2009年12月11日 (金)

陽水40周年記念 日本武道館 2009.12.4

東京国際フォーラム 初陽水の夜
NHKでは井上陽水特集の「SONGS」が放送されていた。
演奏は「招待状のないショー」「限りない欲望」「氷の世界」「傘がない」の4曲。

そういえばライブでは 「招待状のないショー」と「心もよう」が聞けなかった。
欠かせない陽水クラシック
次は聴けるだろうか。

「初陽水」の日がやんごとなき事情でいけなくなった時に備え、武道館のチケットも押さえておいた。
 初陽水から1ヶ月後、初陽水II である。

12/4 18:00
開演30分前に到着 客席は2割程度の埋まり具合。
前回の陽水まで 7mから一転、今回は推定距離 陽水まで 50m
南スタンド 2階席はステージの正面。
東スタンドから臨むステージは遠く感じるが、南スタンドからはステージが間近に感じる。
スポーツ施設だけに スタンドの傾斜がきつい。
前に人が居たとしても視界を一切遮らないのだが、目の前の客は最後までこなかった。なんともったいない。

10分ほどすると右手に同年代と思われる女性が一人。
左手にやはり同年代と思われる男女のカップルが到着。
後ろから席を乗り越えてやってきた男が、僕の肩を蹴ったが「あっ」と言っただけで、わびの言葉はなかった。
恐らく、幼い頃 「知らない人と話してはいけません」と躾けられたのだろう。
両脇に座ったのは女性。今回は大股開きの男に窮屈な思いをしなくて済む。
目の前の陽水に集中できそうな環境を手に入れた。

「いい席やねぇ。真正面じゃん。アリーナなんか、クビが疲れるばっかりで、全然見えやせんし。断然こっちのほうがいいよ。なんたらかんたら・・・」
となりのおばさんがひっきりなしに喋り始めた。
確かになかなかいい席であり、言葉にしたい気持ちはよくわかる。
脳が得た情報をすべて口にしたい人は時々いる。
恐らくこういう人がクルマの助手席に座ると
「あっ電柱 あっ看板 わっ外車」
と実況して運転者を煩わせるのだろう。

18:30
開演の時間。座席の埋まり具合は95%
追加で売ったステージ横の見切り席も満席。
スピーカーの影になって陽水が見えない東西の上段だけは売られておらず、その一体だけ人がいない。
だが、まだライブは始まる気配がない。


18:40
客電が落ち、非常口のサインも消え、ステージ奥のディスプレイで陽水写真がコマ落としになる。
バンドメンバー、コーラスガールズが出て、最後に陽水。
小さい・・・
前回と比べて陽水の像は格段に小さい。
服装は前回と同じ燕尾服のようなジャケットに白いシャツ。
かと思ったら、スクリーンに投影された映像はストライプシャツだった。

●新しいラプソディ
このツアーの固定されたオープニング「Happy Birthday」ではなく、シックなスタート。

●嘘つきダイヤモンド
曲が終わっても、なんの曲だかわからなかった。
1995年にシングルで発売され、アルバムとしての収録は 2002年の「Blue selection」だけ。
これが今、陽水のマイブーム曲なのだろうか。

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2009年12月 8日 (火)

「いっそセレナーデ」には、誰も逆らえない

●少年時代

 ピアノとギターのシンプルな演奏では、初めて聴く「少年時代」
 この曲は映画「少年時代」のエンディングのために書き下ろされた・・・
ということを この夏NHKで放送された「LIFE井上陽水40年を語る」で知り、DVDを借りることにした。

 まずTSUTAYAの店頭所蔵を検索すると、最寄りの店には元々、在庫すらない。
 つづいてTSUTAYAディスカスで検索。所蔵はあったが、本数がとても少なく、予約リストに入れてから届いたのは3ヶ月後だった。
 「少年時代」が最後に流れるまでの展開がインタビューで明かされていたので、この曲にどうつながるのかを想像しながら鑑賞する。
 エンディングの曲に向かって、謎を解いていくというのは これまでにない体験。
 そして、いよいよラストシーンにピアノの前奏が重なる。
 言葉を紡ぐのが面倒な人たちがつかう キタ~~~~~
 を打ち消すのに必死だった。

