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2016年11月の30件の記事

2016年11月30日 (水)

お斎の概要と喪主の役割

初七日法要のあとは、お斎(おとき)を予定している。
一般的には「精進おとし」と言われているが、死を忌まわしいものとしない浄土真宗では「お斎」と呼ぶ。

浄土真宗では会葬御礼に塩がついていない。
会葬者の中には「なんだよ、塩がついてないじゃないか。気が利かないな」と思う人がいるかも知れないが、死は穢れたものではないため、玄関先で「おーい、塩まいてくれ」ということもやらないのである。


事務所で僧侶にお布施を渡す。
その際「この後、お斎を予定しておりますが、いかがでしょう」と申し出ると、ご輪番さんから「行く」「行かない」の返事がくる。

もしも僧侶がお斎を辞退した場合「御膳料」を5,000円または10,000円つつむ。
そのために事前に袋に入れて用意しておく。

また、僧侶がお斎の席から退席する際は「お車代」として5,000円をつつむ。
こちらも事前に用意しておく。

こういったことは「前回」父の葬儀で学んだことを書き留めておいたのが、とても参考になった。
姉からは「あんたは几帳面やねぇ」と褒めてもらったが、しらべる(ホームページ)に書いてるからねとは言わなかった。


初七日後のお斎は喪主が主催して、僧侶、親族や世話になった人をもてなす宴。
費用は喪主が支払い、この宴については「香典」の類いは受け取らない。

会場に入る前に、近親者の男性に「献杯」の音頭を頼んでおく。
乾杯ではなく、献杯(けんぱい)である。


はじめに喪主が挨拶する。
ついさっき「満点じゃ」と褒められたばかりなので、ここはいい話でもしたいところだが、さすがにお斎の挨拶までは考えていなかったので、卒のない話にとどめる。

本日はご会葬、そして初七日法要まで参列いただき、ありがとうございました。
ご輪番様、親族の皆さんのおかげさまで無事、葬儀と法要を終えることができました。
ささやかではございますがお食事をしていただきながら、母の思い出話などをお聞かせくださればと思います。
それでは●●さんに、献杯をお願いします。

こんな具合だ。

席次はご輪番さんが中央の上座。
喪主はその正面に座る。
なぜならば、ご輪番さんの話し相手を務めるのは喪主の役目だからである。

見ず知らずの僧侶と一瞬で打ち解ける特技をもっている人は日本人には少ない。
そこは僕もご多分に漏れない。
正直、苦手だ。

だが、喪主である母の代わりに取り仕切った「前回」と比べると今回は自分が喪主。腹が決まっていた。

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2016年11月29日 (火)

「べっぴんさん」がおもしろくなった理由

「NHK連続テレビ小説」では初めて、主題歌はMr.children
「ヒカリノアトリエ」はMr.children25周年となる2017年1月11日に発売される。
収録曲
1.ヒカリノアトリエ
2.つよがり
3.くるみ
4.CANDY
5.ランニングハイ(虹ツアーライブ音源)
6.PADDLE(虹ツアーライブ音源)

2017年には「REFLECTION」以来2年ぶりのニューアルバムが出ると思われる。
ヒカリのアトリエは収録されるだろうが、他のいくつかの音源は収録されないだろう。
ファンとしては、シングルも買うか、アルバムを待つか悩ましい。

♪さぁ空に架かる虹を今日も信じ~
の「すみれスキップ」は思わず、練習したくなる。
もう今頃、渋谷の交差点では、信号が青になると誰もが「すみれスキップ」で歩いているのではないか?
そう思って、渋谷から通ってくる若者に尋ねてみたが「いないっすよ」と1秒で片付けられた。


さて「べっぴんさん」がおもしろくなかった理由だが「五十八さん」こと生瀬勝久の若作りにある。
仲間由紀恵と並んで「TRICK」の色が着きすぎた生瀬が、かなり無理のある若作りで物語が始まる。
もう、その時点でこの物語の時代の尺が読めてしまうし、いかにも作り物的な絵と、役者たちの(意図的な?)台詞棒読み。

朝から小学生の学芸会を見ているような気分だ。
(見てるのは夜だけど)
おまけに「マッサン」では何十年住んでも日本語が上達しなかったヒロイン「エリー」まで出てくる始末。
端役からヒロイン昇格は近年の「NHK連続テレビ小説」パターンだが、ヒロインから端役で拾ってもらうパターンには、見ている方が「そんなに仕事来ないのかな」と切なさを感じてしまう。


遅々として進まない視聴に、何度か「今回のNHK連続テレビ小説はギブかな・・」そう思い始めた時だ。

「すみれ」こと芳根京子の魅力が輝き始めた。
芳根京子は可愛らしい。
女性にどう思うと尋ねると、異口同音「かわいい」「連ドラヒロインっぽい」という評が聞かれる。
女性に好かれるタイプでありながら、男性から見ても清々しいというのは近年希有な女優だ。

彼女の演技には「くさい」「あざとい」感じがしない。
人が泣くときはあぁして泣くよね。
笑う時はあのくらいがいいよね。
ココロからの言葉が言えているよね。
そういう、人が本来持っている理想の自分イメージが彼女の中にある。


放送開始から2ヶ月で、ようやくリアルタイムに追いついた。
録画で追いかけていたので、地震のため第45回を取り逃してしまったのは痛恨だった。
NHKと録画機メーカーは話し合いを持って、臨時放送も予約がひろう仕様を確立してもらいたい。

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2016年11月28日 (月)

「べっぴんさん」がおもしろくない

10月のはじめから期せずして旅に出ていたために「べっぴんさん」が溜まっている。
「NHK連続テレビ小説」は1回あたり15分と短い。
HD録画機から「何を見ようかな、でもそろそろ寝なきゃ」という時にはもってこいの長さだ。


「べっぴんさん」は2016年10月から半年間にわたり放送されているNHK連続テレビ小説。
主人公の「すみれ」(芳根京子)が昭和初期の神戸で生きる物語。
脚本:渡辺千穂 書き下ろし

2016年1月13日
制作発表

2016年8月24日
主題歌がMr.children「ヒカリノアトリエ」と公表された。
NHK連続テレビ小説にMr.childrenの曲が使われるのは初めて。

2016年10月3日(月)
第1回放送

2017年4月1日(土)
本編最終回放送



主演の芳根京子は「花子とアン」に、蓮子(仲間由紀恵)の娘・富士子役で出演していた。
・・と言われても、ほとんど記憶にない。
数年前のことであり、芳根京子(1997年2月28日生まれ 現在19歳)もずいぶん幼かっただろう。


すみれの友人には、ももいろクローバーZのリーダー百田夏菜子。
圧倒的存在感を誇る百田のファンからすれば、誰が主役だかよくわからない。

すみれの母は管野美穂
できれば、こちらを主役にしてもらいたいくらいだが、最初の数回を見ただけで夭逝させる魂胆であることが感じ取れた。
(事実夭逝し、現在は「語り手」として声だけの出演になっている)


旅から帰った時点で物語は3週めに入っていた。
これならば、すぐに追いつけるな
そう独りごちたのだが、それは内容がおもしろいという前提だ。


「あまちゃん」の後半から参戦して以来「NHK連続テレビ小説」は生活の一部であり、一日のなかで「なにか楽しみなこと」に位置づけられる数少ないエンターテインメントである。
さぁ、今回はどんなドラマなのだろう。
期待を胸に初回のファイルを開く。

だが、キャッチアップは遅々として進まなかった。
来る日も来る日も「あと1つ見たい」という気持ちになれない。
「マッサン」などいくつかの例外を除いて、いつもならば「そろそろ寝る時間だけど、あと1つ見たい」と思っていた。
溜まっていたものを消化して、リアルタイムに追いついてしまうと、毎晩、帰宅してからの楽しみだった。

なぜ、進まないのか
それは、おもしろくないからだ

つづく

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2016年11月27日 (日)

こんなカーナビが欲しい 2016年

今のカーナビを使い始めてから10年になった。
情報機器にとっての10年は、とてつもなく長い期間だ。
しかし、今のところ特に古さを感じていないし、道案内をしてもらう分には不自由しない。
だが、現在のナビがどこまで進んでいるのかも気になっている。
既に使えなくなっている機能もあるし、いずれは地図の更新サービス(有料)も止まり、実用に耐えなくなる日が来るだろう。
それが数年先か、あるいは十年先かはわからないが、思い立ったが吉日、現状と現代をまとめておくことにした。



現状のカーナビ
Panasonic製トヨタ純正カーナビ

●記憶デバイス:HDD
音楽はCDを入れてHDDに録音(3,000曲)
使えなくなっているのは「曲名情報」
数年前、サービスが停止して以来、その後の新譜については曲情報が入らない。
録音すると
20161123-0001
といった数列が表示されている。
曲名を表示したければ、1曲ずつタッチパネルから入力しなければならない。

もしもナビを買い換えることになれば、今入っているおよそ2,000曲をどうするか。
アドレス帳が赤外線通信でコンバートできるスマホのようにはいかないだろう。
改めて入れ直すとなれば、CDをTSUTAYAから借り直さねばならず、費用と時間が惜しい。


【こんなカーナビが欲しい1】
パソコンで音楽を管理している「x-アプリ」から「SDカード」などの記憶デバイスへエクスポート。それをカーナビに挿して使えるとよい。

これは、トヨタ純正カーナビをあたったところ、実現できていた。ただし、対応しているのは「SDHC」までであり、メディア1枚では、あまり曲数を入れることはできないようだ。


