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2008年9月の30件の記事

2008年9月30日 (火)

一番嫌いな言葉

 4月23日サンジョルディ
 久しぶりに、ここに帰ってきた。

 前回は羽田から直行して私物を置いただけ。わずか一時間でIDOラボに移動した。あの時はただ、フローリングの美しい木目だけが見えていたが、今はKLから僕を追ってきた荷物が置かれて、長い年月、主の帰りを待っていた。

 それ以来、週末の土曜日に帰るようにした。
 二日間ここに缶詰になって、手書きメモをワークシートに打ち込んでいく。
 その日のできごと、その時僕がどう考えたか、後任に伝えておくとよいこと・・
 それらのことを、5cm四方のメモ用紙に書き留めて、机の引き出しにしまっていた。

 三ヶ月もあれば打ち終わると思っていたが、メモを手にすると、その時の記憶が再合成される。
 その時の情景を思い起こす。ついメモを読みふけってしまう。
 読んでいるうちにアイデアが浮かんで、メモにないことを加筆してしまう。
 そうこうしていると、なかなか作業は進まない。

 それにしても、メモに書いた自分の字が読めないのには参った。
 子どもの頃、習字を習っておけばよかったと思う。

 タイムリミットが迫ってきたここ数週間、時間が足りなくなった。
 カテゴリー事例ごとのメモは書ききれず、歯抜けになってしまった。
 平日の夜も IDOラボのパソコンで書きたい衝動に駆られたが、それは思いとどまった。
 この引継書は、後任のあなたと僕だけのものでなければならない。

 幸田さんが私邸に設えてくれたパソコンは画面が大きくて、最近めっきり視力が落ちた僕にはありがたかった。
 冷蔵庫にいつもサンドとカフェオレを入れておいてくれてありがとう。

 初対面の日あなたを見た時、僕は目を疑った。
 僕は橋本に 9つの省から 2人ずつ 18人のスタッフと、IDO法九条「不測時の代理業務」を遂行する候補者を一人、合わせて19人の配属を頼んでいた。

 就任前に、IDOの二期めはやらないと念を押しておいたので、その19人めは後を任せられる人材にしてほしい。それが優先順位一位のお願いだった。
 驚きを顔に出さぬよう、必死に平静を装ったけれど、そんなことは無駄な努力でした。

 就任した日につくった「匿名メールアドレス禁止法」だけが、二人きりのブリーフィングでしたね。
 最初はまさかと思ったけれど、あなたが僕の右肩越を見て話すのを見て驚きました。
 確信するまでに、長い時間はかかりませんでした。
 あなたがどれくらいわかるのかを探るのは、なんだか思議な感覚でした。

 3ヶ月経った頃、あなたが心を読んでいると言えるほど、直近の映像化ができることがわかりました。
 僕は直前、直後の映像化は苦手なので、人の心理を汲むのは他の方法をとっていましたが、あなたはそれを難なくこなしていましたね。

 このファイルのパスワード、引継者の誕生日にしようと思って、「誕生日四桁をパスワードにするのを禁止する法」でヒントを出したのですが、その必要はなかったですね。

 18人の仲間は、最後まで交替することなく勤めてくれて助かりました。
 これまでに、いろいろなタイプの別れを経験しましたが、彼らとのそれは新しいものでした。
 寂しいのだけれども、心は満たされている。
 恐らくもう、会うことはないのだけれど、またすぐにでも、いつでも会えそうな予感がする。
 パソコン通信が始まった頃のオフライン・ミーティングで、誰もが味わっていたような、あの感覚を思い出しました。
 僕らは、人もうらやむように、そう、家族のように機能していたと思います。
 第二期のチームが、どのような人選になるのか、僕も楽しみにしています。

 「音楽は力法」のエピソードは当初ここに書くつもりはなかったのですが、あなたに読んでもらおうと思い、書き足しました。
 旧友と出会った懐かしさに、心が弱くなることが何度もありましたが、凜として揺るがないあなたのたたずまいを見て、それではいけないと思いとどまるのが大変でした。

 日本海の波は白いですか?
 その波の継ぎめにあなたの幸せが見えるといいな。
 風邪をひかないように、気をつけてください。
 ここまで、長文につきあってくれて、ありがとう。
 最後に、僕が一番目と二番目に嫌いな言葉を書いて、終わりにします。

 がんばってください。
 さようなら

                   元IDO 佐野龍一



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

「独裁者」もくじ

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2008年9月29日 (月)

肘掛けは誰のもの?

N700系で行く品川博多の旅【 10 】

 2人掛けのD、E列の場合、Dの人も Eの人も肘掛けは左右に一つ。
 2人で3つ
 2人の真ん中にある肘掛けはどちらが使うものなのか?

 3人掛けのA、B、C列の場合、3人とも肘掛けは左右に一つ。
 3人で4つ
 B列席の両脇にある肘掛けはどちらが使うのか?

 日本には「肘掛け基準法」はない。
 鉄道各社も、肘掛けガイドラインを示していない。
 つまり無法状態と言うことだ。

 ところが、中谷彰宏の著書「超一流の仕事術」にその基準を見つけた。
「ひじかけは通路側を使うのがマナー
 ただし、真ん中の人は両方使ってよい」

 中谷彰宏は毅然として言い切っている(いつもそうだが)
 もちろん、根拠を示そうにも、根拠はどこにもないから示せない。

 すると、今この左隣の兄ちゃんとの境界にあるひじかけは、僕からみて通路側なので僕が使ってよいことになる。

「すみません。これ通路側なので、僕の肘掛けです。
 使わないでください」
「はっ? なにそれ?」

 という険悪な会話はしたくないので、もちろん言わない。

 映画館でもドリンクホルダーが、どっちを使っていいのかわからない時は、端っこの席がどうなっているかを見て、左右を特定する。
 しかし、誰か一人、そういうことに無頓着な人がいて、逆側を使っていると、その列全体がぎくしゃくする。

 この肘掛けは使っていいのか、どうなのか?
 皆、不安に思っている。

 使った者が勝ちだ!
 と言って、席に座るとそそくさと肘を置く人もいる。
 でも、肘掛けをとられたくなくて、肘が上げられない。

 となりの人が肘を置くと、負けたくなくて押し返す人もいる。
 体温が伝わって、とても気持ちが悪いので、気が弱い方が諦める。

 こういうことこそ、日本の世論を扇動しているバラエティ番組でとりあげるとよい。

Photo_2  N700系には窓際席、前後端(=妻壁)に面した席とグリーン車両全席に、電源コンセントがある。
 ノートパソコンのバッテリーが貧弱で、出張では予備バッテリーを持ち歩いていた 1990年~1997年頃に、この設備があればありがたかった。

不定期で続く


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2008年9月28日 (日)

デコ 久しぶりにFKを決める

8月24日(日)
プレミアリーグ2節 ウィガン(away) ○1-0

■ウィガン
ホームタウン:ウィガン市
ホームスタジアム:JJBスタジアム(25,000人)
1stユニフォーム:青×白の縦縞
愛称:ラティックス
メインスポンサー:JJBスポーツ(英国の大手スポーツ・チェーン店)
設立:1897年

 2005-06シーズンにプレミアリーグに昇格。
 最近2シーズンの成績は、17位、14位と芳しくない。

開幕戦につづいて、J sports Plusが生中継。
デコはこの試合もフル出場。
初めての黒いセカンドユニフォームを身につけている。

前半4分、ペナルティエリア外 正面からやや右
デコが蹴ったFKは、直接左上隅にゴール。

これ以前にデコがFKを直接決めたのがいつだった記憶がない。
それくらいご無沙汰しているので、まさか入るとは思っていない。
ゴールした瞬間、喜ぶのが1秒遅れてしまった。

これが決勝点。
試合後、ウィガンの監督はこう言った。
「デコはやはり特別な存在だった」

1-0とリードしてからの84分、幾度か自陣で危ない場面があった。
それでも、GKツェフが守っていると、失点の予感がしなかった。

 この日、アンドリー・シェフチェンコのACミランへの移籍(復帰)が発表された。
 この時点では移籍市場閉鎖まで1週間。
 チェルシーはレアル・マドリーからロビーニョ(国籍:ブラジル)を獲得すると報道されている。
 チェルシーには、デコのPKエリア内へのパスに走り込む選手がいない。
 バルセロナであれば、メッシがそのタイプ。
 ロビーニョ入団は、攻撃パターンの多様化が期待できる。

8月28日
UEFA CL2008-09 組み合わせ抽選
チェルシーはローマ、ボルドー、CFRとA組にはいった。
デコにとって因縁の相手はない。

年内のCLグループリーグは、あまりどきどきすることなく終わりそうだ。



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2008年9月27日 (土)

勝ち組成功ビジネスマンごっこ

 ある日、上司が会議で指示を出す。

「日々の業務を改善しよう!
 一人一つ、今日じゅうにアイデアを考えて、メールしてくれ」

 さて、あなたは何を提案するだろうか?

