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2015年11月の30件の記事

2015年11月30日 (月)

ローカル線は駅舎を楽しむのが難しい

いすみ鉄道はワンマン運転
両端の先頭左側に運転席があり、その右側には人が立てる程度のスペースがある。
松浦鉄道に乗った時は、たびら平戸口駅の手前でこのスペースから前方に開けてくる風景を撮った。


車内で立っている人は2人。
そのうち1人は件の前方スペースに陣取って、ずっと写真を撮っている。
もう1人は後方運転席(逆方向ダイヤではここで運転する)の右側に陣取り、去って行く風景をおさえている。

それぞれ納得いく意図があっての立ち乗りだ。
この日のダイヤは、ちょうどよい定員に収まっている。


「菜の花のシーズンは混むでしょうね」
サオリさんとアラブさんが話している。
4ヶ月前から「旅の栞」を準備してきたアラブさんは、どのような心境だろう。
少なくとも、僕とサオリさんはいよいよ始まったいすみ鉄道の旅に穏やかな高揚を感じている。


大原を出るとすぐ、右側の車窓に黄色い花畑が広がっている。
菜の花?
いやいすみ鉄道が菜の花に囲まれるのは3月~5月のはず。
あれはなんでしょうね?

3人とも音楽を聴かせると曲名を教えてくれる機種の電話機を持っているが、写真を撮ってその草花の名前を教えてくれるというところまでは至っていない。
謎は先送りになった。


10:49
西大原は無人駅
いわゆる典型的な"3セクの無人駅"の風情

西大原を出てしばらくすると、運転手がガイドを始める。
右手の池の畔にムーミンのキャラクターたちが居るのだと言って、スピードを緩める。

一斉に右側の乗客は首をひねって振り返り、左側の乗客は立ち上がる。
池のほとりにムーミン一家が佇んでいた。

民家の軒先には柿がなっている。
「子供の頃は近所に柿がなってましたよね」
それは都会で育った2人も、田舎で育った僕も同じ原体験のようだ。


10:55
上総東
ここも朽ちた無人駅
できればゆっくりと駅舎を撮りたいところだが、ロングシートの座席からではそうもいかない。
ローカル鉄道を旅する者には、駅を楽しむことは共通の難題なのである。


ローカル鉄道のローカルは「地域の」という意味であり、田舎という意味ではない。

たまたま近隣に住む者同士がとなり合わせ、駅前のスーパーの話になる。
そうした時互いに「ローカルな話題だねぇ」と笑い合う、あのローカルには「その地方に限定的な」という意味がある。
全国に張り巡らされた新幹線はローカル線ではない。
複数の区をむすぶ山手線も違う。
だがもしも、東京都港区内に始発と終着をもつ路線があれば、それは都会にあってもローカル線である。


しかし、一般にはローカル線は「地方」の「田舎」にある。
それは採算にのらないからだ。
JRが経営に見切りを付けて廃線を決める。
それに対して地域の足がなくなると困る住民から存続を望む声が上がる。
そこで、地方自治体が音頭を取り、第三セクターなどの方法を探る。

いすみ鉄道も1987年7月7日、JR木原線廃線をうけて設立された第三セクターである。
ちなみに午後から乗車する小湊鐵道は一度もJR路線だったことはなく、開業から今日までずっと私鉄である。


採算が厳しい田舎にあるがゆえ、ダイヤの本数が少ない。
1時間に1本あればいい方で、2時間~3時間に1本ということもある。

魅惑的な駅で途中下車すると、続きの路線を乗るための後発列車まで数時間空いてしまう。
それでは、1日に探索できる範囲が限られてしまう。


全国にあるローカル線のうち観光列車と言われる鉄道では、名物駅で10分ほど停車して駅舎撮影などの散策時間をとるところがある。
いすみ鉄道、小湊鐵道にはそれはない。

いすみ鉄道は始発駅の「大原」から「大多喜」
「大多喜」から終着駅の「上総中野」
という2つの区間にダイヤを分けて、大多喜で散策する時間がとれるような趣向になっている。

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2015年11月29日 (日)

いすみ鉄道 ヘッドマークはスナフキン

9:58
今、茂原で特急わかしおに抜かれました^^

アラブさんからメールが入る。
サオリさんからの連絡はない。
上総一ノ宮行き、同じ車両に乗っているのは、僕とあと1人だけになった。


10:04
アラブさんに遅れること6分で「茂原」
家を出てから3時間近くが過ぎているが、ここまであっという間だった。
特急わかしおじゃなくてよかった。
負け惜しみじゃなく。


10:07
今、上総一ノ宮に着きました。
2両目の前の方に乗っています。

ひと足早く乗換駅に着いたアラブさんから再びメールが入る。
着いたらアラブさんと合流しよう。


10:11
「上総一ノ宮」(かずさいちのみや)到着

右側が今乗ってきた快速。
左奥に見えているのが、これから乗り継ぐ外房線「安房鴨川」行き


乗り継ぎ時間は4分。
ホームで写真を撮っていたら、あと1分になったので、とりあえず最後尾車両に乗り、2両目を目指す。
車内はほぼ満席。
恐らくその大半は観光客。

電車に乗って、お昼を食べるだけの観光だとしても、そこそこにお金はかかる。
ある程度、財力がなければできないことだ。
ここに来ているだけでも、ずいぶんと幸せなことだと思う。

2号車最前方のロングシート3人掛けにアラブさん。
そして、てっきり特急わかしおの旅人になっていると思っていたサオリさんもいた。


10:34
「上総一ノ宮」を出て19分で「大原」到着
外房線といえども、太平洋が見えたのはほんの一瞬。
地平線の上に薄くまぁるく乗っかっている水平線には圧迫感があって、見ていて気持ちがいいものではない。

改札を出ると、駅構内の休憩所かと思うような入口がある。
そこからが「いすみ鉄道」



ダイヤはおよそ1時間に1本。
10:46発の「大多喜」行きに乗る。

大多喜までは530円
PASMO・Suicaなどの鉄道系電子マネーは使えないので、券売機に現金を入れて切符を買う。
日頃は、PASMOとクレジットカードでことが足りる。
現金を使って、小銭のお釣りをもらうことに懐かしささえ感じる。
今日は1日、現金の日になりそうだ。

改札の手前には土産モノが売られていたが、先を急ぐ。
外房線で一緒に降りた人たちとの席取り合戦が危惧されたからだ。
いすみ鉄道は1両編成。
座席数が限られている。


ヘッドマークはスナフキン
かつてUFOキャッチャーで彼1人をゲットするために4,600円を費やした苦い思い出が蘇る。


最低限の写真を撮り終えると車内へ。
後部ドアから乗車すると、すぐ右側に数席の優先席。
そこには地元民らしき、お年寄りが陣取っている。
ロングシート左側に、ちょうど3人が座れる場所が空いていた。

10:46
大原 始発

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2015年11月28日 (土)

2度とカラオケに行きたくない人

「これ歌うの初めて」
それは、つまり、オレの実力じゃないよと言いたいのか。
もっと歌い込めば、オレ様の素敵な声が、シンコペーションと相まって、おまいらを魅了するところだぜ。とでも言いたいのか。

誰もが心で言っている。
「またかよ」

曲が始まる。
タイトルが表示される。
えぇっ誰々?
(2人しか居ないんだけど)
そこで、軽く歯を食いしばって言う
「ちょっと練習しよう」

家でやれよ。
とは言わない。だってここは、互いの音楽観を尊重する場所、カラオケボックスだから。
それに、いちいち悪態をついていたら、世にも希な「カラオケ友だち」がいなくなってしまう。
50代がゲスの極み乙女。に我慢を重ねるように、ここは友だちにも我慢をしなければならない。

いちいち言うな
黙って歌え!

今度からは、こんな風に明るくツッコミを入れてみようかとも思う。



「これは思い出の曲なんです」
と玉置宏かと思うようなMCを入れた後に、しっとりと歌い上げ、皆からぱらぱらと拍手を浴びる。

「この曲は集団就職で東京に来た時にバスの中で歌ったんです」
さすがにそんな人はいないが、一曲歌ったあとに思い出を語る人がいる。
そこに、そうなんですねとポジティブ・リスニングで符丁を合わすのが世間の暖かさというものだろうが、時は未来から過去に流れているというのに、過去へのタイムマシンに一緒に乗せられては、明日への道筋を見失ってしまいそうだ。

できれば、楽しいカラオケボックスという場所では、もっと、笑い飛ばせるような明るいネタを出して欲しい。



ゴルフでスコアをごまかす人がそうであるように、カラオケにも「この人とは2度と往きたくない」という閾値を超える行為がある。

それは、人が歌っている時に一生懸命、次の曲を探しているとか、拍手をしないといった協調性を欠く行為ではない。
むしろ、その逆で、本人は協調しているつもりなのだが、それが不評和音を奏でているというものだ。


それは、人が歌っている時に発揮される。

Aメロが始まり歌が始まる。
その唄に合うキーを探りながら、アジャストしようとしている時

ふにゃ~
突然、音階が変わる。
「高いですね」と言ったかと思うと、歌い手に断りもなくコントローラーを操作して、キーを下げているのだ。

あんたはカラオケの先生か

いったい、どんな権利があったら、人が頼みもしないのにキーを変えていいのか。


かと思うと「二番、ぼく」とか言って勝手に歌い始める。
ここで
「やめてください。これは僕が歌いたくて入れた曲なんですから、最後まで歌わせてください。あなたが歌いたいならば、それはまた別の機会にして、この場では、人が入れた唄を聴くのがマナーではないですか?」
といった正論を言った人をまだ知らない。

僕が世界中でその第一号になってもいいのだが。。


「二番」はとらないまでも、もう一本のマイクをとってコーラスを入れられるのも辛い。
だいたい、そういう人はリズム感が悪い。
主旋律が歌いやすいようなコーラスを入れてくれる人は、そもそもそんな勝手なことはしないものだからだ。


あとは希にカラオケボックスを居酒屋と勘違いしている人が居る。
確かに店舗側も、単価を上げるためにフードメニューを取らせようと、居酒屋まがいのカラー写真メニューを置いている。
だからといって、カラオケの〆にお茶漬けを食うか?


お互いの音楽観を尊重し、妙な協調をしない。
それもカラオケボックスの不文律だ。


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2015年11月27日 (金)

カラオケにおける不協和音

カラオケボックスは岡山で生まれたので、僕がカラオケボックスを初めてみたのは岡山市内だった。
ある企業を視察に訪れた時、マイクロバスの車窓から広陵とした敷地に点々とコンテナが置いてあり「カラオケ」と書いてあったのだ。

あれはなんですか?
ガイドの人に尋ねると「あれはカラオケボックスです」

あんなところで歌うんですか?
「そうなんですよ。いったいどんな人が行くのでしょうね」
誰がいくんですかねぇ・・

会話はそれで終わった。
ガイドの彼が脳内にどんなイメージを描いていたかは知る由もないが、僕の脳内には中洲のスナックの動画が流れていた。


「ねぇmotoくん、サザン歌って!」
いやぁ、サザンはあまり知らないんだよなぁ
と逃げを打った翌日、レンタルでサザンを借りてきて、歌詞を暗記するまで練習する。

カラオケとはそういうものだと思っていたのだ。
いや、当時は誰もがそのようなものだと思っていたはずだ。


先輩に連れられてスナックに行けば
「サトウさん、銀恋うたって!」
と甘い声で年増のママが言うと、よし来たと先輩のサトウさんは応じる。
イントロが流れたかと思うと、隣にいたスズキさんが「じゃ、ママ踊ろう」と促し、サトウさんが苦い顔をする。

あのチークというのが苦手だ。
つかず離れず(身体は密着していない)軽いステップを踏んで、いったいその先にどんな未来が待っているというのか。
効率至上主義だった若い頃は、あぁいう予定調和な娯楽が鼻持ちならなかった。
そのせいか、年をとった今も、ハグというのがダメだ。
時々、そういう主義(どういう主義だ)の女性がいて、オフの後などにハグしようとする。
そんな時は、すぐに酔いが覚めて機敏にバックステップで身をかわす。


話がそれてきたので元に戻そう。
そんなこんなで、昔はカラオケというものは男女が風俗営業法のもとに営まれる店で、かりそめの懇親を深めるためのものだったが、今や「誰がいくんだろう」と言っていた方のカラオケボックスが主流だ。


歌いたい人が、歌いたい人と往く。
歌を好きな者どうしにわき起こる共感。
カラオケ友だちがいることは、人生に彩りを加える。
歌が好きな人にとっては。

だが時々、気まぐれは起こる。
それは初めてカラオケに誘った人との間で。


「古い歌でスミマセン」
40代以上の人がいうこの台詞が辛気くさい。
長い間、音楽と離れた暮らしをしている人には新曲がないのである。

人生はその繁忙期において、音楽と離れる時期がある。
就職、子育て、仕事の多忙あるいは充実。
あるいは私生活の充実いわゆる「リア充」

部屋では音楽を時々かけているのだが、積極的に新しい楽曲を取り入れていない。
50代の人がMr.childrenの新譜を聴くことは容易だが、SEKAI NO OWARIの新譜を聴くことは敷居が高い。

音楽には支持される世代特有の呼吸があり、その呼吸を理解するためには、我慢する努力が必要だ。
50代の人が「ゲスの極み乙女。」を聴いて、一発ではまるのは難しい。
ましてやあの早口で歌うのは至難の業だ。


だから、音楽から離れている人には新曲がない。
従って、カラオケで入れる曲はすべて古い。

ただし、誰もそれを責める人は居ない。
唄は世に連れ、世は唄に連れ
その人が共感してきた音楽と共にあることは、誰にも尊重されることだ。

「新しい曲知らなくて」
「こんな唄、知らないでしょ」
1曲入れる度に、歌う度に同じ台詞

そうやって「いやいや知ってますよ」「昔聴いてました」「懐かしいですね」とレスして欲しいのだろうが、いい加減飽きる。


お互いの音楽観を尊重し、上手下手を問わない。
それはカラオケボックスの不文律だ。
それを信じられない人との間に生じるのは不評和音だ。

なんだかよくわからないが、つづく

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2015年11月26日 (木)

人は箱根駅伝のどこを見るのか?

