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2018年9月の30件の記事

2018年9月30日 (日)

タイムマシンに乗って「LOVE, PEACE & TRANCE」

シングル「HASU KRIYA」が届いた
ケースを開けるとインデックスカード(ジャケット)の上にセルロイドのカードが乗っていて、3人娘の輪郭がモノクロで描かれている
こういう構成のジャケットは初めてだ

遊佐未森は「LOVEちゃん役」
甲田益也子が「PEACE」
小川美潮が「TRANCE」
そして細野晴臣はというと「&」
ということになっている
つなぎ役ということですね

アルバムでは「HASU KRIYA」と表記されているが、シングルでは「はすクリア」と表記されている

はす=蓮
KURIYA=サンスクリット語で「浄化」

シングル収録曲
1.はしゃマンダラ
2.暗闇のささやき
3.はす・クリア


「LOVE,PEACE & TRANCE」は1994年から1995年にかけて活動していた。
1994年12月にシングル「HASU KRIYA」が出て、年明けの1月21日にアルバム「LOVE, PEACE & TRANCE」を発売した。
アルバムは2009年1月に再販売されている。


以下はアルバム「LOVE, PEACE & TRANCE」を探索した結果
TSUTAYA DISCAS 在庫なし
最寄りの図書館 在庫なし
Amazon 配信で販売、中古CD販売

「Amazon Music Unlimited」に入っていれば「Amazon Echo」などのAIスピーカーで聴くことができる。
早速「アレクサ!らぶぴーすあんどとらんすをかけて」と頼んでみたが「ゴメンなさいよくわかりませんでした」という回答
いや、アレクサの流儀に合わせなければいけなかった。
「らぶぴーすあんどとらんすの"曲を"かけて」
これでウチのEchoでも聴くことができた
これは日々の「寝落ち」用プレイリストとしても使えそうだ
いやぁ極楽極楽


さて、コンサートの噺に戻る


「ほほえみとともに粉雪の舞う」
この曲も「あぁあったなぁ」と思って聴いたいたが、それは勘違い。
2016年にリリースさらたアルバム「せせらぎ」に収録されているシングル曲。
直前に予習した「P E A C H T R E E」に収録されていたのを聴いただけで、アルバムが出ていたことすらチェックマしていなかった。
ゴメンなさい、遊佐さん

遊佐未森25周年の記録
遊佐未森30周年の記録

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2018年9月29日 (土)

生まれて初めて見るシンメトリーな自分の顔

クレオパトラの顔は完全なシンメトリーだったらしい
親戚のおじさんが言っていたのならば、ちょっとは信憑性もあるが、知らない人が書いた本で読んだので、本当かどうかはわからない

要はシンメトリー「左右対称」な顔は美しいということのようだ
確かに新聞記事に載った「書類送検された元アイドル」の顔は見事にシンメトリーだ


その日、僕は電子手続きのために写真を必要としていた
ひと昔前ならば、近所のセルフ証明写真の販売機までクルマを走らせる必要があったが、今はデジタルカメラで撮り、パソコンに転送して、トリミング、ダウンサイジングを行うことで、先方が指定するピクセル、ファイルサイズの写真を自作できる

スマホで撮ると平坦な顔がさらにべったりしてしまうので、一眼レフのレリーズモードをリモコンにして自撮り
ケーブルをつないでパソコンに転送する
画像編集ソフトを立ちあげて、今撮ったばかりの十数枚の写真を見比べる
そこで、僕は愕然とする

顔が歪んでいる

それも左と左で歪みが違う
こんな顔だったかな
急いで洗面所に行って映してみる
あれ?歪んでないぞ
左右もそれほど違わない
よくよく、注意してみれば確かに違うけれど、ぼんやり見ている分にはわからない

気を取り直してもう一度、一眼レフで撮り直す
しかし、できあがった(現像してないけど)写真はさっきと同じ
左右が異なり、歪みも違っている

以前、新聞の取材を受けた時、カメラマンが左、正面、右とテストしたあとで「左からがいいですね」と言って、インタビューを受けている間、左ばかり撮り続けていた。
人の顔は左と右は違うものなのだと、その時知った。

歪んだ写真をしばらく見ていて、僕はある実験を思い立ち、早速とりかかる

まず顔の中心線から左だけをトリミングする
そしてその「左」を180度反転させて、本来「右」の顔がある位置に置く
継ぎ目がわからないよう微調整してできあがり
生まれて初めて見る「シンメトリーな自分」だ

ほぅ、こうなるのかぁ

だからと言って、元が元なので、いきなり福山雅治になったりはしない
ただ、本物の僕、一眼レフが撮った本当の僕と比べると、鏡の中にいる僕がみた僕、僕が作り出した僕によく似ている

あまりに合成がうまく行ったが、もちろん、それを手続きに使ったりはしない
だって、ほくろの位置、シミの数、髪の毛一本一本まですべて左右対称じゃ、バレバレである

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2018年9月28日 (金)

遊佐未森が歌を歌うと「あぁ、あったな~」と思えてしまう

6曲めは「水玉」
こんな素敵な歌詞の曲があったのか・・

この曲はNHK教育テレビ放送「天才てれびくん」で使われており、歌っていたのは「ホワイトクローバー」(村田ちひろ、岩井七世)
そのために、遊佐未森が書きおろした
道理で知らないはずだ
岩井七世(いわいななせ)は今も女優として活動しており、僕が観たものでは、2010年の映画「ちょんまげぷりん」に出演していた


遊佐未森が不思議なのは、どんな曲でも彼女が歌っていると「あぁこんな曲もあったよな」と思えてしまうことだ
それは、あまり聞きこんでないからでは?
という見方もあるだろうが、あながちそれだけじゃない
もしも、彼女が太田裕美のアルバム収録曲をステージで歌ったら、きっと誰もが「あぁあったなぁ」と思い、家に帰ってから「どのアルバムだっけ?」とネットでしらべるだろう
今の僕のように


♪どんな向かい風も味方にするよ♪
この曲を聴けば、風速20mの向かい風でも、乗り越えて走れる気がする。従って、2ヶ月後に迫った「つくばマラソン」で聴くセトリに入れることにした


「ネクター」
歌い終えたあと「神様のお酒をイメージしたのですが、やっぱり皆さんは不二家の方ですよね」と笑いを誘う
たしかに
ざらざらとした舌触り、甘ったるい後味がすぐに思い浮かぶ


「HASU KRIYA」
おいおい、どんだけ高い声で歌うんだ?
そんなに飛ばして大丈夫なの?
と心配になる。でも確か喉に負担のかからない唱法を音大の頃、編み出したのだと前にインタビューで語っていたな

そして、この曲も「あぁあったなぁ」と思っていたが、曲と連動して想起される場面、想い出、何も出てこない

この曲は1994年、細野晴臣がプロデュースした「LOVE,PEACE & TRANCE」(遊佐未森,甲田益也子,小川美潮)の3人組で歌ったもの


遊佐未森の年表でみていくと、1994年にアルバム「アルヒハレノヒ」「水色」を出して、1996年に「acacia」を出すまでのブランクに「LOVE,PEACE & TRANCE」活動をしていたことになる
申し訳ないが、全然知らなかった・・




帰宅して早速「HASU‐KRIYA」を購入
Amazonという名のタイムマシンにのって、20年前に遡る旅の始まりだ

遊佐未森25周年の記録
遊佐未森30周年の記録

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2018年9月27日 (木)

遊佐未森を知ったのは週刊誌のグラビアページだった

MCを入れずに「せせらぎ」「タペストリー」と続ける
1998年にリリースされたシングル「タペストリー」(10枚めのアルバム「Echo」に収録)
2000年代初頭、激動の時期、いつも僕の側に寄り添っていたのがこの曲で、今では平穏な日々にこの曲を聴ける幸せを噛みしめる。

平和ゆえにサッカーがあり、サッカーが観られる日々に平和のありがたさを知る・・といったところだ


「風の吹く丘」
二枚めのアルバム「空耳の丘」に収録された曲
ずいぶん久しぶりに聴いたので、なんという曲だったかわからなかったが、これはいい曲だ。いやいい曲だったと、かつて知っていた
旧いアルバムを掘り起こして、もう一度現代のローテーションやマラソンのセットリストに入れよう


「地図をください」
ウェスタンギターで始まるイントロを聴いて、幸せにならないミモリストはいないはずだ
そういえば、遊佐未森のファンをミモリストと呼ぶことに異論は巻き起こっていないのだろうか
村上春樹のファンをハルキストと呼ぶことは、村上本人がとても嫌がっていて、自ら「村上主義者」を提唱している
ということは「遊佐主義者」か

ここで、初めてMCがはいる
「地図をください」は遊佐未森3枚めのシングル
アーノルド・シュワルツェネッガーが出演したカップヌードルのCMに使われた
「この曲のご縁で知ってくださった方?」と彼女が問うと一斉に手があがる
「わっ全部だ」


恐らく僕もその1人だった
僕が遊佐未森を知ったのは週刊誌のグラビア
といっても水着オールカラーではない
「週刊プレイボーイ」とか「平凡パンチ」ではなく、確か「週刊文春」か「週刊朝日」だったと想う
モノクロ4ページの紙面で、今風にいえば「不思議ちゃん」調の遊佐未森が登場し、全部足しても100文字程度のキャプションでは確か「4オクターブの魅惑のボイスを持つ少女が現れた」といった紹介が述べられていた

