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2014年10月の31件の記事

2014年10月31日 (金)

長野久義を置いてでも、巨人が獲りたかった大田泰示

もうダメかと思っていた
いや、まだダメかも知れない

それが巨人大田泰示の現状である。

大田泰示(おおた たいし)は、2014年シーズンでようやく芽が出かかったNPB選手。
東海大相模高校-巨人
外野手 右投げ右打ち
身長188cmは岡本和真よりも5cm高い。

1990年6月9日
広島県三次市生まれ。
広島出身だが、かぷーは大田泰示をドラフトで指名していない。恐らく、交渉権を得ても入団の見込みが薄いという調査結果だったのだろう。

2004年12月
広島県福山市民球場で行われた巨人主催の野球教室で原辰徳に打撃を褒められる。
驚きなのは、かぷーのお膝元で巨人が野球教室をやっているということだ。
プロの試合はフランチャイズ制で保護されており、無断で開催できないが、野球教室は仁義を切る程度でできるのだろう。

2005年
原辰徳の母校 東海大相模高校(神奈川)に入学。
2年までは三塁手、3年から遊撃手。

2008年10月15日、大学進学を表明していたが一転、締め切り日にプロ志望届けを提出。
希望球団は巨人。
巨人以外からの指名ならば、進学する見通しと報じられた。

2008年10月30日
第44回ドラフト会議
2005年開催のドラフト会議より、高校生と大学生・社会人が分離され「高校生ドラフト」が別日程で行われていた。
2007年10月2日に、2008年から元に戻し合同開催とすることが合意された。

大田泰示を巨人と福岡ソフトバンクホークスが1位指名。
抽選で巨人が交渉権を獲得。

それまで、抽選で4連敗だった原監督が左手で引き当てたが、それは秋山監督が引いたあとの残りくじ。
別に右手で引いても当たりだった。

巨人は2位でホンダの長野久義(2006年ドラフトで日本ハムに4巡目指名されたが辞退して本田に入社)を指名する予定だったが、2巡めでは指名順が早いロッテが指名。
結果的に長野久義はホンダに残留して、翌2009年ドラフトで巨人の指名を受けた。

このドラフトでは、長野久義をロッテにさらわれた巨人は、指名順が逆順になりロッテより早い3順指名で、ロッテが獲得をめざしていた斎藤圭祐(投手 千葉経大付高)を指名した。

大田泰示は、長野久義を2巡にしてでも獲りたい逸材だったのである。

2008年11月15日、大田泰示の背番号が55に決まる。

巨人は、松井秀喜がメジャー移籍後、55を空き番にして復帰を待っていた。
55を大田泰示に渡すことは、事前に松井秀喜に相談して了解を得たと報じられた。

つづく

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2014年10月30日 (木)

「大人の迷子たち」を速読できない理由

「大人の迷子たち」岩崎俊一 を読み始めて3日目になる。
これは、自分としてはかなり遅いペースだ。

毎年、本を1000冊読むことにしている。
365日で割ると、1日3冊。
平日は3冊読めないので、平日は1冊
あとは週末で挽回する。
遅れている時は、1日図書館にこもったりもする。

したがって、平日は1日1冊ペース。
しかし、大人の迷子たちはこれで3日め
しかも、まだ15話
収録されているのは全49話だから、まだ3分の1に到達していない。

もったいないのだ。
一言一句、かみしめたい。
自分で買った本だから、いつでも家の本棚にある。
速読して何度でも読み返せばよいのだが、そうもいかない。

それは、ずっと、書籍化を首を長くして待っていたから。
49話ということは49ヶ月。
およそ4年分。
一か月楽しみにして待ち、あっという間に読み終え、また翌月を待っていた。
それが新書「大人の迷子たち」では4年待たずに、すぐにでも読めてしまう。

今年になってファンになったばかりなので、まだ半年しか待っていなかった。
3年半も待たずに済んでしまったということは、なんとお徳なことか。
自分が知らなかった時に書かれていたものを、後世に知り、まとめ読みできる。
これが、読書を趣味にしていて、とてもお徳と感じる一瞬だ。

このまま、読み進めるとあと2~3日
読み終えるのは惜しい
週末は別の本をいくつか速読して、
続きを週明けに再開しようと思う。

幸せな時は今、この時だ。
読んでいる間、自分は愛と光に包まれる。

読み終えたら、家族に渡して、そのすがすがしい気持ちをお裾分けしたい。
でもなんと言って薦めるかが、とても難しい。

以前、人に本を勧めた時
なんと言っただろうか。
僕が勧めた本を、その足で買いに走ってくれた友達がいた。
(その時の本は「運命を変える技術」加藤眞由儒)
確か、その友達の境遇において、この本が最強のバイブルとなるだろうことを説いたのだった。

「大人の迷子たち」には実用書のような即効性はなく、誰かに強い力を与える本とは言えない。
では、どんな本かというと、1話読むごとに、自分のなかに仕舞い込んでいた記憶、考え。
それも、いつでも取り出せる場所にではなく、かなり深い場所。
なにか、きっかけがない限り、自発的には絶対に想起しない場所。
そんな懐かしい気持ちに、橋が渡される本だ。

1話ごとに蘇る感情は違う。
心温まる話しもあれば、時に息苦しく感じる話しもある。

あ、まだ3分の2読んでいないのだった。

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2014年10月29日 (水)

サルース「大人の迷子たち」出版! 岩崎俊一さんの回復を祈る

SALUSの中盤を飾る「大人の迷子たち」

遠い昔に忘れてしまっていた、懐かしい感情が呼び起こされる。
何度か読むうち、ファンになった。
この人の文章をもっと、読みたい。

著者紹介には既出の著書が1冊だけあった。
「幸福をみつめるコピー」
すぐに、取り寄せて読んだ。

それは、氏のコピーライティングのバックグラウンドを描いた文章であり、エッセイ「大人の迷子たち」とは、空気が違っていた。
出版されてから年月を経ているためか、現在の筆風とも違うように思う。

「大人の迷子達」をまとめて読みたい。
既出のものもすべて。
それ以来、SALUSを開くとそのお知らせを探した。

半年が過ぎた2014年10月
サルースの「大人の迷子たち」が本人なりました

いよいよ、この日がきた。
待ってました!
いや、待ちわびていた。

ページの左側が「大人の迷子たち」52回
右側が新書の広告
その広告には一篇の「大人の迷子たち」が添えられている。
だが、途中で終わっている。
ひどい
ではなくて、ニクイ^^;)

早速、アマゾンで検索すると「一時的に品切」
入荷は未定。
そんなの待っていられない。
今すぐ読みたい。

そうだ、東急ストアに行けば、置いているに違いない。
東急に引き返す。
だが、マガジンスタンドにあったのは、テレビや女性雑誌と占いやダイエットの本。
「大人の迷子たち」はない。

そこから、最寄りの書店に電話をかける。
3軒めに在庫があり、すぐに走った。

SALUS11月号「大人の迷子達」52回
著者は昨年から長期療養中であることを明かしている。

夜中に覚醒して眠れない辛さ。
ついこの間、味わったばかりだから身につまされる。

知らない人だから当然なのだが、文章だけで接しているから、当然病床にあることを知らなかった。
早く健康を取り戻して、町へ出て、現代の風をその暖まる言葉に変換してほしい。
自分とはなにかを見つけづらい、現代の大人たちのために。

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2014年10月28日 (火)

SALUSで楽しみなのは「大人の迷子たち」

よく東急ストアに買い物に行く。
ほどほどの価格。
清潔な店内。
いろいろと店を選ぶ基準はあるが、駐車場のひと枠の幅が広い。
これが決め手である。

店舗によっては、いちいち駐車券をとって
「****円以上」
お買い上げなければ、駐車料金をとるというところもあるが、そういう所は避ける。

スーパーにはいろいろな特売日があり、このチェーンもご多分に漏れない。

日曜日はお寿司の日
火曜日は野菜の日

以前、曜日セールに「魚河岸まつり」というのがあった。
エレベーターに乗り合わせた小ぎれいな主婦が壁のポスターを読み上げる。

「ぎょががんまつり・・」

だんなに「おいおい」と突っ込まれていたのには笑った。

さて、特に曜日セールにお目当てはない。
行けるのは、週末に限られている。
野菜の日に行きたくても行けない。

それでも一つだけ、楽しみにしているものがある。
月が変わり、下旬にさしかかる頃。
それは雑誌の月号基準日である21日をまたぐかどうかという頃だ。

雑誌は21日を過ぎると、翌々月号表記ができる
10月20日発売の号が表示できるのは、11月号まで。
10月21日発売号は12月号表記ができる。

レジでお金を払い、レジ袋や、夏場ならばドライアイスのコインをもらってサッカーカウンターへ。
かごの置き場所を見定める時、地域イベントのお知らせや、東急宅配サービスのチラシに混じり、ひときわ異彩を放つ誌面を探す。

あった! SALUS

SALUS(さるーす)は、東急電鉄沿線情報誌。
表紙は毎号、洒落たスイーツが飾るため、いわゆるスーパー系情報誌とは趣が異なる。

毎月20日発行のこの雑誌は、10月20日に11月号が並ぶ。
有償の雑誌ならば、滅多にないことだ。
以前、集英社が20日発売の青年誌を発刊した。
20日に書店に並ぶ雑誌はほとんどない。
そこに1誌だけ「今日発売」として並ぶ。
まさに、1日勝負。
その雑誌は、数年で休刊した。
より先の月号を表示しなければ売れないということはないので、それは内容の問題だろう。

さてSALUS。
その情報価値は高い。
定期刊行物として目黒区立図書館に蔵書されているほどだ。

帰宅してアイスを冷凍庫に入れ終えると、早速ページをめくる。
子供の頃、少年ジャンプを買って帰り、まっさきにお目当ての漫画を探した時のように。
お目当てのページは、冊子の中央あたりにある。
タイトルは「大人の迷子たち」
「21世紀に間に合いました」などの名作を書いたコピーライター、岩崎俊一が連載するエッセイだ。

つづく

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2014年10月27日 (月)

第二期日本シリーズという興行は潮時だ。

2008年
前年、リーグ優勝の巨人がクライマックスシリーズ・セカンドステージで3連敗。
何もできないまま一方的に負けたことにより、わずか1年でルールが見直された。

1stステージのルールはそのまま。
セカンドステージでは優勝チームに1勝のアドバンテージが与えられた。

その結果、セリーグ、パリーグともに優勝チーム(巨人-西武)が出場。
日本プロ野球機構の皆さんが胸をなで下ろす結果となった。

2009年
パリーグ、セリーグともに優勝チーム(日本ハム-巨人)が出場。
2年連続で、優勝チームが出場。
表だった不協和音は起こらない。

2010年
パリーグ3位ロッテとセリーグ優勝中日が対戦。
パリーグ3位のロッテが日本一となり「下克上」という言葉が使われた。
前年最下位のチームが、翌年、力をつけて優勝するというならばこの言葉は言い得ている。
だが、一旦負けたチームが敗者復活戦という救済策によって黄泉がえり、どこが下克上なのか噴飯ものだ。

