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2013年12月の31件の記事

2013年12月31日 (火)

ねじれていけないならば、ねじれないようにすればいい。

2013年しらべるが選ぶ5大ニュース

その4
参議院 ねじれ解消

かつて、衆議院と参議院の第一党はいずれも自民党だった。
ねじれたのが2007年参院選。
それが6年ぶりに解消された。

「ねじれを解消すると、決める政治になる」
誰もが言う。

「ねじれていると、決められない」
確かに、決まらなかった。

決まった方がよければ、ねじれていなければいい。
ねじれているといけないのならば、ねじれの要因は要らないのではないか。

参議院が要らないということだ。
だったら「参議院は要らない」と言えばいい。
だが、メディアはそうは言わない。
メディアが紹介する"街角インタビュー"に出てくる"街の人"もそうは言わない。

与党に不信を抱いた国民は、参院選で野党に入れる。
参議院が与党へお灸を据えるために使われる。
そして、野党が何でも反対の抵抗をすると
「決まらない」
と不平を言う。
なんだか、おかしい。
過去6年間の"ねじれ"を経験して、多くの人が自己矛盾に気づいただろう。

ねじれが解消したことは、重要法案が機敏に決まるという点で重要な契機となる。
次回2016年参院選は、衆議院任期満了の5ヶ月前であり、衆参ダブル選挙となる可能性が高い。
そこで、同時に衆参2つの投票をすることに国民は戸惑う。

参議院ってなんのために、入れるんだっけ?
それは、その先の参議院廃止への土壌作りとなるはずだ。

その5
遊佐未森デビュー25周年ライブ

1989年にデビューした遊佐未森は、10月27日の25周年記念ライブ「ミモリアルソングス」で、デビューまで2年待ったエピソードを明かした。
彼女ほどの才能を持ってしても、決して順風満帆というわけではない。
順境と雌伏の期間を交互に乗り越えてきた25年。

宮城県出身の遊佐未森。
ステージの最後では、ふるさとが被災しましてとことわったうえで「欅 ~光りの射す道で~」を歌う。
この曲は2013年に聴いた曲で、もっとも心に突き刺さった。

ミモリアルソングス

今年もしらべるが行くを読んでいただきありがとうございました。
よいお年をお迎えください。

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2013年12月30日 (月)

くまモン 人気爆発!

2013年しらべるが選ぶ5大ニュース

その2
くまモン人気爆発!

2013年10月、くまモンは天皇皇后両陛下の前で「くまもとサプライズ」を踊って見せた。
いったい、どれだけ緊張したことだろうか。

くまモンは元来、九州新幹線が熊本に"停車"することをアピールするために、2010年に生まれたキャラクター。
とかく新路線の開通では中間駅は見過ごされがち。
鹿児島だけに関心が集まり、熊本が"素通り"されるのではという危機感が出発点になっている。

いわゆる「ゆるキャラ」の1つだ。
ところが、2013年時点でその役割は大きく変容している。

その他大勢のゆるキャラとくまモンは決定的に違う。
その違いは
2010年10月、くまもとサプライズ特命全権大使
2011年10月、熊本県営業部長
という辞令を蒲島郁夫熊本県知事から受けている点にある。

客寄せの酔狂ではない。
地方自治体が初めて本腰で取り組んだキャラクター戦略だった。

2013年12月26日、日銀熊本支店発表によると、くまモンが過去2年間、熊本県内にもたらした経済波及効果が1,244億円。

そして、これらが熊本県庁に入ったのではなく、熊本県内の農林水産・商工業者の手に入ったという点が特筆に値する。

1企業は、グッズ販売やパークへの集客戦略として、キャラクターを位置づける。
だが、くまモンは「熊本県を1企業」と見なしているところが日本初なのである。

Kumamon

ここまでならば「熊本県の地域戦略、成功の巻」だ。
しかし、2013年より、その活動は変容している。

布石を打ち始めている欧州、米国、アジア進出。
国内では全国展開と東京への集中出没。

そこには狙いなどない。
狡猾さもない。
なにが、どう転ぶかわからない。
ここからは「くまもとサプライズ2」の幕開けだ。
 

堅実に地道に、人々の心をつかみつつあるくまモン。
2014年の今頃、くまモンの活躍が何を生んでいるか、想像するとわくわくする。

くまモンのひみつ

その3
東海道・山陽新幹線にN700Aデビュー。

世界一正確なダイヤの高速鉄道。
それを支えてきたのは、運転士の熟練だった。
それをプログラムに組み込み、制動能力を高めた新型車。
外観はN700と同じなため派手さはないが、熟成は究極と言える。

そのN700Aに乗るために半年の準備期間をかけて臨んだ
N700Aに乗りたい!品川-博多の旅
果たして、その結果は・・

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2013年12月29日 (日)

きっかけは五輪だった。 2020年スポーツボランティアが日本に根付く

景気回復で恩恵を受ける人たちが、あからさまに笑顔を見せることがはばかられた2013年。
今年も恒例、2013年しらべるが選ぶ5大ニュースについて記したい。

その1
2020年夏季五輪開催地招致 東京に決定

2013年9月8日未明
テレビの生中継に釘付けになっていた日本人
開催地が書いてある紙をカメラにかざしながらロゲ会長が発表する。

「とっきょー」
そのすっとんきょうな言葉に多くの人が歓喜した。
あの声を着信に使いたい。
そう思って検索したが、発売されたという情報は見あたらない。

日本にはまだスポーツボランティア精神は定着していない。
ただ芽吹いてはいる。
東京マラソンの「TEAM SMILE」は1万人の定員が即座に埋まる。
それは、ボランティアが身近な行事となった時代、つまり日本では1995年以降に育った若年層が集うからだ。
若者が集う理由は次の通りと考える。
・若年人口が多い大都市東京で行われること。
・テレビで生中継されること。
・多くのメディアが取り上げること。

そして、紹介された映像を見て、自分もそこに加わりたいと思うからだ。
若者には集まる力がある。

もしも、ボランティアの9割が60代以上の人々だったとしたらどうか。
その映像を見て、参加したいと思う若者は少ないだろう。

一方、東京マラソンなどの人気大会以外のスポーツイベント。
それを支えているスポーツ・ボランティアは"お年寄り"である。

先日、あるマラソン大会のボランティアに出た時のことだ。
その日は著名人がボランティアに加わっていることで、テレビカメラが入っていた。
東京五輪に向けて、ボランティアの現状を取材しようという意図だ。

テレビカメラがボランティアのミーティングをとらえている。
一通りの打合せが終わったところで、女性レポーターがマイクを向ける。

「あの。。皆さん」(言葉を選んでいる)

いいよ、お年寄りって言ってもらって(笑)
ボランティアの1人が助け船を出す。

「ボランティアに参加される理由は何ですか?」

マイクを向けられた長老のサトウさん。
直球の質問にどぎまぎしている。
身もフタもないことを聞くものだなと、一呼吸置いて応えた。

そりゃ、見てのとおり、皆年寄りだからね。
老人はヒマなんだよ。

東京五輪は日本でスポーツボランティアが根付くイベントになる。
スポーツボランティアは、中学生からお年寄りまで、幅広い年代層が参加できる。

通訳
道案内
切符切り
会場監視
場外整理
選手補助

多くの人が観客として見るだけでなく、そこに参加した証を欲しがるはずだ。

東京五輪に出たい!
7年後を見据えて、スポーツに目覚めたアスリートや子ども達。
日々の鍛錬が、出場につながる確率はかなり低い。

一方、ボランティア参加ならば敷居が低い。
終日、立ち仕事ができる程度の足腰を維持。
あとは募集情報に目を光らせていれば、高い確率で参加できるだろう。

2020年以降「きっかけは五輪だった」
そう言うボランティアが全国各地に根付き、各地のスポーツイベントを支える。
現在、地方都市で収支を合わせるのが難しい大会も、実現、維持が可能になる。
大会があればそこに出場したいという人が、鍛錬を始める。

人々はより健康になり、笑顔と幸福を手に入れることになるだろう。

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2013年12月28日 (土)

スジャータみかんアイスを温める

「みかんしか、ありませんが・・・」

え゛みかん?前からありましたっけ?

「さいきんです」

こうして手にしたのは270円のスジャータみかんアイス
新幹線沿線の神奈川、静岡のみかん果汁を使用!

Ice



2012年8月発売だが、去年は目にすることがなかった。

新幹線のアイスと言えば、スジャータのアイスクリーム。

めいらくグループの名古屋製酪が製造し、JR東海パッセンジャーズが販売する。
主に東海道新幹線でワゴン販売されるが、こうして東京発便が山陽新幹線エリアに乗り入れた後もワゴン販売されている。
去年までバニラ、抹茶だけと思っていたが、これにみかんが加わっていた。

2013年7月には新幹線沿線の静岡産メロンの果汁を使用した「メロンアイス」が10万個限定販売されたが、このときはしらべが及んでいなくて、チェックできなかった。

スジャータのアイスはかちかちに冷やしてあるので、すぐには歯が立たない。
ではなくてさじが立たない。

「しばらく溶かしてから食べてくださいね」
と言ってパーサーが前方へ去ったのと入れ替わりに、車掌さんが検札に現れた。
ここで来るか!

