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2007年5月の31件の記事

2007年5月31日 (木)

ボストン

 MIT卒のギタリスト、トム・シュルツが率いる米国のロック・グループ。

1947年
トム・シュルツ生まれる。

1976年
第1作
ボストン」(邦題:幻想飛行)(2,161円)発売。
ギターの音色の独特さではクィーンのブライアン・メイと双璧。当時トム・シュルツをコピーして似ていると尊敬された。

1978年
第2作「ドント・ルック・バック」発売。
1作めのクオリティには届かなかった。

1986年
第3作「サードステージ」発売。
8年ぶりの新作。皆ボストンは引退したと思っていた。

1994年
第4作「ウォーク・オン」発売。
5作品の中では最もひどい。聴く曲がない。

1997年
グレーテスト・ヒッツ」(2,121円)発売。
トム・シュルツ50歳。

2002年
第5作「コーポレイト・アメリカ」発売。
女性ボーカル キンバリー・ダーム が参加。変貌しながら活動を続けていこうという意欲は伺えるが 楽曲は平凡。

 2007年の今年、トム・シュルツは60歳。
 デビュー作から 第二作 「Don't look back」 までのインターバルが2年だった以外、3作め以降は 8年に1作 というサイクルを几帳面に守っている。
 それでいくと、次回作はまちがいなく2010年。

 ボストンは毎回、ジャケットデザインを宇宙船のイラストで統一している。
 ファンの脳裏には年老いたトム・シュルツではなく、軽快な音楽と宇宙船の絵が浮かんでいて、次にやってくる宇宙船の飛来を待っている。



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2007年5月30日 (水)

左側の車窓

 身体が冷えたのか、くしゃみが止まらない。
 バスが走りだしてしばらくして、まだウォークマンから音楽が鳴っていたことに気付き、ストップボタンを押してヘッドホンをウェストポーチに仕舞った。

 35kmの給水所に着く。もうランナーは先へ行ってしまった。
 ボランティアの皆さんはバスに乗っている僕らに手を振り始めた。
 よく頑張りましたね。
 その気持ちは嬉しい。

 さっきまでは応援に笑顔やハイタッチで応えられた。
 でも今、僕たちにはその励ましに応える術がない。
 苦笑いを浮かべる。
 悔しい表情を隠さない。
 放心して焦点の合わない目をする。
 いろいろやってみた。

 収容されたバスで沿道の声援を受けるという経験は、マラソン人口が増えたといえども、なかなかできないものだろう。
 進行方向の右側に座れば、防砂林の隙間から海が見えたのかも知れないが、こうして左側に座ったことで貴重な体験ができた。

 言うまでもないが、バスにはバスガイドはいなかった。
 バスガイドがいて、今日は残念でしたね。でも来年がありますとか言って、では湘南にちなんでサザンの「バイバイマイラブ」を。。
と言って歌いでもしたら、それはそれでシュールな光景だったかも知れない。

 時々バスはコース上で停車して、第三関門を過ぎてリタイアした人が数人乗ってきた。

 今日は終日国道134号が封鎖されている。いつもは行楽の車で大渋滞するらしいこの道路。江ノ島が近づいてくるに連れて、駐車場は閉まっていても大勢の客で賑わっているレストランが増えてきた。

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2007年5月29日 (火)

グループウェアを設計する人

 グループウェアを設計する人の素養として最も大切なのは、現場にいる人、現場にいた人であるということだ。

 新卒からずっとコンピューター・システム部門にいたという人は、電子手帳やアウトルックを自分用に使うことにかけては一流。
 しかし、アイデアがない。
 ものづくり、営業の現場にいた人でないと浮かばない利用方法。
 これは、管理部門にずっといた人には思い浮かばない。

 では、現場にいる人が設計すればよいかというと、これまたおかしなものができる。
 自分には便利だがお金がかかる。
 自分の部署では便利だが、他の部署では使えない。

 ここで全体を見渡した目が必要であり、SEとして分析できる目が必要となる。
 コンピューター・システムとしてのつくり、データベースの持ち方が整然としていることも必要だ。それで長い目で見たコストが安くなる。
 この部分の分析は残念ながら、ものづくり、営業だけをやってきた人には無理だ。

 できあがったグループウェアを見て、
「なぜ、ここにこのボタンがないの?」
「なぜ、3つも4つもウィンドウが開くの?」
 と、100人中90人が言うようなクレームが出ることがある。

 仕方ない。
 グループウェアを舐めているから、そういうことになる。

 グループウェアは基幹、情報系システムへの入り口。
 ここが心地よくなければ、ユーザーは寄り付かない。

 たかがグループウェアだが、そのたかがグループウェアさえ満足に設計できないSEのセンスは永久に信頼を得られない。

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2007年5月28日 (月)

グループウェア

 チームで仕事をする"グループ"の情報をコンピューター・ネットワークを使って一元管理するソフトウェア。
 スケジュール、会議室予約、会議への出欠、共有データベースなど。

 導入の目的
 社内電話帳、会議室予約、掲示板といった基本情報の共有。
 ワークフローまで導入して"意志決定のスピードアップに役立てる"などと言っている会社はろくな会社ではない。

 貴重な情報が個人のパソコンや悪名高い「共有フォルダー」に埋もれてしまうことを避けるためならば他に方法があり、グループウェアを入れる必要はない。
 1988年頃、グループウェアという言葉が生まれた。
 1989年にグループウェアの先駆け「ロータスノーツ」が発売される。
 国内最大ユーザーは東芝。
 1998年にはインターネット環境での代表的グループウェア「サイボウズ」が発売された。

 グループウェアはこういう人が画面設計をするとよい。

■グループウェアを5年以上使っている。
■システム手帳でスケジュール管理を1年以上したことがある。
■電子手帳、PDAを3年以上使ったことがある。
■アウトルックを1年以上使ったことがある。
■パソコンを使い始めて5年以上たっている。
■営業、制作、管理と複数の部署を経験している。
■SE歴3年以上
■プロジェクトマネジメントの基礎知識がある。

 5/29に続く

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2007年5月27日 (日)

一足早い丸坊主

 練習休みとなった金曜日
 バルサの選手は秋葉原を訪れた。
 いつもと同じく大手家電店を数時間貸切にしてショッピングを楽しんだ。
 デコは電気製品大好きで、日本に来るとこの買い物をとても楽しみにしている。
 2006年は夏の日本ツアーがなかったし、2005年は秋葉原のお買い物日に、愛・地球博にポルトガル親善大使として借り出されていた。

 この買い物から二日後、バルサは決勝戦で敗れた。
 すると、ファンはコミュニティやブログで一斉に
「緊張感がない」
「信じられない」
「耳を疑った」
 と書き綴った。
 バルサのファンならばそういうことは、試合前に言いましょう。
 バルセロナ市のファンも、枝葉末節をあげつらうらしいが、日本のファンがそういうところを真似る必要はない。

 そして試合前日の土曜日
 デコファンクラブのメンバーは朝から数人がホテル待ち。
 この日ファンクラブ活動は、夕方からは練習場に張り付く予定。
 今回まだデコサインをGet! していないメンバーが、日中にデコが外出するかも知れないので 朝の8:00にはホテルに着いて出待ちをしていた。

