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2019年5月 4日 (土)

映画「ボヘミアンラプソディ」と実際のQUEENの歴史(2)

★ご注意
この文章は映画内容の「ネタバレ」オンパレードです

史実では1971年6月、フレディ・マーキュリーの発案でバンド名を「クィーン」とした。
トライデントスタジオと契約したのは1972年11月。その後翌年5月までファーストアルバムのレコーディング

1973年7月6日、1st single「Keep yourself alive」邦題「炎のロックンロール」発売
同年7月13日、1st album「QUEEN」邦題「戦慄の王女」発売と続く
1974年3月8日、2nd album「QUEEN II」(邦題同)発売
10月11日、シングル「Killer QUEEN」発売。英国最高位2位
11月1日、3rd album「SHEER HEART ATTACK」(邦題同)発売

1975年4月19日、日本武道館公演
日本での初ツアーは7都市8公演

映画では「QUEEN」から「SHEER HEART ATTACK」までの描写は無し。
なにより「日本から火が付いたQUEEN人気」というプロセスにまったく触れていないのが残念だ。米国(20世紀フォックス)のエンタメなので仕方ない。

映画序盤、本物とよく似ているのはブライアン役だけだったが、だんだんフレディ、ジョンが似てくる。
アルバム「オペラ座の夜」からのシングルカットを論議している場面、ロジャーとブライアンが互いの「I'm in love with my car」「Sweet lady」をけなし合うのが愉快だ。

「ボヘミアンラプソディ」のメイキングでは、ギターパートの音録りをしているブライアンに、フレディが「魂を込めて」「もっとロックしろ」と声を掛けブライアンが「わかった」と応じるのだが、続きのギタープレイ映像は無し。これは「音楽映画」ではないということなのだろう。ブライアン・メイのファンとしては、その先を見たかった。


参考までに、映画に描かれていない史実は次のとおり

1975年10月31日、シングル「Bohemian Rhapsody」発売
初の英国シングルチャート1位
同年12月3日、4th album「A NIGHT AT THE OPERA」邦題「オペラ座の夜」発売。初の英国アルバムチャート1位

1976年12月10日、5th album 「A DAY AT THE RACES」邦題「華麗なるレース」発売

1977年10月7日、シングル「We are the chanmpions / We will rock you」発売
同年10月28日、6th album「NEWS OF THE WORLD」邦題「世界に捧ぐ」発売
ジャケットには雑誌「Astounding SCIENCE FICTION」1953年10月号表紙、ケリー・フリースの絵を元に書き起こしたデザインが使われた。

1978年11月10日、7th album「JAZZ」(邦題同じ) 発売
「Bicycle race」にちなんだ自転車に乗った女性達のヌードポスター付。

1979年6月22日、8枚めで初のライブアルバム「LIVE KILLERS」(邦題同じ)発売。初回プレスはオレンジ、緑各1枚のカラーディスクだった(当時はレコード盤)

1980年6月、9th album「THE GAME」邦題同じ 発売
米国では唯一のチャートナンバー1アルバムとなった。
同年12月8日、10th album「FLASH GORDON」(同名映画のオリジナル・サウンドトラック)発売

1981年4月、メンバー初のソロ活動 ロジャー・テイラーが 1st album「FUN IN SPACE」を発表

1982年4月23日、12th album「HOT SPACE」発売
10月19日~九電記念体育館2日間を皮切りに5都市6公演。
このツアーで僕は生涯で一度きりのQUEENを見ることができた
クイーン九電記念体育館公演1982年10月19日~20日

つづく

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