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2011年6月の30件の記事

2011年6月30日 (木)

わんぱく少年とハイタッチ!

10-11km
10km過ぎに第3給水所。
この大会は、給水所の正確な場所が距離表示で開示されていなかった。
それでも、給水所の数は十分に足りており不満はない。

10course

11-12km
ウォークマンのコードが暴れて、我慢の限界にきた。
一度スピードを極端に落とし、ナンバーカードから先の暴れていたコードをポーチにねじこむ。
並走していた女性が何かあったのかと振り返ってこちらを見ている。
走っているランナーがあたりに誰も居ないので、気になったのだろう。
スピードを落とした分、このラップは30秒遅くなった。

12-13km
ここまでの体調はとてもよい。
去年は10kmを過ぎてから中間点あたりまで体が重い感じがあった。
後からレースを振り返ってみると、前半は重く感じるくらいに、直前のRUNを入れたほうがよいかも知れない。
次回の検討課題だ。

13-14km
沿道にはちらほらと地元の方がいて応援してくれる。
ここらで恒例のハイタッチを・・・
と思ったが、そういうノリの人が見つからない。

14-15km
音が小さいな・・
ヘッドホンのボリュームを少し上げる。
マラソンで使うヘッドホンには、手元で音量が変えられるスライド式コントローラーが必須。
レース中は機械本体を操作する余裕はない。
曲によって音量を上げ下げすることはないが、レースによっては周囲の騒音が違うし、体調によっても音の聞こえ方が変わる。
応援の声をより聞きたい時は小さく、意識が遠のいてきた時は大きくする。
高低差表には表れていなかった小刻みなアップダウンが、体にダメージを刻み始めている。
今日は応援もまばら。音は大きめがいい。

15-16km
気がつくと左手に貼っておいた高低差表がなくなっていた。
ちょうどいい。
目の前のコースに集中しようと考えていたところだ。

30分に1回、三度めのショッツを摂る。
これで1つめのボトルが終了。
ボトルの底に液体が残ってしまうことが、予行演習のハーフマラソンでわかっていた。
そこで3度めを摂る前、しばらくボトルを逆さに持って走り、よく振っておいた。

Dsc06626
それでもレース後に見ると、この通り・・・

16-17km
ここで 1kmラップを確認したのを最後に、ゴールまではラップを確認しなかった。
時計を見て数字が悪いと、がっかりして足が止まる。
それが恐い。
時計を見たからといって速くなるものじゃない。
今できるベストの走りをするしかないんだ。そう気持ちを切り替えた。

17-18km
がんばれ~
わんぱくちびっこ2人組の声だ。
人影もまばらな沿道から、大きな声で応援してくれる。
よし、ハイタッチだ!
こちらから右手を出してハイタッチを求める。
とっさに反応した少年、すかさず右手をぱちんと合わせる。
通り過ぎた僕の後ろから、ひときわ大きい声で「がんばれ~」ともう一度声がかかる。
振り返らず、サムアップして応えた。

結局、これが今日唯一のハイタッチとなった。

佐倉にサクラ咲く? 震災→中止→日本海へ

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2011年6月29日 (水)

5km~10kmで、マラソンの大勢が決まる

6-7km
マラソンでは、5kmから10kmの間にその日の大勢が決まる。
ここで予定していたレースペースに入れておかないと、脳が
「今日は目標はこっちにおいといて、のんびりいくか~」
と怠けモードに入ってしまうのである。

ペースが上がらない時、ここで頑張ることはつらい。
だが体が仕上がっていれば、ここで頑張っても尾を引かない。
ここで頑張らないと、体が仕上がっているのに、目標を達成できないという勿体ないレースになってしまう。

前のラップから24秒 気合いで上げて、5分台に入れる。
ここから折り返しまでは、ほぼすべてのlapで5分台を守れた。

今日初めての「給食タイム」
フラスクボトルに入れてきたショッツ・エナジージェル(カフェイン入り)を摂る。
使ってみて、フラスクボトルは大正解。
封を切って、絞り出して、ゴミをエイドで捨てる・・そんな煩雑さがないのは助かった。
ランニングショップには、スポーツジェル各社のボトルが並んでいる。
大手ショップにはボトルの販売コーナーもある。
フラスクボトルは、ど素人ランナーの必須アイテムに認定した。

Shotz_2

Boston 「Peace of mind」は毎回欠かせない曲。
30数年が過ぎても古びない、なんと新しい曲なのだろう。
♪ People live in competition ♪
今日は競わない日。マラソンはレースなのだけど競わない。
マラソンはこれだからいい。

7-8km
コースは下り。
下りはきちんといただいていく。
そのために衝撃に強い脚をつくってきたのだ。
5分37秒
結局、このラップが今日のベストラップになった。

8-9km
およそ8km過ぎ黒崎町の第2給水所
右手に持っていた「グリップ給水ボトル」をここでゴミ箱に捨てさせてもらう。
ドリンクは、あと1本残っているので給水はパス。

右のボトルを捨てたのは、右手の振りには問題がないため。
左手の振りには自分では気づかないクセがあり、業者撮影の写真を見ると、いつもそのクセが映っている。
そこで今回、左手のボトルはゴールまで握っていくことにした。

「ほら、水! 水のんで!」
しきりに手渡しで勧めてくれる給水所のおばちゃん
すみません。これ持ってるんで
とお断りをいう。いやな感じに映ったら申し訳ない。

9-10km
今日はウェストポーチの揺れがない。
いつもはポーチに入れている給水ボトルを、手に持っているのが一因。
昨日、ホテルの部屋でポーチを試着して、ちょっぴりきつめにベルトを締めておいたこともよかった。

10km距離表示の手前で フォアアスリートのアラームが鳴る。
整列位置からスタートラインまでに「ロス距離」があった分、距離表示よりも手前で鳴るというわけ。

10kmを過ぎた。
今のところ、天候はベスト。体調も順調だ。


佐倉にサクラ咲く? 震災→中止→日本海へ

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2011年6月28日 (火)

大規模事業者への電気使用制限 「故意の違反」の故意とは?

規制の基準値として「使用制限率」が設定される。
使用制限率は 前年ピーク値に対して 0.85 つまりマイナス15%

たとえば、事前調査で提出した2010年同時期のピーク値が 1,500kW(キロワット)の場合、0.85をかけて、1,275kWが「使用できる電力の限度」となる。

規制するのは"最大値"であり、総量ではない。
目黒区立図書館は期間中、13:00-16:00を閉館する。
この取り組みは節電対策ではあるが、規制対策ではない。
公的な機関ゆえ、地域全体への貢献策が必要なのだろう。

規制の基準は去年のデータだけが元になる。
去年、ある日に突発的に大きい値が出ていた事業所は、今頃胸をなで下ろしているだろう。
去年、節電に努めてピーク値が低かった会社は、そこからさらに15%カットされるため、大変な努力を強いられる。

それならば、過去数年の平均値を採用すべきだ~
と言う人がいるかも知れないが、それは無理。
各事業者の申告数値を、経産相が短期間でとりまとめるため、去年のデータを収集するのが精一杯なのである。

電力使用値の計測方法は、1時間内の平均を計測する。
一瞬だけ、規制値を超えても大丈夫。
1時間の平均が超えなければよい。

平均値が「使用できる電力の限度」を超えた場合、違反となる。
「使用できる電力の限度」が 1,275kWの会社の場合、1時間あたりの平均使用電力が1,275kWを超えた回数だけ、違反回数がカウントされる。

罰則は1回の違反につき 100万円以下の罰金。
(電気事業法第119条第7号の規定)

ただし経産相の発表では、罰則の対象は「故意の違反の場合」という注釈がついている。

では、故意とは何か?

それは、確信犯の違反。

「100万円払ってでも、機械を回したほうが得」という工場は、故意の違反とみなされる。
また、つづけて何度も違反した場合も、改善の意志がなく悪質とみなして故意の違反とみなされる。

恐らく、節電には務めたが、84日の間に数回「使用できる電力の限度」を超えてしまったという事業所は容認されるだろう。

東電の電力メーターは30分単位。
各事業所の担当者がモニタリングしていて、前半の30分で「使用できる電力の限度」を超えていた場合、後半の30分ではエアコンを止めるといった荒療治を施し、1時間平均が限度を下回ることをめざす。

経産省は15%削減を指示した。
大半の事業所は、一番電気を食うエアコンの設定温度を上げざるを得ない。

一方、厚生労働省は 2011年5月20日"事務所のエアコンは28度。高くしても29度"と通達している。

ど素人!環境講座

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2011年6月27日 (月)

大規模事業者への電気使用制限

2011年7月1日より対象事業者への電気使用制限が始まる。
ここに至る流れを調査してまとめた。

2011年3月14日
東日本大震災発生から3日後、東京電力が輪番制"計画停電"を始めた。
停電する時間は1地域あたり3時間、1日を5クールに分け、地域(5グループ)輪番制とした。

"計画停電"は電力不足で突然の停電が予測される時、地域と時間を限って電力供給を止めて回避する計画。
東日本大震災後の電力不足への対応として、この春に行われた。

音頭を取るのは電力会社。経産省が計画するのではない。
電力会社が停電する地域と時間帯を計画する。

電力会社は、計画を事前にメディアやウェブサイトを通じて周知する。
電気は大量に蓄電できないので、直前の使用量、直後の需要予測をにらんで計画する。
そのため、計画発表は常にぎりぎりになるし、中止されることもある。

当初、東電の事前周知はその日になってからだったため「周知が遅い」と非難を浴びた。
需要が伸びなかった際、計画されていた停電が実施されないこともあったが、それさえ批判する人がいた。

計画停電開始後、工場の稼働率が低下。生活物資の不足に輪をかけた。
電車の間引き運転が行われて、通勤の足に大きな影響が出た。

こうした反省をふまえ、政府は2011年盛夏に計画停電を行わなくて済むよう、大口需要者に対する規制を検討し始めた。
以下は東電管内について話を進める。

2011年4月
まず始めに、経産相より事業者へ調査書が送付された。
事業者は東電担当者を呼び、2010年の電力使用ピーク値を教えてもらい、それを経産省に報告。

それを基に経産省は15%カットの方針を決める。
当初は25%と報道されていた。

2011年5月25日
経産相より「15%カット」のガイドラインが周知された。

2011年6月1日
経産相より対象事業者へ「通知書」が送付された。
通知書にはその「需要設備」「設置場所」の「使用できる電力の限度」が記されている。

*「」書きしている名詞は、経産省の文書に出てくる名詞

■対象:指定契約電力 500kW 以上の事業者
■期間:2011年7月1日~9月22日(木)
■土・日・祝を除く
■時間:9:00~20:00

つづく


地震講座

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2011年6月26日 (日)

マラソン講座から提案!グリップ給水ボトル

4-5km
4kmを過ぎたあたりで、コースは初めて大きく左折する。
ここで左手を振り返り、後ろからくるランナーを確認。
はるか彼方に2人の人影が見えるだけ。
ということは、総勢を400人とすると398位ということだ。

