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2017年6月の28件の記事

2017年6月28日 (水)

ダニとの戦争がなくなったのはハダカラだからだ

ダニとの40日戦争」を戦ったのは去年の話しだ。

しかし、それは「ダニじゃありませんね」という住宅街の皮膚科の先生により一刀両断で否定された。


当時の見立てとしては、どうやら僕は「ダニ恐怖症」だったのだろう。
衣食住、生活、仕事全般に悩みが少ない人で、気が優しく、他人に気を遣い、几帳面な人が陥りやすい"のが「ダニ恐怖症」


あれから1年
今年も梅雨の季節がやってきた。
去年は、これから半袖シャツに替わろうかというこの時期、両腕は傷だらけだった。
寝ているうちに、自らかきむしっていたからだ。


今年はどうか?
両腕はキレイなままだ
乾燥肌の「冬」を超え「春」が過ぎ「ダニ恐怖症」の「夏」が来ている。
それでもキレイ

その理由はもうわかっている。
ハダカラを使っているカラダ


ハダカラはライオンが2016年7月21日に発売した、保湿性が高いボディソープ
実勢価格:550円(500ml容器入り)
初めは「容器入り」を買い、あとは「詰め替え用」を補充していく。


保湿成分が洗い流されないので、使い初めの頃は洗い上がりが「ぬるぬる」して、石けんがよく落ちていないような感覚があったが、慣れてくるとこれがいい。

泡立ちがきめ細かく気持ちがいい。
あまり好きではなかった「カラダ」を洗う時間が苦痛ではなくなった。

例年、冬場は乾燥肌対策として乳液が欠かせなかったが、ハダカラを使った前の冬は乳液要らずだった。


そして、この夏
「ダニとの戦争」もなく、例年傷だらけだったカラダから傷が消えた。
石けんがハダカラだからだ。

ライオンの皆さん、ありがとう

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2017年6月27日 (火)

「思い」という言葉のブームが定着した経緯

2009年12月27日
自民党 谷垣禎一総裁
国民新党の亀井静香が天皇陛下に向かって「権力の象徴であった江戸城にお住まいになるのはお立場上ふさわしくない。京都か広島にお住まいになってはどうか」と提言したのを受けて、テレビ番組で発言。

「陛下はちょっと行ってくる、とおっしゃって東京に行ったままになっているが、京都にお帰りになっていただきたいという思いはある」

これは、かつて天皇陛下は「僥倖」として江戸に発たれたのであり、正式な遷都ではないという論に立脚した「思い」である。
現実に「東京は日本の首都ではない」誰もが東京が首都だと思っているが、それは「事実上の首都」である。

いずれにせよ「思い」という言葉をオブラート役に、ずいぶん「重い」ことを話すものだ。



2010年3月9日
民主党 鳩山由紀夫首相
沖縄県の米軍普天間基地移設問題について

「命のかかわる話であればあるほど、当然、政府として首相として意思決定には覚悟をもって臨むべきだ。それが進退だとかどうだとかいう野党の思いに必ずしも乗る必要はない」

ついに他人の考えまで勝手に「思い」化してしまっている。
「思い」ブームは過ぎ「思い」が国民の言葉として定着したのである。


2010年5月4日
民主党 鳩山由紀夫首相
沖縄県の米軍基地について

「すべてを県外にということは、なかなか現実問題として難しいということに直面をしております。ぜひ、沖縄の皆様方にも、またご負担をお願いをしなければならないなと、その思いで、今日もまいった次第でもございます」

ここでは前言撤回の自己弁護として「思い」が使われているが、元々持っていた思いとは真逆の「思い」になっている。このようにものごとを曖昧にしたい時の常套句になったことがわかる。


僕はいつか「思い」という言葉への揺り戻しが起こると考えていた。
自分がそうであるように、この言葉への違和感がやがて、社会全体に広がると思っていたのだ。
しかし、現実は違っていた。


2011年3月
東日本大震災が起きた
人々はあまりにも残酷な現実に対して、婉曲に優しく考えを伝える必要に迫られた。

「思い」はその中核を成す言葉として必要になった。
もう誰も「思い」という言葉の危うさを論うことはできなくなった。

そして現在に至る。
だが、違和感は続いている。
本当の真実の前には、それに最もふさわしい言葉があるはずだ。

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2017年6月26日 (月)

僕がもの言う時、書く時に使いたくない言葉

2009年、民主党の鳩山由紀夫が総理大臣になった。
直近に小沢一郎が党首をおろされていて、たまたま党首になったところに政権が取れたものだから、期せずして行政の最高責任者となった。

彼の口癖が「思い」
このような便利な言葉は伝染力が強い。
メディア露出度が高い総理大臣が使ったものだから、加速度的に日本に蔓延した。


立派なことを言いながら、それを「個人的意見」だと予防線を張り、立場としての責任を曖昧にする時に使う狡猾なことば。
それが「思い」

行動がまちがっている人が、言動で自己を正当化する時に多用する。


「思い」を口にする人の特徴は次の3つ。
■自己顕示欲が強い
■責任感が乏しい
■言葉が軽い


「思い」は2009年から無責任な人たちの間で急速に広まった。
以下はその記録だ。


2009年10月14日
鳩山首相
過去最高44兆円の国債発行に当たり

「赤字国債は本来なら発行すべきではないが、税収の落ち込み具合を勘案する必要がある。赤字国債は発行したくないという基本的な思いはある」

自分は「思い」を思っているぞ、まともな感覚の持ち主だぞ。と自己防衛しているのだが、その後の体たらくをみれば「思い」を口にする人の危うさが際立つ。



2010年1月23日
東京都江戸川区で7歳の男児が親から暴行を受けて死亡した事件を受けて

男児が通う学校長
「もっと注意深くしていればという思いがある」

文科相
「教育現場に、感度が低いという思いがある」

この2人は自己防衛していない。
だがその責任を曖昧にする(言葉の強さを和らげる)ために「思い」を使っている。

「もっと注意深くしていればと思う」
「感度が低いと思う」
と言えばよいことだ。

「牛丼並盛りです」を「牛丼並盛りになります」と言うように「思い」を婉曲表現として使っている。

「思い」を口にする人は、自分の言葉を持たない。
「思い」ブームが始まり、こんなシリアスな場面ですら「思い」で自己防衛してしまうことに慄然とした。

つづく

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2017年6月25日 (日)

今捨てておいてよかった創刊号

週末になると、僕は創刊号を捨てる

「PinkGold」1999年9月
サン出版 680円

グラビア写真集を定期刊行物で出そうという目論見のはしりである。
以下に挙げる「グラビアタレント」が「水着」や・・
と思って今、開いて見たら、その大半が「裸」で映っていた。
この時代はこのようなヌード写真が通常の雑誌売場で売ることができたのである。
それにしても、これが僕の遺品から出土しなくてよかった。

安田良子
川原かすみ
相沢智沙
葵みのり
川島和津実
斉藤のぞみ
葉山小姫
小池亜弥
麻倉かほり
星乃舞
相原このみ
高原えみ
美崎涼香


「Jack」1997年6月
KKベストセラーズ 450円

当時はナイキとG-SHOCKブームまっただ中
先行するコレクター寄りファッション誌「Boon」「Cool」「GET ON!」の3強に割り込んだ最後発だった。

1987年~1998年の「97H」まで、すべてのエアマックスを解説しているのが当時、ありがたかった。

手元には「Jack」創刊2号も残っており、表紙はSPEEDの4人が飾っている。
見開き「DUNLOP」の広告に出ているのはデニス・ロドマンである。
誌面ではそのシグネチャーモデルといえるコンバース「バイブミッド」が紹介されている。
この靴はとにかく外見がかっこよく、履き心地など度外視で買ったのだが、意外にも履いていてストレスを感じることはなかった。


「SAPIO」1989年6月8日
小学館 250円
第2/4木(月2回)

当時も今も珍しい各週刊誌
当時56歳、石原慎太郎の独白「金でころび続けた野党」は、ネット時代の今ならばとても載せられなかったであろう内容である。
自民公明が連立政権を組んだら、自民党がどうなるか・・
期せずして未来を予言した内容が興味深かった。

当時「作家」専従の猪瀬直樹は、この雑誌に連載を寄稿している。

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2017年6月24日 (土)

