2017年10月12日 (木)

寝ころび湯でノルマを稼ぐ

ひたちなか温泉喜楽里別邸の入館メニューはシンプルな2通り
ゆったりコース1,360円
シンプルコース980円
*いずれも土・休日料金

少女の丁寧な説明を聞くまでもなく、すべての施設が利用できて、館内着、タオル付きの「ゆったりコースで」と決めていた。
基本的に風呂は苦手だ。
「旅先では毎日温泉に浸かる」というミッションがなければ、ホテルの大きい浴槽で済ませるところだ。
従って、長居したい場所ではない。
カラダを洗い、暖まったらすぐに出たいと思う。
親戚にはいつも「烏の行水」だねぇと呆れられている。
だから、使える施設は多いほどよい。
いろいろな趣向の風呂があれば、目標としている2時間に近づけそうだ
(目標があったりする)


宿泊施設ではないが、食事・飲酒もできる。
館内着のまま、ジョッキを空ける夫婦
宴会に入っているおじさん達
皆幸せそうだ


受付の少女から館内着、タオルの入ったトートを受け取り、脱衣場へ。
まずは風呂、露天風呂エリアへ。
大声を出す人もなく、とても居心地のいい風呂だ。

カラダを洗い終えると、ジェットバス、電気風呂と次々にクリアしていく。
一応、全部制覇しないと気が済まない。
世の中ではこれを「貪欲」というのか「貧乏性」というのか。
炭酸風呂だけは、なかなか空きスペースができず、諦めて屋外へ。

「源泉一望の湯」と名付けられた露天風呂
それほど見晴らしはよくないが、肌寒さがほどよく、風呂が進む(長風呂できる)

その脇に塀で仕切られた一角「寝ころび湯」もチェック
一糸まとわぬ姿で男体が天を向いて並んでいる。
あまり見たくない光景だ
伏し目がちにして、空きスペースをみつけて寝ころぶ
石の枕に頭を乗せると、髪が濡れず、体が軽く湯に浸る
あぁこれはいい
ここで時間を稼ごう
(目標の2時間にこだわっている)


脱衣場で館内着を着込み、生涯初の岩盤浴エリアへ。
廊下に置かれた3台のマッサージチェアは満席
タブレットを操作するおじさん、気持ちよさそうに寝入るおばさん、その子どもらしき女の子

マッサージチェアも未体験の1つ
機械が勝手に動いて体を揉むというのが信用できない。
だが、今日はあとで挑戦してみようかと思っている

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2017年10月11日 (水)

子どもの騒音がない温泉

学び舎には他を寄せ付けない厳格さ、ここに集いし者たちの真摯さが横たわっている。
ここに立ち寄ったことは大きな財産だ。

件の土産もの屋「祥雲堂 北沢売店」では、できるだけ弘道館の空気を持ち帰れるものを探す。
外面には焼き物が並ぶ。
店内奥には書の道具
「もうずいぶん品数が減ってしまったんですよ。職人さんも減ってきていましてね」
上品さをたたえた店のお婆さんから話しを聞く。

そして石でできた「游於藝」の文鎮が目に留まった。
あちこち角がこぼれているが、ずっと長い間そこにあった風情が大いに気に入る。
今、その文鎮はパソコンの32インチディスプレイの下から僕と対峙している。


さて、次は温泉へ向かう
「毎日、温泉に浸かる」が旅課題のひとつ
あいにく水戸市内ではいい場所がなかったので、水戸市の隣り町ひたちなか市へ。
水戸市からは出るが水戸駅から3.8km。車で10分程度と近い。


二日間、お世話になるのは「ひたちなか温泉 喜楽里別邸」
露天風呂、岩盤浴など多彩な温泉を楽しめる、いわゆる「スーパー銭湯」だ。
対象は小学生以上で、未就学児の入館はできない。
岩盤浴やサウナといった設備は、親がついていたとしても危険ということだろう。

子どもが嬌声を上げたり、走り回ったりということがないので、大人はくつろげる。
「子どもの声は騒音」といって保育園建設差し止め訴訟が頻発する我が国では、未就学児の入館を規制することにより、大人の集客が見込めるという現実もあるのかも知れない。

駐車場は七割の埋まり具合
これが混んでいるのか、空いているのかは初めてなのでわからない。
(翌日、これは空いていたのだとわかった)


