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2009年3月の31件の記事

2009年3月31日 (火)

このトイレに行った人は失格

東京マラソンを走りながら書いた 【 6 】

スタートして14kmを過ぎても、相変わらず、トイレに並んでいる人が多い。
この日、コース上のトイレは360基と発表されていた。
ボランティアが、トイレの列を仕切っている。
パイロンが立てられ、複数器のトイレに対して、フォーク並び。
列の先頭の人が、空いたトイレに駆け込んでいく。
とても統制がとれていて、見ていて安心感があった。

トイレを出た人は、パイロンで仕切られた順路を通って、コースに復帰してくる。
まるで、F1のピットインのようだ。

ルールに照らして言うならば、これらのトイレに行った人は、全員失格である。

マラソンのルールでは、コースに復帰する時は、コースを離れた場所から、ゴールに近づかない位置より戻らなければならない。
この設営では、コースを外れた場所から、20mほどゴールに近い位置から戻っており、コースの短縮にあたる。
トイレは歩道上に設営されており、百歩譲っても「トイレもコース上です」という解釈は成り立たない。

私設エイドを利用して失格になるのは、陸連登録者。
一般ランナーが沿道応援者からチョコをもらっても、失格は適用されない。
だが、コースアウトについては、陸連登録者だけに厳しく、一般には甘くと言う慣例はない。
整然としたトイレさばきは見事だが、コースのショートカットを容認するという、事前了解はあったのだろうか。

ただ、ほとんど小うるさいルールのない「走るだけのスポーツ」マラソンにあって、唯一と言っていいルールが、コースのショートカット。
人はどんなスポーツをする時も、まず、ルールを勉強する。
スポーツマンとして、これくらいは知っておいても、よいと思う。

この日、沿道に繰り出した応援者は、主催者発表によると136万人。
イベントを含めて195万人。

沿道応援者数
第1回 2007 138万人
第2回 2008 166万人
第3回 2009 136万人

朝のうち雨が残った第1回、お昼過ぎから雨に変わった今回が少ない。
このような人数は、もちろん、一人一人数えたわけではない。
集計方法は非公開。
複数の計測ポイントを設定して、そこでかぞえた人数を元に算出している。
主催者は、実数と大きな開きはないとしている。

東京マラソンを取り扱った出版物には、35kmからゴールまでの臨海地帯は、応援が少ないと書いてある。
だが、実際に走ってみて、最も応援が少なかったのは、12km地点の東京タワーを過ぎたあたりから、15kmまでの3kmだった。
対向車線の品川から戻ってくるランナーの列には、そこそこに応援がいるのだが、品川に向かう列の応援はまばら。

35km過ぎの臨海地帯も、人は少ないのだが、一人一人の応援が熱い。
それと比べると、ここはほとんど声もかからず、ちょっとお休みの区間だった。
いつか、このマラソンを応援に来ることがあれば、12km~15kmに陣取って、気の利いたことをしたい。

15kmの通過タイムは 2:14
依然として、予定していたタイムとの差異は 0分。
天候は曇り。
強い日差しもなく、走りやすい気温。
今、吹いているこの向かい風は、品川を折り返せば、追い風に変わるだろう。
まだこの時は、なに一つ不安のない、快適なレースが続いていた。

つづく



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2009年3月30日 (月)

松村を追い抜く

東京マラソンを走りながら書いた 【 5 】

Dsc06092

7kmを過ぎると、竹橋、気象庁と皇居ランナーにはおなじみの場所。
大手門から祝田橋までの皇居大手門前には、再びたくさんの応援が出ている。

Dsc06093

東京五輪招致委員会、スポンサーなどがスティックバルーンを配ったようで、至る所でその空気が炸裂するような音に迎えられる。
2008年3月に日本陸連が、新聞社による小旗配布を禁止。
理由は、選手が危険だから。
その翌月の長野マラソンから、小旗は姿を消した。

しかし、2009年1月に箱根駅伝を蒲田駅に応援に行った時は、讀賣新聞が小旗を配っていた。
この日も、新聞社ではなかったようだが、ちらほらと小旗も見えていた。

9kmを過ぎ、祝田橋を90度左折。
そこで、観客から「まつむら~」の声がかかる。
すぐ前方に松村がいた。
その右手にはハンディカムを持ち、ナンバーカードをつけたランナーが、松村を撮りながら走っている。
翌朝のスポーツ紙によると、東京MXテレビのクルーだった。
さすがに松村よりは僕のほうが速く、その左手を追い抜いていく。
すると左斜め前を走っていたランナーが突然立ち止まったかと思うと、僕の目の前を横切った。
「あっ、すみません」
謝った男性もMXテレビのクルー。
フジテレビのガードランナーは「Official TV」と書いたピンクのビブスをつけていたが、MXテレビのクルーはナンバーカードをつけていた。

よりよい絵を撮ることが仕事なので、マラソンが前を向いて走る人たちの競技だということは、辞書にないのだろう。

「今日は去年よりペース、速いですね」
松村がカメラに向かって話しながら、走っている。
テレビ番組「走る男2」の森脇健児は、根っからのアスリートゆえに、スタッフが舌を巻くほど、喋りながら走る。
テレビカメラと共に走る男は、喋る宿命を背負わされて大変だなぁと思っていた。
僕はこれまで、レースを走りながら、ランナーと喋ったことは一度もない。ど素人ランナーには、そんな余裕はないのである。

前方をみやると、人の流れが変だ。
右に走っている人と、左に走っている人がいる。
こんな入り組んだコースではないはずなのに。急遽コースが変わったのか?
しばらく走ると、それが品川を折り返してきた対向車線のランナーだとわかった。

Dsc06094

10km通過タイムは1時間36分。
予定していたタイムと±0分。
ぴたりと予定通りだが、もうとっくに先頭集団は銀座の彼方へと消えていた。
10kmレースは右車線へ分岐して、日比谷公園でゴール。
ここで、ぐっと人が少なくなると聞いていたが、実際には、そうでもない。

10kmから品川の折り返しまでは、天気予報どおりの向かい風。
心が弱くなるほどの風ではないが、予定ペースの 7:30 が守れない。

Dsc06095

11.7km御成門の交差点を通過すると、右手に東京タワーが現れた。
ボランティアや知人に頼んで記念撮影するランナーが多い。
ただ、その気持ちはわからない。
プロカメラマンが、東京タワーを背景に捕らえた構図で、疾走する絵を押さえてくれたら、2100円を出してでも買う。
だが、立ち止まり、ピースでにっこりという写真ならば、いつでも撮れる。

14km
一人のランナーが路上で倒れ、たくさんの人が取り囲んでいる。AEDの警告メッセージが聞こえていた。
戻ってこいよ。
無事を祈り、目を背けて走り過ぎる。
この後、さきほど抜いてきたランナーが、同じくここでAED施術を受けたことは、夕方のニュースで知った。
この日、コース上でAED施術を受けたのは二人だった。

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2009年3月29日 (日)

デコ チェルシー時代唯一のフィギュア

1月24日
FAカップ4回戦 Ipswich (home)○3-1
デコは出場していない。

1月28日
プレミアリーグ23節 ミドルスブラ(home)○2-0
久々にデコがベンチ入り。
80分頃、1-0の場面でウォーミングアップ。
2-0となった直後の81分に、マルーダに替わって出場。

この試合は、当初の予定になかったため、ノーチェックだった。
webに試合結果が出ているのを見て、初めて試合があったことを知った。
デコがグラウンドに入った瞬間、かすかにブーイングが聞こえた。
これから先のCLで、その存在感を見せつけて、鼻をあかして欲しい。

2月1日
プレミアリーグ24節 リバプール(away)●0-2
awayの試合だが、1stユニフォームを着る。
ランパードが足の裏を見せたタックルが危険とみなされ、レッドカードで退場。
後日、マイク・ライリー主審は映像を確認して過ちを認め、次戦以降の出場停止は取り消された。
しかし、試合結果は変わらない。
この誤審はチェルシーに大きな影響を与えた。

デコは69分から出場。
ランパードの退場で一人少ない状況のため、デコが前線へパスを出す機会は一度きり。
終了間際に、2失点して敗戦。

2月2日
冬の移籍市場最終日
インテルから、MFのクァレスマを獲得。
ユニフォームナンバー18
ポルトガル国籍だが、2006W杯、2008ユーロには出ておらず、デコとの絡みはない。

2月にはいって、4か月前に予約しておいた「コリンシアン・プロスターズ チェルシー デコ」が届いた。

■商品名:コリンシアン・プロスターズ チェルシー 2008-09 シングルブリスター  デコ(ホーム)
■実勢価格:997円
■発売:2009年2月
■予約開始:2008年10月

 案の定、過去のコリンシアンと同じ型を使っており、同じ顔。
 「あんた、誰」と言いたくなるほど、顔がデコとは似ていない。
 過去に発売された、バルセロナ、ポルトガル代表モデルと違って、チェルシーモデルでは、ひげをうっすらと塗っている。
 だが、顔が違うのだから、無駄な努力である。

 この商品の特筆すべきところは、パッケージが開けづらいことだった。
 写真でフィギュアの右側に映っているのは、厚紙でできたペラのカード。
 キャプションは何もない。
 このカードを取り出すだけで、2分かかった。

 デコがチェルシー所属となって初めてのフィギュア。
 そして、チェルシー時代、唯一のフィギュアになりそうだ。

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2009年3月28日 (土)

4度のマラソンで、一度もトイレに行かない理由

東京マラソンを走りながら書いた 【 4 】

1km
最初の1km、まったく走りにくいということはない。
東京マラソンの解説記事には「初めの2~3kmは混雑していて、思うようなペースで走れない」と書いてあるものが多い。
それは、間違いだ。
同時間帯を申告したランナーが、全員「走っている」時に、走り辛さは発生しない。東京マラソンが本格的に走りづらいのは、まだまだこの先のことだった。

新都心歩道橋下をなだらかに右に回り込む。
圧倒的な高揚感だ。
朝9時過ぎだというのに、沿道には人、人、人
この応援の列がゴールまで続くのかと思ったが、実際にはそうではなかった。
恐らく、新宿のデパートが開く前に、ちょっと早く来てマラソンを見ようという人たちで、ごった返していたのだろう。

1kmのラップタイムは 6:37
事前のレース計画では、最初の3kmまでは 8:00。
いきなり、やらかしてしまっているのだが、この時、ペース確認さえしていなかった。

山手線のガードをくぐり、アルタの一本裏、歌舞伎町を進む。
なんていうのは、今、ガイドブックを見ているからわかるのであって、新宿に土地勘がない者にとっては、ただ、人が多い街を走っていたという印象しかない。

ここでの応援者層は、いわゆる一般買い物客。
大声で独自のメッセージを叫ぶ者もなく、穏やかな歓声と拍手に包まれている。
そこで、こちらから手をあげてハイタッチを求める。
初めから決めていたわけではないが、この日のレースでは終始、コースの左端を走り、沿道の応援の皆さんとハイタッチを続けた。

2kmのラップは 7:45
ここで手に持って走っていたミニボトルの水を飲む。
この習慣は2度目のマラソン「湘南国際」から続けている。
マラソンはどの大会も、5km過ぎからエイドが始まり、そこからはほぼ2.5kmごとに設置される。
つまり、スタートの待ち時間、ロスタイム、5kmという、最初のエイドまでが、最も給水できない時間が長いのだ。
初マラソンの「荒川」では、ここでのどが渇いた。
それ以来、100mlほどのミニボトルに水を入れて持参している。
今回は、明治LG21というヨーグルトのボトルを利用した。

3km 7:20
4km 7:26
5km 7:26

 高低図では、2.5kmから一気に下っているように見えたが、実際には3kmを過ぎたあたりが最も下っていた。
 それにしても、日頃練習で走っているような「坂」ではなく、至ってなだらかなもの。 事前に練習してきた「下りの走り方」が役立つほどのことではなかった。
 ラップタイムでペース確認さえすれば、下りを意識した走りなど必要ない。

