2019年10月11日 (金)

パスワードを復唱するカウンターのおばちゃん

肩越しに重要な情報を盗み見ることをショルダーハッキングという。
パソコン、スマホのパスワードを入力するところを盗み見ること、銀行ATMでパスワードを入力するところを盗み見ることなどを指す。
「ショルダーハック」「ショルダーサーフィン」という人もいる。

しかし、パスワードを盗み見るのではなく「ガン見」する人も少なくない。
たとえば、パソコンの設定方法をサトウさんに習っている時だ。
設定を変更後、パソコンが再起動を求めて来たのでパソコンを再起動する。
ログイン画面でパスワードを入力する。
すると、サトウさんは後ろからじっと見ている。
サトウさんに盗み見しようという意図はないと思うが、少し気味が悪い。
こういう人に「パスワード入れているので・・」と配慮を求めると
「は?見てませんよ。第1非表示になって見えてないし」
と憤慨されたりする。手元は見えてるでしょ?と反論すると人間関係にヒビが入りそうなので、そこは飲み込む。

目の前にいるヤマトのおばちゃんは、僕がパスワードを打ち込む度に一文字ずつ「復唱」している \^^)オイオイ
確かに「クロネコメンバーズ」で他人のIDを乗っ取っても、それほど悪いことはできそうにないが・・


佐世保の最後に、もう1度墓参り
「私はそこにはいませぇん♪」と歌う人もいる。
確かにその通りだろう。日頃、自宅で遺影に手を合わせるのと、墓前で手を合わせることに、物理的な意味合いの違いはないだろう。だが、そこに遺骨が安置されている以上、特別な感情を持たざるを得ない。


夕飯は近隣のお店から「チキン南蛮」をテイクアウトして、義兄とビールで晩酌。
TVのニュースは、台風が上陸して大半の飛行機と山陽新幹線が止まっていると言っている。だが、明日僕が帰る頃には正常に戻る見通しだ。
そういえば、これまでに欠航で何処かに足止めされたという経験がない。天候に恵まれるということは、人生の中核を担う僥倖だと思う。

最終日
義兄に佐世保駅まで送ってもらう
佐世保駅に隣接したスーパー「エレナ」で、念願のロンサンド(ベーコンエッグ)をゲット。
みどり8号の車中でロンサンドを食べるのが、帰京時最大の楽しみだ。こんなに美味しいサンドイッチが東京で売られていないのが惜しい。


福岡空港に着くと、台風の影響で使用する飛行機の到着が遅れ、出発は45分遅れとのことだった。空港に缶詰になったり、1日延泊せざるを得なかった人たちを思えば、これくらいどうってことない。

お土産を品定めしていると、この旅で初めて見知らぬ人から話しかけられた。
「それ、涼しいんですか」
僕がかぶっているエアピーク(風が通り抜けるので帽内温度があまり上がらない帽子)について聞きたいらしい。
後でしらべると、二ヶ月前に改良版が出た際、再びテレビ番組で紹介されており、それ以来、品切れが続いているのだった。
お土産店に菓子を納品する業者のお兄さん、テレビで見てとても気になっていたらしい。製造を手がけるビルマテルの社員になり代わり、僕からその効能をじっくり説明しておいた。


搭乗カウンターにて
「当便は満席となっておりますが、座席数が不足しております。座席をお譲りいただける方には、次便の座席を確保したうえ、お礼として1万円をさしあげます」というアナウンスが入る。
この手のアナウンス後「はいはい、僕が譲りますよ」と申し出る人を見たことがない。いつ、どのようにして申し出て、手続きが行われているのだろう。それが謎なだけに「1万円かぁ、おいしいな」と思っても、迂闊に手が挙げられない。

夏の旅の話し(おわり)

|

2019年10月10日 (木)

今年も同じ失敗を繰り返し、白十字パーラーのミルクセーキに「きーん」となる

佐世保 3日め

三日つづけて、四ケ町を散策
直線アーケード日本一を誇る四ケ町だが、それほどチェックする店が多いわけではない。
買う物といえば「長崎物語」「松露饅頭」「さが錦」「ぽると」
つまりお土産ばかりだ。

白十字パーラーで「ぽると」を買う。
「ぽると」は佐世保でしか売っていない佐世保の銘菓。
ざらめのついたクッキーでゆずの味がほのかに漂うザボンの餡をはさむ(ザボンは原材料に入っていない)
1951年に開店した白十字パーラーが、1955年に発売したので64年の歴史がある。