今日はここまで一度も検札がなかった。
岡山を過ぎて、人影もまばらになったところで初検札。
車掌さんも満席よりは、少し減った後のほうがいいのだろうか。

7分後
アイスのフタを取る。
でもまださじが立たない。
手であたためる。
ひとさじ突き立てる。

幸いというか、山陽は"トンネル新幹線"
車窓からの撮影イベントは皆無。
アイスに専念できる。

はじめは、シャーベットなのか?
と思っていたが、溶けるに従い
シャーベット2:8アイスの食感になった。

来年こそは、フル「N700Aの旅」にしたい。
車窓イベントはなく、D席はずっと空席。
大阪-広島はのんびりできた。
機嫌がよくなってきた。

14:55
広島着
Z32を見送る。

次の便まで1時間空いた。
あまり遠くには行けないので、広島駅構内でお茶でも飲もう。
ところが、お盆ウィークと言うこともあってか、どこも満席。
マクドナルドさえ、1つも空席がない。
パン屋の奥に喫茶店を見つけそこに陣取った。

広島にもご当地くまモンは無し。
結局、この旅で出会ったご当地くまモンは、エビフライを抱えた名古屋モンと、明太子を抱えた博多モンだけだった。

N700Aに乗りたい!品川-博多の旅

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2013年12月27日 (金)

最も西にある懐かしのFIT HOUSE

6号車20列
20列は一番後ろ。6号車全体を見渡すことができる。
神戸を出ると、1席だけ席が空いた。

13:48
西明石通過
明日の激務に備えて、少し寝ておこうか。
となりに誰も居ない気安さ。
靴を脱ぐと気持ちいい。
靴下に穴がないことを確認する。

車窓から FIT HOUSE が見える。
兵庫県にもあるのか。
ホームページによると、東海地区を中心に全国24店舗となっている。
ここは加古川店。
全体として最も西にある店舗。

名古屋にいる時は、最も数多く通った店。
休みの日夕方になると、ふらりと車を走らせて、新しい靴が入荷していないかを視察した。
象徴的な四角い看板にハートのロゴを見ると、500m先からでもそれが FIT HOUSE だとわかる。

13:55
姫路で停まるとは思わなかった。
たくさんの人がここで降りていく。

上り待避線にはひかり 700系 C15 が追い越し待ち。
通過線を速達列車の N700が通過する。
線路1つ分の間が開くと、どんっという風圧が強い。

13:59
姫路発
D席にはぱらぱらと空席が目立つ。

14:07
1407


14:12
吉井川を過ぎると、もうすぐ岡山に着くとアナウンスが入る。
それを聞いてたくさんの人が、今やおそしと出口に向けて通路に並ぶ。

どんどん人が減っていくぞ

14:18
岡山着
ホームにたたずむ「暑くてげんなり」と顔に書いてあるおじさんと目が合う。
こちらもげんなり。
ワゴンこないな~

14:20
たくさんの人を降ろしたものの、乗車がほとんどなかったため遅延なく岡山出発。

そういえば、この席は一番後ろ。
1度やってみたかった、座席がどこまでリクライニングするか試す。

こんなに倒れるのか!
ほとんどフルリクライニング

つい、うとうと寝ようとしたら
ぴぴぴ
後方から音が近づいてきた。
待ちに待ったA車ワゴンの到着だ。

財布を出してアイスに備える。
バニラでいくか、抹茶にするか。
やはりここは抹茶で行くかな・・・

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2013年12月26日 (木)

冬場の東京に雨が降らない理由

その疑問が頭をもたげたのは、今記録を紐解いてみると2005年冬のことだった。

1度、マラソンを完走してみたい!
そう思って、ウォーキングを始めていた。

ウィークデーは通勤で歩き、週末は近くを歩く。
晴れた日射しをからだ一杯に受けて、外を歩くのはなんと清々しいことか。

ウォーキングを始めてから一か月ほど、たった日。

そういえば、この一か月、東京では雨がふっていないんじゃないか?

やはり、そうか

僕は晴れ男なのだ。

僕が外で活動することが予定されていると、その地域には雨は降らないというジンクスが東京全体に及んでしまっているようだ。

1年後、やはり晴れ男のジンクスは続いていた。

2年後、ようやくその事実に気づいた。

晴れ男のジンクスではなく、
冬場の東京は雨が降らないのだ。

冬場の東京に雨が降らない理由
それは、西高東低の冬型気圧配置にある。

西高東低とは、日本の西に高気圧、東に低気圧。
風は気圧が低い方へ吹く。
日本にはこの季節、北西からの風が吹き込む日が増える。

風が海を渡ってくると蒸気を巻き上げるため、湿度が上がる。
湿度が上がると雲ができる。
雲は雨を降らせる。

一方、東京を含む関東地方から見た北西方向には、1500m級から富士山の3776mまで。
連なる高峰が北西から吹く風をガードしている。

風は山に当たって弱まり、乾いた風になる。
乾いた風は湿度を下げる。
湿度が低いと雲ができない。
雲がないから雨が降らない。

冬場の関東平野は好天の日に恵まれる。
平地が広いだけではない。
過ごしやすい天候に、人々が集い栄えてきたのだろう。

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2013年12月25日 (水)

長崎カステラアイス

それはまだ、ハウステンボスが出口の見えない不振にあえいでいた2005年夏のことだ。

里帰りすると、いつもハウステンボスへ行く。
朝から閉園まで。
いや閉園を過ぎても。

今でこそ、ハウステンボスは深夜まで営業するようになったが、当時は真夏でも21時閉園。
だが、21時で締め出されるというわけではなく、出口はいつも開いてるので遅くまで園内で過ごすことができた。

朝10時の開店に老舗ヒカリに駆けつけて、ハンバーガーをテイクアウト
ビニルに入れてくれるので時間がたってからでも美味しく食べられる。
特に佐世保バーガーの要諦であるタマネギの風味が失われないことが重要だ。

お昼に入国して、日陰のベンチでハンバーガーを食べる。
フリーパスポートで、あくせくと1年分の"見溜め"

夕方には、ドムトールンの麓、運河沿いのテラスでピザやホットドッグを買ってきて夕食をとる。
夕食を終えると、ホテルアムステルダム前の石垣に陣取り、花火をみて帰る。

富田勲の音楽とレーザー光線と花火のショウ
開園当初から変わらぬスタイル。
花火ラストのしだれ柳が広がると、やったぁって笑ってしまう。
低くて近い位置に上がるので、ここの花火はどこよりも迫力を感じる。

出国棟までゆっくりと歩き、22時まで開いているスキポールでお土産を買い、ゲートを出て出国。
だが、それでは終わらない。

ゲートを出た先、最後はアイスで締める。
今ならば、チューリップソフトがお約束なのだが、

出口にあるコンビニkikkerに美味しそうなアイスがあった。

「長崎カステラアイス」

パッケージには皿にのった1切れのカステラ。
きっと、バニラにほのかなカステラ風味がついているのだろうと想像する。

溶けないうちに食べよう。
駐車場で車に乗り込み、
アイスのフタを取る。

そこで、さじを構えて固まった。


Ice

まさに、目が点になる。
そのまんまかい。
そこには、小ぶりに切った、一切れのカステラ。
しかも、カステラはぱさぱさ。
翌年以降、里帰りの時には探してみるのだが、まだ再会していない。

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2013年12月24日 (火)

なくしたモノはどこから出てくるのか?

毎日、コンタクトレンズを使っていた頃、何度か落としたことがある。
平和台球場でアルバイトをしていた日のことだ。

右目が痛かったので、洗面所で1度レンズを外して洗い、再び付けようとした時。
レンズが指のひらから滑り落ちたのがわかった。

まずい、ただでさえお金がないというのに
(だから、アルバイトにきているのだ)
ここでレンズをなくすわけにはいかない。

まず、慎重に一歩さがって

じゃり

え゛

右足を上げたところに粉々に砕けたレンズが散乱していた。

それ以来、レンズを落とした時は、その場を一歩も動かないことにした。
それから半年後、年の瀬も押し迫り、バイクで里帰りしていた日のことだ。

故郷まであと少しとなったパーキングエリアで、缶コーヒーを飲んでいた時。
目に違和感を感じてまばたきをすると、右の視界がぼやけるのがわかった。

まずい、コンタクトレンズが落ちた。
しかも、辺りは真っ暗だ。

その時、一歩も動かず、周りに助けを求めたところ、休憩していたライダーやドライバーが5~6人ほどで
「動かんで、立っとってよ」
と言って探してくれた。

もうそれだけで嬉しかった。
仕方ない。諦めようと思ったその時だ。
1人の女性が叫ぶ。

あ、そこ光ってる!