5km
予定スプリットタイム 0:59
実際のタイム 0:57:13
ロスタイムを20分みておいた分、少し速いが、ここまでは予定通り。

初めてのエイド
オレンジ色のコップがあれば、それはアミノバリュー。
白いコップならば水。
マラソンでは、スポーツドリンクがあれば、そちら。
なければ水。
とにかく、すべてのエイドに寄り、小分けに飲んでいく。
一度にたくさん飲むと、トイレに行きたくなるかも知れないからだ。
今回も含めて4度のマラソンで、まだ一度も途中でトイレに行ったことはない。
手に持っていたLG21のボトルをここで、ゴミ箱に投棄する。

右手に市ヶ谷の外濠を見ながら走る。
このレースで、土佐礼子が転倒した場所だ。
その先には東京ドームがあるのだが、電車で来る時、カーナビを見ながら車で来る時とは、全く土地勘が変わってしまう。

6km
飯田橋の交差点を大きく右折。
左端を走っているので、気がつくと周りに誰もいなかった。
いわゆるオーバーラン。
ゴール時点でフォアアスリートの走行距離は43.62km。
整列地点からスタートラインまでの465mを差し引いても、960mを余分に走っていたことになる。
およそ1km、時間に換算すれば7分前後。
制限時間のきついレースでは致命傷になるオーバーランだ。
ただし、オーバーランの理由は交差点だけではなかった。

7km
道路右手では、楽しみにしていたYMCAの応援。
大音量で秀樹の歌が流れてくる。
もちろん、YMCAをやるつもりだったのだが、通過する間では「わーいえむしえっ」のサビにならず、参加できなかった。

次回掲載は、3月30日



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2009年3月27日 (金)

距離表示の看板を探さなくて済む時計

東京マラソンを走りながら書いた 【 3 】

なるほど、Kブロックは最後尾と案内に書かれていたが、実際には、Jブロックと並行入場なんだ・・
と思っていたら、あるボランティアが今度は「そこで止めて」とがなっている。

その間も、Kブロックのランナーが大挙して合流。
すると、大会係員が、J流れとK流れの間にロープを張った。
なんだ。この先でKブロックは堰き止めていたのか・・
しかし、それは勘違い。
Kブロックのランナーも、そのまま、スタートラインへ向かって歩いている。
やがて、道路はロープを隔て、JブロックとKブロックが半々で並ぶかっこうになった。
後から、Kブロックのランナーと情報交換したところ、Jブロック最後尾よりも3分~4分、ロスタイムが少ないKブロック・ランナーがいた。

あとで考えてみれば、これは妥当な策だ。
6時間以内のタイムを申告したJブロックのランナーと比べて、Kブロックのランナーはほとんどが初マラソン。
途中の関門、ゴールの時間制限との戦いが続く。
しかし、並び順は、遅いタイムを申告したランナーのほうが後ろ。
より、厳しい戦いを強いられる。
僕も初マラソンの時は、少しでもロスタイムが少なくて済むよう、前から走らせてくれればいいのにと、恨み節の一つも言いたい心境だった。

角を曲がるのは一度だけ。最初の角を左折すると、そこはもう都庁正面。スタート地点のストレート。
その最終コーナーで、ゴミを回収していた。
これは大助かり。すかさず、ポンチョを脱いで「これ、いいですか?」と手渡すと、にっこり笑って「はい」と受け取ってくれた。
海外のマラソンでは、自宅から持ってきた使い旧しのジャケットでスタートまでの暖を取り、主催者がそれをスタート地点で回収して、チャリティに回すサービスがある。
湘南では有料のジャンパーを買った人だけ回収して、あとで返してくれるサービスがあった。
いずれにせよ、この位置のゴミ回収は 大いに助かった。

0km
Jブロック最後尾からスタートラインまでは 465.01m。
1kmは優に超えるだろうと思っていたのだが、思いの外、スタートラインは近かった。
石原都知事が立っているスタート台は、スタートラインより10mほど前方にある。
ぴ ぴ ぴ ぴ  ぴ・・
一斉にチップの信号を、コンピューターが拾う。

Dsc06090

9:28
ロスタイムは 18分34秒。
これが、Jブロック最後尾のデータ。

帰宅後、フジテレビの映像で確認したところ、9:30時点、つまりスタート20分後、まだ最終コーナーまで、ぎっしりとランナーで埋まっていた。
最後尾の推定ロスタイムは、25分ほどあったのではないか。

ロスタイムの推移
第1回 2007 19分 目視
第2回 2008 20分 仄聞
第3回 2009 25分 予測

今回は定員を 5,000人増やしたこと。
多くのランナーが、都知事の写真を撮ったり、テレビカメラ前で立ち止まったりしたこと。
これらの要因で、最長のロスタイムとなった。
フジテレビと日テレは、第1回 2007年大会のロスタイムを「30分」と報じている。2局で足並みが揃っているので、何かの発表資料の数字なのかも知れない。
当日はボランティアとして、スタートライン上で見ていたのだから、19分で間違いない。
すべてのランナーがスタートし終わった後、大きなゴミを拾いながら、1つめの信号までを走った。
いつかは、ここをもっと遠くまで走ろう。
そう、ボランティア仲間のサトウさんと話したものだ。
サトウさんは、その後、東京マラソンを走っただろうか。

スタートラインをまたいだところで、フォアアスリートの[lap]ボタンを押す。
あとは、1km毎に自動的にラップを記録してくれる。
過去3回のマラソンでは1km毎に自分で[lap]ボタンを押す必要があった。

いつもならば、ボタンを押すために、1kmごとの距離表示を見落とさないよう、余計な注意を払わなければならない。
走ることが目的なのに、あたかも、ラップをとることが目的のようになってしまう。

そして、マラソン大会の運営は、あまり几帳面なものではない。
距離表示の看板がない。風で倒れていたということは、日常茶飯事。
今回の東京マラソンも、1km、2kmの看板は見つけられなかった。

また、過去に出た3つの大会では、最低1カ所は看板の場所が大きくずれていた。
看板が100mもずれていると、ある区間は 1,100mで、次の区間は 900mといびつなラップになる。
距離表示を信じてラップタイムを計っていると、体感スピードと比べて大きく差異が出る。
ただでさえ、思考力が落ちているのに、輪を掛けて頭が混乱するのである。

その点、看板をみつけなくて済むのは、とても助かった。
フォア・アスリートでは、常に現在のペースが表示される。
通常のスポーツ・ウォッチでは、1kmごとのラップ計測時しか、ペースを確認できないが、フォアアスリートでは、ちょっと遅いかな?と思ったらリアルタイムで確認できる。
また、しばらく、タイムを確認し忘れていても、前回ラップがずっと表示されている。
通常のスポーツ・ウォッチでは、数秒で前回ラップが消えてしまうので、慌てて確認しなければならない。

今回は、時計で楽できる分を、シャッターを押す手間に回す。
ささやかなお遊びとして、マラソンでは初めてデジカメを持参した。

つづく

amazon フォア・アスリートの販売ページ


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2009年3月26日 (木)

号砲 Kブロックの合流

東京マラソンを走りながら書いた 【 2 】

 

3月22日
7:20
大江戸線「都庁前」
コンコースで着替える人、壮行会よろしく万歳三唱するグループ。
券売機に足をかけて、ストレッチをする若い女性。
警備員が「構内では待ち合わせ、着替えはできません。ただちに移動してください」とメガホンでがなっているが、一向に動く気配がない。
ここが暖かくて便利という事前の情報、経験があったのだろう。
自分の都合を優先するマナーは、ランナー圏外だ。

 

Dsc06080 

 

 

 

7:30
会場入りは、号砲の100分前。
これは、過去もっとも早く会場入りした湘南国際の時の60分前より、さらに早い。
主催者が決めたスケジュールが、やたらと早いのだ。
号砲の40分前、8:30には荷物預かりが終了してしまう。
これは、スタートとゴール地点が異なることと、10kmレースが併催されるためだ。
同時スタートの10kmレース、そのトップが日比谷公園のゴールに着く前に、荷物を着けようとするから、こんなに早くなる。
10kmレースと、マラソンの荷物預かり〆切に、時間差をつければよいと思う。

 

荷物を持ったまま、ミールサービス会場にはいる。
アミノバリュー、スポーツバーを受け取る。
まだ、朝ご飯を食べて2時間も経っていないので、バーはカバンにしまう。
まさか、この日のレース展開など、夢にも思わない。このバーを食べておけばよかったのである。

 

2年前、ボランティアで6時に来た時は、ウォームアップで走っている人が多かったが、8時を過ぎると、走る隙間はどこにもない。

 

着替えスペースをみつけて、スポーツシートを敷き、準備にはいる。
1.ブリーズライトを貼る
2.ウェストポーチをつける
3.ヘッドホンをセラポアテープで耳に貼る
書き出したチェック表にレを入れながら、ひとつずつ進めていく。
最後は100円ショップで買ってきたポンチョを羽織って準備完了。

 

こうして、荷物を預けるところまでは、余裕があったが、トイレ行列に30分かかり、整列は〆切の8時45分ぎりぎりになった。

 

8:45
歩道にいたJブロックランナーの大半は、ロープが張ってあるところから、ヨコ入りしていく。
自分も初マラソンの時は一秒でもロスタイムが惜しく、あのようなことをしていた。
今回は「関門との戦い」はさすがにないはずなので、指定の位置まで回り込む。
そこはJブロックの最後尾だった。
それでも、この後にはスロープに待機しているKブロックがいる。

 

最後尾からスタートして、ロスタイムをこの目で見届けようと思っていたが、思いの外、第1関門がきついことがわかり、やめた。
もしも、ロスタイムが30分かかった場合、予定のイーブンペースでは、5.6kmの第1関門で止められてしまう。

 

9:00
ウォークマンのスイッチを入れて、HOLDモードに切り替える。
用意してきた90曲のセットリスト。
東京タワーでは「東京タワー」角松敏生、日本橋では「約束の橋」佐野元春・・というように、距離とポイントに応じた音楽が流れる。
1曲めは
「双頭の鷲の下に」
運動会の入場行進で流れる定番マーチ
「ただいまより、4年生男子による玉転がしです」
というアナウンスが聞こえてきそうだ。

 

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9:05
黄色いジャンパーを着たボランティアの方にシャッターをお願いして、記念撮影。
にっこり笑って「がんばってください!」と言っていただく。

 

100円ショップのポンチョは大正解。
寒さを感じなくて済む。あとはスタート地点で脱いで、最初のエイドにあるゴミ箱までは、手に持って走る算段でいる。

 

9:10
フォアアスリートの時計画面で 9:10を目視して、スタートボタンを押す。
過去の経験では「湘南」「かすみがうら」では、スタートの合図が聞こえなかった。
今回も、Jブロックでは、合図は聞こえない。
フォアアスリートはGPSから時刻を受信しているので、時計は信頼できる。
今回は、合図に頼らず、時刻で計時を開始した。

 

すると数秒遅れて、空にどん、どーんと花火が鳴る音。
第一回は、空砲でもビル街の窓ガラスが割れるということで、石原都知事のピストルだけだったが、その後、方針が変わったようだ。

 

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号砲からしばらく経って、ようやくJブロックも動き始めた。
しばらく行くと、左手にスロープがあり、Kブロックのランナーが並んでいるのが見えた。Kブロックは最後尾のブロック。整列時間に間に合わなかったランナーも、このブロックに並ぶことになっている。
僕らが、通り過ぎた後に合流するんだな・・
そう思った時だ。

 

「はい、行ってください」
ボランティアが言うが早いか、Kブロックの合流が始まった。

 

つづく

 

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2009年3月25日 (水)

風男

東京マラソンを走りながら書いた 【 1 】

 

3月18日
レース当日の天気予報は「曇り一時雨 降水確率50% 最高気温16度」
数人の同僚が「がんばってね、ちょっと雨らしいけど、寒くはなさそうだね」と声をかけてくれる。
「僕は晴れ男だから、雨は僕の辞書にないよ」
そう言いかけて、やめておく。
でも実際、雨が降るなんて、これっぽっちも思っていない。

 

ただ、ボランティアで参加した2007年の第一回は、土砂降りだった。
選手の荷物をトラックに積み込みながら、パンツまでびしょ濡れになった。
まさか、東京マラソン限定雨男なのか・・

 