前回からつづくこの話でいう「人」とは日本人のことである。
11月~3月、アスリートのマラソンシーズンにおいて、そのほとんどの大会が全国ネットで生中継される国は日本しかない。

そして「駅伝」は京都の都大路に起源があり、日本固有の競技である。
marathonは五輪競技だが、ekiden はまだ候補にも挙がっていない。


さて、人はなぜ箱根駅伝を見るのか?
推論2
ルールが日本人好みだから

・団体競技である
・ある程度長い時間をかけて勝負が決する
・争う覇権がシンプルである

日本では、こういうルールが好まれる。
NPBセ・パリーグ戦
2006年までの日本シリーズ

たとえ、その日は一敗地にまみれても「明日がんばろう」
そう考えるDNAがある。
AKB48もそう歌っている。

お日様が西に沈み、翌朝東から昇れば、そこから新しい命が生まれる。
そう考えることで、明日への活力が得られると考えて来たのだ。

だから、Jリーグのような2シーズン制、NPBでいえばクライマックスのような、商業優先でこねくり回したようなルールには違和感がある。

各国のプロフットボールで見られる、リーグ戦のあいだにカップ戦が混ざるという趣向にも馴染みが薄い。

一応、贔屓チームがそこに出ていれば応援はするのだが、手に汗握り、勝てば有頂天、負ければ人生が終わってしまうような喪失感は得られない。


マラソンは長い時間をかけて、大勢のランナーが競い、最後に笑えるのは1人だけ。
競技場に入るところまで接戦を繰り広げていた者ですら敗者に数えられる。

敗れた者からすれば「ラスト1マイル」で敗れることは、あまりに切なく悲しい。
切ない敗者がいるからこそ、勝者の歓びは引き立ち輝く。
その光と影の光景を空想しながら過ごす、スリリングな2時間。
それが、日本人の感性にぴたりと来る。


従って昨今の「ペースメーカー」に先導させるレースは、マラソン視聴者を激減させているはずだ。
スリリングなのは、ペースメーカーが離れた終盤だけというのは興ざめも甚だしい。

折しもマラソンブームが始まり、新たに「するスポーツ」層が加わったため、その凋落が目立たないだけ。
元々マラソンを「見るスポーツ」として位置づけていた層は確実に減っていると推測する。


さて、そこで箱根駅伝。
時間は2日にわたり10時間もかかる。

そして何よりも団体競技。
1人ずつが走りタイムを競うのであるから、勝敗は個の力の集積で決まるはずだが、そこが違う。
チームの和。前半で作る流れ。一発逆転の山登り。

そこには団体競技ならではの、不思議な勝ちが存在する。


ルールは一見、複雑に見えるが、それは「5分でわかる箱根駅伝のルール」を読めばわかる程度のもの。
ラグビーのように「なぜ前に投げてはいけないのか」という腑に落ちない約束ごとはない。

覇者は「往路」「復路」「総合」とあるが、その競技進行からみて「総合」が唯一無二の高峰であることは明らか。
それでいて、後方には「シード権争い」の明暗「繰り上げスタート」の明暗といった、サブドラマも用意されている。


推論1:人が見ているから
推論2:ルールが日本人好みだから

これらが、日本において多くの人が何時間も箱根駅伝を見ている理由である。


そして正月は皆、ヒマだ。
人は現代とつながっていたい生き物。
You Tube、レンタルの映画、生中継のテレビがあれば、テレビに惹かれる。

どこのチャンネルを回しても(最近は回さないが)芸能人が年末に撮り溜めたと言われて久しい(最近は生も多い)バラエティ。

その中で4ch(東京の場合)だけは、まさに今を映しだしている。


できれば2016年大会の中継は、もう少し高解像度のカメラを使って欲しい。

2015年大会では優勝した青山学院大学の選手たちが、こぞってアディダスの「タクミ セン ブースト」を履いていた。
そして2015年、好タイムを狙う市民ランナーにとって、それが有効なツールになった。

2015年の放送では、録画映像をチルトした時、靴が判別できなかった。
できれば、ランナーがどういった装備で走っているかを見たいものである。

ランナーに焦点を合わせて撮るカメラだけを高解像度にすれば、沿道の観客まで判別されてしまうことはないと思う。

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2015年11月25日 (水)

人はなぜ箱根駅伝を見るのか?

(推論1)
人が見ているから

ラグビーの生中継を見たいと思っても、一定の視聴率がとれなければテレビ局は放送しません。
W杯でいい結果を残して、人の関心が高まった。
だからテレビ中継が行われる。
それでまず、見るための方法ができるわけです。


もう一つは、2000年代以降の日本を覆うベストセラー追随指向。
音楽、書籍、映画・・
たくさんの人が聴いた、泣いた、興行収入1位。


誰もが感動するならば、それは僕にもそうだろう。他の誰かと同じように。

数字は嘘をつかない
自分で見極めるとハズレが多い
あなたは、そう学習してきませんでしたか?


たとえば、あなたが新しいパソコンを買う時、どのように選んでいるでしょうか。
CPU、メモリー、HD、いろいろなスペックを調べあげて、自分の実情に合った仕様と価格をにらめっこ。
そこまでは、多くの人がしていると思いますが、最後にカカクコムで売れ筋ランキングを確認していないでしょうか。

自分が選んだモノが87位?
あれ、なんでこんなに低いの?
あ、まだ出たばかりなのか。
ところで1位って何?
あぁこれか。このメーカーはこれまでに使ったことがないし、外資系だからなぁ(笑)
でも、誰もが買っていると言うことは、自分も考え直してみようかな。


たとえば、まだCDがなくて世の中の音源はLPレコード。
レンタルレコードもなかった時代。
音楽雑誌に紹介されているカッコイイジャケットのロックアルバム。
「**史上最高傑作」「ハズレ曲なし」
といった編集者による、商業寄りの無責任なキャッチをみて、あなたはなけなしの小遣いをはたく。

しかし、ターンテーブルに乗ったLPが奏でたのは、いま一つ心に響かないロック音楽。
ハズレ曲ばかり・・
あぁ失敗したな。

そんな経験を積んで大人になった方ならば、今この時代、これだけのセカンドオピニオンが溢れていることが、普通ではないことを知っているでしょう。



1997年から一気に普及したインターネット
日本のインターネット人口は1億人(2010年)

人々は感動を言葉に換えて、日本語圏の人々に発信する。
それを受けて、みんなのテーマが醸成される。

そのテーマから商売になりそうなものを選んで、企業が商品化していく。
テレビと新聞とインターネットで拡散すると、それは大きなうねりになる。

それがライブ体験を伴うものであれば、ユーザー(=参加者)は主宰者側に立って発言するエンスージアスト"熱狂的なファン"となり、さらなる感動の拡大再生産に与してくれる。
そうしたテーマのひとつが箱根駅伝である。


人気の高いアマチュア・スポーツ大会である甲子園(全国高校野球選手権大会)が全国から満遍なく参加者を得る大会であるのに対して、箱根駅伝はローカル大会。
学生三大駅伝と呼ばれるうち他の2大会には「全日本」がついているのに、箱根駅伝は地域を冠しておらず、コースだけを冠している。

学生三大駅伝
①出雲全日本大学選抜駅伝
②全日本大学駅伝
③東京箱根間往復大学駅伝

甲子園はライブで見られない関西以外の人も、テレビでよく見ている。
甲子園には一度も足を運んだことがない"甲子園ファン"は多い。

同じ要領で箱根駅伝の沿道には一度も足を運んだことがない"箱根ファン"は多い。
ただ、関東の大学だけが出場している大会であるとはじめからわかっていたら、これほどまで人気大会になったか疑問だ。

今でも主宰者側が「箱根駅伝には地方大学は出ていません」とわざわざクレジットすることはない。
もちろん、これまでもそうだ。
一定の大きさに育つまで、慎重に育てれば、そこから先、細かいことはどうでもいいのだ。
一定のファンを確保した箱根駅伝は、新たなるファンを吸い寄せる。

それは、日本人特有のベストセラー追随指向が働くからだ。


交替で休むお盆とは違って、正月休みは多くの人が一斉に休む。
1月2日~3日といえば、サービス業以外の人は皆、休んでいる。
だからといって、誰もが街コンするほど元気でも裕福でもない。

無料の娯楽「TV」で感動が得られる箱根駅伝をみて、家族やネットの仲間と、同じ時代を共有することは、今年もここで生きていると確認する貴重なイベントになりつつある。


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2015年11月24日 (火)

SONYのx-アプリはユーザーから時間とお金を奪う難問解決プログラム

2015年11月
x-アプリを開くと6.0.2へのバージョンアップを求めるダイアログが出始めて久しくなる。
いい加減面倒くさい。

その日は3連休の初日。時間にゆとりがある。
こんな時でもないと、できないだろうと思い、バージョンアップに踏み切った。
その先に何かが起きるとは想像もしないで。

バージョンアップ後、すぐにx-アプリを起動。
すると"パソコンに古いSonicStageの楽曲があります。読み込みますか?"というダイアログが出た。


確かにSonicStage当時に録音した曲の大半は、x-アプリでは取り込めなかった。
どうしても聴きたい曲は再度、レンタルして録音した。
それなりに痛い出費と手間暇だった。
[はい]を選んでみる。
取り込みが始まる。
すると、しばらくして"残り時間27時間"と表示された。

おいおい、何をするんだ?

せっかくx-アプリに取り込んでいた 4,000曲がめちゃくちゃになるんじゃないか?
あわてて、すぐにキャンセル。

嫌な予感がした。
x-アプリの「ミュージック」フォルダーを開き、ステータスバーに出る曲数を確認。
4,000曲
ほっと胸をなで下ろす。

試しに1つのアルバムを選択すると正常に音楽が流れてきた。
そうだよな。
今時、バージョンアップしたくらいで、音楽が吹っ飛ぶようなソフトはないよな。

そうしてしばらく経った時、随分と下の方にあるリストが再生され始めた。
おかしいな?その前にいくつかのアルバムがあったはずだが・・・

本来ならば再生されているはずのMr.children「REFLECTION」を開く。
そこにはCDで買った「drip」と別途有償ダウンロードした「naked」が入っている。
その中から「蜘蛛の糸」をクリック

楽曲を再生できません
エラーコード00003b6e

他の曲も同じエラー。
それ以外のアルバムを試してみたが、どれも同じ。
一斉に楽曲との関連づけが落ちてしまったのか?