2011年
パリーグ、セリーグ共に優勝チーム(ソフトバンク-中日)が出場。

2012年
パリーグ、セリーグ共に優勝チーム(日本ハム-巨人)が出場。

2013年
パリーグ、セリーグ共に優勝チーム(楽天-巨人)が出場。

2014年
パリーグ優勝ソフトバンク、セリーグ2位阪神が出場。

2004年からの第二期日本シリーズは過去10回行われた。
最多優勝チームは、西武 ロッテ 巨人(2回)
日本ハム 中日 ソフトバンク 楽天が1回となっている。

リーグ優勝チームが「日本一」となったのは 6度。
2位チームが3度、3位チームが1度。

クライマックスシリーズ導入以降7度の「第二期日本シリーズ」では、優勝チームどうしの対戦となったのが5度。
結果オーライだった。
また、優勝チーム以外が出場した年も、首位から3位までが僅差だったため、このルールの不合理さはあまり話題にならなかった。

迎えた2014年、11度めの第二期日本シリーズ。
リーグ戦で首位に5ゲーム差を付けられたチームが日本シリーズに出場するのは史上初。
「パリーグ王者として戦う」という負けられないチーム、勢いにのって戦うという何を背負っているのかわからないチーム。
この興業試合は、そろそろ年貢の納め時だと思う。

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2014年10月26日 (日)

11度めの第二期日本シリーズ開幕

巨人4連敗が景気にもたらした悪影響は、日本全体をみた時、小さくないと思う。
クリスマスケーキの予約も終わり、もうすぐそこに手が届くという時
「今年のクリスマスは中止になりました」というようなものだ。


それでも、日本シリーズが始まっている。

日本シリーズは1950年に第1回が開催された。

1950年、日本プロ野球がセリーグ8球団、パリーグ6球団に分割。
その年の11月に第1回「日本シリーズ」を開催。
パリーグの覇者毎日オリオンズがセリーグ覇者松竹ロビンスを4勝2敗で破り、初代の「日本一」となった。

その後2003年まで、日本シリーズは日本プロ野球、その年のリーグ優勝チームが出場し「日本一」を決する選手権試合として行われてきた。
途中、1973年からパリーグが2シーズン制を敷いていた時代はあったが、前期・後期の覇者でおこなうプレーオフの勝者を「優勝チーム」として日本シリーズに出場させていたのであり、優勝チームどうしが対戦して日本一を決めることに変わりなかった。

歴史が変わったのは2004年。
パリーグで年間の1.2.3位が戦うというプレーオフが始まる。
優勝は1位チームなのだが、日本シリーズにはプレーオフの覇者が出場する。
そこで、日本シリーズは日本選手権ではなく「パリーグとセリーグの代表が対戦するカップ戦」となったのである。

その後、2007年からはセリーグも相乗りしたクライマックスシリーズが始まり、現在に至る。
ここでは現在の日本シリーズを「第二期日本シリーズ」と呼ぼう。

「第1.5期日本シリーズ」の3年間

2004年
パリーグはプレーオフ勝者が日本シリーズに出場するというルールに変わる。
パリーグ2位西武 対 セリーグ優勝中日が対戦。リーグ戦2位の西武が勝った。
年間リーグ優勝チーム以外から「日本一」チームが誕生した初年である。

2005年
パリーグ2位ロッテ 対 セリーグ優勝阪神が対戦。リーグ戦2位のロッテが勝った。

2006年
パリーグ優勝日本ハム 対 セリーグ優勝中日が対戦。日本ハムが勝った。

パリーグのみプレーオフという「第1.5期日本シリーズ」は3度行われて、優勝チームが1度、2位チームが2度「日本一」となった。

第二期日本シリーズの歴史

2007年
セリーグも日本シリーズの予選会を始める。
両リーグで同じ競技方式のクライマックスシリーズを実施。
その勝者が対戦する大会に替わる。

初年度はセカンドステージのアドバンテージ1勝という制度がなかった。
セリーグ2位だった中日は阪神を破った後、東京ドームで巨人に3連勝。
セリーグ初の優勝していないセリーグ代表となった。

パリーグ優勝日本ハム 対 セリーグ2位中日が対戦。
リーグ戦2位の中日が勝った。
この年、メディアは讀賣新聞を含めて、勝者を「日本一」と表現した。

つづく

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2014年10月25日 (土)

東京五輪2020とスポーツボランティアを巡る現状

東京五輪まであと6年を切った。
日頃、スポーツやイベントとはなんの関わりもない一般市民にとって、五輪に参加する手段のひとつがボランティア。
スポーツの世界には「スポーツボランティア」という領域がある。

その役割は
【 1 】アスリートが、練習の成果を十分に発揮できる環境を提供する(するスポーツ)
【 2 】観衆(観るスポーツ)と主催者の境界で、円滑な運用を行う

スポーツの3要素「する」「観る」を「支える」のがスポーツボランティアの役割である。

スポーツボランティアの活躍場所として、近年知名度が上がってきているのは「マラソンのボランティア」
東京マラソンが2007年の第1回大会で、いきなり定員を超える1万人のボランティアを集めたことが大きな話題となった。
それまでボランティアといえば「なり手のないもの」だったからである。

大会名は伏せるが、ある地方のマラソン大会。
毎回、全国から「旅ランナー」がやってきて、定員はいっぱい。
走りたくても走ることができない人気の大会だ。

だが、それを支えるスポーツボランティアの定員は、なかなか埋まらない。
地域の自治体で輪番制をとり、ようやく人員を確保している。

また別の地域で行われる大会では、中学生高校生を日曜日に学校行事として、ボランティア動員して大会を運営している。

ボランティアを支えるのは定年退職リタイア後の高齢者。
だが、1万人規模が必要な大会では数が揃わない。
そこでは、社会に出る前の就学生が頼りになる。

活動の場は、地域のスポーツ大会、スポーツイベント、そしてプロスポーツに及ぶ。
たとえば、あるJリーグクラブ。

スポーツボランティアを組織しているが、それだけではスタッフ定員が埋まらない。
そこで、スポーツボランティアで不足する定員数をアルバイトで補っている。
有料の興行だから、すべて有償のアルバイトが働いているかというと、そうとは限らない。

こういった光景は、スポーツイベントでも散見される。
高齢者のボランティア、派遣社員の若者たち。
一見したただけで、その違いが分かる。

大半のスポーツ大会では、潤沢な予算はつかない。
だから、ボランティア。
スポーツボランティアは、不足する労働力を補うという発想だった。

それが、東京五輪を控えて変わり始めている。
「するスポーツ」がいいに決まっている。だが、それは素人には叶わない。
観るだけではもの足らない。
そこで、大会に一枚かみたい人たちが考えるのがボランティア。

2014年10月24日のNHKテレビ番組によると
「ロンドン五輪では7万人のボランティアに対して3倍強の応募があった」という。
東京では、さらにその上を行くことだろう。

大会主催者は、より質の高いスポーツボランティアを求めて、その組織化に余念がない。
抽選で当たる、先着で滑り込む。
もうそんなことでは「支えるスポーツ」の側には入れない状況が始まっている。

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2014年10月24日 (金)

我が心のテング熱 一件落着

そこは人気の高い都立病院。
いつもは予約がいっぱいでなかなか受診できない病院だが、なんとか今日の外来時間ぎりぎりで見てもらえることになった。
よかった。
それだけでも、百人力を得た気分だ。

ファースト先生から処方された薬を持っていこう。
いつも、処方箋薬局で薦められては辞退している「お薬手帳」があれば、こういう時には便利だな。
でも、要らないけど。

しかし、朝食を摂り、最後となる1錠を飲み終えると、その袋をその場に置き忘れてしまった。
風邪を引いて、意識が朦朧としているような時、
複数のことを同時にすることが難しくなるのだ。
なにか1つのことをすると、やろうと思っていたことを忘れる。

空は晴れている。
こ高い場所に行けば、富士山だって見えているだろう。
それは救いだ。

48時間ぶりの"徒歩"は思いの外、きつい。
よく、これと同じ体でマラソンを走れるものだ。
マラソンを完走することは、数回続けていると当たり前のように思えてくる。
だが、そうではないのだ。

今年の長野マラソンのように、7ヶ月準備万端整えても、直前の風邪で台無しになってしまう。
健康を維持して、鍛錬を積み重ね、本番を健康な状態で迎える。
その上にスポーツは成り立っている。
スポーツの一線にいるということは、まさに奇跡のようなことだと改めて思う。

まず、受診相談で状況を詳しく話す。
「最近、テレビでも報道されているから、それは心配ですよね」
受付の看護師さんはそう言うとすぐ、そこの自販機でマスクを買うよう指示した。
そうだ、マスクを玄関に置いてきたのだ。

内科への受診申込みの書類を提出。
"保険証の確認"にしばらく時間がかかる。

それが受理されると、今度は内科窓口へ診察票提出
しばらく待つと、セルフサービスで検温と脈拍取り。
それらを経て、病院の玄関をくぐってから90分後。
ようやく診察の順番が来た。

都立病院だから、町医者とは視点の異なる診察が行われるのだろう。
唾液を採取して、それが検査チームに回される。
検査医師からデータをもらった先生が言う。

「感染の危険性もありますし、安静にして点滴を受けてもらいたいので、数日入院していただきます」

そんな甘い言葉がささやかれる情景を思い描いている。

かつてこの病院で、まったく予期せず「入院してもらう」と言われて以来、入院機会というものは、自分の想像に反してやってくるものだと認識している。

さて、セカンドオピニオンとなる先生。
町医者で語ったことに習い、外苑に行った時蚊に刺されました。と告げる。
前回は「仕事?」と聞き返され、今回は「なんで?」
要するに、わざわざやばいと言われているところに行く神経がわからん。
ということなのだろう。

「いや、それはないでしょう」
今回もあっさり、我がテング熱は却下されてしまった。

おかしいなぁ
ファースト先生のところで薬も出してもらったんでしょ~
理由は分からないけれど、もうそろそろ熱も下がってくる頃だと思いますけどね。

こんなに患者の前でギブアップしてみせる内科医を初めて見た気がする。
わからないけれど、最悪ではない。
言えることは、それだけだ。

町医者のファースト先生でさえ、胸や背中をみてくれたのにそれも無し。
聴診器もない。

「ファースト先生とは銘柄を替えた薬出しますから、これで様子を見てください」

まさに90分待ち、5分診療。
お引き取りを乞われ、そうそうに退出した。

結果的に、セカンド先生の予言はぴたりと当たり、
その日から体温は下降線を辿り、熱発から5日終了時点で、仕事に復帰できる程度に回復した。
それにしても、この高熱はなんだったのか。

我が幻のテング熱
テングに化かされたような、奇妙な日々であった。

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2014年10月23日 (木)