 僕が出すとしたら2つある。
  1つはパソコンの使い方
  もう1つはABC(Activity Based Costing)

会社の仕事は、改善の連続だ。

・・そう言うと、社会に出る前の学生の皆さんは
 「会社というところは、そういうものなのだな」
と思うかも知れない。

 だが、実際に「改善の連続」で営まれている会社はほとんどない。
 すべてがそういう会社だったら、
「カンブリア宮殿」という番組は成り立たない。
「トヨタのカンバン方式のすべて」のような本は売れない。

改善というテーマが与えられた時、
「業務文書の有効活用」
といった提言を出してくる人がいる。

そういうことを言っている人は、実際には成果を上げられない。
なぜかというと、そういう提言が出てくるという思考回路には「人」が入っていないからだ。

「今日も職場の空気がいい。仕事が楽しい」
そう思う一人一人の労働の集積が、利益を生むのだ。

人が仕事に熱中できるようにするには、どうすればよいのか?
それが改善。
「文書の有効活用」などと言っている人には、そういう発想がない。

人は生きている。
書類は死んでいる。

書類は紙だ。
息をしていないし、血も出ない。
入院もしないし、ご飯も食べない。

当たり前のことだ。

だが、その当たり前のことに賛同しないで
「書類は生きている」と言い出す人種がいる。

書類だって息もするし、血も流す。
保留されれば入院だし、活用されることで栄養を吸収する。

あほか

そういう 「勝ち組成功ビジネスマンごっこ」に明け暮れる人は放っておいて、人の顔が見えている人たちがものごとを決めたほうがよい。

「紙が生きている」と言い張る人が仕切る会社では、生きている人のほうが、活かされない。

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2008年9月26日 (金)

最後の言葉

 世の中には仕組みを作るのが好きな人もいれば、その仕組みに寄り添っているのが好きな人もいる。
 僕は仕組みを作るのが好きだ。
 できあがった仕組みは早く人に渡したい。
 できないことは学び、できることは人に教える。
 人々が笑顔になれるような仕組みを作る。
 できあがった仕組みからは、潔く離れる。ずっと、そうしてきた。

 「君は仕組みをつくる男だ。君を選んでよかった」
 僕がいなくなった後、誰かがそう言ってくれれば嬉しい。

 「あれ?今日はいつもの集まりはないんですか?IDOが金曜日に私邸に行かれるのは初めてですよね?」
 うん、今日は家で見たいものがあってね。

 黒塗りの車の後部座席は、やっぱり僕には居心地が悪い。
 金曜の17時台、街に繰り出す人たちで最も賑わう時間帯。
 僕がこの街に帰ってきたあの日より、街は幾分騒がしくなった。
 それでも、KLから帰ってきた時の違和感が消えたわけではない。

 私邸に戻った時は、いつも山田SPが先に室内にはいり、安全を確認してくれる。
 山田さんは、なかなかの論客。歯に衣着せぬ物言いが好きだ。
 移動の車は彼と僕との言い放題タイム。
 とても、大臣やメディアには聞かせられないような法案が飛び交う。
 いつも、楽しかった。

 山田さん、合い鍵は持ってますよね?今日、僕はここで眠ります。
 明日は合い鍵でドアを開けて入ってきてください。交替の時、そう引き継ぎを頼みます。

 「引き継ぎですか?申し送りじゃなくて」
 あぁ、そうか。そうとも言いますね。

 二〇三九年九月一七日(土)八時〇三分。
 池田警護官からの連絡により、私邸に入りました。
 窓辺のテーブルに置かれたパソコンにはワークシートが起動していましたが、文書ファイルは存在しませんでした。
 状況の詳細は公安の報告に譲ります。

 前夜、私が帰宅した後の一七時九分、山田警護官に「私邸に行きたいから、車を出してほしい」と連絡がありました。
 IDOは今年四月以降、週末は私邸で過ごしていました。
 一七時三九分に私邸に入られる際、山田警護官に言ったのが、最後のことばです。
 「今日はここで眠ります。明日はかまわないので、鍵を開けて入ってきてください。そう申し送りを頼みます」

 後任の秘書官との引き継ぎ終了後、私も一ヶ月間、休暇を戴きたいと存じます。

                      IDO室   継波千絵

次回【 最終話 】は9月30日に掲載します。

「独裁者」もくじ

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2008年9月25日 (木)

復活ナッチェル

 ナッチェルが復活したらしい。

 スーパーに売っていたという。

 ナッチェルといえば岡田奈々。歌唱力はいま一つだったが、そんなの全然関係ない・・

 そんな岡田奈々が宣伝していたナッチェルは、日本で初めて小麦胚芽が入ったお菓子である。 ・・と、記憶している。

 ビスコに小麦が入ったような味だったと思う。

 お子様卒業のお菓子。値段もちょっと高かった。曖昧だが、当時ビスコが50円くらいの時に70円くらいだったと思う。一日のおやつ代は10円。ナッチェルは滅多に食べることはできない。そのうちに、そんなお菓子があったことも忘れていた。

 小麦胚芽といえば、今はマクビティ。チョコとの相性が抜群。だが、味が濃すぎる。素朴なナッチェルの味が今となっては懐かしい。

 ナッチェルが復活したと聞いて、1ヶ月、コンビニに入っても、スーパーに入っても、いつもその姿を探していた。

 プリッツ、クリームコロン・・ グリコの箱ものがあるあたりを、目を皿のようにして探す。だが、再会できないでいた。

 ある土曜日、久々に遠出した先にあったスーパー。定番の売り場ではなく、エンド(特売品が置いてある、棚の端っこ)に、君はいた。

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 次にいつ出会えるかわからない。

 あまり売れずに、すぐまた廃番になるかも知れない。

 自分で一つ。会社に一つ・・ 予備に一つ

 気がついたら、カゴに 5個入っていた。(翌日もまた行って、さらに 5個買った)

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結論からいうと、君は別人になっていた。

白いクリームではなく、ブルーベリーだ。

 パッケージもラベンダー。値段は128円。

 小麦胚芽とはいわず、小麦ブランだ。

 でも、美味しかった。

 できれば、売れて欲しい。このまま、定番に残って、この商品を復活させたグリコ社員のボーナスが上がったらよいと思う。

 そして、余裕ができたら、オリジナルのナッチェルも出してほしい。

 いま、ファミマ店頭ではR45と冠して、懐かしい商品の復刻版を並べている。

 その棚をみていたら、ロッテ「はりはり仮面」のシールが欲しくなった。



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2008年9月24日 (水)

たすき、再び「走る男」へ戻る

 ランドマークタワーを横目に見て、隊列は海を目指す。
 この先にあるのはヨットの帆を張った形をした高級ホテル。
 森脇健児さんは、ティールームで待っているのだろうか?

 最後の横断歩道を渡り、僕ら代走「走る男」はホテルの敷地内へ入っていく。
 森脇さんはどこだ?
 ホテルのガラス越しに中をのぞきこむ。
 向こう側からもこちらを見て笑っている。

 あ、いた
 と思ったら、別人だった。

 さらに舗道を進むと、前方のベンチにたたずむ男性が一人。
 そうか、立っているのもきついんだな。
 皆が速度をゆるめて、駆け寄った。

 知らないおじさんだった。

 テレビ局スタッフの先導があるわけでもなく、カメラも回っていないようだ。
 代走「走る男」は舗道を左に折れて、右に折れる。
 もう海が目の前に迫ってきた。

 「あ、いた!」
 先頭を走っていた走る男の一人が見つける。
 歩道橋から見下ろしたところに、水色のシャツを着た男が一人、こちらに向けて手を振っている。

 「けんじ」「けんじ」
 誰からとなく、けんじコールが始まる。

 ふつー、逆だろ

 僕が、誰にも聞こえないよう小声でつっこむ。
 ふつーは走っている人に向かって、応援者がコールするものだ。

 大勢の男が走っていて、一人の男が応援している。
 妙な場面設定である。
 けんじコールを連呼しながら、43人の男たちが階段を駆け下りる。

 日曜日のみなとみらいの海辺。
 暑かった一日をしめくくる、気持ちのいい浜風で涼んでいた人々に、この「走る男」はどう映っているだろうか。

 階段の麓まで森脇さんが歩み寄る。
 ゴール
 たすきが代走「走る男」から、再び「走る男」森脇健児さんの手に戻った。

 一人一人が握手に歩み寄る。
 一人一人の手を大事に握り返す「走る男」

 僕は止め忘れていた、ガーミンフォアアスリートのSTOPボタンを押した。
 テレビでおなじみのあの、ぐにゃりとした電子音を立てて、半日の位置と時を刻んだGPSが鼓動を止めた。

10月1日につづく
(次回で、代走「走る男」編は最終回です)

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2008年9月23日 (火)

秋分の日と秋の5連休

秋分の日
 秋に来る昼と夜の長さが同じ日(=秋分日)。

 天文学的にみた 「秋分日」に関する予測をもとにして
政府機関が毎年、翌年の秋分日を判断して発表する。
 9月23日か24日のどちらか。

 祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ日
(国民の祝日に関する法律第2条)
 彼岸の中日とも言う。

 秋分の日 東京の空は快晴
 20年前ならば、夏にやきのこした肌を焼くのによい一日だったかも知れません。
 しかし、紫外線が肌に及ぼす影響が明らかになった現代。
 朝8時~10時の一日でもっとも紫外線の強い時間に、外に出るのは気が進みません。

 祝日の早朝は洗車に向いています。
 コイン洗車場が空いているのです。
 同じくデパートも空いていて、駐車場に列ができない。

 祝日が休みの人は少ないということです。
 この間の(土)(日)(祝)という3連休
 デパートの駐車場が混んでいたのは、日曜日だけでした。

 祝日に働いている人が多いのは、サービス業が多い都市の特徴なのかも知れません。

 来年の9月は「5連休」があります。
 2009年9月19日~9月23日
 特に今年、法律が変わったというわけではなく、祝日法の規定「祝日と祝日にはさまれた日は祝日」が、初めて9月に適用されるケースです。

 5連休になるサラリーマンには、ゆったりとした休日に。
 休んでいる人を相手に商売するサービス業の人たちには、かき入れ時になるでしょう。

 22日で、この「しらべるが行く」は3周年を迎えました。
 毎日1話書いてきて、今日は1,099話です。

 この数ヶ月は、数年前に新人賞に応募した小説「独裁者」を連載しています。
 2005-2006年に書いてから2年が経過しているため、その後の社会変動を加味して、書き直しています。
 小説に書いた架空の法律が実際にテーブルにのった場合、それでは小説にならないので、削除しているのです。