すぐにこのエラーコードをGoogle先生に尋ねてみる。
SONY x-アプリのサイトが開くのだが、このエラーコードについての説明には行き着かない。

試しに、つい今し方(バージョンアップ後に)再生できていた曲をクリック。
それまでも、同じエラーになることがわかった。

なんじゃこりゃ?
アプリがおかしくなったのか?
まずはx-アプリの落とし上げをしてみる。
(パソコンの再起動は、その後にとっておく)

Mr.childrenの「REFLECTION」のリストを開き「蜘蛛の糸」をクリック
すると、いつも通り桜井和寿の切ない歌声がピアノに乗って流れて来た。

ひと安心・・
だが、いったい何が起きているのだ?


翌朝、x-アプリは何もなかったかのように動き、桜井和寿が何食わぬ顔で歌っている。
エラーコード00003b6e は、一時的なメモリーの容量不足といったものを総称しているのだろう。

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2015年11月23日 (月)

白鵬 猫だまし 2015年流行語大賞

北の湖は昭和の名横綱。
現役当時、大鵬に次ぐ24度の幕内最高優勝を果たしている。
(その後、千代の富士、朝青龍、白鵬が超えていった)

学生横綱の実績により幕下付け出し(例外措置)でデビューした"シード選手"輪島に対して、たたき上げで頂点に並んだ北の湖。

千秋楽に2人が対戦するのは当時の相撲ファンにとって最大の楽しみであった。


その理由は、その対戦がいつも見応えがあったからだ。

変わったり、引いたり、はたいたり、空かしたり。
そういうこすいこと一切なし。
堂々とぶつかり合い、一進一退。

北の湖が寄り切ろうとすると、輪島は俵に足をかけて驚異的な粘りで土俵中央に押し戻す。

おいおい、これまでの14日とまるで違うじゃないか輪島
やればできるじゃん

輪島ファンは苦笑いしながら見ていたが、エリート輪島の本気が引き出されるこの対戦は、固唾を呑み血の気が引くような見応えに溢れていた。

互いの全盛期の対戦成績では、北の湖が大きくリードしている印象があったが、通算対戦ではわずかに輪島が勝ち越している(23勝21敗)


輪島と北の湖は強いうえに、正々堂々とした横綱だった。
これだけの正統派スターが東西に並び立った時代は、それ以来ない。
プロレスで言えば、馬場と猪木が同じ団体にいて、シリーズ最終戦にはシングルで激突するようなものであり、今となっては夢のような時代である。

輪島は引退後、プロレスに転身。
北の湖敏満は相撲界を支えてきた。



2015年11月20日
白鵬の猫だましから3日後。
北の湖敏満理事長が死去、享年62歳。
死因は多臓器不全。

横綱朝青龍の振る舞いを品格を欠くとするメディアの攻撃
時津風部屋力士暴行死事件
八百長問題

北の湖理事長は、難問山積の相撲界を支えてきた。
人は抱える心労の数に反比例して、その寿命を縮める。
白鵬の猫だましは、大相撲の神髄復興を願う北の湖理事長にとって最後の心労となった。



スポーツにおける「楽しむ」という言葉は、しばしば誤解される。
アスリートが言う「楽しみたい」は「納得いくよう力を出し切る」ことで結果的に「楽しかった」と思える心の有り様を端的に言っているのだ。
アスリートには語彙が少ない人が多いので、それをしっかりと自分の言葉で表現できないだけである。


白鵬の猫だましは楽をして結果を求めてしまった。
猫だまし直後、メディアに語った「楽しんでます」は本意ではなかっただろうし、それを聞いた人々の心に意図せぬさざ波を立てた。

無名の高校生の猫だましは笑って済まされるが、横綱の猫だましは軽率に過ぎた。

これが流行語大賞ノミネートの前ならば、まちがいなく「猫だまし」が候補に入っていたはずだ。
町では若いカップルの間で猫だましが流行り、格闘技では猫だましに怯えて、様子をみる試合が増える。
プロレスでは、猫だましで笑いをとるレスラーが出るだろうし、漫才師もこぞって取り入れるだろう。
そうなれば、2015年の流行語大賞は「猫だまし」で決まりだった。

教訓
実るほど頭を垂れる稲穂かな


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2015年11月22日 (日)

白鵬の猫だまし 北の湖理事長最期の心労

一生のうち人は猫だましを見ることはあっても、使う人は少ない。
その少ない一人は僕だ。

時は昭和。僕は高校三年生
体育の授業「柔道」で僕は同じ中学校からきたサトウ君と対戦していた。

当時の僕は柔道では向かうところ敵なし。破竹の快進撃を続けていた。
図書館で柔道を研究して、袖釣り込みというワザを覚えていたからだ。


授業で教えるのは背負い投げ、大外刈り。
受験を控えていてムリをしたくない相手は、組み合って牽制するうちに時間切れというのがお約束だ。

組み合うとまず右手で襟。左手で相手の右袖をとる。
襟を引きつける動きを入れると、相手は重心を落として防御する。
すかさず袖を天井に向けてつり上げると、想定していなかった相手はバランスを崩す。
そこで襟をさらに引いて投げると相手はおもしろいように畳に転がった。

しかし、長年の友達であるサトウ君は僕の動きを読んでいて、なかなか畳に転がってくれなかった。

僕らは二人とも近視でメガネをかけているが、柔道ではメガネを外しているため、周りはよく見えない。
だからこそ、僕らは目の前に居る敵に集中していた。

残り時間が少なくなってくる。
もう押さえ込む時間は残っていない。
満を持して、一度かわされた必殺技、袖釣り込みに賭けた。

彼は両手をふりほどき、体を離すことでそのワザを逃れる。
二人の間に距離ができた。

二人で組み合う競技で、身体が離れて距離ができる。
その状況に戸惑った。
プロレスじゃないんだから

再び組み合わなければならないというその時、
ぱんっ
僕は猫だましを繰り出していた。



試合後、友達が次々に感想を言いにやってきた。

いやぁ、おもしろかった
年間ベストバウトだね
みな、大笑いしてたよ

特に猫だましの時は、館内大爆笑。
体育の先生まで苦笑いしていたという。

僕は別に笑いを取りに行ったのではない。
ただ必死だった。勝ちたかったから。
猫だましも図書館の本で知ってはいたが、使おうとは思わなかった。
とっさの行動である。



2015年、僕の仲間に横綱白鵬が加わった。

11月17日、大相撲九州場所10日目
白鵬-栃煌山戦
7月21日の名古屋場所で、白鵬は栃煌山のはたき込みに敗れていた。
その時、白鵬はそう来るかという顔で栃煌山をにらんでいる。


横綱の猫だましに対して、北の湖理事長はこうコメントしている。
「横綱としてやるべきことじゃない。横綱がやるのは前代未聞なんじゃないの?拍手がないじゃない。お客さんはどう見てるか分からないけど」

それはとても感情を押し殺した評論にみえた。

つづく


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2015年11月21日 (土)

下垂体腺腫手術後の日課チェック

手術後2日め
この日から、入院以来の日課である起きてすぐの体重測定が再開する。
パンツ1枚になるわけではなく、病衣を着たまま体重計に乗る。
この日は身体につながれているセンサーなどを取り外すため、ひと苦労だった。

表示された体重は今年にはいってからの最低記録。
マラソン前日でさえ、ここまでは細くなかった。

手術でエネルギーを使い激減したのかというとそうではない。

入院直後に病棟で測った時からはマイナス700g。
それほど減ってはいない。
つまり病院に来た時点で、軽かったのである。

手術に向けて節制しようと思っていたわけではない。
入院前1ヶ月頃から、太ってもいいから栄養をきちんと摂り体力を付けようと思って、食事をきちんと摂っていたら痩せてしまった。
恐らく脳が手術向けのベストな身体を作るべく、一生懸命算段してくれていたのだろう。


つづいて採血が行われる。
その1時間後、分析結果をもって長井医師がやって来た。

「一般病棟へ戻っていいですよ。しばらくどす黒い血の塊が出ると思いますけど」

もう出てますけど、といちいち減らず口を言ったりはしない。
できるだけ口数少なく。
医師の話に耳を傾け、聞かれたことにだけ最低限の意見を言う。

ここでは素人が愚痴を言うよりも、信頼おける医師の言葉が遙かに価値をもっていると知っている。
信頼関係があれば、言葉は要らない(いや少なくて済む)
なかなか、職場ではこうはいかないけどね。


朝食はパン。
おかずはパスタサラダ。
でもまだ全然味がしない。
鼻を塞がれていて、まだ味覚が戻らないのだろう。


10:30
ICUを出て一般病棟へ戻る時が来た。
手術の無事がわかっていた僕としては、これは既定路線であり特別な感慨はないのだが、もしも不安を持って手術に臨んでいたとしたら、この帰還は僥倖であっただろう。

ストレッチャーではなく、車いすに乗って往く。
ICU棟のエレベーターまでは、ICUの女性看護師2人が見送ってくれた。

「耳鼻科で鼻から綿を抜く時は、千葉さんくらいの年齢の方でも涙流すくらい痛いですよ!」

屈託のない笑顔で言うな!
とつっこみたくなる情報だが、その笑顔が悪くない。
僕の呼吸をせき止めているこの綿がなくなるならば、いくらだって泣いてみせる。


病棟から迎えに来てくれた看護師の珊瑚さんに押されて、2日ぶりの病棟に戻ってきた。
「おかえり~」
といったテレビドラマで見るような歓迎があるわけはない。
なにしろ、入院していた間、相部屋の誰とも会話を交わさなかったからだ。

僕が特別に協調性がないとか、無愛想だからではない。
むしろ、外面の良さだけはよく褒められる(揶揄とも言う)
相手にその気はなさそうだし、もしもあったとしても、お互いに病室という場所では、関わりを持たないことがマナーであるという意識があるのだろう。


お昼ご飯はお粥。おかずは肉炒め。
やはり味がしない。
経鼻内視鏡頭蓋底手術なので、しばらく固いものが食べられないということはないのだが、お粥のほうが今はありがたく感じる。


「水をどれだけ飲んだかを記録してください」
珊瑚さんがクリップに停めた表を持ってきた。
エクセル風に言えば、A列に日付。
B列「6時~14時」
C列「14時~22時」
D列「22時~6時」

患者によっては、下垂体腺腫の手術後、大量に水を飲みたくなるケースがあるらしい。
それは要注意であるという観点から、水分摂取量をチェックするのだという説明だった。


BCDそれぞれの列に飲んだ水の量を書き込んでいく。
水というものは小分けに欲しい時に飲むもの。
8時間に1度まとめて飲むということはないので、飲む度にメモ用紙に書き留めて置き、それを8時間に1度、電卓で計算して書き込むようにした。

病室に秤があるわけではないので、計量は目分量。
OS-1の場合、ボトルに目盛りがついているのでわかりやすくて助かる。
毎日1本飲むことにしているR-1は1本が110ml。

みそ汁も入れるんですか?
と尋ねると「それは確認しておきます」という返事だった。

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2015年11月20日 (金)

ICUでも、うどんの食べ方がわかりません

「フラット解除の許可が出ました」
ICUに戻って1時間後、看護師から待ちに待った情報が伝達された。
さっそく、バスタオルを持ってきてもらい、小高い枕を作る。
ほんの数cm頭が上がるだけで、ずいぶんと呼吸が楽になる。

こんなに天国とは
生きててよかった


お昼ご飯はうどん
入院して最初に出た、あの汁のない謎のメニューだ。
今日もとん汁らしきものがついているが、それを入れるのか、そっちに入れるのかわからない。


「うどんの食べ方がわかりません」
ICUの看護師に、そんな間の抜けた質問はためらわれる。
この日もまた、麺だけをつるつると吸い込んだ。
奇妙な病院だ。


「なにか希望はありませんか?」
お昼の看護師はずいぶん気を使ってくれる。
それならばと、病室に置いてきたほぼ日手帳が欲しいと言うと、一般病棟看護師が届けてくれた。
今書いているこのあたりは、そうして書き置いた。

書き置いたと言っても、寝たきりなので長文ではなく、キーワード。
手術翌日、そこに書き留めたキーワード以外の出来事は、なにも想起できない。
生命維持機能回復のため、エネルギーがそちらに使われていたのかも知れない。


「音楽でもかけましょうか?」
え?音楽あるんですか、それならばぜひ。
するとどこからかラジカセが運ばれてきて、FM東京をかけてくれた。

その途端、殺風景なICUが、ドラマの中のセットに変わったように見える。
さっきまで白色だったライトが暖色に変わる(気のせい)


