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2013年8月の31件の記事

2013年8月31日 (土)

くまモンに確実に会いたい!くまモンスクエアという朗報

くまモンに会いたい!
九州入りを一か月後に控え、計画を練っていた時、朗報が届く。

くまモンの出動スケジュールは公式サイトで事前に公開されている。
だが、正確なタイムスケジュールまではわからない。
数ヶ月前から、公式サイトでくまモンの出没情報をチェックし始めた。
イベント会場や、ロアッソ熊本(Jリーグ)の試合会場。

その場に行っても、時間が違えば会えないことがある。
会えたとしても、ふれあうことができる保証はない。
遠巻きに見るだけでは、遠方から来た甲斐がない。

くまモンに会いに熊本へ行く。
でも、くまモンに会えなかった。
そんな声が「チームくまモン」に多数寄せられる。

「チームくまモン」とは、熊本県庁内のくまモン活動をマネージメント、サポートしているチームのこと。
スタッフ自ら著書「くまモンの秘密」でそう呼称している。

彼らは、考えた。
そうだ!
鶴屋百貨店の一階にあるRKKサテライトスタジオ。
熊本の民放局RKKが、公開放送を行っているスタジオ。
ここを改装して、くまモンの常設スポットを作ろう!

この試みは2013年3月にメディア発表。
7月17日、蒲島郁夫熊本県知事とくまモンが会見、オープン日を公表。
7月22日、くまモンスクエアの公式サイトオープン
7月24日、オープン

カーナビに打ち込んだのは、熊本県熊本市中央区手取本町8
これは鶴屋百貨店の住所でもある。

「目的地周辺です」
川を渡ると、次の信号が鶴屋百貨店。
時計の針は10時50分を指している。
11時のショーまで、あと10分。
恐らく、入場は難しいだろうが、ダメ元で駆け込みたい。

駐車場を物色している時間はないな・・
そう思った時、前のクルマがウィンカーを出して建物に入っていく。
そこには「営業中」

くまモンの看板。
立体駐車場だ。

Park 
くまモンが呼んでいる

この際、料金のことは後回し。
すかさず、ウィンカーを出して、前のクルマに続く。
結果的には、これがこの上ないと言える選択だったのである。

つづく

くまモンのひみつ

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2013年8月30日 (金)

デコ、FCポルトに移籍 階段を1つ上る

スーペルリーガはポルトガル国内クラブの名称。
デコが在籍していた頃はこの名前だったが、2005-06シーズンを最後に幕を閉じ、2006-07シーズンからはbwinLIGAとなった。

デコがFCバルセロナで活躍していた2005-06シーズン、
スーペルリーガには、ブラジル国籍の選手が150人(1クラブ平均8人)も登録されていた。

名門チームと呼ばれるのは、FCポルト、ベンフィカ、スポルディング・リスボン。

1997-98 シーズン
デコはスーペルリーガの名門クラブ、ベンフィカに入団
そのはずだったが、2部リーグのアルベルカにレンタルされた。

年をまたがないJリーグや、カンペオナート・ブラジレイロでは「2013年シーズン」と表記されるが、欧州サッカーは夏に始まって春に終わるため、2つの年をハイフンでつないだ方法で表記される。
2013年8月に始まったシーズンは、2013-14シーズンである。
うしろの年は2桁表示されるのが通例だ。
13-14シーズンのように、短く表記することも多い。

13-14シーズンの場合、閉幕後の6月には4年に1度のW杯を控えている。
こうしてW杯を控えた年は、FIFAと各国リーグで、閉幕時期の取り決めが行われる。
恐らく5月の第2日曜が、閉幕のリミットに設定されるだろう。

1998-99
デコはベンフィカからレンタルされたサルゲイロスで、通算30試合に出場し10ゴールをあげる。
この活躍が目に留まり、冬の移籍市場でFCポルトに移籍。

冬の移籍市場とは、シーズン途中である冬期に設定される欧州サッカーリーグ間の移籍可能期間。
各国リーグのクラブチームは、シーズン閉幕から開始の間に選手を補強する。
開幕と共に移籍禁止となるが、1月2日~1月31日の間だけ移籍が可能になる。
冬の移籍市場の期間は、2002-03シーズンよりUEFAによって統一された。

開幕からおよそ3ヶ月が過ぎ、リーグ優勝、UEFA CL圏内など、それぞれの目標が見えてくる。
いずれも厳しいというクラブも多い。
チーム事情に応じて補強するか、タレントを売って資金をプールするのである。

FCポルトは1893年に設立された、ポルトガルを代表する名門クラブ。
名門であるがゆえに、ポルトガル人選手のタレントが集まる。
それは選手に限らず、監督も然り。

ホセ・モウリーニョ(現チェルシー)はFCポルトで実績を作りチェルシーへ。
2010-11シーズン終了後には、アンドレ・ビラス・ボアスがチェルシーへ。この時はチェルシーはFCポルトに対して17億円を払っている。

よく「移籍金」と言われているのは、選手(監督)がクラブチームと交わしている途中契約破棄の違約金のこと。
本来は選手がクラブに納める筋だが、実際には引き抜いた側のクラブが払う。

クラブ間で移籍金交渉が行われるのは、値引き交渉である。

仮にデコの違約金が120億円であると契約書に記載されているとする。
デコを引き抜きたいクラブは、現在の所属クラブに対して

「ねぇデコの移籍金、60億円に負けてくれない?」
「ダメだよ、90億までしかまけないよ」
「え゛ーっ、いじわる~ ^^;)」

というような交渉をするのである。

つづく

デコファンサイト

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2013年8月29日 (木)

デコの歴史

デコの経歴を少しだけ詳しくふり返ってみよう。


1977年8月27日
ブラジルのサンベルナルド・ド・カンポで生まれる。

デコの誕生日は、バルセロナ在籍当時「9月27日」と表記している版元があった。

ワールドサッカーダイジェスト 2005年4月7日号、4月21日号、5月19日号
週刊サッカーダイジェスト2007/4/17
いずれも日本スポーツ企画出版社

ワールドサッカーキング 2005月4月7日号、2005年9月1日号
朝日新聞社

メディアックスが1年だけ発行したリーガのガイドブック「EUROPEAN SOCCER Liga05/06」

恐らく、どこかの版元が始めに誤植したものを、他の版元がなぞったのだろう。

ただし、ユーロ2004決勝の試合会場で売られていたマッチプログラム
FIFAの2006年W杯出場選手リストには8月27日とあり、8月27日が信頼できる情報として、デコファンは認知していた。

1995年 18歳
カンペオナート・ブラジレイロ(ブラジル国内リーグの名称)
ナショナル・サンパウロでプロデビュー。
奇しくもデコ現役最後の出場となった試合の相手は、サンパウロだった。

1996年
同じくカンペオナート・ブラジレイロのコリンチャンスに移籍。

1997-98 シーズン
ポルトガルに渡る(当時19歳)

パトやネイマールのように若くして注目されている選手は、ブラジルからいきなり、リーガ(スペイン)、プレミア(イングランド)のクラブチームから声がかかる。
だが、デコはそういう選手ではなかった。

スーペルリーガはそこそこにレベルが高いが、スペインやイングランドほどではない。

ポルトガルはブラジルの宗主国(そうしゅこく)
聞き慣れない言葉だが、わかりやすく言えば
"昔、植民地として治めていた側の国"
ということになる。

ブラジルはポルトガルに統治されていたのである。
ブラジルの公用語はポルトガル語。
現在は、ブラジル語という呼び方もあるが、同じものだ。

欧州サッカーでは、クラブチームと帯同している時は、その国の言葉で話さなければならない。
記者会見もそうだし、宿舎前でファンと交わす会話もそうだ。

生まれ故郷と同じ言葉で話すことができる。
夢見ている欧州クラブの目に留まりやすい。
レベルはそこそこなので、出場と活躍の場が見込める。

賢い男デコ、19歳の算段はこんなところだったろう。

つづく

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2013年8月28日 (水)

デコ引退

デコが引退を発表した。
デコがいるブラジルの時間では、36歳の誕生日を迎える前日のことだ。

「デコが引退しましたね」
デコファンクラブの仲間がメールで知らせてくれた。

その淡々とした文章をみて、疑うことはなかった。
どうか、間違いであってくれと願うこともない。

フルミネンセに移籍してからのデコは、ある一定期間、試合に出続けたかと思うと、怪我をしてしまう。
その繰り返し。

どうか、デコが短気を起こしませんように
そう願いながらも、その日が近いことは覚悟していた。

もし、どうしてもやめるというのならば、
引退前の半年はJリーグに行くのもいい
かつて、そう語っていた言葉が現実になるといいな。

ココにもデコ
デコの試合を初めて見た時の感想だ。
さっきは向こうに居たと思っていたデコが、もうボールのそばに来てプレーしている。
ピッチの中に、あそこにデコ、ココにもデコ。
複数のデコがいるような錯覚を覚えた。

誰よりも走るデコ
手を抜かないデコ
体に蓄積された疲労が筋肉を傷つける。
36歳という年齢まで、プレーしたことは賞賛されていい。

ポルトガル代表を去る時も、ここにいて幸せな時を過ごせた。
と語ったデコ。
フルミネンセも、感謝の言葉を残して去った。
最後まで、冷静で賢明な選手だった。

さぁ、次は監督としてのデコを待っている。
ぜひ、Jリーグのチームに来て欲しい。
実績ができたら、日本代表も率いて欲しい。

これからも、応援しているぞ、デコ。

デコファンサイト

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2013年8月27日 (火)

トイレに並ぶ、2本の列

テントの設営は十分。
テント内にテーブルもあるので、立ったまま準備することもできる。
これまでで最も準備しやすかったのは「佐倉朝日健康マラソン」
野球場の外野席に腰掛けることができた。
荷物を置けるスペースと、椅子があれば申し分ない。

8時、号砲一時間前
荷物を預けて、トイレに並ぶ。
ちなみに荷物は所定の荷物袋に入れるという案内は、資料にも、受付係員からもなかった。
こちらから尋ねて、その人が確認に走り、ようやくわかった。

トイレの数は多い。
並んだ場所は、男3列女1列。
それが、この大会の男女比率を表しているのだろう。
気温はさほど低くないが、風が吹いていて寒い。
暖を取るためのポンチョは荷物に入れて、預けてしまった。
油断していた。

