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2018年7月12日 (木)

神対応とつっけんどん

このシャツ、襟のところがくたびれているんだけど、買い換えていいかなぁ?

「誰が見るのよ」

中年サラリーマンの豊田さんと奥さんとの会話です。
自分に見えているから、気分が引き締まらない
などと豊田さんは食い下がるのですが、相手にされません。

こういう時、豊田さんは、ただ無言で引き下がるか、虫の居所が悪ければ「なんだ、その態度は!」などと、ものごとをややこしくする一言を言ってしまい、後悔することになります。

無言で引き下がった時、彼は思います。
なんだ、あの・・
冷たい?
いや違うな
暴虐的?
ちょっと行き過ぎか^^;)
そうだ、つっけんどんだ

でも、それを最近、言葉にしたことはないなと気づきます。
死語なのか?
試しにパソコンで打って見る
「突っ慳貪」
へぇ、こんなふうに書くのか

広辞苑 第七版 にも載っていました。

つっ‐けんどん【突慳貪】
とげとげしく不親切に物を言ったり、したりするさま。「―な応対」

確かに今も存在する現役の言葉でした。



南原君は職場では「言葉遣いが悪い」と評判の若者です。
自分のことを「オレ」と呼びます。
日本の「社会」では、就活の学生ですら、自分のことを「僕」ではなく「私」と呼称するよう指導されます。
だから、こいつはいったいどういう教育を受けて来たのだ?と周囲の人は呆れているのです。

年長者が若者に向かって「オレだったらこうするね」などと言うのは許容されるとしても、若輩者の南原君が先輩たちに向かって「オレはこう思うんですよね」などと言っている光景は異様です。

はじめのうちは「なにが起こっているのだろう?」という「違和感」から始まり、それはすぐに「どん引き」に変わりました。

昨今、日本の社会では、そういう人の陰口を言い合うような風潮が影を潜めており、素知らぬ顔でスルーしてあげる「神対応」風な風潮にシフトしています。

誰も注意しないし、誰も気に留めていない。
一見、それはノープロブレムのようですが、人の深層心理はそうではありません。


やがて、彼に対する周囲の態度が1人、また1人と変わっていきました。
南原君が話しかけても、目を合わそうとせず、必要最小限の受け答えで済ませようと努める。
彼が言っていることに問題があっても、それを指摘すると面倒になるので「はい、はい」と流していく。

そう「突っ慳貪」の登場です。
「突っ慳貪」な態度をとる人が「ひどい」人なのではない。
とられる側に深い病巣があるということを周囲は実例をもって知るのでした。

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