2019年2月20日 (水)

イルカ&太田裕美~青春のメモリー~

子どもの頃、ジャイアント馬場が好きでいつもテレビで全日本プロレスを見て応援していた。しかし地方都市にプロレス興行が来る機会はほとんどなく、千載一遇のチャンスが来た時には、お小遣いが足りなかった。そうこうしているうちに、馬場は鬼籍に入ってしまった。


一方、アントニオ猪木は嫌いだった。
それは月刊ゴングに掲載されていた記事で、日本プロレスから2人が独立する際、猪木が裏切り行為を働いたという主旨の記事を読んだからだ。
まだインターネットは産声もあげていない時代なので、それがどこかで「物議を醸して」いたわけでもないし、誰かが「いかがなものか」と言っていたわけでもない。ただ、子供心に芽生えていたちっぽけな正義感が「猪木憎し」と思わせたのだ。
後世になり、それには他説があり、必ずしも猪木だけが狡猾だったわけではないと知った。だが、その頃にはもう猪木は引退していた。


結局一度も馬場をこの目で見ることができなかった「馬場ロス」は僕に反省と課題をもたらした。
長い間好きな人を、現役のうちに見ておかねばならない。
後悔先に立たず。
そこでここ数年、井上陽水、サザンオールスターズ、ミスチルといった「長い間好きだけれど、まだ一度も生で見ていない人」を一度だけ観に行くことにしたのだ。


明日はイルカと太田裕美が「2人だけの初共演」を果たす。
それは僕にとって、ずっと見たかった馬場と猪木が団体の枠を超えて同じリングに上がるのを目撃するようなもの。対戦相手はシークとブッチャーだ


イルカは「なごり雪」がヒットして以来、お気に入りの歌手
かつて「イルカライブ」をカセットに録音して、テープがすり切れるまで聴いた。テープはSONYの「HF90」で、片面にはイーグルスの「ホテルカリフォルニア」が入っていた。
今思えば、よくわからない取り合わせだが、カセットは決して安くは無い貴重な資源。たまたまイーグルスの次に借りたLPだったというわけだ。


太田裕美はかつて、僕のアイドル
姉が持っていたLP「こけてぃっしゅ」(1977年)のジャケットに映る清楚なお姉さん、今もそのジャケットを見ると「胸キュン」してしまう
このアルバムは曲が粒よりで、40年経った今でも時々聴いている。


「フォーク」という同じカテゴリーに属するイルカと太田裕美は、日頃から共演の機会が多い。
それは互いのコンサートへのゲストであったり、多数のグループが出演する企画コンサートでの共演だった。
だが、2人だけのジョイントコンサートはこれが初めてとなる。


【公演の記録】
2018年11月上旬
チケット販売各社で先行販売

11月20日10時
一般発売

2019年2月21日
18:00開場
18:30開演

つづく

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2018年12月25日 (火)

ルーテル市ヶ谷の教会で遊佐未森ときよしこの夜を歌う

花の二重唱(銀河手帖)
グノーのアヴェマリア

クロ
かつて「NHKみんなのうた」に提供した曲
歌詞がこれほどまで頭に入ってくる曲は珍しい
猫を飼ったことがなく、猫が好きでない人でも、猫と暮らした人に感情移入できるから、きっと、猫を飼ったことがある人にとっては、とてももの悲しい曲なのだろう

Angel snow
NHKの子供番組「天才てれびくん」の音楽コーナーに提供した曲で、遊佐未森のアルバムでは「TRAVELOGUE~遊佐未森 sweet and bitter collection」に(mimori version)として収録されている。
「この曲を私がステージで歌うのは初めてだと思います」と言われてこの曲が始まると、え、そうなの?もう何度もやっているような気がした。それほどに「TRAVELOGUE」を聴きこんだ時期があったということだ。


カリヨンダンス
曲を紹介すると、観客が沸いた
「もうヘイ!を言う気満々ってことですね」
そうだ。僕だってやる気だ
この間のつくばマラソンでセトリに入れた。この曲がかかると思わず「へい!」と小さく声に出し、笑いながら走ったのだった。
今日は遊佐がドラムではなくミニ鉄琴を叩いている
三人しかいないから、いろいろなことをやらなければならない
観客の手拍子の音が一段と大きくなる
空気が暖まってくる