両手には「グリップ給水ボトル」を握っている。
これは今回から始めた「マラソン講座」オリジナル。
練習では欠かさず使っている e3グリップからヒントを得た。

Mybottle

握って走れば、理想のフォームを生む e3グリップの代用品となる。
紐がついているので、ポーチからサプリを取り出す際には、両手を空けることができる。
スポーツメーカーさんには、ぜひとも商品化してもらいたい自信の一品だ。
ボトルは明治LG21を使用。
いろいろなボトルを試したが、現在店頭に並んでいる商品の中ではこれがベストだった。

走る時は、キャップ側を下にして持つと、e3グリップに似た握り心地になる。
人はキャップを開ける時、利き手でひねる。
ドリンクを飲む時の手の使い方が左右で違うので、初めての時は戸惑う。
本番で慌てないよう、練習で動作を確認しておいた。

前回まで、自主的な給水ボトルはウエストポーチに入れていた。
液体は重いため、ポーチが大きく揺れる。
ドリンクを飲み終えて捨てるまでは、とても走りづらかった。
ドリンクを手に持つことで、揺れが解消できたことも「グリップ給水ボトル」の効果だ。

これまで中身には普通のスポーツドリンクを入れていたが、今回はひと工夫して「スペシャルドリンク」
VAAM100mlに対して、ZAVASのアミノ酸サプリを1包溶かしたもの。
練習でアミノ酸サプリ(顆粒)を摂ってみたところ、封を切って口に開け、水で流し込むという動作が煩雑だった。
こうして前もって溶かしておけば、手軽に摂ることができる。

Special

マイボトルがあるので、第一給水所はパス。
いつものレースならば、渋滞になっている第一給水所だが、今日はがらがら。
「全国健勝マラソン日本海大会」は少人数大会だが、設備・ランナー支援態勢は大規模大会に引けを取らない。
1人当たりの手厚さでいけば、日本一のマラソンかも知れない。

5kmのラップは31分。ぴったり予定どおり。
いよいよ次のラップからは、ゴールまでずっと 5分40秒のレースペース。
前々回までの自分ならば、終盤の失速を織り込み、徐々にペースを落とす計画を組んでいたが、今回は6km~ゴールまでイーブンペースを計画している。

05course

5-6km
5kmで初めての距離表示が出る。この大会の距離表示は5kmごと。
ストップウォッチを使っていた頃ならば、1km毎の表示がないと困る。
だが、フォアアスリート(GPS)を使い始めてからは、距離表示の有無は気にならない。
マラソンランナーにとって、GPSは必須である。 →マラソンにGPS時計が必要な理由

このラップから5分40秒の巡航速度に入る予定だったが、小刻みな上りがあり5分台に入れず。
ここまで流れていた曲はすべて覚えていたが、ここで流れていた「Music」が鳴っていたことを覚えていない。
この時点で早くも疲れ始めていたのかも知れない。

目次

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2011年6月25日 (土)

佐野元春 30周年ファイナル 元春ホームパーティの誇り

前回の話

Beat goes on!

元春がステージを下りる前、1通の手紙を読み上げた。

「これからもずっと僕の持てる音楽への情熱の限りを みなさんに捧げたいと思います」

僕ら「元春HP(ホームパーティ)」は、1992年に結成して、いつも「元春」というキーワードの下に親交を重ねてきた。
いつもは顔を合わせることもないのに、オフで別れる時には、また明日も会えるような気がした。
何年ぶりかに会ったとしても、つい昨日会ったばかりに思えた。

いつの頃からか、僕らは願うようになった。
50になっても、60になっても佐野さんが歌い続けてくれるならば、僕らはきっとずっと長い友だちでいられる。
そんな僕らに、この元春の言葉は嬉しかった。

「僕の音楽と共にいてくれてありがとう。これからもよろしくお願いします」

今から11年前、20周年記念の武道館ライブでは「これからも、よろしくねっ」と照れ隠しに茶目っ気を添えて、彼は言った。
その時は、佐野さんの口から出た初めての「よろしく」に、ちょっと戸惑った。
その言葉を受けて、どう僕らは動くのかを考えてきた10年。
そして、佐野さんが再び言ったのは「よろしくお願いします」

知らない人が聞けば誤差の範囲内のような、ちょっとした言葉の違い。
そこには真摯さ、暖かさ、決意と達観があった。10年の時を経て、よろしくという言葉を素直に言えるようになった元春はスゴイ!

さて、記念ライブは終わり元春は舞台を下りたが、その空前のプロジェクト。まだフィナーレを迎えていない。
とりを務めるのが「佐野元春スペシャルBOX」
本来はその名前で、2011年3月に発売される予定だったが "全集として更に充実した内容にするため"という制作者の意志で発売が延期されている。

2011年7月
佐野元春スペシャルBOXが「佐野元春全集」として発売されて、長かったドラマの幕が下りる。

Motohp

「お金を出せば花は買えるさ」と思うかも知れないが、ファンのみんながおこづかいを持ち寄って1つの花を出すということが、どれだけ大変で、どれほど大きな力の結晶であるか。
数々のミュージシャンや企業・団体の花の中に、僕らファン有志の花があったことが誇らしい。
僕らは、会場スタッフの方にシャッターを押してもらい、その花の前で記念写真を撮った。
親切にも3度シャッターを押してくれたが、どの写真も、皆笑っていた。

*おわり*

 →佐野元春30周年プロジェクト一覧

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2011年6月24日 (金)

mixiプレミアムのメリットと退会について

mixiがつまらなくなった
あなたのマイミクさんもそう言っているだろう。

 2011年6月13日、リアルタイムの足あと表示がなくなり、前週分の「先週の訪問者」に移行。
一週間で名前が羅列されるだけで、時間軸がなくなった。

 日記を書いた後、誰が読みに来てくれたかな?と見る楽しみがなくなった。
とても、がっかりな仕様変更だが、無料で使っている分には文句も言えないか・・・というところだ。

 だが、有料会員は違う。
mixiプレミアムは、300円を払って享受する ミクシィの特典。
果たして、毎月300円、1年で3,600円の出費に見合うかを考えた。

 

2011年6月現在の「mixiプレミアム」特典は以下の通り

 ■日記検索
 自分の日記が、キーワードで検索できる。

■メッセージ検索
 送受信したメッセージが、キーワードで検索できる。

■画像動画容量 1000MB

■日記容量 1000MB

■日記装飾
 ただし、IE7以降のブラウザーでは正常に動作しないことがある。

■アンケート作成
 コミュニティでアンケートを作ることができる。自分のホームでアンケートを作れるわけではない。

■任意の文字を指定したOpenID
 数字ID→任意の文字に変更できる。

 

現在、mixiプレミアムにお金を払っている人の中には
「メッセージが60日で消されるのは嫌だから」
という理由で、止められない人がいるだろう。

だが、これは当初の特典。
2008年11月1日、この特典は全ユーザーに開放されており、現在は無料会員でもメッセージ保存期限は無期限である。

そうすると現在、300円を払うメリットは日記とメッセージを全文検索できることくらいだ。検索のために年間3,600円を払いつづけることが妥当だろうか。
日記やメッセージの検索を毎日する人がいるとは思えない。
使うとしても数ヶ月に一回ではないか。
それならば、使いたくなった時にもう一度mixiプレミアム会員に変更すればよい。

 

つづいて、mixiプレミアムを外す方法を整理する。

1,ホーム メニューバーの[設定変更]
2,パスワードを入力して[ログイン]
3,mixi有料サービス クリック
4,mixiプレミアム右の[詳細]
5,ステータス欄 解約する クリック
6,解約理由を記入(任意)
7,[確認]クリック

月の途中で解約しても、手続きは月末処理なので、mixiプレミアムは月末まで使える。
忘れないうちに、今すぐ手続きをしておけば、月末には解約されて、翌月から課金は発生しない。

6,の解約理由欄は必須項目ではないが、mixi発展のために是非とも書いてあげたい。

 

 →2012年12月 mixiプレミアムに315円を払う価値があるかを再検証した。

 →ミクシィの歴史

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2011年6月23日 (木)

元春30周年ファイナル 「見る元春」 「聴く元春」

14:05
元春HP(ホームパーティ)の仲間と前オフ。
いつもの友だちも、初めてのやつも。
そして、久しぶりに会う人も。
19年もの間、こうして1つのコミュニティがカタチを変えずにいると、もうそこにいるメンバーは家族のようだ。

有志一同で出している花のお代を「店長」に渡す。3月からずっと、お年玉ぽち袋に入れて、チケットと一緒にしまっておいた。

15:30
開場から既に30分。
たくさんの人が、元春の写真にケータイカメラを向けている。
僕ら元春HPが出した花が、右奥の角に見える。

Flower


場内のグッズ売り場は長蛇の列。
「ただいまよりお並びいただいても、開演に間に合わない可能性があります」
係員がメガホンでがなっている。

15:35
座席は1階10列 右端
今回ファンクラブのチケットは両端に偏っている。
目の前がスピーカー。
タテに積まずに、ヨコに並べられている。これだけ近いと、いったいどんな音になるのか・・

16:00
開演定刻
でも、まだ始まらない。
グッズ売り場に並んでいた人たちが、場内に入り終えるのを待っているのだろうか。

16:10
開演
皆、一斉に立ち上がる。
東京国際フォーラムは10列めくらいまで、ほぼフラット。
10列あたりでは、前に背が高い人が立つと元春が見えなくなる。
これならば、傾きがついている20列あたりの方が見やすいだろう。
ただし、今度は地面にも傾斜があるため、腰痛もちは辛いらしい。

目の前のスピーカーから、容赦のない低音が鳴り響く。
このままでは体がもたないと、身の危険すら感じた
が、3曲で慣れた。

今日は元春が「次の曲は座って聴いてください」と言ってくれない。
アルバム「月と専制君主」のコーナーでは、失礼して座って休む。
目の前に元春がいるのに見なければもったいない!
以前ならばそう思っていたが、今は違う。

コンサートの中には「観る時間」と「聴く時間」があってもいい。

眼を閉じて、元春の声と演奏に聴き入る。それは自宅で聴くレコードとはちがっていることに気づく。その場に臨んでいる者どうしに伝わる、音楽の力だ。

「音楽には力があるよ」

そう教えてくれたのは、元春ではなく、古い友だちだった。とても苦境に陥った時、音楽を聴くといいよ。不思議なもので力が出るよと教えてくれた。今も一人で部屋にいて、なんか変だなと思った時は、音楽が止まっている時。すぐにデジタルフォトフレーム、ウォークマン、PCいずれかの再生装置に手を伸ばす。