 この日は土曜日ということもあり、ホテル前には常時200人ほどが列をつくっていた。午後から現地にはいった僕は、列を離れることができないメンバーに替わって、コンビニに買出に走った。
 結局この日は選手の外出なし。
 午前にはサッカースクールがおこなわれるという予定がバルサ公式サイトに告知されていたが、それらしき選手の出入りもなかったという。
 7時間並んで丸坊主。
 半年後には、デコが丸坊主になっていたが、一足早く坊主を体験してしまったことになる。

 諦めきれない丸坊主メンバーを列から引き剥がし、移動の車に乗せる。
 練習場に向かい、クルマを走らせる。しばらくして後部座席に話しかけると、もう全員が爆睡していた。
 この日 デコサインはGet! できなかったが、7時間丸坊主というネタを仕込んだ思い出深い一日となった。

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2007年5月26日 (土)

想像でモノをいう

 業務連絡には必ず「よろしくお願い申し上げます」を付けないと感じが悪いよ。受け取った人にきっと反感を買うと思う。

 「売上データの件数が1件少ないのは、佐藤さんが例外処理で1件削除したんだと思うな。そうじゃないと、理論的に起こりえないよ」

 想像でものを言う人がいる。
 根拠は何もない。
 だが、確信を持っているかのように言う。
 その思いは、絶対に譲らない。

 想像でものを言い、その想像に対して誰かが反論する。
 想像でものを言い、その想像に対して誰かが同意する。

 話は展開して行き、時間が過ぎていく。
 だが、結論は出ない。
 出るはずがない。
 想像上の話だから。

 暇なのである。
 時間がつぶしたかっただけなのだ。

 本当に時間がない人は、想像でものを言い合う時間がない。
 締め日までにあとクルマを1台売らなければならない人は、結論の出ない打合せや会議はしない。ただ、クルマを売って歩く。

 「よろしくお願い申し上げます」を付けるべきかを知りたければ、その文書を受け取る数人に意見を聞けばよい。

 売上データが1件少なければ、佐藤さんに「データ消しましたか?」と聞けばよい。



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2007年5月25日 (金)

告白病

 2002年9月、しらべるに「告白病」について書いている。
 確か、このことばは村上龍の著書にあった。

告白病
 日頃、陽の当たらない人がたまに意見を求められると堰を切ったように、自分の生き様までしゃべってしまうこと。

 告白病の人を邪険にするよりは大切にした方がものごとはうまくいく。
 告白病は自らが陥らぬよう注意したい。

 原文を丸写しにするわけではなく、自分の解釈をくわえて自分の言葉で定義する。それに自分の考えを加える。
 数千ページにわたるウェブサイトなので、実は自分でこういうことを書いたことも忘れている。
 今こうして読み返すと、なんだか冷たい。
 書いた時の心のありようが映っている。

 数年経ったとき、今の自分だったらどう書くだろうかと考えて、書き直すこともある。ただそれは、ページ別分析でページビュー(閲覧数)が目だって増えているページしか手が回らない。
 この「告白病」ページは短期の集計でも上位に入ったことがない。

 このことばは、自分が心に刻みたいと思って載せた。
 自分の現状の中に、告白病といえる状況があったからだ。
 それ以来、ずっと告白病のスイッチはオフになっていた。

 これから先、告白病を演じることはあっても、告白病になることは自ら戒めるだろう。

 時間は未来から過去に流れている。

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2007年5月24日 (木)

きょうCL決勝 すぐわかるCLの歴史

 チャンピオンズリーグといえばUEFAチャンピオンズリーグのこと。
 フットボールファンはCL(しーえる)と省略して呼ぶことが多い。
 2006年からは、テレビ放送でも「しーえる」と言うことが増えた。

 数時間後に始まる2006-07シーズンの決勝戦の顔合わせは、2年前と同じくACミラン対リバプール。
 リバプールはプレミアリーグでは全くと言っていいほど勝てないが、CLだけは強い。
 この2つのクラブは、共に1stユニフォームが赤。
 2年前の対戦では、ホーム扱いのACミランが縁起を担いで、セカンドの白を着用。アウェイ扱いのリバプールに1stの赤を着用させた。
 結果は前半0-3と劣勢だったリバプールが後半3-3に追いつき、PK戦の末優勝した。

 この2つのクラブのファンではないので、
今年は、どちらが赤を着るかが最大の関心事だ。


【 UEFA CLの歴史 】
1955-56
ヨーロピアン・チャンピオン・クラブズカップとして第1回開催。レアル・マドリーが第1回~5回まで5連覇。
1985年
 5月29日、リバプール対ユベントスの決勝戦前にリバプールファンが暴動を起こし39人が死亡(ヘイゼルの悲劇)。以後6年間イングランドのクラブは欧州カップ戦から締め出された。
1991-92
UEFAチャンピオンズカップという名称での最終回。FCバルセロナが初優勝。
1992-93
UEFAチャンピオンズリーグに改称して1年め。
CLの放送やダイジェストでしつこいほど聞かされるテーマ曲「UEFAチャンピオンズリーグ賛歌」を使い始める。
1997-98
各国リーグチャンピオン以外のクラブに参加枠を拡大。
2004-05
第50回大会 一次、二次に分かれていたグループリーグが一本にまとまった。
 5月25日、トルコ イスタンブールで決勝戦 ACミランを破りリバプールが優勝。
2005-06
 5月17日、フランス パリで決勝戦。FCバルセロナ2対1アーセナルCL BARCA 2005-06

2006-07
2005年6月10日のUEFA理事会で「前回優勝クラブに出場権を与える」と規約が変更された。その初めての適用を受けたのはFCバルセロナ

2007-08
モスクワのルジニキ競技場で決勝戦
2008-09
ローマオリンピックスタジアムで決勝戦

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2007年5月23日 (水)

バスでめざす江ノ島

 リタイア組を乗せたバスが走り出した。
 何台のバスがここで待機していたのかはわからない。
 まだ路上には多くのランナーがバスを待っていた。
 出走者数6,596人、完走者数:5,920人(89.8%)と発表されているので、リタイアしたランナーは676人。第一関門、第二関門それぞれで止められた数はわからないが、ここには400人ほどがいたのだろう。
 さっきまで何度も抜きつ抜かれつを繰り返していたランナーの姿もみえる。

 バスはマラソンコースである国道に乗り入れ、ゴールに向かって走り始める。
 「穴があったら入りたい気分」という言葉は知っていたが、なかなかそれを実体験する機会はない。貴重なことだ。
 今はただ、エンジンの力を借りて、ランナーよりも早くゴールに着くことに気が引けている。
 バスはどこからか国道を外れてわき道に逸れ、江ノ島を目指すのだろう。
 ぼう然と車窓の景色に目をやっているうち、しばらくすると最後尾のランナーに追いついた。
 見るからにへとへとになった走りだ。
 見ていて痛々しい。
 だが、僕らはその彼らよりも、さらにずっと後ろにいたランナーなのだ。
 自分たちの数分後の姿を俯瞰しているようで、不思議な気持ちになる。