左足の斜め、すぐ前に原形をとどめたレンズがあった。

寒空の元、時間を割いてくれた皆さんに
「ありがとうございました。よかったら缶コーヒーでものんでってください」
と声をかけたが、水が引くように各々の愛車に吸い込まれて、去って行った。
「よかったね」と笑顔のこだまを残し。

それから数十年が経った。
もう、たまにしかコンタクトレンズをつけなくなった現代。
友達とギョーザを食べに行った日から、コンタクトレンズが見つからない。

落としたのではなく、ケースごと無い。
だいたい失くしたモノというのは、いつもどこから出てくるのだろうか。

恐らく、それは立ち回り先だ。
そう誰もが考えるだろう。
時系列で、その遺失物が最後にあった時と場所を思い出し、そこからタイムマシンに乗って現代へ記憶をたどる。
だが、こうした試みではなかなか見つからない。

誰か超能力で「あそこにあるよ」と教えて欲しい。
だが、そういう特殊能力者の知人は居ないし、自ら探り当てる千里眼も持ち合わせていない。

2週間ぶりにコンタクトレンズがみつかった。
履いていたスェットのポケットから。

あれ、なんか入ってるな。まさかね・・
と思ったら出てきた。

ギョーザを食べた夜、なにかの拍子にポケットに入れて、洗濯して、タンスで眠った。
そのスェットを履いたらでてきたというわけだ。

探し物をするときは全ての服のポケット。
これは基本ですね。

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2013年12月23日 (月)

すを入れると信愛がこもり、すを入れないと言いやすくなる

「いらっしゃいませっす」

毎日通っていた喫茶店のマスターが、かけてくれる言葉だ。
国体にも出たことがあるという体育会系の彼は、挨拶の歯切れがいい。

その頃、っすは要らないでしょ
と思っていたが、口には出さなかった。
とても感じがよく、誰もがその挨拶を聞きたくて常連になっていたからだ。

とびきりおいしいホットサンドができると
「おまたせっす」

じゃ、行くね(客はこう言って帰っていく)というと
「いってらっしゃいっす」

閉店まぎわだと
「あ、おやすみなさいか・・(笑)」
と言い直して、皆笑顔。

口に出して言ってみるとわかるが、最後に"っす"をつけるのは言いづらい。
「おつかれさまっす」
わざとらしいし、照れくさい。
ふつーに「おつかれさまです」でいいでしょ。

ところが、好感の持てる相手を頭に浮かべて、信愛の気持ちを込めて言ってみる。
すると「おつかれさまっす」というのは苦にならない。

すを入れると信愛がこもる。
一方、すを入れないと言いやすくなることに今年気づいた。

きっかけは「よろしくま」というくまモンのtweetだった。
彼は語尾を「モン」または「くま」で終わる。
「おはくま」「おやくま」
最近ではクリスマスをくまくまスと言い換えている。

ある日試しに「お先にしつれいしま」で止めてみた。
なんだかとても言いやすい。
会社で「よろしくま」とは言えないので「よろしくおねがいしま」で終わる。
「打合せいってきま」

相手は語尾が聞き取れなかったのかなと思うらしく、違和感は与えていない様子。

周りへのひと声が苦痛に思う時、その負担が軽くなる。
言われる方は気軽に受け流すことができる。

葬儀にでかけ、喪主に向かって

「ご愁傷様です!」と元気よく言う人はいない。
「ご愁傷様で・・」と語尾を濁すものだ。
その方が言いやすいし、軽く受け流せる。

すを入れると信愛がこもり、すを入れないと言いやすくなる。

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2013年12月22日 (日)

マイホームコタツ

もう随分、家に炬燵がない。

昔の家にコタツがあったように、今の家庭にはエアコンがある。

いやいや、エアコンでは足下が寒いよ

という家では、電気カーペットや床暖房がコタツに取って代わった。

床暖房はクールだが、新築で備え付けられていない場合、なかなか手が出せるものではない。

電気カーペットというやつはいただけない。
そもそも、見た目が貧しい。
木目調の模様が入っていたりするが、家のフローリングと色が合わないし、置き場所の制約により、床の木目と直角になったりしてわびしくなる。

夏場にしまう場所がない。
従って、そのまま機能していない季節も敷いてある。

だから、プラモデルを組み立てている時に、接着剤をこぼしてビニルが剥けてしまった。

小学校の頃住んでいた山口県の盆地では、雪が積もるとかまくらを造って、その中にコタツをもちこんでトランプをした。
上級生のお兄ちゃんたちが、こしらえてコタツまでセッティングされたところで入りに行ったので、どうやって作ったのかは知らない。
今思うのは、あの時の電源はどうしていたのだろう。
あるいは電源は引かず、あんかでも入れていたのか。

実家にはずっとコタツがあった。
春夏秋は普通のテーブルだが、冬になるとコタツユニットを父が物置から出してきて取り付ける。
コタツユニットは、長年にわたり家族に蹴られてボコボコになっている。
母が押し入れの奥に仕舞っておいたコタツ布団を敷く。

コタツの中にはテリトリーがある。
足を伸ばして 誰かに当たろうものなら、
「おおばんとったらいけんわぁね」
(大きな場所をとってはいけませんよ)
と山口弁で怒られた。

コタツで育ったせいか、今でもテリトリーが気になって仕方がない。
新幹線ではとなりの人の足が、僕の領土に入っていないかが気になる。
職場では、となりの人の書類が境界線を越えていると、表情が曇る。

日本の部屋は四角い。
コタツは四角形であり、その1つの辺はテレビを背にすることになる。
その席からテレビを見るには、後ろを振り向かなければならない。
その一番悪い席は、末っ子の常席だ。
エクソシストの少女のように、ぎーっと首は回らないので、うつぶせに寝そべって上目遣いで見ていた。

4人家族だったが、5人家族の家はどうやって入るんだろうといつも考えていた。

家族が出払っている日。
思い切り足を伸ばせた時は、尾崎豊じゃないけど、ちょっとだけ大人になれた気がした。

清志郎はクルマの中で寝たと歌っている。
僕は一人暮らしを始めて4年間、冬場は毎日コタツの中で寝た。

こどもの頃、かくれんぼでコタツに隠れて頭を火傷。
コタツの網の目にハゲができた友達がいたので、頭から入るのだけはやめておいた。
今でもコタツハゲという言葉を聞くと、切ない気持ちになる。
ってだいたい聞くことはないが・・

初めからコタツで寝ようと思って寝るのではなく、いつの間にか寝てしまう。
来る日も来る日も。
だから冬場は布団を敷いたことがなかった。

男の子はコタツで寝ると○○が□□なるよ。
とよく言われたが、あれは本当なのだろうか?

「夕方に口笛を吹くと蛇がくる」
のようなもので、コタツの中で寝てはいけないという、昔の人の知恵なのではないかと疑っている。

冬場になると時々、風呂で寝てしまうのは、コタツが恋しいのかも知れない。

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2013年12月21日 (土)

壁に壁画を描く季節

今年も壁画を描く季節がきた。
僕は大掃除の度に壁画を描く。

汚れた壁にマイペットでなぞると絵になるのだ。
はじめの年はアンパンマンを描いた。
UFOキャッチャーにはまっていた頃だ

「よし、おまえは300円以内でとってみせる」

そう言ってはアンパンマンの顔をガン見しまくったせいで、顔のパーツはすべて暗記している。

しかし、この絵は納得いかない。
アンパンマンの本則は外していないが、我ながら上手とは言えぬ出來だ。
それでも、掃除の手を休めた同僚がうまいうまいと言ってくれた。
それは、誰もがアンパンマンの顔を知っているからだ。

また一年が過ぎて、今度は仮面ライダーとウルトラマンを描いた。
子供の頃、手製の漫画誌を作って友だちと交換していたので、仮面ライダーとウルトラマンと堺正章は書ける。
特にウルトラマンの横顔には自信がある。

堺正章は「時間ですよ」で人気絶頂の頃、歯磨き粉を買うとマチャアキの砂時計が付いていた。
母にねだり手に入れた、マチャアキの砂時計。
その外箱に記されていたイラストを見ながら、何度も練習したのだ。

でも堺正章は壁には描かなかった。
きっと、もう誰もわからないからだ。
ロングヘアーで「エレクトリックおばあちゃん」を歌っていた頬のこけたマチャアキの顔は、とてもタテに細長かったのである。

そしてまた一年が過ぎた。
その年はキースヘリングのbabyを書いた。

それはそれは、精巧な絵だった。
誰もがその絵を見て、ほーっとうなっていた。

種を明かすと、原画をA4にプリント。
エッジになる部分をくり貫いて型紙をつくる。
その上を雑巾でなぞったのだ。

出来は立派だったが、誰もうまいとは言ってくれなかった。
それがキース・ヘリングだと知らなかったからだ。

南青山にポップショップトーキョー があった頃、名古屋からしょっちゅう通った。
インターネットができてすぐ、NYのポップショップからTシャツを取り寄せた。
これが、インターネットで初めての買い物だった。
本当にニューヨークの店(当然、英語)に注文したので、船便で1か月ほどかかったが、本当に届いた時は感動した。

こないだ友達がNYに行ったので、なにか買ってきてと頼んでおいたのに行ってきてくれなかった。

南青山のポップショップで78,000円の西陣織の仁兵衛が「70人希望者が集まったら制作する」として展示されていた。
あれは作られたのだろうか?

いつもは、壁画を描きながら昔を懐かしむ。

だが今年は、現代のアイドルくまモンを描きたい。
きっと、誰もが知っているから、少々出來が悪くても笑ってくれるはずだ。

「まゆのなかモン」
と言われぬよう、まゆだけは忘れずに書こうと思っている。

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2013年12月20日 (金)

atokとMS-IMEは仲良くして欲しい

MS-IMEの担当者がATOKの担当者に電話をかける。

「ATOKさん、ユーザーのために、互いの長所を取り込むプロジェクトを組みませんか?」

「いいですよMSさん。日本のすべてのパソコンユーザーのために、ここは呉越同舟と行きましょう!」

そんな話し合いがもたれることを願う理由がある。

MicrosoftのMS-IME(Microsoft Office IME)
ジャストシステムのATOK
日本人パソコンユーザーが使っている、2大かな漢字変換辞書。

使い込んでいる人にはよくわかる、MS-IMEだけの長所、ATOKだけの長所がある。

MS-IMEだけの長所は、辞書登録ダイアログでコメントを登録できることだ。

鈴木伊知朗さんはよく入力するから、登録しておこう!
[Ctrl]+[F6]で単語登録ダイアログを出す
ここで、ユーザーコメント欄にコメントを書き残すことができる。

同じよみで複数の語句を登録している場合、判断材料となって便利だ。

F6

ATOKでは、こうはいかない。

鈴木伊知朗さんはよく入力するから、登録しておこう!
[Ctrl]+[F7]で単語登録ダイアログを出す

ところが、ATOK単語登録のダイアログにはコメントを登録する窓はない。
ATOKで登録した単語にコメントをつける場合、辞書ユーティリティを起動。
単語を選択してコメント編集ボタンクリック。
そこからさらにいくつものボタンをクリックしなければならない。

仕事にならない

まさに、この言葉がぴったりだ。

毎年1月になると、ジャストシステムのウェブサイトをしらべる。
1年に1度、2月にバージョンアップされるATOKの新しい仕様を確認するためだ。
だが、辞書登録ダイアログでのコメント同時記録は、一向に実装されない。


ATOKだけの長所は、語句変換時に、登録語句を削除できることだ。

IT革命を「IT」という読みで登録していたが、もう使っていないから削除しよう!
「IT」と入力してIT革命を候補に出す。
[Ctrl]+[Delete]で"IT革命を削除してよろしいですか?"と聞いてくるので[はい]

MS-IMEでは、こうはいかない。

IT革命を「IT」という読みで登録していたが、もう使っていないから削除しよう!