●大きさ
2DINサイズだが、ワイドタイプのため、現在のトヨタ純正カーナビの「7インチ」が入ることがわかった。
ダッシュボードの上に出すつもりはないので、サイズに制約がある。
高機能カーナビを買いたくても、買えないということがありそうだ。


●インターネット対応
現在のものはネット非対応。
2007年と言えば、スマートフォンと呼ばれる機体はFOMAやウィルコムから出ていたが、アプリ追加という概念はなかった。

機械は買った時の機能で使う
古びたら買い換える
そういう時代は2007年が最後だった。

スマホが普及し始めたのは2008年。
スマホ対応カーナビも、そろそろ出そろっていると推察する。



【こんなカーナビが欲しい2】
目的地の設定は自宅のパソコンでできる。
カーナビがそれを受信する。

これは、カーシェアリングの「カープラス」が提供している。
不慣れなカーナビで目的地を設定することは難儀なので、このサービスはいつも利用している。

トヨタ純正のサービス「T-Connect」ではアプリの追加で性能向上が図れる。
Wi-Fi対応機種であれば「T-Connect」として月々のランニングコストはかからない。
スマホを車内に持ち込み、テザリングによりネット回線を供給すればよい。
(テザリングはキャリアに申し込む。auの場合、月額500円)

ただし「T-Connect」で「事前目的地設定」ができるかは不透明だ。


*研究が進んだら、つづきを書く予定です

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2016年11月26日 (土)

顴骨法要 初七日

ここに来て、雨が一段と激しさを増した。
足腰の弱い親戚のおばさんには酷な状況だ。
本来、クルマが入れない玄関先に付けさせてもらい、おばさんを寺の中へ。
おばさんをかばって傘を差し掛けた、老年のいとこの体が濡れる。
親戚同士の間柄には理屈抜き、ためらいもない。


真善美を求めるのは 、人みなの思いだが 、どんなに求めても 、美ならざるもの 、正ならざるものは 、やはりなくなりはしない 。

そう記したのは松下幸之助(道を開く)
昭和の世でも、平成の世でも、この世からイヤなヤツが消えてなくなることはない。
ただ今、こうして親戚同士、近くあるいは遠く血と縁でつながった人々だけがいる空間では「いい人」だけが存在していて、日頃、私たちを取り巻く環境に「イヤなヤツ」がいることを忘れている。
できれば、ずっと忘れていたいが、しばし、このひとときは平穏な時間が過ぎていく。
そんな時間を提供してくれたのは、紛れもなく故人の母である。


新築なった佐世保別院、法要が営まれる畳の間が真新しい。
以前は信徒が座る場所にザブトンが並べられていて、老年の人々を苦しめていたが、今はそれが幼稚園児が座るくらいの高さの椅子に代わった。
これならば、正座ができない太った人も、股関節が硬くてラップタイムが伸びない僕も、足のしびれや無礼を気にせずにいられる。


火葬、収骨につづいて営むのは顴骨法要(かんこつほうよう)である。
民営の火葬場には斎場が併設されていて、その場に僧侶を招いて行うことが多いが、公営の火葬場で火葬した場合、斎場または寺に移動しておこなう。
一般の会葬者は告別式で帰っているので、それ以降、この法要に残っているのは遺族・親族、まれに親しかった人だけとなる。


はじめに僧侶の読経
つづいて遺族・親族の焼香
会葬者がいる場合、その焼香
これで終わり。


つづいて、初七日法要を営む。
初七日とはその名のとおり、死後七日めにおこなう法要であるが、実際には遠方から来ている遺族・親族が七日後に再び足を運ぶのは難しいので、葬儀をしめくくる法要として行われる。

顴骨法要との違いはお経の内容
佐世保別院ではお経の本を配り、皆で声を合わせて読み上げる。
この時はまだ、それにどういう意味があるのかも考えず、ただ遅れないよう集中して読んでいた。

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2016年11月25日 (金)

収骨

初めて見る光景ならば、その斬新な絵づらに衝撃を受けるだろうが、もう何度か見てきている。
初めてみたのは祖父の葬儀で、それから祖母、ずいぶん間が空いて父そして母
そして、僕から祖先がいなくなった。
これからは僕が祖先の最古参
そしていつか、その死をもって子孫に人の死を実感させ、人の死と自らの人生を考える機会を与えなければならない。


1つめの収骨だけは箸渡しする。
日頃することがないだけに、渡す方も受ける方も不慣れだ。
不慣れだからといって、途中で落とすのは縁起が悪い。
父から子へ
身をよじりながら長い箸を互いに操り、なんとか無事に1つ目の骨が壺に収まった。

あとは各自が直接、箸で骨を拾い、骨壺に入れる。
ついさっきまで物理的な形をもって存在したスポーツの道具も花札も、当然のように跡形もない。

スポーツで傷めた母の膝には、人工関節らしきものが焼け落ちず、形をとどめていた。
遠い昔、そういう手術を受けたことを、誰もが忘れていた。


表情をもたない係員が「これは最後に」と言って、のど仏を脇に取り置く。
人の話を聞かない親族がいて、それに箸を延ばしはしないかと、誰もが視界の端にそれをとらえて監視している。
それはとりま、今日のところ杞憂だった。


からだじゅうの骨をすべて墓に持って行くことはできない。
からだの中から、遺族・親族に選ばれた代表だけが納められる。
そのことは、何度かの経験によりわかっている。
だから、あれもこれもとがつがつはしない。


しかし、係員は一向に僕らを制止しない。
もう入らないんじゃないか。
そろそろ最後の1つでいいんじゃないか。

それでも、彼は詰める詰める
仕舞いには箸で壺の骨をぎゅっぎゅっと押さえつけて、さらに新たな骨を迎えるだけのスペースをつくる。

ようやく、隙間という隙間は埋め尽くされ、最後に僕が母ののど仏をおさめて、蓋が閉じられた。

蓋は接着されるわけでも、鍵がかけられるわけでもない。
開けようと思えば、いつでも開けられる。
だが、四十九日までの間、それが再び開けられることはない。
骨を見ても故人を偲ぶことはできず、なんの慰めにもならないと、誰もがわかっているからだ。


母の骨を満杯にたたえた壺は桐の箱に収められて、遺族の膝に抱かれ、次なる目的地である東本願寺へと向かう。

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2016年11月24日 (木)

葬儀からしばらく、何かをすると何かを忘れる

火葬が終わるまでの時間は、いつも居心地が悪い。
今、この棟のどこかで行われていることに思いを馳せたりはしない。
それはこの国の決まり事であって、感傷を寄せても仕方のないことだと、脳がわかっているからだろう。


初めて経験した葬儀で、はっきりと覚えているのは「弁当」のことだ。
通夜、葬儀を通して用意された仕出し弁当は、それは質素で、成長期を迎えていた僕には儚さすら覚えるほど、物足りないものだった。
それが「精進料理」という名前であり、喪中は肉や魚を食べないのだと教わった。

ところが、火葬が終わった後、一転して豪華な弁当が出た。
大好きだったエビの姿煮、牛肉、サラダ
それは間違いなく、そこまでの生涯で最も豪華な食事だった。
それが「精進明け」というものだと聞いた。

ただ、それをどのタイミングで食べたかは覚えがない。
仏教でいえば、本来それは四十九日法要の後。
だが、食べたのは葬儀当日だったと思う。

今思うに浄土真宗には「忌中」という概念がなく、従って「忌明け」もない。
だから、厳密に精進料理を出し続けることもないという判断だったのかも知れない。いずれにせよ、育ち盛りの僕はとても嬉しかった。


今、目の前にある仕出し弁当は、思い出の弁当に比べると大きく見劣りがする。
スポーツボランティアに行った時に出る程度だ。
だが、肉も魚も入っている。浄土真宗と聞いて、業者もこれでいいと思ったのだろうか。


雨足は幾分弱まっている。
この斎場は海辺の広大な敷地にある。
遺影の後ろの窓からは芝生の景色が広がり、あたかもゴルフ場のレストランにいるような気分だ。


もう間もなくです
予定よりも少し早く、表情のない係員が準備を促しに来た。

廉価な公営の斎場ゆえ、後片付けも遺族が手分けしておこなう。
弁当の容器や紙コップを仕分けて、これでよしと控え室を後にする時、遺影と位牌(仮)を忘れそうになった。

先の香典といい、何か1つずつ手から水が漏れる。
この傾向は葬儀後、しばらくの間、僕ら遺族の間で続いた。

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2016年11月23日 (水)

LAWSONが「スイートマヨネーズサンド」で佐世保サンドに参戦

セブンイレブンが販売している「佐世保スイートマヨサンド」は佐世保でしか売られていない。
福岡空港のセブンイレブンで探して見たのだが「一口サンド」があるだけで置いていない。
あの甘いマヨネーズは博多っこですら、口に合わないのだろうか。
従って、もちろん東京では売られるわけもない。


もっぱら、佐世保に帰省した時の楽しみだ。
「佐世保スイートマヨサンド」と「玉屋のサンドイッチ」の食べ比べをした2ヶ月後、期せずして短いサイクルで帰省することになった。


