2019年1月31日 (木)

「ざーまに」「あっぱよー」

高速船が桟橋を離れる
後ろを振り返ると、指定席は半分くらいしか埋まってない
お盆で本土に出た人々が島に戻るのと逆方向だからだろう



有川を出て20分、船は有川湾を出る
右側の窓際(H列)をとったのは正解
船窓から間近に頭ヶ島を見ることができる
頭ヶ島に別れを告げ平島の沖まで来ると、船が揺れ始めた
もう読み書きは無理
景色を見るのみ


「冷たい部屋の世界地図」のイントロが流れ始める
魚目中の先生がLPを借してくれた「陽水IIセンチメンタル」のA面の1曲目に収録されていたこの曲は、僕が鯨波丸に乗る旅の相棒だった。
ウォークマンにイヤホンをつなぎ、プレイボタンを押下
去年の下関海響マラソンで使って以来、9ヶ月ぶりに取り出したイヤホンは壊れていて、右側からしか音が出なかった。


ヒフミちゃんに見送られ、上五島を出た日から40年
かつて住んだ町を尋ねる懐古の旅は、最後に五島だけを残していた
陸が続いていないということは、それだけ大きな障壁なのだ
いつか、必ず一度は行こう
そう思っていたが、一度だけ行こうとも思っていた
一度行って、今その場所がどうなっているのかを見れば、それで気が済むだろうと


2018年、夏、上五島
三日間、僕の町だった
また来るのもいいな
「ホテルメリッサ」に泊まり、お昼は「ヤキリンゴ」パンと缶コーヒー
夕飯は毎晩「竹酔亭」で日替わりの五島うどん

世界遺産「頭ヶ島の集落」が、これからどのように観光化されるのかは見てみたいけれど、他に何をするわけではない
ワゴンRを借りてそこらを走り
走れる靴を持ってきて「農道一周」を走る


佐世保に帰り、かんころ餅のお土産を姉に渡す。
姉がもっとも気に入ったのは上五島高校の前に立っていた2枚の看板だった。




「あっぱよー」は「驚き」
「ざーま」は「たくさん」
を意味する五島の方言
この旅では旧友の誰とも会えず、観光客として扱われた僕に、五島民は標準語で応対したから、懐かしの「五島弁」をこの耳で聞くことはできなかった。

上五島の旅(おわり)

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2019年1月30日 (水)

有人国境離島法



SNS風・・っていったいなんだろう
海苔がのったラーメンの○○系みたいなものか
あるいは、大きな施設が謳う最大「級」のようなもの?
「SNSパネル」でも誰も文句は言わないと思うのだが、あえてこうしたことで、ツッコミを受けられるというところまで先読みしたならば、上五島観光協会は侮れないな・・
と思いつつ、さすがにそこに顔を入れて「すみません、写真撮ってください」とは言わなかった。



有川から佐世保へ向かうのは1日6便
子どもの頃は1日1便か2便だったと思う。
人口は4分の1に減ったのに、船便は増発されている。


僕が支払ったのは2枚回数券を往復に充てて7,200円
これが上五島民の場合、割引される。

2016年4月20日「有人国境離島地域の保全及び特定有人国境離島地域に係る地域社会の維持に関する特別措置法(通称:友人国境離島法)」が成立。
新法は国境に接する離島に人が継続して居住できるよう国が積極的に関与し、領海や排他的経済水域を保全することを目的としている(2017年年4月1日施行)