小林麻央さん逝く

小林麻央【 こばやし まお 】はニッテレ、CX、TBS でドラマ、ニュース、バラエティに出演していたアナウンサーであり女優

1982年7月21日
新潟県小千谷市生まれ
大学時代、ニッテレ「恋のから騒ぎ」に出演したことが芸能界入りの契機となった

2005年
上智大学卒業
この年、DVD付き写真集「まおのきおく」小学館を発売

2006年
映画「東京フレンズ」出演
大塚愛、松本莉緒、瑛太と共演した
地のままの演技が好感を醸し出しており、大根とは対極、うまい女優と言えた

2006年5月
限定版DVD「めざまし体操第二」発売

2006年10月
日テレ「ニュースZERO」に番組開始時から出演
ニュースキャスターを務めた
この活動から急速に知名度を上げた

2007年
9月、ブラザー複合機JUSTIOのCMに出演
小林麻央2008年カレンダー発売

2008年
2月23日号週刊現代に「小林麻央と鈴江アナウンサーの罵り合い」という記事が載った。罵り合いそのものについては深く触れておらず、その伏線を1頁で解説した記事だった。
このような(どうでもよい)詮索記事が載ることは、彼女の存在感が高まっていることを感じさせた。

2008年10月
厚生労働省の「労働保険適用促進月間」の啓発ポスターがヤフオクに出品されたことが問題視されて、厚労省が内部調査した。

2009年
市川海老蔵と婚約

2017年6月22
がんのため逝去 享年34歳


「小林麻央さん亡くなる」の一報を、立ち食いそば屋のテレビが映してた
誰もが割り箸を持つ手が震えてた

悲しい
彼女は愛と光と忍耐の人だった
安らかに眠ってください
ありがとう
誰もが羨む幸せの絶頂はとても短かかった

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2017年6月23日 (金)

たまご好きの偽のたまごサンド

ローソンの「たまご好きの為のたまごサンド」が美味い
これで三日連続で食べている

スクランブルエッグ
玉子焼き
ゆで玉子
たまごサラダ

4つのたまごサンドが、この順に並んでいる

確か発売されたのは2017年5月頃で、出てすぐにも一度食べている。
だが、その時の感想は「なんだこれは、あまり美味くないな」だった。
だから、それ以来買わなかった。

一ヶ月ほど経ったある日、スヌーピーのお皿をもらうためにシールを集める必要に迫られて、サンド売り場に立った。
前日も同様で、その時は「しゃきしゃきレタスサンド」を手にしている。

シャキシャキレタスハムサンド
商品名を見ただけで、みずみずしいレタスの食感が脳に去来する。
「確か、ハムも美味かったよな」
一度、食べたことがある人ならば、その味覚さえも蘇る。
とても巧いネーミングだ。

一方の「たまご好きの為のたまごサンド」
たまごサンド×4種類が入っていることは見ればわかる。

たまご好き?
え、なんで知ってるの?
確かにそうだけどさ。
だからって、別にお前に言われたかないよ
脳が親交を拒否する

でも拒否しているのは、ローソンの商品企画担当者であって、目の前のたまご達ではない。
そんな、複雑な心境が去来したのだろうか。
一度めに食べた時は、全体的にいま一つだなと感じた。

特にどのような仕上がりなのか興味深かった「玉子焼き」が期待外れ。
「お腹を空かせた小学生が、親が居ない隙に冷蔵庫から玉子を出して、味噌汁茶碗でかき混ぜて味も付けずに焼いたらこうなりました」
という味だった。

ところが、二度目に食べた時「玉子焼き」が違っていた。
からしが入っていたのだ。

あれ?こんな味付けだったかな?
パッケージを見ると小さく「からし類を使用しております」と書いてあった
発売時からそうだったのか、その後、修整したのかは知らない。

「たまご好きの為のたまごサンド」で検索すると、ローソンのリリースページは削除されていた。
商品検索から進むと、キャプションには「からしマヨ」とあるが、写真には「からし類を使用しております」の注釈がない。

このからしが効いている
からしが辛いというのではない
順番に食べていくと2つめにくる「玉子焼き」で「玉子好き脳」に美味いものが来るぞスイッチが入るのだ。
すると、それに続く「ゆで玉子」「たまごサラダ」までもが、特別な態勢で迎えられる。
ということは「玉子焼き」から食べれば、4つとも楽しめると言うことになる。
明日、試してみよう。

それにしても「為」はないと思う
ハナ肇か?
論文や手順書の表記ルールでは「為」は使ってはいけない漢字に指定されることが多い(「ため」と表記する)
ただ単純に商品企画担当者が、そういうことを知らないのか
あるいは「為」に隠された戦略があるのか

漢字に弱い人の中には「たまご好きのにせのたまごサンド」って何?
と訝しむ人がいるだろう。

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2017年6月22日 (木)

自分ファーストの会

政治家はパブリックサーバント
公僕でなければならない

あるいは、政治家はライフワークの政策を持たなければならない
それがない政治家は「職業政治屋」である



かつて、名古屋市長 河村たかしは「減税」という「公僕の起点」をかざし「リコール」という手法で議会勢力を塗り替えてみせた。

かつて、衆議院議員 小泉純一郎は「郵政民営化」というライフワークを掲げ「抵抗勢力」を際立たせる手法で、その本懐を成し遂げた。



公僕でもなくライフワークもない政治屋が「抵抗勢力」という手法だけ真似、議会勢力を塗り替えようとしている。
そんな「自分ファーストの会」に我田引水してはいけない。

「盛り土」という本来、なくても大勢に影響ないものを、あたかも食の安全を守る生命線であるかのように祭り上げ、鬼の首を取ったかのように論い(あげつらい)政争に仕立てた「自分ファーストの会」は狡猾だ。

かつて、小泉が挙げた「抵抗勢力」は確かに、郵政族の抵抗勢力だった。
だが、盛り土、豊洲移転決定といったプロセスがあたかも「歪んだ都政」だったかのような「印象操作」は、もはや手法とは言えない。



それでも気まぐれは起こる
その進撃を停める者はいない
絶望的な断絶

どうしたもんじゃろのぅ

今はこの不明快な混沌を「とと姉ちゃん」の常子がよく嘆いたように、穏やかなため息をついて見守るしかない

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2017年6月21日 (水)

「行列ができないラーメン店の作り方」最後の条件

外には行列ができている飲食店
店の前には椅子が4つあるが、そこから先は近隣の歩道に行列が伸びており、誰もが立って待っている。

「行列が三度の飯より好き」という人もいるかも知れないが、店側がそれに甘えている構図も透けて見える。

表では客が立って待っているというのに、店内には空席が点在している。
厨房の様子はわからないが、調理が間に合っていないのかと推察する。
ただ、席は空いているのだから客を外で待たせる必要はないはずだ。
店の外では時折ホール係が出てきて「車道寄りに並んでください」と並び方まで指導している。

店によっては「歩道寄りに2列で並んでください」などと看板まで作っている。
そこには、行列を是としている姿勢が垣間見える。



飲食店で行列ができることは仕方ない
だってお客が来るんだから
「行列ができるラーメン店」の店主はそう言うかも知れない。
だが、そうだろうか。

名古屋の有名店「矢場とん」は矢場町に本店があり、ここ20年で名古屋市内に複数店舗を拡充した。
そして2004年3月には「東京銀座店」をオープンしている。
この時の店主の弁はこうだ(要旨概略)

「名古屋の店に東京から食べに来たお客さんが並び、地元の人が食べられなくなっている(敬遠している)そこで東京の人は東京で食べてもらえるよう東京に店をつくった」

「二年で五割が閉める」と言われる飲食店業界で、店を増やすことは容易ではない。
だが、客の側から見れば、比較的近くに店があり、罰ゲームのような行列をせずに食べられることはありがたい。
僕の場合、行列していた店にはもう行かないし、どうしても行きたければ比較的空いている開店直後に行く。


「行列ができないラーメン店の作り方」最後の条件はこうだ。

【3】「行列のできないラーメン店」をつくる最強の方法
1.まずいラーメンを作る
2.店員が客に私語を注意する、食べ方を指導する

こちらが客なのに、頭にバンダナを巻き黒いTシャツで決めた兄ちゃんから怒られたら腹立つ(別にバンダナとTシャツに腹が立っているのではない)


美味しくて人気があるけど「行列ができない」ラーメン店を作りたい方は【1】【2】をご検討いただきたい。

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2017年6月20日 (火)

行列ができないラーメン店の作り方

【1】外に椅子を置かない

ラーメン店の前に椅子を並べると、見知らぬ客は2通りに考える。
1.もしかして人気店?
2.人気店を装ったあざとい店?