3月20日
予報は「晴れ後雨 降水確率50% 最高気温16度」
東京マラソンEXPOへ。
EXPOに行くのは、第1回につづいて2度め。
その時は東京ドーム。
ボランティア直前説明会に行ったついでだが、まるで自分が走るかのような高揚感があった。
そして、今回はランナー受付で行く。
東京ドーム開催と、今回のビッグサイト開催を比べると、東京ドームのほうが活気があった。
ビッグサイトはレイアウト上、順路どおりにブースを1つずつクリアして、次へ進む。
一斉に、たくさんの情報が目に飛び込んでくる東京ドームと比べて、ここは気分が昂ぶらない。
10分もそこにいると、大きなイベントに来ているということを、忘れてしまった。

 

これまでは、商業のために、事前に足を運ばせるのは反対であると、ずっと書いてきた。ただ、マラソン会場に設営されたテントブースと、このEXPOは明らかに違う。
どこが違うかというと、
屋根がある・・・
それから、出展企業の意気込みが違う。
朝の開場と同時に、パワー全開。
イベントとして、統制がとれているのである。

 

それが、レース会場での屋外テントの場合、気の緩みがありあり。
湘南国際2007の時などは、大半のブースが開場後に準備をしていた。

 

15億円の費用がかかる東京マラソンの場合、参加費以外から12億円を調達しなければならない。
お金がある人に、お金を落とさせるイベントは、必要であると宗旨替えした。

 

ナンバーカード引き替えでは
「おめでとうございます!」
と言って、用品一式を渡してくれた。
思わずにっこり、ありがとう。

 

第一回大会では記録証に入れる言葉として「Congratulations」ではなく「We made it together」が使われた。
完走には「おめでとう」を使わなかったのに、当選しておめでとうというユーモアが嬉しかった。

 

3月21日
かかとのテーピングに使う「伸縮」テープと、朝食のとんかつを買い出しに出かける。
明日の予報は雨だが、今日は快晴。
晴れた空を見あげて、お天道様に、
200万人近い人が、応援に繰り出そうってのに、雨って訳にはいかないでしょ?ね、そう思うでしょ?
とツッコミを入れる。

 

21日18時
天気予報をチェック
3時間ごとの予報がすべて「曇り 降水量0mm」に変わった。
ほぉらね。
やっぱり、晴れるでしょ。
明日は応援とボランティアの皆さんのために、晴れると信じている。

 

それよりも、気になったのは風向きの予報。
南南西10m。この時期、風は北西と相場が決まっているのに、珍しい。
その向きだと、日比谷から品川に向かう道、雷門から銀座へのもどり道が逆風になる。
ただ、2006荒川で25mの逆風と3時間戦った経験が、どんな風も怖いとは思わせない。

 

つづく

 

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2009年3月24日 (火)

人は右側の歩道の右側を歩くのではないのか?

【 通勤の路上から  2 】

OLは、彼女にとって歩道の左側、つまり、僕の真正面を歩いている。
嫌な予感がする。
案の定、彼女は、こちらと目を合わさぬよう、歩道の目地を注視している。
しかし、プライドは高そうだから、500円玉が落ちていても、拾わないだろう。
僕は、さらに右側に寄る。
彼女は、まっすぐ歩いてくる。
このままでは、OLと正面衝突だ。

しびれを切らして、僕は歩道に降りる。
「おいおい、人がすれ違う時は、相手の右側からじゃないのか?」
面倒なことになってはいけないので、黙ってつっこむ。

もちろん、歩行者同士が行き違う時は、キープライト。
違反者は禁固1年以下 という法律はない。

人は右側の歩道の右側を歩くのではないのか?

法律で決まっていないことに、合意はあり得ない。
人は、それぞれが判断の基準を持っていて、臨機応変にそれを切り替えていく。
わかりやすく言えば、自分の都合で生きている。

再び、右側の歩道。
道路の反対側から、こちら側の歩道にちょんと、飛び乗ったおじさん。
彼にとっての左側、つまり、僕の正面を歩き始める。
歩道の右側はブロック塀。
おじさんが目前に迫る。
すると、おじさんは奇異な行動に出た。
半身になって、壁にぴたりと張り付いた。
まるで、この壁は僕のものだと言わんばかりに。

しばらく行くと、今度はおばさん。
やはり、彼女にとっての左側。すなわち、僕の正面をまっすぐ歩いてきたおばさん。
なんと、僕の前で立ち止まった。
一歩も譲らないという固い決意で、こちらをうかがっている。

彼女は口には出さず、僕につっこむ。
「人は左側の歩道の左側を歩くんじゃないの?」

彼らには、通勤路の歩道の優先権でさえ、譲れないという緊迫感がある。
戦争はとうに終わり、勝ちと負けで、相対的に富が配分される社会に生まれ育った世代。
社会の力によって洗脳されて、負けることは、すなわち不幸につながるという自己暗示にかかっている。

僕らが生きる、この地球では、幸せの総量が決まっているわけではない。
誰かに勝たなければ、一家無理心中ということもない。

始まったばかりの通勤の路上には、人々の切ない姿があった。

「通勤の路上から」は不定期で連載します。



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2009年3月23日 (月)

団塊の世代の敗戦処理を担う中学生たち

【 通勤の路上から 】

ある日、僕は、通勤の路上にいた。
徒歩で駅までたどり着き、電車に乗る。
再び、駅から会社まで歩く。
どこにいても、あたりには人がいて、時にはぶつかり、時にはにらみ合う。

九州の西のはずれから出てきた田舎者にとって、東京に住みたくない理由の第2位が、この「通勤ラッシュ」だった。
1位は「土地が高い」
名古屋にいる時は、いずれ、東京に引っ越すことがわかっていて、早く首都は東京以外に移転して欲しいと思っていた。
だが、そこに身をおけば、そんなことは、それ以外の要因の前にかすんでしまう。
「雇用」 「生活基盤の充実」
そのような優先順位が高いことがらと比べれば、電車の混雑など、余裕で許容範囲だ。

そのことを、正直に、首都移転の委員会で言ったところ、移転推進派の衆議院議員から
「みんなそうだ。東京アズナンバーワンか?」
と突っ込まれてしまった。
別に、どこどこがナンバー1 という概念はない。
ただ、経済が右肩下がりの時、都市への集中が加速するという事実があるだけだ。

家から一歩、外へ出ると、そこは道路。
まず、出くわすのは、小学生、中学生の通学者だ。

クルマの視点からいうと「一方通行」の、その道路には、左右の両側に、一段高い歩道が整備されている。
「クルマは左、人は右」
子供の頃、交通標語で、そう覚えた。

僕は迷わず、進行方向に向かって「右」の歩道を選択して、歩き始める。
すると、前方から、やってくるのは一人の女子中学生だ。
昔ながらの、大人を怖がる子供であれば、前方に大人の男を視認した時点で、歩道を降りて、車道へ出る。
だが、10人中6人は、そのままこちらに向かってくる。
人一人がようやく、行き違える幅の歩道の、そのまた、右に寄る。
相手はそれを確認したのか、その逆側を歩いてくる。

無事、すれ違う。
「おいおい、歩道を歩くなら、道路の右側じゃないのか?」
口には出さず、女子につっこむ。

しかし、道路交通法には、歩行者は道路の右側の歩道を歩くこと。
違反者は3千円以下の罰金・・・
という条文はない。

つづいて、歩道いっぱいになって、歩いてくる男子中学生の三人連れが、向こうからやってくる。
「話しに夢中だぜ、オレたち。いけてる中学生。いぇい」
と顔に書いてある。
髪を立てて決めているつもりだろうが、一昔前ならば、それは寝ぐせだ。
話に夢中の振りをしている彼らは、前方からやってくるサラリーマンは、眼中にないぜという雰囲気を醸し出している。
鬱陶しいので、こちらが、車道に降りて、道を譲る。

こうした、小さな勝ち負けにこだわって、彼らはまちがった道を歩んでいくのだろう。
団塊の世代が美味しいところを、吸い尽くして勝ち逃げした日本社会で、その敗戦処理を一手に背負おうかという厳しい境遇に、彼らはいつ気づくだろうか。

つづいて、遠くからやってくる、OLの姿が見えた。

3/24につづく

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2009年3月22日 (日)

余裕を持って完走とは、どういうことを言うのか?

東京マラソンを完走したい 【 26 】

今日は第三回東京マラソン。
今頃、コース上のどこかを走っているでしょう。

初めてのマラソンの目標は「歩いてでも、制限時間:7時間 以内に完走」
二度めのマラソンは「制限時間:5時間40分 以内に完走」
三度めのマラソンは「歩かずに完走 *制限時間:6時間」

柔道選手 YAWARAちゃんは、まず金メダルという完走があり、つづいて
「谷でも金」
「ママでも金」
と付加価値をつけていった。

僕の場合は、修飾を取り去っていく完走。

カーボローディング
テーピング
リズム感を出すための音楽
ポーチに入れたサプリメント

まだまだ、僕のマラソンには、側面支援が多い。
いつか、マラソンの道を終える時、最後のレースでは、何もない素うどんのような完走をしたい。

さて今回、東京マラソンでめざすのは「余裕をもって完走 *制限時間:7時間」

「余裕をもって」とはいうのは、目標としては曖昧である。
その具体的な答えは、タイム設定にある。

「1km毎のラップタイムの最大差を1分以内にする」
これが、今回の目標。

昨年の「かすみがうらマラソン」 1km毎のラップタイム
ベスト   6'50"06
ワースト 10'32"41
最大差は、3分43秒あった。

マラソンの本には、どれにも「理想はイーブンペース」と書いてある。
だが、素人には無理だ。
初めの1kmと終わりの1kmが、同じペースで走れるわけがない。

と、これまでは頑なに「イーブンペース」論を拒否してきた。
だが、ここにきて「楽に完走する」「余裕をもって完走する」とは、イーブンペースのことを言うのだと気づいた。

そこで、レース前半のペースを見直す。
過去のレースでは「いけるところまでいこう」と考え、前半には 1km7分のペース設定をしてきた。そして、実際のレースでは、6分台で走っていた。
これをやめて、ベストラップを 7分30秒に設定する。
初めに、貯金を作らないというプランだ。

東京マラソンは、新宿の都庁から、日比谷公園まで、なだらかに下る。
マラソン雑誌には「ここでオーバーペースにならないように注意」と書いてある。
そうは言うものの、下りをゆっくり走るというのは、難しい。
無理にブレーキをかければ、膝に疲れが溜まる。
重力に任せれば、足はどんどん前へ進んでいく。
今回の練習走行では、いつも「下り」をどう走るかを研究していた。
そして、一つの結論を得た。
本に書いてあったことではない。自分で実践して出した結論。
それが、正しいか、否か。レースで答えが出る。

息が整うまでの 3kmは 8分0秒。
そして、15kmまで 7分30秒でいく。
そこから、35kmまで 7分45秒。
そして、ゴールまでは 8分30秒。
これで、最大差は 1分。
ネットタイムは 5時間30分となる。

3年前、まだ、一歩も走っていなかった時
「東京をマラソンを完走したい」
と言って、走り出した。

人は経験しなければ、本当のことは語れない。
次は、路上からのブログで、お会いしましょう。

東京マラソンを完走したい 【 おわり 】

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2009年3月21日 (土)

マラソンではなぜ、おばあちゃんパワーが効くのか?