 バスは一向に全速力に移行しない。
 どうやら、バスはランナーの後ろを着いて行くらしい。
 これには安堵した。
 これならば、5時間40分のゴールが閉まり、ひっそりした頃、江ノ島に帰ることができる。

 時折、併走する車線にワゴン車が現れる。
 交通規制は解除されていないので、今この国道を走っているのは大会の関係車両のみ。第四関門以降の棄権者を収容するための車だ。

 第三関門さえクリアしていれば、第四関門では止められることはない。完走扱いにはならないが、そこから先、歩道を走れば制限時間は10時間となる。第三関門までの制限時間設定が厳しい割には、そこから先が極端に緩くなる。なんだかよくわからないレギュレーションだ。

 あと3分早く第3関門にたどり着けば、記録の扱いはどうであれ、こうしてバスに乗ることなく自分の足でゴールを目指すことができた。この3分は悔やんでも悔やみきれない。

 ただゆったりと進むバスに小一時間も揺られているうちに、気持ちはずいぶんと落ち着いてきていた。

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2007年5月22日 (火)

赤字で回答します

 コンピューター・システムのユーザーからメールが届く。
「ご質問の件、赤字で回答します」
「今回特にお願いしたいのは、青字の部分です」

 黒いんですけど・・

 自分はHTML形式のメールを使っているから、相手もそうだと思い込んでいる。
 メールをHTML形式で使うと、色をつけたり、フォントを大きくしたりすることが自在にできる。
 赤くすれば注意、大きくすれば重要。自分だけ、そういう気分になるのだろうが、メールを読んでいる人には何も伝わっていない。
 コンピューターの素人に こういう人が多い。
 そもそも、こういう人はHTML形式のメールを使っているという意識がない。

 メールで効果的に広告宣伝を打ちたい業者が推奨して、マイクロソフトが後押ししているHTML形式メール。
 業務のメールとしては使うべきではない。

 まだ、一度も「黒いんですけど」と突っ込んだことがない。
 こういう人は、そういう指摘をすると、バカにされたと思って逆切れする。
 あるいは、その場は殊勝にしていても、いつか恥をかかされた報復をしようと爪を研がれてしまう。
 そうなると、話がこじれて面倒になる。
 時間が惜しい。

 今日もプロジェクトのメーリングリストで
「赤字で回答します」
を流しているエライ人がいた。
 誰かが「あのぉ、全部黒いんですけど」とやってくれないだろうか。
 そういう人はなかなか現れない。

 黒いんですけど・・ を言える会社が羨ましい。



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2007年5月21日 (月)

MR-Sウェブの閉鎖

 4月4日、いつものようにYahoo!でMR-Sを検索。
 一番上に出るトヨタMR-Sのウェブページをクリック。

  今日もせめてファイナルの写真を見て、うっとりしようかなと思っていた。
 すると出てきたのは
「ページがみつかりません」
ブラウザーが返すエラーメッセージだ。

  ばっさり消してしまっている。
 企業のウェブページでは「このページは現在ありません」というメッセージを見ることはあるが、跡形もなくなり、ブラウザーがエラーを返すというのは珍しい。

 一応、トヨタですよ。
 個人が運営するウェブページとはちょっとわけが違うでしょ。

 

 辛うじて1枚か2枚、写真をコピーしていたが、それだけ。
 もう何も見ることができない。

  突然消すことで、ユーザーの飢餓感を煽ろうという訳ではないだろう。
もう買えないのだから。
 クルマがもう売っていないのに、ウェブページがあるのはけしからん!というクレーム対策だろうか。それならばもうちょっと消し方と言うものがあろう。
 不可解な消し方だった。

 

 MR-Sは7月末、特別仕様車の生産終了というアナウンスがされていたが、順調に売り切ったため、どうやらそこまで工場の稼動は続かないようだ。
 恐らく5月末には生産ラインが解消されて、6月中にはオーナーの手に渡り、トヨタの仕事を終える。

 

 発売当時、160万円程度で買えたミッドシップ、オープンカー。
 ファイナルは特別仕様で特別価格とはいえ240万円。
 あれだけの豪華装備ならば、それも高くない。

 

 晩年、月に一桁しか売れなかったホンダNSXや三菱GTOに比べれば、そこそこに売れていたMR-S。
 トヨタの懐の深さの象徴だったこのクルマを惜しむトヨタ関係者は少なくなのではないか。
 ミッドシップが大好きでこの会社に就職した人たちに、もう一度、心躍る機会を!

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2007年5月20日 (日)

練習が餃子に替わった日

 廊下の蛍光灯が消えた。
 息を呑んで次の展開を待つファンクラブメンバー。

 一斉にスタジアムに煌煌と明かりがともるかとイメージした次の瞬間
 意外にも入り口のドアが開いた。
 たった一人、スタジアムの職員らしき人が肩から鞄をかけて出てきた。
 お、これから準備を始めるのか?
 と思った次の瞬間、彼は180度振り返ると、ポケットから鍵を取り出して施錠。
 「さぁ今晩のおかずは何かな」
 と今にも言い出しそうな、ごく自然な表情でそのまま帰ろうとした。

 施錠したということは、もう館内には誰も残っていないのだろう。
 ここで彼を行かせてしまったら、情報源がない。
 「あの、今日バルサ、練習ですよね?」
 JR東海の「そうだ 京都行こう」に匹敵するシンプルな言葉が口をついて出た。

 スタジアム職員ショウジさん(仮名)の表情は曇った。
 「え、そんなこと誰に聞いたんですか?」
 いや、あのFCバルセロナの公式サイトに載っているんですけど・・
 まるで悪いことでもしたような気分で、しどろもどろになる僕たち。
 ショウジさん続ける。
 「そんなの聞いてないし、今日はなにも予定入ってませんよ。こうして僕も帰るところだし」

 自分の意見がないので、人につっこまれるとすぐ「おっしゃるとおり」を3回連呼する「おっしゃるとおり病」の同僚がいる。その見事な巻き舌にはいつも感服しているが、今日は僕がその絶妙の巻き舌を披露してしまった。

 あっけにとられてショウジさんを見送る僕たち。
 後からバルサのファンに聞くと、訳知り顔で「そんなことは日常茶飯事だよ」と鼻で笑われてしまった。
 途方に暮れる僕らと同様、もう一組僕らのご同輩がいたので話しかけた。

 「きょう、バルサの練習はいってないらしいですよ」
 「え、まじすか?」

 結果的には、この出会いが縁でこの時点では誰も知らない情報を得ることになった。
 それはオフレコでと頼まれているので、その場にいたデコファンの心だけに留まっている。

 僕らは急遽予定を変更して、美味しい餃子の店に繰り出した。
 人生には変わり身の早さが必要なときもある。

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2007年5月19日 (土)

使い方がまちがっていることば

 ことばにこだわるしらべるが考える
使い方が間違っていることばとは?