2019年2月には「りんごぽると」が発売された。
これまでも大きさのバリエーションをつけた「ぽると」はあったが、餡の味そのものを変えたのは初めてだと思う。
そして、これはとても美味しかった。
これならば、子どもの頃の僕も大好きになったと思う(子どもの頃、ザボンが苦手だった)


二階の喫茶室のオープンを待って「ミルクセーキ」
いつも、頭が「きーん」となるので、今日こそはゆっくり!と言い聞かせ、慎重に食べ進めるが、やはり「きーん」となった。
二日酔いの時に「もう酒は止めだ」と思っても、何度でもやってしまうのと似ている。


夕方からは車で諫早のトラスタへ。
高速の上は豪雨だったが、着いてみると諫早はくもり。
天皇杯三回戦は延長、PKの末、 V・ファーレン長崎が勝利した。
初めてのホームゴール裏。4回も見知らぬ同士たちとハイタッチしたことは、この夏一番の思い出になった。


佐世保 4日め

4日つづけて、四ケ町へ
「サンプラザ(旧称:三ケ町)」から「四ケ町」につづく直線アーケードの長さ 1.2km は日本一。
(直線商店街としての日本一は戸越銀座の1.6km)
1997年には四ヶ町、佐世保玉屋、三ヶ町商店街に「さるくシティ4○3」(○が玉屋のこと)という愛称がついたが、地元ではそれを知っている人の方が少ないと思う。

特になにを買うというわけではなくても、ついつい行ってしまう四ケ町。佐世保の人はそれを「四ブラ」と呼ぶ。
「四ケ町でブラックコーヒー」ではない。
四ケ町を歩くと佐世保に帰ってきたなとほっとする。
もしも四ケ町が無くなったら、えらいことだ。


最後にMARUHAハンバーグを確保。
買っておいた箱に荷造りをしてヤマト運輸へ荷物を出しに行く。
佐世保から東京は2日で届く。

送料が安くなる「クロネコメンバーズ」料金にしてもらおうと、端末にログインを試みたのだが、パスワードが受け付けられなかった。事前にメモを見て確認してから来たのだが・・

|

2019年10月 9日 (水)

カフェこもれびが近くにあれば、毎月通うと思う

佐世保 2日め

まずは、墓掃除
割と最近まで、お墓というのは近寄り難い存在だった。
「オバケが出る」と思っているわけではないが、いつも墓地の側を通る時は、うつむき加減で足早に歩いていたと思う。
しかし、両親が浄土で待っていて、いずれ自分がそこに入る墓ができてからは、お墓に対するアレルギーのようなものが消えた。
もちろん、両親が待つ墓には愛着を持っている。

猛暑ということもあってか、思ったより墓参りの人が少ない。
墓石を水洗いして、タオルで吹き上げて、手を合わせる。
毎日、自宅でも遺影に向かって手を合わせているが、あれとこれとは何か違うのだろうか?いや、同じはずだ。


国道沿いのスーパーに入り、サンポー焼豚ラーメンを購入。
帰省する度に、東京では売っていないサンポー焼豚ラーメンとMARUHAのハンバーグを購入し、宅急便で送る。
サンポー焼豚ラーメンは大抵のスーパー、コンビニの定番だが、MARUHAのハンバーグを置いている店は、こちらでもとても少ない。
つづいて、ヤマト運輸でそれらを送る箱を買う。
着いて、もうから(=すぐからもう)帰り支度をしている自分に「なんだかな」とツッコむのはいつものことだ。


「カフェこもれび」へ
僕はクラウドファンディングに初めて参加した。
店主の祖父母が使っていた納屋を改築した喫茶店。
定期的に「生き生きこもれびサロン」やギター教室といった、地域コミュニティの場となるイベントを開催しており、過去数回、テレビで紹介されている。

2017年7月
開店

2018年9月28日
クラウドファンディングで目標金額(100万円)達成
調達資金で駐車場を増設

住所
佐世保市横尾町311
前日、岡田が「わかりづらかばい」と言っていたので、スマホのナビで向かったが、なかなかたどり着けない。結局、地図をみて「およその感覚」で走ったら、すんなり着いた。

