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2012年5月の31件の記事

2012年5月31日 (木)

いいっすかオブザーバー

僕はオブザーバーですから。

プロジェクトのミーティングの席で、後ろのほうに目立たぬように座っているサトウ君。
あれ、君はメンバーだったかな?という問いかけに対してこう答えた。

「僕はオブザーバーですから」
そのことばの使い方は正しい。
オブザーバーの意味は「観察者」
ビジネスにおいては会議に特別に参加する人。
発言はできるが発議権、議決権はない。

「私はオブザーバーです」と自称して会議に参加する人がいる。
本当は"メンバー"なのにである。
あなたはオブザーバーですよと誰かが任じたわけではない。
こういうのは「自分の意見はありません」という人に多い。
ただ、その割には議事の進行に大きく介入する。

僕だけがわかってないのかも知れないんですけど
基本的なことで申し訳ないんですけど
ひどい場合は、全然関係ないんですけど・・・まで持ち出して、議事を妨害する。
とても始末が悪い。

プロジェクトの事務局として参加している本物のオブザーバーもいる。
しかし、事務局はオブザーバーであること。発議権も議決権もないことを知らない人がいる。
ひどい場合は、事前に事務局とプロジェクトリーダーで「下打合せ」を持って「落としどころ」なるものを決めている。
そしていざ、プロジェクトのミーティングで、メンバーが落としどころと違うところへ往こうとすると、登場するのだ。

「ちょっと発言していいっすか?」

ダメ!
とは誰も言わない。
誰もが無難に敵を作らずに過ごしたい。他の誰かと同じように。
そんな偽物オブザーバーを誰も相手にはしていないが、表面では話を合わせている。

こうしてプロジェクトは"いいっすかオブザーバー"の稚拙な落としどころによって、羅針盤を狂わされる。
そして、企業は迷走していく。
企業がお金と時間を失いたくなければ、プロジェクトの事務局に「いいっすかオブザーバー」を入れてはいけないのである。

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2012年5月30日 (水)

「1Q84」の合間に読む「一九八四年」

待ちわびていた「1Q84」<5><6>が発売された。
発売日に最寄りの書店に足を運ぶと、潤沢に平積みされていた。
レコードのように前日には店頭に並んでいたのかも知れないが、読みかけの本があったので行かなかった。
「一九八四年」ジョージ・オーウェルが途中だったからだ。

「一九八四年」はジョージ・オーウェルが1929年に1984年を描いた近未来小説。
「1Q84」は村上春樹が2009年に1984年を描いた"近過去"小説。

※これから「1Q84」を読もうと思っている方は、ここから先を読むことを考え直してください。ネタバレを書くことはありませんが、エンターテインメントに触れた時の新鮮さが損なわれる可能性は排除できません。

2012年3月に「1Q84」の文庫が発売されたのを機に読み始めた。
単行本は「Book1」「Book2」「Book3」の3冊構成だが、文庫は単行本1冊が前後編に分かれていて6冊構成。
<1>から<4>まではおよそ1300ページ。
小説は速読になじまない。
もちろん、実用書やエッセイと同様に速読することはできるのだが、そうしたくない。ゆっくり読みたいと立ち止まらせる小説がある。
「1Q84」はその1つだった。
ゆっくりと小説を読むことで、読書冊数が落ちることを危惧していたが、むしろそれは逆に出た。
4月、5月ともに100冊を超えた。過去5年平均では70前後だったので例年よりも増えている。
名作と向き合うことが、読書という行為への意識を強めたのだろう。

「1Q84」<4>を読み終えた時、5月29日の<5>発売まで10日の間が空いた。
読む本は無数にあるのだが、せっかくの10日間を有意義に使えないか。
そこで「一九八四年」を手にした。
「一九八四年」は「1Q84」の源泉と言える小説。
「1Q84」を<6>まですべて読み終えたら、いつか読もうと決めていた。

「1Q84」の合間に入った「一九八四年」は、あたかも劇中作だ。
村上春樹が翻訳したのではないかと思うほど、両者に作風の違和感がない。
まるで「1Q84」<4.5>として挿入された引用部分のよう。
1Q84で描かれているテーマを確認する時間帯もある。

「最上の書物とは、読者がすでに知っていることを教えてくれるものなのだ」
という一節がある。
作者が提起した価値観について、あぁ自分もそう考えて行動してきた。間違いではなかったのだなと高揚感を得ることがある。自分もまんざらじゃないなと思う瞬間だ。
それははたから見れば、思い上がり、あるいは勘違いかも知れない。
それでも、先人のことばで確認できた立ち位置は、自信となり希望へとつながる。

この物語においても、過去・現在・未来の解釈については既視感があった。
一つだけこの物語の特徴を言うならば、意識が薄れてトランス状態に入りやすいということだ。
読んでいるうちに、何度か最寄り駅を乗り過ごしそうになった。

残り60ページを切ってからは「1Q84」<5>に備えて解釈を整え始めた。
それと同時に、3秒に1行程度まで読み進む速度が落ちた。

1Q84」<5><6>の発売日、最寄りの書店に足を運ぶと、それらは潤沢に平積みされていた。
クレジットカード会社からの応答を待つ間、今日が発売日だったと思うんですけどいつ出たのですか?と尋ねると、3日前ですけどと不審そうな答えが返ってきた。

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2012年5月29日 (火)

金冠日食から学んだこと

あぁこれが日食メガネか
ウルトラマンやウルトラセブンもあるのか
送料込みで1480円ねぇ
どこかで580円くらいで売っているんじゃないかな・・・
そう考えてamazonのページを閉じてしまったのが間違いだった。

いよいよ金冠日食まで2日となった土曜日。
amazonで見送った日からその日まで、日食メガネ売り場に遭遇できずにいた。
なにせ日頃は、書店とコンビニしか行かない。
東急ハンズに行けば買えるらしいが、通勤路にハンズはない。

あと2日となると、これからamazonで注文しても日食に間に合うかどうかが微妙だ。
プライム便を使えば届くのだろうが、そこまでしなくても、本腰を入れればきっと何処かで見つかるだろう。
その考えも間違いだった。

いよいよ金冠日食が翌日に迫った日曜日。
twitterを見ると東急ハンズが「入荷しました」とtweetしているが、渋谷は遠い。
"日食メガネを買う"という強い意志を持って家を出た。

まずは家電量販店へ。
ワゴンセールで風変わりな品を置いているこのチェーン。
日食メガネの臭いがぷんぷんと漂ってくる。
しかし、店内をひと周りしたもののそれらしき姿はない。
念のために40代(推定)男性店員に確認する。

日食メガネは置いてないんですか?
「すみませ~ん 売り切れちゃったんですよ」

日本では会話が幼児化している。
会社内では部下が上司に
商取引では売り手が買い手に
そして客商売では店員が客に
「**しちゃった」
を平然と使う。

なんで"売り切れちゃった"なんだよ。そこは"売り切れました"だろう。
と言いつつTSUTAYAへ。
日食メガネ付きムックに狙いを定めている。
レジにいた店長さんらしき男性に尋ねる。

日食のメガネありませんか?
「もう売り切れたんですよ」

そうか、やはりここにも数日前まではあのメガネがあったんだな。
そして、最後の頼みである地場の百貨店へ。

日食のメガネありませんよね?
「えぇ、終わったんですよ~」

レジ係の愛想のいい20代(推定)女性店員。
若いけれど"売り切れちゃった"とは言わない。

こうしていくつかの店に足を運び、ここ数日いろいろな業種の店がこぞって日食メガネを陳列していたことがわかった。
しかし収穫はゼロ。
唯一の収穫は、言葉遣いが幼稚なのは年齢に拠らないとわかったことだった。

やはりあの時、amazonで即ゲットしなければいけなかったんだ。
新聞やテレビでは「肉眼で見るのは危険だ」と周知している。
仕方がない。
明日は雰囲気だけ味わうことにしよう。

そして迎えた金冠日食の朝。
部屋の窓から入り込んでくる弱い光をみて、空が曇っていることがわかる。
これではメガネを買えた人も見れないのではないか。

ところが外に出て空を見上げると、雲がほどよく日の光を遮り、金冠の○が見えた。
その一瞬で十分だ。
あとはゆっくり夜のテレビニュースで見ればよい。

その日は1日じゅう、目の奥が痛んでいた。
もしかして、やってしまったのか・・・
不安な気持ちで過ごしたが、翌日には痛みがあったことすら忘れていた。
事前にニュースで見ていた日食網膜症の症状をイメージし過ぎていたのである。

金冠日食の夜
テレビニュースでは、日食メガネをかけて一斉に空を見上げる人々が映し出された。
異様であり可笑しい絵だったが、とてもいい気分になった。
誰もが幸せそうに見えたからだろう。
一方、厚い雲に覆われた空を見上げて、念力で雲を飛ばす体操をしている人たちを笑えなかった。

金冠日食の翌日
開業日に集ったスカイツリーを見上げる人々にも、幸せな空気はなかった。
幸せの源泉は太陽なのだ。
いつもそこにあるものを人はあまり見ていない。凝視はしていないということを学んだ金冠日食の日々だった。

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2012年5月28日 (月)