ん?
いやそれどころじゃない。暑いぞ
クリスマス会が進行するに連れて、人々の熱気の行き場がなく気温を押し上げている。
その熱気を空調が逃がしてくれればいいのだが、どうやら暖房にセットされているらしく、MIZUNOの発熱素材ブレスサーモに会場が包まれたような熱気になっている。
ナイキのエアロロフトジャケット(ダウン)を脱ぎたいが、脱いでも置く場所がない。終わるまで、あと少しの辛抱だ


あっという間に迎えた終演の曲は「ロカ」
三人編成だが、それは冷蔵庫の残りもので仕上げた炒飯のように、いつもと変わらず、なんの遜色も無い

20:22 本編おわり

アンコールの求めに対して、割とすぐにtico moonの二人が登場する。二人で演奏するのかな?と思ったら、少し遅れて遊佐未森がお色直し無しで登場。

「暑いよね?誰か涼しくしてくれませんか~」
遊佐の呼びかけに、誰も反応しない。
僕らは「ははは」と力なく笑うしかない。
恐らくこの場にいるのはステージの三人、そしてバックヤードで操っている音響・照明さん
会場の係員は事務所でテレビでも見ているのだろうか

アンコールは1曲
「きよしこの夜」の一番を遊佐が歌い、二番はtico moonが演奏。三番は観客が歌う
フォーライフ「クリスマス」アルバムの泉谷しげるみたいに歌ってしまいそうな衝動を抑えるために、ウィーン少年合唱団を頭に浮かべ清らかな気持ちで歌う


20:35 終演
恐らく会場側から求められた撤収時間が21:00なのだろう。
遊佐未森が左の袖に見えなくなったのを確認して、すぐに市ヶ谷の駅へと歩き出した

本日はMimori Yusa Christmas Concert 2018 pianoel教会篇にお越しいただき、ありがとうございます。お帰りに・・

そんな場内放送は流れなかった

おわり

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2018年12月24日 (月)

クリスマスコンサートで遊佐未森と歌うサイレントベルズ

遊佐のピアノではなく、吉野友加が弾くHarpで前奏が始まる。耳を澄ますとつま弾く指先よりも音が多い。どうやらリズムマシンも使っているようだ(定かではない)

古賀森男のパートはギターの影山敏彦が歌うのだろうと思っていたが、彼はマイクをセットしていない
もしかして「Silent Bells」は客席の男が合唱するのがお約束なのか?
もちろん、そんなわけはなく、実際に男性パートを唄い始めたのは吉野友加
「女二重唱」の「Silent Bells」だ


これもなかなかいいな
男性ボーカルがきちんと歌ってしまうと、ある意味、僕の夢は壊れていたかも知れない
僕はこの曲を聴きたいだけでなく、歌いたかったのだから


「一緒に歌ってくれる方?」
遊佐未森が客席に問いかける
僕はすかさず左手を挙げる
他には誰も希望者はいない
「じゃ、そこのおじさん」
これまで、遊佐未森のコンサートに足を運ぶ度に、何度、妄想したかわからない
でも病気だと思われるので、誰にも言わないことにしている


何なら僕が歌いましょうか?
その準備はできていたが、声はかからなかったので、声に出さずに古賀パートを歌う
それは夢にまでみた遊佐未森との「Silent Bells」デュエットだった。

中洲のキョウコちゃんと「ふたりの愛ランド」をデュエットし時も幸せだったが、それはちょっと意味が違う
今日の幸せはその上を往く経験がないものだ
至福の時間とはこのことをいうのだろう
声には出していないが、僕には低くナイーブな男性ボーカルが聞こえる。それは僕が彼女と一緒に歌っている声
もしかして、本当に声が出ていたら顰蹙だが・・
およそ6分の夢の時間は、あっという間に過ぎていった。
この曲がまた聴けるならば、このためだけにチケットを買う価値がある。


