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2015年3月の31件の記事

2015年3月31日 (火)

手持ちの音楽で再度感動するBOSEのパソコン用スピーカー

最近、BOSEのスピーカーを買いました。
元々買うつもりはなかったのです。

久しぶりに秋葉原に行き、まだ行ったことがなかった「マルチメディアakiba」に入ってみました。
すると店内には、大きな袋を抱えた日本人が行き交っていたのです。

お店を回らなくても、一番安い店で買うことができ、荷物を持たなくても自宅に届く時代。
そんな便利な時代になったのに、ここには、わざわざお店に来て、重い荷物を抱えている人がいる。
しかも、見るからにとても幸せそう。
昔は皆、こうだったんだ。
自分も、大きな袋を持って幸せになりたいと思いました。


その数分後、オーディオコーナーで、かっこいいスピーカーを見つけました。
メーカーは憧れのBOSE。
JBLと並んで1度は手にしたいと思っているスピーカーです。

となりにあったスピーカーからはステレオミニプラグが出ていて試聴できると書いてあるのですが、そのスピーカーからはプラグが出ていない。
そうなると、聴いてみたくなって、店員さんに尋ねました。

「私はメーカー派遣なので・・」
そう言いながらも、彼女は「ちょっと待っていてください」と言い残して、どこかへ消えました。
5分くらいは待ったでしょうか。
これだけ広い店内に対して、人の数が足りていないなぁ・・・
と思い始めていたところに、彼女が戻ってきました。

彼女の言葉は予想に反していました。
「あちらにBOSEのコーナーがあって、今セッティングしてもらいました」
彼女の後を早歩きで追っていくと、そこにもかっこいいスピーカーが。

いつもは持ち歩かないのに、たまたま鞄に入れていたウォークマンをつないで、the brilliant greenの「There will be love there-愛のある場所-」をかけました。
最近、よく聴いているので、音がよくわかると思ったからです。
豊かな音場感がよく出ています。
あぁ、いいな

続いて「約束の橋」「Don't look back」生涯でもっとも多く聴いてきた曲なので10秒聴いただけでスピーカーの良さがわかりました。
この感動を家に持って帰りたいと思いました。

「これ包んで下さい」
というと、店員さんがにっこり
とはせず、こちらへどうぞとレジへ促されました。

帰宅してから「あ、しまった。ネットで安く買えたかも」
と衝動買いを後悔しましたが、しらべると、amazonもヨドバシもどこも値崩れ無しの同価格。ほっとしました。


ハイレゾの装置を買わなくても、このスピーカーで聴くと、初めて聴いた時に近い感動と発見があります。
お気に入りの曲が仮に500曲あるとすれば、500回の感動が味わえる。
その日以来、家に帰り、パソコンに向かって音楽を聴くのがとても楽しみになりました。

いいスピーカーからは、できるだけお気に入りの曲を鳴らしたい。
「休日の朝」
「昼くつろぐ」
「夜くつろぐ」
というセットリストを作りました。


さて、そのスピーカーとはBOSEのComputer music monitor「M2」
コンピューターでの使用を前提として開発されたスピーカー。
説明書では、左右スピーカーは、モニターをはさんで46~92cmの間隔で置くよう求めています。

「スピーカーは小さくなればなるほど、自然な音を発する「点音源」に近づく」
とBOSEのパンフレットに書かれています。

このスピーカーで聴くようになってから、トイレに行く時、音楽を一時停止で停めるようになりました。

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2015年3月30日 (月)

5分でわかるハイレゾを聴く方法

ハイレゾについて、ここまでしらべたことをできるだけわかりやすくまとめてみたいと思います。

ハイレゾはHI-Resolutionの略。
情報の欠損を少なくして、音楽CDよりも音質を上げた音楽フォーマットです。
ハイレゾの特徴は、人の耳に聞こえる範囲を超える100khzまで再生できるということ。
音楽CDよりも再生する周波数の範囲が広いということです。
これによって、聴いた人は「目の前で演奏しているようだ」と思わず言ってしまう・・・
ようです(笑)

子どもの頃からオーディオマニアだったので、思わず
「目の前で演奏しているようだ」と言ってみたくて研究を始めたのです。


ハイレゾ音楽はまだあまり、たくさん発売されていません。
一部の新作、旧作が発売されているだけです。
これから、機器の普及に伴い懐かしの名曲が発売されていくのでしょう。

ハイレゾ音楽に「CD」のようなパッケージはありません。
2015年3月の現時点では。
ハイレゾ音楽を入手する方法は、インターネットの音楽配信です。
ということは、再生装置のメインはパソコンということですね。


「ハイレゾ音楽」は、ハイレゾに対応していない機器でも聴くことができます。
「ハイレゾ音楽」をダウンロードして、パソコン、ウォークマン、iPhoneなどで聴くことができます。
ただし「ハイレゾ」として鳴っていないというだけです。


「ハイレゾ音楽」をハイレゾとして鳴らすための、組合せは次の通りです。

【 1 】スピーカーで聴く
・再生装置(パソコンなど)
・ハイレゾ対応スピーカー

これは最低限の組合せ。
パソコンとスピーカーの間に「ハイレゾ対応ヘッドホンアンプ」を噛ませると、さらによいと電気店では説明しています。
既存のスピーカーは再生できる周波数が40ヘルツまで。
ハイレゾ対応として、それを超える65ヘルツまで再生できるものが売られています。


【 2 】ウォークマンで聴く
・ハイレゾ対応ウォークマン(SONY)
・ハイレゾ対応ヘッドホン

比較的安い投資で聴けるため、ヘッドホン各社がこぞって対応製品を発売しています。


x-アプリはVer.6.0からハイレゾに対応していますので「ハイレゾ音楽」をダウンロードすることができます。
ただし「ハイレゾ音楽」はファイルサイズが巨大です。
4分30秒の楽曲は150MBありました。
ハイレゾ機器が揃ってから「ハイレゾ音楽」の購入を始めた方がよいでしょう。

*現時点の知識を書いたものなので、細部に誤りがあるかも知れません。
概要はわかっていただけたと思います。

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2015年3月29日 (日)

暑かった第2回多摩川・春らんRUNマラソン

3月28日
第2回多摩川・春らんRUNマラソンが行われた。
言うまでもないが「たまがわ・はるらん」と読む。
「たまがわ・しゅんらん」ではない(笑)

当日受付開始8時30分時点の天候は曇り。
気温7度。

競技は3つ。
親子ラン(2km)、10km、ハーフマラソンの順番にスタートする。
3競技合計のエントリー数は998。
そのうち、当日来場しなかったランナーは200程度。

予報では気温が上がるとされているが、天候は上々。
雨でもなければ、寒くもない。
それでもこれだけの人が参加費をムダにすることに驚く。

当地は4日前に開花宣言
多摩川の桜も咲きそろい始めている。
もしかして、走るよりも花見に行ってしまったのか。
それとも、日曜日と勘違いしてエントリーしてしまったのか。
この大会は「マラソン大会」には珍しい土曜日開催。
サラリーマンにとっては、翌日が休めていい日程だと思う。

徐々に気温は上がっていく。
ハーフのスタート時間10時には11度まで上がってきた。
冬場のレースのように、ウィンドブレーカーのまま走るランナーは見うけられない。
会場に来た時点で、ウィンドブレーカーを着ていないランナーもいる。

ハーフマラソンの定員は1,000人。
これに対しておよそ700人がエントリー。
実際に出走したのは500人程度と推察する。
参加費は3,990円
参加賞として、コラントッテ製Boost-up(2,052円相当)が配られた。

主催者は秋に行われる「多摩川季節のめぐみマラソン」と同じグッドスポーツFunランニング実行委員会。
この団体は皇居で定期的にランニング大会を開催している。

第1回は2014年3月16日(第3日曜)に行われた。
第2回は第4土曜開催。
第3回については、川崎ハーフマラソン(3月第2日曜)と競合しないよう3月中下旬を選んで開催されるだろう。

最近では、マラソン大会の常連といえるM高史がゲスト参加。
親子ランでは共に走り、その後は、ウクレレを弾きながらランナーを出迎えていた。
陸上トラックでランシャツ・ランパン(川内優輝スタイル)の出で立ちでウクレレを弾いている姿は、違和感、微妙、どの言葉をあてはめていいか難しい光景だった。

コースは1度、古市場陸上競技場に戻ってトラックを1周して再び河川敷へ出る2回往復コース。
同地開催のハーフマラソンでは、最も河川敷を走る距離が短い(多摩川季節のめぐみマラソンと同じコース)

大会の特徴としては、参加者の年齢層が低いことだ。
仲間と一緒に走り、帰りは銭湯に寄って、鹿島田で一杯やるという団体が散見された。
あまり安くはない参加費がその一因かも知れない。

制限時間は3時間
気温は徐々に上がり12時の気温は18度。
初心者にとっては、特に厳しい条件となった。
この条件下でそこそこの走りができれば、シーズン終盤の4月マラソン。
そして、今後のマラソン挑戦へ向けて、大きな展望が開けたことだろう。

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2015年3月28日 (土)

巧遅拙速にしかず

システム担当者はラスト1マイルが最も大変なことを知っている。

「ラスト1マイル」とは、目標達成まであとわずかのところに待ちかまえる難題。
ラスト1マイルは、道のりとしては全行程の5%だとしても、それにかかる工数は全体の30%に及ぶ。
例外をつぶすこと。
問題を想定した対応。
これこそが、もっとも大変なことだ。

システム担当者はシステムのプロ。
自分が苦労をしているから、他人の苦労もわかる。
いつもは作り手だが、いざユーザー側に回った時も、作り手を思いやることができる。

だが、厄介なのはユーザー、そしてシステムの基礎を学んでいないシステム担当者。
すなわち、アマの人たちだ。

アマチュアは、ものごとを複雑にする
プロこそが、ものごとをシンプルにできる



「これまでの事例は、1つのエクセルファイルに記録してあります。
事例をしらべる場合は、任意の列を選択して [Ctrl]+[F]でキーワード検索してください」

佐藤さんが、説明している。
彼はさらにつづける。

新しい仕組みは作りませんから、誰かが手間暇をかけることもありません。
完璧なものとは言えませんが、使い手が少し工夫すれば、十分実用性のある事例集として使えると思います。

新しい仕組みを作るとなると手間暇、コストがかかります。
それは、既に管理しているものとの二重管理にもなるわけです。
既にある記録を閲覧していただけば、二重管理になりません。


組織内における情報共有の手段を検討するよう指示された佐藤さん。
既に存在している運用資料を使うことで、新たな仕組みを作らない方法を上申した。

世の中の移り変わりは速い。
だから、だいたいでいい。
この"だいたいでいい"という考え方は、現代に始まったのではない。
昔のひとはそれを「巧遅拙速にしかず」と言った。
完璧だが仕上がりが遅いよりも、少々拙くても速いほうがいいという意味だ。



ところが、これにクレームが付く。
アマのスズキ課長だ。

それって、記録しただけじゃないか。
(だから、そう言っているのに)

これに、プロのタナカ課長がつづく。

[Ctrl]+[F]で検索したら、膨大な件数がヒットするよ。
その中からいちいち、探していられないよ。
(大げさな・・)


アマチュアがものごとを混ぜ返すのは仕方がない。
スキルがないのだから。

だが、困るのはプロで混ぜ返す人だ。
そういう人を「プロアマ」という。

実は、プロの九割が「プロアマ」である。

平素は、平易なことばでシンプルに説明しているプロの顔を持っている。
だが、ひとたび独壇場を与えられると、人が変わったように多弁になる。

たくさん話しているうちに、たくさんの事例と知識を連ねたほうが、かっこいいという錯覚に陥る。
これを「自分に酔う」と言う。
結果的に、話していることは「告白病」患者の駄弁と変わらなくなる。
一方、批判されたほうは、面白いわけがない。
誰も得をしていないし、楽しくもない。
なに一つ建設的ではない。