セブンイレブン、玉屋とハシゴしてサンドイッチを買い求める。
そして、LAWSONに立ち寄ったところ、なんとLAWSONに「スイートマヨネーズサンド」370円 が売られていた。
もちろん、即ゲット。



3つのサンドイッチを買って実家に帰ると、早速、前回と同じ試食メンバーで3つのサンドを食べ比べた。
以下はその感想である。

■ローソンはタレ(マヨネーズ)が少ない
■ゆで卵のサンドはセブンとそんなに変わらないと思うけれど、キュウリのサンドは具が貧弱というより、ほとんど入ってなくて寂しい


感想はこの2点に集約された。
LAWSON完敗である。

●原材料
蜂蜜入りマヨネーズ/トマト/ゆで卵/きゅうり/ハム/レタス
そして、ろいろな添加剤

●製造
福岡県古賀市サンデリカ


LAWSONのは、1人で食べている分にはいいけど、シェアした食べた時に「きゅうりに当たった人は悲運を気に病みそう」という意見も出た。


今回、改めてセブン「佐世保スイートマヨサンド」の実力が際立った。
トマトが厚く、歯応え、味わいが際立っている。
いいトマトを使っているなと感じた。


タレが一段と濃くなったのではないか?
セブンに比べると玉屋のタレは腰が砕けているようにさえ思える。
セブンのしっかりした甘さには、毅然とした態度が感じられた。

余録だがさらに一晩、冷蔵庫に置いて翌朝食べた時、その差は歴然。
(そもそも玉屋サンドの消費期限はその日限り。翌日食べることは想定外。セブンのは翌朝もしっかり食感があるということは、それだけ添加剤が効いていると言えなくもないが・・)


LAWSONも「スイートマヨネーズサンド」などと、腰の引けた名前にしないで「佐世保」を冠して参戦してほしい。
老舗ロンサンドを加えた4強が競い合い、市場が拡大することを望む。

今はまだ、佐世保っ子だけが食べている「佐世保サンド」だが、いずれは佐世保を訪れた観光客が「ヒカリ」や「ログキット」に群がるように、佐世保に着いたらまずサンドと言ってくれる日が待ち遠しい。

さだまさしは犬になりたいらしいが、僕は佐世保サンドのサンドイッチマンになりたい。

佐世保サンドまとめ記事

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2016年11月22日 (火)

クチナシ女が増えている

クチナシの花
は渡哲也のヒット曲(1996年)

だが、最近「クチナシ女」が増えている。

クチナシの花言葉は「喜びを運ぶ」「洗練」「優雅」らしいが、クチナシ女は隣人をいやな気持ちにさせる。

クチナシ女はこの時期、マスクをしている。
もしかすると、口裂け女かも知れない。

ここでいうクチナシ女とは、バスを降りる際、通路側の人に声を発しない女だ。
窓際に1人で腰掛けている。
田舎に行くと、となりに荷物を置いて座らせまいとする人が多いが、ここは都会なので、そういうことはしない。

となりにサラリーマンが乗ってくる(僕ですが)
そして、自らが下車する停留所で席を立つのだが、通路側にいる紳士(僕)に向かって「すみません」とも「降ります」とも言わない。
クチナシ女だからだ。


クチナシ女の生態はその記事に詳しい。


あれから2年半、クチナシ女の比率はさらに高まっている。
現時点で、クチアリ女:クチナシ女の比率は2:8まで来ている。

ここで「クチナシ男」だっているだろ?
という声が出るかも知れないので、それに触れておくと、基本的には男の隣りには座れない。
「座らない」のではなく「座れない」のだ。

20代の男は通路側に座る。あるいは隣りに荷物に座らせる。
30代の男は股関節が硬いので大股を開いて座る。
40代からは豚になってくるので、専有面積が広くなる。

しかも、人間の体とはおもしろいもので、電車のロングシートでわずかな隙間に潜り込む時は体が縮む。
逆に自分が先に座っている時は、体が拡張して2倍に広がるのだ。
関節をしめるか開くかで、人の体が伸縮するのである。

だから「クチナシ女」だけが、ここで俎上に上がっている。



そんなにサラリーマン(僕)には口をききたくないのだろうか。
「すみません」と一言いったとたん、これをご縁にお茶でもと誘われたり、アパートまで尾行されたりするのを怖がっているのだろうか。

僕はワキガではないし、TANITAのfresh kiss(口臭判定器)によると口臭も4段階の最もよいレベルだ。
となりに座る時には「すみません」と一声かけているし、狭いからと言って隣の人の太もものうえに座ったりしない。
(昨日、天神から福岡空港への地下鉄で韓国人女から太ももの上に座られた)


あるいは、隣が織田裕二みたいな不思議な演技をするイケメン兄さんだったら「私ここで降りますので、通していただけますか」と言うのだろうか。

クチナシ女がどのような心理で、無言で降りて行くのか?
僕には謎過ぎて、想像が及ばない。
できれば、何処かの誰かが、YAHOO!知恵袋とか教えてグーとかに質問して「Google先生」の出番を待ちたいところだ。

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2016年11月21日 (月)

充電ピットに参入せよ

いやいやいやいや(4回)
「参入せよ」じゃなくて、まだありませんから。
試しにGoogle先生に「充電ピットってある?」と尋ねてみると、そんなものは無いと言われる。
実際、そういう風に言われるわけではなく、ヒットするのは電気自動車の充電にまつわる製品ばかりだ。


充電ピットとは何か?

仕事を終えて自宅に帰る。
ご飯を食べる、風呂に入る
そんな時、スマホはいつ充電しようかな?と考える。
寝るまでに使う機会はほとんどないので、就寝前にケーブルをさし込んで寝るということに落ち着く。

以前は充電する度にケーブルを引き出しから出していたが、毎日のことで面倒なので、今はコンセントに挿して置きっぱなしだ。
発火したりしないのかな?と不安もある。
ケーブルの先にある金属部分が(木製)テーブルに直接当たらないよう、ちょっと角度をつけたりする。
焼け石に水だろうなと思う。

危険性もさることながら、見た目が貧しい。
毎日のことだから、この貧しい気持ちを解消できないものか。


大半の人にとって、毎日充電するものはスマホくらいだろう。
だが、充電するものは他にもある。
バッテリーを節約するために、音楽はスマホではなく、別にウォークマンを持ち歩いている人もいるだろう。
もしもJINS MEME(めがね)を買ったら、それも毎日充電。
Panasonicが力を入れている美容家電も、大半は毎日充電。
毎日ではないだろうが、ひげが濃い人は電気かみそり。
ヘッドホンなどを無線化したい場合、ブルートゥース機器も充電が必要だ。


日々、増えていく充電アイテム
その都度、充電機器やケーブルを出したり仕舞ったりするのは面倒だ。
だからといって、挿しっぱなしにしておくと美観を損ねる。
心配症の人は、コンセントは全て抜かないと出かけられないだろう。


そこで、充電ピットの登場だ
(繰り返しますが、まだありません)


テーブルの上、部屋の片隅に「充電ピット」がひっそりたたずんでいる。
充電ケーブルのプラグは同時に5つ挿すことができる。
でも、そのうちコンセント4つは外からは見えない。
ピットはいくつかに間仕切りされている。
スマホは平置き、または縦置き。
電気かみそりは逆さで縦置き。
機器のケーブル差し込み口に応じて、場所が選べる。
機器を直挿しするモノのために、1つだけ平置きで挿せるコンセントがある。

ケーブル部分は箱の内部に隠して収納できるので、見た目が清楚。

ここまで書いてキーワードを「充電スタンド」に替えて尋ねると数点みつかった。
だが、スマートデバイスに特化したものであり、一般家電には不向きだ。

材質は難燃性
熱伝導効率の低い金属など。
充電により機器が発熱しても、それがピットにほとんど伝わらないものがよい。

グッズとしても楽しめるよう、くまモンやピスケなどのキャラクター付きもある。
白、グレーと言った会社テーブルでも使える、無地で地味なモノも揃える。


文具、ファンシー、家具を作るメーカーさん
セブンイレブン、無印良品、ロフトの皆さん
期待しています。

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2016年11月20日 (日)

諦めた新聞記者の夢

近代設備を備えた火葬場には、風景と音がない。
高い天井、幅広い空間、BGMは流れていない。
ここにいるのは、姉と僕
そして表情を持たない係員が「よろしいでしょうか」と声をかけ、僕がはいと小声でうなずく。
釜のスライドドアが開き、そこに火は燃えさかっていない。
かすかな熱気が伝わっては来るが、のけぞるほどの熱風ではない。
係員が押すと、母と思い出の品々を詰め込んだ棺が、レールをすべり、焼却炉の中へ吸い込まれる。
そして、所定の位置に収まるとすぐにスライドドアが閉まった。


南無阿弥陀仏
(計り知れないほどの力をもった阿弥陀如来に身も心も捧げます)
僕らは数珠を絡めて拝む
ここに僧侶はいない
ドアの向こうではかすかな機械音が聞こえている。
これから、さらに奥深い場所へと移動していくのだろう。


