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2018年7月の31件の記事

2018年7月31日 (火)

エクセルで「気が利かないやつ!」と思われないために(拡張子)

添付ファイルをご覧ください

今日もそんなメールが届く

添付されていたのはエクセル
ファイルを開く
するとファイル名の右側に「互換モード」と書いてある
まぁいいか
ファイルの一部を修整して、上書き保存
しようとすると

このブックで使用されている次の機能は、以前のバージョンのExcelではサポートされていません。・・・・省略

「互換性チェック」のダイアログが開く
そこで[続行]とクリックすれば済むことだが、そのファイルを多くのユーザーが利用している場合、皆が同じ手間を踏むことになり好ましくない。


エクセル2007より、エクセルブック(エクセルで作ったファイル)の拡張子は.xlsxに変わった。
(マクロありの場合は.xlsm)
それ以前のバージョンで作ったファイルの拡張子は.xls

エクセル2007が発売されたのは2007年1月
すでに10年が過ぎており、多くのユーザーは「拡張子が.xlsx」になる(エクセル2007以降の)エクセルを使っている。

※ここでは以下、エクセル2007以降を「新しいエクセル」、それ以前のものを「古いエクセル」と呼ぶ


新しいエクセルでも、古いエクセルで作った.xlsのブックは開くことができる。
他人がつくったブックに数字や文字を入力するといった限りでは、特段の不便はない。

だが、ファイルを開く度に「互換モード」と表示され、保存する度に[続行]をクリックしなければいけないのはストレスだ。
また古い形式は、脆弱性が発見され、それが悪用されるというリスクが、新しいものよりも相対的に高い。

業務効率を追求している人
セキュリティ意識が高い人
そんな人たちは思う

こんな古いブックを新しい形式に変えようとしないのは、気が利かない、面倒くさい、問題意識がない、知識がない、そんな人なのだろうなと。


ブックを新しい形式に変えると拡張子が変わる。
そのブックをネットワークで共有していて、ファイル名のフルパス(full path)を開示している場合(末尾にxがつくので)パスが変わってしまい「みつかりません」となってしまう。

知識はあるけれど、問題意識がない「中途半端な人」は、それをエクセルの形式を替えない言い訳にすることがあるが、
大抵、後付けのへりくつに過ぎない。


拡張子を変えた場合、古い.xlsブックは以下のようにすればよい
▼内容をすべて削除
▼ブックを開いてすぐ見える位置に以下のように記す

**のブックは改訂しました。最新版は以下より入手してください。
*********.xlsx ←ネットワーク上のフルパス or URL

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2018年7月30日 (月)

等々力はペットボトル持ち込みOK?をしらべてくれた兄ちゃん

「川崎-長崎戦が完売した」という情報に接して、予定よりも早く家を出た。
グッズ販売に並ぶために2時間前に会場入り(横浜F・マリノス戦)したことはあったが、そうでもない限り1時間前に入れば十分である。

ゴール裏は自由席だが、長崎側「ビジター自由席」はいつもガラガラ
だが「完売」となれば話しは違う
一般的に言えば「完売」とは「満席」のことだと思う。

すべての席に、そこに座るべきチケットを持った人がいる
それならば、人よりも早く行かないと、座りたい席には座れない
今読んでいただいている皆さんも、大抵の方はそれに異論はないと思う。
だが、この日の等々力は違った


競技場周辺にコンビニがないことはわかっていたので、ちょっと遠目のコンビニに立ち寄り「アクエリアス」を確保する。
日本列島は猛暑に見舞われており、この前日、埼玉では観測史上最高の41.1度を記録していた。
数年前、新聞やSNSでお馴染みになった「41.0度」の顔出しボードを思い出す。
人々はスポーツドリンクと塩あめを求め、いつものスーパーに行くと「品薄のため次回入荷は数量限定で**日です」と貼り紙があった。


緑の看板でお馴染みのコンビニはさすがに品切れということはなく、棚にはぎっしりとアクエリアスが並んでいた。
アクエリアスを1本握ってレジに置いた時、カシマサッカースタジアムではペットボトルが持ち込めなかったことを思い出した。

正確に言うと持ち込めないのはペットボトルの「キャップ」
カシマサッカースタジアムはサッカー専用スタジアムであり、スタンドとグラウンドが近い。かつて、ペットボトルが「投げる凶器」として使われたことがあるという(係員談)

ペットボトルはキャップを付けた状態では遠くに飛ぶし当たると痛いが、キャップがなければ飛行中に内容物が抜けてしまい失速する。
ということで「キャップ」のみ入口で回収されるわけだ。
キャップのないペットボトルをこぼさないように持ち込むのは少々難儀だったが、それは仕方ない。

ただ、応援グッズまで幅を広げて取り上げる(預かる)のには疑問を感じた。
サポーターが自らの分身であるグッズを凶器に使うことがあるのか?
カシマサッカースタジアムの皆さんには、一度議論していただきたい。


等々力ってペットボトル持ち込めますかね?
レジのお兄ちゃんに尋ねる
すると彼は「ちょっと待ってください。前にも同じことを聞かれて、逆のことを答えてしまったんですよ」と言って、自らのスマホを取り出して「等々力 ペットボトル」で調べてくれた。

結果的には要領を得なかったのだが、そこまで親身になってくれた兄ちゃんに対して「やっぱりやめときます」と言える人はいないだろう。
もしも「持ち込み不可でした」という検索結果が出たとしてもだ。

最悪、入口で紙コップに移し替えますから
そう言って決済
買い物は生きるための手段、行為と考える人もいるが、僕はそこに「楽しさ」を求めている。
気に入らないことがあると、むっとするような店員に当たると、心底がっかりする。
彼が本職だか、アルバイトだかはわからないが、彼の幸運を祈りたい。

結果的にこれが、この日、一番楽しい出来事になってしまったのだが・・

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2018年7月29日 (日)

等々力陸上競技場の想い出

等々力(とどろき)は、最も親しみがあるスタジアムで、僕は何度かここに来ている。
その多くはマラソン練習で、周辺の公園を走りに来た。
競技場周辺は川崎市が管理する公園であり、走りながら散策するのが楽しい。
フロンターレ川崎のホームスタジアム「等々力陸上競技場」の管理は球団ではなく川崎市が行っている。
Jリーグクラブ・ホームスタジアムの大半がネーミングライトを売って企業名を冠しているが、ここはそれをしていない。
その理由の1つとしては川崎市が歳入にあまり困っていないということがあるのだろう。

競技場内に入ったのは一度きり、FCバルセロナのソシオイベント。
デコの応援プラカードをかざしているところがスペインのスポーツ紙「ムンドデポルティーボ」に掲載されたのがココ
僕にとっては大切な想い出の一枚だ。
当時はまだ改装前。記憶が確かならば・・二階席はなく、どこからでも見上げると空が見えた。こぢんまりした印象だ。



閑静な住宅街の緑地にあり、周囲には食事ができるようなレストランやコンビニはない。
周囲の道路はすべて片側一車線で夕方は渋滞する。
2005年にデコの追っかけをした時は、出入口にファンと選手のミックスゾーンはなく、交流できるチャンスはなかった。
今年、Jリーグを見始めてからまだ一度も「追っかけ」行為はしていないが、ここまでDAZNの映像を見る限り、どこのスタジアムも選手がバスを降りてファンと直接交流しているシーンは見たことがない。

Jリーグ各クラブの大半は明確な「最寄り駅」が1つ、多くても2つと限定されるが、ここは例外。
ということは交通の便が悪い。

■最寄駅
以下いずれかの駅から、バスに乗り継ぎ
JR南武線「武蔵小杉駅」「武蔵溝ノ口駅」「武蔵中原駅」
東急東横線「武蔵小杉駅」「新丸子駅」
東急田園都市線「溝の口駅」「高津駅」
物理的に一番近いのは「武蔵中原駅」と「新丸子駅」で、いずれも徒歩15分程度


逆にいえば、それだけここが「都会」にあるということだ。
古くから「都会」だった町の主要駅、商業施設のそばには広い敷地は余っていない。
2005年に来た時は隣接する駐車場に停めることができたが、現在は関係者専用駐車場となっていた。


【等々力陸上競技場の歴史】

1966年
開場
1993年
Jリーグ元年 ヴェルディがホームスタジアムとした
1997年
フロンターレ川崎が発足しホームスタジアムとした
2015年
第1期改修完了 収容人員26,232人に増加
2020年
第2期改修で収容人員が35,000人に増加する見込み

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2018年7月28日 (土)

関東アウェイ戦、その日が来ない

<17節>
7月22日
フロンターレ川崎
等々力陸上競技場

ゼイワンは全部で18クラブあり、各チームは17チームを相手にホーム&アウェイで1試合ずつ対戦(17×2)する。
従って、17節で<前半>の対戦が一巡する。

フロンターレ川崎はゼイワンの2017シーズンチャンピオン
今期はここまで3位につけている
長崎は15位


僕は関東アウェイ戦すべてにはせ参じているのだが、ここまで「全敗」
それでも、これまでの試合では「もしかして勝てるんじゃないか?」という予感があった。
事実、以下のように試合の中で「いけるぞ」と思える時間帯があった。


2月、開幕戦湘南ベルマーレ
先制されたが1-1に追いついた

5月、鹿島アントラーズ
先制されたが1-1に追いついた

5月、横浜F・マリノス
前半に先制。後半早々2-1とリードした

7月、天皇杯湘南ベルマーレ
延長前半先制

「いけるぞ」という瞬間がなかったのは、5月のYBCルヴァンカップ湘南ベルマーレ戦(0-2で敗戦)くらいだ。


心のどこかに、緩さがあった
一生懸命応援しなくても、声が小さくても、なんとかなる日があるんじゃないか。
そして、今日がその日かも知れない。
だが、実際に「その日」は訪れていない。
勝ちどころか「引分け」すらない。
勝ち点「0」


だが、去年のゼイワンチャンピオンフロンターレ川崎のホームに乗り込むこの試合は期するものが違っていた。
普通に考えれば勝てっこない。
恐らく、フロサポの中には「しめしめ、勝ち点3のカモが長崎からやってきた」と思っている人が少なくないと思う。


7月22日(日)
連日30度を超える猛暑がつづく日本列島
涼しい時間帯(それでも33度だった)にマラソン練習を終えた僕は、シャワーを浴びながら、今日を「その日」にするために、それまでとは違う何かをしなければならないと考えていた。


ネットニュースでは「川崎-長崎戦が完売した」と報じている。
これまですべてのアウェイ戦で、ガラガラのビジター席で応援していた僕ら長崎勢にとってみれば、そのニュースは信じ難かった。


V・ファーレン長崎ブログ

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2018年7月27日 (金)

一年を通してV・ファーレン長崎のユニフォームに折り鶴を

V・ファーレン長崎の「平和祈念ユニフォーム」は、原爆の悲惨さとともに、スポーツを楽しめる平和の尊さを感じられるようにという思いが込められるユニフォーム。
戦後70年・被爆70年を迎えた2015年の夏に初めて作られた。
それ以来、8月9日「長崎平和の日」前後7月~8月の数試合で選手が着用している。