リベルタドーレス杯2012 フルミネンセ敗退 デコとの再会遠のく

5月23日
リベルタドーレス杯ベスト8 2ndレグ
フルミネンセ 1-1 ボカ

1stレグ、awayで0-1と敗れて迎えた2ndレグ。
後半ロスタイムに入るまでは 1-0 でリード。
このまま延長戦かと思われたところで同点にされて命運尽きた。

これでフルミネンセがCWC2012に来日する可能性が消えた。
デコとの再会がまた遠のいた。

2012年に入ってから
「2012年シーズンまでプレーする」
と発言していたデコ。
それが「フルミネンセで2012年まで」なのか「現役として2012年まで」なのかはわからない。
もしも悪い予感があたり後者だった場合、現役のデコを見る機会がついえたことになる。

CWC2012に来日するクラブにレンタル移籍・・
ドログバが抜けるチェルシーが、CWC制覇のために経験豊富なデコにオファー。
そんなことは夢のまた夢だ。
だいいちデコがシーズン途中でカンペオナート・ブラジレイロを投げ出していくとは考えにくい。

悪い予感が当たらないことを祈る。
デコはかつてフルミネンセ移籍は「欧州からの撤退ではない」とも言っていた。
その言葉に賭ける。
はたまた日本のサッカー雑誌に対して「引退前の半年をJリーグでプレーするのもいい」と語ったことだってまだ忘れちゃいない。

ユーロ2012が間近に迫っているが、いまだデコがポルトガル代表に復帰したというニュースは流れてこない。
「デコ 代表復帰」
のキーワードで検索すると、上位4つはいずれもこのブログだった。

せめてYouTubeの小さい画面ではなく、大画面テレビで動く生のデコが見たい。

デコファンサイト

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2012年5月27日 (日)

プロ野球 抑え投手がいるならば封切投手がいてもいい!

5月に入って巨人が好調な理由は長野久義を1番打者に起用したことである。
長野久義は打席の中でホームベースから離れて立つ。
投手は打者を標的に投げており、長野が打席に立つと感覚が狂う。
内角を攻めればボールになるし、内角にストライクを投げると長野にとってはど真ん中。
どこを攻めるかも他の打者と変えなければならない。
それゆえに長野が待球してできるだけ多くの球数を投げさせれば、投手の体はそれに順応してしまう。
そして2番打者以降では、それを修正しなければならない。
投手は最も神経を使う立ち上がりに、リズムを掴み損ねてしまう。

打者においても、その逆のケースがある。
ロッテの渡邊俊介のように極端に球速が遅い投手と対戦すると、通常の速度で投げる投手にタイミングが合わなくなってしまうのだ。
打者は2打席めには順応してしまうので、渡邊俊介を打ち崩すことは至難ではない。
しかし、渡邊俊介が降板して2番手投手と対戦した時に、打つのが難しくなってしまう。

世界中の野球には「抑え投手」英語では closer という位置づけがある。
その任務はリードした試合の最終イニングに投げて、試合終了させること。
年間70勝するチームであれば、およそ70回、70日の試合に登板する。
先発、中継ぎの投手と比べて球が速い投手が務めることが多い。
ただし、打ちづらい球を投げるならば球速が遅くてもよい。かつてヤクルトの抑え投手だった高津臣吾がその例に当たる。

そこでNPB球界の監督さんに「封切投手」opner を提案したい。
勝利投手を目指して投げる先発投手とは違う。


流れはこうだ。
予告先発で封切投手を事前に告知する。
相手チームの監督はそれが封切投手であることがわかっているので、2番手に出てくる"先発投手"の左右を読んで先発メンバーを組まなければならない。そこには従来通りの不確定要素がある。
封切投手は1回のみを投げて降板。
複数の封切投手で回す場合は打者1巡が終わるまで投げる。

封切投手に続いて、試合の長いイニングを任せる投手が投げる。これが本来の先発投手だ。
打者は1打席めと2打席めで違う投手と対戦しなければならない。
本来ならば1打席めで球筋を見て、2打席めで攻略すればよい。つまり3回、4回の攻撃あたりから本格的な攻撃態勢がとれる。
だが封切投手が来た場合、攻撃態勢がとれるのが5回、6回からになる。
しかし7回を過ぎると今度は setupper やcloser が出てくる。
結局、打者はどの投手とも1~2打席しか対戦できない。
こうなると駆け引き、読み、データの比重は下がり、感覚的な本来の能力に頼らざるを得ない。
どんな球が来ても打ち返す、いわゆる天才肌の打者以外は、試合のリズムを作れなくなる。

先発回数、勝利投手といった古来からの記録にこだわる投手はこういう起用法を嫌うことだろう。
だがそれ以上に、相手チームの監督に嫌がられるはずだ。

プロ野球監督にとって、第一命題はチームとしての勝利。投手個人の記録ではない。


強力なビッグネームの投手陣を揃えて王道を往くチームに封切投手は要らない。
名もなき戦闘集団を率い、下位に甘んじているチームがあり、もしも女子高校生がその監督になったならば、この技術革新 innovation を行うに違いない。

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2012年5月26日 (土)

東京スカイツリー 挫折した定点観測

初めて、ご当地を訪れたのは2009年6月。まだ注目されていなかったスカイツリーを定点観測しておこうと思ったからだ。

やっとの思いでコインパーキングを見つけ、駆け寄ったスカイツリー。それは大型ビルの建設現場と変わりなかった。今こうして目を凝らせばツリー本体が透けて見えるのだが、当時は足場の四角い筐体しか目に入らなかった。

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この時、スカイツリーは52m。基礎部分に多大な時間を要し、なかなかツリーが上に伸びなかった頃だと知ったのは随分後のこと。川沿いの道を押上駅方面に歩いたあたりで、その姿は小さくなった。これくらい離れておけば、成長の姿を時系列で記録できるはず。

St1


しかし、その読みは大きく外れていた。毎月でも訪れようと思っていたのに、ついつい来そびれてしまっていた5ヶ月後の2009年11月。ツリーはあっという間にフレームを突き抜けてしまっていた。

St2

この時の高さは215m。せめてフレームをタテに撮っておくべきだった。そう思っても後の祭り。第2回めにして早くも定点観測は挫折した。

そして開業日。人づてに「周辺の町並みは跡形もなく変わってしまった」と聞いていた。もしかして定点観測の目印にしているビルがなくなっているのでは?と危惧していたが、杞憂だった。

St3

道路はきれいに整備され、セブンイレブンができていたが、それ以外はさほど変わっていない。ただ古いビルが多く、いずれ様変わりするのかも知れない。

東京スカイツリー開業に合わせて改装された押上駅には<スカイツリー前>というキャプションが加えられていた。

Oshiage_2

初春に舞い戻ったような東京スカイツリー開業の1日。青山愛のお陰で寒い思いをせずに済んだ。
スプリングコートを着てショールまで巻いた時には、よくやるよと笑って観ていたが、こうなっては彼女に足を向けて寝られない。
あの時手袋もはめてくれていれば、ブログの愛読者になっていたかも知れない。

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2012年5月25日 (金)

すみだ水族館 特徴はなんですか?

展望台の開業を見届け、つづいて周辺施設の視察。

 

空は煙ったまま。

Ts1


「2012年5月22日 東京スカイツリー」と書かれた記念撮影用のプレートを探したが、どこにもない。唯一日付が入っていたのは案内スクリーン。

Ts2


展望台行きエレベーター乗り場と同じ4階フロア、つまり"東京スカイツリーのとなり""東京スカイツリーの外"にある「すみだ水族館」は特に行列もない。展望台同様、事前予約制なのかと早合点していた。

「これ、入れるんですか?」とお姉さんに質問すると、すぐには質問の意図がのみこめなかった様子。

Sumidaa

当日券大人1枚 2,000円をクレジットカードで買い求めて館内へ。

Ebi

入館してすぐに気がついたのは係員の数が多いことだ。「説明しますよ!」と言わんばかりに手ぐすね引いて待ち構えている。そこで最もど素人な質問をひとつ。

 

「ここは、どこが特徴なんですか?」

 

あまりの直球な質問に、0.5秒たじろいだ後、お姉さんが応える。

 

「こちらの国内最大級のペンギンのいる水槽ですね・・ それから(2~3歩先導しながら)小笠原の海を再現したプールですね」

 

おぉこれが小笠原か。なるほど。最新式中型旅客機の羽根のような態勢でエイも泳いでいるし。縮尺の100円ライターがないので、このスケール感が皆さんにお伝えできないのが残念だ。

Oga

きちんと撮れていたけれど、お姉さん一押し「ペンギン水槽」の写真は割愛・・・

 

やはり、エビは絵になる。

Iseebi

「限定です」という客引きの声につられて、不二家のミルキースイーツ 350円を食べて休憩していると目の前にガチャポンのベンダーがあった。

Gatya

すみだ水族館限定
SUMIDA AQUARIUM FIGURE COLLECTION
300円 製造は海洋堂。
ご当地限定ガチャポンを目前にして回さないのは、牛丼にみそ汁をつけないこと以上に難しい。
(ほんとに難しいのか・・)
狙いはエビ。エビならば1日見ていても飽きない。いやちょっと言い過ぎか。
→5分見ていても飽きない。
そこに、ちょうどカプセルをベンダーに詰めている女性係員がいた。昔HG仮面ライダーを集めていた頃を思い出して「すみません、エビが欲しいんですけど」と言いそうになったが思いとどまった。
両替機で100円玉を10枚握り、そのうち3枚を慎重に投入してハンドルを回す。オープンしたてだから機械が壊れていてハンドルが回らないという可能性はなく安心感がある。