それでは1時間半ほどで、お声をかけに参ります。
控え室でお待ちください。
表情のない係員や、わずかに柔らかな頬で、恐らくそのような台詞を言う。

振り返り、一歩を踏み出すと、僕はもうさっきまでの、毅然とした喪主を演じる長男に戻っていて、親族が待つ控え室へと歩を進める。

何事にもとらわれない空虚な気持ちだ。
絶望ではないが、そこにはもう誰もいない。

はたで見ている人は、冷静な人だと思うだろうが、今僕にこれ以外の何をしろと言われても、できることはなかった。


控え室では孫たちが、親族に弁当と飲み物を配っている。
僕は手短に弁当を胃に放り込むと、親戚に飲み物を勧めながら、ご機嫌を伺う。
もうそれぞれが高齢を囲っているというのに、九州の西のはずれまで、遠くから来てくれた親戚のなんと、ありがたいことか。


今日の話は100点じゃな
親戚のおばちゃんが言う。
言うべきことは全部あったし、言うべきじゃないことは何もなかった。
100点じゃ。

僕は子供の頃から、根っからのおしゃべりで通っていた。
そんな僕に親戚がつけたあだ名が「弁当箱」
なんでも、よく喋るからあんたは弁当箱じゃ。
そう言われた。
子供の頃は、そういうものかと思っていたが、今考えてみたら、よくわからない。

当時僕は、新聞記者になりたかった。
特に近づきたいモデルがあったわけではなく、毎日、日記を付けていたせいで文章を書くことに憧れていたのだ。
その夢を話すとおばちゃんは言った

ええかね、新聞記者はあんたが喋るんやないよ。人の話を聞いてなんぼじゃけぇね

その後、僕が新聞記者の夢をやめたのは、人の話を聞くのは嫌だなと思ったのも一因だ。
とにかく、このおばちゃんから褒められたことは生涯初めてのことで、僕はそれがとても嬉しかった。
少しは成長したのだ。
だからと言って、大人になったとは言えないが。

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2016年11月19日 (土)

昭和の葬儀

生まれて初めての葬式は下関のおじいちゃんだった。
今、目の前で荼毘に付されようとしている母の父である。

一本の電話が鳴り、僕は学校を休むことになった。
小学校6年間無欠席をつづけてきて、あと数ヶ月で卒業という時だったため、そのことが悔しかった。
そのショックで翌週風邪を引き病欠した。
忌引き3日は休み扱いにならないことを知ったのは、その数日後だった。
子供だった僕は、母の悲しみを我がことに置き換えることが難しかった。
ただ、訃報の後、風呂場から聞こえてきた母の嗚咽に、申し訳ない気持ちがした。



祖父の葬儀は盛大だった。
同業者の間では、とても慕われていたらしく、弔辞を市長が読んだことに驚いた。
そういえば、夏休みに祖父の家に居ると、安倍晋三のお父さんが挨拶に来たこともあった。
大きなお寺の境内で行われた葬儀は、前庭から表の国道まで人が溢れた。

とんとんとん
今でもその音を覚えている。
棺桶に釘を打ち付ける音
遺族・親族が木槌だったか、あるいは石だったかを回し、1人2、3回棺桶の蓋に差し込まれた釘を打つ。
僕は遠慮して打つのは2回に止めた。
小学生がその意義を斟酌するには、あまりに衝撃的な儀式だった。


そして、祖父の葬儀ではっきり映像と音声が脳裏に焼き付いているのが、この告別室でのことだ。

マイクロバスに乗り、関門トンネルのそばにある火葬場に移動する。
当時、人数制限などはなく、遺族・親族の誰もが告別室に招かれた。

釜が開く
火が燃えさかっている
祖父の棺桶が勢いよく、係員によってその中にくべられる。
不謹慎かも知れないが、それ以外の表現が見つからない暴虐のシーンだ。
それと同時に僧侶の読経が勢いを増す
皆が目の奥に力を込めて、手を合わせる


だが、今目の前にある風景は違う
あれから数十年
もうそういう時代ではない

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2016年11月18日 (金)

いやいやいやいや(4回)はなぜ4回なのか

いやいやいやいや
はなぜ4回なのだろうか。

僕は言ったことがないので、試しに口に出して言ってみた。
もちろん一人きりの部屋で。


いやいやいやいやいや
思わず5回言ってしまう
早口言葉が得意だからか
どうしても、5回になる
4回で止めるのが難しい


いやいやいやいや
そんなことを書きたいのではない。


いやは2回でいいだろう。


「手順書はタナカ君が作るんだよね?」
いやいやいやいや

ここでいう田中君のいやいやいやいやは、きっとこういうことだ。


1,何を言っているんですか
2,その手には乗りませんよ
3,もう冗談きついんだから
4,絶対ムリ!

あるいは
1,何言うとるんや、ボケ
2,何考えとんじゃ
3,おまえの仕事だろ
4,死ね


いやいやいやいや
を言う人は大半の場合において、顔は笑っているが、ココロの中まではわからない。いずれにせよ、100%拒否という気分を婉曲表現しているのである。

いやいやいやいや
を使う人は比較的、役職が高い、ヤンエグ(死語か)に多い。
数学は得意だったけど、国語は学び忘れた、あるいは読書に価値を置かない人たちである。



世の中には「常識」を母の胎内に置き忘れて来た人が少なくない。
無理難題
ムチャ振り
あり得ない決定

生きているといろいろなコトが起こる。
僕だって「いやいやいやいや」を言いたいことはある。

今年で言うならば、ニフティのホームページサービス打ち切りだ。

1,なんのために20年以上会費を払っていると思っているんだ
2,URLが変わったら17年積み上げてきたものが0になったじゃないか
3,僕のライフワークに何してくれるんだ
4,ユーザーをなめてるよなぁ

いや、すみません、愚痴で終わって。

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2016年11月17日 (木)

JINS MEMEを買うことにした翌日 JINS MEMEを買うことを見送った

JINS MEMEの歴史

2015年1月16日
仕様公開

同年4月22日
カンブリア宮殿にJINSの社長が出演した際、番組の終盤にJINS MEMEを開発中であることが紹介された。

2015年10月14日
事前登録者に対して、発売日を告知するメールが発信された。
「ES」「MT」の2タイプを発売することを発表。
JINS MEME、JINS MEME RUN、JINS MEME DRIVEという3つのアプリが発表された。

2015年11月5日
JINS MEME本体発売
アプリダウンロード開始

2015年12月4日~2016年1月8日
STAR WARS「C-3PO」モデル30万円限定3本、「R2-D2」モデル22万円限定3本 抽選受付


発売後「ES」39,000円+税という価格に二の足を踏みつつ、情報だけはメルマガでチェックしていた2016年6月、JINS MEMEを名乗る英文のメールが届いた。
一見して迷惑メールとわかるそれだ。
企業が日本人に対して、わざわざ英語でメルマガを送るとは思えない。

拙い英語力で読み解いただけでも、その内容はとても品位を欠いており、これがJINS本体が出したものでなければ、個人情報漏洩が疑わしい。

すぐに問い合わせたところ、JINS MEMEカスタマーサポートから「そのメールを転送してほしい」と要望があり、すぐに送った。
そして5ヶ月が過ぎ、未だなんの音沙汰もない。



その後、どうなったかな・・
従って、5ヶ月ぶりのJINS MEMEチェックである。

相変わらず、近視の僕にとって「ES」が唯一の選択肢であることは変わらない。
度付きレンズ交換は+2,000円
従って、41,000円+税となる。

ランニングフォームの癖が解明されるであろうアプリ「RUN」は、これから東京マラソンに向けて走り始める今、十二分に魅力的だ。

仕事の集中度合いを測るアプリ「Office」も興味深い。
午前中が「考える仕事」に向いていると思い込んでいるが、実際の自分は違うかも知れない。

滅多にしないが、長時間のドライブで居眠り警告に使えそうな(あくまで想像)アプリ「DRIVE」も実用的。



思い立ったが吉日。
ここは決断の時かも知れないと、すぐにJINS MEME取り扱い店舗に問い合わせた。
疑問点は自分が必要としている「JINS PC」のレンズを入れることができるかの一点だけ。

結論は+4,000円で変更可能ということだった。
従って39,000+2,000+4,000×108%=48,600円

これまでに買った中で最も高額なマラソン用品「miCoach SMART RUN」よりもさらに高い。
この「4,000円」は僕を夢から覚まし、決心を覆す役割を担った。

「RUN」フォームの歪みがわかったとしても、それをどのように修正するかというメニューは自分で考えなければならない。

「Office」ネットのクチコミを見る限り、スマホとの同期、データの保管には歴史の浅い製品らしい特徴が残っているらしい。

「DRIVE」長距離ドライブは1年に1度あるかないかだし・・


JINS MEMEを買うことにした翌日
JINS MEMEを買うことを見送った

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2016年11月16日 (水)

JINS MEMEを買うことにした翌日

去年、手術をして以来、パソコンに向かう時には、JINS PCを使っている。
一般のメガネと比べると、格段にバックライトをカットしてくれるので、目がとても楽だ。
度数も落としてあるので、近い距離にあるパソコン画面を見るにはちょうどいい。
(その代わり、運転には使えない)


月曜日に会社に持って行き、会社で使う。
ほとんど荷物を持たないので、メガネは会社に置きっ放し。
金曜日に持ち帰り、週末は家で使う。

ただ、平日にこうして(今ブログを書くのに)パソコンに向かっていると、画面の明かりがまぶしい。
モニターのエコモードを調節すれば、暗くなるのだが、面倒である。

そうだ!もう1セットJINS PCを買えばいいのだ。
思い立つとすぐに、JINSのウェブサイトをしらべる。
JINSの場合、どこで買えば安いということはないので、しらべるのは専ら、現在売られているフレームの傾向である。

