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2017年8月の18件の記事

2017年8月18日 (金)

マラソン「サブ2」に迫る、カーボンを仕込んだ靴

大迫傑が初マラソンで履いたのは「厚底」でミッドソールに「フルレングスカーボン」を仕込んだ靴。
これはナイキの「42.195km 2時間切りプロジェクト」である「BREAKING2」でエリウド・キプチョゲが履いて2時間00分25秒の記録を出している。

その結果が示す通り、何やら怪しい。
特殊なギミックがその速さを後押ししていることが容易に想像できる。
ウェブサイトの説明から読み解くと、最重要ポイントは「カーボンプレート」のようだ。
ミッドソールの全面(フルレングス)にカーボンプレートが入っている。

過去にもナイキ「FOAMPOSITE」のように、アーチのみにカーボンプレートが入った靴はあった。
カーボンは部品代が高くつくため「FOAMPOSITE」の価格は25,000円前後だ。

そのカーボンプレートが全面に使われている。
誰でも考えつきそうだが、これまで誰もやらなかったことだ。


もう一つのポイントは「厚底」
明らかに見た目が変だ。
高速マラソンランナーの靴は「いかに薄いか」が重要と思われている。
実際、asics、adidas、NIKEの「サブ3」向きの靴は、いずれもミッドソールが薄い。
・軽量化のためには厚くできない
・薄くした方が効率よく力を地面に伝えられる
という理由からである。

しかし、この靴は女子高生の厚底サンダルか?と思うほどソールが厚いというより「高い」
これを履くと、かなり背が高くなりそうだ。

大迫傑はこの厚底のおかげで「レース終盤に足が残っていた」と語っている。


過去12回のレースでナイキを履いたことは一度もない。
練習で2~3回あるくらいだ。
普段履きは、ほぼ100%ナイキだが「走る靴」ではないと思っている。


2006年、マラソンを始めた時に履いた靴はasics「NEWYORK」
マラソン雑誌で研究したところ、これが一番売れていると書いてあった。
その知識でアートスポーツに行き「初マラソンなんですけど・・」とお勧めを聞くと「これですね」と出てきたのも「NEWYORK」だった。

それ以来「NEWYORK GT-2110」「NEWYORK GT-2130」「ソーティスーパーマジック」「ソーティジャパンテンカLV」とasicsで4足を履き替えた。
asicsには名工三村仁司が居て、谷口浩美、有森裕子、高橋尚子、野口みずきらの五輪シューズを作ってきた。
その技術がフィードバックされるasicsこそが、マラソンシューズでは唯一の選択肢だと考えていた。

一度、タイムを金で買う必要に迫られて「DISTANCE S」をはさんだ次のシーズン、三村仁司がadidasに移籍したことを知った。

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2017年8月17日 (木)

下関もニュートンで走ると決めていたが、気が変わった

下関海響マラソンを走る靴は「ニュートン」と決めている。
過去には2011年(全国健勝マラソン日本海大会)、2017年(東京マラソン)と2回使用した。従って二年連続である。

フォアフットに「ラグ」と呼ばれるゴムの突起があり、これが地面を強力に後に置いていく。
5列あるラグが均一にすり減ってくれればいいのだが、大半の人間は外側で地面を蹴るため外側から片減りする。
片減りした靴でレースを走るのは不安なので、使えるとしてもマラソン1シーズン限り。
寿命は練習を含めて500km程度とみている。


これまでに履いたマラソンシューズの中では、タイムを金で買いたい時に選ぶ靴の最高峰と言える。
前年買いに行った時(2016年9月)はアートスポーツ、B&D、ステップスポーツではニュートンの取り扱いをしておらず、仕方なくインターネット通販で買った。
幸運にもサイズはぴたりで良かったのだが、やはりレースシューズを試し履きなしで買うのはリスクだ。

実際に試着できる店を探すと、代官山に「ニュートンランニングショップ」があった。
すると2017年春にはアートスポーツでも取扱が復活していた。


ニュートンは年次でニューモデルが出る。
2011年に使ったのは「DISTANCE S」
2017年は「DISTANCE V」
そして2017年7月現在「DISTANCE VI」(18,000円)が出ている。
走り出したら買いに行こう
そう考えていたある日、一瞬で気が変わるメールが届いた。



ナイキからメールマガジンが届く
靴コレクターとして一つだけ「どうしても買い逃したくない靴」があり、ナイキ公式通販「ナイキ+」のメルマガを登録している。
その日、メルマガのURLをクリックしてナイキのサイトへ行った先に大迫傑の記事があった。

大迫傑(おおさこすぐる)
佐久長聖高校>早稲田大学>ナイキ
箱根駅伝では圧倒的な速さを見せつけたが「箱根だけで終わってしまう」選手は多い。
ところが2017年4月17日、初マラソン(ボストンマラソン)2時間10分28秒で3位に入り、一躍東京五輪の代表候補に割り込んできた。

どうやら、その時大迫傑が履いた靴が市販されるらしいのだ。
しかも、その靴には「それって合法なの?」と言いたくなるような仕掛けが施されていた。

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2017年8月16日 (水)

さかなクンの「ハコフグ帽子」で下関海響マラソンを走りたい

「下関海響マラソン」は仮装を禁止していない。
運営者は「良識のある服装」での出走を求めているだけだ。

前レース「東京マラソン」の「くまモンキャップ」で味を占めた僕は、今回も「仮装」は外せないと考えていた。
仮装と言っても服装に凝るほどの走力はない。
今回も沿道からの声援を受けやすいキャラクターのキャップによる「プチ仮装」だ。