列が短くなり順番が近づいてくる。
トイレが目の前だ。
すると、反対側にも新たな列ができている・・・
こちらの列と向こうの列、異なる列に並ぶ人が、同じトイレの順番を待っている。
コンビニでも見たことがない。初めて見る光景。
途中で、係員の誘導ルールが変わったのだ。

統制はない。無法状態だ。
待ち時間はおよそ15分。

ドアを開けて驚いた。
なんと洋式!
マラソン大会の仮設トイレで洋式に当たるのは初めて。

レース直前、CW-Xで下半身はがちがちに固めている。
その状態で、和式便器にかがむのはかなりきつい。
膝が曲がらないので、かなり高い位置からの投下になる。
描写はこれくらいにしておこう・・

橋を越えて、ランナーの列に並ぶ。
申告タイムである4時間~4時間30分の最後尾に入る。

去年は右足の靴紐がゆると気づいていながら直さずに走り、結果的に血豆ができた。
今日は慎重だ。
去年の反動で、今年はきつく締めすぎた。
もうここまでに2度締め直している。
でも、まだきつい。
こうなると、自分の感覚が疑わしくなる。
過敏になっているだけで、実際にはこれでちょうどいいのではないか。

結果的には、終わってみるときつかった。
オーダーメイドでもない限り、両足がぴたりとフィットするのは難しい。
来年のレースまでには、SUPER feetを作り直そう。

スタート地点の気温は、9.2度。
これに風が吹いているので、体感ではかなり寒い。
来年は、ポンチョを羽織って整列しよう。

9時現在、晴れ 9度 北西の風4m
号砲が鳴る。
まだGPS時計のスタートボタンは押さない。
制限時間は7時間。
関門を気にするレースではない。
ネットタイムだけを追いかけていく。

逆風再び!とくしまマラソンを走る!

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2013年8月26日 (月)

とくしまマラソンの謎

とくしまマラソンは主要駅であるJR徳島駅から、スタート会場へのシャトルバスがない。
これはとても珍しいことだ。
なにかに配慮しているのか、理由はわからない。

駅前にタクシーはたくさん並んでいる。
タクシーに乗ってもさほど料金は高くはないと思うが、せっかく電車があるのだから、ここは節約して電車へ。

PASMOを持ってきているが、四国では使えない。
最寄駅の「阿波富田」まではいくらかな?
券売機の上にある路線図を見上げる。

上段310円 下段160円

大人が310円で子供が160円ということか。
一駅で310円とはけっこう高いな。
かなり距離があるのか?
しかし、その次の駅までの値段を見ると、どう見ても310円はあり得ない。
念のために改札の事務所にいた駅員さんに尋ねる。

「はっ?160円ですけど?」
何を聞いているの。そこに書いてあるでしょと言わんばかり。
危うく310円の切符を買うところだった。

ホームにランナーらしき人はまばら。
7:18 徳島発
徳島県はJRが電化されていない県。
JRが走っている県では、ここだけだ。

クロスシートに腰掛けて、進行方向右側の車窓を眺めている。
朝早いのに、たくさんの人が歩いているな・・・

すると、それはとくしまマラソンの荷物袋を肩から提げたランナーの隊列。

歩いているのか…
160円出して電車に乗ればすぐだというのに。

もしかすると彼らは、ウォーミングアップのウォーキングと位置づけているのだろうか。
それならば、それは思い違いだ。
レース前は、一歩でも減らしてグリコーゲンを温存する。

阿波富田からはランナーの列に着いていけばよい。
事前におよその見当をつけて、地図を印刷してきたので迷うことはない。

とくしまマラソンの運営で不思議なのは、スタート会場をぼかしていることだ。
主催者から届く資料に書いてあるのは、
・マイカー利用者のシャトルバスについて
・ゴール後、徳島駅へのシャトルバスについて

公共交通機関でスタート会場へ行くランナーへの案内がないのである。
着換えテント、トイレはこのあたりに設営します。
ということだけは書いてあるが、スタートラインはココですという情報もない。

1度、参加したランナーにとっては、なくてもいい情報だが、初参加のランナーは戸惑う。

逆風再び!とくしまマラソンを走る!

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2013年8月25日 (日)

くまもとサプライズが成功への最短ルートを進む理由

2012年、くまモン関連商品の売上げはおよそ300億円にのぼった。
その理由として、版権使用料が無料であることを挙げる人が多い。


この夏、九州に帰った際、会う人ごとにくまモンの話題を振ったところ、たいがいの人がくまモンについて一家言を持っていた。
この点において、東京とは状況が違う。
それだけ、くまモン情報がTV、ラジオに露出しているということだ。
TV、ラジオに露出して初めて、情報は"たいがいの人"に伝わるのである。

その中で多くの人が語っていたのは
「版権使用料を無料にしたことで成功した」という点だ。

熊本県庁は、くまモンの版権を著作者から買い取っており、現在の著作権者は熊本県庁。
一方、書類審査を経て許諾した場合、版権使用料は無料としている。

もちろん、版権使用料が有料よりは無料のほうが、企業にとって商品化の敷居が低い。
ただし、無料だからくまモン商品が売れているのではない。

くまモン誕生とほぼ同時期、他県にも版権使用料無料の九州新幹線PRキャラクターがあった。
県庁に書類で申請するというところも同じ。
だが、そのグッズが作られたという話はネット上で見つからない。

2013年3月15日、幻冬舎から「くまモンの秘密 地方公務員集団が起こしたサプライズ」が出版された。
著者は熊本県庁チームくまモン。蒲島郁夫熊本県知事も執筆に携わっている。

この著作では「くまもとサプライズ」がプロの手を借りて、周到慎重かつ、チャレンジングに進められたことが読み取れる。

成功の鍵はトップだ。

企業でも家庭でも趣味の仲間でも家庭でも
世界中の何処でも
それは変わらない。

どれだけ例外を理屈で並べたとしても、へぼなトップの下では何事も理想通りには運ばない。
「くまもとサプライズ」は、蒲島郁夫というトップが居たことで、成功への最短距離を走っている。

5月10日、テディベアのメーカーであるドイツのシュタイフ制作による「くまモンテディベア」発売がメディア発表される。
限定1,500体。即時完売。
発売価格は29,400円だったが、現在オークション市場では、2倍以上で取引されている。

7月にはフランスをはじめとする欧州出張。
ガラス製品のトップブランド「バカラ」や、BMWとの共同創作を行っている。
どちらが仕掛けているかは別として、大手ブランドがくまモンに大化けの臭いを感じ取っていることは間違いない。

つづく

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2013年8月24日 (土)

ゆるキャラから脱皮するくまモン

しらべるによる「ゆるキャラ」の定義は以下の通り。

思わず力が抜けてしまうようなしまりのない風貌で、見る人を癒し、心をゆるませるキャラクター。


ゆるキャラには、二次元にとどまるものと三次元化されたものがある。

二次元にとどまる理由は、造形が難しいこと。
予算がないなど。

三次元化された場合、以前は「着ぐるみ」という言葉が与えられていた。
そこにゆるきゃらという言葉ができて、三次元化されたキャラクターが、概ねゆるキャラと呼ばれるようになっている。

「着ぐるみ」と呼ばれていた頃は、人出の多い場所でもスルーされることが多かった。
可愛ければ人が寄ってくるのだが、そうでもない場合、その存在感だけでは興味をひけなかった。

「ゆるキャラ」という総称が認知されたことで、2010年より、ゆるキャラを集めたイベントが行われるようになった。


ゆるキャラは、マーケティングの素人である地方公共団体、商業組合が宣伝活動のために作り出す。
それゆえに計算高いところがなく、間が抜た印象がある。

一方、くまモンはプロの手による造形である。
二次元で生まれた逸話が公表されているが、三次元くまモンの造形美には思わずうなってしまう。
これを計算せずに作ったとすれば奇跡である。

2013年8月の今、依然としてゆるキャラと冠されることも多いくまモンだが、いずれ、脱皮してその冠が外れるかも知れない。

2012年からは、二次元くまモンをプリントした商品、三次元をくまモンをデフォルメしたグッズが多数作られるようになる。
初期のヒット作品は熊本県北部の市、菊池市がつくった「おしゃべりくまモン」
蒲島郁夫熊本県知事が書籍「くまモンの秘密」で紹介している。

話しかけると話しかけたとおりに答える。
菊池市長が発案。タカラトミーアーツが製作した。
菊池市観光物産館のウェブサイトで通信販売している。

「くまモン マネしておしゃべりぬいぐるみ」はくまモンが動きながら、言葉をオウム返しするぬいぐるみ。
起毛ぬいぐるみなので、寝癖をつけることもできる。

こちらの話が一区切りしたのを感知して、おしゃべりが始まる。
記憶容量は最大5秒なので、語りかけが5秒を超えたところでオウム返しが始まる。
言葉はなかなか忠実に再現するが、声質を真似るわけではない。
子供の頃「冒険王」の通販で買った笑い袋のような声だ。

底部のスイッチでオンオフするので、電池は長持ちする。
呑み会の座興に持ち込みたいところだが、高さは台座を含み、およそ15.5cm。
携帯するには大きい。
ただし、台座がついているおかげで座りはよい。
従って、買ってからしばらくすると、ほとんどインテリアとなる。
両手は動くのだが、骨格が入っていないため、ポーズをつけることができないのが惜しい。

こうした三次元くまモングッズは、個体によって顔が違う。
インターネット通販ではなく、グッズショップで選んで買いたいところだ。

つづく

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2013年8月23日 (金)

素通りされたくないモン!

