永久保有条件に達していない優勝チームには、本物を翌年の優勝チームに渡した後、公式レプリカが渡される。

 
FCバルセロナは1992年 クライフ監督時、そして2005-06の二度優勝。バルサの人気を考えれば、51回の大会で2回とは驚くほど少ない。
 現在は1993年にもらったレプリカ1つと、2006年に獲得した本物1つを保有している。本物の永久保有までには、2007-08シーズンまで3連覇するか、あと3回の優勝が必要。

 2005年5月、愛・地球博のスペイン館にビッグイアーのレプリカが展示されていた。係員は公式レプリカ( レプリカの本物 )と説明してくれたが、同時期にカンプノウのFCバルセロナ博物館にもレプリカが展示されていた。レプリカは興行的にさらにレプリカを作るものなのかも知れない。
 FCバルセロナ博物館では、有料でビッグイアーを掲げて記念撮影ができる。スペイン館のそれはネットで守られ、手が届かないように展示されていた。ビッグイアーとはおいそれとは触れないものなのだ。
 去年の夏、それがスポーツショップ加茂に普通に置いてあったのにはひっくり返った。「マンチェスター・ユナイテッド・フェアで本物を借り受けた」と店員の説明。レプリカの本物だったら、警備員か店員を配置したほうがよいと思う。

 17日のゲーム前、入場してくる両チームの選手で、
ジュリがビッグイアーに触った。試合前に触ったほうにはカップが来ないというジンクスもこれで消えた。来年からは選手が触りまくるかも知れない。 

 アーセナル、来期は新スタジアムの初年度。アンリを中心にさらに伸びる若手選出と共にプレミアを制することを祈る。

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2006年5月19日 (金)

イルカを食べたことがある。

 イルカを食べたことがある。
 クジラと変わらなかったが、少し柔らかいような、生臭いような気がした。

 五島列島ではイルカの群れが湾に迷い込むと、浜に追い込んでと殺する。
 「漁師の網を食い破る被害が出るため、しかたがないのだ」と先生が説明してくれた。

 ある日の午後のこと。「今日はイルカが上がったから、全校で見学に行く」とフクダ先生が言った。

 イルカ? あのわんぱくフリッパーの? 下関水族館のイルカショーで見たあれか。しかも、午後から授業がない。僕はとても、浮き浮きした。

 遠足のように列を組んで、小学校から2km離れた、浦桑の湾に行く。
 クラスの大半は漁師の子供。お父さんたちがイルカを殺す光景を見て、なにかを感じ取るのだ。
 100頭前後のイルカが、追い込まれて、砂浜に上がっている。しばらくすると、次々とイルカになたが入り、血が吹き出す。血と共に黄色い胃液も吹き出す。

 あっという間に、100頭のイルカの血が、海をどす黒い赤に染めた。

 それは、遠足気分でやってきた小学生にとって、あまりにグロ過ぎた。

 その夜、我が家の食卓は「クジラフライ」だった。
 クジラと言うと「あぁ、給食で食べたな~」と懐かしむステレオタイプな高齢者が多いが、それほどしょっちゅう出ていた記憶はない。

 揚げ物は大好きなので喜んで食べた。
 心なしか、柔らかかった。

 イルカもクジラも自然界では食糧である魚を巡る敵対関係にある。
 日本の漁獲量はピークの半分に落ちている。
 

クジラはIWCが商業捕鯨を禁止して20年が過ぎた。
 
小松正之氏の著書によれば、クジラは人間の3倍の魚を捕食するという。



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2006年5月18日 (木)

CL決勝ダイジェスト

 3:45 キックオフ
 4:03 起床

 「FCバルセロナめざまし時計」がなぜか止まっていた。
 20分遅れをハーフタイムまでには追いつきたい。
 アーセナルがボールを持つと「30秒スキップ」ボタンで飛ばしていく。

 飛ばしていたら、プレーが止まり両チームが騒然と立ちつくしている。
 何があったのか。エトーが映っている。まさか、バルサに異変か?
 慌てて、巻き戻す。
 GKレーマンがエトーの足に手を掛けて倒していた。
 レーマン、CL決勝史上初のレッドカードで退場
 ボールはゴールに吸い込まれていたのに・・
 そのまま流してゴールを認めてもよかったんじゃないか?
 この1点が命取りになりはしないか?
 審判はチェルシー第1戦、デルオルノを退場にしたテリエ・ハウゲさん。後にテリエ・ハウゲさんは「この判断はミスで、ジュリに得点を認めるべきだった」と述懐。CXに出演してインタビューを受けたベンゲルは「後から言ってもしかたないよ」と笑っていた。それはそうだ。レーマン退場ではなく、"レーマンから取った"先取点がバルサに入っていれば、試合はバルサの一方的なペースになり、バルセロニスタは後半31分まで凍り付く必要もなかったかも知れないのだ。

 悪い予感は当たる。案の定、セットプレーからアーセナルが先制
 やはり、そうなるの?