テング熱でみる48時間ロングランの夢

医師に薬を処方され、これで様子を見ましょうと言われると安心する。

「安静それから、しっかり栄養を摂ってください」
ファースト先生は言った。

いつもならば、炭水化物は最低限に抑えるが、今朝はご飯を多めによそって食べる。

食べて薬を飲む。
すぐに寝る。
時々目が覚めてはOS-1を摂る
そうして1日が過ぎた。
だが体温は37.0~38.1の間を行ったり来たり。
低下のフェーズには入って行かない。

一連のストーリーの夢を見ている。
仕事で何かの手順書を作っているようだ。

その手順には一定の法則があり、最後の1ピースを埋めて出来上がり。
しかし、後ほどまた同じ夢を見た時には、またも最後の1ピースが埋まっていない。
いつもならば、一旦目が覚めてしまうと、そのストーリーはそこで終わる。

だが、ずっと床に就いていると脳がわかっているせいか、再び眠るとつづきが始まる。
ほぼ48時間、150ページの新書が書けそうなほどの長編だ。
でも、同じようなことを繰り返しているだけで、あまり展開がないところがつまらない。
これだけ、脳を使うと、寝ていながらも体力を消耗してしまいそうだ。
・・・と夢の中で考えているが、それが現実なのかは曖昧だ。

2日目も同様に過ごす。
熱は下がらない。
数時間ごとに目が覚め、枕元のOS-1を1口流し込む。
がぶ飲みはいけないと言われたが、ここまでちびちび飲むのも熱が下がらぬ一因のような気がしてきた。

いくら、日頃の疲れが溜まっているとはいえ、さすがに48時間もつづけて寝込んでいると、眠れなくなってきた。
さらに夜。
ただでさえ眠れないところに、膝から下がぞわーっとくる「むずむず脚症候群」が追い打ちを掛ける。
こうなると、ベッドにヨコになることさえ難儀だ。
足をマッサージしても治らない。
鉄分不足が原因らしいので、サプリ「鉄」を摂ってみるが、速効で効くわけもない。

眠れないのは辛い。
起きていると、鼻水、鼻づまり、頭痛、足を襲うぞわーっというむず掻ゆさ、あらゆる不調を自覚しなければならない。

3日め
朝の検温は38.1度
2本買ってきたOS-1も飲み干してしまった。

結果が出ていない
ということは、病院でもらった薬が効いていないということだ。
このままでは、先行きが読めない。

人は先が読めるから安心できる。
"37度の熱ならば1日寝れば下がる"といった経験則があるから、未来がよくなることを信じて、今目の前のこと、今この時でいえば、安静に徹することに集中できる。
だが、この未経験の高熱維持には、先が読めない怖さがある。
そろそろセカンドオピニオンを求めよう。

熱発してから3日めの朝、都立病院の内科を受診する。
ここならば、充実した検査設備もある。
より具体的な病名、もしかするとあの病名か否か?
という当初からの懸念に答えが出るだろう。

つづく

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2014年10月22日 (水)

テング熱 一笑に付される

診療時間 平日9時より

机の引き出しからカード入れを取り出す。
そこには、滅多に使うことのない会員証、診察券などがまとめて置いてある。
その中から最寄り医師の診察券を発掘すると、そこに書かれていた。
最後に行ったのはいつだったろう。
ここ数年は、早めのパブロンで治ってしまう風邪ばかりで、ここまで重症のものはなかった。
そもそも、このようにただ熱だけが出るという症状は風邪と言えるのかもわからない。

15分前に待合室に着くと先客は2人。
だが、順番を書き込む表には既に8人の名前が書き込まれている。
順番をとって一旦帰宅。開診時間にはいって、頃合いをみてからやってくるのだ。

平日の日中、来客はほとんどが高齢者だ。
誰一人、スマホにらめっこをしている人はいない。
病院だから誰もが自粛しているというよりは、ここにいる誰もがガラケーさえ持っているか怪しいという客層だ。

本を読むとエネルギーを消耗するので、目をつぶりじっとして順番を待つ。
病院の待合室は誰もが話す元気がないのか、互いに話すことは禁忌なのか、とても静かなのがありがたい。

薬だけ欲しいんですけど・・・
こういう客が次から次にやってくる。
受付事務員は、あぁいいですよ
と気軽に応えている。

薬品メーカーらしきおじさんが、医療薬の納品にくる。
なにかの集金のおばさんも来る。
町内会の伝達におじさんがくる。
そのうち、ヤクルトのおばちゃんとかも来そうな勢いだ。

70分ほどで自分の順番がきた。

「どうしました~っ?」

仮にこの先生をファースト先生と呼ぶ。
ファースト先生は、スポーツチームの監督あるいは、プライドに出ていたプロレスラーのような愛らしい顔をしていて、親しげに声をかけてきた。

ここまでの推移をメモしてきた紙を読み上げて説明する。
そして最後に、
3日前に外苑に行ってその時蚊に刺されたんですけど
と告げると
「いやぁ、それはないと思うよ~」
と一笑に付された。

それでも、お腹と背中を開けて見て、発疹がないかをチェックしてくれた。
現代はインターネットで検索すると、具体的な症例が載っている。
高熱、筋肉痛は風邪ではよくある症状。
そこで発疹の有無チェックが、あの病気ではないという判断基準になる。

抗生物質
のどの炎症を停める薬
解熱剤

3種類が処方された。
処方箋薬局でOS-1を2本買って帰る。
この時点で長期戦を覚悟していたわけではなく、1本は買い置きという考えだった。

つづく

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2014年10月21日 (火)

神宮で蚊に刺された テング熱を疑う

先日、神宮外苑に居た時のこと。
木陰に立ち尽くしてから、およそ1時間が過ぎた頃、足下にちくりと痛みを感じた。

あ、蚊に刺されたな

その瞬間にあの病名が頭をよぎった。
確か感染を媒介した蚊が出没すると報道されていた場所はこの近くだった。

不注意ではあったが、刺された後に考えても仕方ない。
「蚊に刺された程度」
というのはたいしたことがないという比喩に使われる。
たいしたことないさ!
そう言って、簡単に片付けた。

その翌日の夜、いつものように居間でくつろいでいると寒気がした。
寒いうえに、けだるい。
確かテレビのお天気コーナーで、急に気温がさがったと言っていたな。
そろそろ暖房が必要な季節がやってきたのだ。
エアコンを入れて暖をとるかと思ったが、それ以上に体が安静を欲していたので、いつもより早く床に就いた。

翌日は朝から倦怠感に包まれていた。
風邪の初期症状だ。
早めのパブロンを飲んで、回復を待つ。
しかし時間が経つにつれて状態は悪い。
そこらを歩いただけで、関節や筋肉の節々が痛む。
はて、何か肉体労働をしただろうか?

体が疲れている。
少しの距離を歩くのも辛い。
こんな日は、早々に帰宅して静養するに限る。

さて、12時間睡眠をとり目覚めた朝。
昨日よりも頭はすっきりしている。
よし、風邪は抜けているな。
これならば、仕事に行けそうだ。

そうそう、ここ数日、検温をしていない。
一応、体温を測っておこう。
そうすれば、安心して仕事に行ける。

しかし、テルモデジタル体温計が示した数字は意外なものだった。

37.9

え゛嘘だろ
平熱は35.7度あたりなのに。
もう1度測ってみる。

38.0

いつもの風邪では、熱は37.0までしか上がらない。
それより、さらに1度上を行っている。

行き先は会社ではなく、病院に変わった。
まさか、あの病名ではないだろうか?
この高熱は尋常ではない。

つづく

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2014年10月20日 (月)

部署が違うからわかりません

入会時は6~12時間以内に反映されたのに、退会時は48時間を過ぎてもデータが反映されていない。

もう1度、メール解除ページへアクセスする。
すると、今度は「ID」「パスワード」を求めてきた。
記憶に新しかったアカウント情報を入力。
しかし、認証されない。
パスワード再発行
をクリックすると
"メールアドレスが存在しません!"
というエラーが返った。

つまり、退会処理は終わっているので、再度の購読中止処理はできないということだ。


「購読中止処理が終了しても一定期間、送信されてしまうことがある」
と弁明を書いているウェブサイトが多い。

これは、会員データベースからメルマガ送信データベースへデータを受け渡すバッチ処理が日次あるいは*日に1回であり、その間に一定回数のメルマガが出てしまうかも知れない。
ということを言っている。

会員係のサトウさんが書類を持って部長の所へ行き、決済を経て郵送で遠くにいる送信係のスズキさんに送るので4日はかかります
ということではないのだ。

事実、この会社のメルマガ発信開始は大変迅速で、入会処理の次機となる会から届き始めていた。
明らかに入会時と退会時で、処理の速度を変えているのである。

最近ではこのような事例があった。
クルマを時間貸しするサービス「カーシェアリング」
その業者が会員に送ってくるサービスやポイントに関するメルマガだ。

このサービスはケータイメール必須となっているため、メルマガがケータイにプッシュで届く。
すると仕事中や風邪で寝込んでいる時も、容赦無く
「ブーッ」
というバイブ音がなるのだ。

パソコンメールならば、パソコン・スマホどちらで受けてもプルなので、こちらが迷惑な時に勝手に届くことはない。
ケータイ宛のメルマガはプッシュされるだけに始末が悪い。

まず始めにウェブサイトのマイページにログインして、メルマガの配信を停めた。
とても簡単な処理だった。
さすが、一流企業だな、安心感がある。

ところが、メルマガは停まらない。
次の日からも仕事中、風邪で安静にしている時もお構いなしに届く。
プッシュで来るメールは滅多にないので、念のために確認する。

すると「ポイントカードを**ギフトカードと交換!」
といった内容が延々と書かれている。

困ったものだ。
もしかすると、お決まりの「処理に数日かかります」かも知れないと数日我慢していたが、一行に停まらない。
そこで、メールで問い合わせた。

すると
「ユーザー管理と会員管理は別。自分たちはユーザー管理の方。確認したところ確かに(自分たちの方は)停止処理になっている。担当部署が違うので会員管理のメルマガ発行のことはわからない」
という返答だった。

つづいてその"ユーザー管理"のほうへ電話をかける。
(メールアドレスは開示されていない)
すると、電話口に出たオペレーターがすぐに

「この電話で(停止を)承ります」

あざとい仕組みを会議で話し合ってはいけない。

細かいこと言ってくるユーザーはひと握りだから。
法律の条文に反していなければ、巧妙に送ったもの勝ち。
入会時は即反映、退会時は数日後に反映。法律にはそれを禁止とは書いていない。
事前承諾をとる時は1つの部署でまとめて受けて、複数部署に回す。後は知らない。

いずれもよく練られた合法的な方法だ。

そんなふうにして、目の前に居ないユーザーを軽視しながら、自分らの宣伝効率だけを追究する会社に、なってはいけない。

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2014年10月19日 (日)