僕の場合は後者だが、なかには本当に人気店と誤解して入ってしまう人がいるかも知れない。
だいたいその椅子を置いてある歩道は公道だ。
店主が地元警察署に対して「ラーメンを食べるために並ぶ客の健康を考慮した椅子の設置」許可を求めているとは思えない。
道路の不法占拠であろう。

こうした「ちょっとした不法占拠」は日本中のあちこちで見かけられるが、大半はお目こぼしされている。
しかし中には、歩道上にテーブルや商品を並べるといった本格的な確信犯(自分が正しいと確信して行う犯罪)もいる。
こちらは正当な権利として歩道を歩いているのに「仮設店舗」を避けて車道に出なければならない。危険極まりない。


【2】釜を増やす(調理人を増やす)

麺を茹でる釜を増やす
小規模の「行列ができてしまっている店」では、釜はたいてい1つ。
これを店の収容能力に合わせて2つ、3つと増やす。

そもそも「行列ができる**」の定義は「ある単位時間において、供給に対して需要が上回っていること」

ある時間帯、収容能力が20人の店に40人が訪れる。
そこに行列が発生する。

だが、飲食店の行列は本当に需要が上回っているのかというと違うケースもある。

■ケース1
名古屋の住宅街にある「中華そば」の有名店
平日のお昼時に行くと店の外には20人ほどの行列
ようやく店内に入ると、すべての席は埋まっている
しかしよく見ると、ラーメンを食べている客は半分くらいで、あとはラーメンが届くのを待っている
不思議に思い厨房に目をやると、麺を茹でる釜が1つ。
それを店主とパートのおばちゃん2人がのぞき込み、麺に向かって「早く茹であがれ」と念を送っている。

釜を1つと茹でる職人があと1人いれば、行列は解消するはずだ。


■ケース2
都内で複数店舗を構えるローストビーフ丼の人気店
平日の18時に訪れると既に20人ほどの行列
待つこと30分で食事にありついた
ところが、周囲を見回すと店内は閑散としている

客が帰った後、皿が置かれたままのテーブル
皿は片付けられて次の客を待っているテーブル
でも店員は外で待っている客を招き入れようとしない

つづく

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2017年6月19日 (月)

僕は創刊号を捨て始めた

僕は創刊号を捨て始めた

創刊号を集め始めてから30年、ずっと捨てられなかったのだが踏ん切りが付いた。
それは父が死に母が死に、その持ち物の大半は処分されるということを実感したからだ。
僕が持っているものも、僕がいなくなればほぼそのまま捨てられる。
残しておいて誰かの役に立つならば残す甲斐もあるが、まずあり得ない。
それならば、今自分が魅力を感じないものを、とっていて(残していて)どうする。


「DENIM」1992年8月
小学館 480円

当時の雑誌は500円以下のものが多い。
それくらいの値付けでも採算がとれたからだ。
その理由は2つあり「入り広」がとれること。
そして「数が売れる」ことである。

1997年にインターネットの普及が日本で始まると、雑誌が売れなくなった。
2010年代に入ると、企業が使う広告費はネット広告に比重が移った。
従って、現代の月刊誌は大半が700円~1000円の間で値づけられている。

「DENIM」は当時「DIME」が好調だった小学館が、二匹目のドジョウを狙った雑誌。表紙の雰囲気は、当時よく売れていた「BIG tomorrow」に似ている。
「DENIM」は既に存在しないが「BIG tomorrow」は2017年7月号現在も刊行が続いている(690円)


「じゃマール東海版」1997年2月
リクルートフロムエー 350円

「じゃマール」は1995年に創刊されているが、これはその東海版。
「売ります」「買います」から「メンバー募集」を活字で掲載している。
昔はこうだったなぁ

そういえば、SONYの会報誌に載っていた文通希望を見て文通を始めたことがあった。
僕がまだ高校生の頃だ。
その相手は書面で「芸能人の榊原郁恵に似ている」と自称していたが、僕に写真を送ってとリクエストして、それが届いたのを最後に音信が途絶えた。
いまだに、本当に榊原郁恵似だったのかは不明だ。
苦い思い出だが、自分を傷つける記憶ではない。


「THIS」1994年9月
佐野元春事務所 1000円

僕らの仲間「元春HP」が佐野さんにホームページを提案したのが、ちょうどこの頃だ。
当時、日本にはホームページと呼べるものはなかった。
個人がHTMLを記述して公開したものは存在したが、企業・組織・著作家などがその情報を一覧で開示する、いわゆる「ホームページ」正確に言うと「ウェブサイト」は日本には1つもなかったのである。
その第一号が佐野元春の「Moto's Web Server」だった。

売り手と買い手をつなぐ媒体が活字からネットへ移行していく前夜。
これが佐野元春、最後の活字での挑戦だったと言える。

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2017年6月18日 (日)

ツィッターのアイコンが四角から丸くなった理由

仲間のtweetでツィッターのアイコンが丸くなったことを知った。
そのtweetはキングジムの公式アカウントが「丸くなったことを憂えている」内容。
どうやら突然のツィッターの仕様変更により、あの真四角のロゴの角が削れてしまったらしい。
僕が見た時には既に対応完了のtweetであり、キングジムの四角いロゴが正常に表示されていた。
6月16日、ツィッターがUI仕様を変更。
それまで四角だったアカウントアイコンが丸くなった。
パソコンではアクセスした途端に変更されていた。
スマホのツィッターアプリでは、Updateを経て変更された。
"四角さがトレードマーク"
"四角を前提にしたアイコン"
これらのアイコンを掲示している企業のSNS担当者にとって、6月16日(金)はてんてこ舞い舞いの1日になったようだ。
企業では公式アカウントのSNS担当部署が決まっている。
広報部署が担当しているケースもあれば、営業部、企画部門、はたまたIT部門(WEBチーム)が担当している場合と様々。
ただ、ロゴの意匠に変更が必要になることは誰も想定していない。
6月16日のうちに「デザイン変更」「広報部署の承認」までできた会社は、風通しがよい会社と言える。
変更しないまま土日の休みに入ってしまった会社は、何事もなおざりな会社か、ノリの悪い会社ということになる。
さて、しらべるのツィッターアカウントもなんだかおかしなことになっていた。
基本的に画像ファイルというのは丸いものなので、本来のアイコンは以下のような四角いもの


ところが、ツィッターのアイコンが丸くなったことで「でこすけ」の文字が削られて「こす」しか見えていない。

これでは「たこすけ」なのか「ここすとあ」なのか「らこすて」なのかわからない^^;)
1.まずエクセルに画像を読み込む
2.背景を広くとってトリミング
3.保存
これをツィッターに差し替えアップロード
1.ツィッターで自分のアカウントにアクセス
2.アカウント名をクリック
3.(プロフィールを編集)クリック
4.プロフィール画像を変更 クリック
5.保存しておいた画像をアップロード
6.大きさを調節
7.[適用]
8.(変更を保存)
これで「でこすけ」の文字が読めるようになったが、四角を前提に造ったアイコンなので足下の絵が切れているのが不自然だ。

いずれ、画伯に描いてもらった原画から作り直さなければならない。
さてツィッターがアイコンを丸くした理由だが、インスタグラムが「四角」なので、なんとなく丸くしてみたのではないかと推察している。

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2017年6月17日 (土)

芝浦といえば東芝

11:37
鶴見線「浅野」発
海芝浦を終点とするこの電車、その終点にあるのは海と「東芝の工場」だけ。
なんたって「芝浦」ですから

子どもの頃「東芝って東京芝浦電器の略だ」と知っていることが自慢だった。
ありきたりな一般家庭に生まれた何ものでもない子どもが、一端の何かであることを気取りたくて、そんな雑学ですらステータスだと思っていた。

ふつうにしていると誰にも注目してもらえない一般家庭に育った多くの子どもはこうして「自慢話」が悪習として身についてしまうのだ。
世の中は公平だが、環境は平等ではない。


ロングシートの海が見える側に陣取り、窓越しの海を見る。
といっても山陰のような絶景の青い海という訳ではない。
電車の乗客は「撮り鉄」「乗り鉄」ばかり。閑散としている。
お昼時なので、東芝の職員は乗っていない(しかも土曜日だし)