45分ほどで順路を終えて屋外へ。あとは定点撮影を残すのみだ。

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2012年5月24日 (木)

東京スカイツリー展望台の並び方

「とうきょうスカイツリー」駅の改札を出たところで警備員さんにツリーの方向を確認。
ソラマチの建物に沿って歩く
雨の日も濡れずにツリーまで行けるのがいいなと思ったその時、強烈な臭気が襲った。
前方数カ所、舗道上に仮設トイレが設置されていたのだ。
マラソンで仮設トイレには慣れているが・・・
この街は風が通らないのだろうか。

少しずつ左にカーブしながら歩く。
ツリーはいつになったら見えてくるのだろう?
と雨よけになっていたひさしから顔を出して空を見上げたら真上にあった。

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展望台の入口はソラマチの4階にある。
商業施設はどこもそこそこの人が入っている。
限定品でも売るのか、はたまた記念ディスカウントなのか
いくつかの店には人が並び、買い物の順番を待っている。

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飲食店はどの店も、ちょうど満席という客の入り。
行列ができる一歩手前で停まっている。
客引きの店員さんが多い。
よそでは行列ができているドーナッツ店。すぐに買えそうだったが先を急ぐ。

エスカレーターで4階に上がり、ソラマチの建物から渡り廊下を往くとそこにスカイツリーの入口。
基本的には、展望台のチケットを持っている人しか用はない場所なので、思いの外閑散としている。
12時の開場、第1回めの観覧に向けて整然と人が流れていく。

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ただいま場内は大変混雑しています
指定券をお持ちの皆さんだけのご案内となっています
こちらから2列にお並びください

係のお姉さんががなっている。でも言い終わるとにっこり。笑顔を忘れない。
場内は30分単位で列が区切られていて、遅れさえしなければエレベーターに乗ることができる。
早ければ1時間前に来て並んでいてもいいのだが、1時間立っていて得られるものは特にない。

屋外では傘をさしてメディアの人たちが取材待機。
これから午後のワイドショー、夕方のニュースショー。きょう1日はココのニュース一色になるはずだ。

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行列が停まっている間の退屈しのぎに、東京スカイツリーの歴史が頭上スクリーンに映し出されている。
東京ディズニーランドが始めたこのような行列対策。
東京スカイツリータウンは初年度来場者数で、東京ディズニーランドを700万人上回る3,200万人を見込む。

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11:50
列が詰められて人が動き始める。
11:57
列に並んでいた人々が一斉にカメラを頭上にかざして、前方を撮り始めた。経験的にみてあの動きは誰か有名人と遭遇したときのもの。
王さんが来たのだろうか・・

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展望台エレベーターに向かって隊列が動き始め、その空間が空っぽになった。
果たしてエレベーターの先にはどんな空が広がっていただろう。
たとえ綺麗な色の空が見えなくても、開業の日に上ったという思い出は一生色あせない。

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2012年5月23日 (水)

東京スカイツリー開業 電車にみる東京スカイツリーを目指す率

東京スカイツリー開業前夜
「報道ステーション」のお天気コーナーでは青山愛が翌日の東京の寒さを力説していた。

市川寛子が残念ながらメインキャスターを外れ、ウガナツに代わってお天気コーナーを任されたのが青山愛。
登場して間もない頃は朴訥な少女の風情を漂わせていたが、日に日に化粧が濃くなって
ではなくて大人の表現力が増して、今や妖艶ささえ漂わせている。

「明日は驚くほど寒いです」
普通のお天気番組ならばここまで。見ている方も、あぁそうですかというところだ。
ところが、青山はフレームに映り込んでいるハンガーにかけておいたスプリングコートを着始める。
続いてショールまで巻いてみせた。ほぅら、こんなに寒いのよ!
耳からだけではなく、目からもその寒さは十分に伝わり、脳はその情報を記銘した。

東京スカイツリー開業の朝
東京は予報通りの雨。
「寒くなる」という予報を聞いていたので、長袖のシャツに加えてウィンドブレーカーを羽織る。

電車の中は年齢の高い男性が多く、皆ジャンパーを着込んでいる。
いかにもスカイツリーに行きますという空気を醸し出している人は少ない。

「浅草」が近づくとサラリーマンが消えて、平均年齢がさらに上がった。
傘を手にした小ぎれいなご婦人たち。
大声で話し合っている。
ただし「阪急電車」で見たおばちゃんほどではない。

「浅草」でスカイツリー線に乗り換える。
地下鉄「浅草」駅構内に「スカイツリー」の文言はない。
あるのは「東武線」の案内のみ。
小ぎれいな婦人チームに着いていけば、恐らく間違いないだろう。

地下鉄の「浅草」から東武線「浅草」はかなり距離があり"乗り継ぎ"と言うには遠い。
地上に出ると雨
空気が澄んでいて、アサヒビールのオブジェがくっきりと見える。
そうか、ここは浅草なのか
駅名の「浅草」と実像の浅草がここでつながった。
となりに見えるスカイツリー。展望台から上は霧の中。

東武伊勢崎線はここ「浅草」が始発。
東京スカイツリーまでは1駅3分の所要時間。
カメラの準備をしながら乗客を見渡す。
ここまで来ると、スカイツリーに行きます乗客率は80% に上がっている。

「12時に一分でも遅れたらダメなの?」
チケットには予約時間に遅れると入場できない場合があると記されている。
高倍率だったチケットを手にした20代と見うけられる彼女。1時間も早く来ているのに、そうした仮想の不安を楽しんでいる。

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「とうきょうスカイツリー」駅は、線路から人が落ちる心配は全くない程度の人出。土曜日の柴又駅(寅さんの銅像がある駅)と同じ程度だ。

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駅名の表記はひらがなで「とうきょう」
本体の東京スカイツリーと違いを出すことで、Webの検索をしやすくする工夫なのかも知れない。

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2012年5月22日 (火)

東京スカイツリー 本日開業

2012年5月22日、東京スカイツリーが開業する。
東京タワーの電波塔としての役目は既に終わっているが、スカイツリーのバックアップとしていつでも使えるよう整備は続けられている。
東京タワー建設当時の航空法では、60mを超える塔は赤白塗装が義務づけられていた。
その後法律が変わり、航空障害灯を設置していれば赤白塗装をしてくてよくなった。
ゆえにスカイツリーは赤白塗装をしていない。

住所:墨田区押上1-5
最寄駅:京成押上線「押上」、東武伊勢崎線「東京スカイツリー(旧:業平橋)」

構造:鉄筋コンクリート製直径8m、長さ375mの心柱が中心を独立して貫いている。
高さ:634m 地中50m 完成時点で、世界一高い自立式電波塔。
電波塔の種類には他に「支線式電波塔」がある。
これは上部から地上に鉄線を張り支える電波塔。
米国のKVLY・TV塔が628.8mで一番高い。
世界一高いビルはUAEにある「ブルジュ・ハリファ」の828m。

■スカイツリーの歴史

2001年
5月「建設の最有力候補地は秋葉原」と報道されていた。
「新東京タワー」と表記している雑誌があったが仮称は「すみだタワー」

2005年
3月29日、読売新聞が「建設地は墨田・台東地区が有力」と報道した。

2006年
3月14日、建設用地が墨田・台東地区に決定したと報道された。
高さは610mとする計画が伝えられた。

2008年
6月10日、正式名称は「東京スカイツリー」とすることが発表された。

Rojikara 2009年6月撮影

2009年
10月16日、610.58mから634に計画変更したことを発表。

2010年3月下旬
333m それまでの日本一高い自立式電波塔「東京タワー」と高さが並ぶ。

2011年
634m到達

2011年11月17日
世界一高い塔としてギネスに認定されて、認定証授与式が行われた。

2012年5月22日
開業

開業日の街の様子を取材した。
(つづく)

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2012年5月21日 (月)

チェルシー欧州CL初優勝 塗り変わったチェルシーの歴史

チェルシーFCファンの皆さん
優勝おめでとうございます。
待ちに待った日が来ましたね。

■チェルシー(通称ブルーズ)の歴史

1877年
ホームスタジアムとなるロンドンのスタンフォードブリッジ がオープン。

1905年
チェルシーFC クラブ創設

1954-55
プレミアシップ(英国国内リーグ)初優勝

2000-01
シーズンオフ、ウェストハムからフランク・ランパード(国籍:英国)が移籍入団。

2002-03
7月、ロマン・アブラモビッチ がクラブを買収して経営者となる。
シーズンオフ、ウエストハムからジョー・コール(国籍:英国)が移籍入団。

2003-04
シーズンオフ FCポルト監督のホセ・モウリーニョが監督就任。
FCポルトから リカルド・カルバーリョ、パウロ・フェレイラ(共に国籍:ポルトガル)が移籍入団。
同じくFCポルトのデコとも契約交渉が進んでいたが、デコは憧れのチームであるFCバルセロナを選択した。
マルセイユからディディエ・ドログバ(国籍:コートジボワール)が移籍入団。

