2017年8月 6日 (日)

懐かしいけれど魅力的ではない昭和

週末になると、僕は創刊号を捨てる

「slash」1997年12月25日
小学館 400円

ビッグコミックスピリッツの臨時増刊として創刊
雑誌はこのように、既存雑誌の増刊としてスタートするケースが多い。
海のものとも山のものともつかぬ新創刊誌
すぐ消えてしまうかも知れない。
そこで既存誌の母屋を借りて創刊
うまく軌道に乗ればその時点で、独自の雑誌コードをとるのである。

表紙は藤原紀香
9ページにわたる巻頭グラビアにも登場している
内容は若者男性向け総合情報誌
とらえどころのない雑誌である。



「フィギュア王」1997年2月25日
ワールドフォトプレス 980円

ワールド・ムック96と謳われているが「フィギュア王」としてはこれが創刊号。
EVA、スターウォーズ、ソフビ、GIJOE、ブースカ・・
ありとあらゆるフィギュアを無秩序に掲載している。

発売間もないバンダイHGシリーズ(通称ガシャポン)はウルトラマンの初期シリーズを完全掲載。当時、ガシャポンを特集した雑誌は他に類がない。
「仮面ライダー」はあまり商品化されておらず、レトロ品のデッドストックのみ。
ウルトラマン、仮面ライダーが「大人買い市場」向けに大量生産される前夜である。



「DIME」1986年5月1日
小学館 250円

僕が雑誌の創刊号を集めるきっかけになったのがこれだ。
DIMEは順調に部数を伸ばし、新商品紹介雑誌のトップを走る。
それはインターネットが登場し、一般に普及し始める1997年まで続いた。

巻頭見開き広告は「National」の「Hi-fi MACLORD」163,000円
VHSビデオデッキである
Wi-Fiではない。Hi-fiである。

「東芝Rupo(ワープロ専用機)」
「ミノルタα7000(オートフォーカスカメラの先駆け)」
といった広告を見ると、懐かしい。

パソコンもスマホもデジカメもカーナビも載っていない。
それでも、人々はこの雑誌に掲載される「形状記憶合金ブラジャー」といった革新に目を丸くしていた。


懐かしいけれど、魅力的ではない。
今回たくさんの雑誌を捨てながら感じたのは、その一点だった。

おわり

|

2017年7月29日 (土)

写真週刊誌の雄、総合週刊誌の復権を宣言

週末になると、僕は創刊号を捨てる

「Emma」1985年6月25日
文藝春秋 250円

2017年の今「週刊文春」といえば、有名人は泣く子も黙る「文春砲」として週刊誌の王座に君臨している。
しかし、当時は総合週刊誌「冬の時代」
唯一、好調だったのは「女性のカラー写真^^;)」を多様した光文社「週刊宝石」
(1981年創刊→2001年休刊)
各社の総合誌は、写真週刊誌に押されて青息吐息だった。


そこで「週刊文春」擁する文藝春秋が創刊した「写真週刊誌」が「エンマ」である。
といっても「薄い」写真だけのものではなく「文字情報」も十分。
A4変形152ページは、ちょっと薄くて大きい「総合週刊誌」といえた。

表紙はモノクロの沢口靖子が誰かに流し目を送っている。

当時、この創刊号に掲載されたある写真にとても衝撃を受けた。
一度見たら、しばらく忘れられなかった。
しかし、そのことを誰にも言えない。
そして、今ここでも書けない。




「週刊テーミス」1989年6月28日
テーミス 230円

当時は各社から「写真週刊誌」が出そろい終えていた時期。
「写真」を多用しながら、記事のScoop性で勝負する週刊誌がテーミスだった。
創刊号には「ブッシュ大統領」「宇野宗佑(当時総理大臣)」「田中角栄」「安倍晋太郎」らの記事が並ぶ。

テーミスを立ち上げた編集長は、かつて「週刊現代」の編集長を務め「FRIday」を立ち上げた伊藤寿男。
「たけし軍団」の殴り込みに対峙した編集長だ。
伊藤は巻末のことばで「総合週刊誌」「文字情報」の復権を宣言している。


