2017年6月25日 (日)

今捨てておいてよかった創刊号

週末になると、僕は創刊号を捨てる

「PinkGold」1999年9月
サン出版 680円

グラビア写真集を定期刊行物で出そうという目論見のはしりである。
以下に挙げる「グラビアタレント」が「水着」や・・
と思って今、開いて見たら、その大半が「裸」で映っていた。
この時代はこのようなヌード写真が通常の雑誌売場で売ることができたのである。
それにしても、これが僕の遺品から出土しなくてよかった。

安田良子
川原かすみ
相沢智沙
葵みのり
川島和津実
斉藤のぞみ
葉山小姫
小池亜弥
麻倉かほり
星乃舞
相原このみ
高原えみ
美崎涼香


「Jack」1997年6月
KKベストセラーズ 450円

当時はナイキとG-SHOCKブームまっただ中
先行するコレクター寄りファッション誌「Boon」「Cool」「GET ON!」の3強に割り込んだ最後発だった。

1987年~1998年の「97H」まで、すべてのエアマックスを解説しているのが当時、ありがたかった。

手元には「Jack」創刊2号も残っており、表紙はSPEEDの4人が飾っている。
見開き「DUNLOP」の広告に出ているのはデニス・ロドマンである。
誌面ではそのシグネチャーモデルといえるコンバース「バイブミッド」が紹介されている。
この靴はとにかく外見がかっこよく、履き心地など度外視で買ったのだが、意外にも履いていてストレスを感じることはなかった。


「SAPIO」1989年6月8日
小学館 250円
第2/4木(月2回)

当時も今も珍しい各週刊誌
当時56歳、石原慎太郎の独白「金でころび続けた野党」は、ネット時代の今ならばとても載せられなかったであろう内容である。
自民公明が連立政権を組んだら、自民党がどうなるか・・
期せずして未来を予言した内容が興味深かった。

当時「作家」専従の猪瀬直樹は、この雑誌に連載を寄稿している。

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2017年6月19日 (月)

僕は創刊号を捨て始めた

僕は創刊号を捨て始めた

創刊号を集め始めてから30年、ずっと捨てられなかったのだが踏ん切りが付いた。
それは父が死に母が死に、その持ち物の大半は処分されるということを実感したからだ。
僕が持っているものも、僕がいなくなればほぼそのまま捨てられる。
残しておいて誰かの役に立つならば残す甲斐もあるが、まずあり得ない。
それならば、今自分が魅力を感じないものを、とっていて(残していて)どうする。


「DENIM」1992年8月
小学館 480円

当時の雑誌は500円以下のものが多い。
それくらいの値付けでも採算がとれたからだ。
その理由は2つあり「入り広」がとれること。
そして「数が売れる」ことである。

1997年にインターネットの普及が日本で始まると、雑誌が売れなくなった。
2010年代に入ると、企業が使う広告費はネット広告に比重が移った。
従って、現代の月刊誌は大半が700円~1000円の間で値づけられている。

「DENIM」は当時「DIME」が好調だった小学館が、二匹目のドジョウを狙った雑誌。表紙の雰囲気は、当時よく売れていた「BIG tomorrow」に似ている。
「DENIM」は既に存在しないが「BIG tomorrow」は2017年7月号現在も刊行が続いている(690円)


「じゃマール東海版」1997年2月
リクルートフロムエー 350円

「じゃマール」は1995年に創刊されているが、これはその東海版。
「売ります」「買います」から「メンバー募集」を活字で掲載している。
昔はこうだったなぁ

そういえば、SONYの会報誌に載っていた文通希望を見て文通を始めたことがあった。
僕がまだ高校生の頃だ。
その相手は書面で「芸能人の榊原郁恵に似ている」と自称していたが、僕に写真を送ってとリクエストして、それが届いたのを最後に音信が途絶えた。
いまだに、本当に榊原郁恵似だったのかは不明だ。
苦い思い出だが、自分を傷つける記憶ではない。


「THIS」1994年9月
佐野元春事務所 1000円

僕らの仲間「元春HP」が佐野さんにホームページを提案したのが、ちょうどこの頃だ。
当時、日本にはホームページと呼べるものはなかった。
個人がHTMLを記述して公開したものは存在したが、企業・組織・著作家などがその情報を一覧で開示する、いわゆる「ホームページ」正確に言うと「ウェブサイト」は日本には1つもなかったのである。
その第一号が佐野元春の「Moto's Web Server」だった。