■「傷ついた?」
 相手を気遣う振りをして、自分をフォロウすることば。
 こう聴かれた方は、了見が狭いと思われたくないので、
 「そんなことないよ」
としか言い返せない。
 「うん傷ついた」と答えると、真のコミュニケーションが始まるのだが、そもそもこういうことばを軽く扱う人はそうはいかない。
 その場では「へぇそうなんだ・・」と言っておいて、本人のいないところで、
「軽く言っただけなのに "傷ついた"とか言われた」
と自分に都合のよい話にすりかえる。

■「参考にします」
 「その企画書のパワーポイント、あとでファイルを下さい。参考にしますので」
 と言うのは、「あなたの企画、採用はしませんけど、あちこち自由にぱくらせてもらいますよ」と言っているのと同じ。
 立場が強い側、上の職制の人がこう言うことが多い。
 それを言うならは
 「とってもいい資料ですね。採用には至らないかも知れないですが、勉強させていただきたいので、よかったらいただけませんか?」である。

■「念のため・・・」
 「このエクセル、ファイルでさしあげましょうか?」と言われて
 「念のため下さい」「じゃ一応」という言い方。
 申し出た方には「使うかどうかわからないけど、一応よこせ」と聞こえる。

■「写真映りがいい」
 「実物はたいしたことない」と日頃から思っているのが、ばればれ。
 実物よりもよく映っていると言いたければ、違ういい回しを工夫しなければならない。 率直に「きれい」「かっこいい」「笑顔が素敵」と言うほうが心が伝わる。



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2007年5月18日 (金)

5月18日はことばの日

 5月18日は「ことばの日」
 数字との語呂合わせであり、この記念日にストーリーは何もない。

 ことばの日はあまり知られていない。
 ことばの日の大きなイベントというのを聞いたことがない。
 ことばの日と言われて、食いつく人も少ないだろう。

 しらべるは言葉にこだわる。
 徹底的にこだわる。
 しらべるを始めた動機は、インターネット上の情報の多くが
「あいまい」「冗長」だったから。
*冗長=むだが多くて長いこと

 ここを見れば、的確で端的に理解できる!
 そういうウェブページがない。
 だったら自分で作ればいいと思った。

 言葉にこだわらない人が多い会社では、仕事は混迷を極める。
 どこかの会社で、社内の「言葉整理係り」として僕を雇ってくれないだろうかと考えることがある。
 いい仕事するけどな。
 人件費高いけど・・

ことば講座

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2007年5月17日 (木)

ビーサン

 今年も無事、夏がやってくる見通しとなった。
 あと2週間だから、もう大丈夫だろう。

 夏といえばプール
 プールといえばビーチサンダル

 ビーサンはビーチサンダルの略称。
 プールで使ってもビーチサンダル。
 プールサンダルとは言わない(プーサンになってしまう)

 ヤンママは小さい子どもに
「明日プールだよ、ビーサン入れた?」という。
 ビーチサンダルとは言わない。アクセントは語尾上げ。

 ヤンママがこう言うので、若くないママも真似する。
 40を過ぎたママでも真似する。
 その上の世代は「サンダル」
 さらにその上の世代は「つっかけ」と言う。

 同じ職場に同姓の人が二人いると呼ぶのがわずらわしい。
 たとえば佐藤という姓の社員が2人いると、佐藤一郎さん、佐藤恵子さんというようにフルネームで呼ばなければならない。

 外部から電話がかかってきた時が困る。
 相手はフルネームを覚えているわけではないので
「佐藤は二人おりますが、男性の佐藤でしょうか?女性でしょうか?」
と言わなければならない。
 性別が違う場合は、まだよい。
 二人とも男性の場合は厄介だ。

「性格の悪い佐藤でしょうか?それとも温厚で親しみやすい佐藤でしょうか?」
「ワイルドな佐藤でしょうか?それとも禿げている佐藤でしょうか?」
とは言えないので、フルネームで相手が覚えていない時は、仕事の属性を挙げることになる。

 社内的には、後から配属された方の人が親しみやすい人だった場合
「Bさん」と呼ぶことがある。
 この場合のアクセントは語尾下げ。

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2007年5月16日 (水)

ルールの下のスポーツ

 係員に食い下がっている40歳前後の男性ランナー。
 「我々は言われたとおりのルールでやってますから」
 なだめる係員。

 「判定に不服を述べるのは常に敗者」
 これはFCバルセロナ、ライカールト監督の言葉。

 スポーツはルールの元で行うもの。
 マラソン競技はグロスタイムでおこなう。
 どれだけスタート時点でロスタイムがあろうが、途中関門や完走の制限は号砲からの時間で計測される。全国どこの大会でもそうだ。
 個人の参考記録としてのみ、ロスタイムを差し引いたネットタイムが存在する。
 事前に説明があろうが無かろうが、知らなかったのは自らに非がある。

 テレビカメラが取材している。
 「コースはどうでしたか?」
 「走りやすかったです」
 50歳前後の男性が答えている。途中で止められたランナーの取材にしては、呑気ですべった質問だ。

 連れの男性に抱きかかえられて泣き崩れている女性を、カメラがなめるように撮っている。この絵こそ、彼らメディアが求めているもの。きっとこちらは放送で使われるだろう。僕は背を向けてその場を離れた。

 止まってみて息も切れていない。マラソンをゴールした直後のランナーが平気な顔をして優勝インタビューに答えているのを見て「アスリートは鍛え方が違うな」と思ったことがあった。そして、今自分が30km走ってきて息も切れていない。マラソンは不思議なスポーツだ。

 「チップとゼッケンを1枚回収します。もう1枚は荷物の引き替えに必要です」
 皆が係りの指示に従う。
 あとでわかるのだが、完走賞のTシャツはチップとの引き替え。
 ここでチップを渡してしまうので、ゴール地点ではTシャツを受け取ることができないという段取りになっているのだった。

 右足につけたRCチップを外し段ボール箱に入れる。
 「会場に移動してください」
 声に従い路地を行くと、道路から奥まった広場があり、そこにランナーを収容する大型バスが待っていた。

 バスの横にはテーブルが置いてあり、スポーツドリンクのペットボトルと紙コップが並んでいる。
 手酌で最後の給水。
 第三関門リタイア組、2台めのバスに乗り込む。なんの気なしに左側の窓際に座ったのだが、後で思えばこれがよかった。



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2007年5月15日 (火)

パワーポイントを使うことが許されるケース

 時間を奪うパソコンソフト「パワーポイント」を使ってよいのは以下のいずれかの場合に限られる。

プレゼンである。
■聴衆が社外のお客様である。
■聴衆が20人以上いる。
■同じ資料を(途中で手を入れながら)10回以上繰り返して使う。

 パワーポイントを使う利点はスライドショー機能に尽きる。
 約束された画面展開が保証されていること。それ以外には何もない。

 聴衆の前であたふたしたくない。
 気の利いた画面展開で、あっと言わせたい。
 そんなことが必要なのは、お金を獲得するための真剣勝負の場。

 社内向け、少人数、たった一度しか使わない発表資料にパワーポイントを使うのはアホ。

 打合せとなると「発表用資料をまとめよ」と暗にパワーポイント・ファイルを要求する上司は時間効率など何も考えていないだけ。そういう人は深夜残業することを、会社への忠誠だと勘違いしている。