割引額は一律の割引率ではなく、同法では次の目安としている。
フェリー⇒JR在来線並み
高速船⇒JR特急並み
航空路⇒JR新幹線並み

有川港ターミナル内には「有人国境離島法により運賃島民割引実現!新上五島町」の幟があった。



9:50乗船
予約開始初日にとった座席は、行きと同じ最前列の窓際

甲板には上がれるんですか?
来る船でとなりの原君に尋ねたのと同じことを、今度は船員さんに聞く。
「いやこれは上がれません」

そう聞いて、諦めがついてよかった
確かにこの船の甲板は手すりが低いし危ない

昔は3時間もかかったので、暇つぶしに甲板に出て時折並走するイルカを眺めていた。船酔いしそうな時に潮風に当たると、なんとか踏みとどまれるという利点もあった。だが、現在の所要時間はその半分。雑魚寝だった二等は今や1人ずつの指定席。窓際の指定席がとれれば、席に居ながらにしてずっと海を見ていられる。もう甲板に上がる必要もない。


船窓を眺める旅は初めて
贅沢だ
今日は、となりに人が来ない
原君は今も実家でくつろいでいる頃だろう
(この旅の間に、一度原君と会った)
話し相手は居ないけれど、それも気楽でいい




高速船シーエンジェルが有川の桟橋を離れる
後ろを振り返ると、指定席は半分くらいしか埋まってない
お盆で本土に出た人々が島に戻るのと逆方向だからだろう

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2019年1月29日 (火)

旅の想い出は頭ヶ島天主堂ステンドグラスの栞

五島で暮らしたことで、僕は性格がねじ曲がった
それまではもっと、楽観的で自由奔放だったのに
五島に行くことがなければ、もっと楽な人生が送れた
五島での暮らしでいい想い出はない。五島の暮らしは悪いことばかりだと思って、この40年を生きてきた・・

だが、悪いことばかりでもない
今こうして空想力を働かせ、他人の気持ちを深読みすることで、文章を書くことについて言えば、視点が多面的になっている。
それは、五島に住んだ時に身につけた性質と言える。



朝7時、島内放送が流れているが内容は聞き取れない。
そこに住む人たちがいて、その集落を維持していこうと努力している人たちがいる

三日間住むと名残惜しい。
ずいぶん久しぶりに訪れた僕を、この島は受け入れてくれた。
でも僕はここにこの気持ちを置いていく。
また明日からも目の前の1分に集中する。
僕を育ててくれてありがとう
僕はこの島で受けたいろいろな苦しかったこと、その人たち全て許す。そしてみんなに感謝している。


三泊四日お世話になったお礼を述べて、フロントで鍵を返す。
冷蔵庫は最初から空っぽだし、変なビデオ設備はなかったので、精算は発生しない。



浦浜のバス停で青方から来るバスを待つ
有川港行きの西肥バスは
他に乗客はなく、370円でバス一台貸し切る恰好になった。

旅の終わりに、有川港ターミナルの土産物屋で自分用の記念品を探す。
旅の記念品として蒐集している建物のミニチュアやフィギュアといったものはなく、ステンドグラスを模した文庫本の栞を購入。いくつかの教会バージョンがある中で、残りわずかになっている「頭ヶ島天主堂」を買う。

長崎しま自慢観光企画(五島市福江町)
ステンドグラスの栞
頭ヶ島天主堂
270円


頭ヶ島天主堂のステンドグラス(屋外から撮影)

ステンドグラスにはイエスの生涯、聖書の一場面、花や幾何学模様などがあしらわれる。様々な色のガラスに光が透過すると教会内は幻想的な風景となる。
ステンドグラスは、文字が読めない人にも、視覚的に神を感じてもらうための工夫と言われている。
V・ファーレン長崎が2019年シーズンで身に纏うユニフォームは、そのステンドグラスをモチーフにしている。これほどまでに美しい物語を編み込んでいるユニフォームは類を見ないと思う。


旅の想い出はステンドグラスの栞一枚
世界遺産登録からまだ一月。これから先、旅人の心をぐっと掴むような品が出てくるだろう。

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2019年1月28日 (月)