以前と比べて、クラシックなボストンタイプが増えているな・・
そう思った時、画面の右端に「JINS MEME」のバナーをとらえた。

その後、どうなったかな・・


さかのぼること1年半前。
発売のニュースリリースが出るとすぐ、この新しい価値観を提示するシステムに着目した。


JINS MEME【 じんずみーむ 】は、目から出ている微量の電気を検知して、体調を管理するメガネ。
メガネにセンサーと発信器が仕込まれていて、それをスマホ、パソコンで受信して、アプリで体調管理する。
東北大、慶応大などとJINSが産学共同で開発した。


メガネ本体は「ES」「MT」の2種類
「ES」は通常使用向け。
3点式眼電位センサー・加速度センサー・ジャイロセンサー搭載。
2015年10月現在「JINS MEME DRIVE用」とされていた。
度付きレンズに変更できる。

そもそも、メガネって度付き前提じゃないの?
と思うが、JINS MEMEはだてめがねが標準。
度付きは割増料金となる。


「MT」はサングラス。
3点式眼電位センサーなし。加速度センサー・ジャイロセンサー搭載。
2015年10月現在「JINS MEME RUN用」とされていた。
MTは度付きレンズに変えることができないので、近視のメガネユーザーは選択肢から外さなければならない。


JINSはこのシステムにおける「アプリ」の開発を一般のプログラマーに呼びかけている。
また、健康器具分野でオムロン、居眠り運転防止の分野でDENSOと業務提携する。

つづく

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2016年11月15日 (火)

霊柩車を足止めする人たち

最後に登場したおばあさんのせいではないが、僕らの出発は予定の時間よりも、少し遅れているようだ。
それでも、霊柩車は穏やかに走る。
左側の走行車線と、法定速度を頑なに守り、町はずれの火葬場をめざす。

対向車線は土曜日午後の買い物へ出る人たちの車列で渋滞しているが、町のはずれへ向かう方角は空いている。

すると前を走っていたプリウスが、突然左ウィンカーを出した。
運転手のおばちゃんが、急に銀行に入る用事を思い出したようだ。
ところが、銀行の駐車場からはちょうど1台の軽自動車が出ようとしていた。
しかも右折。
プリウスは軽自動車が出るのを待つ。
軽自動車は渋滞の列に隙間ができるのを待つ。
霊柩車は、追い越し車線は空いているのだが、前にいるプリウスが片付くのを待つ。ホイールベースが長すぎて、急に車線を変えられないのか。
それとも、車線変更をすることは禁忌なのか。

軽自動車が一旦、後退すれば、万事うまくいくのだが、そういうアイデアは浮かばないらしい。
入ろうとしている車列は、その前方の信号が赤になっており、動く気配がない。

急いでも仕方がない。
僕はどっしりと構えている。
だが、プリウスを運転しているおばちゃんは、霊柩車を待たせていることが気が気ではないだろう。

対向車線の信号が変わり、クルマが流れ始めた。
ところが、買い物を急いでいるのか、誰も軽自動車を入れようとはしない。
ずいぶん、長い時間、その場にとどまっていた。

雨は次第に激しさを増し、フロントガラスに大粒でぶつかり、大きな音を立てた。
僕は喜怒哀楽に関するあらゆる感情をどこかに置き忘れた、一つの塊になって、いつもならばハンドルがある場所にある位牌(仮)をまっすぐ立てて握りしめていた。



週末の火葬場は人影もまばら
広大な駐車場に、ほとんど車の姿はない。
そもそも、遺族は斎場が用立てたマイクロバスで乗り付けるだろうから、こんなに広い駐車場がいっぱいになることはないだろう。

屋根のついた車寄せに霊柩車が入る。
表情を持たない、感じのよい女性係員による「こちらへ」という先導に、僕はてきぱきとつづく。
日頃、こんなふうに広い空間を1人堂々と歩くことはない。
国や企業に招かれた外国のVIPでもなければ、こんな待遇は一生のうち、一度もないかも知れない。
冷静に毅然としている喪主を演じている僕は、父譲りのえぇかっこしーなのだろう。

画竜点睛を欠いたのは、今その僕が来ている礼服が貸衣装だと言うことだ。
母が亡くなったのが二日前の早朝。
父の葬儀は「友引」が挟まり「四日待ち」だったから、その感覚で礼服をゆうパックで送ってしまったのである。


到着が遅れたこともあり、すぐに告別室に通された。
七年前、父の葬儀で来た時は、ここに入れるのは規則で2人までだが、遺族の家族が3人であるため、特別に入れてもらったという記憶がある。

今日の遺族は2人。
表情を持たない、穏やかな係員が説明している。
だが、何を言われたのかはほとんど覚えがない。
恐らく、所要時間はどれくらいだとかいうことだろう。

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2016年11月14日 (月)

忘れられた香典

遺族、親族の力持ちたちが母の棺を運んでいる。
その中では若輩に位置する僕も、本来ならば、その重さを引き受けなければならぬところだが、僕には位牌を持つという任務がある。

浄土真宗では、誰でも仏になることが約束されており、故人の魂は浄土に還っている。
従って、浄土真宗では位牌は不要だ。
では、今僕が持っているこれは、なんと呼ぶのだろうか。
あとでしらべると、白木でできている位牌は葬儀から四十九日まで用いる仮の位牌ということだった。
位牌(仮)である。



正面玄関に左ハンドルの霊柩車が縦付けされている。
外は依然として激しい雨が続いており、見送りの会葬者を濡らしている。
僕は位牌をひざに抱き、右側から助手席に乗り込む。
ハッチバックから、静かに棺が滑り込んでくる。
白い手袋をした係員が、てきぱきと数点をロックして、最後にぼむっとハッチを閉じた。
他の遺族、親族はマイクロバスに乗り込んで、後に続くはずだ。

そう思った時、どんどんどん、親戚が僕の窓を叩いた。
傘も差さず、なにか、必死に叫んでいる。
尋常ではない

香典どうするの?

香典?一瞬、なんのことか要領を得ない。
僕が香典を受付に出していないとか、まさか、そういうことではないだろう。
それは、受付で預かっている香典を遺族の誰が、責任を持って持ち歩くのか?
という質問だった。
法要の後のお斎や、返礼品のことは頭にあったものの、香典を持ち帰らなければならないということは、すっかり頭から飛んでいた。

一番、大事なものを!
お斎の席で、親戚中の笑い話になった。



長い音のクラクションを一笛
ロングホイールベースの霊柩車は、大きく旋回しながら、斎場から県道へ出た。

佐世保市の火葬場は3カ所
人口26万人の町としては十分な規模である。
東京では、火葬場の混雑のために、死後一週間以上待たされることもあると聞く。
佐世保の火葬場は「友引」の日は休業するが、それをはさんだとしても、最大4日待ちである。

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2016年11月13日 (日)

斎場へまさかの再登場

献花が寄せられる
さっきまで壁際を彩っていたスタンドから下ろされて、遺族や親族に渡される。
花は故人になじみの深かったスポーツ団体、あとは、遺族の職場から送られてきていた。
中には孫の会社からのものもあった。
ありがたいことだ。

これほどまでに花をいただくということへの感謝を感じたことはない。
いただいた皆さんには、特別な共感が沸いた。
できれば、何かの折には違ったカタチでご恩返ししたいものだ。


母が窒息するのではないかと思うほど、花がぎっしりと手向けられた。
今さら窒息するわけはないのだが、口もとにかかっている花を少しどけた。
その方が息がしやすそうだ。
(してないけど)


もう、よろしいですか?
斎場を取り仕切っている係員が声をかける。

すると、その声を遮るように
1人のおばあさんがやってくると、棺に横たわる母を揺さぶり始めた。
母のスポーツ仲間で先輩に当たる人だ。

なんば寝とっとね、しっかりせんね!
ばん、ばんと体を叩いて起こそうとする。

しかも、長い
一瞬のことならば、母を想っての気持ちが溢れているのだなと、ありがたい気もするのだが、徐々に迷惑な気持ちが頭をもたげる。

だいたい、遺族と親族以外は退席していたはず。
なぜ、このタイミングで戻ってきたのか。
一旦控え室に戻ったブッチャーが再びリングサイドに現れて、暴れているようなものだ。

遺族が止めるわけにもいかないので、斎場の方が諫めてくれればいいがと期待していたが、彼らも遠巻きにしている。
しばらく経って、着いてきたもう1人のおばあさんに連れられて、再び退席していった。


母の顔を直に見ることができるのは、ここが最後。
そう考えて、ここが特別な時間のように想う。
だが、母の時は数日前、止まっているのだとも想う。
その気持ちをやりとりしながら、この時はただ、最後の姿を目に焼き付けようとじっと母を見た。

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2016年11月12日 (土)

母の花札

「最後のお別れ」を前に、会葬者が退出していく。
親の葬儀はこれが二度めだが、前回は7年も前のことなので、段取りを覚えていない。
棺に思い出の品や花を添えるのは、会葬者のうち希望者の誰もが参加するものかと思っていた。

遺族、親族だけが、空席となった会場に残る。
そこで、母の棺が祭壇から会場中央へ移動。
その周りを送る者が取り囲む。

誰かが先駆けとならねば、誰も動けない。
まず始めに喪主の僕が、母が愛用していた品を棺に入れる。
これは、母が愛したスポーツで使う道具。
母の象徴とも言えるものだ。
この品を納める役割は、この儀式の花形であり、役得である。