 パワーポイントでは、文字を書くだけでもテキストボックスを起こさなければならない。
 エクセルならば1時間でできる資料も、パワーポイントならば2倍以上の時間を浪費できる。仕事のない人が忙しい振りをして残業代を稼ぐには好適なソフトだ。さらに表現や絵柄に凝れば一日仕事にできる。
 上場企業で時給3000円の人ならば、原価30,000円の資料が一丁上がり。
 それがわずか15分程度の発表、1度きりの出番でお役御免。
 あとは共有フォルダーという名のゴミ溜めに「格納」という名の廃棄をされるだけ。

 一般的な打合せではエクセルのシートを切り替えたり、いろいろなファイルを呼び出して見せれば十分なのである。

 マイクロソフトはWindowsやエクセルで日本企業を便利にしたが、ワードとパワポの開発チームは、日本企業から時間を奪うことに専念している。



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2007年5月14日 (月)

テリー伊藤とMR-S

 MR-S後継車はわけのわからないスペシャリティカーになってしまう。
 
ミッドシップでもないし、値段も高い。デザインも普通のセダンになりそうだ。
 愕然として読み進めた「ベストカー」の巻末にはテリー伊藤の「お笑い自動車研究所」という記事があった。

(以下引用)
こんなクルマはこの先、もう発売されることはない。
もしこの先トヨタがオープンカーを作るとしても、それはメタルトップだろう・・
(中略)
トヨタはMR-Sを作ることによって「こんなに儲からない車は作ってられない」と気づいてしまった。
(引用おわり)

 中面の記事に符合したテリー伊藤の言葉には、説得力があった。
 そしてテリー伊藤はこうも書いている。

 このクルマはおそらく、古くなればなるほど価値が出てくるだろう。いまこのクルマを買った人は、20年、30年、いやその人が亡くなるまでハイウェイスターになれる。
(中略)
買った方がいい。

 そして先の言葉に続いている。
 「買う」「買う」と言い続けるだけだった徳大寺有恒と違い、実際に一定期間オーナーだったテリー伊藤の言葉にはMR-Sへの深い愛情がこもっている。
 これですっかりテリーファンになった。

 MR-Sファンで転売市場をにらんで買う人はほとんどいないだろう。
 
MR2の人気車種は、中古市場にほとんど出てこない。

 ハイウェイスターというのは歌でしか聴いたことがなくて、いったいどういう人なのかイメージがつかないが、スポーツカーファンから少なからず尊敬の眼で見られるだろうと想像がつく。

 でも、もうMR-Sは売っていない。
 もちろん中古はそこそこに市場に出回っている。
 だが20年、30年と大事に乗り続けるならば、新車で買い、慣らし運転、バッテリーや消耗品のメンテナンス、すべてを自分でやっていきたい。

 その権利を最後に手にしたのは、V EDITION・FINAL VERSION を手にすることができた1000人。
 ぜひ、末永くそこらを走り回って、スポーツカーファンの目を楽しませて欲しい。


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2007年5月13日 (日)

入れ食いの夜

 デコとの糸がつながった。
 デコにファンクラブの状況を伝える確実な方法は、その情報を直接手渡すことだ。
 まだデコの自宅住所もメールアドレスも知らない今、これが一番堅い。
 この日、4-0で快勝した試合を観戦してきた仲間も、デコが僕のお土産を受け取ってくれたことをファンクラブのコミュニティで報告すると、心から喜んでくれた。

 明けて翌日
 この日は木曜の準決勝と日曜の決勝の2試合を観戦に来た関西のメンバーが合流。
 いつもとは違うおっかけチームとなった。
 バルサはこの日、Jリーグクラブのホームスタジアムを借りて練習するということが、事前にバルサ公式サイトでアナウンスされていた。

 チームのスケジュールを公式サイトで公開してしまうところが大らかだ。
 恐らく、準決勝から上京して決勝までの2日間を手持ち無沙汰に過ごすファンも加わってくる。この日はすごい人出になるだろう。

 練習開始を19時と読んで1時間前には現場に着いた。
 だがスタジアムは閑散としている。
 東京で12月の18時といえば、もう真っ暗に近い。
 近所のサッカー小僧たちがかすかな街頭の光を頼りにボールを蹴っている。
 関係者の入り口らしき場所には、ファンどころか警備員すら居ない。
 薄暗い廊下には一つだけ、蛍光灯が灯っている。人の気配を隠すためのカモフラージュなのか。

 僕らファンクラブメンバーはほくそ笑んだ。
 これはものすごい入れ食いの日になる。
 選手が来る頃には何らかの制限があるのだろうが、少なくとも好位置を確保できる。
 僕らは、バスがここに停まって選手はこのように歩いてくるだろうから、ここがベストポジションではないか?などと幾通りかのシミュレーションを行った。

 すると、ボールを蹴り終えたサッカー小僧の一人が自転車でやってきた。
 「きょう、バルサ来るんですか?」
 「うんそうだと思うよ。でもあまり言いふらして回っちゃダメだよ」
 あたりには誰もいないのだが、声を潜めて答えた。小僧は目を輝かせて自転車を勢いよくこいで何処かに消えて行く。

 刻々と19時が近づいてくる。
 照明等にはまだ灯が入っていない。
 普段ならば、使う前の30分前にはスイッチを入れる。今日は練習開始が遅いのだろうか。
 すると、目の前の蛍光灯が消えた。
 ロックコンサートで、開演前に客伝が落ちる。これはこれから始まる興奮の情景のプロローグなのだろう。蛍光灯が消えたあと、一斉にスタジアムに灯が入る瞬間を息を呑んで待った。

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2007年5月12日 (土)

窓際族

 【 まどぎわぞく 】 企業内失業者

 企業が、余剰人員とみなした人を事務所の端っこ(窓際)に追いやることが語源。

 1970年~1980年代、まだどこの企業にもゆとりがあった頃、
「あなたは仕事がないから、窓際でひなたぼっこでもしていてね」
というような、暖かい情景から生まれたことば。

 現実にはそういう日当たりのよい席はエライ人の席である。
 2000年代に入り、テレビドラマでは資料室や社史編纂室がかつての窓際族の行き場所として扱われている。こちらは陽のあたらない地下などにあり、印象が暗い。

 「給料さえもらえたらいいんだ。クビにならない程度に仕事は適当にやっておこう」
と、社会人としての誇りを捨てた人は自虐的な窓際族。
 かつて、窓際族は日向ぼっこしながら新聞を読んでいたが、彼らはほぼ終日インターネットを見ている。
 技術的には、サーバーの記録をとれば誰が何時にどこのウェブサイトを訪れたかがわかる。
 仕事中の午前10時にAさんが「東京トップレス」を見ていた・・
ということがわかる。
 それを見越して、会社に記録をとられないために、無線モデムを持ち込んでインターネット接続する者もいる。
 昼間はインターネットを見ていたのに、なぜか17時を過ぎると忙しくなるらしく、働き始めて会社に居残る。