五島のホテルに無線LAN環境をつくる

有線LAN設備があり無線LANがないホテルメリッサで無線LAN環境を作るため「上五島の旅」の前に以下の2つを準備した。

【1】無線LAN親機
BUFFALOエアステーション
WMR-433W
実勢価格1,200円

【2】一番短いLANケーブル
エレコムやわらかLANケーブル(15cm)
LD-GPY/BU015
実勢価格:251円


【1】エアステーションはとにかく小さくて(4.5×4.5cm)色展開が多くて(8色)楽しい。
【2】ケーブルは長い必要はない。旅の七つ道具に入れておくものなので嵩張らないに越したことはない。「やわらかケーブル」ならばツメが折れないので安心して使える。
LANケーブルはフロントでも貸出品があるが、たいていホテル備品は事前予約できない。借りられるかが不確実ならば持っていた方が安心だ。

▼LANケーブルを壁のLAN端子に挿す
▼LANケーブルの他方をエアステーション本体に挿す
▼パソコン・スマホでパスワードを入れて無線LAN環境のできあがり


明治安田生命J2リーグレノファ山口-徳島戦(維新みらいふスタジアム)
前半42分、1点ビハインドの徳島は小西雄大に替えて大本祐槻を入れる。この3日後、大本祐槻のV・ファーレン長崎完全移籍が発表された。
試合は 90+4 後半ロスタイムに追いつかれて2-2の引分け

梅雨どきに始まった山口の混迷は、ガンバ大阪による小野瀬康介引き抜きで決定的となり、真夏を迎えても収束の兆しがない。
1人旅の夜、勝利の祝杯を挙げることはできなかった。





五島の旅<4日め~最終日~>

6:02
目が覚めた
日本の西端、五島列島は最も夜明けが遅い
まだ薄暗い部屋で僕は、ここに居るうちに、ここに居たことを振り返る

五島に住んだ4年間は僕を大きく変えた
人となり(生まれ持った性質)に新たな側面を挿入して編集し直したというレベルではなく、それまでに育まれて来た人間性を、根本的に作り直すものだっと思う。
この島が作り出した僕と言う人間は、現代の僕の中にも脈々と生き続けている


いじめっ子側に居た山口での暮らしとは立場が逆転し、僕は嵐の中に放り込まれた。
教室に居る間、周囲の顔色を覗いびくびくして暮らした。
特に小学生だった始めの2年は苦しかった。中学校に入り風が止んだのは「定期試験」というカタチで力を示せるようになったからだろう。
家庭は憩いの場所であり、朝、玄関のドアを開けて学校に向かうことは、戦場への旅立ちを思わせた。
朝「行ってきます」と大きな声を出して、母に見送りを促した。
玄関から見通せる台所に母の姿がない時は、母が出てくるのを待った。
母と眼を合わせてから、一歩目を歩き出す。
母はそんな僕をどう見ていたのだろう。聞いてみたくても、写真の母は優しいまなざしを固定しているだけ。

今になって、僕は母の眼を見ることで、決意を固めていたのだとわかった。
行ってくるよ。なんとか踏みとどまって見せるよ。そうするしかないからね。

不安、喜び、怒り
どの気分も意思が作っている。気分は意思で作るものだ。不適切な気分は意識で変えることができる。

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2019年1月27日 (日)

三連ちゃん 竹酔亭でとんかつ五島うどん

灼熱の上五島ランを終えた。
シャワーを浴びて5時過ぎには夕飯へ出かける
日本の西端にある上五島は、少し暑さが和らぎ、明るく心地よい時間帯を迎えていた。

それにしても、同じ店に三日も通うとは思わなかった
でも美味しいからね
今日は揚げ物を取りたい
うどんはシンプルなあご出汁で「玉子うどん」

それに、とんかつ単品ってできますか?と尋ねると、ホールのおばちゃんは確認のために厨房へ。
ここで大規模な弁当の仕込みができそうなくらい、広い厨房がちらりと見えた。


浦桑カミティ店近隣にある「五島が美味いAコープ」でお土産に買い込んだ「半生手延べうどん」は、下調べをした旅行ガイドブックに紹介されていた。
3食スープ付き580円 麺250g