「わかりづらいけれど、たどり着けた人だけに憩いの一時が待っている」
僕だったら、そんなキャッチコピーをつけるだろう^^;)
出資により完成した広い駐車場に車を停めて店を訪ねる。


その場で豆から挽くアイスコーヒーを淹れてもらい、カウンター越しに店主と話す。

東京には駅チカにチェーンのカフェはたくさんあるのだけど、住宅街には喫茶店がない。だからお年寄りたちは集う場所がないんです。といったことを話す。
ここが自宅の近くにあれば、月に1度は来ると思う。


少しだけ四か町をさるいて、玉屋サンドを買って帰る。
佐世保には美味しい二大サンド「玉屋サンド」と「ロンサンド」があり、僕は帰郷時のお昼はサンドばかり食べている。

|

2019年10月 8日 (火)

アルカスで行われていたはずの、V・ファーレン長崎の展示

佐世保駅を出ると、そのまま歩いて「アルカス佐世保」に直行する。
同級会までの1時間で「 V・ファーレン長崎展示」を見るつもりだ。
僕が住んでいた頃、アルカスはまだなくて、イベントといえば名切の市民会館だった。いつも、外からみてカッコイイ建物だなと思っていたが、中に入るのは初めて。

時間を節約するため、はじめに事務所に寄って「 V・ファーレン長崎の展示はどこですか?」と尋ねる。
V・ファーレン長崎HPの告知ではとうに始まっているはずだが、係の方の歯切れが悪い。
「まだ準備ができてなくて・・24日には間に合うと思います」
その日は、ここでレノファ山口-V・ファーレン長崎戦のパブリックビューイング(PV)が行われる。
それまでには間に合わせるということらしい。
ちなみに、PVの日に知人が訪れた時も「展示はまだやっていません」という回答だった。


時間が空いたので、四か町を散策する。
アーケードの天井からかかっている懸垂幕、今年はヴィヴィくん!

少し早めに会場の「とり金本店」へ
開店前なので、暑いなか表で待つ。それに輪を掛けるように暖気を吐き出すエアコンの室外機に「あつっ」とツッコんでいたら、岡田が来た。

彼はいつも「お帰り」と言って、手を差し伸べて握手をしてくれる。僕はこれがけっこう嬉しい。
そして、僕をみて開口一番

「ガンやなかと?」

痩せたね?と言っているのだ。
ひと昔前ならば「栄養失調じゃなか?」というところか。
エンゲル係数が高いほど、太りやすいジャンクフードを摂取する現代では、もはや栄養失調で痩せている人がほとんどいなくなったので「ガン」になったのだろう。
別に岡田に悪気があるわけじゃない。
令和初日から始めた節制により、確かに体脂肪率が落ちており、結局この旅で会った親戚、知人全員から「痩せた?」と言われた。


「とり金」は焼き鳥が美味しい人気店。
お盆の時期は帰省客が多く、なかなか予約が取れないのだが、僕がこの店がお気に入りなのを知っている親友が早めに予約しておいてくれた。
僕はこの店で特にお気に入りの「卵焼き」を独り占めして堪能した。

数年前、僕らは「不健康自慢」に終始した。
そして、ここ数年は、近況を語り合い、船やクルマの自慢をした。
今回も何を話したか、議事録がないので、思い出せないのだが、互いに人の話をよく聞くようになったと思う。

 

|

2019年9月14日 (土)

駅前不動産スタジアムにツッコム乗客たち

「あか~ん」
を連呼するノリヤス(呼び捨てになっている)
少しずつ僕の心に苛立ちの雪が積もる。
このフレーズを連呼されると、思い出す人がいる。

数十年前、社会に出て間もない頃、気味の悪いとっちゃんぼうやの様な先輩がいた。
僕の上司でもないのに、得意先の前では勝手に上司を名乗り、的外れなギャグで失笑を買うことが仕事のような人だった。
その人の口癖が「いか~ん」だったのだ。
なにか、困ったことがあると「いか~ん」を連発する。
悩むなら1人で悩めよ。もう聞き飽きたし・・
とはさすがに口に出しては言えず、苛立ちで積もった雪は屋根の高さを超えそうだった。


