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2010年7月の31件の記事

2010年7月31日 (土)

「全部の旅」の先輩を発見!

「運行」は決まった。
次は「歴史」「車両」「旅行」「写真」の研究へ進む。
新幹線書籍を片っ端から読んで、お楽しみポイントを探していく。
過去4年分の「鉄道ファン」「鉄道ジャーナル」から新幹線記事をチェック。
旅を楽しむために、チェックポイントは多いほうがいい。

「写真」については、できるだけ多くの新幹線写真を見るようにした。
一眼レフの撮影は、脳内で揺らいでいた像をフレーム化する作業。
今回の旅は撮影ポイントが駅周辺、ホーム、車内、車窓に限られる。
その中で悔いの残らぬ記録が残せるよう、イメージの引き出しを増やしておく。

これら研究の成果は、これからの旅日記の中でご紹介していこう。

旅を思い立って39日め
研究も終盤にさしかかったある日、
この「新幹線・全部乗る旅」と同じテーマの文献を見つけた。

月刊誌「鉄道ファン」交友社
2006年9月号バックナンバー
記事名:新幹線全系列完乗 1Day Trip

八戸から鹿児島中央まで、全系列の新幹線に乗る企画。
さすが老舗雑誌。
東北新幹線、九州新幹線を含めていてスケールがでかい。

この企画で "完乗" している系列は以下の通り。

■八戸-東京
E2 → E3 → E4 → 400 → 200 → E1

■東京-博多(6系列乗車)
東京 700
新横浜 300
名古屋 500
岡山 0
福山 700レールスター
小倉 100

■新八代~鹿児島中央
800

この記事が書かれた2006年と現在の違い
・山陽に0系が走っていた
・東海道に500系が走っていた
・まだN700系がデビューしていない

東京-博多間で比較した場合、0系とN700系が入れ替わっているが、乗車する系列は同じく6車種。

0系とN700系が同時期に現役だったのは、2007年7月から2008年11月までの1年4ヶ月。
この期間が初代0系から最新型まで「7車種」に乗れた唯一の時期だった。

2011年3月には博多-新八代間が開通して「N700系7000番台=さくら」「800系=つばめ」が一本の線路上で乗れるようになるが、入れ替わりで「100系=こだま」が引退するため「新幹線・全部乗る旅」で乗れるのは7車種となる。

「新幹線・全部乗る旅」 旅日記は不定期で連載中です。
目次ページはこちらです。
100系 300系 500系 700系 レールスター N700系に一日ですべて乗る品川-博多の旅日記


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2010年7月30日 (金)

ロイズをいただきました。

ロイズをいただきました。

Royce 

新製品です。

「ロイズキャラメル」

一口たべてみると、それは予想していたのと寸分の狂いもないキャラメル味。

やはり、夏は常温では食感がいまひとつ。

2時間ほど、冷蔵庫で冷やしてみた。

すると、格段にうまくなった。

「ポテトチップチョコレート」ではいつもやっていることだが、キャラメルは特に冷やした方が美味い。

去年(2009年)5月には、2つめのラインアップとなる「フロマージュブラン」が出た。

コーティングがホワイトチョコレートに変わった。

贅沢そうなものを食べていると「お、リッチですね」とわざわざ言う人がいるが、フローマジュブランを食べた人は思わず、その言葉で独りごちてしまうだろう。

Royce2

ロイズは北海道土産として人気が高いチョコレート菓子ブランド。

■製造元:ロイズコンフェクト <本社札幌市>

■空港の売店
 新千歳空港ターミナルビル2F 第2売店

ロイズの歴史

1983年
ロイズコンフェクト創業

2002年
チョコレートをポテトチップにコーティングした「ポテトチップチョコレート」発売。190g693円

2006年
セブンイレブンで期間限定商品「ロイズチョコレートドリンク」発売。

2009年
5月、チーズ、ホワイトチョコレートをポテトチップにコーティングした「フロマージュブラン」発売。190g693円

2010年
5月、ポテトチップチョコレート「キャラメル」発売。190g693円

発売されている3種類を食べたなかでは、初代の「チョコレート」が一番美味かった。

WEBの通販で取り寄せることもできるが、やはりロイズはお土産でもらいたい。

ふるさとが北海道の皆さん、夏休みのお土産に頼みます。

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2010年7月29日 (木)

えきねっとで新幹線の希望座席をリクエスト

外郎の元祖はおよそ600年前、神奈川県小田原市の外郎家がつくった。
だが小田原の外郎はあまり知られてなくて、現在、外郎と言えば「名古屋」と答える人が多い。
10年前名古屋にいた頃、大須「ういろ・ないろ」はスーパーのレジ横で売られていた。
ナゴヤ人にとって、外郎は「あ、そう言や~買い置きなかったがね。一本買おまい」という存在なのだろう。

山口の外郎はあまり知られていないが、山口で育った者にとって「外郎と言えば山口」
もちもちの食感がたまらない、あの山口の外郎こそが外郎だと思っているので、初めて名古屋で外郎を食べた時 「羊羹だろっ!」とつっこんだ。

山口市の御堀堂は外郎の老舗。
そして、山口市の豆子郎は豆子郎の老舗。

毎年、墓参りの帰りに下関で探すのだが、なかなかお目にかかれない。
この2銘柄が新山口駅で売られているかを調べてみた。

御堀堂はキヨスクに売っていた。
豆子郎は駅コンコースに2店舗、それぞれ販売店があった。
荷物になるのであまりたくさんは買えないが、山口で生まれ育った母が喜んでくれることだろう。

「新幹線全部の旅」1ヶ月と1週間前
この日は、JR東日本が提供するインターネット切符予約サービス「えきねっと」の事前受付開始日。
正式な予約受付は「みどりの窓口」と同じく 1ヶ月前だが 「えきねっと」では、さらにその1週間前から事前受付をおこなう。
インターネットの方が、一般窓口より1週間早く申込みができることになるが 「切符がとれる条件は窓口と同じ」とJRは説明している。

えきねっとの概要
■入会金、年会費無料
■指定券だけ、乗車券だけでも予約できる
■予約して受け取らなくても全額とられる。

2009年6月より、シートマップ申込サービスを開始。
座席表から座席を選ぶことができるようになった。

事前申込み受付は、1週間前の同日(同曜日)5:30から。
W杯の結果を見届けるとすぐ、パソコンの前に移動。
事前にチェックして書き留めておいた手順どおりに、操作を始めた。

当日になって初めて画面を開くと、思わぬ落とし穴にはまることがある。
 事前登録が必要だった・・・
 使えるクレジットカードが限られていた・・・
 画面が迷路のようで、手間取っているうちに受付が終了してしまった・・・

そんなことがないよう、前日のうちに練習しておいた。
誤って購入確定ボタンを押してしまわないよう注意しながら。

【 事前申込み時 WEB画面操作手順 】
会員の予約手順
えきねっと

▼JR券申込

▼新幹線・特急列車の申込
 予約の照会・変更・払戻

▼ログオン
ID:****
パス:****

▼乗換案内から申込

▼時刻・乗換案内へ


出発地:**
目的地:**
日時 *月*日 **:**

▼「空席照会申込]
 申込み受付前は、このボタンが出ていない

▼事前購入登録へ進む

あとは人数、座席などの条件を入れていく。
「トクだ値」ボタンが表示されている場合、そちらをクリックすると割引切符を申し込むことができる。
*E席を指定した場合、E席に空きがないと予約は成立しない。

今日予約する 3つのダイヤのうち、リクエストが多そうな順に作業する。

1 新神戸-新山口 レールスター
普通車指定席(レールスターにグリーン車はない)
窓際を希望

2 新横浜-名古屋 N700系
車窓のみどころ「富士山」「ガンダム」はいずれも進行方向右側(山側)なので E列を希望

3 名古屋-新大阪 700系
普通車指定席
窓際を希望

予約1件に要する時間は 3分程度。あとは1週間後に届く、結果のメールを待つばかり。

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100系 300系 500系 700系 レールスター N700系に一日ですべて乗る品川-博多の旅日記


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2010年7月28日 (水)

「みどりの窓口」に出向いてしらべる

調査9日め

旅は臨機応変を楽しむ!
ということで、極力事前予約しないことを心に誓ったが、やはり考え直した。
お盆は新幹線が混んでいる。
なめていては、えらい目に遭うのではないか。

この旅は 品川から博多まで、1168.1kmの車窓を「撮り鉄」する旅でもある。
やはり窓際の席をできるだけ押さえておこう。
そう思い直して、極力予約を入れることにした。

6区間それぞれについて乗車時間を計算
最長は広島-博多の 1:59 (100系)
続いて新神戸-広島の 1:19 (レールスター)

2012年春には廃車となるため、これが最後の乗車機会となる100系に長く乗るのもいいが、この2便の乗車時間をあと少しだけ均等にしたい。
乗り継ぎ駅を広島より西の駅に持って来れないかを調べた。

レールスターひかり567号を広島で下りずに、次の停車駅 新山口で降りる。
後続の乗継列車は、広島から乗る予定にしていた 100系こだま749号。

結局、乗り換え駅が違うだけで列車は同じ。
広島ならば 29分、新山口ならば 53分
乗り換えの待ち時間が違うだけ。
広島でお好み焼きを食べるか、新山口で外郎、豆子郎を買うかの違いだ。
これはしばらく、保留にする。

調査10日め

初めから、気になっていた基本的な疑問があった。
「名古屋、新神戸で途中下車する場合、運賃はどうなるのか」
これを、JRみどりの窓口へ出向いて確認する。

「品川から博多まで新幹線で行くんですけど、名古屋と神戸で下りて観光したいんです。こういう場合、乗車券はどういうふうに買うんですか?」
「鉄道は途中下車できますから、通しで買えばいいですよ」

「指定券はネットで予約しようと思っているんですが、乗車券は通しで窓口で買ったほうがいいですか?」
「そうですね。そうしたほうがいいと思います」

こうして、乗車券は途中下車して、駅から出られることを確認。

つづいて、神戸での滞在時間を見直し。
「鉄人28号」撮影のため、新長田での滞在時間を 1時間48分とっていたが、写真を撮るだけには長すぎるので 0時間48分に変更。
新神戸からのリスタートを1時間早めることにする。

レールスター「ひかり」から 100系「こだま」への乗り換え駅は、新山口に決めた。
山口ならば、51分の待ち時間は短いくらいだ。

子供の頃、その姿に感動した 瑠璃光寺五重塔。
タクシーを飛ばして一目見に行くには、少し時間が足りないか。

新山口は「SLやまぐち号」の始発、終点の駅。
在来線1番ホームから発着している。
運行日は土曜・休日、ならびに春・夏休み期間。
その日は運行日にあたるが、津和野を 15:20に出た「SLやまぐち号」が、新山口に戻ってくるのは 17:04。
博多へ向かう「こだま747号」は 16:19 発。
残念だが、時間が合わない。

それでも新山口には「外郎」と「豆子郎」がある。

Toshiro

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2010年7月27日 (火)

ブラジルという国について 5分でわかる

ブラジルは経済が発展して注目されている。
成長が著しい新興国をひとくくりで言うことば BRICs にも入っている。

 

 

デコの母国はこんな国だ。

 