つづいて遺族が、思い出の品を納める。
中でも思い出深いのは、母がいつも遊んでくれた「花札」だ。

時代はまだ戦時
「女が教育を受ける必要はない」
という商人の家に生まれ育った母は、大学にこそ進まなかったが、ずいぶんと頭の回転が速い女性だった。
それが、勝負ごとには遺憾なく発揮された。

母と花札で対峙すると、こちらは連戦連敗。
子供ごころに「手札は公平に配られているのに、なぜこれだけ戦績に差がつくのだろう?」と不思議だった。
記憶力、予測力、あるいは「戦略」
いったい、何が強さの秘密なのかは、未だにわからない。

配られた8枚の手札を見ると、松・桐・坊主に桜とそうそうたる面々。
これはもう、負ける方が難しいなと思う。
そんな時ですら、戦局が進むにつれて旗色が悪くなっていく。
いったい、どうなっとると?
一戦一戦の勝負で勝つことはできても、その日のトータルで母を負かすことは至難の業だった。


それでも食い下がる子供や孫たち。
母は余裕の表情で次の一手を繰り出す。
当時、そういう言葉はなかったが、あれぞまさに「どや顔」であった。

誰もが、母のどや顔を思い浮かべている。
ケースに入った任天堂の花札は母の右肩あたりに納まった。
この後、高熱に晒されていとも簡単に燃え尽きてしまうんだよな・・
一瞬、その考えがよぎったが、すぐに打ち消した。

いや、そういうものじゃないんだ。母は花札を携えて冥土に旅立つのである。
七度の裁判により、天道を射止めた時には、そこで誰か好敵手を見つけて欲しい。

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2016年11月11日 (金)

年賀状は出せないけれど、もらいたい

窓の外から聞こえてくるぴゅーぴゅーという風の音におびえ、この冬、初めてコートを着て来た日
コピー機のところで、気心の知れた知人が話しかけてきた

「そういえば、motoさんところは、今年は喪中でしたよね?」

ここ20年ほど、いつも年賀状をくれるとなりの部署のサトウさんだ。
彼の身内に不幸があった年と僕の父が還浄した年以外、年賀状のやりとりがつづいている。

(喪中につき)今年は失礼します
すかさず、笑顔で応じた。

しめしめ、これで欠礼はがきを出す手間が省けた
そう考えた次の瞬間、このままでは自分も年賀状がもらえないことに思いが及ぶ。

サトウさんの年賀状には、爆笑の四コマ漫画が書いてあったり、美人の奥さんの写真が貼り付けられているわけではない。
ごく普通の、いや、今時、時代遅れとも言えるような、業者に依頼した活字印刷の1枚である。
もらってもあまり嬉しくはない。

しかし、元旦にポストを開いた時、自分あての年賀状が入っていない郵便箱を想像すると「枯れ木も山の賑わい」
1枚でも多い方がいい。
そこで、こうつづける

でも、欠礼は喪に服している側のことであって、いただく分には一向にかまいませんよ。
僕も喪中とわかっている親しい人には、お年玉付き年賀はがきの「年賀」を抹消線で消して、文面も「新春のご挨拶を申しあげます」に替えて送っていますよ。


お年玉付き年賀はがきを使うのは、抽選のお楽しみがあるからだ。
JPが発行している欠礼はがきの場合、余興がなく味気ない。
抹消線を引いて年内に出すと、年内に配達されてしまうので、12月30日か大晦日に出す必要がある。


なんだか、手前味噌な話しをしてしまったな・・
話したあとに、そう思った。
自分の工夫を人に話したくなるのが、僕の悪いクセ(杉下右京か)

「じゃ、それも含めて、検討します」
サトウさんはコピー用紙を握って、違う方向へ帰っていった。

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2016年11月10日 (木)

驚天動地 トランプ勝利 迎え撃つ官尊民卑の国

これはもう、驚天動地と呼べる事件だ。
トランプが勝つとは、びっくりぽんである。

ここはアメリカ人になったつもりで、トランプに投票した人の気持ちを想像してみよう。


トランプは「メキシコ国境に壁を作ったり」「異教徒に厳しい政策をとって」くれる僕らの味方だよ。
この国を僕らに有利にしてくれる。
日本や韓国に圧力をかけて、軍事費負担を積み増さなければ「軍を引き上げるよ」と脅してくれるはずさ。

トランプならば、日頃、僕らがおびえている脅威、不満をわかってくれて、閉塞感を打破してくれる。

メディアは彼の言動を「暴言」と呼んでいるけど、それは僕らに言わせれば「歯に衣着せぬ率直な物言い」に過ぎないよ。
誰だって、バーでは気心知れた友達に、あれくらいのことは言っているじゃないか。
それに、これまでは極論を言っていたけど、それは選挙戦略であって、実際には人の道を外れるようなことはなく、大人の政治をするんじゃないかな。
むしろ、妙におとなしくならないか、そっちの方が心配だよ。



勝手にアメリカ人の気持ちを代弁したところで、日本人の気持ちも代弁してみよう。

誰が大統領になっても、実は問題ないんだよ。
日本は「官尊民卑」の国だから。
他の国のことは知らないけど、日本は大丈夫。
日本の官僚がどれだけ優秀か、そしてどれだけ狡猾か。

「トランプがなるとは想定外です」
なんて寝ぼけた発言は、ポーズで言うかも知れないけど、実際にはきっちり準備しているから安心さ。

要は政治家と官僚のチームワーク。
その点では、そこが不透明なトランプチームよりも、実績がある日本に分があると思うけどね。

それに今は、世界中でもっともこまめに外国を回って、そこそこに顔の利く人が政治のトップだからね。
簡単にトランプから嘗められるようなことはないよ。
これが前政権当時だったらと思ったら、ぞっとするけど、今はそういう心配がないから助かるね。

まぁしばらく、メディアの大騒ぎにのって、あぁでもないこうでもないっていう話で焼鳥つつくのも、一足遅いハロウィンみたいで一興だね。


(あくまで、想像です。考えには個人差があります)

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2016年11月 9日 (水)

セブンイレブンの「佐世保スイートマヨサンド」と玉屋サンドを食べ比べてみた

ロンサンド、玉屋サンドに次ぐ佐世保サンド第三作セブンイレブン「佐世保スイートマヨサンド」

手短に言うならば、セブンイレブンが販売する玉屋のサンドイッチによく似たサンドイッチだ。

ロンサンド、玉屋のサンドイッチといえば「甘いマヨネーズ」が特徴。
それを「佐世保スイートマヨ」と冠して商品化した。


食べるのは今回が初めてだが、歴史は意外と古く、2010年7月、九州のセブンイレブン限定で発売されている。
当時350円
2016年8月現在は398円で販売されていた。
2010年の発売当初とは分量、並べ方が変わっている。



以前、ロンサンドと玉屋サンドを食べ比べて評論したが、今回は玉屋とセブンを並べて、食べ比べした。
モニターは親戚3人である(笑)
その意見を集約すると、次の通り。

■セブンの方が具が肉厚
■セブンの方がパンが厚い
■セブンの方がマヨネーズの量が多い
■セブンはマヨネーズソースに、ほのかに辛みの隠し味がついている(それが何かはわからない)

そして「佐世保サンド」の主役であるマヨネーズソースの風味については「玉屋が濃厚」「セブンが濃厚」という人に分かれた。

セブンが作るだけあって、さすがに美味い。
分量も手頃だ。
630円売りの玉屋サンドは「二人前」販売。
1人でちょっと食べたいという時には、手に余る。
セブンの分量は、お昼ご飯として選ぶと、ちょうどいい程度だ。



ぜひとも、セブンイレブンには、この「佐世保スイートマヨサンド」を東京でも試験販売してもらいたい。
以前、九州の雄「サンポー焼豚ラーメン」(カップ麺)が関東で期間限定販売(LAWSON)されたものの、定番に定着できなかったことがある。
あれだけ美味いものが、なぜ、東京では売れないのか?
僕が悔やむことではないのだが、苦い記憶である。


果たして、佐世保の甘いサンドイッチは東京人の舌に合うだろうか。
もし合えば「九州パンケーキ」がそうであったように、一気に「佐世保サンド」が全国を席巻するかも知れない。

そうなれば、元祖としてのロンサンド、玉屋サンドも関東上陸を果たすだろう。
今は佐世保に帰郷した時のかけがえのない楽しみ「佐世保サンド」
僕にとってはそれで十分なのだが、できれば「佐世保サンド」が広く知れ渡り、佐世保という街の名が、今よりもいいイメージになることを願っている。

佐世保サンドまとめ記事

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2016年11月 8日 (火)

BABYMETALから二日で出たキツネサイン痛

野球場に足を運ぶ人に向かって「気が知れない。テレビで観たほうがよく見える」と懐疑論をぶつ人と、BABYMETALは「ブルーレイ」や「You Tube」で観た方がいいという人は同根で、その底流にあるのは「あまりお金をかけたくない」ということだ。
言い方を変えれば「あまりお金を娯楽に回す余裕はない」とも言える。