 どうやら、この曲がコンサートのエンディングになっている様子。
 袖に下がる陽水
 時計を見ると 20:43
 あっという間の 1時間36分

 ここまで 終始座ったまま聴いてきた我々は、引き続き座ったままでアンコールの拍手を送る。
 それを遮るように音響が鳴り、ステージ奥の電飾箱にスイッチが入った。
 そこでぴたりとアンコールの拍手がやみ、人びとは流れる映像に注目する。

 しばしの時が流れ、さぁ再びアンコールの拍手を始めようかという時、メンバーが左手の袖から現れた。
 列の最後に シャツを着替えた陽水。
 今度はもう皇帝には見えなかった。

アンコール
●アジアの純真
 ステージで聴くこの曲は圧倒的な開放感がある。
 視界のすみっこに、ちらほらと立ち上がる人影が見える。

●Love Rainbow
 このツアーの前半では、女性コーラスを一般公募していた曲。
 ツアー後半は、Rie fu を初めとする 3人が その任に当たっている。
 最近は女性と歌うことが大切なので・・・
 そのまんまの意味なのだろうが、最後まで陽水のMCは天の邪鬼なトリックスターのもの。

●夢の中へ
 満面の笑みに包まれる。
 コーラス・ガールズも満面の笑み

 これまで何百回となく、レコードの陽水とこの曲をはもってきた。
 今日は 7mの距離で陽水と歌う「夢の中へ」
 座ったままでも、陽水の姿はこの目に大きく映っていたが、この曲で立ち上がらずにはいられなかった。

 いったん、メンバーをステージ中央に集めて紹介する陽水。
 ファンの「まだ帰さないぞ」という拍手が圧力を強める。

 陽水は 左袖のスタッフに向かって 「いいかな?」というように首をかしげて目で合図。
 立てる指の本数を変えて「1」「5」のサインを送る。
 ブロックサインか?

●いっそ セレナーデ
 再び、観客は静まり、ロマンティック陽水の世界に沈んでいく。
 暑かった夏の一日を、波が静かに冷ましていくよう。
 だが、この曲を前にして「もっと、熱いのを頼むよ」と言える人はいない。

21:10
 「皆さんの幸せだけを考えています」
 何度もそう言った陽水

 推定20代の男性が、紙袋にはいったプレゼントを持ってステージに駈け寄る。
 どの年代からも満遍なく集客しているのが、陽水の特徴とみた。
 陽水は少し迷ったあと、受け取る
 すると手ぶらのおばさんが出てきて、手を差し出したがすぐ引っ込めた。
 ステージ前に来れば握手してもらえると思ったが、はたと我に返ったようだ。

 陽水が「さようなら」と手を振りながら、舞台左袖にさがっていく。
皆が座ったまま、拍手で見送る。
 "前の人が立つから仕方なく"
ではなく、立ち上がった。
一人スタンディングオベーション
回りや後ろの人が立つかは、もう関係ない。
陽水が見えなくなるまであと数秒。
"陽水 ありがとう"
彼の背中に叫んだ。

初陽水
長く心に刻まれる一日になった。
今年の「しらべるが選ぶ5大ニュース」の一つはこれで決まった。



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2009年12月 4日 (金)

ハーモニカを投げる陽水

●クレイジーラブ
 陽水は相変わらず「なにも考えてきませんでした」と言わんばかりの、大ボケMCに終始している。
 そして、決めぜりふは
 「みなさんの しあわせだけを かんがえています」

 これは何かのパロディなのか
 あるいはコアなファンにはわかる、陽水のエピソードに関連したギャグか
 なぜ今、陽水が皆さんの幸せを願うのかがわからない。
 それも 幸せ「だけ」に深い意味があるかにみえる。