2004-05
CLは決勝トーナメントベスト16でFCバルセロナに勝利。準決勝でリバプールに敗れた。
50シーズンぶり2度めのプレミアリーグ優勝。

2005-06
CLは決勝トーナメントベスト16でFCバルセロナに敗れる。
プレミア・リーグ2連覇
5月、W杯2006の選手登録では、クラブチーム最多の12人が選ばれた。

2006-07
CL準決勝でリバプールに敗れる。
プレミアリーグ2位 FAカップ優勝

2007-08
9月20日、ホセ・モウリーニョ監督を解任 グラント監督就任
10月、テン・カーテ(当時アヤックス監督)がアシスタント・コーチに就任。
5月21日、CL決勝でマンUに敗れる。
グラント監督、テン・カーテコーチを解任。
6月11日、ルイス・フェリペ・スコラーリ監督就任を発表。
7月1日、FCバルセロナからデコ(MF ポルトガル代表 国籍:ブラジル)が移籍入団。

Bls

2008-09
1月、ルイス・フェリペ・スコラーリ監督を解任。フース・ヒディンクが就任。
5月、CL準決勝で敗退。プレミアリーグ3位
FAカップ優勝

2009-10
UEFA CLベスト16で、このシーズン優勝したインテルに敗れる。
プレミアリーグ優勝 FAカップ2連覇
シーズン終了後、デコはカンペオナート・ブラジレイロのフルミネンセに移籍。

2011-12
FAカップ優勝
5月20日、バイエルンを破りUEFA CL初優勝。
12月、CWC2012で来日。

クラブ生え抜きの主力選手はテリーだけ。
CL2007-08の決勝"決めていれば優勝"のPKで尻餅をついたテリーが出場停止でいなかった試合。
それでも優勝すればテリーも本望だろう。
12月にはようやく日本でブルーのユニフォームを見ることができる。
スポンサーのテレビ会社はそれを機にCM攻勢をかけるかも知れない。

デコファンサイト

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2012年5月20日 (日)

2012年冬 あまりの寒さにニット帽を買いに走る

練習開始から2週間を経過。
自分がイメージしているフォームを起動する手順を探している。
いいフォームで走れた時はラップタイムも速い。
ただその要因が、フォームなのか、体調なのか、靴なのかはわからない。
ソーティスーパーマジックからニュートンに履き替えた日は、ラップタイムが速いことが多い。
やはりニュートンは速いのではないか。
ただし、足の付け根に違和感があり疲れが残る。特別な靴だ。

3週~4週の中心は、走る太極拳「LSD」
LSDの日は、理想のフォームにこだわってゆっくり走る。
フォームが決まると気持ちいい。
LSDは毛細血管起こし、酸素を運ぶルート作る。
LSDでじっくり足ができていく。

5週め
ウィンドスプリント(WS)、高低差走、坂ダッシュ(坂D)をメニューに加える。
高低差走と坂Dは心肺機能を高める。
今期は不整地を走らないことに決めている。
フォームが固まっていれば不整地でも走りが崩れない。
だが、日替わりでフォームを微調整している現状では、不整地を走ることでフォームが崩れてしまうからだ。
来シーズン以降、体が形状記憶合金のように理想のフォームを覚えたら、不整地、トレイルを走ってみたい。

2012年冬はマラソンを始めて以来、最も寒かった。
あまりの寒さに耐えきれず、ニット帽を買うことにした。
頭部は防寒対策が手薄になっており、そこから体温低下を招く。
見た目がよくないので敬遠していたが、背に腹は代えられない。

ランニング専用に作られた通気性・撥水効果があり、保温効果素材を使ったものを探す。
検索キーワードは「ランニング ニットキャップ」

事前に選んだ候補は次の3つ。

■アシックス XAC121
 温度調節機能があるOutlastを使用。快適性は一番。

■美津濃 73BM315
 ブレスサーモ使用でありながら、見た目は普通のニット帽。デザインもカジュアルでよい。

■美津濃 A67BF160
 ブレスサーモ使用なので暖かいが、暑くなりすぎる。
 店頭でかぶってみたところ、ニット帽というよりは水泳帽だった。

今回はほどほどの保温機能を持つ「XAC121」を選んだ。

ニット帽は走るにつれて、前頭部が汗を吸って気持ち悪くなる。
60分のRUNならば、30分で前後を逆に被り直すと気持ちいい。

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2012年5月19日 (土)

インソールが掘りごたつになっているミズノビー

「ミズノビー」のモニターに当たったらビー2足体制にする予定だったが、現在は1足体制である。

ミズノビーはインソールの指の部分が掘りごたつになっているトレーニングシューズ。

発売は2012SSシーズンの終わりがけ、2012年3月10日。
4月には3クールに渡りtwitterでモニター募集が行われた。
ミズノビーの公式アカウントをフォロウしたうえで、日々トレというハッシュタグをつけて日々の練習をツィートする。
その中から30名がモニターに選ばれる。
モニターはビーを履いた感想を日々モニというハッシュタグでつぶやく。

カラーは4色。そのうちモニターがもらえるのは「赤」
「黒」ならば会社に履いていけるのだが「赤」を履いていくことはできない。
そのためモニターのツィートは週末に集中している。

「赤」のモニターに選ばれたら「黒」を自分で買って2足体制にする予定だったが、選ばれなかったので「黒」の1足体制というわけだ。

メーカー希望価格:12,600円
実勢価格:10,300円
メーカー:ミズノ
モデル名:Be

買う時のサイズ選びはナイキで買っている靴と同じでよい。
アシックスは作りが大きいので、アシックスで買っているサイズに合わせるとビーは小さいはず。

これまで平日の5日間、会社に履いて行く靴はナイキフリー3足でローテーション。
そこにビーを加えた。

Be ランバードをプレートに収めたところが秀逸

ミズノビー(黒)会社初日。
移動距離が少なかったので、歩いている時はさほど刺激はない。
ただ椅子に座って仕事している時がとてもいい。
この靴の特徴は指が収まるあたりが一段低く、ほりごたつ状になっていること。
指が動く空間が広くて楽しい。
靴の中が蒸れやすい夏場には、さらに爽快感が増すだろう。

2日目。歩いていて特に違和感は感じない。いつも履いているナイキフリーと感想は同じ。
痛いところ、刺激もない。指先の広さは今日も快適だった。

休日、ナイキフリーで散歩。
いつもより腹筋に力が入っていることに気づく。
ビーで指を使えないので、腹で歩くのが身についたのだろうか。
だとしたらこの靴はランナーの必須アイテムということになってしまう・・・

1週間経過時点、靴に慣れた。
元々ある程度運動している人ならば、この靴を履いたからといって大きな変化はないだろう。
ただ歩いていて指の違和感が楽しいので、はき続けたい。

2週めの月曜日。
膝が痛い。そこで2日間はナイキフリーに切り替え。
すると膝の痛みは消えた。
その後2日つづけてビー。
膝痛は再発しなかったものの、2日めには軽い張りが出た。

そして3週め。
ナイキフリーだけを履いていた週と何も変わらなかった。

カテゴリーはランニングだが、この靴はウォーキングシューズである。
最初は短い距離から始めて、少しずつ時間(距離)を伸ばしていくという点ではスーパーフィートに性格が似ている。
10,300円という実勢価格はお手頃だし、ウォーキングシューズとしてはデザインも良い方。
そして何より靴コレクター歴15年めにして初めてのミズノというのが嬉しい。

ど素人!マラソン講座

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2012年5月18日 (金)

また買いに行く蓮沼のサンドイッチ

蓮沼はランニングで何回か来ているが、その日はやはり人通りが多かった。
透明スープのラーメンと黒いカレーの「インディアン」は長い行列。
日曜日はいつもこうなのか。それとも前日「出没!アド街ック天国」で紹介されたせいなのか。
日頃気にしたことがなかったのでわからない。

昔この漫画を読んで、行きつけの喫茶店に憧れた
「750ライダー」
この町がその発祥の地だとは知らなかった。
言われてみればあちこちのシャッターに漫画が描かれている。
シャッターが降りていないと見られないので、来るならば日曜日に限る。

750_rider

クルマを停めたパーキングの前にあったベニースーパーを物色。
入った瞬間懐かしい臭いがする。
古い型の冷蔵庫から出ているのだろうか。
美味しそうな和菓子があった。
値札がついていなかったけれど、まぁせいぜい300円くらいだろうとレジでお金を払うと「100円です」と言われてびっくり。

Benny

その近くにあるオリエントベーカリー。
住宅街の一方通行沿いにあるこの店の存在すら知らなかった。
お目当ては番組で紹介されたハムサラダパン。
「ハムサラダパン終わりました」
残念ながらガラス戸に張り紙。
テレビを見て来たんだと思うけど・・という表情で
今日は終わったんですよと二代目店主が詫びる。