音楽は磁気媒体に記録された電気信号。それに力があるなんて迷信じみている。でも音楽によって苦境を乗り越えた経験により、それは迷信じゃないと確信が持てる。

そして、今眼を閉じて聞こえてくるこの音楽。磁気で記録されたものではない。スピーカー経由で伝わる音とは別に、楽器から直接、あるいは元春の喉から空気の波動にのってくる。こんな時代だからこそ、元春のユーモアが、かっこよさが、人の良さが、直に伝わってくるライブが貴重だ。

椅子からも伝わってくる重低音が心地よい。まるでマッサージチェア。
誰が落としたのか、床に10円玉が転がっている。

つづき

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2011年6月22日 (水)

ブログ毎日更新 ギネス記録

"ブログ毎日更新" ギネス記録

もしも、このキーワードでヒットしてきた方がいたら、ここで合っています。ゆっくりしていってください。

2005年9月22日に始めたブログ「しらべるが行く」は毎日更新をつづけて、今日で2100日2100話となりました。

まだまだ、この程度でギネス記録を狙おうなどと、僭越なことを考えているわけではありません。

ただ、そのような問題意識を持っているご同輩がいるのかは興味があります。

「革命メディア ブログの正体」伊藤 穰一著 によると、「2005年は、日本ブログ元年」とあります。
その根拠は明確に書かれてはいませんが、文脈から2005年に行われた「郵政民営化」を争点とした総選挙が、ブログの起爆剤となったと読み取れます。

そうだとすれば、2005年9月 に始めた「しらべるが行く!」は日本国内においては、連続更新日数最長の可能性があります。

とは言っても、外国にはそれ以前からブログ文化が始まっており、現時点でのギネス(世界)記録の可能性は低そうです。

ブログの場合、監督がいて「ちょっとキミ、最近、おもしろくないから一日休みなさい。復活すればキミがスゴイことは誰よりも僕が知ってるから」などと言って休養を強いられることはありません。

どんなにネタがなくても、面白くなくても、書き続けることはできる。そうすると、連続更新が途絶えるのは、その命絶える時ということになります。

これから先、更新をつづけて行けば、10数年後に外国の毎日ブロガーが"引退"した後に、世界一の座が回ってくるかも知れません。

しかし、課題はその先にもあります。もしも、世界一の座に着いたとしても、それは不滅の金字塔にはなり得ないということです。

今、小学生や中学生でブログを始めた"少年少女ブロガー" 彼らがライフワークとしてブログを続ければ、70年、いや80年連続更新という記録が生まれるでしょう。

しらべるが行く!には、とても80年は難しい。不滅の世界記録を打ち立てるためには、人類の長寿記録を更新しなければなりません。

ということで、できるだけ長く続けたいと思います。

また、時々思い出して読みに来てくださいね。

しらべるが行く!

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2011年6月21日 (火)

佐野元春30周年 何がどかーんと大きかったのか?

本来の3月13日に行われていれば、それは佐野元春55歳の誕生日。
さすがに、3ヶ月遅れて Happy birthday を合唱することはできなかった。

2010年春からつづいてきた、佐野元春デビュー30周"年度"の活動は、1年4ヶ月に渡っている。
実に色とりどりの活動があった。
元春ファンにとってこれらは、彼が予告していた「どかーんと大きなこと」だっただろうか。

2009年7月のライブで彼が「来年は30周年。どかーんと大きいことをやりたい」と予告した時、スケールが大きいことというイメージが沸いた。
20周年のそれは「武道館ライブ」「20周年記念ベスト盤」だった。

どかーん=大規模会場ライブ
どかーん=史上空前・前代未聞

しかし、元春が紡ぎ出した現実はそうイージーなものではない。
結果的に実行されたプランの数々。
これらは「30周年度という一連のプロジェクト」として、ドラマ仕立てになっており、その試み全体を見た時、規模が大きく、史上空前であり、どかーんと大きかった。

佐野元春30周年記念プロジェクト一覧

中でも秀逸だったのはWOWOWスペシャルドラマ堤幸彦×佐野元春「コヨーテ、海へ」

近年では「20世紀少年」「BECK」を撮った堤幸彦。
だが「コヨーテ、海へ」はどの作品とも違っていた。
彼の心にずっと流れてきた熱さを綴る自叙伝だ。

長渕剛の娘、長渕文音の英語がかっこよかった。
カメオ出演の元春もクールだ。
いつか、元春がシリアスな役で主役を張る映画を一本だけ撮ってもらいたい。
そして、天国のお母さんに見せた後、僕らも観たい。

「コヨーテ、海へ」は、1980年元春デビュー以降、彼がよく口にしてきた「ビート」という言葉に今ひとつリアリティが持てなかったファンにとって、ビートとの初対面になった。

Tkf

13:55
曇り空の有楽町
駅のホームから見る東京国際フォーラムには、今もまだ改修中の足場が組まれている。
アトリウム内の回廊では、週末にはイベントが行われており、この日は骨董のフリマ。
骨董に混じっている、コレクターのアンテナにかする品々。
思わず、先を急ぐ足が鈍る。

Robby

ホールA入り口では、15:00の会場に向けて準備が進んでいる。

Moto

一時間前ということもあり、人影はまばら。
きっと、一時間後には多くの人がケータイカメラを向けるであろう。

この東京ファイナルは昨日の6月18日につづいて二日間。
ネットの書き込みには「記念グッズ売り場が大混雑」と書かれていた。
目の前にはそのグッズ売り場。
ホール内の売り場とは別に、入口にも先行販売テーブルを出した様子。

Goods
写真を撮っていると「よかったら、どうぞ」と女性の声。
据え膳食わぬは男の恥(ちょっと違うと思う)
せっかくのお誘いなので、白いトートバッグを買い求めた。

 →この話のつづき

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2011年6月20日 (月)

あの日から時を更新していない元春G-SHOCK

Beat goes on !

その日、その場所は、その時計が日本で一番”時計密度”が高い場所になっていた。

Motog 右下のインジケーターが空白になっている

佐野元春 VISITORS20周年記念 G-SHOCK
GW-300BTMO-1JR

佐野元春が監修したビジターズ発売20周年記念G-SHOCK。
2004年2月に350本が限定販売され、裏蓋には通し番号が刻印されている。
番号は1から350までというわけではなく、手元の時計には400番台の番号が刻印されている。

左側の写真は部品をつけかえたオリジナルのフロッグマン。
時報に合わせてある。
元春G-SHOCKが2分近く進んでいるのは、東日本大震災以降、電波を受信していないためだ。

G-SHOCKは進む仕様で作られている。
電波時計は定期的に時間を修正するが、そうでない時計はすぐに1分以上進む。
遅れることはない。
「誤差0は難しい。それならば、遅れるほうがいいか、進んだ方がいいか」
カシオ社内で議論の末、こうなったのだと推察している。

日本には2つの電波送信施設がある。
一つは福岡県のはがね山標準電波送信所。
もう一つは福島県、おおたかどや山標準電波送信所。
東日本大震災の影響で停波。
4月21日に再開したが、4月26日に 落雷により停波した。
その後、5月中旬に復旧している。

他の電波時計は5月半ばから正確な時を刻むようになったのだが、元春Gだけはまだあの日のまま。
恐らく、どこかのボタンを押さなければならないのだろうが、説明書がどこかにいってしまってわからない。
この日、この場所に来れば、この時計をはめた人々が大勢集まっている。
その中の誰かに聞けば「ここを押すんだよ」と教えてくれるはずだ。

2011年6月18日、19日
佐野元春30周年記念ツアー All flowers in time Part3のファイナルが東京国際フォーラムで行われた。

本来の予定は3月12日、13日だったのだが、3月11日に「東日本大震災」が起きた。
会場の「東京国際フォーラム」ホールAは機材が破損して使えなくなり、5月末までに予定されていたすべての公演が延期/中止されていた。

Tkf 2011年5月撮影

チケットは公演順どおりに振り替えられた。
3月12日(土)→6月18日(土)
3月13日(日)→6月19日(日)
若干のキャンセルがあったため、興行元のディスクガレージから追加販売が行われた。

会場前ではツアーと共に旅をしてきたアニバーサリーフラッグに、多くのファンが最後の一筆を書き加えていた。

 →佐野元春、その航海の帆を紡ぐ男

さて、元春G-SHOCKだが、出かけようとして手にした時、時計が進んでいないことに気づく。右下にある電波受信を示すインジケーターが灯っている。ずっと同じ場所に置いていたというのに・・

元春G-SHOCKは 3月11日以来、再び正確な時を刻み始めた。

つづく

佐野元春の歴史

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2011年6月19日 (日)

フルミネンセのユニフォームに、デコとの再会を想う。

リベルタドーレス杯2011で敗退し、再会がまたも遠のいたデコ。
息つく暇もなく、ブラジル国内リーグ「カンペオナート・ブラジレイロ」2011シーズンが始まっている。

デコは移籍することなく、フルミネンセで2年めのシーズンに入った。
昨年は8月までチェルシーにいて、ブラジルでは半年しか働いていないので、ブラジルでのフルシーズンは初めてとなる。
去年は、フルミネンセの優勝に後から乗っかったようなものだが、今年は「デコで勝った」と言われたい。

ところが、開幕戦はホームでサンパウロに0-2の敗戦。
光の見えてこないスタートになった。
その中で唯一の光は、デコが出場してシュートを打ち、ディフェンスで相手を追いかけてと、元気な姿が見られたことだ。

情報不足は変わらない。
今でも本屋に立ち寄っては、サッカー雑誌の表紙をチェックするのだが、デコの文字は見つけられない。
"デコ フルミネンセ"
のキーワードでネットを検索しても、トップに出てくるのはこのブログ。

壁に掛けたデコ フルミネンセ2011のユニフォームを見ると、デコとの再会の可能性について考えずにはいられない。
最もオーソドックスなのは、カンペオナート・ブラジレイロを連覇して、リベルタドーレス杯2012へ進み、そこで優勝して、2012年12月に日本で開催されるクラブワールドカップに出場すること。
1年半も先のことであり、そこに至る道のりは気が遠くなるほど険しく長い。

手っ取り早いのは、2011年12月、3年ぶりに日本に戻ってくるCWC・クラブワールドカップ
その出場チームに移籍すること。

欧州代表はFCバルセロナ。
デコはかつての場所に今も強い共感を抱いているだろうが、先方が再びデコを求めるとは思えない。
少なくとも「デコは戦力外」と記者会見までした監督がいるうちは、その可能性はまさに"砂中に針を探す如し"

アジア、アフリカ、オセアニア、北中米のクラブにデコが移籍することはないだろう。
あるとすれば欧州復帰か、ブラジル国内。

ブラジル国内では、フルミネンセに次いでカンペオナート・ブラジレイロからリベルタドーレス杯に進んだサントスが決勝に進んでいる。

リベルタドーレス杯は6月22日に決勝第2戦が行われる。
決勝第1戦、サントスはawayを引き分けでしのいでおり、後はホームを残すのみ。優勝に近づいている。
しかしこれも、サントスから強い引きでもない限り、デコが移籍を望むことはあり得ない。