東京マラソンを完走したい 【 25 】

東京マラソンまで、あと14日

体調はいま一つだが、ここでタイムを出して自信を得たい。
その一心でタイム・トライアルへ。
設定タイムは、
最初の3kmを 6分45秒
そこから、8kmまで 6分30秒
ラストの2kmは上げて、6分20秒
これで、目標の 1時間5分25秒になる。

初めの3kmまでにスピードが出過ぎて、5kmあたりから苦しくなった。
ところが、7km地点で復活する。

おばあちゃんパワーだ。

二人連れで、散歩していたおばあちゃんと目があった。
思わず、にっこりしてしまう。
すると、霞が晴れるように、元気が出た。

かすみがうらマラソンの時も、そうだった。
かなりの田舎道を走る「かすみがうら」
軒先には、おばあちゃんが椅子を出して、応援してくれている。
自分では、もう走れないし、速くも歩けないけれど、私の分もがんばってね。
そんな、メッセージが届くのである。

これが、おじいさんではどうかというと、
・・・ 考えたことがない

おばあちゃんパワーで復活。ラスト1kmは左足がいっぱいだったが、5:58のベストラップで上がる。
タイムは 1時間2分20秒。
目標タイムを2分クリアした。
このタイムをマラソン完走タイムの公式
10kmタイム×5.5-28分
にあてはめると、5時間14分

過去3回この公式をあてはめた場合の誤差を加味すると
5時間28分となり、ぴたりと目標タイムと重なった。

あと7日
毎回、レース前一週間のこの日は、LSD散歩と決めている。
雲ひとつなく晴れ渡った空のもと、多摩川沿いを歩く。
野球、サッカー、テニス、ゴルフ、スポーツに興じる人々は幸せそうだ。
そして、多摩リバー50の路上には、ジョギング、ウォーキング、サイクリングの面々。
この中には、来週の今頃、同じ路上を走っている仲間もいることだろう。

去年は、花見の人で賑わう中を、4月の「かすみがうらマラソン」に向けて走っていた。
今年は、レースを終えた翌週が、東京の桜開花予想日。
第4回からは、再び2月に戻ってしまう「東京マラソン」
その唯一、3月開催のレースに当たって幸運だ。

この日で、走行距離が前年レース時を超え、過去最高となった。
左足かかとの湿布は続いているものの、一点の曇りもない準備ができた。

次回は3月22日

ど素人!マラソン講座

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2009年3月20日 (金)

マラソンの完走タイム予想の公式

東京マラソンを完走したい 【 24 】

 3年前、荒川市民マラソンの直前は、15日間走れなかった。
 今回は、それよりも早く復帰したい。

 DVD「走る男」を見ながら、ステップ運動の日が続く。

 3年前は、13cmの高さだったが、その後、新聞を積み足して、20cmのものを使っている。
 前回は1回あたり 20分で、ほぼ毎日やっていたが、今回は 20分×3セットを週4回。

 "ぴっ ぴっ"と音が鳴るカシオのスポーツ時計は電池が切れていた。
 発信音が鳴ると、動きにリズムができてよいのだが、今回は発信音なし。

 これまでやったことがなかった、体のケアにも踏み込んだ。
 痛みがある左かかとに湿布。8時と20時の一日二回付け替える。

 新たに、左右脚力のバランスをよくするために、ランジを取り入れた。
 「正しく歩いて東京マラソン完走」の著者 園原健弘が書いた「ウォーキング100のコツ」によると、足を前後に広げるランジを行うと、左右で踏み出し幅が違う。
 踏み出し幅が狭い時、踏み出した足の逆足が、運動能力が劣る足。
 痛みが出る時、どちらか片方の足に偏っていたとしたら、左右のバランスを整えるとよい。

 東京マラソンまで、あと15日
 左足かかとの痛みは、ずいぶん和らいできた。
 中9日で、再び、走り始める。

 走り始めてすぐかかと左が痛くなったが、そのまま走りつづけると、1kmほどで痛みは消えた。
 雲一つなく晴れた空が気持ちよくて、ついついハイペース。
 レースペースは 7分30秒/kmなのだが、すべてを6分台で走った。
 ベストラップは6:12 瞬間4:50に入れた。

 ガーミン・フォアアスリートは、その瞬間のペースが確認できるのがよい。
 一般的なスポーツウォッチでは、1kmごとにラップをとって初めて、ペースの変化に気づく。
 はじめは、探検RUNを楽しくするために買ったGPS時計だったが、もはやこれは、レースに欠かせないツールだ。

 150cm緑の靴ひもの初使用。
 これまでの140cmのひもでは、8つめのアイレットを試すことができなかった。
 終端の8つめまで、シューレース~靴ひも~ を通すと、靴は抜ける感じがなくなる。
 7つめのアイレットでは、抜ける感じをなくすために、きつく締めなければならず、それで足が痛くなるのが悩みだった。
 「緑の靴ひも」を探したおかげで、150cmのひもに替えることができた。
 この10cmの差は、とてつもなく大きい。

 あと14日
 エクセルで作っている「マラソン記録」ブック
 その練習計画欄には、次のように書いていた。

 あと2週間
 10km走 タイムトライアル
 1時間5分25秒をクリア

 マラソンの完走タイム予想の公式
 10kmのタイム×5.5-28分
 これに当てはめると、今回は 10kmを1時間5分25秒以内で、走っておく必要がある。

 毎回、レース2週前に、タイムトライアルを入れる。
 若干の誤差はあるものの、この公式はほぼ正確。
 2007年に湘南国際で DNF ~途中関門で競技停止~ 扱いとなった時も、ぴたりと当たっていた。

 再び走り初めて二日め。
 いったんは、今大会のタイムトライアルは無しにしようと決めた。
 故障がぶり返しては、元も子もない。
 だが、決めた後の気持ち悪さが消えない。

 トレーニングウェアに着替えると、脳は
 「やっぱり、やりなさい」
 と指令してきた。

次回は3月21日

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2009年3月19日 (木)

マラソン故障時の代替運動 ステップ運動

東京マラソンを完走したい 【 23 】

東京マラソンまで、あと29日

バスで遠くの町まで乗って、そこからの帰宅ラン。
8kmあたりで左かかとから、痛みの信号が出てペース落とす。
自宅まではあと2km。
バスで帰ろうかと考えたが、1km9分台ジョグでなんとか戻ってきた。

あと28日
おっかなびっくり、とにかく体を動かしてみる。
60分のLSD。
ここまでの走行距離は1ヶ月半で150km。
体のいうとおりに走っていると8分弱のペース。
今は体が新しいレベルに対応中なのだ。
時間を与えれば、きっとよくなると、自分に言い聞かせる。

あと25日
最後の通勤RUN
ここからは走行距離を落としていく。
左足のかかとの痛みは、いっこうに引く気配がない。

あと23日
ここで計画を変更する。
不安なままで本番を迎えたくない。
左かかとが完治するまで、道路を走らずにステップ運動に切り替える。

代替運動としてステップ運動を選択するのは、初マラソンの2006年に続いて二度目のこと。

「賢く走るフルマラソン」田中宏暁 著
によれば、ステップ運動をしていれば脚力は落ちない。
レース間近に故障したランナーが、ステップ運動だけで、レース当日まで一切走らず、本番ではサブ4を達成した事例が紹介されている。

2006年に故障した時は、15日間一切走らずステップ運動に専念。
そして、再び、走り始めた時には、むしろタイムが上がっていた。

 ステップ運動の方法
■「1、2」で台に上がり「3、4」で降りる。「5」で足踏み。これを繰り返す。
 こうすれば、昇る足が交互になる。

■運動靴を履いてもよいし、裸足でもよい。
 外履きの靴を使う場合、床に段ボールを敷く。
 フローリングの床では足音がうるさい。床に段ボールを敷くとよい。

■"ぴっぴっ"と発信音が出るスポーツ用時計があると、体にリズムができて、運動効果が上がる。スピードは毎分110のペースで十分。

■連続しておこなう必要はない。
 20分の場合、10分×2セットでもよいし、20分×1セットでもよい。

■脚のどこかが痛い時は、痛い側の手を家具に添えると、脚への負担が和らぐ。

 踏み台
■高さは13cmあれば十分
■新聞紙を束ねてガムテープで留めてつくる。
■コンビから「ステップウェル」という商品が発売されている。

 利点
■室内なので、運動着に着替えず、どんな格好でもできる。
■室内なので、安全。時間を選ばない。
■音楽を聞いたり、映画を見ながらできる。
■1ヶ月もすると慣れてきて、メールや本を読みながらできる。

 果たして、今回の代替運動は吉と出るか、凶と出るか。

次回は3月20日

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2009年3月18日 (水)

就活の娘たちが向かう場所

 ある、雲ひとつない晴れた日の午後、
 桜並木の土手を散歩していた。
 サクラはまだ咲いていない。

 花見の駅を探している。

 サクラが連なっているベストポイントに立ち
 そこから近くの駅を探すことにする。
 近くには、酒や肴を買い出しをするコンビニも必要だ。

 土手を外れ、路地を進むとすぐに大きなスーパーがあった。
 高級スーパーとでもいえばいいのか。
 商品が全体的に高い。

 1階の食品売り場をチェックする。
 総菜が充実している。
 魚フライ、寿司、フランクフルト・・
 これならば、コンビニ調達よりも、美味しく食べられそう。
 買い出しは、この店に決める。

 花見の駅での集合は10時30分。
 この店が何時から開くかをチェックしようと思ったが
 入り口の自動ドアには、営業時間が書いていない。
 当たりを見渡したが、質問できそうな店員もいない。

 外を見やると、横断歩道で交通整理に当たっていた警備のおじさんがいた。
 開店時間と、最寄りの駅を教えてもらう。
 おじさんは、受け答えがめんどくさそうだったので
 駅までの詳しい順路は聞かずに歩き出した。

 しばらく歩くと、女性とすれ違った。
 一般的に言えば、キレイなほうだろう。
 すると、その後からも次々に女性がやって来る。
 紺色系の地味なスカート、ジャケット、ピンで止めた髪

 ユニフォームか!
 とツッコミをいれたくなる。

 皆、それぞれ一人でやってくる。
 数メートル間隔の行列は、僕の背後にある場所を目指している。
 そこにはきっと、美味しい角砂糖があるのだろう。

 3月という時期からして、2010年4月採用の就活。
 今、通ってきたあのスーパーなのか。

 駅までの順路はどこにも書いていなかったが、彼女たちの行列を逆にたどっていくと、駅に着くことは明白だった。

 そういえば、男がいない。
 いったい、どんな業界なのだ?
 スーパーだったら、男の社員もたくさんいるはず。

 どの女の子もけばくなく、おとなしい化粧で、こぎれい。
 今時の学生は皆、整形してるわけでもあるまいに・・
 その会社は、ルックスで選んでいるのか?

 それにしても、皆、同じ顔に見える。

 いったいどこの会社の面接なのか
 誰か一人に聞いてみたい衝動に駆られた。
 面接官が通行人のふりをして、話しかけるかも知れない・・
 そう思って、笑顔で対応してくれるのではないか?

 考えただけで、やめた。

 5分ほど行列をたどると、駅が見えてきた。
 駅前の横断歩道にプラカードを持った警備員が一人。
 学生たちに、説明会場はこちらですよ~と声をかけている。

 あのプラカードを見れば、このありんこの行列が、どこに向かっているかがわかる。
 プラカードをのぞき込んだ。

 ANA 会社説明会

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2009年3月17日 (火)

東京マラソンの緑の靴ひもは短すぎる

東京マラソンを完走したい 【 22 】

東京マラソンまで、ちょうど1か月前となった 2月22日
都内主要道路の電光掲示板に「3月22日東京マラソン交通規制あり」というメッセージが表示され始めた。

そして、この日、事務局からメール便で届いた参加案内の中に「緑の靴ひも」が入っていた。
「東京マラソングリーンプロジェクト」の靴ひもである。

Green_shoe

これは、東京都が取り組む、環境負荷軽減の取り組み。
ごみの埋め立て地「海の森」に、日比谷公園の5倍、88haの公園を作り、都内に海風を通すというプロジェクト。
「海の森」は、2016年東京五輪が開催された場合、競技会場の一つになる。

2008年の第二回大会では、完走者に対して「緑の靴ひも」を配った。
2009年の第三回大会では、事前に配布して、この靴ひもで走りましょう!と呼びかける。

さっそく、送られてきた 120cmの「緑の靴ひも」をソーティスーパーマジックに通してみた。
ところが、短か過ぎた。アイレット~靴ひもを通す穴~ が、2つも余ってしまう。
ソーティスーパーマジックに、元々付いている靴ひもは、140cm。
これでも、8つめのアイレットまでは届かず、1つ余る。
終端のアイレットに通すには、150cmは必要だとわかった。

事務局が配布した 120cmの靴ひもが使えるのは、靴のサイズが23cm~25cm程度のランナーに限られるだろう。

ネットショップで「緑の靴ひも」を探したところ、SUNSTONEのウェブサイトで、緑の靴ひも 150cm を販売していた。
商品367円+送料472円

石目平のひもは、ほどけにくい。
150cmという長さは、サイズ27cmのソーティスーパーマジックを、終端8つめのアイレットで締めるのに、ジャストサイズだった。

事務局から送られてきた靴ひもは、アシックス製。
東京マラソンEXPO会場では、アシックスがグリーンプロジェクトのリストバンドを販売する。
いつも、レースではヘアバンドを使うので、これも緑で揃えようと、アシックスのサイトで探してみた。
白のヘアバンドはあったが、緑はない。

「緑のヘアバンドはありませんか?」
アシックスに尋ねたところ、次のような回答を得た。
「東京マラソングリーンプロジェクトは東京マラソン事務局がやっているものなので、緑のヘアバンドを作る予定はありません」
まぁ、ものの言い方には、個人差があるということだ。

ヘアバンドをつけて走っているランナーはあまり、見かけない。
だが、帽子をかぶるのが嫌な場合、流れ落ちてくる汗がネックになる。
その点、ヘアバンドをつければ、汗を手でぬぐう手間が省ける。

ただ、6時間も外を走るので、陽がさしていなくても、くっきりと日焼けの跡がつく。
それから、写真に映った時の、見栄えに難がある。
ゴール間際や、プロカメラマンが構えている写真ポイントでは、外してウェストポーチのベルトやRUNパンに挟むとよい。

緑のヘアバンドは、香川県のオーキッド リストバンド・ファクトリーで手に入れた。
東京マラソングリーンプロジェクトの靴ひもと色が合うのは「フレッシュグリーン」
商品650円 送料、銀行振込手数料を合わせると、およそ1200円。

返す返すも、ネットは便利である。

次回は3月19日

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2009年3月16日 (月)

マラソンには、フォアアスリートが欠かせない!