売り手と買い手をつなぐ媒体が活字からネットへ移行していく前夜。
これが佐野元春、最後の活字での挑戦だったと言える。

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2017年6月15日 (木)

創刊号を捨てることにした

創刊号を捨て始めた

1980年代から1990年代にかけて、僕は「創刊号」にとてもこだわっていた。
用事もないのに本屋をのぞき、新しい雑誌が出ていると中身も確認せずにレジに進む。
読み終えると本棚の「創刊号コーナー」に立てておく。


そんなことをしても誰も褒めてくれないし、注目も集めない。
単なる自己満足なのだが、当時は「これが何ものかにつながる」という確信めいたものがあった。
そうでなければ、すべての創刊号を買ったりはしない。


やがて創刊ラッシュの時代は終わり、僕はこのコレクションが「何ものでもない」ことに気づき始めていた。
それでも名古屋から引っ越す時、迷わずすべての創刊号を段ボールに詰め込み東京へ送った。


東京に来てしばらく経った頃、本棚が手狭になり、本を減らす必要に迫られていた。
なにを減らそう?
オレは何を残したい?
そう問いかけた時「創刊号コーナー」は聖域となった。
いつか何ものかになるという確信はもうなくしていたが、当時始まっていたヤフオクが、処分をためらわせる。

創刊号という価値にプレミアがつくのではないか?
そう考えたのだ。


それから10数年、その考えも的外れだったとわかってきた。
時折「雑誌名 創刊号」でヤフオクを検索してみると、元値割れどころか、入札すらないことが当たり前。
創刊号に価値を感じる人が多少いたとしても、その数よりも、雑誌そのものの発行部数が大幅に上なのである。


そして今、僕は創刊号を捨て始めることにした。
ただ捨てるのは忍びないので、お別れにきちんと再読する。
何ものにもならなかったが、せめて、ここで誌名だけでも残したい。

「あちゃら」1996年12月
リクルート 480円

日本におけるインターネットは1995年に登場、流行が1996年に起こり、普及が1997年だったというのが持論だが、この誌面はそれを裏付けている。

いくつかのページを折り返している。
きっと「あとで再度チェックせよ」という意味なのだろうが、そのページにある記事のいったいどこに自分が反応したのかすら、わからない。

不定期でつづく

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2017年4月25日 (火)

4年連続4度めのあんでるせん

まず初めに「あんでるせん」を知らない人は、グーグルで検索して出直してください。
というのは嘘で、手短に説明したい。



「あんでるせん」は長崎県の川棚町にある「四次元マジックパーラー」を謳う喫茶店。
川棚町というのは、佐世保市の隣り町。ハウステンボスからほど近い。
「あんでるせん」以外には何もないという田舎町。
(考えには個人差があります)
佐世保の人間は、川棚を訪れると

川棚も 昔と今じゃ かわったな

と一句詠む決まりがあるが、本当は全く変わっていない。
少なくとも僕が「あんでるせん」に通いはじめてからの4年はなに一つ変わっていない。
駅前には元々コンビニもないので、それがつぶれたとかできたといった変化もない。
バスのターミナルと派出所、JR川棚駅が変わらず、たたずんでいる。



「あんでるせん」は喫茶店なので、客はまず食事と喫茶メニューを楽しむ。
その後(ショーが行われる)カウンターの周りに仮設スタンドが設置されて、いざマスターの「サイキックマジックショー」が行われる。

このショーは筆舌に尽くしがたい。
これは種も仕掛けもあるマジックではなく、サイキック(超能力)がなければできそうにない演目が並ぶ。

それでも、ショーの代金はかからない。
かかるのは、食事代金だけ。
座って見ることができるカウンター席だけはプラス飲み物もとるというお約束になっている。
それ以外の客は2時間を超えるショーの間、ずっと「仮設スタンド」に立ちっぱなしだ。
よく誰も倒れないものだと思う。
(前年はカウンターに座っていて、気分が悪くなった)