 「会社は給料をもらう所。自己実現する所ではない」
と悟ったうえで、与えられた仕事をこなす人は前向きな窓際族。
 彼らは生き生きと暮らしているので職場を明るくする。仕事もきちんとこなす。
 残業をしないので、残業手当で会社に余計な負担もかけない。

 自虐的な窓際族は残業手当を得るので、前向きな窓際族よりも給料が高くなる。
 そこをしっかり見極めて対応する会社は、とても少ないだろう。

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2007年5月11日 (金)

写真はイメージです

 105円アイスどれでも1コ58円
 お、安い。買いに行こうかな。

 久々にスーパーのチラシを見ている。
 かつてインフレの頃は、目を皿のようにしてみていた。
 デフレになって以来、チラシを見る必要が無くなった。
 店に行けば安いからだ。
 デフレの今は、店に着いて食品売り場を歩いているだけで、お買い徳な品が目に飛び込んでくる。

 GW中の特売品が並ぶチラシは、慣れ親しんだ百年一日のごときレイアウト。
 値段だけを訴求する広告だからこれでよい。
 ただ、そこにかつてはなかった違和感のある文言をみつけた

 ※写真はすべてイメージです。

 その文言はB3片面だけで12回登場する。
 そのキャプションが付くのは鮮魚、精肉、野菜の写真。
 「かっぱえびせん」や「大関のものも」の写真には付いていない。

 「おい、このロシア産甘塩辛子明太子は広告の品より赤色が薄いじゃないか」
 「この黒毛和牛等級4サーロインステーキ用はチラシよりも5%油身が多いぞ」
 このような厳しい消費者が増えているのだろう。
 スーパーマーケットの広告担当者も大変な仕事になったものだ。

 このような消費者思いの気配りは、旅行代理店の広告担当者が元祖だ。

 昼食は海鮮三色ちらし弁当(イメージ)

 確かにえびが1匹少ないとか、とんかつだと思ってツアーに参加したのに、魚フライだったというクレームが付くかも知れない。

 紅葉の紀州路(イメージ)

 当日が曇りだったり、土砂降りだったら、景色も台無し。
 風向きによっては、木が右に10度傾いているかも知れないし、自然愛好家の中には「約束が違う」と怒り出す人もいるのだろう。

 ハウステンボス園内ホテル(イメージ)

 当日、行ってみたら手違いでとなりのホテルになるかも知れませんということだろう。

 事件が起こるたび、企業は想像力を問われる。
 想像力豊かな人たちは、あらゆる事態を想定する。
 彼らは責任逃れのためには、打てる手はなんでも打っておく。

 「写真はイメージですって書かないで文句言われるリスクを考えたら、書いておくのが無難でしょう。文言増やしても料金は同じだし。要は安けりゃ客はつきます。イメージですと書いているのが鬱陶しいと言ってくるのは、買わない傍観者たちですから、問題ないでしょう」

 世の中の大多数である一般的な消費者は、大変、息苦しい。



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2007年5月10日 (木)

MKWからの手紙

 加藤さんのファンサイトを始めて5年が過ぎた。
 始めた頃、記事を書くために加藤さんのことが載っている本や雑誌をくまなく読み研究した。
 ファンサイトを立ち上げると、お便りをくれる方もいた。
 それによると、加藤さんは以前、掲示板に悪口を書かれたことがあるらしい。

 パソコン通信の掲示板は見ていたが、インターネットになってからの掲示板は見ない。
 見たら腹が立つ。
 反論すれば、反論されるか、すかされるか。
 時間が惜しい。
 5年前はその程度に思っていた。

 時が過ぎて、今は論理が身に付いた。
 掲示板を見ない理由。それは闇との会話だから。
 闇とはどれだけ会話しても、闇の中の世界。
 やがて自分が闇に引き込まれてしまう。

 恨まれたことを心で反芻する。
 反論する。
 心の中で、相手が反論する。
 恨みのロールプレイング
 そうして闇をさらに引き寄せる。

 闇との会話が始まった時、どうしたらいいか。
 それは自分が闇との会話を始めたことを認識するということ。
 「お、闇との会話が始まったぞ」
 そう思うことができなければ、即、闇の世界への転入手続きをとることになる。
 闇の世界はつきあわないでよい世界。
 それを認識しているだけで、闇との一線を画すことができる



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2007年5月 9日 (水)

第三関門

 30kmのエイドを出るとすぐ折り返しの湘南大橋。後がないここで、この上りはきつい。
 いよいよやばいというところでかかったのは、さだまさし「案山子」
 去年の紅白を見ていて、この曲で郷里の母を思い出して頑張ろうと思った。だが、このタイミングに入れたのは間違いだった。
 正直いってもっとアップテンポな曲がほしかった。

 ひたすら全力で走る。
 31kmの看板を過ぎて時計をみた。13:01あと2分を切っている。
 あと300mを2分。いや1分30秒くらいか。
 まだいける。
 ガソリンスタンドが前方に見えている。道はなだらかに右にカーブしていて、その先は見通せない。いくら走っても関門が見えてこない。

 ZARDの「負けないで」が鳴っているのはわかった。去年もっとも励まされた曲。今は全力疾走に入っている。そして、ここからバスに乗るまで、どの曲のことも覚えていない

 もう随分長い距離を走った気がした。
 すると、はるか前方に人らしき姿がぼんやりと見えてきた。
 もしかして、ダメなのか。
 だんだんと人溜まりは大きくなり、それが堰き止められたランナーであることが僕にも理解できた。
 時計を見た。13:06
 もう制限時間を3分も過ぎている。
 300mを5分かかったのか?
 それはあり得ない。
 キツネにつままれた感覚。

 パイロンの先の道にもう走っているランナーはいない。
 僕だけが例外で前に進めるわけもない。
 ペースをジョギングに戻し、そして走るのを止めた。

 第三関門通過者で、第四関門を通過できなかった場合、31.3km以降の公認コース外コース(歩道のこと)を行けば制限時間は10時間というルールがある。完走扱いにはならないが、第三関門さえ抜ければ、誰にも止められることなく自分の足で江ノ島へ帰れるのだ。

 「スタートのロスタイムがあったじゃないか」
 「こんなの絶対おかしい」

 男性の怒鳴り声が聞こえてきた

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2007年5月 8日 (火)

ミクシィの日記キーワードランキング

 2007年4月よりミクシィで
「日記キーワードランキング」
という機能が始まった。

 ミクシィメンバーが日記に書いたテーマを、キーワードで分析してランキングにしていて、画面右側に表示されている。

 4月28日付けのランキング

1位 青葉賞
2位 ナタラージャ
3位 雷
4位 バベル
5位 天皇賞

 このいずれかについて書けと言われると困る。
 学生の頃、試験で「東西軍事バランスと電子技術」について暗記してきたのに「六か国協議とアジア経済の関係」について書けと出題されたような気分だ。