Federative Republic of Brazil ブラジル連邦共和国
ブラジルを表記するスペルは Brazil と Brasil の2通りがある。
英語表記では Brazil、ポルトガル語表記では Brasil とされている。

 

人口は1億8千万人。140万人の日系人が暮らしている。
面積は 851万平方km。日本の約22.5倍にあたる。
人口、面積共に南米大陸の半分を占める。

 

国境をベネズエラ、コロンビア、ペルー、アルゼンチンなどと接する。
大西洋に面している。太平洋には面していない。

 

経度により、国内で3つの時間帯を使っており、
日本(明石)との時差は 12~14時間。
首都のブラジリアとは12時間。
フルミネンセの本拠地であるリオデジャネイロとも12時間。

 

サッカーの試合開始時間は日本時間に直すと
4:00、6:30、7:30、9:50、10:30 とまちまち。
これにおよそ12時間を足す、つまり午前を午後に読み替えて、曜日を1つ戻すと現地時間になる。

 

土日の試合は午後4:00や6:30の早い時間帯。
水曜の試合は午後9:50、10:30の遅い時間帯が多い。

 

 

ブラジルの歴史

 

1494年
スペインとポルトガルによる世界分割の取り決め「トルデシリャス条約」で、地理的にポルトガル領に区画される。

 

1500年
4月22日、ポルトガル人のカブラル(Cabral)によって発見される。

 

1532年
ポルトガルによる植民が始まる。 ポルトガル支配が290年つづいた。

 

1822年
9月7日、ポルトガルから独立。

 

1889年
共和制革命

 

1958年
ブラジル代表がW杯初優勝

 

1960年
現在のブラジリアに首都を移転した。
世界中で首都を移転した事例はとても少なく、日本における首都移転推進者にとっては貴重な先例として扱われている。
ただし、その移転が大成功だったとは言い難い。

 

2014年
サッカーW杯開催

 

宗教は、国民のおよそ80%がカトリック。
通貨はレアル。

 

公用語はポルトガル語。
日本で発売されている解説書には「ブラジル語(ポルトガル語)」と表記しているものがある。
ブラジルでは、ブラジルで使っているポルトガル語を「ブラジル語」と改称する議論が過去にあったが、現在もポルトガル語という呼称を使い続けている。

 

スペイン、ポルトガル、ブラジル
共にサッカーが強い三国は過去の歴史において因縁深い。
2010年W杯では、ポルトガル-ブラジル、ポルトガル-スペインという夢の対決が実現したというのに、カルロス・ケイロスが台無しにしてしまった。

 

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2010年7月26日 (月)

うどん屋から出撃!キノコモルグ

【 しりょう きのこもるぐ 】
仮面ライダー2号を倒し、2週連続登場したショッカー怪人。
1971年9月11日、第24話「猛毒怪人キノコモルグの出撃!」で登場。
猛毒キノコの胞子で2号を倒してショッカー基地に拉致、電動ノコギリの処刑台に乗せた。
全国の子どもが不安で迎えた翌週9月18日、処刑台の一文字を滝があっさり救出した。

放映当時、怖すぎる顔で抜群の人気を得た割には現在、関連グッズが少ない。

HGガシャポンのキノコモルグは「死神博士恐怖の正体編」で商品化されている。
ところが、塗り行程が少なく、肝心の顔のできが悪い。
HGシリーズは同時発売点数のなかで、塗り工数が多くコストがかかるもの、塗り工数が少なくコストがかからぬものを混ぜて、予算のバランスをとっている。

「死神博士恐怖の正体編」は同時発売のイカデビル、死神博士、新1号ライダーキックの3点にコストがかかり、キノコモルグが手抜アイテムになっている。
キノコモルグの人気から言って、温存しておいてメインに持ってきて欲しかった。歴代HG仮面ライダーシリーズでは最も期待はずれの一品。バンダイベンダー部門の大きなミスである。

ステージ脇のうどん屋でキノコモルグは他の怪人と一緒におばちゃん相手にジョークを飛ばしていた。

「下関はふぐが美味いねぇ」だったか
「おばちゃん、ミス下関かね?」だったか、
記憶がないが多分どれも違うだろう。

ショーのシナリオは、ヒーローショーのお約束。
人質をとってライダーをおびき出すという設定。
作戦を仕切るのはゾル大佐だったような気がするが、テレビ出演していた宮口二郎でなかったことは確かだ。

ゾル大佐らしき幹部は、拉致の出撃部隊のメンバーを指名する際
「キノコモルグ、お前は顔が売れているからここに残れ」
と居残りを指示。
怪人は皆、同様にテレビに出ているのだから、露出度は同じはずなのだが、この作戦意図はひねくれ者の僕にも妙に納得できた。

「さぁ、みんなで仮面ライダーを呼ぼう。いっせぇの」
と司会のお兄さんが進行するような稚拙なショーではなかったが、一文字隼人はやはり登場しないまま、いきなり変身した仮面ライダー2号が現れた。

いまの子供達だったら
「はやっ」
「はやっ」
「はやっ」
とツッコミのユニゾンが聞けただろう。

仮面ライダーが30mジャンプしないことも、怪人が爆発しないこともわかっていた、僕らライダーっ子たちは、本州のはずれ下関にやってきた"目の前で動く仮面ライダー"の一挙手一投足を食い入るように見つめ続けた。

そんな僕を、微笑ましそうにのぞき込んでいてカズ兄ちゃんは、会場を出たところでアメリカンドッグを2本買ってきて、僕に一本くれた。
生まれて初めて食べるソーセージのドーナッツみたいな食べ物は、子供心に「一生、こいつは好きでいるだろうな」と思わせるに十分だった。

親戚の家に戻るや否や、キノコモルグをうどん屋で目撃したことの希少さを力説したが、親戚は誰も相手にしてくれなかった。
数十年の時を経た今、こうして、皆さんが読んでくれたことで、とても心が和んでいる。

HG ショッカー怪人リスト

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2010年7月25日 (日)

デコはまだかい? お先にベレッチ!

7月5日
セルソ・バロス フルミネンセ会長の談話をザ・ゴールが伝えている。

「デコが言っていたように、取引はかなり進んでいる。サラリーと契約期間については、すでに同意を得た。あとはチェルシーとの契約が解除となり、メディカルチェックをパスするかどうかだけだ」
「我々は水曜日に話をすることはないが、デコはチェルシーに契約解除を促すため、ロンドンに向かうことになる」

契約年数は2011シーズン終了までの 1.5年と推測する。
その間のシナリオはこうだ。

2010シーズンでカンペオナートの4位以内にはいる。
   ↓
2011シーズン、リベルタドーレス杯優勝。
   ↓
2011年12月、再び日本で開催されるCWCに出場。
その時、デコ34歳と4ヶ月。

冬の移籍市場で 再び欧州に戻るか、ブラジルで現役を続けるか。
あるいは、ポルトガル、日本・・ かつて、今後の可能性として言及したことがあるリーグへ行くか。
まだまだ、デコがグラウンドで球をさばく姿を見ていたい。

去年はインテルとデコがインテル移籍を望んだにもかかわらず、チェルシーの同意が得られなかった。
最後は新監督アンチェロッティの残留要請もあってチームに残った。
結果的には、その選択はよくなかった。

チェルシーは 2009-10シーズン終盤のプレミアリーグ優勝争い、FAカップ決勝といずれもデコを起用しなかった。
戦力外扱いである。
今回はすんなりと契約を解除してもらいたい。

7月14日
フルミネンセはチェルシーからジュリアーノ・べレッチを獲得した。
チェルシーとの契約は 2009-10シーズンで満了していたため移籍金なし。
契約期間2年。

7月14日
カンペオナート・ブラジレイロ W杯後の再開
フルミネンセはホームでバルエリと1-1で引き分けた。
8試合めにして、今シーズン初めての引き分け。
勝ち点16で3位は変わらない。

7月16日
ベレッチがフルミネンセの練習に参加。
フルミネンセ公式はこう伝えている。
「ベレッチには経験がある。彼は常にチャンピオンの位置にいた。
フルミネンセでもそうなることを願う」

ベレッチは1994年にカンペオナート・ブラジレイロのクルゼイロでプロデビュー。
2002年にリーガのビジャレアルに移籍して、欧州へ活動の場を移す。
その後移籍したバルセロナ、チェルシーではレギュラーポジションは取れず、試合終盤に交替で入ることが多かった。
2005-06チャンピオンズリーグ決勝も途中出場。
後半41分ラーションのアシストから優勝を決めるゴールを挙げている。
角度のない右サイドから放ったシュートをキーパーが取り逃がしたシーンを、今でも鮮明に覚えている。

2004-05から3シーズンはバルセロナで、
2008-09から2シーズンはチェルシーで
デコのチームメイト。

そのデコの移籍先として名前が挙がっていたフルミネンセのニュースをチェックしていたところ、ベレッチ契約の報が届いた。
デコとの縁がつづく3つめのチームとなるのか、あるいは、ベレッチ獲得で補強は打ち止めなのか。

去年に続き、今年もなかなかデコの去就が決まらない。

デコファンサイト

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2010年7月24日 (土)

旅は臨機応変を楽しむ!

「新幹線・全部乗る旅」は調査開始4日めで概要となる、ダイヤプランが完成した。

▼6:34 品川
 300系 ひかり501号
 6:46 新横浜着

▼6:49 新横浜
 N700系 のぞみ5号
 8:13 名古屋着
 ナナちゃん人形 ひつまぶし

▼10:25 名古屋
 700系 のぞみ211号
 11:16 新大阪着

▼11:33 新大阪 
 500系 こだま745号
 11:47 新神戸着
 鉄人28号観光

▼14:35 新神戸
 レールスター ひかり567号
 15:54 広島着

▼16:23 広島
 100系 こだま749号
 18:27 博多

新たな旅の方針をたてた。

■旅の方針4
極力、予約はしない。
臨機応変を楽しむ。

動かしようがないダイヤを除いて、事前予約はしないで旅に臨む。
乗り継ぎの旅は何が起こるかわからない。

ここ数日の調査中にも、何度か新幹線が止まっている。

・悪天候による遅延。
 2010年7月13日
 山口県岩国市玖珂町の雨量計が規制値の55mmに達したため、新岩国―徳山間で50分間、運転を見合わせた。

・障害による遅延
 2010年7月17日
 岡山駅西数百メートルの架線にシートが引っかかり送電が止まったため、相生―新倉敷間で1時間、運転を見合わせた。

・事故による遅延
 2010年7月22日
 夜間保守作業時、新神戸―西明石間の須磨トンネル内で、レール保守車両にトンネル保守車両が追突。始発から14時30分まで 8時間以上不通となった。

それ以外に、列車の故障ということもある。
100系、500系、レールスターはそれぞれ編成が独特のため、他の系列車両で代走することは考えにくい。
だが、300系、700系、N700系は、代走がきくよう座席数までぴたりと合わせてある。
300系を待っていたら、ピンチヒッターで700系が来た・・・
なんてことになれば、この企画が台無しだ。
そういうことだけは、ないことを祈る。

予約するダイヤは2本と決めた。

新横浜-名古屋 N700系
富士山を見るために、リクエストは E列。
E列ならば、ガンダムも見ることができる。

名古屋-新大阪 700系
前後の行程からして、動かしようがないダイヤ。
名古屋から広島は、最も新幹線が混む区間。
ここは押さえておく必要がある。

「新幹線・全部乗る旅」 旅日記は不定期で連載中です。
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100系 300系 500系 700系 レールスター N700系に一日ですべて乗る品川-博多の旅日記