■時系列の記録
2015年
初めて平和祈念ユニフォームを発売

2017年
平和祈念ユニフォーム 2017発売
初めてアウェイ戦で着用 合計3試合着用

2017年12月31日
アルゼンチンのサッカーサイト「Lacasaca」が選ぶ2017年の優れたデザインのユニフォーム1位に選ばれた

2018年
平和祈念ユニフォーム 2018発売 6試合着用予定


長崎はスポーツを通じて世界に平和を発信してきた唯一のクラブ。
平和のイメージ「折り鶴」を纏うことがとても似合う。
平和を発信するクラブなのだから、一年を通して折り鶴ユニで戦えばいいのにと思う。
1st、2ndユニフォームのワンポイントとして折り鶴を入れてはどうか。
いつかV・ファーレン長崎がタイトルを獲得した時には「チャンピオンスターマーク」に代わり「チャンピオン折り鶴」がエンブレムの上に入れば、いかしている。


<16節>
7月18日
ヴィッセル神戸
トラスタ
水色の折り鶴ユニフォームを着た選手たちが美しい。
一般男性が着るとなんだかバタ臭いのだが、彼らが美しいのはカクテル光線のせいだろうか。

<スタメン>
長崎は1週間前の天皇杯で負傷した中村慶太、中原彰吾がベンチを外れた。
夏の移籍期間に獲得した2人の外国人は、まだベンチにも入っていない。

<前半>
自陣でボールを持った時の慌て振りは改善されていない。
幾度も神戸に押し込まれる。
39分、ウェリントンが背後に迫っていることに気づかなかったのか、翁長聖の曖昧なプレーで失点
これは長崎に限ったことではないが「背後の想像力」を研ぎ澄ませることが、DFに必要と言える。
それは生まれながらのセンス、身体能力、積み上げた技術のように、一朝一夕には身に付かないものではない。意識をもって「修整」すれば、身につけることができる。

<後半>
15分、MF幸野志有人を下げてFWファンマを入れる
25分、ファンマのヘディングがついにゴールネットを揺らす
しかし、オフサイドの判定
リプレーで見る限り、ほんのわずかにファンマが前へ出ているように見えた。
VARがあれば、スタジアムにいるファンも納得できるのだが。

長崎0-1神戸
今年YBCルヴァンカップを含めて4度対戦する両者。
あと一度、ノエビアスタジアム神戸での雪辱の機会が残っている。
その試合までにはイニエスタをどう抑えるか、他のチームが答えを教えてくれているだろう。


V・ファーレン長崎ブログ

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2018年7月26日 (木)

半年待っていた「平和祈念ユニフォーム」

2018年7月18日

二ヶ月ぶりのゼイワン
V・ファーレン長崎はこの日に向けて決起大会を開き、高田明社長が長崎民法4局の「電波ジャック」をするなどして観客動員活動をおこなった。

長崎県内では数カ所で選手、ヴィヴィくん、職員によるチラシまきが行われ、佐世保四ケ町にヴィヴィくんが登場したことは先述した通りだ。

長崎はこの試合からホーム5試合を「平和祈念ユニフォーム」で戦う。


■時系列の記録

2018年6月26日
メディア発表

6月26日
受注予約販売の受付開始

7月18日
15:00~V・VAREN PORTで販売
ヴィッセル神戸戦(トラスタ)着用 会場で販売

8月1日
コンサドーレ札幌戦(トラスタ)着用

8月15日
鹿島アントラーズ戦(トラスタ)着用

8月19日
セレッソ大阪戦(トラスタ)着用

8月31日
湘南ベルマーレ戦(トラスタ)着用



着用試合数は昨年の3戦から6戦に増えた。
なお、発表時点では8月11日、広島(エディオンスタジアム広島)ピースマッチでの着用は「調整中」とされた。
この試合ではサンフレッチェ広島が「平和祈念ユニフォーム」を着用することが決まっている。
平和祈念試合に片方のチームは「平和祈念ユニフォーム」が着られないということがないよう、調整してもらいたい。


同じデザインのオーセンティック・ユニフォームがマーキング対応で市販される。
今年のデザインは「岡本一宣デザイン事務所」
2018年シーズンの「長崎県の地図」をモチーフに、ユニフォームをデザインした事務所である。


胸スポンサーに「ユニセフ」
この位置にunicefが来ると、かつてのFCバルセロナのユニフォームを思い出す。
本来胸位置のジャパネットが背中に回る。
左袖のハウステンボスは、2018年シーズンと同じ。



長崎の平和祈念ユニフォームは欧州でも販売されており、前年2017モデルは、アルゼンチンのサッカーサイト「Lacasaca」が選ぶ2017年の優れたデザインのユニフォーム1位に選ばれた。
※下の写真



去年の今頃、まだ長崎ファンではなかった僕は、この受賞で「平和祈念ユニフォーム」の存在を知った。
その美しさを見てぜひ欲しいと思ったが、残念ながら期間限定販売。
オークション市場にも出品は見つからなかった。


2018シーズン品が発売されたら即ゲットだ!
そして半年後、ようやく発売のニュースに接したのだが、結果的に見送ることにした。
2017モデルの清々しさと比べると、大きく印象が異なる。
折り鶴が大きくてわかりやすいのだが・・
人々の心に沈む平和の静かな祈り
それとは、ちょっとイメージが違っていた。


V・ファーレン長崎ブログ

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2018年7月25日 (水)

駅で足を踏まれる被害者の会

全国の「駅で足を踏まれる被害者の会」の皆さん、こんにちは
その後、毎日のように足をふまれているでしょうか。


を書いてから早くも4年が過ぎようとしています。
僕の記憶ロジックに問題があるのかも知れませんが、それを書いたのは、つい昨日のことのような気がします。


あれからもずっと、定期的に駅の雑踏で足を踏まれ続けているのですが、いつも「ここで波風を立てたら負けだ」と言い聞かせて、耐えてきました。

最寄り駅には「暴力は犯罪です」という貼り紙があり、それは返って、駅で暴力沙汰が多いことの反証と言えます。

どこ、見て歩いてんだよっ!

いちゃもんの1つでも言おうと、振り返ったら、強面のお兄さんだった・・
ということがあるかも知れません。
そうでなくても、相手が「なんだよ?文句あるのか?」と応戦の表情を見せたら、売り言葉に買い言葉。何が起きるかわかりません。
特にこんな暑い夏には。


だからいつも、足を踏まれると1秒だけ動作を止め、背中で「え゛」「なんで?」という意思を示していました。
しかし、そんなことをしたからと言って、なんにもなりません。
それによって後ろから「すみません」の小声でも聞こえてくるかと耳を澄ますのですが、そこにはただ雑踏があるだけ。

ある時、僕の足を踏んだベルトの上に贅肉がはみ出しているおじさんが、改札を抜けると僕の右脇をすり抜けて追い抜いていきました。
そして、雑踏の向こうに見えなくなるかと思ったら振り返りました。
そして、すぐに「なんだ・・」という顔をして、前を向いて歩いて行きました。

どうやら、おじさんも足を踏まれたようです。
今し方、自分が踏んだ自覚があるから、踏んだ相手が報復で踏んだと思った様子。
しかし、遠くにいる僕の姿を見て「なんだ、違ったか」という複雑な表情だったのでしょう。

僕も他人の足を踏んでしまった時、後ろから踏み返されたことがありました。
相手は30代頃の女性でした。きっと、こんな静かなバトルが今日も都会のあちこで行われているのでしょう。


さて、ここからが現在の話しです。
最近、足を踏まれたら、振り返ることにしました。
でも、言葉では何も言いません。

「あれぇ、どうしたのかなぁ?今足を踏まれたような気がするけど、いったいどちらの方が、そんなに急いでいるんだろう?」
とコナン君の声で読むとぴったりの風情で、ゆっくり振り返るのです。

これまで3回やってみましたが、1回めは「無視」2回めは小声で「・・・」(ほぼ聞こえない)そして3回め、後ろを歩いていた40代頃の男性が「すみません」とはっきり聞こえる声で謝罪を述べられました。


だから「今日はいい一日だったなぁ、るんるん」と清々しい気持ちになるようなことはありませんが、悪い気はしないものです。

日本人が悪いなと思ったら、見ず知らずの人にも謝る。
「日本人って、雑踏で足を踏んだら、誤るんだぜ?incredible!」
と海外のSNSで話題になるような日が訪れることを願います。

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2018年7月24日 (火)

東京五輪まであと2年


一昨年の7月24日から毎年7月24日に「東京五輪まであと*年」というタイトルで、折々の五輪archiveをしています。
今回はその第3回。
例年どおりスポーツを「する」「支える」「見る」の三要素で捉えていきます。



はじめに全般です。
東京五輪への盛り上がりは小休止に入ったようです
振り返ってみればこの数年「エンブレムやり直し」「新国立やり直し」や自分ファーストの会が繰り広げる「施設見直し」など、マイナス運動一色でした。

その渦中では「五輪返上」をぶち上げる人まで出る始末。
いったいどれだけの人が心待ちにし、どれだけの子どもや若者がそこを目指しているか。
「スポーツが紡ぐ夢の大きさ」を語ることが憚られて「予算がムダ」とか「不正疑惑」とかで、とにかく「物議を醸すことを商売にしている」人たちがのさばっていました。
それは、まさに現代の日本の縮図でした。

メディアもそろそろ止めないと「やばい」
五輪がつぶれたら、自分たちの首が絞まるという状況となり「やばいよ、やばいよ」キャンペーンを手控えた様子です。


去年この記事で新国立競技場について「恐らく来年の今頃には、進捗が報道されることでしょう」と予測していましたが、外れました。
時折、報道で映し出されることはありますが、まだ「絵になる」ところまでできていないということのようです。


現在は「する」スポーツで東京五輪をめざす世代の若者の活躍が続いています。
去年、期待していると書いた卓球は男女ともに「金メダル」へのつぼみが開きつつあります。
今、期待しているのは「サッカーU23」です。
先日の「W杯2018」において「海外組」だけで2チームくらい作れるほど人材が育っていることがわかりました。
1993年に始まったJリーグが着実にサッカー人口を伸ばしているようです。

2019年に18歳を迎え、FCバルセロナに戻ると思われる久保健英(FC東京)を中心とした世代は東京五輪で、かなりおもしろいサッカーをしてくれそうな予感がします。


「支えるスポーツ」スポーツボランティアは、2018年秋にボランティア募集が始まります。
この1年で骨子が見えてきました。来年秋つまり開幕1年前には、採用合否が決まる見通しです。
日本人のボランタリーはとても高く、五輪史上に残るスポーツボランティアチームができあがり、世界に語り継がれるだろうと確信しています。


「見るスポーツ」は、去年に引き続き動きはありません。
東京五輪より1年前に開かれる「ラグビーW杯」のチケット販売が始まっていますが、その状況をみると「東京五輪」チケットは、かなり入手困難になりそうです。
ただ、五輪は競技数も多いし、もしもチケットが手に入らなくても、公道で行われる「マラソン」を見るという最後の手段がありますから「見る」ことについては、なんとかなると思います。