僕はそのルックスを見てすぐに貸しレコード屋さんに走った(確かもうCDだった)
もちろん「どんな声なのか?」にとても興味があったが、アーティストとして一般週刊誌のグラビアに登場してしまうほどの、圧倒的存在感に食いつかないでいることは、カップヌードルを作って謎肉を残すこと以上に難しかった。

シングル「地図をください」も借りた
初めて買ったのは「桃と耳」1992年に出た、遊佐未森初めてのベストアルバムだった
このアルバムは今もブックオフに売ることなく、大切に仕舞っている

今、久しぶりに確認しようと想ったのだが、あまりに奥に仕舞い込んでいるので断念した

遊佐未森25周年の記録
遊佐未森30周年の記録

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2018年9月26日 (水)

「暮れてゆく空は」は、オープニングにベストな選曲

今朝になって急に予習の必要を感じて、iPhoneで聴いていた遊佐未森のデビュー30周年記念ベストアルバム「P E A C H T R E E」
だが、この中から演奏が行われるとは限らない
この公演に先立ち、大阪公演が行われており、ネットでしらべればセトリがわかったのかも知れないが、今日は事前情報なしで愉しむことにしている

席に着くとすぐイヤホンを外して、周囲の音を愉しむことにする
流れているのはピアノ演奏
しばらく聴いていると遊佐未森の声が入っていたので、何かで使われた音源なのかも知れないのだが、僕は彼女のすべての活動を抑えていないので、そこはわからない

遊佐未森は通常のコンサート以外にアコースティック編成でおこなう「カフェミモ」や「プラネタリウム」「教会」などで行う企画コンサートがあるらしいのだが、僕はそのいずれにも行ったことがない


開演時間から9分を過ぎて客電が落ちる
Prologueの音源が流れるなか、バンドメンバーが登場

■バンドメンバー
Watusi(ベース)
楠 均(ドラムス)
松田 文(ギター)
西海 孝(ギター)
渡辺シュンスケ(キーボード)


そして最後に遊佐未森
25周年ライブでは至ってシンプルなワンピースで登場した遊佐未森だが、この日は「史上もっとも派手」と本人が後のMCで語った「桃ドレス」
いや、すばらしい
遊佐未森は、やっぱりこうでなくちゃ


「暮れてゆく空は」
25周年のベスト盤[VIOLETTA THE BEST OF 25 YEARS」でクラシカルに生まれ変わった、この曲から始まる
気持ちがすーっとコンサートに入っていく
遊佐未森のコンサートはこれで5度めだが、オープニングの失敗が終盤まで尾を引くことがある

あまりに神秘的に入り過ぎて「観客どん引き」だったり、ハードに入ったけれど「観客反応仕切れず」だったり
これが佐野元春だったら、どーんとぶちかましていきなり総立ちでいいのだが、遊佐未森はそういう人ではない

いきなり「野生のチューリップ」や「夏草の線路」で入られるとちょっと困るなと想っていた僕にとって「暮れてゆく空は」はこのうえない選曲だ

ただいま帰りました!
とステージの遊佐さんに敬礼するような気分が楽しい

遊佐未森25周年の記録
遊佐未森30周年の記録

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2018年9月25日 (火)

遊佐未森30周年コンサート東京はsold out!

遊佐未森公式サイトの情報によると、この公演はsold outしている。東京EX THEATER ROPPONGIの収容人員は920人(着席時)
※スタンディング時1,746人
※公演は着席(指定席)で行われる
これほどキャパが小さいハコで演ると想っていなかったので、チケットが当たったことが僥倖であったと当日知った。


開場の16:45に間に合うよう家を出た。
しかし、しばらく歩いたところで忘れ物に気がついて、取りに戻る
今日はこれがなければ始まらない


東京メトロ六本木駅4b出口を出て、マクドナルドに寄って腹ごしらえしてから・・と想ったが、夕飯にはまだかなり早いので、そのまま会場へ。

東京EX THEATER ROPPONGIは2013年11月開場。
テレビ朝日のビルである「EXタワー」の1,2階に入口がある。

六本木という街は僕のような田舎者にとっては、出かける前にシャツとズボンと靴の組み合わせを一度、紙に書き出して、これで本当にいいのだろうかと腕組みさせるくらい敷居が高い。

だが、実際に来てみるといつも、それは杞憂だったとわかる。
特に日曜日となると、武蔵小杉や品川と何ら変わらない。蒲田だとちょっと違うけど。



開場15分前、16時から一階入口で行われたというグッズ販売は既に撤収されていた。
メガホンを持ったお兄さんの指示に従い、二階からの入場に並ぶ。

二階から入り、階段を降りた一階でモギリ
いつものことながら、手荷物検査はない
ここで、ドリンク代の500円を支払う


汗ばむ手のひらの中、小さなコインをひとつ握りしめて、地下二階まで降りてドリンクの列に並ぶ
ビールなどのカップとペットボトルは列が分けられていて、すんなりとペットのお茶を受け取ることができた

一次申込みで当たった僕のチケットは、アリーナ(B2階)後方左寄り
後方と言ってもハコそのものが小さいので、ステージは割と近い

後ろの方から「わぁ近いね」と若い女の子の声
振り返って見はしないが、恐らく彼女が今日の最年少だろう。
僕の座席からざっと見渡したところ、男性率85%
遊佐未森のファンには、もっと女性が多いと想うのだが、女性たちは皆、どこか他の世界で行われている別の会場に行っているのかも知れない

そして、目に付くのは帽子を被った男性
僕も日頃、帽子を被っているが、それは紫外線対策であり、屋内では脱帽する
彼らには、それぞれ帽子を取ることができない理由や信念、そして思い入れがあるのだろう

遊佐未森25周年の記録
遊佐未森30周年の記録

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2018年9月24日 (月)

遊佐未森30周年記念コンサート“P E A C H T R E E”

2018年9月23日、遊佐未森30周年記念ライブ
Mimori Yusa 30th Anniversary Concert “P E A C H T R E E”

1988年4月1日、アルバム/シングル「瞳水晶」でデビューした遊佐未森は、今年30周年を迎えた。


この前に遊佐未森に行ったのは5年前。
2013年10月27日、渋谷公会堂で行われたデビュー25周年記念コンサート「ミモリアルソングス」
その時は「これからは時々、遊佐未森に行こう」と想い、チケット業者の「リコメンド登録」もしておいたのだが、結局、今日になってしまった。
遊佐さん、申し訳ない。



3ヶ月前に一次申込みで当選したチケットを時々、チケットホルダーに確認しては、5年前の穏やかに過ぎていった時間を回想していた。
前回のチケットには「スペシャルカード付き」とあったが、今回特典は記されていない。
その代わり「ドリンク代別」と書かれているので、いつもは財布が太るので極力入れないことにしている小銭を詰め込む。



■遊佐未森30周年 時系列の記録

2018年3月21日
デビュー30周年記念ベストアルバム「P E A C H T R E E」発売
「国立市立国立第八小学校校歌」収録
初回限定盤特典:ピアノ演奏を中心とした未発表音源の6曲入りCD

2018年6月1日~6月10日
30周年記念コンサートチケットサイト先行受付

2018年9月14日
30周年記念コンサート 大阪 BIGCAT
指定席6,500円+ドリンク代

2018年9月23日
30周年記念コンサート 東京EX THEATER ROPPONGI
全席指定席6,800円+ドリンク代


曇り空だった東京は、開演の3時間ほど前からお日様が地上を照らし始めた。
今日も遊佐未森が「私って晴れ女?」とどや顔するだろうか。

遊佐未森25周年の記録
遊佐未森30周年の記録

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2018年9月23日 (日)

信頼できるスポーツ店員

まず始めに、これは必要という「鉄板」銘柄をカゴの左端に寄せていく。

レース前30分~40分に摂る「VESPA Pro」
これは初マラソンから一度も欠かしたことがない

レース直前に摂る「ノンカフェイン」を2種
これは、前年と同じものを選ぶ
「HONEY STINGER GOLD」
「Mag-on グレープフルーツ」


ここ数年、レースがスタートした後は、すべて「カフェイン入り」

「shotzカプチーノ」×2
「shotzコーラバニラ」
このshotzカフェイン入り2銘柄は、2010年の長野マラソン以来、続けている。なくてはならない存在。
「HONEY STINGER GINSTING」は何度か使ったことがあり、なかなかよかったので当確


「TOP SPEED」は1個580円
他のカフェイン入りサプリが250円前後なので、格段に高い。
高いと言うことは効きそうだ。
別に根拠はなにもない。
そもそも、こうして大量に摂るレース中給食、その効果の半分は「気は心」である。