LIVE DAMには「The Hobo King Band」の演奏で歌う「約束の橋」(佐野元春)やBABYMETALと共に歌う「イジメ、ダメ、ゼッタイ」(これは単なるライブ映像)のように、憧れの歌い手と競演できる趣向がある。

古賀森男のパートだけ音を抜き、遊佐未森とデュエットできる映像カラオケがあれば、一曲一万円だって惜しくない。
実際には千円くらいにして欲しいが^^;)
第一興商の企画担当者の皆さん、ぜひご検討よろしくま!
ちなみに現時点「Silent Bells」はカラオケそのものが遊佐未森のラインアップに入っていない。

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2018年12月23日 (日)

30年めにして初めて聴けた「Silent Bells」

この日に先立つこと5日前、2018年12月15日(土)12月16日(日)には鎌倉で公演している。
Mimori Yusa Christmas Concert 2018 "pianoel"~鎌倉篇~
鎌倉 歐林洞ギャラリーサロン

歐林洞(おうりんどう)は鎌倉に本店を置く洋菓子店。松屋銀座や東急百貨店などに出店している。

歐林洞ギャラリーサロンの収容人員は100人で、市ヶ谷ルーテルの半分。
遊佐はこの日のMCで「忘年会のような雰囲気だった」と紹介していた。
「鎌倉にも行かれた方?」という問いかけにあまり手が上がらなかったことに対して「ふーん、そんなもんなんだぁ」と謎の疑問を呈していた。
遠く長崎から来た方も居たというのに、東京からは来ないんだなぁということに率直に驚いた様子。
200人ですらけっこうアットホームなのに、100人というのはまさにクリスマス会そのもの。それはそれで行きたかった。


すたすたと歩いてきた遊佐未森はスタンドマイクの前で立ち止まり
「こんばんは遊佐未森です」
と俵孝太郎みたいなMCはせず、いきなりアカペラで唄い始める。
アイルランド先住民の言葉で歌う先住民の歌。


2曲めより tico moonの影山敏彦(G)&吉野友加(Harp)が登場
遊佐はピアノに腰掛けて「川」を弾き語り
9月の30周年「P E A C H T R E E」では、これがアンコールのラスト曲だった。


「クリスマスといえばこの曲ということで」
3曲めにして早くも「Silent Bells」
初めて遊佐未森のコンサートに行った日から20余年、一度もライブでは聴くことができていなかった曲
待ち焦がれていた瞬間はあっさりと訪れた


「Silent Bells」は遊佐未森によるクリスマスソングの傑作
日本ではクリスマスソングといえば山下達郎の「クリスマス・イブ」の「一強」時代が続いているが、僕は「Silent Bells」が「二強」に値すると思っている。

フェビアン、古賀森男との共同制作(作詞・作曲・歌とも)で1989年11月22日に、遊佐未森6枚めのシングルとして、ブックレットがついた特製二つ折りパッケージで発売。


発売当時のシングルCDは2000年代には希少化し、2002年12月、蒲田の中古CDショップ「えとせとら」で3,400円で販売されていた。インターネット普及後は、Amazonなどで中古ショップが一堂に価格比較できるようになり、ずいぶん価格が落ち着いている。

アルバムでは1998年に出た2枚めのベストアルバム「mimomemo」で初収録。

2014年にCDとストリーミングで発売された「Do-Re-Mimo the singles collection」には前奏ピアノ付きのシングルバージョン(6分11秒)が収録された。
moraのサイトでは1曲257円でダウンロードできる。
「mimomemo」収録分より音量が上がっており「古い曲だから、その曲だけ音が小さくなる」ことがなくなった。

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2018年12月22日 (土)

ピアノ発表会のように現れる遊佐未森

ルーテル市ヶ谷教会の壁面には、お城のお堀端にある古いホテルのようなシンプルなイルミネーションが架かっている
大通りから一本入った路地に人影はまばら
今日のクリスマスコンサートの参加者は200人
会場が開くのを待つ人の群れは、マンション自治会の総会程度のささやかなものだ
我先にと入り口付近へ割り込む人はいない
開場は少しだけ遅れ、まずはロビー開場
もちろん、手荷物検査はない
フライヤーを受け取りロビーに進むと、すぐにあたりを見回して、グッズ売り場のテーブルを見つけた
ピアノアルバムってありますか?