2010年10月1日
誕生前のくまモンは、蒲島郁夫<かばしまいくお>熊本県知事より、くまもとサプライズ特命全権大使の辞令を受け、名刺1万枚配布を指示される。

くまモンの営業活動は映像作品として収録されて、You Tubeで公開されていく。

くまモンは、コアなファンをYou Tubeでつくっていったアイドルなのである。
コールミーメイビー」「くまモン体操初音ミクバージョン」などの名作は、くまモンに興味を抱いた人が、くまモンファンとなる入場門となっている。

2011年3月12日
九州新幹線、博多ー新八代間開業。
この日は九州新幹線全線開業日であり、くまモンの誕生日でもある。

九州新幹線は、1972年6月に「全国新幹線鉄道整備法」で基本計画が決定してから、全線開業まで39年を要した。

2004年3月13日には、新八代~鹿児島中央間が先行して開業。
800系車両による「つばめ」だけが運行されていた。

九州新幹線の終点は鹿児島中央。
熊本は鉄道用語でいう中間駅である。

鹿児島まで開通!
といえば、人々にとって「鹿児島に往くのが便利になるな」というイメージが沸きやすい。
ところが「途中の熊本に行くのも便利だな」と思う人は少ない。

事実、開業日が発表された2010年9月15日、博多駅に設置された開業カウントダウンボードに描かれたのは、鹿児島のキャラ「西郷どーん」だった。

素通りされたくないモン!

そういった素通りの危機感が熊本の人々にあり、始まったのが「くまもとサプライズ」
そのキャラクターとして、頼まれてもいないのに・・
生まれてきたのがくまモンだ。

2011年10月、蒲島郁夫熊本県知事からの辞令により、くまモンは熊本県庁営業部長に就任。
生後7ヶ月での驚異的な出世である。


2011年11月
くまモンは「ゆるキャラグランプリ2011」で優勝する。
この戴冠は、見知らぬ人へくまモンを紹介する時のトークを容易にする。


つづく

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2013年8月22日 (木)

頼まれてもいないのに・・・で始まった、くまモンの歴史

くまモン誕生の歴史は、2009年に遡る。
その年の4月、熊本県庁による「くまもとサプライズ」が始まっている。
「くまもとサプライズ」は熊本の隠れたストロングポイントを発見して、広く情報発信していく熊本県庁のプロジェクト。
まずは熊本県内で活動開始。
この時まだ、くまモンは生を受けていない。

2010年2月
「くまもとサプライズ」のロゴを頼まれた放送作家の小山薫堂が、頼まれてもいないのに作ってきた「くまモン」のイラストを企画会議で紹介。
デザインを手がけたのは、デザイナー水野学である。

頼まれてもいないのに・・
という誕生の逸話が、太陽の塔と似通っている。
太陽の塔は、大阪万博で頼まれてもいないのに岡本太郎が建てた塔である。

頼まれてもいないのに、初めて見た関係者の心を一瞬でつかんでしまう。
それほどできの良い傑作だからこそ、長く愛される。
くまモンが一時のブームではなく、確固たる地位を築く予兆は既に現れている。

2010年3月、三次元くまモンが初めて公衆の面前に姿を表す。
誕生日よりも1年前なので、この時点では空想上の生き物と言うことになる。

当初は関西を中心にゲリラ出没活動をおこなう。
これは、九州新幹線の始発駅が「新大阪」だからである。

新幹線ファン以外の方にとって、なぜ東京から鹿児島まで線路がつながっているのに「東京-鹿児島」便はないのか?という疑問が沸くことだろう。

*東北新幹線と東海道新幹線の線路は東京駅でつながっていない。

それは、東京ー新大阪間にある各駅の信号システムに起因する。
東京-新大阪間の「のぞみ」「ひかり」「こだま」はすべて16両編成。
各駅のホームの長さ、信号を司るコンピューターシステムもそれに対応している。
8両、6両、4両編成の列車には対応していない。

九州新幹線(山陽ー九州直通)の「みずほ」「さくら」はすべて8両編成。
博多ー鹿児島中央間の各駅に、16両編成の列車が乗り入れることはできない。
従って、九州新幹線(山陽ー九州直通)は8両編成のみ。
そして、8両編成は新大阪以東に乗り入れることができないのである。

一部に「くまモン」は、その誕生日の縁で、九州新幹線PRキャラクターとして誕生したと紹介されている。
2010年9月には、九州新幹線各駅に設置する開業カウントダウンボードは、鹿児島のキャラクター「西郷どーん」と内定していたが、熊本駅だけはくまモンが描かれることに決まる。

この時点においては「西郷どーん」のネーム・バリューが上であり、くまモン?あぁ、あの熊キャラね。
という程度の扱いであった。

つづく

参考文献「くまモンの秘密」幻冬舎

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2013年8月21日 (水)

この夏、ここにいる君に会いに行く。

8時9分
コーヒーを買ってセブンイレブン出発

カーナビに打ち込んだ目的地の到着予想時刻は10時40分。
できれば、10時までには着きたい。
これから先の高速道路に渋滞がなければ、予想時刻は早まることだろう。

朝の早い時間だが、外気温モニターは32度と表示している。
佐賀県の山間でこれだ。
先が思いやられる。

案の定、快調なペースでやってきたが、予想時刻は10時30分。
さほど、早まっていない。
鳥栖ジャンクションを超えて、進路を南にとったところで事故渋滞。

新鳥栖に車を置いて新幹線で行くという手もあったなぁ
気づくのがちょっと遅いか

これでは11時の会は無理かも知れない。
その場合は、15時の会まで粘ることにしよう。

事故が起きた場所には、中央分離帯に激しくぶつかったらしいクルマ。
久留米インターの手前のため、レッカー車が渋滞にはまって遅れているのか。
渋滞区間を過ぎると、巡航速度で流れ始める。
到着予想時刻は11時20分となった。

焦って、事故でも起こしては、せっかくの夏休みが台無し。
ここは、のんびり気分を思い出して往く。

熊本ICで九州自動車道を後にする。
カーナビの指示に従い、熊本市内に着いた。
外気温は34度
熊本に来て"初くまモン"は「広告募集」の看板に描かれていた二次元くまモン。

そうだ。
今日はここ熊本に、動く三次元くまモン。
初のナマくまモンを見に来たのである。

くまモンは熊本県をPRする「くまもとサプライズ」プロジェクトで生まれたアイドル。
誕生日は九州新幹線全線開通日である2011年3月12日なので、まだ2歳なのだが、肩書きは"熊本県営業部長だモン!いちおう、公務員。"
50歳になっても課長にすらなれない人が多い昨今、2歳で部長とは驚異的な出世である。

子供だがメタボなので、人前での"営業"は30分程度となっている。

つづく

くまモンのひみつ

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2013年8月20日 (火)

カラダの省略

日常生活では、あれもしよう これもしようと考えている。
夏の旅についてのプランだ。

 

アイデアが浮かぶと、 直前に思い出せるよう、ABC sheetの夏休みすこし前の日付に書き込んでおく。

 

だが、その頃になると書いたことすら忘れていて、直前になって、そのようなアイデアがあったことを思い出す
しかし、なにも準備していないので、二の足を踏む。

去年の旅は何をしていたのだろう。
そうやって、去年の記録を探そうとする。

 

旅に持参したノートを開けば、どこかにあったはず。

 

ふとそれは、去年と今年を比較して、自らを納得させようとしていることに気づく。

 

去年はもっとしょぼい夏休みだったぞ。
今年はこの程度でいいじゃない。

 

そう、自らに言い聞かせようとしているのだ。

 


エアコンが完備されて、こうしてパソコンを打てるデスクがある。
テレビでは高校野球がなっている。

アタマで考えていると、幸せな時間は訪れない。
これはここ1年で学んだ経験則。

 

現代人は通信と交通のネットワークが進歩したことで、自らのカラダを動かさなくても感動を得ることができる。
ヒトはラクで便利なほうに流れやすい。
カラダを省略してしまう。

とりあえず、カラダを動かしてみよう。
熱中症対策にOS-1を持って。
念のために喫茶店で使えるよう、ノートを持参する。

 

それは、たいていの場合、使わずじまいになる。

 

カラダを動かして、出た「外」には刺激が待っている。

 

次々にアイデアが浮かぶ。
好奇心を思い出す。

外に出なくても、何かは始まるが
外に出ると、確実に何かが始まる

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2013年8月19日 (月)

シャキシャキレタスサンド 3社様へ 提案があります!

シャキシャキレタス3社比較表 2013年7月末現在

コンビニ 品名 カロリー 価格
ファミマ 新鮮シャキシャキレタス 202 230
セブン シャキシャキレタス(香味ベジソース) 216 220
ローソン シャキシャキレタスハムサンド 216 240

Ls これはローソン製品


3社の製品は10円刻みで値段が違う。
恐らく240円のローソンが先発なのだろう。

ローソン製品には
すりおろし野菜ソースとフレッシュなレタス
と謳われている。

ソースだけ舐め食ってみれば、なるほど!
と無理矢理言えるかもしれないが、そんなみっともないことは人前でできないので、よくわからない。
レタスを噛んだ歯ごたえのリズムがよい。
ミルフィーユのように、均一に並んでいるのか。
それもサンドを解体してレタスをしらべる気はないので不明。

Sev

セブンイレブンは(香味ベジソース)
すりおろし野菜ソース仕立ての新鮮レタスサンド
と謳われているが、これもやはりわからない。

 

カラシを使用しています
というクレジットで、カラシがダメな人に警鐘をならしているが、それも後で写真を見て気づいたほどだ。

 

セブンイレブン製品はレタスのカットが細かすぎる。
食べているうちに千切りレタスがぼろぼろ落ちる。
パッケージにもたくさんレタスがこぼれ落ちている。
なんだか勿体なくていけない。

Fam

写真がピンぼけでわからないのではなく、ファミマ製品には味付けについてのキャプションはない。
赤い枠にはカロリーハーフタイプマヨ使用とある。
ただし、3社ともカロリーはヨコ並び。
誤差の範囲といえるほどだ。

レタスサンドには、ハムとチーズも入っているが、それについては3社ともに特筆することはない。


そして最後に、このレタスサンド記事を2日にわたって書いてきた本題を言おう。

どこのコンビニさんでもいいです。
レタスを端っこまでいれた
「シャキシャキレタス レタス2倍!サンド」
を発売してください。
端っこにレタスが入っていないのは物足りなくていけない。
ほとんどカロリーがないレタスだから、一度にもっと食べたい。

期間限定でもいいです。
その産地のレタスが旬の時期だけというのでもいい。

値段は300円でどうでしょう。
ご検討をお願いします。 
(高田明の口調で)

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2013年8月18日 (日)