下関で受けるキャラクターとは何か?
オレはいったい、何をかぶりたい?
日々、自問自答していたある日のことだ。

毎日録画している「NHK ニュース9」を見ていると、とても珍しい魚が漁師の網にかかったというニュースが始まった。
次の瞬間に「あの人」が登場する予感がした。

ぎょぎょぎょ~

やっぱりだ・・
一見キワモノのようだが、卓越した知識を持つ魚の専門家「さかなクン」である。
くまモンがクマもんではないように、さかなクンはサカナくんではない。
さかな君でもない。



■さかなクンの略歴

1975年8月6日
東京都生まれ

1993年
TVチャンピオン「第4回全国魚通選手権」で優勝
東海大学海洋科学博物館(静岡県)に就職

2002年
朝日小学生新聞で「おしえてさかなクン」の連載が始まる

2006年
東京海洋大学客員助教授就任

2007年
著書「さかなのなみだ」(絵本)

2012年
内閣総理大臣賞受賞

2015年
東京海洋大学名誉博士号授与

2016年7月
生い立ちを書いた著書「一魚一会」出版



画面いっぱいに映し出されたさかなクンの頭には、トレードマークのあの帽子。
この帽子をかぶり始めたのは2000年
「どうぶつ奇想天外!」に出演した際、番組スタッフから「もっとインパクトのあるものを被っては?」と提案され、ハコフグ帽子を美術スタッフに作ってもらったのがきっかけだ。
それ以来、いつも彼の頭には「ハコフグ帽子」


よし、あれだ
下関といえばフグ、下関海響マラソンはあれを被って走ろう。
きっと沿道から「さかなク~ン」という声援をゲットできるだろう。
くまモンは希少性が乏しく、42.195kmの間で受けた声援は20回に留まったが、さかなクンで走っているランナーは見たことがない。
きっと、応援の「入れ食い」に違いない。


「Google先生」に「さかなクン 帽子」で尋ねる。
すると市販されていないことがわかった。
公式グッズとしては「なりきりバンダナ」があるが、立体感に乏しい。
沿道の人には、漁協の人が手ぬぐいを被って走っていると思われるかも知れない。

なければ作るしかない。
「さかなクン ハコフグ ぬいぐるみ S」(メーカー:サンアロー)の中身をくりぬいて被るか?だが容積が小さすぎて、かぶれそうにない。
それならば、オリジナルの帽子を作ってくれる工房はないか?と探したが、見つからない。
もし見つかったとしても5万円、10万円といった予算になるだろう。

受けを狙うための出費は、せいぜい5千円が限度。
さかなクンの「ハコフグ帽子」は諦めて、2年つづけて「くまモンキャップ」のお世話になることにした。
しかし、その決定は一ヶ月後に覆ることになる。

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2017年8月15日 (火)

2人のグルメ「食堂とだか」で展開したストーリー

「食堂とだか」のマスターは、同じフロアにある「立ち飲みとだか」にもメニューをデリバリーしているが、共に席数が少ないので、料理はそれほど遅延しない。

伝票に書き込んだ料理は、ひとつ片付けると、短すぎず長すぎず、絶妙の間合いで次打者がバッターボックスに入る。

それを迎え撃つ僕ら2人
ここまで、それほど会話もせず、出されたものを味わうことに集中してきた。
なにせ、きっかけは「孤独のグルメ」
孤独のグルメといえば「独り言」
1人で来て、声なき声で味わうのが似合う。


これが「五反田に美味い店があるんだ」と女を連れてきたアベックならば「揚げ出しにトマトとかふつう思いつかないよね?」「このウニは新鮮だね!」「鰯と茄子は合うねぇ!!」とかなんとか、わざとらしい評論で予定調和な場を形成して、マスターにその都度「美味いねぇ」などと声をかけて、食通を気取るところだろうが、僕らにはその必要がない。

この日のめぼしい会話と言えば、リニアモーターカー試乗の秋の日程が出たこと。
品川ではリニア新駅の工事が始まっている。
大田区は2043年まで人口が増え続けるるらしい。
ということくらいだ。


時計を見ると入店から45分。
陽水ならば、ようやく背中にたどり着いたところだ。
これでは、とても制限時間の「2時間30分」までは必要ない。
ここで、アイスウーロン茶をお代わり


もう、うしごはんいく?
そうですね

短い打合せを経て、口頭でカウンター越しに呼びかける

「すみません!ぎゅうごはん2つください」
「うしごはん2つですね」

ここで僕がボケていることは、これを読んでいるあなたしか知らない。


「孤独のグルメ」で映し出された通りの手順でご飯に牛が乗り、この日のメイン「牛ご飯」がやってきた。
子どもの頃からみそ汁が苦手という僕は「体によいみそ汁」はパス。
空気を読んだのか、仲野君もその名前は口に出さない。
これが、唯一五郎ちゃんをトレースしなかったことになる。

牛は大きめの一枚肉が数枚
煮卵も鎮座している
ご飯との配分を見極めながら、少しずつ牛を噛みきってはごはんとかき込む。
本来、ごはんは上品に箸でつかむよう躾されたのだが、ここは「五郎流」

あそこまで豪快ではないが、抱えた茶碗を傾けて口に押し当てながらかきこんでいく。
そして、最後はグラスに多めに残っていたウーロン茶を「ごくっごくっ」と喉を鳴らして、一気に流し込む。

おいおい、そんなに一気に飲むのかよ
といつも「孤独のグルメ」を見て、液晶画面に突っ込んでいた。
今日はそれをやらなければ、五郎の聖地巡礼は完結しない。


店を出て時計を見ると、入店からちょうど1時間
井之頭五郎同様「ウーロン茶で食事」ならば一時間程度がちょうどいい塩梅。


「これで、飛び込みで来た人が一時間半入れるね」
客を呼ぶ客、千客万来の客でありたい。
仲野君も「そうですね」と応じた。

おわり

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2017年8月14日 (月)