レース中は5kmから35kmまで、5km毎に7回の給食を摂る。
大会によって回数を増減して試してきたが、7回に落ち着いた。
既に「7分の5」は確定したので、残りは2銘柄。
以下の暫定候補4種を2つずつ買い、練習で使ってみて、絞り込む。

shotz green plum
Mag-on ピンクグレープフルーツ
Mag-on ラフランス
Mag-on レモン




「靴の試し履きとかもできますので、よろしければ声をかけてください」
ここで、若手のサトウ君が僕に声を掛けに来た。
そりゃ確かにシューフィットの椅子に座っているけれど、誰が見ても靴を買いそうには見えないと想うが・・
まぁいいか

せっかくなので、サトウ君に暫定候補とした4銘柄について、特徴を尋ねてみる。
お手並み拝見といったところだ。

すると、サトウ君、それらがいずれもカフェイン入りであることに着目して、カフェインのレースでの効能。日頃からコーヒーを愛飲している場合、3日前くらいからカフェイン断ちをするとよいことなどを語り始めた。

Mag-onの特徴もよく掴んでいた。
ラフランス、レモンはパッケージが変更されただけで、ピンクグレープフルーツは新製品。甘いフレーバーは嫌う人もいるので、酸っぱめの味に仕上がっている・・

なるほどね!
その見事な説明に対して僕は、大きく頷く
それ以上の言葉は不要だ。

過去にはこの店でいい加減なアドバイスを真に受け、レースを棒に振ったこともあったが、もうそれは遠い昔の噺だ。
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2018年9月22日 (土)

つくばマラソンのレースサプリを買い出しに行く

つくばマラソンまでは、まだずいぶん間があるが、レースで使う給食サプリメントを買い出しに来た。
若者だった頃は、休みの日に街に身を置かないことは、なにか重大な規律違反を犯しているような気分がしたものだが、今はもう違う。
滅多に、街に出てくる機会がないので、こうして近くまで来た時に買っておかないと、この次、またいつ来るかわからない。

皆さんは「サプリなんてネットで買えばいいのに」と想うかも知れないが、そうはいかない。
予め銘柄が固定されていれば、ネットでもいいだろうが、サプリは毎年のように新機能商品が出てくるので、その時点での最先端、最大の効果が得られるものを見極める必要がある。
ネットではそうしたものを一堂に展示しているサイトがない。
(誰かが作ればいいのに)
だから、こうしてこの目で見に来るのだ。


開店間もない店内はとても空いていて、店員たちが昨晩のうちに届いた商品を棚に補充している。
僕はランニングウェア、靴下、雨具、靴などを30分ほどかけて、くまなくチェックマしたあと、本題のサプリ選びに入った。


今回は予め、どういったものをいくつずつ買うか計画を立てて、スマホのスケジューラーに入れておいた。
いつも、店頭であぁでもない、こうでもないと迷っているうち袋小路に入ってしまうからだ。
結論からいうと、プランは立てておいたが、実際に選び終わるまでには30分を要した。


備え付けの買い物かごを持ち「鉄板」つまり、これはもう必ず使うというものをカゴに放り込む。
つづいて、事前に銘柄を書き出しておいたもの。
それから、1年前にはなかった新商品で「カフェイン入り」のものを片っ端に。

おや?shotz コーラバニラが見つからないぞ。
売れないからやめたのか?

すみません!
ここで店員さんを呼ぶ
電話に出たら「新人のサトウです」と名乗りそうなくらいの若者。
商品知識は期待できそうにないが、わからなければ調べてはくれそうだ。
「そこに無ければ無いです」
という無気力店員の常套句が彼の口から出ることは想像できなかった。

「パッケージが変わったんです」
サトウ君はすぐとなりにあった「コーラバニラ」を示してくれた。
なるほど。パッケージが同じ柄で似ていたから変えたのだな。



ひと通り候補をカゴに入れ終えると、シューフィットのために置かれている椅子に陣取り、検討に入った。

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2018年9月21日 (金)

申請書を使い回してはいけない理由「申請」と「依頼」は違う

鈴木 様
お世話になります。
総務部の佐藤です。

お送りいただいた「申請書」についてご連絡します。
申請書は申請先が提供する書式を、その都度、申請先から入手して使用するものです。
申請経験者や、となりの人からもらうものでもありません。
申請書は申請先の組織が、その申請案件に関する上位規程に則り運用しています。
運用は日々、変化します。
いいえ、変化すべきものです。

上位規程の変更、状況の変化、効率のよい方法への変更
こうした変化に応じて、申請書式は改訂されます。

もしも、あなたが、過去に申請した際に使った申請書式を保管していて、それを再利用したとした場合、申請先が申請書式を変更していたら、そこに齟齬が生じます。
それは些細なことかも知れませんが、上位規則の変更に伴う変更がなされていた場合、現行規則に合わないこともあります。


鈴木さん、想像してみてください。
あなたは役所に申請に行きました。
その時、申請書が置いてある場所から「また、いつか使うかも」と言って、余分にがめて来ますか?
がめて保管しておいた申請書を、次回、申請に行く時に使っていますか?

これが宅配便の伝票ならば、予備をもらって来ても、再利用が利くかも知れません。
それは「申請」ではなく「依頼」だからです。
「依頼」を受けるサービス提供者は、たいてい、融通を利かせてくれます。
「申請」と「依頼」は違うのです。
「申請」を受ける組織が、融通を利かせていたら、ルールは亡きものとなります。
申請が通らないと「融通が利かない」という申請者がいますが、それは「融通が利いてルールは有名無実な組織」で働くことが、どれだけ危ういかを想像できない人です。


企業内における申請書は、エクセル、ワードなど電子的なファイルで作られます。
これは、そこで働く人たち一人一人に会社からパソコンが貸与されているという前提があります。
そして、パソコンの方が記入がスムーズ。メールに添付して送ることができるので、送る手間、受け取る手間が省力化される。といった、効率重視の前提によるものです。

その効率を逆手にとって、申請書の使い回しを「常識」とするのは、あなたの錯覚です。
目を覚ましましょう。
運用の本質を見つめましょう。

あなた以外の大半の社員はルールに則っています。

おわり

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2018年9月20日 (木)

エクセルの申請書を使い回す人たち

サトウさんの会社ではWindows2000が出た頃から、ホワイトカラーの人たち全員に会社からパソコンが貸与されている。
ある人はデスクトップパソコンであったり、ある人はノートパソコンであったりという違いはあるものの、基本的には、エクセルやワードが入っているWindowsパソコンであることには違いない。


サトウさんは総務部に所属しているので、売上目標、ノルマといったものはない。
サラリーマンである以上、事業計画には組み込まれているわけだが、仕事の性格上「たくさん仕事をとってこい」といったことはない。
日々、心がけることと言えば、ムダを省いてコストを下げる。処理の効率を上げるといったことだ。
そんなサトウさんには、日頃から抱えている課題があった。
それが、社員から総務部へ届く「申請書」だ。


社内の営業、開発、製作といった部門の社員が、総務部へ送ってくる申請書。
昔は紙に手書きして、上司のハンコをもらうものだったが、パソコンが普及して、申請書がエクセルやワードで作られるようになってから、その課題は発生した。

申請者が一度提出した申請書を自分のパソコンに保管しておいて、次の申請時には一部を書き直して提出する。つまり「使い回し」をするようになったのだ。


紙の場合、ボールペンで書いて上司のハンコをもらったものは、再利用がきかない。
ところが、パソコンは「書く」「保管する」「削除する」「修整する」「保存する」といったことがお手の物。
何度か提出する申請書ならば、再利用したくなる気持ちもわからないでもない。


では、サトウさんの課題とはなにか。
一つは、他人にも「使い回し」が広がることだ。

Aさんが申請して承認された申請書があるとする。
それを、Aさんが「こうやって書けば通るぞ」と言って、申請書のファイルをBさんに渡す。
Bさんは、日付や名前だけを書き換えて提出する。

これをやると、Bさんは「申請の意義」を理解しないことになる。
申請書には「注意事項」や「規定」が記されているが、ろくに読みもしない。
そういう「自分はなにも悪いことしてないんだから、申請とかに時間をかけたくない」といった人が、実際には事故をやらかすのだ。


こうした「使い回し」が起きていることは、プロならば容易にわかる。
使い回しでは、申請理由の文面がまったく同じだ。
なかには部署名、氏名まで同じ。つまり「書き換え忘れている」ことすらある。

つづく

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2018年9月19日 (水)

2018年夏、一年ぶりの佐世保駅

外は35度、容赦ない佐世保の太陽が照りつけていて、とても日向には居られない。
上五島行き高速船の出港まではまだ2時間もあり、一旦、佐世保駅内に避難する。

熱中症対策として瀬上薬局でアクエリアスを購入
エレナでロンサンドを買ってお昼にしようかとも考えたが、せっかくなので、有川に着いてから五島うどんを食べることにして昼を抜く。


佐世保駅構内を散策して「V・ファーレン長崎」の文字を探すのだが「Vの字」もない。

ちなみに、この一週間後、改札内に入ると、そこにはHOME GAME開催ご案内ボードがあった。
そのとなりには、選手たちのサイン寄せ書き。



応援しよう!というならば、駅構内や入口にも、V・ファーレン長崎の本拠地であることを示す目印が欲しいところだ。



駅構内には去年はなかったカフェができていた。
東口には「日本最西端佐世保駅JR」の木彫り看板。
当初は改札内に投げやりに置かれていたモノだが、数年前、改札手前に移り、ついに駅の外に出た。
観光名所としてアピールできるならば、遠慮せずにいくぞという佐世保駅の気合いを感じる。
木彫り看板右側に見えるボードも新設されている。