アマチュアは、ものごとを複雑にする
プロこそが、ものごとをシンプルにできる
だが、ものごとをシンプルにしようという、筋金入りのプロは少ない。

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2015年3月27日 (金)

川棚あんでるせん 生きる力がみなぎる場所

「こちらにどうぞ~」
奥さんから待望の一声がかかる。
この奥さんには、なにか見切られている気がしてならない。
異能マジシャンのそばにいることで、なにか特殊な能力を身につけているのではないか。

マジックショーはカウンターの中で行われる。
カウンター前、最前列だけが着席。
その後ろはすべて立ち見。
あてがわれた席はカウンターの一番右側。
端っこだが、見づらいことはない。
右に人がいない分、気楽だ。

もう少し、右に行ってもいいな。そう考えていたら
「椅子は動かさないでくださいね」
奥さんから速攻で注意喚起。
カウンターの着席位置が決まると、その隙間に後列の人が来るよう、観客スタンドが造られていくからだ。


カウンターに座るメリットは、体が楽というだけではない。
マジックに使う道具を提供できる。
「どなたか千円札ありますか?」
マジシャンが協力を求めると、カウンター客が一斉に財布を取り出す。
いち早く出した僕の千円札が採用されて、マジックの題材となる。

別の客が出した100円玉が僕の千円札を通過して二つにちぎれ、その後、空間を移動して額縁に入り、最後には元の状態に戻って、今財布に入っている。
「財布に入れておくと、お金たまりますよ」
とマジシャンのサイン入りだ。


マジシャンはずっと話している。
彼は完了形で話す
それは、人を喜ばせる
一言一句聞き漏らしたくない
名言の数々に、力がみなぎるのを感じる
ここは生きる力がみなぎる場所だ


去年、初めて来た時は、どえらいものを見てしまった、そう呆気にとられるだけだった。
今年2度めの経験は少し違っていた。
去年と今年で、話しの内容が違っていたのかも知れない。
話しは同じだが、去年は目を奪われていて、聞こえていなかったのかも知れない。
あるいは、去年の自分には感じる力が弱かったのかも知れない。



すべての演目が終わり、マジシャンがねじ曲げたフォークを記念に買い求め、店を出たのは16:30。
店に入ってから5時間半。去年より30分長い。

川棚駅から1時間に1本の佐世保行きまで、駅の待合室で考えていた。

人は、ほどほどにバタバタするくらいがいい
ヒマだと余計なことば考える

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2015年3月26日 (木)

二年連続で来る2度めのあんでるせん

松僖軒が閉店したことに衝撃を受けた後、ホームに上がると既にシーサイドライナーは入線していた。
入線した時から続けているのであろう、アイドリングのディーゼル音が鳴りつづけている。
佐世保から早岐方面へ。
ハウステンボスを通り越して30分ほどで川棚に着く。

川棚も 昔と今じゃ かわったな

と言いたいところだが、夏に来るのは2年連続。
駅前再開発があるわけでもない、地方の小さな町は1年くらいでは何も変わっていない。
歩道橋から見下ろすと、既に数人の客が階段の下で待っていた。



11:02
シャッターが開く。
人は経験済みのことには、どきどきしない。
1年前と較べると、とても落ち着いている。
はずだったが、店内に入ってから動悸が激しくなった。

「後で移ってもらいますから、とりあえずそっちの二人がけに座って下さい」
店を取り仕切る奥さん(推定)にそう言われたからだ。
去年は、3時間近く立ちっぱなしで辛かった。
そこで今年は、予約解禁日に電話を入れて、カウンター席をゲットしていた。
ところが、カウンターには既に他の団体が座っている。

大丈夫だろうか
本当にあとでカウンターに座れるのか
初めて起きることは、想定しづらい。
いたたまれない思いを押し殺して、まずは食事を選ぶ。

メニューは着席と同時に配られていた。
去年はカレーとアイスコーヒー。
今年はハヤシにしようと決めていた。

「カウンター席はお飲み物の注文もお願いします」
とわざわざ言われなくても、そのつもりだ。

Photo
今年もスプーンはひねられている

12:26
ハヤシライスは3分で食べた。
そういえば、他のいくつかのメニューに書いてある「特製」とは書いてなかったな。
まぁ特製でも既製品でも、そこそこに美味しければなんでもいいのだ。

アイスコーヒーを飲みながら、スマホでブログを読む。
1度来て要領を得ているので、その分落ち着いている。

読んでいるのは、去年来た時に書いた自分のブログ。
一通りの流れをおさらいしておく。
自分の文体に一番慣れているのは自分。
だから、読みやすい。


13:12
「交代でトイレに行っておいてください。二時間くらいありますから」
奥さんの声がかかり、客が代わりばんこに1つだけのトイレに立つ。

13:33
ショーが始まる前、すべての客がレジで会計を済ませる。

13:41
奥さんがテーブルを周り、食器を片付け始める。
カウンターに座るまで落ち着かない。
今、カウンターに陣取っている五人連れ、ここが今日の自分たちの席と思っているのではないか。
我ながら器の小さい心配をしていたら、カウンターに椅子が1つ入った。
つづく

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2015年3月25日 (水)

ハウステンボス23周年 夏には「変なホテル」

2015年3月25日でハウステンボスは23周年。
長崎ハウステンボス社員の皆さん、おめでとうございます。

当初のキャッチフレーズである「千年の時を刻む街」まであと977年。
着々と時計は進んでいることが嬉しい。

3月7日には「カステーラカフェ」がオープンした。
写真で見る限りでは、場所がよくわからないが、夏休みに行けばわかるだろう。

品書きにある「カスティラミス」という名前に惹かれる。
ティラミスはどんなに細工しても失敗がないスイーツ。
園内でのお茶タイムはぜひ、ここで過ごしたい。



ハウステンボスは2003年2月26日に会社更生法の適用を申請。
メディアに「ハウステンボス倒産」の文字が躍った。
ハウステンボス11周年の一か月前である。

関係者間で「2.26事件」と呼ばれている日から12年。
もう2.26以前より、2.26以後が長くなった。


2.26後、7年間は縮小しながら営業を続けていたが、2010年2月12日、H.I.S.が経営支援を発表。
H.I.S.澤田秀雄会長は、ハウステンボス社長となり、自らハウステンボスに住み、再建に取り組んでくださった。
ハウステンボス関係者ではないが、郷里の宝ハウステンボスを継続させ、さらに復興を成し遂げた澤田さんには敬称を使わなければ罰が当たる。



ハウステンボスを再興したH.I.S.には、経営不振だった愛知県の「ラグーナ蒲郡」が支援を要請。
H.I.S.がそれに応じて、2014年8月に「ラグーナテンボス」としてリニューアルOPENした。

ハウステンボスの意味はオランダ語で「森の家」
ten bosch は「森の~」である。
「ラグーナテンボス=森のラグーナ」
・・・
初めて聞いた時は、漫才のトータルテンボスみたいで、少し息が止まった。



2015年3月7日
Jリーグ開幕
佐賀県鳥栖市のJ1クラブ「サガン鳥栖」のユニフォームに「ハウステンボス」の文字が入っていた。
ユニフォームナンバーの上、欧州クラブならば選手名が入る位置。
今期から2シーズン制になったJ1の前期のみの契約だ。
ハウステンボスがJ1クラブをスポンサードできるようになったことは感慨深い。



2015年7月には「変なホテル」がオープンする。
変なホテルなのではなく、変なホテルが正式名称だ。

ウェブページによると
"メインスタッフがロボットという、先進技術を駆使した、世界初となる新しいホテル"
と紹介されている。

写真で見ると場所はWINSより、さらに外側。
ハウステンボス開業当初、創業者神近義邦が「3期工事で夜の街を造りたい」と語っていたあたりだ。

ハウステンボスは「佐世保市ハウステンボス町」という住所を持つ正式な街。
「東京ドーム9個分」と表現される広大な敷地にある。
また、少し賑わいの密度が上がる。

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2015年3月24日 (火)

スーパーで集まる花見

毎日声をかけていた桜が開花の準備に入っている。
夜のニュースで東京は25日に開花すると言っていたから、注意してみたら、もうけっこう蕾が大きいじゃないか。

君が咲くと僕は嬉しい。
君は我が子のようだ。
いや、違うな。
生んでないし。
君は同士のようだ。
これならば、しっくり来る。
ハレの日もアメの日も無事に過ごそうと励まし合ってきた。
いや、違うな。
僕が勝手にそう言っていただけか。


僕も花見の準備をすることにした。
今年は早くマラソンシーズンを終えたからだ。
過去2年「とくしま」「長野」と4月の「マラソンの日」に行われるレースを走ってきたので、春は花見ラン。
飲食の節制中であることと、風邪をひくリスクを負わないために花見は自粛してきた。
3年ぶりの花見だ。


知人に声をかけると7人が集まった。
なにか企画しても、いつもはこんなに集まらない。
花見というイベントには威力がある。
いつもは声をかけられない人にも、花見ならばかけられる。
日本人は花見だ。


登山はしたいけれど「山と渓谷」を読んで我慢する。
アウトドア生活に憧れるので「ビーパル」を読んで雰囲気だけ味わう。
燃料や機材、食材を調達して、現地で設営して、最後は撤収・・・
とても無理。
外に出るのはいいことだと思うが、着換えて運動靴を履いて走る「ランニング」が限界。


それでも、ぎりぎり許容範囲なのが「スーパーで集まる花見」だ。

事前の買い置きなし。
紙皿も紙コップも買わない。
幹事である自分がブルーシートを運ぶだけ。

約束の時間、スーパーの前で集まった人数で予算を立てる。
大人5人 子ども2人
大人1,000円 子ども500円が目安。
これを大人2000円にすると、ついつい買いすぎてしまい、余らせてしまう。
余れば持ち帰る荷物が増えるし、廃棄ロスがもったいない。
実際には1人1,300円といった徴収になるので、各自に100円玉を持ってきてもらいたいが、そうもいかない。

団体行動をする時に「1万円札しかないんだけど」という人は、世の中が高度情報化社会になっても依然としているものだ。
従って、幹事である僕が100円玉を多めに持っていく。


そこに居る人の分だけ買うのでムダがない。
雨天中止、誰かのドタキャンという時、誰かが費用をかぶることもない。
各自が食べたいもの、呑みたいものを買うので、楽しく飲食できるし、余らない。


スーパー集合にする理由は、そこに全員が集まり、そこから花見が始まる場所だからだ。
これを最寄り駅にすると、人によっては遠回りになる。
Googleマップやスマホの普及により、わかりづらい場所にあるスーパーでも、集合場所として成立するようになった。
これもこの3年の大きな変化と言える。


全員スーパー集合なので、場所取りはしていない。
空いている場所に入れてもらう。
カラオケや肉を焼いている隣りはゴメンだが、大抵の人は快く迎えてくれるはず。
誰もが満開の桜の下では、幸せな気持ちを噛みしめているからだ。

事前にスマホで風向きは見ておく。
西の風であれば、西側に風をさえぎる建物や土手を背負う辺りを目指す。

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2015年3月23日 (月)