 また、これからも、会社の休み時間に、家で少し時間が空いた時に
 「しらべるが行く」を読みにきてください。

 商用のご連絡があれば、しらべるについてのページより、お待ちしています。



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2008年9月22日 (月)

空に突き抜けるチューリップの風景

 毎年チューリップの季節が来ると、父が連れて行ってくれたハウステンボス。
 小さい頃は世界のすべてが大きく見える。
 大人になって背が伸びるに連れて縮尺が変わり、世界は収縮する。

 子供心の原風景に、どこまでも続く石畳、はるか彼方で悠然と回る風車、空に突き抜けんとするチューリップが焼きついた。

 父が売店で買ってくれた本に、そのことばはあった。
 “千年の時を刻む"
 そう謳ったのは創業者、神近義邦氏。

 まだ京都議定書もなかった時代に、環境と経済の両立をめざした実験都市は、経済の苦境を乗り越え今も実験を続けている。

 僕の心に、キャッチボールや天下取り、思い思いに遊ぶ笑顔の子供達が住みついている。
 こうしてIDOの5年を振り返ると、多くの法律がその風景から生まれたのがわかる。
 ハウステンボスが海から生まれた街ならば、IDO千法は子どもたちの笑顔から生まれた法律と言えるかも知れない。

 「IDO・・ やめちゃうんですか?」
 えーっ?
 なんでだよ
 「だって、総理が・・」
 そこから先はもう声にならない。
 磯田祐子の大きな瞳に、大粒の涙が出番を待っている。

 あと数秒したら、涙で悲しみに暮れる別れの光景を目にしなければならなくなる。
 次の言葉のために、急いで玉子サンドをカフェオレで流し込んだ。

 今週の金曜はちょっと用事があるから、部活は中止でいいかな?

 5年間で初めての中止提案に、キツネにつままれたような18人。
 絶望にうちひしがれたような空気を察して、幸田さんがつなぐ。
 部活が始まった当初は金曜日だけの参加だったが、そのうち週2になり、この4月以降は毎回参加してくれている。

 「私この週末、実家に帰ってくるから、美味しいもの買ってくるね」
 「へぇなんだろう?」
 「千絵さんの実家って、どこだっけ?」
 「福井のほうだよね、確か?」

 「じゃ、次は月曜日!」
 幸田さんが明るく宣言して、お開きとなった。

 いつものように片づけが始まる。
 いつもより黙々と、現状が復帰されていく。
 残った食糧のうち日持ちするものは冷蔵庫「ライダー」に格納され、賞味期限が近いものは希望者がお持ち帰りにする。

 次が一回飛ばしということもあって、全員がなにがしかのお土産を手にして、それぞれの家族や恋人の元、あるいは誰も待っていない部屋へと帰っていった。

 幸田さん、あなたの機転で、涙の送別会にならずに済んだ。



次回は9月26日に掲載します。

「独裁者」もくじ

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2008年9月21日 (日)

ポーツマスといえば

 JsportsPlusに加入して、カレンダーに印をつけて待っていた 8月17日(日)21:24 となった。

 スタメンが発表される。
 そこにデコの名前があることで、ひと安心。
 全身青のユニフォームが似合っている。
 バラックの名前もある。
 果たして、デコとバラックはどのような関係にあるのか?

 対戦相手はポーツマス。  PORTSMOUTH
 ポーツマスといえば猫ひろし。

 歴史の授業で習った「ポーツマス条約」のポーツマスは、米国ニューハンプシャー州ポーツマス。
 そこで、1905年に結んだ日露戦争の講和条約がポーツマス条約。

 こちらのポーツマスは、英国の南端、イギリス海峡に面するハンプシャー州ポーツマス市。
 米国のポーツマスには、州の名前に「ニュー」がつく。

 猫ひろしのネタ「ポーツマス」は、歴史の授業で習う「ポーツマス条約」が日本人に知られていることを当て込み、英米に多くある地名の「ポーツマス」を、深い意味はなく連呼しているのだと、しらべるでは推察している。

 ポーツマスの概要
ホームスタジアム:フラットン・パーク(20,101人)
1stユニフォームカラー:
■紺

  ポーツマスの歴史
1898年 設立
1938-39 FAカップ優勝
1948-49 リーグ優勝
1949-50 リーグ2連覇 国内一部リーグ(現在の呼称はプレミアリーグ)の優勝はこの2連覇時の2回のみ。
2001-02 川口能活(GK)が、横浜マリノスから移籍入団(2002-03シーズン終了まで在籍)
2007-08 FAカップ2度目の優勝 プレミアリーグは勝ち点57で8位。

 20チーム中8位なので、決して楽な相手ではないのだろうが、特段、今期注目のチームというわけでもない。
 オフシーズン、有名な選手の獲得はない。

 試合前の配置表のとおり、バラックがデコより後ろでプレーしている。
 開始早々、倒れたバラックの手を引いて起こすデコ。友好的に笑顔で接している。

 二人の笑顔をみて安心した。
 ユーロ2008準々決勝 ポルトガル-ドイツ
 バラックがパウロ・フェレイラを押して決めたドイツの決勝点。
 そんなことを、いつまでも根に持っているよりも、未来の目標に向かい、笑顔で手を取り合うほうが健全に決まっている。
 デコが、あの時、どう思ったかはわからないが、クールなデコはそんなことを引きずってはいないだろう。

 チーム今シーズンのCK(ゴールに向かって左側)はデコが蹴った。
 12分、デコ-バラック-Jコールとつないで先制点
 26分、デコとバラックがシュートでかぶり、こぼれ球をアネルカが決めて2点め。
 バラックがデコの頭を、笑いながらぽんぽんと叩いている。
 微笑ましい。
 89分、ペナルティエリア外からのミドルシュート。
 GKがかすかに弾いたが、ボールは右上隅ぎりぎりに飛び込んだ。
 チームメイトに抱きつかれて、祝福されるデコ。

 デビュー戦でのゴールは、ポルトガル代表デビュー戦 A gol que mudou tudo の時と同じ。

 新しいチームに入った時、たとえFWではなくとも、ゴールという結果が、周囲の評価を落ち着かせるために、大きい意味をもつ。

 デコはそう考え、積極的に"点も"取りに行ったのだろう。
 プレシーズンでもなかったデコ・ゴールをここで決めた。

 デコの夢だったプレミアリーグでの戦い。
 その初戦は、フル出場、初ゴール。

 前シーズンからいるチェルシーの各選手にとっては、新参者のデコ。
 まだ、全幅の信頼を得たというわけではない。
 ただ、これからスタメン起用が続いても、不協和音が出ないだけの、力を見せつけることはできた。

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2008年9月20日 (土)

生まれて初めて斜めに切るみそかつ

のぞみ99号で行く品川~博多の旅【 9 】

 みそかつは弁当箱にきちきちに収まっている。
 弁当箱の折とは、ほとんど隙間がない。

 やってみるとわかるのだが、ナイフで切る時は、とんかつの向こうと手前に空間があって、初めてナイフが上下に走るのである。

 この弁当箱はその空間がない。
 真上から、とんかつのエッジに歯を立てても、よほどの切れ味ではない限り、肉は切れない。
 もちろん、十分に柔らかいロース肉なのだが、ナイフの方が所詮、プラスチックである。

 そこで、ナイフを斜めに入れることにする。
 トンカツはタテに切り分けるのが、ちょうど一口サイズだが、斜めにきったトンカツはかなり大きな一切れになった。

 大きくあけて、ぱくりと口に放り込む。
 味噌がよく浸かっていてうまい。
 最高に幸せな気分が広がる。

 味噌かつは揚げたてじゃなくてもうまい。
 もちろん、とんかつはどれも冷めてからもそこそこにうまい。
 ただ、味噌かつが冷めてからの美味さは、他のとんかつを圧倒している。
 数あるとんかつの中で、味噌かつだけは揚げたてと冷めてからのうまさが同等だ。

 味噌かつをナイフで切るのは楽しい。だが、狭い車内、狭い弁当箱で切るのは難しかった。「だるまの人は、車内で食べたことがないのでは?」とも考えた。

 ねりからしがついている。
 一応使う。
 甘い。つーんとこない辛子。

 これが、けっこう味噌かつに合う。
 180gの味噌かつの、残り60gあたりで、このからしを登場させるとよいだろう。
 さすが、名古屋駅弁の雄「だるま」。
 問い合わせた時の対応の良さといい、研究を重ねたこの味といい、ファンになった。

 ごはんもうまい。
 冷めてからが勝負の駅弁の要諦を押さえている。
 みそかつの面積より少なめというのもいい。

 最後の一切れを残して、窓からの景色をみて一休み。

 「奈良の柿」「ローズふとん」 遠目に建てられた田んぼの看板を追う。こうして看板で見た商品を実際にお店で見たことがあっただろうか?

 土曜日の朝、部活に励む中学生が校庭のトラックを走っている。この時間、部活をやっているということは、当然、公立である。都会の子供に比べて、実直そうにみえる。

 ふーっと息をついて背もたれに体を沈めた時、名古屋から乗ってきたD列の兄ちゃんと肘がぶつかった。

 そうだ。
 この肘掛けは、いったい誰のもの?