歳を取ると野菜がおいしい理由

農業は成長産業だ!
ブランド野菜は輸出戦略商品
農業は地方の雇用の場。
日本の農業技術は高い。

農業を前向きに語ろうと言葉を探すと、なんとなく賢そうな論評を並べることがたやすい時代になった。
だが、農業を語らない。
自分は農業従事者ではないし、親せきにもいない。
子供の頃、田んぼはそこらじゅうにあったが、田んぼに入ったのはおたまじゃくしやザリガニを捕る時だけだ。
農家の手伝いには行かないし、田植え体験にも行かない。

経験のないことを言うことは僭越だし、本当のことはわからない。
自分が心に誓って本当のことだと思える論旨は、体験なくして得られないのである。

だが、食べることは毎日体験している。
野菜を食べれば農業の消費者だ。

毎日、野菜を食べる。
それは野菜が美味いからだ。

最近、野菜がおいしくなった。
野菜がおいしいと肯定的にとらえた自分に気づいた。
肉中心の指向が、肉・魚の五分五分に変わり、今は野菜・肉・魚がヨコ並びとなっている。

子供の頃、野菜は嫌いだった。
食べられないのはトマトだけだったので、野菜についての好き嫌いが多い方ではないが、好きだった野菜を挙げることはできない。
それは、成長のために本能として欲するものが肉や乳製品だったからだ。

歳を取ると、もう成長しなくていい。
マラソンに向けて筋肉が必要な時は肉が必要だが、オフシーズンは要らない。
からだを維持するために、不健康にならない範囲で、最小限のカロリーが欲しい。

きっと、そんな理屈が体の中に通ったのだ。
野菜がおいしいと思うようになったのは。

コンビニに立ち寄る。
今日は何を食べようかな。
もう野菜が入っていないものには目が行かない。
揚げ物中心の幕の内や、肉だけがアサインされた丼など眼中にない。
いわゆる「弁当」を手にするのは、月に一度ローソンのご当地弁当発売日だけ。
あの弁当は産地の産地がわかるので楽しい。

サラダパスタは、全コンビニの全種類を食べた。
そのうち、パスタが余計に感じるようになり、野菜サラダへ移行する。
そしてサラダも全種類制覇した時に、少しだけ肉が恋しくなった。
そこで手に取ったのが野菜中心のサンドイッチだ。

野菜のなかでもレタスが美味い。
それだけでは、ほとんど味がしないのに、そう思う理由は食感にある。
先週は5回の昼ご飯のうち、3回がレタス三度じゃなくてサンド。
各コンビニはその食感を訴求するために「シャキシャキ」を冠している。

つづく

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2013年8月17日 (土)

これはマラソンレースに使える!ニューハレX

ナンバーカードにアミノダイレクトをホッチキスで留める。
いつもはウェストポーチに入れているのだが、こうして外に出しておけば取り出しやすい。
装着した状態で一度ユニフォームに袖を通してみる。
本番さながらにウエストポーチもつける。
アミノダイレクトがちょうどポーチの位置にくる。
ポーチの下にさし込むと収まりがよい。
実際に走ってみないと、どうなるかわからないが、なにごとも体験しなければ始まらない。
僕が体験してマラソン講座に書けば、それが読者の皆さんには参考になる。
何事もチャレンジだ。

Uni

明け方、マラソンの夢を見ていた。
あまりいい夢ではなかったので、すぐに忘れることにした。

5時起床
レースの号砲は9:00
逆算すること4時間前。

起きてすぐ、2階に置いてある電子レンジへ。
セブンイレブンで買った加熱専用ごはん。301kcal
フィッシュカツ2枚

結論から言うと、フィッシュカツを温めたのは失敗だった。
帰宅後、冷たいまま食べたフィッシュカツの方が、格段に美味しかった。

マラソンの朝はお湯を沸かすことから始まるものだが、アグネスホテルでは電気ポットには常時お湯が沸いているので、お湯を沸かす手間がかからず助かる。

Tyosyoku


持参した永谷園松茸の味お吸い物
たんぱく質として、セブンイレブンの玉子焼き
メインのおかずはともかく、玉子焼きが来年以降この食卓に並ぶことはないだろう。

今年初めてレースで使うニューハレX。
自力テーピングに慣れているので、基本的なコツがつかめている。
どの程度の張力まで大丈夫かがわかっているので、怖さがない。
貼るのも初めてだが、とてもスムーズに貼ることができた。
テーピングど素人でも、伸ばさずに貼ることだけ遵守すれば、安心して高品質のテーピング効果を得ることができる。
ただし値段が張るので、日頃の練習には使えない。
日頃の練習で貼るには、やはりテーピングの基本を知る必要がある。

7時
フロントで鍵だけを返してチェックアウト。
無料の朝食が付いているが、それは朝7時からのこと。
マラソンに出るランナーは、そんな時間にホテルでごはんを食べていられない。
これまで4回の旅マラソンで、4つのホテルに泊まったが、ランナー向けに朝食を早めてくれる所はまだない。
そろそろ、何処かがやってくれてもよいと思う。

徳島駅にはとくしまマラソンの一時荷物預かりが設けられている。
そこに入って行く数人のランナー。
外から見る限り、人が並んでいる様子はない。

自分はというと、確実で迅速に出し入れができる駅地下1階のロッカーに荷物を入れる。
人を介さないほうがいざという時、手堅い。
どこの大会でもそうだが、駅のコインロッカーはたいていガラガラ。
たいていの人は、リュック一つでやってくるのだろう。

逆風再び とくしまマラソンを走る!

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2013年8月16日 (金)

徳島駅の徳元海産物店でフィッシュカツ!

巽屋を出るとぽつぽつと水滴が落ちてきた。
予報通りの雨。
明日のレースはくもりの予報だ。

徳島駅に帰還。
まず、アミコの「とくしま旅づくりネット」へレンタバイクを返す。
「もういいんですか?」
レンタルは24時間。
まだ半分以上残っている。
親切なわにのおじさんにヘルメットとキーを返す。

滞在していた二日間、あちこちでレンタバイク(1日1,000円)の幟がはためいていた。
雨さえ降らなければ、手軽で効率がよい。
町を挙げてのいい企画である。

ここで目をつけていたお土産の収集にはいる。
アミコ地下1階、ふるさとコーナー徳島
徳島の名産が揃い、クレジットカードが使える。半田素麺が置いてあるのが、他にない特色だ。

さて、今回のメインであり、明日の朝食の主役「フィッシュカツ」確保へ。

フィッシュカツは、太刀魚やエソのすり身にカレー粉などの香辛料をからめ、パン粉を付けて揚げた食べ物。
昭和30年代、津久司蒲鉾が考案した。
徳島ではスーパーで「つくしのフィッシュカツ」として売られている。

津久司蒲鉾の本社は徳島市から国道55号線を10kmほど南に走った小松島市にある。
事前のしらべでは、徳島駅地下1階食品売場の徳元海産物店に卸していることがわかっている。
徳島阿波おどり空港の売店には卸していない。

昔ながらの市場の商店然とした徳元海産物店。
親切なおばちゃんと日持ちの相談。
フィッシュカツとカップ麺「金ちゃん徳島ラーメン」
それに、ふるさとコーナー徳島で買ってきた「鳴門うず芋」を入れて実家に宅配便を送ってもらった。

明日の朝食用に2枚入りを1袋。
自分用の持ち帰りは、レース後またここに買いに来る。

駅ビル5階にはさぼてんが入っていた。
マラソン当日の朝食は「とんかつ」と決めていたが、今年は訳あって臨時でフィッシュカツが代役を務める。

徳島駅には文具屋がなかったので、駅前のコンビニでホッチキスを買う。
今年から持ち物リストに加えていたが、忘れていた。
ご丁寧にピンも1箱ついている。

いま家にあるホッチキスのピンは子供の頃から持っているものだ。
パソコンが普及した現代においては、ホッチキスのピンは減らない。
燃えるゴミに出す時に外すのが面倒なので、できるだけ使わないように気をつける。
使い切る見込みのないモノを買うのは忸怩たるモノがあるが、ここは背に腹は代えられない。

逆風再び とくしまマラソンを走る!

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2013年8月15日 (木)

巽屋でタイムが1分縮まる!

出かけてきます
「行ってらっしゃいませ!」
フロントに鍵を預けて、自動ドアがあくと雨は上がっている。
路面も雨でひかるほどはない。

予定通り、とくしまラーメン2軒め巽屋(たつみや)をめざす。
カーナビはないので、印刷しておいた地図が頼り。

事前のしらべでは徳島駅から 3.2km 所要時間9分。
ところがバス通りの県道は大渋滞。
バイクと言えどもすり抜けはできないので、なかなか前に進まない。
ここからと思った交差点から左折したが、なかなか巽屋が見えてこない。
引き返そうかと思った頃、ようやく右手にそれらしき灯り。
道に迷い、心細くなった時にみる交番の灯りのようだ。
結局30分近くかかってしまった。

Tatsumiya



バイクを停めてヘルメットをホルダーに掛けていると
「こんばんは!」
麺のバットを抱えた店主らしきおじさん。
こんばんは!
愛想がいいじゃないか。
客商売はこうじゃなくっちゃ。
ガンコ親父のこだわりラーメンなんてくそく・・・

広い店内には先客1組。
食券を買い求める。
今度こそ肉玉子入り、そしてごはん(中)

Ramen 
たくあんが嬉しい

んまい!

ココログはこの文字が「最大」
できることならば、2倍くらい大きな文字にしたい。
1年前、徳島のガイドブックを研究し始めた時から、とくしまラーメンの写真を見て描いていたのはこのイメージだ。
ごはん(大)にすればよかった。

電話の問合せがはいる。
「今、周りになにがみえますか?」
道順を教える件のおじさん。
ラーメンに夢中だった間に、3分の1ほどが埋まり賑わい始めている。

マラソン前日は、計量を終えて試合を待つボクサーと同じ。
辛かった減量はもはや終わり。
今は明日に備えてカロリーを蓄えなければならない。
この3ヶ月はラーメンすら口にしていない。
ゆっくり15分をかけて味わい、汁も飲み干す。
これで明日のタイムは1分ほど縮まった気がする。
去年、ベストタイムに1分届かず苦汁をなめた。
マラソンにおいて、1分は天と地を分ける時間だ。

ごちそうさま!
感謝を込めて挨拶をして暖簾をくぐろうとすると、入れ違いで数組の客がやってきた。
徳島駅の中心から遠い。
電車はない。
遠来のランナーが来るためには、タクシーしかない。
こうしてレンタバイクを借りたおかげで、いい味、いい思い出ができた。

食べ終えてこれから駅へ戻ります^_^

逆風再び とくしまマラソンを走る!