靴を下駄箱に入れてフロントに入る
「当館は初めてですか~?」
威勢のいい声がかかる。とても元気な少女といってもいいくらいの女の子
彼女の説明はとにかく親身で丁寧。
客の顔色を見ながら、疑問を解いていこうという洞察力は、あの若さにしてなかなかのものだ。

スーパー銭湯自体が生涯初体験の僕は、少女のおかげで少し緊張を解くことができた。

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2017年10月10日 (火)

游於藝

デパートを出て、空を見上げると状況は思わしくない。
日は陰り、翌日の台風到来を暗示している。
カーナビに次なる目的地をセット
茨城県水戸市三の丸1-6-29


「講道館(こうどうかん)」は柔道の総本山で道場は東京にある。
「弘道館(こうどうかん)」は江戸時代は第九代水戸藩主の徳川斉昭が創設した藩校
1841年に文武修行の弘文館、娯楽の偕楽園を同時期に作った。


ここも駐車場は無料。
結局、水戸にいる間、駐車料を一度も払わなかった。
入場料を支払い正門をくぐる。
シルバーウィーク3連休の初日だが、人影はまばら。

正門をくぐると右手にお土産店がみえた。
帰りにあそこに寄ると決めて館内へ進む。


弘道館、偕楽園をつくったのは徳川斉昭だが、この旅に向けてしらべるまで、僕はその名を知らなかった。
大学受験では「日本史」「政経」を選択したので、本来ならばそこで知っておくべきなのかも知れないが「日本史」は苦手だった。
ではなぜ苦手な日本史を選択したかというと、世界史はもっと苦手だったし、地理は訳が分からなかった。倫理社会という手もあったが、当時それは邪道という空気があった(笑)

こうして水戸を訪れると、現代に残る遺構にその功績が残る徳川斉昭だが、全国的に有名なのは第二代藩主徳川光圀、通称水戸黄門。水戸駅前や千波湖に銅像が建っているのも徳川光圀のほうだ。
もう少し「斉昭推し」てもいいんじゃないか


各部屋には音声ガイド装置が設えてあり、行く先々でその説明を聞く。
やがて広い庭の前に出た。
そこは正庁南面
庭にみえるその広場は当時の対試場

正門、正庁、至善堂は戦火を逃れ当初のまま現存しており、国の重要文化財。
そっと柱に触れてみる。
ここを徳川斉昭も触れただろう。

扁額には「游於藝」の文字
「げいにあそぶ」と読む
論語の「子曰、志於道拠於徳、依於仁、游於藝」からとって、徳川斉昭が書いたもの。
藝とは礼(礼儀作法)楽(音楽)射(弓術)御(馬術)書(習字)数(算術)の六藝。

「学問武芸に悠々楽しみながら勉強する」の意を成す。

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2017年10月 9日 (月)

水戸でキーホルダーを買わなかった理由

「水戸で財布を買う」という目的は達した。
つづいて京急百貨店で探すのは「マグカップ」「キーホルダー」「木のオブジェ」

当初は「焼き物の町笠間で陶器を買う」ことに決めていた。
ガイドブックに素敵なマグカップが載っていた
角錐のシャープなデザイン、縁取りの赤
「回廊ギャラリー門」で売られているらしい
ところが、カーナビ検索で調べたところ笠間まではけっこう時間がかかる。
できれば、慌ただしい旅にしたくない
水戸からは出ないことにした。

「白地に柑橘系の絵柄」という条件をつけて小一時間食器売り場を探す。
それくらい時間を要するほど、品揃えが充実していた。
隅から隅まで棚を見て、今日は諦めようかと思っていた時だ。
たった1つ、その条件にぴったりとはまるマグカップが見つかった。


店内案内図にロフトがあった
まだ来年のほぼ日手帳を買っていないので、ここで買うことにする。
ここ数年「本体のみ」を買って差し替えていたが「ミナimaging」のカバーに一目惚れする。
これまで買ったことのない布の質感が手に優しい。
紺地に森の鳥たちが描かれたデザインに夢がある。
この手帳を手にすれば、脳のどこかに眠るまったく新しい何かを発見できる。
そんな気がして即ゲット。