倒れている場合ではないくらい、戦慄の時間が連続するということか。


テレビ番組からの出演依頼多数なれど、すべて断り続けている。
固定客がついていて、この地で25年以上続けている(本人談)
芸能人、有名人の来店多く、店の壁には所狭しとポラロイドカメラで撮った写真が貼られている。


と説明を書き始めたらけっこう長くなってしまった。。


前の年は親戚2人を連れてきた。
2016年8月分の予約が始まる頃「今年も行く?」と声をかけたら「ぜひ行きたい」ということになり、2年連続3人でカウンターに陣取った。


演目の中に「客がちぎったトランプの破片をテレポーテーションで、その客の自宅に飛ばす」というものがある。
そのテレポーテーションは成功しているのか?
確認できるのは、選ばれたその客だけ。

結論からいうと、4年連続今年も「その客」には選ばれなかった。
いつの日か、選ばれたいという気持ちはあるが、永遠の謎でもいいような気もしている。
だって、僕が選ばれると言うことは、ここで書かれてしまうと言うことだから。

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2017年3月20日 (月)

コンビニで発見!理想の図書館バッグ

2003年、ダイソーで315円で買った「図書館バッグ」は数年前から傷みが目立っていた。
そろそろ買い換え時だなとなにげにダイソーを覗く。
だが、2003年以来、そのカバンは売られていない。

ダイソーに行く度に、カバン売り場をチェックする。
しかし、どれもポケットすら付いていない。
こんなことになるならば、2つ買っておけばよかったと思う。
だが、買った時は「ダイソーなのに300円もするのか」と思っていたのだ。
とても10年後に困ることなど、想像できなかった。



いよいよ、底に穴が開きそうになったので、ネットで探し始める。
だが、先に述べたように「図書館バッグ」という一大市場はない。
いくつかヒットするカバンはあるが、見るからに幼児向けであったり、こちらの要求仕様を満たすものがない。


ここで【5】価格が安い【6】キャンバス地 という制約を外し、巡回先を一般のカバン屋に拡大する。

街に出た時に、カバン屋があったら入る。
「ある程度、値が張ってでも買うぞ」と値札を気にせず、チェックするのだが【3】「外側に蓋なしポケット付き」のトートバッグというのは、一つも見当たらない。


ポケットに入れるのは「貸出カード」だけではない。
ちょっとしたメモをとる「リングメモ」
筆記用にペンホルダー付きのペンを挿しておく。
東京では大半の図書館に駐車場がないので、近所のコインパーキングで支払うための「100円玉」や図書館でコピーをとる時の「10円玉」も入れている。
ポケットは「図書館バッグ」になくてはならない機能なのだ。


あらゆる流通ルートで「図書館バッグ」を探し始めて半年ほどが過ぎた頃、ついにその後任を見つける。
それは、意外にもコンビニにあった。


出版不況と言われて久しい。
もう30年くらい前から言っている。
その言い訳は古くは「活字離れ」
その後「インターネットの登場」
そして、ここ数年は「スマホ代」
スマホ代が高いから、人々は本にお金が使えないというのだ。

それならば、本ではないものを売ればいい。
そうして、近年流行しているのが「付録」商法である。
本来、版元や書店が扱うのは「書籍」と「雑誌」なのだが、付録ならばカテゴリーが自由になる。


立ち寄ったコンビニの雑誌売り場に「MonoMax」
表紙にはBEAMSのBIGトートバッグ

【1】マチがある=大丈夫そう●
【2】ヨコ長=ほぼ正方形なので▲
【3】外側に複数のポケット付き=●
【4】間口が広い=トートだから大丈夫だろう●
【5】価格が安い=890円●
【6】キャンバス地=高級素材と書いてあるが多分●


使い初めて3ヶ月。
ヨコ長ではないのと持ち手が長いため、普通に持つと地面をぞろ引くのが難点だが、他は及第点。
何より890円という価格でこの品質はお買い得だった。

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2017年3月19日 (日)

理想的な図書館バッグとは?