MS-IMEでは辞書ツールを立ち上げて、削除したい語句を探し出し、編集>削除。

仕事にならない

数千語登録しているので、お目当ての「IT革命」を探し出すのに手間取り、時間が惜しい。

それぞれの長所を、互いが持ち合えば、双方のユーザーはとても助かる。

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2013年12月19日 (木)

「ひとつ食べませんか?」と彼女は言った。

岡山から乗ってきた彼女。
名前を聞く理由はないので、名前は知らない。
彼女はデリケートではなくて、放送局狙い。
東京の大学に通っているが、この日は岡山の放送局を受けた帰りだという。

お互いがんばりましょう

互いの健闘を誓い合い、すぐに別れた・・
と言いたいところだが、岡山から東京は4時間はかかる。
互いに漢字の自習に戻っていた。

しばらくして、車内販売のワゴンが通りかかり、彼女はお姉さんを呼び止める。
ジュースとサンドイッチを買った。

りっちか~

感想は博多弁だ。

僕はと言うと、割高感のあるワゴンで何か買うなんてもってのほか。
当時はポカリスエットもなく、水分を摂る必要性を説く人はいない時代。
博多駅で缶ジュースひとつ買ってきていない。
ペットボトル飲料は、まだない。

彼女は漢字問題集を閉じて、お手ふきで手を拭いてから、サンドイッチを1つずつ小さな口に放り込む。
いや、口の大きさは見ていないが、少女のあどけなさが残る慎ましい仕草ということだ。

もちろん、サンドイッチをガン見したりはしない。
それは最も忌み嫌う行為だ。

全然興味有りませんよ。
そんな空気を発散させて、
□□錯誤
試行と漢字問題集に書き込んでいた。

すると、彼女が
「ひとつ、食べませんか?」
と僕にサンドイッチを勧めてくれた。


え゛なんで?
俺、物欲しそうに見えたのか?

1.5秒迷ったが、迷ったことはおくびに出さず
じゃいただきます
と手を出した。

子供の頃、友だちの家がうどん屋さんで
「うどん食べていき」
と言ってもらったのを頑なに拒んで、関係が悪化したことがある。

世の中には誘拐が流行っていて、親から「人からタダでものをもらってはいけない」と言われていたのを誤解したのだ。

恐らく、人からタダでものをもらうのは、これが初めてかも知れない。
子供の頃、人の厚意を無にして気を悪くさせた反省を経て、僕は大人になったのだ。
ここは、厚意を受けることが、非礼を避ける意味で正しい。

1.5秒はこの計算に要した時間だ。

顔かたちは覚えていないが、背格好とことばの調子だけは忘れない。
それは高校1年生の時、となりに座っていた憧れの娘に似ていた。

サンドイッチ1箱はたいした量ではないが、1つくらい手伝ってもらうのが適量ということだのかな。
いや、もしかしたら、男の僕が倍返しでアイスでも買って、ごちそうするのが筋だったか。
数十年たった今、そんなことを思い出す僕は平和だ。

11:42
新神戸発 D席には誰も乗ってこない。
六甲トンネルを出れば、ワゴンが来るはず。
アイスコーヒーとスジャータアイスを買おう。

N700Aに乗りたい!品川-博多の旅

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2013年12月18日 (水)

「短い!」 のぞみ107号広島行き

13:26
遠目から白い新幹線がやってくる。

あ、短い

相手は低速で近づいてくる電車。
自衛隊の戦闘機に乗るほどの動体視力がなくとも、およその特徴は瞬時にわかる。

短いのは車体サイドの紺ライン。
N700のそれと比べて、N700Aのラインは運転席の下あたりまで、ほんの少しだけ線が長く伸びている。

1326


N700だ。

こんなにがっかりしては、N700に申し訳ないが。

系列を表すステッカーは車体側面に5カ所。
700系も同様。

車体に編成総称のステッカーを貼るのは500系から始まった。
500系は先頭、最後尾にそれぞれ1カ所。

0系、100系、300系に表示はなかった。
これら3つは、さよなら運転時に先頭車両に臨時のステッカーが貼られたのみ。
500系は貼る場所がなくて、さよなら装飾はなかった。

【 3 】
のぞみ107号広島行き
13:29 定刻 新大阪発

ざんねんっ!
これで今年の「A」はなくなった。

いったいどのダイヤに乗れば、今日乗れたのか。
答え合わせでJR東海に電話で聞いてみよう。
(結局忘れた)

6号車のE席
今日はじめて、となりのD席が空いている。
やはりとなりがいないというのは、それだけで楽だ。

あの時の女性は放送局に入れただろうか・・

大学4年の秋、就職活動で上京した。
飛行機に乗るお金はない。
今でこそ、新幹線の方が高くつくが、当時は東京-福岡は往復割引で45,600円だった。
今ならば、早割で買えばその半額。
当然ながら、博多発東京行き「ひかり」号。
それも自由席。

乗車した車両が0系だったか、100系だったかは覚えていない。
当時から新幹線は好きだったが、新幹線ファンではなかったからだ。
従って、その日の電車をいちいち写真に収めていないし、そもそもカメラを持ち歩いている人など誰も居なかった。

ここいいですか?
岡山から乗ってきた彼女は、僕のとなりに座るなり、漢字の問題集を解き始めた。
僕のテーブルにも漢字問題集。

10月1日、会社訪問解禁
11月1日、入社試験解禁

当時、10月に漢字問題集を解いているのは大学4年生だとすぐにわかった。
「就職活動ですか?」
同志の気安さで、あっさりと話しかけた。
と今思っているが、実際には倉敷くらいまで、ナンパだと思われないかと迷ったかも知れない。

N700Aに乗りたい!品川-博多の旅

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2013年12月17日 (火)

新大阪でくまなくくまモンを探す

12:26
のぞみ105号広島行きは定刻に、新大阪駅22番線に滑り込む。
早めに座席を後にして昇降ドアの前で待機。
ドアが開くとすかさず、車体ロゴを探す。

A

控えめな「A」のロゴ。
これが、N700X番台を表す印。
とりあえず、本日初の収穫だ。


新大阪での滞在時間は1時間。
せいぜい新幹線改札あたりまで行くのが精一杯。
阪神地下のスナックコーナーまで行く時間はない。

まずはじめに、駅構内の新しい施設をチェック。

2013年3月16日、ダイヤ改正日に27番線の供用が始まった。
それまで新大阪駅新幹線ホームは、島式 4面 7線というレイアウトだったが、これにより 5面 8線となった。
JR東海は、ホームの安全性を向上させるため、東京駅と新大阪駅でホーム可動柵の設置を進めており、27番線ははじめから新しいタイプの可動柵が設置されている。

Anzen

新型の安全柵は、かなり開口部が広い。
人を乗せるだけならば、これほどの幅は要らない。
恐らく、飲食品の搬入などを想定しているのだろう。

以前は、26,25,24,23番が東京方面。
22,21,20番が博多方面。
いずれも開閉式安全柵はなかった。
27番線は東京方面のホームとなる。

「これ、記念にもらいたいので・・」
改札の駅員さんも手慣れたもの。
すかさず[無効|新大阪]のハンコを押して軟券を返してくれる。

つづいて、数ある土産店へ。
お菓子には目もくれず、グッズコーナーだけをチェッくま。
そらをくまなく回ったものの、ご当地くまモンは1点も見つからない。
一般的なくまモングッズが置いてあったのも1店だけだ。

Kuma

くまモンが武者修行した登竜門の町、大阪。
その空気をここで感じることはできなかった。

散策は早々に打ち切り、新幹線22番線にあがる。
ホームのキオスクで売っているタイガースのど飴を購入。
タイガース・ファンには廉価で気の利いた土産になり助かる。
新大阪は名古屋の「ゆかり」 広島の「もみじ饅頭」のように、手頃な値段で買えて、それでいてその駅を象徴している土産がない。

次に入線する列車を示す22番線上の電光表示は「N700」と記されている。
安全柵のないホームで待つ客に警告を促すベルが鳴り響き、この日最後ののぞみとなるのぞみ105号が入線してきた。

N700Aに乗りたい!品川-博多の旅

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2013年12月16日 (月)

縁がない古の町、京都

新幹線の窓から景色を見る幸せ。
前日に雨が降っていると、窓が汚れたままになって視界が悪い。
数日晴れていて、その日も晴れていれば、遠くの山まで見通しがいい。

7e


時折右側からやってくる対向車。
新幹線は左側通行なので、E席では対向車を間近に感じる。
そういえば、対向車が来た時の"どん"がない。
これがN700同士という技術なのだろう。

