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2019年5月 9日 (木)

映画「ボヘミアンラプソディ」と実際のQUEENの歴史(3)

★ご注意
この文章は映画内容の「ネタバレ」オンパレードです

1983年10月、ブライアン・メイが初のソロ活動でミニLP「STAR FLEET PROJECT」を発表
1983年はQUEEN結成以来、初の活動休止年となった

1984年2月27日、13th album「THE WORKS」発売

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フレディとメアリーの別れ、フレディが主催する狂気のパーティと続くシーンは、僕がこの映画に期待していたものとはかけ離れていた。
給仕の役で「ジム・ハットン」が登場する。あぁここで出るのか・・ジム・ハットンの自伝でフレディとの生活を読んだのは、フレディが他界してずいぶん経った後だったが、それからも長い年月が過ぎており、1983年、2人の出会いがどのようなものだったかは忘れてしまった。

この辺りから、映画の筋はフレディの性的傾向に絞られていく。ダイバーシティ&インクルージョンは2019年の現代においては、一大テーマだが、フレディが居た1990年代初頭には、ほとんど語られないことだった。
現代の時代背景や問題提起を「QUEEN」を題材にして映し出さなくてもいいだろう。

フレディがソロ活動について3人に切り出すリビング・ルームでのシーン。フレディは1人ずつ「君は僕がいなければ、この程度の人間に過ぎなかった」となじるのだが、その内容がそれぞれの経歴を的確に揶揄していて微笑ましい。
ただ、先に書いているように最初にソロ活動をしたのは1981年のロジャー、1983年のブライアンであり、いきなりフレディが「家族を裏切った」わけではない。
ロジャーは第6作の「世界に捧ぐ」に、ボーカル、ギター、ベース、ドラムをすべて自演した曲「Sheer heart attack」を入れており、当時「QUEENの和が乱れるのでは?」と心配したのは、むしろロジャーの方だった。

ソロ・レコーディングで音作りに苦しむフレディ
ここからはリアル。これこそフレディの美しき物語だ。
映画には日本語字幕が付き、それはBGMの歌詞にも振られている。このシーンにこの曲をもってきた意図が汲めてよい。

この当時の史実は次の通り
1985年5月、フレディのソロファーストアルバム「MR.BAD GUY」発売
1985年5月8日~、QUEEN日本公演(3都市5公演)
1988年10月、フレディのソロセカンドアルバム「BARCELONA」発売

映画ではソロ活動に疲れたフレディが「母船」QUEENへの復帰を3人に懇願、エイズを告白する。ここからは「ライブエイド」という大団円に向けた「音楽ドラマ」
こうなるのを待っていた。

1985年7月13日、ライブエイド
この日に合わせて完璧に仕上げてきたフレディと聴衆の掛け合い。メンバー、ローディが「信じられない」「お手上げだね」と顔を見合わせる。涙無しでは見られない。
この映画は役者がQUEENを演じているわけだが、ブライアン・メイだけは、彼がタイムマシンで若返って演じているようだった。ステージでの表情、首の傾げ方、言葉遣い、声、身のこなし、全て完璧だ。
*映画雑誌で見る限り、役者本人はブライアン・メイにあまり似ていない

エンドロールは「Don't stop me」に合わせてフレディの実写映像。そこで終わってくれてよかったのだが、どうしても米国のエンタメは最後を「Show must go on」で重たくしなければ気が済まなかったようだ。

最後に映画の終演からQUEENの終焉に至る史実を加筆しておこう。
1986年5月21日、14th album「A KIND OF MAGIC」発売
同年8月9日、英国ネブワース・パークでの演奏がクィーン4人による最後のコンサートとなった
同年12月、15th album「LIVE MAGIC」発売

1989年5月22日、16th album「THE MIRACLE」発売
フレディの意向ですぐ「INNUENDO」にとりかかる

1991年2月4日、17th album「INNUENDO」発売
1991年11月23日、フレディがエイズにかかっていることをマスコミに公表
その翌日11月24日、フレディがジム・ハットンらに看取られ逝去

1992年
4月20日、フレディ・マーキュリー追悼エイズ啓蒙コンサートがウェンブリー・スタジアムでおこなわれる

1995年、last album「MADE IN HEAVEN」発売
フレディの生前収録済みのボーカルを活用、フレディが「参加」するQUEEN最後のアルバムとなった

2004年2月9日、ベストアルバム「クィーン・ジュエルズ(CCCD)」発売。オリコン初登場1位となる
「Born to love you」がキムタク主演ドラマ「プライド」の主題歌に使われたため多数のマスコミに取り上げられた。
リアルタイムQUEENファン以外の一般大衆にQUEENが「肯定的存在」として受け容れられたのは、これ以降である。

1970年代まで、QUEENはQUEENファンだけのものだったし、1980年代はロックファンのものだった。
ほぼ誰もが貶さない対象としてQUEENが扱われるようになったのは、2000年代以降である。

おわり

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