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2018年7月23日 (月)

関東アウェイ戦も残すところあと4戦

W杯による2ヶ月のJ1中断はそれほど長くは感じなかった。
W杯では、ベスト16までポルトガルと日本が残ってくれていたし、J2は中断せず「レノファ山口」を毎週応援することができた。
これもすべてDAZNのお陰である。

日本各地で行われる「J1」「J2」「J3」全試合
「NPB」は巨人主催試合を除くほぼ全試合
この9月からは新たに「UEFA CL」もラインアップに加わる。
ユベントスに移籍したロナルドや、レアル・マドリーのモドリッチを見ることができる。
UEFA CLはたいがい日本時間の 3:45または4:45キックオフだが「見逃し配信」を使えば明け方に起きる必要も、録画の必要もない。
これだけ見られて月額1,680円はお得だ。

と、DAZNをよいしょしたところで、V・ファーレン長崎の話しに戻る。



2月24日の開幕戦から始まった「関東アウェイ戦」はここまで5戦。

2月24日 湘南● ゼイワン
5月 2日 鹿島● ゼイワン
5月16日 湘南● YBCルヴァンカップ
5月19日 横浜F●ゼイワン
7月11日 湘南△(PK戦●)天皇杯

この後はすべてゼイワンで残すところ4戦。

7月22日 川崎
7月27日 FC東京
8月 5日 浦和
8月25日 柏


チケットは川崎、FC東京が「2週間前」発売。
それ以外は1ヶ月以上前から発売されている。
これにお盆のトラスタ鹿島戦を加えて、すべてのチケットを買い終えた。


お盆のトラスタは初めて行くホームゲーム
「確実に席を確保したい」
「座って見たい」
「歌うとか無し」
「ずっと立って歌う?だったら1人でどうぞ」

という同行する親戚の意向により、購入したのは「S指定席」
発売日、発売開始時刻にアクセスして買えたのは「2F席」だった。
恐らく前列は「Vパスポート」の年間指定席なのだろう。

トラスタは指定席の販売数がとても少ない。
一元客であればあるほど、ゲームが見やすい「メイン」または「バック」スタンドで確実に席を確保したいはずだが、不思議だ。
指定席に高いお金を払わずとも、ガラガラだから何処にでも座れる→あまり指定席を買う人がいない?
ということだろうか。


お盆のトラスタは、5月にアウェイ戦で行った「鹿島戦」
行き帰りのバスで話し相手になってくれた2人スズキさん、クボさんもそれぞれ単身で乗り込んでくる。
2人はいずれもサイドスタンドには行かず、メイン(バック)スタンドで見ると言っていた。
どこかで再会できればいいのだが。


V・ファーレン長崎ブログ

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2018年7月22日 (日)

PK方式はABBA

ハーフタイム
試合中は感じていなかったが、こうして試合が止まってみると蒸し暑い
風が欲しい
今日は運動会がなくて静か
バックスタンド側は開放されておらず、正面だけを見ていると無観客試合のようだ。


<後半>
僕らの目の前にあるゴールへ長崎が攻める番。
しかし、いつものように両サイドが上がって、中央の武蔵へ絶好のクロスが入るという場面がない。
オーストリアキャンプで個々の能力を上げて来たのは推し量れるのだが、長崎の形は作らせてもらえない。
ただ、前半あれほどあった危ない場面もなくなり、幾分戦況はよくなっている。


<延長>
90分で終わって帰れると思っていたが、まさかの延長。
周囲で数人が、帰りの電車を気にし始める。
東京の西側から来た人はまだいいが、東京を超えて千葉や埼玉まで帰る人にとって「平塚で延長」はきつい。

延長に入ると、見違えて長崎の動きがよくなった
白いユニフォームのスピード感が増している
これが高地トレーニングの成果か。
マラソンで言う「ランニングハイ」のようなものか。

といっても、90分戦った後に10人の動きが同期してよくなるはずがない。
恐らく、湘南の動きが落ちて、相対的に長崎の動きがよく見えているのだろう。

延長前半5分
ドリブルで右へ右へとシュートコースを探っていた武蔵が右足一閃。ゴール右端に突き刺した。
それはユーロ2016決勝、ポルトガルのエデルが決めた決勝ゴールを思い出させた。
僕らからは遠いサイドのため、ゴールまでが近く見え、シュートコースも見通せたので、割とイージーチャンスのように見えたが、帰宅後に映像を確認すると、ペナルティエリア外側からかなり遠い距離のシュートだった。

延長前半13分
延長ルールによる「4人めの交代枠」で前田悠佑がはいる。


延長後半
もう僕らは「関東初勝利」を見届けられると確信している
湘南はGKを上げ、DF1人をハーフウェイラインに残して10人で攻撃
なんとしてでも押し込むという「圧力」がすごい
additional time1分
ゴール前にシュートのような強いクロス、それを表原が合わせて同点


<PK戦>
今年から天皇杯はABBA
(スウェーデンのポップグループではない)

通常のPK方式は先攻-後攻の順番が変わらないが、ABBAは1人め、2人めと先に蹴るチームが入れ替わる。
先攻、後攻の有利不利を均一にするための競技方式だ。

しかし、そんな競技方式より、何より不利だったのは、PK戦が湘南サポーターが入っているサイドスタンド側で行われたことだ。

ノックアウト戦をホームで開催しているうえに、PKまで自陣で行うとは。
それこそ、有利不利を均一にして欲しかった。


「4人めの交代枠」で入った前田悠佑が4人めのキッカーで登場し、左上隅に最高のキックを決めてガッツポーズ。
西南学院大学卒唯一のJリーガー、前田が決めてくれたことが、この日一番の僥倖だった。

湘南ベルマーレ1(PK4-3)1V・ファーレン長崎
V・ファーレン長崎が初めてゼイワンクラブとして戦う「関東アウェイ戦」において、引分け(90分の記録)はここまでで最高の結果だ。

関東アウェイ戦も残すところ4戦。
そろそろ勝利のチャントを歌いたい。

22:16 東京行きの東海道線はガラガラだった


V・ファーレン長崎ブログ

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2018年7月21日 (土)

チャント歌うのに気が引ける場所

天皇杯3回戦
湘南ベルマーレ-V・ファーレン長崎
Shonan BMW スタジアム平塚

<前半>
ここ数試合、ゴール裏で試合をタテに見ていたが、本日、長崎側のサイドスタンドは開放されておらず、メインスタンドで試合をヨコに見る。
やはり、これは見やすい。戦いの形勢がよくわかる。

メインスタンドではあるが、試合が始まるといつも通り立ち上がり、チャントをちゃんと歌う。
しかし数分後、前列で立っていたサポが一斉に座って試合を見始めた。
え゛座っちゃうんだ・・
そうなると(振り返って確認した訳ではないが)そこらで立っているのは僕1人。

「おいおい、立つんだったら、むこう(応援サポの所)行けよ」
僕が「座って見たい」と思って来ている客だったら、恐らくそう思う。
それに、なぜだか、いまひとつ力が湧いてこない

これは「WINZONE」を飲み忘れたからだと、あとでわかった。
マラソンレースで息切れ防止のために飲む「WINZONE」は、サッカー応援で90分歌い続けるのにも有効で、いつも試合前に1包飲むのだが、この日は持ってくるのを忘れた。


従って僕も座って見ることにする
座ってでもチャントは歌えるし・・
と思っていたが、周りは座ると歌うのも止めてしまった。
辺りで聞こえるのは僕の声だけ。
自分の声がきれいに聞こえる状況というのは、人前ではけっこう勇気が要る。
音を外したら恥ずかしいし、周りに申し訳ない。
そう思うと、歌うのも休み休みになる
そのうち、なんだかつまらない気分になってきた。

やはり、コールリーダーの周囲から逃げたのがよくなかったのだ。
次からは、思い切り声を出せる位置取りをしようと思う。


今日はピンクのユニフォーム徳重健太のフィードに注目している。
ロシアW杯では、攻撃の起点としてのGKの存在が際だった。
日本がベスト16ベルギー戦、後半additional timeに逆転された失点も、GKからのフィードを手数をかけずにゴールに押し込んだものだ。

W杯で一目置かれるGKたちは皆、正確で低い弾道のキックを蹴っていた。
一方、我らが徳重健太。この日、これは!とうなるキックは彼の足から放たれなかった。


ここ平塚で見る湘南との対戦は毎回そうなのだが、前線でのボール奪取合戦になる。
互いにチャージが激しい。
どちらかが落ち着いて回すといったことがない。
少しでもボールが停まっていると、すぐに相手FWが追いかけ回しに来る。

この光景をお世辞にも見やすいとは言えない平塚のゴール裏から見ると、ボールのある場所に全員が密集しているように見える。
それはあたかも「小学生の昼休みのサッカー」のようだ。

今日はメインスタンドということで、ずいぶん見やすい。
開幕戦で来た時も同じ場所で見たわけだが、その時は「見づらいなぁ」と思い双眼鏡を使ったりしていた。人の感覚は比較対象があると、認識が変わる。ゴール裏の視界を経験したことで「あれよりは、かなりいい」と脳が認識しているのだ。


好機をつくる回数は圧倒的に湘南ベルマーレ側が多い。
特に僕らの目の前で右サイドを突破されて、際どいクロスを何度も入れられた。
湘南ベルマーレのFWが「なぜ、触れない?」と思うほど、いいクロスだ。
その度に息を呑んでキモを冷やす僕ら。

前半は長崎にこれといった好機はなくスコアレスで終わった。


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2018年7月20日 (金)

W杯MVP モドリッチの歴史

ポルトガルと日本がベスト16で敗れたところで、僕にとってのW杯2018は終了した。
贔屓チームが出ない日本シリーズを見ないように、応援する対象のないスポーツを見る習慣はないからだ。

今年DAZNに入ってからは、贔屓チーム以外でも、その時間帯にやっているJ2の試合を観るようになったが、それとて、レノファ山口と上位争いをしているチームを見ておきたいという動機からだ。別に僕が見たからと言って、どうにもならないことはわかっているのだが。


ずいぶん前に終わっていたW杯の決勝戦
そのニュースに懐かしいモドリッチの名前があった。

モドリッチと言えば現在33歳。
まだまだ第一線の選手だが、僕にはとても懐かしい。


Luka Modrich
位置:MF
国籍:クロアチア
身長:174cm


1985年9月9日
クロアチア、ザダル生まれ
7歳からフットボールを始めた

2003-04
ディナモ・ザグレブからズリニスキ・モスタルへローン移籍

2004-05
冬の移籍市場に、ディナモ・ザグレブ復帰

2007-08
6月、プレミアリーグのトットナムに移籍(移籍金37億円)
ユーロ2008出場。ユニフォームナンバー14
ベスト8トルコ戦、延長後のPK戦で一番手に蹴り、右枠外に外した。