11:41
「海芝浦」着
電車はそのままホームで待機
僕らはそれに乗って帰る
それを逃したら1時間は、次の電車が来ない

ホームの端には「東芝京浜事業所」の改札
もちろん僕らはそこには入れない。
ということは、僕らに行き場所はない。


サオリさんの栞より
海浜公園でまったり時間・おやつタイム
都会の中の秘境駅「海芝浦駅」扉空いたら1秒で海(厳密には京浜運河)
海の上にあると言ってもいいような駅です。
隣接の海浜公園は東芝の敷地を公園として駅の利用者に無料開放しています。
“小麦工房みのや”のパンをいただきながら、まったり景色を楽しみましょう。




アンパンは既に尻手で完食してしまっているので手持ち無沙汰。
東芝の厚意で開放されているウナギの寝床のような「海芝公園」でしばし海を眺める。
本来ならばホームから海を見るだけなのだが、こうして公園でくつろげるのはありがたいことだ。

日本の戦後を支えた僕らの「東芝」
初めてノートパソコン(ダイナブック)を世に出して、僕らをわくわくさせてくれた東芝
半導体は売り払ってしまわないで、立ち直ることを祈らずにいられない。



「鉄道オフ2017春 南武支線・鶴見線に乗って 都会の中の秘境駅 海芝浦駅への小さな旅」なので今日はこのあたり。

海芝浦>鶴見>川崎に出て「蒙古タンメン中本」に30分並んで「初、中本」
一人で来てタンメンをおかずに瓶ビールをいく女性
メンバーズカードらしきものにたくさんスタンプをためているOL
世の人の味の好みは千差万別であると思い知った旅の終わりだった。

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2017年6月16日 (金)

鶴見線「浅野」ポツ有りの謎

10:33
南武支線「尻手」発
進路左沿線の建物がすべて、この電車に背を向けているように見える。
ということはこの線路がほぼ南北に走っていて、建物の西を通っていると言うことだ。

10:40
「浜川崎」着
サオリさんの栞にはこう書かれている

レトロな浜川崎駅・ホーム・貨物列車の往来を観察
浜川崎駅は鶴見線と南武支線の駅で戸籍上は東海道本線です。
東海道貨物支線も合流する駅なので、”東海道だ!“と名乗る
主役は「貨物」!錆びついているものの構内は無数の線路が幾多も

古びた施設がそういうものに萌える人にはたまらないだろう。




10:59
鶴見線の「浜川崎」発

11:05
3駅となりの「浅野」下車
ここから海芝浦に分岐する鶴見線に乗り換え
ここではダイヤの都合でおよそ30分の待ち合わせ




数ヶ月前、アスクル倉庫の火災があったばかり。
(2017年2月 被害総額121億円)
海芝浦方面に見える窓のない大きな倉庫を見て「あれだと火事の時どうやって逃げるんですかねぇ」とアラブさんが心配している。
僕もとても心配になる。
もしも自分の親戚が勤めていたら、不安でたまらない。


暇を持て余した僕らは、無理やりあることを悩んでいた。
ホーム上の看板「ポツ有!」の意味がわからない!
皆がスマホを出して、検索能力を競い合ったが「ポツ有」そのものの意味は出てこなかった。
「ポツ」自体は「定刻発車遵守規定」のようなものと思われる。
ここ浅野においては「乗り継ぎの駅なので、定刻より早く発車しちゃダメよ」という意味と推察した。


一眼レフのカメラを持った小学生が一人
さっきからあっちのホーム、こっちのホームとくまなく写真を撮っている。
「ねぇポツ有りって知ってる?」
とフレンドリーに声をかけたつもりだったが、強ばった顔で「知らないです」と交流を拒まれてしまった。
彼には彼独自の世界があるのだろう。

硬派 鉄男 予備軍に幸あれと祈りたい

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2017年6月15日 (木)

創刊号を捨てることにした

創刊号を捨て始めた

1980年代から1990年代にかけて、僕は「創刊号」にとてもこだわっていた。
用事もないのに本屋をのぞき、新しい雑誌が出ていると中身も確認せずにレジに進む。
読み終えると本棚の「創刊号コーナー」に立てておく。


そんなことをしても誰も褒めてくれないし、注目も集めない。
単なる自己満足なのだが、当時は「これが何ものかにつながる」という確信めいたものがあった。
そうでなければ、すべての創刊号を買ったりはしない。


やがて創刊ラッシュの時代は終わり、僕はこのコレクションが「何ものでもない」ことに気づき始めていた。
それでも名古屋から引っ越す時、迷わずすべての創刊号を段ボールに詰め込み東京へ送った。


東京に来てしばらく経った頃、本棚が手狭になり、本を減らす必要に迫られていた。
なにを減らそう?
オレは何を残したい?
そう問いかけた時「創刊号コーナー」は聖域となった。
いつか何ものかになるという確信はもうなくしていたが、当時始まっていたヤフオクが、処分をためらわせる。

創刊号という価値にプレミアがつくのではないか?
そう考えたのだ。


それから10数年、その考えも的外れだったとわかってきた。
時折「雑誌名 創刊号」でヤフオクを検索してみると、元値割れどころか、入札すらないことが当たり前。
創刊号に価値を感じる人が多少いたとしても、その数よりも、雑誌そのものの発行部数が大幅に上なのである。


そして今、僕は創刊号を捨て始めることにした。
ただ捨てるのは忍びないので、お別れにきちんと再読する。
何ものにもならなかったが、せめて、ここで誌名だけでも残したい。

「あちゃら」1996年12月
リクルート 480円

日本におけるインターネットは1995年に登場、流行が1996年に起こり、普及が1997年だったというのが持論だが、この誌面はそれを裏付けている。

いくつかのページを折り返している。
きっと「あとで再度チェックせよ」という意味なのだろうが、そのページにある記事のいったいどこに自分が反応したのかすら、わからない。

不定期でつづく

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2017年6月14日 (水)

郷ひろみ お父さん 尻手駅員説

尻手駅での待ち時間
武蔵小杉の「小麦工房みのや」で買って来たあんぱんをいきなり食べ始める。
本来は本日の目的地「海芝浦」で海を見ながら食べる予定だったのだが・・


尻に手と書いて「しって」
なんでこんな変な名前なんですかねぇ
自分は尻に手というと痴漢を連想するんですけど

アラブさんのコメントはいつも実直だ
よく言えば「innocent」
言い方を変えれば「そのまんま」

彼はそう言いながらスマホで「尻手 由来」をしらべている
それを見た他のメンバーもそれに習う

どうやら「尻に手」方面の由来じゃないみたいですね
昔、この駅に郷ひろみのお父さんが勤めていたらしいですよ

それぞれが検索結果を報告しあうのも、今時のオフ
インターネットが始まった頃の1995年に比べると、情報の流れが格段に速い。
目の前の疑問はその場で解ける
たまには解けない疑問があってもいいのだが・・

それにしても、ネットにはいろんなことが書いてあるものだ
まさか、ここで郷ひろみが登場するとは思わなかった

でも、郷ひろみって福岡出身ですよね・・

確かに福岡生まれの郷ひろみのお父さんが、神奈川県で鉄道員をしているのは符丁が合わない。
もしかして、そういう(どういう?)複雑な家庭環境だったのか?
メンバーの謎は深まる

うちの姉が郷ひろみファンですから、帰ったら聞いてみますよ
そう僕が約束する
そうしないと、ここで「郷ひろみの家系図」をしらべる会になりそうだ。

姉にはこの場で電話やメールすることもできるが、あえてそれはしない。
田舎の親戚はそういうスピード感に、付き合わせては悪い。


先に書いてしまうが、帰宅して姉に電話した結果はこうだ。

今日「尻手」という駅に行ったんだけど、郷ひろみのお父さんが勤めていたとネットに書いてあったよ。でも郷ひろみって福岡じゃなかったっけ?

「郷ひろみが福岡にいたのは一瞬だからね。それからすぐ東京に移ってる。お父さんは国鉄マンだったからね」

どうやら、郷ひろみ・お父さん・尻手駅員説は信憑性が高そうだ。

お父さんの銅像もあったよ
「え?ほんとに?」
冗談だよ・・
田舎の人は、信じやすいのだ。

つづく

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2017年6月13日 (火)

尻手の読み方しってた?