ノリヤスのゲームがまだ続いている中、僕らを乗せた佐世保行き特急みどり号は「鳥栖」に入線した。
駅のホームに下りて中央軒のシウマイを買いたい、かしわうどんが食べたいと思っても、わずか1分の停車時間ではそれも叶わない。
昔(JR在来線で車内販売をやっていた時代)は、鳥栖から乗ってくるシウマイが楽しみだったが、今の楽しみは車窓左側に見えるサガン鳥栖のホーム「ベアスタ」(ベストアメニティスタジアム)だ。
前年限りでメインスポンサーが撤退し、その際、スタジアム改修費を寄付するとニュースで読んだが、その後どうなったのだろう?と見やると、そこには衝撃の映像が・・



「え、駅前不動産スタジアム??」
えぇっ何それ
そのまんまだねぇ
安直というか・・

車内から複数の違和感の声が上がり、カシャカシャとスマホのシャッターが切られた。
駅前不動産と言っても鳥栖駅前にある不動産屋ではなく、ネーミングライツを取得したのは久留米市に本社を置く「駅前不動産HD」である。

僕が驚いたのは、そのネーミングよりも、Jリーグサポーターの貸し切り列車でもない、この一般客車において、スタジアムにツッコミをいれる人がこんなに多いということだ。


特急みどりは鳥栖から向きを西に変えて、佐世保をめざす。
新鳥栖を出たところで、僕に僥倖が訪れた。

わがまま坊やノリヤスが父親のとなり席へと戻って行ったのだ。
佐賀に着く頃には大人しくなった。

やばいよ、やばいよ
何処かのリアクション芸人のような台詞で父親が言う
「ここで寝られたら最悪だよ。ここは頑張って起きててくれて、船で寝てくれるのが最高なんだけど」

船?ということは、どうやらこのご一行は佐世保から船に乗り五島か小値賀へ帰るのだな。
恐らく、船では(指定席ではない)二等船室をとっていて、雑魚寝フリースペースの二等でノリヤスに走り回られたら手に負えない・・
ノリヤスが赤い絨毯の上を走り周り、周りの人たちから親が睨まれる光景が目に浮かんだ。

しかし、そんな父の儚い希望も空しく、ノリヤスはことんと眠りに就いた

「おわった」
父親がそう嘆いた時、ヤンママは既に知らん顔で眠っていた。
そして、周りの客からしてみれば、これでやっと「気ままな列車旅」が始まったのだった。

 

|

2019年9月13日 (金)

「謝らない族」は言いなりママ

謎の「一ヶ月前母娘」はとなりの車両へと去って行った。
2人がいなくなると、ヤンママ夫婦が呆れている。
「だいたい、有効期間は一ヶ月やないよね?だいたい、どないして改札通ったんやろ?」
どうやら関西在住らしきママが不思議がる。
「新幹線からの乗り継ぎで入れてしまったんじゃないかな」
割と標準語の旦那が訳知り顔で推察する。

そうして、この4人家族はバラバラに座った。
ヤンママが僕のとなり。廊下を隔てて旦那。その窓側に男子幼児。お姉ちゃんが1人で旦那の前。
恐らく、直前に切符を取ったのだろう。

計画性というものはないのかな?
いや、急に休みがとれたのかも知れない・・
いずれにせよ、僕の知ったこっちゃない

そして、この家族のおかげで僕の気ままな列車旅は台無しになるのだった。

列車が二日市に着く前に、早くもそれは始まった。
旦那のとなりでぐずっていた男子幼児、仮にノリヤス君としよう。
ノリヤス君が「ママのとなりがイイ」と言い出した。
ママはダメだよと言ったが、旦那は強く静止しない。
きっと、彼も日頃の仕事で疲れているのだ。

ママのとなりは僕の席だ。
「じゃ譲りますね」という訳にもいかない。
ノリヤス君はママのお膝にできるだけ抽象的な恰好でダイブする。
そして「こっちがイイ」と言って足をばたばたさせる。
その足がジャージを履いた僕の足を連打する。

するとママは軽くノリヤス君の足の位置を修整
僕は次の言葉を待つ
「・・・」

ママは無言だ。
そうだ。彼女も「謝らない族」なのだ。
「謝らない族」を研究している僕の調査によると、東京の都市部では非常に比率高く分布している。そして、ママの言葉からすると関西にもそれは広がっているようだ。
今回の里帰りで、佐世保の人々を観察したところ、佐世保では「謝る族」の比率が高かった。
それに、そもそも佐世保の人は体の接触を嫌い、見知らぬ人とは距離をとる。
路線バスでは、2人がけ席の大半は1人が窓際に座っていて、そのとなりは空席。しかし通路にはたくさんの人が立っている。東京ではあり得ない光景だ。