井口明日香 藤咲カレナに迷惑中

希望者に対して情報を掲載した同報メールを送ることをメールマガジンという。
メールマガジンはメールそのもの。
主に企業の宣伝、作家・評論家の執筆活動に使われる。

メールマガジンを発行したい場合、メールマガジン発行・代行業者を利用すると、購読受付・解除などの機能が利用できる。
人気の高いメールマガジンを読みたいならば「まぐまぐ」のウェブサイトで探すと良い。

実際には自ら探してまでメルマガを読みたいと思う人は少ない。
しかたなく申し込むという人が多いだろう。
ネット上で懸賞・抽選へ応募する際、そこにメルマガ配信を希望する・しないという設問が待っている。
その設問にノーと答えた時点で
"個人情報だけ持って行かれて、抽選対象からは外される"
と考えるのが自然だ。

それでもいいさ。
メルマガは購読中止したいと思ったら、いつでもやめられる。
経産省もそう指導している。
ところが、実際に中止しようとすると、その方法がわかりづらく不親切なメルマガが多い。

メルマガ解約の難易度について7段階に分類した。
ランク1が「一番マシ」ランク7が「悪質な確信犯」である。

【 ランク1 】
購読中止URLをクリックすると その時点で解約され、リンク先のページには既に「購読中止完了」のお知らせが出る。
ただし、確認画面が出ると思って試しにクリックしただけで「中止するつもりはなかった」というクレームが発生する。

【 ランク2 】
購読中止URLをクリックすると 中止専用画面にその会員の登録情報(ID、メールアドレスなど)が表示されていて「中止する」をクリックするだけ。
これがベストのカタチだ。

【 ランク3 】
購読中止URLをクリックすると、そこは中止専用画面だが、IDやメールアドレスなどの入力を求められる。
そこでエラーとなった時はメルマガに「返信」して中止依頼をすると人手で対応してくれる。

【 ランク4 】
購読中止URLをクリックすると、そこは中止専用画面だが、 IDやメールアドレスなどの入力を求められる。
そこでエラーとなった時、中止のすべがない。
現代人はIDやパスワードを複数頭の中に入れている。
考えられるあらゆるパターンを試してもエラーとなり「お困りの方はこちら」という救済策もない。
これが、ユーザーを効果的に怒らせることができるパターン。

【 ランク5 】
解約画面にメルマガ配信サイトがずらずら並んでいて、そこにメールアドレスを入力する。
メルマガ配信のしくみを知らない一般ユーザーには訳がわからない。

【 ランク6 】
「購読中止はこちら」というURLをクリックしたらそこはそのウェブサイトのトップページ。
解約ページが何処にあるかは、ユーザーが自らを探さなければばならない。

【 ランク7 】
購読中止のURLがメルマガに書いてない。

最近、懸賞応募のために仕方なく「希望」してしまったあるウェブサイトのメルマガ。
登録した途端、毎日6時台、18時台合わせて2通のメルマガが届く。
発信名はそれぞれ「井口明日香」「藤咲カレナ」という女性の名前になっている。

内容は本題の情報が少し入っているものの大半は健康関連商品の広告であり、獲得ポイント数の高さを謳った記事だ。

情報メルマガならば、まだいいのだが、ほとんどが無関係なCM。
媒体誌がとてもしっかりした内容だったので余計に落差が大きい。
しばらく耐えていたが購読中止することにした。

1日2通届くメルマガにはどれにも

メールの解除はこちら

というリンクがあり、そこは購読停止画面。
アカウント情報はブラウザーがキャッシュしていた様子。
手軽に解約できた。
上記分類では「ランク2」に相当する。

ところが、来る日も来る日もメルマガが停まらない。

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2014年10月18日 (土)

ひとり暮らしを始める時に親を思う

大学生活の写真アルバムは佐世保駅で撮った一枚から始まっている。
博多行きの電車に乗った僕をホームから後輩が撮っている。

いまこの写真が僕の手元にあるということは、後輩が郵便で送ってくれたのだろう。
電車は窓が開いている。

いくら昔とは言え、特急の窓は開かなかったはず。
特急料金を惜しんで、普通の電車・自由席で行ったのだろう。

高校生活では町に出る時は制服着用が義務づけられていた。
ほとんど私服というものを持たなかったため、誰が見ても田舎ものとわかる垢抜けない姿。
坊主頭が伸びただけの髪型。

顔は笑っている。
後輩との別れを惜しむ寂しさはにじんでいない。
見送りに来てくれたのは、文化サークルの後輩たち。

この日、父は仕事だっただろうが、専業主婦の母が見送りに来ていた記憶はない。
「後輩が来るからいいよ」
僕が断ったのかも知れない。

社会人になってからは、帰省の度にいつも佐世保駅まで見送りに来ていた母のこと。
この時も見送りたかったのではないか。
兄弟が順番に出て行き、末っ子の僕が家を出て、父と母は二人きりになった。
さみしかっただろう。

この写真で呑気に笑っている田舎者は、両親の気持ちに思いも及ばなかった。
これから始まる大学生活に不安はほとんどなく、博多という生まれて初めて住む大都会での一人暮らしに期待だけがあった。

博多に着いた後も、着いたよの電話ひとつかけた覚えがない。
さだまさしは「金送れ」の一言でもいいと電話をかけるよう歌っているが、電話をかけなくても、いつも仕送りは銀行に振り込まれていた。

子どもが親元を離れた時、親は喪失感を味わう。
子どもはそれに気づかない。
こまめに電話やメールをくれたり、帰省してくれると親は幸せな気持ちになれる。
だが、子どもは目の前に次から次にやってくる、未経験のボールを受け取ったり、投げ返したりすることに必死であって、なかなか故郷に待つ親に思いを馳せることはない。

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2014年10月17日 (金)

橋本環奈イベント(終) 

10:30
ふり返ると、最後尾が見えなくなっていた。
後ろに100人ほど。
ここに来て、一気に人が増えている。

ほとんど若者
それも10台から20台まで
30台すらいないよ
いや、同年代が2人だけいた
女性ゼロ
見える範囲は男性100%

グッズ手渡しの一瞬、なにか一声かけよう
その時思いついた言葉を言おう
同じ言語を話すことは、貴重なことだ。



11:00
イベント開始時刻
列が進み始めた。
整理券の区分ごとに、10人ずつが店内に入っていく。
かと思うと、彼らはすぐに U-NEXT の袋を提げて、外苑前の駅の方へと帰って行く。

彼らの表情から、なにか情報を得ようと思う。
しかし、まるでタイムサービスの玉子が買えた人々のように、高揚感が見て取れない。
もう次の予定が入っているのかと思うくらい、後ろ髪も引かれていない。


インストアイベント
今日の場合、それは一瞬の出来事なのだ。

上野のパンダ
愛・地球博の恐竜の化石

立ち止まらないで、進んでください
とは誰も言わないのに、同輩の士は整然と帰路についていく。
ただ、誰もが軽くアルカイックスマイルをたたえている。


店に入ると、店員さんがU-NEXT の袋をくれた。
顔を上げると、もう目の前に橋本環奈。

わっ
風景の絞りが白く飛んだ。

バッジを受け取る
上下ベージュの服 OLみたいだ
(後でプレス写真を見ると白だった)
背が高い
(いや台に乗っていたのだろう)


緊張で何も覚えていない
というほど若くもなくて、そこは意識を取り戻す。
そのまま通り過ぎそうだったけれど、言葉を絞り出した。


外苑前の駅に向かいながら、後続を見やる。
列はさらに伸びて300人は越えている。
大半の人が、直前にやって来たのだ。
さっきまではいなかった家族連れも散見される。

手にしたバッジ。
今これを鑑識に回せば、指紋が検出されるだろう。
高僧から手渡しでもらったお札のようなものだ。


目の当たりにすることで見えてきたものがある。
休みの日、家にいても見つけられなかった。
この日、このバッジをもらった誰もが幸せになった。

おわり

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2014年10月16日 (木)

橋本環奈イベント④ 年下に託す

サトウさんが続ける。

もう前の方には整理券が出ているらしいです。
定期的に整理券を配りに来るみたいですよ。

この時すでに40人あたりまでには、整理券が出ていたのだ。
それでも列に着いて整然と待つ人々。
オタクの一員として誇りに思う。
オタクは皆、礼儀正しい。
オタクは皆、ルールを守る。
日本が誇るサブカルチャーは、日本の伝統を継承するオタクが支えているのだ。

腰が痛くなってきた。
1時間走るのは得意だが、1時間立ち続けるのは苦手だ。
椅子に座りたい。
そのために、折りたたみ椅子も持ってきている。
マラソン当日の着換え用に買った軽量の組み立て椅子だ。
組み立て前はとても小さいので、ウェストポーチに収まった。
この小さいポーチに椅子が入っているとは、誰も思わないだろう。
(そもそも他人に関心はない)

だが、地べたにあぐらをかいている一人を除いて、
皆、静かに立っている。
ここは公共の歩道であり、座り込みは良俗に反する。
早出してこの場を取り仕切っている主催者に申し訳ない。
それ以前に、1人だけ座るのはみんなに悪い。

後ろをふり返ると、この30分で10人くらいしか増えていない。

サトウさんはこう分析する。
1年前「花屋敷」に来て、そこから東京でも火が付いた。
現在、東京ではブレーク前夜というところではないか?



10:00
ふり返ると、後ろには30人。
1時間前時点で80人待ちということになる。
恐らく、この次に同様のイベントがあった時は、もうこれでは済まないだろう。



サトウさんとは、いくらでも話していたかったが、こちらには何も提供できる情報がない。
質問はやめて、持参した「壁を打ち破る」松井秀喜著 を取り出す。
松井秀喜がメジャー3球団めに移籍した頃、出版された「告白」を改題・加筆して文庫化したものだ。

巧く書いていないことで、返って真摯に読むことができる。
読み進めていくうち、巨人が彼を次代の監督候補としている理由がわかる。
そういえば、松井秀喜は自分が初めて頼りにした年下だった。
それ以来、未来を託せる人はほとんど、年下になった。

彼は、いつも目の前のことに幸せを感じている。
幸せですとは書いていないが、伝わってくる。


賭けられるものがある幸せ
何かを待つ
待てる幸せ


腰は痛い
それさえなければ、ずっと待っていたい。
ソファと本があれば、恐らくずっと待っても苦にならない。
曇りがちゆえ暑くも寒くもない。
秋の風が心地よい。
手にした整理券の安堵感が支えとなり、幸せな時を噛みしめていた。

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2014年10月15日 (水)

橋本環奈イベント③ もたらされた想定外の情報

2014/10/12
U-NEXT インストアイベント 橋本環奈

事前に周知されているレギュレーション
・写真、動画撮影不可
・握手会ではない
・グッズ配布に「先着」という言葉が使われている。

この少ない情報から、現場を想定する。
想定次第で、何時間前に行くのか?
どのような装備で行くのか?
持参できるものは何か?
といったことが決まってくる。
イベントの状況を映像化していく。

事前に想定したイベントの概況はこうだ。

「写真、動画撮影不可」ということは、イベントスペースでトークが行われるのではないか。
「握手会ではない」ということも、それを裏付けていると思える。
アイドルの前をファンが通り過ぎる。
「応援してます」
「頑張ってください」
「サイコーです」(言わないって)
そういうシチュエーションは無しよ!ということだ。

そこで、場所を確認する。
Googleで検索して、U-NEXTストアの写真を見る。
いわゆる、キャリアのショップである。
"ドコモショップ**店"のようなもの。

中は意外と広いのか?
そうでなければ、ステージが作れるとは思えない。
トークでもない、握手もない
いったいどんなんだ?