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2010年7月23日 (金)

うどん屋で初対面のキノコモルグ

キノコモルグはリアルタイムで見た。
山口県の盆地に住んでいた頃のことだ。
といっても火曜の6時に数ヶ月遅れで再放送していたほう。
土曜の7時にやっていた最新の放送は電波の状態が悪くて、うちのテレビでは映らなかった。
今ならば、なんとか映るまで対策を講じるだろうが、子どもというのは諦めが早い。
不可能なものは、自分には縁がないものだと考えていた。

仮面ライダーを見始めたのが、キノコモルグの前編から。
友達の間で「仮面ライダー」というのが話題になっていて、初めてチャンネルを合わせたその日。
いきなり、ライダーが負けて処刑台に乗せられたライダーに電動のこぎりが迫る・・
というシーンで「つづく」
これで、一気に引き込まれてしまった。

ある日曜日、下関の親戚の家に遊びにきていた僕は、いとこのカズ兄ちゃんが「マリンランドにスケートに行く」という言葉に鋭く反応した。
サンデンバスで下関に向かう途中、下関マリンランドに「仮面ライダーショー開催」の垂れ幕が出ているのを見ていたからだ。

一生に一度、仮面ライダーをこの目で見たいと切々と親に訴える。
「あんなもん、つくりもんじゃないかね。カズちゃんに迷惑やろ」
親は相手にしてくれない。
だが、少年の心を忘れていなかったカズ兄ちゃんが
「ええよ。オレが滑るあいだ待っちょってくれたら、連れてったげるよ」
ということになった。

カズ兄ちゃんがアイスリンクで華麗なステップを踏んでいる。
時々僕に向かって手を振るのに笑顔で応えながら、今日はどんな怪人が来るのか。もしかして一文字隼人役の佐々木剛が来ていたらどうしよう。と妄想にふけっていた。

「腹へっちょるんやないんか?」
アイスリンクから引き上げてきたカズ兄ちゃんが僕に問いかける。
「おごっちゃるで、遠慮すんなや」
そうは言われたものの、連れて来てもらっただけで、もう一生この人には足を向けて寝られないと思っている。とても、それ以上の施しを受けるわけにはいかない。

「お菓子を買ってあげるから、着いておいで」
と誘われた子どもが誘拐された事件を新聞で読んで以来、僕は"タダほど怖いものはない"を座右の銘としていた。

うどん屋の友達の家に遊びに行き、
「motoちゃん、うどんしてあげようか?」
という申し出を固辞。
さらに「じゃぁ10円あげるから、お菓子でも買い」という申し出も拒否。
ひねくれた意固地な子どもだと思われたこともあった。

頑なに申し出を固辞する僕をしりめに
「ほいじゃ、オレうどん食うけぇ、ヨコにおり」
と連れられて入って行ったステージ袖のうどん屋。

なんとそこに、うどん屋のおばちゃんと談笑するキノコモルグ。
他に2~3人?の怪人もいたのだが、キノコモルグしか見えない。

「おばちゃん、天かす多めね」

とは言ってなかったが、間近でみるキノちゃん。
あまりの出来事に呆気にとられてしまい、サインももらえなかった。
ってもらってどうする。

キノコモルグにちなみ、来週につづく。

ど素人!仮面ライダー講座

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2010年7月22日 (木)

500系→700系→N700系 玉突きで決まっていくダイヤ

500系は新大阪 11:47発のこだま745号に乗るほかに選択肢がない。
神戸の鉄人28号は外せない。
残念だが、500系は新大阪-新神戸の1駅区間だけの乗車にする。

そこから遡り、名古屋-新大阪のダイヤを探す。
名古屋の滞在時間を極力長くとりたい。
新大阪での乗り継ぎ時間が短い のぞみ211号が700系なので、この区間を700系利用に変更。
N700系は品川-静岡へ回す。

3日め時点 旅の概要

▼品川
 N700系
 静岡着

▼静岡
 300系
 名古屋着
 ナナちゃん人形 ひつまぶし

▼10:25 名古屋
 700系 のぞみ211号
 11:16 新大阪着

▼11:33 新大阪 
 500系 こだま745号
 11:47 新神戸着
 鉄人28号観光

▼14:35 新神戸
 レールスター こだま567号
 15:54 広島着

▼16:23 広島
 100系 こだま749号
 18:27 博多  ハッちゃんラーメン

調査は品川~名古屋のダイヤを残すのみ。
品川-名古屋間は359km
品川-静岡は173km
できるだけ均等な距離を乗りたいので、乗換駅は静岡に決めて便を探す。
名古屋での滞在時間は2時間を確保する。
ところが、その乗り継ぎが組めない。
7:17静岡発300系こだま697号→8:40名古屋着
これに接続する品川-静岡の便がない。

品川始発は2年前に乗ったのぞみ99号
停車駅を見ると、この便は名古屋まで停まらない。
いや、新横浜には停まる。
2008年3月のダイヤ改正で、すべての東海道新幹線ダイヤは品川と新横浜に停車するようになった。

品川-名古屋の間に300系、N700系を乗りこなして、名古屋には8:25以前に着く。
この目的を達する唯一の組み合わせを見つけた。
乗り換え時間が3分とタイトだが、同じ線路を後ろから走ってくる電車との乗り継ぎ。なんとかなるだろう。

最後に、レールスターから乗り継ぐラストランナーの100系ダイヤをしらべる。

100系(下り)ダイヤ
ダイヤ   広島発 博多着
こだま747号 15:23 17:22
こだま749号 16:23 18:27
こだま751号 17:23 19:23
こだま829号 17:49 19:58

神戸の「鉄人28号」滞在に2時間を充てるとして、
広島で100系こだま749号に乗り継ぐことに決めた。



「新幹線・全部乗る旅」 旅日記は不定期で連載中です。
目次ページはこちらです。
100系 300系 500系 700系 レールスター N700系に一日ですべて乗る品川-博多の旅日記


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2010年7月21日 (水)

500系こだまのダイヤが「ゴマ鯖」への道を阻む。

「新幹線・全部乗る旅」調査は二日目に入った。
ここで新たな方針を決めた。

■旅の方針2
途中下車して、沿線も楽しむ!
なんだか「走る男」みたいになってきた。

名古屋と神戸で途中下車することを決める。
名古屋では11年ぶりにナナちゃん人形を見に行く。
ずいぶん見ていないから、あれから大きくなってアーケードを突き破っているかも知れない。
それから、駅の近くで櫃まぶしを食べる。

Otomo_2

かつて、大友があった頃の、大友の櫃まぶし

神戸では2009年秋に完成した鉄人28号の巨大モニュメントを見学。
これが今回の旅、最大のハイライトだ。

■旅の方針3
500系の写真を博多駅でゆっくり撮りたいので、
ラストランナーを500系にする!

博多に着いたら「鉄なべ」でゴマ鯖を食べたい。
3年ぶりに「ハッちゃんラーメン」にも行きたい。
天神散策もしたい。

17時 天神散策
19時 鉄なべ
21:30 薬院へ移動
22:00 ハッちゃんラーメン(22時開店)
22:55 JR特急「みどり」で佐世保へ

さて、このプランにぴったりの500系はあるだろうか。

500系(下り)ダイヤ

ダイヤ 博多着
こだま745号 16:22
こだま757号 21:58
こだま761号 22:50
こだま765号 23:18

これは参った。
博多プランを実現するには、広島を14:13発の 500系こだま745号に乗車しなければならない。
だが、それでは名古屋「ナナちゃん人形」、神戸「鉄人28号」に十分な時間が取れなくなる。

一方、こだま761号に乗り博多22:50着となると、佐世保行き最終電車(みどり31号 22:55発 佐世保0:35着)までわずか。
博多の美味いものを楽しむ時間がない。
高速バス「させぼ号」は、その前に終わっている(最終便 天神発22:30 佐世保0:34着)
そうなると、その日は博多泊まり。
街に出ても「鉄なべ」は店じまいの間際。
人気が高いゴマ鯖が残っている可能性はない。
22時開店「ハッちゃんラーメン」のためだけに一泊のホテルをとるのは割に合わない。

新大阪発西行きのこだまはすべて 500系で運行されているが、745号と757号の間は5時間も「こだま」がない。
これでは、今回の旅の日程が組めない。
ここで方針3を早くも撤回。
500系は広島以東に回すことにした。

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2010年7月20日 (火)

真逆

スポーツニュースで見慣れぬ赤のユニフォームが映った。
西武ライオンズである。
期間限定なのだろうが、変だ。
チームカラーの真逆ではないか。

こういう時に使うことばが「真逆=まぎゃく」

そんな言葉があるのか?
という人もまだ、いるかも知れない。

「まぎゃく」は「正反対」と同じ意味の形容詞。
1990年代後半に言葉が生まれ、2006年頃から頻繁に使われるようになった。

概念的に、対極の位置にいることを表す。
[用例]
「彼らは体育会とは真逆の人たちだ」

物理的に、180度の角度差を表す。
[用例]
「ここに、真逆から照明当てて!」

キーワード「真逆」でのヒット数

YAHOO! 3,250,000
Google 1,090,000
2008年10月現在

YAHOO! 8,690,000
Google 747,000
2010年7月現在

2004年の流行語大賞候補にノミネートされた。
時代背景、特定のできごとから発生したことばではなく、地道に普及しつつある。
2010年現在、主要国語辞典には載っていない。

最近では、2010年7月「佐野元春ソングライターズ シーズン2」NHK-E に出演したMr.childrenの桜井和寿が使っていた。

さて、西武の赤いユニフォームは、太平洋クラブライオンズ時代の復刻。
2008年から西武球団が毎年おこなっている「ライオンズクラッシック」という企画の一環。

時を同じくしてオリックスが「大坂夏の陣」として赤いユニフォームを着用している。

ソフトバンクも「鷹の祭典2010」として7月19日~21日の三日間、ヤフードーム全入場者に赤いレプリカユニフォームを配布している。


パリーグの全球団がリレーで赤いユニフォームを着るのかと思ったら、そうではないようだ。

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2010年7月19日 (月)

最近、東海道新幹線が殺風景だ!