不定期で続く

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2008年9月19日 (金)

赤い糸を紡いだたすき

 川村総理には、赤い紙の映像が見えた。
 このままでは、召集令状は避けられない。
 ルートを替えなければダメだ。

 一年の準備期間を経て、憲法四一条、七四条を改正。
 そして続く世代の総理に糸は紡がれていく。

 総理権限で任命できるIIDO、EIDO。
 そうして現出した無類の好景気。
 内閣支持率は80%台。
 そして、総選挙で獲得した絶対安定多数。

 こうして、法務省単独の特別案件として IDOにつながる水路がついた。
 そして、IDOである僕に、招集礼状を回避するラスト・ランナーのたすきが渡された。

 高橋総理はそれを「赤い糸」と表現した。
 周りで聞いていた中村太一や磯田祐子は、高橋総理には、その道の趣味があったのかと思ったかも知れない。

 今後人口が増加に転じた時、徴兵制が目前の課題だったことが語られることはないだろう。
 そしていずれ歴史が、第一走者であった川村総理の功績に気づく日が来たとしても、総理にレポートを提出した名も無き官僚のことを語る人はいない。
 福岡出身であるということ以外、僕自身、それ以上の詳しいことを知らない。

 その夜の部活は、いつも以上に盛り上がった。
 僕はみんなの顔を心のアルバムに焼き付けようと思っていた。

 「総理がIDOに、君と僕は赤い糸でむすばれている気がするだって!」
 「ぎゃ~、赤い糸って、男と女じゃないの」
 「でも千絵さんっていつも冷静なんだよなぁ。俺なんかちびりそうだったよ」
 「退場~」

 総務省出身で総理協議担当の祐子と太一が再現する実況中継に皆が、つっこみを入れる。
 今日は藤野章子が、僕の好きな佐世保サンドを都庁の帰りに買ってきてくれた。
 佐世保サンドは 2009年に全国区となって以来、あっという間に佐世保バーガーの人気を追い越した。

 呑んだ後のサンドは格別に美味い。
 最初は僕がそう言って一人で食べていて、皆は「サンドですか~・・」と引いていた。
 ところが、試しにヨコからつまんだ章子が「めちゃめちゃ美味い!」と追随。
 それからは、あっという間に全員共通の好物になった。
 コンビニサンドならば、どこのでも美味いのだが、大きな仕事が片付いた日は、章子が「佐世保サンドの日」と決めていて、都庁のショップから買ってきてくれる。
 今では20人前、しっかり買ってこないと「足りない!」とブーイングが出る。

 いつも月水金の午後になると、誰かに外回りの用事ができるらしく、部活のメニューにサンドは必ず入っている。
 今日は初めてリクエストして いなり寿司を買ってきてもらった。

 「IDO、それコーヒーですか?」
 そうだよ。いなり寿司とコーヒーって変でしょ?
 だけど僕はなんでも一度はやってみるんだ。ところがこのいなり寿司とキリマンジャロがなかなかいいんだな。
 一ついいですか?と最後の一つをひょいとつまんで、コーヒーで流し込む章子。うーんと唸っている。

 「あれ、チューリップ。前は赤でしたよね?」
 自分が書いた字に見入っていた中村太一が、黄色いチューリップを見て声を上げる。

 “千年後、この街に子供達の明るい笑顔が響き合う”
 僕の心には、いつもこのことばがあった。



次回は9月22日に掲載します。

「独裁者」もくじ

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2008年9月18日 (木)

ぎょががんまつり

郊外の大型ショッピングストアで、
エレベーターに乗っている。

自走式の駐車場が3フロア
車はいつも、空いている最上階に停める。

下の階にいくほど、駐車場は混んでいる。
売り場のフロアに近いからである。

混んでいるということは気にならず、自分の移動距離が短いことに優先順位の一番を置いている。
そういう人たちは、車のことには無頓着な人が多い。

車のすぐそばまでカートを押していき、カートを放置する。
カートを他人の車にぶつける。凹ませたり、傷を入れながら。

他人がトランクに荷物を積んでいるのに、その人めがけて車をバックしてくる。
ショッピングセンターの中には、輪留めがない所がある。
そういう店では、荷物をトランクに積んでいた人が、車と車にはさまれる。
背が低い、小さい子供はドライバーから見えていない。

ショッピングセンターに
「なぜ、輪留めを設置しないのですか?」
と尋ねたことがある。
返答はこうだった。

「カートを押して荷物を運ぶ方にとって、輪留めがあると返って危ないのです」

なにが「返って」なのか、耳を疑う。
人が車に挟まれるよりも、カートを押す人が荷物を落とすことの方が危ないというのだから、流通業界の常識は、一般のそれとは違うのだろう。
人間、自らの正当性を主張するために、詭弁を弄するようになったらお終い。

車に乗り降りする時、隣の車にドアをぶつけることなんて、平気、平気。
悪いことだとは思っていない。
隣の車に当たってから、
「あぁ、ここまで開けられるんだ」
と確認している人もいる。

最上階からエレベーターに乗った。
階段もあるのだが、下りの階段は膝に悪い。
階段を踏み外して転倒したら、脳に障害を負うかもしれない。
そうなると、仕事ができないどころか、病院で寝たきりになることだってある。

危険なことは、自分の中に限らず、他人の要因もある。

親がコントロールしていない子供が、背後からダッシュしてきて、ぶつかることがある。
そこらじゅうの人にぶつかって走った後に 「危ない!」 と言っても遅い。
そもそも、そこは「危ない!」じゃなくて 「ほかの人に迷惑でしょ!」か「やめなさい!」と言う場面だ。

階段を登ってきた怖いお兄さんに「道を開けなかった」と、絡まれるかも知れない。
エレベーターが停まって閉じこめられる確率よりも、階段は、はるかに危険が身に及ぶ確率が高い。

最上階の駐車場は空いていて、エレベーターは僕一人。
そこに途中の階から、二人連れの夫婦が乗ってきた。
エレベーターの中には、その週末のチラシ、月間特売カレンダーが掲示されている。

夫は発泡酒の特売価格を見つめている。

夫 「こんど義兄さん来るから、発泡酒 買っとこうよ」
妻 「だめよ! 一ヶ月、一箱って決めたよね?」
夫 「しゃくしぎょうじなこと言うなよ」

・・・・

え、妻 つっこみ無し?
杓子定規 だろ
夫の何食わぬ顔を見る限り、渾身のギャグというわけではなかった様子。

天然夫婦か

2階の売り場でドアが開いた。
誰かが乗ってくるのだろうと思ったが、エレベーターの前には誰もいなかった。

くだんの妻が「しめる!」と 夫にボタン操作を要求する。
夫、[閉]ボタンを押す
エレベーターは1階に向かって、降り始めた。

妻 「おにくびっくりいち・・」

掲示板の月間イベントカレンダーの文字を、声を出して読んでいる。
今週のイベント覧を見ると、お肉びっくり!市とある。

車に乗ると、助手席でずっと沿道の看板を読んでいる人がいる。
彼女も、その一人なのだろう。
それにしても、しゃくしぎょうじはスルーらしい。

妻 「ぎょががん祭り か」
来週のイベント欄を見ると、ぎょががん・・っておい

それはね・・ 思わず口走りそうになった時
ドアが開いた。

夫婦は降りて行った。
夫 「あれは、うおがしだろう、ばか」
妻 「へぇ、そうなんだ」

 ・o・;)

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2008年9月17日 (水)

走る男の財産

放送の「走る男」を見ていると、森脇さんは
実によくしゃべっている。
もちろん、しゃべっているところを選んで
放送しているのであって、四六時中喋って
いては走れないだろう。

そう思って、Oさんに尋ねてみた。
森脇さんって、走りながらよくあれだけ喋べれますよね?

「そうなんですよ。カメラ回してたら、
ほんとよく喋るな~ってくらい、ずっと喋ってますからね」

・・・
ほんとに喋っているらしい。

ただこの時は、喋りながらでも走れるだけの
体力がある人なのだろうと考えていた。

交差点を1つ超える。
幸い、信号は青。
停まらずに前に進む。

少し会話をした後、Oさんの自転車は、後方
に下がって伴走している。

放送の「走る男」を見ていると、伴走は割と
短い距離で終わっている。
長くても5km程度。
映像に変化をつけるために、短く区切っている
のだろう。

陽は完全にビル街の向こうに落ちた。
集合してから、5時間が過ぎている。
お昼には「一人5kmくらい走らせてくれないかな」
と考えていたが、今、その考えはまったくない。

前方に、代走「走る男」仲間を乗せたマイクロバス
が見えてきた。
次のランナーが手を振って、待っている。

ほどよい距離だ。
長く走ることに、意味はなかったと知った。

この場に来ようと決めたこと
代走「走る男」の仲間になったこと
森脇さんの長い旅である「走る男」の一人になれたこと。

心に築いた財産は、日にちが経つにつれて
大きく感じられた。

最後のランナーがみなとみらいの橋を越えた。
かつて、何度も訪れたこの街に、
今日は「走る男」の仲間たちと降り立った。

午前の部、船橋からお台場までのランナー達は
バスを降りた後、JRを乗り継いでここまでやって
きていた。

最後の区間は 43人の「走る男」が、全員で走る。

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2008年9月16日 (火)

住基ネットがはき出す、大量の赤い紙

 高橋総理と僕はその日二回め、生涯で六回めとなる、最後の握手をして別れた。
 赤い糸なんて、余計なことを言わなければいいのに。

 高橋総理はFEディレクターを兼務している。
 その在任中に国内の総理を辞めるのは具合が悪いということで、総理としては異例の三期九年続投となっていた。

 その高橋政権も残り 2週間。
 その 3か月後には、10年務めたFEディレクターの任期も終える。
 日本のトップと、アジアのトップ。
 その重責が彼の身体にかけた負担は相当なものだろう。
 高橋さんの今後の健康を祈る。

 「一億人維持法」は、IDO法を成立させた高橋総理の、最後の大仕事であり、彼と法務省の悲願。
 川村総理、水野総理から高橋さんが引き継いできた、大切なバトンだ。

 一通のレポート
 2012年秋、内閣府の一官僚から総理宛に一通のレポートが提出された。
 川村総理が就任した直後という時期だった。
 その要旨は次の通り。

 2004年12月に 1億2783万人でピークとなった日本の人口は、2050年に一億人を割る。2100年には7,000万人を割る。

 最低国防能力を現役 23万人、予備役 7万人と仮定した場合、現役 53,000人、予備役 13,000人が不足する。
 諸外国に予断を与えないためには、2050年、人口一億人割れのタイミングで徴兵制に踏み切る必要がある。

