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2009年1月31日 (土)

ファンが踏み出した一歩 佐野元春公式ウェブサイト

 元春HPが始まって 2年が過ぎた頃、大阪のT氏が
 「元春のホームページを作ろう」
 と言い出した。

 当時、50人ほどのアクティブなメンバーがいたが、ホームページやwwwという言葉の意味を理解していたのは、ほんの数人だった。
 だが、彼の書き込みを読んだ誰もが、なんだかわからないけど、おもしろそうだと乗った。
「何か、これまでにない経験が、待っているのではないか?」という予感があった。

 T氏の談によれば、海外には「ファンがつくるアーティストのページ(ファンサイト)が、いくつかできている」とのことで、その一例として、トッド・ラングレンの名前を挙げていた。
 正直なところ、未だかつて、トッド・ラングレンの曲を聴いたことがないのだが、ファンサイトの先駆けとして、常に新たな挑戦を続ける先駆者として、その名前は深く脳裏に刻み込まれている。

 「元春に持ちかけてみよう」
 そう言うが早いか、T氏は元春にメールを送っていた。
 すると、その数時間後に、元春本人から「一緒にやろう」という旨の返信が届く。
 二つ返事。
 この速さが元春。
 「時代の先端を走ってきた男」
 という言葉は、日本に於いては、元春のためにある。

 そのプロジェクト名は、言い出しっぺ T氏により MIPS と命名された。
 【 みっぷす 】 Motoharu Internet Project System
 Project と System は意味がだぶっているが、T氏が思いついたままに命名され、今も使われている。
 佐野元春は、著書「Diary - Studio Days making of "Fruits"」の中では
 MIPS(Motoharu Internet Project)
とSの語意を省略して書いている。

 元春HPの2.5周年記念オフは、そのMoto's web server のお披露目の場となった。
 初めての、ライブハウスを借り切った大規模なオフ。
 今となっては、思わず「でかっ」と言ってしまいそうな、巨大なプロジェクターが運び込まれ、人工呼吸器のような太いケーブルがさし込まれる。
 そのケーブルの先には、数台のアップルコンピューター。
 ライブハウスはまさに、電気工事現場の様相を呈した。

 夢を夢のままにせず、夢に近づく努力をすることが大切なんだ。
 かつて、元春がレディオショーの最終回で示唆したメッセージ。

 ファンがつくる日本で初めての公認ファンサイトは、
オフラインで集まったファンによる、彼らなりの答えだった。

 2009年現在、SNSでは、無料でいくつでも 会議室「コミュニティ」を作ることができる。
 1992年当時は、年間24,000円が必要だった。
 だが、その費用に見合うだけの友達ができ、経験が財産となったのである。


佐野元春公式サイト Moto's web server



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