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2007年6月の30件の記事

2007年6月30日 (土)

ごめん キャッチ 入ったみたい

 「ぶつっ あ、ごめん キャッチ入ったみたい」

 だいたい、人と話してる時に他の電話に出るなよな・・
と口では言えないので、じっと保留音を聞いて待つ。
 時には、じゃあとでかけて!とか言われて切られることもあった。

 携帯がなかった時代、友達への電話は相手の自宅にかけていた。
 実家に住んでいる友達と話していると、よくキャッチ待ちがあった。

 電話相手との力関係を瞬時に浮き彫りにするサービス。
 それがNTTのキャッチホン。

 キャッチホンは話し中に、電話がかかってきたことがわかるサービス。
 インターネット、FAX通信中にキャッチホンが入ると、通信が乱れたり、切れたりすることがある。

 それを改善したのが「キャッチホンⅡ」月々の使用料は500円(サービス開始当時)
<NTT資料より引用>
 お話中に他から電話がかかってきた時、簡単操作で切り替えられるキャッチホン。でも時には「大切な電話の時に切り替えにくい」「切り替えないと、留守だと思われる」ということも…。
 キャッチホンⅡは、後からかかった電話に出られない時に、お客様に代わって音声で応答し、メッセージを録音します。
 通話後、メッセージがあることをお知らせします。

 ポケベルがなくなった今も、キャッチホンはやっている。
 今は値下げして月々315円。
 局内工事(コンピューターによる設定)で済むため、NTTとしては辞める理由が見つからないのだろう。

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2007年6月29日 (金)

メロンときゅうりの偽装疑惑?

 もう手に入らない。これが最後です。
 これは最強のセールストークだ。
 つい最近、200万円もするクルマをこの一言で買った人を二人知っている。
 それにしても、もう入荷しないとわかっているのならば、早く棚を埋めた方がよいと思う。ペプシのために話題づくりをしている場合ではない。

 饒舌な店長に別れを告げ、2軒めのセブンイレブンへ。
 すると、ちょっと手狭なその店には、棚すらない。
 ここでは2通りのことが考えられる。
 1、売れてしまったので、さっさと棚に他の品を入れた。
 2、店長が「きゅうり味」に反応せず、仕入れなかった。

 小売業の家系でもないのだが、何も買わず手ぶらで店を出るのはなんだか気が引けるが、ことは一刻を争う。こうしている間にも最後のキューちゃんが誰かのモノになるかも知れない。

 3軒めのセブンイレブン、清涼飲料の棚に直行する。
 そこにはほのかに緑色をした透明の液体が並んでいた。
 ICE CUCAMBER
 CUCAMBER とは英語できゅうりのことです。とラベルに書いてあるから間違いない。
 1本147円
 1週間の限定というのが事実ならばもう二度と買えない。
 2本つかんでレジに行きナナコで払う。

 ちなみにその5分後、スーパーに98円で積んであったのは、見なかったことにした。
 さて、本当にきゅうりの味がするのか?
 結論からいうと、きゅうりの味はしなかった。スイカのようでありメロンソーダのような味。
 そこでスイカとメロンソーダ(清涼飲料)を買ってきた。
 スイカの味は違っていた。
 メロンソーダとはそっくり。

 これがきゅうりの味だというのならば、もしかすると、日ごろメロンソーダと称して売られているものの中には、実は原材料はきゅうりだったというものがあるのかも知れない。

 日本人は500ml換算で二日に一本の割合でペットボトル飲料を飲む(2004年データ)
 ISO14001の研修会で尋ねると、1日1本以上の人が大半だった。
 常日頃は1週間でも0本なのだが、キューちゃんのお陰で2日で2本飲むことになった。だが次にペットボトル飲料を飲む日は遠い先になるだろう。

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2007年6月28日 (木)

きゅうり味のペプシ

 「ファンタにきゅうり味が出たの知ってる?」
 知らなかった。
 今度見かけたら、買ってきてよ。と頼んでおいた。でもガセネタだった。

 忘れていた頃、再び情報が入った。
 ペプシにきゅうり味が出ていた。
 もうコンビニで売っているという。

 その日の買い物のメインテーマは「ペプシきゅうり味」
 できることなら、まずい味であって欲しい。
 清涼飲料水界は刺激を求めている。

 こういう時は情報に敏感なチェーン、セブンイレブンへ。
 セブンイレブンでは、テレビCM放映の情報がメーカーから伝えられると、そのCMを見て買ってみたいと思ったお客さんが来店した時にはそこに有るという情報の流れができている。
 「ペプシ」「きゅうり」というミスマッチな話題性を考えれば、テレビCMはなくとも、セブンイレブンが放っておくわけがない。

 セブンイレブンのペットボトル飲料売り場には多種多様な商品が並ぶ。
 アルコールを除けば、瓶や缶はもうほとんど売っていない。
 ペットボトルは容器のコストが安い。飲みかけでも蓋をして残しておくことができる。作り手と買い手の利害が一致しているのだろう。

 売り場の一角にヨコ5列ほどごっそり空白になっているエリアがある。
 嫌な予感がしてプライスタグを見る
 ペプシキューカンバー 147円
 しまった。出遅れたか。
 通りかかった店長さんらしきおじさんに尋ねてみた。

 セブンイレブンは儲かるフランチャイズ(FC)だ。
 北九州にある大手スーパーの取締役と話した時に
「儲かるFCがやりたかったらセブンイレブンをやるよ。親戚が1000万円持っているけど何したらいい?って聞いてきたらセブンイレブンを薦めるね」
 切れ味鋭く、本当のことをさっぱりと言う僕が尊敬する方。
 きっと本当だろうと思った。

 最近できたそのセブンイレブンは駐車場がゆったりしていて停めやすい。近隣には5軒のセブンイレブンがあるがいつも迷わずそこへ行く。
 いかにも異業種参入しましたという風情のおじさんは饒舌に語る。

「なんか一週間だけの限定らしいんですよ。ずっと注文してるけど入ってこなくて。もう入ってこないかな。どこか在庫を多めにとった店だったら、まだあるかも知れませんよ。すみません」

 もう手に入らない。大半の人はこの言葉に弱い。



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2007年6月27日 (水)

貼るテーピングの効果

 去年の荒川マラソンは、午後から強風が吹き、走り終えたこの時間帯は凍えるように寒かった。
 一転して今年の湘南は暖かい。
 完走記念品のTシャツを広げて記念写真を撮る人。
 チームの仲間同士でレースを振り返る人。
 芝生に大の字になって寝転がる人。
 それぞれのレース後に、暖かい日差しが降り注ぐ。

 だが、それは後になって思い出した光景であり、その時は思考停止していた。

 レースでは腰からつま先まで、ほとんど地肌が見えないくらいにテーピングをしている。
 練習で最長10kmを一度走っただけのランナーが、途中で止められたとはいえ、31kmを一度も歩かずに走り続けられる。
 本から得た知識がなければ、とてもそうはいかない。
 テーピングはその中でも重要な要因。
 テーピングと言ってもアスリートがやるような「巻く」テーピングではなく、素人でもできる「貼る」テーピング。
 マラソン活動を通して得たこのテーピング知識は、日常生活にもフィードバックされて役立っている。
 毎日パソコンに向かう仕事で手首が痛いとき、カンタンな貼るだけテーピングでずいぶんと痛みが和らぎ楽になる。

 レース直前の1週間は、何をやるにもおっかなびっくり。
 下りの階段は使わない。膝を傷めたら走れなくなる。
 家の中では足をぶつけないように気をつける。爪を割ったり剥がしたりしてしまうと、とても42kmは走れない。
 膝には故障防止のテーピング。
 意識が足に向かっているため、ほんの些細な痛みも脳にキャッチされる。あまりにあちこち痛むので、生まれたての赤ん坊のように足腰が弱くなったのかと思う。

ど素人!テーピング講座

 レースを終えて、テーピングを剥がす。
 そこですべての痛みから解放される。
 階段を下りても、少々乱暴に歩いても、どこも痛くなることはない。

 レース後の寒さに備えてあつらえたバルサのミッドフィルジャケットに身を包んだ帰りの電車は暑かった。
 それと同じくらい1年後の再挑戦に燃える心も熱かった。

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2007年6月26日 (火)

3つのRは、どのR?

