2018年4月20日 (金)

しらべる18周年

2018年4月20日
しらべるは、おかげさまで18周年を迎えました。
いつも見てくださっている方、ありがとうございます。
何処のどなたかは存じませんが、心より感謝しています。


しらべるは2000年4月の開設から毎日更新を続けているので、6594日連続更新です。
ここでいう「更新」とは既存記事の更新ではなく、新規記事の追加のことです。
既存記事の更新もしていますが、1日1つ以上、記事を追加することをもって「連続更新」と謳っています。


今お読みいただいているこのブログ「しらべるが行く」は「しらべる」から遅れること2000日で始めたので、今日で4594日連続更新。
これは連続更新というよりは「連載」といったほうがいいかも知れません。


恐らく毎日ウェブページを更新するとか、ブログを書くという奇特な人はあまりいないと思います。
私がしらべる限り、6594日連続更新というサイトは他にありませんので、これは日本記録、いや世界記録といっていいのかなと思っています。

では世界記録ならばギネスに認定されているのか?ということになるかと思いますが、認定はされていません。
「ギネス認定」を受けるには申請して、審査を受けなければならない。
その申請をしていないからです。


申請くらいすればいいじゃないか?と思うかも知れませんが、それには手続きが大変そうなのです。
かなり手間暇がかかります。
現在は日々「ホームページ」と「ブログ」の記事を書くことで精一杯なので、そこまでは手が回りません。
数年後、時間ができた時にはよくしらべてチャレンジしたいと思っています。


2016年9月に「しらべる」を置いているプロバイダー都合による「URL変更」があり、PV(ページビュー)が激減。
それから1年半、依然として検索での順位は上がってきません。
お手数をおかけしますが「お気に入り」への登録をお願いします。

これからも「しらべる」と「しらべるが行く」をよろしくお願い申しあげます。
時々思い出して、読みに来てくださいね。

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2018年4月 1日 (日)

フェイクニュース規制法施行

4月1日
フェイクニュース規制法が施行される。
これで、大手メディアが世論を操作する時代が終焉する。
日本の未来にとって、節目となる法律だ。


かつて「フェイクニュース」という言葉に、胡散臭い印象をもつ国民が多かった。
それは、多くの国民にとって「新聞に書いてあることは正しい」「テレビが言っていたから本当」という過去の常識が前提となっていたからだ。

だが時代は変わった。
今や放送免許を受けて放送しているテレビ
馴染みの深い大手新聞がフェイクニュースを流す時代


法規制の対象は明らかなねつ造=フェイクニュースに留まらない。

ネットのウェブページに表示されるニュース見だし「トリック」も対象だ。
それらの記事は「誰かがこう言っているけど、いかがなものか」という懸念の論調をとっている。
それが事実に反していれば、つまり「フェイクニュース」だと判明した途端、一切の報道をやめる。
あとは自然と忘れ去られるのを待つ。
「誤報」ではないので、責任を問われることはない。


これらの懸念を提示して「限りなく黒に近い」印象を与える手法は「トリックニュース」と定義される。
SNSでは「Trick or treat!」の決め台詞にかけて「HARO(ハロウィンの略)」と呼ばれてきた。


これまで政権を揺さぶることすらあった「フェイクニュース」「トリックニュース」を伝える側は「表現の自由」「知る権利」を盾に取ってきたが、それによって特定の人たちが権利を侵害されていることは、古くから問題視されていた。

だが、そうした声を上げることは大変な労力を要するし、その声自体がメディアに無視されてきたため、声なき声の域を出ることはなかった。


その流れを変えたのは「あの人」の発言からだった。
オセロの終盤のように、あっという間に情勢は逆転した。
誰もが暗いニュースによって、国民から笑顔が失われている時代を内心は憂えていたからだ。

それを機に「フェイク」「トリック」を連発する発信元に対する「見ない」「読まない」「買わない」「選挙で入れない」運動が広がっていった。


従って、フェイクニュース規制法は、その流れを追認したに過ぎない。
日本はまたひとつ、階段を上った。

2018年4月1日

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2018年2月14日 (水)

お先にドロンします

サトウさんは家路に就こうとして、パソコンを閉じて、カバンを持った。
まだ定刻の17:30を過ぎたばかりで、周りの席の人は皆、仕事をしていた。
好景気による人手不足で、誰もが忙しく、たまたま早く終われたと言えども、サトウさんは少し気が引けていた。

「お先にドロンします」

スズキさん(40台女性)
「おつかれさまでした(笑)」
上町くん(30台男性)
「おつかれさまです(笑)」
新人のマリちゃん
「・・・?」

3者3様の反応
だが、3分の2の確率でギャグが滑らずに済んだことで、サトウさんは救われた思いがした。
後ろの列で背を向けている派遣社員のヤマダさんも、振り向きこそしないものの、このやりとりを好印象を持って見てくれているような気がした。