テーミスは2年後の1991年7月17日、通巻100号を最後に休刊(そのまま廃刊)となった。
価格は創刊後より20円アップの250円。
創刊号は写真週刊誌然とした「薄く」「写真が多い」ものだったが、100号は紙質を落とし、写真を減らし、いわゆる「総合週刊誌」に変貌していた。
事実上の最終号に「休刊の挨拶」はなく、それは突然の終焉だった。

その後、雑誌は「出版不況」で右肩下がり。
だが、2017年の今「文春砲」ということばが定着し「総合週刊誌」が息を吹き返している。

|

2017年7月22日 (土)

1999年 実態のないベンチャーは淘汰される

週末になると、僕は創刊号を捨てる

「Net Runner」 1999年11月
ソフトバンクパブリッシング 490円

メイン記事は「オンライン資産運用指南」
今でこそ株取引はネットでするのが当たり前だが、当時はその端境期。

記事に紹介されている「主なオンライン証券会社」は「ロード型証券会社」のオンラインサービス(ホームトレードと呼ばれていた)がほとんど。
2017年のいま人気が高い「カブドットコム」「SBI証券」といったところはリストに載っていない。「松井証券」「マネックス証券」が載っている程度だ。

(以下引用)
100万円までの取引ではマネックス証券が破格のディスカウント価格「成行注文一律1000円」を提示している。
(引用おわり)

それ以前は同様取引で11,500円だった手数料が1,000円だから安い。
だが2017年現在は、その2~3割程度。隔世の感がある。

YAHOO!の投資情報サイト「YAHOO!ファイナンス」は2017年で20周年を迎えた。
インターネット創生期は、ネット証券創生期と時を同じくしていたことをこの雑誌で思い出した。



この雑誌には、さまざまなベンチャーによる新しい試みが紹介されている。
当時まだITという言葉はないので「ITベンチャー」という表記はない。

「IT」ということばは1999年冬から流行始めた。
その頃、初対面の「コンピューター技術者」どうしが、アイスブレークとなる話題を探す時「最近、世の中はIT一色ですねぇ」というように使い始めた。

「毎日暑いですねぇ。梅雨はどこへ行ったんですかねぇ」
といった曖昧だが、誰も否定できないお約束。
それを引き合いに出せば、2人は共感しなければならないという強制力を持った言葉「IT」が登場する、少し前にこの雑誌は創刊されている。



1999年当時、次々に立ち上がるネットビジネスをみて僕はこう考えていた。
(当時まだ「しらべる」を始める前で、ネットで何をやるかを模索していた)

実態を持っていないものは残れない

他人のふんどしとふんどしをつないだ(net)しただけの、少年誌の広告に載っている「アイデア商品」のようなサービスは魅力的だが、いずれその実態を持つ企業(すなわち大手)に取って代わられる。

だが、ベンチャーは実態をもっていない。
だから「アイデア商品」を作るしかない。
ということは、いずれ淘汰されるということだ。


すべての企業が「IT化」にめざめた2000年代。
「AI」「ICT」「IoT」と新しいキーワードが生まれる度に、大手が初めから食いついてくる2010年代。
そんな時代だからこそ、ベンチャーは「実態のあるもの」を追究するようになっている。
そのひとつが「農業」であり「家電」である。

いまだに「アイデア商品を」を追っているベンチャーは旧い。

|

2017年7月18日 (火)

