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2014年9月 6日 (土)

思い込みは、目に見えるものごとの姿かたちを決める際に色濃く反映する

3,000年つづいた樹齢が、ほんの少し前に途絶えたのか。
僕が来る、そのわずか前に。
脳がストーリーを組み立て始める。

そういえば、ネットで川古の大楠を検索した時に、あまり新しい記事がヒットしなかったな。

twitterで川古の大楠に行くことをつぶやいた時も、武雄全般のなかでそこだけ、反応が薄かった。

ここまで来る時にしてもそうだ。
カーナビを見ていたから、あっここで曲がらないとと気づいたものの、交差点には「川古の大楠」の看板が出ていなかった。

そこにあったものが無くなった時、人は2通りの態度をとる。
1つはそこにあったことを記憶に留めようと、積極的に保存を進めようとする。
もう1つは、無かったことにするということだ。

つい最近、開催予定だったイベントを「元からなかったことにしてくれ」という依頼を受けたばかりだったことも、その印象を強めることに一役買っていた。





思い込みは、目に見えるものごとの姿かたちを決める際に色濃く反映する。



せっかく、こんな田舎まで来たのに。
せっかく、・・・
いや、待て。
ここで立ち止まって、考え直してみた。
止観だ。




確かに川古の大楠は目の前にない。
いくつかの状況を総合すれば、それも納得がいく。
だが、前提が間違っていないか?

たとえ、対象が存在しないとしても、ここでUターンするのは早計じゃないか?
確かに、川古の大楠まであと200mといった看板はない。
それでもあともう少し、この細い路地を進んで、山や川に行き着くところまで行ったっていいじゃないか。

九州西端のお日様は、それを許容するだけの高い位置にある。
時間はたっぷりあるのだ。



再び、車に乗り込むとハザードを消して、直進を続ける。
雰囲気を感じるために、運転席の窓を開けた。
道幅は車1台通るのがやっと。
対向車が来ないことを祈りながら、時速10キロで進む。



すると、雰囲気が出てきた。
150mほど往くと、森の気配が漂ってきた。
そしてあと50m進むと、右手に枝ぶりが見えた。



帰らなくてよかった^^;)



右手に川古大楠公園
道路を隔てて空き地。
ここが駐車スペースなのだろう。
奥に車が停まっていて、それをふさぐカタチにはなるが、公園内に観光客らしき姿はなかった。
恐らく、地元の人が終日停めているような車だろう。



とり急ぎ、一眼レフとスマホだけを提げて公園に入る。
来客は僕1人。
公園脇の売店内には、複数の人影が見える。
民芸品・記念品というよりは、地元の農産物を直売している店のようだ。



よそ者が来たぞ。
ここらでは見かけん顔じゃ
と台詞を想像しながら、できるだけ店内に関心がない素振りで園内を一周する。



裏側に回ると、樹幹には僧行基が刻んだと伝えられる幹周りの観音像跡。
剥落したため、隣りにある観音堂に安置されている。



Photo_2




一眼レフで3枚
いつか壁紙に使おうとスマホで2枚
その中でも一番珍しく撮れた写真は親友に送ってあげたい。



つづく



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