 ロスタイムを終え選手が引き上げてくるところでライブ放送に追いついた。
 残り時間が減っていく。あと30分しかない。
 61分、ファンボメル→ラーション これでFWが4人。チェルシー1回戦では0-1のビハインドにこの手が当たり2-1で勝っている。

 71分 オレゲル→ベレッチ DFどうしの交替。
 この時はこの交替がそれほど意味を持つとは思わなかった。素人には意図が汲みにくい交替。
 しかしもうあと15分しか残っていない。

 バルサが負けた後の日々を想像した。曇り空、人っこひとり歩いていない野原が広がる。そこには地球以外に生きているものがない。
 薄れていく意識の中、グラナダの歌が聞こえてきそうになった時
 いつの間にかボールがエトーに出ている。なぜ相手ディフェンスがいないのかわからない。
 76分 同点

 ラーションへ絶妙のパスを渡したのはデコ?リプレーで確認してみてもナンバーが識別できない。後でUEFAのサイトで確認すると、それはデコ!報道ではラーションを称える声一色だが、デコは今日もやってくれた。
 危なかった。あと10分というところ。

 81分 ベレッチが角度のないところから打つ
 入った
 え、あれが入るのか?リプレイで見るとGKマヌエル・アルムニアの右足に当たって角度が変わったボールが跳ねてゴールに入っている。
 レーマン退場はここにつながっていた。
 よっしゃ 声が出て立ち上がった。
 折り重なって喜ぶバルサのメンバー

 映像が乱れています・・ (地上波だけは回線が不調だった)

 間が悪いというか、間がいいというか・・
 現地にいるのであろう実況アナウンサーはお断りも言わず、バルサの堅調を伝える。
 後半39分(84分)画像が回復

 バルサはあからさまに自陣でボールを回す。
 デコもしきりにボールを後ろに返す。こうなったらデコの出番。
 デコはゴールこそないが、十分に存在感を示している。

 一人少ない試合を長く戦ってきたアーセナルも必死にボールを追う。
 だが、まったく怖くはない。
 ここにきて、いま世界中で一番充実したクラブのファンに許される安心感が流れる。

 長い笛が吹かれ僕らの夢は現実になった。

 シーズンが始まる前、CLも勝って欲しいけど、リーガの優勝があればいいと思っていた。それよりもデコが怪我をせず6月のワールドカップのグラウンドに立つことが、最大にして唯一の願いだった。

 CLは、それはそれは高い山で、もしクラブ世界ランキングというものが存在して、その1位にランクされても、それで優勝カップがもらえるようなものではない。望んでも届かない。夢の中の夢と思っていた。

 放送は終わった。
 キャプテンインタビューも監督インタビューも映らない。
 カップを掲げるあのお約束のセレモニーは、ダイジェストでイヤというほど見せてもらえるだろう。
 地上波で生放送してくれたフジテレビさん、ありがとう
 来年はリーガもよろしく!

 これでバルサ恒例、夏のジャパンツアーの可能性はさらに薄くなった。
 次は12月。僕らには高額なチケットのさらなる争奪戦が待っている。

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FCバルセロナの歴史(短縮版)