最近、東海道新幹線が殺風景だ。

0系が引退
100系が引退
そしてこの2月28日、500系が引退
レールスターは最初から東海道を走っていない。

線路沿いを歩いていても、やってくるのは
300系
700系
N700系
3車種だけ

東海道の沿線はさみしい。
新幹線限定鉄道ファン、略して「新鉄」は、昔を懐かしんで暮らすしかないのか・・・

いや、待て
大阪から先にはまだ6車種が走っているではないか。
完全に姿を消したのは、2009年11月で廃車になった0系だけ。

だが、悠長に構えてはいられない。
2011年には博多-鹿児島間の九州新幹線が開通する。
これが、1975年に岡山-博多間が延伸して以来、36年ぶりの大きな転機となる。

九州新幹線では、新大阪-鹿児島間の直通運転が行われる。
(東京-鹿児島の直通便はない)

この直通運転用として、新開発のN700系7000番台が投入される。
そして、新型車の登場は、旧型車に引退を迫る。

100系が山陽新幹線から引退、廃車。
300系が東海道新幹線から引退。
レールスターがひかり運用からはずれて、こだま運用となる。

100系乗車
東海道エリアでの300系乗車
ひかりとしてのレールスター乗車
この3つに残された時間は少ない。

品川から博多まで、6車種をどう乗り継げばよいか。
「運行」調査に入った。

「100系ダイヤ」「500系時刻表」などのキーワードで検索したが、ぴったりのサイトはない。
ごくシンプルに、キーワード「新幹線時刻表」で検索。
そして、ヒットしたサイト「新幹線時刻表」
そのまんまのタイトルだが、このサイトは車種ごとにダイヤを調べたいというニーズにぴったり。

ここで1つめの方針を決める。

■旅の方針1
100系、500系、700系レールスターの3車種は、山陽新幹線(新大阪~博多)でしか走っていない。
残る300系、700系、N700系を東海道新幹線(東京-新大阪)の間でクリアする!

まずは「新幹線時刻表」で適当に行き先・時間の条件を与えてみて、ダイヤの概況を把握する。
N700系、700系、レールスター
新しい順に、この3車種は潤沢に走っている。

6車種制覇のためには、ダイヤが少ない100系、500系をどう乗るかがポイントになることがわかった。
これは想定の範囲内だ。

調査初日時点の「運行」計画

▼品川
  700系
▼静岡
  300系
▼名古屋
  N700系
▼新神戸
  レールスター
▼岡山 
  100系
▼広島 
  500系
▼博多

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2010年7月18日 (日)

ポルトガルの戦いは、まるで派閥争い

ロナウドがつばを吐いた。
W杯ベスト16、スペイン-ポルトガル戦直後のことだ。
それを、多くの人が批判した。

それが、どうしたというのか。
サッカーと野球の選手は、四六時中、つばを吐いているではないか。
つばを吐くのは「選手の権利」として、認められているのだと思っていた。

ロナウドがつばを吐いたシーンは生で見ていたが、サッカーのテレビ中継ではおなじみの光景であり気にも止めなかった。
それが後に問題視されるとは思わなかった。

つばを吐いたことと、会見を拒否したことを、元ポルトガル代表のルイス・フィーゴが批判している。
フィーゴは言う。
「キャプテンは常にチームを守る存在でなければならない」

フィーゴさん
あなたは、グラウンド上で一度もつばを吐いたことがないのか?
あなたもポルトガルのキャプテンマークを巻いていたが、どれだけ立派なキャプテンだったのか。
デコが代表入りした時、メディア経由で批判して、チームに溶け込ませないようにしたのは誰だったか。
監督の意向を尊重して、チームを守るのがキャプテンの仕事だと言うならば、あの言動はなんだったのか。
2006年W杯準決勝。
ロナウドのフリーキックからのこぼれ球にてんぱって、どフリーのヘディングをふかしたあなたを忘れない。
仲良しのケイロス監督の無能で負けたことを包み隠すために、ロナウドのキャプテンシーに問題をすり替えるのは姑息だ。

つばを吐いたことと「敗因は監督にきいてくれよ」とロナウドが言ったことを、ポルトガル監督のカルロス・ケイロスが批判している。
「お気に召さないならば、もう代表のユニフォームは着なくてもいいよ」
という趣旨の発言もした。
そして、ポルトガルチームの敗因については「スペインが格上だった」と評した。

スコアは 0-1
その1失点も、オフサイド見落としの誤審。
これがもし、アーセナルのベンゲル監督だったら、烈火のごとく怒り、審判をやり玉に挙げている頃。
ところが、こちらの敗軍の将は「もっと強くなって戻ってきたい」と、まるで FIFAランキング40位以下のチームが言うようなコメントを述べていた。

ケイロス監督は 2010W杯を「捨て試合」にしてしまった。
日本代表がそうであったように、たとえ 2週間前までどん底にあっても、監督が必死に手を打てば、選手は響くものだ。
なりふり構わず必死の采配をふるっていたのは、グループリーグ初戦 後半20分まで。
そこから後の試合は、なにがやりたいのか、さっぱりわからなかった。
こういうのを "選手の自主性に任せる"というのだろう。
メディアを通じて、彼の口から一度も「目標は優勝」という言葉が聞かれなかった。
今回のW杯を、意図的に悪い成績で終えようとしているようにも見えた。

ポルトガルの試合はまるで、ケイロス派と反ケイロス派の派閥争いを見ているかのようだった。
選手と監督が衝突して戦意を喪失したまま戦ったフランスチームと、何ら変わらなかった。
ユーロ2012で「強くなって戻ってくる」ことがもしあるとしたら、それは別の監督が率いるチームだろう。

ケイロス監督は辞任しない。
ポルトガルチームを応援する人々が哀れだ。

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2010年7月17日 (土)

100系 300系 500系 700系 レールスター N700系 一日で全部乗る!

100系、300系、500系、700系、レールスター、N700系
1日で6車種全部に乗ってみたい!
そう思いついたのは、6月10日、時の記念日。

夏休みを2ヶ月後に控えた6月
夏の旅を決めきれないでいた。

2008年は、前年夏にデビューしていたN700系の初乗りで
「N700系のぞみ99号で行く品川博多の旅」


2009年は高速が安くなったので
「高速1000円で行く東京-九州の旅」

そして迎えた2010年、イベント性のあるニュースといえば、神戸に「鉄人28号」ができたくらいだ。
ただ 「鉄人28号を見に行く旅」というだけでは弱い。
そうこうするうちに、何のプランも浮かばぬまま6月の声を聞く。

自分はなにをしている時、幸せを感じるのだろうか?
日々、幸せを感じる度、ノートに書き留めていて気づいた。
旅だ。
旅の「準備」をしている時は、特別な気分になれる。

旅は「準備」「実行」「回想」で三度楽しい。
恥を偲んでいうと、自分の回想録を読んで、四度楽しい。

楽しい時は、長ければ長いほどよい。
せっかく旅をするならば、早く準備を始めて、長くその時を味わわないともったいない。

6月10日、時の記念日
ついに妙案を思いついた。
「新幹線100系、300系、500系、700系、レールスター、N700系 全部乗って行く品川-博多の旅」
タイトルが長いので、以後は「新幹線・全部乗る旅」と記すことにする。
2年前は、のぞみ99号 N700系一本で行った道のりを、今度は6種類の新幹線を乗り継いで行く。

鉄道ファンはその人の嗜好によって
「運行」
「歴史」
「車両」
「旅行」
「写真」
「模型」
「駅弁」
に分かれている。これをしらべるでは鉄道ファンの7要素と呼んでいる。

男は鉄ちゃん、女は鉄子
「写真」の人は撮り鉄
「旅行」の人は乗り鉄
「駅弁」の人は食べ鉄

自分の場合は「新幹線限定鉄道ファン」略して「新鉄」

「新鉄」×鉄道ファン7要素を網羅する旅。
そうと決まれば さっそく、旅の準備。
まず初めに 「運行」の調査にはいった。

「新幹線・全部乗る旅」 旅日記は不定期で連載します。
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2010年7月16日 (金)

2010年5月の河村たかし

【 河村たかしを追っかけるがね 】

5月6日
河村たかしは市長に立候補した選挙での公約だった 軽ワゴン車での通勤を始めた。
それまでの市長専用車は黒塗りのセンチュリー。

河村たかしは、かつて「国会等移転特別委員会」の委員長に就任した際にも、委員長特権である「黒塗りのお抱え自動車」を拒否している。
委員長手当も拒否した。

ぜいたくなムダ使いに「No!」を言ったわけだが、
無駄遣いへの反対に反対の姿勢をとる民主党執行部により、即刻、委員長をクビになった。
民主党がまだ野党の頃である。

野党の頃から、無駄遣いの反対に反対だったのが民主党。
だから、2009年の総選挙前
「無駄遣いをあぶり出して、財源を掘り起こします」
と言われても、信じるほうが難しかった。

5月13日
名古屋市議会は、職員や教諭のボーナスを今年度に限り、平均7%カットする条例案を5月臨時議会に提出することを決めた。
これによって、河村たかしの選挙公約である「総人件費10%削減」が、達成される見通しがたった。

公務員の皆さんは大変だと思う。
だが "定年まで失業しないという安心感" は何物にも代えられないことを、あなた方が一番よくわかっているはずだ。

民間企業に勤める人は、自分の会社が定年まであるだろうか?という曖昧な不安を感じて過ごしている。民間は日々、もっと大変なのである。
ボーナスが7%下がっても、ボーナスが出ることに違いはない。
それでも文句があるならば、民間の人たちが「いつでも替わってあげるよ」と口を開けて待っている。

5月18日
河村たかしは会見で、解散請求(リコール)の署名集めを参議院選挙後に再開すると述べた。
リコール成立には 有権者の5分の1に当たる 365,000人の署名が必要だが、予断を許さない状況になっている。
果たして署名は集まるのだろうか。

署名が集まれば、名古屋発の市民革命となる。
それを機に劇的に、日本の政治が変わるだろう。

署名が集まらなければ、もう二度と日本に市民革命は訪れない。
河村たかしほどの人材でさえ、成し遂げられなかったという既成事実が残る。
日本人は「お上のおこぼれ頂戴社会」の存続を望んだと言うことになる。

「みんなの党」渡辺代表はぜひ、猛暑の名古屋に入って、署名集めに力を貸してもらいたい。

5月26日
河村たかしは会見で、参議院選挙に地域政党「減税日本」からの候補者擁立を検討していると述べた。
結果的に、所属政党である民主党に配慮して擁立は見送り。
愛知県は民主党が改選数3に対して2議席を獲得した唯一の地域となった。

河村たかしを追っかけるがねの過去記事は
http://silabel.o.oo7.jp/kyoyo/kawamura_index.html

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2010年7月15日 (木)

やっぱり夏は走るもんじゃない

第1回湘南国際マラソン
第3関門は31.3kmを4時間3分以内に通過しなければならない。

30kmのエイドを出るとすぐ折り返しの湘南大橋。
31kmの看板を過ぎて時計を見ると、制限時間まであと2分を切っている。
この時はまだGPSを持っていないので、自分が 1kmあたりどれくらいのペースで走っているかがわからない。
素人ほどGPSが必要なのである。

ずいぶん長い300mを走った先には閉鎖済みの関門があった。
手元の時計では制限時間を3分過ぎていた。
300mを5分かかったことになる。
1kmに換算すると16分超。
いくら31km走ってきた後とは言え、関門通過に向けて全速力で走っているのに 16分/kmはあり得ない。
31kmの看板位置か、関門の設置場所が31.3kmよりももっと先だったか、いずれかが疑わしかったが、GPSもなく確認する術はなかった。

それにしてもガス橋のラスト200mも長い。
いったいどれだけ走ったのかと思った頃、ようやく本部テントが見えてきた。
コース左側に狭く区画された「ゴール」塔へ進む。
帰宅してからGPSデータを確認すると、スタートからゴールまでは 8.28kmを表示していた。

ここは、オーバーランのしようがない、ほぼ直線の折り返しコース。
実際の距離は8kmより200m以上長い。
8km競技ゆえ、公認コースというわけでもないし、なにせ「健康マラソン」なので少々のことは誤差の範囲ということだ。