鉄道駅日本最西端は松浦鉄道の「たびら平戸口」であり、佐世保駅は「JR駅日本最西端」なのだが、そういう細かいことを説明するのは、もうやめにした様子。

東口を出てすぐ左側に、去年はなかった「顔出しボード」
一見すると、以前からあるログキットのボードが1枚増えたかのようだが、これは「えきマチ1丁目」のもの。

日本じゅうにある「顔出しボード」の中でも、構図の楽しさはトップクラスだ。
「!!!」と「HELP ME!!」にはまる人の表情は"お約束"なものでいいが、右上「O」の位置にはまる人の顔づくりが、その写真の品質を決めることだろう。


ちなみに、佐世保駅の正面入口(みなと口ではない方)は「東口」という名前なのだが、地元の人でそれを知っている人は恐らく10%もいないだろう。

上五島ブログもくじ

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2018年9月18日 (火)

速い!長崎空港→佐世保駅 乗合ジャンボタクシー

長崎空港から佐世保港へ移動する

海上空港である長崎空港に、鉄道は乗り入れていない。
行き先がハウステンボスならば「海路」もあるが、佐世保港(JR佐世保駅)の場合、選択肢は陸路のみとなる。

方法は「路線バス」または「ジャンボタクシー」
今回は乗合ジャンボタクシーを予約した。
費用は路線バスと比べて100円高いだけ。
路線バスのように、停留所に停まらない分、所要時間は格段に短い。
(ウェブサイトでは「バスより20分~40分も早く到着」と謳っている)
ただ、その速さに少々恐怖を感じることになるのだが・・


ジャンボタクシーの出発時刻は、空路の便から余裕を持って乗り継げるように設定されており、V・VAREN PORTでゆっくり買い物を済ませてから乗り場に着くと定員8人の2番乗りだった。
荷物を後部トランクに入れてから、予約しておいた名前を告げて、現金で1,500円を支払う。


この日、長崎の気温は35度。
今回の旅では東京と比べて、概ね3度~4度、高かった。
窓ガラスには遮光フィルムが貼ってあるのだが、窓に近いだけで暑い。
定刻の3分前、若い女の子2人組がやって来て満員となり、定刻どおりの出発。


出発するとすぐに、車は高速に上がり、女の子は2人とも首を傾けて爆睡にはいる。
若い子は、どこでも寝れていいな・・

白いカッターシャツを来たビジネスマンはiPADで仕事を続けている。
するとiPADおじさんの携帯が鳴る。
マナーモードにしておいてよ・・
女の子が2人とも起きる

「あ、おつかれさまっす」
出るのか・・
「いま、向かってます。かけなおします、すいませーん」
電話の相手には詫びたが、我々には一言もない
女の子は何事もなかったように、すぐに爆睡に戻る


それにしても、とばすなぁ
まぁ高速道路だから、ここはとばすところなんだろうけど
あっと言う間に大塔のイオンが見えてきた
一年ぶりに佐世保に帰ってきたという感慨がない


ジャンボタクシーは佐世保駅の裏側、港に面した「みなと口」に着く。
これは速いし、料金も手頃でいい
これから先、あまり機会はないと想うが、佐世保⇔長崎空港の移動ではこれ一択と言ってもよさそうだ。

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2018年9月17日 (月)

日本ではここだけ? V・VAREN PORT

ダッフルバッグを受け取ると、7ヶ月前に長崎空港ルートを選択した僕を褒めてあげたい、そんな場所が待っている。

一般的に空港というのは、到着ロビーが下の階(大抵グラウンドレベル)になっていて、到着した旅客はそのまま交通機関に乗り換えて移動していく。

ところが、僕は一階の到着ロビーから二階の出発ロビーへ上がる。
ハウステンボスの売店が見える。
いつもならば、吸い込まれるように入店するところだがスルー。
その先に目指す店の幟がみえてきた。


V・VAREN PORT
V・ファーレン長崎のオリジナルグッズショップ
バルセロナ空港にはFCバルセロナのグッズショップがあったが、それ以外でフットボールクラブのショップが最寄りの空港にあるのを知らない。


まずは蒐集している「顔出しボード」の写真をゲット。
事前にツィッターでチェックしておいた。


今回の旅では、この「顔出しボード」が思いのほか「豊作」となった。
観光地には「顔出しボード」がお約束として定着すれば、これは新たな「cool Japan」になるかも知れない。


お店の人に承諾を得てから、店内を撮らせていただく。


それほど広くない店内だが、これまでジャパネットの公式通販やスタジアムのグッズ販売では見たことのない品が、数多く並んでいる。
ひと昔前の僕ならば 「コンプリでゲットだぜ!」
となるところだが、数年前のくまモングッズ集めでちょっと懲りている。
今も使わないまま仕舞いこんでいるくまモン達。
使わないモノを余らせてしまうストレスは、自分自身にボディブローのように効いてくる。

・他では売っていない
・どうみても実用的

この2つの条件に合う商品が「スクラッチワッペン」

V・ファーレン長崎ユニフォームをヴィヴィくん仕様にする

いくつか種類があったので「コンプリでゲットだぜ!」病をこらえて、1つだけにする。
予備を買っておけば「誰かのお土産に使える病」も封印。


このショップは羽田-長崎の航空チケットを予約した1月にはまだなかった。
4月にオープンした時は、自分の「長崎ルート」選択を何度も褒めたのだった。

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2018年9月16日 (日)

散髪屋の10分トークでこの夏を総括する

床屋にはだいたい6週間で行くことにしている。
ちょっと後ろが伸びてきたなと想う頃が、ちょうどその頃だからだ。
だが、今日はいつもより1週多い7週間
つくばマラソンまでの残り週数を計算すると、一週遅らせるとちょうどよいタイミングになるからだ。
マラソン前は直前に散髪すると風邪を引くリスクがあるので、いつも2週か3週前に短くする。


仕事帰りの夕方、駅前にある格安カットの店は空いていた。
日中の時間は「サービスタイム」
さらに安いため、無職の人たちや学生は皆、早めに訪れる。
仕事帰りで行く頃には、ちょうど「サービスタイム」の客が仕上げに入っている頃で、ほとんど待たずに席に着くことができる。


その店は都内に数店舗を構えるチェーン店だが、美容師はずっと前からいるおばちゃん達だ。
チェーン店というと、そのまま「こだわりのラーメン屋」で通用するんじゃないか?というがたいがいいおやじというイメージだが、ここはすべておばちゃん、とてもアットホームだ。

以前、沢口靖子を30歳若くしたような美容師がいたことがあるが、僕はその人が苦手だった。
散髪というのはハサミやバリカンを当てることを容認する行為なので、できればリラックスして臨みたいが、その人が当たるととても緊張したのだ。
ある時「これくらいでいいですか?」と沢口に確認を求められ、もうちょっと切ってもらっていいですか?と丁重にお願いしたところ「はっ、けっこう短いですよ」と反論されて、要望を取り下げたことがあった。


「今日あたり寒いくらいですね」
散髪の席に着くと僕はいつも、目をつぶっているのだが、おばちゃんは付属サービスでもあるかのように、世間話を振ってくる。

そうですね
寝たふりをするのは大人げないので、さらに話題が膨らまぬよう、最低限の回答をする。

「ついこないだまで、あんなに暑かったんですけどね」
だいたいは、ここで会話は終わり、散髪が終わるまでのおよそ10分間、粛々と作業が進められる。
だが、今日は違った。

「今年は蚊が少なかったですね」
そうですね
「暑いのはいやだけど、蚊に刺されないのは助かりましたよ」
確かにそうですね
僕は目を閉じたまま、口元にアルカイックスマイルを浮かべて、敵意はないことを表明する。

「セミもあまり鳴かなかったですよね」
・・・
ここで答えに窮した
いや、セミは鳴いていただろう?
僕は確かに、おざなりな相づちは打っているが、事実と異なることを言葉にできない。
正直者だから。

そうですか?
つい、疑問形を使ってしまった。
メールで相手の返事が欲しい時に使う常套手段である「疑問形」を、もっとも使ってはいけない場面で繰り出してしまった。

「そういえば、必死に鳴いてましたよね」
いや、セミはいつものセミで、鳴き声が必死だと、僕はこの夏、一度も想わなかった。

今年は家の前で力尽きて、ひっくり返ってるセミを、何度も見ましたね
つい、ネタを振ってしまった。

「あまり生きられないのにね」
そうですね

でも、ひっくり返っていても、ちょっとつついてやると慌てて反転して飛び立っていくんですよね。短い一生だから、そうしてあとひと頑張りだぞって、2回セミを励ましたんですけど、なんか、ちょっといいことした気分でした。

と言いそうになったが、今度はおばちゃんがスルーしそうなので、やめておいた。

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2018年9月15日 (土)