こんなドラマセットには、医師の回診が必要だなと思っていたら、副担当の長井医師がやって来た。
「順調ですよ」
午前中の造影MRIのデータを見てきたのだ。

これだけ辛い思いをして、順調じゃないと言われたら今からでもぐれたいところだが、とりあえず想定範囲内の情報にほっとする。
ありがとうございます!
緊急オペがあったらしく、少し疲れている長井医師を心から労った。


18:20
手術後から熱が下がらないため、看護師が氷枕を作ってきてくれた。
こんなに優しくされるのは、いつ以来だろうと考える。
こちらがお金を払っているとはいえ、見ず知らずのおじさんに親切にしていただいて、ありがたいことだ。


20:45
血の塊を含む唾が、あまり出なくなってきた。
助かる。
昨日とくらべてずいぶん快適だ。

とても疲れている
今日はそこそこ眠りたい


両方の鼻には綿球が詰められている。
綿球とは麺かをまん丸にしたもの。
手作りでは、ばっちぃので、綿球2つがパックされてカップに入っている。

商品名は「電子線滅菌済テマカットカップ入り綿球S」
白十字株式会社

あ、ばっちぃからだけじゃなく、手間もカットなんだ。

次々に鼻血が降りてくるので、定期的に取り替える。
看護師さんが交換してくれることもあるが、予備がベッド脇に置いてあり、3時間程度を目安に自分で取り替えていた。
Sと書いてあるのがサイズなのかはわからないが、とにかくけっこう大きい。
これをしばらく入れ続けていると、鼻の穴が大きくなりそうである。

手術後24時間は、この綿球は血が滴るほどで、常に真っ赤だったが、夜になって白い綿球になった。
鼻血が止まったようだ。


手術翌日の夜は、一時間に1度は血の塊を吐き出すために起きたものの、そこそこに眠ることができた。
ティッシュの箱がずいぶん軽くなったこと。
「大」意がいつ訪れるか?
それが少し気がかりだけど。

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2015年11月19日 (木)

ある国で行われた、国民総裁判

とてつもなく広い平原にその国の人々がすべて、集められている。
全国民がはいる平原があるということは、恐らく西洋のどこかの国なのだろう。

平原の真ん中には南北に1本の線が引いてあり、そこから西側には「YES」東側には「NO」の看板が立っている。
これから、この国の人々すべてを対象にした「総裁判」が開かれるのである。

総員を改選すれば「総選挙」
総員を裁くから「総裁判」である。


司会者が読み上げる質問が、スピーカーを通じて平原の隅々に行き渡る音量で流れる。
いよいよ、開廷の時が来た。



「第1問です!あなたはスマホを操作しながら舗道を歩くのはマナー違反だと思いますか?」

司会者ががなり立てる。
9割の人が「YES」サイドへ移動した。


「つづいて第2問!あなたはスマホを操作しながら舗道を歩いたことはありませんか?」

それを聞いた大半の人が無表情になる。
そして、少しだけ間があった後「YES」サイドから2割の人々が「NO」サイドへと移動した。

おいおい、嘘だろ。
「NO」がそんなに少なかったら、駅のホームやコンコースはあんなに混まないって。
「YES」サイドに留まったスズキさんが失笑する。



「第3問!道路標識の"止まれ"の前では、自転車も一時停止しなければならないと思いますか?」

「NO」サイドにいた人達が移動してきて「YES」サイドは再び9割の人で埋まった。


司会者がたたみかける。
「つづいて第4問!あなたは自転車を運転中"止まれ"の標識の前で必ず一時停止しますか?」

仕方ないなという表情を浮かべて「YES」サイドにいた人がぞろぞろと「NO」サイドへ映る。
それでも「YES」サイドにはまだ、8割の人がいる。

一時停止っていうのは、車輪が完全に停止するという定義なんだけど、自転車でそんな人見たことないぜ。
自転車を持っていないスズキさんが「YES」サイドで嘆いている。




「第5問!あなたは満員電車から降りる人が、無言で出口付近の人を押しのけるのはマナー違反だと思いますか?」

「NO」サイドから人が戻ってきて、再び「YES」サイドが9割になる。


「つづいて第6問!あなたは満員電車から降りる時、必ず"降ります"と声をかけて降りていますか?」




総裁判は延々とつづいた。
誰がどの質問でどう答えたか。
その記録はとられていなかった。

そこに裁判の勝者もなければ、敗者もなかった。


奇数の質問はその常識を問い、
偶数の質問はその行動を問う。

すべての質問で「YES」サイドと「NO」サイドを交互に行き来した人がいた。
彼らはその行動を恥じていた。


いくつかの質問で「YES」サイドと「NO」サイドを行き来した人がいた。
ある時は人の行動を裁き、ある時は裁かれる。
その体験から彼らは貴重な気づきを得た。


そして大半の人が始まりから終わりまで「YES」サイドに居た。

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2015年11月18日 (水)

続・NHKネット同時配信実験

ただいまの時間は
契約等の関係により
ご覧いただけません

その画面はAKB48が歌うテーマソング「365日の紙飛行機」が流れる頃には元に戻った。
画面が切り替わったのは、NHKの番宣の時間。
恐らく、BS1やBSプレミアムの映像は見せてはいけないというルールなのだろう。

無事「あさが来た」を見終えようかとした時、既に13時を回っていた。
バッファーに溜め込んでから再生しているため、実際の時間よりも遅れるのだ。



帰宅してからはパソコンモニターの下にスマホを置き、NHKをつけっぱなしにする。
ネット同時配信実験はパソコンでも視ることができるが、秀丸やエクセルの画面を分割するのが面倒だ。


いつもならば、テレビを視ていない時間帯。
「鶴瓶の家族に乾杯」はなかなかいい番組だ。
実験参加の一週間では、この番組が新たな発見だった。


実験中、初めての休日となった土曜日は朝から、つけっぱなしで視聴する。
パソコンで物書きをしながら、テレビがついているというのは悪くない。


15時を過ぎると画面はずっと変わらない。

ただいまの時間は
契約等の関係により
ご覧いただけません

番組表を見ると「大相撲」だ。
今回の実験では、スポーツの生中継映像は視られないらしい。
恐らく本サービス開始時はそんなことはないだろう。

「ブラタモリ」が生で見られるのはありがたい。
でもよく視ていなかったので、あとで録画でも視た。


今回の実験は地上波と同じ番組を放送する。
このように1つの番組を違うメディアで放送することを「サイマル放送」と呼ぶ。
民法5局は民放公式テレビポータル「TVer(ティーバー)」を始めており、こちらはストリーミング配信を行っている。

NHKのサイマル放送が、受信料を払っているユーザーに追加料金なしで提供されれば利用したい。
別料金がかかるならば要らない。



実験最終日の日曜日
11時にめざめて、布団に寝転んだままNHKをつける。
「高専ロボコン」を放送していた。

高専の生徒たちの英知は素晴らしい。
これが関東地区予選なのだから、全国大会決勝はもっと面白いだろう。
ぜひ見たい。
手帳に12月23日10:05ロボコンと書き込んだ。


13時からは昨晩見た「ブラタモリ小樽編」の再放送
これで3回め。
何度見ても桑子アナの天然ぶりが楽しい。
エンドロールで寿司にお預けを食っている姿が微笑ましい。


今回の実験で、桑子アナが19時のニュースを読んでいることを知った。
これからは、滑舌の悪い眠たそうなおじさんが出る「ニュースウォッチ9」をやめて、そちらを録画して視ようかと思う。


14:00からは「NHKアーカイブス」
2002年に放送された「世界を制した科学者魂」

ノーベル物理学賞受賞が決まった梶田隆章さんが出演して、かつての映像を振り返る。
そこに登場するのは恩師小柴昌俊さん、故人の戸塚洋二さん。

いま宇宙の謎に迫る科学者の生涯が興味深い。
NHKが放送するこうした貴重な映像を見逃さないために、紙媒体つまりテレビ情報誌を買おうかと思う。
テレビ機器の電子プログラムは見づらいし、見たい時に先々まで見ることができない。
今でも一覧性、リマインド力の高さでは紙に軍配が上がる。


日曜午後のこの時間はいつもならば、出かけている時間帯。
だが、見始めたテレビ番組はなかなか途中で止められない。
テレビを生で見る生活をすることになると、現在ほかのことに充てている時間を削らなければならない。
ネットテレビは便利だが、それを日常の友とすることはためらわれる。


ようやく1週間が終わった。
いつもと違うことをする1週間は、いつもと同じよりもよかった。
こうして実験が終わることで、少しほっとしている。
もう明日からはヘッドホンを持ち歩かなくていい。

テレビに捕まらず、自分がしたいことに時間が充てられる。
この1週間で知ったのは、テレビの魔力は強力だと言うことだ。
そこにあると人を吸い寄せてしまう。

テレビの先には現代社会がつながっている。
x-アプリで聴く音楽は過去の社会と自分の記憶につながっている。
2つ並べた時、現代とつながりたいという気持ちが勝るのである。

おわり

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2015年11月17日 (火)

NHKネット同時配信実験

「えっそれテレビが映っているんじゃないんですよね?」

僕と同じ機種のスマホを使っている中村君がとんかつを食べる手を止めて興味津々。

実はこれNHKの実験に参加していてね

「アプリ入れてるんでしょ?」
彼はまだ事態が飲み込めていなくて、何らかのアプリを入れるとテレビが見られるウラ技でもあると思っているようだ。

となりに居たのっぽ君がスマホを取り出す。
彼はアンドロイド。
(彼がじゃないですよ)


アンドロイドで見えているのはワンセグ。
「iPhoneの唯一の難点はワンセグが見れないこと。だからアンドロイドを使っている」
という話を友だちから聞いたことがある。

それはワンセグでしょ?
でもこれはフルセグといえるのか、
強いて言うならばネットテレビかな。

僕はニュース9に出ている鈴木アナの顔を見せたくて、スマホを取り出したのだが、画面はほとんど停まっていてなかなか鈴木アナが登場しない。
何度かリロードするのだが、その度に画面は変わるものの、ちょうどVTRが流れているシーン。
菅義偉官房長官であったり、どこか知らない国のおじさんだったり。

その間、のっぽ君はひきつづきオムライスにさじを伸ばし、中村君はとんかつに手を戻して、僕のスマホが鈴木アナを映し出すのを待っている。


「Googleで検索したほうが早いですよね」
しばらく経ってから中村君が気づいた。
そうだねと2人は我に返り、それぞれがGoogleで検索する。
"ニュース9 鈴木"ですぐに画像が出た。


日本における人類は生まれてからずっと、テレビの間合いで暮らしてきた。
スマホの普及で誰もが手軽にいつでも情報に接する世の中(そういえばユビキタスという言葉がありましたね)になっても、まだそのクセは抜けていない。
テレビと聴いた途端、待ちの姿勢に戻ってしまうのだ。



「このたびは「ネット同時配信実験」にご応募いただき、ありがとうございました」
NHKから当選の連絡がきて、実験に参加することができた。

【実験参加期間】
11月9日(月)~15日(日)
(午前7時~午後11時)

パソコン、スマートフォン、タブレットでNHKG地上波を視ることができる。
パソコンはURLからアクセスするだけで、特別なソフトは不要。
スマートフォンとタブレットは「NHK番組表ウォッチ」アプリをインストールして視る。

報酬がもらえる「番組モニター」とは違って、特に視る番組や時間帯、その総量についての条件はついていない。
自由に視たいだけ視る。


実験に参加できるのは七日間。
迎えた初日
月曜の朝、いつもは持ち歩かないヘッドホンをつけて、電車でテレビを視る。
やっているのは、朝のニュースバラエティ。
面倒な割には得るものがない。
これは1日でやめて、次の日からはいつも通り本を読んだ。


お昼休み
12:45から「あさが来た」再放送
いつもは帰宅してからの楽しみだが、せっかくだから視ることにする。
前の番組が終わり、いよいよ・・・
と思っていると予期せぬ画面が出た。



ただいまの時間は
契約等の関係により
ご覧いただけません

「あさが来た」には放送制限がかかっているのか?