Gasbashi_course

スタート前に「飲物を冷やしておきますから楽しみにしていてください」という、遠足気分な案内があった飲物を受け取る。
ペットボトルのスポーツドリンクと缶入りサイダー。
2本くれるのは、マラソンでは経験がない。
それにしてもなぜ、サイダー・・

計画通り、帽子で顔を覆い草むらに大の字になる。

暑かったです
やっぱり夏は走るもんじゃない

日記の原稿を考えている。
2行以上思い浮かばない。
この大会から絞り出せる言葉は、この2行に尽きている。

先日のEKIDENカーニバルといい、今日のガス橋といい、ファンラン大会はぐっと年齢層が低い。
マラソンよりも20歳は若いと推察する。
いろいろなスポーツをやっている人たちが仲間で参加しているようだ。

Gas_07

11:00には「女子」「男子50歳以上」がスタート
男女でやってきた若者チームは
女子「(男子と)一緒に走っちゃダメかなぁ」
男子「待ってなきゃなんないし」
とぶーぶーいっている。
走路が狭いこともあり、一緒に走るのが嫌な人もいるということだろうか。そこのところは、よくわからない。

本部テントでは記録証のプリントサービスが始まっている。
記録は号砲からゴールまでのデータだけ。スタートラインを通過してからのネットタイムではなかった。

「うゎ、おそ」
「げ、はえぇ。やっぱり隠れて練習してたな?」
見せあいっこしたり、ハイタッチしたり、若者は「元気なスイッチ」が入っている。

そんな若者に負けないよう、ローソンで Pontaカードを使い、がんばったご褒美に九州名物「白くま」を買い求めたのだった。走った後はアイスに限る。

帰宅すると、ナカタさんから写真が届いていた。
「ガス橋の折り返しのところで見ていました。
 来ないなぁと思ったら突然現れたので、シャッター押すのに必死で、声援せずにスミマセン」

一眼レフでリアルに撮れている、へろへろの写真のお礼にこう書き添えた。

気温12度で走った長野の42kmよりも、
気温25度で走ったガス橋の8kmのほうがきつかったです。

ガス橋開通記念多摩川堤健康マラソン

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2010年7月14日 (水)

あの時以来の長い、長い200m

2度目の折り返しを終えて本部テントに戻ってきた。
ここで応援の中に知人を探す。
ガス橋の近くに住んでいるナカタさんが、カメラを持って応援に来てくれることになっていた。
マラソン大会を見るのは初めてという彼はきっと、人だかりがあるテント付近にいるだろう。
ところが、その姿は見あたらない。
まぁ、こちらから探し出せなくても、向こうから応援の声をかけてくれるだろう。

3kmまでは上り調子だったペースが、そこで頭打ちになった。
ここまで、前のランナーを追い抜くばかりだったが、
抜く人の数と抜かれる人の数が 2:1 になる。

「お茶を飲んでくださいよ」
件の清掃ボランティアたちはひと仕事終えたようで、主催者が給水を呼びかけている。

Gas_02_2

3度目の折り返し (上の写真でヤマハボートハウスと書いてある地点)
なんだかさっきより、遠くなった気がする。
こうなったらもうダメだ。
まさか、途中で歩き出すなんてことはないだろうな?
それだけはダメだぞ
自分に活を入れる。

3度目の給水機会
給水所のボランティアがビニル袋を構えて「紙コップはここに入れてください」と叫んでいるのだが、給水所に近すぎる。
それでは完全に立ち止まらないと飲み終わらない。
申し訳ないが、またも紙コップをコース上に捨てた。
給水所からせめて20m離れた所にゴミ箱を置くとよい。

本部テント前通過
次にここに帰ってくるときはゴールだ。
終わったら草むらに大の字になろう。
それだけが楽しみだ。
ナカタさんの姿は見付からない。
声もかからない。
恐らく、彼は今朝起きて「元気のスイッチ」が入らなかったのだろう。

4度目の給水をしっかり摂って
4度目の折り返し
手元のGPSを見ると7.8kmを示している。
あと200mで終われる。
もうどこにも余力はないのだが、少しだけピッチを上げた。

だが、ここからが長かった。
こんなに長い 200mを走ったことがない。
いや、湘南国際マラソンで第3関門を目指していた時もこんな感じだった。

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2010年7月13日 (火)

2010年7月13日、WindowsXP SP2のサポートが終了する。

2010年7月13日、WindowsXP SP2のサポートが終了する。

WindowsXP は、Windows2000の後継、Windows Vistaの前バージョンのOS。
2001年11月16日に発売された。
XPという名前は eXPerience に由来する。

システムファイルが誤って削除された場合、自動復旧する機能が付いた。
再起動したとき、自動的にCHKDSKが起動してファイルを修復する。

発売当時、その新機能を訴求するテレビCMが流された。
CMには複数のタレントが起用され、その中に佐野元春がいた。

異常終了に 「ちっ」と舌打ちする元春。
彼は既に「TDKカセット」「トヨタカルディナ」でCMに出演しており、彼がテレビスポットで映っていることに違和感はなかったが、マックユーザーの元春がWindowsのCMに出たことに驚いた。

HOMEとProfessionalの2種類がある。
家電店に売っているパソコンには HOME 、企業向けには Pro がプレインストールされていた。

HOMEには複数ユーザーやLANで使用するときのセキュリティがほとんどない。
Windows2000のように複数ユーザーで使いたい場合、LANで使う場合、すなわち企業では Professionalを選ぶ必要があった。
2000年台にはいって、一気にインターネットが普及したこともあり、やがて HOME は隅に追いやられ、出版される解説書や 情報ウェブページは Pro の解説が多くなる。

ただ、両者はコントロールパネルのメニュー構成が大きく違う。
Pro用に書かれた解説を見ても、ど素人の HOME ユーザーは戸惑うばかりだった。

パソコン普及は 1995年暮れに出た Windows95 に始まる。
Windows98、Me、Windows2000までは、Windows95 からのアップグレードができたが、WindowsXP では初めて Windows95からのアップグレードができなくなった。

不正コピー対策がとられたのもWindowsXP から。
インストールの際、ライセンス認証ウィザードでマイクロソフトの認証を受けないと使えない。
不正コピーがあった場合、マイクロソフト側が容易に発見できるしくみ。
認証を行わない場合50日間は起動できるが、それ以降は機能制限され事実上使えない。

Windows98 はインターネット黎明期に立ち会ったOS。
WindowsXP はインターネット普及期に立ち会ったOS。
ネット上には、さまざまな攻撃が登場し始める。
マイクロソフトは それに対して、Service Pack という追加ソフトを無償配布することで、対処し始めた。

2008年4月、Windows XP最後のサービスパックとなるWindows XP Service Pack 3 (SP3)の配布が始まった。
Windows XP Service Pack 2 で、安定した環境を享受していた企業は、ここでえらい目に遭う。
ユーザーが SP3 を入れた途端、
使用しているアプリケーションが動かない
USB機器が動かない
結局、ユーザーに対して、SP3をインストールしないよう お触れを出すことになった。

2007年 WindowsVISTA
2010年 Windows7

すでに、2世代あとの後継者が出ており、マイクロソフトは WindowsXP に幕を引こうとしている。

WindowsXP の販売は、2008年6月30日までで終了。
保守期間は2009年4月14日まで (有償延長で2014年4月8日まで)
2010年7月13日、Windows XP Service Pack 2 サポート終了

有償延長した企業は、あと4年弱 WindowsXP のサポートが受けられる。
だが、これまで禁止してきたSP2を 解禁しなければならない。
自社システム環境に存在する、あらゆるアプリケーションで SP3 が動くかを検証したうえで、ユーザーに SP3 のインストールを促す。

ところが、このインストールが一筋縄ではいかない。
順調に終わるパソコンでは20分ほどで完了する。
しかし、パソコンによっては "クリーンアップを実行しています"の段階に入ってから、数日かかることがあった。

Service Pack 2のサポート終了日と同日、Windows2000 のサポートも終了した。



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2010年7月12日 (月)

ガス橋マラソンと多摩川に集う人々の「元気のスイッチ」

10:00 号砲
スタートラインまでのロスタイムは、およそ40秒
最後尾でも1分くらいだろう。
周りのランナーが一斉にスタートダッシュをかける。
8kmという中途半端なレースに、いったいどんな動機付けをもって臨めば、そんなに意気込めるのか。誰かに聞いてみたかった。

設定ペースは決めていない。
無理をしないようカラダが刻むペースに任せる。
序盤は特に慎重を期して、ゆっくり入る。
ひと通り周囲のランナーのスタートダッシュが終わる。
すると、あれだけ大勢いたランナーが、周りには誰もいなくなった。
これは、いつものレースと同じパターンである。

スタートして1km
早くも猛烈に喉が渇く。
いつものように、自主給水のボトルを持ってくるんだった。

コース右側では野球、サッカー、様々なスポーツ大会。
コース左側ではボランティアの大きな集団がゴミを拾っている。
晴れた日曜日、いつもならば、パソコンに向かってしらべるやブログを書いている時間帯にも、こうして元気な人々が外で活動している。
「元気スイッチ」は一度入れてしまえば、へっちゃらなのだが、スイッチが入らない時は、元気な自分を想像しただけで「無理」だと思う。

そういう意味では、気温25度の炎天下、運動着を着て外を走っている自分は、一般的にはそうとう「無理」だ。

1.5kmほどで折り返し点がやってくる。
コースの距離配分が頭にはいっていないので、この時点でかなり脳が疲れている。
今日はマラソン大会の取材だとカメラを持ってきているので、ここは1枚押さえないといけない。

Gas_08

プライバシーに配慮してぼかしているのではなく、減速せずに撮っているのでぶれている・・

折り返すと、楽しみにしていた給水。
いつもならばトイレに行きたくならぬように、ひと口つけるだけ。
今日はコップ半分まで一気に飲んだ。
あたりにゴミ箱は見あたらず、飲み終えた紙コップはコース上に散乱している。

Gas_09

カメラで押さえようと思っていた画像は「折り返し」と「給水所」
だが、もう余力がない。
1枚ずつ押さえたので、あとは走りに専念することにした。

前方ランナーのペースが落ちてきた。
こちらは少しずつペースが上がっている。
いい展開だ。
終盤に追い抜きがつづくのは、とても気分がいい。

本部テントに戻ってきた。
ここで折り返して2周目に突入するのかと思ったら、通り過ぎてさらに進む。
さらに頭が混乱する。
ガス橋の手前まで行って2度目の折り返し。

ここには2つめの給水所が出ている。
「給水所は1箇所、周回コースなので給水は2回摂れる」
と周知されていたが、この日の天候をみて急遽追加したようだ。
結局、給水所は2カ所、4回の給水機会があった。
これは本当に助かった。
次回からも、2カ所で固定した方がよいと思う。

マラソン講座

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2010年7月11日 (日)

サッカーの勝敗は、なぜ監督によって左右されるのか?