 果たして、ペットボトルのラベルを剥がして分別することは、環境浄化に役立っているのだろうか?

日本におけるペットボトルのリサイクル率
1993年  0%
2004年 47%

 リサイクル率は格段に上がっている。

日本におけるペットボトルの生産量
1993年 12万トン
2004年 51万トン

 ペットボトル飲料がよく売れるため、生産量も格段に増えている。

 リサイクルされないペットボトルは・・ 
1993年 12万トン(12万トン×100%)
2004年 27万トン(51万トン× 53%)

 つまり、リサイクル率は上がったのだが・・
ゴミの量は15万トン増えている。(27万トン-12万トン)

 そして、2004年
 リサイクルされたペットボトルは24万トン だが・・(51万トン-27万トン)
「再利用」されたペットボトルは 3万トンだけだという。

 研修会を受講した100人ほとんどが
 リサイクル?再利用?
 リサイクル=再利用じゃないの?
と怪訝な表情をみせた。

 モー娘がテレビで「3つのR Reuse Reduce Recycle」とやっている。
 そう言ったら、受講者から
「あれはAKB48(秋葉原48人の少女たち)ですよ」
とツッコミがはいった。

 Reuse =再利用
 Recycle =リサイクル
 Reducu =減量

 リサイクルに回された24万トンのうち21万トンを捨てるのならば、
 リサイクルとは、ゴミ焼却場に直行するのではなく、リサイクル施設経由でゴミ焼却場に運ぶことだと言える。
 そして、ごみ焼却場直行の場合、使う石油は運搬と施設に2万トンだが、リサイクルルートでは84万トンを使う。

 本当にリサイクルは環境にいいことだろうか。

 Reuse =再利用
 Recycle =リサイクル
 Reducu =減量

 本当に環境にいいこととは?

*参考資料「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」洋泉社 2007年3月

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2007年6月25日 (月)

固定電話の逆転

 クレジットカードの仕事をしていると今は固定電話が自宅にない人がいるということを想起する。

 固定電話とは家庭・事務所に設置された電話。加入電話ともいう。本来、NTT東日本・西日本のサービス。現在は自由化されて各社が参入している。
 これに対して移動して使える無線電話を移動電話という。
 今ならば一般的には「携帯電話」と言ってしまえば事足りるが、かつては自動車電話、携帯電話、そして今もウィルコム1社が残っているPHSがあった。中央省庁が名称を定義する場合は、それらを総称する移動電話という言葉が今も使われている。

 NTTよりも安いKDDIのプランでも固定電話の基本料金は1,700円。一見安そうに見えるが、12か月では20,400円。
 独り暮らしの人であれば削りたい出費の代表格だろう。

 移動電話の加入台数が家庭や会社の固定電話を上回ったのは2000年3月。もう今から7年も前のことだ。

【 2000年3月末データ 】(郵政省、NTT発表)
固定電話 5,544万台
移動電話 5,684万台
移動電話普及率 44.8%

 「移動電話が固定電話を逆転」は1999年12月にも報道されたが、郵政省が発表した2000年3月が「逆転」時期としては正しいと思われる。
(1999/12報道によると、移動電話加入台数は5,770万台とされていた)

 行政指導で1円携帯がなくなるという。
 頻繁に機種変更する人の費用(機械の代金)を、一機種で長く使っている人が(割高な通話料で)払っている図式を正すのが狙いだそうだ。

 このような目に見えない不公平は、世の中に数多いだろう。
 一つでも正そうとする姿勢はよいことだ。

携帯電話の歴史



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2007年6月24日 (日)

ユニフォーム別成績

 2006-07シーズン、FCバルセロナのユニフォーム別成績をまとめた。
 
FCバルセロナ ユニフォーム別成績 2006-07

 ユニフォーム別の成績を記録するようになったのは2005-06シーズンから。きっかけはデコファンになってすぐ、あるサッカーショップの店員が言った言葉からだった。
「沼色のユニって全然勝ててないんですよね。また着てるんだもん」

 数週間前、バルサは沼色のサードユニを着てチェルシーに敗れていた。
 ロナウジーニョの一人時間差シュートが出た試合だ。
 バルサのサードユニは前シーズンのセカンドユニが流用される。この沼色ユニは前シーズンから着ているのだが、要所の試合をことごとくこのユニで落としているのだと彼は言う。
 統計が大好きな僕はこの言葉に反応した。

 2006-07シーズン、1st(HOME)ユニフォームはブラウグラーナ2本ずつのシンプルなデザイン。事前にインターネット上に漏れた画像では左右50%のツートーンの見えたため「バーゼルそっくり」とバルセロニスタは掲示板に書いた。
 パンツは青。バルセロニスタの間では青いパンツは批判してはいけないという不文律があるようで、昨年赤いパンツで2冠を達成したというのに、わずか1年で青に戻してしまった。
 2ndは蛍光オレンジ単色。
 前シーズン蛍光イエローがよく売れたことで「入念なマーケティングの結果」採用されたらしい。
 前シーズン、イエローユニを着た試合はリーガ、CL、コパデルレイ通算で7勝2分1敗。
 特にCL優勝の大きな要因となった敵地でのチェルシー、ACミランを破った2試合、このイエローユニが夜空に輝いた。

 mixiの流行で、日本はまさにオレンジブーム。 だが、バルサにとっては、このオレンジがよくなかった。

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2007年6月23日 (土)

環境によいこととは

 職場でISO14001の委員を始めて4年めにはいる。

 毎年、100人ほどの要員(環境についての取り組みを行う人、実際には社員や常駐パートナーさんたち)に対して5~6回に分けて研修会を開く。

 EMPと呼ばれる部署の目標を説明するのが主眼だが、それだけでは、興味と関心を引き出せないので、毎回、環境ネタで一席ぶつ。

 初年度は「大気汚染」 二年め「オゾン層破壊」 三年め「地球温暖化」 そして今年は「環境によいこととは?」

 環境問題といわれているテーマを取り上げるならば、ほかにも「酸性雨」「森林伐採」などがあるのだが、何せ今は環境といえば「地球温暖化」一色。これを去年詳しくやってしまったので、その後にもってくるテーマは何が来ても弱くなってしまう。

 そこで今回は視点を変えた。「環境によいこととは」

 題材はペットボトル。部署の目標としてペットボトルの本体・キャップ・ラベルの分別を始めて3年め。100人を超す皆さんがとても協力してくれて、社内でも有名になるほど、しっかりと分別ができている。

 あなたはペットボトルのラベルを剥がしている時、どんな気分になりますか?