「ウニ・オン・ザ煮玉子」と「牛とろのウニ巻」至福の共演

手荷物は椅子の下の荷物置き場へ。
スマホだけは、カバンから出してポケットに忍ばせておく。


お通しが先陣を切る
仲野君は五郎ちゃんと同じ「たこときゅうりの塩昆布」
タコがダメな僕は違うものにした。


「ウニ・オン・ザ煮玉子」
崩れやすいので、手でいっちゃってください
というむろつよし(ドラマではマスター役だった)の台詞そのままのアドバイス
確かに食べづらい
宇宙から持ち帰った隕石を取り扱うような慎重さで、一口で放り込んだ。


通常の食べ歩きブログならば、ここらで写真の一枚も載せるところだろうが、写真は一枚もない。
店が狭くマスターや周りの客との距離が近い。
ウニ・オン・ザ煮玉子に向かって「はい、ポーズ」などとおちゃらけるのは、憚られた。
それに、テレビに登場したこともあり、ネット上には「とだかメニュー」の画像が溢れている。
ここに画像を置くニュース性が乏しい。
ということで、ウニ・オン・ザ煮玉子撮影を見送った時点で、写真のことは忘れた。


「トマトと胡麻豆腐の揚げ出し」
は2つに取り分けて出してくれた。
トマトの歯触りが新鮮だ。
そういえば、箸が細い
六角ではなく、ただ先端が突き刺さるくらい細い。


「揚げとうもろこし」
はコロッケのような食感を思い描いていたが、ぱりぱりでおやつのよう。

この日はキンキが鰯に代わり「鰯と茄子の包み焼」
鰯の味が鮮烈


入り口のドアが開き、マスターが「すみません」と断っている。
予約なしの飛び込み客なのだろう。
世の中には「しらべる人」と「しらべない人」がいる。
しらべないで、一度行ってみようと思う人がいても不思議ではない。
たまたま、キャンセルでも出ていれば、それはお店にも当人にも幸運である。


伝票に書いたメニューが出終わったところで
右手を挙げて
「すいません、追加お願いします」
という五郎決め台詞をトレース
カラオケで歌い手の小節を真似るように、松重豊をイメージしてイントネーションを作った。


追加第一段は「牛とろのウニ巻」
6カン出るので、2人で分けるにはちょうどよい。
海のナマと陸のナマの共演
これ、ちょっと他では味わえない


下関に生まれウニが好きだった母に食べさせたら、喜んだだろう。
なにせ、くるくる寿司に行けば、店中のウニを食べてしまうんじゃないかと心配になるほど、ウニばかり食べていた。

つづく

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2017年8月13日 (日)

5年遅れで「孤独のグルメ」にはまる僥倖

「孤独のグルメseason6」が始まった2017年4月現在、Season0(特番)、1~5はAmazonプライム会員特典「プライムビデオ」で見ることができた。

過去に話題になったものに乗り遅れて気づくのは、人生の僥倖の一つ。
既に流行が下火になっているため、レンタルは借りやすく、本ならば文庫化されている。
この「孤独のグルメ」の場合、Amazonプライム会員であれば追加料金なしで見ることができる。しかも、歴史がある分作品数が多いので、一気にたくさんのコンテンツを楽しめる。
つまり「速い」「安い」「多い」ということだ。


【 孤独のグルメの歴史 】

1994年~1996年
「月刊PANJA」で漫画連載

2012年1月
実写ドラマ「孤独のグルメ」放送開始
後にこのシリーズがSeason1と呼称される

2014年10月
孤独のグルメ 井之頭五郎 フィギュア発売
原作漫画のフィギュアであり松重豊を成形したものではない

2017年4月~6月
実写ドラマ「孤独のグルメ」Season6 放送
最終回は「食堂とだか」



「これ、書くんですよね?」
食べ物の注文を、伝票に備え付けのボールペンで書いていく。
これはテレビで見て知っている。
記入係は仲野君
スマホを取りだし、井之頭五郎の注文メモを書き移していく。

「ウニ・オン・ザ煮玉子は2つ行きます?」
仲野君はこれをとても楽しみにしていた。
2つしかないので、1人1個ずつでは足りないという気持ちなのだろう。
だが、僕には僕の目論見があった。

テレビ放送では、五郎ちゃんではなく、となりの客が食べていた「牛とろのウニ巻」に強く惹かれていたのだ。
いろいろ食べたいから、とりあえず1つずつでいこうよ。
そう言ってウニ・オン・ザ煮玉子は「1」
「牛ご飯(うしごはん)」は〆で1人1個頼むとして後回し
「トマトと胡麻豆腐の揚げ出し」
「揚げとうもろこし」
「キンキと茄子の包み焼」を記入。
「体に良いみそ汁」は外した。


まず、アイスウーロン茶で乾杯
これだけが、当初の主旨である暑気払い
ここからは、ひたすら五郎ちゃんトレースだ。

つづく

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2017年8月12日 (土)

下関海響マラソン「分殺」でエントリー終了

2016年12月7日
第10回下関海響マラソンの開催日が、2017年11月5日と決まった

2017年2月28日
ホームページが2017年大会情報に切り替わった

2017年4月24日
第10回大会ホームページオープン


2017年5月22日(月)20時
RUNNETで先着枠9,000人のエントリー受付開始
月曜日だが時間帯が遅いのは助かる。
今も人気大会の中には、平日の日中に受付を開始するものがある。
それでは、良識あるサラリーマンはエントリーできない。