●限りない欲望
 1stアルバム「断絶」に収録された曲。
 子供の頃に聴いた、この歌の中で子供が詠う心情は、少し大人びてみえた。
 子供の頃、煩悩は心の中に隠していた。
 誰に言うのも恥ずかしく、言えば人間をみられると思っていた。
 それをこの歌は告白している。

 大人になる。
 大人から大の大人になる。
 その起点は、告白なのかも知れない。

 記憶力が最高潮だった年頃に聴いた歌ゆえ、歌詞は完璧に暗記している。
 もっと大きな声で一緒に歌いたかった。

●氷の世界
 ついに、客席が立ち上がった。
 いつもならば、前の人が立つから仕方なく立つのだが、今日だけは待ってましたと僕も立つ。

 陽水はギターを置いてロック歌手のように歌う。
 間奏ではマイクから向かって右手へ踊りに行く。
 ロック調変形社交ダンスとでも言おうか。
 左手にいる僕は、こっちにも来て欲しいと思う。
 だいたい、歌い手というのはどちらかに偏っていて、満遍なく左右に来てくれる人は少ない。
 どうやら、陽水は客席から見て右手へ行く人のようだ。

 さっきから、右手になにか握っている。
 小さくて見えないが、光っているので 恐らくハーモニカ。
 まさかさっきの間奏で吹くのを忘れて、踊りに行ってしまったのかと思ったら、二度目の間奏で吹いた。
 吹き終わると、それを右手の客席に放り投げる。
 まさか、投げるとは思わなかった。

 佐野さんがビジターズツアーでスティックを投げたところ "プロモーターから、危険だから以後は投げないように" と釘を刺されたという話を聞いた。
 久しぶりにステージから、モノを投げるのをみた。
 あのハーモニカ。キャッチした人が羨ましい。

●最後のニュース
 陽水がこの曲を歌っているのをテレビで何度か見たことがある。
 その度に思っていた。
 よく歌詞を間違えないで歌えるものだ。
 名前は書かないが、彼ならばこの曲はライブではやらないだろう。

 リフレインがなく、現代国語の教科書 2ページ分くらいはありそうな歌詞。とても覚えられない。
 陽水は持ち歌を完璧に覚えているのか。
 その答えは次の本にあった。

 「井上陽水全発言」
 家に友達が来て、一曲やんなさいよとなった時「心もよう」くらいしか覚えていない。せめて10曲くらいレパートリーがないとまずいですよ。

・・ということは、コンサートツアーに入る前、歌の練習をしながら「あぁ、こんな歌詞だったな」と思い出すのだろう。

 同じ本の中でこの曲について陽水はこう語っている。
 「原子力とはフロンとか、以前から使いたかったけど なかなか使えなかった言葉がずいぶん使えて、便秘がすっきりしたみたいでした」



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2009年12月 1日 (火)

陽水とタモリ

初陽水
東京国際フォーラムのライブは、ここまでに 7曲が終わっている。

数十年、毎日夢に見ていたわけではないが、一度は見たかった陽水が7mの距離にいる。
脳がそのことに慣れてきた。
いまこの瞬間を、これから先、何度も羨ましいと思うだろう。
いまこの時をもっと大切にしなければ。
そう、自分に気合いを入れる。

●カナリア
デビュー当時のステージは、ギター一本のフォーク歌手スタイルで歌っていた。
その後、ロックバンド、オーケストラ、再びアコースティックといろいろな編成で歌ってきた。
・・ということをここ3ヶ月、陽水関連書籍で学んだ。
カナリアまでの3曲をアコースティック編成で歌い終えると、ロック編成のメンバーと件のコーラス隊 我那覇美奈、藤田真由美、Rie Fu の三人が戻ってきた。

●飾りじゃないのよ 涙は
ここから、再びロック編成での演奏。

「飾りじゃないのよサラダは、はっはぁ」
中洲のスナックでホステスから、そう言って野菜を片付けるよう促されたのを思い出す。

●リバーサイド ホテル
あの聞き慣れたイントロが流れてくる。
チョッコレート チョッコレート
誰かがこの歌をカラオケで歌うと、皆が相の手を入れる。
さすがにそれをこの場でやろうとは思いもしなかった。