 チャンピオンズリーグ、バルサ優勝を祝して
 3分でわかる 「FCバルセロナの歴史」
「FCバルセロナの歴史」完全版はこちら

1899年
スイス人ヨハン・ガンペールが22歳の時バルセロナに移住してチームを設立。
1911年
現在のこおろぎ鍋型のチームロゴになる。新ロゴ検討会が議論百出で混乱し 「まるでコオロギ鍋のようだ」と出席者が言ったのが発端。
1922年
本拠地スタジアム レツ・コルツ(2万人収容)完成
1928-29
スペインでリーガ・エスパニョーラが始まり、初代王者につく。
1957年
現在の本拠地、カンプ・ノウ・スタジアム完成。
1990-91
ヨハン・クライフ監督就任。このシーズンから1993-94までリーガ4連覇。
1991-92
 5月20日、UEFAチャンピオンズカップ(現在のCL)初優勝。ロンドンのウェンブリーでセリエAのサンプドリアを1-0で破った。
12月、
トヨタカップは1-2でサンパウロFCに敗れる。
2003-04
ロナウジーニョ入団1年め
2004-05
デコ入団1年め リーガ優勝
2005-06
リーガ優勝 CL決勝でアーセナルを破り、2度目の優勝(チャンピオンズリーグと改名してからは初めて)
2006-07
12月、CWCで来日 1991-92では果たせなかった"クラブ世界一"に挑む。

 デコは2003-04シーズンにFCポルトで優勝しており、決勝では2連勝。

 今から12月のチケットの確保が心配でならない。

 優勝が決まって1時間、今は安住を確かめている。

 サッカーの試合中で言うならば、ボールがゴールに吸い込まれたあと、ファウルがなかったかを確認する、あの間(ま)に似ている。

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2006年5月17日 (水)

カズと松井の落選

 カズをW杯のメンバーに選んで欲しかった。

 ニッテレはそこに入れ込んでいた。
 昨年12月、CWC決勝後、カズの取材映像が流れていた。
 北澤と食事をしているカズが
 「ジーコ、もう一度呼んでくんねぇかなぁ」
 と言っている。その願いは叶わなかった。

 カズをW杯にと思い始めたのは2002年の大会後。
 1998年の時点で、カズの決定力は落ちていた。点を決められないカズへの不満があった。
 岡田監督の選択に接した時、世界のサッカー界は予定調和を廃しているのだろうと推察した。
 4年後、さらに力が落ちたカズを選ぶべきだという機運はなかった。

 それでも、8年後、その機運は起こった。
 
CWC要員として、シドニーFCがカズにレンタル移籍を求めたことが、そのきっかけである。
 そこにカズがいたからであり、そこにカズしかいなかったのだ。

 すべてはフォワードの人材不足が起こす感情と推察する。
 プロを目指すサッカーキッズは、
松井でさえ入り込めないMFの練習はやめて、明日からFWを志願すべきだろう。

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2006年5月16日 (火)

プロジェクトは好きですか?

 「よしっ、新規プロジェクトの旗揚げだぁ~」
というテレビCMは傑作だ。
 なんだか、スゴイということだけはしっかり伝わってくる。

 プロジェクトという言葉の定義は
 "開始と終了が決まっている非定常の団体活動"

 「プロジェクト・チーム」は部署の枠を超えた選抜メンバーで構成される。
 経理部経理課の社員どうしで 「経理伝票の改訂について」という定常業務案件を話し合うことになったとしても、それはプロジェクトとは言わない。

 プロジェクトは、どう進めようがその会社の自由である。
 ただ、きちんと学んで取り組みたい会社向けには、PMBOKという国際標準規格で規定された
PM(プロジェクトマネジメント)手法がある。別に高い料金をコンサルティング会社に払わなくても、専門書がたくさん出ているのでそれで事足りる。

 
プロジェクトマネージャーの国家資格もある。自己の研鑚のためにこの資格を目指すのは一興であるが、取得したからと言って何も約束されない。会社がつぶれた時に就職活動で資格欄が一行増えるだけのこと。

 現実的にはプロジェクトマネージャーに推されるような人が、きちんと学ぶことが必要なのであって、推されない人がいくら手法を学んでも、指名はかからない。

 プロジェクトの打合せには日頃、見知らぬ者どうしが集う。
 それゆえに垣根を取り払うために、いつもより多めにジョークを言わなければならない。全然面白くない話でも大声で笑わなければならない。
 PMの手法を学んでいないプロジェクトマネージャーが仕切ると、笑うことだけが命になる。

 すべての会話でおちゃらけようとするので、さらにたくさん笑わなければならない。
 会議場はバカ笑いの渦に包まれる。


 こうして皆、プロジェクトが嫌になる。



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2006年5月15日 (月)