12:04
さっき行ったばかりと思っていたA車ワゴンがもう帰ってきた。
このパーサーさん、歩くの速いな。
あるいは自由席には立ち客がいて、入れなかったのか。
すたすたと歩いて行く。
もう少しでいいから、視線だけでもきょろきょろと秋波を送って欲しい。

12:11
京都でD席の働き者兄ちゃんが降りた。
「京都マラソン」が当たった時の楽しみに、京都観光は残している。
だが、2回つづけて落選。
そうこうするうちに、開催時期が3月第2週から2月の第2週に移動してしまった。
京都駅にはなかなか降りる縁がない。

京都から乗ってきたのは普段着の女性。
30代あたりか。
ちょっと町に買い物へと言う風情。
座るやいなや、バッグから取り出したスマホ。
ずっと操作し続けている。

かつて、ケータイに没頭する人達をみて
世の中の人は、みんな友だちが多くていいなぁ
と羨んでいたが、若者に聞いてみると
「そんなにしょっちゅうメール来ませんよ。みんなゲームやってるんですよ」
と言われて、腑に落ちた。

京都を出発。
E席側には五重塔がない。
ただの古い街。

そういえば、この新幹線企画旅もずいぶんやっているが、まだ一度もドクターイエローとばったりがない。
10日に1度ののぞみ検測下りの日ならば、東京を出てくるのがお昼頃。
上りの日ならばまだ山陽側にいる。
いつも大阪にさしかかるのがお昼頃になるこの旅では、新大阪周辺で遭遇ということがないのである。

12:20
お弁当にサンドイッチでございます
いつものA車ワゴンではない。
首からトレイをさげた、いわゆる駅弁スタイルで売りに来た。
今もこういう売り方があるのか。
まさか、あの番組のあの弁当にあやかったのか・・


12:22
鳥飼基地通過
停まっているのはすべてN700
これだけの中に、1つもN700Aの姿がない。

Torikai

まだ、間近に見たことがない「A」
新大阪で出会うために、楽しみが残されたのだと独りごちる。

鳥飼を過ぎれば4分で新大阪。
乗る時に「A」ロゴが撮れなかったので、降りてすぐに撮ろう。
この列車は広島行きなので、急がなければ。

名古屋にあったご当地くまモングッズ。
くまモン登竜門の地、大阪には絶対あるな。

N700Aに乗りたい!品川-博多の旅

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2013年12月15日 (日)

生涯の101曲プレイリスト

「生涯の100曲」生活は2日めを迎えた。
ここで、曲の並び順を考える。

時系列で並べよう。

マラソンのセットリストならば、前後の曲のつながり
35kmあたりでこの曲・・・
といった曲順に思案を巡らせる。

一方、こちらは長くつき合っていく生涯のスタンダード。
その時々の主観に左右されない、明快な基準がいいだろう。

ノーマルで聞けば小学生からこれまでの思い出の歌が並ぶ。
リストを見るだけで、その年代、その曲と共に想起される映像がある。

一方で、時代にとらわれず自由に聞きたい時は、シャッフル・モードで聞けばよい。

リストの一番右側に表示される「リリース年」の項目を見ながら並べ替えていく。
100曲ともなると、一番下に追加された新入りを一番上に持って行くのは、かったるい待ち時間を経なければならない。

「リリース年」は必ずしも曲が世に出た年を意味していない。
ベスト盤収録曲は、その発売年が表示されており、実際のリリース年とは違っている。

「Absolute Greatest」収録 QUEENの「Radio GAGA」
ベスト盤だから、リリース年は2009年表示だが、実際にはそうじゃないだろう。
Googleで「Radio GAGA」を検索。
そういえば、最近よく似た名前の歌手がいるな・・

しらべると、リリース年は1984年であることがわかる。
リストの「リリース年」列をクリック。
編集可能な状態にしてから、2009をデリートして1984と入力。

そうだ、あの曲も入れなければ。

少しずつ、好きだったあの曲
今も、聴けば胸がときめく曲
カラオケで幾度も歌った曲
脳の記憶の隅に沈んでいた曲に、脳幹がリンクを張って前頭葉に帰ってくる。

IN
PYG 「自由に歩いて愛して」
荒井由実 「翳りゆく部屋」

OUT
ザ・スパイダース 「エレクトリックおばあちゃん」
かぐや姫 「赤ちょうちん」

OUTした曲も好きな曲に違いない。
そのまま4,000曲の混沌の海に帰すのは、少し違う気がする。

「生涯の100曲」はウォークマンに入れた。
それならば「生涯の100曲」から外れた曲は、デジタルフォトフレームに入れて置こう。
そこで、x-アプリに次なるフォルダーを作る。
プレイリストが上下に隣接して並ぶよう、タイトルは「生涯の101曲」

これから、これらのプレイリストを聴きこんでいく。
いつ聴いても新鮮
何度聴いても飽きはしない
そんな、古くて新しい100曲が、これからの生活を彩ってくれるだろう。

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2013年12月14日 (土)

生涯の1曲

2013年の吉日。
いよいよ、生涯の100曲にとりかかる。

パソコンに入っている音楽管理ソフトは3つ
「SonicStage」「x-アプリ」「iTunes」

プレイリストを置くベースとするソフトは、ウォークマンにもiPhoneにも秋波を送る、八方美人のx-アプリ。
音楽形式の制約により多少の積み残しはあるものの、SonicStageの財産をほぼ引き継いでいることが大きな理由だ。

x-アプリを立ち上げて
プレイリスト作成
「生涯の100曲」と命名する。

手始めは、お気に入りが集まっている既存のプレイリストから選ぶのが手っ取り早い。

Mr.children 「イノセント・ワールド」
を右クリック>プレイリストに追加>生涯の100曲
既存プレイリストからの選択で50曲が埋まる。

BOSTON 「Don't look back」
佐野元春 「約束の橋」
生涯の1曲と言われたら、1,2を争う2曲は迷わず収録。

つづいて最近録音したアルバムリストから1点ずつチェッくま。

遊佐未森 「欅~光りの射す道で~」
くまモンたい 「くまもとサプライズ!」

ここで、いくつかの曲がx-アプリに引き継がれていないことに気づく。

STYX 「ザ・ベスト・オブ・タイムス」
スティービー・ワンダー「心の愛」
RCサクセション「トランジスタ・ラジオ」
これらの曲が、x-アプリに見あたらない。

そこで、SonicStageに積み残していたファイルは、まずSonicStageでWAV変換。
SonicStageとx-アプリは同時に立ち上げられないため、SonicStageを閉じる。

つづいてx-アプリを立ち上げると、WAV化した曲がミュージックリストの先頭に出ている。

それでも足りない曲はメモ用紙に書き出していく。

チェッカーズ 「ジュリアにハートブレイク」
スガシカオ 「progress」

できあがったリストを見ながら、TSUTAYAディスカスにアクセス。
CDレンタルを申込む。
こうしておけば、数日後には手元にCDが届く。

「生涯の100曲」生活、初日はまず100曲ちょうど。
これからずっとこの枠を維持していこう。

パソコンにウォークマンを接続
x-アプリ 機器に転送をクリック
「生涯の100曲」をウォークマンに転送して初日を終えた。

つづく

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2013年12月13日 (金)

生涯の100曲プレイリスト

生涯の100曲
プレイリストをつくった。

そろそろまとめておこうと思っていた。
好きな歌だけを聴いていたい。

2002年にWindowsXPパソコンを手に入れて、
パソコンに入っていたSonicStageを始めた。

かつてスピーカーは、直径25cmのウーファーと5cmのツイーターのダイヤトーン。
アンプはTRIO
カセットデッキはTEAC
ターンテーブルTechnics
将来はオーディオ専用部屋がある一戸建てが夢だったオーディオマニア。

そんな夢はとうに忘れていた頃、
両手のひらに収まるパソコンから数千曲が流れてくる現実にぶっ飛んだ。
音の善し悪し?
そんなの全然関係ない。

2004年に電子的な音楽プレーヤーを手に入れて、パソコンの音楽を持ち運び始めた。
握った手のひらに隠れてしまう小箱に数百曲。
オーディオテクニカの少々、値の張るイヤホンで聴くと、数十年聴き馴染んだはずの曲から知らない楽器が聞こえた。

2007年にハードディスクカーナビを手に入れて、クルマでも音楽をため込み始めた。
ここで2重管理となる。
3000曲は入るから、あの曲も入れよう。
クルマには助手席があり、そこに座る誰かを想定してこの曲も入れておこう。

この10年あまり、いつも音楽は拡大路線。
消すことはない。
それは、入れものが無限と思えるからだ。

かつて、磁気媒体の制約があった音楽世代を過ごして来た。
ストップウォッチで計って、90分のクロームテープぎりぎりまでつめこんだ曲。
それでも限りがあって、カセットはラックに溢れて、置き場所に困った。

その制約から解き放たれた僕らは、電子的な音楽を溜めに溜めた。
あぁ、この曲も捨てがたいな。
このアーティストはコンプリしてるから、消せないな。
この曲は今イチだけれど、有名曲だから、いつか要るかも知れない。
(なにに要るのだ?)

思い出の品がなかなか捨てられないように、一応とっておこうと溜め込んだ。
ハードディスク内は4,000曲の混沌の海。

こうなると「音楽捨てられない症候群」
ランダム再生で流れてくる曲は、どれも乗れないものばかり。
心が動かない。

限られた自由な時間
できれば、好きな歌だけを聴いていたい。
心を偽って聴く曲につきあう時間に切なさが募り、やがて限界点に達した。
Now the time for action!