「金属のメタルっておかしいだろ 意味が重なってるし」
かつて、タモリがつっこんでいた。
陽水はタモリのファンである。
だが、メディアを通して2人が絡んでいるところを見たことがない。

陽水は2009年10月からレギュラー化されたNHK番組「ブラタモリ」のエンディングに「MAP」を提供している。
二人が中洲の町や筑豊の炭坑跡を歩く。
とても放送できそうにない掛け合いに焦りまくる久保田祐佳アナ。
そんな映像を「ブラタモリ」スペシャルとして企画してもらいたい。

●ジェラシー
陽水は歌がうまい
陽水は声がいい
誰もがそういう。
これを否定できる人はいない。
否定している人をみたことがない。
この曲は、そんな陽水の属性を端的に表している。
子供のころは、町内会のバス旅行、のど自慢で美空ひばりを歌い、誰もが「アキミちゃん、うまい!」と褒めてくれた。
その暖かい大人たちの励ましがあって、陽水は歯医者を断念し、歌うたいになっている。

●新しいラプソディー

早いものであと3曲ってわけじゃないですけど・・
 と言われて、え゛もう終わりなの?
 と我に返る。
 もっと集中して陽水を見ておかなければ。

でもあと30曲歌う訳じゃないし・・
 場内爆笑
 陽水はNHK「SONGS」で
「歌がうまいと褒められるのはよくあるけど、あのMCよかったねと褒められると嬉しい」と語っていた。
 この場を借りて、陽水のMCはどれも笑えたと書いておこう。

●自然に飾られて
"自分でこういうことを言うのは なんだか僭越な話なんですけど、最近 この曲を歌うのが自分のなかでマイブームなんですよ"
そうと言って歌い始める。

 いつも聴いている曲だが、この時はなんという題名か曲目が思い浮かばなかった。




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2009年11月24日 (火)

フレディ 19回忌

 11月24日はフレディ・マーキュリーの命日。
 亡くなったのは1991年なので18周忌(19回忌)

 FREDDIE MERCURY 元クィーンのシンガー。
 本名フレデリック・バルサラ

1946年
9月5日、ザンジバル島生まれ

1969年
学生時代、ドラムスのロジャー・テイラーと出会いクィーンを結成。
スタンドをショートカットしたマイクロフォン、ぴたもっこりスーツでステージに立つ。
1983年
ゲイの恋人ジム・ハットンと出会う。

1985年
5月、ソロファーストアルバム「MR.BAD GUY」発売

1988年
10月、ソロセカンドアルバム「BARCELONA」発売。「バルセロナ」など8曲収録。

1991年
11月23日、エイズにかかっていることをマスコミに公表。ジム・ハットンは著書で、死亡前日のエイズ公表はもともとフレディ本人の意思ではなかったと書いている。

11月24日、ジム・ハットンらに看取られ逝去

1993年
6曲収録のリミックスアルバム「LIVING ON MY OWN」発売。

1994年
12月25日、ジム・ハットンが著書「フレディ・マーキュリーと私」ロッキング・オン~発表。

2001年
9月、クレージーツアー以降のQUEENのマネージャー、ピーター・フリーストンが「フレディ・マーキュリー華麗なるボヘミアン・ラプソディ」DHC~を発表。
ツアー同行記録のようなもので感情の描写はほとんどない。
恋人ジム・ハットンについては「私は、ジム・ハットンがフレディのことを本当に愛していたことを知っている」と簡単に触れるにとどめている。

2004年
ジム・ハットンの著書「フレディ・マーキュリーと私」ロッキング・オン~が新装版として再販売される。

2006年
4月「フレディマーキュリー 18inchフィギュア」発売 発売当時 実売価格:5,800円

2007年
2月「フレディー・マーキュリー 7インチ アクション フィギュア 1970's ver」発売 実勢価格:2,400円
2009年11月現在も、わずかながらネット上で在庫を見つけることができる。