チェルシーとの粘り強い交渉をして、迎えてくれたフルミネンセにデコは恩義を感じているだろうし、それに応えたいという気持ちがとても強いだろう。

あとは、デコが秋葉原に電気製品を買いに来る気になるのを待つくらいか・・・

1977年生まれのデコはもうすぐ34歳。
それは、フットボールではベテランと言われる年齢。
いつ引退してもおかしくない年齢でもある。
しかし、40歳前後までレギュラーを続ける、息の長い選手がいないわけでもない。
要はデコがどの程度、長く動ける体を作っていけるかだ。

幸いというか、デコはここ数年、チーム事情や自らの故障により、フルシーズン働いていない。
チェルシー移籍後は、一度も年間を通して出ていないし、バルセロナの最終年も終盤は戦力外扱いされた。
最後にフルシーズン、レギュラーを張ったのは 2006-2007。
あの、横浜でクラブワールドカップを取り逃がしたシーズンだ。

カンペオナート・ブラジレイロ2011シーズン
デコの故障が再発せず、輝きを取り戻すシーズンになることを祈る。

今後、デコブログは日曜日の不定期連載にします。


デコファンサイト

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2011年6月18日 (土)

後ろから数えて6番め

1-2km
後方からスタートしたうえに、たくさんのランナーが追い抜いていき、前方の視界はすっかり閑散としてしまった。
片側1車線の双方向、つまり2車線の道路に見えているランナーは50人ほどか。
1km地点といえばいつものレースならば、たくさんのランナーでごった返し、地面のアスファルトが見えないところだ。
今日は、遙か彼方まで道路が見渡せている。

こうなると、後ろを振り返ってみたくなる。
これまで、マラソンのレース中に後ろを振り返ったことは一度もない。
そういう余裕がないということもあるが、マラソンは誰かと競争するわけではないので、後ろを振り返る必要がないのだ。

もしかして、最下位なのか?
それはそれで、話のネタになるな。
そう思うと、振り返りたい欲求はもう止められない。

僕の後ろには8人ほどしかいなかった。
後続の皆さんは、道路はがら空きだと言うのに、一つのかたまりになって走っている。
ランニングクラブの仲間なのだろうか。

さて、6日前からとりくんできた「禁カフェイン」だが、その成果はさほどでもない。
心なしか、すっきり爽快感があるが、気のせいかも知れない。
コーヒーのない1週間はけだるいし、つまらなかった。
それでいて、成果はこの程度。
来年はやめておこう。

2-3km
主催者が公開している高低差表では、スタートから3kmまではなだらかに下っていた。
これが頭にあったことが、レース後半に自分を大いに苦しめることになった。
公式サイトに出ていたコース図と高低差のグラフをプリントしてきて、ZAMSTの上から貼っている。
レース後にGPSのデータを確認すると、一律に下るのではなく小刻みな下り→上り→下りの繰り返し。
グラフと目の前の道の違いに、少しずつ頭が混乱し始めている。

両腕には今年初めて使うZAMSTアームスリーブ。
筋肉の揺れを抑えて疲労を軽減する、腕にはめるCW-Xのようなものだ。
去年まで使っていたアームウォーマーは、防寒対策にはなるものの、疲労を抑える機能はない。
ZAMSTアームスリーブは、CW-Xほどの締め付け感はないものの、ほどよい圧迫感で好感がもてた。防寒性能もそこそこにある。
両腕で2,415円という価格も手ごろでよい。

3-4km
後続のランナーだった3人ほどが抜いて行く。
この分で行くと、本当に最下位を走ることになりそうだ。
4時間台前半のペースで走る僕が最下位とは、なんとハイレベルなレースなのか。
実際に「なんてハイレベルなんだよ」と独り言で突っ込んで笑っていた。

マラソンを4時間台(4:00~4:59)で走る場合、前半に抜いて後半に抜かれるか、前半に抜かれて後半に抜くか、いずれかのパターンになる。
去年、後者を経験したので、どれだけ抜かれようが、最下位に沈もうが、心にゆとりがある。
この時はまだ笑っていられた。

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2011年6月17日 (金)

道路専有面積日本一のマラソン大会

42.195kmの旅が始まる。
回を追う毎に高揚、不安、憂うつ、弛緩、緊張とスタート時の気分はいろいろに移り変わってきたが、今日のそれは無心。

レース前に準備運動、ストレッチは一切しない。
体を地面に慣らすように、ゆっくりと走り始める。

少しでも距離を節約するためにトラックの最も内側に陣取る。
内側の縁は少し段差があるのを初めて知った。
選手がトラックをショートカットしないためだろうか。
内側を亀のように走る僕を、ランナーの皆さんが追い抜いていく。

まず始めにルーチンのフォームチェックを行う。

 親指・小指とひざの三角形を意識
 ひざをゆるめる
 丹田呼吸法で意識を丹田へ
 腰をゆるめる
 腕振りのカタチを確認
 あばら骨の背中に両手の拳を当てて、胃を前に出す

これが、練習終盤で固めてきた腰高の「常歩走法」
トラック1周の半ばで、走る態勢が整った。

0-1km
競技場を出るあたりには、応援の皆さんで黒山の人だかりができていた。
競技場に戻って来てゴールするのは、既に「かすみがうら」「長野」で体験した。
こうして競技場からスタートして場外に出るのが夢だった。
熱烈な応援を受けて、とてつもなく気持ちが昂ぶる。
トラックをもう1周して、もう一度ここを通りたいと思ったくらいだ。
今回のレースで、最も応援が多かったのがここだった。

Dsc06600

この大会は、加賀市陸上競技場を出発、日本海まで走り塩屋で折り返す完全な1ウェイ折り返しコース。
1ウェイ折り返しは「荒川(現在は 板橋City)」「湘南国際」で経験があるが、それらはいずれも交差点を一度も曲がらない単調なもの。
交差点を曲がる1ウェイはどんな感じだろうか。

競技場を出るとすぐ左に折れて、この運動公園へのスロープを下りていく。
大会と加賀市の幟がはためき、満開の桜が両脇を彩る。

「中央公園口」の信号を左折していよいよ一般道路へ。
双方向交通規制されており、スタート直後というのにかなり走りやすい。
この参加人数に対して、この道幅は贅沢だ。
これほど、ゆとりがあるレースは経験がない。
1人あたりの道路占有面積では、恐らくこの大会がマラソン日本一だろう。

入り1kmの設定は6:45だが、せっかくの下りなので、きちんといただいて 6分15秒。


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2011年6月16日 (木)

初体験 トラックからのスタート

20分前
音楽をonにしてウォークマンをHOLD。
「ララルララルララ」羊毛とおはなが流れ始める。
いつもは床についてから聴く曲。
スタートまでの20分は心を静める選曲としている。

15分前
競技場からスタートするマラソンは初体験。
それはエリートランナーの特権。
市民マラソンで競技場のトラックからスタートできる大会を、他に知らない。

ゴミ箱がある場所で、直前ジェルを摂っておくことにする。
2つのうち1つはパワーバートロピカル味。1つはショッツのカフェイン入り。
カフェインはレースが始まってからと決めていたが、実験的にレース前に1つ摂ってみた。

Caravan&Curly Giraffeの「Find it into music」が鳴っている。
そのレースで初めてセットリストに入れた曲は新鮮で、思考がふと鮮明になる効果がある。
だから、できるだけ新曲を入れてくる。

ここまで来ると、すばらしいレースにしたいといった欲は消えている。
およそ半年の準備をしてきた佐倉が中止になり、一度はかすんだスタートラインに今、つくことができる。
そのことに心から感謝して、幸せを感じていた。

「全国健勝マラソン日本海大会」は、競技ごとにスタート時間が違うので、走りやすい。
マラソンはトップを切って9時スタート。
トラックの内側にはいり、スタート位置付近の「フルマラソン」のプラカードに近寄る。

前回出場が398人。恐らく今回も400人前後だろう。
最後尾にいてもロスタイムは知れている。
集団のちょうど真ん中あたりに並ぶ。
他の大会ではお馴染みの「割り込み」はここにはない。誰も"がつがつ"していないレースは初めて見た。
制限時間は5時間。
条件は去年走った長野マラソンと同じなのだが、アスリート然としたランナーが多い。
絵に描いたような「初マラソンの素人です」というランナーは見渡す限りいない。

空は快晴
競技場の茶色いトラック
薄い緑の芝
ランナーのあでやかなユニフォームに空の青が映えている。

「君が代」が流れてきた。
おぉ粋な演出だなと思ったら、自分のウォークマンからだった。
つづいて「ポルトガル国歌」
デコが所属した代表国の歌。2度めのマラソン「湘南国際」以来、毎回スタート前に入れている。

3分前!の号令がひびく。
ランナーがスタートラインに向かって前進。

9:00 号砲
今回はスタートライン上でフォアアスリート(GPS)の[start]を押そうと思っていたが、スタートラインは目の前。ロスタイムは少なそうなので、号砲と同時に[start]を押下した。

たいていの大会では、4時間を超えるランナーにとってスタートラインは遙か彼方。
号砲は聞こえないので、スタート時間を時計で確認して[start]を押す。
号砲がこの耳で直接聞こえたのは初めてだ。

Dsc06600_2

スタートライン上で確認したロスタイムは 9秒。
もちろんこれまでに出た6回のマラソンで最も短い。

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2011年6月15日 (水)

「早く禿げる方法」 補遺版

「しらべるが行く」では過去に、早く禿げる方法をご紹介した。

過去記事は、Googleで「早く禿げる方法」を検索すると、見つけることができます。

それを読まれた方の中には、その御利益があって、めでたく目標を達成された方もいると思う。

その後も日々、早く禿げる方法を研究している。
その後、新たにわかった「禿げる方法」について"惜しげもなく"披露することにした。

大切なのは「さぁ、今日はどれくらい禿げただろうか」といつも髪を気にすることだ。
トイレの鏡、ショウウィンドー。姿が映る場所では必ず髪がどれくら減ったかをチェックしなければならない。
「見れば見るほど減るぞ!」
と気合いを入れることも有効だ。

リアップをしばらく使った後、使うのをやめる。
これほど、確かな方法はない。
できれば、欲張って輸入品のロゲイン(5%)を買い、頭皮を雲脂だらけにするのもよいだろう。
頭皮は不潔を保たなければならないからだ。

リアップを一定期間使ったら、その効果を疑い、他社の「***」や通販でよく売れている「+++」に変更すると良い。
禿げるには「血流促進」を謳う育毛剤を使うのが鉄則。
肝心なのはリアップを使い続けないことだ。