幸せな気持ちでタイムカードに手を伸ばそうとしたところで、サトウさんはメガネを間違えたことに気づく。
このまま帰ろうかとも思ったが、やはり、見づらいので戻ることにした。


自分の机に戻ってきたサトウさんに声がかかる

スズキさん(40台女性)
「おはようございます(笑)」
上町くん(30台男性)
「早いですね(笑)」
新人のマリちゃん
「・・・?」

「いや、ちょっとメガネを間違えてね」
サトウさんが言い訳すると、上町君が食いついてきた。
「サトウさんって、いくつもメガネ持っているんですか?」

明らかにデザインが違うメガネを使い分けているので、周りもそれは認識していると思っていたのだが、それは違うようだ。
確かに、自分だって、となりのスズキさんが昨日と同じ服装で出社していても気づかないし、髪型を変えたってわからないだろう。
人は人にそれほど、関心を持っていないと言うことだ。


「うん、通勤の時は遠くが見えるメガネ。パソコンをする時は、近くに焦点が合うよう度数を下げたメガネ」

上町君「やっぱり、メガネは使い分けた方がいいんですかねぇ」

そこで説明する。
遠くが見えるメガネだと、すぐ近くのパソコンだと・・
ここでまた、彼のギャグの虫がうずいた
わずか0.2秒、海馬が過去の記憶から聞きおぼえのあるフレーズを呼び出す

見えすぎちゃって、困るのぉ~

スズキさん(40台女性)
爆笑
上町くん(30台男性)
失笑
新人のマリちゃん
「・・・?」

この元ネタって何だっけ?
と言いかけたが、仕事を終わった人が、勤務中の皆さんを雑談でひっぱるのは not cool

それじゃ、再びドロンします

場の空気が和むのを背中に感じながら、事務所を後にしたサトウさんは、帰りの電車で「見えすぎちゃって、困るのぉ~」を検索することにした。
(1980年~1990年代マスプロアンテナのCMだった)


インターネットがない時代ならば
「え~、これってなんだっけ?」と誰かが悩むと「最近、物忘れがひどくて」と周りが応じ、その場に誰もわかる人がいないと「あの人だったら、わかるかも」と「詳しそうな人」に電話をかけて聞いたりしていた。

今は、記憶の不備を嘆くことなく、新たなる思考に集中できる。
時代はポジティブだ。

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2018年1月14日 (日)

人はなぜテレビを見るのか?

「新婚さんいらっしゃい!」
は日本の日曜日お昼の風物詩だ。

お茶の間のテレビから桂三枝の声が聞こえてくると、あぁ平和だなとは思わないが、ゆっくり過ごす日曜がこの国にあることをありがたいと想う。


この番組は1971年に始まったので、もうすぐ50年になる。
同じ年に始まった「仮面ライダー旧1号」が今でも続いていて、藤岡弘が今でも「とうっ!」と言ってショッカーと闘っているようなものだ。

この間に時は流れ、三枝は文枝になった。
多くの人が支持しているから、これだけ長く続いているのだ。
いったい、どこがそんなにいいのかと僕は考える。


「ニュースステーション」に端を発する日本のいわゆる「ニュースショー」は、悲惨さを競う。まるで「万国悲惨ショー」
あることも言うのだろうが、局によってはありもしないことを「問題」として「**の姿勢が問われています」「**は説明責任を果たしているとは言えません」などと、誰が誰に言っているのかわからない落ちでまとめている。
ニュースが不幸を競うのは「他人の不幸は蜜の味」という歌があるくらいで、人の不幸に群がる人が一定数、それも数字がとれるだけの数いるからである。


一方「新婚さんいらっしゃい!」でブラウン管(液晶です)に登場するのは、基本的に新婚ほやほや、あつあつ→ラブラブな人ばかり。
他人の幸せな姿を見て楽しい人が、そんなに多いとは思えない。
いるとは思うが、50年続く原動力になるほどは居ないはず。
それでも、この番組が続くのはなぜか。


この番組に出演する夫婦には、目が点になる人達が少なくない。
土居まさるの番組で「奇人変人」に出た方がいいのではないかという人もいる。
(知らない人スミマセン)
全国の予選会(この番組には予選会がある)を勝ち抜くには、かなり個性的というか、エキセントリックくらいじゃないとダメなのだろう。
それを見て目が点になる
「ばっかじゃないの」と画面にツッコム
「アホな他人は蜜の味」ということだろう


僕はよく「人はなぜテレビを見るのか」ということを考える。
テレビを見ていると寂しさを感じない。
考えないからだ。

人は考え始めると、辛いこと、嫌なやつを思い出す
渡る世間は鬼ばかり、やってられないことばかり
では、自分はどうだ
いや、たいしたもんじゃない
自分はこんなものでいいのか・・
「考える人」は、自分を傷つける。