モドリッチの記憶はこの時から始まる
ユーロ2008といえば、デコにとって2度めのユーロ出場
結果的にポルトガルは、スコラーリ監督のチェルシー移籍発覚というごたごたでベスト8で敗れてしまった。
この大会でヤングスターとして現れたのがモドリッチだった。
デコ仲間の間でも、守備良し、攻撃よし、よく走る。これは「次はビッグクラブだね」と話題になった。

メディアの紹介によると「憧れのクラブはFCバルセロナ」ということであり、当然、トットナムの次はそこに落ち着くのだろうと僕らは考えていた。


2012-13
レアル・マドリーへ移籍

2016年
ユーロ2016出場
ラウンド16でポルトガルに敗れた
試合後、レナト・サンチェスの求めによりユニフォームを交換した

2017-18
レアル・マドリーでUEFA CL3連覇

2018年
2018年W杯大会MVP ユニフォームナンバー10
決勝でフランスに敗れ、クロアチアの初優勝は成らなかった


デコはユーロもW杯も戴冠できなかった
ロナルドはW杯を戴冠できなかった
モドリッチは共に戴冠できていないが、クラブでは大成功を収め、選手としても世界最高峰に上り詰めた。
心より祝福したい。

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2018年7月19日 (木)

佐世保とV・ファーレン長崎

V・ファーレン長崎のホームスタジアムの「トランスコスモススタジアム長崎」は、最寄り駅の「諫早」から徒歩30分。
ウォーキング、ジョギングの習慣がある人にとっては、苦にならない距離ですが、一般の人にはけっこう苦になる距離です。

それはお盆の鹿島戦で同行する親戚にも言えることなので、春先から「佐世保からトラスタまで楽に行ける方法」を模索していました。
地方都市では、クルマで行くというのが有望な選択肢ですが、真夏に長距離運転をするのは大変だし、駐車場確保のために神経を使うのもきついです。
そこで見つけたのが、西肥バス旅行社の観戦ツアー。


「B自由席」のチケット付で佐世保⇔トラスタのバスツアーが 6,800円
「B自由席」はバックスタンド側の椅子席(前売3,000円)
一般的なスタジアムでは「指定席」として販売される場所ですが、指定席が少ないトラスタでは「自由席」。札止めにでもならない限り、座って見ることができる席です。

■運行ルート
始発:佐々バスセンター(BC)
停車:佐世保バスセンター(BC)
到着:トラスタ隣接の第一駐車場

■タイムテーブル(19:00キックオフの場合)
14:30 佐世保BC発
17:00 トラスタ着
19:00 キックオフ
21:00 試合終了
21:30 トラスタ発
24:00 佐世保BC着


これならば「陸の孤島」(重ねて言いますが僕が言ったのではありません)カシマサッカースタジアムと東京駅をむすぶ「カシマサッカー号」と同様の便利さ。
料金の安さもさることながら、スタジアムまで直付けしてくれることは、何よりありがたい。
スタジアム往復バスの良さは「終点まで寝ていけること」
親戚に観戦のお誘いをする際は、この観戦ツアーで提案するつもりでした。


ツアーの発売はホームページで「随時掲載」とあったので、週に一度くらいの割合でチェックしていました。
しかし、なかなかお盆のトラスタ鹿島戦について、ツアーの告知が載りません。
チケットが発売される7月7日よりは前に、ツアー催行を確認しなければなりません。
そこで、6月に入って、旅行社に直接尋ねてみました。


結論から言うと「ツアー発売の予定はない」というお返事。
理由を尋ねると、遠回しですが、利用者が少ない(採算がとれない)ということのようでした。
1試合につき、わずか40席のツアーで、利用者が埋まらないとは・・

そうか、みんなクルマで行くのか
ということではないと思います。
それは、佐世保在住のV・ファーレン長崎ファン・サポーターの皆さんならば、感じておられることだと思います。



14:00
お約束の時間となり、ヴィヴィくんはお役御免。
きぐ・・じゃなくて、マスコットのハードワークに鑑みると「60分」というのは、異常と言っていいほど長い時間です。
僕が着ぐるみ(言ってるし)業をやっていた時は「20分以上の連続活動は禁止」というマニュアルがありました。
しかも、季節は夏、しかも猛暑。この日、佐世保の気温は32度。WBGT(暑さ指数)でいうと運動は「厳重警戒」の条件でした。

あんまりムリしないでね、ヴィヴィくん


この日、ヴィヴィくんが撤収した数分後、その場所に高田明社長の姿がありました。
スタッフの人と真剣に話し込む高田明社長
僕も「ワープ中」でなければ、その議論に加わりたいくらいでした。
高田明社長の姿を見つけて寄ってきたサッカー少年たちと、気さくにふれ合い記念撮影をする高田明社長。

佐世保とV・ファーレン長崎
その課題と、それを乗り越える術、それは明日の心だぁ
(注:あしたじゃないです。またいつか・・)



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2018年7月18日 (水)

親和銀行とジャパネット

2005年3月13日「V・ファーレン長崎」というチーム名が発表されました。
この時、メイン(ユニフォーム)スポンサーとなったのが親和銀行でした(2年契約)
かつては親和銀行。今はジャパネット。
いずれも佐世保市に本社を置く企業。
黎明期、苦しい時期、そして今を支えるのは「佐世保」の企業です。

それから13年、クラブマスコットのヴィヴィくんが、J1昇格初年度の1stユニフォームを着て、親和銀行前でチラシを配っているという様は、なかなか感慨深いものがあります。
(といっても僕はその13年、苦楽をともにしたわけではないのですが)


この日、ヴィヴィくんは前日の決起大会で着用していた「2018平和祈念ユニフォーム」ではなく、通常の1stユニフォーム。もちろんお腹には、ホームスタジアムの命名権保有者であり、ヴィヴィくんのマスコットスポンサーである「トランスコスモス」のロゴが入っています。

Jリーグの各クラブには漏れなくマスコットがいるのですが「中でも一番可愛い」と高田明社長が言うくらい、ヴィヴィくんの可愛さは群を抜いています。

その姿を見つけて、小さいお子さんを連れたお母さんがやってきました。
「写真とってもらい!」
そう言ってヴィヴィくんと我が子の2ショットをスマホに納めます。


でも、なんとなく思っていたのと様子が違うのです。
一応言っておきますと、僕はワープ技術でここに来ているので、お母さんに向かって話しかけることはできません。

僕の想像では「わぁヴィヴィくんだ~」「ぎゃーヴィヴィくんよぉ」と言った嬌声にも似た声があがり、写真は順番待ちというイメージなのですが、ちょっと違うのです。

お子さんは「ヴィヴィくん~」と呼ばないし、お母さんも「なんだか知らないけど、ちょっと可愛いぬいぐるみ」程度にしか思っていないような気がするのです。


場所が場所ならば、ヴィヴィくんが登場するだけで、大変なことになるんだぞ。
「ヴィヴィくんが来る」と聞いただけで、相手サポーターにも喜んでくれる人がいるんだぞ。
こんなにゆっくり「2枚も、3枚も」写真撮ったりできないんだぞ。
ヴィヴィくんはね、Jリーグの中でも・・

言いたいことは山ほどあるのですが、何せワープ中の身なので、口に出せず歯がゆい重いです。

「ヴィヴィくん、サインして!」と言いたいところですが、話しかけることができません。


すぐそばの島瀬公園あたりでは募金活動なども行われており、そこそこに人通りはある場所です。
しかし、玉屋のほうからやってくる人たちは「遠巻き感」ありあり。
なにあれ?サッカーらしいよ
ってな感じ。キワモノじゃないんだから・・
(プライバシーに配慮して写真掲載NGですが、その表情、お見せしたいくらいです)



ヴィヴィくんは小さなお子さん中心にチラシを渡していきます。
今日ここに来ているのは、7月18日ヴィッセル神戸戦(トラスタ=諫早市)の集客のためのチラシ配りです。
試合当日は先着者へのプレゼントや、ハーフタイムのトークショーまで「これでもか!」というほどの趣向盛りだくさん。

「佐世保からも、諫早までぜひ試合を見に来て欲しい」
という「あの人」を初めとするV・ファーレン長崎スタッフ一堂の熱い気持ちが伝わってきます。


でもそれが、伝わる人ばかりなら苦労はしないわけです。
去年の「J2時代」と比べると「J1」の今年は格段に観客が増え、平均は1万人に乗りました。
しかし「20,258人」が定員のトラスタにはまだ「1万人」分の空席があるのです。

そして、そういうデータが開示されているわけではないのですが「県北」(長崎県内では佐世保を中心とするエリアを「県北」と言います)の集客は低調なのです。

次に示すのはその証左と言える事例です。



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2018年7月17日 (火)

佐世保四ケ町のあの場所にヴィヴィくん現る!

2018年7月16日(海の日)
ゼイワン再開を前にした「決起大会」が長崎県庁で行われた翌日、後半開幕戦のチラシ配りにヴィヴィくんが佐世保に出動。

<佐世保市>
■日時:7月16日(月・祝)13:00-14:00
■場所:四ヶ町アーケード
■参加予定:ヴィヴィくん、スタッフ

そう聞いて居ても立っても居られず、東京にいる僕は独自の「ワープ技術」を駆使してヴィヴィくんレポートをすることにしました。


佐世保以外の方に一応説明しますと「四ケ町アーケード」とは、佐世保の中心にある老舗の商店街。
「四ケ町」と接続する「サンプラザ(旧・三ケ町)」を合わせた商店街は「直線アーケードとして長さ日本一」と謳われています。

日本にはさまざまな「日本一」や「三大●●」があるわけですが、特に法律で「日本一呼称使用法」や「三大●●認定法」というのはありませんので、まぁ言った者勝ちなわけですが、地元の人は「そんなこと、どうでもよく」「あまり気にしていない」というのが実情です。

佐世保の人はあまりこだわりがないし、特に地元にいる人はあまり「地元愛」に溢れては居ないのです。
(佐世保を出た人たちは、そこそこに佐世保を愛している)


全国の地方都市がそうであるように「佐世保にもモータリゼーションの波」はとうに押し寄せていて、郊外には巨大駐車場を備えた「イオン」のショッピングモールがあります。
地元の高齢者は今でも「ジャスコ」と言い張っていますが。
そうして買い物客が郊外に分散するおかげで、中心街の商店は衰退しているわけですが、四ケ町にはまだ、ぎりぎり「賑わい」というものがあります。
それは、商店街の皆さんの努力によるものですが、何より、佐世保の人たちは「四ケ町」を愛しているのです。
佐世保を溺愛してはいないけれど、四ケ町は「目に入れても痛くない」ほど可愛いというわけです。

僕のように佐世保を離れている者は、里帰りする前から手帳に「四ケ町」と書き込んでいます。
別になにか買うわけでもないし、そこを歩けば幼なじみとばったり会うわけでもありませんが、佐世保に帰ってそこに行かないという選択肢はないのです。
「墓参り」の次に「四ケ町」は欠かせません。