頭皮はできるだけ、もんでもんで、もむだけもんでマッサージだ。
頭皮をもんで、禿を達成した先輩たちに続こう。

シャンプーについても研究が進んでいる。
まず、カビなどをとりのぞく殺菌力の高いシャンプーを使う。
頭皮は殺菌しまくったほうがよい。

ドライヤーは使ってはならない。
熱は髪に悪いと信じて、自然乾燥を死守しよう。
そうして濡れたまま放置すれば、頭皮が蒸れてカビを呼び込んでくれる。

サプリメントは使いたいだけ使うと良い。
できれば、栄養はサプリメントから摂って、主食は極限まで減らす。
そうすれば、ダイエットもできてよい。
プロテインを常用することも勧めたい。それも禿の近道だ。

育毛講座

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2011年6月14日 (火)

盛り上がる加賀のランニング文化

加賀スポーツセンターの広い体育館いっぱいに、1部「フル男子18才以上」から28部「ハーフ車いす男子50歳以上」まで受付が並ぶ。

Dsc06619

とてつもない規模だ。加賀のランニンブ文化の盛り上がりが窺える。
マラソンは400人弱の参加者。列に並ぶこともなく、ビニルパックされた資料一式とナンバーカードを受け取り、昨日下見しておいた更衣室へ。

資料には手を着けず、レース後にゆっくり見ることにして、そのまましまい込む。
レース後に見ると、袋には記念品のバスタオル、要項の冊子、お楽しみ抽選券、日本海なべ引換券、おにぎり引換券 が入っていた。
帰りの飛行機の時間もあるし、抽選会どころではないだろうと思っていたが、それは予想とは違っていた。

手渡されたナンバーカードには、あらかじめトルソータグが貼り付けられている。

torso tag は、マラソンのレースで、タイム計測に使う四角形の器具。ナンバーカードに装着する。
重さ:8g 充電池を内蔵している。
torso は胴体という意味。
胴体とは、頭、首、腕、. 脚、手、足を除く体幹部分。
陸上競技では、トルソーがフィニッシュラインを越えた時点がゴール。トラック競技選手が胸を突き出すようにしてゴールするのは、トルソーの一部を少しでも速くゴールラインに届かせるためだ。
市民マラソンでは靴に装着するチャンピオンチップが主流。ただし、足はトルソーに含まれないため、厳密にいうと計測は正確ではない。
トルソータグにも難点はある。
チャンピオンチップ は靴紐に通すか、結束タグで結わえるのでまず落下しないが、トルソータグは落ちやすい。
把握している大会では、とくしまマラソン、NAHAマラソンが使用していた。今後は増えていくだろう。

靴につけるチャンピオンチップの場合、靴紐を解かなければならない。
その点、トルソータグは装着も脱着も簡単。ほとんどの大会では着脱は係員が行う。
ストレスが1つ減って、ランナーはとても助かる。

ナンバーカードは張り詰めて留めると、衣服が突っ張って走りづらい。
程よく撓(たわ)ませなければならない。
昨日のうちにダミーナンバーカードで位置決めしておいた安全ピン。
これは大正解。
簡単にナンバーカードを定位置につけることができた。

8:05
スタートまで1時間を切ったので、ベスパプロを飲む。
手袋、トイレに紙がない場合のポケットティッシュ、15分前に摂るジェル2つ、グリップ給水ボトル。
これらの手回り品は「スタート袋」とマジックで書いてきたコンビニ袋にまとめて、手に持つ。
去年の大会で、これらを持ってトイレに入るのが大変だったので、考案した。

荷物を10円のコインロッカーに押し込む。
多くのランナーが、応援者と同行して来るのだろう。
コインロッカーは半分も埋まっていない。

8:15
更衣室のとなりにあった体育館のトイレに並ぶ。
列はわずかに1人待ち。こんなに短い列はマラソン経験初。
それでも用を足し終えた後には、10人ほどの列になっていた。

まだ時間があるので、体育館内のトレーニングルームに入って暖を採る。
ここでは、多くの人がくつろいでいる。
ランナーよりも、応援に来た家族の方が多い。
ここでは派手なデコユニは場違いで、さっきから子どもがじーっとこちらを見ている。
少し恥ずかしい。

8:35
スタート25分前。
レジ袋に入れて持ち歩いていた靴を履いて外に出る。
ほとんどの人が玄関にレース用の靴を脱いでいるが、恐ろしくてとても真似ができない。
万が一、紛失したら走れなくなる。盗られることはないにしても、かかとを踏まれたら靴が台無しになる。

スタート会場の陸上競技場へ。
既に大勢の人が選手控え室で待機している。ここにもロッカー、トイレがある。
マラソンが今より5倍の 2,000人規模になっても、充分に耐えうる設備だ。

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2011年6月13日 (月)

レースの朝、揚げ物を食べてはいけません。

5:20起床
自宅マラソンと旅マラソンでは、起床から出発までの時間が違う。
今回は前年の長野マラソンに倣い、出発の60分前に目覚ましをかけた。

電磁ポットでお湯を沸かしてカップみそ汁をつくる。
冷蔵庫からごはん、とんかつを出してそのまま食べる。
「ご依頼いただければ、電子レンジで温めますよ」と言われていたが、気が引けた。
やはり冷たいとんかつとごはんはまずい。

Dsc06616

「レースの朝は、消化が悪い揚げ物を食べてはいけない」
たいていのマラソン書籍には、そう書いてある。
専門家の言葉には素直に従うこともあるが、我流を貫くこともある。
初マラソン以来、朝はとんかつと決めているのだ。
それでも消化がよい方がいいに決まっている。
一口30回しっかり噛みながら、静かにゆっくり朝ご飯。
レースのことは考えない。
走り始めれば、いやでも入れ込むのだ。
レースに向けて気持ちを上げていくということは一切意識しない。
マラソンはいかに気持ちを上げていかないかが大切だ。

トイレを済ませてからレースの準備。
印刷しておいたABCシートをチェックしながら進める。
ブリーズライト、白色ワセリン、テーピング、パワーテープ、CW-X、ユニフォーム・・

Dsc06612

用品は手前右から「レース着用」「レース直後」「レース使用予備品」「レース直前」に小分けしてある。

マラソン当日は緊張感から平常心を保つのが難しい。用意しておいても、忘れてしまうことがある。直前で焦っている時に、荷物全体から探しモノをするのは難しい。場面に応じて荷物を分けておけば、いろいろな事態に落ち着いて対応できるのである。

今年は、去年の教訓を元に「スタート袋」をレジ袋で作った。


去年はチェックアウト60分前の起床でよかったが、ごはんをゆっくり食べた分、今年は時間が押してしまい焦った。
マラソン客は他にはいないようで・・というより、ホテルのロビーに他に人影はない。

小松駅は今朝も閑散としている。
すぐそばに重機大手KOMATSUの本社が見える。
旅の荷物をコインロッカーにしまい、レース用品のリュックを背負う。

小松駅のホームには、ランナーらしき人が2人。
ランナーで埋まっていた去年の長野駅とは大違いだ。
6:50 定刻 普通「敦賀」行きが発車。
昨日乗った普通電車は2両編成だったが、今朝は6両編成。
マラソン大会のために増結してくれたのだろうか。とてもありがたいことだ。
既に車内には、金沢方面から乗ってきたたくさんのランナーがいた。
この大会に出るのは、大半が県内ランナーなのだろう。
それでも6両編成のおかげで、皆、座ることができた。

加賀温泉駅にはシャトルバスが待っていた。
一番乗りで乗り込むと、次々に「おはようございます」とランナーが乗ってくる。
ある程度人が乗ったら出発するのかと思ったら、そのまま、次に着く普通列車も待つ。ピストン輸送をするまでもなく、およそ1便で済むようだ。

マラソン当日特有の気ぜわしさが消えて、ゆったりした時間が流れ始めた。

会場に近づくと、大勢の人。大半のランナーはマイカーでやってきて、家族や知人は、そのまま応援するようだ。

受付は7:00から始まっていた。


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2011年6月12日 (日)

カメオ出演!

親戚の亀夫がテレビに出る
という話ではない。

映画が終わるとお約束のエンドロールが、画面の下から上に向かって流れてくる。
まずは主演俳優、そしてその他の俳優、つづいてスタッフ。
そして最後は監督なのだが、その前に表示されるのが「特別出演」

「特別出演」という言葉について、直近3年に見た500本の映画から分析した、しらべるの定義は
「本来ならば主演格の俳優を、限られた場面に起用したという但し書き」

制作関係者、主演俳優との個人的関係で、格安の出演料で出演したことを示すのは「友情出演」と表記されることが多い。
2006年に市原隼人が主演した「天使の卵」では、出番が少なく台詞もない三浦友和は、友情出演と表記された。
友情出演といっても、キャスト・スタッフの誰と友だちなのか、どの程度の友情なのか。親友なのか、知人に過ぎないのかまでは紹介されない。

映画に携わる業界人は、これらの特別な出演を「カメオ的に出演する」「カメオ出演」と言うことがある。
カメオは亀夫ではなく、装飾品の cameo。カメオは石に彫刻を施した装飾品で、ブローチやペンダントとして使われる。
カメオのように、一瞬見ただけでも、存在感が大きいということに由来している。

2011年1月にWOWOWで放送された「コヨーテ海へ」に出演した佐野元春が、レビュー記事でカメオ出演と紹介されていた。
佐野元春の本名は亀夫だったのかと思った人がいた・・ わけない。
(佐野元春は本名です)

「特別・友情出演」の明確な定義はなく、表記するかしないかは制作側の解釈。
あるいは俳優の意向に寄る。

なかには、特別出演の表記を見て「それほどの役者なのか」と思うケースもある。
実例を挙げると・・・ その俳優とファンが気を悪くするのでやめておきます。

全編に渡り出演しているのに、特別出演と表記されることもある。
テレビ連続ドラマ「未来講師めぐる」で、深田恭子の父親役 船越英一郎が特別出演と表記されていた。
もちろん「ずっと出てたじゃん」とつっこんだ。

特別出演は、一度気にし始めると気になって仕方がない。
エンドロールをメモを片手に見るようになったのは言うまでもないが、上映の最中も
「お、***が出ているぞ。これは特別出演だな」
「もしかして、お前 あとで特別出演 名乗るつもりじゃないだろうな」
とツッコミどころが増えて楽しい。

しかし、特別出演という表現は品がない。
「どーです、私は特別です。格が違いますから」と言っているようなものだ。

中にはかつての大スターが、そうクレジットされることがあり、最近はめっきり脇役なんだけど、腐っても鯛ですから。と言っているようでもの悲しい。

「特別」は制作側が気を使って表記するのだろうが、その気配りを客に押しつけられるのは興が覚める。
超大物でも、それを書かないところが慎ましいというものだ。

中井貴一主演の「寝ずの番」で、葬式会葬者役で数秒、台詞なしで出演した浅丘ルリ子。「クワイエットルームにようこそ」で端役を担った妻夫木聡には、特別・友情のクレジットがつかなかった。
二人は自ら「特別」を辞したのではと拝察した。それらの映画はあざとさがない、立派な作品として心に残った。