 初めは予備役の徴兵という形で入ってもよいが、人口9,000万人割れのタイミングでは現役の徴兵に切り替えなければならない。

 ただし、我々は真摯に考えなければならない。
 もし仮に徴兵制が敷けたとしても、それは日本が100年続けてきた、子供達に自由な進路を保証する社会からの撤退を意味する。

 「国を守るのは国民の義務です」
 「大韓民国みたいに徴兵制がないから、日本の若者は態度が横着なのです」
 「徴兵制があるくらいの方が、若者はしゃきっとします」
というのは、日本の信義ではない。

 日本が人口を維持するには合計特殊出生率 2.08以上が必要。
 人口一億人割れの前に、お題目ではなく実際に出生率を上げる策を打たなければならない。

 そのレポートの主が誰かを僕は知らない。
 総務省マターである人口対策。
 防衛省、内閣府マターである徴兵制。
 川村総理は、これを国民的議論に訴えることは「究極の無責任」である考えた。

 首尾良く人口増加策が法制化されればよいが、失敗した場合は一億人に責任を転嫁しただけだ。

 横軸の連携が困難な中央省庁
 政局に持ち込もうとする野党
 悲観論をあげつらうメディア
 それに追随して、悲観を楽しむ国民

 議論の間に時間だけが過ぎ、やがて人口は七千万人を切る。誰も責任を取る人はいない。

 そして、住基ネットは、ついに大量の赤い紙をプリンターからはき出すことになる。



次回は9月19日に掲載します。

「独裁者」もくじ

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2008年9月15日 (月)

仮面ライダー旧1号の日

 毎年9月15日は、仮面ライダー旧1号の日。

 旧1号(きゅういちごう)=915の語呂合わせ。

 しらべるで、2003年9月15日に記念日を宣言した。
 だが、宣言しただけで2003年、2004年とも特別なイベント、企画はなにも行っていない。

 2005年1月、ミクシィにコミュニティ
「仮面ライダー旧1号」を開設。
 この時点では、ミクシィ唯一の旧1号コミュニティ。
 つまり、初めてのコミュニティである。

 ミクシィのガイドラインでは、コミュニティを作る時には、同様のコミュニティが既にないかを検索することになっている。
 それに則るならば、今も旧1号としては唯一のコミュニティのはず。
 だが、現実にはたくさんの旧1号コミュニティがある。

 世の中には、自分中心のコミュニティ(ここでは人と人の関わりの意味)を作りたいという人が一定数いる。
 そういう人が集まって、一つのコミュニティを作れば、大きな力を発揮するのだろうが、現実にはそうはなっていない。

 2006年9月15日「仮面ライダー旧1号」ファンクラブ設立宣言。
 これも初めてであり、いまだ唯一の旧1号ファンクラブ。

 そして、2007年、2008年 いずれも特別なイベント、企画は行っていない。

 いつか、仲間でバンダイ本社前に旧1号を着て集まり、座り込みたい。
「旧1号をオリジナルのプロップでリメイクせよ!」
「9月15日を旧1号の日と認めよ!」

 旧1号ファンクラブは、いつも仲間の参加を待っています。
 でも、全然、熱く萌えていません。

仮面ライダー旧1号情報
ミクシィのコミュニティ「仮面ライダー旧1号」


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2008年9月14日 (日)

プレミアリーグ2008-09開幕

 プレミアリーグは、1888年に創設されたイングランドのプロフットボール一部リーグ。
 1992-93 シーズンから1部リーグをこう呼ぶようになった。

正式名称:バークレーカードFAプレミアリーグ
20チームがホームアウェイで各チーム38試合を行う。

チャンピオン、2位が Uefa CLグループリーグから出場。
3位、4位が Uefa CL予選3回戦から出場。
5位がUEFAカップに出場。

下位3チームが2部に自動降格。
2部:リーグ・チャンピオンシップ(24チーム)1位、2位、3~6位プレーオフの勝者が1部へ昇格。


 日本人初のプレミアリーグ"出場"は、稲本潤一(フルハム在籍時)。
 2005-06シーズンで引退した中田英寿の現役最後のクラブは、プレミアリーグのボルトンだった。

 2004-05シーズンは、ホセ・モウリーニョが就任したチェルシーが 50年ぶりに優勝。
 2005-06は、チェルシーが2連覇、
 2006-07は、マンチェスター・ユナイテッド(マンU)が優勝。

 前シーズン 2007-08は、最終節までマンUとチェルシーが争い、マンUが2連覇。
 Uefa CLでも、この2チームが決勝を戦い、マンUが優勝した。


 プレミアリーグは欧州各国のリーグ戦のなかでは、割と早い時期に始まり、早く終わる。
 2005-06シーズンは、5月7日に最終節を開催。
 欧州で38節を戦うリーグとしては最も早くスケジュールを消化し、W杯(ドイツ大会)の準備態勢に入った。

 去年までデコ(FCバルセロナ)がいたリーガ(スペイン)と比べると、始まりが2週間早い。


8月17日(日)
プレミアリーグ2008-09開幕戦
チェルシーは、スタンフォード・ブリッジでのホームゲームで、一年のスタートを切る。

 試合開始は、グリニッジ標準時 13:30
 通常時 -9、サマータイム時は -8の時差がある日本時間では、21:30。
 この試合は、JsportsPlusが 21:24から生中継する。

 リーガの場合、スペインの現地時間で 20:45、21:45 の試合開始が多く、日本時間は 翌日の明け方、3:45、4:45。 早起きして見るか、録画しておいて、その日一日「ネタバレ被害」から逃れる努力をして、夜に見るというどちらか。

 英国は「寒い」ということで、デーゲームが多い。
 土曜、日曜の21時、22時台から、欧州サッカーの生中継が見られるとは、まさにこの世の天国だ。

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2008年9月13日 (土)

地面に落ちたたすき

アスリート「走る男」から、奪うようにたすき
を受け取ると、猛然と走り出した。

すると、すぐに、たすきがするすると地面に落ちた。

肩からかけたたすきがこんなに簡単に落ちるとは
予想外だ。

狼狽しながら、たすきを拾っていると、自転車
で追いついてきた、番組ADのOさんが
「それ、引っ張るんですよ」
と教えてくれた。

そう言われて、たすきを見ると、結び目があり
そこからぎゅっと引くと、肩から「たすきがけ」
の位置にぴたりと決まった。

Oさんは、この炎天下、自転車に乗り、ハンディカム
を回して55kmを走っている。
いったい、どんな体力をしているのか・・・
この激務は、労働基準法に、ひっかからないのか

それにしても、なんだか変だ。
どうにも、走りがおかしい。
少しペースを落として、走りを分析してみる。

すると、走り方が高校の頃、つまり素人の走り
になっていることがわかった。

素人ランナーが、ぴょんぴょん跳ねる、あの走り方。
まるで短距離レースの延長線上に42kmがある
かのような走り方。

これではいけない。
陽はずいぶん西へ傾いたが、それでもまだ
気温35度の余韻で暑い。

落ち着こう。マラソンシーズンはどのように走っていたか?急いで回想する。

確か膝の位置を変えないのだ。そして、頭の位置はまるで自転車に乗っているかのように平行移動する。

実話として紹介されている瀬古利彦の逸話がある。瀬古利彦といえば、一糸乱れぬピッチ走法が美しい。

ある日、瀬古利彦がいつものように近所をジョギングしていた。

「あれ、今日は瀬古さん自転車でお出かけなのか?珍しいな」

それをブロック塀越しに見ていた近所のおじさん。瀬古利彦の頭だけが見えているのだが、それがまるで自転車に乗っているかのように平行移動していった・・・

それほど上下動がないということである。

このイメージはフォームの乱れをチェックする時にいつも役立っている。そこからいい時のフォームに必要な要件が蘇ってくるのだ。

そうだ、丹田に力を込めればいいんだった。
下腹にぐいっと力を込めると、足が地に着いた。
そうして、100mも走ると、いつものど素人マラソン
ランナーの走りが戻ってきた。

Oさんは、カメラを回しながら、話しかけてくる。
いつも、誰かと走ったことはないし、走りながら
しゃべるなんて体力は、僕にはない。

2、3の質問をやりとりした後、その先は続かなかった。

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2008年9月12日 (金)

MLを使った無責任な仕事 「生命保険の説明書」方式

 「たまには、パソコンのデータをバックアップしよう」ということになった。
 仕事で使っているパソコンは、滅多にバックアップを取らない。
 最後にとったのは、いつだったか記憶がない。

 700MB以内ならば、CD-ROM1枚に入る。
 確か、前回はCD-ROM1枚に収めた気がする。

 スタート>エクスプローラを開く
 マイコンピュータ>ローカルディスク(C)>Documents and Settings
 右クリックしてプロパティで、容量を見る。

 100MB ・・・ 500MB ・・・
 数字がカウントアップしていく。
 1GB ・・・ 2GB ・・・ なかなか止まらない。
 ようやく数字が止まった。

 ディスク上のサイズ 13.0GB

 なんだ、それは?
 いつの間に、僕はそんな仕事人間になったのか?