話しはそこから始まる。

「面倒だと思う」

「ミシン目に沿ってキレイに破ることに集中しているから、何も考えてない」

「環境にいいこと、しているなと思う」

「リサイクルが進むといいなと思う」

 ミシン目の話しは皆で笑ったが、確かにその気持ちはわかる。メーカーによってはミシン目の始まりがわかりにくい。ミシン目がないメーカーもある。今度、しらべるでメーカー別ミシン目評価を記事にしようかと思う。

 そして、話し手として、引き出したかった答えは最後の2つ。

 果たして、我々がやっているペットボトルの分別。リサイクルの促進は環境によいことなのだろうか?

 そこに話しが進んでいく。

(6月26日につづく)

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2007年6月22日 (金)

ワンフレーズ**

 日本が生き残る道は、ハイテク・アニミズム国家である。
 いかなるテクノロジーに立脚した国家であれば、人間の欲望をコントロールできるか? いかなるテクノロジーを発展させれば、自然と共存する喜びを分かち合えるか?
 いかなる産業社会を構築すれば、環境と経済を両立させて、持続的文明社会に向かいまい進できるか? 

 さて、上の文章を読んで、概要が理解できただろうか。

 知る限りの言葉の組み合わせを、複雑に絡み合わせれば、長い論文を書いたり、長い時間の講演で話すことができる。

 ことばを操ることが許された人は、それを快感と思うのかも知れないが、聞いている人、読んでいる人にはわけがわからないことが多い。

 ことばは一瞬にして流れて行く。
 膨大な語数が一瞬で過去に流れ去る。

 その膨大な情報を処理できる人、できない人がいる。
 情報処理できた人は賛同して支持を与える。
 情報処理できなかった人は、ただやり過ごす(現代は「スルーする」と言う)

 情報がわかりやすいと、処理できる人が増える。
 賛同する人も増えて、支持する人も増える。

 情報をわかりやすくすることで、多くの支持を得る確率があがる。
 わかりやすくすることは罪ではない。
 わかりやすくすることは歓迎されるべきだが、その立場によっては、わかりやすくするとメディアに叩かれることがある。
 2006年、わかりやすい言葉を使って、メディアに叩かれた人がいた。
 だが、いかなる立場であろうが、わかりやすいことが咎められる世の中はおかしい。

 上記の文章を、わかりやすい言葉で置き換えるとどうなるか。
 あなたも考えていただきたい。

 エコロジー&エコノミー 環境と経済の両立!
 今こそ新しい生活文明を!

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2007年6月21日 (木)

ずらずらずらに代わる言葉

  「ずらずらずら」に代わる言葉はないだろうか。

 実現が難しい理由を、ずらずらずらと挙げていく。
 今日あったできごとを、ずらずらずらと言っていく。
 おいしそうなサンドイッチが、ずらずらずらと並んでいる。

 ずらずらと2回でよいのだが、強調したい時、3回言ってしまう。
 そこで気付く。

 はっ、周りにズラの人はいなかっただろうか?

 周囲の安全を確認したら、今度は無性におかしくなる。
 子どもの頃、自転車でこけて怪我を負ったけれど、まずはすっくと立ち上がる。周囲をきょろきょろと見回して、誰もみていなかったことを確認した途端、大泣きしてしまう・・というあの心理に似ている。

 一度、笑いのツボにズラがはまると、もう可笑しくて仕方がない。
 できない理由をずらずら・・
 と言いかけて、これって他の言葉ないのかなぁ?
 と回りに水を向けるのだが、誰もいい言葉を知らない。

 ずらずらずらに代わる言葉
 どこかにないだろうか?
 知っていたら、ぜひずらずらずらと挙げてほしい。

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2007年6月20日 (水)

相手の立場を思う想像力

 相手の立場を経験したことがないと、人は想像力が働かず、ひどい言葉を言うことがあるという自戒が、新たに脳に記憶された。
 もし僕が二度目のこのマラソンでまたも完走を手に入れていたとしたら。
 完走できなかった人の心を思いやることができたか、甚だ疑問だ。

 江ノ島に渡りきった頃には、もうゴールのエイドは店じまいしていて、水をもらうことはできなかった。
 「交通規制を解除します!道路から歩道に上がってください」
警察官がマイクでがなっている。

 ヨットレースの役員をしている同僚の姿を探す。
 ヨットハウスにいるのだろうかと中をのぞき込んだが、たくさんの人でごった返しており、とても見つけられそうにない。
 もうとっくに完走扱いの制限時間は過ぎているし、きっと自分の持ち場に戻ったのだろう。
 ところが、この時彼は、僕が想定していない意外な場所にいた。

 荷物受取テントは選手であふれていた。
 ぎりぎりで完走し終えたランナーとDNFランナーが混ざり合った時間帯。
 昨日は「湘南ゆかりのミュージシャン」のライブが行われたステージあたりに完走賞の引き換え所が設けられている。
 完走していないけれど、Tシャツがもらえるならばもらって帰ろうかと一瞬思う。
 しかし、係員が「チップと交換で完走賞を受け取ってください」とメガホンでがなっているのを聞いて、すべてを了解した。
 第三関門でチップを回収したのは、そのためだったのだ。
 その場所に用のない僕は、まっすぐ荷物置き場のテントに向かった。

 ゼッケン番号ごとに区画されたテントに入り、自分で自分の荷物をさがす。
 自分で探す方式は荒川マラソンと同じ。テントの出口に係員が立っていて、ゼッケン番号と荷物に貼ったステッカーの番号を照合する。
 東京マラソンではこれをボランティアが探す方式にしたため、大変な待ち時間が発生した。

 ここで驚いたのは、係員が片手で持ったマジックで、ゼッケンにチェックを入れること。
 胸のゼッケンに手を添えるでもなく、いきなりぴっと書く。少し手元が狂えば、衣服にマジックがついてしまう。とても感じが悪い、乱暴な対応だ。
 荒川では目視確認でOKだった。同じ番号の荷物は1つしかないのだから、ゼッケンにマジックを入れる意味はない。

 荷物を持って近くの芝生に陣取る。
 人が二人座れる程度のレジャーシートがマラソンではいつも役立つ。

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2007年6月19日 (火)

太宰治とセーラー服おじさん

 6月はイベントが少ない。
 国の祝日がないし、バレンタイン、花見、クリスマスといった準国民的行事もない。
 6月が誕生日の人と、ウェディングドレスを夢見る女性を除いては印象が薄い月だ。

 6月19日は太宰治の誕生日(1909年・明治42年 青森県生まれ)
 太宰治で思い出すのは名古屋のセーラー服おじさん。

 本名重松修治。1961年7月21日、福岡県北九州市生まれ。45歳の彼は3歳で愛知県に引越し、現在は愛知県津島市在住。

 太宰治の本名は津島修治(つしま しゅうじ)
 それについて重松さんに確認したことはないが、きっとそうに違いない。
 昨年ついにCDを発売した彼、いずれは文学にも進出するかもしれない。