mimori yusa 「piano album」
¥2,000(税込)

1 noon recess
2 緑の時間
3 …snow…bird…snow…
4 a floating stroll
5 木もれ日
6 灯火
7 小さな夜

※コンサート会場限定発売


いつもの遊佐公演は、名古屋ウィメンズマラソンと同日開催になってしまったマラソン大会のように、男・男・男で埋め尽くされる。
いつも思う。女性はどこへ往ったのか?恐らく、女性ファンは女性限定の公演に出かけるのだろう
ただ今日は少々違っている。いつもならば9:1の比率が7:3くらいにはなっている。
僕と同じように一人きりで来ている男が多い。30年もファンをやっていると、徐々に仲間は欠けていく。
1997年の名古屋公演で最前列のチケットをとってくれた「遊佐仲間」はもう居ない。
身の回りで「遊佐未森」を聴いているという人と出会ったことはないし、何度かネット上の友達に「遊佐未森行く人いない?」とご機嫌を伺ってみたがスルーされた。
歳をとってから、新たな親友をつくるのが難しいように、遊佐未森仲間を作る願いは叶いそうにない。


席に着くと、思いのほかステージが近い
先行に外れて一般販売だったので、後方座席を予想していた僕は、ひーふーみーと列をかぞえてみる。
(列表示はアルファベット)
七番め 近い 名古屋以来だ
やはり、双眼鏡を持ってこなくて正解だった。

場内にはpiano albumから「noon recess」が流れている


教会のホールを使ったコンサート
ステージの上空からは、森永小枝チョコをいくつか重ねたような十字架が垂がっている
Charが来ていたら「公園の小枝を大切に」と注意しそうだ
あれが落ちてきたら怖いなと思ったが、数本のワイヤーで補助固定されているのを確認して安心した。
スピーカーは公演のために持ち込んだらしき小型のものが左右毎に2個程度。
右奥にはイルミネーションをセットしたクリスマスツリーが飾られている。
きっとここぞというところで点灯するのだろう。


開演時間を少し過ぎて、客電がおちるとファンファーレもなく、遊佐未森がたった一人ですたすたと現れた
「一番、遊佐未森さん」と呼ばれて出て来た発表会の子どものよう。
あるいは、上品なお家に招かれたクリスマス会の始まり
そんな錯覚に陥り、笑って拍手をした

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2018年12月21日 (金)

一人きりのクリスマス 遊佐未森コンサート

チケット、財布、Suica、双眼鏡
明日は一人きりのクリスマスコンサート
山下達郎の「クリスマスイブ」が脳内に流れる中、9月の30周年コンサートに行った前日の記録を開き、備品をチェックする。

チケットとSuicaを財布に入れる。
遊佐仲間は居ないので「前OFF」も「後OFF」もない。
現金は記念グッズが販売されていた場合に備えて、最低限の金額を入れておく。

今年1月に買った双眼鏡は、コンサートではいつも重宝した。
(NPBやJリーグ観戦には不向きだった)
明日はどうしようか。

30周年の時はステージが遠かった。
もしも、遊佐の代わりに菊池桃子がそこに立っていたとしても、肉眼ではわからないほどの距離。
双眼鏡をのぞいて初めて、おぉ確かに本人だ。今はこんな感じになったのかということがわかった。

しかし、今日は会場が狭い。
調べたところルーテル市ヶ谷ホールの収容人員は200人
肉眼でも十分、本人であることが確認できそうだ。
その近さで双眼鏡をのぞいていて、変態おじさんと思われたらイヤだ。
双眼鏡は荷物から外すことにした。


Mimori Yusa Christmas Concert 2018 pianoel~教会篇~
30周年を迎えた遊佐未森が教会で開く、今年最後のクリスマスコンサート
およそ200席分のチケットは「即日SOLD OUT 」しているという。

2018年9月23日
Mimori Yusa 30th Anniversary Concert “P E A C H T R E E”(東京EX THEATER ROPPONGI)の際、入場時に配られたフライヤーの中に、そのお知らせが封入されていた。