「鉄道オフ2017春 南武支線・鶴見線に乗って 都会の中の秘境駅 海芝浦駅への小さな旅」

9:30
待ち合わせは武蔵小杉の駅
JR武蔵小杉駅新南口改札
いつも乗降する東急の駅からJRの駅まではずいぶん離れていて、いわゆる「乗換」の範疇は超えている。
福岡市の「天神」駅における空港線と七隈線くらい違う
蒲田のJRと京急ほどではない
(いったい何人わかっていただけたでしょうか)


全員がそろったところで、この日最初の行程は「小麦工房みのや」でパンを買うこと。
名物のあんぱんを買って、行程途中のおやつにする。
そんな、おやつが必要なくらい今日の「旅の栞」は、乗換の待ち時間にあふれているということだ。


10:06
「武蔵小杉」から南武線に乗る
土曜日の南武線は乗車率100%を少し超えたところ。
座ることはできなかったが、そんな必要もない。


10:14
「尻手」到着
駅の看板によると「しって」と読むらしい。
「しってた?」と誰かがいう
皆が無視する
向かいのホームからちょうど電車が出て行った。
あれに乗れれば「乗換ゼロ分」だったのだが、焦る旅ではない。
時間はたっぷりある。

過去2度の鉄道企画
「0系視察隊」「いすみ鉄道」と比べれば、スケジュールはゆるく、移動距離も短い。
日頃の激務に疲れた企業戦士が羽を休めるにはもってこいの「心と体癒やし日程」である。
「レア路線乗り鉄子」サオリさんのセンスが光る。


ここからは「南武支線」
南武線は知っているが、支線があることすら知らない。
待ち時間はおよそ20分

ホームにベンチを見つけ、本日一回めの「乗換待ち」に入った。

つづく

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2017年6月12日 (月)

金槌が二階から降ってきた

バス停へ急ぐ
このバスに遅れると集合時間に間に合わない

今日はアラブ会の「鉄道オフ」
この企画は2年前の初夏、僕が提案した「青梅昭島国立~1日で3本の0系を視察する!」で始まった。
その秋には「いすみ鉄道と小湊鐵道で往く房総半島半周の旅」をアラブさんが企画。

今回はその第三回でサオリさんの企画となる。
題して「鉄道オフ2017春 南武支線・鶴見線に乗って 都会の中の秘境駅 海芝浦駅への小さな旅」
回を追う毎に、火曜サスペンスのようにタイトルが長くなっていく。
エクセルの関数(=len)で計算したら42文字あった。
この分で行くと次回は50文字を突破しそうだ。



土曜日だからクリーニング屋が開いている
その前を通ると湯気の香りが来た
とても懐かしくなる
衣服から水が抜ける匂い
これは家庭の匂いなのかな
そういえば、母は家でアイロンかけてたよね
昔は母がアイロンをかけるのが当たり前だったから


その二軒先で木造の家を建てている
まだ九時前というのに大工さんの朝は早い
前、ここは何だったかな。
思い出せない
ゼンリンの社員でもない限り、どこに何があるかを把握している人は少ない
確か、古い家があったような・・

ぼつっ

肩口に何かが当たって、下に落ちた
猫やカラスのような生態ではなく、静態のモノ
なんだ?
足下に転がっているものを拾い上げてみる

金槌(かなづち)だ
それが落ちてきた方向を見上げると、角刈りのおじさんが「あ、ごめん」と言った。

改めて金槌を見やる。
柄の部分が30cm、ハンマーが12cmくらいか
おじさんはむこう向きだったので、腰に巻いた道具入れから落ちたのだろう。

しばし、固まる

もしこれが頭に当たっていたら
今日はたまたまヘルメットを被っていないので(いつもだが)頭が割れて流血していたかも知れない。
まぁ死にはしなかっただろうが、それでも打ち所が悪いってこともある。

どうしたもんじゃろのぅ

しばし、とと姉ちゃんになって考える
再び角刈りのおじさんを見上げると、何事もなかったかのように淡々と働いている。
慌てて降りて来て「怪我はなかったかい?」と声を掛けるつもりは微塵もなさそうだ。
下手に謝って、ことが大きくなってはいけないと踏んだように見受けた。

これは一大事なのか?

いや、僕は怪我をしていない。
でも油断は禁物。帰宅して風呂に入ったら、肩に痣ができているかも知れない。
とも思ったが、バスの時間が迫っていることを思い出した。

金槌を投げ返すようなことはしない。
(投げたらまた、落ちてくるし)
そっと地面に置いて、先を急ぐことにした。

(後日通りかかると、建築現場全体が青い網で覆われていた。一応業務改善はしたらしい)

つづく

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2017年6月11日 (日)

名刺を交換しただけで、迷惑メールが届く会社

個人情報保護法が改正されて数週間が過ぎようとしているが、いまだに「法律が変わったことを意識していない」以前の企業、すなわち「個人情報保護法」をなめている企業がある。

以下は定期的に届くメルマガである。
5月30日に改正個人情報保護法が施行された後も届き続けている
しかも、いつも「迷惑メール」フォルダーに入っている

そのメールはこういう書き出しで始まる
(以下引用 ただし固有名詞は変更している)

このメールをウェブ ページとして表示するには、
ここをクリック
<http://*********>

▲▲▲▲社 マーケティングニュース

マーケティングに関する情報をお届けします

※本メールは、弊社社員と名刺交換させていただいた方、メールアドレスを登録していただいた方にお送りしております

(引用終わり)

この会社は、とても有名な一部上場企業
名刺交換しただけで、メルマガを送るのが「あり」
という企業風土がスゴイと以前から思っていたが、法律が変わったのを機に、社内で問題提起が出てこない(まだ続けている)ところがスゴイ


「私、▲▲▲▲社のサトウと申します」
(こちらも名刺を差し出す)
「ちなみに、これをご縁に弊社からメルマガを送らせていただいてよろしいでしょうか?」

というような会話をした記憶はない。
つまり、無許可二次利用である。



■個人情報保護法の歴史
2005年 全面施行
2017年 改正法全面施行


改正個人情報保護法のポイントは「個人情報の定義の明確化」「第三者提供にかかる規定の新設」
「定義の明確化」では、従前法で曖昧だった部分を明確にした
「これって個人情報なの?」「ちがうんじゃね」といった会話が、これでずいぶん減るだろう
「第三者提供にかかる規定の新設」は名簿販売業者対策と言われている。


また今回の改正で、初めて罰則が規定された
従前法では「個人情報保護法」で誰かを罰することはできなかった
係争中のベネッセ事案(2895万件の個人情報が漏洩したとされる)にしても、訴訟の根拠は「不正競争防止法」であり「個人情報保護法」ではない


さて、上記▲▲▲▲社のメールのような「無断二次利用」
二次利用そのものに規制はないが、経産省は指針を出しており、言うまでも無く「無断」は認められない。
これは、改正以前からの話しである

でも罰則はなかった
やったもん勝ち
だから企業風土が、こういうところに現れる

誰かが実名を挙げてネットで騒ぎ、拡散されない限り、この手の企業は目覚めないのだろう。

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2017年6月10日 (土)

橋下徹の話しが心を捉える理由

第一部決起大会が終了すると「マスコミ」は退席を求められた。
そして予定時間より5分早く、橋下徹が登場した
前日は別の会場で「1時間40分で話した内容ですが今日は1時間しかないですから」

「皆さん本当に変わってますねぇ
日曜の朝から政治の話しを聞きに来ますかねぇ」

もっともだ。おおいに同意する

「今日は政党選挙の話しはできません
つまらない地味な話しばかりで、面白おかしいところはありません。聞くのは五分が限界だと思いますよ」

そうなのか・・
まぁ何でもいいや
たまには、そういう堅い話をする橋下徹を見るのもいいじゃないか

彼は時折、聴衆に問いかける
「東京都の東京長期ビジョンを知っている方、どれくらいいますか?」
ほとんど、手が挙がらない
東京都庁のウェブページに載っているらしいが、見たことはない

別に東京都側の周知不足ではない
メディアが取り上げないからでもない
我々、有権者に「関心がない」からだ

無関心な有権者が相手だから、ピコ太郎と踊ったり、キャッチーなフレーズで政策をデコったりする政治家が幅をきかす。
要は嘗められているのだが、嘗められても仕方がない。
事実、そういう人を選んでいる。


講演は予定時間を前後5分ずつ延ばし70分
「聞くのは五分が限界だと思いますよ」と脅した割には、示唆に富み、知識の在庫が整理整とんされるような時間だった。
これを「おもしろい話し」と呼ばない道理はない
漫談を聞きに来たわけではないので、可笑しくなくてよかったのだが、十分に可笑しかった。


書籍は滅多に会えない人の話を聞くのに、とても有効な手段だ。
だが、人の話はこうして直接聞くのが最もコンパクトにまとまっていてわかりやすい。
(話すと逆に意味不明な人も多いが)

