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2008年3月21日 (金)

シーシェパードとIWCの歴史

 アメリカの環境保護団体「シーシェパード」の船が日本の調査捕鯨船に薬品入りの瓶を投げつけた。日本の乗組員に怪我人も出た。
 この行為に対してIWCは3月8日、非難声明を全会一致で採択した。
 その内容は「調査捕鯨を邪魔するな!」というわけではなく「海上の安全を脅かす危険な行動で受け入れられない」というもの。
 常識的な人間がふつうに考えれば賛成する内容だ。
 だがIWCにおいて捕鯨再開は20年来、依然として採択されない。

 捕鯨を再開したい国、捕鯨再会を阻止したい国。
 その対立の構図は、この事件を機に変わるかも知れない。
 もちろんそれは、危害を加えた海のテロリストに対して国際的な非難が高まり、捕鯨推進国に同情が集まるという単純なことではない。

 IWC=International Whaling Commission 国際捕鯨委員会
の歴史を軸に、捕鯨の歴史をおさらいしてみよう。

1948年
国際捕鯨取締条約に基づいて設立

1954年
IWC年次総会を初めて日本(東京)で開催

1982年
7月23日、商業捕鯨一時停止を決議。
これ以来、捕鯨は調査捕鯨と規制対象外の鯨に限られている。
日本は異議申し立てを行い、この決議に従わない方針を示した。

1985年
日本は、アメリカ200海里内漁業からの締め出しを通告されたため、仕方なく異議申し立てを取り下げた。しかし結局、1988年には締め出しを食った。

1986年
商業捕鯨終了

1987年
日本は調査捕鯨を開始。
IWCがシー・シェパードのオブザーバー登録を拒否。
オブザーバーとは投票権、発言権のない参加者という意味。
IWCは拒否を続けており、IWCにとってシー・シェパードは "協調できないタイプの環境団体" と言うことだ。

1992年
IWC総会における捕鯨推進国は5か国。

1999年
1992年には5か国だった捕鯨推進国が、日本、ノルウェー、ロシアなど14か国になった。

2001年
1年間の日本の調査捕鯨割り当ては440万頭。
捕獲した鯨は研究後、民間に払い下げられる。
研究費を寄付する見返りに肉の処理を任されるケースもある。2001年時点で国内の食用鯨肉は年間4千トン(最盛期の50分の1)
7月1日、農林水産省令改訂。定置網に混獲された鯨の販売を許可。

2002年4月25日~5月24日
IWC年次総会(第54回)下関市開催。
読売新聞はこの間、度々クジラ問題を取り上げた。
TV各社ももようやくクジラを取り上げた。
下関はかつて大洋漁業(現在のマルハ)が本社を置いた漁業と鯨の町。
下関水族館(今はない)の鯨を模った展示館が懐かしい。

しかし、鯨の町下関での開催も、捕鯨再開という結果は出せなかった。
「日本全体が捕鯨再開で一丸となる」というムードも生まれなかった。
6月より日本はノルウェーからの鯨肉輸入を再開する予定であると報道されていたが、実際に再開されたという報道は、当時見つからなかった。

(明日に続く)



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