CLとW杯のユニフォーム

 リーガエスパニョーラはバルサの2連覇で幕を閉じた。

 チャンピオンズリーグ決勝が迫ってきた。

 チャンピオンズリーグが終わっても、まだワールドカップが残っている。

 これは夜食のスナック菓子を食べ終わったが、まだ冷蔵庫に抹茶アイスが残っているようなものだ。

 デコ初出場のワールドカップ。メンバー登録締切は5月15日。
 サッカー雑誌が横並びで書く「ポルトガルの弱点」は"デコがいない時の代役がいない"ことなので、
デコポルトガル代表のメンバーから漏れることは、ロナウジーニョブラジル代表を外れることくらいにあり得ない。

 ポルトガル・ファンにとっての焦点はマーキングの字体。
 
ユーロ2004までルイコスタがつけ、その後2年間欠番となっている10をデコが付けるのは織り込み済み。
 あとは、メーカーサイドから「
W杯本大会では違う書体を使う」というリリースが出ていることが何を意味するのか。
 正規輸入代理店に在庫を問い合わせた時に出てきた話なので、一般へのリリースというわけではない。「マーキングは本番では違う可能性がある」と販売ウェブサイトでアナウンスされているが、まさか3月に変わったばかりのフォント(書体)がまた変わるとは想像しづらい。

 ユニフォームといえば、
CL決勝でバルサとアーセナルがどれを着るだろうか。
 本来ならば
ホーム扱いのバルサがブラウグラナ縦縞の1st。アーセナルが黄色のセカンド。しかしアーセナルとしては、ハイバリー最後の記念に金文字をつけた1stを着たいだろう。だがそれでは、バルサの1stとは色の濃淡が近い。
 バルサはここは大人の対応で2ndの蛍光イエローを着ましょうか?と言いたいところだが、去年決勝でホーム扱いなのに(縁起を担いで)セカンドを着た
ACミランが大逆転負けを喫している。その日、真っ赤なホームユニフォームに身を包んだリバプールはスタジアムをホームに替えていた。
 やはり17日は、バルサが1st、アーセナルに2ndを着てもらうのが望ましい。

 CL決勝は地上波フジテレビ系列で18日3:45から放送。

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2006年5月14日 (日)

守られていたルール

 7月16日
 ぴあ店頭、電子ぴあでチケット販売開始、SSとSA席はこの日午後には完売。
 ソシオ枠チケット一次販売開始~ソシオ枠は指定SS席か自由席を選べて一人4枚まで。ソシオには二次販売も行われた。

 7月25日
冠スポンサーMLJがインターネット中継、携帯サイトでの無料配信を発表。
直前にモッタが怪我で来日メンバーを外れ、移籍入団のエスケーロは負傷で試合出場の見込みが無くなった。

 7月29日
FCバルセロナ一行成田到着

 この日も彼らの到着を宿舎で待っていた。
 ロナウジーニョが来ることで、かなりの人出を予想していたが拍子抜けするくらい、待ち受けるファンが少ない。数えてみたら選手一行よりも少ないくらいだ。

 「ルールを守って下さったら、こちらも協力しますから」
 係員がそう言ってくれて友好ムード。ファンを規制するロープの位置が選手の通路からかなり離れていることも、この時点では気にならなかった。
 無線が入り、係員が配置につく。すると見慣れたリムジンバスがエントランスに滑り込んできた。6月の来日時、選手のトランジットシャツは紺色だったが、今回は蛍光イエロー。心躍る鮮やかさ、FCBOTIGAで好調に売れている理由がよくわかる。

 選手が順を追って降りてくる。
 最初のほうにメッシがいた。1ヶ月前のU-20のMVP。だが、今回の来日ではほとんど注目されていない。
 「ホテル内ではサインや撮影は禁止」と掲示されており、バルサファンは皆、このルールを守っている。

 一人だけ「30」のユニを持参したファンがいたが、メッシはスルーしてホテル内へ入っていく。
 というか、誰ひとり立ち止まらず、視線はよこすものの、スルーしてホテルへ入っていく。
 曖昧な気持ちが心に広がる。

 一行の後半、デコがバスを降りてきた。

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2006年5月13日 (土)

IE7で変わるウェブサイトの課題

 Internet Explorer6が出たのは2001年8月なので メジャーバージョンアップは4年9ヶ月ぶり。

 IE7では標準となる
サーチエンジンの検索窓がついた。
 デフォルトのサーチエンジンは MSNSearch がセットされている。
 ユーザーがヤフーやgoogleに替えることができる。
 googleはデフォルトが MSNSearch になっている仕様にクレームをつけたが、ベータ2日本語版では、そのままリリースされている。