 祝日がないのは6月と8月だけ。
 お盆、終戦記念日、原爆の日、夏休みがある8月と比べると梅雨しかない6月は地味だ。6月にイベントが欲しい。

■太宰治の略歴

1909年(明治42年)
 6月19日、青森県生まれ。

1928年
「無間奈落」発表。

1940年
代表作「思ひ出」「走れメロス」発表。

1945年
「お伽草子」発表

1947年
「斜陽」発表

1948年
山崎富栄と入水自殺
「人間失格」発表



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2007年6月18日 (月)

ノモメタルをもう一度

 ナイキの野球スパイク。
 1995年~1998年ドジャース在籍時の野茂英雄シグネチャーモデル。モデル名 AIR NOMO。通称ノモメタル。

 ノモマックス・ファーストカラーと同様のデザイン。
 そのヒールトップには赤字で「16」の刺繍が入っている。
 標準価格16,000円。

 黒×白のカラーも同時発売された。
 開発担当はノモマックスと同様ナイキ金井順一氏。
 ミッドソールの緩衝は前後ともズームエア。

*参考文献「NIKE完全読本VOL.3」ソニー・マガジンズ 1996.12.30発行

 プレミアムがついていたノモマックスとは違い、品薄にもならずナイキショップや大手スポーツ店でいつでも買うことができた。

 スパイクの刃を外して街で履きたいくらいクールなデザイン。
 野茂は第一次ドジャース在籍当初はこのノモメタルで試合に出場していた。
 2002年~2度目のドジャース在籍で使用したモデルは、アッパーはドジャースカラー単色、ミッドソールにノモメタルと同様のデザインが施されていた。

 2007年のいま、メジャーで1~2試合投げただけで、食事シーンが取材されて「料理ができる女性はステキだ」といった訳の分からないコメントが、当たり前のように日本中に放送されている。
 そんなMLBでの活躍の場を開拓した野茂英雄。
 再びメジャーのマウンドに立つ日が来ることを祈る。
 それが叶わないならば、いま一度日本で投げて欲しい。


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2007年6月17日 (日)

デコと記念日

 12月17日は敗戦記念日
 2006年のこの日、バルサはインテルナシオナルに0-1で敗れた。
 この記念日を世界一記念日の記憶が塗り替えてくれるのは、最短でも2008年12月。しかし2008年の第四回CWCが日本で開催されるかはわからない。

 2007年が明けて、2度めのエアメールを送ると、ファンクラブのコミュニティはとても静かになった。
 CLの再会にはまだ間があり、リーガは順調に首位を走っている。
 ただ、いつもと違っていたのは、このシーズンの途中に世界一を賭けた試合に敗れたことだ。

 2月15日はデコ記念日
 2005年のこの日、カンプノウでスマトラチャリティマッチが行われ、移籍金総額634億円の選手が試合前、ヒルトン・バルセロナに集まっていた。
 サッカーファンならば発狂しそうな状況だが、サッカーファンではない僕は至って冷静。バルセロナで開かれる会議のために、日本から着いたばかりで、ただただ眠かった。
 「まぁ1枚くらい旅の土産話しに写真でも撮るか」
と思ったところに現れたのがデコだった。

 3月16日はデコファンサイト開設記念日。
 4月20日はデコファンクラブ設立記念日。

 6月11日はデコサイン初ゲット記念日。
 6月12日はデコの試合、初観戦記念日で
 6月14日はデコにお土産渡した記念日だ。

 ファンクラブメンバーにもそれぞれに記念日がある。
 初生デコ記念日
 バルセロナでデコとばったり鉢合わせ記念日
 バルセロナのホテルおっかけでサインゲット記念日
 日本のホテルでサインゲット記念日
 ファンクラブ入会記念日

 8月27日はデコの誕生日(2007年で30歳)

 mixiでは「機能要望」を受け付けている。
 今でもマイミクさんの誕生日をカレンダー表示することはできる。
 ぜひ、コミュニティメンバーが共有したい記念日をカレンダー表示できる機能を作ってほしい。
 メンバーそれぞれの誕生日を入れて互いに祝うのもいい。

 入会規約を厳しい文面にしたせいなのか、デコの人柄なのか。ここに嫌なやつは独りも居ない。
 14年間、ネットのコミュニティをいくつか作ってきたが、これだけストレスのないコミュニティは珍しい。

 笑顔であふれる仲間には、ぜひ記念日を共有する仕組みが欲しい。

 毎月20日は「デコの日」
 「29日はお肉の日」にヒントを得て設けた記念日。
 月に一度、この日はネット上でオンラインミーティング。
もう一年半以上続いている。


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2007年6月16日 (土)

抑え投手ではありませんか?

 上原をおさえに回すことができたことで、今年の巨人はこのまま首位を走りそうだ。
 セリーグ5球団が一番嫌がるのは、上原をおさえに起用することだと多くの野球ファンが気付いていたと思うが、ここにたどり着くのに巨人は4年を費やしてしまった。

 押さえ投手 152,000
 抑え投手 63,500

 それぞれの語句でヤフー検索した、ヒット数の比較である。
 インターネット上では、押さえ投手と書いている人が圧倒的に多いことになる。

 だが、押さえ投手で検索すると「抑え投手ではありませんか?」というリンクが先頭に表示される。そこをクリックすると「抑え投手」で検索した結果に遷移する。

 「抑え投手」で検索した場合「押さえ投手ではありませんか?」というリンクは表示されない。

 恐らく「抑え投手」が正しい表記なのだろう。
 日本のインターネット界には、誤字を書いている人が多いと言うことになる。
 気をつけなければならない。

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2007年6月15日 (金)

ウルトラマン1/1の話し

 ウルトラマン、ウルトラセブンの1/1商品は次のものが発売されている。

■Aタイプ1/1マスク彩色済み ¥13,500 WAVE
 *既に市場にはない。首のところをくり抜けば被ることもできるようだが、抜けなくなって救急車を呼ぶのが恥ずかしいので、未だに試していない。目はスモーククリアで、自分で内側に電球を仕込めば光らせることもできる。
 Aタイプは2003年末に1/2マスク彩色済みが¥17,800でメディコムトイから発売された。この値段からすれば、1/1を手に入れた人は大変なお買い得だった。買った人は大切に持っているようで、ヤフオクで見かけたことがない。

■Aタイプ1/1マスク未塗装 ¥13,500円 WAVE
 *既に市場にはない。

■Cタイプ1/1マスク彩色済み ¥ 4,980 WAVE
 *既に市場にはない。名古屋市藤が丘にあった玩具店「バンビ」の店頭路上にこのマスクが6個積んであった時にはびびった。こんなモノを売っていいのか?値段を見る前からもう「買う」「買わない」の判断をする気はない。ただ、歯止めをかけるために「いくら以上だったら見送ろう」と考え、その値段は2万円と決めた。そして見た値札
 4,980円 今思えば6つとも買ってよかったくらいだ。後にAタイプの1/1が手に入り、置き場所がなくなったので2年後にヤフオクで売却。今思えば、持ち続けていればよかった。