 その肥大なファイルの正体はメール。
 それも、余計に届くメールだ。

 MLを業務に使うようになって、仕事は便利になった。

 MLはメーリングリスト。
 リストに複数の登録しておくと、その宛先に一斉にメールを送ることができる。

 「ISO14001関連プロジェクト」というプロジェクトがあるとしよう。
このプロジェクトには10人が関与している。

 その10人は部署がばらばら。
 違う会社の人も1人入っている。

 このプロジェクトについての連絡メールを出す時、10人のアドレスをその都度指定するのは大変だ。
 eメールが始まった当初は、メーラーのアドレス帳に「新しいグループ」を作って、そこに10人を登録していた。

 ただ、アドレス帳は個々人のパソコンの中にあるので、10人がそれぞれに「新しいグループ」を作らなければならない。
 パソコンが苦手な人はこういうことができないので、毎回、送信に手間がかかる。
 また、アドレス帳のデータを使って、迷惑メールを送信するウィルス・プログラムが多く、アドレス帳の使用はためらわれた。

 MLは責任逃れに便利だ。
 このグループにメールを送りさえすれば、後から
 「俺には話がなかった」
 「聞いていない」
 攻撃を受けることがない。

 メールをしておけば、
 「俺は伝えたからな」
 「説明したからな」
 と言い張れる。

 だから、MLは一気に世の中に定着した。

 だが、あまりにたくさんのメールが届くので、次第に人はMLをまじめに読まなくなる。
 メール本文の先頭に 「佐藤 様」 と自分の名前を発見した時だけ読む。
 MLはざっと読む。
 だから、自分へ届いた大切な依頼を読み飛ばしてしまうことも、ままある。

 すると、今度は、送る側も手を打ってくる。
 MLには入っている人なのに、さらに、本人アドレスを宛先に入れる。

 あなたの仕事ですよ!と強調する。
 これをやられると、同じ内容のメールが2通届く。

 メールを責任逃れに使う、現代のサラリーマンは、メールにさらに
 「添付ファイル」
 をつける。

 添付ファイルがついたメールを
 「メールを転送します」
 と一言だけ書いて、仕事は終わったと思う人がいる。

 あとから、この話聞いてないよね?と言うと、
 「●月●日 ▲時▲分にメールしてるよね」
 とくる。

 えっ、そうなの?
 と、そのメールを探し当てると、そこには
 60ページのスライドショー
 が、ついていたりする。

 こういう人の仕事のやり方を、名付けて
「生命保険の説明書方式」と呼ぶ。

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2008年9月11日 (木)

27年越しのリレー

 学校給食法は改正して、義務教育の給食費をタダにした。
 給食は、第二次大戦後の復興期、海外からの経済援助を受けて成り立っていた。

 子供達にとって、生きること=食べることは根源の権利。
 それを再び、政府が面倒をみるというところへ振り戻す。

 従来法は親に支払義務があり、例外として、経済的に支払が困難な場合に限り、地方自治体が肩代わりすることになっていた。
 この「経済的に支払が困難」のような曖昧な定義は、横着の温床。
 十分な能力がありながら、支払わない不届きな親がいた。

 2039年 9月14日(水)
 これら一連の「一億人維持法」に、高橋総理は持ち帰らず、協議のその場で署名した。
 それまでの総理協議では、総理が持ち帰り一週間後に署名するというのが慣例になっていた。

 高橋総理、子どもの昼飯くらいタダで食べさせましょうよ。
 ただでさえ、子どもを生んでくれた親には、勲章でもあげたいくらいなんでしょ?
 何だったら、給食だけじゃなくて、夕飯のおかずも持ち帰りにしましょうか?

 総理を相手にした僕の軽口に、中村太一は顔を引きつらせている。
 磯田祐子は総理の次のことばを待って息を呑む。

 「おもしろいねそれ。ぜひやろうよ。夕飯作る手間が省けるし。
 世の夫婦達に、子どもを生まなきゃ損だ!と思わせなきゃな。
 子どもがいる家庭は、税金タダっていうのはやらないの?」

 それは、あなたの仕事でしょう。

 今度は総理をあなた・・呼ばわりかよ。
 太一が完全にびびっている。
 祐子はキツネにつままれた顔をしている。

 高橋総理が、言葉を続ける。
 「FEに佐野君を呼んだ時から、僕と目指すところは一緒だったからな。
 でも、なかなかこの法案が出てこないから、正直冷や冷やしたぞ。
 忘れてるんじゃないかってね。
 まぁお前のことだから、最後に決めてくれるのはわかっていたけどな。
 なんだか、僕らは赤い糸で結ばれてるような気がするよ。
 最後の最後に花を持たせてくれてありがとう。
 これで危機一髪セーフってことになりそうだな」

 太一と祐子のまん丸になった目に 光が宿る。
 幸田さんはいつもと変わらず、視線を落としてメモをとっている。

 僕は総理の笑顔の肩越しに、子ども達が笑いあう映像を見る。

 総理は 27年越しのリレーを終えた喜びを隠しきれない。
 椅子から立ち上がると、テーブルを右回りで、太一、祐子、幸田さんの順番で握手を求めてくる。
 そして僕の前に来た。

 「五年間、本当にご苦労だった。よくやってくれた。
 君をFEで初めて見た時、僕にはすぐわかった。
 君ならばきっとやってくれる。
 僕らが何も言わなくてもな。
 ずっと信じていた。
 ありがとう。ゆっくり休んでくれ」



次回は9月16日に掲載します。

「独裁者」もくじ

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2008年9月10日 (水)

炎のたすきリレー

いよいよ順番が回ってきた。

バスは補助席までつかう満席。
補助席をたたんで、通路を開けてもらい、狭い
通路を低い姿勢で進む。

「じゃ、行ってきます」
代走「走る男」(+走る女)
に手を振ってバスを降りる。

国道脇の歩道に立つと、ランナーはまず、
最初に短いインタビューを受ける。
放送では、この部分が使われていた。

インタビュアーがカメラを回している場合、
視線はその人に向けると、話しやすい。
人と話しているのに、カメラに視線を送ると
話の内容と、表情がよそ行きになってしまう。

つづいて、スタッフの女性が携帯カメラで撮影

このカメラが、やたらと 近い・・
ランナーは皆、「あれは近すぎるよな」と
こぼしていた。

相手はずいぶん年下で、女性と言うよりは
女の子。
実生活において、女の子から、こんな距離で
「写真、撮らせて」
と言われたことはない。

老眼で近くの本にピントが合わないような
感じで、思わず、目が泳ぐ。

写真を撮り終えると、前走のアスリート系
「走る男」がやってきた。

いざ、ここに立ってみると、おちゃらけな気分
はどこかへいき、体育会系モード。
リードをとるのは、不謹慎な気がしてやめた。

たすきを受け取る。
「がんばって」
アスリート系「走る男」が声をかけてくれる。

なんと答えたかも覚えていない。
ただ、たすきを受け取り、肩からかけると
箱根駅伝で前の大学を獲物のように追う
ランナーとなって、一気にスパートした。

完全に舞い上がっていた・・・

不定期でつづく


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2008年9月 9日 (火)

いよいよ、びっくりみそかつ

7:33
 定刻を少し遅れて名古屋を出発したN700系のぞみ99号。
 隣には名古屋から男性が乗ってきた。
 ここで、A列からE列まで一気に満席となり、ようやく、お盆の帰省列車らしくなった。

 このお盆列車状態は、名古屋から広島まで続いた。
 名古屋には国際空港はあるものの、東京、大阪 に行くには電車のほうが手軽。
 名古屋-福岡間だと空の便になるが、広島までだと新幹線が使われるようだ。

 今日初めての食事であり、「コーヒーは美味しくなったのか?」につづく、この旅2つめのチェックポイント
 「びっくりみそかつ」にとりかかる。

 ふたを開けるとまず、写真を撮る。
 さっきの巨大段ボールといい、そこから出てきた二つの弁当、写真撮影・・
 隣の兄ちゃんが引いているのがわかる。

Photo

 「こいつ、きっとブログに書くんだな」
 と思っただろう。
 おっしゃる通りです。

 びっくりみそかつは、1999年、700系のぞみ号運行記念として発売された。
 みそかつ弁当の第一号でもある。

 みそかつ弁当の代表格として、複数の駅弁ガイド本に取り上げられている。
 事前にチェックした3冊すべてに載っていた。

 事前の調べで、最初にわかったことは、
■東海道新幹線の車内販売では販売していない。

 カートで売りに来たのを
「みそかつ、ある?」
とやるのが旅の粋だと思うが、そんな粋よりもやはり、みそかつで一番有名な弁当を食べたい。

 つづいて、調べてわかったことは、
■名古屋駅 新幹線ホームのあちこちの売店で販売している。
■13号車付近に、だるまの売店があり、そこで販売している。
■事前に予約しておいて、列車のドアまで届けてもらうサービスがある。

 ということで、事前申し込みをして、今、目の前にある。

 まず、ささやかな添え物、マカロニサラダを一気にいく。
 これは、かなりうまい。

 さて、本題。180gの豚ロースを使ったみそかつ
 とんかつは切れてない。
 同梱されているプラスチックのナイフで一口めを切る・・

 それがなかなか切れない・・



不定期で続く


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2008年9月 8日 (月)

「子育て女性職場復帰支援法」で労働質が世界一

 二人の場合、組み合わせは 2/1=1
 三人の場合、組み合わせは (3*2)/(2*1)=3

 二人兄弟と比べて、三人兄弟は人間関係のパターンが3倍になる。<br/>
 兄弟が一人多いと言うだけで、子供はとても多くの情報を得ながら成長する。<br/>

 歴代の為政者は皆、税収と労働力確保の観点から「子供をたくさん産んでほしい」と考えていた。
 だが、その優遇策はどれも魅力に乏しかった。

 子供がたくさんいることで、こんなにもお得で、こんなにも楽しいということを、わかりやすく実感できること。
 それが傍目に見て、羨ましく映ることが大切だ。

 「子育て女性職場復帰支援法」では、全企業に産休女性の「職場復帰プログラム」の導入を義務づける。
 本人の申請を待たず、休業前に人事部がプログラムを提案する。費用は国と企業で折半し本人負担はゼロ。