つづく

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2015年11月16日 (月)

ブログを書くために旅のメモをとるのは、もうやめたい

「9時27分 総武線 運転再開」
情報スクリーンでは、総武線のニュース

9:37
5番線から出ていったわかしお3号に続いて、6番線から出発。

9:46
「誉田」
誉めるに田と書いて"ほんだ"
これはなかなか読めない。
1896年1月、房総鉄道の野田駅として開業。
1914年に現在の名前に改称された。

せっかくだから、文庫本を少しでも読もう^ ^
在来線でおよそ2時間。
旅の風情を楽しもうとこの本を、この日読むことに決めていた。



左側のロングシートが見える、進行方向右側の町並み。
高い建物が減った。
はるか遠くに地平線がみえる
造成中の荒れ地に工事会社のトラックが点在しているが、まだ人影は見あたらない。



9:51
「土気」
土の気持ちと書いて"とけ"と読む。
1896年11月、房総鉄道の駅として開業。
外房線では最も標高が高い駅。
その駅名は「峠(とうげ)」が「とけ」に転じたとされている。

のぼりホームでは、パックを背負った若者が新聞に見入っている。
頑なな相手に気配りをした首脳会談、あるいは金融緩和?
真剣な眼差しだ。


9:56
大網
あたりに建造物ほとんどなくなり、車窓に自然風景が広がる。
のぼりホームの列車は、これから東京へ行く人で混み合っているが、こっちの車両の乗客は5人ほどに減っている。


車窓から大型遊技店の看板がみえる。
指輪を落としたら、店員がゴミ箱から見つけてくれて感動するというテレビCMを流していた会社だ。
手を洗った時に指輪を外すことは想像できるが、それがゴミ箱から見つかるというのはムリがあると思う。


目で見たものごと、考えたことをその都度メモにとっていると、今日は何をしにきたのか?という自責の念にかられる。

日常を離れ、見知らぬ町に列車で来た。
目で見るもの、感じたことを脳に記憶していけばいい。
物心二元論ではそれを、心に刻むと言う。

書いておかないと忘れるのではないか?という不安があるから書く。
確かに思いついたアイデアを書き留めなかったことで、あとから想い出せなかったという経験がある。
だから、自分の脳が信じられない。


村上春樹がその執筆についてまとめた「職業としての小説家」そしてQ&Aをまとめた「村上さんのところ」によると、村上春樹は思いついたことを一切書き留めていないという。

一方、高校の先輩村上龍は思いついたアイデアを書き留めるために、家じゅうのいたる所にメモ紙とペンが置いてあるとテレビ番組で語っていた。

自分は今のところ後者なのだが、前者に憧れる。
キーワードを残しておくと、そこから芋づる式に想い出し、書くことができる。
ただ、それは読み応えのあるものなのだろうか。

できれば、メモをとらないでも書けるのが望ましい。
それだけ目の前の一分に集中することができる。
メモがなくても書けることの方が、人が読みたくなるようなことなのではないかと、今は考えている。


車窓にはすすきが広がっている。
ただ、それ以上でも以下でもない景色。
(これは"すすき"とメモしておいた。2週間で忘れていた)

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2015年11月15日 (日)

外房線を抜いて行くわかしお3号

車内にいる客は5人だが、向かいあう席には禿げたおじさんが座っている。
ガン見するわけにはいかないが、醸し出す雰囲気は外国人か。
ビジネスの黒いカバンを膝に乗せ、スーツを着ている。
顔が赤いのは肉を食べているから?

その顔立ちは先日、日本GPに来日したフレディ・スペンサーに似ている。
若い頃はその甘いマスクでよくモテたことだろう。
(しっかり見てるし)


9:07
「市川」からは4人の女の子が乗ってきた。
車内はがらがらでも、彼女たちは枠どおりに座る。
4人分のスペースに4人。
千葉の人はマナーがいいのかも知れない。


9:11
「船橋」
駅名表示の看板には、ふな・・
ということはなく、何処にも彼の姿は見あたらない。
駅前にはSEIBU百貨店
いわゆる、典型的な栄えているベッドタウンの様相を呈している。


9:15
「津田沼」
「水道橋で人身事故 上下運転見合わせ 再開見込み立っていない」
車内の情報スクリーンでは、総武線の情報がもたらされている。
ほとんどの乗客は仮眠をとるか、友だちとのおしゃべりに興じていて、僕ほどキョロキョロ観察してる客いない。
車内は空席が少なくなってきた。


総武快速線は、さくさくと駅を飛ばして早くも千葉に迫っている。
車内には、千葉からの乗り換え案内アナウンスが流れた。
千葉から内房線と外房線が分かれるらしい。

千葉県がある半島は房総半島。
その東側(右側)太平洋に面した方が外房(そとぼう)
その西側(左側)東京湾に面した方が内房(うちぼう)

あとで調べたところ正確にいうと、外房線と内房線の線路が分岐するのは「蘇我」を出た後。
千葉を出た「上総一ノ宮行き」は外房線に出た。

千葉から蘇我までの区間は外房線、内房線両方のダイヤが走る。
ただし、外房線のほうが内房線よりも先にできたため、この区間は外房線に属している。
内房線ダイヤは2駅だけ外房線を走ることになる。


9:26
「千葉」
ここで、スペンサーが降りた。
これから、森田知事と会うのかも知れない。
周辺のビルが高くなり、窓から空が消える。
人身事故の影響で総武線は停まっていて、総武線ホームでは足止めを食った乗客がうだっている。
スペンサーの後には、腹黒い落語家のようなおじさんが乗ってきた。


9:30
「本千葉」
たくさんの乗客が降りて、空いてきた。
ざっと見たところ、乗車率60%

こんなふうに観察していたら文庫本どころじゃないな^_^




9:33
「蘇我」に着く。
落語家が降りた。
ここで、後続の特急わかしおが抜いて行くことがアナウンスされた。
検討したけれど、1,450円の差額をみて断念したダイヤだ。
わかしお3号は目的地の大原には20分ほど早く着く。
負け惜しみだが、大差ない。


9:35
わかしおが隣のホームに入線
青や黄、色あざやかな車体。
乗客は進行方向を向いている。
やはり、クロスシートはいいな^_^

蘇我の客を乗せるとすぐに、わかしおは出ていく。
きっとブルジョワのサオリさんはあの列車に乗って、僕を抜いて行ったのだろう。

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2015年11月14日 (土)

総武線と総武快速線のホームが違うとは思わなかった

2015年
ハロウィーン当日
東京の天候はくもり

東京駅には予定よりも10分早くついた。
本来ならば9分しかないはずだった乗換時間が19分に増えた。
だが、これがもし予定通りだったら、僕は総武線に乗れなかった。


東京駅で千葉方面に乗り換えるのは苦手だ。
TDLへ行くために京葉線へ乗り換えた時は、あまりの遠さに何度も途中で引き返してしまった。

乗換案内ウェブサイトによると、総武線ホームは「2番のりば」と表示されていたのだが、ホームで待っていてもそれらしい電車はやって来ない。
駅員さんに尋ねたいところだが、見渡す限り、ホームには1人も駅員がいない。
そこで、通りかかった運転手か車掌と思しき女性に尋ねる。

上総一ノ宮行きに乗りたいんですけど・・
「あぁ、それならば、あそこから降りて右に曲がって地下に降りて・・」
今日もそれか・・

なんとか3分前にホームにたどり着いた。
既に電車は入線している。
とてつもなく長い電車だ。
16両編成くらいだろうか。

どこに乗ろうか。
いくつかの車両をなめながら値踏みする。
鉄道の旅といえばクロスシート(進行方向に向かって座る)だが、どうやらそれはない。
セミクロスシート(ドア付近のみロングシートで、他はクロスシート)でもない。
すべてはロングシート(列車の中心線に平行する)


8:48
上総一ノ宮行き
僕が乗るこの電車は総武線ではなく、総武快速線だったのである。
快速が別の線路を走るなんて知らなかった。
総武快速線の東京駅は地下ホーム。

ひーふーみー
その車両に乗っている乗客を数えると、僕を入れても5人。
土曜日に千葉に行く人はいないのか・・

すると、がたんと電車が動き、思っていた方向とは逆方向に発車した。
何度もエスカレータを折り返したから方向感覚が狂ってしまったのだ。

スマホをとり出すと、サオリさんからメールが入っていた。

今、予定通りの電車に乗りました。
少し曇っていて肌寒いですが、遠くの空から晴れてきていますね。
今日はどうぞよろしくお願いいたします。

タイムスタンプは40分前。
今どのあたりにいるのだろう。


最初の駅は新日本橋。つづいて馬喰町。
馬喰町は1972年7月、総武本線地下区間にできた駅。
「ばくろちょう」と読む。「ばくろうちょう」ではない。
その名は馬の売買を営む博労が住んでいたことに因む。

僕はずっとこの町を「ばくろうちょう」と読んでいた。
その理由は、1997年に始めた靴コレクターにある。

ナゴヤにいた頃に始めた靴集め。
靴が20足を超えたあたりから、平面に置くことが難しくなった。
そんな時、コレクター書籍に日本橋にあるディスプレイ什器の専門店「西川金太郎」が紹介されていた。

フィギュアやプラモデルを飾れるガラスショウケース、ブティック用什器まで什器と言えるものはほとんど揃う。
元々プロ用の販売店だが、一般でも購入できる。
そこで、靴屋さんのネット・ディスプレイを買いに来た。
その最寄駅は馬喰町(ばくろうちょう)と紹介されていたのである。


東京を出て4分
「錦糸町」駅の手前で、電車は地上に出た。
天候はくもり
灰色の下町東京
この駅で初めて、たくさんの人々が乗ってきた。


15両編成の快速は、いくつかの駅を飛ばしていく。
(快速ですから)
江戸川を渡る陸橋では、黄色い電車がぴたりと並走している。
黄色いから多分(快速ではない方の)総武線だろう。

9:00
江戸川を超え最初の駅「新小岩」
駅は閑散としている。
まだ朝早い。この時はまだ時間の流れが速くなっていることに気づいていなかった。

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2015年11月13日 (金)

巨人 プロテクト選手予想 2015年

駅やコンビニ売りのスポーツ新聞は、見出しの部分が全部は見えないよう折り返されている。

●● 巨 
という文字が見える

おぉっ

巨乳?

と思う人は、今日の話はつまらないです。
では本題をどうぞ。



2015年シーズンオフ、複数の選手がFA宣言を済ませている。
貧打にあえいだ巨人としては、強打者が欲しいところだ。

西武脇谷のようにCランク選手であれば、獲得したとしても、選手による補償はしなくてよい。
一方、獲得するのがAランク選手であれば、獲得球団は旧所属球団に補償選手リストを提出しなければならない。


2015年シーズンオフ、巨人がAランク選手を獲得した場合、旧所属球団に提出するリストを予測した。

●補償対象から除外される選手
 2015年ドラフト指名選手
 外国人登録選手
 育成契約選手

●支配下登録選手は70人

現状の巨人は、引退や戦力外通告などで既に退団した選手を除くと51人。
プロテクトできる人数(プロテクト枠)は28人。
23人がプロテクト枠を外れる。


プロテクト選手28人(予想)

投手 
15 澤村 拓一
17 大竹 寛
18 杉内 俊哉
19 菅野 智之
26 内海 哲也
30 宮國 椋丞
37 田原 誠次
37 今村 信貴
47 山口 鉄也
37 矢貫 俊之
50 戸根 千明
54 高木 勇人
57 公文 克彦
69 田中 大輝
90 田口 麗斗

捕手 
22 小林 誠司

内野手 
37 坂本 勇人
8 片岡 治大
10 阿部 慎之助
38 岡本 和真
61 和田 恋

外野 
7 長野 久義
9 亀井 善行
12 鈴木 尚広
31 松本 哲也
32 橋本 到
44 大田 泰示
58 立岡 宗一郎


プロテクトを外れる選手(予想)

28 高木 京介
35 西村 健太朗
43 青木 高広
37 小山 雄輝
62 江柄子 裕樹
67 土田 瑞起
92 平良 拳太郎
99 阿南 徹

捕手 
23 相川 亮二
27 實松 一成
40 加藤 健
53 河野 元貴
64 鬼屋敷 正人

内野手 
0 藤村 大介
37 寺内 崇幸
25 村田 修一
36 中井 大介
60 大累 進
65 辻 東倫
68 吉川 大幾

外野手 
51 横川 史学
91 堂上 剛裕
66 北 篤

過去に大竹 寛の人的補償として、若手有望投手の一岡が広島に移籍している。
リストを作成する事態となった場合、今年は中堅、ベテラン選手に比重をおいた選出がなされるだろう。

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2015年11月12日 (木)

手術明けMRI 難問解決プログラムを乗り切る

検査室の前の椅子には、CTを待つ一般患者が腰掛けていて、うつろな目で視線を送ってくる。
ついこの間は、僕があの場所でストレッチャーに乗った患者を見ていたのだった。