仮にキャパシティが100人として想定する。
それならば、くまモンスクエア(熊本市)と同じなので考えやすいからだ。
先日のくまモンスクエア、1時間前で待ちが20人だった。

だが、ここは東京だ。
しかも3連休
90分前の現地入りで先着100人に入れるか?

そう思って120分前に現地入りして、先頭からは50人め。
読みはほぼ正確だった。

さて、列を離れていたサトウさんが戻ってきた。

なにか情報入りました?と水を向ける。

「1人1人に環奈からグッズを手渡しらしいです」

そういえば、U-NEXT インストアイベント告知に書いてあった。

ご来店頂いたお客さま先着順に数量限定で、
橋本環奈さん所属「Rev.from DVL」の
ノベルティグッズをプレゼント

トークイベントを遠くから賑やかす・・
という映像がワイプアウトされて
本人を間近にした映像に切り替わった。

えらいこっちゃ。

心臓が弱い人ならば、ここで急用を思い出して
帰ったかも知れない。\^^)オイオイ

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2014年10月14日 (火)

橋本環奈イベント② U-NEXTインストアイベントを想定する

「玉子事件」以前には、何度か"並び"経験がある。

1981年
佐野元春 Welcome to the Heartland tour

1997年
G-SHOCKイルクジモデル

1998年
airmax イエローグラデ復刻


それらはいずれも、数量限定であり、並ばなければ手に入らなかったものだ。
インターネットによる販売、抽選販売もなかった時代だ。

一生の中で1度は手にしたい貴重な物。
しかも、数量が限られている。
もうそれは1つしか残っていないが、それが並ばないと買えないならば並ぶ。
だが、インターネット時代の今、売る側は極力、事故を避ける手段を執る。
もう、物を求めて並ぶことはないだろう。



"並び"には楽しさもある。
G-SHOCKやairmaxなど、コレクターの並びでは、前後に並んだ人と話しの花が咲く。
いつもは何処で買っているか。
あの商品は手に入ったかなど。
互いに隠し球は出さないので、重要情報ゲットということはないが、開店までの時間が日頃は話し相手がいないレアな話題でつぶれるのは、ありがたかった。



早く行って場所を確保するのも"並び"だ。
多摩川や上野公園ですずらんテープを張って、花見の場所をとる人。
駅のホームで自由席乗車口に並んでいる人がそれに当たる。

もちろん「玉子事件」以来、花見の場所取りはしないし、自由席にも乗らない。
だが、その場所取りが誰かに会うためならば、時間を費やす。

滅多にお目にかかれないスター。
直にふれ合うことができる機会。
人はそれを"追っかけ"と呼ぶ。

2014/10/12
U-NEXT インストアイベント 橋本環奈
かつて、デコを追っかけた仲間が知らせてくれた。


追っかけの3要素は
1.サイン
2.写真撮影
3.プレゼント渡し

最近ではこれに
4.握手、ハイタッチ
という体の接触が加わっている。
デコを追っかけていた 2005年~2006年頃にはなかったことだ。
デコは1度だけ、愛・地球博で「サイン会」を行っているが、当時「握手会」なるものは存在しなかった。


追っかけはハードルが高い。
憧れのスターが来日すると聞けば、自分も会ってみたいと思う。
「羽田空港に大勢のファンが出迎えました」
というニュースを見たことがあり、自分も会えるのではないかと思う。

だが、わからないことだらけだ。
いつ何処に行けば会えるのか。
それは、遠くから「*●▲@~」と叫びながら見守るだけなのか。
それとも、何らかの接触ができるのか。

たいていの人は「考えたことがあるだけの人」で終わる。
「何時間もかけて行って会える保証もないし、見るだけでサインももらえないんじゃ、つまらないよね」
こういう人は、想像でモノを言って終わりなのだ。

たまに、追っかけの体験談でも聞くことがあれば
「行動的ですね」「尊敬します」
と賞賛するが、自分の身に置き換える人は少ない。

つづく

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2014年10月13日 (月)

橋本環奈 イベントとアルゴリズム

開始は11時と告知されている。
1時間前に着くように行こう。
根拠もなくそう考えていたが、当日朝になって考えが変わった。
入場制限にかからぬよう早めに出た。

9:04
会場前に到着 2時間前だ。

2014/10/12
三連休の中日、サラリーマンはいないがらんどうの東京。
美味しいラーメンに行列ができるには、早すぎる時間帯。
この店に来るのは今日が初めてだが、行列ができているのですぐにそこだとわかる。
10人くらいの束を目分量で決めて、指を振ると5回。
2時間前に50人が並んでいる。

その後、はいった情報によると先頭は7時。
4時間前に並んだらしい。

ここ、橋本環奈 イベント待ちですよね?

最後尾に並んでいた兄ちゃんに声をかける。
兄ちゃんという言い方は乱暴かもしれないが、恐らく今日ここに集う人々の中で、自分が最年長グループになるのは間違いない。
兄ちゃんではこの後の話がわかりづらいので、仮にサトウさんとしよう。


ここ、最後尾ですか?

どう見ても皆は向こうを向いているが、間違って先頭に並ぶと顰蹙なので、一応確認する。

サトウさんは「ええ」とだけ応えると、つい今し方までそうしていたように、再びスマホに視線を落とす。
その前方にいる50人も、ほぼ全員がスマホに向かって頭を垂れている。


9:30
「ちょっと列 離れていいですか?」

サトウさんがふり返り声をかける。
先にこちらが声をかけたから、話しかけやすかったのだろう。

にっこり笑って、いいですよと言うと、彼は列の前方へ向かい、やがて1人の兄ちゃんと話し始めた。
知り合いか?
あるいは、どこかで知り合った同輩か。



僕は基本的には「並ばない」
そう決めたのは、L玉1パック39円の玉子にできた長蛇の列を見た時だった。
「玉子事件」だ。


今は閉店してなくなったそのスーパーでは、日曜日の16時になるとタイムサービスが始まる。
その日の目玉は、通常価格128円のL玉1パックが39円。
ということは借方89円(簿記です)
貸方はない。
なぜかというと、簿記には時間を価値で表現できないからだ。

その日、15:30には長い列ができ、最後尾は駐車場まで伸びていた。
89円を得するために・・・

玉子は買うつもりで来た。
特売チラシで見て、39円も知っている。
目玉焼きは美味しい。
でも、89円得するためには、その列の最後尾に並ばなければならない。



その時、天から新しいアルゴリズムが降りてきたのだ。

89円を得するために、30分並んだとする。
すると、その人の時給は178円。
東京都の最低時給が900円という時勢に、178円で並ぶのは道理に合わない。

どうせ遊んでいるから、時間はタダでしょう。
と"並ぶ人たち"は言う。
だが、そうは思えない。

仕事では、そんな時給ではない。
私的な可処分時間はどうか?
178円か
いや、それは違うだろう。

1時間で成し遂げられることは、大きい。
価値に換算すれば178円では済まない。

この「玉子事件」を境に、今この時間の使い方は、自分に見合ったものか?と立ち止まって考えるようになった。

つづく

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2014年10月12日 (日)

A車ワゴンを呼び戻す

7:00
開店の時間だが、まだ店が開かない。

Photo


弁当を搬入していた方へ回って店を開けてもらう。
親せきが楽しみにしている舟和の芋ようかん。
実家にたどり着くまでは14時間ある。

保冷剤入れてもらえますか?
と頼んだところ、保冷剤でなんとかなるのは5時間まで。
それ以上はムリだという。
途中で保冷剤を買い換えることにして1つ売ってもらう。
気まずい空気が流れる。

Photo_3


7:10
24番線ひかり461号岡山行き
その次がこれから乗るのぞみ9号博多行き。
まずは名古屋まで、飲み物は買わずホームに降りた。

切符は指定席だが、真っ先に列に並ぶ。
入線を告げるアナウンスと同時に一眼レフを東京寄りに構えた。
すぐ後に並んでいたサラリーマン風の兄ちゃん2人連れ
「おいおい、撮すんじゃねぇぞ」
と言わんばかりに上体をそらしてどん引く。
列には並びたいし、写真も欲しい。
入線列車を撮る時、いつも困ることだ。

トゥルルルルルルル

長いサイレンが鳴り響いている。
遠くにハロゲンライトは見えているが、一行に車体が寄ってこない。
微動だにせず、カメラを構えファインダーをのぞき込む。
気まずいが、ここで、姿勢は変えられない。

ぴーす
1人の兄ちゃんが小さくVサインを作る。
さっきまで、職場のよたで盛り上がっていたが、これを機に黙ってしまった。

Photo_2



②名古屋-広島でN700Aに乗れるので、あとの①③では、N700とN700a(X番台)に1度ずつ乗りたい。
やってきたのは素のN700。

7:23
7号車乗車
となりのD席は空席。
新横浜から乗って来なければ・・

座るとすぐにA車ワゴンが通り過ぎた。
このワゴンは1号車まで行って戻ってくる。
それまでコーヒーが買えないのは待ち長い。

すみません

ワゴンを呼び戻す ^^;)
さすがに、後ろに目があるパーサー
即座に反応してくれた。

「10円いいですか?」

パーサーは相手が出す小銭を想定して、掌に釣り銭を握っているという。
310円のコーヒーに500円玉を出したあと、
"この客は、あ、10円ありますと言いそうだ"

と思っていたのかも知れない。

N700はのろのろと馬込陸橋をのぼり終えると、相生坂あたりから一気にストレートを加速。
すぐに多摩川を渡り、あっと言うまに神奈川

7:30
新横浜を出発
身構えて待っていたが、D席は誰も乗って来ない。
ここからは名古屋までノンストップ。
肘掛けの奪い合いや領土侵犯のストレスもなく、旅が始められる。
ラッキーだ。


仕事は東京に置いてきた
何も考えない
ただ旅は前に進む


N700は明らかに左右に揺れている。
鉄道評論家でなくとも、誰にだってわかる。

神奈川の空が暗い。
まだ、台風は鹿児島の沖にあるというのに、その兆候なのか。
次に太陽を見るのはいつか?
早くみたい。

今年こそN700Aに乗りたい!品川-佐世保の旅

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2014年10月11日 (土)

2年越しのN700A乗車確定!