夕飯を済ませ、少し早めにRUNNETにログイン
MyPage > エントリー予定大会
と進み、20:00ちょうどにアクセス
しばらく待つと、20時2分にエントリー画面が出た。
「エントリー」クリック
30秒待ちのカウントダウンを待つこと10回
20:09にエントリーが完了した。

その後、20:50にのぞいたところ、既にエントリーは締め切られていた。


2017年5月22日~6月5日
抽選枠受付

2017年10月中旬
ナンバーカード・計測チップ・参加賞(Tシャツ)が自宅へ郵送される。

2017年11月4日
前夜祭開催

2017年11月5日
8:30 号砲


旅マラソンは「エントリ-」「旅の足」「旅の宿」3つの確保で始まる。
これで宿>エントリーを確保。あとは足。
あくる日から、日々航空会社のサイトをチェックする日課が始まった。

日に一度「羽田空港>宇部空港」「11月4日」で検索する。
しかし、来る日も来る日も「発売期間前」ですのエラーメッセージが返るだけ。

どうやら、航空業界では10月下旬までの航空券が8ヶ月前、10月下旬以降の航空券は通常とほぼ同じ2ヶ月前同日から販売されているようだ。

ここで一旦「旅の足」確保は棚上げして、走る装備について話しを進めていこう。

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2017年8月11日 (金)

下関海響マラソンの歴史

下関海響マラソンのコースは、前半戦では関門橋の脇を通り「関門海峡」沿いを走る。
大会名に「海峡」をなんとか入れられないか。
かといって九州の門司側には渡らないので「門」が入っていないし「下関関門海峡マラソン」では「関」がダブってダサい。

そうだ
「海峡」の漢字に「海響館」の「海響」を当てるのはどうだ?

「海響館」は2001年にオープンした新しい下関水族館。
下関水族館(1956年11月29日~2000年12月3日)は小月寄りにあったが、海響館は下関駅寄りにある。
開館当初から大人気を呼び、海峡に海響という造語を当てるコンセンサスは過去7年でできている。

かくして、大会名称は「下関海響マラソン」となった。
(あくまで想像です)



下関海響マラソンは山口県では「防府読売」「くすのきカントリー」に次いで、3番めに始まったマラソン大会。

当時は2007年に始まった「東京マラソン」が大成功を収め、地域経済振興策としてマラソン開催が注目され始めていた。
下関は「東京後」に始まったマラソンでは第一世代に当たる。

同年春に行われた「とくしまマラソン」の経済効果は2.5億円だった。
下関海響マラソンは近年、5億円の経済効果と試算されている。


制限時間は第1回大会から「6時間」で、これは来る第10回でも変わらない。
定員は第1回は5000人。エントリー開始からおよそ2ヶ月、締切より43日早く定員に達した。
第10回は定員10,000人と倍増し、それでも先着枠の9,000人は「秒殺」だった。


2008年11月16日
第1回開催(11月の第3日曜)
参加費:5,000円

2009年11月8日
第2回開催(11月の第2日曜)
定員9,000人 コース修正

2010年11月7日
第3回開催
定員10,000人(出走7,430人)
11月第1日曜開催に変更。以後、現在も同様

2011年11月6日
第4回開催
定員8,000人に減る

2014年11月2日
初めて前日に「おもてなし前夜祭」を開催。
第7回開催
参加費が初めて値上げされ7,000円(現在も同額)

2015年2月1日
山口放送(KRY)が製作した第7回大会のダイジェストが、テレビ東京系列で放送された。

2015年11月1日
第8回開催
事前受付廃止 事前郵送となった

2016年11月6日
第9回開催

2017年11月5日
第10回開催予定

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2017年8月10日 (木)

「下関海響マラソン」名前の由来

下関海響マラソンと聞いて
たいていの人は「下関海峡マラソン」という字面を思い浮かべるだろう。
2008年にこの大会が始めるに当たり、下関の関係者の皆さんはこんな命名会議を開いたのではないか。


「下関マラソン」
これではアピールが弱いな
マラソンと言えば「東京マラソン」「かすみがうらマラソン」のように地名だけを冠したものが多いけれど、ここは何か下関をアピールできる名前にしよう。
そうしよう


「下関ふぐマラソン」
下関といえば「ふぐ」地元では「ふく」と呼ばれる。
ふぐの水揚げ量は全国随一。
だが、すべてのふぐが下関近海の周防灘で獲れるわけではない。
ずっと遠くの海で獲れたふぐを他の港に揚げるより、下関に揚げた方がブランド価値の分、高値が付く。
それでふぐが下関に集まるのである。

「ふぐマラソン」じゃふぐの仮装ランナーだらけになりそうだな。
それに、エイドにふぐを出す必要がある。
「スイカマラソン」や「ぶどうマラソン」のように食べ物を冠した大会は、エイドの給食で供されるか、お土産として渡される。
しかし、マラソンを走っているランナーに「ふぐの刺身」というわけにはいかんだろう。
「ふぐの唐揚げ」でも蒸せそうだ。
そうなると「お土産でくれたらいいのに」ということになる。
ふるさと納税じゃないんだから、それじゃ赤字だよ。
ふぐままずい(美味しいけど)


「下関くじらマラソン」
下関は捕鯨で栄えた町
かつて大洋漁業(現マルハニチロ)の本社があり、NPBセリーグの「大洋ホエールズ」は下関を本拠地としていた。
海響館ができる前の旧下関水族館には、巨大なクジラの形をしたクジラ館があり、関門橋あたりから遠くに見えるクジラの建物をみて、いつも和んでいたものだ。

「くじらマラソン」だと、調査捕鯨に反対している人たちの反感を買いそうだな。
それに、ふぐ同様、エイドに出すわけにはいかんし、記念品にすると赤字だよ。
くじらはまずい(美味しいけど)