京急百貨店に目を付けたのは正解だった。
「キーホルダー」はこれと思うものがなく「木のオブジェ」は見つからなかった。
これらは翌日の水戸駅ビル散策のココロだぁ~


実はキーホルダーは「これは」と思うモノが1つあった。
それは、たかがキーホルダーにしては高価で、桁数が想定価格よりも1桁多かった。高価なためか、鍵のかかったショウケースに保管されている。
「手に取ってみたいな」
という欲求に駆られ、そばにいたデパガ(死語か)の方をみた。
お人形さんのようなショートヘアの可愛らしい女性だ。
歳の頃は22あたりか。
ところが、僕が視線を送った瞬間、彼女は完全に目を反らしたのだ。

これに僕はたじろいだ
いったい、どういう意味だろう

・おじさんに売れるようなキーホルダーはない
・あなたの収入でそんな高いキーホルダーは買えないでしょ?
ただ、単にキモい

1秒間に3つほど選択肢が浮かんだが、百歩ゆずってそのどれかだとしても、客が視線を送ったら

・どういったものをお探しですか
・お手にとってご覧になりますか
ただ、にっこり

これらの反応をするのが客商売ってものじゃないのか。

ということで、気を悪くしたというよりは、なんだか寂しい気持ちになって「水戸でキーホルダー」熱は急激に冷え込んだのだった。

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2017年10月 5日 (木)

J.Pressのとなりで見つけた素敵な財布

TAKEO KIKUCHI の財布はとてもお気に入り
もう17年使っている
そういうと、誰もが「キレイに使っている」「素敵」と言ってくれる
「素敵」と言われるのは、キレイに使っているからではなく、デザインにその理由がある。
革製の財布と言えば無地のものが一般的だが、愛用の財布は、ダークブラウンとブラウンのツートーンで、エッシャーのだまし絵のような柄がプリントされている。
川崎のデパートでこの財布を見た時、これしかないと一目惚れした。

異彩を放っていたのだ。
これまでに見たどの財布にも、こんな柄はなかった

それ以来、17年
クレジットカードとPASMOがあれば事足りる時代になり、財布を持ち歩かなくなったこともあって、今も実用には支障がない。
ただ、さすがに折りたたみ部分の革は傷んできた。


水戸で財布を買う
旅の目的の1つにこれを据えてから、探す場所を2つに絞った。
まず、京急百貨店
ここには愛用ブランドJ.Pressが入っている。
もう1つは水戸駅丸井またはエクセル
革製品や小物の店がある。


京急百貨店に一歩足を踏み入れると、そこは清々しい空気が流れていた。
銀座や有楽町にあるような、クラシックな高級感ではない
いかにも田舎(失礼)のデパートといった圧迫感もない
エントランスの天井が高く、ガラス面が広くて採光がいいせいだろう。


J.Pressに直行したものの、あいにく小物は取扱がなかった。
ならば、このフロアの何処かで探そう
それは、店に入った時に心が決まった。
まだ、丸井やエクセルは見ていないが、ここの空気が気に入ったし、品揃えもここの方がよさそうだと直感したのだ。


そして、その予感は当たっていた
J.Pressから5m歩いた所、つまり隣りにTAKEO KIKUCHI
「水戸に財布を買いに来たんですけど」
と尋ね、店員が鍵を開けてくれたショウケースに、素敵な財布が飾ってあった。

エッシャー風ツートーンのような華やかさはないが、菱形のプリント柄が素敵だ。
ここ数ヶ月、あちこちの店を見て回ったが、こんな財布は何処にもなかった。
「これにします」
おそろいの柄のハンカチやネクタイに手を出しそうになったが、思いとどまり、会計をしてもらう。

17年使った財布は水戸で捨てた
名残惜しかったけれど、いつまでもしがみついていても、そこから何も生まれない
僕はそう学んだのだ。

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2017年10月 4日 (水)

水戸の観光シーズン

12:54
右手にはめていた「735XTJ」を外して計測を止める
偕楽園さんぽは、1時間46分 4.9キロ
それほど歩いた気はしていなかったが、意外と距離が伸びている

強い日差しのない、曇り空
天気が良くて、とても助かった
気持ち良い散歩ができた

連休という割に、人出は少なめ
やはり、梅祭りの季節が「偕楽園シーズン」なのだろう。
偕楽園駅にJRが停まらないのも納得

水戸の観光シーズンといえば「梅」と「アンコウ」
梅が有名なのは、偕楽園に3,000本の梅が植えられているため。
アンコウは大洗などアンコウの本場と言われる漁港がある。

