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2019年6月 2日 (日)

パン食い競争のパンはばっちくないのか?

その日、僕は一枚の写真に視線が釘づけになった
それはスポーツについて取り扱っている本で、そこには子どもがパンにかぶりついている写真が載っていた
いわゆる、お馴染み「パン食い競争」である

子どもの頃、運動会となると「パン食い競争」は綱引きや玉入れと並び定番の競技だった
両側で係員が物干し竿を支え、そこから5個のパンがぶら下がっている(競技者が1レース5人の場合)
子どもの頃、菓子パンが食べられる機会というのはそう多くはなく、パンが食べられるのは僥倖だったが、その競技に限っていえば、あまり気が進まなかった。
パンと言っても競技に使用されるのは、アンパンやクリームパンなど表面がプレーンなタイプ。ソーセージパンやカレーパン、ましてや焼きそばパンといったものではない。
パンとしても魅力に欠けるわけだが、競技に気が進まない理由は「ばっちぃ」ことだった

よーいドン
5人が一斉にパンに向かってダッシュする。ここではいかに早くパンをぶら下がっている紐から、口でくわえて引き剥がすかを競うので、僕のように短距離走が遅い子どもにも勝ち目はある。
しかし、誰もがパンをゲットできるのではない。一番にパンをゲットする子どもが、パンをくわえて数メートル先のゴールラインを超えると、そのレースはそこで打ち切られ、パンをゲットできなかった子どもたちは、すごすごとゴールラインまで走って終わり。
パンがなくなった紐にはパンが補充されるが、ゲットされなかったパンは次のレースに使われた。
僕の記憶が確かならば・・・
なかには、上手いことパンにかじりついたものの、地べたに落としてしまう子どももいて、そのパンは次のレース用に再び実装されていた。

それから数十年、今目の前にある「パン食い競争」の写真では、小学生がビニル袋に入ったパンに向かい、頭を傾けて大きな口を開け、今まさにパンにかぶりつこうとしている

時代は流れ、衛生面への配慮からパンがビニル袋に包まれたのはわかる。だが、この子がゲットしなかったパンが次の子に宛がわれるとなれば、どうなのだろうか
何かにつけて「いかがなものか」を連発する現代の風潮からすれば、すぐに炎上しそうな競技ではないか

ウチの子に前の子の唾がついたパンにかぶりつけというのか?ムリムリムリムリ(きっちり4回)あり得ない!
教育委員会に提訴してやる!
ってなことになりはしないのか・・・

そんな素朴な疑問を持った僕は、その疑問を「Google先生」に聞いたりせず、学校の先生をしている複数の友達に電話して尋ねてみた。
当該事案について「詳しい知り合い」がいる場合、さすがの「Google先生」でも叶わない。直接話せば、的確に事細かに真実に迫ることができる。

そこからは、次のような回答が得られた
●今はゲットできなかった子どもにもパンが与えられる。それは衛生面というよりも、昭和の終わり頃から始まった「平等事なかれ主義」の意味合いがある。従って、レース毎にパンはおニューに替わる。
●最近は「パン食い競争」があまり行われなくなった
●「飴食い競争」の方がよっぽどばっちぃ

ちなみに「飴食い競争」とはバットに敷き詰めた白い粉の中に飴が忍ばせてあり、口の周りを真っ白にしながら飴をさがして頬張る速さを競う。
飴はその都度、おニューになるが、粉は替わらない。
ただ、それも最近はあまり行われていないということだった。

僕はそれよりも、その昔、裸のパンがどうやって紐にマウントされていたのかが気になって仕方が無い。まさか、釣り針ってことはないよな・・と考えたら怖くなるので、その疑問はもう数十年にわたり放置している。

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