「下関海峡マラソン」
下関は海峡の町。
早鞆の瀬戸をはさんで九州(福岡県の門司)と対峙する。
下関出身の作家、伊集院静の「海峡」三部作はベストセラーだ。

だが下関が面しているのは「関門海峡」だ。
下関海峡ではない。
地図にない地名を冠するのは、大人の理屈でありがちだが、広く共感は得られない。
「子どもが間違えて覚える」
とクレームを言われたらめんどくさい。
海峡はまずい(これは美味しくない)

つづく

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2017年8月 9日 (水)

井之頭五郎こと、松重豊の独り言に共感する

「孤独のグルメ」の名前はAmazonプライムのメニューで知っていたが、一度もそこをクリックして視聴したことはなかった。
アイコンに出ている主演俳優の顔は見たことがある。
確か、過去に見たいくつかの映画に悪役で登場していた。
だが名前を知らないし、従って思い入れもない。
そもそも「悪役」と「グルメ」の組み合わせに違和感があった。


見始めたきっかけは、たまたま録画されていた「孤独のグルメseason6」の第1回
それ、一発ではまってしまった。
それは、かつて見たことがない趣向だ。

テーマは「独り言」
だって、独り言ですよ!

ふつう、ドラマというものは誰かと誰かの「絡み」で成り立っているものでしょ?
それが、この番組は延々と「独り言」
それで成り立っているのだ。

これは、まさに慢性的孤独感に悩む現代人(自分)の内面を描いたドラマではないか?
それがいい
いや、それだからいい
と、共感してしまったわけだ。



【松重豊の略歴】

1963年
福岡県生まれ

1980年
西南学院高等学校卒業

1986年
明治大学卒業

2009年
「深夜食堂」1話出演

2011年
「深夜食堂2」11話 福岡の高校球児だったという設定で出演
最終回(20話)のラストにも登場した

2012年
初主演テレビドラマ「孤独のグルメ」放送開始

2014年
深田恭子主演テレビドラマ「女はそれを許さない」におかまのマスター役で出演

2016年
小栗旬主演映画「ミュージアム」出演

2017年
1月、テレビドラマ「バイプレーヤーズ」出演 博多弁で熱弁するシーンが見られた
4月「孤独のグルメ」Season6放送開始

主演ドラマは「孤独のグルメ」のみ。
主演映画はまだない。

つづく

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2017年8月 8日 (火)

食堂とだかで井之頭五郎の席に座る

「食堂とだか」は、創作料理が美味しい五反田の食堂
「孤独のグルメseason6」最終回に登場した。

FACEBOOKから予約することができる。
予約せずに行ってもまず入れない。
カウンターだけの小さな店だからだ。

「人数」「入店時間」を予約
いわゆる「席だけ予約」ができる。
入店から退店までは2時間30分。
大人数で行って大宴会を繰り広げる店ではないので、十分な尺だ。

予約システムから予約日の4日前、1日前に確認メールが届いた。
「当日までメールを保存しておいて」
と書かれていたので、入店時にメールで本人確認するのかと思ったが、そういう確認はなかった。


予約時間どおりに入店。
テレビで観た人がそこにいると、特殊な空間のように見えて不思議な感覚だ。

カウンター8席
僕と仲野君が指定された2席の一つは、ちょうど井之頭五郎が座った場所。
その席は彼に譲った。

お店の注文システムは「孤独のグルメ」で見たとおり。
1,飲み物を口頭注文
2,黒板に記載された候補からお通しを1つ選ぶ
3,伝票に注文する料理を下から順に書く。


本日、暑気払いなのだが、僕ら2人は「アイスウーロン茶」を注文。
それは「孤独のグルメ」ファンならば、すぐにわかる理由。
井之頭五郎オーダーを忠実にトレースするためである。


「孤独のグルメ」はテレビ東京系列で放送される、美味しいものを食べる時の心の声を追究した実写ドラマ。
原作漫画は久住昌之。
(作画者は既に死亡している)


主人公「井之頭五郎(いのがしらごろう)」は「酒が呑めない大男」という設定。
酒が呑めないゆえ、飲み物はいつもウーロン茶。
それゆえ、筋立てが飲み物にぶれず、食べ物をどう組み立てるかに集中できる。

番組は毎回ワンパターンで固定。
個人で輸入雑貨商を営む井之頭五郎が客と商談後、訪れた土地でこれぞと睨む店を探す。
ドラマの大半は五郎の食事シーン。

訪れる店は実在のもの。
店名は実名だが、店員と周りの客は役者が演じている。

本編終了後、CMをはさんだエンディングコーナー「ふらっとQUSUMI」に原作者 久住昌之が登場し、ドラマに登場した店を訪れて飲食する。
このコーナーには本物の店員が登場する。

ここでは、酒類を「水」「ジュース」と呼んでとぼけるのがわざとらしい。
テレビ番組で漫画家が昼間から呑むことに何の問題もないのに、いちいち「これは酒ではない」という田舎芝居。いつまでやるつもりだろうか。

つづく

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2017年8月 7日 (月)

孤独のグルメ「食堂とだか」で暑気払い?

「motoさん、暑気払いなんかいかがですか?」

関東平野が空梅雨に覆われていた6月終盤
歌合戦仲間、仲野君の申し出だ。

しょきばらい?
僕はこれまで使ったことがない言葉だ。
その意図するところはわかる
まさか、2人でいわきのハワイアンリゾートに行きましょうというのではないだろう。
大抵の場合、生ビールをぐいっとあおって、暑さを吹き飛ばすという趣向をもって「暑気払い」なのだ。

仲野君から「店は僕に任せる」と言われた

店を探そう
今、オレは何を食べたい?