一週間に一度、図書館に足を運び利用限度いっぱいの本を借りてくる。
本を運搬するトートバッグを「図書館バッグ」と呼ぶ。


カバン業界には「通勤カバン」「旅行カバン」といったカテゴリーがあるが「図書館バッグ」という確固たる市場は成立していない。

その要因は、熱心かつ定期的に図書館で本を借りる人口が少ないということだろう。
そして、機能にこだわらなければ、そこらにあるトートバッグで事足りるからであろう。
元はといえば僕もその1人だったが、1つの理想的「図書館バッグ」に出会ってしまったために、そのこだわりが生まれた。


それは、ダイソーで2003年頃に315円で売られていたエコバッグ。
ぼろぼろになって、去年役割を終えるまで13年間愛用した。

それはどんな仕様だったのか。

【1】マチがある
10冊を超える本を入れるため。
だがマチがあるバッグならば、掃いて捨てるほどある。


【2】ヨコ長
大判の本をヨコにして入れられる。
新書はタテにして2列で入れる。
こうすると、たくさんの本を入れた時に安定して持ちやすい。
それから「縦長」の場合、地面をぞろ引いてしまう(博多弁です)
ぞろ引かないよう、心持ち腕を上げるのはストレスだ。


【3】外側に複数のポケット付き
ポケットにファスナー、フラップやボタンはNG。

カウンターに並び、自分の順番が来る。
「貸出カードをお願いします」
と言われる前に、カバンからさっとカードを取り出す。
外側に蓋のないポケットがなければ、これができない。
貸出カードは図書館以外では使わない。
ポケットに入れっぱなしにしておけば、家に忘れるということがない。


【4】間口が広い
間口が狭いと本が入れづらい。
もちろん、口を閉じるファスナーなどは不要。


【5】価格が安い
現役のカバンはダイソーで315円で買った。
それが念頭にあるので、できれば1,000円~2,000円程度で納めたい。


【6】キャンバス地
図書館バッグは消耗品。一生モノではない。
地べたに置くこともあるので気軽に使える生地がいい。

つづく

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2017年2月 5日 (日)

今年は横浜開催!くまモンファン感謝祭2017

そういえば、今年も「くまモンファン感謝祭」の季節だな。
ふと思い出して「Google先生」に、今年はどうですか?と尋ねてみた。
去年の秋から年末にかけて、何かとせわしくていろいろなことをチェックマし忘れていたのだ。
くまモンファン感謝祭2017 in YOKOHAMA – くまモン in 東京
2月25日(土)26日(日)
横浜ランドマークタワー
2017年、東京でのファン感謝祭は、2月末から3月初旬にかけて横浜で行われる。
例年よりも1ヶ月遅い。
2014年1月には「東京国際フォーラム」で始まったこのイベント。
それから年々、会場がしょぼく(交通の便が悪く)なっていたが、今年は一気にグレードが上がっている。
それは、2016年4月に起きた「平成28年熊本地震」への支援に感謝するという、特別な意気込みがあるからだ。
あの地震から、まだ初めての感謝祭なのである。
もうずいぶん歳月が流れた気がしていた。
今回も、例年どおり「事前申込みによる抽選」があり、招待状を受け取ったファンだけが観覧できるショーが行われる。
2月25日(土)
第一部12:00~14:30
第二部16:00~18:30
25日から26日にかけて、くまモン関連の展示、熊本県産品の物販イベントが行われる。
(誰でも入場できる)
2月26日には抽選ではないくまモンステージが行われる。
第一部13:00
第二部15:00
2014年の感謝祭では、このステージを観るために朝6時から行列ができたと聞いた。
いつもの年ならば、ここまでだが、今年はさらに特別イベントがある。
2月28日(火)
3月1日(水)
「くまモンクルーズ2017」
横浜を出航して東京湾を航行しながら、くまモンと過ごす航海。
参加費は3,000円だが、これはぜひとも行きたい。
と思ったら既に抽選は終わっていた。
くまモン感謝祭の抽選イベントは、くまモン公式サイトをウォッチしていないと気づかない。
「くまモン」や「くまモン東京」の公式ツィッターアカウントでは告知されていない。
12月にきちんとチェックマしておけば・・・
航海後悔先に立たずである。

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2016年10月 6日 (木)

キンドルで村上春樹を読むという新しい趣味

かつてよく「多趣味ですよね」と言われたものだが、最近はあまり言われなくなった。
人との交流が減っているのかもしれない。
というような、辛気くさい話をしたいわけではなく、今日は趣味の話だ。