ストレッチャーに置いといてもらったティッシュを抜いて、血の塊を出す。
それをレジ袋で誂えた簡易ゴミ袋に投げ込む。


手術翌日の患者と言えば重病人。
さほど待たされることなく、CTに呼ばれる。
いつもより、人数が多いことを除けば、CTはいつも通りの短い時間で終わる。
そして、間髪を入れずにMRI室へ移動。

そこにはさっきより、さらに大人数が僕を取り囲んだ。
ICUの看護師、造影剤の担当者、MRI技師・・
手術とは違って1人1人自己紹介があるわけではないが、まぁそんなところだろう。


両方の鼻は人工的に塞がれている。
この1時間に降りて来た血の塊はのみ込むしかない。
呼吸が苦しい。

それでも僕は行かなければならない。
腫瘍があった場所が、手術後も「予定通り」の状態を維持しているか。
手術後に避けては通れない検査だ。

自動車試験場で言えば、仮免試験くらいか・・
と呑気なことを考える余裕はない。
どうやって、この1時間を乗り切るか。
そこに一心を集中する。
そこで、出てきた答えは昔、自律訓練法に取り組んでいた時のキーワードだった。


まず第一部のMRI。
ナースコールをしっかり握った僕は、フルフラットの姿勢でMRI装置に吸い込まれていく。

心はリラックスしている

そのワンワードを繰り返す。
いつものMRIでは、恐くならぬようわざと口を開けているが、今日は口を開けないと息ができない。
生まれて初めて口呼吸のMRI。
必死だ。

どれくらいの時間が過ぎただろう。
一旦装置の外に出され、造影剤の針が腕に刺さる。
「気分は悪くないですか?」

悪いです

僕が嘘つきでなければ、そう答えただろう。
だが、ここで正直しょうちゃんをやっても仕方ないことはわかっている。
この続きをやらなければ、僕の手術の結果がつかめない。
ここにいる皆さんが、そのために必死になっている。
前に進むしかないのである。

許容範囲の嘘を言って、僕は再びMRI装置へ。
映画館のブザーが開幕を告げ、左腕から身体がほてるような液体が侵入し身体を満たしていく。
どこかの宗派の坊さんがあげるお経のような、一定の周波数で鳴る騒音。

心はリラックスしている

ここが人生最大の試練だ。
これを乗り切れば、大きな自信になる。
ここを乗り越えれば、僕はまた強くなれる。

強くなりたいとか、強いの弱いの、そういう歯の浮くような台詞が出て来る歌詞やドラマには、いつもならば苦笑いを浮かべる僕が、今日はシリアスにその言葉を使っていた。


工事現場の騒音が止んだ
もしかして、終わりなの?
いや、油断させておいて、もう1回があったら、ショックが大きい。
油断は禁物だと考えていたら、がーっとショッカー基地のドアが開いてゾル大差が現れるような音がして、僕は娑婆に戻された。

おわた・・・
へらへらと笑うしかない

「大丈夫ですか?」
気遣ってくれる看護師

へぇ
気のない返事が精一杯。
だが、心は晴れ晴れしていた。
これだけの艱難辛苦は生まれてこの方経験がない。
難問解決プログラムなのかと思ったが、昨晩から今日にかけての波状攻撃を乗り切った安堵が心を満たす。

がらがらがら
再びさっき来た道をICUに戻る。
人生最大の山場を乗り越えた僕には、長くつづく廊下の先に見える戸棚や計器さえも、僕の未来と希望に微笑んでいるように見えた。


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2015年11月11日 (水)

ストレッチャーに乗って押される初体験

生涯初めて、ICUで迎えた朝
それは最低の気分だった。


「助けて、あんた私をどこに連れて行くつもり?帰らせて!」
我を失って叫んでいる患者を、ICUの女性看護師がなだめている。
だが、患者は言うことを聞かない。
もう30分は続いている。

そのやりとりを聞きながらも、依然として突如発生する血の塊をティッシュに吐き出している。
そんな朝が最高の気分なわけがない。

ただ、さっきまでとは少し違う。
この世界で起きているのは自分だけではない。
というのは少しだけ前向きな気持ちにさせた。


8時を回った頃、食事が運ばれてくる。
2日ぶりの食事だが、メニューはおろか、食べたことも覚えていない。
覚えているのは、食後に歯を磨いたことだ。

看護師に頼んで、壁際においてあった所持品箱の中から、歯磨きセットをとってもらう。
うがいってどうするんですか?
と尋ねると「ちょっと待っていてください」と廊下に出て行った彼は、キャンプでご飯を炊く飯ごうのような形をしたプラスチックの箱を持ってきた。

顔に密着させるため、全体がバナナのようにわん曲している。

この箱は院内では看護師の誰もが「ぐじゅぐじゅぺっ」と呼んでいた。
なんじゃそりゃ?
と思ったが、これを必要とする患者には老人が多い。
「ぐじゅぐじゅ」とうがいをして「ぺっ」と吐き出す、そういう擬音語で表現したほうがイメージが沸きやすいということなのだろう。


排尿管、点滴、センサーが身体に取り付けられている患者は、歯磨きのために洗面所まで行くのが大変なので、うがい受けを使う。
ちなみに「ぐじゅぐじゅぺっ」が正式名な訳がない。
退院後にしらべると、その名称は「うがい受け」だった。
そのまんまだ。
(108円でダイソーにも売っている)


「10時30分からCTとMRIに呼ばれます。MRIは造影剤を使います」
徹夜で血の塊と格闘し憔悴した患者によくもそういう台詞が言えるものだと言いたくなるような、情報が告げられた。

CTはまだいいとして、造影MRIとなれば1時間コース。
両鼻をふさがれて、血の塊が降りてくる状態で、MRIに閉じ込められて、造影剤も入れる・・
気が遠くなりそうだった。

だが、人生最大の試練と言えなくもないその状況に、僕は開き直った。
これは、気合いで乗り切るしかない。
理屈ではない。テクニックでは乗り切れない。

気合いだっ!気合いだっ!

どこかのお父さんのようだが、今それは唯一無二の言葉だ。


10:30
点滴を外し、排尿管とセンサーをつけたままの僕は、ストレッチャーに乗ったまま廊下に出た。
あぁ、こういうふうになっていたのか。
一直線の廊下に、いくつものICUが面していた。
がらがらがら
こうしてストレッチャーに横たわって押されるのは、初めての経験だ。
昨日もこうして同じ道を通ったはずだが、その時は麻酔で眠っていた。


経験は風船に吹き込む空気のようなもの。
経験がつまって大きくなった風船は僕の思考力。
つまっている空気には色がついていない。
今日も吹き込み口から、新しい空気を追加していく。

経験という積み木を積み上げて思考力をつくるのだが、それを大切に点検していては新たな価値観を生み出せない。
経験を増やすことで自由になれる。
過去の経験は、今この場所に置いていく。

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2015年11月10日 (火)

手術の夜 死闘から一夜明けた朝の誓い

僕につながった心拍モニターはさっきまで、ぴっぴっという安定した発信音を告げていた。
だが、ここに来て風雲急を告げている。

「ぴんぽんぴんぽん」

それを振り返ったインターン男子。
少し考えて、そのまま立ち去ってしまった。

なんね、行ってしまうとね?

テレビの医療ドラマでは、ICUでこの音が鳴ると、心臓マッサージが行われる。
看護師が医師を呼びに行き、押っ取り刀で駆けつけた医師の両手には電極。
「下がって」
と医師が言うと、電極が患者にあてがわれて、ばふっと身体が浮く。

生命の存亡を分ける、ぎりぎりのドラマ
そんな、イメージがよぎる。
だが、僕のICUには何のドラマも起こらない。
「ぴんぽんぴんぽん」
という音が鳴り響く以外、辺りは極めて静かだった。


誰かを呼びに行ってくれたのかな?
という期待に反して、次に彼がやってきたのは、その次の定期巡回だった。

いったいどういう基準でモニターの音が変わるのかは、わからないが、とりあえずは典型的な「テレビの見過ぎ」だったということになる。

あの、ぴんぽんぴんぽんはなんだったんですか?
松浦鉄道のたびら平戸口駅で駅員にぶつけたような質問を、ICUで看護師にぶつける気にはなれなかった。



頭上の計器を見上げた時、その先に掛け時計があることに気づいていた。
長針と短針がまっすぐに起立している。
6時か
生まれ育った九州に較べて、こちらでは陽が早く沈む。
その分、東京の朝は早い。
直接陽は入らないが、廊下のほうから漏れてくるほのかな光は、手術翌日の朝が来たことを知らせている。

一睡もできなかった。
生まれて初めてのことだ。
父の通夜で寝ずの番をした時ですら、明け方には兄が替わってくれて、数時間寝ることができた。


手術そのものでは体力を使ったという実感はないが、手術明け、このひと晩はぼろぼろに疲れた。
まさに死闘
ようやく朝が来て、もう眠らなくていいんだということに安堵する以外、なにひとつ僕を希望に導いてくれる要因はみつからなかった。


前もって、こんなに辛いという話は聞いていない。
だが聞かなくてよかった。
聞いていたら、手術前がずっと憂鬱だったに違いない。

今日の僕は、プロ野球選手。
二軍から一軍に呼ばれて、ベンチに着いたら「スタメンで行くぞ」と言われたようなものだ。
突然、目の前に現れた壁に必死で立ち向かう以外ないという状況に放り込まれる。
そしてただ、がむしゃらに立ち向かった。
それは、結果論でいえば幸せだったかも知れない。


そして、この朝の僕はこう考えていた。
この苦しさを乗り越えたのだから、この先どんな苦しみでも乗り越えられる。

血しぶきが飛び散った白いスコッティのティッシュ箱は、退院後もずっと目の届く位置に置いてある。
なくなったら、中身を詰め替えて。

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2015年11月 9日 (月)

ぴんぽんぴんぽん 異常を知らせる心拍モニターが鳴り響く

定時の見回りなのか、担当看護師が来てくれた。
「どうですか?」
と言った途端、少し間があった。
「あ゛」
かすかに、そう聞こえたような気もする。
そして、彼はUターン。
一旦部屋を出て行った。


口の周りから首の辺りまで血だらけの僕をみて、少しびびったのだろう。
恐らく彼はインターン。
まだ、それほど場数は踏んでいない。
医師を呼んできてくれるのだろうか。
そうだったらいいな。

少なくとも、この状況に一定の定義を与えてくれれば、この先心を一つにして苦難に立ち向かうことができる。
この状況が正しいのか、それとも正常の閾値を外れているのか?
突然、放り込まれた地獄に一定の評価が欲しい。


すると間もなく、彼は1人で戻ってきた。
その手には固く絞ったおしぼりを持って。
そして、僕の口の周りから首のあたりまで、乾いてかぴかぴになった血痕を拭き取ってくれる。
それはもちろん親切なのだろうが、あまりのしんどさに恨み節も出た。

血を拭き取って、なかったことにしようって責任逃れじゃないのか?