さて、土日は大勢の買い物客で賑わう四ケ町ですが、祝日とはいえこの日は月曜日。
人通りはそれほど多くはありません。


お約束の13時
ヴィヴィくんと「スタッフ」の方、そしてチラシ配りのお手伝いを買って出た皆さんが配置に就きました。
場所はというと、はい。
佐世保の皆さんならば、ヴィヴィくんの後方に写っている黒い建物を見ればすぐにわかりますよね。



僕は子どもの頃、入口が見当たらない(わかりづらい)この建物は、なにかとてつもなくやばいか、とてつもなく大切なものを所蔵している美術館のようなものだと思い込んでいました。

これは、佐世保市に本社を置く地方銀行「親和銀行」の本店です。
かつて、V・ファーレン長崎の胸スポンサーを務めていたこともある地元企業です。

つづく


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2018年7月16日 (月)

初めてのスタグル

僕を乗せた路線バス「62系統総合公園経由平塚駅北口行き」の車内で、ユニフォームを着ているのは僕1人。
「平塚球場」では2人が降りた。
周囲にはホームサポすらいない。
球場の周回コースをジョギングするランナー、散歩のおじさん
アウェイというより「場違い」
またも「やってまった」感ありあり


「平塚球場」というのは「Shonan BMW スタジアム平塚」のとなりにある野球場で、その周囲を延々と歩く。
あとで地図を確認したところ、バス停から中央ゲートまで563m。通常試合のアウェイゲートまで710m。
1つ手前の「総合公園」で降りた場合、アウェイゲートまで508m。中央ゲートまで658m。
アウェイサポの場合「総合公園」で降りた方がよいと学んだ。


700m近く歩いても長崎サポが1人も居ない。
本当に今日、長崎の試合があるのか、僕はここに来てよかったのか不安になる。
青と橙の仲間がちらほら見えだしたのは、メインゲートを通り過ぎて、アウェイゲート側に並ぶスタグル移動販売車が停まっている辺りだった。


生涯初スタグルは「レストランなんどき牧場」の「茅ヶ崎メンチ」プレーン、チーズ、トマトを1個ずつ(各200円)
これは帰宅してから夜食にした。肉汁が染み出てきて嬉しい味だった。
特にレンジで1分チンして食べる「チーズ」は外せない。


当初「混雑時開放」とされていた「サイドスタンド」=ゴール裏は、湘南ベルマーレ側だけを開放。
長崎側は開放されなかった。



従って、僕らはメインスタンドの本来は「アウェイ指定席」のあたりで応援する。
4ゲートは閉まっており、中央ゲートまで戻って「長崎応援の方は右へ」という指示に従い、右側のサイドへ進む。


日が傾くとそれほど暑さを感じない。
関東サポーターは右寄りに位置取り。
これならば、座って試合を観たい人たちの邪魔にならない。
今期関東での試合では初めて、バンデーラが敷設されていない。
せっかくのメインスタンドなので、中央寄りに陣取ることにした。

先発メンバーはほぼ、ベストメンバー。
いつもと違うのは澤田崇、チェキュベックがベンチにも入っていないこと。
2人とも欠かせない戦力。
ゼイワン再開を一週間後に控えており、控え組のテストもしておきたいということならばよいのだが。
数日前に完全移籍で加入が発表されたDFバイスは、ベンチにも入っていない。


試合前セレモニー
中国地方で起きた水害の犠牲者へ黙祷を捧げる
サイドスタンドは旗を振りジャンプしてチャントを歌い続けている
「ご起立ください」
アナウンスが入り、メインスタンドの客が全員立ち上がっても、音は止まない。
ようやく「もくとう!」の声がかかる2秒ほど前に、音が止んだ。

この日、同時開催された各地の天皇杯3回戦でも同様に「黙祷」は行われており、横浜Fマリノス対横浜FC戦では、横浜FCのサポーターが黙祷の間じゅうチャントを歌い続けたことがネットニュースに掲載されていた。


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2018年7月15日 (日)

三度めの平塚に愛着を感じる

2018年7月11日
W杯2018で中断していたゼイワンの再開を控えた1週間前のミッドウィーク。
天皇杯3回戦が同日開催で一斉に行われる。
(ただし、水害の影響で広島の試合は延期)


平塚に行くのは今年3回め。
通常ならばJリーグクラブ同士の対戦は「ゼイワン」のアウェイ戦1回きりだが、今年は「ルヴァンカップ」で同組になり、さらに天皇杯3回戦でも当たることになった。
「ゼイワン」「ルヴァン」はホーム&アウェイだが、天皇杯は1試合限りのノックアウト。その負けられない試合は湘南ベルマーレのホーム「Shonan BMW スタジアム平塚」開催となった。


前回同様、夕方の湘南新宿ラインに乗って平塚を目指す。
そしてこれも前回同様「横浜」で一斉に客が降りて座ることができた。
何度かtweetをチェックするが、今日は高田明社長の「平塚に向かっている」tweetが入っていない。結局この日、高田明社長の姿はなかった。今期、関東アウェイ戦では初めてのことである。
高田社長が来なくても、僕らがやることは変わらない。
ただ、拍手と声で選手に祈りと声援を送る。



二ヶ月前、日産でW杯中断前の最後を見届けた僕らが、中断明けの試合も見ることになるとは思わなんだ。
そしてまさか、これまでの生涯で一度しか来たことがなかった「平塚」に、今年だけで三度も来ることになるとは夢にも思っていなかった。
これだけ通うと、第2の故郷のような・・とまでは言わないが、だんだんと町に愛着が湧いてくるのを感じる。

では三度通えば、日本中どの町でもそうなるかというと違う。
やはり、その町がもつ「空気」によって違ってくる。
平塚に特別な「気」が充満しているわけではないが、特定の感情が湧かない自然な居心地がある。


平塚駅到着
今回は、シャトルバスに乗る前からプレゼンスを示そうと思う。
女子高生みたいに、トイレでユニフォームに着替える。
(今の女子高生がそんなことをするかは知らないが、昔はトイレで着替えて町に繰り出すのは女子高生と相場が決まっていた)
しかし、一歩踏み出した駅の人混みには、ホームの湘南ベルマーレサポすら居ない。
完全に場違いというか「やってまった」感ありあり


Shonan BMW スタジアム平塚までのシャトルバス乗り場はちょっとわかりづらい。
だが、それも前回で織り込み済み。
すいすいと一旦地下に降りて11番乗り場へ上がる。
一台のバスが停まっている。しかし、客が誰もいない

すると、そのバスから運転手が降りてきて「10cmだって動かさないぞ」という固い意思でタイヤに輪留めをはめる。
想定外の行動に目が点になる。

すみません・・シャトルバスはここからでは?

「え゛そうなの?今日試合?まずいな」
運転手さん、輪留めを外しにかかる。
置いてはいけない所にバスを置いてしまったという体だが、どうみても彼がシャトル・ドライバーでないことは明らか。

「どっちにしてもやってないから、大黒屋の前から乗るといいよ」
そういって、親切に路線バスの乗り場を教えてくれた。


チケット販売店「大黒屋」の前に④乗り場。
そこから「62系統総合公園経由平塚駅北口行き」に乗る。
ここが北口だから、循環バスということになる。

念のため、運転手さんにこのバスがスタジアムに行くことと、どこのバス停で降りればよいかを確認。

「ひらつかきゅうじょうです」

僕の脳裏に「平塚九条」という漢字が浮かぶ。
駅前で「九条を守れ!」とデモをやっていたせいか?
それが「球場」だとわかったのは、着いた後だった。

これで三度の平塚詣で「徒歩」「シャトル」「路線バス」と全パターンをコンプリしてしまった。もう「平塚通」と呼んで欲しい。



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2018年7月14日 (土)

驚異の定年退職スピーチ(2)

花束とか持って電車に乗れませんから。だからと言って他に何も要りませんよ。お忙しい皆さんの時間をいただけるだけで、十分ありがたいことですから。

人の生き方の基本は「謙虚」と位置づけるサトウさん。
総務担当のタナカさんに対して、絶対になにも受け取らないぞという強い意志を見せた。
それに折れて花束や「間に合わせのメッセージ」といった趣向もなし。
記念品もなしかというと、それはさすがにスズキ部長が認めず「図書券を買って用意しておけ」ということになり、こっそりと田中さんがポケットに忍ばせている。


皆さん、おはようございます。
お忙しいなか、お時間をいただきありがとうございます。
今日でサトウさんが定年を迎えられます・・

スズキ部長が朝礼の口火を切る
人の言葉というのは、文字に書き起こすと、だいたい文法的にどこかおかしいもので、見るに堪えないのだが、空気を伝ってくる言葉に対して、そこまで神経質に聞いている人はいない。

だいたい、なんでお前が「お忙しいなか」とか言うんだよ。
それは、集まってもらっているオレの台詞だろ
スズキさんが用意している話しの尺よりも、長尺と思われる部長の話しが終わり、サトウさんの番がきた。
さぁ、サトウさん「構想10年」渾身のスピーチが始まる。



皆さん、今日は貴重なお時間を奪って申し訳ありません。
ご紹介いただいた通り、本日で失礼しますので、ご挨拶申しあげます。

私は常日頃から同じ会社に勤める者どうしは「家族」だと思ってきました。
従って、家族である皆さんがこれからも長くこの会社で勤められることをお祈りします。

ただ、日頃から同じ場所にいると、返って言いづらいことというのは少なくないものです。
恐らく、誰もが思っているのだろうけど、言いだしにくい。
こんなことを言ったら、調和を乱す輩と思われはしないか。

だから、私は最後にいただいたこの時間で、私が日頃思っていたけれど、私も、誰も言わなかったことを1つ申しあげたいと思います。


ウォシュレットで尻を浮かすのはやめましょう

サトウさんの耳に確かに、全員から「すぅーっ」と血が引く音が聞こえた。
世界中の「びみょー」という言葉は、この時サトウさんのためにあった。
世界中の「?」マークが、お忙しい中、サトウさんの聴衆たちの頭上に集まった。


個室に入ると、それはもう高い確率で便座に水滴が飛び散っています。
恐らく、何らかの理由でお尻が浮いてしまうのだと思います。

ここで、田中さんが必死で笑いをこらえているのが視界に入った。


私は初めのうちは「なんだよ、部屋を出て行く時は後ろを振り向いて、汚れていないか確認すればいいのに」と思っていました。

そして、そのまま座るわけにもいかないので、掃除をしていました。
ところが、おかげで金運がよくなり、お金に困らなくなったのです。

私はそのうち、水滴が飛び散っていると「よっしゃ」とガッツポーズをするようになっていました。
ますます、金運が上がっていくからです。

皆さんのおかげです。ありがとうございました。
ただ、ここに来なくなると、金運がおちるのでは?と心配です
(ここで、ようやく、かすかに笑いがとれた)

もしかすると、掃除のアルバイトでひょっこりお邪魔しているかも知れませんので、その節はよろしくお願い申しあげます。

皆さんのご健康とご発展を心よりお祈りしています。
お忙しいなか、お時間をいただき、ありがとうございました。

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2018年7月13日 (金)

驚異の定年退職スピーチ(1)