上位チームに3連敗 でも希望の視界は開けている

23節
V・ファーレン長崎-セレッソ大阪
トラスタ


5月5日、ヤンマースタジアム長居で行われた13節は1-3で敗れている。
W杯再開直後の天皇杯で怪我をして離脱していた中村慶太がスタメン復帰。
再開後、フルタイム出場が続いていた鈴木武蔵がベンチスタート。
徳永悠平を休ませるためベンチから外し、田上大地がスタメン復帰。
徳島から完全移籍で獲得した大本が、この試合から出場できるため、初めてベンチ入りした。


セレッソ大阪は3バック(3-4-2-1)にシステム変更してから3試合め。
短い間隔での3連戦だが、ターンオーバーせず固定メンバーで臨む。

長崎は平和祈念ユニフォーム
セレッソは2ndの白ユニフォーム

<前半>
3分
CKからニアで反らしたヘッドがゴールに吸い込まれる
0-1

5分
慶太が持ち込んだボール
島田譲のシュートがクロスバーを叩く

15分
慶太が遠目からミドルわずかに左

25分
磯村の低い弾道のシュートは右ポスト

無数のとんぼが飛んでいる
秋が近い

<後半>
3分
正面FKバイス大きく上へ

4分
セレッソが1-1のシュート徳重健太がセーブ

13分
田上大地のミドルシュート大きく上にふける

28分
澤田崇に替えて武蔵

45+2分
セレッソのCK、今度はファーから2点めを決められた
0-2


試合終了時点で今期初めての18位(最下位)に転落した。
これで広島、鹿島、セレッソと3連敗。
ただし、この連敗の相手はいずれも今期上位にいるチーム。

連敗すると悲観したくなる人は多いが、これで上位対戦が消化されたという見方もある。

残り11試合 ホーム6、アウェー5
アウェー5試合の相手は柏レイソル、名古屋グランパス、ヴィッセル神戸、サガン鳥栖、ガンバ大阪

次節柏レイソル戦で今期の関東遠征は終了する。
ということは僕が応援に行く「関東アウェイ」最終戦ということだ。



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2018年9月14日 (金)

佐世保市役所 V・ファーレン長崎応援バスツアーは安い!楽!速い!

<22節>
8月15日 トラスタ
V・ファーレン長崎 1-2 鹿島アントラーズ

試合終了の長い笛が鳴るや否や、僕らは選手が挨拶に来るのも待たず、スタジアムを後にした。
これから訪れる状況を十分に察知していたからだ。

およそ1kmを歩いて駐車場「野球ひろば」にたどり着くと、既に出庫する車が列を作っていた。
早速、車に乗り込んで列の後ろに並ぶ。
しかし、停めた場所は広場の一番奥。
これから、次々と観客が車に戻り、木の葉の樹液のような渋滞が起きることは火を見るよりも明らかだ。

10分ほど停まったままの車でハンドルに伏せていた兄が、ついにギブアップ。
後ろの車にちょっと下がってもらい、車を駐車位置に戻す。
車を降りた僕等はそこから1.5kmほど離れたガストで1時間をつぶして戻って来た。
試合終了から1時間30分
ちょうど出庫する車の渋滞が終わり、駐車場を後にした。


都会の人がこの噺をきけば「車で行くのが悪くね?」と言うだろう。
僕もそう想う。
僕も最初は公共交通機関で行くつもりだった。

そうしなかった理由は、西肥バス観光が募集する「V・ファーレン長崎応援ツアー」バスが、春先の販売不振で見切りを付けて、販売中止となったためだ(それでもホームページには掲載され続けていた)


東京に戻った2週間後
佐世保市役所が「V・ファーレン長崎 佐世保市民応援バスツアー」を催行する知らせが届いた。

第5弾ベガルタ仙台戦は、最低催行人数20人ぎりぎりだったが、催行が決定され、姉はようやくトラスタの地を踏むことになった。


とにかくこのツアー「安い」「楽」「速い」
B自由席(前売り3,000円)付きで合計4,000円
(小中高は2,500円)
バス代は往復わずか1,000円見当
往復ともに運転せず寝て行けるし、バスはスタジアムに着くので、駅や駐車場からの長距離を歩かずに済む。
入出庫で駐車場に並ぶことがないので速い。


佐世保市役所の皆さん、本当にありがとうございます。
ぜひ、これから先も、末永く続けてくださるようお願い申しあげます。


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2018年9月13日 (木)

鹿島サポーターにはいい旅だった

いつもならば、スタジアムに着くと脇目も振らずにゴール裏の自陣へ向かうのだが、今日は振る舞いを変えている。
兄とメイと相談しながら、どのスタグルに並ぶかを値踏みする。
僕はとにかく並ぶのがいやなので、列が短く、流れが速いところをみつけ、さもずっと食べたかったかのように「焼そばなんか、いいですね」と口にする。

もちろん店主にとってみれば、麺や具材などにいろいろとこだわりがあるのだろうが、スタグルでやきそばは平凡だ。
しかし、実際に食べてみると、これはなかなか美味かった。


僕が発売数時間後にS指定席を買った時「二階席」より前の部分は、もう売り切れていた。
まぁ二階でも仕方ないなと想っていたのだが、席についてみるとそこはピッチ前の最前列。
あれ?そうだったかな?と少し頭が混乱する。

想像していた以上に、周りに鹿島サポーターが多い。
メインスタンドほぼ中央なのだが、ゲーム中、鹿島がゴールする度に周辺のあちこちで大歓声が上がるのは、なんだか不思議な気分だった。

もしかして、陸の孤島カシマサッカースタジアムへの往復バスでとなりになった2人が、近くにいはしまいかと少しだけ、あたりをきょろきょろしたが、見つからなかった。
恐らく2人とも単身でここまで来て、勝利の美酒に酔ったことだろう。
2人にとっていい旅になって、何よりだ。


ゲームはV・ファーレン長崎が先制した。
長崎のセットプレーの際、翁長聖はハーフウェイラインあたりまで下がり、クリアボールの回収に備える。
14分、翁長聖が放り込んだ左サイドにロングボールを、髙杉亮太はボレーキック。
これがそのままGKの頭を越えてゴールイン

あれ?入っちゃったの?
立ち上がった僕は、ゴールインを確信すると兄とメイにハイタッチ・・
と想ったら、2人は座ったまま「え、なに?」と戸惑っている。
いや、だからハイタッチ、みたいなやりとりをして、ようやく3人でハイタッチ。
しかし、周りの見知らぬお客さんを巻き込んだりしない。
というか、互いに関心が無い。

この都会の近所づきあいみたいな雰囲気がメインスタンドなのだ。
(多分、バックスタンドも同じ)


トラスタはここから一気に蒸し暑くなり、僕は具合が悪くなった。
恐らく慣れない「座りっぱなし」で足がうっ血したのだろう。
ポーチからWINZONEを取り出して水で流し込む。
これで、体調が戻り、試合終了まで座っていることができた。


ゲームは22分、39分にシルバ、遠藤に見事なシュートを決められて、後半はスコアレス。
1-2の敗戦は、5月2日、カシマサッカースタジアムでのアウェイ戦と同じスコア。
1点差には最後まで「何が起きるかわからない」という希望があったが、同点に追いつく予感はあまりしなかった。

鹿島サポーターの応援は一体感があり、声量も十分。
メインスタンドの中央にいて、より大きく聞こえていたのは左サイドだった。


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2018年9月12日 (水)

初めてのトラスタ

僕が初めてV・ファーレン長崎のホーム、トラスタに往く朝、姉が風邪を引いた。
従って、トラスタ参戦メンバーは急遽、兄、メイとの3人になった。


兄が言う
「ヴィファーレンの試合は一度行ったことがあるとよ」
もちろんだが、佐世保の人は「ヴィファーレン」と正確に発音する。
横浜に住む僕の友達のように「ぶいふぁーれん」と言って、僕に訂正されたりしないし、だからと言って「ふぁーれん」と勝手にチーム名を変えたりしない。

聞けば、その試合は去年、長崎がゼイワン昇格を確定させた試合で、遅くに駆けつけた兄はスタンドの後ろから立見したのだという。
それでも羨ましい。


16:00
兄の運転で佐世保を出発する。
チケットはS指定席なので、試合開始1時間前までに着けば十分だろう。
駐車場は「野球ひろば」をメイが予約してくれた。
いったい、それがどんな場所で、それによって僕らがどんな目に遭うのかは、この時点では知る由もない。


お盆の高速は空いていて、諫早までは1時間程度で着いた。
国道脇の歩道には、青とオレンジのユニフォームを着た人々が、三々五々スタジアムを目指している。

ホームなんだぁ

今年、関東アウェイ戦ばかり8試合に参戦してきた僕にとって、初めてのホームゲーム。ホームタウンでの試合。
粗相がないようにとびくびくせず、誰に気兼ねするでもなく、堂々としていられる。
そして、仲間がうようよいる。
いいものだ、ホームゲーム


だが、ここからは一筋縄ではいかなかった。
気がつくと、一番左側の車線だけ流れが止まっている
「まさか、こげん遠くから駐車場に並んどるっちゃなかよね」
兄が不安げにハンドルに伏せる
だが、予感は当たっていた。