やたっ!
心が暖かい風呂敷に包まれていく。
一瞬で今日、N700Aに乗れることは確定した。
歓びを噛みしめるのは、少し我慢、
冷静に3つのダイヤを最終決定する。

①品川→名古屋
今、E席の切符を持っているのぞみ9号から30分待てば、N700Aに乗れる。
だが、空いているのはA席。

東海道・山陽新幹線の普通車座席は
海側の3人掛けがABC
山側の2人掛けがDE

A席は3人掛けの一番奥なので、車内ワゴンでコーヒーを買う時、間に2人が入る。
そして何より、晴れた日の午前中、東海道のA席は地獄だ。
大阪までのほぼ全区間で強い日射しがさし込む。
景色を見ようと、日よけを下げるのを我慢することはできるが、B・C席の人に顰蹙を買う。

②の区間でN700Aに乗ることが確実なので、この区間は現在持っているE席を維持することにした。
今日は天気がいい。
ここ数年、見ることができていない富士山も顔を出すだろう。

②名古屋→広島
グリーン車でA席を買っている。
10分前ののぞみもA席が空いている。
変更するだけで、N700がN700Aに変わる。
しない手はない。

予約変更。
手数料はかからない。
お盆にはいる週末だというのに、名古屋ー広島という新幹線のドル箱路線で窓際が空いているとは意外だ。

③広島→博多
近い時間帯にN700A便はないので、変更なし。

②は変更をお願いします。
①③はそのままでいいです。
駅員は手際よく、のぞみ161号の手配。
新しい切符が手元にきた。

今回は名古屋、広島で途中下車する3便乗り継ぎ。
そのうち最も距離が長く、しかもグリーン車を奢った名古屋ー広島区間で、初のN700A乗車となった。
僥倖だ。
2年待った甲斐があった。
新幹線の神様が、いつも下り新幹線に「行ってらっしゃい」
上りに「おかえり」と声を掛けている姿を見ていたのだろう。

のぞみ9号までは、まだ一時間ある。

南乗換そばの「ギフトガーデン」に舟和の芋ようかんがあることを突き止めている。
店が開くのは7時。

6:28 改札口そば、GIOオーガニックカフェ
でアイスコーヒー確保。
座った途端に、店が急に混み始めた。

アイスコーヒーはキンキンに冷えていて
脳天に冷たさ、つきささる^_^

となりのテーブルでは、飲み物を買わずノートパソコンで仕事する女子。
面の皮厚い^_^;

あと3分で芋羊羹の店が開く。
今、旅に気持ちが
入っていく瞬間を感じた
旅は前に進む

今年こそN700Aに乗りたい!品川-佐世保の旅

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2014年10月10日 (金)

明日から旅

台風11号が、土曜日、九州に接近するという。
熊本に行くのは日曜にしようかな

現在、台風の予想進路は宮崎県をかすめて日向灘を北上。
愛媛に上陸するルート。
予報円の西側には熊本も含まれている。

熊本まで行ったのに、施設が臨時休業となっては情けない。
くまモンスクエアに電話問合せた。

「先月、台風直撃の日は1日だけ閉館しました。
前の晩の様子を見て、当日にならんとわかりません」

明日の夜、九州に着いてから最終決断をしよう。

N700Aがデビューした2013年、4本の新幹線を乗り継いだにも関わらず、すべてN700Aにふられてしまった。
迎えて2度めのチャレンジとなる、題して
今年こそN700Aに乗りたい!品川-佐世保の旅
いよいよ、その日の朝が来た。

5時過ぎに家を出る。
まずは順調
空晴れている
風は涼しい

それにしても、さっきからのしかかってくる、このもやもやとした気持ちはなんだろう?
旅の準備がまだできてないってことかな
あるいは、すべてが順調だから少し不安なのか
人は何もかもが順調な時こそ、返って不安を感じる。
心に余裕がありすぎるからだ。

始発を待つ夏草の線路
と言いたいところだけれど・・・
新幹線の線路は、しっかりと除草されていて草1つ生えてない。

6:00
本日のN700A運行情報の解禁時間
品川駅南乗換口そばのカウンター
すみません・・・
例の件の紙を出す。

①品川→名古屋
②名古屋→広島
③広島→博多

黄色の印をつけた3便の指定切符+乗車券を持っています。
この3便がN700A運行ではない場合、今ここで予約変更をしたいと思います
今日のN700A使用ダイヤをしらべて来ていただけませんか?

手持ち3便のダイヤに黄色の網掛けをして、その前後に「N700A」ダイヤが書き込めるよう表を作ってきた。
駅員さんは紙にしばし、目を落とすと「お待ちください」とすぐに奥の事務所に消えていった。
やはり、書いておくと話しが速い。

3分ほどで駅員さんは、自分で書いたメモを携えて戻ってきた。

まず①
「7:17のぞみ9号ですが、N700Aではありません。
N700Aは 7:47 があります」

端の席は空いていますか?と尋ねると
「(海側の)A席をとることができます」

つづいて②
「11:33のぞみ105号ですが、N700Aではありません。
10分前の11:23でN700A運行があります」

この区間はグリーン車を買っている。
海側の窓側A席がまだ取れるという。

最後に③
「17:46のぞみ37号ですが、N700Aではありません。
この時間帯にN700A運行はなく、20時過ぎしかありません」

つづく

今年こそN700Aに乗りたい!品川-佐世保の旅

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2014年10月 9日 (木)

水がはねている 奥の方が特に

爪が伸びている 親指が特に
と歌ったのは井上陽水だが

今日の話は
水がはねている 奥の方が特に
という話しだ。


中年サラリーマンのサトウさんは、会社の厚意にとても感謝していた。
以前勤めていた会社では、大便器は和式。
お客様用トイレに1機 洋式があるだけだった。
それも、普通の水洗だ。
地方都市に行けば、今でも下水道整備率は低い。
レバーをひねれば、ごーっと水が流れるだけでもありがたいことだが、どうしてもサトウさんはお尻だって洗ってくれるトイレを願わずにいられない。
それは彼が、お尻にまつわるある持病を抱えていたからだ。

そんなサトウさんに転機が訪れる。
縁あって仕事を変わった彼は、都心の一等地に事務所を構える会社に移った。
そこの会社は、なんとすべてのトイレが洋式、しかもウォシュレットだったのだ。

前にいた会社では、たった一つの洋式トイレに行くために階段を駆け上り、使用中の時は空き待ちをした。
それが今や、ウォシュレット入り放題。
社員の健康面にここまで気を使ってくれる会社。
サトウさんは、個室で腰掛ける度にそっと社長に手を合わさずにはいられなかった。

そんなサトウさんにある日、異変が起きる。

いつものように、朝の定期便を終えた彼は、自席に戻り仕事を始めた。
その時だ。

お尻がひんやりするな・・

情けない違和感が彼を襲う。
周囲に悟られぬよう、少し尻を浮かして具合を確かめてみる。
特に問題はなさそうだ。

よかった。気のせいかな。

ところが、数日後、再びサトウさんを「ひんやり」が襲う。
1度ならず2度までも。
サトウさんは血の気が引いた。
自覚なきままに加齢が進み、自然とおもらしをしてしまうようになってしまったのか。

トイレから戻ったばかりだった彼は、コピー取りを装うため、A4の紙を1枚手にして再び個室へ急ぐ。

個室に入り、いつもの姿勢をとると、そっと手を当ててみる。
異常はない。
ベリー安堵。
つづいて、お尻全体をなでてみる。
すると、なんだかふやけたようなしっとり感があった。

お尻ひんやりの理由がわかったのは、それからしばらく経った日のことだ。
その日も個室に入ったサトウさんは、あることに気づく。

水がはねている 奥の方が特に

そこはこれから腰をかけた場合、背中寄りの便座。
ウォシュレットのノズルが登場するあたりだ。

誰か、顔を洗ったのか?

いや、ここは平成の世。東京のど真ん中。
江戸時代からタイムスリップした人じゃあるまいし、水が出るからと言ってトイレで顔を洗う人は居まい。

さらに、数日後、謎は完全に解ける。

その日、茶色い水滴が跳ねていた。

どうみても、それは・・・

持病があるサトウさんには、察しが付いた。
誰かが、水流に合わせて尻を振っているのだ。

しかし、座って見てそれは察しが違うとわかる。
尻を振ったくらいでは、水は便座に飛び散らない。
飛び散ったとしても、せいぜい2~3滴だろう。

どうやったらこうなるのか?
そうか、尻を振りながら少し腰を浮かせるんだな。
そこまでしないと洗えないほど、広範囲に汚れるとは、いったいどんな・・・

中腰になって、尻を振っている男性の姿、
考えたくない。
「水が飛び散っています!尻を浮かさないで!」
総務に言って、貼り紙を貼らせようか。

サトウさんは、そこではっと我に返った。
いろいろな体位をとって、確かめようかと思ったけどやめた。
自分にはもっと、やるべきことがあるはずだ。
他人の尻ぬぐいをしている場合ではない。

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2014年10月 8日 (水)

誰もが難なくできることは、言われなくても卒なくこなす。

あなたは自分に予定を思い出させることが得意だろうか?
リマインドする仕組みを持っている人だろうか?

予定を思い出す力は「記憶力」という。
これは脳みその性能に依存する。

だが、人は細かいことまで、覚えていられない。
ここでいう「こまかいこと」をさらに詳細な言い方に変えるならば、次のようなものだ。

「日常には不要な知識であり、その情報が何処にあるかが明確であればよいもの」

「今度の週末に、近所の薬局でシャンプーを買う」
「月に一度、上司に残業時間を報告する」

こういった情報は、日常ずっと覚えておく必要はない。
四六時中、週末のシャンプーのことを考えていたら、仕事が手に付かない。
四六時中、月に1度の報告のことを考えていたら、大切なものごとを考える力が落ちる。

脳の情報処理能力は無限だ!
脳の97%は眠っているって言う!