東京マラソンを完走したい 【 21 】

東京マラソンまで、あと37日。
左足かかとの痛みは、消えない。

ここで、いま一度、道具の見直しをする。
過去3回のマラソンでは、ファイテン五本指靴下を履いた。
果たしてチタンパワーは効いたのか、それはわからない。
そもそも、42kmも走る時に、チタンパワーの靴下が有効なのかが、わからない。
そして、この靴下は厚い。ゆえに暑い。

5本指は譲れないが、もう少し薄手の靴下を試したい。
そこで、ネットで検索したところ、マラソン用品と言えば、やはりアシックス。
薄手の5本指靴下があった。
靴ならば、試し履きなしでは買えないが、靴下には不要。
それに、メンズの靴下は大半が 25~27cm。
ネットで調達する。

全国の街角に、ランニング専門店があるわけではないので、インターネットの存在は本当に助かる。

あと32日
通勤RUNを走り終えて、まだ左かかとが痛い。
薬局で湿布を買ってきて、湿布を始める。
結局、この習慣は、レース前まで続けることになった。

あと30日
ガーミン・トレーニングセンターのソフトをアップデート。
フォアアスリートのデータが、Googleアースに表示できるようになった。
空から見る、この二ヶ月の軌跡。
その地図をみているうちに、まだ塗りつぶされていない街へと、出かけたくなった。

フォアアスリートを使っての、初めてのマラソンシーズン。
GPSで走った距離、道筋、ラップタイム、ペースまで、何でもわかる魔法の時計。
今年、走ることがあまり苦にならないのは、この時計のおかげだ。

「走る男」森脇健児が番組で使っていたのと同じ、フォアアスリート205。
上位機種「フォアアスリート305」は心拍センサー付き。オプションで自転車とジム内走行に対応する。
その分、2万円ほど高い。
既に心拍計を持っているし、ジムと自転車はやらないので、205に決めた。

後続の新製品「フォアアスリート405」は、洗練されたデザインがセールス・ポイント。
普段着でもつけられるということだが、GPS時計をふだん使う意味がわからない。
しかも、205/305と比べて情報量が少ないので、レース本番には向かない。

 フォアアスリート205
■2007年7月発売
■メーカー提示価格:39,900円
■実勢価格:31,920円

 自動的にラップタイムをとってくれるので、1kmごとにラップボタンを押さずに済む。
 「1km7分ペース」のように設定しておくと、速い・遅いでアラームが鳴る。
 立ち止まると、計時が一時停止する。停止はするが、ラップは途切れないので、信号ロスタイムを含まないラップタイムが計測できる。
 歩行者信号が「赤」なのに、平気で走っていくランナーが多いが、あぁいう横着をしなくて済む。

 ナビとして使うこともでき、緯度経度を入力しておくと、目的地の方角を画面が指示してくれる。
 ただ、さすがに、道路案内は出ない。

 電源は、内蔵しているリチウムイオン充電池に充電。
 充電時間は、3時間程度と速い。
 連続使用は、カタログ数値で10時間。実際に使ってみてこの数値は間違いない。

 走ってきたデータは、クレードルに乗せ、USBケーブルを介して、パソコンへ転送。
 そのデータを、Googleアースに表示できる。

 フォアアスリートは、ガーミンが製造販売する「フォアランナー」の日本語版。
 英語版である「フォアランナー」はヤフオクで1万円ほど安く売られている。



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2009年3月15日 (日)

スコラーリ 最後のダンス

 デコにとって、辛い1月がやってきた。
 もしかすると、デコにとって2009年は年運が悪いのかも知れない。

1月11日
プレミアリーグ21節 マンチェスター・ユナイテッド(away) ●0-3
今年の初戦はホームで引き分け。第2戦は惨敗となった。
デコは前半で交代した。

調子が上がらないチームのあおりを受け、開幕当初は神様のようにあがめられたデコに対して、ファンの心ない声が上がり始める。
「デコはスコラーリのペットだ」
デコがフル出場を続けていることに対する雑言である。
デコはこれに対して、毅然と言う。
「自分が起用されるのは、数多くのタイトルを獲得してきた実績があるからだ」

言われてみれば、その通りだが、臆面もなく、率直な言葉を選ぶところがデコらしい。
何かとねたみや恨みの多い、現代社会において、デコのように生きられたら、どんなにいいだろう。

1月15日
FAカップ3回戦再試合 サウスエンド(away) ○4-1
FAカップは再試合となった場合、前回とは逆のホームで開催される。

わずか中1日でプレミアリーグを控えているため、デコとドログバは招集されなかった。
3部のチームに対して、スタメンは ほぼベストメンバー。
いかに、FAカップを重要視しているかがうかがえる。

先制はサウスエンド。
ここ数試合の課題となっているCKからの失点。
その後、チェルシーが一方的に攻め続け、前半ロスタイムにバラックのゴールで追いつく。
白い息を吐くバラック。
8か月前のユーロでは、顔も見たくないと思った彼の気合いが、今は頼もしい。

解説者はこの日のスタメンは、デコとドログバが評価されていない現れだと言い放つ。
独自の取材に裏打ちされてでもいるのか、自信満々だ。
それが真実か、それともデコ温存か、二日後のスタメンが楽しみだ。

1月17日
プレミアリーグ22節 ストーク・シティ (home)○2-1
FAカップから中一日の試合。
awayで戦ったストーク・シティとの初戦は2-0で勝っている。
だからと言ってホームでは楽勝・・ といかないのがサッカー。
去年応援していたバルセロナもそうだった。

格下のチームでも、自らのホームでは、がちがちに引いて守ることはできない。
もしそれをやれば、地元ファンの前で、僕たち弱いんで、仕方ないですぅ~と言っているようなもの。
プライドにかけても、前に出て攻める。
しかし、そこに、ほころびができ、チェルシーは得点が容易になる。
チェルシーがシーズン当初、away戦の連勝を重ねた理由はそれだ。

一方、格下のチームを、ホームに迎えた場合は、様相が変わる。
相手はびびって、徹底的に引いて守る。
カウンターに専念し、数少ないチャンスを待つ。
デコが嫌いな「リアクション・サッカー」だ。

デコはバルセロナ在席時、
「バルサのプレースタイルは、モウリーニョのスタイルと似ているのでは?」
と言われ「僕らはあんなリアクション・サッカーをした覚えはない」と言いはなった。

この試合、デコとドログバはベンチにも入っていない。
まさかデコは干されたのか・・
ベストの選択と思われたチェルシー入り。
8月は月間MVPも取りいち早くチームになじんだ。
それが、こんなにも暗転するものか。
このままシーズンを棒に振るのか。
愕然として試合にはいっていくと、アナウンサーが「デコは足の負傷があるようです」と紹介。
ほっと胸をなで下ろす。

引いて守るチームを相手にすれば、どんなチームでも、1点めをとることは難しい。
そして、後半早々、リアクション・カウンターから失点。
試合はそのまま、 0-1 で終わりそうになっていた。

「あぁ、もう帰り始めましたよ」
帰宅し始めたチェルシーサポーターをカメラが何度か捕らえた後の87分。

ベレッチがヘッドで同点ゴール。
これでも十分と思ったが、ロスタイムには、ランパードがゴール前のこぼれ球を逆転ゴール。
狂喜乱舞するスコラーリとランパードが抱き合う。
これが、スコラーリ最後のダンスとなった。

次週 3/22 はお休み。 次回掲載は 3/29

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2009年3月14日 (土)

マラソンと、アクティブレストと、散髪

東京マラソンを完走したい 【 20 】

ソーティスーパーマジックで走った翌日、右足甲に違和感が出た。
靴を替えて間もないので、ここはムリせず、ジョギングを休む。

「自分に寛容になること。焦らないこと。体は時間が与えられれば、徐々に新しいレベルに適応できる」
マラソンにおける座右の銘。John Bingham のことば。
どこかが痛い時は、この言葉を読み返し、体の対応力を信じて、時を待つ。

勇気をもって休むことを、アクティブレストという人がいるが、それは間違い。
アクティブレスト=行動的な休養であり、積極的に休むという意味ではない。
アクティブレストとは、疲労時に積極的に体を動かして、疲労をとること。

一日休んで、ジョギングを再開。
すると、今度は鼻水が止まらなくなった。
これは、靴のせいではなく、散髪のせい。

マラソン準備期ということもあり、スポーツマンらしく、昭和30年代のような、刈り上げにしてもらった。
これが、いけなかった。
髪がないと寒いのだ。

マラソン前の散髪は、レース前5週間以上を開けたほうがよい。
そうすれば、寒さに頭が慣れるし、体調を崩した場合の、マージンがとれる。

言えることは、レース直前は、短く髪を切ってはいけない。
髪は体温を保つ働きをしている。
短く刈った髪で、寒い冬に走ると風邪を引いてしまう。

▼レース5週間前に散髪する。
      ↓
▼散髪後2週間、外を走る時は、帽子を被る。
      ↓
▼レースを迎える。
      ↓
▼レースが終わってから、好きなように散髪する。

東京マラソンまで、あと39日
ふだん、歩いている時でさえ、左足のかかとが痛い。

体重は、レース当日の減量目標まで +2kg
机に座って仕事をしている時も、右ふくらはぎから叫びが聞こえる。
新しい負荷に体が対応しようとしているのだろう。

レース前半の目標ペースである 7分30秒/kmを、コンスタントに刻み、なんとか 10kmが走れた。
足はあちこちから信号を出していたが、これは、いずれも痛みではなく負荷だ。
この時は、そう考えていた。

次回は3月16日

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2009年3月13日 (金)

ハートランドへの手紙

 佐野さん、53回めの誕生日おめでとうございます。

 3月31日から始まる NHKFM 「元春レディオショー」
 とても、楽しみに待っています。
 いま、FMラジオが2つあるのですが、佐野さんのDJ復帰を記念して、新しいラジオを買おうと思っています。

 思えば、佐野さんはいつも、新しいソフト、そしてハードウェアの開拓者でしたね。

 日本で初めての、ミュージシャンによるカセットブック。
 いつも、佐野さんの新譜はレコード屋さんに予約していたのですが、これは書店ルート。
 音楽流通の革命を予感しました。
 ポエトリー・リーディングも革新的でした。
 これは、25年過ぎても、未だに時代がおいついていなくて、まだ誰もついてきませんね。
 この間、初めてダウンロード・サイトで音楽を買う時、迷わず
 「New york city 1983」を選びました。
 CDを買っていないのが、バレバレですが・・・

 日本で初めての、ミュージック・クリップ・ビデオ。
 当時はまだ、パッケージで販売されていなかったので、レストランに置いてあるビデオ・ジューク・ボックスに200円を入れて「Young bloods」を何度も見ていました。
 同じ映像を何度も見る男をみて、他のお客さんは、引いていました。

