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2013年4月24日 (水)

バルセロナからやってきた廃墟マニア

日本初の鉄筋コンクリートのアパートは、ここ軍艦島で作られた。
解説書にはこれが学校、これがアパートと書かれていたが、実際に目の当たりにするとそれが、どのような機能を果たしていたかについては興味がわかない。
できることならば、解説書を書き上げたライターたちが、まだ観光化される前に許可を得て上陸したエリアに踏み行ってシャッターを切りたい。

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だが、観光客に与えられた自由は、外周わずか1kmの端島の、そのまた端っこのごく一部。
徒歩で5分もかからない。
望遠レンズで建物に迫ることはできても、その死角の先にあるものをとらえることはできない。
島はこれからも日々、朽ちていくだけ。
倒壊の危険性が低くなることはない。
観光客に全島が公開される日は来ないだろう。

役場支所、郵便局、病院、幼稚園、小・中学校、銭湯、市場、旅館、映画館、パチンコ屋、テニスコート
ありとあらゆる、人の暮らしに必要なものがかつてそこにあった。
しかし、今、観光客の目に見える所にはない。

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観光コースの終点「第三見学広場」で説明を聞いていると、防波堤の上を歩く人がいる。
ガイドに尋ねると、瀬渡しで渡ってきた釣り客らしい。
公認観光以外の上陸は禁止されていると考えていたが、どうやらそれは認識違いだったようだ。
そういう釣り客も自由に全島を巡って良いわけではないらしいが、実際にはどうなのか、見張りがいるわけではない。

バルセロナからやってきたスペイン人のアベック。
さっきから、しきりに一眼レフでシャッターを切っている。

観光で来たの?
写真でも撮りましょうか?
スペイン語で話しかける。

少し驚いた2人。
じゃぁたのむよとカメラを渡す。
それから、話しながら船に戻る。

何もかもスペイン語で話せるわけではないので、そこから先は英語でつなぐ。
もっぱら話題はFCバルセロナ。
日本人少年が入団していること。
デコが子ども達のためにファンドを作っていること。
あのアパートは日本初の鉄筋コンクリートアパートだというと、まるでカンプノウみたいだと彼。

「あなた、メールアドレスを教えてあげなさいよ」
と彼女がせかして、彼がメモをくれた。
バルセロナに来た時は連絡してよ。カンプノウのチケットをとってあげるよ。
彼女のお父さんは毎試合来ているんだぜ。

さすがに、もう行かないと思うが、しー、ぐらしあす。
とそこだけはスペイン語で愛想を言った。

思わぬ英会話に花を咲かせたおかげで、通常レンズで撮るはずだった写真が、ほとんどない。

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およそ50分の滞在時間。
この短い観光コースならば、十分な長さだ。
そして、再び長崎港へ向けて出港する。

出港と言っても、軍艦島に"港"と呼べるような波止場はない。
辛うじて人が船から移るだけの艀(はしけ)と言った方がそれに近い。

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この楕円形の"ドルフィン桟橋"と呼ばれるコンクリートの塊。
左側に見えている橋も、無人島時代には取り外されていて、観光化と共に掛けられた。

4年前に上陸できなかった時、残念賞?としてもらったキーホルダーに詰められていたのが、このドルフィンの破片。
いったい、どこを削ったのか。

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それにしても海が青い。
4年がかりで果たした上陸の目標も、達してみればもう過去の実績に過ぎない。
もう心はこの後、江山楼で食べるちゃんぽんと炒飯に移行している。

新幹線全駅停車して往く品川-博多の旅

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