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2013年8月14日 (水)

ボールペン型ICレコーダーを買う覚悟

ボールペン型ICレコーダー
でキーワード検索すると多数の商品がヒットする。

通常のペンと替わらない大きさ・外観。
専用ソフトウエアでパソコンへデータを送ることができる。
これらの特徴は、これを探していた人のニーズを満たす。


会議を録音するならば、スマホ、ウォークマン、ICレコーダーを使えばよい。
その方が音質がよいからだ。
ただし、録音していることがばれる。

そもそも、録音する時は
「録音していいですか?」
の一言をいうのがマナーだ。
それは仕事の打合せでも、占い師の鑑定でも同じこと。

なにも言わずに、あたかもそれは既定のように録音をしている人もいる。
無断録音禁止法という法律は日本にないので、自分には録音の自由があるとでも思っているのかも知れない。

さて、ボールペン型ICレコーダー
この商品を探していた人のニーズは以下の2つだ。

1,事前に承諾を求めても、承諾が得られないことが明白である。
2,後から言った言わないになることが多い危ない相手との会話で証拠を録りたい。

1は講演や公演。有料のコンサルティングなど。
2は商談、上司との人事上の面談。

amazonで1年前にチェックしておいた品が以下のもの。


amazon販売ページ 送料無料

コンパクトボイスレコーダーペン VR-P001-BK
■メーカー:BESETO
■発売:2010年7月
■録音可能時間:7時間

 仕様
■電源:内蔵充電池 USB充電
■サイズ:直径11.4mm 長さ133mm
■自動感度調整機能があり、ある程度離れた距離でも音を拾う。

ボールペン型ICレコーダーは3,000円台から買えるが、高いものは1万円を超える。

上記商品の場合、2012年6月には8,712円で売られていたが、2013年7月は9,800円となっていた。
価格は需要と供給のバランスで決まるのである。

こういった商品を買うニーズは「隠し録り」である。
用途が笑えるものならばよいが、険悪なものである場合、徹底的に戦う覚悟が決まってから買ったほうがよいだろう。

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2013年8月13日 (火)

マラソンにはハサミが必須!

ホテルの部屋には預けておいた荷物
追加で申し込んでおいた毛布
お願いして入れてもらった加湿器
アグネスホテル(徳島駅前)は何もかも希望を叶えてくれた。

エントリーが確定した時点で既に禁煙ルームは満室状態。
禁煙ルームが空いたら変更をと希望していたが、空かなかった。
あいにくの喫煙ルームだが、タバコの臭いはまったくしない。
消臭作業をしてくれたのだろうか。

印刷してきたto do リストをチェックしながら明日の準備にとりかかる。
ユニフォームにナンバーカードをつける。
ぱんぱんにカードを張った位置を指でさしておいて、その3cm内側に安全ピンを刺していく。

4点をつけ終えたら、1度かぶって着てみる。
安全ピンは所定の位置に納まっているのだが、頭を出す時はいつも目をつぶる。
両手を振ってみて突っ張り感がないことを確認。
少しゆるすぎたので着たままで、安全ピンの位置を変更した。

靴につけるRCタグは初めてだ。
靴紐を1度解かなければならないチャンピオンチップは敬遠されるのだろう。
結束タグなので装着はカンタン。
余ったタグはハサミでカット。
カットしなくても良いのだが、なんとなく余っていると気になるからだ。

Tag

ハサミはマラソンレースに必須である。
レース中は不要だが、直前まで何が起こるかわからない。
何に使うと決まっていないが、必要が生じた時、ないと困る。
マラソンは日常と違う。
日常の想像力では、想定できないことが起こる。

テーピング用と一般用の2本を持参したいところだが、飛行機の手荷物検査でひっかかりそうなので、テーピングハサミだけにしている。
二年前、加賀温泉を走った時
「ハサミとか持っていませんよね?」
はい!と断言した後に、ではこれは?
テーピングはさみのシルエットがしっかり映っていた。
あ、そうか。それもハサミか。

検査場で取り出して係員がチェック。
「先端が丸いですね」
テーピングはさみは先端が丸く、凶器として使うには向かない。
マラソンに行くので、そのテーピング用だと説明して事なきを得た。

受付でうけとった装備をつける。
荷物をコインロッカーに預けるものと、レース会場に持ち込むものに仕分け。
一つ一つの手順はリスト化してあり、
を入れて行く。
所要時間は90分。
今年はちょっと早かった。

時計は17時をまわっている。
そろそろ、夕飯にでかける時間。

雨が上がっているので巽屋へ行きます

逆風再び とくしまマラソンを走る!

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2013年8月12日 (月)

マラソン大会における統制とは?

ゴーグルがついた工事現場のおじさんヘルメットを被り、再び路上へ。
メガネだからゴーグル要りませんと言うと、ワニのおじさんが「これ飾りですから」が外れないことを教えてくれた。
かつてバイクに乗っていた頃は、原付はノーヘル。
自動二輪はフルフェイスもしくはジェットヘル。
こんなのはなかった。

Np 走る阿呆?


次の目的地は南町演舞場。
正確にいうと、阿波踊りの時に南町演舞場が組まれる場所。
2007年公開の映画「阿波ダンス」「眉山」ともに、エンディングの舞台に使われた阿波踊りのメイン会場だ。

阿波踊りの開催期間は8月12日~15日。
演舞場の入場券は、7月1日10時から販売開始。
電子ちけっとぴあ、ローソンチケットで取り扱っている。
期間中は、観光客も「にわか連」に加わって踊ることができる。

オフシーズンに来ても、何もないことは調べがついている。
せっかく徳島に来たのだから、その場所に来ておきたかった。

Minami

阿波踊り会館からバイクで10分ほど。
両国橋交番を目指してたどり着いた。
多分ここだと思う。

余興としての徳島観光は眉山とここだけ。
そろそろランナーのルーチンに戻る時間だ。

バイクを飛ばして徳島市立体育館へ。
と言っても、電動バイクは30km/hしか出ない設定になっている。

体育館前にバイクを停めて、さぁ受付へと思った時。
ここでわずかな誤算。
ナンバーカード引換証を、先にホテルに預けた荷物に入れてしまっていた。
そこへ、天気予報より30分早い雨が落ち始める。

いったんホテルに戻り、傘を差して徒歩で受付会場へ。

Uketsuke


会場内は所狭しと販売ブースが並んでおり、遠くが見通せない。
アシックス製品が並ぶブースには、レース御用達のプロパッドが並ぶ。
なんと、東京のランナーズショップやWEBでは、市中在庫がなくなっている旧式のプロパッド(すべり止め付き)が廉価販売されている。

靴下は腐るものではない。
来年用の予備にと1足確保。
これ、もう何処を探しても売っていないんですよ。
そう話しかけると、そんな情報要らないとばかりにスルーされた。

ナンバーズカード、RCタグ、参加賞のTシャツなど一式を受け取る。
混雑はなくここまではスムーズだ。

つづいて、Tシャツの刺しゅうサービスの受付を探す。
郵送で届いた案内によると、1,500円でゴールタイムを参加賞のTシャツに刺しゅうしてくれるという。
このサービスは他のマラソンでは知らない。

ところが、受付場所がわからない。
ランナー受付のボランティアに尋ねると、あそこにいる人に聞いてと言われ、あそこにいる人は、俺たちは違うと言い。
玄関まで戻ってマニュアルを持っている主催者スタッフに聞くと、マニュアルを繰った後、わかりませんと言われる始末。
ようやく見つけた受付係の人がいい人で救われた。

受付会場で垣間見えたのは、統制が存在しないことだ。
かつて、ボランティア参加した大会で、同様の風景をみた。
全員がすべてを知っている必要はない。
誰が何を知っているか、それは何処に行けばわかるか。
その情報が大会における統制なのである。

会場を出たところに大塚がOS-1のブースを出している。
商売熱心なおじさんが勧めてくれる。
今ここで一円にもならなくとも、自分たちの商品を知ってもらいたい。
その熱心さに共感する。
毎日飲んでますよ。とコップ一杯もらう。
OS-1は去年の春から、常用飲料だ。

強くなってきた雨を避けるように、ホテルへ引き上げる。
夕飯はバイクに乗って遠くのラーメン屋に行きたかったが、どうやら駅前のラーメン屋に落ち着きそうだ。

逆風再び とくしまマラソンを走る!

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2013年8月11日 (日)

阿波踊りで鍛えた徳島の足腰

チケットを買い求めて、阿波踊り会館2階にある会場へ。
阿波踊り特別公演。
客の入りは50%
見渡す限り、ランナーと思しきはあと2人。
遠来のランナーは今頃、前日受付に回っているか、午後から徳島入りするのだろう。

Heiwaren


阿波踊りを題材にした映画は近年に好作が多い。
勝地涼と榮倉奈々の掛け合いが絶妙な「阿波ダンス」
さだまさしの原作世界をいい意味で忠実に再現した「眉山」
この2本を見ただけで、徳島はぐっと身近な県になる。

連の大人に混じって、小学生と思われる子ども達。
興行のために練習をしているのか、それとも徳島の子供は、誰もがこれくらいは踊れるのか。
踊りながら大きくなった子ども達は、踊らずに大きくなる子ども達と比べて、どんな成長をしていくのだろうか。

一頻り、連が踊ったあと、型の説明があり、どうぞ希望者はステージへといざなう。
迷ったらネガティブな1日が決定する。
踊る阿呆か見る阿呆か、その立場は一瞬の決断で決まるのだ。

これから先、マラソン人口はある程度の広がりを見せるだろうが、いずれゆるやかな曲線に落ち着くときが来る。
現時点で、走る阿呆をほんとのアホだと思っている人は、もう一生、見る阿呆止まり。

迷わず席を立ちステージへ。
半分くらいの人が席を立ってくるかと思ったが、前へ出たのは5~6名。
足を開いて、いちにさんし
踊る阿呆に付いて踊ると、わずか数分で額に汗がにじむ。
下半身の負担が大きい。