 IE6で googleツールバーをインストールしていた人がIE7をインストールした場合、
デフォルトのサーチエンジンには google がセットされる。マイクロソフトはきちんとgoogleに気を使っている。
 googleツールバーは3段のメニューバーの2段めにセットされる。googleの検索窓が2つ並ぶことになるので、IE標準のサーチエンジンをヤフーに替えるとよい。
 新たにヤフーをデフォルトにセットすると、選択していないのにも関わらず MSNSearch、MSDN が候補リストに加わる。

 IE7ではタブで複数のページを切り替えて見られるようになった。これはエクセルのシートのような感覚で便利。IE6でもブラウザーを同時にいくつか立ち上げれば出来たことだが、タブの方が使い勝手がよい。
 これまではヤフー、googleのようなサーチエンジンをホームページに設定していた人が多いだろうが、IE7では既にそれは検索窓としてメニューバーにセットされている。今後はサーチエンジンに代わるホームページ位置を獲得することに、各ウェブサイトはしのぎを削ることになる。

 これまでは、おこがましくて置けなかった「このページをホームページに設定する」ボタンを置くウェブサイトが増えるだろう。

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2006年5月12日 (金)

Windows2000最後の日

 2006年5月9日、IE7.0ベータ2日本語版が公開された。

 
Windows2000のマシンにインストールしようとすると
「このパッケージでお使いのオペレーティングシステムはサポートされていません」
と表示された。

 2000年2月18日に日本語版が発売された Windows2000。
 Windows95、98によって「
例外OE」や「一般保護違反」の連続攻撃を受けていたユーザーにとってこのOSは天国のようだった。

 2001年にWindowsXPが出た後も、安くて枯れた技術で企業では最もよく使われたが、2004年3月末、サポートが終了した。

 2001年に
IE6.0が出た時は Windows95が過去のものとなった。

 そして今回、IE7.0では Windows2000が置き去りにされる番。
 すっかり愛想を尽かされていた
Windows95とは違い、Windows2000 はまだまだ企業を中心にユーザーが多い。

 ただマイクロソフトとしても、どこかで過去バージョンの対応を切らなければ、開発費が膨らむばかり。
 こうしてWindows2000にも早晩、終わりの日がやってくる。

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2006年5月11日 (木)

西南学院大学

 西南学院大学は東京では誰も知らない。
 九州、とりわけ福岡では割と有名で、とりあえず九州では最も難関の私立なので、「西南」であることを言うと、「お、西南」と言われたりする。
 それは東京でいう上智くらいの「お、」である。

 西南を知る人はよく「九州の青山」という言い方をする。
 「なにわのイチロー」とか「佐賀のペレ」というのと同じようなものだ。
 そのこころは「お坊ちゃん」学校ということらしい。確かに「イモ九」と言われる九州大学(九州で最も難関の大学・国立)よりはもてる。短期的には

 偏差値は東京でいうと青山、明治と同じときどき上、上智より下あたり。だが、東京で西南というと
「あぁ、鹿児島の大学ですね」
と自信満々に言われたりする。

 せめて有名人の一人でもいれば、居酒屋のネタくらいにはなるのだが、チューリップの財津カズオの名前を出しても
「お~」がとれないので、
「ちょー厳しい~」
と自らボケて「それはザイツイチロウだろっ」と、自らつっこまなければならない。

*今日は創立記念日ですよ。OBの皆さん!



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2006年5月10日 (水)

スポーツの結果を知りたくない人たち

 スポーツバーでバルサ優勝決定の試合をみていた。
 優勝が決まる試合なので、ここはファンと一緒に喜びたい。

 Webでしらべたらスポーツバーを検索できるウェブサイトを発見。そこで「サッカー専門」と書いてあるお店に電話したら、店主がバルサファン!試合前入店もOK。終電時入店は試合開始までの待ち時間が辛いので助かる。

 日本とスペインの時差はサマータイムの今は7時間
 現地21時キックオフなので日本は4時
 だが、なぜかWOWOWは5時からしか放送しない。
 今シーズンはWOWOWがリーガの独占放送権をとって3シーズンめ。04-05まではバルサの試合を放送しないこともあった。05-06シーズンはバルサ人気に配慮して放送はするようになったが、依然として生中継はほとんどない。
 バルセロニスタはWOWOWにはとうに愛想が尽きている。