この夏、新たな趣味が加わった。
ほんの少しお金はかかるけれど、そこから得られる喜びからすれば「安い」とも言える程度の出費だ。

その趣味は「村上春樹をキンドルで読む」
去年の今頃、村上春樹初めての電子書籍「村上さんのところ」を読み始めた。
期せずして半年もかかってしまったのだが、その間、いつも傍らに村上春樹があった。


Kindleのよいところは、1度だけ「Kindle」のハードを買いさえすれば、あとはデバイスが多様であると言うことだ。

通勤では「iPhone」
帰宅して夕飯を食べながらは「Kindle」
パソコンが目の前にある時は「PC」


たとえば、帰宅途中電車の中では「iPhone」で読む。
帰宅して「Kindle」のスイッチを入れる。
しばらく待つと
「motoさんのiPhoneでは 3054 を読んでいました(18:45)移動しますか?」といったメッセージが出る。
「はい」をタップすると、さっき電車で読み終えた位置が表示されて、つづきを読むことができる。

3つのデバイスがいずれもインターネットにつながっていることで、このような夢のようなライフスタイルが手に入ったのである。


「村上春樹のKindle本」は、次々に出版されている。

2015年7月
村上さんのところコンプリート版
(書籍とは違う内容を含む)

2015年8月
走ることについて語るときに僕の語ること(随筆)

2015年11月
遠い太鼓(随筆)

2015年11月
「ラオスにいったい何があるというんですか?紀行文集 電子特別版

2015年11月
意味がなければスイングはない(随筆)

2015年11月
やがて哀しき外国語(随筆)

2015年12月
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年(小説)

2016年2月
アンダーグラウンド(ノンフィクション)

2016年7月
風の歌を聴け(小説)

2016年7月
1973年のピンボール(小説)

2016年7月
羊をめぐる冒険(小説)


さすがに過去に書籍で読んだ本を買い直す気はしないが、未読だった本は楽しく買って読む。
図書館で借りることは容易なのだが、本と比べて「Kindle本」の携帯性は抜群である。

電車につり革につかまって読む
寝る前にベッドに寝転んで読む
こんなことができるのは、片手で読めるKindleならでは。

なお、定額読み放題の「Kindle unlimited」には、村上春樹本は含まれていない。

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2016年8月15日 (月)

村上春樹と村上龍の共通点

村上春樹は「遠い太鼓」でギリシアの港町カヴァラについてこう書いている。

(以下、引用)
僕は神戸で育ったせいで、こういう地形の場所にくると、なんとなくほっとする。港があって、それを取り囲むようにダウンタウンがあって、それからすぐに山の斜面がはじまり、家々が港を見下ろすように山の上まで並んでいる-そういう場所だ
(引用終わり)

この文章をみて、故郷佐世保の情景とだぶった。
弓張岳にある観光ホテルの喫茶店から見下ろす景色は、まさにこんな感じだ。

ただ、神戸と比べると佐世保の平地は狭い。
ただでさえ狭いうえに米国海軍が一等地を大きく占有しているのでさらに狭い。
スケールでは神戸に劣るが、地勢は同じだ。


海と山が近く、平地は商業化されているという場所では「こら、待て~」「いやよ、捕まえてみてっ」とか言いながら野原をかけ巡るような青春を送ることは難しい。

平地がないから閉塞感が漂っているということはないと思う。
全国にはたくさんの盆地があるし、小さい島がある。
狭い町は枚挙にいとまが無い。

ただ「山」と「海」がセットで暮らしに溶け込んでいるという環境は多くない。
神戸出身の村上春樹、佐世保出身の村上龍には、そういう下地の共通点があるのではないかという仮説が浮かぶ。


名字が同じ「村上」の2人は、互いにどう相手を見ているのか。2人の著作を読む時、いつも心の端っこに探求の目を持っている。
村上春樹は随筆の中で村上龍を時々登場させている。
それは概ね、好意的であり暖かいシンパシーを感じるものだ。
一方の村上龍の書に、村上春樹が出てきた記憶がない。
従って、彼がどう考えているかは藪の中。
もしも、村上春樹がやっているような「Q&A企画」を村上龍がやることがあったら、聞いてみたい。