阿波踊りを織り交ぜながら、東京マラソンを完走する連が、毎年出場している。
この重労働をこなしている徳島の人達は、日本一足腰が強い人達なのかも知れない。

公演のエンディングは、半分以上の客がステージにおりて左周りに踊る。
ぴーひゃら、どんどん
笛と太鼓に合わせ輪になって踊れば、どんなに幸せを感じる力が落ちていても、気持ちは晴れる。
会社の朝礼で、阿波踊りを必須にすれば、会社はもっと仲良く楽しくなることだろう。

マラソン前日は歩くことさえ控えなければならないのに、思いがけず体力を使ってしまった。
これで明日のタイムが数秒落ちたかも知れないな・・

公演は40分。
連の皆さんのお見送りを受けて会場を出て、エレベーターで5階のロープウェイ乗り場へ。

「落ちたらどうしよう」
「助からないよね」
どこの世界にも、不安を心に溜める胆力が無く、言葉に出すことで安心感を得ようとする人はいる。
マラソンの世界でも、レースが近づくと
「膝がこわれたらどうしよう」
「腰を傷めて走れていない」
などと、不安を振りまくランナーが居て、周りが困っている。

Bizan

徳島市は太平洋に面していて、吉野川がそこに注ぐ。
明日は吉野川沿いを上って帰ってくるだけの、河川敷コースだ。

山頂にはインドの寺のような建物があり、有料であると書いてあった。
この景色が見られれば、それで満足と入場は見送り、下りのロープウェイに並ぶ。
チケットに書かれていた「モラエス館入場できます」の文字に気づいたのは、帰京してレシートを整理している時だった。

Okimono

とくしまマラソン、自分用の記念品は
1階売店にあった「竹人形女一人立ち」
いま、長野マラソンで買った涅槃像ミニチュアが、寝転んで踊る阿呆を見上げている。

逆風再び とくしまマラソンを走る!

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2013年8月10日 (土)

いつか、くまもとサプライズを踊る日に

ライブダムにおける3つ巴歌合戦は、ここまで35曲をかぞえている。

僕が歌っている時にスズキさん
彼が歌っている時に僕
スズキさんが歌っている時に彼

それぞれが端末機に向かい、次の曲を転送する。
カラオケボックス初体験のスズキさんが時々、転送を忘れていて曲が出ないことがあると、次の僕は曲を取り消してスズキさんの順番を守る。

順番を守りたいというのもあるが、間を開けないと喉がきついというのもある。

2人歌合戦では、途中にお話ブレークがあった。
それは、喉が持たないことを脳が訴えていたのだ。
今日はここまでノンストップ。

かぐや姫の名曲を歌うのはスズキさん。
物語仕立ての映像が、いかにも昔ながらの三文芝居でうける。

あのみそ汁の作り方を書いていけ♪
まだ子供だった僕にも、そこが心に染みた。
「あさげ」も「ゆうげ」もない時代から言える歌詞だ。
今ならば青椒肉絲の作り方でさえ、ネットを検索すればわかる。
現代に当てはめるならば「ハードディスクレコーダーの予約の仕方を書いていけ」だろうか。

琴線に触れる歌詞の要素は、文明の進化と共に枯渇していくのかも知れない。

この曲がみそ汁の下りで終わっていれば切ない。
だが、そこからつづきがある。
これにつづく歌詞は、エンドマークの後にその後の情景をおまけする丁寧な映画のようだ。

大きなタマネギの下で

誤って山崎まさよしをタップしそうになった。
ここで、10分前を告げる内線電話が鳴る。
最後はそれぞれが納得のいく歌で終わりたいだろう。
30分の延長

YA YA

旅の宿

バス通り

甲斐バンドデビューシングル。
記憶が確かならば・・・
土曜日夕方、NHKの歌番組に出てきた彼らがこの歌を歌った。
フォークとニューミュージックの潮流にぴたりとはまった。
だが、この歌で彼らを迎え入れた人々は、その後の彼らに馴染めなかったはずだ。

外は白い雪の夜

彼に拓郎が降りてきた。
なぜ、ここで降りるのかは不思議だったが、さっきまで歌っていた拓郎とは別人が歌っていた。

夢の中へ

くまもとサプライズ

まだ、踊りたいのだ
悪いか ^^;)

一つ一つの動きを頭で覚えないとダメだ。
これではいつまで経っても、1人では踊れない。
この曲は「くまもん」で検索しても出てこない。
曲名は「くまもとサプライズ」である。

我が良き共よ

スズキさん〆の一曲。
彼はこのタイミングにこの曲を温存していたように拝察した。

アンジェリーナ
そして最後に All flowers in time からもう1曲。
彼と2人マイク。
掛け合いながら。
ここはライブ会場ではない。
カラオケボックスである。
そこにバンドの彼らはいないのだが、こうしてアーカイブされた音はライブに遜色が見あたらない。
ライブダムのこの試みは、さらに多くの楽曲に広げて欲しい。

3時間30分
ノンストップで45曲
1曲平均所要時間は4.67分

「やっぱり音大きくないですか?」
どうやらフォーク派のスズキさん、もっとしっとり歌いたかったらしい。
次回はスズキさんの曲だけ、音量を下げることを約束して週末の三つどもえ歌合戦は終了。

夏本番の東京の夜。
"Zee"
寝苦しいのか、蝉が啼いている。

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2013年8月 9日 (金)

忘れていた口笛のふきかたを脳が思い出す

さよならの向こう側

なぜかここで彼は山口百恵だ。
九電記念体育館で警備員だった僕のヨコをウェディングドレスの彼女が通り抜けていった。
ラスト・アンコールはこの曲だった。

秋桜

今度はスズキさんが同歌手別曲で対抗する。
山口百恵クレジットだが、歌声はさだまさし版。

寒い国から来た手紙

今日歌おうと思って書き出して置いた"古い曲"のしんがり。
ライブダムならではの本人映像。
泉谷がつまびくフォークギター。
ピックアップが拾う音は荒々しい。
「春夏秋冬なら知ってますけど」
以外にも2人はこの曲を知らなかった。

悲しくてやりきれない

花の首飾り

ささやかなこの人生

外回りの営業だった頃。
懐古主義の仲間がこの曲を気に入ってくれて、いつも2人マイクで歌っていた。
知らない人が聞いても、その優しい曲調と切ない歌詞に包まれる。
伊勢正三が「風」として活動していた頃のシングル。

驚いたのは、エンディングの口笛が出るようになっていたことだ。
嬉しい。
You Tubeで口笛の拭き方を見て練習した成果か。

1年前、陽水の「口笛」に合わせて吹こうとしたら出なくて焦った。
鳥や動物でも飼っていない限り、社会生活において口笛が必要な機会は少ない。
いつの間にか、脳がふきかたを忘れている。
あなたも今、試しに吹いてみて欲しい。

しかし、帰宅して陽水の「口笛」に合わせ吹いてみたらダメだ。
そのとき一瞬、脳が思い出していたのか。

Yes my love

縁切寺

娘が嫁ぐ朝

「変調するんですね」
彼がいうように、珍しい曲だ。
この主人公の立場を想像する。
命のはかなさを想う。
もしもこれが、外国の曲だったら、とてもハッピーなラブソングだと想うことだろう。

ひとり咲き

終章を知らなかった彼がぶつけてきた「風舞」収録のチャゲアス。
はもり処を探したが、みつからなかった。

「風舞」のLPを貸してくれたのは下宿となり部屋のタカギ君。
今は郷里に下関に帰っただろうか。
彼とならば思う存分「風舞」をはもることができるはずだ。

つづく

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2013年8月 8日 (木)

人は誰も感情が乗り移る曲を持っている

くまもとサプライズを踊り終えて、とりあえず今日の目的を終えた安堵感。
これから始まる躍り込みの途に就いたところだという焦燥感。
そんな感情が入り交じっていることは、もちろん2人は知らない。

防人の詩

彼の同歌手別曲の一環。
さだまさしにもついていく。

青葉城恋歌

「新しい曲は知りませんよ。70年代。フォークが多いです」
長年、お付き合いしているが歌が好きだとは知らなかった。
「新しい曲知りません」発言は、カラオケ界のお約束。
そう言いながらも"若い歌"をうたう人は多い。

しかし、そのことばを地でいくスズキさん。
これらの曲は外回り営業だった頃、カラオケを懐古主義礼賛の場と勘違いしている人々によく聴かされたものだ。

終章 エピローグ

つい先日、CD化されていることを知って聴いた「風舞」
チャゲアスのデビューアルバム。
その中でも、この曲は早い時期からカラオケ入りしていた。

夕陽は赤く

神田川

タイユアマザーダウン

ほとんどラップだ
カラオケで歌うには向かなかった。
クィーンをリアルタイムで聴き始めた曲。
「オペラ座の夜」と並ぶ名盤「華麗なるレース」からは、ロジャーの「さまよい」でさえカラオケ化されていて驚く。

夕陽が泣いている

見本が目の前にある。
あるいは耳で聞こえる。
それをなぞるのは易しい。
だが、いったん真似る対象がなくなった時、人はパニックに陥る。
だから長年聴いて歌っていた曲を、カラオケで初めて歌う時にメロディを声で表せない。

夢一夜

かぐや姫が1番好きというスズキさんの歌うこうせつ。
ソロになってからのヒットシングルだ。

ハートのイアリング

聖子ちゃんファンになったからには、この曲は課題曲。
家やクルマで歌うのと、カラオケで歌うのは違う。
カラオケでは1小節だけキーを落とすと言った誤魔化しはきかない。
もう少しで高いパートに手が届きそうだ。

石狩挽歌

岬めぐり

つめたい部屋の世界地図

陽水Ⅱセンチメンタルの名曲。
「2枚め最強論」を唱えるしらべるとしては、ベストな陽水はこの1枚。
かつて上五島から佐世保へ向かう鯨波丸の甲板で、カモメを見ながら歌っていたら、おじさんに哀れまれた。

ひこうき雲

約束の橋

2012 All flowers in timeのライブ音源・映像
コロちゃんのギター、たかしのドラム。
口ぱくの元春に代わって僕が歌う。
2度めとなると、脳が慣れてきた。
自分が映像の中に乗り移ったかのようだ。
ばっちり音にのれている。
ライブダム、さいこー!
と世界中に叫びたい。