「つまらない話しだ」と言っていたが、十分「つまる話」
できれば、また聴きたい
テレビに出ているのは知っているが、あれは無理だ
テレビ番組では魑魅魍魎(コメンテーター)がセットで付いてくる。
あれは、精神衛生に悪い。


橋下徹の話しを聞きながら考えていた
彼の話しはなぜ、ここまで人の心を捉えるのか
恐らくそれはこういうことだろう

橋下徹は
正しい抽象化ができている
本質をとらえ
そこに対しては徹底的にマニアック
一方、不要なことには、首を突っ込まない、手を出さない


そうありたい
不要な課題から降りなければならない

おわり

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2017年6月 9日 (金)

日曜の朝 橋下徹を聴きに行く

たまには日曜の朝、橋下徹の話しを聴くという試みも悪くないな
そう思った僕は「橋下徹講演会」の抽選に申し込んだ
定員は1,000人
結果は当選で、入場券が送られてきた


■橋下徹の略歴
橋下徹は「政治家を引退」しており、自らを「私人」と呼んでいる

1969年6月29日
生まれる

2008年1月
大阪府知事選挙で当選

2011年
大阪府知事を辞職。大阪市長選挙で当選

2012年
9月12日、国会議員の合流を得て政党要件を満たし、国政政党「日本維新の会」を設立

2012年
第46回総選挙に多数の候補者を立てた
「みんなの党」と政策協議
「太陽の党」石原慎太郎と個人的に連携を模索

2015年5月17日
住民投票で「大阪都構想」が否定された

2015年12月
任期満了に伴い大阪市長に立候補せず退任「政界からも引退する」とした



東京マラソンの倍率は10倍だが、果たして橋下徹の倍率がどれだけかはわからない。
ただ、東京マラソンの場合、応募したことを公言することに抵抗はない。
当たると誰もが「スゴイね」と言ってくれる。
だが、橋下徹の場合、応募したことすら公言するのがはばかられる。

既に政治家を引退しているとはいえ「橋下徹を聞きに行く」と言えば、ある一定の人達は「motoさんって政治活動もするんだ」と受け取るだろう
日本では「政治活動」をする人は怪しい人という概念がはびこっている。

別に「勧誘」といった活動をしなくても、政治に興味と関心を持つことは悪いことではないし、むしろ、有権者として必要なくらいだ。

ところが、昭和の時代に「政治家=汚職」という構図が、メディアを通して有権者に刷り込まれてしまい、誰もが政治に目を伏せるようになった。
目を伏せたいくらいだから、話すのはやばい
いつしか「政治の話しはタブー」になってしまった。
その状況がもう40年近く変わっていないのである。

ここらで影響力のある誰かが「関心を持って、周りの人と話そう」と言って然るべきなのだが、アベノミクス以降、世の中はそこそこに「食えて」いるので、まぁそこまですることもないかぁというところである。

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2017年6月 8日 (木)

日本維新の会の今

壇上の右側には来賓の皆さん、左側には東京都議会選挙に立候補する皆さん

「日本維新の会」が東京都議会にもつ現議席は「1」
唯一の現職は柳ヶ瀬裕文
このイベントは柳ヶ瀬の選挙区で、基本的にその有権者をターゲットに行われている


「日本維新の会」は2012年12月の総選挙で、第二局をめざして生まれた政党
公募により政治を志す同志を集め、衆議院進出をめざした
中央集権、官僚による政治を打破して、既得権益の解体に挑む。
消費税地方財源化、地方交付税交付金廃止を謳う。
これが実現すれば、主要都市はさらに栄え、過疎都市は廃れる。
その受け皿が道州制という筋書きである。
(しらべる2012年9月記す)


2012年9月12日
設立宣言 現職国会議員7人が参加して政党要件(国会議員5人以上)を満たした。初期の7人を見る限り、先々の人材難が憂慮された

2012年11月17日
太陽の党と合併
石原慎太郎代表、橋下徹代表代行の体制に移行


「日本維新の会」は自らを「しがらみのない政党」という
既得権益をもつ者、富裕層、定職保有者にとって、その存在は不確定要素。
従って、既得権のない層または、しがみつかない層が支持層と言うことになる。
「日本維新の会」は7月の東京都議会選挙に「6人」の候補者を立て「6/127」を狙う


右側のグループに、見たことのある顔がいる
僕の記憶が確かならば、あの苦虫をかみつぶしているおじさんは渡辺喜美じゃないか?

2014年「みんなの党」解党後、2016年7月の参院選で「日本維新の会」から出馬して当選している
挨拶に立つと破顔一笑、突然元気になった
さすが政治家だ
「今日は地元の那須塩原から新幹線で来ました」
知らない人は、なにを言っているのかわからないと思うが、彼の地元は栃木
次の衆議院選挙では、鞍替え立候補を表明している

現在の東京都議会における政党の構図を「親安部」「反安部」「親小池」「反小池」で分類した話しはわかりやすかったが、話の最後に「
親安倍・親小池の改革大連合を目指すべきです」と小池寄りを標榜したのには違和感があった

よく言えば「是々非々」
悪く言えば、彼と党の意思統一が成されていないのだろう。

政治の世界では「よいことはよい、悪いことは悪いと、立場の属性にとらわれずに判断すること」を是々非々という。
政治、思想、宗教、嗜好などの立場がちがうと、すべて「非」
政治、思想、宗教、嗜好などの立場が同じだと、すべて「是」
とするのではなく、案件毎に是非を判断。
是とするならば協力していこうとする姿勢を是々非々という。

●実際に使われた例
共産党と呉越同舟するとは思わなかったが、首都移転については是々非々でいきましょう
(2001年 国会等の移転に関する特別委員会等 石原慎太郎参考人)
政策により「是々非々」で対応することは「主権在民」を矜持とする政治として理に叶っているが、悲しいかな、政治の素人から見ると分かりづらい。

つづく

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2017年6月 7日 (水)

日曜の朝 柳ヶ瀬裕文

初夏の朝
東京の気温は20度を超えて、じりじりと上がり始めていた
日曜日のこんな早い時間に、外にいることは珍しい
いつもならば、一週間の疲れを抜くべく、まだ布団の中だ。

開場の10分前、会場入口にはすでに200人が並んでいた
数取器でかぞえた訳ではないが、10人ずつブロックにしていくと×20組になった

定員は1000人と聞いているので、皆さんずいぶん早い仕掛けだ。
早く来た人の多くは、できるだけ間近で彼を見たいと思っているのだろう

かくいう僕もその一人だ
セミナーや講演を聴くときは最前列と決めている
別に眠りに行くのではないのだから、最前列に陣取り、自らに「さぁ集中して聴くぞ」というスイッチをいれるためだ。

9:30
開場と同時に僕らは会場に吸い込まれていく
ホールにつながる廊下には、この選挙区から立候補している柳ヶ瀬裕文が来場者と握手を交わしている。
彼の支持者としてここに来たわけではないが、握手を求められて拒むのもばつが悪い
僕の番が来たら、笑顔で応じようと思っていたら、前にいたおじさんが握手しながら自己アピールを始めたので、僕はその脇を通り過ぎることになった


「最前列からお詰めください」
仕事のセミナーでは、そう言われても後ろに座る人が後を絶たないが、今日は誰もが言われなくても、そうしただろう


前方に座高が高い人や、バスケットボールの選手がいないのを確認して、演壇の真正面に陣取った
登壇した演説者と目が合う距離だ(合わなくていいけど)


「一階、満席を確認して」
緑のジャンパーを着た係員が呼ぶ
僕の周囲も一席の空きもなく埋まっている
左側には40代女性
右には40代男性
(いずれも推定)
椅子には肘掛けがついているが、誰もそれを使わない
大股を広げたり、足を組んで陣地拡大を測る下品な者もいない
一応、常識的な人の集まりと言うことか

メインゲストの講演会を前面に出しているが、実際には東京都議会選挙をにらんだイベントである。


小池百合子率いる「自分ファーストの会」(だったかな)
が議会与党自民党の議席を引き剥がそうと挑む一大イベントが一ヶ月後に迫っている

首長率いる新興地域政党が議会を席巻した例として、河村たかし率いる「減税日本」が名古屋市議会で第一党となったケースがある。

河村たかしが仕掛けた「名古屋トリプル戦」で実現した「市議会リコール」を受けた2011年3月13日の名古屋市議会選挙

河村たかし率いる「減税日本」が第一党となり、彼の出身政党である「民主党」が第一党から第四党に滑り落ちた

政党 改選後 改選前
減税日本 28 1
自民 19 23
公明 12 14
民主 11 27
共産 5 8

河村たかしの「パブリックサーバント」としての矜持に比べると、対極にある小池百合子が同じ結果を出すとは予想できない。
だが、投票するのは東京都民の皆さんであり、何が起こるかはわからない。