■ウルトラセブン1/1マスク彩色済み  ¥13,500 WAVE
 *既に市場にはない。

■Cタイプ(後期)1/1 「ウルトラマンその気マスク」¥2,300 バンダイ 2000年11月発売。被ることができ、現行で手に入る唯一のウルトラマンマスク。

■ウルトラセブン1/1 「ウルトラセブンその気マスク」¥3,200 バンダイ 2000年11月発売。アイスラッガーが着脱できる(本体との接合はマジックテープ)その分、ウルトラマンよりはお高くなっている。

 Aタイプはなんと言っても顔のグロテスクさがいい。
 人間のように口元にしわがあり、顔もごつごつしている。AタイプとCタイプの1/1マスクを並べるとCタイプは鏡面のように綺麗だが、Aタイプは子どもが塗ったのかと思うほどでこぼこしている。
 この汚れた感じは、ホラー調の旧1号と相通ずるものがある。

 旧1号と同じく、このAタイプもリバイバルで人気が出たキャラクター。
 仮面ライダーでは新1号、V3が大人気だったように、ウルトラマンでは放送当時人気だったのは、ウルトラセブンや帰ってきたウルトラマン(ジャックという名前が付いている)

 ところで、アラブさんとの会話

moto
「1mってのが中途半端だよね。大きさで訴求するならばやっぱり 1/1 でしょ」
アラブさん
「でも、置き場所に困りますよねぇ」
moto
「そうだねぇ。でもマネキン1体分くらいのスペースはなんとかなるものだよ」
アラブさん
「えっ?部屋に置くんですか・・」

 アラブさんの脳裏には、東京タワーの横にそびえ立つ 1/1ウルトラマン の勇姿があった。


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2007年6月14日 (木)

ウルトラマンAタイプ

 アラブさんと話している。
 アラブさんとはホビー系の趣味が合う。
 僕は仮面ライダー旧1号など変身ものだが、彼の守備範囲は戦隊もの。
 戦隊ものというのは、ゴレンジャーに端を発する、複数人数のヒーローが力を合わせて戦う物語だ。
 仮面ライダーでは正月やお盆に1号と2号のダブルライダー編があり、子どもたちをワクワクさせた。
 それならば、5人いっぺんに出して、それも毎回出したらどうか?というのが戦隊ものの始まりだろう(怪しい)
 1998年の「たこ焼きマントマン」も5人で戦うから戦隊ものの一つである。

 彼の名がなぜアラブさんかと言うと、口ひげを蓄えていてアラブの大富豪の若旦那みたいだからだ。フジテレビでCL番組に出ているカビラ(兄)に似ている。

 その日の会話は2007年6月末に予約が締め切られて9月に納品される「ウルトラマンAタイプフィギュア」について。

 1966年7月10日、プレ版として「ウルトラマン誕生」が放送された。
 1966年7月17日~1967年4月9日 TBS系列で「ウルトラマン」(全39話)が放送された。視聴率は初回から34%を記録、ほとんど全回で30%を記録した。
 2006年はそのウルトラマン生誕40周年。このフィギュアは、それを記念して本格的な商品を作ろうという企画。それならば去年出したらよさそうなものだ。

 ウルトラマンAタイプ 高さ1m、ソフトビニール製、彩色済みフィギュア。
 仙台のホビーショップ ノダヤが製造、ジーマが販売する。

■造形作家:品田冬樹
■ウルトラアイ点灯
 右耳の後ろにスイッチが付く(撮影に使われた着ぐるみに付いていた仕掛け。以前ウルトラマンAタイプ1/2マスクでは、はりぼてのスイッチが再現されていた)
■カラータイマーの点灯(青)点滅(赤)
 カラータイマー点滅のSE(効果音)は出ない。
■価格:10万5,000円

 2007年2月、ワンフェスで発表。3月発売のホビー各誌に情報が掲載された。6月発売の「QUANT」7月号には詳細情報が掲載され、版元ネコ・パブリッシングのウェブサイト「ボビダスダイレクト」でも予約受付が始まった。

 ウルトラマンAタイプとはウルトラマン第1回から第1クールの13回までに登場したウルトラマン。1クールの13回のみで消えたというところは、仮面ライダーの旧1号と同じだ。

 14話~29話は、吊り目で頬がこけているBタイプ。晩年のアブドーラ・ザ・ブッチャーのシューズのように両足のつま先が尖って上を向いている。

 30話~39話が、顔がのっぺりして綺麗なCタイプ。一般的にはこの美顔のCタイプがウルトラマンとして認識されているが、出演は最も少ない10話に過ぎない。

6/15につづく

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2007年6月13日 (水)

失格者の烙印

 「ありがとうございました」
 運転手さんにお礼を言って、タラップを降りる。
 途中で止められたとはいえ、30kmをノンストップで走って来た後だ。さすがに階段を下りるのはおっかなびっくりだ。

 「それ、デコのサインですか?」
 後ろから来た、リタイア仲間のランナー、スズキさん(仮名)が声をかけてくれた。
 僕もデコ好きなんですよ。
 デコもすっかり有名になったものだ。

 スズキさんは地元住民。
「この国道はいつも渋滞していて、地元の人は皆頭に来てるんですよ。その道を封鎖して走るマラソンがあるって言うから、さぞ気持ちがいいだろうと思ってエントリーしたんです」
 初めてのレースで5時間40分制限のフルマラソンに挑むとは、僕の上を行くつわものだ。

 僕らは観光客と一緒に江ノ島大橋の歩道を渡る。
 沿道にはサザエやハマグリを焼く露天が並び、芳ばしい香りが漂うが僕は心惹かれない。
 日曜日16時頃の江ノ島は観光客でごった返している。
 江ノ島大橋の車道はまだ封鎖が残っている。
 となりの歩道の橋は観光客で渋滞。
 その渋滞の中に僕らDNFのランナーも混ざり、荷物置き場を目指す。

 この時の光景を見た完走ランナーが
「失格者が橋をとぼとぼ渡っているのが可哀想だった。
 来年は制限時間の延長を」
とネットに書いていた。

 まず、制限時間についていえば、絶対に延長しないで欲しい。
 同じ条件でこそ、来年の再挑戦への意欲が湧いてくる。
 これで制限時間が延長されたら、ハシゴを外された気分だ。

 それにしても、人生のなかで「失格者」と言われたのは初めてだ。
 入学試験、入社試験、資格試験で不合格者になった経験はある。
 そして、失格という言葉はなかなかお目にかかれるものではない。
 ドーピングをするとか、私設エイドの差し入れを受けるといったルール違反
(湘南では私設エイドは認めていない)
があって、レースを除かれるのであれば「失格」でいいと思う。
 だが、関門の制限時間に間に合わなかったことは「失格」なのだろうか。

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2007年6月12日 (火)

唐木恵子 春野恵子

 【 からき けいこ → はるの けいこ 】 タレント→浪曲師

1973年
 7月22日、東京都生まれ

1991年
高校3年生の10月から本格的に「東大に入るための勉強」を開始。現役合格。彼女の著書によれば、"その学校に入るための効率の良い勉強法" があるという。著書にはケイコ先生が選んだ効率のよい受験勉強に役立つ参考書リストが掲載されている。