一旦駐車場を通り過ぎ、もう一度、諫早インターに向けて戻り、今度こそ駐車場の列に並ぶ。
トラスタの姿が見えてから40分。
ようやく「野球ひろば」に車を停めた。
それも、一番奥に
その停車場所について、僕等は皆、かなり明確な嫌な予感がしたが、誰もそれは口にしなかった。


さぁこれからサッカーを楽しむぞ
今はその高揚感に捕らわれていればいい時間帯だから。


駐車場の列を待つ間に、雷雨が来たが、僕らが車を降りるとぴたりと止んだ。
そして、この日最後まで振られることはなかった。

長崎は今日は雨じゃなかった



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2018年9月11日 (火)

NOLTYカレンダーC211は天皇退位と元号の変更にどう対応したのか

今年もC211が届いた
届いたと言っても、水回り修繕業者のチラシのようにむこうから勝手に届いたのではなく、昨日Amazonに注文して届いたのだ。


C211を使い始めたのは2004年。
2019年版は16年めになる。
2013年にフリクションを使うようになってからは、気軽にスケジュールを書き留めるメモとして「計画を立てる」ことを生活の柱としている僕にとって欠かせないツールになった。

2018年は新たに「V・ファーレン長崎」「レノファ山口」を応援するという「計画」が始まり、これでJ1 34試合、J2 42試合、合わせて75の「計画」が加わった。



早速、2019年版を開封する。
まずは、恒例の「変更点チェック」
2018年版は「週番号表示」が追加されたが、2019年版については変更点は見つからなかった。


つづいて、興味津々の「改元」対応チェック

【1月】
「平成31年 亥年」と表示されている

【2月】
特にチェックポイントなし
2020年からは、ここに天皇誕生日が加わる

【3月】
特にチェックポイントなし
いよいよ、4月
めくるのに、どきどきする

【4月】
一見何の変哲も無い4月のカレンダー
よくみても、やはり変わりは無い。
当然だが、4月29日は昭和の日と記載されている

報道によると
「4月30日 今上天皇退位」であり、政府は4月27日~5月6日を「10連休」とする検討に入った」とされていた。
この法案は2018年秋の臨時国会に提出されるので、現時点では未定。従って、カレンダーに記載はない。

【5月】
元号表記がなくなり「亥年」と表示が変わった
それ以外はなにも変わらない

【6月~11月】
特にチェックポイントなし

【12月】
12月23日の欄に「天皇誕生日」の記載はなく、祝日を示す網掛けもない。現時点では「天皇誕生日ではなくなること」だけが確定しており、その後のこの日の扱いは未定。


確定している情報だけを粛々と反映したというカレンダー。
よくよく考えれば、至極当然の対応。
これから先、国会で決まることは、僕等がかき込めばいいのである。


ちなみに、2019年祝日が土曜とかぶるのは11月23日勤労感謝の日、ただ1日のみ。
2017年は4回、2018年は2回あった。
暦通りのサラリーマンと、よい子の皆さんは「休みを損して」嘆く回数が最少で済むことになる。

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2018年9月10日 (月)

NOLTYカレンダーC211は天皇退位と元号の変更にどう対応したのか

来年のことを言うと鬼が笑うらしいが、僕は8月の半ばを過ぎると早くも来年のことが気になって仕方がない。
僕が4ヶ月も先の呑み会の日程を決めようと言い出すので、かつて、友達は「motoさん気が早いよ」「まだそんな先のことはわからないよ」と難色を示したものだ。
しかし、最近はそれにも慣れたようで気軽に相談に応じてくれるようになった。
ずいぶん先の計画を立てるのには理由がある。
僕の1年は8月の旅(里帰りとも言う)で区切られていて、この旅が終わると、1年先の計画へと暦モードが切り替わるのだ。
そして、この時期「そろそろかな」とチェックを始めるツールが2つ。
「ほぼ日手帳」と「C211」だ。
「カレンダー業界に配慮して・・」
日本のメディアはよく、こんな言い回しをする。
祝日が改訂される場合などに多い。
カレンダー業界は「1年半前くらいからカレンダーの印刷に入る」らしく、それまでに日程や名称が確定していないと「間に合わない」という論調だ。
カレンダー業界って偉いんだなぁ
と想う子ども達もいるだろう。
かつて「堅い業種」として「銀行」や「公務員」が人気だったように、数年後、カレンダー業界は就職希望職種のトップクラスに位置するに違いない。
2019年のカレンダーは、カレンダー業界、そしてカレンダーファンにとっては未曾有の年になる。
今上天皇の生前退位により「元号が変わることが事前に確定」しているという「現代カレンダー業界」が成立して以降、初めての年である。
しかも、その新元号は「改元一ヶ月前」公表が想定されている。
「カレンダー業界に配慮して・・」
1年半はおろか、半年前に発表することもない。
果たして、僕が愛用している卓上カレンダー「C211」は、どのような対応をするのだろう?
7月末に確認したところ「2019年版」の取扱は既に始まっていたが、納期は9月中旬とされていた。
9月に入って確認したところ、Amazon在庫では既に入荷していたので、例年どおり「2セット」注文した。
つづく

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2018年9月 9日 (日)

海から生まれた町 ハウステンボス

佐世保に帰る時はいつも福岡空港に降りて、JR特急みどりに乗り換える。
福岡と長崎では航空運賃に1万円近い差がある。
博多からの特急はおよそ2,000円
長崎空港からのバスはおよそ1,500円
トータルでは福岡に降りた方が、およそ1万円安い。
所要時間はほとんど変わらない。

それなのに、今日長崎空港に降りることにした理由は覚えていない。
予約した1月の時点では、いつもと違うことをしたかったのだろう。
ただ、結果的にその選択は僕を喜ばせることになった。


べた凪の大村湾を眼下に、ソラシドエアは次第に高度を下げる。
長崎空港は、大村湾に浮かぶ箕島を埋め立てた世界初の海上空港として、1975年に開港した。
従って、着陸直前まで海の上を飛び続ける
この前、ここに降りた時の目的地はハウステンボスだった。
空港とハウステンボスは大村湾で「海つながり」
空港からは陸路を通らず、海路で入国できる。
関東、関西からハウステンボスを訪れる人には、必ずこの「海からの入国」を進めることにしている。
ハウステンボスは「海から生まれた町」
大村湾から入ると、その成り立ちが最もわかりやすい。



長崎空港の手荷物受け取り場には「鹿島アントラーズサポーターの皆様ようこそ長崎へ!正々道々」と横断幕がかかっていた。
出た!敵を油断させることで定評のある長崎のおもてなし(笑)
よくみると「鹿島アントラーズ」のところは張替式になっていた。
僕は後に写真を確認して気づいたので、大半の人は気づかないかも知れない。


預けておいたダッフルバッグが回転台に乗って出てくるのを待つ間、モニターに映し出されるハウステンボスの広告を見ている。
「絶対に走らないでください」
というコピーの映像は、ビキニや海パンの男女が開門と同時に園内のビーチをめざすというもの。

一応言っておくと、ハウステンボスは海辺の町ではあるが砂浜はない。それを仮設とは言え、作ってしまうところがスゴイ
ハウステンボスはいったい、どこまで往くんだ?
どこへ往こうとしているんだ^^;)
ずっと応援しているファンとして、ただ1つ言えることは、そこに集う、勤める、想う、すべての人にとって、町が賑わうことはありがたい。
あの時なくなっていたら、何もかもが終わりだったのだ。
改めて、澤田秀雄社長にお礼を申しあげる。

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コメントについて~非公開希望の場合、その旨をお書きください。

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2018年9月 8日 (土)

旅のカメラ GRIIか一眼レフか?

2017年の暮れ、新たに1台のカメラを買った。
有楽町のビックカメラで1時間ほど、暇を潰す必要が生じた僕はカメラ売り場に立ち、来夏の五島の旅を想像していた。



小さいのにあっと驚く写真が撮れるカメラってありませんか?

旅先で想い出に残る一枚に出会いたいが、一眼レフは重たい。
コンパクトでバッグから取り出してすぐ撮れる。ところがどっこい、高画質
そんなイメージをビックカメラの店員にぶつけてみた。

「ありますよ!」
店員はそういうと、速歩きでCanon売り場からリコーの売り場に僕を先導した。

そのカメラは「GRII」
Get Real 2
コンパクトサイズながら、23.7×15.7mmCMOS撮像子(APS-C相当)を使っている。だから、いい写真が撮れるのだという。


帰宅してからしらべると、リコーの「GR」シリーズは、コンパクトカメラ市場で確固たる地位を築いている様だった。

【GRの歴史】

1996年
GR1 発売

2005年
GR DIGITAL 発売 5.9mmF2.4レンズ

2013年5月
APS-Cを搭載したGR 発売 18.3mmF2.8レンズ

2013年8月
解説書「RICOH GR パーフェクトガイド」インプレス

2013年9月
解説書「GRエボリューション」枻出版社

2013年10月
GR Limited Edition グリーンボディ 5,000台 限定販売

2014年6月
技術解説書「今すぐ使えるかんたんmini RICOH GR基本&応用 撮影ガイド」技術評論社

2015年7月17日
GRII 発売

2015年10月23日
GRII Premium Kit 1,200セット 限定販売

2015年10月26日
GRII初の解説書「リコー GRII WORLD―GRはGRを超えてゆく。」日本カメラ社

2016年3月
GRII Silver Edition 3,200台 限定販売


「GRII」概要
■1,620万画素
■発売:2015年7月
■実勢価格:62,800円



GRIIを7ヶ月使って、さてどのカメラを五島に持っていくかを考える。

GRIIとGRとの主な違いは「Wi-Fi機能」でスマホに写真を転送できることと「スマホで操作できる」こと(アプリGR Remote使用)
ただ、結論から言うとこの2つ、まったく使っていない。
17種類の画像エフェクトは楽しい。マクロが10cmまで寄れるのは及第点。