などの曖昧な信念に基づき、なんでもまる暗記していなければならないと言う人がいる。
事業年度の売上げ計画や、取引している代理店の従業員数まで。
担当者が即答できないと「数字すらアタマにはいっていないのか」と落胆してみせる。

こういう人に限って、アイデアがなにもない。
こういう人が会議に出ると、他人に先にアイデアを喋らせておいて、論理的に批判する。
あるいは、論理的に自分も考えていたと相乗りする。
いわゆる、後出しじゃんけんに人生を賭けるしか能がないのだ。

自分に予定を思い出させる力を「リマインド力」という。

リマインド力がある人とない人はすぐにわかる。
月に一度の報告を決められた日に送ってくる人。
一方では、月に一度の報告を怠り、催促すると
「どこに報告すればいいか、わかりにくいんだよね」
などと言って"報告してもらえなかった人"のせいにする人。

誰もが難なくできることは、言われなくても卒なくこなす。
これは真摯な社会人の素養だ。

月に一度の予定のように頻度が低いもの。
ずいぶん先の予定のように到達時間が遠いもの。
しかも、それが戦略的に重要な任務ではなく、ごく些細なもの。
そういうものごとをおろそかにしないことで、得られる支持がある。

「リマインド力」は脳みその容量は関係ない。
月に10冊のビジネス書を読み、さらに日経電子版を読む必要もない。
ただ、工夫の仕方を知っていればよい。

【 1 】パソコンとスマホ、両方で加筆修正ができるカレンダーを使う。
(Googleカレンダーなど)

【 2 】仕事では予定表をエクセルで管理する。

この2つのどちらかをしていれば、リマインド力は100点になる。

自分が日々、何を一番頻度高く見ているか?
スマホか? パソコンか? ほぼ日手帳か・・・
そこを突き詰めれば、答えが見えてくる。

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2014年10月 7日 (火)

前レジどうぞ~ あるコンビニの彼女

それは、吐く息でお湯が沸きそうなくらい暑い朝。
いつものコンビニで缶入りアイスコーヒー1点をレジカウンターに置くと、店員が「袋いれますか?」と聞いた。

袋要らない・・
と客からの言葉を待つまでもなく、これくらいは袋なしでもいいでしょ?という店側の意見だ。
実際、大半の客はそれに同意して、はだかで商品を持っていく。

片手を空けたかったのと、体温でコーヒーがぬくもりそうだったこともあり、袋入れて下さいと頼む。
反エコロジーだが、できれば少しでも冷えたまま運びたい。

その日から、彼女の態度は変わったと思う。

「前レジどうぞ~」

フォーク並びを導入しているこのコンビニは、朝の混雑時には、手際よく客をさばいていく。
支払いを終えた客がまだ財布にお釣りを仕舞っているうちから、彼女は列に並ぶ次の客に声をかける。

「前レジどうぞ~」

列の先頭位置から後ろのレジはすぐだが、前のレジまでは、歩いて3秒かかる。
ロスタイム無しで客をさばきたい。
というのが彼女の狙いだ。

次はあなたの番だから、もう歩き始めて、すかさず商品をここに出して!という
「前レジどうぞ~」である。

彼女の手際よさは心地よい。
声を掛けられても、自分のこととは気づかない客がぼーっと突っ立っていると
「前レジどうぞ~」と、一段強い口調で追い打ちがかかる。


これが暖かい光景か、殺伐としているかいうと後者だ。
だが、コンビニに心のふれあいを求めてくる人は、東京には少ない。
列の後続客はどちらかというと、手際よく客をさばいていく彼女に好意的だ。

数日後、その日も缶コーヒー1つ
袋入れてください!
という前に彼女は、レジ袋を引き抜いていた。
覚えていたんだな・・

クレジットで!と言うと
彼女はコンビニ会員カードを兼ねたカードを2度スキャンして、クレジットカードを返す。

「前レジどうぞ~」
すかさず、次の客に声をかける。

このコンビニのレジはレシートの吐き出しが遅い。
ひとタイミング遅れてレシートが出る。

店を出るために右足に重心を移しながら、クレジット明細でもあるレシートを手渡してくれるのを待つ。

すると彼女は、まだいたのか?と言わんばかりに
「前レジどうぞ~」
と列の方を見たまま、左肘から先だけバックハンドで返してレシートを付きだした。

そういえば、ありがとうとも言われてないな。

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2014年10月 6日 (月)

暑さと風と*第2回多摩川季節のめぐみマラソン

ハーフマラソンがスタート。
1,000人のランナーがスタートしていくのは壮観だ。
「WRJ新春ランニング感謝祭」の2014年2月大会は出走者429人。
「川崎ハーフ」2014年3月開催のエントリー1,269人。
さて、今回の多摩川季節のめぐみマラソンだが、1,017人のエントリーに対して、出走したのは800人程度だったと推測する。

当日が悪天候に見舞われた大会では、多くのランナーが会場にやってこない。
既に参加費は支払っているので、参加を取りやめたからと言ってお金は返ってこない。
お金がもったいないと思うよりも、とにかく悪天候の日、遠くまで走りに行きたくないと思う人が一定数いるのだ。

ところが、この日の川崎。
雨が降っているわけではない。
最高気温は26度と予想されているが、朝方の気温はそれほど低くなく高くない、スポーツ日和だ。

そして、参加費はというと3,990円
ハーフマラソンとしては4,000円は決して安くない。
WRJ新春ランニング感謝祭は2,500円。
川崎ハーフは3,000円。
4,000円という金額は、捨てるには惜しい。

それでも2割の人は来なかった。
なぜだろう?考えてみる。

・申し込んだものの、暑い日が続き十分な準備ができなかった。
・最高気温が26度というのに嫌気がさした。
・土曜日だから、急に仕事がはいった。

どの理由もこれだというものはない。
ちょっと理解に苦しむ集まりの悪さだった。

5km折り返しまで行って来たランナーがトラックに入ってきた。
これも"古市場ハーフマラソン"では初めて見る光景だ。
WRJ新春ランニング感謝祭や川崎ハーフでは、走路上に折り返し点が設けられる。
今回はトラックを折り返し点として使ったのだ。
右回りに走ったランナーは、スタート時のようにトラック南側出口から再び出ていく。
今度は右折して2周目の走路へ。

10:15には10kmの部がスタートしていて、そのランナー達が続々とゴールに戻ってきた。
トップランナーはお約束のランパン、ランシャツ。
体がよく絞れていて、それがエリートランナーであることが一目瞭然。
数人のランナーが首筋に黒い斑点のようなものをつけている。

はて、なんだろう?
チタン系のテープや、おすがり系の新グッズなのか?
だが、グッズだとしたらあんなに不規則につける意味が分からない。
もしかすると、速いランナーにはあのような黒い斑点ができるものなのか・・

やがて、10kmランナーに混じって、ハーフのトップクラスランナーが戻ってくる。
ゴールはアーチの右側に入り、周回遅れのランナーは左を通って2周目へ向かう。
自分はあの左側にいるランナーだ。
ゴールするランナーを尻目に、あと1周かぁ~と思うのは辛いものだ。
心中を察する。

スタートから2時間が近づく頃から、容赦無く日が照りつけ始めた。
風がない所は暑い。
スマホで確認すると、気温は24度。
走るには辛い高温だ。

2時間を切るランナーは、大量の汗をかいている。
ゴールしてからも千鳥足だ。
肩で息をする者。足が攣る者。倒れ込む者。
あぁ、あそこまで気合いを背負って走らなければ、いいタイムは出ないのだな。

ゴールした途端、汗は乾いてしまい、けろりとして歩いている自分とは違う姿を目の当たりにする。
よし、頑張る時は、あれくらいやろう(笑)

抽選会のようなものはないので、最終ランナーが帰ってきた時、会場にいたのはその友だちご一行とスタッフだけだった。

24度の暑さ
河口に向けて吹く川崎の風
そして、大量発生した虫たちがランナーを苦しめた大会。
(これが黒い斑点の正体だった)

速い人はどんな条件でもある程度速い。
力不足の人は、好条件下でないとタイムが出ない。
市民マラソンとはそういうものだ。

第1回は雨
第2回は高温
来年こそは秋らしい好条件を期待したい。

ど素人!マラソン講座

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2014年10月 5日 (日)

第2回多摩川季節のめぐみマラソンが行われました。

2014年10月4日(土)
第2回多摩川季節のめぐみマラソンが行われた。

ハーフマラソンなどの中距離大会は、当日の朝、受付が行われる。
マラソンの場合「旅マラソン」ランナーに前泊させてお金を落とさせるために、前日受付をおこなう。
ハーフマラソンでは、旅マラソンランナーはいないので、前日受付は成り立たない。

この日行われた種目は「ハーフ」「10km」「親子3km」
受付開始は 8:50だが、8時頃からランナーが集まり始めた。

当日受付の場合、受付でナンバーカード(マラソンではゼッケンとは言わない)を受け取ってから、安全ピンでユニフォームに留める。
慣れていないうちは、これがなかなか難しい。
ぱんぱんに付けてしまうと、両腕を振った時に服が突っ張る。
あまり緩く付けてしまうと、風を受けてカードが波打つ。

多くのランナーが、少しでも早くナンバーカードをもらって準備を整えたいと思うのだ。
そんな気持ちを汲んで、受付は 8:30に始まった。

小さな虫が飛んでいて、それを払うのに苦労したが、やがてどこかへ移動したのか気にならなくなった。
天候は曇り。
台風18号が沖縄に近づいているが、東京に到達するのは2日後と予報されている。
最高気温の予想は26度。
少し風も吹き始めている。多摩川でお決まりの河口に向かう風だ。

ランナーはナンバーカードとパンフレットが入った袋を受け取り、連絡ハガキを返してもらう。
記念品の野菜は、先にもらうと皆が困るので、帰りにこのハガキと引換に受け取る段取りだ。
すでに地元の青果店とJA川崎が準備を終えており、出走取りやめ者は記念品を受け取ることができた。

着換えは目張りしたテントが男子、女子それぞれ1張り。
多くの男子はそのあたりで着換えている。
荷物預かりテントが1張り。
各自で荷物を預ける。棚にはナンバーカードの番号ではなく、野菜や果物の名前が貼ってある。
羽田空港の駐車場がそうであるように、場所を覚えるための工夫だ。
貴重品預かりは無い。

ハーフのエントリーは男子858、女子159、合計1,017人。
前回600人の定員を超えたため、定員枠が拡大されたが、今回また定員枠1,000人を超えた。

9月から始まるマラソンシーズン。
暑さが和らいだ頃から、そろそろ秋マラソンに向けて本格的に練習を始める。
そんな秋の入口に東京で行われるハーフマラソンは、需要が大きいと言うことが分かる。

9:30 親子3kmがスタート。
「多摩川季節のめぐみマラソン」と書かれた黄色いアーチをくぐり、一斉に走り出す親子連れ。
・・・と思ったら、走らないと号泣して親を困らせる子ども。
その微笑ましい光景に誰もが笑顔になる。

となりのグラウンドでは、本格的なユニフォームを着た小学生がサッカーの試合をしていて、父兄が声援を送っている。
土日の多摩川に来ると、日本人はこんなにスポーツが好きだったのか?と驚く。

親子レースのトップがゴール。
3kmを12分台で戻ってきた。
「俺より速い」
洒落にならんな・・という空気がランナーに流れて、これがまた可笑しい。

9:55 ハーフマラソンスタート
事前案内にあった、男女2分の時間差はとりやめたらしい。
最後尾がアーチをくぐるまで1分30秒のロスタイム。
ハーフマラソンでは、異例の長さだ。
この大会はランナーズチップでタイムが計測される。

ランナーはトラックを右回りに走り、一旦河口側(南向き)に左折していく。
これは前回大会とは違う、古市場でおこなうハーフマラソンでは初めての試みだ。
「WRJ新春ランニング感謝祭」や「川崎ハーフ」はトラックを左周りにスタートしていく。

つづく

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2014年10月 4日 (土)