そうだ!
この機会に井之頭五郎の店、初体験というのがいいんじゃないか。


確か来週は「孤独のグルメ」最終回
予告編で五反田と言っていた。
五反田ならば、降りたことがある駅だ。
録画しておいた予告編をリプレイして店名を探すが、出てこない。
それがこの番組のやり方なのだ。


そこで「Google先生」
さすが先生、一発回答
それが「食堂とだか」という店であることを突き止めた。

以前、業界の知人から「孤独のグルメに出た店はしばらく予約がとれない」と聞いたことがある。
すぐに「食堂とだか」のサイトを探すとFACEBOOKに[予約する]ボタンがあった。

その時点で7月の空きがあるのは、8営業日ほど。
オンエア前からこの埋まり具合。
かなりの人気店なのだ。

そのうち、週末の空きは2営業日だけ。
ここはすぐ押さえなければ!
仲野君には、事後報告したところ「いいですね。五郎と同じもの食べましょう」と応じてくれた。


2017年7月1日(金曜深夜)
「孤独のグルメseason6」最終回
井之頭五郎は「ウニ・オン・ザ煮玉子」「揚げとうもろこし」「トマトと胡麻豆腐の揚げ出し」「体に良いみそ汁」「牛ご飯」を食べた。

当日はこの5品を基本に組み立てることにしよう。

つづく

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2017年8月 6日 (日)

懐かしいけれど魅力的ではない昭和

週末になると、僕は創刊号を捨てる

「slash」1997年12月25日
小学館 400円

ビッグコミックスピリッツの臨時増刊として創刊
雑誌はこのように、既存雑誌の増刊としてスタートするケースが多い。
海のものとも山のものともつかぬ新創刊誌
すぐ消えてしまうかも知れない。
そこで既存誌の母屋を借りて創刊
うまく軌道に乗ればその時点で、独自の雑誌コードをとるのである。

表紙は藤原紀香
9ページにわたる巻頭グラビアにも登場している
内容は若者男性向け総合情報誌
とらえどころのない雑誌である。



「フィギュア王」1997年2月25日
ワールドフォトプレス 980円

ワールド・ムック96と謳われているが「フィギュア王」としてはこれが創刊号。
EVA、スターウォーズ、ソフビ、GIJOE、ブースカ・・
ありとあらゆるフィギュアを無秩序に掲載している。

発売間もないバンダイHGシリーズ(通称ガシャポン)はウルトラマンの初期シリーズを完全掲載。当時、ガシャポンを特集した雑誌は他に類がない。
「仮面ライダー」はあまり商品化されておらず、レトロ品のデッドストックのみ。
ウルトラマン、仮面ライダーが「大人買い市場」向けに大量生産される前夜である。



「DIME」1986年5月1日
小学館 250円

僕が雑誌の創刊号を集めるきっかけになったのがこれだ。
DIMEは順調に部数を伸ばし、新商品紹介雑誌のトップを走る。
それはインターネットが登場し、一般に普及し始める1997年まで続いた。

巻頭見開き広告は「National」の「Hi-fi MACLORD」163,000円
VHSビデオデッキである
Wi-Fiではない。Hi-fiである。

「東芝Rupo(ワープロ専用機)」
「ミノルタα7000(オートフォーカスカメラの先駆け)」
といった広告を見ると、懐かしい。

パソコンもスマホもデジカメもカーナビも載っていない。
それでも、人々はこの雑誌に掲載される「形状記憶合金ブラジャー」といった革新に目を丸くしていた。


懐かしいけれど、魅力的ではない。
今回たくさんの雑誌を捨てながら感じたのは、その一点だった。

おわり

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2017年8月 5日 (土)

東京から下関海響マラソンへ「旅の足」

そ、そうじゃね・・

つい応じてしまった。
いや、応じないという選択肢はなかった
日頃からお世話になっているサユリおばちゃん
皆の視線が僕の返答に注がれている

ここでお斎の主催者である喪主の僕が
「それは、東京マラソンが終わってからゆっくり考えるよ」
などと、卒のない冷静コメントをしたら、場が冷えてしまう。

子どもの頃から「期待に応えたい」と思う性分は、ずっと今日まで変わらない。


そういえば「旅マラソン全都道府県制覇!」もこのところ、新規開拓がなく停滞している。
下関は子どもの頃から慣れ親しんだ町
コース中にある「関門橋」は、僕の心の友である。

2008年に「下関海響マラソン」が始まった時から、山口県を走るならばこのレースと決めていた。
今、その時が来た
サユリおばちゃんの一言は、次の一歩へのグッド・スイッチだった。



旅マラソンは「エントリ-」「旅の足」「旅の宿」3つの確保で始まる。
その順番はたいていの場合、宿>エントリー>足となる。

2017年1月
「東京マラソン2017」に向けた練習が本格化した頃
「下関海響マラソン」に乗り込むための足をしらべる


最速は「羽田空港>山口宇部空港」
所要時間はおよそ3時間

最安も先行割引航空券+バスで、およそ13,000円

新幹線~在来線の場合「東京(のぞみ)広島(こだま)新下関~下関」
21,680円
所要時間は6時間
マラソン前日に「6時間の旅」は避けたい。
東京から参戦する人もそこそこにいるだろうから、なんとかして格安航空券をゲットしたいところだ。

羽田空港から、最寄りの山口県宇部空港に就航しているのは「ANA」「JAL」「SFJ」の三社
そのいくつかは「ANA」「SFJ」の共同運航便(またの名をコードシェア便)

手始めにANAのサイトをみると、2017年10月28日までの「旅割」が既に発売されていた。
こんなに早いのか・・
自分が搭乗する11月4日分も間もなく発売されるのだろう。
そうなると、エントリーよりも、航空券を買うよりも、その前にやることがある。
下関のサユリおばちゃんに確認だ。


