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2007年6月 1日 (金)

ネットコミュニティにおける管理人と参加者の関係

 「管理人」と言う言葉から連想するのは、
めぞん一刻の音無響子さん。甘い響きだ。

 でも管理人という言葉の響きは心地よくない。
 管理するのも、されるのも好きではない。

 ある時、ニフティのフォーラムで「議長」をやっていて
その「管理人」だった。
 参加者からクレームがあがると、仲裁に入ったり、発言を削除したりする。
 自分は何様でもないのに、なんだか変な気分だった。

 議長の上にいるSYSOP(シスオペ)やサブシスにはニフティから "お金" という見返りがある。苦労があってもお金で癒される。
 しかし、その既得権益、甘い汁だけは吸って、面倒なことは全部、配下の議長に押しつけているSYSOPがいた。
 1年近く、なんの管理業務もせず、ただ金をもらい続けているだけ。
 議長はただ、管理者と参加者の間に挟まれるだけ。中間管理職のようなものだった。

 加藤眞由儒さんのファンサイトをやっていて
「管理人様」という書き出しでメールをもらうことがある。
 他に呼びようがないのだろうけど・・
 ウェブサイトの場合、ウェブページという情報を公開しているが、掲示板があるわけでもなく、一切何も管理していない。
 なので自ら名乗る時の肩書きには「主宰者」という言葉を使っている。

 mixiではコミュニティの開設者には「管理人」という言葉が使われている。
 確かに編集や削除など管理権限を持っているから妥当なネーミングなのだろう。

 管理する側とされる側
 管理者とゲスト
 体制のあちらとこちら
 このように、色分けされることに違和感がある。

 一つのキーワードでコミュニティに集っているのだから、誰か一人が頑張ったり、責任が重たかったりするのはおかしい。
 役割の名称は「管理人」ではなく「開設者」が妥当だろう。

 コミュニティにはマナーを守らない人がいる。
 勝手に宣伝を書く人がいる。
 宣伝がダメだと言われると、この宣伝の価値がわからないとは地に墜ちたものだと、調子外れの逆ギレをする。
 「参加者の発言マナーが悪い」と管理人に怒ってくる人がいる。
 「怒っている人がいますから、なんとかなりませんか?」と伝えると、何が悪いんだ?とまた管理人に怒ってくる人がいる。

 管理人という言葉が悪い。
 "管理人"といえども、皆と同じ一参加者。
 ボランティアでその場を提供しただけ。
 花見で言えば、自宅からブルーシートを持ってきて公園で広げただけだ。

「ブルーシートが小さすぎる」
「飲み物のシミがある。もっと綺麗にすべきだ」
「風でめくれないように重りを用意しないのは手際が悪い」
 そんなことを花見の参加者に言われたら、ブルーシートを家から運んできた人は切ない気持ちになるだろう。

 何かを言うならば、尊敬といたわりの気持ちを持たなければならない。

 花見の歴史は古く、参加者はその楽しみ方を心得ている。
 インターネットのコミュニティはパソコン通信以来でもまだ15年。
 日本の全人口が参加し終わったわけではなく、次から次に新人がデビューしてくる。
 ネット・コミュニティのマナーが根付くのは2092年頃になるだろう。



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