 「人事部の中川です。産休プログラム "エンジェル"の担当をしています。
 まずは出産までの二ヶ月は美味しいものでも食べて、ゆっくりしてくださいね。
 ウェイトコントロールプログラムを作っておきましたから、よかったらダウンロードしてください。
 出産後は三か月くらいからできるブラッシュアップ・プログラムをご提案しますね。
 中田さんはサーバー管理の第一人者ですからね。
 もうそのまんま帰って来てくださればいいんですけど、確かウェブデザインをやってみたいという希望をお持ちでしたよね?
 ビジネススクールと提携しておきましたから、復帰までにはプロになれますよ!
 社内の出産関係の申請は、人事部ですべてやりますからご心配なく。
 わからないことはいつでも私にメールくださいね!」

 育児と並行してインターネットで受講する教育プログラムにより、育児のブランクをブラッシュアップの期間に換える。

 一度、二度と育児休暇を取る度に、女性は不安になるものだ。
 「自分がいなくても会社は回っている」
 「これだけ業績がよければ、自分は居ない方がよいのではないか?」
 誰もが一度はそう思う。
 だが、復帰プログラムにより「会社が自分を待ってくれている」と思えば、頑張れる。

 2000年代初頭、政治と経済の学者は「20代の雇用を奪っているのは、40代、50代である」と言っていた。
 だが、後世の評価は違っている。

 20代の雇用を奪ったのは、30代、40代で子育て帰りの女性だった。
 染色体の構造上、確率的に男より女が優秀だ。
 パートで安く雇える優秀な女性。正社員で高くつく未知数の若い衆。企業の人事部がどちらを選ぶかは言うまでもない。

 だが低いパート賃金のために、日本は優秀な労働力を潜在化させていた。
 「職場復帰プログラム」を全企業で取り入れることで子どもは増え、同時に労働の質は世界一となるだろう。

 職場復帰プログラムの歴史は古く、2002年に銀座化粧品が社内で始め、それを事業化した。
 当時、フリーの記者だった父が、まだ中二の姉に向かって「こん会社はすごか。お前も大きくなったら、こういう会社に入れ」と言っていたのを覚えている。



次回は9月11日に掲載します。

「独裁者」もくじ

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2008年9月 7日 (日)

ナマでデコを見る

 プレミアリーグは「Jスポーツ」が配信する。

 Jスポーツは、スカパー!、ケーブルテレビ経由で番組を供給するスポーツ専門放送局。
 Jsports1、Jsports2、JsportsPlus、JsportsESPN の4つのチャンネルがある。
 2008-09シーズンのプレミアリーグは、J2、Plusで放送する。


スカパーの番組セットの中に、Jスポーツの番組が含まれている。
ケーブルテレビ局の視聴コースの中に、Jスポーツの番組が含まれている。チャンネル毎に申し込むこともできる。
 東急沿線のケーブルテレビイッツコムでは、アルファにJsports1、Jsports2が含まれる。JsportsPlusは単独で追加できる。


 生中継は主に、Jスポーツプラスで放送される。
 ケーブルテレビ経由で選局する場合、
 ほぼ全試合、チェルシーの生中継を見るには、Jsports2、JsportsESPNに加入したうえで、JsportsPlusも加入する必要がある。

 放送カードは2週間前をメドに発表されている。
 2007-08シーズンは、35試合を放送した。


 スカパー!は、1節あたり4~5試合を放送すると発表している。
 1節は10試合。放送されない試合が5~6試合ある。
 カードはその都度、事前に発表される。

 チェルシーの試合が全試合見られる保証はない。
 2007-08シーズン実績では、9割以上の週でチェルシー戦が放送された。

 スカパー!月額費用:3,600円(欧州サッカーセット)+410円(基本料金)


 NHK BS-1も2007年11月12日からプレミアリーグの放送を開始した。
 NHKが現在取得しているプレミアリーグの放映権は 2009-10シーズンまで。

 放送する試合数:1節あたり2~3試合
 月額費用:945円
← *1か月あたりの地上波契約との差額 (4,580-2,690)/2

 
BS-1は生放送が少ない。
 BS-1だけで、プレミアリーグを押さえるのは、ムリがある。


 Jスポーツ、スカパーは、上記の料金で、
欧州チャンピオンズリーグ(UEFA CL)も見ることができる。BS-1では、CLを見ることはできない。


 2008-09シーズンは初めて、Jスポーツの全チャンネルが見られるように準備した。
 これでほぼ全試合、ナマでデコを追うことができそうだ。



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2008年9月 6日 (土)

たすきリレーでリード

「いやぁ、きつかったぁ~」
安堵の様子を浮かべる、素人「走る男」

周囲の玄人「走る男」の間に、よかったなぁ
というあったかい空気が生まれている。

「アドバイスどおり、初めはゆっくりはいりましたよ」
へぇ、そうなの。そういう人のアドバイスを
素直に聞き入れるところがすばらしいね。

聞く耳をもつ人は、いい顔をしている。
聞く耳を持たぬ人の顔は、険悪か辛気くさい
かのどちらかだ。
彼のように、助言に素直でありたいと思う。

いよいよ、代走駅伝「走る男」も終盤
僕の前を走るランナーの出番が迫る。

手元のフォアアスリート(GPS)で確認すると、
ゴールの横浜まで、もうあまり距離が残って
いない。
まだ走っていないランナーの数で割ると、
一人あたり1kmあまり。
どれくらい走らせてもらえるのか、
500m程度で「はい、そこまで!」と言われはしないか?
気が気でない。

ところで、あなたは、たすきをかけて走った
ことがあるだろうか?
駅伝の選手でない限り、たすきリレーの経験
はないだろう。

たすきリレーの駅伝なんて、一生に一度かも
しれない。そう思うと、何か変わったことを
したくなるのが、僕の悪い癖だ。

そこで、とっさに思いついた一興を、前走者に
提案した。
「僕、たすきリレーの時に、リードとりますから
追いかけてくださいね」
「了解」

いつも、近所の川沿いを走っているという
アスリート系の前走者は、余興にあっけなく
快諾して、出陣していった。

いよいよ、その次は僕の出番。
より、レース本番の空気を醸し出そうと、
準備にはいる。

両手にはレース手袋
ひざには、テーピング
腰にウェストポーチ
ポーチには100mlの給水ボトルが入っている。

わずか1kmを走るためには、まったく必要の
ない装備。
カタチから入る男の面目躍如・・
というか、ただのお調子者だ。

さすがに、鼻孔を開くテープを貼るのは、
もったいないからやめた。

バスが停まった。
バスはランナーを先回りして走り、リレー地点
に停車して、後続のランナーを降ろす。

「はい、次はmotoさん。お願いします」
番組スタッフに促され、席を立つ。

不定期でつづく


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2008年9月 5日 (金)

こども3人で毎日、家政婦がやってくる

 日本の人口が天井を打ったのは2004年12月。
 「人口減少に転じた世界」を46年も先取りした。
 国民はこの35年、小さい社会に対応する術を学んだ。
 この経験が、今や世界の模範だ。
 世界中のメディアがそう言い始めたことで、日本国民はようやく、日本人が世界中から期待されていることを実感し始めた。

 そして、僕は最後に「一億人維持法」で人口増加社会への回帰に挑む。

 子どもが三人いる家庭には、毎日、家政婦がやってくる。
 子ども二人家庭は平日の五日間。
 子ども一人家庭でも月水金にやってくる。

 家政婦は言わなくてもやってくる。
 「申請しない人にはあげない」
 という、かつての年金とは違う。

 そのために、住基ネットがあるのだ。
 申請しなければ来ないヘルパー、申請しなければもらえない年金、補助金というのはおかしい。
 そんな不徳をしてきたから、行政は住民といい関係が築けなかった。

 「齋藤様おめでとうございます。
 昨日の今日ですが、私、齋藤様を担当させていただきますケアマネージャーの池田と申します。
 早ければ今日から月水金の週三回、ホームヘルパーがお手伝いに上がります。一日三時間で家事、子守、お買い物まで。他にもご要望があれば、ご相談に乗ります。
 私自身は三人の子どもを育てましたので、わからないこと、不安に思っていることがあったら、何でも聞いてくださいね。
 まずは一度ご自宅に基本プランをお持ちします。いつがよろしいですか?」

 出生届を出した翌日には、家政婦派遣センターのケアマネージャーから電話がかかってくる。
 ケアマネが訪問して、時間帯の希望を聞き、家事なのかベビーシッターなのかといった詳細が決まる。

 家政婦の要員は2000年施行の介護保険法で整備されたケアマネージャーとホームヘルパー資格者。
 かなりの体力を要求される老人介護と違い、育児家政婦には60キロのおじいちゃんを抱える腕力は要らない。

 体力が衰えて仕事をやめた高齢ヘルパーでも、育児家政婦ならば、まだまだできる。
 乳幼児にしてみれば、毎日故郷からおばあちゃんがやってくるようなものだ。
 これで地域の高齢者が、地域の子どもを育てるという枠組みが自然にできあがる。

 FEにいた頃、30キロのタンスを軽々と持ち上げていたアマさんのハブサが「リュウイチが偉くなったら日本にカセイフで呼んで欲しい」と言っていたのを思い出す。
 彼女の暖かくて献身的な仕事ぶりが、この法の下敷きになっている。

 「保育園100%受け入れ法」では 0歳児からの入園希望者に対して、自治体が100%の受け入れ枠を確保することを求めた。
 二人目は保育料半額、三人目以降はタダになる。

 子供は一人より二人。二人より三人。
 これは国の税収たのめではなく、子ども達のためだ。



次回は9月8日に掲載します。

「独裁者」もくじ

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2008年9月 4日 (木)

もっと想像力を!想像でものを言うな!