しらべるの映像関連用語もくじ

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2011年6月11日 (土)

一人ぼっちの旅マラソン前夜

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小松駅のコインロッカーから、旅の荷物をピックアップ。
今日の宿、サンルート小松へ歩を進める。
駅からホテルへつながる道の途中に喫茶店がある。
ここで少しくつろぎたい・・・
しかし、今はレース前の禁カフェイン中。
コーヒーがとても恋しい。
喫茶店に入り、コーヒーを飲みながらここまでのメモを書く。
そんな旅の楽しみを我慢するのは辛かった。

サンルート小松はジョルダンの「出張パック」にセットされていた。
JR小松駅から 720m 徒歩12分、設備がよいビジネスホテル。

部屋に加湿器があるか?
毛布は追加で借りられるか?
旅マラソンではいつも確認する質問をメールしたところ、コンシェルジュから即座に、部屋に入れておいてくれると返信があった。

どちらが客だかわからないような、サービス業者が多いなか、このような「商売熱心」さは嬉しい。

エアコン、テレビ完備 地上波放送は無料。
インターネットのLANケーブル完備。パソコンを持参すれば無料で使うことができる。1日1,000円でパソコンの貸出もある。
目覚まし時計、歯ブラシ、コーム、カミソリ、コットン・綿棒、ドライヤー、ナイトガウンが常備され、電磁ポット、冷蔵庫(電源オンオフ式)もある。

朝食バイキングは7時からなので、今年も自前調達となる。
お湯が沸かせるポットと冷蔵庫は必須である。
共用電子レンジはないが、フロントに頼めば温めてくれると、コンシェルジュからのメールにあった。

部屋に入り、荷物を広げてすぐ、ダミーのナンバーカードを安全ピンでユニフォームにつける。
そしてカードをはずす。
すると、そこには安全ピンだけが残る。

当日レース前の受付というのは、今回が初めての体験。
ナンバーカードをユニフォームにゆったりと留めるのは難しい。
安全ピンの位置を決めておけば、レース前の慌ただしい時に焦らずに済むと考えた。

つづいて、最寄りのスーパーに朝食の買い出し。
ホテルから440m 徒歩8分の場所に、マルエー土居原店がある。
小松駅にはコンビニがあるが、ホテルまでの間にコンビニはない。
ここが唯一、食料品が調達できる店だ。

朝ご飯のメニューは去年と同じ「とんかつ・ごはん・納豆・みそ汁」と決めてきた。
初めて訪れるスーパーマーケットは何がどこにあるかわからない。
一つずつ店員さんに尋ねながらカゴに入れていく。
店員さんはとても朗らかで親切。
旅先では都会とは明らかに違う優しさが嬉しい。

とんかつ、ごはん、みそ汁と順調に見つかったが、最後に納豆だけが見つからない。
もしかして、石川県民は納豆を食べないのか?
と思ったら見つかった。
しかし1個売りがない。3個パックで78円。
1つ食べて2つ捨てるというわけにはいかない。
誰か2個もらってくれないだろうか・・
と思ったが、見ず知らずの人から突然「納豆2つ要りませんか?」と言われたら、気味が悪いなと思って、納豆は諦めた。

レジでお金を払うと、カゴに袋を入れてくれなかった。
あれ、袋は?
レジのおばちゃん、きょとんとして言う
「あ、持ってないのね。有料ですけど、いいんですか?」
引き出しの奥から、有料の袋を引っ張り出す。
袋を買う人は滅多にいない様子。

聞くと、この地域ではどのスーパーもこうなのだそうだ。
進んでいるな、小松

まだ17時を回ったばかりだが、外は冷えてきたのでこの足で夕飯へ。
これも事前に決めておいた中華料理店へ。
去年、長野マラソンの前日「大阪王将」で炒飯を食べて、レースが快走だったから験を担いだというわけではなく、ただただ炒飯が食べたかった。

Dsc06615

入浴を済ませて、荷物の整理を終えると20時。

忙しかった
息つく暇もない
どえらい準備だ
自分のマラソンは、準備の工程が多い
多すぎるかも知れない。
人が見たら、そこまでやるのかと言うだろう。

少しずつこれを減らしていくには、サブ4が転機になる。
佐倉を走ることが成らず一時は呆然としたが、こうしてスタートラインまできた。
幸せに感謝
明日は楽しむことができそうだ
準備は万全
体はできている
入れ込まずに、脳に任せよう

去年、前夜の宿で38度の熱が出て慌てたが、今年はなにごともなく順調。21時を前にして眠りに落ちた。

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2011年6月10日 (金)

10円のコインロッカー

主催者に電話を入れて、荷物預かりサービスの有無について確認する。
これまでに出た5大会では、いずれも手荷物預かりサービスがあった。
かすみがうらだけが100円で、他は無料。
全国健勝マラソン日本海大会のホームページには、手荷物預かりについての記述がなかった。

「手荷物預かりはありません。ただ、見回りも強化していますし、ここ数年は盗難事故は起きていませんよ。
コインロッカーもありますから」

心配に及びませんよ。という説明を聞いても、まだよくイメージがわかない。
免許証やクレジットカードが入った財布を、置き去りにして走るのは不安だ。
できるだけ走ること以外の不確定要素はなくしておきたい。
現場を見に来て良かった。

Kannon 右手には大きな観音像

加賀温泉駅から会場の加賀陸上競技場までは、住宅街を抜ける一本道。
それはどこにでもある雨上がりの田舎町。
徒歩でおよそ25分かかった。

Dsc06605

「中央公園口」の交差点で写真を撮る。
明日はここから、公道へと旅立つのだ。

「中央公園口」の信号から競技場につづく道は長い上り。
中止になって走ることができなかった「佐倉」のゴール間際もこんな感じなのだろう。
佐倉では「最後の上りがきつい」というのが名物になっているが、この坂も負けていない。明日はこの坂をどんな気持ちで上ってくるだろう?

閑散とした競技場では、曇り空の下、会場の設営が行われていた。

Dsc06599

奥にある加賀スポーツセンター(体育館)が受付場所。
事務所の職員さんにコインロッカーの場所を尋ねる。
それは、廊下の奥にある男子更衣室の中にあった。
料金は10円。

やすっ
誰も居ない更衣室、気兼ねなく大きな声でつっこむ。

会場の下見が終わると、特に観光スポットもなく予定無し。先を急ぐこともない。ネットで調べておいた食堂でお昼にする。

今日まではカーボローディング後半。
炭水化物摂取のためラーメンを注文して、お昼のNHKニュースに目をやる。
「先ほど、関東地方で地震がありました。震源地は・・」
食い入るように見入っていると、どこからですか?と女将さん。
東京ですと答えると、息子が東京にいるんですと、しばし話に花が咲く。

女将「なんか、若々しいねぇ、細いからかな」
大将「そりゃ、走っとるんやから、当たり前やろ」

これでも去年、長野で「見るからに体脂肪率が低いって感じですね」と喫茶店主に言われた時より太めなんだが・・と苦笑い。
1人旅では声を出して笑うことがない。
人の暖かさが嬉しい。
混んできたお店を後にする時「明日、がんばってください」と2つの声に見送られた。

加賀温泉駅からの帰り道。
時間はたっぷりあるので、今度は普通列車を待つ。

普通列車にはドア・ボタンがあり、乗客は乗降の際、自分でボタンを押してドアを開閉する。
北陸の寒い気候ゆえ、乗降客がない駅や始発の出発前、室内に風雪が吹き込まないようにとの工夫なのだろう。
賢い。
地元の高校生たちも「ほら、押さなきゃ(開かないよ)」とやっていて、このボタンの歴史はまだ浅いのかも知れない。

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2011年6月 9日 (木)

事前調査どおり、加賀温泉入り

4月16日(土)マラソン前日
羽田から今にも雨が落ちてきそうな重い空を飛んで、小松空港に降り立ち、松井選手の歓迎を受ける。

Matsui

着いてすぐにしたことは、お土産売り場のチェック。
今回買って帰ろうと目を付けてきた品々が、空港の売店にあれば途中で買わなくて済む。
「月よみ山路」
「焼き鯖寿司」
そして、職場のお土産用として、数が多いお菓子。
いずれも空港売店にあった。

空港からバスに乗って小松駅へ。
小松と言えば空軍の小松基地がある。
今日は戦闘機の爆音が聞こえない。
土曜日は練習は休みなのだろうか。

小松駅
西口を左に出てすぐ、事前に調べておいたコインロッカーに旅の荷物を入れて、会場の加賀温泉へ下見に向かう。

列車はおよそ1時間に3本。
そのうち2本は特急「しらさぎ」と「サンダーバード」
普通は1本のみ。
次の普通までは、まだ30分ある。
各駅停車で3駅とわずかな距離だが、待つ時間が惜しいので、特急料金を払うことにする。

Sirasagi しらさぎ

しらさぎとサンダーバードの違いを見たかったので、10:06しらさぎを見送って、10:11サンダーバードに乗車。

Tb サンダーバード・・・

加賀温泉駅は駅員さんによる、久々の「手動改札」
湖西線内の強風により大阪行きサンダーバードが運転をとりやめたことが掲示されている。
この風が明日吹くならば、僕の後ろから頼むよ。

加賀温泉駅は石川県の温泉地、片山津温泉、山代温泉、山中温泉の最寄り駅。
加賀温泉という温泉はない。
観光ガイドでは、この地域の温泉の総称として加賀温泉郷という通称を使っている。
1970年に「作見」駅を改名して「加賀温泉」駅とした。

ここでも、駅売店をチェック。
鯖寿司が空港より安い。日持ちをお店の人に確認。まる一日はもつとのことなので、明日のレース後にここで買うことにする。
事前の調査では、松葉屋の「月よみ山路」が売っているはずだったが、見あたらなかった。

今にも雨が降りそうな曇り空。
雨が降り出したら、途中に1軒だけあるコンビニで傘を買おう。
駅を出てすぐ右手前方に、マラソン会場へのシャトルバス看板が設置されている。
会場に向けて歩き始めた。

Bus

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2011年6月 8日 (水)

ニフティと共に歩んだ20年

1999年3月、ニフティサーブから日商岩井が撤退。富士通1社での経営となった。
それ以来回線メンテナンスの品質が落ち、つながりにくくなったという意見が多く聞かれるようになった。
11月、同じ富士通のプロバイダーサービスInfowebと統合、サービス名が@niftyとなった。

パソコン通信の時代には、フォーラムと呼ばれるテーマ別のコミュニティが充実していた。
そこには、積極的に質問に答えてくれる会員が多数いた。
そういったネットの先輩は、ネットのエチケットについてたくさん小言を言ったが、その分しっかりと質問に対しては面倒をみてくれたものだ。