Orient

代わりに母の日で50円引きになっていた、いかにも手作りなサンドを確保。
お腹が空いていたので、フランスパンに小倉あんとホイップクリームをはさんだサンドも購入。
表で缶コーヒーを買い、クルマに戻って食べる。
"お年寄り向けに柔らかめに焼いた"という割には、なかなか噛みきれなかったけれど、美味しかった。
でもクルマの中で食べるものではなかった。

冷蔵庫に冷やしておいて夜食に食べたサンドは、予想に反して美味かった。
まずいと予想していたわけではないが、まぁ耳が付いた手作りサンドはこういう味だろうという先入観とは違っていた。
これほど弾力があるパンで挟んだサンドは経験がない。
また買いに行かなければならない。

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2012年5月17日 (木)

橙魂2012 オレンジユニフォーム配布試合初日 前売り券発売日

ただいま、アクセスが集中しており、サイトがつながりにくくなっております
と言われた日から1か月。
橙魂2012の日がやってきた。

橙魂2012は、巨人が2012年シーズンに行う興行イベント。
対象の7試合で監督、コーチ、選手がオレンジユニホームを着用。
そのうち3試合で選手と同じデザインのレプリカユニホームを全来場者にプレゼントする。

■オレンジユニフォーム着用試合
4月29日(日) 午後2時 阪神
5月16日(水) 午後6時 オリックス
5月17日(木) 午後6時 オリックス
6月10日(日) 午後2時 千葉ロッテ
7月12日(木) 午後6時 広島
8月19日(日) 午後2時 広島
8月30日(木) 午後6時 中日 *郡山開成山野球場
開催球場は*印を除いて、すべて東京ドーム。

■全来場者へのユニホーム配布試合
5月16日(水) オリックス
5月17日(木) オリックス
7月12日(木) 広島

15分前に東京ドームに着いたが、いつもより1つユニフォームを渡す手順が多いためか入口は渋滞。
6時7分に入場した時には既に長野久義が打席に入っていた。
予告先発で楽しみにしていた宮国椋丞(1回で交替)、マンチェスター・ユナイテッドに移籍が噂されている香川の始球式も見ることができなかったわけだ。

Right

圧倒的な一体感の中で高橋由伸が、統一球導入前を思い出させるような豪快な打球を飛ばす。
これで球場の9割を埋めたオレンジ軍団はひと安心。
あちらこちらで、美味しそうにビールを呑む光景が見られた。

Center

配られたユニフォームの仕立ては思いの外よく、録画映像で確認したところ襟のNPBワッペンがない点を除いて、まさにレプリカ。さすがにクールマックスではないものの、アディダスが製作している。
全入場者に配られるため、レフト側ビジターチーム応援席の観客にも配られた。
さすがに着ている人はいないだろうと思ったが、20人ほどオレンジユニが確認できた。

Left

■ユニフォーム配布試合のチケット発売日
4月14日 →5月16日・17日オリックス戦
5月26日 →7月12日 広島戦チケット発売
この後、オレンジユニフォームを無料ゲットできるのは5月26日発売のチケットだけ。

話しは長嶋茂雄監督の時代に遡る。
その年巨人はベンチジャケットを新調した。
色はオレンジと黄色の2色でリバーシブル。
ところがこの年の巨人、序盤から負けが混んだ。
特に黄色を表に着た日はほぼ全敗。
結局、初夏の段階で黄色を表にして着ることはなくなった。

スポーツマンは験を担ぐ。
オレンジを着た日は勝てる!という思いこみは力になる。
さて橙魂2012初戦、阪神戦は 2-0 で勝利。
ユニフォーム配布初日のオリックス戦は 6-0 で勝利。
2012年の橙色は、さい先よいスタートとなっている。

プロ野球用語事典

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2012年5月16日 (水)

初めての「14週調整」メニュー

ニュートンはもう使わないことに決めていたが考えが変わった。
片ベリしているフロントのラグもまだなんとか使えそうだし、あと1シーズン使ってこの靴の評価を突き詰めたい。
そう考えたからだ。

4度めのRUNで今シーズン初めてニュートンを履く。
ただし足への負担がかかる靴なので前日比で距離は伸ばさない。
やはり足にくる。8kmだが最後はばてばてになった。

少しずつコースに高低差を取り入れていく。
「打ち出の小づち走法」で上り坂が生き生き上れることがわかった。
打ち出の小づち走法は、前シーズン宇佐美彰朗さん、尾崎好美選手の走りをビデオで100回以上見て発見した走法。
これまで数百冊のマラソン文献を読んできたが、まだどこにも書いていない。
実地版・マラソン講座でマラソン初心者の生徒さんに教えたところ、今ひとつぴんとこないようだったが、ある程度走り込んでいるランナーならば、ぴたりと合点がいくはずだ。

練習距離が10kmを超えた。
ここまでは足慣らしのジョグだったが、この後は内容に変化をつけたメニューに移行していく。
メニューを作るようになったのはマラソン5シーズンめの「長野マラソン」から。
今回が3シーズン目になる。
過去2シーズンはいずれも17週メニューで今回は14週。
特別なシリアスレース以外は「14週調整」で固定したいので、今回はその礎と成るシーズンだ。
今回のメニューと得られたレース結果が、長いマラソン人生の基礎データと成る。

練習序盤のジョギング・コースは住宅街。それに時折、商店街RUNを入れる
商店は表面にガラスが多用されている。
ショウウィンドウに映る姿を見てフォームをチェックする。
食い入るように見つめるので、店主は気味が悪いかも知れない。

体が前につっこんでいる。
*******走法にすると一瞬キレイなフォームになるが、しばらく行った先で見るとまた元に戻っている。
どうすれば、脳で意識していなくてもキレイなフォームが維持できるのだろうか。
その疑問が抜本的な解決を見たのはレース直前のことだった。
***の伏せ字部分はとても人には言えない。
自分にはとてもわかりやすいのだが。恐らく永遠に誰に言うこともないだろう。

足が疲れてきたところで「膝を抜く」感覚を思い出した。
前シーズン「常歩」を研究して取り入れた技術だ。
10kmを過ぎると左足首に独特の疲れを感じた。
しびれたように力が入らなくなる感覚。
徐々に脳がランナーモードを思い出していく。

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2012年5月15日 (火)

ビックりマックみそ!

「てりたま」に間に合わなかった。

マックのドライブスルーは改善されて、待ち時間が短くなっていると「カンブリア宮殿」で紹介していた。
受注、支払い、受け取り
確かに以前より1工程増えてスムーズだ。
だが敷地に限りがある都心ではサイドバイサイド(2レーン並列)というわけにはいかず、休日のマック渋滞は解消していない。

警備員さんからペラのお品書きを受け取る。
てりたまがない。
あぁ間に合わなかったのか。

それならば、ビッグマックだ。
今日はしっかりカロリーを摂っても大丈夫と決めた日。
お目当てのひと品がなくても、ビッグマックがある。

さて取り出したのは「味噌カツのタレ」

Mbm1

メーカー:合資会社八丁味噌 岡崎市
分量:320g
実勢価格:498円
賞味期限は未開封でおよそ10ヶ月後に設定されている。

ナゴヤの赤味噌として有名な「八丁味噌」は、徳川家康の本拠・岡崎城(現在も岡崎市にある)から西へ八丁(およそ870m)行った所にある味噌屋が作り始めた。
「味噌カツのタレ」は家庭の冷蔵庫に常備しておいて、あらゆるカツや目玉焼き乗せ御飯にかけて食べると美味い。
味噌カツファン御用達のこのタレが合う新たな相棒を捜していた。

Mbm2

1枚目のバンズをめくり
そこに味噌かつのタレをどぼどぼとかける。

Mbm3

元通りにバンズをはさんで食べる。
はじめのうちは味がわからなかったが、バンズにたれがしみこんでくると、味噌かつの味を脳が捕捉した。

今回の発見は、上のパティの階層には味がついていないこと。
ここは味噌かつのタレをかける層だったのだ。
そうだったのか・・ 

上は味噌味、下はマックのソース味
ダブルで美味い!