中島らもがバーでウーロン茶を飲んでいる

週末になると、僕は創刊号を捨てる

「Touch」1986年11月4日
小学館 150円
週刊
当時「FF」と呼ばれていたFocus、FDIDAYの写真週刊誌ブームに後発で参戦した雑誌のひとつ。

表紙に記載されたメイン記事
・松田聖子の赤ちゃん。正輝の「抱っこ」
・浩宮さまがあこがれの「女性」柏原芳恵とご対面

神田正輝が抱っこしているのは沙也加で、母の松田聖子は「私のオッパイを強く吸ってくれるとき、母親の実感がわきます」とコメントしている。

ほかには森田健作(現千葉県知事)の結婚式などが掲載されており、雑誌が比較的穏健な方法でも書店に棚を確保できた平穏な時代を象徴している。



「週刊アスキー」1997年6月2日
アスキー 350円

メイン特集は「弱者のためのインターネット」
1997年は日本でインターネットが一斉に普及した年。
ブラウザー「モザイク」でごく一部のユーザーが使い始めた1995年、インターネットを扱うのは「インターネットマガジン」のような専門誌だけだった。
1997年は一般大衆、といっても先駆者的な層が「インターネットってどんなもの?」という関心を寄せ始めていた。

中島らも(1952-2004 当時45歳)が深夜のバーで収録したインタビューで、ウーロン茶を飲んでいるのが心に刺さった。


中島らも
音楽、演劇もこなす作家。うつ病、躁病に詳しい。故人

1952年
兵庫県尼崎市生まれ

1992年
「今夜、すべてのバーで」で吉川英治文学新人賞受賞

1994年
「ガダラの豚」で日本推理作家協会賞長編部門受賞

2002年
10月、自らのうつ病、躁病の経験を書いたエッセイ「心が雨漏りする日には」青春出版社 発表

2004年
7月26日、階段で転落し脳挫傷、外傷性脳内血腫により逝去 享年52歳
8月、光文社文庫「蒐集家」に遺作「DECO-CHIN」が収録された


「心が雨漏りする日には」では、生まれ変わるなら飼い猫になりたい。
飼い猫のようになんの心配もなく無防備に生きたい・・と書いていた。

|

2017年6月25日 (日)

今捨てておいてよかった創刊号

週末になると、僕は創刊号を捨てる

「PinkGold」1999年9月
サン出版 680円

グラビア写真集を定期刊行物で出そうという目論見のはしりである。
以下に挙げる「グラビアタレント」が「水着」や・・
と思って今、開いて見たら、その大半が「裸」で映っていた。
この時代はこのようなヌード写真が通常の雑誌売場で売ることができたのである。
それにしても、これが僕の遺品から出土しなくてよかった。

安田良子
川原かすみ
相沢智沙
葵みのり
川島和津実
斉藤のぞみ
葉山小姫
小池亜弥
麻倉かほり
星乃舞
相原このみ
高原えみ
美崎涼香


「Jack」1997年6月
KKベストセラーズ 450円

当時はナイキとG-SHOCKブームまっただ中
先行するコレクター寄りファッション誌「Boon」「Cool」「GET ON!」の3強に割り込んだ最後発だった。

1987年~1998年の「97H」まで、すべてのエアマックスを解説しているのが当時、ありがたかった。

手元には「Jack」創刊2号も残っており、表紙はSPEEDの4人が飾っている。
見開き「DUNLOP」の広告に出ているのはデニス・ロドマンである。
誌面ではそのシグネチャーモデルといえるコンバース「バイブミッド」が紹介されている。
この靴はとにかく外見がかっこよく、履き心地など度外視で買ったのだが、意外にも履いていてストレスを感じることはなかった。


「SAPIO」1989年6月8日
小学館 250円
第2/4木(月2回)

当時も今も珍しい各週刊誌
当時56歳、石原慎太郎の独白「金でころび続けた野党」は、ネット時代の今ならばとても載せられなかったであろう内容である。
自民公明が連立政権を組んだら、自民党がどうなるか・・
期せずして未来を予言した内容が興味深かった。

当時「作家」専従の猪瀬直樹は、この雑誌に連載を寄稿している。

|

2017年6月19日 (月)

僕は創刊号を捨て始めた

僕は創刊号を捨て始めた

創刊号を集め始めてから30年、ずっと捨てられなかったのだが踏ん切りが付いた。
それは父が死に母が死に、その持ち物の大半は処分されるということを実感したからだ。
僕が持っているものも、僕がいなくなればほぼそのまま捨てられる。
残しておいて誰かの役に立つならば残す甲斐もあるが、まずあり得ない。
それならば、今自分が魅力を感じないものを、とっていて(残していて)どうする。