7月7日
ベスト4
スペイン 1-0 ドイツ

ユーロ2008決勝で対戦した両チーム。
1-0というスコアもその時とまったく同じ。

耳にたこができるほど「美しいサッカー」と言われるスペインチーム
美しい?パスをする選手たちもさることながら、快進撃の要因は監督にある。

元スペイン代表選手サルガドがレキップに寄稿した記事を、読売新聞夕刊が連載している。
スペインのデル・ボスケ監督、ポルトガルのケイロス監督
レアル・マドリーで その両方の元で選手生活を経験したサルガド。
両監督に対する評価がおもしろい。

デル・ボスケ監督については
「怒ったところを見たことがない。温厚で選手からの信頼が厚い」
と、その人柄を絶賛。
ケイロス監督については人柄に一切触れず、戦術の評価だけを書いている。
「行間を読んでくれよ」という示唆にあふれた論説だ。

野球とサッカーを比較した場合、監督の資質が勝負の結果に与える影響は、サッカーが格段に大きい。

実際にプレーするのは選手であり、選手がチームの勝利のために働くチームが強い。
その動機付けをするのが監督の仕事であることは、両者同じである。

どの選手をどの場面で使うかを監督が決めるのも両者同じ。
だが、その影響の度合いが大きく異なる。

野球は競技が単純な分、選手の比重が高い。
投手は決まった位置から投げ、打者は決まった位置から打つ。
打つと、決められた直線上を 1塁、2塁、3塁と 決められた順に走り、得点を狙う。
その場で対処すればよい相手が1人(走者を含めても4人)に限られるうえに、試合の大半で時間が止まっている。
対戦成績、球種、癖など過去データを元に作戦を練る作業はシンプルかつ、時間にゆとりがある。

一方、サッカーは複雑かつ、迅速な判断が求められる。
自陣から敵陣のゴールにたどり着くまで、広いグラウンドのどこを通ってもよい。
そこには味方10人、相手10人がいる。
仮にパス4本でシュートまで行くとすれば、その選択肢は 9×9×9×9
6,561通りの道筋がある。
それぞれの位置に立ちはだかる10人の敵という要因を加味して、その中からたった1本、ゴールへの道筋を見つける。

それを見つけることができるのは、選手と監督。
特に監督は、より客観的な判断ができる場所にいる。監督が見つけて、布陣の変更、選手交代という2つの権限を公使した場合、ゴールにつながる確率が高まる。

どのスポーツにおいても監督という役割には、経験、知識、情報を元に現状を分析する能力が求められる。
ただ、複雑かつ、迅速な判断が求められるサッカーにおいては、その能力が勝敗を分けることが多い。

デル・ボスケは1999-2000からの4シーズン、レアル・マドリーの監督を務め、リーガ優勝2回、UEFACL優勝2回。
レアル・マドリーはデル・ボスケ退任後、UEFACLで優勝していない。

スペイン代表監督に就任したのは、前任のアラゴネス監督(デルボスケより12歳年上)がユーロ2008優勝後に退任した後。
今大会で優勝すれば、代表監督して初めてのタイトルになる。
W杯ではこれまで代表チームとして一つにまとまることがなく、ベスト8が最高だったスペインチーム。ここまで人心を一つにしたデル・ボスケの手腕はすばらしい。

スコラーリの退任後、ポルトガルにもこういう人材が欲しかった。
ポルトガルチームは、この次はいつ浮上できるだろう。
モウリーニョがレアル・マドリーで黄金時代を築いた後、ポルトガルを率いるまでの間、長い低迷期を過ごすのではないだろうか。

前回のW杯では共に退場して、デコと仲良く試合を眺めていたジオ。ジオバンニ・ファンブロンクホルスト、その人柄には特別なシンパシーを抱く。彼には現役生活の最後に有終の美を飾ってもらいたい。ここまで、判定の援護もなく自力で道を切り開いてきた NETHERLANDSこそが、W杯8番めの優勝国に相応しい。

欧州サッカー用語集

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2010年7月10日 (土)

6月はいちばん事故が多いです

スタート/ゴールは、矢口中学校そばの多摩川河川敷。
号砲が鳴ると、大会本部テント前を出て、東京湾の河口に向かっておよそ2kmを走る。
折り返して戻ってくると、スタート地点を通り過ぎて、ガス橋のあたりまで行ってまた折り返し。
大会本部テントに戻ってくる。
これで1往復。
それを2往復する。

Gas_02

受付会場前に掲示してあるコース案内を見ても、初めての人にはイメージがつかめない。

マラソンと比べると、格段に場の空気が緩い。
町の健康診断を待っているかのようだ。
9:40本部のテントで開会式が始まる。
これがまたゆるい。

Gas_05

「6月はいちばん事故が多いです。気をつけてください」
高い気温、高い湿度。
これならば、確かに事故が起きてもおかしくない。
恐らく開会式では毎年、同じセリフを言っているのだろう。

スタートの並び順は自由。
目標タイムによるブロック規制などはない。
タイム計測はスタートラインまでのロスタイムを含まない「ネットタイム」だろうと思い、のんびりとスタートできるよう後ろのほうに並ぶ。チップをつけているのだから、そう考えるのが自然だ。

号砲が鳴るまでの間、河川敷グラウンドの少年野球を観戦する。
ソフトボールと違って、野球の塁間は果てしなく遠い。内野手が少々ファンブルしても一塁は余裕でアウト。だから、子どもの野球は守備に尽きる。
ほとんどの失点はエラーがらみ。
エラーが少ないほうが勝つという野球だ・・・ そんなことを考えながら号砲を待つ。これからマラソン大会を走るという緊張感はみじんもない。

野球場とコースの間にはロープが張ってあり、主催者が「ロープから先には入らないでください」と散々言っているのだが、言うことを聞かない人は聞かない。
ランナーになった途端、すべての人が良識を手に入れるのではない。
仕方がないことだ。

そう考えているそばから、また1人ロープをまたいで川縁へ。立ち小便だ・・

Gas_06

上の写真はスタート前の風景。ランナーがスタートすると、この2つの「ゴール」塔がコース左端に設置される。周回コースなので、コース上に2周を終えてゴールするランナーと、1周のランナーが混在するためだ。

マラソン講座

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2010年7月 9日 (金)

ガス橋マラソンのTシャツは、ちょっとイカしている。

2010年6月13日(日)
天候:快晴
別にそこまで晴れなくてもいいのに、よく晴れた。

Gas_01

受付会場は大田区立矢口中学校
ナンバーカード引き替えはがきを出して、ナンバーカードと参加賞のTシャツをもらう。

Gas_03_2
サイズは事前申告ではなく、早い者勝ち。
過去、ネットには「希望サイズがもらえなかった」という書き込みがあったが、今回は各サイズ潤沢に準備されているように見えた。

参加賞Tシャツといえば普通は
「第50回ガス橋開通記念多摩川堤健康マラソン」
というネームが入っているものだが、この大会のTシャツには回数も大会名称も入らない。
主催団体の「多摩川陸上競技クラブ」のネームが入っているオリジナル。

二ヶ月前に出た「川崎ハーフマラソン」の時も同様に、主催団体のネームが入っただけだった。
あまりに芸がない 無地の白Tシャツ。すぐに雑巾に使った。

ところが、今日のガス橋のTシャツ、なかなかいかしている。
配色が渋いし、2枚生地の縫い合わせになっていて手が込んでいる。

Runt

ナンバーカードは1枚。
タイム計測用のICチップが、すでに裏側に取り付けてある。

更衣室は中学校の屋内。
女子には教室があてがわれているが、男子更衣室は廊下。
ウナギの寝床のような廊下でナンバーカードをつけて、走る格好に着替える。

Gas_04

荷物預かりはなく、貴重品預かりは100円。
裸で受付に持って行くと、コンビニ袋に入れてくれる。

ほとんどの人が、荷物を廊下に置いていく。
係員が常駐しているので、防犯精度は十分だろう。
それでも心配なのか、受け取った封筒とTシャツを手に持って走っている人が一人いた。

マラソン講座

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2010年7月 8日 (木)

山本昌邦のウルグアイ講座

7月3日
ベスト8
アルゼンチン 0-4 ドイツ

 

アルゼンチンの試合を見ていて不思議なのは、DFとFWの要になる選手を置いていないことだ。
スペイン戦におけるポルトガルのロナウドと同様、ボールを前戦へ運ぶのは、球が来なくて、仕方なく下がってきたFWのメッシ。
ただし、彼はゲームメーカーではないので広範囲を俯瞰した球捌きは望めない。

 

 

7月3日
ベスト8
パラグアイ 0-1 スペイン

 

この試合でも誤審が1つ出た。

 

前半41分
パラグアイのアエドバルデスがエリア内でボールを受けゴール。
これがオフサイドの判定。
リプレイで見たところ スペインのDFが残っておりオフサイドではない。
パラグアイは先制点を取り消されてしまった。

 

後半12分にはピケがフリーでシュート態勢に入っていたカルドソを引きずり倒しPK。
これをカシージャスが止めて、スペインはまたも先制点を防いだ。
このPKといい、スペインが蹴ったPKの仕切り直しといい、審判はルールを遵守して運用していたので、前半に起きた1つの誤審が悔やまれる。

 

ポルトガル戦では、オフサイド見落としで先制点。
パラグアイ戦では、オフサイドに仕立てて先制点の取り消し。
いずれも不労所得を得たのは「無敵艦隊」と呼ばれるチーム。

 

16世紀、威容を誇りながら実は無力であるスペイン艦隊を皮肉って命名された「無敵艦隊」というニックネーム。
だがメディアは、本当に"無敵"という意味で使っている。
決勝まで6試合のユーロでは確かに無敵だったが、決勝まで7試合を戦うW杯でも無敵となれるだろうか。

 

7月6日
ベスト4
オランダ 3-2 ウルグアイ

 

大音響のブブゼラがうるさくて、いやになる今大会。
その中でも最も、テレビの音声を消して聞くに値するのがこの試合だった。

 

「山本昌邦のウルグアイ講座」
オランダを卑下したかと思うと、刀を返さずにウルグアイを礼賛。
90分間 始めから終わりまで、ほめちぎり続ける。


山本昌邦は 次の試合でもウルグアイ講座を開講していた。NHKには「もっと山本さんのウルグアイ賛歌がききたい!」という視聴者の意見が多数寄せられたのか、この試合は途切れることなく、ウルグアイの礼賛が続いた。

 

ユーロ2008でドイツの肩を持ち続け、バラックが相手DFを手で突き飛ばしてゴールをあげると「まぁちょっとね」とご機嫌だった奥寺康彦を思い出した。

 

オランダが勝ち越し点をあげると「(オフサイドであり)あとで研究の対象になる」誤審だと言い出す始末。オランダが3-1とリードすると、糸が切れたように、しどろもどろになったところは、2008年ドイツが負けた途端、放送中に黙り込んでしまった奥寺康彦とそっくりだった。

 

いずれにせよ、一方のチームを熱狂的にサポートする解説は副音声でやった方がよい。
NHKのホームページによると、決勝戦の解説も山本昌邦。
視聴者は音声を他のメディアから調達するといった対策が必要かも知れない。スカパー!で見ている人がうらやましい。

 

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2010年7月 7日 (水)