米国国籍を貫くマックに、ユーザーが日本国籍を加味する。グローバル企業と消費者の新たな関係構築法をここにみた。

しらべるのたべもの記事一覧

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2012年5月14日 (月)

佐倉朝日健康マラソンに向けて走り始める。

佐倉朝日健康マラソンから逆算して14週間前、レースに向けて走り始める。
日頃は一切走っていないので、運動靴を履いて外を走るのは「全国健勝マラソン日本海大会」以来8ヶ月ぶりだ。

2006年に始めた「マラソン人生」は7シーズンめ。
1年に1レース、冬に走り始めて春マラソンを走る。
今回の出場大会は、京都の抽選に漏れて佐倉に決まった。
佐倉は2011年大会も出場を予定していたが、東日本大震災のために中止となったので、2大会連続エントリーとなる。
ずっと走るのを楽しみにしていた大会。動機づけは今年も高い。

しかし一向に上がってこないのが、走ることへの動機づけだ。
[○][×]2枚のプラカードを持って「走ることは好きですか?」と聞かれたら、迷わず[×]を上げる。
だがマラソンは好きだ。
見るのも好きだし、走るのも好き。
レース毎に失望感、達成感、さまざまな非日常が交錯し飽きない。

できれば練習無しでレースに出たい。
かといって、全く練習せずに走れるほどマラソンは甘くない。
1kmも走らずに走力だけが備わり、レース当日の朝を迎えられたらどんなにいいかと真剣に思う。

走り始める時期が徐々に近づいてくる。
8月
レースが終わって4か月か。あぁでも4か月後にはまた走り始めなければならないんだな。
11月
こうして何も「しなければならないこと(to do)」がない週末はあと1か月か・・
指折り数えて気持ちが沈む。

できれば走りたくない。
それでもレースは近づいてくる。
それならば、少ない練習で最大限の走力を獲得できる方法はないか。
「マラソン」「トレーニング」少しでも関連があると思われる本はすべて読む。
猫ひろしが「加圧トレーニングを取り入れた」という話しを耳に挟めば、その専門書を1冊読む。
だが、素人がカンタンに手を出せる域を超えているしリスクが高そうだと諦める。
そうして今年も「マラソンシーズン」が訪れた。

初日は5kmジョグ くもり
距離が短いので給水なし。12月半ばの東京は十分に寒く、去年から使い始めたネックウォーマーが初日から必要だった。
走り出しの1kmがきつい。
2km走ったところで心臓の鼓動を抑えるためにペース落とす。
体が4月に走り終えた時のペースを覚えていることに気づく。
まず、そのペースに耐える心臓を作らなければ。
左の肩こりも対策が必要だ。

2日め 6kmジョグ 例年通り1kmずつ距離を伸ばしていく。
ペースは特に決めずに走る。
左手にグリップ給水ボトルをもつ。中身は水。
はじめの1kmから喉が渇く 快晴
住宅街をクランク状に横断していく。
上りはきつい。歯を食いしばってペースを落とさずに走る。
去年の今頃はこんなに頑張っていたのか。
ラストにWS1本。
GPSはぴたりと狙ったペースを表示している。
ペースは脳が決めているんだな。

3日め
16時間寝たが体調が万全ではないので、大事を取ってお休み。
休んだほうがリスクがないし、まだ先は長い。

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2012年5月13日 (日)

パスワードの作り方で悩む人へ! 乱数パスワードを発生させる

サラリーマンならば、あなたも悩んでいるかも知れない。
パスワードの作り方だ。

コンピューター犯罪が横行していると喧伝されている世の中では、情報セキュリティを高めよという圧力が高まっている。
誰が圧力をかけているかというと、圧力をかけるとメリットがある人たちだ。
俺の会社ってハッカーの攻撃を受けるほどエクセレントだっけ?
という疑問を持ったとしても、パスワードを定期的に変更せよというコンピューター・システムの要求からは逃れられない。

30日でパスワードの有効期限が切れるという会社の場合、30日に一度あなたはシステムにログインできなくなる。
ブラウザーにパスワードを記憶させているからだ。
なんとか思い出すか、システム管理者に泣きついて「旧パスワード」画面をクリアしたところで「パスワードを変えてください」旨の要求が出る。

システムによっては過去に使ったパスワードは数世代前まで使えない。
あれやこれやと打ってみて、ことごとくコンピューターからダメ出しを食らう。

そこで、パスワードを生み出す方法を解説する。
まずはセキュリティが高い乱数タイプ。

ランダムパスワード生成CGIのウェブページにアクセスする。
   ↓   ↓
桁数をプルダウンメニューから選ぶ。
万が一、本当に悪い人に攻撃を受けた時のために8桁にしておくとよい。
   ↓   ↓
使う文字にチェックを入れる。
「英小文字」「数字」にチェックすれば十分だろう。
   ↓   ↓
[パスワード生成]をクリック

画面に表示されたパスワードをコピーして、メモ帳などに貼り付けておいて使う。

コンピューターが自動生成した乱数は、類推することが難しくセキュリティが高い。
"セキュリティが高い"という場合、それは自分自身にも適用される。
下手をすると、自分も入れなくなってしまうと言うことだ。
そこで、おまけとして、敷居の低い方法を説明する。

あなたはサトウタケオさんで、友達からは「タケちゃん」と呼ばれている。
現在は2012年5月だとする。
その場合、パスワードを take1205 と決める。
パスワードポリシーで記号が必要な場合は、take_1205
そして次回からは、末尾2桁の月を変更する。
次回変更時が2012年8月ならば take1208
年が変われば take1302
これならば、自分だけは旧パスワードを類推することが容易だし、新パスワードを決める際に悩まなくて済む。

前回と同じ部分が*文字以上あるとダメというポリシーはあまり聞かない。
名前の一部分が*文字はいると不可というポリシーの場合は、自分だけがわかるニックネームを英字部分に使うとよい。

しらべる

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2012年5月12日 (土)

猫ひろしを4年後にリオ五輪で見たい!

猫ひろしが五輪に出られなくなったことは、とても残念だ。

芸能界の最強ランナーと謳われるのは世界一周を果たした間寛平だが、猫ひろしはマラソンを2時間30分超で走る芸能界の最速ランナー。

1977年8月8日
千葉県市原市生まれ

2008年
「東京マラソン2008」で初マラソン 3時間48分57秒

2009年
東京マラソン2009 3時間18分52秒

2010年
1月「猫まっしぐラン!! おもしろマラソンガイドブック」出版
2月「東京マラソン2010」2時間55分45秒 初のサブ3

2011年
2月「東京マラソン2011」2時間37分49秒
11月9日、カンボジア国籍取得
11月16日、カンボジア選手権 5位 2時間37分39秒
11月25日、著書「猫ひろしのマラソン最速メソッド」出版 練習内容と利用しているツールを公開している。

2012年ロンドン五輪男子マラソンを、カンボジア代表として目指してきた。

■男子マラソン五輪参加基準
参加標準記録A 2時間15分00秒以内 1カ国3人まで
参加標準記録B 2時間18分00秒以内 1カ国1人まで
標準記録に届く者がいない場合、代表選手1人

出場の条件は標準記録突破またはカンボジアの出場枠1に選ばれること。
標準記録の突破は難しい。
2008年五輪カンボジア代表のヘム・ブンティンが2時間31分台のタイムを持っており、猫ひろしが五輪に出場する公算は低いと思われた。
ところが猫ひろしは代表に選ばれ、そして国際陸連のクレームにより白紙になった。

とても残念だ。
2時間30分近くまでタイムを削った努力は壮絶なものだったと容易に想像がつく。
彼の五輪挑戦はルールの枠内であり、公序良俗に反していない。
それでも責めるというならば、その矛先は猫ひろしではなく、ルールを運用している人たちに向かなければならない。

今回はクリアできなかったルールをクリアして、4年後のリオ五輪で猫ひろし渾身のギャグを見たい。

ど素人!マラソン講座

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2012年5月11日 (金)

大人になった君へ

大人になった君へ
君は戦略を練り、それを粘り強く実行できる大人になって欲しい。
君の周りはC世代とD世代に二極化する。
相容れない考えをもつ人々に取り巻かれながら、真実の目的を達成するためには、時にわかりにくさも必要になる。

しっかりと勉強するといい。
本をたくさん読むことだ。
身の回りにいるエライ人なんてたかが知れている。
とても名もない君に面会してくれないような人が、本では君に語りかけてくれる。
たとえその人が生きていようと、もう死んでいようと。

ひとつ上の世代では「うまくやる」ことが大人になることの保険だった。
後ろ盾、既得権益、勝ち組・・
だが、そんな保険はもうとっくに破綻した。
まだうまくやることに骨身を削っている人は、時代の変化に鈍いだけだ。

君が生きる時代はうまくやろうとした人たちが悲惨を極める時代になる。
なんの力もなく、なにも成し遂げていないのにうまくやれると誤解している人を尻目に、力を付けることだけを考えて進め。
謙虚さを武器に、自分の力を信じていけば間違いない。

そんな時代を羨ましいとあえて言おう。

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2012年5月10日 (木)

月に先制攻撃

こどもの日、遠出した帰り道。片道一車線の県道の往く手に見事な月が見えた。
あぁ今日は十五夜なんだな。
歩みを停めて写真を撮る。
標準レンズで撮ると、肉眼でみた圧迫感は表現されていない。

Moon

数時間後、そんな月のことなど忘れていると、ネットでは「スーパームーン」が話題になっていた。
2012年5月4日~5日に観測された、最大の月。
最も遠い時よりも14%大きいから"スーパー"。
ただ、最も遠い時より・・ということは平均的な距離からは7%しか大きくないと言うことだ。

月は潮の満ち引きに影響する。
人間の体調にも影響する。
月は「魔の時間」をつくる。

月は地球の周りを軌道しながら27日半で12星座を一周する。
月が移動しながら、次の星座に変わるときに起こる異常現象をボイド・ムーンという。
Void of Course of the Moon(VOC と略される)
短いときには数分、長いときでは2日続くこともある。