ノリヤス君は足をばたつかせるのは止めたものの、ぐずるのを止めない。
そこでママが「ばぁばのケータイしよか?」と提案すると、彼はすぐにそれを受け取り何やらゲームを始めた。

ぴゅん、しゅっ、ずどーん

公共交通機関内では、周囲の人に配慮して音は消して欲しい。
そんな僕の願いも空しく、ノリヤス君はさらに音量を上げる。
さすがにママが「ダメ」と言って音を下げると
「あか~ん」
ママが「ママもちょっとさせて」と言うと
「あか~ん」
ママが「他のしようか」と提案すると
「あか~ん」

「謝らない族」は、いいなりママだった。

 

|

2019年9月12日 (木)

一ヶ月前に買った一ヶ月前の切符で乗車する謎の老婆

あまりの暑さと足の痛みで天神散策を30分早めに打ち切った僕を待っていたのは、蒸し暑い博多駅のホームで30分「特急みどり」の到着を待つことだった。
あいにく使用列車の到着が遅れ、出発間際に入線してきたみどりはいつもの清掃を省いて僕らを車内に招き入れた。

指定席の軟券を見ながら、JR九州のウェブサイトで1ヵ月前に予約しておいた窓際の座席に陣取る。
これであとは終点「佐世保」まで寝てよし、起きてよし、本読んでよし。気ままな二時間の列車旅だ。

しかし、そうは問屋が下ろさなかった。

出発間際、おばあさんとその娘らしきおばさんがドヤドヤと乗り込んで来たかとおもうと、娘が僕のとなりにどかっと座った。
世の中の大半の人は腹筋が弱っていて、座る時に体を支えきれないため、ジャンプして座るような恰好になる。するとどすんと大きな音がして、となりの人はその反動で体が浮き上がったりする。

それだけならいいのだが、その娘は抱えきれないほどの紙袋(お土産らしい)を僕の足下に置いた。
おいおい、そこは僕が足を置いているだろう?ジャージを履いている僕の足、君には見えていないのかな。
そう言ってもよかったが、とりあえず、電車が出発するまで、小言は保留した。

すると、意外な展開が待っていた。
発車のベルが鳴り止んだ頃、今度は両親とちびっ子、幼児の四人家族が乗り込んできた。
どこに座るのかな?と見守っていると「彼らは僕ら」のとなりでぴたりと停止した。

そして「おかしいな」とばかりに手元の軟券と座席番号を照合している。
そして、ヤンママがきっぱりとした口調でこう言った。
「そこ、座席合ってますか?確認してもらえます?」

こういう時、女のほうが強い。
男はたいてい、ちょっと尻込みするか、もう少し遠慮がちにものを言う
(考えには個人差があります)

すると、おばあさんがすっくと立ち上がった。
憤懣やるかたないといった風情だ。
これはおもしろくなった
じゃなくて、面倒なことにならなきゃいいがと僕は見守る。

「これ、見てみらんね。16のCやろ。ここじゃなかとね」
どうやら、座席は合っているらしい。

しかし、ヤンママは何かが気になった様子
「ちょっと、いいですか?」
そう言っておばあさんの手から軟券を取り上げて、まくし立てる。
「これ、一ヶ月前の日付ですよね?七月って書いてあるでしょ?これじゃ乗れませんよ」

おばあさんは反撃する
「だから一ヶ月前に買うたとよ。一ヶ月は有効やろうもん」

ヤンママと旦那は勝負あったとばかりに、冷静に引導を渡す。
「とにかく、これはココには乗れませんから。車掌さんに聞いてください」
しっしっ
とは言わなかったが、そう言わんばかりに、テキパキと荷物を網棚に載せて、はよ、どっかイケよ!という空気を作る。

さすがに、ここで万事休すと悟ったおばあさん、娘に「どうすりゃいいとね。ちょっととなり(の車両)行こう」と言う。
渋々娘が立ち上がり、僕の足下が自由になった。

 

|

2019年9月11日 (水)