フレディ・マーキュリーは一度だけステージを見ることができた。
まさか、あの若さで亡くなるとは思ってもいなかったので、あれは偶然で幸運な出来事だった。





クィーン 九電記念体育館
タダでQUEEN
最後のフレディ・マーキュリー



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2009年11月18日 (水)

皇帝 陽水 登場

19:07
開場からぴったり 1時間
客電がおち、歓声と拍手が起こる。
暗闇にプレーヤーが次々と現れて、所定の位置に着く。
あとで聞くと「豪華な面々」「そうそうたるメンバー」らしいが、僕は一人も知らない。これは「井上陽水と○○バンド」ではない。
彼らはツアーをサポートする、いわば裏方であり、やたらとそういうプレーヤーを持ち上げるのは、趣味ではない。

最後に舞台の左手から陽水らしき影
その姿は威厳に満ち、僕には皇帝のように見えた。
影は3本のうちから一本のギターを首からかけ、マイクの前に立つ。
スポットが当たった陽水は白いシャツにモーニングのような黒いジャケット。
コウテイペンギンかと思った。

●Happy Birthday
このツアーの1曲めは、この曲に固定されている。
「夢の中へ」同様、理屈抜きに幸せな気持ちになれる歌。
ステージを明るく照らされていて、陽水がくっきりと見える。
ふと左手を見ると、3人のコーラスガールズがいる。
陽水を見に来たのに・・
これでは気が散って仕方がない
と思いつつ、やはり目がいってしまう。
この距離だと、ガン見していると目が合ってしまう。
陽水に集中しなければ・・
そう考えていたら、すっかり大股開きの兄ちゃんのことを忘れてしまった。

●青空、ひとりきり
フォーライフレコードを設立して初めてのシングル盤だった歌。
当時、父と佐世保の島瀬公園を散歩していると、風に乗って地を這うように千円札がやってきた。
すかさず拾いあげた僕は交番に届けたが、父は前払いだと言って財布から千円を僕にくれた。
チロルチョコを100回買うという堅実な選択肢は浮かばず、そのままカワシモレコードに直行して「青空ひとりきり」とイルカの「なごり雪」を買った。
そんなことを考えていたら、ステージに集中できぬうちに歌が終わってしまった。
アレンジがレコードそのものなのは、嬉しいことだ。

●闇夜の国から
この曲を終えたところで、陽水が喋る。
ミュージシャンがステージで喋るものだと知ったのは「陽水ライブもどり道」だった。歌はレコードでいつでも聴けるから、コンサートではできるだけたくさん喋ればいいのにと思っていた。
朴訥で口数少ない彼が、一生懸命喋る情景を目に思い浮かべ、いつしかMCを暗記してしまったが、こうして目の前で喋る姿を見る日が来るとは思っていなかった。

40周年なんですけど、こうして振り返るのに、飽きてきてまして・・
年月が経ち、彼は饒舌で漫談家のようだ。

●Make-up Shadow
名古屋に住んでいた頃流行っていて、よく同僚がスナックで歌っていたな。
「フォーク陽水」と「ロック陽水」のファンにとって、万人に受け入れられてしまった「ロマンティック陽水」といえるこの曲は、いま一つ感情が入らない。
ここで、コーラス隊は袖に下がる。
ジャケットを脱ぎ、白いシャツの陽水。

●とまどうペリカン
客席は初めからここまで、ずっと座ったまま。
試しに目を閉じて陽水の歌声に耳を傾けてみたら、危うく眠りそうになった。
記念すべき初陽水で2時間寝ていました。
では洒落にならない。すぐに目を開けて陽水に目を懲らす。

●断絶
もうずいぶん昔に作った歌なので、どうやって弾くんだったか
と笑わせた陽水がカットした前奏は断絶。
これまでのセットリストではここで「愛は君」だった。
この日一番嬉しかった選曲。大きな声で一緒に歌いたかったが、この時点では客席は全員着席、そして静寂を保って耳を傾けていた。