1997年
東京大学教育学部卒業。出版社に就職。

1999年
出版社を退社。役者を目指して芸能事務所に所属。

2000年7月~2001年4月
「進ぬ!電波少年」(日本テレビ系列)の企画「東大一直線」でアルカリ三世 坂本ちゃんの家庭教師「ケイコ先生」となる。
 女優志望で同番組のオーディションを受けたことでスタジオ見学に招かれ、そこで「拉致」され企画に参加した(ことになっている)。

2001年
 4月14日「受験坂本ちゃん屁の河童」日本テレビ 出版。
ドラマ「救命病棟24時」(CX)出演
10月6日~ TBS情報番組「リアルタイム」司会担当
11月15日
「ケイコ先生の合格のルール」朝日出版社 出版

2002年
 1月、唐木恵子のウェブサイトを開く。

2003年
大阪 境の浪曲師 春野百合子に弟子入り。浪曲師 春野恵子として修業を始める。

 現在は浪曲師としての今をブログで公開している。

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2007年6月11日 (月)

舌打ち男

 今日もさわやかな朝だ。
 小鳥がさえずっている。

 ちっ ちっ

 不定期だが、キーボードを打つ軽やかな音の合間に聞こえてくる。

 時々、さえずりにまじって
 「ろ ろ ろ」
 という変わった音も聞こえてくる。

 あ゛~っ
 んだよ

 小鳥のさえずりかと思っていたのは実は舌打ちで、
 舌打ちは、いつもの独り言に変わった。
 今日もまた、同僚の舌打ちと独り言が静寂なオフィスに響き渡る。

 舌打ちは周囲の人の気持ちを暗くさせる。
 メールを読みながらメールの文面に向かって怒っているのはわかる。

 ただ、そのメールに書かれている内容はわからない。
 誰のどの行為について怒っているのか、周りにはわからない。
 怒っている対象は目の前にいる自分達なのか?
 それとも、ここには居ない違う部署の誰かなのか?

 舌打ち男に悪気はないのだろう。
 だが、職場の空気を悪くする罪は大きい。

 バンダイの食玩「小鳥のさえずり」シリーズでも職場に置いて、対抗したら面白くなるだろうか。なるわけないけど。

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2007年6月10日 (日)

スペインへ渡ったのは

 ファンクラブ仲間が8時間の丸坊主を体験した日、ホテル前の行列の先頭にデコ20のユニを着た少年がいた。親御さんと一緒だったと思う。
 僕は列に並んでいるわけでもなかったので、その少年の元へ歩み寄り勧誘した。
「デコファンクラブというのがあるんだけど、よかったらお父さんに言って入ってね」
 少年は迷惑そうな顔をしていた。

 その少年は後で思えば、決勝翌日にムンドデポルティーボの一面を飾った号泣少年と、どことなく似ていた。
 その少年には、会長ジョアン・ラポルタのツルの一声で捜索令状が出された。
 デコファンクラブのウェブサイトにも、ある放送局からメールが入った。
「この少年をFCバルセロナが探しています。情報があったらお寄せください」
 少年は1日とかからず探し出されて、春休みにはカンプノウに招待されて、ロナウジーニョやデコと会った。

 ひと泣きでスペインに渡る少年あれば、長年追いかけてもサインひとつもらえないファンもいる。
 そして僕は後者の道が好きだ。
 時に悲しみ、時に喜び、いつの日かデコを囲んで話をしたい。
 そう思っていることが楽しい。

 バルサの敗戦後、ファンクラブはデコに二度目のエアメールを送った。
 皆が思い思いにデコを激励する言葉に頭をひねった。
 翻訳班が皆の思いを、辞書を片手にポルトガル語(=ブラジル語)に翻訳。
 そして郵便班がデコへ送り、便箋2枚の封書がスペインへ渡った。

 心を一つにした仲間の存在は、どんな特別待遇や美味しい思いにも勝る。
 バルサが負けて離れて行く人もいる。そこで残ったメンバーにはさらに次への絆が生まれる。

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2007年6月 9日 (土)

ヒトを図形と思っている人たち

 仕事をしている以上、人に喜ばれたい。
 自己満足だけでは、喜びを得られない。
 自分が努力して、誰かの役に立つ。
 そして他人によるよい評価が言葉で語られて、自分の耳に入る。
 そのために働いている。

 それが、来る日も来る日も「へぼ」「ガキ同然」「意欲なし」と言われたら、とても健全な気持ちじゃいられない。

 人を図形だと思っているコンサルタントやSEは
 その図形が、どんな気持ちになるかなんて、これっぽっちも考えない。
 自分がその図形の位置に納まって、その実務をこなすことには、思いをはせない。
 ただ、図形をぼろ雑巾のように使うだけだ。

 一人や二人、図形がうつ病になって休職しても、図形を差し替えればよいと思っている。「精神的に弱いひとだった」などと言うかも知れない。


 図形がビルから飛び降りても、
「思いつめる前に、話してほしかった」
「周囲のケアが不足していた」
などと言うだけで、自分の責任だとは思わない。

 この話を聞いて、
「業務フローにヒトと部署とシステムの概念を混ぜている、話しの前提がおかしい」
「ふつうは図形の形が違うから混同しない」
 などと言って、技術的な枝葉末節に入り込むコンサルタントやSEがいたとしたら・・
 その人は既に人を人として見られなくなっていると同時に、自分が見えなくなっている。そういう人が上司ならば、見切りは早いほうがよい。

 人は周囲の人との関係性で生きている。
 自分を信じることも大切だが、自分を疑ってみることも大事だ。
 自分は誰かを苦しめてはいないだろうか。
 謙虚に自問自答することが一生に一度、あってもよい。

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2007年6月 8日 (金)

業務フロー

 コンサルタントやSEは "業務フロー" という図を書く。

 発注者→受注窓口→受注表起票→画面入力→在庫引き当て→出荷作業
こうした仕事の流れが、図になっている。

 「発注者」「受注窓口」といった項目は四角い図形(オブジェクト)で表現されていて、それが "線" で結ばれている。

 その表では「会社」「人間」「部署」も「コンピューターシステム」「作業名称」「帳票」もすべて同列の図形として扱われることが多い。
 厳密にいえば、組織、モノ、システムといった概念ごとに書き分けるべきなのだが、そういう論理に明るい人は少ない。

 この図を毎日のように書き、この図で仕事の説明をしている人はだんだん頭がおかしくなる。(自分ではそのことに気付かない)

 どうおかしくなるかというと、人を人として見られなくなってしまう。
 働く人を人間として見なくなる。
 エクセルやパワーポイントの一つの図形だと思うようになる。

 「受注窓口が画面入力した後、状況を追跡できない?
 そんなの必要ないよ。
 それは出荷部署がわかっていればいいことだよ。
 もし発注者から問合せがあったら、出荷部署に聞けばいいことだし」

 こんなことを平気で言う。

 実際に発注者から問合せがあったとする。
 受注窓口が
「いま、商品がどこにあるかはわからないんですよ。
 確認して折り返し、ご連絡します」

 それを聞いた発注者は
「あんたら、そんなこともわからんの?
 なんのための窓口なの?
 それじゃ子どもの使いじゃん。
 全然意味がないよ」
 といったことを、悪気もなくあっさりと言ってのける。

 一生に何度、人は「全然意味がない」と宣告を受けるだろうか。
 それを何度も宣告される人は健全に生きていけるだろうか。

(6/9につづく)

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2007年6月 7日 (木)