さて、海と山に囲まれた土地で育った者に、作家の下地となる共通の要因があるや否や。
あるとすれば、神戸と佐世保には多くの文筆家、芸術家を輩出しているはずだ。


「神戸 作家でしらべる
Google先生の一発回答はない。
僕が読んだことがある作家は「中島らも」「村上春樹」しかいない。

「佐世保 作家」はしらべるまでもない
勢古浩爾と村上龍だ。
漫画家で「坂道のアポロン」を描いた小玉ユキ


これでは、仮説を裏付けるデータには不十分だ。
今こうして佐世保の地に立って、考えているのだが、気の利いた裏付けは掘り起こせない。
仮説は仮説のまま、継続課題にしよう。
いつか、肉付けをする要因が見つかればつづきを書きたいと思う。
村上春樹「遠い太鼓」
「ノルウェイの森」「ダンス・ダンス・ダンス」をギリシア・イタリアで書いた当時の随筆
1993年 新書発売
2015年 Kindle版発売


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2016年8月14日 (日)

勢古浩爾も村上龍と僕の先輩だった

ある時、僕は暗い目をして過ごすサラリーマンだった。
描いていた未来はなくなり、希望は打ち砕かれている。

ある時は不運を恨み、またある時は不遇を嘆いていた。
しかし、そのことを誰にも話すことができない。
自分1人で戦っていくには、そこに支えとなる言葉を必要としていた。

どこかに僕が探している言葉がないだろうか。
僕は図書館に通い始めた。

通い初めて2年が過ぎていた。
2001年5月、もう何度も見たはずの棚を通りかかった時、そのタイトルが目に飛び込んできた。

わたしを認めよ!
(洋泉社 2000年11月)

なんと身もふたもない、しかし、最も正直な心の叫びに近い言葉だろう。
となりから手が伸びないよう(誰もいないのに)慌てて棚から抜くと、借りて帰ってむさぼるように読んだ。


それが作家 勢古浩爾(せここうじ)との出会い。
それから、長い時間をかけて、今ではすっかりそのファンになった。
その理由を有り体に言えば「歯に衣着せぬ物言いが心地よい」ということになるのだろうが、もっとわかりやすい理由がある。

それは、以前から愛読していた中谷彰宏、村上龍の書を取り上げて一刀両断にしていることだ。

(以下「定年後のリアル」より引用)
わたしがもう読みたくないのは、なにかいっぱしのことをいっているようで、その実、どーでもいいことを、いかにもインチキくさいレトリックで文飾した文章である
(引用おわり)

ちなみにこれは「村上龍」のとある文章を引いたあとの言葉。
村上龍には佐世保北高の先輩ということで、特別なシンパシーがある。
もちろんその著作も面白いものが多い。

「カンブリア宮殿」のエンディングで彼が書くキャプションには、なるほどそういう視点もあるのかと感心することが多い。
だが、斜に構えて読んでみると確かに、だからそれがどーしたの?ということも少なくない。
それを率直なことばで言い切る勢古浩爾の語り口が潔く、心地いい。


【勢古浩爾の略歴】
1947年
大分県生まれ
明治大学卒業

1994年
中島みゆき・あらかじめ喪われた愛

1997年
自分をつくるための読書術

2000年
わたしを認めよ!

2001年
「自分の力」を信じる思想

2002年
まれに見るバカ

2007年
34年間勤めた洋書輸入会社を定年より少し前に退職

2010年
定年後のリアル

2013年
不孝者の父母考-親が死んではじめて気づいたこと-

2014年
定年後7年目のリアル

2015年
68歳 さらなる定年後のリアル



勢古浩爾は正直に自分を掘っていく。
自分のことばにウソがないかを、書きながらも掘り返していき、ウソがあればその場で謝る。
正直、真摯、謙虚なのだけど謙虚を押し売りしない。

サラリーマンを続けながら執筆活動を続けていたということも、共感を覚えることだ。(僕はプロの執筆はしていないが)


勢古浩爾が定年後に書いたのが「定年後のリアル」定年から7年後に書いたのが「定年後7年目のリアル」
そこに「高校時代を佐世保で過ごした」とあった。しらべると、なんと勢古浩爾も佐世保北高の先輩だった。

1947年生まれの勢古浩爾と1952年2月生まれの村上龍は、高校でかぶっていた時代はない。

村上龍、そして僕の先輩である勢古浩爾(呼び捨てにしてすみません)これからも本が出たらKindleで買います。

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より以前の記事一覧