●帰れない二人
このツアーが始まって一ヶ月、2009年5月2日に亡くなった忌野清志郎
彼と二人で作った歌を・・
と言ったところで客席から拍手が起きる。
感傷的でロマンチックなこの曲が清志郎と二人、アパートで作った歌だということを知ったのは、清志郎が亡くなってから。
清志郎からこの歌が生まれていたとは意外だった。
「真っ当な人ほど、表現はアブノーマルになる」
陽水の言葉が可笑しかった。陽水の言葉に愛があった。



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2009年11月14日 (土)

初陽水まで45分

お品書きのボードを見てグッズを確認する。
レディスTシャツが1種類。
メンズTシャツは「Riverside hotel」「Yellow night」それぞれのロゴがあしらわれた2種類。
事前にネットで調べてはいたのだが、やはりこのTシャツがこの40周年記念ツアーのものとは思えない。
記念品は Tシャツと決めていた心が揺らぐ。
ツアーパンフレットに方向転換するか・・
だが、かつて買ったコンサートや映画のパンフレットが、心の支えになったこともなければ、保有する満足感を味わったこともない。
パンフレットの類は薄い。書籍のように背見出しで名前がわかることがない。
書棚に入ってしまえば、数mmのわずかな露出しかなく、それがどういう存在なのか訴えてこない。
棚の肥やしになるだけだ。
記念品は実際に使うもの、あるいはハコから出して飾るもの。
コレクターとしての信念は揺るぎない。

Yousuig このツアーの記念Tシャツってのはないんですか?
「これが、記念Tシャツになります」
売り子のお姉さんに、そう言ってもらい あきらめ 決心 がついた。

家に帰り、袋から出してみると "Riverside Hotelから27周年である"というロゴが襟と左腕に入っている。
なんで40周年ロゴじゃないのか。やはり腑に落ちない。
袖口が大きくほつれており、余った糸をハサミで切った。ほつれが大きくなり、いつか袖が外れればそれも思い出だ。
このシャツを着る度 この気持ちを思い出すだろう。

さて、腑に落ちないこのTシャツだけでは、初陽水記念には弱い。
そこで、賑わしに買ったクリアファイルとクリーナークロス
後で見るとクロスには40周年のロゴ入り。買っておいてよかった。

18:07
記念グッズをリュックにしまうとすぐに、ホールAが開場となった。
人びとはロビーのカフェでくつろいでいる。
やはり、ここに集う人びともアトリウムのカフェのように、イカして見える。
だが、一人カフェはつまらない。
まずはL2扉から座席へ。

列数からしてステージ前であることはわかっていたが、実際に席までくるとあまりに近すぎて嬉しくなる。初陽水まで45分。
陽水まで推定距離10mと踏んでいたが、マイクまでは目分量で7m。

ヤフオクで2枚の出品を分け合ったので、どちらかのお隣がご同輩ということになる。
隣りに座っていた女性には連れがいるので、反対側の空いた席だ。
ごく平凡な人ならいいなと願う。
ここでいう平凡とは、異常に騒いだり、大股開きで座ったり、巨漢で肘掛けから肉がはみ出してくるような威圧感のある人・・以外をいう。

ステージにはアコースティックギターが3本。
陽水を始め、それぞれのプレーヤーの前には昔ながらのモニター。
ワイヤレス・イヤフォン全盛の今、久しぶりに見る。
舞台セットは不思議な形をした四角い電飾箱が3つ。
天井には三角形のミラー。
それらが、あのようなことに使われるとは想像もできなかった。

周囲を見渡すと、おばさん二人組が多い。
「わぁ、こんなにいい席とは思わなかったぁ」
誰もがそんな会話を交わしている。
前に座った人も同様で、陽水までの視界を遮るものはない。

場内にはアメリカン若手ロックらしき音楽が流れている。
歌い手はわからない。
似ている名前を挙げればボンジョビ。
まさか、陽水の趣味じゃなかろう。
いったい、どういう狙いで流しているのか。
ミキサーの趣味か・・