 デコは今日もDFとFWの橋渡し役となってゲームを作っている。
 あと少しで前半終了という時、スタンドから「カンペオーン」の合唱。
 なんか嫌な予感・・
 それは的中で1時間早くキックオフした2位のバレンシアが下位のマジョルカに負け。そこでバルサ優勝が決まってしまった。

 それは、ハーフタイムにバレンシアの結果が伝えられてわかった。
 隠しておけないでもないだろうが、日本のプロスポーツでも優勝がかかった試合で2位チームの結果を速報しないことはない。

 少し前、WOWOWは試合を録画放送する前に結果を伝えたことがあり、ミクシィのコミュニティではそれもやり玉に挙がっていた。

 時差、すべての試合を生中継できない放送枠の限界
 この2つは欧州スポーツを見るうえで横たわる問題。

 結果を報道すること、内容を放送すること。
 競合する2つの要求がメディアに寄せられている。

 そのどちらにも求めている人がいる。
 報道も必要なのである。

 これは見る側に情報を遠ざける工夫が必要だ。
 一方、放送局・
ポータルサイトもむやみに速報情報を出さない配慮をすべきだろう。
 早朝テレビ番組を見ながら身支度をしていて「バレンシア敗戦」などという情報はいらんこったいである。

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2006年5月 9日 (火)

プロ野球は追っかけ再生で見る

 日本のプロ野球がつまらないのはルール違反OKスポーツだからである。
(2005年10月3日記)

 あともう一つの側面は、退屈な時間が長いことだ。

 退屈な時間が長いことを実験する方法がある。

▼19時に始まるプロ野球のテレビ中継をDVDレコーダーで録画する。
  ↓
▼20時から「追っかけ再生」で観る
  ↓
 果たして何時何分にライブ放送に追いつくか?

 初めてこれをやった時、20:15に追いついてしまった。
 テレビCM(攻守の交代)、投球間隔、素振り、ファウルなどのボールデッド、抗議、選手交代、マウンド上の相談・・ こうしたプレーが止まっている時間を飛ばすとほとんど観るところがない。

 DVDレコーダーに付いている"30秒飛ばしボタン"を一度押すと、ランナーがいる場面ではぴったり投球と連動する。ランナーがいない場面ではさすがに次の投球が終わってしまっている。

 相手チームの攻撃も飛ばす。
 かつての
江川卓のように、守備の時間帯の方が観ていて楽しい投手は一軍にはいない。
 現代の投手はただ、相手が打ち損じてくれるよう祈りながら早送りするだけだ。
 2005年シーズンの巨人戦でこれをやっていると、相手の得点だけが日本の財政赤字のようにカウントアップされていった。

 一度これをやると、次からテレビでの生観戦は辛くなる。本でも読みながらでないと退屈する。
 最近では21:00から追っかけることもある。

 野球は球場で観るものである。

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2006年5月 8日 (月)

角膜内皮細胞とコンタクトレンズ

 コンタクトレンズを使い続けているのは危険ですよ・・という話しを5か月前に一度書いた。

 角膜の内皮細胞が少なくなっています。このままでは白内障の手術が必要になった時、手術ができない恐れがありますよ。

 こう言われたのは眼の調子が悪くて、愛知医大の眼科を受診した時。
 それまでは
角膜の内皮細胞という名前も知らなかった。

 白内障の手術ができないということは、視界を損ねるということ。コンタクトレンズは便利だが、視界には替えられない。すぐ眼鏡に替えた。そして8年過ぎた。

 先日、強風の中マラソンを完走したところ、一時的に視界が白く濁った。ひと晩寝ると治っていたのだが、念のために眼科へ。医師の所見は「恐らく強風を受け続けて
(およそ4時間近く、風速20mを超える向かい風を受けた)眼が乾燥したのだろう」とのこと。特に異常なし。
 この機会に角膜の内皮細胞も測ってもらったところ、眼鏡に転向した8年前の数値と変わっていなかった。

 コンタクトレンズの解放感、便利さはよくわかる。ゴルフでは特に眼鏡は不便だ。どうしても眼鏡をかけられない事情がある場合は、
LASIKを受けた方がよいだろう。



眼もくじ

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2006年5月 7日 (日)