 日本で初めての、8mm videoを使ったライブビデオソフト「Visitors」
 PCMトラックにはデジタル音声という、オーディオファンには、たまらない取り組み。
 これが再生できる PCM DAV 8mmビデオデッキ 249,800円を、ソニーの友達にすぐ電話して、 3割引してもらって、買いました。
 これが、初めてのビデオデッキ。「おれたちひょうきん族」は、毎週、これで録りました。
 もう今は動かなくなりましたが、記念に押し入れの隅っこに仕舞ってあります。
 ビデオ発売時、佐野さんがこの作品をモニターした「V8マガジン」の切り抜きは、今も時々、取り出して眺めています。
 目つきが鷹のように鋭くて、少し可笑しいです。

 日本で初めての、ヒップポップ作品「Visitors」
 長い間、この作品へのファンの反応を気に病んでおられたように見受けました。
 でも、今や、時代が追いついて、金字塔になりましたね。
 遅ればせながら「Visitors」20周年の時計を買いました。

 日本で初めての、アナログ12インチシングル
 当時は全部買いましたが、どれも、今、聴くことができません。
 大半の音源はCDになったようですが、今も古びていないですね。

 日本で初めてかはわかりませんが、とても早い時期に出た CDマキシシングル。
 CDシングルの、あの非コレクタブルな貧弱さに泣いていた僕らは、アルバムのように、しっくりくる「誰かが君のドアをたたいてる」に飛びつきましたよ。

 日本で初めて、ミュージシャンが自ら編集長になってしまうという取り組み「This」
 これは、凡人の僕にとって、ちょっとレベルが高すぎました。

 そして、僕ら「元春HP」と共につくった日本初のミュージシャン公式サイト。
 Moto's Web Server
 その歴史的意義が、僕らの誇りです。
 そこから派生したインターネット・ライブ、ネット・ラジオ 様々な取り組みは、もう佐野さんの独壇場。
 まさに、やりたい放題。
 ルールの中で、ルールと概念にとらわれない佐野さんの姿勢は、まさにロックそのもの。
 僕らファンの指針です。

 そして、また、この時代に、とても懐かしいラジオDJという取り組み。
 それにふさわしい、懐かしのラジオを買おうかと考えたのですが、当時、いつも聞き逃していたことを思うと、録音できるUSBラジオにしようと思っています。

 佐野さんが、長く長く、歌い続けてくれれば、僕らファンは、さらに長く長く、友達でいられます。

2009 .3.13  moto

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2009年3月12日 (木)

新しいマラソンシューズ ソーティスーパーマジック

東京マラソンを完走したい 【 19 】

 新しい靴を買うことに決めた。
 そこで、試しに、手持ちのレーシングシューズ、ナイキ ストリーク・ベンジェンスで10km走ってみた。
 走り終えて、特に違和感はない。
 足が痛くなることもない。
 これならば、いけそうな気がした。

 新しいマラソン・シューズの条件は3つ。
1,アウトソールが黒い
2,メーカーはアシックス
3,軽量でアスリート向け

 ほとんどの運動靴は、アウトソールが白い。
 白い靴をジャケット&スラックスで履くと、小学校の先生みたいに見える。
 通勤RUNの日、会社に履いていくために、アウトソールは黒くなければならない。

 アシックスはマラソン用品のナンバー1メーカー。
 どのモデルを選んでも、マラソン用としては、信頼がおける。

 ネットで検索して、3つの条件にはまったのは1点だけ。
 ASICS SORTIE SUPERMAGIC

 さっそく、行きつけのランニングショップで取り置きしてもらい、駆けつける。
 これまで、ニューヨーク2110、2130と2代、使ってきたカスタムメイドのインソール「スーパーフィート」は、新しい靴用に、新調しようと思っていた。
 だが、このお店は良心的である。
 「少し、カットすれば入りますよ」
 そう言ってくれたので、その分の出費が助かった。

 このモデルのインソールは、アウトソールに張り付いている。
 剥がすのに15分ほどかかる靴もあるらしいが、この靴は割と簡単に剥がすことができた。
 その日、履いてきた2130からスーパーフィートを取り出し、カットして入れてもらう。
 これでもう、2130には戻れない。

 2008年6月1日発売
 2009年2月の購入価格は、14,175円。
 新製品でも2割引が当たり前のスポーツシューズの中で、珍しく値を崩さず、販売されている。

 サイズは、アシックス NEWYORK GTシリーズとほぼ同じか、少し小さめ。
 ナイキが27.5cmの場合、27.0cmというように1サイズ落とすのは、変わらない。

 ノーマル(2E相当)、スリム(E相当)、ワイド(3E相当)の3種類がある。
 これは、いつも通り、ノーマル。
 まだ、靴をよく知らない頃、幅が広ければ広いほどいいと思っていた。
 4Eの靴を履くと、いつも、疲れるのが不思議だった。

 前後、左右ともに、中で余る靴は、履いてはいけない。
 それに気づいたのは、靴コレクターとなって、50足目の靴を買った頃だった。

Ssm1

 帰宅して秤で量ってみる。
 およそ150g。これまで履いていた2130の半分以下。
 格段に軽い。

 この時、東京マラソンまで、あと6週間。
 左足に違和感が出たのは、ソーティスーパーマジックで走り始めた翌日だった。

次回は3月14日

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2009年3月11日 (水)

マラソン靴の常識を覆す新理論

東京マラソンを完走したい 【 18 】

 東京マラソンが6週間後に迫った時、靴を替えることにした。
 靴はランナーの生命線。
 それをレース前のこの時期に替えるという行動は、それまでの自分の辞書にはなかった。

 そのきっかけとなったのが、競歩選手 園原健弘が書いた
「正しく“歩いて”東京マラソン完走」単行本 - 2008年11月
 園原健弘は2005年から2008年の間に4冊の著書を出版している。

 マラソンの途に入った時、真っ先に靴を買いに行った。
 カタチから入る男だからだ。
 「ランナーズ」や「クリール」で研究して、田中宏暁教授が監修しているブルックスの靴に決めた。
 フォアフット着地を促す靴だ。

 だが、大手ランニングショップに行くと反対された。
 「マラソンを5時間以上で走る方ならば、ちょっとクッションが足りないかも知れません」
 売ってくれないというわけではないが、その時、こちらには反論できる材料がない。プロにそう言われると弱い。
 出直して、もう一度研究。

 二度めの買い出しでは、店員さんと僕の考えがぴたりと一致した。
 アシックスのニューヨークシリーズである。
 雑誌では「マラソン用シューズ売上ナンバー1商品」と謳われており、寄らば大樹の陰。無難な選択である。

 初マラソンと2度めは、ニューヨーク2110(2005年モデル)
 3度めは、ニューヨーク2130(2007年モデル)
 そして、4度めのマラソンとなる、東京マラソンも2130で走るつもりでいた。

 だが自分もいつかは、ジョギング寄りではなく、レース寄りの靴を履いて走りたい。
 それは、さらに走力を上げたうえで、5度めのマラソンでと考えていた。
 ただ、日々の走りで、いま一つしっくり来ない、重苦しいイメージがこの靴にはあった。

 そんな時、読んだのが「正しく“歩いて”東京マラソン完走」
 まさか、このタイトルを見た時は、この本で靴への考え方が変わるとは思っても見ない。

 そこには、およそ、次のようなことが書いてあった。

(意味を損なわぬよう、要約して引用)
 初心者には重くて厚底の靴。
 トップアスリートには軽くて薄底という、商品構成ができあがっている。
 だが、厚底のほうがバランスが悪く、ひざや腰の歪みが助長される。
 私は、初心者にも薄底の靴を勧めている。
(引用、終わり)

 およそ4ページに渡って展開されている、靴についての筆者の持論に膝を打った。
 マラソン、ジョギング、ウォーキング、テーピング。その類の本を100冊以上読んできたが、靴について、この論理を展開しているのは、園原だけだ。

 これは、ぜひ試してみたい。
 だが、5度めのマラソンは来春。まだ1年もある。
 幸い間近に迫った東京マラソンならば、制限時間が7時間と長い。走力にも余裕があり、少々冒険ができる。
 やるならば、今だ。

 思い立ったが吉日。
 すぐ靴の選考に入った。

次回は3月12日

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2009年3月10日 (火)

内部統制なんて、ろくでもない。

 今日もまた、内部統制である。
 「内部統制の遵守をお願いします」というのは、もう言い飽きた。

 現場を営業で回っている人からみれば、バカいっちゃいけないよ、である。
 もの作りをしている人からすれば、いいよなぁ、そんなこと言ってて、仕事になるなんて、である。

 内部統制は、そもそも、米国企業の不祥事が元で、米国で生まれたもの。
 その「内部統制」活動で、たくさんのIT企業が「内部統制システム」を作った。
 よし、これを、日本にも売りつけようということになり、日本政府に働きかけて、関連法を整備させた。

 ・・・と、筆者は考えている。
 「意見」には個人差があります。

 法律が決まったから、内部統制である。
 監査法人というところから、監査員がやってくる。
 監査法人といっても、民間企業。営利の商売である。

 監査員は、書類をひっくり返す。
 あれを出せ、これを出せという。
 そして、ここにハンコがない。この手順が漏れていると、重箱の隅をつつく。

 監査員に指摘されると、各部署に配置された「内部統制」担当者は、錦の御旗を得るのである。

 「監査法人の指摘です。ご協力をお願いします」
 そう言うだけでよい。

 なぜならば、会社は内部統制を始める前に、説明会を開き、社員から漏れなく「同意書」をとっているのだ。
 一筆とられているから、社員は弱い。
 違反したら、評価に[×]をつけられてしまう。

 それにしても、手続きのための、手続きが増える。
 社員が皆、手続き上手になる。
 内部統制をやれば、皆、エクセレントな社員に生まれ変わる。

 しかし、エクセレントになっても、売れる物を作ること、売れない物でも売ることとは、何ら関係はない。
 どこまでいっても、内部統制は、管理部門の「管理ごっこ」の域を出ない。

 上場企業の会計監査制度の充実、内部統制の強化を求める法律が金融商品取引法。通称SOX法。

 2002年7月、米国でサーベンス・オクスリー法(SOX法)が成立。
 2006年6月、第164通常国会で金融商品取引法が成立。
 2008年4月、金融商品取引法施行
 上場企業はこの時点で、SOX法に対応したコンピューターシステムを稼動させる必要がある。

 2009年3月末、2008年度末のこの日、金融商品取引法に対応を完了していることが求められる。

 2006年から大々的に宣伝を始めた日本のIT企業があったが、果たして並み居る列強システムを相手に「お任せあれ~」と言い切れたのだろうか。



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2009年3月 9日 (月)

「分社」と「持ち株会社」

 「持ち株会社」とは、経営を目的として、ある会社の株式を保有する会社のことである。

 会社を事業ごとに分割、分割した各社の株式を「持ち株会社」が持ち、経営判断、一般管理部門を共有することを「分社」という。

 1977年の法改正で「持ち株会社」が認められて以来、分社経営が行われるようになった。
 独占禁止法による「持ち株会社」の定義は次の通り。
「取得株式総額が、総資産額の50%超を保有する会社」

 分社のメリット

■一般管理部門が共有できる。
 各部門にいた庶務、経理、総務、パソコン担当などの人員を持ち株会社に置き、各社で共有する。

 会社経営という視点からみた、分社のメリット

■不採算部門をやめることが容易になる。
 それぞれの会社が独立しているので、責任の所在が明確になる。
 会社が一つのうちは、不採算部門は「赤字部門」と呼ばれる。
 分社すると、これが「赤字会社」になる。
 赤字が続けば、企業はその存在価値を失うので、その会社はつぶれることになる。

■社員の目が覚める。
 「赤字部門」の社員の中には、赤字が続いているのに、なんの疑問も持たない社員が多い。
 「自分のせいではない」「自分は希望してここにいるのではない」と、けつをまくっている社員は少なくない。

 だが、分社して「赤字会社」になると、そんなことは言ってられなくなる。
 黒字にしないと会社はつぶれる。それは、自らの雇用がなくなるということ。
 そうならないよう「赤字部門」だった人たちは「赤字会社」になってはまずいので、必死になる。
 こうして、ぬるま湯につかっていた社員の目が覚める。
 これが、分社する最大のメリットである。