18:45
後ろを振り返ると、5割くらいの席がまだ埋まっていない。
皆さんまだ、カフェでくつろいでいるのだろうか。
恐らく可能性はないが「帰郷~危篤電報をうけとって」が聴けたら、僕は泣いてしまうだろうか。などと妄想に沈んでいたら、いつの間にか隣の席に落札者が座っていた。
大股開きで座る人は苦手だ。
ほんの少し緊張でカラダに余計な力が入った。

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2009年11月13日 (金)

雨の有楽町

2009年11月11日
東京は夜半からの激しい雨。
傘を差していても、靴はじゅくじゅくに水に浸かり、ズボンは膝下までびしょ濡れ。
あちこちで鉄道が止まり、それを理由に遅刻するサラリーマンが大勢いた。

夕方にはやや雨脚は弱まったが、依然として傘は手放せない。
有楽町の駅を出ると
「陽水 チケット譲ってください」
と書いた紙をかざす若い女性が、ぽつんと立っている。
彼女はまだ大学生くらいの年齢に見えた。

東京国際フォーラム2daysを完売し、さらに武道館公演を追加してそれも完売してしまうという陽水の集客力。
その要因は、こうしたあらゆる世代に周知されているところにある。
「佐野元春って知ってますか?」
といっても、20台の人はほとんど知らないし、10台は壊滅。
だが、井上陽水はあらゆる世代に知られていて、そのスタンダードなヒット曲まで知られている。
かつて斎藤由貴がカバーして歌っていたことは知らなくとも、
「夢の中へ」はおそらく、日本人の間でもっとも知られていて、誰もが口ずさむことができる歌だろう。

東京国際フォーラムのカフェは、どこも満席
コンサート待ち、あるいは展示イベントの帰りか。
ほとんどの人がきちんとした服装をしている。
有楽町という町が持つ空気か、ガラス越しにみる彼らはどこかいかして見える。

Yousui11 17:30
ホールAの階段下では、ダークスーツに身を包んだホールスタッフの打合せが始まっている。
リーダーと思われる女性が、てきぱきと指示を出している。


早く着いた人が、陽水の看板に携帯のカメラを向けている。
「焦らんでも、席はきまっとるけんね」
ご婦人が旦那に言う。九州から来た人だろうか。

17:45
ホールAのおきまり、階段から降りて右に折れた場所に整列が始まる。
今日はヨコ8列
「若い人いないね」
そう奥さんらしき人に言っているのは 推定55歳の男性


「これっていくらなの?1万円くらい?3000人として3000万かぁ、安いね」
口には出さないが、奥さんは連れてきたことを後悔しているだろう。

17:59:39
開場
係員にいわれた通り、チケットに折れ目をつけておいた。

手荷物のフタを開けて見せようとしたが、手荷物チェックは無し。携帯カメラ全盛の今、あまり実効性のない儀式だけに、これは賢明だ。

階段を上ると左手にCD、DVD、書籍
お目当てのTシャツは右手に販売コーナーがあった。
リハーサル中とのことで、まだホール開場。
上階にあるホールAからは「Love Rainbow」が聞こえてくる。
陽水の声なのか、それともCD音源なのか。
そんなことよりも、Tシャツの確保を急いだ。

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2009年11月11日 (水)

東京国際フォーラム あなたに感謝

 東京国際フォーラムは、東京都内で最大規模のコンサートホールである。
 収容人員ならば日本武道館、東京ドームにかなわないが、その2つは競技場であり音楽には向いていない。

 東京国際フォーラムはガラス棟と4つの棟から成る。
 船をイメージした外観のガラス棟は、隣接するJR有楽町駅の高架カーブに合わせて湾曲している。
 このガラス棟のように、屋内に取り入れた、あたかも屋外のような吹き抜けを「アトリウム」という。

■オープン:1997年1月
■設計:ラファエル・ヴィニオリ(ウルグアイ人)

 イベント施設としても、東京都内で最大級である。
 東京近辺にはお台場の「東京ビッグサイト」、千葉県幕張の「幕張メッセ」という大きなイベント会場があるが、どちらも交通の便が悪い。