ロナウジーニョが来なくてよかった

 6月11日-15日 五日間の滞在を終え、バルサご一行はバルセロナへと帰って行った。
 普通ならば、早くとも次の来日は一年後と思うところだ。
 ところが、このツアーの真っ最中、バルサ公式サイトには「7月末か8月初めに、日本で1試合をおこなう可能性がある」ことが掲載された。コンフェデに召集されたため、来日できなかったロナウジーニョ、そしてエトーも参加し、ほぼベストメンバーが揃うだろうとファンは語り合った。

 7月9日
 バルサ公式サイト(カタラン)に7月30日横浜 マリノス 対 バルサの計画が記載される。プレシーズンマッチ計画9試合の1つだが、マリノス戦だけは未決定とコメントされていた。

 7月12日
 横浜Fマリノス戦開催が内定。
 日本サッカー協会は Jリーグのクラブが親善試合を開催する場合、原則として3か月前の事前申請を求めているが、今回のF・マリノスからの申請は承認された。

 7月14日
 来日暫定メンバー発表
 
2004-05シーズンのレギュラーに加え、U-20世界選手権2005で優勝、MVPとなり一気に注目度が上がったメッシ。新加入のファンボメル、エスケーロまでほぼフルメンバーが名を連ねた。

 ひと夏に二度の来日は驚くべきことで、色々な事情が絡み合っていたのだろうが、最も表向きな理由は "一度は来日を内定してチケットを売った後、ロナウジーニョが参加できなかった"ことの埋め合わせ。

 6月の来日時、おっかけファンは口々に「ロナウジーニョが来なくてよかったのかも知れない」と言っていた。

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2006年5月 6日 (土)

教えたいけど教えてあげられないこと

コンタクトレンズを舌でなめて、また入れる。
  自分の舌はばい菌だらけですよ。

香水が臭い
  加齢臭とミックスされて臭いがおかしなことになっているのです。

口を開けて噛む
  世の中のほとんどの人はそうしていないんですよ。

運命の人を待っている
  霊視能力者に断言されたのではない限り、統計の占いで言われた運命の人は、黙って待っていても来ませんよ。

 人は耳障りのよい言葉を待っている。

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2006年5月 5日 (金)

勘定奉行に任せるのは

 現代のテレビっ子の皆さんで、この名前を知らない人はいないだろう。

 歌舞伎役者?が「おまかせあれ~」と見栄を切るテレビCMでお馴染み
「勘定奉行」は企業の会計業務をおこなう財務会計システム。

 大まかに分けて次の3種類が出ている。
スタンドアロン
LAN対応版(ブロードバンド対応と謳っている)
LAN対応のうえカスタマイズ可能版(ERPと謳っている)

 テレビっ子が多いので、IT技術者の間でも当然、知名度が高い。
 売上規模が小さい案件に対して、高額のコンピューター・システムを作るのは惜しい・・
 そんな時、出来合いのソフトでお茶を濁す候補として真っ先に名前が挙がる。
 ただ、それは名前を挙げるだけで、あとは知らないよという意味でもある。

 
ユーザーの中には、未だに「エクセルは2万円なのに、エクセルに毛の生えたようなこのシステムが、なぜ20万円なのか」といったわけの分らないことを言う人がいる。

 辞書と参考書を一式買ってきて 「私には東京大学に入る権利がある」と主張しているようなものだ。

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2006年5月 4日 (木)

プロ野球選手の首輪

 2005年シーズンから目立ち始めたプロ野球選手の首輪。
 2006年春のWBCでは一気に普及率が上がった。

 ソフトバンク松中と阪神金本は
ファイテンと契約していて、それぞれシグネチャーモデルを発売している。
 松中モデルは赤、黄の2種類が発売されていて、松中は赤、黄両方を首から掛けている。
 
松阪のように三つ編みしている選手も多い。一見、数珠を巻いているようで仏教に入信したのかと思う。

 2005年6月に高橋尚子がファイテンと契約、それからブームが始まった。RAKUWAネックは商品名で、いわゆるチタンネックレス。メーカーの説明によると布地にチタンが浸透しているらしい。

 マラソン練習を始めた頃、デコ仲間に勧められて始めた。
 レースでは2本首に巻いて走った。

 