一応、お斎の席では「次は下関じゃね」と合意したが、社交辞令のつもりだったかも知れない。
その日のうちに電話を入れると「本当に来るとは思っていなかった」とは言わず、ただ「ええよ」と言ってくれた。
これで「旅の宿」確定。

その日から毎日、ANAのウェブサイトで「東京-宇部」「11月4日」の条件を与える検索が始まった。
ところが、来る日も来る日も「該当がありません」
売られているのはいつまで経っても10月28日までだ。

1週間経ったところでしらべると、ANAの「旅割」は、3月と10月に半年分がまとめて発売されることがわかった。

ここで一旦「旅の足」の確保は中断。
本体の下関海響マラソン「エントリー」情報収集に専念する。

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2017年8月 4日 (金)

次は下関じゃね!

2016年秋
まだ、東京マラソンに向けて走り始めてもいない頃、僕は佐世保に滞在していた。
母の葬儀には、遠くから親戚も駆けつけてくれた。

「今日はお時間の許す限り、母の思い出話を聞かせてください」
喪主である僕の挨拶で始まった「お斎」では湿っぽい話しは抜き。
とにかく、うちの親戚はよく喋る。
それには、お招きしたご輪番さんが舌を巻いていたほどだ。

その宴もたけなわという時、どこからとなく僕が「東京マラソンに出る」という話しになった。
今や「東京マラソン」は誰もが参加できる「無難で明るい話題」の代表格に成長している。

政治、宗教の話しはきな臭くなる。
プロスポーツの話しは贔屓が対立する。
家系図の分析は、一部の人しかわからない^^;)


そこで「東京マラソン」
そこには、なんの対立もない。
僕は世界選手権日本代表を目指しているアスリートではない。
ただ、出場権をクジで当てただけの一般人だ。

「岐阜県スキー大会」では、誰も話題にとりつく島がないが、東京マラソンはツッコミどころ満載。

「よく当たったね?」
「倍率はどれくらい?」
「よく走れるね」
「いつから走っているのか?」
たいていの人が、話題に絡んでいける。
しかも、そこに出場する人が相席しているとなれば、盛り上がりはなおさらだ。


一通り、僕のマラソン人生を語り終えた時
唐突な問いかけが飛んできた。
右となりに座っているのは、サユリおばちゃん
僕は昔からこのおばちゃんに頭が上がらない。

頭脳明晰で博学、弁舌鮮やか(爽やかではない)
僕も「口から生まれてきた」と弁舌には定評?があるが、サユリおばちゃんには叶わない。

ただこの日、生涯初めてサユリおばちゃんに褒められた。
「言うべきことは全部あったし、言うべきじゃないことは何もなかった。100点じゃ」
告別式の親族代表挨拶についてである。
ようやく、一人前として扱ってもらえたような気がして、気が緩んでいたその時だ。

「次は下関じゃね!」

念のために言っておくと、ここは
「下関じゃね?」
ではない。それでは、下品なヤンママになってしまう。
アクセントは「じゃ」にあり「ね」にはない。


下関とは「下関海響マラソン」のこと。
2017年には第10回大会を迎える、なかなかの人気大会である。
ただ、なぜ人気なのかは走ってみなければわからない。

同じく2008年に始まった人気大会「とくしまマラソン」は、実際に走ってみて、どこが人気なのかわからなかった。
たまたま、受け皿となる地元のランナー人口が多いだけかも知れない。
あるいはその地域が持つ観光地としての魅力かも知れない。

そ、そうじゃね・・

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2017年8月 3日 (木)

外せなかったセキュリティ・リストバンド

3月の最終土曜日
東京マラソンの記録証が届いた。
公式の記録証はグロスタイムの記録
それにネットタイム(スタートラインまでのロスタイムを差し引いた実質のタイム)が参考として添えられている。

同封されていたコニカミノルタの「INFOGRAPHIC」はネットタイムとペースがグラフィカルに描かれている。
マラソン大会から届く記録証に、こうした別バージョンが入っていたのは初めて。
なかなか楽しいものだ。



マラソンを終えると、日頃は走らない
次の大会まで長いオフ(およそ8~9ヶ月)に入る。
東京マラソンを終えて2ヶ月経った頃
最近「ご飯がおいしい」と思っていないことに気づいた。
走っている時は、ご飯が楽しみで、ご飯の度に「おいしいなー」ってしみじみ思っていた。
大会の準備以外でも、時々は走ろうかな・・
と思ったが、実行はしなかった。



東京マラソンから4ヶ月
セコムのセキュリティ・リストバンドを外す日が来た。
名残惜しくて、なかなか外せなかったのだ。
(仲間からは「ミサンガか?」と突っ込まれていた)

そうこうしているうちに「半袖」のシーズンが近づいてきた。
さすがに手首が露出すると目立つ。
電車で東京マラソンに出た人が見たら「まだつけてるのかよ」と思われるだろう。
それはさすがに、いい歳をして恥ずかしい。

6月の気温が上がらず、伸ばし伸ばしにしてきたが、さすがにもう長袖はムリという日。
ハサミで切ったりせず、キレイに剥がす。
幸いそれはノリの部分からキレイに剥がれてくれた。

テロ対策として2017年大会から始まったこの取組は、今後も続いていくはずだ。
また数年後、このブレスレットをつける日がきっと来るだろう。



マラソン出場は「年1レース、春マラソン」と決めており、それを12年12レース続けてきた。
いつもならば、次のマラソンを決めるまで半年は間隔が空く。
しかし、今年は特殊事情により「秋マラソン」を走ることになった。
東京マラソンを終え、わずか2ヶ月で次のレースのエントリー日が来てしまった。