クリスマスコンサートならば「サイレントベルズ」を演るのは間違いないだろう。
そう思った僕は、5年に一回ペースの遊佐未森を年2回聴きに行く決断に至る。
先行抽選には外れたが、一般発売時刻に買うことができた。


迎えた、クリスマスコンサート当日の12月20日
アレクサによると「最低気温は6度」極寒というほどではない。会場内ではジャケットを羽織っていれば、寒さに凍えるということはないだろう(この読みは外れることになる)

18:15の開場より30分前に着いた時、会場には既に10人ほどの人が集まっていた。
17:30より30分間のグッズ先行販売が行われており、販売テーブルをチェックマする。
特に今日買わなければならないというものは見つからない。
右端にあった卵形のシークレットボックスに入った物体が目に留まる。これは何ですか?と尋ねると二種類の桃キャラクターのバッジ。
どちらが出るかわからないこのバッチをコンプリしたくて、いくつも買う羽目になることを想像して、身震いがした。
危ない、危ない


一旦、外に出てtweetをチェックマすると「ピアノアルバム」なるものがこの日、販売されていることがわかった。
初耳だ。恐らく30周年の時に場内で流れていたあのピアノのことだな。しかも「会場限定」
値段はいくらだろう?
発売時のリリースでしらべると2,000円。手頃だ。
これは早く買わないと売りきれるかも知れない。
そう思うといてもたってもいられない。
すぐにテーブルに戻ったが、既に18時を回り、販売は終了していた。

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2018年12月19日 (水)

BABYMETALに欠けてはならない最後の要素

僕の中でのBABYMETALは半分終わっている
その半分は何かというと「LIVEのBABYMETAL」
2016年9月に参加した東京ドーム公演「Black night」で僕は初めてBABYMETALに参戦し、その任務を終えた。
それ以降、一度だけ赤坂BLITZ公演に申し込んだが、当然のように外れた。

東京ドームや日産スタジアムで豆粒のような3人と巨大なモニターを凝視するショーはLIVEとは言い難い。
それは、式典であり儀式のようなものだ。
全員で同時に右手(僕は左手)を振り上げ、ジャンプし、かけ声をかける。それを嫌いじゃないけれど、一度で十分だ。


では終わっていない半分はというと、彼女たちの活動のすべて。
今も引き続き行われている公演。そして映像と音楽パッケージ。
それは、他を圧倒するほど魅力的なものであり、時折見上げる夜空の月のように、そこにあるだけで優しく輝いてて、僕らを幸せな気分にする。



■2016年9月以降のBABYMETALの歴史

2016年12月
RED HOT CHILI PEPPERSのイギリスツアー4都市7公演に、スペシャルゲストとして参加

2017年7月~8月
「BABYMETAL 5大キツネ祭り in JAPAN」赤坂BLITZ、Zeppで男、女、10代、60歳以上など客層を限定した公演を行う

2017年12月2日・3日
「BABYMETAL<LEGEND - S - 洗礼の儀 ->」
広島グリーンアリーナ
SU-METALの20歳を記念した出身地「広島」での凱旋公演
YUIMETALが「体調不良」のため欠席し、MOAMETALと2人でのライブアクトとなった
だが、YUIMETALは二度と戻ってこない

2018年1月9日
神バンドのギタリスト藤岡幹大が逝去
2018年12月30日に天体観測中高所から落ちて療養していた

2018年3月
水野由結、菊地最愛が高校卒業

2018年5月
YUIMETAL「不在」でワールドツアーが始まる
アミューズは、この時点でYUIMETALは「復帰未定」とアナウンスしていた
ステージはフードフィギュアを加えた7人構成(BABYMETAL THE CHOSEN SEVEN)で展開された
その中には Saya 平井沙弥がいた

2018年10月19日
YUIMETAL 水野由結の脱退が発表された

2018年12月
3人編成公演で平井沙弥がYUIがいた位置に入った
平井沙弥は 2019年、BABYMETALが「3人編成」に落ち着いた時、そこに入る有力候補者となった。