 これはいい! と思う
 目覚めが違う 
気がする
 一度使い始めたら、手放せない 
これは、現にその通り

 

 何事にも、自己暗示をかけて取り組む人には好適。
 何事も疑って手を出さない人には適さない。

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2006年5月 3日 (水)

古くからニフティの人たち

 以下の文面は @ニフティメール画面トップに掲示されるキャンペーンのお知らせである。

(以下引用)
@niftyのサービスの中には、古くからの会員の方にはご利用いただけないサービスがありましたが、2006年 4月より、すべての@nifty会員の方が、同じようにサービスをご利用いただけるようになりました。そのようなサービスのうち、今回、ご紹介させていただくサービスを新規にお申込いただきますと、ご希望の方に抽選でプレゼントを差し上げます。

(引用終わり)

 "パソコン通信会員"だった人のことを"古くからの会員"と定義している。
 別に "古くからの会員"の皆が、新サービスを"ご利用いただけない"ことに不満を抱いていたのではない。

 ニフティは迷惑メール対策などの新サービスを@ニフティ会員だけに設定し、旧パソコン通信会員の収斂を図ってきた。そして、2006年4月、ついにパソコン通信サービスを打ち切った。

 その誘いに応じなかった人を "古くからの会員" とは随分な言い方である。この会社には心優しい物言いをする風土がないのだろう。

 ちなみにこの「ALL@nifty会員キャンペーン」で案内しているのは 「マイキャビ」 「メアドプラス」 「ウィルスバスター」。マイキャビこそ5MBまで無料だが、あとは有料サービス。
 古くから"ご利用いただけなかった人たち"には、もう少し懐の深さを見せてもよさそうなものだ。


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2006年5月 2日 (火)

放置駐車の責任

 交差点でケンカ発生。

 前のクルマのドライバーAさんが降りてきて、後ろのクルマのドライバーBさんに怒鳴っている。
 どうやら後ろのBさんがクラクションを鳴らしたらしい。
 Aさん車の前には一台の路駐車。ドライバーのCさんは乗っていない。2006年6月以降の定義で言えば、
放置駐車である。

 路駐した車が邪魔で信号が青になっても発進できないでいたAさん。その状況が読めずクラクションを鳴らしてしまったBさん。目の前にある対立の構図はA⇔Bだが、実際は違う。

 悪いのはクルマを放置したCさんであり、本来の対立構図はC⇔A,Bのはずだが、Aさんは目の前にいるBさんにつかみかからんばかりである。

 別の日、狭い道を歩いている時のこと。
 歩道を塞いで路駐した車を避け車道に出ると、向こうから来たクルマのドライバーに激しくクラクションを鳴らされた。

 放置されたクルマを避けたことで事故が起きても、放置した車のドライバーが修理代を払うことはないだろう。
 
放置違反金制度は大変けっこうな制度である。欲を言えば、放置したことで発生した案件すべての弁済も負わせるとよい。

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2006年5月 1日 (月)

心臓疾患で倒れている人を助ける

 羽田空港AEDという機械が設置されている。
 これは Automated External Defibrillator 自動体外式除細動器 通称:押しボタン式心臓救命装置
 一般市民が電気ショックによる除細動を行うための装置である。

 「心室細動」は心臓の筋肉がばらばらに収縮する状態。そのまま放置すると10分ほどで死に至る。できるだけ早く、細動をとり除く除細動をする必要がある。
 だが、1991年までは患者に電気ショックを与える医療行為は医師だけしかできなかった。その後、医師の指示があれば
救急救命士も使えるようになり、2002年からは順次、医師の指示がなくても航空機の客室乗務員、救急救命士にAED使用が認められた。
 そして2004年7月1日、一般市民にAEDの使用が認められた。
 公共施設には今後、普及していくだろう。

 突然心臓停止をして倒れている患者がいて、近くにAEDがある場合、居合わせた人がAEDのスイッチを入れる。
 あとはAEDの音声案内に従い操作すればよい。センサーを患者の胸に当てるとAEDが自動的に電気ショックが必要かを判断して指示を出してくる。

 使い方は知らなくとも、その意味を知っておくだけで人の命を救うことができる。

参考文献 「人工呼吸・心臓マッサージができなくてもAEDを、使ってください」 輿水健治 保健同人社 2006年4月



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