第2回 多摩川季節のめぐみマラソン 開催

今日、2014年10月4日(土)は
多摩川季節のめぐみマラソンが行われる。

第1回大会は2013年10月5日(土)
今回は2回めとなる。


土曜日開催のハーフマラソンは他には記憶がない。
大抵のマラソン大会(日本ではランニング大会の総称)は日曜日に行われる。

その理由は3つ。
・土曜は仕事の人が多く、参加者が集まらない。
・土曜は仕事の人が多く、ボランティアが集まらない。
・公道を走るレースの場合、土曜日に交通規制するのは難しい。


従って土曜日に開催できるレースの条件は次の3つとなる。
・小規模大会なので、そこそこの人数が参加すれば採算が合う。
・小規模大会なので、高齢者を中心に数が読めるボランティアの範囲内で運営できる。
・ほとんど公道を走らない。


多摩川季節のめぐみマラソンは、このうち2つを満たしている。
・定員は1,000人
 秋マラソンの準備として走れる10月開催のハーフマラソンは珍しいため、土日休みのサラリーマン達で十分に集まる。
・すべて多摩川河川敷コースであり、公道を一切走らない。

ただ一つ満たしていないのは、ボランティアが集まらないこと。
昨年はボランティアの頭数が揃わず、派遣会社からアルバイトを入れていた。

会場は「川崎ハーフマラソン」「WRJ新春ランニング感謝祭」と同じ古市場陸上競技場。
陸上競技場と言っても建物はなく、多摩川河川敷にトラックが設けられた広場である。

コースは、多摩川右岸(川崎側)にある古市場陸上競技場を出ると北へ5km進む。
折り返して古市場に戻る。それを2度繰り返す。
WRJ新春ランニング感謝祭、川崎ハーフマラソンと違い、一旦、下流へ向かう部分がない。

この大会の特徴は、その名にある通り参加賞が「自然栽培の野菜や果物」であるということ。
恐らく、この界隈の農家で採れたものを仕入れているのだろう。
ランナーが野菜を採りに行き、カレーを作る大会はあるが、お土産が採れたて野菜というのは珍しい。

第1回は「季節の野菜」と謳われていたが、今回はそれが果物との組合せになる様子。

ここの野菜は美味い。
ランナーの皆さんは、ぜひ「重いから要らない」と言わずに持ち帰ることを薦めたい。

第1回は 2013年7月24日 (水)~ 2013年9月19日(木)までのエントリー期間で定員いっぱいの600人を集めた。
今回は5月12日(月)~2014年9月18日(木)のエントリー期間。定員は1,000人に増えた。

第1回は11時20分号砲
今回は男女2分差をつけて9時55分/57分スタート。

第1回の参加費は3,675円
今回は3,990円に上がった。
これは、ハーフマラソンとしては強気な数字。
それだけ、10月のハーフマラソンに対する需要が大きいのだろう。

制限時間だけは、前回と今回も変わらず2.5時間。
前回は、制限時間はあるものの、そこでレース打ち切りとはならなかった。

前回の天候は概ね「雨」
正午の気温17度、北の風6mだった。
今年は予報では「曇り」
走る皆さん、ボランティアの方々
好天の1日をお祈りします!

つづく

ど素人!マラソン講座

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2014年10月 3日 (金)

犬 猫 コブラ それぞれの権利

きゃんきゃんきゃん

犬が吠えていて、人々が二階を見上げている。
その犬は二階のベランダにいるようだ。
声の太さから言って小型犬だろう。
見上げている人たちは、うるさいと思っているのか。
それとも、閉じ込められて可愛そうに。
飼い主が散歩に連れて行ってくれないことを心配しているのか。

ごろにゃーご
発情した猫が、周辺地域の同輩に秋波を送っている。
近隣の飼い猫だが、これだけはっきり聞こえるのは
リードをつないで外に出しているからだ。
猫は水に弱い。
木酢液に弱いが、木酢液は人間にも臭いので、あまり薦められない。
飼い主は猫を思い、外でごろにゃーごさせているのだろうが、周辺住民のことは思わないらしい。

ゆっさ、ゆっさ ぱたぱたぱた
三匹の犬が散歩をしている。
先頭を行くリーダー格の一匹は養豚のブタをしのぐほどでかい。
格闘に持ち込まれたら、どこを攻略しようかと一瞬考えずにいられない。
あいにく、これから会社に行くところであり、有効な攻撃手段を持ち合わせていない。

その後ろを付いていく子分のような二匹は小さい。
その二匹ならば、攻撃を受けてもなんとかかわせるだろう。
その後ろから飼い主が歩いてくる。

なぜ、こんなことを想定しているかというと、飼い主が3匹ともリードを引いていないからだ。
東京都条例違反だが、警察がそこらじゅうで犬の検問をやっているわけではない。
犬に自由を与えて、何が悪いと飼い主の顔に書いてある。

そこは通学路。
犬よりも背の低そうな小学生や幼稚園児が犬とすれ違っている。
それを見守る近隣のヤンママはどんな気分だろう。
犬が突然、児童を攻撃した場合、いったい誰がその乱闘を停めるのかは、事件が起きてみないとわからないが、少なくとも飼い主は「ウチの子はそんな犬じゃない」と確信して、リードを家に置いてきたのだろう。

カゴに入れたコブラを持ち歩いたら怖くて仕方ない。
コブラを操ることができるのは、アラブのコブラ使いだが、本当に制圧できているのかは疑問だ。
そんなもの、ダメに決まっていると言うかも知れないが、危害を加える可能性は、等しくどの動物にもある。
その動物を嫌いな人にしてみれば、犬も猫もコブラも変わらない。

犬に自由な散歩の権利
猫にはごろにゃーごする権利
があるというならば、コブラにだってカゴに入ってそこらじゅうを散歩する権利も、突然カゴから首をだして、みんなをびっくりさせる権利があるだろう。
噛みつかなければいいのだ。
何事も起こらなければいいのだ。

コブラ使いは言う。
「自治体の許可はとってある」

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2014年10月 2日 (木)

なぜ心肺停止が長期にわたっていたのか

御嶽山の噴火報道で、多くの人が疑問に思ったのが「心肺停止」と「死亡」についてだ。
心肺停止状態があり、やがて死亡となることは誰でもわかる。



ただ、今回の噴火においては、心肺停止の期間が長かった。
たいていの人は、AEDなどによるファーストエイドもしていない被害者が、長期の心肺停止の後に蘇生する可能性が低いことを知っている。



それは事実上の死亡ではないか。
なぜ「心肺停止」を引っ張っているのか。
そういう疑問を抱いていた人は多い。



事実上、心肺停止は死亡である。
ただし、日本では「心肺停止」と「死亡」を分けるものがある。
それは、医師が死亡宣告する前か後かと言うことだ。



「心肺停止」のままの被害者が多いということは、死亡宣告の役割を担うところの医師が、収容場所にたどり着いていなかったことが推察される。
多くの被害者、それぞれの収容場所、二次災害の危険性の高さ。
そのような状況下で、十分な医師が揃うのに時間がかかったのだろう。



優先順でいうと
1,救助隊の安全
2,生存者の発見
3,生存者の治療
4,遺体の収容



優先順でいう3番めの医師到着の前に、立ちはだかる現場の厳しい環境。
欧米のように「事実上死亡」でくくらず、医師が宣告するまで最後ののぞみをつなぐことを、周囲が見守るのが日本のよいところ。



やおろずの神が静かに見守っている。



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2014年10月 1日 (水)

デコ引退ユニフォーム!FCポルト2014-15にデコ10マーキングした

「まさにこれが、デコ引退ユニですね」

偏西風で上空の霧や雲が一気に東太平洋に吹き飛ばされるように、一気に視界がクリアになった。
そうだ、迷っている場合ではない。
これが、デコのユニフォームを買う最後の機会なのだ。

博多で会ったデコ仲間の一言を胸に刻んで飛行機に乗り込み、自宅に着くとすぐに注文した。

FCポルト2014-15シーズンの1stユニフォーム
2014年7月27日に行われた「デコ記念試合」でデコが着用したものを再現する。


■品名:14-15 ポルト ホーム レプリカジャージー
■実勢価格:8,900円+税
■メーカー:ウォーリア
■発売:2014年7月29日


デコは試合の前半、FCポルトの一員として「10」をつけて出場した。
日本で有名になってからのデコと言えば、ポルトガル代表、FCバルセロナ以降のクラブでつけた「20」がお馴染み。
だが、2004-05シーズン、FCポルトでUEFA CLを制した年、デコは「10」をつけていた。
フットボールにおいて「10」は攻撃的MFのエースナンバー。


FCポルトでの活躍を認められて、当時のポルトガル代表監督ルイス・フェリペ・スコラーリ(ブラジル人 2002,2014W杯ではブラジル監督)に代表入りを薦められたブラジル人のデコ。

その実力からすれば、FCポルトでつけている「10」が妥当だったが、ポルトガル代表の中にはフィーゴ、ルイ・コスタを始めとする、二重国籍選手排斥論があった。
ユーロ2004からレギュラーとなったデコがつけたのは「20」
その後、一時期Aマッチで「10」をつける機会はあったが、W杯・ユーロのメジャー大会で「10」をつけることは許されなかった。

従って、2005年にデコファンになった後、10着を超えるユニフォームにつけたマーキングはすべて「20」
今回は最後にして、初めての「10」となる。

記念試合が終わってすぐ、輸入販売業者に問合せて調査しておいた。

胸スポンサー「MEO」 ポルトガルテレコム
襟元に刺繍されたデコ記念試合ワッペンは発売されていないので無し。
背面スポンサーネーム「SUPER BOCK」の下に「DECO」「10」

オフィシャルマークは輸入できないので、オフィシャルに準じたカットマークを施す。
番号2桁 756×2
ネーム(文字数関係なし) 1,836円
合計金額は12,960円。

そして、デコ仲間に背中を押されて届いたのが、このユニフォーム。
インポートサイズは大きめなので、通常Mサイズ着用の場合、UKサイズはSを買う。
実際届いたSサイズのタグには、JPN:M とあった。
着てみると、日本製Mよりは少々小さめ。
ただし、伸縮性があるのでつっぱり感はさほど感じない。

背面を見るとSUPER BOCKのスポンサー名が入っていない。
ここは、問合せ時に聞いていたのと違っていたが、ないものは仕方がない。

来春のマラソンはこれを着て走る。
従って、パンツも必要だ。

ジャージ(上着)は日本でも輸入販売されているが、ゲームパンツの輸入取り扱いは何処にもない。
FCポルト公式サイトのwebショップで買うしかない。
ポルトガル語がわかる知人に指南を仰ぎ、"輸入"を試みたのだが、どうしても決済前に起こるエラーが解消できず、今日時点では購入に至っていない。

来年のマラソンまでに手に入らなければ、その時は「20」マーキング入り、チェルシーのパンツをコーディネートしよう。
共に青いし・・・^^;)

デコ記念試合 FCポルト10番のユニフォームがまぶしい

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