 「持ち株会社」には2つの種類がある。
■純粋持株会社:他社の経営を本業とする。
■事業持株会社:本業がある。

 持ち株会社は、○○ホールディングス という名前が多い。
 金融持ち株会社は、○○フィナンシャルグループ という名前が多い。

 「持株会社」ではなく「持ち株会社」と表記することが多い。
・キーワード「持ち株会社」でのヒット数
 Google 1,260,000
・キーワード「持株会社」でのヒット数
 Google 521,000
2009年3月現在

 分社は、経営者にとってはメリットが大きいが、従業員にとっては功罪相半ばである。
■黒字部門の会社は、投資の自由度が高まる。
 赤字部門にお金を回さなくて済む。

■赤字部門の会社は、じり貧になり、解散の危険もある。
 会社全体が不振を極めているから、分社化するのであって、その中での赤字部門は、大変に苦しい経営となる。

■ヨコのつながりはなくなる。
 日本的な村社会、家族的な会社としての、つながりは薄れる。
 特に20代の社員はドライで、一般管理を担う会社への冷たい態度が露骨になる。
 ただし、持ち株会社に移行せざるを得ないような会社は、元々、ヨコの連携が薄いものであり、そういう観点では、あまり変化がないとも言える。

■労働組合は、会社との交渉戦術を見直す必要がある。

 1997年の独禁法改正当時から数年の間に「持ち株会社」の制度を解説した本が多数出版された。
 だが、その後の11年では、持ち株会社の内部から、その体験談を綴った本は見あたらない。
 くだらない内部告発の本は要らないが、持ち株会社に移行する内情を切々と書いた本ならば、読んでみたい。



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2009年3月 8日 (日)

デコとFAカップ

 明けて2009年1月3日FAカップ3回戦 サウスエンド(home) △1-1

 FAカップは英国サッカー協会が主催する、イングランドとウェールズのフットボールクラブによるカップ戦。

 FA=英国サッカー協会は1863年創設。
 サッカー協会として最も歴史が古い。
 その創設と共に、国内リーグの「プレミアシップ」~1992年からはプレミアリーグ~が始まった。
 その8年後、1871年に始まったのが FAカップ。
 これも、フットボールのカップ戦としては最も歴史が長い。

 最多優勝:11回のマンチェスター・ユナイテッド
 対戦方式:1試合きりのノックアウト制。引き分けの場合は1試合に限り再試合。再試合が引き分けの場合は、延長戦、PK戦へと進み、決着をつける。

 直近3シーズンの優勝クラブ ( )内数字は優勝回数

2005-06
第125回大会 リバプール (7)

2006-07
第126回大会 チェルシー(4)

2007-08
第127回大会 731クラブが参加 ポーツマス(2)

 そして、2008-09シーズンは、第128回大会
 FAカップと同様の大会は、日本では「天皇杯」
 スペインでは「国王杯」=コパデルレイ
 相互に、どちらが上とか下という格付けはない。

 ただ、バルセロナがコパデルレイに出場させていた選手と、チェルシーがFAカップに出場させている選手の層を見比べてみると、感じる違いがある。
 FAカップは、英国のクラブチームにとって、とても大切な大会のようだ。

 年を明けて始まる、FAカップ3回戦から、プレミアリーグのクラブが登場する。
 テレビ中継も1月3日より、Jスポーツが一部の試合の中継を始める。

 試合終了間際に追いつかれたため、規程により、再試合が 1月15日(木)に組み入れられた。

 デコにとっては、出場すれば 初めてのFAカップ。
 だが、その初戦は、ベンチにも姿は無し。
 テレビ中継もなし。

 結局、この後も、デコはFAカップに縁がない日がつづくのだった。

*デコブログは、毎週日曜日に連載しています。

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2009年3月 7日 (土)

皇居RUNは終わっている

東京マラソンを完走したい 【 17 】

仲間と、皇居RUNである。

水曜日の皇居は大渋滞だと噂にきいた。
週の中日ということで、週に一度のノー残業デーに好適な曜日なのだろう。
ゆえに、水曜日を外して企画する。

2月後半から、雨の街になった東京は、冷たい雨の夜がつづいていた。
ただ、その日は朝から雨があがり、日が落ちてもなお暖かい。
日頃の行いのよさを、喜ぶ気持ちが半分。
人出が多くなければいいが、という不安な気持ちが半分。

残念ながら、悪い予感がみごとに当たった。
19時を回った皇居外周道路
推定ランナー数: 1000人

マラソンレース当日、スタートして1kmあたり並の渋滞だ。
これだけ人がいると、逆走する人も、ちらほら。
「皇居は左周り」という規則があるわけではないが、ランナーは正面から来る逆走者と、行き違うことに慣れていない。
流れに沿って走っている人は、ストレスが溜まる。

着替え場所に選んだ「稲荷湯」も、めちゃ混み。
このところ、雨がつづいていたこと。東京マラソンが間近に迫っているためか、今日は特別混んでいるのだという。

脱衣場が混むのは織り込み済みとしても、参ったのは、靴が仕舞えなかったこと。
下足箱があるのだが、一般客が靴を入れられなくなるので、ランナーの皆さんは入れないでと言われた。
仕方なく、そこらに脱ぎ散らかし。
入り口には、ほとんど見分けが付かないような、ランニング・シューズが 100足並んだ。

誰かと一緒に走るということは、難しい。
仲間といっても、都合よく、1km7分台でのんびり走る仲間だけが、周囲に集まるわけではない。
1km5分台の人、6分台の人、ペースは千差万別だ。
1周めは 5km 30分強で、なんとか着いていったが、2周めは先に行ってもらった。
他のメンバーは、2周めは 5km 25分で走ったと、後で聞いた。

ペースの違う人と集って走る企画は、単なるレクレーションであり、マラソンに向けた調整ではない。
ただでさえ、寒い夜に走り、風呂で湯冷めして家路につくなど、常軌を逸している。
レースを控えた、この時期に企画したことが、間違っていた。

数十人のランニング・チームで走りに来た人たち。
老若女性ランナー。
それらの人が、快適かつ、安心して走れる皇居に集まる気持ちはよくわかる。
だが、それ以外の人はどうか。

女性だけで走る人が、安心して走りたい!
皇居はそういう場所になった。
それ以外の人にとっては、渋滞の皇居で走るという企画が、もう終わっていると感じた。

次回は3月11日

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2009年3月 6日 (金)

楽しく走るためにVICS

 音声認識マイクは、ドコモの携帯電話に、初めて搭載された時に使った。
 最初のうちは、どの程度、正確に動作するかを試していたが、機械に向かって独り言をいうということへの抵抗が消えず、すぐ使わなくなった。
 それを根気よく使うのは、ガンダムなどのモビルスーツ・ファンだけだろう。

 フィルムTVアンテナ付きで出品されているケースは希。
 フィルムTVアンテナを別途、単品で購入すると 1万円を超える。
 クルマの中で、テレビを見るという機会はそれほどない。

 説明書は、自分用としては、あった方がよい。
 ただ、業者に取り付けを依頼する時、提出を求められることはない。
 HDDナビは、とにかく機能が多い。
 説明書があれば、自分が予想もつかないような発見がある。

 中古ナビが、説明書付きで出品されていることは希。
 説明書単品で出品されていることもあるが、複数の希望者がいて、いつも 3,000円を超えてしまう。
 ただ、実際に説明書なしで使っていても、走っていて、困ることはない。
 機械には「おすすめ機能デモ」が付いていて、エンジンを指導すると、時々デモが始まる。
 デモが始まった時は、しばし、発進を延ばして、そこで学んでいる。

 一つだけ、オプションでつけたのが、VICS。
 のど飴ではない。

 VICS
 道路に設置されている渋滞感知機から、道路情報をクルマに知らせる仕組み。
 必要な備品は、VICS対応カーナビと、アンテナである VICSビーコンユニット。

 利用料金は、無料。
 必要な機材を取り付けていれば、それ以上にランニング・コストはかからない。

 VICS対応カーナビであれば、後からVICSビーコンユニットを買い足して付けることもできる。
 ビーコンユニットはメーカーごとに規格が違う。
 同じトヨタでも、2005年モデルと 2006年モデルでは、コネクターの形状が変わっていた。
 VICSビーコンを買う時は、販売店に出向き、カーナビの型番を告げて買うとよい。
 ヤフオクで少々安く買っても、使えなければ、なんにもならない。

 渋滞情報を受信すると、渋滞している道がカーナビの画面に表示され、回避ルートを提案する。
 ただし、情報の反映が遅い。
 順調な流れを示す「青ライン」なのに、びくとも動かない渋滞ということもあったし、渋滞を示す「赤ライン」なのに、順調に流れていることが多い。

 HDDナビには、たいていVICSに対応していて、さらに独自の渋滞対策機能がついている。
 VICSビーコンをつけなければ、その独自機能も使えない。
 これを活かすために、VICSはつけたほうがよい。
 VICSをつけると、日々の走りが格段に便利になる。
 渋滞が地図上に表示された画面を眺めていると、社会基盤が整った先進国に暮らすことを実感できる。

 VICSビーコンの実売価格は1万8千円。その取り付け工賃混みで 2万円の出費。
 渋滞にはまるのが生き甲斐という人以外は、その出費に見合う快適さが手に入る。

 仮に、カーナビを7年使うとする。
 1年前、新製品のカーナビを買って7年使うのと、
 今、1年型落ちのカーナビを買って6年使うのは、実際は同じこと。

 今、新製品のカーナビを買って6年使うとすれば、機能は多少アップするが、さほど劇的な差ではない。

 新品は25万だが、1年落ちは10万。
 きちんと調べて、根気よく探し、的確に手配ができれば、15万円が浮くのである。



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2009年3月 5日 (木)

カーナビを中古で安く買って、取り付ける方法

 カーナビを買うならば、HDDモデルに限る。

 初めてのカーナビはCDだった。
 これはこれで十分に便利だったし、カーナビはCDでも十分と思っていた。
 だが、やはりHDDは違った。
 HDDは便利なうえに楽しい。

 ところが、HDDモデルは高い。
 DVDモデルならば、元値 10万円台で出ているが、HDDとなると 20万円を超える。

 そこで、中古の出番。
 新品で買うと総額25万円ほどのHDDナビが、1年落ちの中古ならば、総額 10万円前後で取り付けられる。
 カーナビを中古で安く買って、取り付けるまでの手順をまとめた。

▼機種を選び、型番を控える
 ここでは、1年~2年落ちのHDDナビを選ぶ。
   ↓
▼ヤフオクでアラートに登録。監視して相場を見極める
   ↓
▼ヤフオクで落札する
 中古カーナビの相場は右肩下がりではない。上下動を繰り返すので、待てば待つほど安く買えるわけではない。予算を決めたら思い切って買う。
   ↓
▼付属品 ※1 をディーラーやカーショップで調達する。
   ↓
▼ディーラーやカーショップに取り付けを依頼する。
 ディーラーでは2万円強。カーショップでは1万3千円より。

 中古販売のナビを出品する人が
「カプラオンで接続」
と書いているのを、よく見かける。

 これは「コネクターを、カー用品に挿し込んで接続する」という意味。
 coupler on
 カプラオンではなく、正しくはカプラーオン。

 ケーブルのビニルを剥いて銅線を出したりすることなく、コネクターを挿し込むだけだから簡単!という意味合いで「カプラオンで接続可能」というように使う。
 ただ、そう謳っていても、カプラオンであることは魅力ではない。
 カプラオンだからと言って、ケーブル等の付属部品が全く不要ということはないからだ。

※1
 中古カーナビは「本体」のみで売っていることが多い。
 取り付けるために必要なものを列記すると・・

・説明書
・GPSアンテナ
・音声認識マイク
・車速取り出しコード
・各種センサーのコード
・デジタル対応フイルムTVアンテナ
・デジタル対応アンテナセレクタ
・導電性テープ
・クッションテープ
・両面テープ

 ただし、この中で絶対に必要なのは、
・GPSアンテナ
・車速取り出しコード
 の2点だけだ。

つづく


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2009年3月 4日 (水)

東京マラソン 170万人のうちの3万人

東京マラソンを完走したい 【 16 】

 第3回東京マラソンまで、あと18日。

 TOKYO BIG MARATHON FESTA
 東京の都心でおこなう、市民がたくさん参加するマラソン。
 世界中でもっとも多い落選者を出す市民スポーツ大会でもある。