サトウさんが定年退職をむかえる日がやってきた
ということは、その日がサトウさん60歳の誕生日
大半の民間企業がそうであるように、サトウさんの職場も満60歳を迎えた日が定年と決まっている。
雇用延長制度を選択しないサトウさんはこの日が最後の出社となる。

彼の職場では朝礼は行われていないが、その日は特別に朝礼が招集され、その場で挨拶の時間が設けらることになった。


サトウさんはこの日この時のために、ずっとスピーチを考えていた。
記憶が定かではないが、始めは50歳を過ぎたころだったと思う。

それまで数多くの先輩を見送り、そのお別れスピーチを聴いてきた。
そして、その大半は紋切り型の話だった。

皆さんに大変お世話になった。
皆さんのおかげです。
このご恩は一生忘れません。

本当か?
いつも、サトウさんは心の底で突っ込んでいた
本当にお世話になった人は、既に退職した先輩たちじゃないのか?
今ここにいる部下や後輩たちには、むしろ世話をしたのじゃないのか?
年下の上司にはけっこう虐められたんじゃないのか?
だいたい、このメンツのどこにどう世話になれるというのか


もちろん、そこはぶっちゃける場でもなければ、捨て台詞の最後っ屁をかます場ではない。
日本には「立つ鳥跡を濁さず」という言い伝えがある。
誰もが心にあろうがなかろうが、感謝の気持ちを述べて去って行く。
それが「予定調和」というものだ。


だが、サトウさんは先輩の話を聞く度に「自分はちょっと違うことを言いたい」と考えていた。
かと言って、跡を濁すような話しをするのは本意ではない。
それでいて、どこかユーモラスで、聴衆に一撃はいるようなスピーチ。


基本的にはそこにいる人たちへの「感謝」がベースになる。
ただ、心にもない歯が浮きそうな感謝を述べて偽善者になる必要はない。
そうだ。本当に世話になった人を見つけ出して、そのエピソードで感謝を述べればいい。


話しの柱が決まったのは3年前。
それから、時折思い出して、ネタ帳に書き留めてきた。


そして、いよいよサトウさん定年退職の日
9時からの朝礼前、珍しくネクタイにスーツのサトウさんがスズキ部長と談笑している。
いつもならば、この時間、忙しそうにメールを読んでいるスズキ部長だが、さすがにサトウさん最終日とあって、ホスピタリティを見せているのだ。

花束は用意されていない。
つづく

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2018年7月12日 (木)

神対応とつっけんどん

このシャツ、襟のところがくたびれているんだけど、買い換えていいかなぁ?

「誰が見るのよ」

中年サラリーマンの豊田さんと奥さんとの会話です。
自分に見えているから、気分が引き締まらない
などと豊田さんは食い下がるのですが、相手にされません。

こういう時、豊田さんは、ただ無言で引き下がるか、虫の居所が悪ければ「なんだ、その態度は!」などと、ものごとをややこしくする一言を言ってしまい、後悔することになります。

無言で引き下がった時、彼は思います。
なんだ、あの・・
冷たい?
いや違うな
暴虐的?
ちょっと行き過ぎか^^;)
そうだ、つっけんどんだ

でも、それを最近、言葉にしたことはないなと気づきます。
死語なのか?
試しにパソコンで打って見る
「突っ慳貪」
へぇ、こんなふうに書くのか

広辞苑 第七版 にも載っていました。

つっ‐けんどん【突慳貪】
とげとげしく不親切に物を言ったり、したりするさま。「―な応対」

確かに今も存在する現役の言葉でした。



南原君は職場では「言葉遣いが悪い」と評判の若者です。
自分のことを「オレ」と呼びます。
日本の「社会」では、就活の学生ですら、自分のことを「僕」ではなく「私」と呼称するよう指導されます。
だから、こいつはいったいどういう教育を受けて来たのだ?と周囲の人は呆れているのです。

年長者が若者に向かって「オレだったらこうするね」などと言うのは許容されるとしても、若輩者の南原君が先輩たちに向かって「オレはこう思うんですよね」などと言っている光景は異様です。

はじめのうちは「なにが起こっているのだろう?」という「違和感」から始まり、それはすぐに「どん引き」に変わりました。

昨今、日本の社会では、そういう人の陰口を言い合うような風潮が影を潜めており、素知らぬ顔でスルーしてあげる「神対応」風な風潮にシフトしています。

誰も注意しないし、誰も気に留めていない。
一見、それはノープロブレムのようですが、人の深層心理はそうではありません。


やがて、彼に対する周囲の態度が1人、また1人と変わっていきました。
南原君が話しかけても、目を合わそうとせず、必要最小限の受け答えで済ませようと努める。
彼が言っていることに問題があっても、それを指摘すると面倒になるので「はい、はい」と流していく。

そう「突っ慳貪」の登場です。
「突っ慳貪」な態度をとる人が「ひどい」人なのではない。
とられる側に深い病巣があるということを周囲は実例をもって知るのでした。

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2018年7月11日 (水)

「つくばマラソン」エントリー実践の記録

19:30
Google ChromeでRUNNETにログイン
全画面表示させる

ここからは2通りの待ち方がある。

【1】MyPage > エントリー予定大会と進み、事前に登録しておいた「第38回つくばマラソン」の上にマウスポインターを置いて待機

ここをクリックしてしまってもいいのだが、次の「第38回つくばマラソン」画面では[準備中]のボタンが出ており、20時を過ぎて再読込が必要となる。

【2】「第38回つくばマラソン」のページ
[準備中]をクリック
20時にスーパーリロード

一般的に再読込(リロード)は[F5]キーのみだが、キャッシュを無視してページをリフレッシュするコマンドがスーパーリロード。
[Shift]+[F5]

事前に「第38回つくばマラソン」を表示して両方やってみたところ、スーパーリロードの方が若干時間がかかる(確実に再読み込みが行われている)

【1】【2】は結局、WEBサーバーへの要求回数は同じなので、どちらがよいかはその時の状況と運次第。
去年の「下関海響マラソン」は【1】の手順でもうまくいったが、今回は【2】を採用した。



19:50
1時間ほど前に「117」で合わせておいた「電波時計」をパソコンの傍らに置く。

19:55
スマホで「117」に電話する
なぜ5分前かというと、僕が入っている「定額通話」は「1通話10分まで無料」だから。
スピーカーモードにしてパソコンのヨコに置く

Amazon Echo で流していた音楽を消す
(少しでも通信負荷を下げるため)

19:59:50
[Shift][F5]キーの上に指を置く

19:59:58
(先に)[Shift]押下 ^^;)

20:00:00
([Shift]を押したまま)[F5]押下

大変混雑しています
30秒待ちのカウントダウンが出た
それを待つこと5回

20:02
ページの読み込みが完了して表示される
[エントリー]クリック

20:06にエントリーが完了した。


さぁこれで第一希望のマラソンが取れた。
いよいよ走り出す計画を立てる

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2018年7月10日 (火)

つくばマラソンエントリーのコツ

7月8日20時
「つくばマラソン」一般エントリー受付開始


いつも「チケット」「限定品発売」や「旅券」の受付開始の時になると考える。
いったい、どれが正確な時間なのかということだ。

パソコンに向かっている時、時間を知ることができる機器は「パソコンのタスクトレイ(時計)」「スマホ」そして「電波時計」が4つある。

しかし、どれも少しずつ時間が違う。
一番早いのと遅いのとでは、20秒ほどずれている。

「20:00ちょうどにアクセスしなければ、機会を逸してしまう」というようなクリティカルな時、わずか1秒の遅れが命取りになる。(実際、命は取られないが)より正確な時間が欲しい。


そこで、つくばマラソンエントリーを前にして正確な時間を特定する方法を考えた。


まず始めに、スマホで「117」に電話する。
世の中にまだクオーツ時計がなかった時代は、よくかけたものだ。
それでも10円が惜しくて、かける時は家じゅうの時計を集めておき、まず「代表時計」を合わせるとすぐ電話を切ってから、他の時計を合わせた。
今の時代は「定額サービス」があるのでそういった心配は要らなくなった。


さて「117」で確認すると、パソコンの時計が最も正確だとわかった。
それでも1~2秒は遅れている。
だが数日検証してみて気づいたのだが、パソコンの時計は"ある時"開くと±0秒でピタリと合っている時もある。

こうなると、直前に「117」で合わせておいた「電波時計」を使った方が頼りになることがわかった。

エントリーの際「117」に電話して、リアルタイムで時報を聞けばよい
と思うかも知れないが、実際にチケット販売が集中する時間「117」にかけたところ、つながらないことがあった。


なお「つくばマラソン」のエントリーはsports entryでも受付がある。
念のために会員登録を済ませて、エントリーページは別タブで表示させておいたが、RUNNETと並行してアクセスを試みることはしなかった。
不測の事態を防ぐためである。

つづく

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2018年7月 9日 (月)

中3週で「下関」と「つくば」を走る

2005年以来のマラソンのない冬が、どんな冬になるのか想像ができない。

前年の「下関海響マラソン」をそう締めくくったのが5ヶ月前のこと。
結論から言うと「マラソンのない冬」は快適だった。

2017年暮れから2018年にかけての冬は、長らく生きてきた体内時計が、冬という季節に期待している基準どおりの寒さだった。

地球温暖化だから、冬はやめときます
ということもなく、冬はいつものように寒かった。

そんな寒い休日の朝
「あぁ今年は走らなくていいのか」
「よくこんな寒い中、走ってたな」
「死ぬ死ぬ」
と何度、思ったか知れない。

ゆっくりと暖房に浸って暮らす12年ぶりの年の瀬と正月。
あぁ日本人でよかったと、どれだけ思ったことだろう。


その点「秋マラソン」の場合、寒い季節に走らなくて済む。
もちろん暑い最中に走らなければならないが、負荷が高い分、練習効果も高い。
つまり、練習時間、距離は短くて済む。
それも「走るのは基本的に嫌い」なままの僕にはありがたい。
2018年シーズンも「秋マラソン」は既定路線だ。

ひたすら晴れの日が続く東京の初春、僕は12年振り、文字通り「この世の春」を満喫した。



さて2018年シーズンはどこを走ろう?
オレはどこを走りたい?
特にラン仲間もいない「孤独のマラソン」
検討を始めたのは12月。
初めに考えたのは「下関海響マラソン」と「つくばマラソン」のダブル出走だった。


下関で味をしめた「親戚にとんかつで祝ってもらえる」マラソンは「孤独のマラソン」を続けてきた僕にとって、過去のどのマラソンとも違う「幸せのマラソン」と言えた。

しかし、ここ数年「5時間の壁」をクリアしておらず、そろそろgood time も欲しい。さすがに、難コースの「下関海響マラソン」ではそれは望めない。

ならば11月に二大会連続出走だ。
「下関」を調整に使って「つくば」でタイムを出す。
3週空くからなんとかなるだろう。


しかし、一ヶ月もすると「中3週間でマラソン2本」は、体への負担が大きすぎないか。もう歳なのだから、ムリは禁物では・・
少しずつ心に不安の雪が積もる。

どちらか1つに絞るならば、2年連続で既知の難コースよりも「未経験」で「いつか走りたいと思っていた」高速コースのつくばマラソンだろう。


5月1日
第1候補は「つくばマラソン」
ただし、つくばマラソンは数少ない「先着順」の人気レース。
エントリーができない場合に備えて、第2候補を「さのマラソン」と決めた。

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2018年7月 8日 (日)

初めて天皇杯のチケットを買う

去年までの僕といえば「天皇杯」という大会があることは知っていても「プロからアマチュアまでオープン参加の大会なのだろう」という程度の認識だった。

6月30日10:00
一斉に天皇杯三回戦のチケットが発売される。
チケットはJリーグの試合と同様に「Jリーグチケット」「チケットJFA」「ぴあ」などで発売される。

いつも購入している「Jチケ」に行き、席種を選んでから「選択」をクリック
すると
混雑しています。もう一度やり直してください

つながらない??