「DENIM」1992年8月
小学館 480円

当時の雑誌は500円以下のものが多い。
それくらいの値付けでも採算がとれたからだ。
その理由は2つあり「入り広」がとれること。
そして「数が売れる」ことである。

1997年にインターネットの普及が日本で始まると、雑誌が売れなくなった。
2010年代に入ると、企業が使う広告費はネット広告に比重が移った。
従って、現代の月刊誌は大半が700円~1000円の間で値づけられている。

「DENIM」は当時「DIME」が好調だった小学館が、二匹目のドジョウを狙った雑誌。表紙の雰囲気は、当時よく売れていた「BIG tomorrow」に似ている。
「DENIM」は既に存在しないが「BIG tomorrow」は2017年7月号現在も刊行が続いている(690円)


「じゃマール東海版」1997年2月
リクルートフロムエー 350円

「じゃマール」は1995年に創刊されているが、これはその東海版。
「売ります」「買います」から「メンバー募集」を活字で掲載している。
昔はこうだったなぁ

そういえば、SONYの会報誌に載っていた文通希望を見て文通を始めたことがあった。
僕がまだ高校生の頃だ。
その相手は書面で「芸能人の榊原郁恵に似ている」と自称していたが、僕に写真を送ってとリクエストして、それが届いたのを最後に音信が途絶えた。
いまだに、本当に榊原郁恵似だったのかは不明だ。
苦い思い出だが、自分を傷つける記憶ではない。


「THIS」1994年9月
佐野元春事務所 1000円

僕らの仲間「元春HP」が佐野さんにホームページを提案したのが、ちょうどこの頃だ。
当時、日本にはホームページと呼べるものはなかった。
個人がHTMLを記述して公開したものは存在したが、企業・組織・著作家などがその情報を一覧で開示する、いわゆる「ホームページ」正確に言うと「ウェブサイト」は日本には1つもなかったのである。
その第一号が佐野元春の「Moto's Web Server」だった。

売り手と買い手をつなぐ媒体が活字からネットへ移行していく前夜。
これが佐野元春、最後の活字での挑戦だったと言える。

|

2017年6月15日 (木)

創刊号を捨てることにした

創刊号を捨て始めた

1980年代から1990年代にかけて、僕は「創刊号」にとてもこだわっていた。
用事もないのに本屋をのぞき、新しい雑誌が出ていると中身も確認せずにレジに進む。
読み終えると本棚の「創刊号コーナー」に立てておく。


そんなことをしても誰も褒めてくれないし、注目も集めない。
単なる自己満足なのだが、当時は「これが何ものかにつながる」という確信めいたものがあった。
そうでなければ、すべての創刊号を買ったりはしない。


やがて創刊ラッシュの時代は終わり、僕はこのコレクションが「何ものでもない」ことに気づき始めていた。
それでも名古屋から引っ越す時、迷わずすべての創刊号を段ボールに詰め込み東京へ送った。


東京に来てしばらく経った頃、本棚が手狭になり、本を減らす必要に迫られていた。
なにを減らそう?
オレは何を残したい?
そう問いかけた時「創刊号コーナー」は聖域となった。
いつか何ものかになるという確信はもうなくしていたが、当時始まっていたヤフオクが、処分をためらわせる。

創刊号という価値にプレミアがつくのではないか?
そう考えたのだ。


それから10数年、その考えも的外れだったとわかってきた。
時折「雑誌名 創刊号」でヤフオクを検索してみると、元値割れどころか、入札すらないことが当たり前。
創刊号に価値を感じる人が多少いたとしても、その数よりも、雑誌そのものの発行部数が大幅に上なのである。


そして今、僕は創刊号を捨て始めることにした。
ただ捨てるのは忍びないので、お別れにきちんと再読する。
何ものにもならなかったが、せめて、ここで誌名だけでも残したい。