だから人は皆、考えなくて済む「テレビ」に釘付けになる。


考えるには孤独に身を置く必要がある。
孤独を感じるにはテレビを遠ざけなければならない。
部屋にテレビがないことはいいことだ。

ただし、家に1つあるのは、それはそれでいいことだ。
人には逃げ場がなければならない。


だから、ABC朝日放送の皆さん!
「新婚さんいらっしゃい!」を打ち切りにするのだけはやめてもらいたい。
女性司会者は6回代えているのだから、男性司会者を代えたっていい。

この番組を日曜をゆっくり過ごす象徴として、楽しみにしている人がいるのだから。

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2017年10月 8日 (日)

しらべる6400日

2000年4月に始めた「しらべる」は今日で6,400日を迎えました。
このブログは2,000日後に始めたので4,400日です。
いつも、皆さんが読みに来てくださるお陰です。
ありがとうございます。
毎日更新なので連続更新も6,400日となりました。



2016年9月、しらべるには大惨事がありました。
それまで17年にわたりホームページを置いていた「@hpmepage」サービスが終了したのです。
やめる代わりに新しい場所が無償で用意されました。
希望者はそちらへどうぞということでした。

ニフティにしてみれば「旧いものは止めたい」「代わりの場所を用意すればそれでいいだろう」ということでしょうが、ホームページを開いている側はそうはいきません。
URLが変わるということは、まったく別のウェブサイトに変わると言うこと。
検索エンジンのアルゴリズムに対して積み上げていた実績、信用というものはリセットされてしまうわけです。
いったい、どれくらいの影響を受けるのか想像も付きませんでしたが、蓋を開けてみてそれは予想値の下限よりさらに下をいくものでした。

それまで「しらべる」というキーワードで検索するとGoogle、YAHOO!ともに1番めに表示されていたのが、現在はどこにもでてきません。
辛うじてブログ「しらべるが行く」が上位に現れるだけ。

ちなみに「しらべるが行く」を置いている「ココログ」はサービスが継続されているため、何も変更がありません。従って検索エンジンからみれば「しらべるが行く」は実績のあるサイト。
「しらべる」は2016年に始まった新興サイトということでしょう。


終わったことを嘆いていても仕方ありません。
これからまた、皆さんの役に立つ記事を書いていけば、いつかまた「しらべる」が上位に戻ってくる日もあるでしょう。
それを楽しみに地道にいきます。

でも今から心配なのはニフティという会社です。
これから15年後、また「旧くなったサービス」は止めたいと言い出しはしないか。
一利用者に過ぎない僕はそうならないことを祈るしかありませんね。

これからも「しらべる」と「しらべるが行く」をよろしくお願いします。

~しらべる6400日に寄せて~

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2017年7月17日 (月)

ホタル少年団に入れなかった(後編)

話しがアンモナイトに逸れてしまった。
「ホタル少年団」の話しに戻そう。


別に「ホタル・ラブ」(なんか怪しい)な少年ではなかったし、蚊に刺されながら掃除なんてしたくない。
それでも、その秘密結社(ではない)に入りたかった。
非日常な世界に憧れたからだ。
それに「選ばれし勇者たち」みたいで、かっこよかった
(ヨシヒコか)


だが、僕は「ホタル少年団」に入れなかった。
「ファーストミットを買って欲しい」と言って、その熱き思いと意義を母に訴えた時のような記憶がないので、その理由は家族の反対ではないと思う。

恐らく「小学5.6年生」と「中学生」といった年齢制限があったのだろう。



「ホタル少年団」に入れなかった僕は、年に一度の「ホタル祭り」で夜の1人歩きを経験する。
町の名士や衆議院議員が挨拶した後は「誰やそれ?」と容赦なく突っ込まれそうな、テレビでは見たことのない演歌歌手が、誰もが知っている森進一の歌を歌う。
(半分、想像です^^;)


井上陽水のご両親とは違って
「これで、好きなものでも食べておいで」
と臨時のおこずかいを持たせてくれるような親ではなかったので、喧噪を見て聞いて楽しめばそれが贅沢。
少年団の連中は、その任務へと向かい、僕は1人家に帰るだけ。
ほんの少しだけ、何かやり残したような気持ちになって、再び2kmの家路についた。


事件はそこで起きる。
歩き初めて1kmが過ぎると、住戸も途絶え、田んぼに挟まれた県道の一本道。
ふと気づくと、10mほど後方に怪しい人影。

一度振り返り、チラ見すると年配のおじさんの様子
だが、怖くてガン見できない。
ひたひたと一定の距離を保ち、僕の後ろを着いてくる。

日頃、経験のない夜のひとり道
街灯もなく、滅多に車も通らず、あたりは真っ暗
世の中にまだ「誘拐」という犯罪が割に合わないと知れ渡る前の時代。
つい最近も、児童が誘拐された事件をテレビで言っていた。