もちろん、心の叫びだ。
口にはしない。


これって大丈夫なんですかねぇ?
それは口に出して尋ねた。
彼には悪いが、その知識に全幅の信頼を寄せることはできなかったからだ。

「医師に聞いてみますね」
彼はそう言うと、ルーチンをこなす。
体温を測り、心拍数のモニターをチェック。

じょぼ、じょぼ
溜まった小水を違う容器に移し替えているらしい。
やはり、僕は何らかの方法でおしっこをしているんだと、このとき確信した。


それからは、彼が来てくれるのが待ち遠しくなった。
それは30分に1度なのか、あるいは1時間か。
恐らく、夜勤当番の彼は僕以外にも多くの患者を診ているはず。
自力でなんとかなるうちは、あまり世話はかけられない。
気休めのために、その頻度を尋ねる気持ちにはなれなかった。


「医師に確認したところ、大丈夫とのことでした」
次にやってきた時、彼が医師の見解を持ってきてくれた。
そう言ったのは脳神経外科医なのか、それとも、そうではない当直医なのか
そういう細かい情報はもたらされない。

医師がそういうからには大丈夫なのだろう。
だが、僕の容態はさらに悪くなっていた。
さっき拭き取ってもらったばかりだが、もう口の周りには拭き取れなかった血の跡が流れている。
緊張状態がつづき、疲労も激しい。

彼は先ほどと同じように、固く絞ったタオルでそれを拭き取る。
つづいて、検温をして心拍モニターをチェック。

そして、彼が踵を返して灯りのついた廊下へ立ち去ろうとした時だ。
「ぴんぽんぴんぽん」
第三セクターの鉄道で、これから入線するホームの信号機が赤の時に鳴る警告のような音が鳴り響いた。


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2015年11月 8日 (日)

第3回多摩川季節のめぐみマラソンが無事終わりました。

2015年11月7日(土)
第3回多摩川季節のめぐみマラソンが行われた。
過去2回が行われた10月の第1土曜から、11月の第1土曜に移動してきて1回目。
果たして、その結果は動だっただろうか。


種目は過去2回と同じで「ハーフ」「10km」「親子3km」
昨年は受付予定 8:50を8:30に早めたが、今年ははじめから8:30で告知。
ナンバーカードを早く受け取ろうと、多くのランナーが早くから集まってきた。

気温は16度。
日中の予報は曇り。最高気温18度。
その通りに運べば、ランナーにとってはまずまずのレース日和だ。


コースを2kmほど歩いて、もう一つのポイントである「虫」をチェック。
ガス橋のあたりに一瞬だけ、虫が舞っている場所があったが、あとは大丈夫。

去年はランナーにべったりと虫が貼り付いていたが、今年は虫害を訴えるランナーは見られなかった。
その点では11月への移動が功を奏したと言える。


8:30頃は強かった風も、その後吹かなくなり、いつもの河口へ向かって吹く川崎の風は吹かず仕舞い。
風という点でも、この日のランナーは恵まれていた。


着換えテント(目張りしたテントが男子、女子それぞれ1張り)荷物預かり、記録証発行などは例年どおりの設営。
主宰者は、過去大会の経験から、最低限の必要人数を把握できたようで、スタッフの人数は過不足のないものだった。


ハーフのエントリーは685人
前回が1,017人なので、332人も減っている。
ただし女性ランナーはあまり減っておらず、女性比率は15.6%→19.8%に上がった。

総数が減った理由として考えられるのは次の3つ。
1,過去2回が「雨」→「猛暑」と天候に恵まれなかった。
2,前回は「虫」に悩まされた。
3,11月のハーフマラソンのニーズが10月よりも低い。


9:30 親子ペアミニマラソン(3km)スタート
41人(41組)がエントリー

9:55 10kmスタート
249人がエントリー

10kmエントリーが多いこと、女性比率が32%だったことをみると、若年層女子のランニングブームが去り「スタイル」として定着したことが窺える。
視覚的なことなので、あくまで主観だが、例年以上に今年は「美ジョガー」と言われるランナーが多かった。


10:05 ハーフマラソンスタート
スタートから1時間程度は、くもり、気温18度
これならば、まずまずのコンディションと言えた。

ところが、トップのランナーがゴールしたあたりから、予報にはなかったお日様がランナーを直射し始めた。
気温は21度だったが、体感気温は25度はあった。
予想外の暑さはランナーの走行意欲を減退させる。
明らかにそのあたりから、ランナーの足が鈍り始めた。


13:05 競技終了
全競技1,000人のランナーが走り終え、カレー用の野菜か果物の袋を提げて家路についた頃、お日様は雲に隠れ、天気予報通りの曇り空となり、気温もぐっと下がった。

この日、親子ペアに出場した子ども達は、自分が走ってゲットした野菜で「お母さんカレー作って」と言い、母親は急いでルーと肉を買いに走ったに違いない。
思い出に残る一日になったことに思いを馳せると、とても喜ばしい。


最後に大会としての概況ということになると、過去2回同様第3回も、天候に恵まれなかった。
ただし「雨」でもなく「虫」でもないという点では、もっともいい条件になった。
一か月後ろにずらしておこなったことは正解だったと言える。

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2015年11月 7日 (土)

蚊マニュアル

対象攻撃篇
【 10月 】

●推奨形態:集合住宅
最盛期はテリトリー制の規制を受けるが、当月は蚊口も減っているので限定解除。
集合住宅は人の出入りが集中するため、小さい労力で効率よく吸血できる。

●待機場所1
エントランス集合ポスト
対象は孤独な人もリア充な人も、帰宅する際にはポストを見なければ気が済まない。
複数世帯の場合、郵便物をポストから取り出す役割が暗黙のうちに決まっており、ポストをスルーする対象が存在する。そういう場合は待機場所2を参照のこと。
昨今の集合ポストには、郵便物持ち去り防止のために、ダイヤル数次式のロックがかかっているのが通例。
ロック解除する場合、対象は必ず静止する。
解除しながら、16ビートのステップやバスケットボールのピボットを踏む人は居ない。
そこで迅速に吸血する。
ただし、オートロックのマンションではポスト取り出し口が屋内にあるため要注意。
夜間人通りがなくなった時、乾燥した屋内に閉じ込められるリスクがある。

●待機場所2
各戸の玄関ドア前
玄関において対象は2通りの行動パターンをとる。
1)カバンからキーを取り出し、解錠する
2)インターホンボタンを押し「あぁ俺」とか言って、同居人に解錠を求める。
いずれの場合も、10秒程度の静止時間がとれる。
対象は自宅に入る直前、緊張を解き始めており、特に無防備な状態にある。

●攻撃部位
「顔」「手のひら」
この時期、対象は長袖に長いズボンを履いており肌露出が少なくなっている。
ただし、まだ手袋ははめていない。

対象は屋内に入って数分後、我々の攻撃を受けたことに初めて気づく。
その際、顔に被害を受けている場合、特に反感を買う。
次回から同じ轍は踏まぬと考え、最悪の場合、我々のマニュアルに気づきかねない。
繰り返し、同じ場所で張る場合、攻撃は「手のひら」にするのがよいだろう。


これは、しらべるが日本蚊協会から極秘に入手した蚊マニュアルだ。
蚊は「虫」に「文」と書くくらいで、文書管理に熱心らしい。
人間のようにノイマン型コンピューターを操ることはできない代わりに、独自の量子コンピューターで文書として記録して、蚊ネット(蚊のインターネット)で情報共有している。

小憎らしいほどに、ピンポイントで待ち受けていて、わずかの間にぷっくり一刺しされてしまうのは、このようなノウハウの構築と共有があるためである。


賢明なる読者は、来年以降、このマニュアルを計算に入れて、用心深い行動をとるとよい。
目に見えるものしか存在しないと言い張る大半の人類は、これらのことをまやかしの類と一笑に付すことだろう。

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2015年11月 6日 (金)

第3回多摩川季節のめぐみマラソン開催

2015年11月7日(土)
第3回多摩川季節のめぐみマラソンが開催される。
最長距離競技はハーフマラソン。

2013年に第1回が行われ、初回から600人を集め、一気に人気大会となった。
なぜかと言えば、この地域では秋にハーフマラソンがなかったからである。


第1回、第2回は10月の第1土曜開催だったが、第3回は11月の第1土曜日に移動した。
その原因を読み解くヒントは過去2回の天候にある。

第1回の天候は概ね「雨」
気温17度

第2回は晴れ
気温は24度

河口に向けて吹く川崎の風は、どの季節でも変わらない。
ただ、その週は天気がよくないのである。
年を追う毎に温暖化が進む地球において、マラソン大会を開催できる季節はどんどん短くなっている。

従来ならば、5月から9月のトラックシーズンを外せば、10月から4月はどこでもマラソンに好適なシーズンだった。
だがここ数年は状況が変わってきている。
3月、4月、9月、10月の大会が猛暑の辛いレースとなるケースが増えているのである。


昨年の第2回、暑さ以上にランナーを苦しめたのは「虫」だった。
帰還したトップランナーの顔から身体にかけて、黒い斑点がついていて、はじめはなんだかわからなかった。

暑かったでしょ?
と声をかけたランナーから「暑いのもそうだけど、虫が口に入って大変だった」という話が出て、ようやくそれが無数の虫だとわかったのだった。

今年も同じ時期に開催すれば、ランナーが虫の襲撃に遭う確率は高かった。
1ヶ月、後ろ倒しにしたのは賢明だ。



■受付:当日にナンバーカード(前1枚)受け取り。
■スタート/ゴール:古市場陸上競技場
 212-0052 神奈川県川崎市幸区古市場
■コース:多摩川西岸(川崎側)を2往復する1ウェイコース
■タイム計測あり。記録証あり(ゴール後手渡し)

■スケジュール
2015年11月7日(土)
8時30分~受付
10時5分スタート(第2回より10分遅いスタート)


去年との規程の変更点は制限時間。
前回までの2時間30分→3時間となった。
ただし、過去2回も2時間30分で打ち切り撤収となったわけではない。
以前から実質3時間程度の制限時間だったのである。
それを明文化して追認したということだ。

ただし関門として、1周終了2時間20分を超えて2周めに入れないというルールができた。
しかし、もしも2時間19分で2周めに突入するランナーが本当にいたとしたら、そのゴールは3時間では済まない。


前回から1,000人になった定員は、2年続けていっぱいになった模様。
参加費は前回同様、ハーフとしては強気な3,990円。

この大会名称にある「季節のめぐみ」は、参加賞が野菜・果物であるところに因んでいる。
Tシャツやタオルと言った参加賞と較べて、かなり重い荷物になるが、とても新鮮で美味しいものなので、参加者には楽しみにしてもらいたい。
(マラソン講座は主宰者とは関係ありませんよ)


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2015年11月 5日 (木)

他人の前で「大」をしたことはない

いったい、どういう原理で僕の身体からおしっこが出ているのか、わからない。
できれば、誰かが教えて欲しい。
でも、この時僕が畏れていたのは「大」意だ。

さすがに「大」は細い管を通って、どこかに収まるということはないだろう。
その時、それはどのようにすればいいのか。
なすがままに放出して、それを看護師が片付けてくれる?
考えただけでぞっとする。

恐らく、すみません「大」をと遠慮がちに言うと、マニュアルに沿って何らかの手段がとられるのだろう。
しかし、それは誰にも見られず個室空間で行えるようなものでは、きっとない。
両手、足下、あちこち
この時、僕の身体には無数とも思えるような管がつながれていたのである。


これまでの生涯で、物心着く前を除くと、他人の前で「大」をしたことは1度もない。

それを自ら許せない。
その正体は自尊心?
みっともないという羞恥心?
それとも、ええかっこしぃの虚栄心?

「大」が来たらどうしよう?という恐怖心
なんとしても、それは避けたい。
そうだ、意識すれば変えられるのではないか?

これまでもそうだ。
マラソンレースに臨む朝、レース直前に並んだトイレでは決まって一定の「大」意がもたらされる。
そして、レースを終えるまでの間、それは訪れない。

意識の中から「大」を消すことに務めた。
正確に言うと、ICUを出るまでの間、僕の脳は「大」を指令しない。
そう心に決めた。


数分に1度のペースで、血の塊は着実に降りてくる。
ここで苦しいのは、両方の鼻は完全に詰め物でふさがれているということだ。
経鼻内視鏡頭蓋底手術により、腫瘍を取り除いたばかりの身体。

ICUと言えども、精密部品工場のように無菌室というわけではない。
そこには、病棟や診察室からやって来た医師や看護師も入る。
恐らく、一定期間、外気を吸い込まぬよう鼻はふさがれているのだ。

それらの詰め物が取り除かれるのは、通常であれば術後2日。
だが僕の場合違う。
耳鼻科でのやりとりを聞く限り、2日めは日曜日に当たるため、3日後になると聞いている。


呼吸ができる唯一の気道を閉じて、塊を吐き出すために準備をする。
残り枚数を心配しながら、慎重にティッシュを抜き取って、そこに吐き出す。

どれくらいの量が出ているのか、血の塊を視認する。
大きな塊の時もあれば、わずかな塊が粘液に浮いている時もある。


大量の粘液が降りて来た時は、その動作が間に合わず、血を吹くんだ液体が口の周り、首のあたりを浸す。
この時の映像がもしあるとしたら、僕は口から血を吐いて横たわる、まさに瀕死の病人に見えただろう。

こういうのって、普通なのだろうか。
少し不平が口をつく。
でもここは、夜中に一人きりのICUであり、誰も聞いている人は居ない。

なぜか僕はこの時、我慢強かった。
いつでも押せるよう、ナースコールは右手にしっかり握られている。
これは命綱だ。
MRIで恐い思いをして以来、このボタンを右手に持たせてもらうまではゴーサインを出さない。

できればすぐにでも押して、看護師を呼びたい。
牧野医師が「予定通りだ」と言ったことはもう忘れていた。
今この僕の状況が"想定の範囲内"なのか、専門的な意見が欲しい。