そろそろまとめておこう。
2013年、カレンダーが師走に変わって、行動に移した。

つづく

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2013年12月12日 (木)

共有フォルダーで情報が迷子にならない「共有ファイルもくじ」

「共有ファイルもくじ~」 ドラえもんの声で

Mokuji

項目はシンプルに「ツメ」「名称」「アドレス」「ファイル名」

もくじ.xls
という名前を付けて保存。
共有フォルダーのルートになるフォルダーに、このもくじを置く。
エクセルファイルをこうして置いておけば、もくじが一元管理できて、誰もが気軽にメンテできる。

資料を新たに"格納"した人は、このもくじに加筆する。
使い方は、たったこれだけ。

アドレス、ファイル名までを絶対パスで書くと、
開きにくい。
フォルダーの場所までたどり着いて、そこからは目で探すというのが現実的。
そうしておけば、申請書一覧_ver2.xls のように、版管理でファイル名が変わることにも対応できる。


ここからは、少しだけ持論を語らせてもらう。

情報が何処にあるか?
それを一番よく知っているのは、情報を作った人です。

スズキさんのユーザーIDや内線電話を一番よく知っているのは、スズキさんですよね。
だから、申請書は本人に書いてもらうのです。

資料が共有フォルダーの何処にあるか?
それを一番よく知っているのは、資料を作った人です。
なにせ、自分が置いたのですから。

それでも、本人だって置いたことすら忘れるのです。
置いた人が忘れるのだから、置いていない人がわかるわけがないです。

そこで、資料を作った人は関係者にメールを送って
「**に格納しました」
とやるわけです。

ところが、メールは1日に数百通、1ヶ月もすれば数千通になります。
あの資料どこだっけ?
という前に、あのメールどこだっけ?
と探さなければならない。

メールを探してはいられないので、直接、共有フォルダーを探しに行く。
そして、そこには迷宮が待っているわけです。

だから、情報収集したい時は、その情報の発信者に聞くのが一番速い。
この目次が整備されたら、フォルダーの整理は不要です。

もくじから一発で探している情報にたどり着ける。
どれだけ、フォルダーがぐちゃぐちゃになっていようが、誰も気にならないからです。

もしも「フォルダーを整理しよう」などと思ったらどうなるか?
まず、初めに3時間くらいかけて、サトウさんが管理ルールを作る。それを部長が承認
する。説明会を開く。
それから、部員全員が2時間ずつかけて、情報を整理する。
いったい、何十万円のコストがかかることでしょう。

しかも、整理したとしても、1年後には元の木阿弥。
また、同様に部員全員が情報を再度、整理する。
では、そこまで労力をかけて、部員の皆さんは便利になるか・・

ならないです。

大切なのは、
整理整頓されたフォルダーがそこにあることではなく、情報が探しやすいこと。

皆さんは、利益を上げるために会社に来ているのであって、情報を探すために会社に来ているのではありません。

僭越に過ぎると思い、最後のひとことは言わなかった。

ど素人!エクセル講座

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2013年12月11日 (水)

情報が見つけやすい!共有フォルダーの管理方法

ある日、エレベーターに乗ろうとしていると、営業部のサトウさんに呼び止められた。
かつて、営業部で同じ釜の飯を食った尊敬する先輩。
政治家にでもなれば、きっと男女ともに広い層からの支持を集めるであろう、清潔感にあふれるルックス。
生活感にあふれるこちらとしては、目映いばかりだ。

「ちょっと相談したいことがあるんだけど・・
うちの部署は、Windowsの共有フォルダーを作っていて、外付けハードディスクに部署の情報を入れて格納しているんだけどね・・」

大嫌いな「格納」という言葉は出たものの、人柄のいいサトウさんのためにお役に立ちたい。
紙コップのコーヒーが飲める所でお話しを聞くことにした。

「うちの部署は、Windowsの共有フォルダーを作っているのだけど、みんな好き放題でぐちゃぐちゃにな
っているんだ」

この一言を聞いただけで、その部署の状況に察しが付いた。
概ね、営業の人達はパソコンに弱い。
それでいて、自己主張は強い。
ガバナンスとかセキュリティとか統制とか、くそ食らえと思っている。

でも、まだ評論と提案を切り出すには早い。
昔、上席SEから「君はせっかちだなぁ、もう少しユーザーの声をよく聞いた方がいいよ」と言われて以来、ユーザーの声は極限まで我慢して聞くように努めている。

「ルールはないし、みんなが勝手にフォルダーを作るから、何がどこにあるか、探しづらいんですよ」

さぁ営業にでかけよう!
と思った時に、肝心の資料が見つからない。
昔のように、事務員と称する女性社員を子分のように使えた時代はとうに過ぎている。
誰もが同じ苦労をしなければならない。

そこで、人柄がよく信頼が厚いサトウさんに白羽の矢が立つ。
君が音頭をとってなんとかしてよ!
ということになったらしい。

ひと通り、サトウさんの話を聞いたところで、いよいよ「アントニオ猪木の卍固め」を繰り出す。
卍固めについて、説明すると長くなるので別の機会に譲る(笑)

1.まずはじめに、皆さんにどのようなことで困っているか、どうしたいのか?
意見を聞いてください。
想像でモノを言うのはいけません。

2.先走って恐縮なのですが、もしも"探したい資料がなかなか見つからないよ"という声が多かったとしたら・・1つ提案があります。

そこで、小脇に抱えていたノートパソコンを広げてエクセルを立ち上げる。
即興でつくったのが、次のようなブックだ。

「共有ファイルもくじ~」 ドラえもんの声で

つづく

ど素人!エクセル講座

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2013年12月10日 (火)

新幹線ファンが分析する N700a 乗り心地

11:33
のぞみ105号は、定刻から1分遅れで名古屋を出発。
品川からの便は7号車7番E席
今乗っているのは7号車6番E席
今日は、博多までずっとE席、つまり進行方向に向かって右側に陣取る。
これを下関までは「山側」と呼び、関門トンネルをくぐると「海側」と呼ぶ。

右手に犬山城を見ていると、またもA車ワゴンが通り過ぎていった。
今日はワゴンと相性が悪い日だ。
スジャータのアイスは、新大阪から先で買おう。

新幹線は名古屋からほぼ北上して岐阜県へ。
しばらく、名神高速と並走。
そこは法定100kmであり、200km超で走る新幹線に敵うクルマはいない。

岐阜羽島駅を通過するとすぐに見えてくるのがサンヨー改めPanasonicのソーラーアーク。
今日はばっちり写真に収めたい。
長良川を合図にカメラを構えて窓に貼りつく。

Ark

広角じゃないと・・

晴れているが稜線は曇っている。
今日はいい写真のぞみ薄。

3G回線で1通メールを送る。
普段どおりの速さで送れた。
静岡で懲りたので、無線LANのテストはしない。
無線LANが提供されているのは、東京から新大阪まで。

名古屋から乗ってきたD席の若い兄ちゃん。
とてもマナーがいい。
肘掛けに手を置かず、足を組むこともない。
仕事ができそうな、清潔感のあるシャツと上品なジャケットを羽織っている。
お盆前の平日。
皆、働いているのだ。

さて今乗っているN700X番台
「N700a」(しらべる命名)
居室はN700のままだが、足周りは新型N700Aと同じ。

乗り心地、揺れ心地はどうだい?

体に問いかけて、長年の新幹線センサーが情報を収集する・・・

いや~それが、さっぱりわからんとですよ。

あ、ここが「A」らしさかな・・
というヒントすらない。
やはり、人は居室からして真新しくなければ、ブレーキの効きや傾きのクセなど感じることはできないのだ。
と結論づけた。

N700Aに乗りたい!品川-博多の旅

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2013年12月 9日 (月)

しらべる 5,000日

2000年4月に始めた「しらべる」は今日で5,000日を迎えました。
いつも、皆さんが読みに来てくださるお陰です。
ありがとうございます。

連続更新も5,000日となりました。
ホームページに手を入れることは「更新」と言う人が多いので、しらべるでも連続更新と言っています。

ただ、正確にいうと「新コンテンツ作成」「新ページ追加」です。

たとえば、そのウェブサイトに100ページがあり、既存ページの加筆修正を5,000日つづけていれば「5,000日連続更新」と言えます。

しらべるの場合は、5,000日連続新ページ追加。

既存のコンテンツを"更新"しているだけならば、ページ数は一向に増えません。
しらべるは、毎日新しいコンテンツを作っているので、当然ながらページ数は5,000以上。
実際には1日2ページつくる日もあるので、5,000を優に超えています。


昨日はこのブログ「しらべるが行く」が3,000日を迎えました。
ということは、用語集「しらべる」だけをやっていた時期が1,999日だったということです。

昔のしらべるを読み返してみると、はじめの1,999日はブログのような記事がありました。
ことばの定義に加えて、ストーリー仕立ての意見を書いているわけです。

しらべるを始めた頃、Wikipediaはまだありませんでしたし、WEB上の用語集も見あたりませんでした。
ブログについては、その名前すらありませんでした。
名も無き素人がネット上で意見を開陳するには、自分のウェブサイト(ホームページ)を持つしかなかったのです。

ブログが流行し始めてから、しばらくして「しらべるが行く」を始めることにしました。
その後、しらべるの方は、客観的な用語解説に特化したわけです。

しらべるでは、たくさんのモノを扱ったページがあります。
私たちの生活に大きな驚きを与えそうな新製品。
実際に使ってみて、気に入ったもの。
それぞれが、価値あるものばかり。