販売されている五島うどんの大半は乾麺だが、竹酔亭は半生タイプの麺を販売している。従って賞味期限は短め。
これを使えば家庭で地獄だきも楽しめる。


竹酔亭は五島うどんの食堂だが、定食メニューもある。
近隣に食堂が少ないため、その需要に応えていくうちにこうなったのだろうと推察する
僕がオプションで注文したとんかつ単品は「とんかつ定食ごはん・みそ汁抜き」に落ち着いた様子。とんかつ定食を頼むより割高になったが、さすがにご飯はムリだ。

お客さんはほぼすべて地元の人
満席に近い賑わいから察するに、お盆で本土から帰って来た人もいるのかも知れない。
うどんにカメラを向けて
「はい、チーズ」
「いや、うどんですけど」
と会話をしている観光客は僕以外にみかけなかった。




19時からはDAZNでレノファ山口戦を見る。
ここでようやく無線LAN機器「エアステーション WMR-433W」の出番だ。
この機械で実現するのは「有線LAN」が来ているホテルの部屋で「無線LAN環境」を作り出すこと。
有線LANでは「線」がつながる機器、その長さの範囲に機器の設置場所が固定されるが、無線LAN化すれば、パソコン、スマホの両方を使うことができる。

そんな面倒なことをせずに「無線LAN完備」のホテルを選べばいいかというと、そうではない。
ホテルの無線LANには、以下2つの難点がある。

1.つながらないことがある(速度が遅いこともある)
2.セキュリティが低い

2.については、パソコンやスマホがウィルス感染するリスクがあり、セキュリティ意識がしっかりした組織では、禁止を明文化している。逆にいえば「ホテル・駅・喫茶店などの公衆無線LAN」を禁止していない企業のセキュリティレベルは推して知るべしである。

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2019年1月26日 (土)

有川から浦桑までの3.86kmはやばかった

上五島では日曜日はガソリンスタンドが空いていない。
需要が無いのか、電気自動車を推奨しているからか
いずれにせよ、レンタカーが「満タン返し」できないことだけが確かだ。
借りる時に「満タン返しでない場合、割高になりますが、こちらで計算して請求します」と言われていた。
事前に電話して、クレジットが使えると聞いて安心した。


ヤキリンゴパンを缶コーヒーで流し込み終えると、走れる恰好をしてワゴンRの返却へと出かける。
外気温は33度。走れる恰好と言っても、普段着そのものが走れる服装だ。走る靴を別に持つのは嵩張るので、普段履きのナイキエアハラチドリフトブリーズで、そのまま走る。
シリアスな走りには不向きだが、この暑さの中をちんたらと走るには十分。


レンタカー返却まで1時間あるので「蛤」の信号を鯛ノ浦方面へ右折する。子どもの頃行った記憶が無い。
しばらく走ると右手に「鯛ノ浦教会」が見えてくる。
これは教会巡礼の旅ではないが、せっかく教会がそこにあるのだから、足を向ける。

お盆前の日曜日
何かのきっかけで名声が高まれば、それなりにインスタの対象になりそうなオブジェ多数。
観光客は僕1人
直射日光が照りつけて危険なので早々にワゴンRに戻る。


鯛ノ浦の港には、このレンタカーを借りている五島産業汽船の小ぶりな船着き場がある。
この二ヶ月後、10月2日~18日、経営不振により運休して、元従業員たちの手により航路が再開されたことをニュースで読んだ。


鯛ノ浦でUターンして有川に向かう
国道384号は意外と交通量が多い。お盆だからか

後払いのレンタカー代金と満タン返し相当のガソリン代をクレジット決済して返却完了
さぁこれから土産物でも見てゆっくり走って帰るか
と思っていたが、沿道にそれらしき土産店はなく、意を決して浦桑まで走り出した。
ホテルまでは事前の調べでは、わずか3.86km
1日の練習量としては少なすぎる距離
しかし、状況が状況だ