佐世保の駅弁といえば松僖軒 失われた名物

佐世保駅には少し早く着いたので、いつもの定点チェック。

「ぽると」はここには何個入りがあるな。
「めんべい」は何味が置いてあるな。
「長崎物語」はここのが、一番小さいパッケージだ。

どの売店にどの御菓子が売っているか、帰りのお土産を買う時の下調べだ。

駅弁コーナーが閉まっているぞ。
もう10時を回っているんだけどな。

「麺屋松僖軒」のほうに回ってみると、店がしまっていて貼り紙がしてある。


なんと、廃業してしまったのか。

松僖軒は、レモンステーキをはじめにつくったレストラン「門」を経営している会社。

1952年、松僖軒が早岐駅で駅弁販売を始める。
1955年、レストラン「門」を出店。

「レモンステーキ弁当」「高菜べんとう」「あごめし」という名作弁当を、佐世保駅にあるうどん屋「麺屋松僖軒」でつくり、佐世保駅だけで販売していた。


「レモンステーキ弁当」は1日10個限定販売。
佐世保駅コンコースの駅弁売り場で、8:30から売り始め、概ねお昼までには売り切れていた。

この弁当で特筆に値したのが、添えられているタマネギのレモンソース煮。
これだけで1個弁当が作れそうな、主役級の脇役だった。

この弁当は、駅弁ガイドブックにはよく登場していて、元祖鉄子ライター矢野直美が「すごい駅弁!」で取り上げていた。



「あごめし」は五島名物のあご(トビウオ)出汁で炊き込んだご飯。


「高菜弁当」は九州ではお馴染み、高菜炒めをご飯に乗せた「高菜ご飯」の弁当。



数年前には「ロンサンド」が駅売店から姿を消して、旅の楽しみが減っていた。
さらに輪を掛けて、駅弁まで消えるとは。
佐世保から「特急みどり」に乗る楽しみが失われた。
列車の旅が、コンビニ弁当、おにぎりでは寂しい。

同じ経営のレストラン「門」は今もやっているので、諸事情による経営規模縮小ということか。
佐世保の駅弁といえば松僖軒が調製する、これらの三大弁当。
せっかく知名度も高まっている鉄道の名物を、失うのはもったいない。
ほかの飲食店で、そのレシピを引き継ぐなり、調整してもらえないものだろうか。

つづく

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2015年3月22日 (日)

横浜マラソン2016は誰でも1日のお休みが付いてくる。

印象的な半月の形をしたヨコハマ グランド インターコンチネンタルホテルを右手に見ると、ゴールまではあとわずか。
ゴール前、最後の交差点となる「パシフィコ横浜前」を右折すると、ゴールはすぐそこ。
そう油断していると、ゴールまでの取り付け道路は上っている。
ここで上らせるのかよ
サブ4、自己ベストがぎりぎり見えている。
ラストスパートに入っている時に、この上りは横浜マラソンが用意した最後のカード。


右手には横浜マラソンのイメージカラーである鮮やかな看板。
あと195mの看板としては、この大きさは世界一ではないか。
あと195mということは、42km地点だよな・・
よく見ると、看板の右ふもとに「42km」のプラカードが横たわっていた。
一応、用意したんだ・・
この看板はグッドセンスだ。
造った人は恐らく、ユーモアに溢れる人だろう。
他のマラソン大会では「42km」の距離表示を見て、ランナーは「あぁ、あと195m」だなと情報処理する。
その処理を1回路省いている。
海につづく最後の道に用意されたいかした海路図を、しばらくじっと眺めていた。
ゴール地点は二重、三重の人垣ができている。
ゴールポストの計時は、5時間2分を掲示している。
グロスでは5時間を超えたが、このあたりを走る人は誰もがロスタイムを持ってスタートしている。
ネットでは5時間を切ることができた人たちだ。
5時間切りを目指していた人たちにとっては、栄光のゴール。
4時間半切りを目指していた人たちにとっては、最低限のゴール。
どうやら前者の人が多かったらしく、95%のランナーが両手を上げたグリコポーズでゴールしていく。
僕は一度もあれをやったことがない。
佐野元春の「SOME DAY」にも右手を突き上げない。
人がやっているから自分もというのは、恥ずかしい。
いつか、グリコポーズを決めたいというわけでもない。
会心のレースで好タイムを出したとしても、手を上げるより、早く時計を止めたい。
ゴールを見下ろす場所にはDJブースがあり、ゴールしたランナーのコメントを紹介している。
この趣向は初めて見た。
48種類のラッキー給食
(時間を区切って提供されるため、速いランナーが全部食べ尽くしていくことがない)
ボランティアによる、18か所それぞれのパフォーマンス給水。
いいと思ったことは、なんでもやってみようという気概が見て取れる大会だ。
どんな大会でも文句を言う人はいる。
それは参加したランナー、大会を支えたボランティアを問わない。

世間に目を向けてもそうだ。
景気がよくなり、失業が減り、学生の就職内定率が上がっても、褒める人は少なく、我田引水の持論で非難する人のほうが多い。
非難する方が、ものごとをよく考えていて、論理的な人にみえる。
だが、そういう人にはアイデアがない。


機械の新製品は初期ロットに不具合が出ることがある。
それを見越した人は、動作が安定するまで買い控える。
スポーツ大会も第1回に、至らぬ点が多いことは自明だ。
それを見越してでも、記念すべき第1回に身を置きたい。
そう思った人は多いはず。
だが、そういう人が積極的に好意的な発言をすることが少ない。
主催者の側に立って発言するエンスージアスト(熱狂的ファンづくり)が必要だ。
悪いことは悪い。だが、いいところもこれだけある。
そういう視点が、論理的非難家と一線を画する。

3kmの道のりを3時間近くかけて歩いてきた。
時々、立ち止まってはランナーを応援して。
時々、ボランティアと話しをしながら。
とても喉が渇き、腹が空いた。
するとちょうどそこにコンビニがある。
以前、東京マラソンを走った後、ゴール会場のコンビニで空腹を癒そうと駆け込んだことがある。
だが、おにぎり、パン、弁当の棚はすべて空になっていた。
ところが、ここデイリーヤマザキパシフィコ店の棚は、ぎっしりと食べ物で埋まっていた。
臨時の仕入れ配送体制を敷いたのだろうか。
みごとな運営だ。
マラソン大会は、ゴール後にどれだけ食べられるかも大切なポイントだ。
主催者が全員にうどんを振る舞う「とくしまマラソン」のような大会は、印象がよい。
一方、近隣のコンビニに食べ物がない。あるいは、コンビニすらない。
そういう大会はランナーの不興を買う。
ここが走り終え、着換えて外に出たランナーが、大会と最後に接するポイント。
横浜マラソンにとって、デイリーヤマザキパシフィコ店のがんばりは重要だ。


来年2016年も第3日曜日に開催されるならば、開催日は3月20日。
その日は2016年の春分であり、翌日が振替休日。
サラリーマン・ランナーは1日休める。
有給休暇を取りづらいランナーにとっては、ありがたい日程となる。

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2015年3月21日 (土)

中には陽の当たらないスポーツボランティアもいる

赤れんが倉庫からパシフィコに向かう道は2つに分かれていて、ランナーは右側通行。
そろそろ対岸に渡っておかないとパシフィコに入れないので、サークルウォークという名前の環状歩道橋を渡る。
階段のふもとにはボランティアが1人付き「歩道橋をお通りくださ~い」と通行人が通りかかる度に声をかけている。
マラソンのボランティアというと、給水やゴール会場担当などがすぐに連想される。
選手とふれ合う持ち場は、スポーツボランティアの醍醐味に溢れている。
ランナーを励ます。ねぎらう。
すると、ランナーからは「笑顔」と「ありがとう」が返ってくる。
ボランティアにとってのゴールは、ランナーの「ありがとう」
その言葉を聞けば、幸せな気持ちで家路につくことができる。

だが、そのような花形の持ち場は全体の半分程度。
走路監視員であれば、ランナーに「がんばって!」と声をかけることもできる。
だが、歩道監視員にはそれもない。
ランナーを遠目に見て、歩行者に声をかける。
「ごくろうさま」「ありがとう」
と声をかけてくれる人は、滅多にいないだろう。

たった1人、歩道橋のふもとで半日を過ごすボランティア。
1人の持ち場は寂しいですね ^^)
頑張ってくださいと声をかけて、サークルウォークに上る。
歩道橋の上は、立ち止まって応援させないよう、道路が見下ろせる手すり沿いに規制線が張られている。



ランナーが走るコースに沿って歩道を往く。
時々、立ち止まってランナーを観察する。
このあたりだと5時間を切るタイム。
皆、とてもよく足が動いている。
ゴール間近にして太陽が照りはじめ、応援の人垣が増える。
ここに来て、強い高揚感が心に迫っているのか。

マラソンランナーは、素人が見ると遅く見える。
遠目に見れば見るほど、それは歩いているようにも見える。
しかし、どれだけ遅く走っても、速く歩くより速い。


歩道の向こうからやってくる人が、風船のような包装にくるまったカップヌードルを手にしている。
そうか、この先にカップヌードル・ミュージアムがあるのだな。
カップヌードル・ミュージアム(正式名称:安藤百福発明記念館)は、作る・遊ぶ・食べるを体験する日清食品の博物館。
施設概要は大阪にある「インスタントラーメン発明記念館」(1999年11月開館)とほぼ同じ。
大阪に遅れること12年、2011年9月17日、この地にオープンした。
世界でひとつだけのオリジナル「カップヌードル」を作ることができる工房があり、人気を博している。
満面笑顔の子どもが持っているカップヌードルは、恐らくその自作品なのだろう。



2011年8月発売、開館記念パッケージ
埋め立て地に切られた運河にかかった橋を渡る。
橋というのは強度の保持と、その下に舟を通すため、2つの目的で中心の標高が高い。
だから、橋が大好きというランナーは居ない。
ランナーになって初めて、橋は上るものだと知る。
橋を渡りきると、そこからは心地よい下り坂。

「あとは下るだけだよ~」
沿道から声がかかる。

ここでも、コスプレ、かぶりものの人気は絶大。
水戸黄門、妖怪ウォッチ、くまモン、ふなっしー・・・
そこに塔のかぶりものランナーが来た。
「頑張れ、スカイツリー!」
おじさんが声をかける。
「マリンタワーだよ」ランナーはおじさんに言い返す。
観衆がどっとうけた。

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2015年3月20日 (金)

上品なボランティア・ユニフォーム。実用性が高いキャップ。

「ここだけ、走っていいですか?」
思わず、つぶやいた。

39km過ぎ「山下橋」からゴールまでの3kmは、横浜マラソンの"クライマックス3"
ここだけを走ることができたら、どれほど楽で楽しいことか。
スタート直後の渋滞
前半戦、高速下の寂しいエリア。
人が住んで居ない、長く険しい高速道路。
横浜マラソンは、コース図を見ただけで、どれだけ厳しいコースかわかる。
恐らく、ランナーは散々な思いで、39kmまでたどり着いたはず。
しかし、そんな苦労もこの"クライマックス3"で、ぶっ飛んでしまうのではないか。



「奥のテーブルのほうが空いています」
第18給水所の手前では「統括リーダー」がメガホンでがなっている。
給水テーブルの後ろでは、リーダーが歩き回っている。




それにしてもスタッフの数が多い。
ここは、スタートから3.6km地点。第1給水所と同じ場所。
撤収した第1給水所のスタッフを合流させたのだろうか。
そうだとしたら、かなり長い拘束時間だ。


水夫をイメージしたツートーンのスタッフウェアは、マラソン大会のボランティア・ユニフォームとしては地味だが、横浜らしくて上品。
(初めて見た時は囚人服か!とつっこんだが)

ボランティアは左側に「YOKOHAMA MARATHON 2015」と書かれた白いキャップをかぶる。
右側には提供する美津濃のロゴ。
後ろの留め具はマジックテープになっていて、調節がしやすい。
ボランティアは、ウェアとキャップはそのまま持ち帰る。
ウェアを外に着ていくのは恥ずかしいが、あのキャップは十分実用に足るだろう。

リーダーもウェアは同じだが、キャップだけが黄色。
だから、リーダーが何処にいるか一目瞭然。
とても、いい工夫だ。


給水所の奥では、チアリーディング。
その脇の歩道には、次の出番を待つチームが待機している。
いずれも、公募で集まった応援チームだ。

リーダー格の女子がスタッフIDを配っている。
振り付けを確認する女子あり。
今、舞台にいるチームの音楽に合わせて踊る女子あり。
会話のキーが高い。
その場にいるのは照れくさくなり、先を急ぐことにする。





