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2018年1月14日 (日)

人はなぜテレビを見るのか?

「新婚さんいらっしゃい!」
は日本の日曜日お昼の風物詩だ。

お茶の間のテレビから桂三枝の声が聞こえてくると、あぁ平和だなとは思わないが、ゆっくり過ごす日曜がこの国にあることをありがたいと想う。


この番組は1971年に始まったので、もうすぐ50年になる。
同じ年に始まった「仮面ライダー旧1号」が今でも続いていて、藤岡弘が今でも「とうっ!」と言ってショッカーと闘っているようなものだ。

この間に時は流れ、三枝は文枝になった。
多くの人が支持しているから、これだけ長く続いているのだ。
いったい、どこがそんなにいいのかと僕は考える。


「ニュースステーション」に端を発する日本のいわゆる「ニュースショー」は、悲惨さを競う。まるで「万国悲惨ショー」
あることも言うのだろうが、局によってはありもしないことを「問題」として「**の姿勢が問われています」「**は説明責任を果たしているとは言えません」などと、誰が誰に言っているのかわからない落ちでまとめている。
ニュースが不幸を競うのは「他人の不幸は蜜の味」という歌があるくらいで、人の不幸に群がる人が一定数、それも数字がとれるだけの数いるからである。


一方「新婚さんいらっしゃい!」でブラウン管(液晶です)に登場するのは、基本的に新婚ほやほや、あつあつ→ラブラブな人ばかり。
他人の幸せな姿を見て楽しい人が、そんなに多いとは思えない。
いるとは思うが、50年続く原動力になるほどは居ないはず。
それでも、この番組が続くのはなぜか。


この番組に出演する夫婦には、目が点になる人達が少なくない。
土居まさるの番組で「奇人変人」に出た方がいいのではないかという人もいる。
(知らない人スミマセン)
全国の予選会(この番組には予選会がある)を勝ち抜くには、かなり個性的というか、エキセントリックくらいじゃないとダメなのだろう。
それを見て目が点になる
「ばっかじゃないの」と画面にツッコム
「アホな他人は蜜の味」ということだろう


僕はよく「人はなぜテレビを見るのか」ということを考える。
テレビを見ていると寂しさを感じない。
考えないからだ。

人は考え始めると、辛いこと、嫌なやつを思い出す
渡る世間は鬼ばかり、やってられないことばかり
では、自分はどうだ
いや、たいしたもんじゃない
自分はこんなものでいいのか・・
「考える人」は、自分を傷つける。

だから人は皆、考えなくて済む「テレビ」に釘付けになる。


考えるには孤独に身を置く必要がある。
孤独を感じるにはテレビを遠ざけなければならない。
部屋にテレビがないことはいいことだ。

ただし、家に1つあるのは、それはそれでいいことだ。
人には逃げ場がなければならない。


だから、ABC朝日放送の皆さん!
「新婚さんいらっしゃい!」を打ち切りにするのだけはやめてもらいたい。
女性司会者は6回代えているのだから、男性司会者を代えたっていい。

この番組を日曜をゆっくり過ごす象徴として、楽しみにしている人がいるのだから。

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