 テレビのニュースが大きな事故を報じ始める。
 人は咄嗟に耳をそばだてる。
 「何人死んでくれただろうか?」
 「え、一人?なんだ少ないな。。」

 そこで、我に返る。
 いや、それでいいんだ。自分は何を考えているんだ。

 地震で家が揺れる。すぐにテレビをつけて速報を見る。
 震源は遠く彼方。震度はどれくらいだろう・・
 「震度3? なんだよ、もっといけよ。。」

 長い年月にわたりメディアが報じてきたパターンに、人々は慣れ、麻痺している。
 さらなる刺激を求める心は、一朝一夕には変わらない。

 僕はIDO室メンバーに、もっと想像力を!と言ってきた。
 一方では、想像でものを言うな!とも言ってきた。

 「いったい、どっちなんですか?」と、磯田祐子がつっこんだことがあった。

 答えはこうだ。
 想像をしても連想をしてはいけない。

 あ、おじいちゃんが乗ってきた。席を替わらなきゃいけないな。
 でも、年寄り扱いするなって言われたら嫌だな。
 その隙に隣りに立っているおばさんが座ったら、腹立つし…

 この料金督促者一覧のレイアウトだと、個人信用情報がばればれだな。
 部長に言わないといけない。
 でも、部長が課長を問いつめたら、きっと「取扱を慎重にしていますから問題ありません」って、言い逃れして有耶無耶にするだろうし「誰がそんなことを言ったんですか?」ということになったら、結局こっちが干されるだけだな…

 連想は行動を止める。
 想像したら、次の瞬間に行動する。
 想像はたくさんしなければならない。
 たくさん想像して、たくさん行動するのだ。

 宿題
 高橋総理と最後の協議の日。
 僕が待たせていた宿題を出す日がきた。

 2035年1月1日付で行った最後の「国勢調査」結果を住民基本台帳に入れて、それ以降、人口推移の把握は住民基本台帳でおこなうことにした。
 人口維持自治体と人口減少自治体(過疎地域)の推移は、日次で追うことができる。
 「移民法」による人口密度の均一化は、着々と進んでいる。

 だが、一つだけ解決していない問題があった。

 世界人口が65億人だった2010年のUN予測では、2100年に105億人で天井を打ち、その後、減少に転ずるとされていた。
 元々この手の予測は“一人の女性が二人の子どもを産むだろう"という曖昧な人口補完水準を採用しているため、社会情勢によって大きく誤差が出る。
 2038年のUN予測では、2050年に80億人をピークに減少に転ずるとなっており、ピーク予測は50年も早まっている。

 日本では2050年頃と言われていた一億人割れが、早ければ2039年12月に訪れそうだ。



「独裁者」もくじ

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2008年9月 3日 (水)

もりわきけんじ?あぁオリンピック選手ね

「走る男」というテレビ番組を、知人に説明
する時のトークはこうだ。

「タレントの森脇健児が、北海道から沖縄まで、
1年かけて走っているんだけど、それを放送
する30分番組
 でもまだ10局しかネットしていなくて、西は
神戸までだから、あまり知られていないけどね・・ 」

するといつも、このような会話になる。

知人「えっ、今も ずっと走ってるの?」
moto「いや、走っては、いったん自宅がある京都に帰って、また戻ってきて続きを走るんだ」

知人「神戸から西に行ったら、放送してないから、誰もわからないんじゃないの?」
moto「するどい指摘だね」

知人「もりわきけんじ? あぁ、あのオリンピック選手ね」
moto「いや、それは森末慎二」

実は僕も同じ勘違いをしていた。
初めの頃は
「オリンピック選手の森脇健児が・・」
とやっていた。

同じバスには栃木県の巻で登場した方がいたが
その回の放送は、テレビ神奈川では、代走日の
夜だったため、知らなかった。

「走る男」ウェブサイトで有名な方がいたのだが
ウェブサイトはあまり見ていなかったので、
知らなかった。

「濃いファン」という言い方があるが、この日
までの自分は、その逆をいく「薄いファン」
だったのだ。

だが、そんな自分にもできることがある。
それは
「いってらっしゃい」
「おかえりなさい」
と元気よく声をかけて、送り出し、出迎えること。

このバスの旅が終わるまで、できるだけ大きな
声を出し続けた。

自己紹介は、走る順名簿に沿ってリレーされている。
終わりがけ、ようやく僕の順番が回ってきた。

「団体行動が苦手なのですが、今日は思い切って
参加してみました」
ずっと、そう言おうと考えていた。

だが、このバスの雰囲気に、そういう斜に構
えたコトバが似合わない。
とっさに口をついて出た言葉は、全然、考えて
いない原稿だった。

「森脇さんが近くにきたら、伴走したいと思って
いましたが、今日は代走ができてよかったです」

いい人の輪にいると、いい人モードに入るのである。

先に「駅伝」を終えてきた、件の素人「走る男」
がバスに帰ってきた。

不定期でつづく


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2008年9月 2日 (火)

名古屋から乗ってきた巨大弁当

のぞみ99号で行く品川~博多の旅【 7 】

ハンガーに帽子をかける。

Dsc05801

別にかけなくてもよいのだが。使ってみたい。

このハンガーは誰のものだろう?

基本的には、窓際席の人が使うものだと思う。(A列、E列)

このハンガーに、廊下側の人から「ちょっと、コートいいですか?」

と言われたら断るが、なんだか気まずい。

エアコンを調節

Dsc05798

直接、体に風が当たらないよう、向きが調節できるようになっている。

風が要らない場合、送風口を閉じることもできる。

荷物にはワイヤーロックをかけた

Dsc05802

以前、パソコンを持って外回りをしていた時に買ったワイヤーロック。

ワイヤーが細いので、軽い。

テーブルのステーに取り回してロックした。

これで安心して、席を離れて、弁当を迎えにいける。

7:25 名古屋で降りる人の最後尾に続き、弁当屋さんと打ち合わせておいた「12号車後方ドア」へと並ぶ。

手にはチャックつき透明ビニル袋。中身はおつりがないように用意してきた 弁当代 \2,180。 わかりやすいよう、2千円札 100円 50円 10円×3 という金種にした。

7:29 名古屋到着

 名古屋で降りる人たち、名古屋から乗ってくる人垣のむこうに、箱を抱えた二人組の男性が見えた。

 相手も、手ぶらできょろきょろしながらやってくる僕を目ざとく見つける。

 「びっくりみそかつと、ひつまぶし日本一ですね。2180円です」

 お金を渡しながら「こうして、買う人って多いんですか?」「えぇ、けっこういらっしゃいますよ」という社交辞令を交わす。

 名古屋ではもっとも多くの人が乗ってくる。発車時刻は3分過ぎており、ベルが鳴り続けている。挨拶もそこそこに弁当の箱を抱え、乗車の人垣の最後尾につづいて、再び「のぞみ」車中の人となる。

でかいと思います。

Dsc05803

とりあえず、テーブルに置く・・
だが、これでは、弁当の置き場所がない。とても、食べられない。

「すみません」

 名古屋から乗ってきた隣の人にことわりを言ってから、段ボールを棚に上げる。

 天井にゆとりがある棚のおかげで、巨大段ボールは難なく収まった。

Dsc05804

上がひつまぶし、下がみそかつ。

やはり、箱がでかすぎたと思う。

不定期で続く



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2008年9月 1日 (月)

2000人は逝きますね

 2000年代にはいり、回転寿司が外国に普及したために、世界中で魚介類の消費量が格段に増えた。
 だが、相変わらず、商業捕鯨を禁止して、鯨に人類の3倍の魚を食べさせていたために、人間が食べられる魚は激減。
 2030年時点では、豚ばら肉が100g180円と過去30年間ほとんど横ばいなのに対して、さんま一匹800円、鯖一匹1,000円と、およそ5倍になった。

 鰻は2020年以降、シラスの養殖が軌道に乗り、十分に供給されていたので「エビ・マグロを時々食べる法」を作る際、対象としなかった。

 僕が「自給可能食糧自給率100%法」を出したあと、EIDOの施策で、エビ・マグロ同様、養殖業者は法人税を5%減免されている。

 日本で一年間に売れ残る食糧 1311万トン
 世界で一年間に行われる食糧援助 1000万トン

 安全な国産品を食べるよう注意を喚起する。
 小欲知足の心を持って食べ物に接するという目的を持つこの法は、IDO就任直後に「自給可能食糧自給率100%法」を施行した時に、既にアイデアとしてはあった。

 だが、独裁者が就任していきなり「エビを食べるな」などと言い出せば、ただの変人と思われかねない。
 国民の心が一旦離れれば、1000法は駄法となる。

 就任から4年が過ぎ、世の中にIDO法の軸と使命への共感が生まれたからこそ、「エビ・マグロを時々食べる法」のような法律は、違和感なく迎えられた。

 磯田祐子は動かなくなった車エビにビールを呑ませている。
 「跳ねないねぇこのエビ。お疲れなのかなぁ・・」
 高級中華料理屋の再現を狙ったのだろうが、ビールくらいのアルコール度数では、エビは驚かない。

 さっきまで「蒲田の町工場の出先が、マレーシアで100か所を超えました」というニュースを伝えていたbola!ラジオが、短いサイレン・ジングルと共に、臨時ニュース・モードに変わった。
 皆が仕事の顔に替わり、おしゃべりと手を止める。

 臨時ニュースです。
 きょう日本時間17時39分、トルコの首都イスタンブールで地震があり、大きな被害が出ている模様です。現在、アルジャジーラを介して情報を収集していますが、現地で取材に当たっているアルジャジーラの記者によると、1000人近くの人が亡くなった模様です。

 「IDO、これは 2000人はいきますねっ!」
 伊藤君のことばに、情報収集に走ろうとした皆の足が止まった。

 「アルジャジーラの記者っていうのは、多分アレシャンドレのことだと思うんですけど、彼の数字はいつも少なめで、EUのテロの時も、300人の被害者を最初は100人って言ってたんです」

 勉強家である伊藤君の冷静な分析はもう耳に入らない。
 気まずい空気に皆の視線が宙を泳ぐ。

 人の命を
 2000人はいきますね か・・



次回は9月4日に掲載します。

「独裁者」もくじ

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