さっきまで、厚い雲の中で様子をうかがっていたお日様が、満を持して降り注いでいる。
時刻は13時前。スタートから4時間半。
日射しが強くなり始めていた。

赤レンガ倉庫を右手に、青い空を真上に見て、ランナーは残り僅かになったコースを名残惜しそうに進む。
初マラソンのランナーや、自己ベストがかかっているランナーは、それどころではないが、心に余裕のあるランナーならば、あぁ終わってしまうのかという感慨に襲われているはず。
抽選をかいくぐって射止めた記念すべき第1回の切符。
投じた大枚15,000円。
自分はそれを十分に愉しめただろうか?
できれば、この横浜ならではの絶景のもと、もう少し走っていたい。
そう思わせる、この爽やかな横浜の青空だ。

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2015年3月19日 (木)

横浜マラソン みなとみらいに待つクライマックス

40km過ぎ
「開港広場前」交差点
なだらかな左カーブ、切り返して右カーブ
直線に入ると、はるか遠くにランドマークタワーが見えている。



と言ってもこれは写真に映っているだけで、実際にどれだけのランナーがその存在に気づいたことか。
足が動いていて、視野が広いランナーだけが、見慣れたその造形を捉えたことだろう。

交差点の角には横浜貿易会館。
このあたりは、どこのレストランも客席はいっぱい。
中には行列ができている店もある。
ここは、マラソンがなくても、日頃からたくさんの人が集まる観光地なのだ。
この交差点でも、ランナーパスが行われている。
「曲がり角の向こうには、きっと一番良いものが待っている」
と言ったのは村岡花子だが、ランナーにも同じ気持ちがある。

見通しの利かないカーブ
その先にあるのは上り坂、下り坂、あるいはゴールのある競技場。
いろいろなものを想像してランナーは走っている。
クリッピングポイントを抜けた時、前方にどこまでもランナーが連なっているとげんなりするのだが、ここは先が見通せる。

「報道」のビブをつけたランナーが往く。
その隣にいたのは石原良純。
この日、初めてサブ4達成したと、後で聞いた。


「あっ、きたきた」
応援に来た人たちがランナーを見つけて声をかける。
「失速しちゃったよ」
「これ、ラッキー給食」
ランナーは、立ち止まらない範囲で精一杯の誠意で応援に応える。

自分は10回マラソンに出て、知人が応援してくれたのは1回きりだが、あの時の嬉しさは忘れない。
体力の限界に挑む、孤独な晴れ姿を誰かに見て欲しい。
誰もがそう思っている。他の誰かと同じように。
だが、実際に、そんな「リア充」ランナーは少ない。
大半のランナーは、誰一人知人の応援はない。
それでも、見知らぬ大勢の応援がある。

家の近所を走っていても、人気のジョギングコースを走っても、誰かが応援してくれることはない。
(10年間で1度だけ、おじいさんが「がんばれ~」と声をかけてくれた)
だから、マラソン本番は特別なもの。
42kmに渡る、発表会なのだ。


信号わずか2つ「横浜税関」の交差点から、コースは90度右折。
クライマックスのみなとみらいエリアへ進入していく。


ここで第18給水。
マラソン大会日本最多の18を数えた給水所も、ここが最後。
ここではボランティアが「アンパンマン」キャラクターのお面を被って、給水に当たっている。

隣接してパフォーマンスエリア。
ダンサーのチームがアップテンポなお馴染みの曲に合わせて、チアリーディング。
給水所と合わせて、ランナーの視界にこれほど人が溢れるコースはないのではないか。
これが、ここまでの17か所で行われていたとしたら、
そう考えると、鳥肌が立った。

統計上、好天が約束された日程。
この人数と工夫をかけた応援。
この点でも、横浜マラソンは「買い」だ。
来年は、ここを走るのもいいな。
そう思い始めた。

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2015年3月18日 (水)

横浜マラソンで行われた大規模なランパス

横浜マラソンは、10kmの部が併催された。
10kmの部は、マラソンよりも高倍率となった。

<マラソン>
地元優先枠3,000人に対して30,909人(10.3倍)
一般枠19,450人に対して66,831人(3.4倍)

「地元優先」「一般」の延べ申込者は
定員22,450人に対して97,740人(4.35倍)

<10km>
募集枠1,000人に対して14,683人(14.7倍)

<10km車いす>
募集枠30人に対して14人(0.5倍)

※全競技の延べ申込者は112,464人


14.7倍といえば、東京マラソンよりも高倍率だ。
男子570人、女子450人 合計1,020人が出場。
男女比率が拮抗しているのが目に留まる。
マラソン大会と言えば、7割は男というのが相場だ。

8:25 車いすの部がスタート
8:30 10kmの部がマラソンと同時スタート

10kmには間寛平、谷原章介が出場した。
制限時間は1時間30分。
公式には10時で競技終了だが、10時15分頃にゴールした最終ランナーを待って競技を終えた。

そのゴール地点である山下公園駐車場あたりを右に見て、ランナーはレースのクライマックスに突入していく。
ランナーの高揚感を体験すべく、コースに沿って歩き始めた。


「山下公園中央口」信号

「左に寄ってくださ~い」
交通整理のスタッフがメガホンでがなっている。
警官とスタッフが互いに一本のロープを持ち、電車のレールを切り替えるように、コースを作り替えた。

なにごとだ?
すると、その先で歩行者がぞろぞろとコースを渡り始めた。
そうだ。これが、ランパスか・・・
話しには聞いていたが、この目では初めて見た。
マラソンにはコースを占有する場合と、そうでない場合がある。
自動車道路を使うコースでは、クルマとランナーが入り交じって走ると危ないので「占有」
その場合、道路は一定時間封鎖される。

道路が封鎖されている間、歩行者も道路を歩けない。
つまり横断ができない。
観光地など、人通りの多い地域の場合、道路を渡れないと目的の店や施設に立ち入ることができない。
そこで、コース監視員や交通整理員が、歩行者に横断を認める。
それがランパスである。
パスするのは歩行者の方なので、本当はウォークパスと言えるが、名前はランパス。




まずはじめに、横断希望者を待機エリアに溜める。
道路中央に配置するちんちん電車(路面電車)の電停のようなものだ。
ある程度、歩行者が溜まると、待機エリアを一旦締めきる。

つづいて、交通整理員がロープを使って、ランナーの進路を歩行者の背中側に変更する。


すべてのランナーの進路が変わったところで、待機エリアの前方を開き、歩行者を対岸に横断させる。
待機エリアが空っぽになったら、今度は対岸にいる横断希望者を待機エリアに入れる。

これを延々と繰り返すことで、歩行者は一定の時間を待てば、走路を横断することができる。
ランパスを初めて経験するランナーは、はじめは戸惑うだろう。
いいペースを刻んでいたランナーにとっては、ペースが崩れるので歓迎はできない。
だが、慣れてしまえば大きな影響はない。
こうすることで、地元の理解と協力が得られるならば、仕方がないことだ。

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2015年3月17日 (火)

横浜マラソン レビュー(2)

横浜マラソン39km過ぎ
ランナーは「山下橋」の交差点をやや下りながら、右に折れて海沿いの通りに入ってくる。
長かった、人の少ないエリアが終わり、いよいよ栄光のビクトリーロードへ。

"下りながら道がカーブしている"
これは、ランナーにとって、スイッチが入る場所だ。
そこに観衆がいて、声援が大きいとなおさら。
つい調子に乗ってしまって、失敗したことも何度かある^^;)

そこそこに観衆はいるのだが、二重三重の人垣というわけではない。
歩道に立っていると、スペースが空いたので、コースに面した場所に陣取った。

遠くに声援が聞こえるが、大半の人々は、静かに見守っている。
海が近いにもかかわらず、風もない穏やかな休日
だが、ここはスポーツの場。
ランナーを励ましたくなった。

がんばれー
大声をかける。
だが、誰もが一心不乱に前を見ていて、手を振って応えたりしない。
まぁ、野太い男の声には、僕だって手は振らないが。

ふなっしーがんばれっ
ふなっしーのかぶりものランナーは、手を上げて応えてくれた。
速いランナーには仮装が似合う。
「横浜マラソン」は仮装を禁止していない。
いや、自粛くらいは求めているのかも知れないが、少なくとも全身くまモンや、水戸黄門は居た。

端で見ていて思ったことがある。
都市型マラソンでは、仮装しないと損だ^^;)
人口が多い分、沿道の人出も多い。
それ相応に多くの声援が飛ぶ。

仮装しているランナーには
「くまモン、がんばれっ」
「ドラえもん~っ」
と声がかかる。
声がかかれば、それは自分だとわかるので手を上げて応えられる。

仮装していないランナーは「がんばれっ」と言われても、それに応えていいものかわかりづらい。
小さい大会で、周りに誰も居なければ「オレだな」とわかる。
だが、1万人を超えるような大会では(横浜マラソンは25000人)周りにたくさんのランナーが走っている。

今回もっとも感心した仮装は「ひょうちゃん」
神奈川新聞がゴール地点で配布した号外にも載っていた。
「ひょうちゃん」は横浜に本社がある崎陽軒のシウマイを買うと入っている、ひょうたん型醤油入れのキャラクター。


「1分でわかるひょうちゃんの歴史」
1955年
漫画家横山隆一(代表作:フクちゃん)が、醤油入れ用に48種類の図柄を描いた。

昭和60年代
別の作家による80種類の図柄に代わった。

2008年時点
横山隆一による図柄に戻っていた。

2014年12月
60周年記念、金色の還暦バージョンが登場した。

2015年1月8日
ひょうちゃん誕生60周年
1月11日「ひょうちゃん還暦おめでとう!サプライズお祝いイベント」が開催された。

横浜マラソンを走った「ひょうちゃん」は走る絵柄が描かれている。
還暦を迎えた横浜を代表するキャラクターで、記念すべき第1回横浜マラソンを走るというセンスが素晴らしい。



エリートランナーにハイタッチを構える観衆はいない。
エリートランナーたちは、タイムを削るために走っている。
そんな余興につき合わせては悪いという心理が働くからだ。
だが、なかにはそういう観衆の応援により、エンジン再点火するエリートだっていると思う。
でも、誰もやっていないので、そういう勇気はない。

目の前を通り過ぎた「3時間ペースメーカー」は3人
はじめの1人は3分ほど速く通り過ぎていった。
後ろから来た2人について、サブスリーを目指すランナー。
どうやったら、あんなに速く走れるのか。
卓球の試合を間近で観戦する審判のように、左から右へ首を振って観察する。
だが、見ただけでなにかヒントがつかめる訳ではない。
言えることは、皆、細いと言うことだ。


時刻は11時30分を回った。
そういえば、マラソン大会を沿道で応援するのは初めてだった。
スポーツの3要素は「する」「見る」「支える」
これまで、マラソンについて「見る」ことを意識したことがなかった。

これは、はまるね

しばし眺めているうちに、その場を離れづらくなってしまった。
中華街で肉まんを食べようと思っていた予定を変更して、ゴールまでの3kmをランナーについて歩き始める。

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2015年3月16日 (月)

横浜マラソン レビュー(1)

みなとみらい線「元町・中華街駅」4番出口を出る。


そこから山下公園に向かうと、マリンタワーの下に出る。
そこが横浜マラソンの39km地点。
時刻は11時
スタートは午前8時30分。
2時間30分が過ぎようというところだ。
早くもAブロックのランナーたちがちらほらと走ってくる。
ナンバーカードの左すみに、そのランナーのスタートブロックが表示されている。
スタートブロックは招待選手につづいて、ランナーの事前申告タイムで並んでいる。

一着のタイムは2時間21分27秒
サイモン・カマウ・カニ(ケニア)
目の前を往くAブロックのランナーは、それに続くエリート達だ。


2015年3月15日
3月の第3日曜
この日3月15日は、横浜気象台のデータによると、過去3年間雨が降っていない。
この日の天候は曇り。
薄日が射しそうで射さない。
気温は手元のiPhoneでは8度。
これは、記録を狙うランナーにはいいコンディション。