 第1回は 5万人
 第2回は10万人
 第3回は20万人

 世知辛いこの世の中にあって、参加費1万円を払いたくてうずうずしている人を20万人も断るなど、ずいぶん贅沢な話だ。

 2007年2月、第一回のテレビ中継と新聞報道を見た素人は、5つのことで驚いた。

1,走っている人が多い 25,000人
2,42kmも走るのに、皆、笑っている ~しかも当日スタート地点は雨~
3,マラソンで落選がある ~走りたくても、走れない人がいる~
4,完走率が高い 97%
5,参加費が高い 1万円

 僕は、この時点でマラソンを走った経験があったので、上の5つでは驚かなかったが、次のことに驚いた。

 沿道の応援 138万人
 イベント込み 178万人

 沿道の応援まで発表するマラソンが、他にあるのかを調べてはいないが、他を圧倒する、驚異的な数字だ。
 そして、その数は第二回大会ではさらに増えている。

 沿道の応援 166万人
 イベント込み 226万人

 仮に 2009年3月22日の第三回も、同じ数字だとした場合、
 3万人のランナーを 166万人が応援することになる。
 ランナー 1人あたり、55.3人。

 ・・ 電卓たたいたら、意外としょぼい・・

 さて、その第3回東京マラソンに、
 2度めの応募で、初めて当選通知をいただいた。
 東京マラソンを知る人は、口々にそれを「すごいね」と言ってくれる。
 競争率が高いことが、浸透しつつあるのだ。
 23万人の中での 3万人。倍率およそ 7.7倍

 ・・・ いまひとつ、超難関というインパクトがない・・

 踊る阿呆に、見る阿呆、同じ阿呆なら、踊らにゃソンソン
 というが、僕は踊ることは嫌いである。
 人はそれぞれなのだ。
 でも目の前で、阿波踊りが始まると、やはり、見る阿呆には回れない。

 3月22日に路上を走る阿呆たちは、
 23万人の中から7.6倍で選ばれた 3万人でもあるが、
 その日、東京マラソンコース上にいる 170万人のうちの 3万人でもある。

 見る阿呆 166万人
 ボランティア1万人
 走る阿呆   3万人

 第1回はボランティア。第2回は見る阿呆。そして、今回は走る番。

 その路上での気持ちは、どんなものなのか。
 日が近づくに連れて、段々とわからなくなっている。

 抽象度が下がるほど、人は目の前のことが、見えづらくなるのである。

 次回は3月7日

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2009年3月 3日 (火)

ヘッドホン用語を整理した

 ヘッドホンを新調することにした。

 それまで使っていたのは、ウォークマンについてきたヘッドホン。
 音に不満はないのだが、LRのコードの長さが違うと、畳みにくい。
 それに、走っている時は、コードがおかしな揺れ方をして、かなわない。

 さっそく、webでヘッドホンについて、調べたところ、用語の使い方が、メーカー間や、ショップで統一されていないことがわかった。
 そこで、ヘッドホンを細分化して、用語を整理してみた。

【 スピーカー 】

■インナーイヤー
カナル、オープンエアが、インナーイヤーと表記されている。

 昭和40年代、ヘッドホンは肉まんを耳にかぶっているようなカタチをしており、完全に耳を覆っていた。
 ウォークマン登場前夜のヘッドホンも、オープンエアと言って、密封ではなくなったが、それでも耳を広く覆うものだった。

 ウォークマン登場以後、耳の穴に押し込むように装着する小型ヘッドホンが発売された。
 これが「インナーイヤー」である。

 ■カナル
 耳の穴を密封するように押し込む。耳栓式と表記することもある。

 ■オープンエア
 スピーカー部分を耳の穴にあてがう。
 ウォークマン登場時のヘッドホンが、このタイプ。

 ウェブサイトにより、言葉の使い方はまちまち。
 用語の使い方が入り乱れているのは、この「インナーイヤー」
 「密閉式インナーイヤー」と書いて、オープンエアを販売しているショップがあった。

 また、スピーカー部分を含む構造によっても、違う用語がある。

■耳かけ
 耳にひっかける部品がついている。

■オーバーヘッド
 2つのスピーカーがヘッドバンドでつながっていて、頭に乗せる。
 長時間、被っていると、髪の毛がぺしゃんこになる。
 インナーイヤーが登場した時、これなら髪型が崩れないとユーザーは喜んだ。

■大型
 耳を覆う。
 これが、いわゆる昭和のステレオヘッドホン。
 オーバーヘッド、モニタータイプと表記されることもある。

【 コード 】

■Y型
 左右の長さが同じ。プラグから出た1本のコードが、首の近くでY字に分岐する。
 畳みやすいし、コードがおかしな絡み方をしないのでよい。

■片出し
 プラグからLスピーカーまで1本のコードが出て、LスピーカーからRスピーカーへのコードが出ている。
 コードが絡まりやすい。収納の際、たたみづらい。

 コードの長さは、 50cm、60cm、100cm、120cmのものが多い。
 ソニー、オーディオテクニカの二社を精査したところ、長さは2種類に限定していた。

■布巻
 コードの表面が布。絡みにくいと宣伝している。

■首かけ
 コードを聴診器のように、首にかける。

【 機能 】

■コード巻き取り器
 収納の際に便利なようにということだろうが、手間が面倒だし、通常時は邪魔。

■ボリュームコントローラー
 コードの途中に音量調節スライドがついている。
 オーディオテクニカの製品を買ったところ、この機能は予想を裏切って、大変にすばらしかった。
 音量の可変域が広く、周囲の音を拾いたい時から、大音量でがんがん聴きたい時まで、カバーする。

 それ以外の専門用語に、エージングというのがあった。
 エージングとはヘッドホンの慣らし。
 ~買ってすぐのヘッドホンは音が安定していない。ある程度、音を鳴らしているうちに、そのヘッドホン本来の音に落ち着く。~
 ということになっているが、素人がおニューのヘッドホンを聴いても、さっぱりわからない。

 「**の牛丼は、味が落ちた」
 と言いながら、2つ並べて食べると、当たらない人がいるが、エージング云々を語る、自称オーディオ通も怪しいものだ。

 研究の結果、元値 4800円のオーディオテクニカ製品を買ったところ、驚くほど音がよかった。
 これまで、聴いていたヘッドホンの音はなんだったのかというくらいに違う。
 家電量販店に行くと、5万円もするヘッドホンが売っていて驚いたが、この軽くて小さい電気製品は、かなり奥が深いようだ。

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2009年3月 2日 (月)

漁業

 漁業とは、魚を獲る仕事。

 世界的な漁食人口の増大により、日本人にとって魚は庶民の食べ物から、贅沢品になりつつある。

 捕鯨再開の先鋒である小松正之は、いくつかの著書で次のように書いている。

「クジラは人間の3倍の魚を補食する。長年クジラを捕獲していないことによりクジラが増え過ぎている。クジラが魚を食べてしまうために漁獲高が減っている」

 2004年8月26日、農林水産大臣 亀井善之が「反捕鯨は鯨を、そして人類を救うか?!」という記事を小泉内閣メルマガ第152号に寄稿。クジラが人間の3~5倍の魚を捕食していることを紹介した。

 IWCの席で日本政府はクジラによる捕食について、各種データを"科学的な根拠"として挙げ、一部のクジラの捕鯨再開を主張をしている。

 さて一方、
 捕鯨反対の代表的な組織であるグリーンピースジャパン事務局長 星川淳は著書「日本はなぜ世界で一番クジラを殺すのか」幻冬舎 2007年3月 で次のように書いている。

「クジラが魚を食べ尽くしてしまうという主張をした時点で日本は墓穴を掘ったと言われた。少し生態学的な知識のある人ならたいてい吹き出すだろう。
 調査捕鯨の対象になるヒゲクジラ(クロミンククジラ、ナガスクジラ、ザトウクジラ)はみな、魚ではなくオキアミを主食としている。
 WWFジャパンの声明にもあるとおり、自然界のバランスはクジラと魚の2つの要素で単純に説明できるものではない。
 人間が地球環境に与えているすさまじい影響から目をそらしたまま、片方に激減する魚、もう片方に一部のクジラの胃袋で見つかった魚を比べて「クジラ害獣説」を唱えれば唱えるほど、捕鯨をめぐる日本の"科学"はますます信用を失っていくだけだろう。」

 小松正之は著書「これから食えなくなる魚」幻冬舎 2007年5月 で次のように書いている。

 日本がIWCの席で捕鯨再開を求めているのは「ミンククジラ」「ニタリクジラ」。資源量の少ない「シロナガスクジラ」の捕鯨は求めていない。
 ミンククジラは、スルメイカ、スケソウダラ、サンマ、カタクチイワシ、オキアミなどを大量に食べている。
 もちろん、クジラの増加だけが日本の漁業生産量を減らしているわけではない。第一に獲りすぎ、第二に沿岸が埋め立てや汚染などにより荒らされたこと、クジラの増加はせいぜい三番目だろう。

 小松と星川は対談しているわけではないし、互いを意識して書いたかどうかもわからない。
 ものごとは、違う立場の人の意見を読んで、整理してみると、おもしろいことに気づく。

 僕は今、自分の部屋にいて本とコンピューターの前にいるだけである。
 クジラのダンスも、北の国のオーロラも、この目で見ることはできない。
 なに一つ確証を持つことはできないが、一つだけ確かなのは、視点をずらそうとするトリック、相手を小馬鹿にする態度が不快ということだ。

【 漁業に関する時系列の記録 】

1977年
3月29日、日本が200海里漁業専管水域を設定。

1982年
7月23日、IWCで商業捕鯨一時停止を決議。事実上、国際的に商業捕鯨が禁止された。

1988年
日本が米国の200海里から閉めだされ、年間100万トンの水揚げがあった当地域での遠洋漁業ができなくなった。

2007年
アジア、欧州で回転寿司ブームが起こり、魚食人口が激増したことをメディアが取り上げ始めた。



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2009年3月 1日 (日)

コーナーキックの度に神に祈る日々

 12月28日
 プレミアリーグ19節 フラム △2-2 (away)
 Jスポーツ2が生放送。

 2008年の最終戦。
 中一日 49時間での連戦となる。
 この試合は、チェルシー史上 トップリーグでの3000試合め。

 故障で長期離脱していたリカルド・カルバーリョがようやくの復帰。
 デコはフル出場。
 前半は0-1 後半ランパードの2得点で逆転したが、89分にCKからの失点で引き分けた。
 このプレーから、チェルシーファンは、相手CKの度に、神に祈る日々が始まり、それは、スコラーリが解任される少し前まで続いた。

 1879年設立のフラムは、ロンドンに本拠を置くクラブのひとつ。
 22,000人収容のクレイブン・コテージは、チェルシーの本拠地である、スタンフォード・ブリッジにほど近い。

 2002-03シーズンからの2シーズン、稲本潤一が在籍したことで、その名前だけは日本のメディアに、頻度高く登場していた。
 稲本が2004-05シーズンから、ウェストブロムウィッチに移籍してからは、再び、なじみのないクラブになっている。

 「フルハム」と表記されることもあるが 「フラム」表記のほうが圧倒的に多い。

 Googleのヒットページ数
 フラム  261,000
 フルハム 72,600

1stユニフォームカラー:白 +黒のワンポイント
チェルシーは、awayのクレイブン・コテージでは、青い 1st ユニフォームを着用する。

国内タイトルを含めて、主要なタイトルをまだ一度も獲得していない。

 プレミアリーグは、18-20位の3チームが、2部リーグへ降格する。
 前年の2007-08シーズンは17位。
 ぎりぎりで、降格を逃れた。

 バルセロナで居場所を失い、新監督グラディオラには、メディアに向けて「戦力外」と言われた。
 ユーロでは、戦いの最中にスコラーリのチェルシー監督就任が発表されて歯車が狂い、意外なほど早い敗退。
 そのスコラーリの元に駆けつけたチェルシーでは、圧倒的な存在感を見せつけ、8月は月間MVP。
 その後は、大きな活躍がなく、徐々に注目されなくなっていく。

 デコの周囲がそれでもまだ静かだったのは、この時までだった。
 来る、2009年はデコが輝きを取り戻せるか、そのまま失うのか、剣が峰の年になる。



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