つづく

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2017年6月 6日 (火)

1日1分見るだけで目がよくなる28のすごい写真「アフター」報告

「1日1分見るだけで目がよくなる28のすごい写真」
には「本書を購入いただいた方に七日分のすごい写真をプレゼント」とある

紙面記載のダウンロードサイトに行くと、名前とメールアドレスを登録する画面が待っている
登録語、届いたメールにダウンロードURLが書いてあるという流れだ

ダウンロードした写真は「A4カラーで出力のうえチャレンジしてください」とある
恐らく印刷してもそれを繰り返し見るとは思えないし、それならばインク代が惜しいので登録はしなかった



「ビフォー」本を使い始める前
以前に買った「見るだけで目が良くなる」的な本に付いていた視力測定表を壁に貼り、視力を測る。
メガネをかけた状態の矯正視力を測り記録しておいた


「アフター」28枚の写真を1クール見終えた4週間後
再び同じ位置に立ち、視力を測る
あくまで素人測定であるが、視力は変わっていなかった

特に「遠くがよく見えるようになった」「モノが明るく見えるようになった」という実感はない
ただし「近くが見づらくなった」「小さい文字がみづらくなった」という実感はある

従って本の黄色い帯に書かれている
「9割の人が目がかなりよくなったと実感!」
には当たらない。どうやら残り1割に入ってしまったようだ

同じく帯に書かれている「細かい字を見るのが億劫でなくなった(50代女性)」という件に関しては、むしろ逆の感想である


この本の狙いは主に、眼球の運動を促すことである
それ自体は悪いことではない
「これらの写真を毎日1分見る」習慣とすることは、推奨されてもいい

ただ、本を開いて見るというのは、場所が縛られていて窮屈に感じた
これがパソコンの画面で見ることができたらいいと思う
そういうサービスがあったら利用したい


以前買った「3D画像が見える本」がそうだったように、この本もブックオフに行く機会があったら、その仲間に入りそうだ。

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2017年6月 5日 (月)

いつまでも言問団子


「五十番」改めタイ料理「ペンタイ」のある東京都墨田区業平4丁目を後にした俺たち一行は、本日の最終目的地である「言問団子」をめざす

一度、東京スカイツリー方面に戻り、ツリーの右側(押上駅のあたり)をかわしてツリーの反対側へ出る

ここで7年前「さかさツリー」を撮った橋へ皆を誘う
水面には確かに逆さになったツリーが映っていた
7年前はまだ7分ほどの高さだったので先端が川面に収まっていたが、634mに成長したツリーはその場所からはもうファインダーに収まらなかったぜ


気温は30度に迫っていて、俺たちの体力を奪っていくぜ
さっきまで騒がしかった3歳児はすでにベビーカーでおねむの最中
(もなかじゃないぜ)
ということは、その重みのあるベビーカーを押しているお母さんは大変だぜ

子育ては終わってみれば「大変だったけど楽しかった」と誰もが12文字で片付けるけど、やっている最中(さなか)の母親は大変だぜ
最近は「イクメン」とか「育休」とか言って、男が子育てごっこに参画して自己満してるようだが、母親の大変さはそんな上っ面なもんじゃない
本当に「母は強し」だぜ


30分くらいは歩いただろうか、ようやく「言問団子」に着いた時には、ほとんど会話はなくなっていたぜ

ここはメニューは1つだけで、店に入ると頼みもしないのにお茶と団子が出てくるんだぜ

道すがら、一度行ったきりの知識をひけらかしておいたんだが、店頭にあるショーケースによると最中のメニューが増えていたぜ
(今度は「もなか」だ)

小3の坊主には「中華と言ってタイ料理だったり、メニューは1つと言って2つだったり、この大人はいい加減だ」と思われたかもしれないぜ


参加者のうち1人だけが最中を頼み、あとは団子
最中の感想を聞くと「最中ですね」と言っていたぜ
まぁ今風でいう「ふつーに美味い」ということが言いたかったんだと思うぜ


名にし負はば いざこと問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと

「言問」(こととい)の名は、在原業平のこの歌にちなんでいるんだぜ
と、七年前にも書いたことだが、親切のため言っておくぜ


この場所の住所は「墨田区向島5-5-22」
向島(むこうじま)と言えば「ひよっこ」の向島電機を思い出したぜ
(この時点、物語ではまだ倒産前)

このあたりに向島電機のモデルになる工場があったんですか?とお店の人に尋ねてみたら、奥に店主を呼びに行ってしまったと思ったぜ

「この間もラジオの取材で聞かれたのですが、このあたりは料亭街ですから。工場は聞かないですね。申し訳ない」
と言われてしまい、恐縮したぜ
ほんと、こちらこそ、申し訳ないぜ

飲食店は栄枯盛衰が激しい業界だけど、穏やかな時間が流れる「言問団子」はいつまでも続いて欲しい場所だぜ

ということで、俺らは隅田川の風に吹かれながら、再開を誓ったんだぜ
誰もが暑さにやられていて、三囲神社に寄って、あぁライオンだぁと言うのを忘れて居たぜ

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2017年6月 4日 (日)

五十番は臨時休業だったぜ

この日、東京は今年初めて28度を超えていた。
曇っていて蒸し暑い
エアコンが効いた東京スカイツリーの建物を一歩外に出ると、誰もが無口になったぜ

小学生の参加者K君が、幹事の僕に尋ねる
「お昼はどこへ行くの?」

中華だよ

将来の日本を支える人材には、もう少し暖かく丁寧な対応をすべきだったかも知れないが、ちょっと口をきくのが面倒で、カンタンにいなしてしまったぜ

「行ったことあるの?」
K君はさらに食いついてくる
「五十番」に行ったことがあるのは僕一人
それもまだ東京スカイツリーができる前の話だ
僕の脳内には「中華の映像」が浮かんでいるのだが、他のメンバーの脳内に結んだ像は少しずつ違っていたかも知れない




一応、電話しとくね
スマホに入れておいた番号をタップする
すぐにコールが始まったが、なかなか「五十番」の人が出てくれない
お昼どきだから忙しくて、電話どころじゃないのかな?
とその場を繕うコメントをしたが、K君の額には「疑」という文字が浮かんでいたぜ
(キン肉マンか)

東京スカイツリーから歩くこと10分
たどり着いた「五十番」


近隣の駐輪場になっていたぜ
ガムテープでシャッターに留められた貼り紙には

お知らせ
しばらくの間.
臨時休業させて
いただきます。
店主

(原文ママ)

他人のことは言えないが、お世辞にも上手いとは言えない字

「2年で半数がなくなるという飲食店」だが「臨時」ということは、まだ閉まってはいないと言うことだぜ!と解説しようとしたが、不手際を自らフォロウしているように見られたらイヤなのでやめておいたぜ

この時、オレ自身ちょっと楽しくなっていたぜ
思い通りに行かないのが人生、思い通りにいかなくて、機転を利かして乗り切る方が楽しいってもんだぜ
と口に出したらK君に「大人はずるい」という目をされそうだったから、それも言わなかったぜ

井の頭五郎みたいに「さぁ店を探そう」とは言わず
すぐ、向かいにあった肉屋へ
ショーケース越しの店主と肉を買いに来たおばあちゃんに話しかける

五十番に来たんですけど閉まってるんで・・
この近くに食堂ありませんか?

おばあちゃんには「私はわからんよ」と退散されてしまったが、店主が答えてくれたぜ

「五十番はずいぶん長く閉まってるよ。食堂なら、すぐそこの風呂屋の隣りにあるよ。タイ料理だけどね。アメリカじゃないよ」

この日おろしたてのJ.Pressのシャツがニューヨーク・テイストを醸し出していたのか、なんで「アメリカ」なのか謎だが、礼を言ってタイ料理を目指したぜ

つづく

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2017年6月 3日 (土)

東京スカイツリーに行くならば「345」と「340」をお勧めするぜ

再集合の5分前には、2人のメンバーが戻ってきたんで「天望回廊のチケットは15分待ち」という情報を披露すると「もやっているから、上ってもいい景色は望めない」ということになり「展望回廊」は「次回のお楽しみ」に回すことにしたぜ
といっても果たして次回があるのかわからないが、まぁそういうことにするのが、予定調和ってもんだぜ


俺たちは今観て来た東京スカイツリー展望デッキからの景色について意見を交換したぜ

「高すぎて地上が遠い。建物が小さすぎて見応えがない」
「高いところにあるから、雲の影響を受けやすい」
「少しでも曇っていると遠くは見えない」

特に最後の感想は、ここに遠景を期待して来る人にとって致命的だぜ
東京スカイツリーが、ここ数年、年々来場者を減らしているというのがわかる気がする
「一度上ってみたい」やつは来るけれど「また来よう」ってやつはあまりいないんじゃないか?