この間は、情報伝達がうまく行われず、混乱が生じやい。
物事の判断に誤りが多くなり、人は情緒不安定になる。

・・・と言われており、米国ではボイドムーンの間は重要な決定をしないという企業もあるらしい。
日本にはなさそうだが。

なんだか気分が優れない。うまくいかないなと思った時は「君のせいだな」と、月のせいにする。
月と地球は長い相棒。それくらい月も大目に見てくれるだろう。

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2012年5月 9日 (水)

不整地ランに好適 砧公園

公園の順路に沿って走っているランナーは皆無。
公園に憩いを求めてやってきた人々への配慮だとしたら、周辺地域のランナーは相当にモラルが高い。

公園と言えばベンチだが・・
見渡すと隅っこにわずかにベンチはある。
ここは公園というより平原、緑地だ。
目隠しをして連れて来られたら、目を開けた瞬間ここを公園だと言える人はいないだろう。

K4

進むほどに、レジャーシートを敷いているグループが増える。
桜は終わり、新緑の候。
葉見(はみ)かっと聞こえないようにつっこむ。
さすがに肉を焼いている人はいない。

公園の中程には小川が流れ、いくつかの橋がかかる。
そのうちの一本である吊り橋を渡る。
子どもたちがジャンプしながら渡っていく。
橋脚がネジで留められている吊り橋は珍しい。

K5

16時を回った頃からランナーがどっと増えた。
太陽が傾き、暑さが和らいだせいか。
サイクリングロードを往くランナーたち。
誰もがしっかりとしたランニング・ウェアを装着している。
多摩川の土手とは明らかに違う。
ここは自転車に気兼ねしながらのサイクリングロードよりも、舗装路を一歩外した不整地RUNに好適と見た。
近隣では、これだけの不整地が広がる場所はない。

新緑の葉にレンズを向ける。
このGWは気まぐれな天気、風が強い。
枝が風に流され、なかなか止まってくれない。
しびれを切らして「じっとしろ」
葉につっこむと、ゲーム機を持ち込んで没頭していた少年たちが顔を上げた。

K6

品がよさそうな犬を連れた人々が、今ここで知り合いましたといった風情で歓談している。
よく晴れた清々しい初夏の夕暮れ。
ここで、同朋と集えたことがとても嬉しそうだ。

一周し終えたところで、せっかくだから同化してみようと思う。
石でできたベンチに腰をかけて文庫本を開く。
果たしてこれは椅子なのか。少し不安だ。
中華料理の円卓でフィンガーボウルの水を飲んだ人を見るような目で見られていないだろうか。

そんなことを考えていたら
きゃんきゃんきゃんきゃんきゃんきゃんきゃん
泣き声はやみそうにないので、早々に本を閉じた。

ど素人!マラソン講座

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2012年5月 8日 (火)

ランニングコースガイドを見て砧公園を視察する

ここも、走れるのではないかと見に来た。
砧公園(きぬたこうえん)
「東京周辺ランニングコースガイド-風景を楽しみながらシティランニング-」によると、ジョギング専用コースはないが、周辺を含めて10kmを超えるランニングコースがとれるらしい。

まず公園のホームページをチェックする。
目に止めたのは犬に\(斜線)を引いたアイコン。
一見「犬立ち入り禁止」の標識のようだが、そのヨコには
「散歩はリードを忘れずに。あなたのマナーに感謝します。」
と書いてあり、そうでないことがわかる。

犬にリードをつけることは東京都条例に記されており、違反者には罰金もある。
当然だが、飼い主もそれを認識している。
それなのに「リードを忘れずに」とホームページのトップに書かなければならないのは妙だ。

駐車場の収容台数は多くない。
休みの日は行列ができる。
近隣の駐車場があるのではないかと、まず公園外周を一回りしたがなかった。
休日の15時過ぎ。
駐車場は待たずに入れた。

園内を歩き始めると、地域感覚が麻痺した。
ついさっきまでの環八の渋滞と、目の前に広がる田園風景のギャップが埋まるのに時間がかかる。
木漏れ日の向こうから犬を連れた老夫婦がやってくる。

K1

施設案内の看板で全体の地理を頭に入れる。
太陽が公園のどちらに出ているかをチェックしておけば、方向を見失うことはない。

K2

この後もこの看板が至る所にあって安心感があった。
こうした看板における「現在地」という表示は、とてもありがたい。
発明した人は勲章の一つでももらっただろうか。

ホームページに「更衣棟」とあった。
駒沢オリンピック公園のように、一般でも使えるのだろうか?
残念ながら、野球場、サッカー場などの施設利用者限定だった。

西側は自転車立入禁止のファミリーパーク。
向こうから野球のユニフォームを着た子どもの集団。
猛スピードでやってくる。自転車に乗って・・
社会のルール、教室のルール、会社のルール
すべてのルールからはみ出さない人はいない。

眼下にはサイクリングロードが見えた。

K3


つづく

ど素人!マラソン講座

看板で確認してきたからそれとわかる。
腕をシャカシャカとウォーキングの人が歩いて行く。
景色を愛でる散歩の人。
逆行して歩く子ども連れ・・
自転車乗りの皆さんに同情する。

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2012年5月 7日 (月)

なぜフイとカタカナで書くのか

日本同点機フイ
佐藤好投フイ
鈴木満塁弾フイ

新聞のスポーツ欄にこんな見出しを見ることがある。
毎日ではないが、頻繁である。

フイはふいにするのフイ。
ふいの意味は「ムダにする」
特に好機をムダにする場合の口述で使う。

新聞の見だしは、
「日本同点機をムダにした」というところを
「日本同点機フイ」と書く。

むだな結果に終わったという事実を言い切りで表す時、ふいはフイになる。

「日本同点機ふい」
「日本同点機フイ」

カタカナにする必然性はなさそうだ。
言葉を端折っていることに注意を喚起するため、カタカナで語感を強くしているのだろう。

ふい、フイどちらで言い切っても違和感がある。
見出しとは、そういう違和感を持たせて注目させるものだ!
編集者のそんな声が見出しから聞こえてくる。

しらべる

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2012年5月 6日 (日)

変革に挑むC世代、口だけは達者なD世代

20代のサラリーマンへ(5)

「C世代」 しらべるの定義は、ネットを介して心を開いてつながることを是とする20代と30代。

この言葉は米国からやってきた。
Cの意味は Change、Community、Computer、Connected、Create と、とても幅広い。

■C世代の特徴
生まれた時からパソコンと携帯電話がある。
誰かとつながることにおいて、リアルとネットの境界がない。
自分たちが連帯して行動すれば、社会は変えられると信じている。
そして、変えようと考えている。

20代、30代が世の中を変えようとしている?
冗談はやめてよ。
今そう思った人もいるだろう。

そのとおり。
20代、30代の人に特にそういう人が多いということはない。
政治に興味を持ち、世の中を変えようと動く人は40代、50代・・すべての世代にいる。

20代、30代を強引にカテゴライズするならば、
変革の意欲を持って努力する「C世代」と呼ばれる人たちと、根拠のない自信だけを持って中身が何もない落ちこぼれに分かれる。
しらべるでは後者を「D世代」と命名した。
Dの意味は Drop out(落ちこぼれ)、Debate(口だけは一人前)である。

TVニュースで年金の世代間格差を特集している。
下の世代になるほど、もらえる年金と拠出した掛け金の収支は赤字になる。
だったら払わないよというのが「D世代」
どうすれば変わるかを考えるのが「C世代」

年金制度を変えることでは追いつかない。
消費税増税など愚の骨頂。
要諦はいかに名目成長率を上げるかだ。
そのための戦略を実行できる政治集団を、次の総選挙までに見つけておかねばならないし、それはあなた自身かも知れない。

ど素人!政治経済講座

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2012年5月 5日 (土)

サラリーマンに求められるライブ能力

20代のサラリーマンへ(4)

君はパワーポイントは得意だろうか。
作るのが得意
プレゼンが得意
ここでは2つの得意がある。

2010年代のサラリーマンは両方が得意でなければならない。
しかし現実には、作るのだけが得意な人が多い。
プレゼン能力が低い。話し下手という意味だ。

だが、厳しい言い方をすると、作るのだけが得意というのは当人の錯覚。
プレゼンを見ている方からすると、真意が伝わってこない。
話し下手の人が作る資料は、こてこてに"いかにもパワーポイントです"という形式に則っているが、何が言いたいのかさっぱりわからない。

君がパワーポイントが得意だったとしよう。
あるいはエクセルでもいい。
君がつくる資料は上司や同僚に「わかりやすい」と好評だ。

すると彼らはこういうのだ。
「参考にするからファイルを送っといて」

バカかと思う。
参考にする=ぱくるである。
「お前の仕事ぱくるから、タダでよこせ」
と言っているわけだ。
コンピューターと共に育ったC世代の君は知らないかも知れない。
1990年代までの日本では、こんなことはなかったのだ。

一生懸命まとめたレポートをコピーして使う人はいなかった。
紙で配られた資料を全部ワープロに打ち直して「自分が作った」と言い張るのはルール違反だと実感できたからだ。

2000年代に入ってパソコン+オフィスソフトが全員に配られた。
すると他人の仕事をまるごとコピーできる状況が生まれた。
しかも本人が居ない場所で使えば、ばれない。