BABYMETALが愛される理由は「優れた楽曲」「優れた演奏」「優れた3人(dance&vocal)」が三位一体であることだ。
どれか一つでも欠けていれば、今日の名声はなかっただろう。
ただ、その中でも最も重要な要素、これから先、欠けてはいけないもの、それは「楽曲」である。

ライブに行くだけのゆとりがない
近隣で公演がない
チケットが手に入らない

こうした、BABYMETALファンにとって「楽曲」の水準が維持されるか否かが、これから先もBABYMETALファンであり続けるための分水嶺といえる。

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2018年10月12日 (金)

最後の曲で遊佐未森の声がかすれていたのは

今回の選曲は「遊佐クラシックス」「遊佐out takes」を織り交ぜた、まさに「遊佐未森ダイジェスト」
コアなファンにとっては、心憎いものであり、そこそこのファンにとっては、目新しい発見があった。

「未森クラシックス」でいうと、25周年で演奏された「夏草の線路」「欅~光りの射す道で~」が外れ、そこにはなかった「タペストリー」「野生のチューリップ」が入った。


遊佐未森が笛を構えて「30周年コンサート」最後の曲「川」が始まる。
ラストはスローテンポな曲で締めるのは25周年と同じだ。
(25周年のラストは「欅~光りの射す道で~」)


ところがここに来て、遊佐の様子がおかしい。
感極まっているのか
声が枯れてきたのか
この曲が特別にキーが高いのか
高音がかすれ始めている

こんな遊佐未森を見るのは初めてだ。
国立音大在学中に自ら修得したという、その独自の唱法で、いつも、どれだけ高い声で歌っても音を外さない。

がんばれ
声に出すのは、彼女を半人前扱いしているようでためらわれる。
だから、心の中で念じる。
なんとか、あと一曲
声よ
持ちこたえてくれ


間奏で吹く笛も、珍しく音が揺れている
やっぱり「感極まっている」方面なのか?

♪川は流れていく、僕の胸に、留まることもなく
歌い終えて、2時間48分という長丁場を乗り切った彼女が笑顔を見せ、僕はとても安堵する。

今日も聴けなかった「Silent Bells」は、今度こそ、アニバーサリーではない「通常のコンサート」を聴きに来ることにしよう。



Mimori Yusa 30th Anniversary Concert
「P E A C H T R E E」セットリスト

Prologue
暮れてゆく空は
せせらぎ
タペストリー
風の吹く丘
地図をください
水玉
ネクター
HASU KRIYA
ほほえみとともに粉雪の舞う
野の花
アニメ「女川中バスケ部5人の夏」劇番メドレー
Island of Hope and Tears
Shadows of Time
クローバー
The Road to Nowhere
彼方
野生のチューリップ
ボーダーライン
ふたりの記憶
0の丘∞の空
ロカ
アンコール
レモンの木
瞳水晶


「P E A C H T R E E」
2018年9月23日 天候:晴
16:45 開場
17:39 開演
19:55 本編終了
20:27 終演


「ミモリアルソングス」
2013年10月27日 天候:快晴
16:22 開場
17:03 開演
19:36 本編終了
20:00 終演

遊佐未森25周年の記録
遊佐未森30周年の記録

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2018年10月10日 (水)

遊佐未森 まさかのドラムでデビュー曲「瞳水晶」

「まさか、デビュー曲をドラムで演ることになるとは思ってもみませんでした」

ドラムセットに座った遊佐の代わりに、本来のドラマー楠均がカウントをとって「瞳水晶」を始める。

25周年ではリコーダーを披露した遊佐未森。
今回はドラムス。
まさかの展開に僕は再び双眼鏡を取り出す。
「本当に叩いているか」を確認するためではなく、ドキドキのチャレンジをこの大舞台で見せる遊佐が、どんな表情をしているのかを観たくなった。

「歌う」「左右の手が別の動きをする」
これだけでも大変なことだ。コーラスならばまだしも、リードボーカルである。
そんなことをする姿、僕はロジャー・テイラーしか見たことがない。コージー・パウエルだって、ほとんど歌ってなかったし。

つい双眼鏡を下半身に映す。別に邪な気持ちではない。
(ズボン着用ですから)
もしかして、バスドラも打っているのか?
「左右の足が別の動きをする」ところまでいけば、たいしたものだが、1コーラスではそこまで至っていなかった。
しかし、曲の終盤では足が動いている^^;)
やるな、遊佐未森