 「雷」と「天皇賞」以外は想像もつかない。
 「ナタラージャについて述べよ」と言われたら、
 ナタラージャについての考察を怠りましたので、本日は「昭和の日」について書かせていただきます・・と言うしかない。


 「ブログ白書2007」によると

■ブログをやめた理由(353人中)
1位 操作が面倒 237
2位 書くことがない 135

ブログを開設したくない理由(1678人中)
1位 書くことがない 830
2位 誰が見ているかわからないから公開したいと思わない 796

 ミクシィの社員は日夜、どうすればメンバーが日記を書いてくれるかというテーマのミーティングを繰り返しているのだろう。

*参考文献
ミクシィ 2007.4.29

「ブログ白書2007」野村総合研究所ブログ調査チーム オーム社 2006年12月初刷

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2007年5月 7日 (月)

MR-S後継は乗用車

 MR-Sファイナルバージョンは、11月20日に発表されて1月9日に発売された。
 1月末でベース車の販売が終わり、それ以降はファイナルバージョンだけの販売となった。

 2000年には年間5500台を販売した(MR-Sとしての年間最高記録)が、2006年はほぼ1000台。
 ファイナルバージョンは1年間で売る台数を、3か月で売り切ったことになる。

 ここ数年、自動車雑誌の新車スクープ記事では、MR-Sの後継車はハイブリッド化を軸に確実に進んでいると報じられてきた。
 「決定的瞬間捕獲」
 といったタイトルで、マスキングされたMR-Sらしきベース車がニュブルリンクをテスト走行する写真がカー雑誌に掲載された。
 そのワイドボディはそのまま発売しても、間違いなく日本一かっこいいクルマになったはず。

 ファイナルの売り切れでMR-Sは終ってしまうが、後継で魅力的な車が出るならば、それを待つということで諦めもつく。
 タイムリーなことに、ちょうど発売中だった「ベストカー」にMR-S後継車の情報が載った。よしこの記事を読んでMR-Sを諦めようと思い、購入した。

 入門用スポーツは変わらず!
 しかしまったく別のクルマに
(ベストカー2007/4/26号見出し)

 オープンカーであるということが変わらないだけ。
 ミッドシップではなく、かといってハイブリッドでもない。
 4人乗れるかも知れない。
 価格は280万円ほど・・
 これでは大衆車だ。

 以前、MR-S後継車情報としてハードトップの4シーターのイラストデザインがベストカーに紹介されたことがあったが、どうやらその路線。
 スポーツカーではなく乗用車だ。
(記事にはスペシャリティカーと書いてある)

 愕然とした。
 そしてそれに追い打ちをかける記事が巻末にあった。

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2007年5月 6日 (日)

戻ってきたデコ

 一年間、ショウケースの戸棚で眠っていたお土産の新幹線。
 文字が薄くなった部分を黒マジックで太くなぞった
 Regalo Deco!

 ホテルマンは昨日の人出を500人を超えたと言っていた。
 それはオーバーだろうが、そこには200人を超えるファンがいた。

 「デコ」「デコ」
 どうやらデコがバスを降りて来たらしい。
 押されてメガネは耳の方にまわっていて、視界はゼロ状態。
 今日は出すまいかと思っていた「でこすけ」を登場させて必死にデコを呼ぶ。
 わずかなスペースから左手で天に向かってでこすけを差し出す。

 デコは誰かと二人でにこやかに話しながら歩いている。
 ゴールを決めたせいか上機嫌。
 だが、コースは両サイドのファンから遠い、ど真ん中の花道。
 誰にもサインするつもりはないようだ。
 そして、そのままホテルに入ろうとする。
 うそだろう?こんなに待ったのに。また今年もお土産は渡せないのか・・

 その時、ぼんやりした視界の前方にサイドステップを踏んでくる
人影が近づいたかと思うと、僕の右腕が軽くなった。

 一緒にいた仲間が
「デコ、デコさん(僕はそう呼ばれている)のお土産だけ
持っていきましたよ。やりましたね!」

 去年、初めてお土産を渡せたのも、この3人が、僕に一人分のスペースを分けてくれたお陰だった。

 「みんなはサインもらえたの?」
 いえ、もらえなかったっすけど、間近に見れたから満足っす。
 3人は何も収穫がなかったというのに、僕のことを喜んでくれた。

 彼らのような若者を採用したい。
 僕が人事部長だったら、そう思うだろう。

 僕はその3人をバルサバスの前に連れていって記念写真のシャッター係を買って出た。 デコとの糸がつながった夜。
 後で報告したファンクラブ仲間は、もちろんわが身のことのように喜んでくれた。


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2007年5月 5日 (土)

バルセロナが恋しい理由

 バルセロナから帰国するといつもの町。
 バスを降りてJRのガードを走る電車を見上げたとき、バルセロナが隣り町だったような気がした。

 バルセロナに数日滞在したが、ほとんどはホテルで会議をして、フリータイムはいつもグラシア通りにいた。
 グラシア通りは福岡の天神の町に似ていた。
 天神、特に地下街は歩いている女性が綺麗だということで有名だが、バルセロナはそういうわけではない。
 博多の町は食べ物が美味しい。バルセロナに特段美味いものはない。

 バルセロナから帰ってすぐ、特にかの街が恋しいという気持ちは起こらなかった。
 コミュニティに旅日記を書いた。
 すると、見知らぬ仲間からのバルセロナに恋する気持ちが集まってくる。
 そこから新しい友達ができる。
 そうしてバルセロナへの関心がつながった。

 これまでにいくつかの外国を旅したが、また行きたいと思っている街は、ワイキキに次いでこれが二度目。

 居心地の良さ。
 バルセロナを再び訪れたい動機として、他の言葉は見つからない。
 デコがそこにいるからという動機が加わったのは、その1ヵ月後だった。

バルセロナ記事連載おわり



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2007年5月 4日 (金)

これはこれで嬉しい合コン

 金曜の夜に似合う華やかな服装に身を包んだ鈴木さんと佐藤さんが10mの距離に近づいた時、田中さんが振り向いて二人を視認する。

「やばいっ やばいよmotoちゃん!鈴木さんと佐藤さんだよ」
 え、どうしたんですか? は、鈴木さん え、どこどこ?
 どこまでもぼける。

「やばいって」
 街路樹の植え込みに隠れる田中さん、僕ら三人は大爆笑をこらえて、さらに追い打ちをかける。

moto「あれ?どうしたの」
鈴木「えぇ?motoさんだ~ 今から私たち合コンなんですよ」
moto「えっ奇遇だねぇ。僕らも合コンなんだ。ね、田中さん」

 なんで、俺に話しかけるんだ?と顔をゆがめつつ、瞬時に平静をつくって田中さんが街路樹から出てくる。

佐藤「なにしてたんですか?そんな所で 怪し~っ^^;)」
田中「いや、ちょっとね。え、なに合コンなの?あっそう ふーん」
 きっと彼の脈拍は100を超えていただろう。

moto「何時からなの?」
鈴木「6時からですぅ」
moto「あ、僕らもだよ。これまた奇遇だね~ じゃあと5分あるから、ちょっといこうか?」
鈴木佐藤「(声をそろえて)はい!」

