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2012年5月30日 (水)

「1Q84」の合間に読む「一九八四年」

待ちわびていた「1Q84」<5><6>が発売された。
発売日に最寄りの書店に足を運ぶと、潤沢に平積みされていた。
レコードのように前日には店頭に並んでいたのかも知れないが、読みかけの本があったので行かなかった。
「一九八四年」ジョージ・オーウェルが途中だったからだ。

「一九八四年」はジョージ・オーウェルが1929年に1984年を描いた近未来小説。
「1Q84」は村上春樹が2009年に1984年を描いた"近過去"小説。

※これから「1Q84」を読もうと思っている方は、ここから先を読むことを考え直してください。ネタバレを書くことはありませんが、エンターテインメントに触れた時の新鮮さが損なわれる可能性は排除できません。

2012年3月に「1Q84」の文庫が発売されたのを機に読み始めた。
単行本は「Book1」「Book2」「Book3」の3冊構成だが、文庫は単行本1冊が前後編に分かれていて6冊構成。
<1>から<4>まではおよそ1300ページ。
小説は速読になじまない。
もちろん、実用書やエッセイと同様に速読することはできるのだが、そうしたくない。ゆっくり読みたいと立ち止まらせる小説がある。
「1Q84」はその1つだった。
ゆっくりと小説を読むことで、読書冊数が落ちることを危惧していたが、むしろそれは逆に出た。
4月、5月ともに100冊を超えた。過去5年平均では70前後だったので例年よりも増えている。
名作と向き合うことが、読書という行為への意識を強めたのだろう。

「1Q84」<4>を読み終えた時、5月29日の<5>発売まで10日の間が空いた。
読む本は無数にあるのだが、せっかくの10日間を有意義に使えないか。
そこで「一九八四年」を手にした。
「一九八四年」は「1Q84」の源泉と言える小説。
「1Q84」を<6>まですべて読み終えたら、いつか読もうと決めていた。

「1Q84」の合間に入った「一九八四年」は、あたかも劇中作だ。
村上春樹が翻訳したのではないかと思うほど、両者に作風の違和感がない。
まるで「1Q84」<4.5>として挿入された引用部分のよう。
1Q84で描かれているテーマを確認する時間帯もある。

「最上の書物とは、読者がすでに知っていることを教えてくれるものなのだ」
という一節がある。
作者が提起した価値観について、あぁ自分もそう考えて行動してきた。間違いではなかったのだなと高揚感を得ることがある。自分もまんざらじゃないなと思う瞬間だ。
それははたから見れば、思い上がり、あるいは勘違いかも知れない。
それでも、先人のことばで確認できた立ち位置は、自信となり希望へとつながる。

この物語においても、過去・現在・未来の解釈については既視感があった。
一つだけこの物語の特徴を言うならば、意識が薄れてトランス状態に入りやすいということだ。
読んでいるうちに、何度か最寄り駅を乗り過ごしそうになった。

残り60ページを切ってからは「1Q84」<5>に備えて解釈を整え始めた。
それと同時に、3秒に1行程度まで読み進む速度が落ちた。

1Q84」<5><6>の発売日、最寄りの書店に足を運ぶと、それらは潤沢に平積みされていた。
クレジットカード会社からの応答を待つ間、今日が発売日だったと思うんですけどいつ出たのですか?と尋ねると、3日前ですけどと不審そうな答えが返ってきた。

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