未来の世界のドラえもんロボット

 未来の世界から来た猫型ロボット 「ドラえもん」
 スペインでは週に何回も放送されるほど人気が高いらしい。
 ドラえもんが食べている不思議なスナック「どらやき」について、スペイン人はクッキーのような固いモノを想像していて、日本から買って行って食べさせると皆びっくりする・・という話を友達から聞いた。


 2112年9月3日生まれ。マイナス105歳。
 藤子プロ・小学館製作。
 表記は「どらえもん」ではなく「ドラえもん」

 1970年、マンガ連載開始。
 1979年4月、テレビ朝日系列でTV放送開始。
 身長・頭の大きさ・バスト・ウェスト・ヒップすべてが129.3cm。
 すべての数字が 「1293」 の並びになっているのは、放送開始当時の「のび太」の設定学年である「小学4年生」の平均身長が129.3cmだったため。
 1990年代後半には、このサイズで原寸大のぬいぐるみが10万円で発売された。


 2010年までに、バンダイを中心とする玩具メーカー数社の共同開発で「ドラえもんロボット」が発売される。

2001年
プロジェクトスタート

2002年
 5月、制作発表。「東京おもちゃショー」で発表された試作機の身長は25センチ
 9月、1万円ほどで試作段階のロボット発売と発表されていたが発売されず。

2004年
 3月、バンダイが「ドラえもん」の対話型ロボット ドラえもん・ザ・ ロボット DTR-01B を発売。
音声認識し大山のぶ代の声で約750の言葉を話す。20,790円。高さ26センチ、幅23センチ。

2010年
原寸(身長123.9cm)の完成品を発売予定。
2足歩行、人工知能、空間認識機能・・など高度な技術を搭載する。

 発売されれば誕生日より102年早くロボットがこの世に登場することになる。
 お年寄り、身よりのない子供達の生活パートナーになりうる。開発者は価格は乗用車1台程度と言っている。
 いかにも機械然とした2足歩行ロボットやAIBOとは一線を画す温かみのある作りになれば、幅広い層から支持されるだろう。
 日本が誇る輸出商品のひとつとして、特にスペインではたくさん売れるかもしれない。

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2007年6月 6日 (水)

誰を待つのか、パン

 車内では携帯電話で話すおじさんがいた。
 今ここに携帯電話を持っているということは、携帯を持って走っていたということだ。
 レースの現場で携帯を見たのは、これが初めてだった。

 「あ、お疲れです。え?完走した?3時間?いやいやさすがですね」
 先にゴールした仲間と話しているらしい。
 自身の話はそこそこ。全く悪びれず、反省の弁を並べるわけでもない。
 知らない人が見れば、沿道の応援者に見えただろう。
 彼にとっては、マラソンDNF(Did Not Finished)も人生のなかではごくありきたりなできごとなのかも知れない。
 初体験だから、とんでもないことになったと考えているが、これも日々の暮らしで起こる出来事の一つに過ぎないのである。

 最後のエイドをバスが通りかかった。
 ランナーはもうすべて行ってしまったというのに、そこには大勢のボランティアがいてバスに向かって手を振っている。飲み物、食べ物が整然と並べられていて、まるでこれからさしかかるランナーを待っているかのようだ。
 美味しそうなパンが大量に置いてある。
 そのまま無駄になるようなことはないだろうが、もう誰のためでもないパンが何を待っているのか、違和感があった。

 ゴールには同僚が待っている約束があった。
 「湘南マラソン走るんだって?応援に行ってやるよ!」

 ヨットマンの彼は毎年、3月のこの週は学生のヨットレースの役員にかり出される。
 今年はレース日がマラソンと重なるということで、江ノ島に車が入れなくなり大変だと言う。
 彼にはゴール直前、江ノ島大橋に右折する手前で応援してくれるよう頼んでおいた。
 待ってくれる人が一人でもいるレースは、誰も待っていないレースとは大きく違う。
 ここ数週間、彼の野太い声に後押しされて、国道を右折し江ノ島大橋を疾走するシーンを何度も思い浮かべた。

 でも僕はバスに乗って国道を走っている。
 江ノ島が近づいてきた。
 高い窓から沿道を探したが、彼の姿を見つけられなかった。
 バスは江ノ島大橋までは行かず、ひとつ手前の信号で右折して駐車場に入った。

ど素人!マラソン講座

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2007年6月 5日 (火)

里帰りをパスしてよいか?

 会社の掲示板に今日もまた訃報の貼り紙が出ている。

 総務部 鈴木一朗さん 実母
 告別式 6月9日

 あぁ確か鈴木さんは50歳前後だから、もうそろそろその年代だと両親を亡くす世代にさしかかるんだな。

 ある時は、若くして親を亡くした訃報も出る。
 いったいどんな気持ちでいるだろうと想像する。

 親を亡くした時の気持ち、亡くしてからの世界は、経験した者にしかわからない。

 季節は初夏
 今年もお盆に合わせて、墓参りに故郷をめざす人が多いだろう。
 そろそろ、チケットを確保する時期にさしかかり、今年は何日から帰ろうかと算段をしている頃だ。
 一方で、お金がなかったり、忙しいという理由。あるいは子どもが受験だからと言って里帰りを見送る人も多いだろう。

 元・吉本興業の木村政雄は言う
「50代は親に愛情を返す時」

 歌手さだまさしは言う
「親孝行は親が生きているうちにするのではなく、元気な時にするのだ」

 故郷で待つ親は、一年に一度、わが子が顔を見せてくれるのを一日千秋の思いで待っている。
「母さんのオムレツ食べさせてよ」
とせがんでくれる一言を待っている。
「おばあちゃん、ケーキが食べたい」
という孫の一言も待っている。

 未来の可能性へ目を向けて考えると、違う選択がある。
 時間は未来から過去へ流れている。

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2007年6月 4日 (月)

クジラを食べる自由

 クジラやイルカは、ほ乳類だから可愛そうと言う欧米人は牛を大量に食べています。
 海にいるくじらを捕るには出漁費用を出せばいいですが、牧場で牛を飼うには大量の森林を伐採しなければなりません。

 子どもの頃住んでいた五島列島ではイルカを捕獲していましたが、これは漁網をイルカが荒らして被害が出るためでした。漁師にとってイルカが網にかかった魚を食べたうえに、網を壊してしまうのは困るのです。

 クジラは20数年前から商業捕鯨が禁じられ、保護されたために大量に増えていますが、そのクジラは人間が食べる3倍の量の魚を捕食しています。
 魚を食べる習慣の国には困ったことです。漁師さんにとっても死活問題です。

 その昔クジラを最も熱心に捕っていたのは「鯨油」を主な燃料にしていた米国です。
 ペリーが浦賀に来て、日本に開国を迫った一因は捕鯨時の寄港地確保でした。
 でも今は「鯨油」が「石油」に変わりました。
 また、動物愛護団体の支持を受けると票がまとまって手に入るので、捕鯨反対が政治に利用されています。
 IWCで調査捕鯨禁止を可決した国々は、欧米に勧誘を受け?加盟したクジラなど食べたこともない国ばかりです。