 その点、東京国際フォーラムは東京駅の1つとなり「有楽町」から徒歩0分と、抜群の好立地。
 東京、埼玉、千葉、神奈川いずれからも交通の便がよい。
 そこは、新宿に都庁が移る前、旧東京都庁が建っていた場所である。

 展示ホールでは、国内最大の環境展示イベント「エコプロダクツ」など、見本市が多く開かれている。
 教室形式の小会場も多数あり、メイン会場と連動したセミナーを開催する、アカデミックなイベントに強い。
 ITベンダーやSIerの年次イベントも、よくここで行われている。
 ホールAは、2016年東京五輪が実現していれば、ウェイトリフティング会場になる予定だった。

 音楽では "日本武道館でやるほど人は呼べそうにないが、ある程度収容人員が多く、音もいいホール" が必要な時に使われている。

2006年
 佐野さんは1月から、アルバム発売を未定のままにして「星の下路の上」ツアーに出る。
 そのツアーファイナルは4月2日、東京国際フォーラム。
「有楽町で会いましょう」をキャッチフレーズにしたプロモーションが行われ、当日開演前の場内にはフランク永井の「有楽町で逢いましょう」が流れた。
元春はここで初めてツアータイトル曲「星の下路の上」を演奏した。
 1985年のビジターズツアースペシャル以来、久々に天井から無数の風船が舞い降りて、それはとても懐かしい時間になった。

 そして今日、2009年11月11日
 井上陽水 40th Special Thanks Tour
 東京国際フォーラム ホールA
 長く遠くから耳だけ傾けていた陽水と10mの距離に接近する。
 待ちに待ったこの日を無事に迎えることができて、ほっとしている。
 皆さんのお陰です。
 ありがとう。



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2009年11月 3日 (火)

陽水武道館、まさかの41公演

11月11日、東京国際フォーラムのチケットをようやく確保した数日後。
12月4日の日本武道館公演が追加で発表された。

40周年ツアーなので、てっきり 40公演できりよく終えるのだろうと思っていたので、まさかの追加公演。

8月に放送されたNHK「LIFE」をみて触発された「レコード聴くだけ」ファンが触発され、東京国際フォーラム2daysが即完売。主催者側に、東京でもう一山打てるという計算が働いたのだろう。

11月11日~12日、東京国際フォーラムの場合
最前列に近い席は、2万円以上で取引されていた。
2階席がほぼ元値。
元値割れするチケットが多いなか、陽水だけが値を維持しているのは、ファンクラブがないことにも起因する。

ファンクラブというのは、何らかの優先的な権益を留保するためにある。
ファンはいざ鎌倉の日のために、年会費を払う。
ミュージシャンの場合、その権益とはコンサートチケットの優先的購入に尽きる。
だが陽水の場合、ファンクラブ優先枠という権益がない。

では、何もないかと言うとそうではなく「プレオーダー」という権益がある。
イープラス、ちけっとぴあ、讀賣新聞メルマガ会員のyorimo・・
井上陽水 12月4日日本武道館公演の場合、時間差をつけていくつかのチケット業者から案内が届いた。

東京国際フォーラムのプレオーダーは、早々にチケットを入手できた。
入手すれば座席がわかる。
座席がわかれば、売りに出せる。
ゆえに、ヤフオクには早くから大量の出品があった。

ところが日本武道館のプレオーダーは、お金を払い込んでも引換券しか手にできない。
チケットは公演が近づいてから届くと書いてある。
座席がわからないから、売りにも出せない。
ゆえに、一般発売前にはほとんど出品されなかった。

10月24日
関東地区の申込者に、一斉に「武道館」のチケットが届いた。
プレオーダーといっても、ファンクラブ優先枠のように "いい席" が回ってくるわけではなく "人より早く買える" というだけである。
翌日 "井上陽水 武道館" で検索すると50件近い出品があった。

いよいよ人生「初陽水」が近づいてきた。

次回は公演鑑賞後



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