「あちゃら」1996年12月
リクルート 480円

日本におけるインターネットは1995年に登場、流行が1996年に起こり、普及が1997年だったというのが持論だが、この誌面はそれを裏付けている。

いくつかのページを折り返している。
きっと「あとで再度チェックせよ」という意味なのだろうが、そのページにある記事のいったいどこに自分が反応したのかすら、わからない。

不定期でつづく

| | コメント (0)

2017年4月25日 (火)

4年連続4度めのあんでるせん

まず初めに「あんでるせん」を知らない人は、グーグルで検索して出直してください。
というのは嘘で、手短に説明したい。



「あんでるせん」は長崎県の川棚町にある「四次元マジックパーラー」を謳う喫茶店。
川棚町というのは、佐世保市の隣り町。ハウステンボスからほど近い。
「あんでるせん」以外には何もないという田舎町。
(考えには個人差があります)
佐世保の人間は、川棚を訪れると

川棚も 昔と今じゃ かわったな

と一句詠む決まりがあるが、本当は全く変わっていない。
少なくとも僕が「あんでるせん」に通いはじめてからの4年はなに一つ変わっていない。
駅前には元々コンビニもないので、それがつぶれたとかできたといった変化もない。
バスのターミナルと派出所、JR川棚駅が変わらず、たたずんでいる。



「あんでるせん」は喫茶店なので、客はまず食事と喫茶メニューを楽しむ。
その後(ショーが行われる)カウンターの周りに仮設スタンドが設置されて、いざマスターの「サイキックマジックショー」が行われる。

このショーは筆舌に尽くしがたい。
これは種も仕掛けもあるマジックではなく、サイキック(超能力)がなければできそうにない演目が並ぶ。

それでも、ショーの代金はかからない。
かかるのは、食事代金だけ。
座って見ることができるカウンター席だけはプラス飲み物もとるというお約束になっている。
それ以外の客は2時間を超えるショーの間、ずっと「仮設スタンド」に立ちっぱなしだ。
よく誰も倒れないものだと思う。
(前年はカウンターに座っていて、気分が悪くなった)

倒れている場合ではないくらい、戦慄の時間が連続するということか。


テレビ番組からの出演依頼多数なれど、すべて断り続けている。
固定客がついていて、この地で25年以上続けている(本人談)
芸能人、有名人の来店多く、店の壁には所狭しとポラロイドカメラで撮った写真が貼られている。


と説明を書き始めたらけっこう長くなってしまった。。


前の年は親戚2人を連れてきた。
2016年8月分の予約が始まる頃「今年も行く?」と声をかけたら「ぜひ行きたい」ということになり、2年連続3人でカウンターに陣取った。


演目の中に「客がちぎったトランプの破片をテレポーテーションで、その客の自宅に飛ばす」というものがある。
そのテレポーテーションは成功しているのか?
確認できるのは、選ばれたその客だけ。

結論からいうと、4年連続今年も「その客」には選ばれなかった。
いつの日か、選ばれたいという気持ちはあるが、永遠の謎でもいいような気もしている。
だって、僕が選ばれると言うことは、ここで書かれてしまうと言うことだから。

|

2017年3月20日 (月)

コンビニで発見!理想の図書館バッグ

2003年、ダイソーで315円で買った「図書館バッグ」は数年前から傷みが目立っていた。
そろそろ買い換え時だなとなにげにダイソーを覗く。
だが、2003年以来、そのカバンは売られていない。

ダイソーに行く度に、カバン売り場をチェックする。
しかし、どれもポケットすら付いていない。
こんなことになるならば、2つ買っておけばよかったと思う。
だが、買った時は「ダイソーなのに300円もするのか」と思っていたのだ。
とても10年後に困ることなど、想像できなかった。



いよいよ、底に穴が開きそうになったので、ネットで探し始める。
だが、先に述べたように「図書館バッグ」という一大市場はない。
いくつかヒットするカバンはあるが、見るからに幼児向けであったり、こちらの要求仕様を満たすものがない。


