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2006年8月18日 (金)

言葉とプログラムの壁

 僕はことばで定義することにこだわる。

 自分のことばで定義して理解しないと前へ進めない。

 とても苦手なのは、コンピューター技術者が講師を務める実習

 わかる、わからないではなく、わかっている人(講師、一部の受講者)のペースで実習が進んでいく。
 それに対して全員が着いていけなければ
「もう少しゆっくりお願いします」
 という空気になるだろうが、実際にはそうはならない。

 若い技術者たちは、頭で理解しなくても感覚的にすいすい着いて行く。

 僕は一つ一つの言葉の意味、ロジックの意味がわからないと次へ進めない。
 こういう場面ですいすい着いていく人と僕とでは思考パターンが違うのだ。
 人によっては僕のことを「頭でっかち」「頭の回転が悪い」と言うかも知れない。

 すいすい着いていく人はたいてい30台前半までのプログラマー。
理解のスピードが速いから頭がいいんだろうなぁ、自分はダメだなぁ
と悲観する。

 だが、こういうプログラマーは日本語が書けない。

 メールで「ユーザーにココを確認してください」ということを書
いてくるのだが、会話言葉をそのまま文章にしているだけで、意図
がみえない。

 こういう人に提案書をまとめさせると何も書けない。
 こういう人に図を書かせるとひどい図ができる。(図を書くこと
を拒否することもある)

 つまり、ことばの領域になると「ザ・冗長」なのである。
 意味不明なのに、やたらと長い。

 ことばの世界とプログラムの世界には一枚の壁があるようだ。

 「言葉とプログラムの壁」
 しらべるでは、こう命名する。

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