親戚のいとこがステージに上がった発表会を見守るような気分だ。
はらはらどきどき気分で、結局、1曲フルに双眼鏡で観てしまった。
だが、実際にはらはらするのはこの次の曲だった。
いよいよ、次はアンコールラスト。


僕が一度聴きたいのは「Silent Bells」
1989年11月22日、6枚めのシングルとして発売されたクリスマスソングだが、フェビアンの古賀森男とのデュエット曲のため、ほとんどコンサートで演奏されたことがなく、僕はまだ一度もその機会を得ていない。

ただ、この日配られたフライヤーに、3ヶ月後、市ヶ谷の教会でクリスマスコンサート開催というニュースがあった。
恐らく、そこに行けば聴くことはできるだろう。
あとは、自分がそこに行くかどうかだ。


ドラムス席から元の立ち位置へ戻った遊佐未森。
「ここで笛です」
場内が爆笑に包まれる。
25周年の「ミモリアルソングス」では栗コーダーカルテットに混ざっての笛だったが、今日はソロリコーダー。
安全運転に逃げず、この節目の舞台で最後まで挑戦を止めない遊佐未森。
なんだか、ちょっと感動的だ。


ラストソングは「川」
1988年のアルバム「空耳の丘」収録
ここで「欅」が来るかと想像していたので、ちょっと意外だった。

遊佐未森25周年の記録
遊佐未森30周年の記録

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2018年10月 9日 (火)

アンコールの段取りを間違える遊佐未森

「ボーダーライン」
「ふたりの記憶」

「0の丘∞の空」
25周年ではアンコールラストだった曲
「未森クラシックス」に場内の一体感は増している。

「そして最後はやっぱりー?」
彼女が僕らに問いかける
僕は「夏草の線路」かなと思っていたが・・

「ロカ」
ロカは1997年のオリジナルアルバム「roka」のタイトル曲で、シングルカットされた。
遊佐未森は「LOVE, PEACE & TRANCE」の活動をしていた1995年を除くと、ほぼ1年に1枚のペースでオリジナルアルバムを出しており、それは2001年まで続く。

パソコンで音楽を聴く人が増え始めたのが2002年。
それまでは、CDで間断なく新作をリリースすることが、レコード会社から求められていた。
遊佐未森にとっては、よくも悪くも忙しい大変な時期に作られた曲だ。


一旦、遊佐未森とそのバンドは左袖から姿を消す。
僕らは一度、着席して給水した後、すぐに座ったまま、アンコールの拍手を始める。
それほど熱狂的というほどではないが、途切れてしまいそうなほど頼りなくも無い。前列と後ろの列で半分、拍がずれていて、結局それが同期して一体になる前に、再び色違いのツアーTシャツを着込んだ遊佐一行が現れた。
その時点で、さっきまで立ち上がっていた人たちは再び立ち始める。
僕もここで立っておかないと、もしも1曲めが幻想的なスローソングだった場合、立ちそびれてしまう気がした。


アンコールは「レモンの木」から
(1998年 アルバム「ECHO」)
あぁよかった。のれる曲で(笑)
今、この曲を復習しようと「遊佐未森 レモンの木」で検索すると、You Tubeで「天才てれびくん」の映像がみつかった。
わっ、こんな風にスタジオで歌っていたことがあるんだ
しらんかった
けっこう動き激しいな・・


曲が終わると遊佐未森は段取りを間違える。
スティックを受け取り、ステージ右手に設置されたドラムセットの前に立つ。
「まさかのドラムです」
これは、びっくらこいた。

ピアノや笛ならばもう驚かないが、ギターが来ても「へぇ」3つくらいだった。だが、ドラムは全く想定していなかった。

しかし、ドラムスの前に腰掛けたところで、段取りを飛ばしたことを指摘される。
仕方なく、そこで座ったまま「物販ブラザーズ」のツアーグッズ紹介コーナーを観戦することになった。

遊佐未森25周年の記録
遊佐未森30周年の記録

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