「ここより東京タワーや東京都庁の方が、景色に迫力がある」
という意見も出ていたことを申し添えるぜ



結局、全会一致で「展望回廊(1,030円)」は見送ることにしたぜ
「展望回廊」のチケットを4階エントランスで売ってくれないのは、待ち時間が余計に増えて効率が悪い
でも、オレらみたいに「展望デッキに上ってみたら、視界が悪くて景色が見えない」という時、ここで「天望回廊」を取りやめることができる
そういう点ではよいことかも知れないぜ


展望デッキ(フロア350という名前だぜ)を後にしたオレたちは、下りエレベーター乗り場となる2フロア下までエスカレーターで降りた
「フロア345」に降りると、たった5mの違いだというのに、ずいぶん地上が近く感じて、景色に迫力が増したぜ
さらに「フロア340」に降りると、そこもいい感じだったぜ
しかも「345」と「340」には座ってくつろげる椅子があったぜ

「始めからここに来ればよかったな」
「誰かこういうことをネットに書いといて欲しいよね」

だから、オレが書いているぜ


当初の予定では「ソラマチ」でフリータイムをとる予定だったが、誰一人特に見たいところはないというので、1階の「THE SKYTREE SHOP」だけに立ち寄ったぜ

東京タワーに行った時は「東京タワーフィギュア」を買ったので、ここでも「東京スカイツリーフィギュア」が欲しいと思っていたら、海洋堂の制作による「TOKYO LANDMARK」が売られていたぜ


東京スカイツリー内公式ショップで限定販売
カプセル入りフィギュア
一個470円

全7種
■東京スカイツリー(原色)
■東京スカイツリー(粋風)
■東京スカイツリー(雅風)
東京スカイツリーの高さはおよそ12cm
■東京都庁第一庁舎
■東京タワー
■国会議事堂
■浅草寺雷門


東京スカイツリーまで来て「国会議事堂」を出したくないぜ
と思っていたら、主婦の参加者が「これ軽いからスカイツリーですよ」と言ったぜ
どれどれと2つのカプセルを持ち比べてみたけど、オレには重さの違いはわからない
日頃、デジタル秤に頼っているからな

結果的にその主婦が選んだ2つは、いずれも「東京スカイツリー(原色)」「東京スカイツリー(雅風)」たったぜ
「塩小さじ一杯」レベルで調理する、主婦の重量感覚はたいしたもんだと感心したぜ

つづく

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2017年6月 2日 (金)

ファミチキの「黒幕引き丼」は単なるチキン南蛮弁当だった

最寄りの駅を下りた
「今日のお昼は何を食べよう?」
いつもならば、コンビニ3店の中から選ぶところだが、今日はもう決まっている。
地上に降りるとファミマへと足を向ける。
弁当売り場には40代サラリーマンがおにぎりを1つ握って、あとは何にしようかと悩んでいる。
そこから半歩下がったところには、小ぎれいな20代女性がサラリーマンの肩越しに弁当の棚をにらんでいる。
座禅でもしているのか、ランナーなのか、背筋がぴんと伸びている。
だが、踏ん切りがつかないのか、ずっとその姿勢で固まっている。
あるいは、目の前のサラリーマンが立ち去るのを待っているのか。

そのヨコで僕も棚をさらっているが、お目当ての品が見当たらない。
他の場所なのかな?と左に首を振ると、そこに一大コーナーが設えてあった。
「ついにファミチキが丼に!黒幕引き丼発売」
イメージカラーの黒地ポップが棚3段に貼られている。
しかし、肝心の丼がない。棚は見事に空っぽ
既に本日分完売?
いや、朝早いからまだ入荷していないのか。
仕方ない。しかし、一旦はファミチキの頭になっていたので、軽いものには食指が動かない。ここはチャーシュー炒飯を選択。
「黒幕引き丼」参戦は夜の陣へ。

夕方
電車の駅の手前にあるファミマに立ち寄る
朝は空っぽだった棚に4つの「丼」があった
電車を降りた後にもファミマはあるが、確実に手に入れるにはここで買って置くべきか。
少し考えた末、レジに持ち込む
ファミマで弁当を買うと、通常の白いレジ袋ではなく、うす茶色の袋に入れられる
それは誰が見ても「弁当」だとわかる
弁当を膝に抱いて電車に乗っているサラリーマンは、傍目にはずいぶん珍しいだろう。



黒幕引き丼
ファミマの黒幕であり、2016年に累計10億本を売り上げたファミチキ生みの親と言える上田準二前会長の引退を記念した商品
2017年5月23日より発売 498円


実食
弁当は「ごはん」と「具材」がセパレートで格納されている
レンジ温め必須商品であり、消費期限は販売開始から「3日」と弁当にしては長め
レンジでチンした後、具材をご飯にかやす(山口弁です)
一口たべて、こう言った

「これって、チキン南蛮じゃん」

ファミチキに南蛮たれとタルタルソース。
カレー風味のキャベツ炒めが添えられている。
まさに「チキン南蛮弁当」そのものだ。

ふつーに美味い
ふつーにしか美味くない

レンジで加熱しすぎたのか、口の中を火傷して、翌日まで痛かった。

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2017年6月 1日 (木)

東京スカイツリーからの景色は思いのほか小さかったぜ

エレベーターのドアが開くと、一気に光が広がる
「ようこそ東京スカイツリーへ」
係のお姉さんが、会話より1オクターブ上げた声で迎えるんだぜ

このあとしばらくここに居たので、いかにこのお姉さんたちが「歓迎の一瞬」に賭けているかがビンビンと伝わってきたぜ

さて「展望デッキ」に着いたところで時計を見たぜ
するとチケットを買った時点から20分が経過していたぜ

ということはエントランスで「15分待ちです」とお姉さんが言っていたのは「チケットを買うまでが30分、それから展望台に着くまでが20分です」という意味だったことになるぜ

オレが関西人だったら、どういう意味やねんと突っ込みたいところだぜ


さてここで「30分後にココに集合」というルールを決めて、独自散策をすることにしたぜ
ただ、オレがトイレに行きたかったということなんだけどな


トイレはどうやらこの展望台に男女1カ所ずつ
「大」は一つしかなかったぜ
地上350mまできて「大」をするやつがどれだけ居るかはわからないが、その一人となったオレとしては、ちょっとトイレ少ないんじゃないかと心配になったぜ


さて一回りするか
と外を見やると、なんだかもやっているぜ
4階の掲示板にあった「富士山×」「横浜×」は確かな情報だったぜ
最前列は人垣ができているので、空くのを待つ
前方には「東京ドーム」らしき白い天井がみえたぜ

東京ドームってこんなに遠かったか?

そこから右回りに行くと、あちらこちらに記念写真特設ブースがあって人が並んでいたぜ
そして「天望回廊」のチケット売り場は「待ち時間15分」と出ていたぜ
この施設における「15分=50分」からすると、これはえらいことになりそうだぜ

右に回っていくと、なんだか川が太く感じたぜ
隅田川は墨田区より上流のほうが太いのかな
なんてことを考えていると白い天井が見えたぜ

え゛あれって東京ドームか?
一回りするのに5分とかかってないぜ

もっと一周は15分とかかかるくらい直径が太いイメージだったな
東京スカイツリー、意外とスリムだぜ
再集合までまだ20分もあるぜ
まいったな
座るところもないし・・
居心地悪いな、東京スカイツリー
なんだか、この時点ですっかりテンションが下がってしまったぜ


そういえばまだ「東京タワー」を見ていないのを思いだしだぜ
「東京ドーム」よりちょっとだけ左回りに戻ると、か細い姿がビルの合間に見えた

東京タワーってあんなに目立たないのか?




写真を撮ろうとするとiPhoneのファインダーでは、その存在がわからない
撮れた写真を確認しても、どれがそうなのかわからない
もやっているというのもあるが、基本的にスケールが小さい
東京スカイツリーからの景色は思っていたのとは、ずいぶん印象が違っていたぜ
つづく

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