僕が博多に住みたいと想った理由

上下スポーツカジュアル(ジャージ)でスーツを買いに来る人は滅多に居ない。場違いな店に迷い込んだ僕に店員の皆さんも、どうしたものかと態度を決めかねている。
僕にとって幸いだったのは、店の作りを熟知していて、どこをどう抜ければ表通りに脱出できるかがわかっていたことだ。
天神の交差点がドアの外に見えた時、一瞬余裕を見せてスーツを値踏みするフェイントを入れたが、すぐに表に出た。

外は暑い。
すぐに次の商業施設へ入らなければ。
既に数年前「まんだらけ」は閉店している。
かつてショッパーズ天神だったビルは「ミーナ天神」
ダイエー跡はイオンショッパーズ天神に替わっていた。
一時代を築き栄華を誇ったダイエーの旗艦店をジャスコが買うなんて。僕はそこに世の栄枯盛衰を想いつつ、店内へ。

2Fはフロアまるごと「TSUTAYA」
人々が冷たいものを置いて本を読んでいるところをみると、どうやらここは代官山TSUTAYAの流れを汲むブックカフェらしい。

4Fはフロアまるごとダイソー
ひなびた店の昼下がり
ダイソーの前にたたずみ
ジャージの僕は、画一化の波をひしひしと感じていた。

ダイエーはかつて、最上階8Fまで店舗だったが、現在、店舗は4Fまで。5F以上はオフィスが入っている。


そろそろ、博多駅へ戻ろう
再び路上へ
しかし、まだ暑い
ここから地下鉄「天神」駅までのわずかな距離すら歩くのが辛い。
「運動には使用しないでください」
とタグに記されている「MEXICO 66パラティ」を履いてきたお蔭ですっかり左足を傷めてしまっていたからだ。

幸いそこは「ノース天神前」バス停
ちょうどやってきた博多行きのバスに乗車して、懐かしい博多の町を走る。
僕が受験でこの町に来た日、数年後に開通する福岡市営地下鉄の工事中で道路は大渋滞。博多駅から試験会場の西新まで50分を要した。

ふつうはそこでうんざりするのだろうが、僕はその真逆。
佐世保で50分もバスで走ったら平戸まで行ってしまうし、その間の車窓はずっと田園風景だ。
しかし、博多の街は行けども行けどもビルが途切れない。50分かけて西新に降りた時も周りはまだビル街のまま。
こんな光景見たことない。
それが、僕がこの街に住みたいと想った理由だった。

|

2019年9月10日 (火)

変わらない新天町、跡形のないフタタ

新天町の商店街は昔と風情が変わらない。
だが、お店はほとんど入れ替わっているのだろう。

学生の時に「博多どんたく」の新天町部隊のアルバイトをしたことがあった。部活の先輩から「ゴールデンウィークヒマやったら、バイトせんや?リアカー引くだけばい」と誘われたのだった。
目立ちたがり屋の僕にとって、数百万人の人出がある天神・中洲の町中や部隊を闊歩できて、お金までもらえるのは、これ以上にない美味しい話しだった。

あの頃、あったあの店もこの店も、今はもうその場所にない。それは数年前にチェック済みだ。
まったく昔と変わらぬ佇まいでそこにあるのは積文館と金文堂、マクドナルドとメガネの落合くらいだろうか。

ここで天神地下街に潜る
「博多の女性はキレイか」
というのは地元の女性でもそう言っている。
特にそれが顕著なのが、ここ天神地下街。
照明が薄暗いから・・
というわけではなく、やはりここはいかした女性が気合いを入れて集う通りなのだろう。
ただ、この日は外国からのお客様と、夏休みで町に繰り出した高校生があまりに多く、いつもの「天地下」とは異なる雰囲気だった。

天地下を北の端まで歩き、久しぶりにフタタがどうなっているか?を見に行くことにする。
そもそも、まだあるのだろうか。

地下一階から店に入ると、衣料品が置いてあるのでどうやら僕はフタタに来ているようだが、昔とは趣が異なる。
僕にとって、フタタといえば「安くて服が手に入る、ありがたい店」
今ならばユニクロに行けば、誰からも褒められないけれど、誰からも後ろ指は指されない小綺麗な服を揃えることができるが、当時、学生の僕の予算で服を買うにはフタタの安売りが頼りだった。
僕が通っていた学校は、地元福岡から通う若者が多くて、皆そこそこに洒落ていた。高校の頃から「私服」に慣れていて、着こなしてきた人たち、つまりファッションセンスのある人たちだ。