 食べない自由もあれば、食べる自由もある。
 自分は自由だけど、他人は自由にさせない。

 先住民捕鯨といって米国の一部やデンマークでは、昔からクジラを捕って食べていた民族だけには、捕鯨が許されています。
 日本だって昔から捕って食べています。捕鯨大国ノルウェーは肉以外は捨ててしまいますが、日本では皮も油も残さず大切に活用します。

 日本にとって捕鯨ができないのは死活問題ではない。

 これがIWCが日本に捕鯨を許さない理由なのだそうです。
 もっと米国の牛を食べたらいいじゃないか。鳥肉や豚肉、野菜だってあるし。他の魚も捕っているんでしょ。ということです。

 そりゃないよと思います。
 世界の人々が、それぞれの自由を尊重する "自然体" を取り戻してほしいと思います。

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2007年6月 3日 (日)

なにかに怒るデコ

 試合前日の練習は、ファンにはもちろん非公開。
 警備は厳重で、バスを乗り降りする選手とファンの間には10mほどの緩衝エリアが設けられた。
 なにもそこまでやることはないだろう・・
 僕らは罪のない競技場係員に聞こえないようにぶーたれる。

 練習が終るのを待つ間の2時間。
 始めはまばらだった野次馬が3倍に増えた。
 携帯電話の情報力だ。

 僕らはスタジアムをぐるっと一周して、どこからかピッチが覗けないかを模索した。ようやく、絶好のポイントを見つけたところですぐ係員がやってきて注意された。

 練習帰りは、最初に引き上げてきてバスに乗った選手は居残り組みを待たされる。
 名前のわからぬ若手選手やライカールトは早くに乗り込んで、こちらを見ている。
 でこすけのイラストを見て指をさして笑っているのはモッタか。

 僕らはバルサコールや選手名をコールして、誰か一人でもファンの前にやってきてくれるのを待った。
 僕は先日のテレビ取材の時に備えて暗記した「Can't del Barca!」通称イムノを歌う。 誰もついて歌えなくて、僕一人で歌う。
 バスの中にいる選手にその声が届いただろうか。

 ロナウジーニョは居残りシュート練習をしたのか、最後の方にバスに乗り込んだ。
 ロニーコールに応えて、手を振ってくれた。

 そして、しんがりがデコ
 しかしデコは視線を落とし、まるで怒っているかのように険しい顔でバスに乗り込み、その後も窓の外を見てはくれなかった。

 デコがその次に笑うのを見たのは、試合後、敗れながらのMVPに失笑しながらテレビ出演したときだった。
 デコは怒るとモノを投げる。
 つい先日もスペインでの不甲斐ない敗戦後、フルーツを投げたらしい。
 これで熊本県の登録商標「でこぽん」のCM出演が難しくなったかも知れない。

 この決勝の後はベンチに向かってペットボトルを投げた。
 そこまでデコはずっと怒っていた。
 何に怒っていたか、想像でモノを言うことはできても、本当のことはデコに聞いて見なければわからない。

 バルサファンの少年が泣き、選手はうつむいてバルサ日本の旅は終った。

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2007年6月 2日 (土)

パセ交流戦

 NPBパリーグチームとセリーグチームが対戦するレギュラーシーズンの公式戦。
 リーグ戦成績に加算される。2005年より開催。

 赤字が深刻なパリーグチーム救済のために再編騒動の末、企画された球界振興策。

2005年
5月6日~6月16日開催。
雨天予備期間6月17日~20日。
異なるリーグの6チームすべてとホーム、ビジター3試合ずつ対戦。6×6=36試合。1チーム36試合、合計216試合。
パリーグ球団主催試合ではDH制を採用。
日本生命が冠スポンサーとなった。

2006年
5月9日~6月18日開催。
試合数は2005シーズンと同じ。
1チームあたり36試合は前年同様。
二年続けて日本生命が冠スポンサーにつく。

2007年
5月22日より開催。
試合数が減らされて、1チームあたり24試合となる。

 2004年オフの報道で「セパ交流試合」と表記されて以来、2006年までそう表記されていた。
 2007年は「セパ交流戦」と表記されている。
 2004年~2006年シーズンは3年連続でパリーグ優勝チームが日本シリーズを制しているので「パセ交流試合」と表記してもよさそうなものだ。

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2007年6月 1日 (金)

ネットコミュニティにおける管理人と参加者の関係

 「管理人」と言う言葉から連想するのは、
めぞん一刻の音無響子さん。甘い響きだ。

 でも管理人という言葉の響きは心地よくない。
 管理するのも、されるのも好きではない。

 ある時、ニフティのフォーラムで「議長」をやっていて
その「管理人」だった。
 参加者からクレームがあがると、仲裁に入ったり、発言を削除したりする。
 自分は何様でもないのに、なんだか変な気分だった。

 議長の上にいるSYSOP(シスオペ)やサブシスにはニフティから "お金" という見返りがある。苦労があってもお金で癒される。
 しかし、その既得権益、甘い汁だけは吸って、面倒なことは全部、配下の議長に押しつけているSYSOPがいた。
 1年近く、なんの管理業務もせず、ただ金をもらい続けているだけ。
 議長はただ、管理者と参加者の間に挟まれるだけ。中間管理職のようなものだった。

 加藤眞由儒さんのファンサイトをやっていて
「管理人様」という書き出しでメールをもらうことがある。
 他に呼びようがないのだろうけど・・
 ウェブサイトの場合、ウェブページという情報を公開しているが、掲示板があるわけでもなく、一切何も管理していない。
 なので自ら名乗る時の肩書きには「主宰者」という言葉を使っている。

 mixiではコミュニティの開設者には「管理人」という言葉が使われている。
 確かに編集や削除など管理権限を持っているから妥当なネーミングなのだろう。

 管理する側とされる側
 管理者とゲスト
 体制のあちらとこちら
 このように、色分けされることに違和感がある。

 一つのキーワードでコミュニティに集っているのだから、誰か一人が頑張ったり、責任が重たかったりするのはおかしい。
 役割の名称は「管理人」ではなく「開設者」が妥当だろう。

 コミュニティにはマナーを守らない人がいる。
 勝手に宣伝を書く人がいる。
 宣伝がダメだと言われると、この宣伝の価値がわからないとは地に墜ちたものだと、調子外れの逆ギレをする。
 「参加者の発言マナーが悪い」と管理人に怒ってくる人がいる。
 「怒っている人がいますから、なんとかなりませんか?」と伝えると、何が悪いんだ?とまた管理人に怒ってくる人がいる。

 管理人という言葉が悪い。
 "管理人"といえども、皆と同じ一参加者。
 ボランティアでその場を提供しただけ。
 花見で言えば、自宅からブルーシートを持ってきて公園で広げただけだ。

「ブルーシートが小さすぎる」
「飲み物のシミがある。もっと綺麗にすべきだ」
「風でめくれないように重りを用意しないのは手際が悪い」
 そんなことを花見の参加者に言われたら、ブルーシートを家から運んできた人は切ない気持ちになるだろう。

 何かを言うならば、尊敬といたわりの気持ちを持たなければならない。

 花見の歴史は古く、参加者はその楽しみ方を心得ている。
 インターネットのコミュニティはパソコン通信以来でもまだ15年。
 日本の全人口が参加し終わったわけではなく、次から次に新人がデビューしてくる。
 ネット・コミュニティのマナーが根付くのは2092年頃になるだろう。



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