東京ドームに足を運ぶこと自体が、裕福を象徴している。
今回、参戦にかかった費用は、およそ1万円
1万円といえば大卒初任給の1.6日分。
決して安い金額ではないが、ライブを控えた50日の間「その先」に何かがあるという希望、終わってからのカラオケ(ずいぶん概念違うぞ)まで楽しむことができた。
とても、幸せな出来事である。



ライブ2日後、秋分の日
朝起きると右上腕が痛む。
こんなところが痛むのは初めてだ
歳かな(そうなんだけど)
朦朧とする意識が、論理のカタチを作る頃、これが「二日後に出る筋肉痛」だと理解した。
慣れない右腕の上下運動+キツネサイン痛である。


都心の道路は休日には珍しく渋滞している。
カーステレオから流れるBABYMETALが、三日前とは違う響きだ。
あれだけ予習で聴き込んだけれど、飽きてなんかいない。
いやむしろ、楽しさが増している。
やばっ、これはファンになったか・・



BABYMETALがメジャーデビューして既に2年。
僕は十分に出遅れている。
従って、かつて、サザン、佐野元春、尾崎豊、Mr.childrenといったロックスターの誕生と覚醒に立ち会った時のような気負いはない。
僕らが支えなくても、BABYMETALはさらに拡散していくだろう。

BABYMETALファンであることが誇りでもないし、いつでもファンをやめられるという立場は肩の力が抜けて心地よい。
BABYMETALを知らない誰かに対しては、ただ一言「いや、すごいよ」と言うことだろう。


ここ数年で「一生に1度は見ておきたい」と初参戦した「陽水」「サザン」「ミスチル」をリピートする予定は今のところないが、BABYMETALについては今回見ていない「RED NIGHT」側の曲が残っているのであと1度は見たいと思う。
BABYMETALに感じるこの「共感」をこれから時間をかけて、解き明かしたいと思っている。


BABYMETAL参戦前、この話の第一話で僕はBABYMETALを「ヘヴィメタルのプラットフォームにゴシックロリータな踊るチームアイドル」と書いている。
とりあえず、形容詞を並べて大きく網をかけた定義である。

BABYMETAL参戦を終え、さらに研究を重ねた今は少ない言葉で断定できる。
「世界征服を目指す、日本のHEAVYMETALバンド」

<BABYMETALの話 終わり>

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2016年11月 7日 (月)

80分で終わったBABYMETAL公演

三方に伸びたステージで「We are?」を終えたBABYMETALは、最後にステージ中央のエレベーターに乗って、東京ドーム天井付近に姿を見せる。
そこで最後の「We are?」を叫び、SU-METALが銅鑼をぶったたくお約束で姿が見えなくなった。

20:25
開演から1時間20分でBABYMETAL公演は終了した。
BABYMETALのライブはよく「90分ノンストップ」と言われているが、実際にはそれよりもちょいと短かった。
さらにBLACK BABYMETALではSU-METALが休んでいるし「紅月」などSU-METALのソロではYUIMETAL、MOAMETALが休んでいる。
従って「90分ノンストップ」ではないのである。

【BLACK BABYMETAL】
YUI-METAL、MOA-METALが2人でパフォーマンスすることに名付けられた愛称。
このライブでは「おねだり大作戦」など

【MOAMETAL】
Scream 菊地最愛 1999年7月4日生


楽しかった^_^

日本の技体験フェアで瓦の型抜きを体験した小学生のような感想だが、今の気持ちを率直に言うとこの一言に尽きる。



BABYMETALのツアーラストライブでは終演時に、次なる活動の予告がされることがお約束となっている。
メイトたちは「年末カウントダウンライブ?」「デロリアン発売の予告?」などと予測していたが、実際は次のようなもので、反応はいま一つだったようだ。

2016年10月5日
BABYMETAL WORLD TOUR 2016 LEGEND - METAL RESISTANCE ?RED NIGHT & BLACK NIGHT LIVE VIEWING
全国5箇所のZepp【札幌・東京・Diver City Tokyo・名古屋・なんば(大阪)】



2016年9月21日
Black nightの翌日、決戦の地・東京ドームではNPB巨人対中日の22回戦が行われていた。
この試合を勝った巨人の対戦成績は8勝13敗1分。
今年は中日に星を落としたことが敗戦の一因だったのかと思いつつ、勝負という点ではほとんど意義を失っている消化試合が観衆41,353人と実数発表されたことに驚いた。


BABYMETALは今年2回だけ、この地に立ち11万人を集客したのだが、巨人は年間およそ70試合でコンスタントに4万人を集めている。
(チケット代は3倍くらい違うが)
日本はとても豊かな国で、さまざまな娯楽があり、それを消費できる人々がいる。

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2016年11月 6日 (日)

日本はご意見番社会になりつつある

山本有二農林水産大臣が自民党議員のパーティーで「こないだ冗談を言ったら、(閣僚を)首になりそうになった」と言ったことが問題視されている。

発言が軽いか重いかといえば、軽い
軽い人なのだろう。
だが、それを新橋駅前を歩いている一般市民がこぞって「いかがなものか」とコメントするのは、いかがなものか。

かつて、森喜朗内閣総理大臣が「神の国」発言をしたのは、神道政治連盟国会議員懇談会。
やはり内輪のパーティである。

山本大臣は「冗談」として
森総理は「リップサービス」として
それぞれ発言している。

それが、政局になるのはおかしい。
恐らく、動画録画機を携帯した告発者が潜んでいるからこうなるのだ。
身内の会で冗談が言えないのはまずい。
だが、軽い人もまずい。


このことから学ぶとすれば、組織が誰かをポストに登用する際は「重い人」を求めざるを得ないと言うことだ。
重い人=軽くない人
それは、どういう人かというと、言葉がもつ力を想像できる人。
時勢と自らの立場に鑑み、言うべきことをしっかり言い、言ってはいけないことを慎む。

言うべきことを、見極めるには「自分軸」がしっかりしていなければならない。

自分の目で判断する
判断材料は自ら、あらゆることから学んでいる
あらゆることとは、経験、歴史、先人の著、他人の意見などだ。

SNSでみんなが叩いているから
大手新聞とNHKが批判したから
こうした「自分の目で判断せず、確かな権威に群がり、乗っかる人」は軽い。

情報化社会においては、そういう人がとても増えている。
想像だが、日本国民の7割はそうなのではないか。


日本はご意見番社会になりつつある。
ご意見番になったら終わりだ

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2016年11月 5日 (土)

バイブレーター公害

ぶーぶーぶーぶー
ぶっぶっぶーぶっぶっぶー

今スマホ、ガラケーをお買い上げになると
漏れなくバイブレーターが付いてくる

これがけっこううるさい

以前は「呼び出し音」や「着信メロディ」を流す人がいた。
しかし、それはすぐに公害認定された。
認定されたか否かの証しは、誰かからアナウンスが行われるかだ。


「電車内ではマナーモードに切り替え通話はご遠慮ください」
「公演中はマナーモードにするか電源をお切りください」

今は公共の場においては、このようなアナウンスが日常的に行われている。
そこでオーソライズつまり共通認識されたことは、その後、何処ででも有効になる。

従って「職場」においても「呼び出し音」や「着信メロディ」を流す人はとても少なくなった。


だが、バイブレーターはまだ公害として認定されていない。

ぶーぶーぶーぶー

目の前の仕事に黙々と取り組んでいる時、突如聞こえる低い音。
それと共に、かすかな振動が机を伝わってくる。
バイブレーターには強度があり、強い振動音の場合、心臓に悪い。

職場で仕事をしている時、ガラケーやスマホを机の上に置いて仕事をしている人は多い。
そうした大半の人はバイブレーター「ON」で置いている。

「バイブ男」だ

いや、ちょっと名前が悪いな

「バイブ女」だ

確かにそういう女性も多い・・
まぁ、名前はともかく、はた迷惑な人たちである。


バイブを鳴らすな!
バイブを鳴らすのであれば、鞄に仕舞え!
いつも手元に置いていないと不安ならば、ポケットに入れろ!
机の上に置くならば、バイブを鳴らすな!



Yモバイルのアンドロイドスマホでは、マナーモードのデフォルトではバイブレーターが「鳴動しない」設定になっていた。
もちろん、設定することによってマナーモードでバイブレーターが鳴るようにもできる。

「マナーモードはバイブが鳴るもの」
と思っている人にとって(世の中の大半がそうだと思うが)これは画期的である。

できれば、これが世の中の標準になって欲しい。


ところでこの話には実践編があり、実際に「バイブ男」を一人と「バイブ女」を一人、バイブをやめさせた実績があります。それは、後日「しらべる」に掲載予定です。

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2016年11月 4日 (金)

大田泰示の「残りクジ」人生

大田泰示が日本ハムに移籍した。
2008年10月30日に始まった「巨人大田泰示の歴史」をまとめておこう。


大田泰示の巨人時代

2008年10月30日
ドラフト会議
2週間前に「大学進学」から一転プロ志望届を出した大田泰示を巨人とソフトバンクが1位指名
ここまで「抽選4連敗」だった原辰徳がクジを引き当てた。
だが、これは秋山監督が引いたあとの「残りクジ」だった。

巨人ファンと巨人ファンの大田泰示にとっては、このうえない僥倖であったが、結果的にここは大きな分岐点だった。

2008年11月15日
背番号が「55」に決まる。
この番号は2002年オフに松井に逃げられてから6シーズン、松井の復帰を目論んでいた巨人が「勝手に欠番」にしていたのである。
巨人は大田泰示に55番を与える際、わざわざ松井秀喜の了解を取った。