朝8時(スタートは8:30)の確認では、横浜地方は
くもり 7度

来年の第2回大会も晴れる確率が高い。
天候面から言うと、横浜マラソンは「買い」
雨の日を選んで開いているような大会には、出たくないのである。



39km地点を駆け抜けていくランナーたち。
恰好を見れば、それが速い人たちとわかる。
全員がランシャツ・ランパンだ。
1人として"全身CW-Xとザムストっ"
というランナーはいない。

僕ら素人ランナーがあの出で立ちで、のんびりと走っていたら
「やけに太めのエリートランナーだな」
「足でも傷めたのかな」
と思われてしまう。


話しが変わって悪いが、ここを書いていて、大会参加者の感想を読もうと思いたった。
「横浜マラソン レビュー」で検索
いつもならば、ここでRUNNETの大会レポートがヒットする。
その日の感想が、その日に読めるのはありがたい。
出走したランナーたちも、周りの皆はどう思ったかを読んでいるだろう。

ところが、出てこない。
RUNNETのウェブサイトに移動して「横浜マラソン」を検索しても該当無し。


横浜マラソンは、ランナーズアップデートではRUNNETを使っているものの、エントリーにはRUNNETを使っていないのだ。
いまどき、珍しい。

その方法はインターネットの「ローソンチケット」または、ローソンの店頭端末ロッピによるエントリー。
一瞬、息が止まりそうなほど敷居が高い。
ロッピのお試し引換券に慣れていてもそう思うのだから、ポンタカードを持っていない人は、尻込みするだろう。

それでも、25,000人の枠が抽選になるほどの申込者があったのだから、いかに魅力的なコースかと言うことだ。


RUNNETを使わないということは、参加者による感想を読めないと言うこと。
RUNNETの大会レポートは、マラソン・レビューのデファクト・スタンダード(←古い:事実上の標準という意味です)


横浜マラソンは各方面の意見を聞く姿勢をもった運営が成されている。
恐らくこれから、ランナーに向けたアンケートが実施されるのだろう。
だが、その一部始終を見ることはできない。
いい話しも、悪い話も、酸いも甘いもかみ分けて判断したいと思うのが、情報化社会における利用者心理。
主催者には、情報公開をお願いしたいところだ。

*追記:3月17日に検索したところランネットに大会レポートが掲載されていました。

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2015年3月15日 (日)

第1回横浜マラソン 日本一18カ所のおもてなし

今日は第1回横浜マラソン。
2007年に東京マラソンが成功を収めて以来、全国主要都市はこぞって市民マラソン大会を立ち上げた。
2014年現在、20ある政令市で市の名前を冠するマラソン大会をもたないのは「広島」「相模原」などちょうど半分の10都市。
2015年は「横浜」が外れて9都市になる。
1956年にできた初代政令市5つの中では、横浜が最後発となる。
(名古屋は女性限定のため"ウィメンズ"の文言が入る)


横浜マラソンの特徴は給水所。
「18カ所」はマラソン大会では日本一。
42.195kmで18だから、2.3kmに1回給水所がやってくる。
これは素人ランナーにとっては、とても優しい。

第1給水は3.6km
マラソンではスタート地点までに整列、ロスタイムがあり1時間程度、水を飲むことができない。
希望としては、第1給水所はもっと早い場所に設置して欲しい。
混雑による接触・転倒の危険が多いという理由が想像できるが、道幅からしてもっと手前に置けないことはない。
第1給水は第18給水と同じ場所にある。
設営の都合というところか。



東京マラソン以前からのマラソン大会は、概ね「5kmに1回」
これはプロランナーの大会に倣っている。
給水はほんの数秒とはいえ、タイムロスになる。
タイムを縮めることに生活がかかっているプロにとっては、あまり給水所に寄ってはいられない。

私設エイドの炊き出しみそ汁に「あったまるね~」
と和んでいるのは、市民マラソンだけの風物である。


マラソン講座の集計によると、大半のマラソン大会は「10カ所」
最も少ないのは「7カ所」
比較的多いのは以下の大会である。
東京マラソン15
静岡マラソン15


横浜マラソンが日本一の「18」にこだわった理由は、ランナーの満足度にある。
マラソン大会に参加したランナーは、各自のブログ、RUNNETのレビューなどに「大会講評」を述べる。
次回大会の参加を検討するランナーは、その講評を参考にして出走を決める。

特に横浜マラソンは参加費も日本一。
マイナスポイントがあった場合
「15,000円も払ったのに・・」
と言われかねない。


ランナーが評価するポイントは
・記録がねらえるコースか
・天候条件
・景色
・おもてなし

なかでも、もっとも満足を左右するのが「おもてなし」だ。
おもてなしには「主催者の企画」「ボランティアのサービス」が挙げられる。

運営に対する意見の例
・スタート地点のトイレが少ない
・給水所に水がなかった

ボランティアに対する意見の例
・場所を尋ねたら、周囲の状況を把握していなかった
・雨の中、励ましてくれた


横浜マラソンでは「18」という数だけでなく、そこでは「パフォーマンス給水」という試みも予定している。
コース中に10kmに及ぶ高速道路が含まれていることもあり、後半は応援観衆が見込めない。
それをカバーすべく、運営側で募集して配置する人員でランナーに「おもてなし」をするというわけだ。


大会終了後、ランナーがどのように評価するか、とても楽しみだ。
天気予報は「晴れ時々曇り」
出場するランナーの皆さん、好レースをお祈りします!

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2015年3月14日 (土)

シューマッハに替えちゃえば

AIR ZOOM TURF シューマッハは、発売当初からプレ値ショップでは3万円以上で販売された。
元値の2倍である。

「NOMOMAX」を買った時は、靴コレクターになるつもりはなく、会社で履けるからと「TOTAL MAX SC」に手を出したところで止めるつもりだったのが、シューマッハに手を出した経緯はこうである。

「NOMOMAX」を入手した時点で、シューマッハは既発であり、Get on! や Boon!のプレ値広告を見ては、格好いいけど高いな。そもそも靴を集めるつもりはないし・・・
その程度に考えていた。

ただし「NOMOMAX」は苦労して入手しただけに"履く靴"以外に"取って置く靴"が欲しかった。
そこで、巡回していたあるプレ値ショップで、2足めの「NOMOMAX」を入手。
27,800円也。
だが、1足め(27.0)を履いていて、サイズがきついことがわかっていた。
そこで、店頭になかったサイズ(27.5)を取り寄せるという約束で購入決済した。

一週間後、もう入荷しただろうかと巡回したところ未入荷。
顔なじみの店員Aさんは少し困り顔。
市場に定価売りの「NOMOMAX」はなく"並行輸入"と称して調達してくる店もない。
そんなことは口にしないが、入手が難航しているらしい。


ふとみると、サイズ違いの「NOMOMAX」のヨコに、燦然と存在感を放つ赤・黒のそれがあった。

わっ、シューマッハじゃないですか?
値札は3万円。
雑誌広告のプレ値と較べれば最安だが、やはり元値の2倍。


「今日入ったんですよ」

かっこいいなぁ・・
この目で見て、手に取ると心が弱くなる。
靴は2足で打ち止め。
そう決めている。

佐野元春だったらここで
「もう一足いこう!」
と言うだろう。

するとAさんが苦肉のセールストークを吐いた。

「シューマッハに替えちゃえば」

即Get!

「NOMOMAX」に払っておいた27,800円に、差額の2,200円を払って、シューマッハにしちゃえば?
というAさんの言葉は、こうして数十年が過ぎた今思うに、悪魔の啓示だった。

それは、シューマッハ1足を手にしたからではない。
「減量のための散歩で履く」←NOMOMAX
「会社で履く」←TOTAL MAX SC
はじめの2足には大義があった。

だが、かっこいいというだけで、まったく大義のない靴を買った。
ここで、歯止めが効かなくなってしまったのだ。
手元の記録では、これに続く3ヶ月で8足を買っている。
Aさんのセールストークは、まさにパンドラの箱を開けてしまった。


それから18年。
シューマッハにお別れする日が来た。
もう現役はとっくに引退している。

NOMOMAX」などのビジブルエア搭載靴は、加水分解により目に見えて崩壊してしまう。
そこで、捨てる踏ん切りが着く。
だが、ZOOM AIRは見た目に損傷がわかりづらい。

誇りが被らぬようかけて置いた布をはぐってみると、アーチ部分の装飾が醜くただれていた。
格好良さが取り柄のこの靴。
見た目が損なわれた時が、捨てる時と決めた。


この靴を履いて出かけた鈴鹿サーキットのF1観戦。
雨のレースだった。
ペースカーが何度かはいったため、終了が遅くなり、予約しておいた近鉄特急に間に合わなかった。
それでも、普通ダイヤに席を得て、鈍行に揺られる旅は楽しかった。

「おっ、シューマッハ」
と言われ嬉しかったが、内心では
「履いている方は辛いんだということはわからんだろうなぁ」
と思っていた。
モノには思い出が宿る。

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2015年3月13日 (金)

佐野元春と親せきが出て来る長い夢

長い夢だった
このシリーズはいつもそうだ。
夢にしては、筋立てもしっかりしている。

楽しい夢は、得てしていいところで目が覚めてしまい、続きを見ようと思っても叶わないものだが、このシリーズは十分に満足した一篇となる。


元春がその親せきと一緒に僕を誘いに来た
彼がキーを渡す
彼の車を僕に

彼は「僕がこれを」と言って僕の車の運転席に乗り込んだ
愛車のハンドルを渡したことはないので不安だ
彼は運転はうまいのだろうか
その助手席に乗ったことがないのでわからない

僕の車は白いAE86
1980年代の名車
豆腐店とは書いていない。


田舎道の県道から左にはずれていく。
そこから、くねくねと曲がった道を上った所に広い駐車場
まだ元春は着いていない

大丈夫か

彼の親せきと2人で見回す
やがて彼が着いた
ほっとした

皆で古い屋敷
(というより遺跡)
に入って行く
入口はまるで竜宮城の門
どうやらここは、彼の実家だ

門をくぐると、その先は広大な敷地
彼は僕にぴったりくっついて無邪気に話す
異様に距離が近い
頬が当たりそうだ

人気者というのは、オープンな心で人と接するから距離が近いのか?
そんな分析をするが、自分には無理だと思う

そこかしこで、縁日のような露店が並ぶ
彼はフルーツとジュースに目を停める
僕がこれを(払うよ)
と言ってフルーツを手にすると、そうだねと目配せして
彼はジュースのほうを買う

美味しい
というと、彼は僕の手元に視線を送る
ジュースとフルーツを交換

次にくぐった門の先には
白いシャツを着た高校生達がいる
社会見学のようだ
元春は彼らの先頭に立って場内を案内する

スピーカーからは、元春が歌ういかした曲が流れている
これは、最近の新曲だったかな・・
曲名がわからない
さすがに本人にそれは聞けない

小さな城の前に出た
すごいですね!
と言うと、親せきがここは売ることになったんだと言う
あぁそれで、今日は別れを惜しみにきたのかな


元春はやがてブレーメンの音楽隊のような複雑な形をした
コートを着て帰路につこうとする
そのファッションセンスは脱帽
子どもの頃から長く、ファッションに気を配らないとできない組合せ
高校生まで私服を1着しか持っていなかった僕には異次元のセンス

その服装いかしてますね
というと、元春はマフラーの長さが気に入らないんだ
と不服そうにマフラーの裾をつまむ
いつのまにか、親せきも同じ服を着ている

やがて元きた駐車場に出て、僕は見送られる
記憶はそこが最後だった


佐野さん、誕生日おめでとうございます(笑)

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2015年3月12日 (木)