どのカメラにも言えることだが、多機能製品は使いこなせば楽しいだろうが、大多数のユーザーはその操作を覚えている時間がない。
従って、宝の持ち腐れになるものが大半だ。


撮像子がよくても、やはり一眼レフの深みには及ばない
自然の風景を撮る旅では、望遠できないのは致命的
五島上陸は、これが最後かも知れない。
結局、かさばるけれど一眼レフ+スナップ写真はiPhoneという構成で臨むことにした。

上五島ブログもくじ

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2018年9月 7日 (金)

ダンス・ダンス・ダンス

羽田を発っておよそ20分「あたまを雲の上にぃだぁしぃ」の歌でお馴染み、頭の黒い富士が雲から頭を出している
雪は冠っていない。
真夏だから
恐らくあそこには、おびただしい登山の隊列ができていて、向こうからはこの機体に向けて手を振っているかも知れないが、こちらからは蟻ンコの粒ほどにも捉えることができない。
人は小さいな


羽田から1時間
となりの二人ともよく寝ている
いいなぁ
最近、人前で寝れなくなった
今日は、五時間半しか寝てないのに
途中二度目が覚めたのに


「ダンス・ダンス・ダンス」(1988年)を読み始めた
村上春樹はこの小説を1986年~1989年、欧州で暮らしている時に執筆した。
その頃の記録は随筆「遠い太鼓」として発表されている
東京を出る前に、いま一度遠い太鼓を読み直しておいた。
書いている村上と、書かれた村上作品、その両方をほぼ同時に楽しむ
それはとても示唆に富む考察になるだろう


「ダンス・ダンス・ダンス」Kindle版は8月3日に発売されたばかり。
これで「村上Kindle」は31タイトルになったが、大半は随筆と短篇集であり「ダンス・ダンス・ダンス」のような長編小説は、同時発売の「国境の南、太陽の西」と2タイトルだけである。



■Kindleで読める村上作品(電子化発売順)
村上さんのところコンプリート版(Q&A)
走ることについて語るときに僕の語ること(随筆)
遠い太鼓(紀行文)
ラオスにいったい何があるというんですか?(紀行文)
意味がなければスイングはない(随筆)
やがて哀しき外国語(随筆)
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年(小説)
ロング・グッドバイ (翻訳小説)
アンダーグラウンド(ノンフィクション)
風の歌を聴け(小説)
1973年のピンボール(小説)
羊をめぐる冒険(小説)
女のいない男たち(小説)
レキシントンの幽霊(短編集)
パン屋再襲撃(短編集)
TVピープル(短編集)
スプートニクの恋人(小説)
雨天炎天―ギリシャ・トルコ辺境紀行(紀行文)
辺境・近境(紀行文)
村上春樹、河合隼雄に会いにいく(対談)
みみずくは黄昏に飛びたつ(被インタビュー)
大いなる眠り(翻訳小説)
さよなら、愛しい人(翻訳小説)
高い窓(翻訳小説)
プレイバック(翻訳小説)
リトル・シスター(翻訳小説)
回転木馬のデッド・ヒート(随筆であり小説)
水底の女(翻訳小説)
国境の南、太陽の西(長編小説)
カンガルー日和(短篇集)
ダンス・ダンス・ダンス(長編小説)



この旅で読む本として、満を持して買っておいた
「ダンス・ダンス・ダンス」は上巻344+下巻339ページ(新書)
その嵩といい重さといい、とても旅に持って来られる代物ではないが、Kindle版をiPhoneに入れているので質量も重量も0cm、0グラム
今や、旅の度に何冊持っていこうかと思い悩んでいた時代はネタ噺になった。

だが、結果的にこの旅で「ダンス・ダンス・ダンス」を読み進めたのは1ページ。つまり、機内モードで開いたこのページ限り。
五島から佐世保、そして初めてのトラスタ。
7泊8日の旅は、それなりに忙しかったということになる。

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2018年9月 6日 (木)

9月6日は「スポボラの日」

9月6日は「苦労が報われる日」
今作った

という独善的な話は置いて
実際に制定されている記念日としては「スポボラの日」である。
恐らくまだ、Googleで検索しても出てこない。
実際いまやってみたら”スポボラの日”では 0件だった。
それはこの記念日が2020年に始まるからだ。


9月6日
スポボラの日=スポーツボランティアの記念日

2020年9月6日
東京五輪2020パラリンピックが閉幕する
二ヶ月に及ぶオリパラが終了
その夜、福島のJビレッジでは後夜祭が行われる予定になっている。

スポーツボランティア団体の先駆けである「NSVA」代表の宇佐美彰朗が提案し、記念日協会により制定された。


日本には「スポーツ文化」は根付いていない。
スポーツには「みる・する・ささえる」の3領域があるが「ささえるスポーツ」であるスポーツボランティアも文化としては定着していない。

東京マラソン、ラグビーW杯のような、陽が強く当たる大会にはボランティア希望者が殺到し、抽選になっている。
今月募集が始まる東京五輪2020は「8万人」を大きく超える希望者が見込まれている。

だが、それ以外のスポーツ大会はそうでもない。
主催者はスタッフの手配に窮する。
アルバイトを雇えればいいのだが、財源の潤沢なスポーツは限られている。


「スポボラの日」はスポボラのビッグイベントが終わる日、檜舞台に集った人たちが、スポーツへの関心を維持して、身近な陽の当たらない大会にも、時々でいいから顔を出して欲しい。
そんな願いを込めて制定される。

って僕は宇佐美彰朗さんではないので、勝手に想像で言っているわけだが、この11年、スポーツボランティアとして学んできた流れからして、大きく外れてはいないと思う。


「スポボラの日」制定まで、あと2年
日本のスポーツボランティアが、そこから「文化」への道を進めるよう、東京五輪スポーツボランティアの人選は、しっかりとその人の考えを聞いて考慮してもらえればと思う。

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2018年9月 5日 (水)

埋め立てられた浦桑

去年、旅マラソン用にあつらえたダッフルバッグ(50L)1つにまとめた旅の荷物をからって、早朝の空港へつながる駅へ向かう。

さぁこれから一週間、よろしくお願いします。
わくわくはいいけど、心配はよそう。リラックス^_^

旅の神様に挨拶を済ませると、昨日までの重苦しい気持ちが少し軽くなった。
もう旅は始まっている。僕は一歩踏み出すしかないのだ。


40年ぶりに訪れる五島
いったいどんなになっているだろう
わくわく

ということはない。
今はGoogle mapというありがた迷惑な仕組みがあり、現地に行かずとも、その場所を確認できてしまう。

10年ほど前、Google mapで住んでいた家の住所を検索したところ、浦桑の海はすっかり埋め立てられていて、母、姉とうなぎを釣りに行った場所は陸地に変わっていた。

そして、その数年後、ついにGoogle street viewの車が上五島に入ったようで、その場所を二次元の立体図でも見ることができるようになった。

だが、Google mapでは体感できないのが垂角0度~90度の世界
それを思うと、少しわくわくしてきた。



羽田から長崎は、ソラシドエアとANAの共同運航便。
僕は「非常口」の席を指定してしまったらしく、足下に荷物が置けないし、椅子はリクライニングしない。
そして、万が一の非常時には、真っ先に逃げることは許されず、滑り台を降りる乗客の手助けをしなければならない。
きっと、僕はその役目を立派にやるだろう。
そういう性格だから
別に出しゃばりというわけではない
偽善者でもない
それは「役割」の問題であって、目の前に「君の出番だ」という役割がぶら下がっていると、それに食いつかずにはいられないのだ。
でも、今日に限って言えばその役割が生じないことを願いたい。

非常時の手伝いについて書かれたパンフレットを熟読して手順を確認していると、となりの兄ちゃんが「荷物は上の棚に入れなさい」とCAに注意された。
最後にやって来たそのとなりのおじさんは、案内放送があった後で、同じことを注意された。
みんな、人の話をきかないんだ・・


ソラシドエアが離陸態勢に入ると、となりの兄ちゃんが大股を開き、寝る体勢に入った。
その膝が僕の防空識別圏を侵犯している。
彼は僕等の国境にある肘掛けを使い、肘で僕の肘を小突く。
肘掛けについていえば「通路側の人が使う」というマナーなので、それに異存はないのだが、厚い脂肪から、生暖かい体温と、湿り気が伝わってくるのには違和感がある^^;)

まぁ気にしない
いつものことだ
電車でも飛行機でも、日本人男性の多くは、座席を獲得した途端に股を開く
股関節の柔らかさをアピールしたいか、よほど、金玉が大きいのだろう
僕は心で、その名を呼ぶ

よっ金玉野郎!