2010年W杯のトレンドは「見落とし」と「手」

日本とポルトガルが同じ日に続けて負けて、長年の夢「日本対ポルトガル」は実現しなかった。
この先いつか実現する日が来ても、もうデコはいない。

6月30日
FCバルセロナのラポルタ会長が退任。
赤字が続き金庫が空っぽだったチームを、大幅な黒字チームにした功績は大きい。

スポーツディレクターのチキ・ベギリスタインも退任。
7シーズンで38人を獲得し35人を放出した。
デコはそのどちらにも入っている。

「バルサ、バルサ」と草木もなびく。
バルサに入りたい選手は後を絶たない。
「バルセロナに入りたい選手だけを獲る」
チキはかつて、日本サッカー雑誌の取材にそう応えていた。
その順風を活かし、次々に有力選手を獲っては捨てた。

それでも、さほど批判を受けなかったのは、メッシに代表される青田買い。
メキシコからドスサントス(プレミアリーグのトットナムへ移籍)イスラエルからガイ・アスリン・・・
それらの選手を "長期的視野に立ち、自前で育てている"という大義があったからだ。

7月1日
イギリス「デイリー・スター」に掲載されたデコのコメント
*ザ・ゴールより
「チェルシーが認めたらフルミネンセに行く。まだサインはしていないけど、自分の気持ちは伝えてあるよ」

去年は行きたいチームに行けず、結局はとどまったことが凶と出た。
今年は早く話がまとまることを祈る。

7月2日
ベスト8
オランダ 2-1 ブラジル

ブラジルがロビーニョへの縦パス一本で先制。
優位と目される側のあまりに早い先制に一気に興ざめした。

ところが、この試合には誤審がない。
誰も手を使わない。
主審は日本人の西村さん。
「決勝の笛を目指して試練ですね」
というアナウンサー。確かに彼が決勝の笛を吹くことになれば誇らしい。

試合が落ち着くと、ブラジルにオウンゴールという不運が待っていた。(後にスナイデルの得点に訂正)
追いつかれてからの「こんなはずじゃない」というブラジル人の表情が悲しい。

「あれはわたしの聖なる手が助けてくれたゴール」
コートジボワール戦で手でゴールを挙げたことを誇った選手を擁するチームが、W杯を後にした。

ベスト8
ウルグアイ 1-1(PK4-2)ガーナ

試合の映像を見る前に、讀賣新聞夕刊を見てしまった。
一面に載っている写真をみて
「あぁ、GKがふつーにセーブしている写真だな」
と思ったら・・

「W杯史上最高のセーブだと思う。今日は退場になったが、その価値はある」

延長後半に相手のシュートをGKの代わりに手で止め
結果的に勝利を得たウルグアイ、スアレスの談話が載っていた。

欧州プレーオフで手を使ったアンリは、一応反省しているようなコメントをしていた。
ところがスアレスの威風堂々とした態度はどうだ。
世界中が驚いただろう。岡田監督も真っ青だ。

2006年W杯では、ペナルティエリア内で自ら倒れる "自作自演PK" による1-0で勝つのがトレンドだった。
その後、2008ユーロからは疑わしきは罰せずとなり、自作自演PKは影を潜めた。
それに代わる今回のトレンドは「見落とし」と「手」

勝ち残ったチームの大半がその恩恵にあずかっている。

ゴール見落としのドイツ(イングランド)
オフサイド見落としのアルゼンチン(メキシコ)
オフサイド見落としのスペイン(ポルトガル)
手を使って勝ったウルグアイ(ガーナ)
( )内は敗れたチーム

21世紀に入ってから、このような不労所得で勝ち上がったチームは一度も優勝していない。
この時点でなんの不労所得も得ていないチームはオランダ、パラグアイのみ。
優勝はこのどちらかということになる。

デコファンサイト

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2010年7月 6日 (火)

デコ「私は幸せです 多くの友人を作りました」

24分 セルヒオラモスのシュートは、エドワルドがファインセーブ
リエジソンが交替の準備を終えて、ベンチ前に戻ってきている。
これで2枚めの交替。デコの枠はもう1つしかない。

27分 DFペペがMFメンデスに、FWシモンがFWリエジソンに交替
なんと、ケイロス監督はここで一気に交代枠を使ってしまう。
デコのW杯がここで終わることを観念した。

デコ試合後のコメントがBrasil Midia Digitalに掲載されている。

「今日それは私の最後のゲームでした。私は幸せです。私は多くの友人を作りました」
「最初のゲーム(コートジボワール戦)はプレーしました。そして、私はこの障害を抱えていました。プレーすることは難しかった。これはトレーナーの決定です」

本当に故障だったのか、それとも何らかの意図をオブラートに包んだのか。
それでもデコは「幸せだった」という。
その言葉に救われた。

2003年、デコ25歳
ポルトガルのFCポルトでプレーしているデコが、ブラジル代表に呼ばれる可能性は低かった。
当時、FCポルトで一緒だったポルトガル人モウリーニョ監督の勧めでポルトガル国籍を取り、ポルトガル代表に進む道を選んだ。
それからユーロ2004準優勝、2006W杯ベスト4、ユーロ2008ベスト8、そして2010W杯ベスト16と、4度のビッグトーナメントの舞台を踏むことができた。

悪いニュースを切り取れば、人はいくらでも不幸になれる。
悪くない現状に気づけば、人は幸せでいられる。
デコは賢者で、後者だった。

28分 シャビアロンソがイエローカードをもらう。
これがスペインチームが初めて受けるイエローカード。それはスゴイことだとNHKのアナウンサーと山本さんが喜び合っている。

34分 チアゴがイエローカードをもらう。
これでチアゴは累積2枚。
チアゴがいなければデコの出番となるところだが、もうその試合がない。

39分 ペナルティエリアの右側でカプデビラがロナウドを両手で突き倒す。
突き倒したかと思ったら、頭を押さえて自分が倒れ込む。

出た、スペイン劇場だ。
かつてチェルシーのモウリーニョが、バルセロナとの対戦前にこう言っていたのを思い出した。
自作自演。
スペインの伝統であり、対戦する際は気をつけなければならない。
ケイロス監督は激高するが、審判は笛を吹かない。
ベンチにいるメンバーも大半は座ったまま。怒る素振りもない。

43分 ペナルティエリア内での陣取りで、肘が当たったとカプデビラが倒れ込む。
審判は駆け寄ってリカルド・コスタにレッドカードを提示。
カプデビラはしばらく顔を押さえて転げ回っていたが、試合が再開されるとけろっとしてプレーに復帰。

47分 二度「スペイン劇場」を演じた役者ビラとアウベスが激しく口論。審判が割って入る。

ロスタイム3分
ポルトガルは最後の最後にゴールに迫ったが、空中戦を制する選手はベンチに帰った後だった。

2006年W杯 準決勝 アンリの尻餅PK
2008年ユーロ ベスト16 バラックがパウロ・フェレイラを突き飛ばして開けたスペースであげた得点
2010年W杯 ベスト16 ビジャのオフサイド見落とし

ポルトガルがビッグトーナメント3大会連続で判定に泣き、大会を後にした。
W杯だけでは、2002年大会も誤審(審判が認めて辞任)で主催国に敗れており、3大会連続で審判に恵まれなかったことになる。

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2010年7月 5日 (月)

スペイン-ポルトガル ビジャの決勝点はオフサイド

6月29日
ベスト16
スペイン-ポルトガル

この日アルメイダ先発が「凶」と出たというのは、順番が逆だったと言うことだ。
リエジソンを先発させて、GKが蹴るボールまで徹底的に追い回す。
相手DF陣に疲労を与えて、終盤のチャンスを待つ。
そこで、リエジソンに代わり、アルメイダを入れる。
終盤のパワープレイで、高さのあるアルメイダがヘッドで決める。

試合終了間際に訪れたパワープレイのチャンスでは、高さのある選手がいないため、同点ゴールを押し込むことができなかった。

ポルトガルに悲劇の瞬間が訪れる。

18分 ビジャがエドワルドと1対1でシュート。
エドワルドが弾いたボールは再びビジャの足下に戻り、二度めはゴールに押し込まれた。
この瞬間にポルトガルのW杯が終わったと察した。
このクラスの相手に0-1となった場合、1-1になる確率よりも0-2になる確率のほうがはるかに高い。

放送を担当するNHKのアナウンサーはスペインのパスサッカーの結実を賞賛する。
FIFAが流す国際映像はいつものオフサイド位置をラインで示すCG画面を流さない。
日本で放送を見ていた人で、これがオフサイドだと気づいた人は少ないだろう。

イニエスタがペナルティエリア内にいたシャビにスルーパスを送る。
この時、ポルトガルDFの右足膝から下が後ろに折れていて、その分シャビはオフサイド位置ではない。
だがシャビがこのボールをヒールで後ろに流す。
これは、スルーではない。
試合後に映し出されたリプレイを見ると、ボールはシャビの横で加速しておりシャビが当てていることがわかる。
その時、ビジャはオフサイド位置にいた。
ボールがゴールに入った後、すかさずカルバーリョとコスタが手を上げて、右サイドにいる副審にオフサイドをアピール。
だが、判定は変わらない。

副審は真横の好位置からこのシーンを見ている。
人の動体視力が当てにならないのは、イングランドのゴールを見逃した副審が立証している。
恐らくシャビのプレーが副審にはスルーに見えたのだろう。
シャビが触っていなければ、オフサイドではない。
その答えはシャビが知っているが、彼がその質問を受けたのかさえわからない。

ポルトガル選手は抗議で試合を止めることはしなかった。
一気にラインを上げて、相手ゴールに近い場所でのプレーを始める。
当然、DFの裏には大きなスペースが開き、再三そこを攻められる。

かつて、2006クラブワールドカップ決勝でバルセロナがとった布陣を思い出した。
今思えば、0-0の局面でなぜあそこまで前がかりで攻めたのか、理解しづらい。
イビチャ・オシムの「FCバルセロナ(というよりライカールト監督)はこの試合をショウと捕らえていた」という言葉が、今ならばよくわかる。

ベスト16ここまでの戦い
イングランド、メキシコ、チリが、先制点を奪われた後、前がかりになったところを、立て続けに失点した。
だが、ポルトガルは崩れない。
依然として堅守のチームであることを証明する。
ポルトガルは強いチームなのだ。
ただ選手が不幸だったのは、弱いチームだということにしたかった人がいたことだ。



デコファンサイト

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2010年7月 4日 (日)

デコのハグ ロナウドとケイロスの口論

6月29日
ベスト16
スペイン-ポルトガル

グラウンドにはスペインの選手が先に戻ってきた。
ポルトガルサイドでは、オレンジのビブをつけた控え選手がボールを蹴っている。
デコもそこにいた。

引き上げてきたデコとロッカールームから出てきたビクトール・バルデスがはち合わせて、短い会話を交わしハグ。
かつてデコが来日した時、彼は空港に見送りに来た日本人スタッフと気軽にハグしていた。
だが、日本人スタッフの方は勢いよく"抱きつく"感じでぎこちない。
慣れないことをしなければいいのにと思って見ていた。
もしデコを目前にして「やぁ久しぶり」という場面が訪れたとしても、気軽にハグするのは難しい。日本のスポーツ選手流に言うならば、今から"いい準備"をしておく必要がある。

デコは元バルセロナのレギュラー。
バルデスは今もFCバルセロナの正ゴールキーパー。

だがスペイン代表では、カシージャス(レアル・マドリー)がレギュラーとして扱われており、これまで、カタルーニャ地方のライバルチームに在籍するバルデスは控えとして招集されることもなかった。
今回のW杯ではようやく招集されたのだが、バルデスの行き先はベンチとなっている。
カシージャスがレッドカードを受けて退場するといったことがない限り、バルデスのW杯はベンチで終わりそうだ。
そして、それはデコも同じ。
レギュラーとして招集されたはずのデコが、まさか、ベンチでW杯を終えるとはこの時もまだ想像できなかった。