「梅まつり」は2月中旬~3月末
「アンコウ」の旬は11月~3月
9月の水戸はいずれも外している。
残念といえば残念だが「9月に水戸に行く」というのが目的の旅だから、これでいい。
人気シーズンを外れているため、混んでいなくてよかったとも言える。


カーナビに次の目的地をセットする
次はショッピング。
めざすは京急百貨店

水戸で買い物といえば、水戸駅ビル
そこに「エクセル」「丸井」「OPA」がある。

そして、もう1つがここ京急百貨店
水戸駅からは、クルマで10分ほど離れている。
水戸駅界隈も都会的だが、こちらの一角は賑わいを感じる。


「目的地周辺です。音声案内を終了します」
とカーナビが告げた時、京急百貨店の概要が見えてきたが、駐車場に向けて路上にあいにくの行列
買い物をすれば駐車場サービスが受けられるだろうが、ここは、お金より時間が惜しい。
遠くにみえた「P」のマークを頼りに、有料駐車場へ入れる。
(結果的にここも契約駐車場で、料金はタダで済んだ)


駐車場から京急百貨店に向かう道の途中には「るるぶ」で見たオブジェタワー。
確か、美術館だ
そのエントランスでは屋外イベントが開催されていて、人々がなにかに没頭している。
そんな喧噪を尻目に、僕は買い物へ急ぐ
めざすは「水戸で財布を買う」である。

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2017年10月 3日 (火)

好文亭に来て良かった

偕楽園はこんなところかな
もう帰ろう
がつがつ、全施設をコンプリする旅でもない
左:南門へ往けば帰り道
だが、足は右へ向いた

好文亭は見ておこう

なぜ、そう思ったかという理由はない
単なる直感
長崎の好文堂が好きな本屋だからかも知れない
(名前、似てる)


「好文亭」は「弘道館」「偕楽園」を開いた水戸藩第九代藩主の徳川斉昭が、詩歌の会を開く場としてつくった建物。
(水戸黄門として有名な水戸光圀は第二代藩主)
梅の別名である「好文木」がその名の由来だ。


縁側を歩くと童心に返る
物心ついてから長く過ごした山口県の家には縁側があった。
6月に雨が続くと、おかしな色をしたキノコが生えて気持ちが悪かったな


徳川斉昭の心に触れられるような気がして、そっと柱に触れる
「お手を触れないでください」といった注意書きは、ほとんど見当たらない。
「見せてやっている」という態度はどこにもない。
人を信用して、最大限見せてあげたいという姿勢を感じる。
今も客をもてなしているのだ。
だからこそ、こちらも慎重になる。


またしばらく縁側を歩くと、畳の部屋に出る
あぁ畳の上を歩くのはずいぶん久しぶりだ
現代住宅はどこも、カーペットやフローリングになってしまったからな
家に1つ畳の部屋があった方がいい
いつか、そうしよう


亭内のあちこちでは、撮影やイベントの準備や打合せが行われていた。
ここは遺跡ではなく、今も稼働する娯楽施設なのだ。


急な階段を上ると見晴らしのいい部屋に出た


ここからの偕楽園・千波湖は最も見晴らしがいい。今風にいえば「インスタ映え」する

ここに来てよかった
偕楽園に来て、ここに来ないのは片手落ちだった

この後、訪れる弘道館とここ好文亭の入場券を並べると、これらが「文武」と「娯楽」を代表している二大施設であることがわかる。

水戸に来たら「好文亭」と「弘道館」
この2つを訪れた方がいい
これから、親しい人が水戸に往くと聞けば、そう勧めるだろう。

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2017年10月 2日 (月)

水戸の記念品と言えば印籠

「義烈館」の展示物
水戸黄門像
大日本史の書物
陣太鼓
黒船来訪時の大砲

明らかに違う時計が脈打つ場所だ
館内には古の水戸時間が流れている
今回の水戸旅行でそう感じた場所が、ここを含めて3カ所あった。


左周りに順路を回り、再び入口に戻る
そこで印籠5個、ハンドタオルを購入
水戸と言えば印籠。
この町の「気」を持ち帰り、お守りにしたい。
そう考えた時、印籠以上に好適なオブジェクトは見当たらない。
印籠の根付けは、ホテルのロビーや「見晴亭」でも見かけたが、商業の匂いがしないこの場所で買うことが最適と思われた。