一応スマホで確認した気温は34度
WBGT(Wet Bulb Globe Temperature)暑さ指数でいえば「熱中症:厳重注意」
洒落にならぬほど暑い
日陰があれば当然そこを選ぶのだが、探してもほとんどない
1kmそこそこの「蛤」で少し休む

七目(ななめ)の長いトンネル(陽が当たらないので助かった)を抜け、しばらくして浦桑が見えてきた時は、数十年ぶりに里帰りした我が家を見つけた時のように嬉しかった

ガーミンForeAthlete 735XTJの記録によると1km9分を超えていた
次の夏もまた、こんなに暑くなるようならば、外を走らないで済む方法を編み出さなければならない

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2019年1月25日 (金)

お昼ご飯はすべてヤキリンゴ。

五島の旅<3日め>

午後3時にレンタカーを返すこと以外に予定がない五島での3日め
ワゴンRがあるうちに、いま一度、想い出の場所を巡る。

かつて住んでいた上高の職員住宅
そして、昔の友達の家
結局、誰1人とも旧友と再会することはなかった。

浦桑から魚目小まで2.3km
浦桑から魚目中まで2.9km
毎日よく歩いたものだ

ケニアの子どもたちほどではないが、日本に於いてはけっこう長距離通学している方だと思う。
スピードは速くなくても、長い距離が苦にならないのは、中学生までの礎のお陰だろう。


丸尾の町を走っていると丸尾教会の看板が見えた
せっかくなので、立ち寄ってみる
観光客も司祭もいない
できるだけ抽象的な観光客の振りをして、正面から写真を撮る
だが、急な坂を登り切った場所にあり、エントランスが狭いためフレームに納まりきれなかった
それにしても、笑顔のボディビルダーの歯のように白い
丸尾教会は決して有名ではないが、その美しさには二重まるをあげられるだろう




似首のバス停から坂道を下り、港に降りてみた
商店はない。食堂らしきものがあったが開いていない
切り立った崖に家が建ち並ぶ
あまり船は係留されていない
「8万あった人口も今は4分の1に減ってます」と初日に出会った先生が言っていたから、漁業の担い手たちもこの40年でずいぶんと減ったのだろう

似首の港
風が心地よい
漁港の香り
それだけで幸せ


浦桑・榎津・丸尾・似首
今でもすらすらと暗唱できる4つの地区で新魚目町
(平成の大合併により、現在は新上五島町)
もう十分に懐かしんだ


ワゴンRがあるうちに土産の買い物を済ませようと、ホテルにほど近い「五島が美味いAコープ」へ立ち寄る
土産が買えるスーパーは他にもあるのだが、ここは唯一クレジットカードが使える店。
日頃、現金を持ち歩かない。これでも多めに財布に入れてきたつもりだが、カードの使える店がなく財布が心許なくなっていた。
結局、五島滞在中、カードが使えたのはこことホテルとレンタカーだけ。カード決済の比率が低い日本でも、ここはその最先端を行く島だろう。


竹酔亭の半生タイプの五島うどんを中心に土産を買い、菓子パン売り場にヤキリンゴ(市川パン)があったので、それも買う。
お昼はホテルに戻って缶コーヒーとヤキリンゴ。
結局、五島にいる間に食べた2度の昼食は、2度ともにヤキリンゴ1個だった。気ままな1人旅、何でもありだ

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2019年1月23日 (水)

半端ないごぼう天とカレー五島うどん

ホテルに戻ると、この町で生まれ育ったフロントの女性が、笑顔で「お帰りなさい」
いい言葉だ。お帰りなさい
最近言われたのはいつだろう
そうそう数年前、お盆恒例の同窓会で親友のミヤタが言ってくれたんだった。
佐世保に残った親友数人と東京に出た僕の呑み会。
誰も「お帰りなさい」なんて言わないが、ミヤタはその時以来、待ち合わせ場所で僕をみつけると、いつもそう言ってくれる。
そんな素敵な言葉を、てらいも無く言えるところに彼の真摯さ、成長の跡を見た。