風立ちぬ

Kindle無料本でちょうど読み終えたところだ。
でも原作とアニメ映画と聖子ちゃん。
どれも別もの。
原作は短く悲しい。

シクラメンのかほり

「小椋佳がそこで歌っているみたいです」
彼がスズキさんに声をかける。
スズキさんの感情が歌に同期しているのがわかる。
人は誰もそんな1曲を持っているのだろう。

満月に吠えろ

いわゆる"若い歌"だ。
マラソンレースでは欠かせない曲。
"まる顔の月"という歌詞が好きだ。
さびの声はまるきり出ない。
このさびに届く日は来るだろうか。

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2013年8月 7日 (水)

ライブダムでくまモンを練習する

歌合戦は半年に1度と決めていたが、事情があって LIVE DAM(以下ライブダム)に行かなければならない。
そこでいつもの彼とスズキさんを誘う。
向かったのはカラオケ館。
予約の段階でライブダムを指定した。

待ち合わせの場所に着いて、かるく夕飯を入れる。
近くに吉牛があればうなぎを食べたかったが、あいにくあたりには見あたらない。

いつもと違うカラオケ館。
ここも***改造の店舗だ。
今日はフロントで"Zee"を聞かせてくださいと言われない。
ネットで印刷しておいたクーポンを持って行ったからか。
クーポンを出すだけで室料30%オフとはありがたい。
膨大な情報に押し流されがちな現代だが、こうしたお得情報だけは押さえたいところだ。

通されたのはうなぎの寝床のような部屋。
必須のワンドリンクが運ばれるのを待って、3時間3つ巴歌合戦スタート。

となりの町のお嬢さん

先鋒は僕。
小室、泉谷、陽水とフォーライフレコードを結成した拓郎がつくったシングル。
近所の友だちがEP盤を貸してくれた。
その妹が可愛かった。
今頃、どこでどう暮らしているだろうか。

ああ青春

僕が歌うと、同歌手別曲で対抗するのは彼の作法。
いきなり、拓郎をぶつけてきた。

22歳の別れ

さてスズキさん。
ふとしたことで、カラオケが好きだとわかり、今度行きましょうとなったのが今日。
だがこの歳までカラオケボックスに来たことがないのだという。
珍しい人だ。
「音大きくないですか?」
いや、これくらいのほうが歌いやすいですよといなす。

幼い日に

リアルタイムでかぐや姫を知らない。
ニューミュージックブームの一角にこうせつがいた。
ビジュアル的にどうだとか、当時は思っていても誰も口に出さなかった。
カセットに合わせて何度も歌った曲。
でも、実際に歌詞のない音に合わせるのは難しい。

赤ちょうちん

かぐや姫が解散した後「かぐや姫フォーエバー」(ベストアルバム)を友だちから借りて知った曲。
子供だった。
月に1度のぜいたくにおでんを食べるという、小さな幸せを想像して憧れた。

無縁坂

スズキさんがさだまさしに進出。
本人映像で若きさだまさし。
頭髪を見ながら、現在の彼を想起して思うところがあったが口に出さなかった。

くまもとサプライズ

ライブダムに来る必要があったのは、くまモンを踊るためだ。
夏休み、くまモンスクエアに行く前に、ある程度踊れるようになりたい。
踊りがメインゆえ、マイクは握らない。
必至にくまモンに倣いなぞる。
呆れる2人。

そこそこに踊れた気がするのは、目の前に題材があったからだろう。
左右どちらの手を使うのかなど、細部を押さえていない。
まだ、いい加減だ。

つづく

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2013年8月 6日 (火)

橙魂2013 残念な図書室

橙魂2013も、残すところ8月18日の中日戦のみとなった。
橙魂2013とは、巨人がオレンジ色のユニフォームを着て戦う興業の総称。
昨年の橙魂2012につづいて、今年は2期目になる。

9試合で監督、コーチ、選手がオレンジユニホームを着用し、そのうち4試合は来場者全員にオレンジ・ユニフォーム・レプリカを配布する。
橙魂2012では、ユニフォームを配布した4試合は全勝だった。

橙魂2013 ユニフォーム配布試合
4月12日 ヤクルト
4月23日 DeNA 神戸開催
5月14日 ロッテ
7月5日 DeNA

ユニフォーム配布試合はチケット購入希望者が多い。
G-poのプレオーダーはなかなか当たらないし、チケットサイトのプレオーダーも、受付開始と同時に回線がパンク状態になる。

その日はいつもより早く東京ドームに着いた。
そこで、以前から目をつけていた21ゲートの野球殿堂博物館の門をくぐる。

入場料500円
ウェブサイトにはクーポンがあり、印刷して持って行くだけで、100円引いてくれる。
インク代、電気代、紙代を差し引いても十分、元が取れる。
スマホを持っていれば、このページを表示して提示してもよい。
予め、Googleカレンダーにスケジュールを登録して、場所欄にURLを貼っておいた。

階段を下りた所が展示エリア。
この日は、長嶋茂雄国民栄誉賞バットが展示されていた。
巨人ファンは長嶋茂雄と松井秀喜が好きだ。
自ら「裏切り者」と自嘲して出て行った松井秀喜でさえ、お帰りを歓迎している。

王さんのユニフォームとバット、記念ボールは飾ってあったが、お目当てのファーストミットがない。
今のところ、それは墨田体育館でしか目にしたことがない。

お目当ては図書室。
ウェブサイトには、野球その他のスポーツに関する書籍、雑誌等を約5万冊収蔵とあった。
事前に電話で閲覧席を予約することもできる。
とも書いてある。
予約してまで行く人がいるのかと思ったが、現場に入って謎が解けた。

ひーふーみーとかぞえてみると、椅子が14席しかない。
驚くほど手狭なのである。

そして案の定、図書は開架されていない。
コンピューター端末で検索して閲覧を申し込むという、埼玉のてっぱく(鉄道博物館)と同じ方式だ。

それほど時間もないので、わずかに開架されている雑誌を手に取る。

「坂本があそこで打ったからさぁ」
時々、どやどやと話しながら人が入ってくるが、顔も上げず静かに本に目を落としている人たちを見て
「あ、ここ図書室やん」と帰って行く。
どんなにマナーが悪い人々でも、図書室という言葉の前でひれ伏すのは、幼少の記憶が強烈なのだろう。

試合は飛ぶボールだとわかった途端に、バットの振りが鋭くなった選手たちがいくつもの本塁打を放り込み、ビールがよく売れた。
入口でもらったはずだが、ビジターのファンがそれを着ていないのはいつもの風景である。

Tokon

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2013年8月 5日 (月)

いのたにで玉子を入れ忘れる

とくしまマラソンは前日に徳島市立体育館でランナー受付をおこなう。
徳島市立体育館は徳島駅から徒歩5分程度。アグネスホテルからも近い。
傘をさして徒歩で行くこともできる。
受付は後回しにして、雨が来る前にバイク観光を済ませよう。

Meter

キーを回してオン
きゅるきゅる
ぶるるん
とは言わない。

電気なので無音だ。
インジケーターの表示が変わったことで辛うじて、走行可能な状態とわかる。

そろりと右手でスロットルを回す。
確かに急に走り出す感覚。
後ろにひっくり返りそうになる。
ただ、それも数秒で慣れる。

自動二輪を降りてから10年。
ここ数年は自転車すら乗っていない。
果たして大丈夫だろうか。
マラソンを翌日に控えて、バイクに乗るなんて無謀ではなかったか。
そんな懸念も、いのたにの方へ右折する頃には、ずいぶん軽くなっている。

第一目的地は「いのたに」
大半の旅行ガイドブックでとくしまラーメン紹介ページのトップに配置される。
1999年9月から2000年5月まで、新横浜ラーメン博物館に出店していたためだ。

Inotani

お昼にはまだ少し早いが、これから遠来のランナーで混むのを想定。
早めに済ませる。

マラソン前日はカーボローディング後半の3日め。
つまり炭水化物の最終日。
4年前に旅マラソンを始めて以来、マラソン前日の昼はラーメン、夜は炒飯と決めている。

まだ客はまばら。
券売機で「中肉」を求めて空いている席につくと、おばさんがてきぱきと運んできた。

Inotani2

なんだかスペースが空いてるなぁ・・
と思ったら、玉子ないよ^_^

そうだ、玉子をのせるのを忘れていた。
地元の人はごはんも頼む・・というのは覚えていたが、それは夜にする。

まだ雨は降っていないが、空は重い。
受付は後回し。
先に眉山に行こう!

眉山はさだまさし原作の小説・映画の舞台。
徳島駅から徒歩15分程度と近い。
高さ290mの低い山だが、徳島市を一望できる。
山頂にはロープウェイで登る。
そのロープウェイが阿波踊り会館から出ている。

いつもの土日、阿波踊り公演は11時の次は14時。
前の回は終わっているし、これから2時間以上待つのは無理。
しらべた段階で諦めていたが、館内に入ると
「12時から特別公演」と告知されている。
ラッキー^_^

逆風再び とくしまマラソンを走る!