一旦、南崖を降りたあと、再びS字のスロープを上る
ぶーん
羽音がしたと思うと眼前に蜂が現れた
ちょっと前の僕ならば、慌てて手で払おうとしたところだ
しかし「警視庁いきものがかり」(橋本環奈主演のテレビドラマ)で蜂の対処を学んだ僕は、今までとは違う。
慌てる心を落ち着かせ、軽いウィービングで蜂をいなす。

すると、蜂は「こいつは悪いやつじゃない」と分かってくれた様子
すぐにスクランブルを解いて飛び去って行った。

神様、仏様、環奈様さまだ


再び「見晴らし広場」へ
一応、千波湖を見やるが30分やそこらで急激に景色がよくなったりはせず、さっきのまま。

さて南門を出てクルマに戻ろうかという分岐
左:南門、右:好文亭とあった

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2017年10月 1日 (日)

もう由美かおるは出ない水戸黄門

東門から出て常磐神社へ。
あとで神社の階段下にあった看板をみると「偕楽園に入る前にまず常磐神社におまいりしましょう」とあった。
ちょっと順番が違ったらしい

常磐神社に参り、おみくじを引く
なかなかよいことが書かれている。
同封されているお守りも嬉しい
これは、この旅で買うことにしている財布に入れることにして、大切にカバンに仕舞う。

「水戸のすごいものあります」
の看板に誘われ「義烈館(ぎれつかん)」へ

すると、鳥居の周辺には大量の地元のガキ..
ではなくて少年達が座りこんでゲーム中
彼らが占領した隙間をステップ踏みながら進むと、ディスプレイに映し出された黄緑色の背景に既視感がある。
それは懐かしいポケモンGOだった。

そういえば、二日前「伝説のポケモン、ライコウ、エンテイ、スイクンが登場!」というお知らせがゲーム主催者から届いていた。
ということは、かつて、僕もプレーヤーだったわけだが、正月にクリスマスピカチュウを乱獲したところで飽きてしまった。
僕の中でポケモンは151匹で終わっている。
伝説のライコウと言われても、さっぱりわからない。


土産物はあとで買うことにして、まずは入館
駐車場は無料だが、あちらこちらでささやかな入場料は払う。
入口正面に水戸黄門の木像
僕にとっての水戸黄門といえば東野英治郎だが、似ていない
ちょうど、来月からはBSTBSで武田鉄矢が水戸黄門を演じるという。
どちらかといえば、うっかり八兵衛タイプだと思うのだが、せっかくできた水戸とのご縁。一応、録画予約はするつもりだ。

2017年10月4日より
毎週水曜19:00-19:55
BS-TBS

おなじみの役どころ
佐々木助三郎役:財木琢磨
渥美格之進役:荒井敦史
風車の弥七:津田寛治

誰ひとりわからない・・
由美かおるは出ないらしい

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2017年9月30日 (土)

偕楽園の歴史

偕楽園は、修行の余暇を利用した休養施設として開園された公園
金沢「兼六園」岡山「後楽園」と共に日本三名園にかぞえられる。

水戸藩主 徳川斉昭が文武修行の場として開いた「弘道館」に対して、娯楽の場として造営した。


【偕楽園の歴史】

1841年(天保12年)4月
着工 数千株の梅が植えられた
(現在、3,000本)

1842年7月1日
徳川斉昭により開園

1842年7月27日
公開 ただし入園には規定(性別、身分などのよる規制)があり自由に入園できるわけではなかった

1873年
一般公園「常磐公園」となる

1957年
茨城県が条例で「偕楽園」に名称変更
現在に至る



梅桜橋で常磐線を跨ぐと、そこからが偕楽園本体
「偕楽園」の立て札があったので、きっとそうだ。
どこからどこまでが偕楽園の敷地なのかはよくわからないが「るるぶ茨城'17」の偕楽園マップでは、常磐線から北側が紹介されている。

南門をくぐり、階段を上り「見晴らし広場」へ
ここから、今朝走ってきた千波湖を臨む
しかし「見晴らし」を謳う割に、パノラマ感はさほどでもない。


東門を出る前に「見晴亭」をのぞく
観光情報の提供、特産品の販売の複合施設。
水戸に来て初めてのぞくお土産屋。
事前にガイドブックで見てきたものと、脳内で照合しながら棚を流す。
買い物はまだ先でもよさそうだ。

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