20代のサラリーマンの君へ
ファイルを開示してはいけない。
一度タダで渡すと、それ以後、それが当たり前と思われる。
それは、君のプラス評価にならない。
便利なゴーストライターとして使われるだけだ。

ゴーストライターは出世しない。
便利だから上司は手放したくない。
高い評価を与えると、ゴーストライターの仕事が頼めなくなる。
他部署から目を付けられぬよう、低い評価で飼い殺しておくのだ。

あの人の資料はすばらしいが、もらうためには丁重に頼まなければならないという状況が望ましい。
あの人の説明はわかりやすいから、スピーカー・講師を頼もうと思われなければならない。

音楽業界ではコピーが横行してCDが売れない。
ライブパフォーマンスが優秀な音楽家だけが生き残る時代に入っている。

サラリーマンの世界でも文書はコピーされる。会社内に著作権はないに等しい。
サラリーマンにはライブ能力が求められている。

ど素人!プロジェクトマネジメント講座

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2012年5月 4日 (金)

入学から一か月 それは五月病ではない 大学が楽しくない理由

志望校に入った君。まぁまぁのところに入った君。
入学式から1か月が経った。
「大学って思ったより楽しくないな」
この時期、都市部の高校を出た多くの学生がそう思っている。

 

君たちのお父さん、お母さんは言っていただろう。
大学は楽しいよ。
君たちは反論する「これの何処が楽しいの?」
大人たちはちょっと悲痛な顔をして言う。
確かに時代は変わっているし、今は就活が大変だよね。それでも・・・
つづけて、自分たちがどのように楽しかったかを例にあげて、お楽しみはこれからだという話しをつづける。

 

でも、そんな話しのどこを聞いても君たちは納得できない。
大学はもっと楽しいところではなかったのか?
ちょっと話しが違うじゃないか。
もし君が今そう思っているならば、その理由を言おう。

 

君は高校で終わったのだ。

 

いきなり、わかりやすく言ってしまった。スマン。
では、少し回りくどくいうと
君は高校で遊びすぎたのだ。
いや、まだきついな

 

詳細にいうと、昔の大学生が大学で初めて経験することを、君たちは高校までに経験してしまったのだ。
新入生が入れば「歓迎コンパ」 先輩が卒業すれば「追い出しコンパ」 文化祭、体育祭、部活の大会。なにか大きなイベントが終わる度に「打ち上げ」
さらにはコンパや打ち上げ後の「外泊」「オール」

 

それらは、1980年代までは大学でやることだった。
もちろん、その時代にも高校で楽しんでいる連中はいたが、まだ少数派だった。

 

ケータイを駆使して四六時中連絡を取り合い、つながりを深めた高校生活。
誰かとつながっていない時も、コンピューター、ゲームがある。
音楽や映像はソフトを購入しなくてもレンタルや配信でカンタンに手にはいる。
テレビはワンセグで見放題だ。

 

それだけ楽しんできておいて、大学でなにを楽しもうというのか。
土台、むりなのだ
それは君たちのお父さんとお母さんの言い分。

 

さぁ君たちは自分の葦で考え、進んでいけばいいのだ。
時間はまだたくさん残っている。

 

五月病

 

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2012年5月 3日 (木)

LANケーブル売り切れですか? トップレス会議

ある日僕は委員会の司会だった。
各部署から10人の委員が集まっていた。

本来、会議はしない主義だ。

社員の時給が平均2,500円だとする。
会社は人件費以外にも年金や事務所費負担があるので、1人に対して時給5,000円のコストをかけている。
時給5,000円の人が10人。1時間の会議をすれば、そこは5万円のコスト。
5万円を利益率5%の商品で取り戻すには、100万円の売上げが必要になる。

100万円を売るのは大変なことだ。
「今から100万円売ってこい」と言われると気が遠くなる。

会議をしない代わりに、掲示板を使う。
掲示板にテーマをあげて、メンバーに意見を言ってもらうのだ。
しかし、これでは決まらない。
掲示板は一方的な周知には向いているが、議論して成案を得るには向かない。
ただでさえ意見を持たず責任をとりたくない人が多いのに、掲示板のように証拠が残るところでは誰も発言しないからだ。

仕方ないので、合意が必要な案件がある時だけ会議をする。
エクセルの議事録フォーマットをプロジェクターで投影して、会議を始める。

すると若手の委員サトウ君が
「LANケーブルってもう売り切れですかね」
と言って話の腰を折った。
その会議室に、LAN回線は1本しかない。
その1本は議事を進めるためのパソコンが使っている。

彼はこの会議で名案を述べたことは一度もない。
彼が口を開くのは「コストが心配ですね」「役員が納得しますかね」と評論する時くらいだ。
そして、いつも彼だけがパソコンを持ってくる。

内職をしているのだ。
そして今日は会議中にメール処理もしたいらしい。
だから「LANケーブルってもう売り切れですかね」なのだ。

全員が無視した。

ノートパソコン持ち込み禁止の会議を「トップレス会議」と名づけている人がいる。
ラップトップのトップをレスするからトップレスということだ。

今時、ラップトップパソコンなんて誰も言わない。
ノートを禁止したら、デスク"トップ"を担いでくる奴がいるということを想定したのか。
そんな下品な命名をしなくても「PC持込禁止会議」で意味が通る。

「LANケーブル売り切れですかね」発言以来、その委員会では
「PC持込は、ご遠慮ください」が招集メールの一文に加わった。

ど素人!プロジェクトマネジメント講座

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2012年5月 2日 (水)

GW 薄くなった「1Q84」を読む

GWは幸い予定がない。
そこで書店に行く度に視界にとらえていた「1Q84」を読むことにした。
これまで、単行本の厚さ×3冊にひるんでいたが、
3月に出た文庫本ならば、気軽に入門できそうだ。



村上春樹は世界平和の実現に向けて発言するベストセラー作家。
1949年1月12日、京都府生まれ

1983年、アテネでマラソンの距離を初めて走る。
1987年「ノルウェーの森」
1994年「ねじまき鳥クロニクル」3部作
2002年「海辺のカフカ」2部作
2003年 翻訳「キャッチャー・イン・ザ・ライ」
2007年 マラソン、トライアスロンについて書いたエッセイ「走ることについて語るときに僕の語ること」

2009年、エルサレム賞受賞
同年2月15日、エルサレムで「壁と卵」という題材のスピーチ



村上春樹が生まれた1949年、ジョージ・オーウェルが近未来小説「1984」を書いた。
それに対して、村上春樹が2009年という未来から1984年を描いた近過去小説が「1Q84」である。



2009年5月
1Q84 Book1〈4月‐6月〉
1Q84 Book2〈7月‐9月〉

2010年4月
1Q84 Book3〈10月‐12月〉

単行本は上記の3冊構成。
文庫本は下記の6冊構成。

2012年3月28日
文庫1 1Q84 Book1〈4月‐6月〉前編
文庫2 1Q84 Book1〈4月‐6月〉後編

2012年4月27日
文庫3 1Q84 Book2〈7月‐9月〉前編
文庫4 1Q84 Book2〈7月‐9月〉後編

2012年5月29日
文庫5 1Q84 Book3〈10月‐12月〉前編
文庫6 1Q84 Book3〈10月‐12月〉後編

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2012年5月 1日 (火)

クルマと関わらない幸せ

この週末は路上でハンドルを握っている時、いつも以上に緊張した。
このところ予期できないような事故が続いているからだ。

いつもならば、自転車と歩行者を重点的にマークしておけばよい。

高級自転車はルール通り車道を走っているが、ルールを大幅に超えた速度で走る。
しかも信号では少し減速するだけで停止しない。
自転車を対象にした「ねずみ取り」「信号無視」の取り締まりが必要だ。
すぐやって欲しい。

歩行者は横断歩道の信号が赤に変わっても、何事もないように渡っている。
少しダッシュすればセーフだと思っているようだ。
クルマが近づいても、どうせ最後はそっちが止まるんでしょと踏んでいる。
確信犯だ。
歩行者も信号無視は反則切符を切ることができるようにして欲しい。

一方、信号のない横断歩道で歩行者が横断の意志を見せていても、停まるクルマは九分九厘いない。
自動車学校で何を学んできたのか。
「停まると後ろから突っかけられて、返って危ないんだよね」
などと言って自分を正当化している。

そのうえクルマだ。
道幅の狭い道路でセンターラインを超えてくるクルマが増えた。
センターラインを超えたら危ないということを認識していないドライバーは多い。
進行方向に路駐のクルマがある場合、そのクルマが対向車を待たなければならないが、お構いなしに突っ込んでくる。
前後左右からどんな運転者が操るクルマが来るかわからない。

不届きな運転者により事故が起きると、大々的に報道される。
だが、歩行者、自転車、ドライバー。
ここ数年、ルールを守らない人は格段に増えている。
一方、警察の取り締まりを見ることは、ほとんどなくなった。
事故の温床は着実に広がっている。

ルールは守らなくて良いという人が増える社会。
二枚舌を使いこなす政治の弊害とも言える。

都市の若者がクルマ離れをしている。
自動車会社は魅力的なクルマを作って、客を呼び戻そうとしている。
だが、クルマと関わらないで一生を送ったほうが幸せな状況が生まれつつある。

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