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2018年9月 4日 (火)

トランスコスモスが佐世保に進出!

2018年9月3日
トランスコスモスが佐世保に出先を開設することが発表された。
トランスコスモスといえば、諫早にあるトランスコスモススタジアム長崎(長崎県立総合運動公園陸上競技場)の命名権を保有する企業。


■トランスコスモスと長崎

2015年4月30日
V・ファーレン長崎ヴィヴィくんのマスコットスポンサーとなる

2015年5月25日
BPOセンター長崎開設(長崎市)

2016年
長崎県立総合運動公園陸上競技場(諫早市)の命名権を取得「トランスコスモススタジアム長崎」とする

2018年9月3日
BPOセンター佐世保開設発表

2019年1月
BPOセンター佐世保業務開始

2021年
BPOセンター佐世保を最大400名体制にする計画



佐世保BPOセンターの所在地は佐世保市松川町1-19
戸尾市場の通り
大昔のユニード、その後ダイエー、現在エレナ京坪店の目の前となる。

BPOとはBusiness Process Outsourcing
一般的には、コールセンターやECの受注センターを担う。
長崎と佐世保では、主に委託元企業の人事、総務、経理などのバックオフィスをシェアードサービスとして担う。


長崎市家野町6-1にあるBPOセンター長崎は、長崎にしては大きなビルであり、ウェブサイトによると従業員数は16,282人。

地方都市において「ホワイトカラーの雇用」はとても大きな意味をもつ。
今回の佐世保進出に感謝する。
そして、BPO佐世保がいずれ何処かの広い土地に大きなビルを構える日が来ることを祈る。

V・ファーレン長崎にも夢があるが、トランスコスモスにも夢がある!

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2018年9月 3日 (月)

40年振り、五島へ

40年ぶりの上五島上陸まで一週間
僕の心は憂鬱な雲に覆われていた。
旅の前はいつもこうなのかも知れないが、そういった記録をつけていないのでわからない。
次の旅のために書き残しておこう。

3泊4日の旅
手配済みなのは交通手段(飛行機とタクシーと船とレンタカー)と宿泊先、そして頭ヶ島天主堂見学の事前連絡。

それ以外には何も決まっていない
どこでご飯を食べるか、何処と何処を訪れるか。
誰かと会う予定もない。
そもそも、40数年前を最後に連絡が途絶えた級友たちと連絡を取る術がない。
もしかすると、NTTの電話帳でも繰れば、友達の名前の1人や2人出てくるのかもしれない。

中学の時同じクラスだったmotoだけど、覚えてないよねぇ
今度、あれ以来初めてそちらに往くのだけど、よかったら昔話でもどう?

電話をかけて、こんな感じで切り出せば、それほど邪険にはされないと思う。
だが、僕にはそれができない。
心の底に、友達を大事にしてこなかったこと、いや絞り込んで言えば、友達づきあいを大切にしてこなかったことが、引っ掛かっている。

今は亡き人たちに手を合わせる時も、そうした気持ちがある。
なにを今さら。
生きている時、もっと話しろよ


自分への懲罰というわけではないが、自分が懐かしむ時だけ連絡をするなんて、都合が良すぎるだろう?
それはやってはいけないんじゃないか?
歯止めがかかる。


あまり準備していないので、予定もそれほど決めていないんだけど
40年ぶりに懐かしめればいいかな

郷里の姉にそうメールを入れた
共に五島で暮らした家族はもう姉しか残っていない。


五島にはまたいつか往きたい
それは僕の中では数十年来の既定路線だった。
子どもの頃、暮らした町を訪れるというのは、転勤や転校を繰り返すことで友達を失ったことと引換に得られる「特権」のようなものだ。

懐かしい町で、昔と変わったこと、変わらないことに接して、遠き懐かしき日々に思いを馳せる。
なんと素敵なことだろう。

そういえば数年前、そろそろ五島に行きたいと切り出した時、母が目を輝かせていたのを思い出す。
僕はまだその時ではないと思っていて、その話題をそれ以上は膨らませなかった。
またひとつ、心の澱に淀んでいたものを掘り返してしまった。

上五島ブログもくじ

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2018年9月 2日 (日)

スポーツを文化にするには、どうしたらいいだろう

<前半>
2分
鈴木武蔵からのクロスをファンマがシュートするが、GKがはじき返す。
終わってみれば、これが長崎唯一の好機。

DFのキープ、セカンドボールの奪取、W杯明け、質が上がっている。

additional time1分
ペナルティエリアのすぐ前で田上大地がハンドをとられてFK
MF柴崎晃誠が直接決めた

柴崎晃誠は長崎県雲仙市(旧国見町)生まれ
小嶺監督の国見高校を出たJリーガーだ
DAZNの実況では、そうした長崎出身の選手が長崎相手にゴールを決めると、何度も何度も、何度も繰り返して言及する。

もう少し、言われる側の気持ちにもなってもらえないだろうか。


<後半>
0-1のまま試合は進む
サッカーにおいて、1点差というのは、リードしている側にとっては気が気ではない。
手が使えないという難儀なスポーツであるサッカーでは、ゴールは奇跡であり、それはいつどちらのチームに起こるかわからない。
だからこそ、サッカーは人を惹き付ける。
1点のリードは、一瞬で勝ち点3が1になってしまう。

逆にいえば、リードされているチームにとっては希望がある。
必死で応援できる。
これが2点差となると、希望は遠のく。
奇跡は二度つづけて起きるのは難しい。
ましてや対戦相手は首位をいくチームだ。
しかし43分、その奇跡はもう一度、広島に起きた。

DFバイスを前線に上げてのパワープレイ
カウンターからティーラシンに決められて「2点差」


試合終了後、広島の選手たちはピースマッチの横断幕を持って場内を一周。
長崎サポーターもそれに応える。
それは、平和の希求を共有する貴重な機会だった。
平和を祈る気持ちは拡散し、人々の心に増幅する。
それを逆手にとって利用する人達がいなければ。


スポーツにはどこまでいっても「勝ち負け」がつきまとう。
それとは別のところで、なにかが生まれるならばスポーツは文化になる。
広島かぷーは広島の文化だという
サンフレッチェ広島は、まだそこまでではない
我らが長崎はまだ、途に就いたばかりだ。

スポーツを文化にするには、どうしたらいいだろう
時間を積みあげるだけでは、たどり着けない


祝杯を挙げるために浦桑(上五島)のスーパーで買っておいた地元の蒲鉾や天ぷらとビールで、1人残念会。
それでも、4日後には初めてトラスタへ行ける(鹿島戦)
そう思うと、少し希望が見えてきた。




V・ファーレン長崎ブログ

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2018年9月 1日 (土)

長崎がピースマッチに平和祈念ユニフォームを着られない理由

この日、僕は上五島にいた。
宿泊先のホテルには「有線LAN」設備はあるが「無線LAN」の電波は飛んでいない。
一方、僕のノートパソコンにはLANの端子がない。
そこで、この日のためにビジネスホテル用の無線LANルーターを買って来た。
DAZNで長崎の試合を観るためだ。

ただ、この日はピースマッチということもあり、BS1で全国放送がある。
パソコンよりは大きい画面と安定した電波で、試合を観ることができた。

<21節>
8月11日
サンフレッチェ広島
広島


期限付き移籍の場合「原籍のクラブとのゲームには出場できない」という特約を交わすことが多い。
たとえば、今期J2レノファ山口でエースストライカーとなっている高木は、14節のベルディ戦に出場できなかった。
長崎の「1」を背負うGK増田卓也はサンフレッチェ広島からのレンタル中。
だが、広島はこの特約をつけておらず、増田卓也はホーム&アウェイ共に広島戦に出場できる。
ただし、今期出場したのは開幕戦から4節まで。5節からは徳重健太がフル出場を続けており、この日も出番はなし。


長崎がJ1に上がったことで今年初めて行われるピースマッチ。
11節トラスタの戦いでは、0-2で敗れている。
サンフレッチェ広島は初めて「平和祈念ユニフォーム」をあつらえた。


着用するのは、長崎とのピースマッチ 1試合のみ。

■品名:Sanfrecce Hiroshima 2018 Nike 'Pray for Peace' Kit
■価格:18,684円
■マーキング対応(追加料金なし)


【時系列の記録】

2018年6月22日
メディア発表

6月23日~7月1日
1,500枚限定で、サンフレッチェ広島公式ストアのみで販売
売上の一部を原爆ドーム保存事業等基金に寄付

8月上旬
購入者に納品



広島の選手は全員が「86」をマーキングした平和祈念ユニフォームで入場。
一方、長崎の選手は全員が「89」をマーキングした平和祈念ユニフォーム。


両チームの握手が終わると、広島の選手は「86」を脱ぎ、それぞれのナンバーがついた平和祈念ユニフォームが現れる。
一方、長崎の選手は「89」を脱ぐと、その下は通常の白い2ndユニフォーム。


当初、長崎の着用は「調整中」とされていたが、結局、長崎はピースマッチに平和祈念ユニフォームを着ることが許されなかった。

恐らく、広島が紺色、長崎が水色では、同系色となるためと推察する。
それは、とても残念な決定だった。


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