19時から始まるサッカーの前に夕飯と風呂を済ませようと、昨日よりも早めに竹酔亭の暖簾をくぐる。
それでもお盆に1日近づいたためか、昨日よりも客が多く、わずかに空いていたカウンターに通された。

昨日は五島うどん本来の出汁で愉しんだ。
今日はちょっと違う角度から麺の味を愉しもう
それに、となりの人が食べていた揚げ物が美味しそうだったから、それをトッピングで。
そう決めると店員さんを呼ぶ

すいません
カレーうどん
それから、ごぼう天を上に乗せるの、できますか?





そうしてやってきたごぼう天カレーうどん
写真からはその食感が伝わって来ないのが残念だが
このごぼう天、予想外に高温で揚がっている
そして、分厚い
汁がカレーということもあってか、すぐに沈み込まず、しばらくサクサクのままうどんと合わせることができた。

サッカーの大迫勇也ではないが、この店の揚げる技術は半端ない
こうなると、他の揚げ物も食べてみたい
そうして、明晩の五島うどん三連ちゃんが決まった



■五島うどんの歴史

奈良・平安時代
発祥はこの頃と推定されている

2003年
五島うどんブームが起きて以来、有名になった

2007年3月28日
新上五島町の製麺業者36社が出資して「(株)長崎五島うどん」が設立された


子どもの頃、五島名産のうどんがあることは地元で認識されていたが「五島うどん」というブランド名ではなかった。
生産量が少なく地産地消の食べ物であり、島外では無名だった。
2018年現在、長崎県内では定着したブランドだが「讃岐うどん」のような全国区の知名度には至っていない。



19:00からはサンフレッチェ広島-V・ファーレン長崎のピースマッチを観戦する。
DAZNで見るために無線LAN環境も持ってきたが、この試合はJ1で初めてのピースマッチということもあってかBS1で放送され、決して大画面とは言えないホテルのテレビで見ることができた。

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2019年1月22日 (火)

鯨見山から有川捕鯨を想う

頭ヶ島天主堂見学が終わり、この旅で唯一の行事が終わった。
日はまだ南の空にある。
19時試合開始のサンフレッチェ広島-V・ファーレン長崎のピースマッチ観戦まで、まだ4時間もある。
旅先で何も予定がないのは、これ以上ない贅沢な時の過ごし方だ。


有川湾を右手に見ながらワゴンRを走らせて、有川の町まで戻る途中、看板に誘われて「黒崎園地展望所」に立ち寄る。
快晴の下、有川湾から水平線を一気に見通せるロケーション。
今、ここに鯨の群れがやって来たら、僕は携帯電話で漁師の友達に知らせることができる。
あ、でも商業捕鯨に抵触するか、いや、種類によっては近海捕鯨だからいいのかな・・


新上五島町観光物産協会まで戻り、白浜窯を教えてくれた礼を述べて、目を付けておいたかんころ餅を土産に買う。
姉は美味しかったと言ってくれたが、自分では食べなかったので、結局のところよくわからない。


さぁこれから何をしよう
俺は今何処へ行きたい?

ワゴンRで駐車場を出たところで「鯨見山」の看板が眼に入った。
昨日、鯨賓館ミュージアムで有川捕鯨のシステムを見ていた僕は、すぐにその看板が意味するところを理解することができた。
これは行かなければ!