今年サッカーに行くようになってから初めてだ
ただしこれは、湘南ベルマーレ対長崎戦が大人気というわけではない。
三回戦のチケットは同時発売されており、出場するチームのファンが一斉に購入しているためだ。


そこで別ルートを検証する
チケットが秒殺で売りきれる心配はないが、今後のために知っておいて損はない。
手数料が同額ならば、どこで買っても同じだ。

JFA(日本サッカー協会)の「チケットJFA」に会員登録して、購入画面に進み、手数料を確認。

システム利用料:216円
発券手数料:108円

Jリーグチケットならば発券手数料108円だけで済むところ、JFAチケットは216円高い。

10:09
再びJリーグチケットに戻るとつながるようになっていて、買うことができた。


「Shonan BMW スタジアム平塚」の当日の席割りによると、通常の「ゴール裏」「バックスタンド」は混雑時を除いては開放されない。
自由席に宛がわれるのは、通常ならばメインスタンド指定席の両脇にある自由席。
選手ロッカー出入り口の真上に当たる。

特にホーム側、アウェイ側の記載はなく、チケット属性もホーム、アウェイが分かれていない。
恐らく通常「アウェイ指定席」がある場所が長崎サポーター向け自由席となるのだろう。

もしそうなるとすれば、試合をヨコから立って見るというのは、なかなかない経験だ。
サッカーでは両サイドゴール裏では、ファンが立って応援するが、メイン(バック)スタンドでは、皆座っている。
特に立ってはいけないという決まりはないが、誰かが立てば後ろの人の視界を遮るわけで、座って見ることが不文律。これはNPBの内野スタンドでも同じだ。

しかし、メインスタンド側の席は前後の幅が狭かった。
あそこで立って応援するのは窮屈そうだ。


V・ファーレン長崎ブログ

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2018年7月 7日 (土)

上五島観光、頭ヶ島天主堂にターゲットを定める

40年ぶりの上五島上陸まで、あと2ヶ月
2018年6月最初の土曜日、頭ヶ島天主堂の見学を申し込む。

この旅の主眼は「昔住んでいた町を懐かしむ」ことなので、特に観光をしたいわけではないが、せっかく行くのだから「話題の観光地」でもあれば抑えておきたい。
といっても、子供の頃の記憶では、そんなところは1つもなかった。

「五島列島」が載っている「るるぶ」「まっぷる」などの長崎県ガイド「五島列島」だけを取り上げたものなど10冊ほどのガイドブックを研究した結果、見所として紹介されているのはほとんどが教会だった。

五島列島には140島で51の教会があるが、そのうち29が上五島(中通島)に集中している。
子供の頃から仏教徒なので(今ほど自覚はなかった)当時、教会に行く機会はなく、そこにたくさんの教会があることにも気づかなかった。


そして、どのガイドブックでも取り上げられていたのが「頭ヶ島天主堂」どうやら抑えなければならない最重要ポイントはココのようだ。
ネットでしらべると、見学を希望する場合、事前に申し込みをしなければならないとあった。


頭ヶ島(かしらがしま)天主堂は西日本唯一の石造りの教会
この時点では世界遺産「候補」の段階だった「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の1つ「頭ヶ島の集落」に位置する。
長崎県南松浦郡新上五島町友住郷頭ヶ島638


【頭ヶ島天主堂の歴史】

1868年
明治政府のキリシタン弾圧で、多くの教徒が拷問を受けた

1907年頃
鉄川与助が設計 教徒が近くの島から石を切り出して建設

1917年
10年かけて現在の頭ヶ島天主堂が完成

1981年
頭ヶ島に上五島空港が建設される際、頭ヶ島大橋が架けられて中通島(上五島)と車で行き来できるようになった

2001年
同じく上五島の青砂ヶ浦天主堂と共に国の重要文化財に指定された

2016年
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の1つ「頭ヶ島の集落」として世界文化遺産に登録推薦された

2018年6月30日
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産に登録された


長崎の教会群インフォメーションセンターの公式サイトから事前連絡をする。
見学時間は45分。1日のうちいくつかの枠があり、希望の時間で申し込む。
まだ世界遺産登録が決まる前であり、2ヶ月前の時点では十分な空きがあったというより、ほとんど予約は入っていないようだった。

上五島ブログもくじ

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2018年7月 6日 (金)

世界が滅亡してからも遅くないかも知れないね。

僕より3つ年上の豊田さんは仲間内では新しモノ好きで知られている。
Kindleを最初に買ったのも豊田さんだし、AIスピーカーを買ったのもそうだった。
変わったところでは、ダニが死滅する?という触れ込みの通販商品も買ったらしい。

仲間は何か新しいモノの購入を検討し始めると、豊田さんに意見を求める。


「豊田さん、Amazon Echoがセールをやってるんですけど、どうですか?」
新人のマリちゃんが尋ねる。

「それはスマホを質に入れてでも買ったほうがいいよ」
と豊田さん

「いやだ、豊田さん」

どうも、マリちゃんが誤解しているようなので
「"しち"に入れるって意味、わかってる?」
とフォロウすると、やはり20代には伝わっていなかった。


豊田さんが若い人たちからも頼られるのは、彼の歯切れがいいからだ。
質問に対して答えが速い、短い、的確。
ふつーの年寄りは(というか世の中の大半の人は)質問に対しての答えがとろい。
言葉数がやたらと多いし、同じことを少しずつ言葉を換えて何度も繰り返す人もいる。
質問とはまったく違うことこを答える人もいる。
「わからない」ならば「ごめん、わからない」と言えばいいのに、わからない言い訳を延々と述べる人も少なくない。


豊田さんは瞬時に答える。
そして言葉はワンフレーズ

彼の「質に入れてでも」が出ればそれは「即ゲット」を意味する。
彼が「世界が滅亡してからでも、遅くないかも知れないね」と言えばくそのような一品と言うことになる。


そんな豊田さん、最近の自慢はようやく乗り換えたスマホ。
電話しか使わないから、これでいい。いや、これがいい。
と頑なにガラケー派を貫いていたのだが、同年代の仲間から「代えなきゃえんがちょ」と説得されたらしい。


「moto君、最近ラインを始めてねぇ」

語尾が下がっていたがそれはスルー^^;)
ライン(古館読みで)をやっていない僕は「相手がいていいなぁ」と感心する。
ラインが世に出てしばらくした頃、一度はラインをやってみたくて、同じく「ラインに乗り遅れた」知人を見つけ、2人で始めたことがあった。
結果的に僕らのラインは2往復で終わった。
日頃から話していない人同士にラインは必要ないということがわかったからだ。


せっかくのご自慢にお付き合いして、ラインの画面を見せてもらう。
相手からのメッセージが画面の左側から吹き出し表示されて、豊田さんのメッセージが右側から吹き出す。
それが時系列で上から下へ向かっている。


ラインをやっていない僕には、羨ましくもないし、便利そうでもない。
それでもご満悦の豊田さんに寄り添い「いいですねぇ」と合理的社交辞令は飛ばしておいた。

でも、それはSMSですよとは言わなかった。

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2018年7月 5日 (木)

まさか、この歳で論文を書くとは想っていなかった

権田さんの指導によりMIND-SAを学んでから1年半が過ぎた頃、僕は先輩の勧めにより「企業論文」なるものを書いていた。
歳がいってから始めた「プログラム」は相変わらず不得手だったが、人と会って分析して決めて作るという「SE」の流れは、長く「営業」だった僕にはシームレスに入れる仕事。

MIND-SAの基本を得たことで、なんとか「なんちゃってSE」気取りができるようになった頃「そろそろ書いてみては?」と勧められたのだ。


これまでの生涯では「日記」に始まり「作文」「詩」「卒業論文」「レポート」といろいろな文章を書いて来た。
小学校に入学する数日前、母が僕の机に一冊のノートを置いた。
メーカーは「セイカ」だったと思う。
表紙には「日記帳」とあった。

今日からこれを毎日書きなさい

「あんたは素直さが足りない」
と何度、母から怒られたかわからない僕が、なぜこの指示に素直に従ったのかを思い出せない。
今となってはそこでどんなやりとりがあったのか、浄土の母に聞くことも叶わない。

最近、親が存命の人に「子どもの頃の自分について、聞けるのは今のうちだよ」と進言している。
17歳の自分が何に熱中していたか?
虐められて帰った日、僕はどんな様子だったか?
ききたいことは、ふとした時に現れる。
「自分が覚えていない自分」を知っているのは、同居していた親族だけなのである。


僕は小学校6年間、母の言いつけを守り日記を書き続けた。

そのお陰で「なにか書いて」と言われ、負担に感じたことはない。
だが、学者でもない社会人が「論文」を書くことになるとは思っていない。
論文は学生の「卒論」だけで卒業だと思っていた。


論文とは
「はじめに」で始まり、「おわりに」で終わる作文
(しらべるの定義)

既にいくつかの企業論文を書き終えた今となっては、気軽にこんな定義ができるのだが、当時「型式」「章立て」「使用禁止文字」など様々な制約に慣れない僕は、遅々として筆(指)が進まず苦しんでいた。


論文と呼べる条件は次の通り。
■起承転結をつけるか筋立てがしっかりしている。
■根拠を示す。「**という声がある」というような表現はダメ。
■事例の発表か、具体的な提案をテーマとしていて、それが読む人に有益なものである。

従って「1年間寝る前にチョコを食べたら3キロやせました」というような事例報告だけではダメで、根拠が明らかで、それが読む人の利益につながらなければ「論文」と言えない。
といっても「論文」の体を成していない駄文でも「論文」だと言い張れば、それは「論文」として扱われるのだが。


苦しみ続けたが、なんとか出口は見えてきた。
ギブアップしようかと思ったこともあったが、品質は二の次として、なんとか「完成」に漕ぎ着けそうである。

そんな論文の提出〆切が近づいたある日、思いも掛けぬ出来事が起きた。
そして、僕はトランスコスモスに救われることになる。

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2018年7月 4日 (水)