おわり

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2017年8月 2日 (水)

質問している最中から切れ始める「頭ごちゃごちゃ男」

電話が鳴る

若い頃は電話で話すのは好きだったが
この世にメールができて以来、あまり好きではなくなった。
お互い「顔色」が読めない会話は共感を醸成するのが難しい。


電話の相手が話し始める
それは、初対面(初会話)の相手
とても低姿勢だ
何やら相談らしい


こちらはまず、話しの格子を把握しようと相手の話しに耳を傾けることに専念する。

だが、話しが要領を得ない
「あなたに相談していいのかわからないのですが」
「どう言えばいいのかわからないのですが」
自分のことがわからないのに、相手には理解してもらおうという「甘えん坊将軍」

ただ、相談の電話というのは、概ねこういうものだ
頭の中が整理されている人は、メールで的確に伝えることができる。
頭の中がごちゃごちゃだから「相手がなんとかしてくれる」ことに期待して電話するのだ

自分の頭の中がごちゃごちゃだと自覚している人は終始、謙虚だ。
困るのは、自覚がない人。


頭の中がごちゃごちゃなので、それがそのまま口から出る
起承転結など全くない
「5W1H」のなかで「WHO=自分」あとは「WHY」だけを話す
つまり「私が電話しているのはなぜか?私の事情をわかって欲しい」というところに特化している。

こちらも、はじめは黙って聞いているが、何十分も「甘えん坊」のわがままを聞いているわけにはいかないので、根本的な事実を話す。
「あなたの事情」には、いくつかの矛盾、不都合な点があると、率直にいう。

すると「頭ごちゃごちゃ男」
(注:女でもよい)
はここから「徐々に切れ始める」のだ。
自分の「なぜ」に共感して寄り添うどころか、相手は自分にとって「不都合な事実」を話し始めた。
腹立たしい
なに言ってけつかる
てなもんだ



こういう「頭ごちゃごちゃ男(女)」がいる組織の病巣は次の通りだ

「聞く」「話す」「書く」能力が拙いのに「ロジカル」に考えることばかり鍛えている

・相手の話が聞けない
(相手の言っている言葉の意味が掴めない)
・自分の考えを相手に分かりやすく伝えられない
・自分の考えをメール、企画書にわかりやすく書けない

こんな人が、論理的に考えることばかり巧くなっても「感じが悪い」「嫌なヤツ」を量産するだけだ。
人材育成の基本は「聞く」「話す」「書く」
現在、社会に出ている人の大半は、そういう実践的な基礎教育を受けていない。
2020年以降の学習指導要領では、少しは改善されるかも知れないが、その効果が出るのは2030年以降の話し。

現在の企業はまず「聞く」「話す」「書く」の基礎をたたき込む必要がある。
自社でできなければ、有料のセミナーでよい。
そこをすっ飛ばしている組織は、大きく伸びることはない。

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2017年8月 1日 (火)

東京マラソンゴールから始まる「1.52km」の罰ゲーム

重たい足を引きずるようにして、なんとか前へ進む。
最後の最後に「どんでん返し」はあったけど「失敗レース」じゃないよね
というより、むしろ終盤に追い込めた「好レース」じゃないか?

時間が経てば経つほど、レース内容を好意的に捉えられるようになる。
だが、終わった直後は「もう少しなんとかなったんじゃないか」と悲観的になる。
これは、いつものことだ。
ゴール後に笑いが止まらなかったのは、12回走ってまだ1度しかない。



受け取ったポカリスエットで喉を潤し、ランチパックを食べようかと思ったが思いとどまる。
そうだ、僕らは日本人だ
公衆の面前、公道で「歩き食い」するほど下品じゃない。

日差しが緩み体が冷えてきたので、断熱ジャケットはありがたかった。
そうなると、フィニッシャータオルの存在価値が曖昧だ。
過去にいくつかのマラソン大会でもらったこの「バスタオル」
すべて裁断して「ぼろ布」で再利用した。
マラソンでもらったTシャツはお気に入りだけを残して、大半は「ぼろ布」となった。
今治タオルや吸水性の高いスポーツタオルだったら、大切に使うんだけどな。



これらの品々をを順番に受取り終え「ご褒美ロード」が終わっても、まだ日比谷公園は遙か遠く
ようやく日比谷公園に着いたと思ったら、また外に出されてしまった。
歩行者信号が青に変わるのを待っていると、屋根のない観光バスから外国人が大笑いしながらカメラを一斉に向けてきた。
こちらに向かって、指を指しているヤツもいる

写真撮るのはいいけど、笑うなよ
「人に向かって指を指しちゃイケナイ」ってママは教えてくれなかったのか?
(ムリだろうな)
マラソンランナーへの敬意や労りはないのか?
日本人ならば拍手することはあっても、大笑いしたりしないぞ



荷物トラックが並んでいるのは、日比谷公園脇の都道301号線。
ようやく、僕が預けたトラックNoが遠くに見えてきた
最終的に、ゴールから荷物を受け取る場所までは1.52kmのウォーキングだった。
もちろん、マラソン生涯最長記録。

これじゃ罰ゲームだな

と文句たらたらだったのだが、その気分は次の瞬間一変する。

ぱちぱちぱちぱち
(偽物ではない)

ボランティアの皆さんが、僕らを拍手で迎えてくれたのだ。
2011年の「全国健勝マラソン日本海大会」で拍手してもらい損なって以来、1度、そういう体験をしたいと想っていたのだ(忘れていたけど)

外国人に笑われた後だったからではないが、その暖かい労い、笑顔を見て涙腺がゆるくなった。

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