松井秀喜との入れ替わりで引き継いだというのならば禅譲だが、大田泰示はここでも「残り札」をあてがわれたことになる。
だが、巨人ファンは「55」に松井再来の夢を見た。



野球界における「55」という数字は王貞治が1964年に記録した、55本の日本プロ野球本塁打記録に象徴される。
それを1991年、巨人に入団した松井秀喜に背負わせた。
「55」がホームランを多く打つ選手の背番号につけられるようになったのは、ここからである。


1964年、王貞治24歳 6年め 55本塁打(140試合制)

1998年、松井秀喜24歳 6年め 34本塁打(135試合制)

そして大田泰示も24歳、6年めにようやく一軍に定着した。
44試合出場
2本塁打
2014年9月27日には「第81代巨人の四番打者」となったが、これは優勝決定翌日で主力を休ませた試合だった。


2015年は「四番」を期待されたが、1本塁打
2016年は4本塁打と、巨人ファンの「淡い期待」に応えることができなかった。


大田泰示はパリーグで出場機会を与えたら化けるのではないか?
でも、化けるなら巨人で化けてほしい
せっかくの貴重な素材、出すのはもったいない。

口には出しづらいが、これが、ここ数年、大田泰示に寄せてきた巨人ファンの心境だろう。
中田翔を四番に育てた日本ハムで化けてほしい。
大田泰示ならば、日本シリーズで対戦して1発打たれても、拍手を送れそうな気がする。それほど、彼に期待して愛してきたのだ。

堤GMは「北海道でFAをとってこい」と激励したという。
口に出しづらいことを、気軽に言ってしまう人である。

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2016年11月 3日 (木)

BABYMETAL用語で解説するイジメ、ダメ、ゼッタイ

フィナーレのIDZが名残を惜しむように続いている。
東京ドームアリーナの観衆は、3人に合わせ目一杯の「ダメジャンプ」を繰り出す。
せっかくなので、僕らもやりたい。
だがスタンド席では危なっかしいし、そもそもここMOSH'SH SEATの皆さんはそれほど熱狂的でもなかった。

【IDZ】
イジメ、ダメ、ゼッタイの略称。メイトは曲名の頭文字をとってこのように表記する。

【ダメジャンプ】
両手でXを作るジャンプ。IDZでアリーナの聴衆が一斉におこなう。

【MOSH'SH SEAT】
ライブの一般指定席
all standing liveでは「イジメ、ダメ、ゼッタイ」のお約束であるウォール・オブ・デス(WOD)は起こらなかった。
一部にはモッシュッシュが起きているのかもしれないが、スタンドから見下ろしている限り、この日、アリーナに陣取ったメイトたちはそうはしていなかった。

【WOD】
観客が一旦左右に分かれてから一斉に体をぶつけ合う危険行為。

【モッシュッシュ】
BABYMETALライブで推奨されている、穏健なおしくらまんじゅう

【メイト】
BABYMETALファン


予定されていた12曲すべてをやり終えたBABYMETAL3人は、3方向にせり出したステージ1つ1つの先端まで出てきて「We are?」をして回る。

【We are?】
フィナーレでBABYMETALが「We are?」と呼びかけ、聴衆は「BABYMETAL」と応えること


事件はここで起きる。
正面向かって右手のステージに来た時、SU-METALが転んだ。
「あぁっ」
それを目撃した僕らは、一斉に声を漏らす。
かつてのSU-METALマイク無し、YUIMETALステージ転落につづく3つめの「事件」である。

【SU-METAL】
Vocal 中元すず香 1997年12月20日生

【YUIMETAL】
Scream 水野由結 1999年6月20日生


近くにいたファンによると、何らかの液体で滑ったらしい。
何度も火気を使用したので、その燃料が液化したのではないか?
一歩間違えば大惨事
そんなやりとりがネット上を賑わしていたが、真相は藪の中。
翌日以降の報道、リリースは「スーが転んだ」ことに触れていない。
果たしてそのシーンが「デロリアン」に収録されるかが、当面、ファンの関心事だ。

【デロリアン】
CD、DVD、ブルーレイなどのDisc。中元すず香がさくら学院の番組で「CDなどのDはなんという言葉の略か?」と問われて「デロリアン」と回答したため、メイトの間でこう呼ばれている。

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2016年11月 2日 (水)

二人並んで光らなかったBABYMETALコルセット

今回のBABYMETALライブで、一つだけ悔いが残っている。
それはコルセットが発光しなかったことだ。

東京ドームの聴衆の首が、一斉に発光する。
これはサザンオールスターズなどが既に取り入れている手法であり、目新しさはない。
たとえば、ノリの悪い人は首が絞まるとかそういうギミックだったら斬新だが、まだ技術はそこまで来ていない(そっちか)

自分のコルセットが光っているかは視認しづらい。
はじめはとなりの仲野君のコルセットが光っていないことに気づいた。
やっぱりな、折り曲げたりするから・・
そう思ったが、彼は僕の首を指さしている。

選りに選って隣接する僕ら二人とも光っていないのだ。
周囲を見渡したが、誰もがぴかぴかと発光している。
二人、連れ立って入場したのならばまだしも、別々に入場したというのに。

自宅に帰れば発光しない無用の長物なだけに(テレビのリモコンで光ったという報告がネットに上がっていた)ここでは、きちんとその機能を発揮してほしかった。
なんだか、僕らだけ仲間ハズレにされた気分。


このことを親戚に話すと「交換してもらわなかったの?」と異口同音の反応が返ってきた。
確かに不良品=良品と交換というのが、先進国日本の常ではあるが、このケースでのこの器具については、あてはまらない。
5万人が熱狂している場所で、警備員がコルセットを交換してくれるとは思えない。

もしも「ノリが悪い人は光らない」という立て付けになっているのならば、ネタにもできるのだが、となりのぼっち参加おじさんは、ほとんどキツネサインも出していなかったが、コルセットは光っていた。
謙虚に見積もっても、僕らの方が2倍は乗っていたのに。



11 ヘドバンギャー!!

バンバンババン
ここに「八時だよ全員集合」のエンディング「いい湯だな」を歌うドリフターズの振り付けが入っている。
(この振りはドリフ以外の説もあるようだ)
この曲はBABYMETALの中では、それほどキーが高くない。
ドリフの振りを入れてカラオケで歌ったら楽しそうだ。



M-12 イジメ、ダメ、ゼッタイ

この曲で終わるライブをBABYMETALファンはデフォルトに置いている。
佐野元春でいえば、最後に「SOME DAY」
城みちるならば「イルカに乗った少年」
これを聞かなければ、終われないという曲だ。

二日めに参戦した僕らはこの曲を聴くことができたが、その代わり「THE ONE」は聴けなかった。それはまた、次回のココロだ (まだ、いくのか・・)

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2016年11月 1日 (火)

神、神、言うな

Siriに向かってこう言うと
神神ゆうな
と変換された
まるで、アニソン専門のアイドルのようだ。

生まれ持って頑固なもので、ある時、受け付けないと思ったものは、頑として門前払いがつづく。
これが、気に入らない人であれば、その存在を頭から消し去れば事は済む。
そういう人は居なかったと決める。
そうすれば、その人と交流が生まれそうな機会は自然とカラダが避けてくれるし、そのうち、それは相手にも察知されて互いに避けるようになる。
互いにハッピー
こういうのもウィンウィンの関係と言ってほしい。


ところが、ことばは厄介だ。
逃げられない。
自分では使わないと心に決めているからいいが、相手の方から遠慮会釈無しに目に入る、耳に飛び込んでくる。

「そのことば」を初めて聞いたのは、ミクシィが世に出て、SNSという言葉の意味も可能性も、その限界も誰も知り得なかった頃。
ただ、それまでには交流し得なかった人たちが、新たにその輪に加わりつつあった頃だ。

あつあつご飯に乗せた玉子は神

はじめは、そんな言い回しだった。
かぁみぃ??
玉子のどこが神なんだよ。
いくら日本が八百万の神の国だからって、言うに事欠いて、玉子を神にするか?
「桜井和寿は神」などと、人を神扱いする分には、はいはい、好きにやれば?とスルーできるのだが、玉子が神には脳が捻転してしまう。


そうして、なんでも神にして済まそうというのは「思考停止」のはじまりだ。
今流行っている「神対応」を例にあげて、読み解いてみる。

「コンビニ・アルバイトの神対応」
といった場合、それは恐らく「秀逸な」「意欲的な」対応なのである。

「暴言をさらりとかわした、女優の神対応」
といった場合、それは「大人の」「冷静沈着な」対応なのである。
または「ユーモア溢れる」「機知に富んだ」かもしれない。


それぞれの心持ちには、それにふさわしい言葉がある。
日本語には機微に触れ、隙間を埋めるに十分な形容詞があり、その適切な運用を待っているのである。


今年は「神ってる」が流行(はやり)だ。
特にスポーツ報道で目につく。
プロ野球チームの監督までが、大衆を前にして使っている。
言葉は流行と共に、その境界線から外へ浸みだしていく。
はじめは「驚異的」「信じられない」という事柄に使われていたものが、毎日1度は必ず起こりそうな出来事にまで適用が広がっていく。

世の中は神だらけだ。
さすが、八百万の神の国
今年の流行語大賞は決まりではないだろうか。

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