田中「はいってあなた、え、何いってんの?」
 声にならぬ声で抗議する田中さんに目もくれず、僕ら3人は歩き出す。田中さん、何が何だかわからないと困惑した様子で着いてくる。

 5分後

 焼き鳥が美味しいその店で、二人ずつ向かい合ってテーブルを囲む。
moto「じゃ、合コンにかんぱ~い」

 え、合コン、え、そうなの?
 テーブルに崩れ落ちる田中さん

 「気づくの遅すぎ」
 そこから1時間は当日のリプレイで盛り上がる。

 サプライズパーティが楽しいのはこのリプレイタイム。騙された方も嬉しい誤算だからこそ、どれだけ言葉の洗礼を浴びても笑っていられる。

田中「いや、これはこれで嬉しいよ」
鈴木「これはこれで・・」
 また、そこから散々叩かれる。

 焼鳥屋で始まった合コンは、カラオケへ流れ、いつもの調子っぱずれな歌い納めをした頃には1時を回った。

 皆が言葉を飲み込んでおやすみを言った。
 こんなにも、楽しい時を過ごした仲間は明日にはばらばらになり、そしてこの同じ仲間が集うことはもう一生ない。

 翌日、彼は次の赴任地へ発っていった。

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2007年5月 3日 (木)

サプライズ・トラップ

 同僚の女性、鈴木さんと佐藤さんに声をかけた。
 この二人、職場でも異彩を放っている。

 今度、田中さんの送別会をやりたいんだけど、力を貸してくれない?

 支店の送別会はもうおわりましたよね。力ってなんですか?
 二人は怪訝そう。

 そこで僕はサプライズパーティの作戦を授ける。

 僕が田中さんに言う。
「田中さん、福岡最後の記念に合コンをセッティングしました。けっこう学生の頃の友達がいるので、声かけてみたんですよ。そしたら二人からOKの返事が来たんです」
 きっと、田中さんは「ほんと?いいねぇ」と乗ってくる。

 そこで僕は続ける
「ところが、この二人は僕の記憶でも史上最強の淫乱二人組なんですよ。さすがの僕でも手に余るというか。だから、どういうことになるかちょっと読めないんですよね~」
 と困ったものだという表情をつくる。
 田中さんはきっと万難を排して予定を開けてくれるだろう。

 そして、決行日
 ここまですべては予定通り。
 田中さんは朝から落ち着かない。
「motoちゃん、ほんとに大丈夫。どこまでもいっていいの?」
 そうですねぇ。そりゃ田中さんの気持ち次第でしょう。
「後腐れとかないのかな?次の赴任地に追っかけて来たりしないよね」
 あぁ、そういう娘たちじゃないですよ。だいたいそんなヒマじゃないと思うし。

 期待と不安を煽るための言葉はすべて言い尽くす ^_^;)

 金曜日の18時 まだ日は高い。
 待ち合わせの地下鉄の駅に10分前に着く。
「ほんとに来るの?」
 どうですかねぇ。けっこういい加減ですからねぇ。
まだ、やっている。

 田中さんが時計に目を落とした時、その肩越しに二人の姿が見えた。
 鈴木さんが僕ら二人を視認して、Vサインをつくる。

 僕は思わず、吹き出しそうになるのを必死でこらえる。

つづきは5月4日

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2007年5月 2日 (水)

稲垣のマラソンランナー

 ウォークマンから流れていた曲はまったく覚えていない。
 この辺りを走っている時の写真がスポーツ写真サイトにあった。後ろから陽が照りつけて顔が暗く映っている。向かい風で暑さを感じなかったものの、体温は上がっていたのだろう。

 稲垣潤一の「マラソンランナー」が聞こえてきた。
 マラソンを走る状況を歌っているのはいいが「ギブアップはしたくはない」という歌詞はこの瞬間には露骨すぎた。そのまんまやないかという歌詞。次回もこの曲を入れたいが、もう少し前の方に入れよう。

 27kmを過ぎた。
 去年は26.9kmで歩き初め、42.1kmまで15km歩き通しだった。 ここから先を走り続けるのは未知の世界。今日は最後まで走り通す。それが完走を諦めないと言うこと。

 28kmを通過。ラップ表示では現在時間がわからない。第三関門の制限時間まであと何分あるのか?時計に切り替えると12:40。
 あと23分で3.3kmが残っている。
 ここしばらく1km8分を切れていない。まずい、このままでは間に合わない。
 ここからは全力で行かなければ。
 ギアチェンジして全速で走り始める。
 こんな力が残っていたのか・・と思うほど足が動く。だが足がどう反応するかはわからない。
「頼む、せめて関門を過ぎるまでは保ってくれ」
そう念じながら走る。
 関門をクリアしても、その先が走れなくなるかも知れない。でも今はそんなことを考えている場合ではない。

 いつのまにか西湘バイパスは終わっていて、一般道路を走っている。
 交差点に親子連れが立っている。
 「エネルギーをあげるよ!」
 男の子がそう言ってハイタッチを待ちかまえている。
 思わず笑顔になって、彼の元に駆け寄りエネルギーをもらう。彼はいつこういうコミュニケーションを学習したのだろうか。きっと飲み込みが早いのだろう。
 30km手元の計時で3時間56分 当初の計画からもう10分遅れている。 第三関門は31.3km 柳島
 13時3分(スタートから4時間3分)
 あと1.3kmを7分で走らなければならない。だが走っている時はこんな冷静な計算はできない。ただ、全力でいくだけ。

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2007年5月 1日 (火)

サプライズパーティ

 これまでの生涯でサプライズパーティを3度開いたことがある

 その一度目のこと
 それはパーティと呼べる人数ではないかも知れない

 当時僕は職場の中ではとても厳しい立場にあり、権力闘争で言うならば非主流派といえる位置にいた。

 その時、同じ立場だった田中さんと意気投合した。
 二人でよく連れだって呑みに行き、愚痴をこぼし合った。
 女の子の話しもした。
 彼はよくこう言った。
 「職場の鈴木さんと佐藤さん二人に囲まれて呑めたら、死んでもいいな」
 鈴木さん、佐藤さんは社屋の中でもひときわ目を引くルックス。彼は二人にあこがれていた。

 田中さんは僕よりも少し年上だがとても腰が低く、人の話をよく聞く好青年。少し天然ぼけが入っていて、彼がぼけて僕がツッコむ。

 二人で振り付きで歌う「無縁坂」
 何度歌ってもハモリがずれる「夏の終わりのハーモニー」
 は周囲の爆笑を誘った。

 そんな二人に別れの時が来る。

 定期異動が発表されたその日、内示を受けた彼はまっさきに僕に言いに来てくれた。
「motoちゃん、おれ異動になっちゃったよ」
 何も彼が悪いわけではなく、僕に気兼ねすることなど何もないのに、彼はとてもすまなそうだった。僕がまた独りぽっちになるのを心配してくれていたのだろう。

 彼の出発まであと2週間となったある日
 僕はあることを思いついた。
 そうだ。サプライズパーティやろう。

5月3日につづく



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