4歳の誕生日 今年もくまモンポッキー

3月12日は、2011年に東日本大震災が起きた翌日。
ということは、九州新幹線(博多~鹿児島中央)が開業した日だ。
ということは、くまモンの誕生日。

くまモンは4歳になった。
くまもんは0歳の時(2011年10月)に、熊本県庁営業部長に就任している。
2歳の時(2014年1月)からは、熊本県しあわせ部長も兼務。
40歳になっても係長にすらなれないヒラ社員おじさんにとっては、雲の上を往くキャリアである。


グリコは毎年3月に、くまモンの誕生日を記念して「くまモンポッキー」を発売している。
2013年から始まり、今年は3年連続3度めの発売となる。


2014年版ではラッキーアイテムとして、一部の箱に「熊本県営業部長くまモン」と書かれたたすきが同梱されていた。
その際は、16個買ってようやく1個を引き当てた。



2015年の誕生日もコンビニ店頭に「くまモンポッキー」が並んだ。
それに気づいたのは、ローソンのロッピで「お試し引換券」対象商品に入っていたからだ。
早速、2個を引き替えた。

今年もたすきのようなラッキーアイテムはあるのだろうか。
早速開封する。
1袋のミルクココアポッキーを取り出し、箱を逆さに振ってみる。
何も出ない。

ここで、グリコポッキーのページを閲覧。
ほとんど商品説明はなく、ラッキーアイテムの言及もない。

Googleに並ぶトップ記事は、ほとんどが2014年度発売時のもの。
まだ、出たばかりで情報がないのか。
それとも、今年はお楽しみの趣向は用意されないのか。
しばらく、様子見だ。


熊本県産牛乳を使っているのは例年どおり。
熊本県の食品業者は、使用する材料にかかわらず、申請によりくまモンの絵柄を使うことができる。
一方、グリコのような県外業者は熊本県産の材料を使えば、申請によりくまモンの絵柄を使うことができる。


くまモン誕生日の前日、北海道に旅していた知人がお土産を買ってきてくれた。
札幌でくまモンを見かけたら写真撮ってきて!
と頼んでおいたところ、ご当地くまモンを見つけてきたのだ。

熊本から北海道に出張中だモン!
ミルク缶を抱きかかえたびっくり顔のくまモンが根付けになっている。
可愛い ^^;)

今やくまモン、ふなっしーは全国で"ご当地展開"をしている。
新千歳空港で見たところでは、くまモンを1とすると
ふなっしーが2、そして、妖怪ウォッチは7だったという。
そういえば、2015年1月東京の「くまモンファン感謝デー」で、くまモンが「ようかい体操第1」を踊っていた。

くまモン、誕生日おめでとう!
これからも、みんなに笑顔をよろしくま!

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2015年3月11日 (水)

AIR ZOOM TURF シューマッハモデルとお別れの日

シューマッハとお別れの日が来た。
まず誤解のないように断ると、ここでいうシューマッハはナイキの靴の話しである。

AIR ZOOM TURF
【 えあ ずーむ たーふ 】

F1ドライバー、ミヒャエル・シューマッハ初のシグネチャーモデルとして1996年FALLシーズンに発売された。
発売時メーカー希望小売価格15,000円。

当時はイエローグラデでお馴染みの「エアマックス95」
それをオールブラックレザーにした「TOTAL MAX SC」
野茂英雄のシグネチャー「NOMOMAX」
どれもが15,000円。
だが、それを定価で手にした人はとても幸運だった。


当時ナイキのスポーツシューズは、エアが見える「ビジブルAIR(またはairmax)」とエアがミッドソールに内包されている「ZOOM AIR」に大別された。
AIR ZOOM TURF(以下シューマッハ)は「ZOOM AIR」搭載。
「airmax」のぐんにゃりとした履き心地に馴染めない人は「ZOOM AIR」の靴を好んで履いた。

TURF という名前が示すように、人工芝の上でのトレーニング用として造られている。
ミヒャエル・シューマッハのシグネチャーは当時3種類つくられたが、初代の「シューマッハ」にはモデル名称にシューマッハ SCHU が入っていない。
マジックテープのベロにサインが入っている。
そういう点ではまさにシグネチャー(署名)モデルである。
当時、野茂英雄の「NOMOMAX」全盛を極めたマイケル・ジョーダンの「AIR JODRAN」にも署名は入っていなかった。



この「シューマッハ」の特色は、最高にかっこよくて目立つことだ。
ナイキ1990年代シューズのベストデザインと言える。
鈴鹿サーキットのF1観戦に、この靴を履いていくと、すれ違う男から
「おっシューマッハ」
という声がかかったものだ。


そして、もう一つの特徴は最高に履きにくいことだ。
サイドのカットがかなり高く、足のサイズに合わせて選ぶと、くるぶしに当たる。
その履き心地は、歩く罰ゲームと言えた。

「外国人の足に合わせて造っている」
と通を気取って解説するコレクターもいたが、どこの国にこんな特殊な足をした民族がいるものか。
試着した段階でこれは無理だと思ったが、あまりの格好良さに勝てず、2サイズあげて買った。
「AIRMAX」「NOMOMAX」では27.5のところ「シューマッハ」は28.5。

靴というのは小さいと足が痛くなるが、大きくても足が痛くなる。
屈曲する位置が自分の足と合わないため、足に負担がかかるからだ。
2サイズも上げた靴が歩きやすいわけがなく、辛さを感じないのは、静止している時だけだった。
こうなると履く靴と言うよりは、見せる靴だ。


1997年11月に出た「ZOOM SCHU」は、一転してとても履きやすかった。
ミヒャエル・シューマッハが監修して、日頃の運転用に造ったのではないかと思える出來。
アウトソールのゴムがかかとの高い位置まで切れ上がっていて、かかとが傷みやすいクルマの運転に重宝した。
定価は同じ15,000円。
ダイエーで16,000円で売っているのを見つけて即ゲットした。
その後、靴が増えすぎて置き場所に困り、友だちに廉価で売った。

数多くの靴を売ったり譲ったりしてきたが、この靴だけは売ったことを長く後悔していた。

つづく

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2015年3月10日 (火)

スパムの姿煮弁当

2015年初春
長かった冬が過ぎて、日本にも春が来た。
ということを、かじかむ手に"はーっ"と息を吹きかけながら書いているわけだが、言ってしまった方が気分が出る。

そんな春を迎えた日本では手作り弁当が人気だ。
今、ある手作り弁当本がベストセラー1位となっている。

「今日も嫌がらせ弁当-反抗期ムスメに向けたキャラ弁ママの逆襲-」
著者:ttkk

元ネタは人気の高いブログ「ttkkの嫌がらせのためだけのお弁当ブログ」
月間350万アクセスというから、羨ましい(笑)

そうか、面白い弁当を作ると人気になるのか。
過去に「しらべるが行く」でも、弁当を取り上げた記事は多い。
検索すると50篇ほどがヒットした。

だが、面白さを狙った弁当というと次の2つくらいだ。

そこで、今日は3つめの面白弁当に取り組んだ。
名づけて「賞味期限切れスパム弁当」

要するに、いつか食べようと思って買い置きしていたスパムソーセージが、食料在庫の底から発掘されて、確認すると、とうに賞味期限が切れていた。
もったいないから、食べちゃったということだ。

Photo

パッケージには「スパムおむすび」の写真
玉子らしき黄色いものが映っている。

玉子を焼くのは面倒だ。
そこで、ここ数ヶ月、再び姿を消していたセブンの「玉子サラダ」が復活したので添える。
手軽に玉子を摂りたい時、このサラダはとても便利だ。


朝は忙しい。
台所を使って悠長に弁当を詰めている暇はない。
T-Falのケトルで速攻でお湯を沸かし、UFOの空き容器でスパムを温める。
その間にセブンの「玉子サラダ」を弁当箱に敷き詰めてスタンバイ。

5分ほど湯煎したスパムの封を切り、その上に鎮座させる。

ど~だ!
この威圧感

Photo_2

スパムが全面を覆い、下に何があるか見えなくなった。
これを人に見られるのは、かなり恥ずかしい。
もしも、中高校生にこれを持たせたら、かなりの嫌がらせになるだろう。

一見辛そうに見えたが、このスパムは薄塩。
賞味期限が過ぎたせいではないと思う。
玉子サラダと共に控えめな味。

味覚の刺激がうすい。
ご飯が進まない。
ケチャップでもかけておけばよかったと後悔した。

よくいえば、健康的。
でも、何がやりたいのか、よくわからない。

見た目が恥ずかしいうえ、味は平凡。
二重の嫌がらせとなる、シニカルな弁当に仕上がったといえる。

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2015年3月 9日 (月)

5日以上連休の安らかな過ごし方

連休の心安らかな過ごし方を考えている。

夏休みのある小学校時代に戻りたい
と歌うのはMr.children。
さすがに小学校は無理だが、長い休暇はほしい。

年末年始休暇
夏期休暇
ゴールデンウィーク
数年に一度のシルバーウィーク
5日以上の連休はいくつかある。


人には楽観的な人と悲観的な人がいる。
どちらかというと、悲観的な人が多いようにみえる。
それは、悲観的な人の方が、より発信するからだ。
自分だけの中で不安を抱えきれなくて、それを声高に述べる。

家族や友達、同僚
リアルで聞いてくれる人がいないとtwitterやSNS
だから、悲観的な人が多くみえる。


楽観的な人は、小さな幸せを見つけるのがうまい。
それを他人に言う必要がない。
悲観的な友達がいると、その人にもそのテクニックを教えてあげるのだが、悲観的な友は不安に支配されているため、言うことを聞かない。
あらゆる論説を駆使して、悲観の優位を力説する。
だから、もう言えなくなる。

楽観的な人は静かに過ごす。
だから世の中は、より不安が拡散していく。


連休が近づく。
仮に7連休としよう。

悲観的な人も楽観的な人も同様に、楽しみにしている。
もうすぐ7連休だ。
7日も休めるぞ。

さて、連休が始まる。
4日めの陽が西に傾く頃、悲観者と楽観者の気分は大きく異なってくる。


悲観者は、こう考える。
今日が中日だ。
既に半分が終わってしまった。
もう残りのほうが少ない。

気持ちは落ち込んでくる。
休んでいるというのに。

あぁここまで速かったな。
はじめは7日もあったのに。
自分は何をしていたのだろう。
きっと、この後の三日間もあっという間なんだろうな。

こうなると、幸せとはとても言えない。
悲しむために休んでいるようなものだ。


7連休の4日めの午後
楽観者は、こう考える。

明日から3連休だ。

ここまで4日も休んだ・・
そういったことは考えない。

3連休といえば、いつもの週末よりも1日長い。
1日を終えて「まだ二日ある」
2日終えても「あと1日プレミアムがついている」
そう思える。


大切なことは、過去をカウントしないと言うことだ。
時間は未来から過去に流れている。
目の前、1分前に集中する。
そうすれば、連休は楽しくなる。

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2015年3月 8日 (日)

石川県の走りどころと見どころ

北陸新幹線開業記念事業として、2015年11月15日(日)に「金沢マラソン」開催が予定されている。
新幹線開業から2日後、2015年3月16日にエントリー受付が始まる。
この大会のコースレイアウトは一見すると、長野マラソンに似ている。
・スタート会場とゴール会場が別々
・市内の名所を巡る
・一定方向に走らないので、風の影響をうけづらい
・海に面していないので、風の影響が少ない
そして、北陸新幹線を使って東京から入りやすい。
定員は12,000人(長野マラソンは10,000人)
ただし、定員を超えた場合、抽選となるところが違う。


石川県では、従前から2つのマラソンが開催されている。

1つは「加賀」で行われていた「全国健勝マラソン日本海大会」その後「全国健勝マラソン加賀温泉郷大会」「加賀温泉郷マラソン」と名前を変えた。
2014年は開催されなかったが、2015年は4月19日に開催される。
地元の暖かさが伝わる大好きな大会。いつかまた走りたい。