だが、そうしたネットの開拓者達は1995年に普及し始めたインターネットに移行していく。
1999年時点でフォーラムの利用者は、ニフティ全会員の1割程度まで落ち込んだ。

2000年
7月~ ADSLでの高速接続サービスを東京都などで実験開始
(常時接続・通信費込みで7,000円)

9月1日より、会費が時間無制限 2,000円となる。これは2011年現在も変わっていない。
当時このプランには、ホームページ容量10MBがついていた。

2001年
1990年代前半に比べると、2000年以降は混雑がひどくなり、2001年に入り状況はさらに悪くなった。

2002年
「ニフティとソニーが買収交渉中」と報道されたが、結局実現しなかった。

2004年
1月、ホームページの容量が15MBに増えた。
2月、全国203か所のアクセスポイント廃止が始まる。
3月、多数のフォーラムを閉鎖またはwebフォーラムに移行させた。
いよいよ「パソコン通信」ユーザーの締め出しが佳境に入った。

2005年
2月、ワープロ・パソコン通信サービス終了を会員に告知。
3月31日、ワープロ・パソコン通信による掲示板サービスを終了。
5月31日、パティオサービスを終了。
8月8日、@nifty(旧NIFTY SERVE)→ @nifty会員へ自動移行
(移行を希望しない会員は2006年3月末まで「移行しない」という選択ができた)

2006年
3月31日、パソコン通信サービス終了。

4月1日、パソコン通信が終わった翌日、メールサーバーからメールが消える現象が起きた。
メールサーバーを管理する会社が、メールを消してしまうのはとても珍しい。
この会社のシステム部門は、十分な事前テストを行わないのだろうと推測された。

@nifty(旧NIFTY SERVE)会員は、会員種別が「@nifty会員」に強制変更された。
それまで無料で使えていた「期日指定メールサービス」が使えなくなった。
後にこのサービスは、ニフティWebメールでは有料となった。
*2011年現在月額100円
自社の都合でサービスを停止しておいて「代替手段は有料です」には驚いた。

2007年11月
通常のメールを迷惑メールと認識して、削除フォルダーに移動させる事故が起きた。
パソコンのメーラー(Outlook Expressなど)でメール受信している人は、消えたことにも気づかない。
異変に気づいたとすれば、ブラウザーでメールを読む「Webメール」の利用者のみ。
Webメールで見ている人も、迷惑メールフォルダーの中身を確認せずに削除した時点でアウトだった。

2008年3月3日
かんたんページ作成ツール「サクサク作成君」チャットツール「ChatChat」サイト内検索ツール「サイト内検索」ホームページ検索サービス 「ユーザーWeb検索」終了

2010年1月31日
接続会員向けホームページサービス @homepageの新規受付を終了。

ニフティサーブから始まって、およそ20年 毎月ニフティに"会費"を納めている。
一度も延滞することなく、きちんと支払っているが、これまでにボールペンの1本すらもらったことがない。
ホームページのディスクを有料で増量しているが「古いユーザー」に対して恩典は与えられていない。
ボールペンも値引きも要らないが、ホームページとブログを置いているユーザーとして、いずれ実現して欲しいサービスがある。
それについては、いつか提案書をまとめてニフティにお願いしたい。


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2011年6月 7日 (火)

あなたはニフティサーブを知っていますか?ニフティ25周年

プロバイダーのニフティが、会社設立25周年を記念して、当時のパソコン通信のインターフェースが疑似体験できるサイトを公開している。

パソコン通信とは、事業者が"会員"を対象に提供する「ネット」サービス。
この「ネット」を相互(inter)に接続したのが、インターネットである。

1,電話線を電話機から引っこ抜く
2,パソコンのモデムにモジュラージャックを"カチャ"っと差し込む
3,パソコン通信ソフトの起動命令を入力する
  (Windows以降は、Niftermなどの自動巡回ソフトの開始ボタンをクリック)
4,モデムがアクセスポイントに電話をかける
5,"トゥルルル"とコール音が聞こえる
  (すぐつながるので聞こえない時が多い。混んでいて "ツーツー"と、話し中のこともある)
6,"ブツッ"とつながった音がする
7,"ぴー"っと発信音が鳴る
  (FAXと同じ音)
8,そのまま待つと"ガー"っと音がする
9,そして"静寂"が訪れる
10,画面にID、パスワードを求める画面が現れる
11,aircraft、Niftermなどの自動巡回ソフトが、自動的に先に進める
12,ニフティサーブの歓迎メッセージが表示される

メールが届いている時は
ーー メールが1通届いています(未読分1通) --
と冒頭に表示されて、その後は巡回先のテキストが、画面下から上へとスクロールしていく。

今でこそ、ネットは家でも会社でも、あるいは出先からでもアクセスできるが、当時、パソコン通信といえば家でやるもの。
中小企業では、会社の電話線を使ってやったという人もいるだろうが、ビジネスホンを導入している大企業ではモデムとジャックが合わないため、使うことができなかった。

帰宅してパソコン通信につなぐ。
いろいろな雑音の後に訪れる静寂。
特に上記9の一瞬は、会社でどんなに嫌なことがあっても、一瞬にして忘れさせるほどの恍惚だった。
今回、25周年記念サイトでは、残念ながらその音は再現されていない。

⇒http://www.nifty.com/25th/niftyserve/

Nif 前回ログアウトの日時が泣かせる

「ニフティサーブ」は当初、日商岩井と富士通が合弁事業として行っていた。
1986年、日商岩井のNI、富士通のFをとって、NIF(エヌ・アイ・エフ)として会社が設立されている。今回の25周年は、ここが起算となっている。

NIFTY-Serveとしてパソコン通信サービスを始めたのは、1987年4月15日。今回の企画は、この日付を記念して、2011年4月15日に公開されている。パソコン通信サービス生誕からは"24周年"ということになる。


NIFTY-Serveはサービス名でもあり、@niftyの旧名称。
パソコン通信には他に、NECが提供するPC-VAN、IBMが提供するピープルという大手があったが、NIFTYの会員数は常にトップだった。

つづく

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2011年6月 6日 (月)

初めてのカフェイン断ち。体組成計とマラソン・ランナーと体重

1週間前
初めてのカフェイン断ちに入る。
マラソン直前の1週間~2週間、カフェイン(コーヒー 紅茶 緑茶 コーラ)を絶つことで、カフェインに慣れたカラダを一旦リセット。
レースでカフェインが効くようにする。
カフェインとは、レース中に摂るショッツ・エナジージェル。
これがマラソンにおけるカフェイン断ち。

だが、毎日コーヒーが欠かせない生活で2週間もカフェイン断ちをしたら、それこそ体調を崩してしまいそうだ。
そこで、期間は6日間。

月火水は高脂肪、木金土は高炭水化物、糖質中心。
カーボローディングは毎回同じパターン。
カフェインを抜いているせいなのか頭が痛く、倦怠感がひどい。
午後の仕事をしている時、ものすごく眠い。
そんなにもカフェインに頼っていたのか・・
今回はこのまま続けるが、来年はやめておこうと既に考えている。

旅マラソン出発前夜。
毎日乗り続けてきた体組成計に乗るのはこれが最後になる。

体組成計は筋肉量がわかる体重計。
左右手足、体幹別に、筋肉量、脂肪量がわかる。

マラソン準備期のチェックポイント
■BMI:20~22に入れる。
■体脂肪率:10%台前半をめざす。
■走らない日に、左右足の筋肉量が落ちていないか。
■筋肉量を維持、あるいは増やしながら、体重を落とす。
 体重が落ちても、筋肉量が落ちてはいけない。

体組成計を買って2シーズンめ。
今回は、シーズン前に正確な計り方をメーカーに確認した。

■毎日、入浴前に計る。*風呂上がりは体脂肪率が3~4%低く出る。
■ハンドルは腰の高さ
■腕は伸ばす。肘を曲げない。力を抜く。
■腕と脇が接触していない状態にする。

マラソンランナーにとって、体組成計は必須である。

今年は体重、体脂肪率共に去年をオーバーしている。
ただ、極度の節食をしていないので、心身が健康であることがわかる。
ランニング・クリニックで宇佐美彰朗さんが言っていた。
「三度出たオリンピックで、一番タイムがよかった時は、一番体重が重たかった。体重のことはあまり気にしなくて良い」
その言葉が支えになった。

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2011年6月 5日 (日)

デコの来日、またもならず。

4月29日
リベルタドーレス杯
決勝トーナメントベスト16 第1戦
フルミネンセ 3-1 リベルタ
HOME

2点のアドバンテージは大きい。
首の皮一枚の予選リーグ突破から一転、風はフルミネンセに吹き始めたようだ。
楽勝の気配が漂い、ベスト8は決まったも同然に思えた。

5月4日
リベルタドーレス杯
決勝トーナメントベスト16
リベルタ 3-0 フルミネンセ
away

前半0-0でしのいで折り返し。
あと45分、2点取られることさえなければ勝ち抜け。
ところが、その悲劇が起きた。

後半12分、40分に失点して 2戦合計3-3の同点。
ただし、この時点でアウェーゴール数が多いリベルタの勝ち抜けとなる。
そして、後半45分に3点目を失い万事休す。

ネットで映像を見る限りでは、デコの姿は見あたらなかった。


フルミネンセのリベルタドーレス杯からの敗退が決まった。

それは、同時にデコの2011年12月の来日がなくなったことを意味する。

2007年夏、FCバルセロナの一員として来日する直前。
奥さんの出産のためにブラジルに帰省して来日をキャンセル。

2008年5月、CL決勝でテリーがPKで足を滑らせて敗退。
もしもチェルシーが優勝していれば、2008年12月のCWCに来日したのはマンUではなく、チェルシー。
そこには、2008年8月に移籍したデコもいたはずだった。

そして迎えた2011年。
カンペオナート・ブラジレイロ2010の優勝でリベルタドーレス杯出場にこぎつけ、日本まであと4勝と迫ったところでの敗退。

2004年から2006年にかけてFCバルセロナの一員として4度、日本の地を踏んだデコ。

2004年7月 移籍直後 日本ツアー
2005年6月 日本ツアー
2005年7月 やり直し日本ツアー
2006年12月 クラブワールドカップ

2007年夏のドタキャンを境にすっかり、日本と縁遠くなってしまった。
またこれから、カンペオナート・ブラジレイロ→リベルタドーレス杯と一から積み木を積み上げていく作業は、気が遠くなるほど長い。

次回のデコブログは6月19日です。

デコファンサイト

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2011年6月 4日 (土)

マラソンで好タイムが出る三要素

19日前
3月まではなかなか減らなかった脂肪が減り始めた。
ウエストが引き締まってきた。
ベルトの穴が1つ奥に進んだことでわかる。
この後、1週間で、さらに穴はもう1つ奥に進んだ。
気候が暖かくなってきたこと、大会が近いことに体が反応しているのだ。
冬ごもりモードで脂肪をため込んでいた体が、春の訪れと共に脂肪の備蓄指令を解除する。
脂肪が減れば、軽い体で走ることができる。
4月のマラソンは1年間を通してベストシーズンだ。