ところが、大きな価値を感じているものの、しらべるの記事にはしづらいモノがあります。

それは「ピンセット冠」
そういう名前のモノはありません。
しらべるがそう呼んでいるだけです。

愛用しているタミヤのピンセット。
プラモデルの組み立てに必要で買ったのですが、プラモデルを組み立てなくなった今も、手の届く範囲に置いています。

ピンセットというのは元々、先が開いている。
それを親指と人差し指で挟んで、対象物をつまむ。
ただし、開いているままでは収まりが悪い。
そこで、ピンセットの先に透明ビニルの冠がはまっている。
タミヤの気配りです。

これだけでは何処にも売っていない
他に使い道はない
取るに足らぬ存在
でもこれが、ないと困る
掛け替えがない
気づかなければわからない、潜在的付加価値

できれば、しらべるがそうありたいと思います。
これからも、よろしくま! ^^;)

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2013年12月 8日 (日)

三村仁司さんに渡されたメニュー

お話の詳細は、個人向けカウンセリングなので割愛するが、大まかに分類すると以下の3つ。

1,下半身の特徴
2,現状どのように走っているか。その問題点
3,弱いところを強くする運動メニュー

この「メニュー」に驚いた。
五輪メダリストの靴を作った世界の三村仁司さんが、自分用の強化メニューを並べてくれるのである。
恐らく、どんなマラソン講座を受けようとも、これ以上に贅沢な指導はないはずだ。

実際に実演してみせ、次に僕がやってみる。
効率よく走るために
いつ、どれくらいの量をやるか。
メニューは全部で5種類。

「オーバープロネーションしているけど、これは靴で直してあげます」
1分1秒に生活を賭けているプロランナーだったら、ここで涙が出るだろう。

走るより、今言ったことをやった方が速く走れます。
1時間しか走る時間がないとしたら
これをやって、10分、20分走ったほうが速く走れます。

マラソン講座が目指してきた
「できるだけ走らないで速く走る」
という主旨、そのまんまの言葉だ。

こんな言葉が聞けるとは思わなかった。
色紙に書いてもらって額に飾りたい。

MIMURA PREMIUM
日本人ランナーをさらに速くするために、三村仁司が市民ランナーの靴をオーダーメイドする取組。

今日のデータと三村さんの見立てが書き込まれたレシピ。
それらは岐阜市の工房ミムラボに送られる。

アッパーの色を4色から選ぶ。
6文字までの刺繍を入れられるので文字を指定。

靴のスペックだけでも涙が出そうになっているのに、外見の美しさまで至れり尽くせりだ。

アッパーの裁断から別だて、ソールはミムラボオリジナル。
通常のラインではなく(実業団選手などの)アスリート枠のラインに組み込まれるため、納期はおよそ2ヶ月。

こんなぜいたく、あっていいのか・・
靴は2ヶ月と2週間で届いた。

ど素人!マラソン講座

今日で「しらべるが行く」は連載3,000日
これからも、時々思い出したら読みに来てください!

新コース2度めの長野マラソン

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2013年12月 7日 (土)

見て触って、三村さんの分析

つづいて三村さんが登場。
匠の手による計測が始まった。
足下にいる三村さんを見下ろす位置になり、申し訳なく思う。
開店と同時に入店した客が、なんだろう?と遠巻きにしている。

匠ですか?
脱いだ靴を遠くに見やり、三村さんが言う。

こんな大雨の日、わざわざ高機能なレース用シューズを履いて走るランナーはいない。
だが、今日は状況が違う。

三村さん、履いてますよ。これこれ!
なんたって、ファンですから。

しっかりと忠誠をアピールして、よっしゃええ靴つくったる!
と思ってもらいたい。
完全に計算してきている。

いま何センチ履いてますか?27?
ちょっと大きいんとちゃいます?

兵庫県出身の三村さんは関西弁で話す。

三村さんが数字をとり、B&D店員さんがそれをメモしていく。

ちょっと、仰向けになってください。
計測はつづくが、仰向けなので何の計測なのかはよくわからない。

骨盤いいですか?

こつばん??

靴を作る採寸なのだが、骨盤からくるぶしまで、あらゆる長さが測られる。
これは、期待通りだ。
穏やかじゃない展開になってきたぞ。
顔に出さずにほくそ笑む。

だいぶんちゃうなぁ

店員さんとのやりとりから推測するには、左右の足の長さが違うということか。
もしかして、そうではないかと思っていた。
厳密にいうと誰もが多かれ少なかれ違うのだろうが「だいぶん違う」という事実が明確になることは歓迎だ。

それくらいかな?

およそ20分で計測が終わり、促されて書類に必要事項を書き込む。

暑いなぁ?あつーない?

adidasの関係者と軽口を叩く三村さん。
外は雨で肌寒い。
よほどの暑がりなのか。

MIMURA PREMIUMは計測とカウンセリングで、1人当たり40分。
いよいよ、20分間の計測を元に、僕の足を分析した結果についてお話が始まる。
メモを構える。
三村さんが口を切った。

弱いところをみつけて強くする
悪いところは直していかないかん

新コース2度めの長野マラソン

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2013年12月 6日 (金)

雨の中、三村仁司さん登場!

早速翌朝、B&Dに電話をかけMIMURA PREMIUMの申込み。
事前にお金を払いに行く。
渋谷駅東口を出てヒカリエを見ながら歩道橋を渡る。
エレベーターを降りた所にB&D渋谷店がある。

100万円の価値がある!
と思っていたことは顔には出さず、規定の料金を納める。
これで、三村さんの手によるオーダーメイド靴を手に入れることが内定した。

いきなり目の前に現れた福音。
三村さんの靴を履くからには、それに見合う走りをしなければならない。
ずっと起こさずに居た寝た子を起こす時が来た。

よし、来年のマラソンは"
あの目標を"本気で取りに行こう。

数日前には、B&Dから確認の電話が入る。
既にお金は払っているので、それをドタキャンする人は居ない。
三村さんに対して失礼があってはならぬという配慮だ。

迎えた当日。
東京は大雨。
電車が停まったらまずいな。
世界中のマラソン・アスリートがリスペクトする三村さんを待たせるようなことがあってはならない。
1時間前に渋谷に入る。

強い雨がアスファルトにたたきつけている。
靴を濡らさないように、水たまりを避けるルートを探している。
この後、もしかすると、靴の状態を見られるかも知れないので、できるだけ汚さないようにしたい。

 

開店10分前、上下adidasのジャージという出で立ちで、傘をさした三村仁司さんが現れた。
"世界の三村"にしては、地味な登場だ。
お店の人が出迎えて店の中へ消えていく。


店内には音楽が流れている。
はじめに書類に署名。
靴下を脱いで計測を待つ。
外はあいにくの大雨
十分に肌寒かったが、出で立ちはゴルフ用半ズボン。
この方が計測がしやすいはず。
しっかりと足を見てもらうためだ。
今日は寒いなどという日じゃない。


3D足型計測器に足を入れて計測が始まる。
うぃ うぃ きーん
家庭用パソコンプリンターについているスキャナーと同じ音がしている。
B&Dの店員は研修を受けており、ふだんはここで測定したデータを元に、岐阜市の工房ミムラボでカスタマイズ・シューズを作る「adizero TAKUMI Special」を行っている。

・0.25cm刻みで左右のサイズ違いに対応
・足幅に応じた足型
・アッパーカラーは3色から選べる

ベースとなる靴は「アディゼロ タクミ 戦」で価格は21,000円。
通常価格との差は4,000円。
セミオーダーが+4,000円で手に入るのは安い。

今回つくる「MIMURA PREMIUM」が寿命を迎えた時は、ここで「adizero TAKUMI Special」をつくろうと思う。

新コース2度めの長野マラソン

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2013年12月 5日 (木)

100万円の価値がある!出遅れたMIMURA PREMIUM

いつもならば、まだマラソンとは縁遠い夏の日。
いつもの通り、スマホでtwitterのタイムラインを追っていて目が点になった。

MIMURA PREMIUM 受付開始!

adidas running のtweetだ。

MIMURA とは三村仁司さん。
有森裕子、高橋尚子、野口みずき、3人のメダリストが五輪マラソンで履いた靴の作者。
アシックスを定年退職した今は、岐阜で靴工房ミムラボを開設。
adidasと契約して、2012年には市販ランニングシューズ「アディゼロ タクミ 戦」を監修している。


アシックスの歴史を書いた著「オニツカの遺伝子」を読んで以来、三村仁司ファンだ。
「匠戦」は発売と同時に買い、2013年のレースで履いた。
もちろん、いい靴には違いないのだが、左右の足の違いは如何ともし難い。
右足は靴の中で遊び、いつも通りのマメができた。

バルセロナ五輪、女子マラソンの前日、有森裕子は故障を抱えており、棄権を考えていた。
有森裕子の足をみた三村仁司は、故障を抱えたまま走れる靴を一夜で製作。
有森裕子は銀メダルだ。

シドニー五輪では、高橋尚子に対して、左右の高さが違う靴を本人に内緒で渡していた。そして金メダル。

アテネでは金メダルのゴールテープを切った野口みずき、いきなり靴を脱いでキスをして見せた。


五輪選手のように、三村さんが作る靴を履くことができたら。
もしそんな夢が叶うならば、100万円の価値がある。
どこかのマラソン大会で、お楽しみ抽選会に「三村仁司に靴を作ってもらう権利」を出してくれないだろうか。
そんな妄想をしたこともった。

それはどうやら、現実になっているらしい。
第1回は遡ること8ヶ月。2012年12月に実現。
2013年4月には第2回が開催されている。
この時点で14人のランナーが、三村仁司監修によるオーダーメイドの靴を手に入れているという。
三村仁司ファンを自認しながら、出遅れていた。