もう一つは「能登」
2009年より「能登和倉万葉の里マラソン」が始まった。
定員5,000人を堅持して、手堅い人気を得ている。

能登には海鮮丼の名物「能登丼」がある。
「能登丼」は能登でとれる魚介類を乗せる海鮮丼の総称。
店によって乗せる魚が違う。
観光ガイドにいろいろな店の「能登丼」が紹介されている。

「能登和倉万葉の里マラソン」の参加者には「能登マ丼」が振る舞われる。
ごはんの上に牡蠣とタレがのる"能登丼のマラソン仕様"
大会主宰者が、オリジナル丼として命名した。

地方の名物をアレンジして、マラソン大会仕様で提供する例としては、徳島名物「フィッシュカツ」を配る、とくしまマラソンの「フィニッシュカツ」があるが、そちらはビニル袋を変えただけ。
専用レシピによるものとしては「能登マ丼」が初めてだろう。



金沢のガイドブックを見ると、観光は「ドライブ」つまりレンタカー前提となっている。
そして「温泉」「海鮮」のオンパレード。
新幹線「かがやき」で金沢駅に降り立ち、さぁ何処に行けばいいの?
というと、すぐに答えが出ない。


金沢の観光名所は、金沢市にある日本三大名園の兼六園。
ここには2004年にできた「金沢21世紀美術館」が隣接している。
兼六園自体、ゆっくり回ると2時間はかかるので、美術館を含め、さらにお茶やお昼もすれば半日が過ぎる。

もう一つ挙げるならば「ひがし茶屋街」
ひとことで言うならば"1820年に加賀藩主がつくった茶屋街の名残を留めるレトロな町並み"である。



食べ物で、能登丼以外の名物は「かぶら寿司」
ただし、隣県福井の「焼き鯖寿司」富山の「ます寿司」と較べると無名だ。
2010年に訪れた時、小松駅、小松空港で探したが、見つからなかった。

金沢の御菓子と言えば、松葉屋の栗蒸し羊羹「月よみ山路」が美味い。
1本630円。駅・空港売店で売っている。

自分の記念品としては、能美市など広い地域で生産されている「九谷焼」
輪島塗で有名な輪島市は能登半島にある。


最後にサブカルチャー?ネタ。
能登半島の付け根にある羽咋(はくい)市は、UFOの目撃情報が多いUFOの町。
宇宙科学博物館「コスモアイル羽咋」がある。
その本気さが嬉しい施設だ。
金沢から、JR特急サンダーバードに乗れば37分で羽咋に着く。

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2015年3月 7日 (土)

祝!北陸新幹線 金沢延伸開業 石川県の基礎知識

2015年3月14日、北陸新幹線が金沢まで延伸開業する。
従来、北陸新幹線は長野止まり。
通称「長野新幹線」と呼ばれてきた。
最速ダイヤ「かがやき」は、金沢~東京を2時間28分でむすぶ。
東京~大阪間とほぼ同じだ。

石川県は、1871年当時、面積が日本最大の県だった。
1881年に福井県、1883年に富山県が分離独立して、その座を降りている。
そのため、今でも「北陸=福井、石川、富山」の中核都市として位置づけられている。

駅名の「金沢」は県庁所在地、金沢市の地名。
石川県の国立大学は「金沢大学」
公立、私立でも「石川大学」はなく"県名のみを冠した大学"がない唯一の都道府県である。
2005年開設の「石川県立大学」はある。

石川姓の有名人は多い。
想像すれば、あなたも2人くらいはすぐに頭に浮かぶだろう。
だが、いずれも石川県出身ではない。
石川さゆり=熊本県
石川遼=埼玉県
石川啄木=岩手県
石川セリ=神奈川県
石川ひとみ=愛知県
石川梨華=神奈川県

北陸新幹線開業に合わせて「るるぶ」や「まっぷる」をはじめとする旅行ガイドブックが部数を伸ばしているところだが、その多くは「金沢」「能登」「北陸」を冠しており、唯一「るるぶ石川-能登 金沢 加賀温泉郷-'15」があるだけだ。
ということなので、以下本文では「金沢」で話しを進めたい。

金沢と言えばなに?
と問われたら、なんと答えるだろうか。
数人に聞いてみたところ、誰もが一瞬答えに詰まる。
そして、申し訳なさそうに「兼六園かなぁ・・」という。
だが、兼六園が一生に1度行かなければ、死ぬに死ねないというほど、訴求力がある観光地かというと疑問だ。

金沢と言えば「山代」「和倉」「片山津」の温泉が看板である。
県の西部には「加賀温泉郷」があるが「加賀温泉」という温泉はない。
片山津温泉、山代温泉、山中温泉の最寄駅に「加賀温泉」という名があるだけだ。

そして、もう一つの看板は日本海に突き出した能登半島の観光。
石川県は、金沢市と加賀温泉郷の「加賀」と、能登半島の「能登」で構成される県である。


「金沢観光」に訪れる人にとって、主となる従前の足は「飛行機」「高速道路」だった。

羽田空港から小松空港までは60分の飛行時間。
小松空港は1961年に開港した。
小松空港経由では、東京から能登まで4時間かかる。
それを2時間に短縮する狙いで、能登空港が2003年に開港した。

高速道路は福井県から入ってきた北陸自動車道が、富山県へ抜ける。
冬場になると、観光バスやマイカーで名古屋、大阪方面から大勢の人がカニと温泉を求めてやってきた。

後編へ

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2015年3月 6日 (金)

同窓会にアウェー感を感じる理由

1つのテーブルに10人ほどがつき、それが5卓設えられた。
出席者が5人を超える宴席に出るのは、ずいぶん久しぶりのことだ。
料理は個々に供されるコース料理。
だが、ここで何が出たか、何を食べたか、美味しかったか、そうでもなかったか。
さっぱり覚えていない。
宴会から半年が過ぎているせいもあるが、恐らく翌日にこの稿を書いても思い出せなかっただろう。
断片的な映像が記憶の彼方で揺らいでいる。
音声は付けようと思えばつけられるが、それは個人の言葉ではなく、わーっという歓声になる。


一番遠い席から、一番年下という後輩が挨拶にきた。
体育会系ではないので、そういう気を使う必要は全くないのだが、来てくれると嬉しいし可愛い。
男だけど。
とてもしっかりした考えを持った青年なのだろう。
と言っても、彼ですら卒業から20年は過ぎている。
最も彼に聞くべき質問である、いつ頃、この愛好会の歴史が潰えたのかをぶつけたものの、彼にも明快な答えの持ち合わせはなかった。


時間の経過と共に、場が解ける。
運ばれてくる料理つまり、自分の初期席に紐付かない宴会に変わっていく。
自分の席を動くと言うことは、行き場所がなければならない。
行き場所とは、そこに話しかける相手が必要だ。
そして、その話しかけた相手が、来訪を歓迎してくれて話しが弾むという成算が要る。

自信がない。
いや、自信がないというより、歓迎されるべき実績がない。
誰もが楽しい時を過ごしたい。
旧交を温めるに足る、共感を醸成できる人と語りたい。
数十年ぶりに逢う仲間であればなおさらだ。


動けない。
時々、料理から目線をあげて、行き場所を探してみる。
しかし、既にそこかしこに、しっかりとしたコミュニティができており、誰一人として人恋しく手持ちぶさたを託っていない。
無理をして、よい方に評するならば「出遅れた」と言えるのかも知れないが、先手を打って滑るのは怖すぎた。


はじめの席で1人、グラスを見つめているのは辛い。
ひとり卑屈になっている姿を見せているのは、盛り上がっている皆にとっても興ざめだろう。
ようやく、親友の隣りに1人分のスペースを見つけて移動する。
あまりに長く黙っていたので声が出ない。
周囲の喧噪にかき消されぬよう、腹に力を入れて話そうとすると、肩にも力がはいってしまう。
それを悟られぬよう、リラックスした外観を構築する。


なにか一つ収穫を上げるとすれば、自分が自分を嫌いになるような、心にもない作り話や、他人を不愉快にするような下世話な話しで場をつなぐことに逃げなかったことだ。


「アウェー感」という言葉がある。
日頃親交の薄い親せきから法事の連絡が来た時、そこにたった1人で隣席する自分を想像する。
あるいは、できあがったコミュニティに、新参者として乗り込む。

時間とお金をかけて、苦しみに行くことを人は避ける。
アウェー感を感じる場所に、人は足を踏み入れないものだ。

同窓会に「アウェー感」を感じるということは、リアルタイムの頃に大切な何かを構築していないということだ。
それは「共感」
漢字でたった二文字だが、仲間と共感を醸成することこそが、最も難しいことだ。
無理をしても作れない。
短期間ではなおさらだ。
長い期間をかけて、信頼関係を継続する。
そこで初めて、共感が生まれるのだ。



宴会ダイエットという造語がある。
しらべるで造った。
宴会では、いつも以上に気を使ってしまうため、脳がエネルギーを大量消費する。
高カロリーの飲み食いをしたにもかかわらず、カロリーの収支がマイナスとなり、帰宅して体組成計に乗ると体重がマイナス。内臓脂肪率だけが上がる。

この後、クルマに乗って実家に帰る。
そこには、体のデータを定点管理している体組成計がない。
恐らく、体重は1kgくらい減っていたことだろう。

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2015年3月 5日 (木)

たこやき屋になっていた黒田庵

黒田庵はどうなっているだろう。
数ヶ月前、しらべるに掲載している黒田庵の記事をみた読者が、ついに店が閉まったことを知らせてくれた。

ひっそりと住宅街にたたずむ黒田庵・・・
そんな映像を覚悟して車を寄せると「営業中」の看板。
なんと幟がはためいているではないか。


そこは、たこ焼き屋になっていた。
黒田庵のネームプレートは取り外されている。
お店に入ってみると、見覚えがある顔。
謎の中国人の大将がなくなったあと、店を守っていた今くるよに似た奥さん
ではなくて、そのお孫さん。

確か、お孫さんだよね?
数年前、ご主人が亡くなったと聞いて「上定」を食べに来たときは、まだ高校生くらいに見えた。

はいそうです。
快活な応えが返ってきた。

この後宴会でなければ、買って帰りたいところだ。
いつかまた、この店が定食屋として、学生やサラリーマンで賑わうことを祈り、店を後にした。



事前に調べておいた駐車場にクルマを停める。
今日はこれを理由に、烏龍茶宴会だ。
酒を一滴も呑まない宴会は、会話の相手に恵まれれば好適だが、裏目が出た場合、悲惨だ。
ひたすら冷静に、その寂しい状況を分析する時間となってしまう。


約束の時間より10分前に着く。
まだ集まっているのは10人ほど。
今日は総勢40人ほどになるという。

店舗の二階座敷を貸し切り、在籍年代別に着席する。
席につくと、同期女子が先着していた。
卒業以来の再会だが、まるで変わっていない姿に驚く。

同窓会に来る男は禿げていない。女は太っていない。
というのが、しらべるの持論だ。
もう子育て世代ではないが、今度は親族の介護世代にさしかかっている。
スケジュールが合わないなどの理由で、顔を出さない人にはそれぞれの理由がある。



この愛好会の歴史は、およそ15年ほどだ。
1990年代に途絶えたらしいが、誰もその詳細を知らない。
最年少の参加者ですら「自分が卒業した後に途絶えたらしい」という程度の情報しか持っていない。
インターネットの普及で、ずいぶん昔のことまでわからないことは無いと言っていい時代になったが、その情報に接していた人々が10人以下の場合、Google先生をもってしても、真相に迫ることは難しい。

約束の時間が来て、まだ数人が着いていない。
だが、この後のスケジュールが押す。
二次会も予定されている。
幹事が開宴のスピーチに入っている。


同窓会が始まった。
乾杯の発声は、皆の人気者だった一学年先輩のAさん。
外見は少々変わったとはいえ、語り口は変わらない。
そこにいる誰もが、グラスを片手に口元を緩めて聞き入っている。

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2015年3月 4日 (水)