ここで【5】価格が安い【6】キャンバス地 という制約を外し、巡回先を一般のカバン屋に拡大する。

街に出た時に、カバン屋があったら入る。
「ある程度、値が張ってでも買うぞ」と値札を気にせず、チェックするのだが【3】「外側に蓋なしポケット付き」のトートバッグというのは、一つも見当たらない。


ポケットに入れるのは「貸出カード」だけではない。
ちょっとしたメモをとる「リングメモ」
筆記用にペンホルダー付きのペンを挿しておく。
東京では大半の図書館に駐車場がないので、近所のコインパーキングで支払うための「100円玉」や図書館でコピーをとる時の「10円玉」も入れている。
ポケットは「図書館バッグ」になくてはならない機能なのだ。


あらゆる流通ルートで「図書館バッグ」を探し始めて半年ほどが過ぎた頃、ついにその後任を見つける。
それは、意外にもコンビニにあった。


出版不況と言われて久しい。
もう30年くらい前から言っている。
その言い訳は古くは「活字離れ」
その後「インターネットの登場」
そして、ここ数年は「スマホ代」
スマホ代が高いから、人々は本にお金が使えないというのだ。

それならば、本ではないものを売ればいい。
そうして、近年流行しているのが「付録」商法である。
本来、版元や書店が扱うのは「書籍」と「雑誌」なのだが、付録ならばカテゴリーが自由になる。


立ち寄ったコンビニの雑誌売り場に「MonoMax」
表紙にはBEAMSのBIGトートバッグ

【1】マチがある=大丈夫そう●
【2】ヨコ長=ほぼ正方形なので▲
【3】外側に複数のポケット付き=●
【4】間口が広い=トートだから大丈夫だろう●
【5】価格が安い=890円●
【6】キャンバス地=高級素材と書いてあるが多分●


使い初めて3ヶ月。
ヨコ長ではないのと持ち手が長いため、普通に持つと地面をぞろ引くのが難点だが、他は及第点。
何より890円という価格でこの品質はお買い得だった。

|

2017年3月19日 (日)

理想的な図書館バッグとは?

一週間に一度、図書館に足を運び利用限度いっぱいの本を借りてくる。
本を運搬するトートバッグを「図書館バッグ」と呼ぶ。


カバン業界には「通勤カバン」「旅行カバン」といったカテゴリーがあるが「図書館バッグ」という確固たる市場は成立していない。

その要因は、熱心かつ定期的に図書館で本を借りる人口が少ないということだろう。
そして、機能にこだわらなければ、そこらにあるトートバッグで事足りるからであろう。
元はといえば僕もその1人だったが、1つの理想的「図書館バッグ」に出会ってしまったために、そのこだわりが生まれた。


それは、ダイソーで2003年頃に315円で売られていたエコバッグ。
ぼろぼろになって、去年役割を終えるまで13年間愛用した。

それはどんな仕様だったのか。

【1】マチがある
10冊を超える本を入れるため。
だがマチがあるバッグならば、掃いて捨てるほどある。


【2】ヨコ長
大判の本をヨコにして入れられる。
新書はタテにして2列で入れる。
こうすると、たくさんの本を入れた時に安定して持ちやすい。
それから「縦長」の場合、地面をぞろ引いてしまう(博多弁です)
ぞろ引かないよう、心持ち腕を上げるのはストレスだ。


【3】外側に複数のポケット付き
ポケットにファスナー、フラップやボタンはNG。

カウンターに並び、自分の順番が来る。
「貸出カードをお願いします」
と言われる前に、カバンからさっとカードを取り出す。
外側に蓋のないポケットがなければ、これができない。
貸出カードは図書館以外では使わない。
ポケットに入れっぱなしにしておけば、家に忘れるということがない。


【4】間口が広い
間口が狭いと本が入れづらい。
もちろん、口を閉じるファスナーなどは不要。


【5】価格が安い
現役のカバンはダイソーで315円で買った。
それが念頭にあるので、できれば1,000円~2,000円程度で納めたい。


【6】キャンバス地
図書館バッグは消耗品。一生モノではない。
地べたに置くこともあるので気軽に使える生地がいい。

つづく

|

より以前の記事一覧