デコが優しくにっこり笑う。
バルデスは心なしか元気がないように見える。

ハーフタイムでの選手交代はない。

7分 アルメイダが左サイドからエンドラインまで侵入してクロスを入れる。ボールはDFプジョルの膝に当たり、オウンゴールにはならず枠をかすめてCK。すぐ後ろにはロナウドが来ていたので、プジョルが触らなければ1点のシーンだった。

13分 ケイロス監督が1枚目の交代枠を使い、アルメイダを下げて、ダニを入れる。
え?「打ち直し」はどうなるの?
せっかくここまで種まきしてきて、ようやく収穫の秋を迎えようという時に、根こそぎゴールの芽を摘んでしまう。
しかも、代わりに入れたのはリエジソンではない。

国際映像には映っていないが、この時、ロナウドがベンチ前に来てケイロスと激しくやりあっていたことが報じられている。
恐らく、なんでアルメイダを変えるんだ?と言っているのだろう。
あるいは、入れるのはダニではなく、パスが出せる選手にしてくれ。と言っているのか。
スコアは 0-0 だが、勝負はここでついていたのかも知れない。

試合後、この交代について二人がコメントしている。
ケイロス監督
「アルメイダに疲れがみえたので交代させた」
アルメイダ
「調子は良かった。交代に驚いた」

ポルトガルの病根は、このシーンに凝縮されている。



デコファンサイト

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2010年7月 3日 (土)

ガス橋マラソン 8kmをどう走っていいのかわからない

EKIDENカーニバルがあと10日に迫った頃、
風邪を引く少し前のある日
「第50回ガス橋開通記念多摩川堤健康マラソン」
に申し込んでしまった。

後で考えると、なぜ申し込んだのかを思い出せない。
恐らく「第50回」という特別なにおいに惹かれたのだろう。
コレクターを長くやっていると「●●記念」「今回限り」のようなキーワードが脳を素通りしてくれなくなる。

Gas_00
環状八号線に出ているガス橋の標識

「ガス橋」はほとんど知られていない。
お台場のレインボウブリッジや高知のはりまや橋のように、有名な橋というわけでもない。
かつて、東京ガスが業務用として必要だから架けた橋。
東京都と神奈川県を隔てる多摩川に架かっている。
完成は1960年。
ガス橋開通記念のこのマラソン大会は、1961年に始まり今年で50回めとなる。
今から50年も前に「橋ができたから、記念にマラソン大会でもやるべ」と言い出した人が居たことに驚く。

ガス橋マラソンだが、ガス橋の上は走らない。ガス橋から出発するわけでもない。ただガス橋開通を記念しているというだけである。

開催は毎年6月の第二日曜。
距離は8km。
日本ではほとんど毎週日曜日に「マラソン大会」が行われているが、本来のマラソンの距離である42.195kmの大会は希。
大半がハーフまたは、10kmレースである。
ところが「ガス橋」は8km。
なんとも中途半端な距離だ。

恐らく始めた頃は、多摩川の土手があまり整備されていなくて、長い距離のコース確保ができなかったのだろう。

今ならば、同じ多摩川沿いで「多摩川フルマラソン」「川崎ハーフマラソン」が行われており、ガス橋の西岸を使えばさらに長距離化することは可能である。
だが、この「ガス橋」は "健康マラソン" と銘打っている
ので、そんなことはしない。

EKIDENカーニバルから5週間後、第50回「ガス橋開通記念多摩川堤健康マラソン」の日がやってきた。
この間の準備と言えば、前の週に坂道全力走を5kmやっただけ。

「8kmのレースをいったい、何を目指して走ればいいのか」
「どのようなレースをすればいいのか」

結局、何度自問自答しても答えは見付からない。10kmならばタイムトライアルとしてベストを狙うという手もある。だが 8kmという中途半端な距離のどこをどう切っても、目標が見いだせない。

結局は「マラソン講座の取材だ」と割り切ることにして、カメラを持ってのんびり走ることにした。

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2010年7月 2日 (金)

サッカーにおける「消えている時間帯」と、野球の「打ち直し」

6月29日
ベスト16
スペイン-ポルトガル

今日もスタメンにデコの名前がない。
ドゥダ、アモリムに負傷欠場を示す「i」マーク
デコからは i がとれて、ベンチ入りサブメンバーとなっている。
スタメンは逃したものの、恐らく後半20分あたりから出番があるだろう。
デコのW杯はまだ続いている。
この時はそう考えていた。

1トップのFWはブラジル戦に続いて、この日もリエジソンではなくアルメイダ。
結果的にこの選択は、凶と出た。

リーガに所属しているポルトガル選手4人中、DFぺぺ(レアル・マドリー)、FWシモン MFチアゴ(アトレティコ・マドリー)が先発。ミゲル(バレンシア)には出番が回ってこなかった。

ポルトガル選手は白いジャージを羽織っている。
away扱いのゲームのため、ユニフォームは2ndの白に緑のパンツ。

スペインのプジョルは顔が引き締まっている。緊張している様子。
縦横比率がテレビと現実では違うために、芸能人はテレビで観るよりも実物のほうが細い。
プジョルも生で見たほうが細いのだが、今日は画面で観ても十分細い。

ホーム扱いのスペイン国歌が先に流れる。
スペイン国歌には歌詞がない。
スペインのスポーツ選手は五輪やW杯で国歌が流れる間、音階を口ずさむか宙をにらんできた。
そこで国歌に歌詞をつけることになり、2008年に発表寸前まで行ったのだが、結局はお蔵入りになった。
今日もスペイン選手は全員が口を閉じている。

一方、慣れ親しんだポルトガル国歌。
この時、これを聴くのが最後になるとは思っても居なかった。
ブラジル人のぺぺも歌っている。
ロナウドは起きているが、歌っていない。
ポルトガルの偉い人たちは、こういう態度も気に入らないのだろう。

主審はアルゼンチン人のバルダッシ審判。
ポルトガルは2006年W杯ではアンリの尻餅PK、2008年ユーロではバラックのファウル見逃しによる得点と2大会連続で、判定に泣き最後のゲームを落としている。
今日はうまく裁かなくてよいから、誤審だけは勘弁して欲しい。

前半
1分 トーレスがシュート。エドワルドがファインセーブ
3分 ビジャのシュート。これも辛うじてエドワルドが弾く。
始まって間もないというのに、いきなりスペインの決定的な機会がつづく。

7分 ポルトガルがつづけてCK2本
8分 アルメイダへのロングボール。走りこんだアルメイダ、あと一歩届かず。

9分 ロナウドがアルメイダにクロスを入れる。また届かず。

20分 GKカシージャスが弾いた球にアルメイダ詰めるが及ばず。

27分 ロナウドのFKは急激に落ちた。それをカシージャスがファンブル。2人の選手が詰めていたが、ボールはその頭を超えていった。結果的にはこの試合最大のチャンスはここ。時の運がポルトガルにあれば、この試合は 1-0 でポルトガルのものだった。

38分 メイレレスがクロスを上げる。アルメイダ届かず。

42分 コエントランが入れたボールにチアゴが走り込みヘッド。左へはずれる。この日チアゴがいたことをこの場面まで忘れていた。

サッカーでは、一定時間ボールに絡まない選手に対して「消えている時間帯があった」と評する。
一般的には「さぼっていた」「ゲームプランになじんでいなかった」という意味合いの悪い評価として使われる。
だが、消えていることが悪だとは思わない。
一つには、本当にさぼっているのかも知れないが、90分交替なしを確約されている場合は、スタミナの温存は悪いことではない。
もう一つの可能性としては、相手の球がその守備位置を経由しなかったということがある。
ボールをはたくハブの役割をする選手と正対している選手は、よくテレビに映るが、その対角線にいる選手はテレビの視聴者から観れば消えているように映る。

この日のチアゴが果たして、どの"消えている"だったのかは、スタジアムで観ていた人にしかわからない。

野球に「打ち直し」という言葉がある。
ポール際にホームラン性の大飛球を打った後、同じ打席でホームランを打つことだ。
1度目の失敗で学習し、修正を加えることで次のプレーが好結果を残す。

この日、アルメイダには打ち直しの予感がぷんぷんと漂っていた。
前半だけで4度の惜しいシーンを経験したアルメイダが、この日の決勝点をあげるのではないか?
ポルトガルびいきの目にはそう映った。

引き気味に守り、攻撃は少ない手数で一気に前線へ。
結果は 0-0 このゲームプランは正しい。

さぁ後半はデコの出番があるか。



デコファンサイト

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2010年7月 1日 (木)

まだやっている「感動をありがとう」

6月29日
ベスト16
パラグアイ 0-0 (PK 5-3) 日本

決着がついた後、南アフリカの試合会場にいた中田英寿が
およそ、次のような趣旨の敗戦理由を述べていた。

「日本は 100% の力を出せなかった。デンマーク戦と同じように、サイド攻撃を多用すれば勝てていた」

すると、日本のスタジオにいたサッカー番組によく出る芸人が、それを遮った。
まるで、がんばった選手たちに敗戦の理由を突きつけるのは酷だ。今は健闘を讃える時だと言わんばかりに。

中田は「原因を明らかにするところから始めなければならない」と食い下がったが、それ以上は言わなかった。
中田は思っただろう。
この人たちは8年前と ちっとも変わっていない。
日本サッカーを停滞させているのは、こういう取り巻きの人たちだ。

2002年に自国開催のW杯でベスト16入りした時、メディアは「感動をありがとう」「夢をありがとう」と繰り返した。
村上龍と中田英寿は対談形式の著書で、その姿勢を批判している。
原因を突き詰めて総括しなければ、前には進めないのだと。

その4年後、自主性という名の元に何もしないジーコ監督により、日本は惨敗した。
すると、ジーコを名前で選んだ川淵三郎は「後任監督 オシム あ、言っちゃった」の迷言で、原因究明をうやむやにした。

そして、その4年後の今。
期せずして「0勝3敗」の下馬評は、ベスト16 になった。
W杯前、寄ってたかって酷評していた人たちは、拳のおろしどころを失い、ばつが悪い。
帰国した選手たちは、にこにこしてテレビ番組をはしごして、もてはやされる。
大多数の国民が「よくやった」「ありがとう」と 笑顔に包まれている時、表だって日本代表を批判することは難しい。
恐らくメディアは、岡田の責任を追及できず、その責任をうやむやにするだろう。

サッカーに限らず「総括」は必要だ。
一度、時間を止めて話し合い、原因を明らかにしなければ、また同じ轍を踏む。
だが、原因を明らかにすると、偉い人は責任を問われる。
ゆえに偉い人は「総括」を避ける。

こうして、本来ならば問われるべき大きな責任が隠蔽され、PKをクロスバーに当てた選手といった、現場にいる人の責任が前面に出る。

日本には古くから「水に流す」というよい習慣があるが、これは「恨み」を忘れることであって、責任を問わないことではない。
責任を水に流してはいけない。

次の大会はベスト16から始まるのではない。

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