一方の僕は「四ケ町を歩く時は制服で」と決まっている学校であることをいいことに、私服など買ったことがない、私服については雌伏の時を過ごしてきた身。
突然、制服がなくなると、実に着るものに困った。

福岡に来て初めての夏が来た時、僕はフタタの「二着半額」セールに飛びつき、それまで着たこともないような服を買い、シャツとベストを重ねて着るという冒険もしてみた。
誰かが注意してくれればいいのだが「君の服装はファッションとして成立していないよ」と言いにくいことを言ってくれる人はおらず、僕は二年生の夏にも同じ過ちを繰り返した。

そこで、さすがに友達から「なんか、変だよ」と注意を受けた。今でも当時の写真をみると、なんじゃそりゃと思う。大量生産されたものの、買い手がつかなかったような品格に欠ける部品を重ね合わせたようなファッション。

ずいぶん久しぶりに足を踏み入れたフタタに、その面影は無かった。
エスカレーターで上階へ上っても、あるのはスーツばかり。
2008年11月、スーツ専門の旗艦店「FUTATA THE FLAG」となっていたのだった。

|

2019年8月30日 (金)

懐かしいか?と言われると違っていたナイルのカレー

博多阪急のナイルカレーにやってきた
開店してすぐに満席・・
ということはなく、先客は二組。
1人で来ていたおじさんの2つ隣に座ると、おじさんは隣の席に置いていた荷物を自分の足下に仕舞った。この礼儀正しさが九州だなと独りごちる。

メニューは「復刻(甘口)」「中辛」「辛口」これにトッピングが選べる。
ナイルカレーと聞いただけで脳が想像するあの懐かしい香りを味わいたい。
注文は復刻カレーでロース豚カツをトッピングとする。


ほどなくカウンター越しにカレーが置かれる
まず写真を一枚・・
とスマホを構えようとした途端、店員さんから話しかけられた。
「ラインはされていますか?」
ナンパか?とは思わなかった。常識的に考えて。
この質問は僕がいつも困るやつだ。
やっているか?と言われるとやっていない。
けれど、スマホにアプリは入っている。
開いてみると、いくつかの業者が登録されている。

今、ラインでお友達登録していただけると**たまごをプレゼントしています。
僕はたまごに弱い。ただ**の部分がよく聞き取れなかった。さっきメニューにたまごカツが載っていたが、そのことか、そうだったらいいな。ちょっとそれも乗せるか迷ったし

はい、じゃお願いします
と言ったものの、ここからが長かった。
僕はラインの操作に疎い。店員さんもラインの使い方がよくわかっていない。スマホを渡して操作を任せたものの、さっさと食べ始めるのは気が引ける。ここは手続き完了まで待つのが大人の作法というものだろう。

数分後、登録が終わり、温泉たまごが登場。
ようやく写真を撮って食べ始める。

およそ10分後、会計をして帰ろうとすると、件の店員さんから話しかけられた。
「どうでしたか?昔の味ってこんなだったかなという感じですか。最近は中辛とか辛口にされる方が多いですね」

食べているときの僕の表情に「こんなだったかな、こんなはずじゃなかったな。記憶に沈むナイルカレーの香りや味わいには出会えなかったな」と書いてあったのかも知れない。
だとすれば、なかなか洞察力のある方だ。すばらしい。

 

天神の駅で下りると、地下街の散策は後回しにして、一気に地上に駈け上がる。
暑い。いったい何度あるのだろう?
福ビルの温度計は数値が表示されていない
壊れているのか、ショックを受けるから消しているのか
昔は岩田屋だった角から貫線沿いに西鉄グランドホテルまでいく。
ここは、昔のままだ。
そこから左に折れて西通りへ。
天神センターホテルはなくなっている。足繁く通った名物の焼き鳥屋「信長本陣」もなくなっている。
あれだけ繁盛していた人気店がなくなるのか。
オーナーがリタイアしたのか、それとも過酷な競争にもまれて採算割れしたのか
学生の頃、体育の必修でスケートを滑りに来ていたスポーツセンターは、とうの昔になくなっている。
ソラリアプラザの飲食店リストをチェックマして「ばん」が本当になくなっているかをこの目で確認する。確かにない。

 

|

より以前の記事一覧