2週間前
レース本番に向けて、いくつかのテストを始める。
1つは毎年恒例の音楽。
今シーズン初めてウォークマンをウェストポーチに入れ、ヘッドホンをつけて走る。
今年は特に、自転車の走行音が聞こえないことが怖い。
「練習では音楽を聴いてもよいが、本番では応援の人に失礼だから聴くべきではない」という意見を聞いたことがある。
僕の持論はまったく逆だ。
交通規制もされていない一般公道で音楽を聴いて走るのは、かなり危険な行為。
接近する障害物の察知が遅れると、自身の命取りになる。
加害者にされてしまう自転車や自動車の運転者、他の歩行者から見ても、迷惑この上ない。

2つめはアミノ酸系サプリ。
アミノ酸をレース中に摂ることで疲労が和らぎ、長い距離もがんばれることが、ウルトラマラソン・ランナーによって語られている。
そこで、顆粒のZAVASをポーチに入れて、給水と共に摂ってみる。
だが、これはあまりに面倒。
なにか違う方法を考えるか、見送ることにした。

4月9日
3月末にマラソンが終わるはずだったので、この日は2年ぶりの花見を入れていた。
花見ですら自粛すべきという人がいて、中止にすることは簡単だったが、楽しみにしているみんなの顔を思い浮かべるとそうはできなかった。
早起きして軽めのランを済ませて、花見会場へ。
練習開始からレース終了までは禁酒なので、アルコールフリー飲料でご相伴する。

4月10日
いよいよ、正真正銘のマラソン1週間前。
駒沢公園ジョギングコースを5周 10km のレースペース走。
事前補給なしでグリコーゲンを使いきる。

常歩走法ができているか、サイクリングセンターのガラス窓でチェック。
だがまだ、フォームは固まっていない。
1週間前というこの時期にフォームを気にしているようでいいのか。
本番でフォームを気にしながら走ることがないようにしたい。
フォームのことはここで忘れ、常歩の美しいフォームは来期の課題とした。

マラソン前1週間は、一切走らないことにしているので、この日が最後のラン。
6度めのマラソンシーズンにして、初めて走行距離が500キロ超えた。
距離という「量」にはこだわりを持たないことにしているが、やはり499で終わるのと、500を超えるのとでは気分が違う。

マラソンで好タイムが出る三要素は「調整」「天候」「体調」
ここから1週間、ピークの体調をめざしていく。

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2011年6月 3日 (金)

ヨクナイネボタンよりも、もっと欲しいボタン

mixi、Facebook、twitter
イイネボタンはあるが、ヨクナイネボタンがない。

Facebook のように"イイネをつけました"スレッドが並ぶのは煩雑だ。
世の中、イイネだけじゃない。
つぶやきに対して、共感を表明したいのに、イイネでは言い表せない時がある。
そんな時、ヨクナイネボタンが必要だ。

「朝から熱っぽい!風邪ひいたかな?」

このつぶやきに「イイネ」をつけるのは変だ。
体調が悪いことはイイことではない。
ヨクナイことだ。
本来ならば「オダイジニ」だが、それをつくるときりがなくなってしまう。
個別の感情を表すためにコメントボックスがあるが、コメントを書き込むまでの共感ではない・・
そんな時に「ヨクナイネボタン」

「あぁ月曜日・・会社行きたくない~ ^^*)」
ヨクナイネ
ヨクナイネ
ヨクナイネ

ん、なんか変だな
こういう場合は「ガンバッテ」か
いや、それは「ガンバッテ拒否症」の人に批判されるかも知れない。
2000年頃、村上龍が「ガンバッテというが、言われる側は、なにをどうガンバッテ良いのかがわからないのだ。やみくもにガンバッテというのはよくない」と言ってから、ガンバッテ!という曖昧な言葉はよくないとか、鬱の人を励ましてはいけないとか、そんなことも知らないのか・・と「ガンバッテ拒否症」の人が増えた。
あ、話が脱線してきた。

「給料日まで、あと千円しかない~」
ヨクナイネ
ヨクナイネ
ヨクナイネ

ん~いまいち
こういう場合は「セツナイネ」か。

mixi、Facebook、twitter
運用会社内では、日々こういう葛藤が会議でぶつかり合っているだろう。
会議では「押し間違ったらドースル?」という意見も出される。

「やった!英語のテスト86点!」
イイネ
イイネ
ヨクナイネ ←押し間違い

ついマウスの操作を誤って、隣のヨクナイネを押してしまった。
つぶやいた人は「だめ出しか?」とショックを受ける。
そうした誤解を避けるためには「ヨクナイネ取り消しボタン」も必要になる。
不愉快なヨクナイネを消すために、つぶやく側にも「ヨクナイネ削除ボタン」ができる・・・

システムはさらに、複雑になる。

だから「ヨクナイネボタン」に、なかなかゴーサインが出ない。

しらべるの場合は、こんなボタンがあるといいと思う。

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2011年6月 2日 (木)

手に入れた常歩走法

3月19日
長野マラソンが開催の可否を検討していると、讀賣新聞がスポーツ面で報じた。
全国紙が書いたという時点で、事態はそこへ向かっていると言える。
長野マラソンは日本陸連主催大会である。
アスリートの大会も兼ねている長野マラソンは、市民マラソンとしては珍しい日本陸連"直営"マラソン。
日本陸連の決定が、各都道府県陸連に与える影響は大きい。
長野が中止になった時、その雪崩現象が心配だ。

「かすみがうら」は、開催の意向を固めつつあるという情報が地元筋から寄せられた。
一部、道路に損傷カ所があるらしいが、その志が嬉しい。
「掛川」は公式ホームページが唯一の情報源。中止云々という記述は一切ない。
お上の言葉で言えば「粛々と進めている」という印象だ。

イベントを開催すれば、人が動きお金が回る。
それによって、被災地にもお金が回る。
一ヶ月後には、誰もが口にするようになったこの論法も、震災後1週間のこの時は、誰も口にできなかった。

3月22日
案の定、長野マラソン主催者がホームページで中止を発表。
同時に、集めた参加費全額を義援金とすることを発表した。
参加者に事前の相談もない、無断転用である。

この発表後、参加費の扱いを"検討中"としていた「中止大会」がこぞって、義援金への無断転用を決めていく。
そしてその数時間後「かすみがうら」のホームページで中止が発表された。
中止の流れが止まらない。
予断を許さない状況になった。

マラソン・シーズン終盤の練習。
ここに来て手に入れた新走法。
名付けて「常歩(なみあし)走法」は、走りを快適にさせていた。

常歩(なみあし)はしらべるの定義では「腰と膝を緩める楽な走り方」
複数の文献を読んでは、自分で走って試す。歩いて試す。
そして、また読み返す。文章にまとめる。
そうして、この定義にたどり着いた。
ここまで来るのにずいぶん時間がかかった。

今シーズンに読んだ100冊ほどのランニング・スポーツ文献から得た知識が下敷きになり、つかみどころのない常歩という概念を、体に受け入れられた。

3月27日
本来ならば、佐倉朝日健康マラソンを走るはずだった日。
レース3週前におこなう20km走(その2)
場所は駒沢オリンピック公園。
入りの3kmをゆっくり入り、5kmごとにペースを上げていくビルドアップ走。
3週前におこなった時よりも、38秒速い10kmの今期ベストタイムが出た。
長野マラソンに向けて走っていた去年同日の20kmタイムと比べて、20kmのタイムは6分38秒速い。
調整はここまで順調に来ている。

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2011年6月 1日 (水)

6月1日 日比谷公園108周年

今日から6月。

梅雨に入ると雨の日がつづき、鬱陶しい日が多い。
祝日が一度もない。
(1年のうち、祝日がないのは6月と8月だが、8月には お盆・夏休みがある)
夏休みを控えているので、旅行計画を立てる人が少ない。
誕生日や人生の記念日がある人を除いては、1年じゅうで最も地味な印象のある月。
それが6月である。

ただし、札幌は少し違う。
6月は寒くなく暑くもなく、爽やかな風が吹き渡る。
小説家立松和平の息子、林心平は2007年4月、著書「札幌はなぜ、日本人が住みたい街No.1なのか」の中でこの季節を「サッポロ・ジューン」と命名している。
真夏の避暑地として挙げられることが多い北海道だが、実は6月がもっともいい季節なのである。

毎月1日は新法の施行日だが、6月は少ない。
その中で、道路交通関連法は6月1日に施行されることが多い。
 2002年、危険運転致死傷
 2006年、放置違反金制度
 2008年、75歳以上にもみじマーク装着義務化(2009年より努力義務)
2009年6月1日からは、飲酒運転の罰則がさらに強化され、呼気中アルコール濃度が0.25mg/l 以上だった場合、減点25点で一発取り消しになった。

今日6月1日は、日比谷公園が開園して108年。
日比谷公園は、1903年(明治36年)にできた日本初の洋風開放型公園。

【 日比谷公園の歴史 】
1903年
開園。同日、レストラン「日比谷松本楼」もオープンした。

Matsumotoro

1905年 明治38年
8月1日、音楽堂 開堂式

1923年
大音楽堂ができる。
9月1日、関東大震災 翌日には15万人が日比谷公園に避難した。
東京市は2970坪分のバラック(今でいうところの仮設住宅)を建て、1638世帯6130人を収容。
このバラックが撤去されて公園の姿を取り戻したのは、5年後の1928年(昭和3年)だった。

1929年 昭和4年
10月19日、日比谷公会堂落成。 日比谷公会堂は安田善次郎が寄贈した。

1961年 昭和36年
大噴水造成

1971年
11月、沖縄返還抗議デモ隊が「日比谷松本楼」に火炎瓶を投げて放火、松本楼は全焼。

1973年
9月25日「日比谷松本楼」新装再開。復興の感謝を込めて、毎年9月25日に10円チャリティカレーを提供している。

2007年
12月21日~1月1日、日本一高いクリスマスツリーが登場。
イルミネーションイベント「TOKYO FANTASIA 2007」のオブジェとして期間限定でTBSが設置。大噴水周りを立ち入り禁止にした大規模な工事をした割には、見栄えはいま一つ。この企画はこの年限りだった。

東京メトロ「霞ヶ関」「日比谷」からは、それぞれ徒歩2分。
十分な台数の有料公共駐車場が地下にあり、クルマでも行きやすい。

園内に千代田区立日比谷図書館があり、20時まで開いている。
音楽ホール 日比谷公会堂は、かなり古びてきているが、客席もトイレも綺麗である。

中央省庁が集中する霞ヶ関には官僚30万人のうち10万人がいる。
~20万人は地方の出先に出ている。~
晴れた平日のお昼時、噴水周りは空の下でお昼を食べる官僚の皆さんでいっぱいになる。

Hibiya

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