【 第1回 】
2012年12月7日
アディダス ランニングラボ(B&D渋谷店内)のオープン日に初開催

【 第2回 】
2013年4月12日
事前予約者7名限定

【 第3回 】
2013年9月15日
事前予約者7名限定

【 第4回 】
2013年12月7日
第4回開催 事前予約者8名限定

■会場
アディダス ランニングラボ B&D 渋谷店
〒150-0002
東京都渋谷区渋谷2-22-8名取ビル1F
TEL03-5467-7271
営業時間
平日:11:00~21:00
土・日・祝日:10:00~20:00

新コース2度めの長野マラソン

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2013年12月 4日 (水)

撮れなかったロゴ

100m道路を2度目の青で渡りきると、その先は大須界隈。
その入口にあるのが、名古屋味噌カツの雄「矢場とん」
今はでかいビルに建て変わり、古き店の面影はない。
8月10日は昔から「矢場とんの日」
8月8日~10日 や・ば・とん祭り開催中だ。

名古屋の「矢場とん」に東京からも客が食べに来ていつも満席。
地元の人が入れない。
だったら、東京の客は東京で食べてもらおう!
という理由でできたのが矢場とん東京銀座店
オープンした2004年に行ったきりだ。

せっかく、名古屋に来たのだから本店で食べていこうか・・
そう思ったもつかの間、
開店まであと30分。まだ人気はない。

Yabaton


時計は10時30分を回ったところ。
次発のぞみ号出発まであと1時間。
大須散策に、はまる時間はなさそうだ。
大須のアーケードに足を踏み入れる一歩手前で引き返し、コメ兵本店、アメ横ビルにも行かず退路へ。

地下鉄「上前津」の駅まで歩き、鶴舞線→東山線へ乗り継いで名駅へ戻る。
名駅(めいえき)は地元のナゴヤ人が名古屋駅を呼ぶ時の通称である。

名古屋散策を終えて「N700Aに乗りたい!品川-博多の旅」に戻る。
名古屋止まりのこだま639号、700系がホームを開けると、次はのぞみ105号。
ホームの表示は「N700系」となっている。
これは品川駅と同じだ。

11:31
入線してきた電車。
先頭車両を遠目に見るうちは、まだそれが「N700」「N700A」「N700a」のいずれか判別できない。

1132

目の前を通過しようかとした瞬間「N700」のロゴがわずかに浮き上がっているように見える。

aだ!

慌てて、追いシャッターを切ると、ちょうど黄色い線の上を歩いてくる客がロゴとかぶった。

ここで a か・・・
大阪-名古屋というこの日一番短い区間で a 。
3種類の「N700」に乗るという望みがつながった!

事前の希望
【 1 】品川→名古屋 N700A
【 2 】名古屋→新大阪 N700

結果
【 1 】品川→名古屋 N700
【 2 】名古屋→新大阪 N700a(N700X番台)

今日「N700A」に乗れるか、残すところ新大阪からの1ダイヤにかかっている。

N700Aに乗りたい!品川-博多の旅

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2013年12月 3日 (火)

栄からパルコ 懐かしのコレクター人生の足あと

ナナちゃん人形の脇から地下街におりる。
9時15分、メイチカはまだ眠ったシャッター街。
大量の通勤客が乗降する大都市の駅で、商店街が10時まで閉まっているというのは珍しい。

914

地下鉄東山線に乗る。
今はSuicaが使える世になった。
名古屋から2駅。
名古屋の中心。繁華街「栄」(さかえ)で降りる。

地上に出ると名古屋テレビ塔
かつて、セーラー服おじさん安穂野香さんと出会った場所だ。

ふり返ると中日ビル
栄の景色はこの2点においては変わらない。

G-SHOCKコレクターの道に入った頃、足繁く通ったウォッチマンもこの近くだ。
しかし、店があった場所にはその跡形もない。

ちょうど納品をしていたダスキンのおじさんに聞く。
すみません、ウォッチマンってこのへんにありましたよね?

「あぁ、もう随分前になくなったよ。
今は***カメラとか、▲▲電気とかが一杯入ってきたからね」

仕事の手を止めて、じっくり説明してくれた、ダスキンのおじさん。ありがとう!ますますのご発展を祈ります。

栄交差点の角、三越の一階に入っているナイキショップ
ノモマックスがきっかけで入った靴コレクターの道。
その入口がこの店。

Nike_shop


何度も通い、よく電話もかけた。
でも、結局この店で大物をゲットする幸運には恵まれなかった。

一方、その幸運に何度か預かったのは
パルコそばのナイキショップ「ビースクエア」
こちらは店そのものがなくなっていた。

パルコそばといえば、西によいパパのアサヒドーカメラ。
2店めの方は残っていたが、派手なテレビCMの割には

せまっ

と誰もが驚いた本店は、もうなくなっていた。

若宮大通り、通称100m道路を渡る。
名古屋ウィメンズのコースになっている。
道幅が100mあるから100m道路。

歩行者信号が青になっても、1度で渡りきるのは難しい。
渡りきるのを断念して止まった中央分離帯には、琴線に触れる怪しげな建物。
近所の高校生がたむろしている。
ここを目当てに来たものの、演っていなかったというところか。

100m

和風のスリラーには目がない。
演目がかかっていれば、ぜひとも覗きたかった。

N700Aに乗りたい!品川-博多の旅

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2013年12月 2日 (月)

大名古屋ビルヂングがない

三ヶ日に並んでいるSONY、Panasonicが見えると、愛知県に入った目印。
再び、陽が出てきた。

iPhone5はLTEでネットがつながっている。
パソコンを使うならば、列車内のWi-Fiではなく、スマホによるテザリングが手堅い。

8:31
「ただいま時刻通り三河安城を通過しました」

8:41 名古屋着

今回は名古屋で長めに時間をとっている。
次発は11:32
のぞみ105号
およそ3時間ある。
事前にいくつかのプランを練った。

候補1
トヨタテクノミュージアム
名鉄栄生(さこう)駅徒歩3分
9時30分に開く。
トヨタ博物館のオートモ号がこちらで見られるかと調べたが、展示してあるのはトヨダAA型。

候補2
ボークス名古屋ショ-ルーム
11時に開く

候補3
味仙矢場店
11時30分開店
あの炒飯をもう1度食べたい。

候補4
愛・地球博記念公園
モリコロパーク
地下鉄とリニモを乗り継いで45分
8時開園

結局はすべて見送り、懐かしの栄、矢場町散策にした。

まず初めにコンコースでお土産確保。
親せきの誰もが大好きな「ゆかり」の袋入り。
エビフライを抱えたご当地くまモンをゲット。

名古屋駅を広小路通り側へ出る。
名古屋市政100周年モニュメント「飛翔」は変わらずにそこにある。
だが、去年まではあった大名古屋ビルヂングがない。

ナナちゃん人形は変わらずにそこにある。
今年はビアガーデンの宣伝モード。
着ているのはウェイトレスの制服か?

N700Aに乗りたい!品川-博多の旅

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2013年12月 1日 (日)

Outlook2003 失われたクィックフラグ

Outlook2003を使い始めて4ヶ月が過ぎたある日
日々感じていた不満が、ひとつの疑問として結実した。

このフラグ、差出人の左に来ないのかな?

フラグが右端にあると、マウスの移動距離が長くて効率が悪いよ。
これは、きっと表示の並び順が変えられるんじゃないかな?

表示の並び順を変えるのは、Windowsソフトであれば大概同じ要領だ。
インターネットでしらべるまでもない。
設定を変えたい場所を右クリックすれば、コンテキストメニューが出る。
その中に設定変更のメニューがあるはずだ。

旗アイコンのあたりを右クリック
現在のビューの編集
[フィールド]クリック
右側のボックス「表示するフィールドと順序」の中に「フラグ」がある。
これを[上へ]ボタンで順番を上げる。
差出人の上に置いて[ OK ]
[ OK ]

おぉ、できるじゃん
右端にあったクイックフラグ=旗アイコンが、差出人の左側に移動した。
これで、マウスポインターを画面右端まで走らせなくて済む。

さっそく新着メールの件名を見ながら、
要処理のメールの右端をクリック!

あれ?
立たない・・
何度クリックしてもクィックフラグの旗が出ない。

ここで、グーグル先生に登場を願う。
キーワード「Outlook2003 クリックでフラグの設定」
すぐにMicrosoftの情報が見つかった。

そこに書いてあったことは
「クイックフラグは、メッセージ一覧の右端でなければならない」という制約があるということだ。

あぁそうなのか。
それならば仕方がない。
クイックフラグの便利さを失うわけにはいかないので、すぐに言うことを聞いて元に戻す。

再び、右端に戻ったクィックフラグ
要処理のメールの右端をクリック!

立たない!

そんな殺生な。
一度、変えてしまったらもうダメなのか。

試しにOutlook2003を一旦閉じて起動してみたがダメ。
WindowsXPを再起動したがダメ。

結局、Outlook2003に乗り換えて、唯一便利だと思っていた大切な機能を手放すことになった。
こんなことならば、先にGoogle先生の門を叩けばよかった。
Outlookという、Microsoftのベーシックなソフトに、仕様の制約があるなんて誰も教えてくれなかった。

さて、受信トレイでは失われてしまったクイックフラグだが
「フラグの設定されたメール」フォルダー内では、まだ生きている。
メールを右クリック>フラグの設定 でフラグを立てる。
つづいて「フラグの設定されたメール」フォルダー内で、メールの要件を処理。
そこで、フラグ列の旗アイコンをクリックすると「レ」に変わり、フォルダーから見えなくなる。

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