看板に従って行くとすぐに車道は途絶え、そこから先は整備の行き届いていない坂道。観光資源に位置づけていないのだな・・この時はそう思った。
ハンドタオルで汗を拭いながら、頂上まで来ると、原付で来た青年が駐車場に寝そべっていた。
あれ?駐車場があるのか
青年によると、僕が登ってきたのとは反対側に車で登れる道があったのだった。


有川湾では江戸時代の初め頃から明治時代まで捕鯨が行われていた。
その頃、ここ鯨見山をはじめとしたいくつかの高台に「山見小屋」が置かれ、そこで鯨を見張り、鯨の群れが沖を通りかかると、それを漁師たちに知らせ、出漁の合図となっていた。

従って昭和の時代には捕鯨は行われておらず、僕が住んでいた昭和後期には、上五島で捕鯨の話しを聞かなかったわけだ。もしかすると後に学芸員を務めていた担任が何かの折りに話したかも知れないが、僕が商業捕鯨に関心を持ったのは2000年以降であり、当時は耳にしても、右から左に抜けていたのだろう。





佐賀県の小川島には板壁瓦葺き屋根の山見小屋が現存するが、この場所は観光資源として再現されたものだ。

室内に掲示された日本語を始めとする4カ国語の説明は次の通り
「この場所が恐らく本部の山見小屋で、沖の船や横浦捕鯨基地と連絡をとっていたものと考えられる」


今僕は高い関心と強い興味を持って、この場所に立ち、かつてここで鯨を見張った人を想う
この4ヶ月後、日本がIWCを脱退して、1年後には近海の商業捕鯨が再開することになるとは夢にも想わなかった。

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2019年1月21日 (月)

頭ヶ島天主堂 白浜窯 上五島空港

あっという間に頭ヶ島天主堂の見学が終わってしまった。
それは、世界遺産登録が決まる一ヶ月前、つまり2ヶ月前に申し込んだ時から頭に描いていたイメージとは随分違うものだった。

ホームページは十分に整備されている
パーク&ライドも滞りない
ただ、現地の見学は何もない

この旅の終わり掛け「ある場所」で地元の人どうしの会話を聞いた。それによると、世界遺産は決まったものの、まだ観光整備が間に合って無くて全然(だめ)ということだった。
今は試行錯誤の途中なのだ。

「頭ヶ島天主堂饅頭」をこしらえたり「世界遺産記念館」みたいなものを建てる必要はない。必要以上のものは「偽物感」を増すだけだ。このままでいい。十分に記憶に残る。

ただし、世の中の観光客がすべてそうではないだろう。
「インスタ映え」して「感動的」で「記念に残る」仕掛けを求めている観光客の中には「頭ヶ島天主堂、見る所が何もない」といった感想を吹聴する人がいるかも知れない。



見学が思いのほか早く終わったので、僕にとっては帰りのバスまでじっくり「白浜窯」を見る時間ができた。
手持ち無沙汰に歩いている他の見学者を尻目に、僕はそそくさと「白浜窯」の暖簾をくぐる。


白浜は頭ヶ島天主堂が建っている地域の名称
陶芸家安藤豊が10年前、この地に移住して窯を開いた
ホームページで商品を紹介しており、電話のやりとりで注文することもできる
頼まれていた酒器を安藤さんに選んでもらう
僕は陶芸に暗いので、土や焼き方、その酒器の特徴を紙に書いてもらった。
(帰りのバス)まであと5分ですよねと、急いで包装してくれた。
14時の部(1時間毎に設定されている見学)で訪れたのは僕1人。
他に商業施設はないのだが、ここはまだ知られていないようだ。
帰り際に2人連れが暖簾をくぐったが、バスの時間が迫っていて諦めて引き返して行った。なんだか、僕まで残念な気持ちになった。



駐車場に戻ると、14時の部の皆さんは、白浜で潮風に当たっていた。僕1人が商業的な紙袋をさげている。

無料シャトルバスで上五島空港へ戻る
皆さんは、それぞれの車、レンタカー、タクシーで中通島へ戻っていく。
せっかくなので、滑走路を見学する
見渡す限り、よく整備されており、そこに駐機した飛行機がいないことを除けば、現役の空港と何ら変わりない。
もしも、ここにチャーター便が降りるようなことがあれば、頭ヶ島天主堂に来るのはとても便利だ。そして上五島を訪れてみようという動機付けになる。
ここで数年を暮らした僕は、夏草の滑走路を眺めながら、そんな日を夢見ていた。

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