だが、思いとどまっている。
確かに苦しい。
誰かに助けて欲しい。
でも頭痛がひどくて頭が割れそうだとか、意識が朦朧としているといった危機的なものではない。
命綱はもっと、ぎりぎりの状況に押すものだろう。

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2015年11月 4日 (水)

手術の夜、血の塊との戦いが始まる

僕が出産を終えて可愛いベイビーを産み終えたばかりの妊婦だったら、よくがんばりましたと、お皿に乗ったカステラとデミタスカップのコーヒーが出るかも知れないな。

そんなことを思わせるくらい、とても平穏な空気が流れるICU。
ICUといえば集中治療室のことなのだが、ここにはそんな緊迫感はない。

僕はこの日、妊婦ではないのでもちろんカステラは運ばれてこない。
それどころか、夕飯も配膳されない。
手術当日は朝昼晩抜き。
日頃から1日1食~2食なので、こういう時、空腹感を感じないで済むので助かる。


「血の塊が降りて来ますから、飲まないでティッシュにくるんで出してくださいね」
ICUの看護師は男子。
年の頃からみて、医大のインターンのように見える。

枕はないんですか?
ティッシュにぺっとしたいところだが、頭が低くて苦しい僕はそう尋ねる。

「医師から許可が出るまではフラットなんですよ」
これが、これから1日半僕を苦しめ、その後も恐怖症を植えつけた"フルフラット指定"だ。

頭のど真ん中あたりから腫瘍を取り出したこともあり、頭を下げた姿勢を取ることはできない。
翌日のMRIで患部が安定していることを確かめるまでは、地面と平行に寝ていなければならないのである。

風邪を引いた日に痰が降りてくるように、どろりとした液体が降りてくる。
僕は身体を右によじって、ベッド脇のテーブルに置かれたティッシュを1枚、慌てて抜き取ると口にあてる。
その成分がなんなのかはよくわからないが、真っ赤なところを見ると、どうやらそれは僕の血の塊らしい。


ティッシュはスコッティの白い箱。
そこに「千葉龍一さん」と僕の名前が書かれたシールが貼ってある。
ディッシュはこれに使うためだったのか。


目を大きく見開くと、ベッドの頭上方向には、心拍数が表示されたモニターが設置されている。
定期的な発信音は、僕がわりかし標準的に生きていることを伝えている。

音楽は鳴っていない。
もちろんテレビはない。
本が読めるわけもない。

全身麻酔でぐっすり4時間寝たせいか、心地よい睡魔もやってこない。
そうこうするうちに、次の塊が落ちてきて、僕はティッシュを抜く。

それを何度も繰り返しているうちに、空っぽだったゴミ箱がティッシュの山になりつつある。
すると、ティッシュの残り枚数が不安になる。

「手術後は血の塊を口から出すためにティッシュを使いますから、多めに持ってきてください」
という説明はなされなかった。
ただ、入院の栞に「ティッシュ」と書いてあっただけだ。
最低2箱とも書いていなかった。

2枚重ねのティッシュを1枚ずつ使わなければ、夜中になくなるのではないか?
さっきまでの明るい気分は、段々としぼんでいく。


やがて21時の消灯の時間がやってきた。
看護師がやってきて「消灯しますね」とだけ言い残して、サッシのドアをがらがらと閉めて出て行った。
早く、疲れて眠りにつきたいな。
そうすれば、なんとかなるだろう。

しかし、22時を過ぎ、23時を回っても睡魔はやってこない。
と言いたいところだが、視界には時計がなかった。
電気が消えて、どれくらいの時間が過ぎたのかすらわからなかった。


時々、下腹部から初めて体験する挙動で何かが体外へ放出されているのがわかる。
おしっこが出ているのか?
じょろじょろと容れ物が水滴を受けている音がしているから、そのあたりにお漏らししているのではなさそうだ。
もし漏らしているならば、下腹部がぐっしょりと濡れてくるだろう。


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2015年11月 3日 (火)

眠りからめざめると、そこはICUだった

目が覚めると、そこはICUだった。
学生の頃暮らしていた6畳のアパートよりも横幅は少し狭いが、奥行きはほぼ同じくらいだ。

蛍光灯がついていて明るすぎず、暗くもない。
その時、なんの言葉も感慨も出てこなかった。

「あっ終わったんだな」
「お、生きてる」
といった類のものだ。

手術が無事に終わり、こうして目覚めることは予めわかっていた。
恐らく、そのためだろう。

目が覚めると、その数秒後に家族が部屋に入ってきた。
実際には看護師が呼びに行って、到着するまでに数分はかかっていると思うのだが、少なくともこの時の記憶はそうなっている。
こういうのを、意識が朦朧としていたというのかも知れない。


「わぁ、初めて入った」
「テレビみたい」

僕の視界には入っていないが、僕の頭越しには様々な医療器械が設置され、僕の背景を飾っていたのだろう。
田舎から出てきた子供が芸能人を見て驚くような、そういう素朴な反応がおかしくて笑った。

よかったね
いい経験をしたじゃない?

家族が声をかける
僕もなにか話したい。
こういう時にぴったりの気の利いた台詞でも言おうかと思ったが、口を出たことばは違っていた。

いま、何時?

「そうね、だいたいね」
と応えるほど、家族はサザンオールスターズファンではないので「7時だよ」と正確な時間を答える。
ということは、今は手術室に入ってから4時間後ということだ。

麻酔が効くまで1時間
手術は2時間±1時間
麻酔が覚めるまで1時間

つまり、長い場合5時間と聞いていたから、これはとても標準的ということになる。

先生はなんて言ってた?
「予定通りです」

それだけ?
「それだけ」

いつも温和で、感情が大崩れしない牧野医師らしい。
最低限の的確な台詞だ。
でも、もう少しドラマチックでもいいのにな。
腫瘍が大きかったとか、なんとかさ。


「また来るね」
そう言い残して、家族は部屋を出て行った。
家族と交わした会話はこれだけしか覚えていない。
本当にこれだけだったとすれば、1分もかからない、あっさりしたものだ。

ICUの看護師から事前に「面会は短時間でお願いしますね」と言われていたのかも知れない。


目覚めがいい
という言葉を使ってもいいほど身体はリラックスしている。
心は穏やかに澄んでいた。
しかし、この数時間後、人生最大、地獄の夜が始まるのである。


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2015年11月 2日 (月)

かたくな

皆さん、お忙しくお過ごしでしょうか。
それとも、そうでもないでしょうか。

僕の場合ですが、これまで忙しいなと思った時も「忙しい」という言葉を口にしないようにしてきました。
特に理由があるわけではなく、忙しいという言葉で何もかも片付けてしまうような、予定調和な会話をしたくないと思っていたのです。
そういうのを「頑な」というのかも知れません。


それを好意的に言うならば「こだわり」
悪くいえば「意固地」でしょうか。



振り返るにはまだ早いですが、
今年は、ずっと念願だったサザンオールスターズを5月に見に行き、9月には初Mr.children。
それ以外にも、なにかと思い出の多い1年になりました。


過去を振り返った時
「2005年は・・バルセロナでデコに出会ったな」
「2006年は・・初マラソンだった」
というように、あぁあれがあったなと思い出せる年と、思い出せない年があります。

強く記憶に残る出来事があったということです。
僕はそういった出来事を「エポックメイキング」と呼んでいます。

エポックメイキング本来の意味は、時代を切り開くような画期的なものごとという意味です。
だから、人には言わないことにしているのですが、自分のなかでは言論は絶対自由であるし、誰からも反論されたり、注意されることはありませんから、それでいいのです。


2015年は振り返る思い出がたくさんあり、わかりやすい年になりました。

楽しい出来事があった日は、時間の流れが速いです。
あれ、もう終わったの?と思います。

好むと好まざるに関わらず、大量の仕事、納期が迫る仕事を抱えた日も、いつの間にか時計が進んでいて驚くことがあります。

遊びでも仕事でも、忙しいと感じる時、あっという間に時間が過ぎる時というのは、振り返ってみると、ここ数日悩んでいたこと、いやなことを忘れていたことに気づきます。

なにかに没頭していると、その間、いやなことは忘れられる。
それを現実からの逃避と責める人には、言わせておけばいいのです。



10月末、渋谷にはたくさんの若者が、喧騒と渋滞を楽しむために出かけていました。
電車が混んで、苦虫をかみつぶしていた大人もいるかと思いますが、そこに参加した人々の気持ちがわかる気がします。

「忙しいですか?」
と聞かれたらそうですねと応えるのも、今は悪くないかなと思います。
バラエティ番組を見て、ビッグダディに共感するつもりはありませんが "泣ける"映画やドラマを見て少し涙するのもいいかも知れません。

頑なは、やっていてきついですから。

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2015年11月 1日 (日)

なぜそこがバスなのか?ひと工夫する鉄道の旅はダイヤに恵まれない

「いすみ鉄道と小湊鐵道で往く房総半島半周の旅」
開催はハロウィーンの日。
10:40JR大原駅集合
幹事のアラブさんは、張り切って僕とサオリさんの現地までの経路まで提案してくれていた。

東京駅起点
8:48 総武線「上総一ノ宮」行き
10:11 上総一ノ宮 到着
10:15 外房線「安房鴨川」行き
10:34 大原着

所要時間は2時間弱
1944円

特急でもない在来線に2時間乗るのは、1度しか経験がない。
数年前埼玉からの帰り、京浜東北線に乗っているつもりが、武蔵野線に乗ってしまい千葉のほうを回ってしまったきりだ。
あの時の、どれだけ乗っても東京に着かない切なさが忘れられない。


もう少し速く行けないのか?
そこで、ジョルダンをしらべる。
すると「特急わかしお」という選択肢がみつかった。

それならば、所要時間は30分ほど短縮できる。
ただし、特急料金がさらに 1,450円かかる。

既に全行程の運賃は5,000円。
これでも十分、奮発の閾値に迫っている。
なにかいい方法はないものか?

そこで、JR駅の「びゅうプラザ」に足を運んだ。
いすみ鉄道と小湊鐵道に乗って日帰りしたいのですが、なにかお得なプランはありませんか?

観光商品として販売されているものの中には、運賃に付加価値がついているのに、値段が運賃を大きく割っているというものがある。
「日帰り1day大阪」がその好例で、大阪に日帰り出張する場合、往復新幹線に2,500円分のお土産クーポンがついて、運賃よりも数千円安い。

最近少し太ったけれど、十分に品位を保っている中年の女優*1 によく似た女性は、聞いた途端に難しい顔をしたが、それでも分厚く太ったバインダーをめくって、何かないかと探してくれる。
「このあたりですかねぇ」
彼女がバインダーから抜き取って、見せてくれたのは

 レストラン キハ
■キハ28で食事を楽しむ列車
■「伊勢海老特急イタリアンコース」
■実施:土日祝日
■販売価格:東京駅発着 18,900円

海老アレルギーだからそもそも選考外であるうえ、値段が乗っている。
それでも、せっかくしらべてくれた彼女の気持ちを汲んで、これもらっていいですか?とカバンに仕舞った。

*1 思い出しました鈴木京香です



2015年9月
小湊鐵道が大雨被害により月崎~上総中野(4駅)の間で不通となった。
だが、アラブさんの「旅の栞」によると、この区間は元々バスでショートカットする区間。
旅の障害にはならない。

そもそも、鉄道で房総半島を横断する旅なのに、なぜバスに乗るのかはよく理解していなかった。
確か、ダイヤを組んだ時にちょうどいいものがないという話だったと思う。

始点から終点まで、ただ乗りさえすればよいという鉄道の旅は簡単だが、途中下車して楽しもうというプランでは、ダイヤが障害になることが経験上わかっている。

こだま のぞみ ひかり みずほ さくら つばめに一日ですべて乗る品川-新鳥栖の旅」の時は、みずほダイヤの時間帯が限られていて、大変難しかった。



時は流れて、いよいよ旅の前日
持ち物を確認する。

ION20(デイパック)
一眼レフ 電話機
文庫 財布 PASMO 
はれぶ 旅の栞ファイル

はれぶ」は、ときどき連れて行く旅の相棒。
今回はハロウィーン当日ということで、サオリさんから「ハロウィーングッズを持ち寄りませんか?」という提案があり、それを受けたアラブさんからの「はれぶ」を連れてきて!というリクエストに応えた。

天気予報は「晴れのちくもり」
折り畳み傘は荷物から抜いた。
予想気温は最高で20度。
この冬初めて極暖を着て、ウィンドブレーカーも厚手のものに変えた。


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