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2013年8月 4日 (日)

ワニのおじさんに敬意を表す

徳島阿波おどり空港に降り立つ。
予報はくもりだったが、陽が射している。
現地の土を踏んだところで、さっそく現在地の天候をスマホ・チェック。
なんと明日九時は「晴れ」になっている^_^ ^_^
思わず、絵文字を2個タップした。
Yahoo天気予報は「くもり」
走るのは、終日土手の上。
陽を遮るものはないから、くもりの方がいいかな^_^

Awaodori


ターミナルを出ると、ぴーひゃらと笛や太鼓の音。
私たちは、これで押しているのだという気合いに共感する。
あらゆる商店には、商売熱心が欲しいと客が思うように、あらゆる観光地では理屈抜きの熱心さが欲しい。

空港とJR徳島駅の間に鉄道はない。
唯一の公共交通機関はリムジン・バス。
飛行機が到着後、旅客が預けた荷物を取り終えてから出発する。
従って、バスの運行時刻は、その月のフライトテーブルと連動して変動する。

乗り込んでから10分が過ぎている。
定刻を過ぎても手荷物を預けた客を待ち、満車となったところで発車。
直通かと思っていたが、途中の停留所の案内がはいる路線バス。
だが、誰一人降りないし、誰一人乗ってこない。

徳島駅には季節の花が植えられている。
賑わいの度合いは長野駅と同じ程度か。
いつもならばここで、旅の荷物をコインロッカーに入れるところ。
だが今日の宿は、徳島駅から目と鼻の先にある。
ダメもとで、荷物を預かってくれませんか?と尋ねると快くOK!
まずホテルに赴き、荷物を預ける。
フロントの皆さんは、とても感じがよい。
とくしまマラソンに来るランナーに、このアグネスホテルがお薦めだ。

遡ること4ヶ月前、
とくしま旅づくりネットでレンタバイクを予約しておいた。
まる1日借りて1,000円。
しかも電動バイクなので、ガソリン代はかからない。
1,000円ぽっきりなのである。
こんな夢のような話があるのかと、見つけてすぐ予約したところ、電話の相手は「そんな先の予約をするの?」と言わんばかりに怪訝そうだった。

Renta

とくしま旅づくりネットは、徳島駅前そごうが入っている「アミコ」の地下一階。

ワニのジャンパーを着たおじさんに先導されて、地上へ出る。
そのワニは何ですか?
「かわに~ズです。吉野川に・・の洒落です」
かなり苦しい・・しかも、着ぐるみ化するのが難しそうだ。
自分が徳島市の職員ならば、それには入りたくない。

「遠くまで行きますか?充電が切れたら、バッテリー換えますから」
「急に走り出すから、はじめは気をつけてくださいね」
はい!
とことん親切なワニのおじさんに敬礼せんばかりに敬意を持って訓示を聞く。

自動二輪免許は持っているので、特に事前確認しなかったが、原付免許で乗ることができる。

それにしても、排気量という概念がない電動バイクは、いったいどうやって免許区分を決めるのだろうか?
不思議に思ったが、危ないので運転に集中することにした。

逆風再び とくしまマラソンを走る!

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2013年8月 3日 (土)

ANAに乗ると愛ちゃんのお見送り付きだ!

レース1週間前の4月13日、
淡路島を震源とする震度6弱の地震。
徳島は大丈夫か。
気象庁は「向こう1週間は震度5程度の余震に注意」と言っている。

2年前のことが蘇る。
東日本大震災が起きて、エントリーしていた佐倉朝日健康マラソンは中止になった。

夜になっても「とくしまマラソン」公式サイトにはなんの情報も出ていない。
路面点検をしているのだろうか。

4月15日
レース当日の天気予報は「くもり時々雨」
昨日よりも悪い方へ変わっている。
なんとか土日は曇りで停めて欲しい。

4月16日
現地時間15日14:50
ボストンマラソンのゴール付近で2回の爆発が起き、死傷者が出た。

次に狙われるのは東京マラソンだ・・
とあげつらうメディア。

ランナーがどんな気持ちになるかという想像力は働かない。
マラソンを走っていないから、気軽に論じているのだ。

もしも、被害の重大さに鑑みているというならば、
1万人が集うコンサートやサッカー会場
お芝居、映画館、テーマパーク
4万人が集う野球場

狙われた場合の被害は甚大な興行は、他にたくさんある。
メディアの皆さんは、そういう可能性も挙げたらよい。

主催者が法人格となっている東京マラソンのような例は希。
ほとんどのマラソン大会は地方自治体が主体となる。
市民の健康という側面だけではなく、ランナー誘致による地元の収入増も切望するところだ。
そういう脆弱な母体の人々に対して、一部メディアの傍若無人さはなんたることか。
広告のクライアントになり得ない人たちに、メディアはあまり気を配らない。

4月19日
いよいよ、とくしまに乗り込む日。
気象庁によると、くもり時々雨の予報は変わらないが、その雨は15時以降となっている。
これならば、雨に降られず前日の予定がこなせそうだ。

徳島阿波おどり空港までの空路はANA。
羽田空港では愛ちゃんのお見送りを受けて機上の人となった。

Aichan さぁ!

逆風再び とくしまマラソンを走る!

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2013年8月 2日 (金)

箱根駅伝6区 時間が許す限り選手の足あとを追う

下調べゼロ!
おしゃれなレイクサイドのカフェも知らない僕らは、箱根駅伝ミュージアムで買った缶ジュースを飲みながら帰路につく。
なかなかおいしい。
でもなんという名前だったか覚えていない。

Drink 
と書いたらサトウ君が送ってくれた^^;)



いつもならば、SHOT NOTEでメモをとるか、iPhoneのメモ機能に記録を残すところだが、今日は遠方から来たる朋との語らいがメイン、取材スイッチはオフ。
ペンすら持ってきていない。

芦ノ湖駐車場から箱根駅伝のスタートラインをまたいで、クルマを発進させる。
ゴール地点が、イメージと違うと思った理由は沿道を埋める観客だ。
テレビカメラがゴールになだれ込む5区の選手をとらえている時、その向こうには観衆の人垣。
その後ろにある芦ノ湖や駐車場は見えていない。

復路スタートラインから最初の左折まで、テレビで見ていると距離があるように見えるが、クルマで走ると瞬時に交差点が迫ってくる。
来た道とは違う箱根駅伝のコースへと左折。

Start

6区、山下りの選手が走るコースを車で走る。
「上りよりも下りが、膝にくるけんキツイっていいますよね」
そうなんだ。わかってるじゃないか、サトウ君。

大鳥居を抜けて右折。
しばらくはずっと上っていく。
つまり5区の最終盤は下りながらゴールということだ。

映像は二次元であり、高低差を視角ではとらえにくい。
こうして現場にくると三次元で見て、体が重力を感じる。

カーナビがこっちへ行けと、コースアウトを指示するが、時間の許す限り選手の足あとを追う。
小刻みに蛇行する下りのコース。
バイクならば怖さがあるが、クルマならば快適そのもの。
そういえば、自転車はたくさん走っているのだが、バイクが走っていない。
後で地図を見ると並走して箱根ターンパイクという道路がある。
ライダーはそちらが御用達なのかも知れない。

小涌園らしき場所にさしかかる。
だが、どれがそれなのかよくわからない。
沿道は箱根駅伝用に観光化されてはいない。
箱根駅伝というブランドに頼らずとも、温泉と景勝地として十分成り立つ場所なのである。

80年代を懐かしもうと、かけていた聖子ちゃんが終わったので、つづいてカーステレオから西松一博を呼び出す。

天神のライブハウスで行われた西松一博のファースト・ライブもサトウ君と一緒だった。
「こんな感じやったですかねぇ」
無理もない。もう数十年聴いていないのだから。
1stアルバム「GOOD TIMES」は名盤だが、CD化されていない。
「シーボニアランチ」はご機嫌なロック・ナンバー。
この場所に相応しい。

渋滞することもなく、クルマはやがて平坦な場所まで降りてきた。
平塚中継所、戸塚中継所、鶴見中継所
このまま選手の足あとをたどりたいところだが、飛行機の時間がある。
これ以上遅れるとまずいという目安をカーナビが示した時点で、指示に従い有料道路へとコースを変えた。

ガイドブック
インターネット
現代は、旅先の情報に溢れている。
本に出ていなければダメなもののような気がするのはおかしくないか?
日頃、そう感じている。

しらべ過ぎると疲れる。
がつがつした旅になる。
前日に急遽決まった旅は、小さな歓びと発見に満足する心穏やかなものだった。

終わるじぇ

3ヶ月後、羽田空港の駐車場を予約する話

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2013年8月 1日 (木)

箱根駅伝ミュージアムで瀬古利彦が五輪マラソンで使用した靴を検証した

箱根駅伝ミュージアムは、ゴール地点のすぐとなりに建てられている。

館内にはカフェがあり、誰でも利用できる。

Museum

売店には誰でも入れる。
売店には常連校の「iPhoneケース」「ストラップ」
大会公式ウェア、Tシャツ、タオルなどの記念品が並ぶ。
89回箱根駅伝のネームが入った4色の「駅伝ボールペン」が270円で売られていた。

資料がある館内は大人500円。
足型がくりぬかれているチケットをうけとる。
「写真撮影はできませんので」と釘を刺される。

「マラソン講座」を開いている手前、なかでも興味深かったのは靴の展示だ。
オリンピックゾーンに瀬古利彦のシューズが陳列されている。

左:1984年 ロス五輪使用
右:1988年 ソウル五輪使用

当然だが、写真はない。

メーカーは2足ともにアシックス。
箱根駅伝公式スポンサーはミズノなので、館内全体にミズノ色が強いなか、ここだけアシックスだ。

ロス五輪の靴はのっぺりとしたアッパー。
ナイキファンならば AIR MOC を想像してもらえばいい。
アウトソールは緑色で進行方向に向かい90度のトレッドが並んでいる。
かなり推進力を高めるパターンだ。
強い脚力で地面を蹴っていくイメージでデザインされたように見うけた。

ソウル五輪のそれは空冷式の通気孔がついている。
アシックスの空冷機構がついたシューズは「ソーティ」シリーズとして現在も販売されている。

初めてソーティシリーズを買った2009年には、シリーズ展開は1種だけだったが、2013年春夏シーズンは次の4種が販売されていた。
マラソンでは薄底・軽量の靴を履いた方が良いという考え方が、4時間超ランナーにも広まってきているのだろう。

SORTIEMAGICRISE
SORTIEJAPANTENKA
SORTIE MAGICEKIDEN
SORTIEMAGIC SEED

原型はオニツカが1959年に発売した空冷式マラソンシューズ「マジックランナー」
「マラソンソーティ」として1981年に発売されている。
1984年、既にこの技術はあったのだが、ロス五輪のシューズには採用されていない。
その時点では、不要であるという瀬古利彦の意見があったのだろうか。

アウトソールはほとんどトレッドパターンがない。
ドットが均一に配置されている。
着地した足をぱたぱたとはたいていく瀬古走法にぴたりの靴に見うけた。

2足を比べると、後者の靴はひどく汚れている。
記憶が確かならば、レース時、雨は降っていなかったはずだが、不整地を走った後のように泥が付着していた。

地べたに這いつくばるように、靴底を観察していたのは、もちろん自分だけだ。

ミュージアムシアターでは大会の映像が流れている。
そこで目を見張ったのはゴール地点。
その映像を目に焼き付けて、帰路についた。

もう1回つづくじぇ

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