« 引越と言えば、柔らかいうどん | トップページ | 誰に頼まれてもいないのにテニスを教える母 »

2018年12月 8日 (土)

上五島一の都会、青方の跡形も無い

子どもの頃は運転をしていなかった僕にも、この中通島の中で相対的な青方の位置はわかる。
もしも、道を間違ったとしても、この狭い島の中だから、取り返しの付かないような遠くへ行ってしまうこともない。それに時間はたっぷりある。ワゴンRにカーナビはついているが、目的地をセットせずに走り始めた。

魚目、青方、有川の間はよく父のクルマで通っていたが、青砂ヶ浦天主堂から青方に向かう道は初めて通る。
県道170号線はクルマもまばら。両脇の家屋もまばら。そして、人はもっとまばら。
10分ほど走ったところで、さすがに「本当にこの道であっているのかな」と不安になり、カーナビを確認したところ、青方はもうすぐそこだった。


懐かしい青方の町に着いた。
一見して町の印象は変わらない。
まずはスーパーマーケットがあった場所へ。
そこは、一週間の買い出しによく家族でやってきた。
ある週末、店の入口に上五島初!カップヌードルの自販機が設置され、ヤングオーオー!で「カップヌードル」なるものに興味津々だった僕は、すぐに母にねだり、カップヌードルとの初対面を迎えた。
自販機にはお湯を入れる機能も付いているが、まずは、じっくり観察するために持ち帰る。試しに振ってみると「からから」と音がして、どえらいびっくりした。
基本的にラーメンなわけだから、容器を振ると「ぬるぬる」と反応速度が悪いマウスのような緩慢な移動があると思っていたのだ。
「からから」の正体はエビだった。エビが乾燥した状態で入っていることに、子どもの僕は二度驚いた。


しかし、スーパーマーケットはシャッターが閉まっていた。
シャッターの色は真新しい肌色で塗られており「本日定休日」と貼り紙がでていれば、なんだ休みなのかと思うところだが、店名を示す看板などは一切無く、そこが空きテナントであることは疑いない。

つづいて、商店街へ回る。
入口にある酒屋はずいぶん古くからやっているような佇まいだが、子どもの頃、酒には興味が無かったし、父も家では一滴ものまなかったので、ここがかつて酒屋だったかの記憶が無い。

その先にはレコードや本を売っている店があったが、シャッターが閉まっている。店名を示す看板は欠け落ち、シャッターは節々が錆びている。閉店しましたの貼り紙があるわけでもなく、そこが商店でなくなってから、長い年月が経っていることを物語っている。

かつて、週末になると、スーパーでお菓子を買ってもらい、上五島で一番、品揃えのいい本屋で、春になれば参考書を買った。
上五島最大の都会「青方」は、今、朽ちて静まっている。

それ以上、その場に立ち留まる理由もみつけられず、今来たばかりの青方を後にして、浦桑に戻ることにする。
懐かしい賑わいの町「青方」の跡形がないことは、僕の気持ちをとても沈ませた。
だが、そこに感情移入する理由はない。僕が住んでいたのは、現在、上五島の都会に昇格した浦桑なのだ。

かつて、鶴田友美やミル・マスカラス、フレッド・ブラッシー、そしてもちろん、ジャイアント馬場らが「ジャイアントシリーズ」でやってきた青方体育館の姿は見つけられなかった。
青方小学校の横を通り過ぎ、青方と浦桑を隔てる峠(国道384号線)を登り切った時には、もう青方ショックのことは忘れていた。

上五島ブログもくじ

|

« 引越と言えば、柔らかいうどん | トップページ | 誰に頼まれてもいないのにテニスを教える母 »

旅行・地域」カテゴリの記事