「考えて理解してまとめ直す」ことで覚えていく

何事も理解して腑に落ちないと動けない、いわゆる「頭でっかち」な僕は、系統的に学ぶことが嫌いではない。
それが、横文字専門用語の羅列であったり、数学や化学のように数字や記号で書かれているとお手上げだが「MIND-SA」は紛れもなく日本語でシンプルに書かれていた。


僕は「考えて理解してまとめ直す」ことで覚えていく
これは中学校の時から変わらない。
当時はほぼすべての授業を寝ていて、定期試験前日いわゆる「一夜漬け」の時に初めて教科書を見るのが常。
試験まであと数時間となっている時も、僕は考えをまとめるノートを作った。
試験開始まで、そのノートを見返す時間はないかも知れない。
それでも、まとめて書き込まないと気が済まない。


MIND-SAのテキストで理解したことを、エクセルブックでまとめていく。
中学校の頃はパソコンはおろか「消えるペン」フリクションもなかったので、ノートに書き込むのは一発勝負。
だからこそ、脳の回転数が上がったかも知れないが、やはり、書き直せるに越したことはない。

これについて、村上春樹がとてもいい文章を残しているので、少々長くなるが引用する。

(引用ここから)
文章を書くというのはとてもいいことだ 。少なくとも僕にとってはとてもいいことだ 。最初にあった自分の考え方から何かを 「削除」し、そこに何かを「挿入」し 「複写」し「移動」し「更新して保存する」ことができる 。そういうことを何度も続けていくと 、自分という人間の思考やあるいは存在そのものがいかに一時的なものであり 、過渡的なものであるかということがよくわかる
(引用ここまで)
「遠い太鼓」村上春樹


「遠い太鼓」は村上春樹が「ノルウェイの森」を書くために欧州に長期滞在していた時に綴った日々のメモをまとめた随筆。
僕は「村上主義者」ではないので、村上個人の暮らしに興味は無いが、物書きが日々こんな暮らしをして、どう考えているのかが読者に対して親切に書かれている文章はとても勉強になるし、そもそも楽しい。
僕はこの文章をいつも目の届くところに置き、折に触れて読み返している。


数年の間「削除」「更新」「移動」などを繰り返した末、僕の中でのMIND-SAは諳んじることができるまでに脳に定着した。
この時、学んだ理論は大きなプロジェクトに関わることがなくなった今でも、身近な分析に役立てている。
違う言い方をすると、MIND-SAという基礎がなければ、僕にとってのこの20年はまったく違ったものになっていただろうし、これからの数十年も大きく違うだろう。

MIND-SAを教えてくれた権田さん
人に厳しいことを言えば「嫌われる」「波風が立つ」リスクをものともせず言ってくれた「アマチュアの詳しい人とプロは違うんだよ」という名言を生涯忘れない。


と、ここまで書いたが、これでは「権田さんへの恩義」「MIND-SAへの恩義」であり「トランスコスモスへの恩義」ではない。
話しはつづく。

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2018年7月 3日 (火)

「アマチュアの詳しい人とプロは違うんだよ」

現在、僕の座右の銘は「アマチュアはものごを複雑にするプロこそがものごとをシンプルにできる」だが、権田さんからこう言われたのはその数年前。

「アマチュアの詳しい人とプロは違うんだよ」

その日、僕は部屋にこもり権田さんとマンツーマンの研修を受けていた。

当時、長年の「営業経験」にくわえ「コンピューターに明るい」ことを買われて「SE」人生のスタートをしたばかり。
と言えばキレイだが、実際は営業を追われ「パソコンに詳しい」という理由で拾ってもらった。

そんな僕の研修役として宛がわれたのがSEの大ベテラン権田さん。
既に指揮系統を離れ、全体の支援に回っていたが、それでも誰もが一目置く知識と経験がある。

今思えば(今よりという意味で)若かった僕は勉強する姿勢、教わる者の態度に問題があったのだと思う。

教わりながら、知っていることについては「それはやったことがあります」といった「口答え」をしていたのだ。

それは「教える側」の者として、もっとも腹が立ち「これ以上、口もききたくない」と思う態度だ。
現在、歳をとった僕は若い人を教える機会が多い。
生徒の中には「あぁそれは知っています」と、いちいちコメントする者がいる。
その都度「あのねぇ、知っているんだったら習いに来なくていいよ」と言ったりはしないが(冗談ではなく)2秒くらい息が止まる。
権田さんにしてみれば「パソコンに詳しい」という前評判を聞き、現実に僕と接してみて「こいつは勘違いしている」と思ったのだろう。


「アマチュアの詳しい人とプロは違うんだよ」
権田さんの顔が紅潮しているのをみて、はっとした。

君はパソコンには詳しいつもりかも知れないが、プロのSEとはそういうものじゃない。アマチュアでいくら詳しくても、それはプロとは次元が違うんだ。

「これを勉強しなさい」

権田さんはそう言って僕に分厚いテキストを手渡した。
表紙には「MIND-SA」とあった。
これがトランスコスモスとの出会いだ。


【まいんどえすえー】
Method of Information systems Design for System Analysis

複数案件をシステムとしていかに改善するか「解決策指向」で追求する分析・定義・設計の理論

1984年
日本システミックスが開発
これ以降、2001年度まではトランスコスモスが営業活動を行った

2002年4月1日~
システム企画研修(株)が営業をおこなっている


「MIND-SA」は1980年代に基礎を学んだホスト世代のSEでは有名な理論。
大がかりなプロジェクトの時に用いる手法。
同様の理論に「KT法」があるが、そちらは個別案件を対称とし「真の原因追及指向」で問題を追求する理論。
「解決策指向」のMIND-SAとは、出発点が異なっている。

つづく

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2018年7月 2日 (月)

ロナルドに次のW杯はあるだろうか?

2018年7月1日
ポルトガルがベスト16ウルグアイ戦で負けてしまった。
信じられない。優勝を信じていた。
これは現実なんだろうか?全てが失われてしまったようで呆然としている。信じていたものが違う結果に終わってしまうのは辛い。
いくら考えても、過去はもう戻ってこない。だから日ごろからきちんとやれることをやっておく。結局それしかないということか・・



ロナルドのW杯が終わった。
その数時間前にはアルゼンチンがフランスに敗れ、メッシのW杯が終わっていた。
互いに勝ち進めば次は「ポルトガル-アルゼンチン」ロナルドとメッシがW杯の舞台で対戦する好カードだったのだが。


[ベスト16]ウルグアイ-ポルトガル
アウェイ扱いのポルトガルは2ndの「白」ユニフォーム
グループリーグ3節でうまくいった「クアレスマ先発」という手をフェルナンド・サントス監督はこの日は打たなかった。

7分
スアレスとカバーニがたった2人で持ち込んで先制。
ポルトガルDFはカバーニの動きをカバーしていたものの、ボールウォッチした瞬間にマークを外し、フリーで打たれてしまった。

後半10分
ポルトガルが追いつく
ショートコーナーからゲレイロが上げたボール。ロナルドが囮になって、その後ろでフリーになったぺぺが決めた。
やはり、ポルトガル優勝への道は続いている。少し諦めかけたところに希望の火が灯る。

後半17分
ハーフウェイライン上でポルトガルの「適当な球さばき」がウルグアイへ。わずか2タッチでカバーニが決勝点
ウルグアイの2点はいずれも、奪ってから時間をかけない「カウンター」
それに対してポルトガルは「時間をかけろ」という指示でも出ているかのような(そんなものが出るわけない)「遅攻」
それだけウルグアイの守備が堅いのだ。
ロナルドがワンツーでもらおうとペナルティエリアに走りこんでも、そこに上げられない。
あれだけ堅守のチームを相手に戦うならばリードするしか勝ち目はない。
この日のポルトガルは、グループリーグ3節で見せた組織的なチームとは別モノ。誰もがバタバタして怯えていた。
それだけスアレス、カバーニが危険過ぎたと言うことである。



1985年2月5日生まれのロナルド、33歳で迎えたW杯は「ベスト16」止まり。ユーロ(欧州選手権)では優勝しているが、W杯の最高成績は2006年の「4位」(ポルトガルの最高成績は1966年初出場時の3位)

次の2大メジャー「ユーロ2020」時点では35歳。年齢的にはまだやれるだろうが、ユーロは一度手にしているタイトルだけに動機付けが難しいかも知れない。
さらに「W杯2022」となると37歳。

ロナルドがポルトガルの「7」を継承したルイス・フィーゴは代表引退した2006年W杯時点で32歳だった(フィーゴは一旦代表引退した後、復帰して2006年W杯に出場した)
ロナルドの精進をもってすれば「37歳でも・・」と期待したい気持ちは山々だが「37歳のロナルド」を見るためには、最低でもFWに「第2のクアレスマ」中盤に「第2のデコ」の出現が必要だ。国民が泣きついて出てもらうロナルド、前線で孤立するロナルドでは仕方ないのである。

<おわり>

W杯2018 ポルトガルの軌跡

ユーロ2016 ポルトガル優勝の軌跡

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2018年7月 1日 (日)

トランスコスモスの歴史

V・ファーレン長崎のクラブマスコット「ヴィヴィくん」が着用するユニフォームには、選手のそれにはない企業ロゴが入っている。


トランスコスモスは、ネットからリアルまで企業と消費者をつなぐ全チャネルでITアウトソーシングサービスを提供する事業者。

2015年5月25日、長崎市にBPOセンターを開設するのを機に、同年4月30日よりヴィヴィくんのユニフォームスポンサーとなり、ヴィヴィくんのユニフォームに「trans cosmos」のロゴが入った。

ヴィヴィくんのコメント(当時)
「こんにちは! 2015シーズン、ぼくのユニフォームにトランスコスモスさんのロゴが入ることになり、とってもうれしいです♪ ことしも、このあたらしいユニフォームを着て、ホームゲームやホームタウン活動など、たくさんのみなさんにお会いできることを楽しみにしていまぁす!」
出典:トランスコスモスのウェブサイト

また2016年には諫早市にある長崎県立総合運動公園陸上競技場の命名権を取得し「トランスコスモススタジアム長崎」とした。


■トランスコスモスの歴史

1966年
丸栄計算センターとして創業

1985年
トランスコスモス設立

1997年
東証一部上場

2008年
BPOセンター熊本開設

2010年
BPOセンター沖縄開設

2015年
BPOセンター長崎開設


BPOセンターは複数の都市に置いているが、サッカークラブ支援を通して長崎県に共感を寄せていただいているのが嬉しい。


2018年2月24日、ゼイワン開幕戦
平塚の試合で目の前に現れたキャラクター(当時名前を知らない)のお腹に「trans cosmos」の文字を見た時、まさかそれがあの懐かしいトランスコスモスだとは思わなかった。

trans cosmosとトランスコスモスが僕の頭の中で一致したのは、その後、V・ファーレン長崎について詳しく調べ始めてからだ。

トランスコスモスにはかつて大変ご恩があり、その会社名を聞くとシンパシーが湧く。
それは、20年前のことだ。


「アマチュアの詳しい人とプロは違うんだよ」
きっかけは、大先輩権田さんの言葉だった。



V・ファーレン長崎ブログ

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