数十年の時が過ぎても変わっていないもの

学校を出てから初めての同窓会。
出席するよと返信したことを今は後悔している。

AVENUEを出てから、長いズボンに着替えた。
さすがに短パンにくまモンTシャツという格好ではいけない。
未だにバカなのがばれてしまう。

バカと呼ばれているのを知ったのは、インターネットが普及してMLが流行った頃のことだ。
部活の仲間で作ったMLがあるという噂は聞いていたが、入るつもりはなかった。
もうインターネットが普及してからずいぶん過ぎており、今頃流行っているコミュニティに危険なにおいを感じていたからだ。

それでも気まぐれは起こる。
ある日、仲良しだった後輩が「MLに入りませんか?管理者のMに連絡しますよ」と誘ってくれた。
そこで、やんわりと辞退すれば事なきを得たのだが、出来心で頼むよと応じてしまった。
時が流れれば、人の気持ちも変わる。
もしかすると、自分も変わっているかも知れない。

だが、現実は甘くなかった。
しばらく出入りして感じ取ったのは、人がどうこう言う前に、自分が変わっていないと言うことだった。
やはり、そこに居場所はなかった。
おまけに、やめときゃいいのに、過去ログを追ってしまう。
当時サービスが提供されていたそのMLは、グループメンバーは誰でも過去に投稿されたログを読むことができたのだ。

そこに「さのバカ」という文字を見つけた。
名指しされずとも、それが僕のことだとわかった。
学生の頃の僕と言えば、佐野元春に強い影響を受け、周囲から顰蹙を買っていたのだ。
恥ずかしいので、詳しくは書きたくない ^^;)

まもなく、そのMLとは疎遠になった。
今はもうそのサービス自体、利用人口が枯渇して停止されている。



それから十年以上が過ぎた日のことだ。
「卒業以来、初めての総会が博多でありますよ」
去年、箱根ドライブした後輩が誘ってくれた。

今度は迷わず断った。
その日は奇遇ながら博多にいるのだが、幸いにも別件のオフが入っていたからだ。
ところが、そのオフが流れてしまう。

それならば、AVENUEでカレーを食べて、まっすぐ帰ればよい。
しかし、またもや出来心が起きた。
偶然にも、その日博多にいて、予定が空いた。
これは、そこに行けと言うことなのではないのか。

もしかすると、今度は違うかもしれない。
さらに数十年という時が過ぎている。
自分もずいぶん歳を取った。
もう十分な分別の元に、話しができるはずだ。

ならば、少しは話題が合うかもしれない。
宴会とは言え、長くても3時間。
一生のうちで、一度くらい、それくらいの時をお付き合いに使うのも一興ではないか。

予定が空いたので、今からでもいいですか?
後輩にメールを送ると、すぐに返信がきた。
「そうですか。すぐMに連絡します」
そんなに張り切らなくてもいいけどな・・


会場は30年前からあるという居酒屋。
届いた案内メールの文面には、懐かしいメンバーがその懐かしい店で再会できることへの喜びが満ちていた。
その愛好会のメンバーが入り浸っていたらしいが、自分は1度行ったことがあるかどうかだ。


AVENUEを出て着替えを済ませてもまだ、小一時間ある。
学生の頃、暮らした街を散策する。
2年間を過ごした家賃24,000円のアパートは今もその場所にあった。
外壁が塗り直されて、知らない人が見たら、小ぎれいなアパートだが、中身はそうとう老朽化しているはずだ。

たった1人の親友が住んでいた下宿は、それらしい場所に見あたらなかった。

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2015年3月 3日 (火)

AVENUEが近くにある幸福

熊本方面から福岡を目指して来たドライバーは「太宰府インター」で降りる。
「福岡インター」まで行くと行き過ぎである。
太宰府インターからAVENUEまでの道筋を、今年はプリントアウトしておいた。
春日市は直角の区画がほとんどなく、まっすぐ走っていると思っても曲がっている。
カーナビなしで目的地を目指していると、とんでもない所へ出ることになるからだ。

前もってマスターに電話を入れておいた。
年に1度会いに来るのに「臨時休業」などされては敵わないからだ。
土曜日の午後、住宅街にある喫茶店AVENUEはそこそこに賑わっている。

おぉ、おつかれさん

1年ぶりに来ても、彼の歓待はこの程度だ。
「おぉ」の冠がついているだけでも、随分と歓待されている気分になる。
お客とはつかず離れず、さわやかな距離感が彼の持ち味であり、これは30年前に藤崎でロッキングチェアを開店した頃から一貫している。

ダッチある?
あるよ

水出しの珈琲をアイスで飲む。
互いの近況を少しだけ語る。
少し話したら、彼はまた忙しく食事やデザートをこしらえる。
こちらは、くまモンスクエアで撮ってきた写真をチェックする。
今年もまた、この店がここにあり、帰って来ることができた。
幸せを感じる。


少し手が休まると、彼は大好きな甲子園に見入っている。
自分もあれからずっと、この街に住んでいたら、今頃、彼と同じ野球チームに入っていただろうか。
いや、それはないな。
1度、日曜の朝に電話がかかってきて
「8人しかおらんけん、来てくれんや」
と言われて急遽駆けつけたことがあった。

学校ではソフトボール部でウィンドミルの球を打ったことはあるが、上から投げる球は別もの。
カーブという反則球を投げる素人までいる始末。
ランナーがいる打席では、必ずバントのサインが出たが、それもバットが球に当たらない。
人並みにできたのは、ライトの守備だけだった。

かり出されたにもかかわらず、途中で部員が遅れてやってきたらさっさと変えられてしまった。
それは違うんじゃないか?
と未だに言えない。多分もう言わないけど。


マスターは、カウンターに座った常連のおばちゃんと話している。
この後、帰宅するだけならば、ここで懐かしのカレーを注文するのだが、この後に同窓会を控えていてそうもいかない。
それじゃ
いく?

この会話も30年来変わっていない。
彼がいくつになっても、ここでこうして店を続けていて欲しい。
今年はそう思うだけでなく、口にして言った。

彼の店AVENUEが近所にある春日市の皆さんが羨ましい。
AVENUEがある幸福を身近に感じていられることは、日本じゅうから個人喫茶店が消えつつある今、とてもあり難いことなのだ。

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2015年3月 2日 (月)

「えー」を言わない方法 2015年版

次に「えーっと」「えー」「あの~」を言う理由はなにか。

1.「えー」を言うことが、悪いとは全く思っていない。
いいとか悪いとか、そんなこと考えたこともない。
「プレゼンは中身が勝負」
「話し方の上手い・下手は二の次」
と思っている。

実際は、そんなことはない。
現代は情報があふれた時代。
どんな話しを聞いても、人は「どこかで聞いたような話し」にしか聞こえないものだ。
「このクスリを飲むと体脂肪率が10%下がります」
と言った夢のような話しでない限り、大抵の話しは経験済み。
「オレの話しには中身がある」
というのは、話し手の錯覚に過ぎない。
プレゼンが「えーっと、とりあえず、おつかれさまです」のように始まると、皆一斉に内職のパソコンに目を落とす。



2.プレゼン原稿を読み込んでいない。
作ったきりで、本番に臨んでいる。
話す時には、見ながら話すのだから、予習は要らないと誤解している。


会議5分前にようやく完成した資料ならば、人は中身を覚えている。
だが、数日前にできていた資料の細部を人は覚えていない。
スクリーンをにらみながら
「あっこんなことが書いてあった」と思いながら、読み上げていることは聞き手にばれている。



3.考えながら、話している。
本来、考えながら話すというのは、かなり頭の回転が速い人にしかできない。
凡人は、考える時間を稼ぐために「えー」「あのー」を挟まないと言葉に詰まるのである。

プレゼン資料には要点だけを書き、行間をトークで埋めるというプレゼン。
未だに多い。
だが、これは、聞き手の共感を得られない。
しかも、そのトークが毎回変わる。
自分で作った資料なのに、そこで何と何を話すか自分が忘れてしまうからだ。



では最後に「えーっと」「えー」「あの~」を1回も言わない方法である。

1.自分は「えー」を言わない人間だと決める。
「えー」を言う人は思考停止していて、美意識に乏しい。
間を取るための時間を「えー」で稼ぐ習慣がカラダに染みついている。
自分はそれを卒業すると決める。
決めなければ始まらない。
はじめのうちは「君のしゃべり方は抑揚がない」などと揶揄されるが、慣れてくると抑揚がきちんとつけられるようになる。


2.プレゼン原稿を何度も読み込む。
聞き手を置いて、実戦形式で練習する。
本番の持ち時間が15分ならば、15分ノンストップで行う。
「あっやり直し」とか「ここは本番では言いませんが」などは一切禁止。

こうして練習した原稿では「えー」を言わない人でも、質疑応答では「えー」を言い始めることがある。
考えながら話すと、人は「えー」で間を取ろうとする。
それは、習慣としての「えー」がまだ体からの抜けていない間のこと。
「えー」を言わない習慣が身についていると、どんな状況でも「えー」は出なくなる。

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2015年3月 1日 (日)

プレゼンで「えー」を言う理由

パソコンを家庭に普及させたきっかけはWindows95。
2015年11月がくると、Windows95が登場して20年になる。

企業が一斉にパソコンを導入したきっかけはWindows2000
Windows serverの流れをくむ安定性と、Windows97から引き継ぐ使い勝手の良さ。
そこからメールがエクセルが、そしてパワポが仕事のツールとして会社にやってきた。
パワポがOHPに取って代わり始めたのが2000年。
従って今年は、パワポ時代に入って15年になる。

OHP時代、プレゼンということばはなく、それは「発表」と呼んだ。
他社に営業に出かけた場合は「説明」だ。



日本の会社では「発表がうまい」と褒めることはない。
なんだか「中身がない」と言っているみたいだから。

「説明がうまい」と褒められても嬉しくない。
褒めなくてもいいから、買って欲しい。

ことばが「プレゼン」に変わって久しい今も
「あなたはプレゼンがうまい」というほめ方は聞かない。
それ自体がオーソライズされた価値観ではないからだ。
プレゼンがうまいと基本給が1,000円上がるという会社はないだろう。
仕事は中身が勝負。
説明のうまさは問われない。



プレゼン上級者の条件として筆頭に来るのは
「えーっと」「えー」「あの~」を1回も言わないことだ。
これができる人は話しぶりだけでなく、その内容もよくなる。


現実に各社からやってくる営業は「えー」「あのー」を連呼する人ばかり。
初老の営業マンが演壇に立つと、すべての文節の先頭に「えー」をつけるので、本題がまったく頭に入ってこない。
話しを聞き終わっても、彼の脂汗と、時折まざる変な関西弁しか覚えていないと言うことがある。
営業マンは関西に住んだこともないのに、なぜか、おちゃらけは関西弁で喋る人が多い。

彼らが入社した頃、発表といえばOHP。
入魂の手書きトラペンの油性マジックに込められた気合い。
踊らぬ文字の代わりに、熟練のマジックトークが冴える。
そんな世代には、字も絵も踊るパワポのスピード感は間合いが合わない。
どうしても「えー」で間を取らないと、調子が出ないのである。


それでは「えーっと」「えー」「あの~」という話し手を、聞き手はどう思っているだろうか。

1.滑舌が悪い。
しゃべりの切れが悪いと、頭の切れも悪い人に見える。
社内の人間ならば、この人は対外プレゼンでは使いたくない。

2.頭の中が整理されていない。
自分でなにを言っているか、分かっていないのではないか。



では「えーっと」「えー」「あの~」を言わない話し手を、聞き手はどう思うか?

1.なぜだかわからないが、聞いていて心地いい。
それが「えー」を言わないからだということには、気づきにくい。

2.シンプルでわかりやすい。
添加物を加えない純米酒が、すっきりとしていて「飲みやすい!」と思う、あの感覚だ。
雑音が含まれない、流暢な日本語は聞き心地がよい。

つづく

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