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2006年7月10日 (月)

決勝を前に

 197の国と地域が参加したワールドカップ
 数時間後には優勝チームが決まる。

 選手の能力の集積は、サッカーの勝敗を決める要因の3分の1に過ぎない。

 二番目は「監督の能力」
 対戦型の団体スポーツでは、監督の能力が大きな比重を占める。

 団体スポーツにおける監督の仕事は「選手の育成」「臨戦の采配」2つの段階に大分類される。

 リッピ、スコラーリと言えども、国見高校を率いてW杯を勝つのは難しい。だが、選手が一定のレベルにある場合「臨戦の采配」が勝負を決める。

 「臨戦の采配」とは次の2つ
・選手が持てる力をすべて出せるように仕向ける。
・敵味方の調子、戦術のかみ合わせで的確な指示を出し、交代枠を使う。

 サッカーは人間が最も制御に利用する「手」を使えない難儀なスポーツ。足で小さい枠を捉えるゴールという「奇跡」の回数を競う。
 いかに味方の奇跡の確率をあげ、敵の奇跡を防ぐか。それを統制できるのはピッチを俯瞰している監督だけ。
 ジダン、中田英寿やデコのような司令塔のことを、よく「ピッチ上の監督」と言うが、全力で10km走ったうえに、冷静な分析をするのは難しい。

 三番目は「審判の能力」
 サッカーはゴールという「奇跡」の回数を競う。
 奇跡はそう多くは起こらない。
 試合が、たった1度の奇跡で決まることが多い。
 そして、サッカーの場合、審判がその奇跡を強制発動する権限を持っている。 PK(ペナルティキック)だ。

 今大会の決勝トーナメントでは、PKだけの1-0で決まった試合が2つあった。
 1回戦イタリア対オーストラリア 延長突入直前のラストプレーでのPK。決して悪質なプレーではなく、決定的チャンスでもなかった。
 準決勝フランス対ポルトガル アンリは点を取りに行かず、PKを取りに行った。

 点よりもPKを取りに行く選手たち、PKを与えたり与えなかったり、ご都合で軸がぶれる審判たち。
 真面目にやるのはバカですよと、世界中の人びとに教える教科書のようだ。

 その点、三位決定戦で上川主審がポルトガル選手のハンドを取らなかった判断は光った。メキシコ戦のマルケスのように完全に浮いた手に当たればハンドだが、体のそばにある手にボールが当たった場合までPKにしていたら、選手達はボールを枠に入れるのではなく、相手の手に当てる特訓に入るだろう。

 高いレベルの大会になればなるほど、選手個々の能力の集積では勝負は決まらない。
 低いレベルの審判は、自ら判定勝ちを決めてしまう。

 決勝戦の主審はアルゼンチンのオラシオ・エリソンドさん。
 イングランド、ルーニーの股間踏みつけを退場にした審判。
 早い時間帯、彼がFWにシミュレーションで警告を出せば、試合は正々堂々としたものになるだろう。

 どちらが負けても、負けた側が判定に不服を言わないで済む試合で、有終の美を飾ることを望む。



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