僕は生涯の中でなんどか、意味不明な行動を取っている


狙われたぁ
それやから狙われたやないね~

突然、大声を上げると、泣きながら一目散に走り出した。
当時、GPSを持っていたら「1km5分台」くらいのペースだったと思う。

おじさんは着いてこなかった
後日、近所のおじさんが「突然、走り出して驚いた。怖い思いをさせたかも知れない。悪いことをした」と詫びてきたのを母から聞いた。


いったい「狙われた」ことを誰のせいにしたかったのか、未だによくわからない。
その日、泣きじゃくりながら帰宅した僕を迎えた母が、なんと言ってなだめたのか。
もう尋ねることができない。

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2017年7月16日 (日)

ホタル少年団に入れなかった(中編)

しつけが厳しい家に育った僕は(と言ってもこれが標準だと思うが)夕方の5時までには帰宅しなければならなかった。
その町には書道や珠算、絵画教室もあったが、学習塾はなかった。
従って、塾に行くために夕方から外出するような子どもは居ない。

近所の仲間と野球をやって、5時になったら家に帰る。
「僕はどうして親が決めたルールに従うのだろう」
と、疑念を感じたことはなかった。

それが、年に一度「ほたる祭り」の日に限り、夜間外出が許される。
盆地の町には似つかわしくない「越境入学」をしていた僕は、川を越えた隣り町からお祭り会場の広場までの2kmを歩いて会場に向かった。



越境で通っていた小学校には「ホタル少年団」という組織があった。
夏が近づき、ホタル・シーズン前になると、その秘密結社は結成される。
というのは嘘で、学校で公募される。

全校集会で「今年もホタル少年団を結成します。希望者は担任の先生に申し出るように」
といったふうに周知される。

その任務はというと、実はよく知らない。
(入ってないので)
ただ、仄聞によれば、ホタルの生態を観察したり、ホタルが生息する川べりを掃除していたようだ。



このホタルが現れる川は、今でもゲンジボタルが生息することで有名だ。
「町の南側を流れている」と先に書いたが、その後、川を渡った南側に「道の駅」などが整備されたため、今では町の真ん中を流れていることになる。

その川が右に90度曲がったところで、隣り町との境。
僕はその境の外、土手のそばに住んでいた。
川が曲がるということは、大雨の時には土手が切れる恐れがある。
僕が住んでいた場所は、昔はよく水につかったと聞いた。

だから、大雨が降って水面が上がると怖かった。
一度だけ、水面が土手の際まで上がった時などは、生きた心地がしなかった。


そして、その川を受け止める土手で僕はよくアンモナイトの化石を拾った。
掘るのではない。拾うのである。
川べりの土手には、よくアンモナイトが転がっていた。
一度に全部拾い尽くしたと思っていても、数日後にはまた落ちている。

誰かがアンモナイトを撒いているとは思えないし、不思議だったが、見つける度に拾って帰り、秘密基地に埋めているせんぺいの缶缶(山口ではこう言う)にため込んでいた。

大人になって、ふと気づいた時にはその缶缶は持っていなかったので、きっとアンモナイトに飽きて、どこかに捨てたのだろう。

数年後、佐世保玉屋で開かれていた化石展でその場所で出土(拾っただけだと思う)したというアンモナイトが展示されていた。

つづく

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2017年7月15日 (土)

ホタル少年団に入れなかった(前編)

年配の人は、夏がくれば思い出すのは遙かな尾瀬らしいが
僕は夏がくれば「ホタル少年団」に入れなかったことを思い出す。

現在「ホタル少年団」をGoogle先生に尋ねると、茨城県の小学校を教えてくれるが、そこではないっぺ。
(奥茨城村弁)


こどもの頃、住んでいた山口県の盆地の町はホタルで有名だった
ホタルしか有名ではなかった
平成の大合併で「町」が消滅した今もそれは変わらない。

今も年に一度「るるぶ山口」で確認するのだが、その町について掲載されている情報は「道の駅」とホタル博物館(そんな名前だったと思う)だ。

昔から田んぼはたくさんあったが、当時は「農産物のブランド化」という概念はなかった。
養蚕とか織物とか、あるいは木工品といった特色のある産業もない。
社会科見学で訪れたのは「北九州工業地帯」だった。
「若戸大橋」に上れて嬉しかった記憶しかない。
(なぜか、吊り橋が大好きだった)


今でこそ「るるぶ」に載るような観光施設があるが、昔はそれもなかった。
「たった2つ」という言い方もできるが、2つも載っているという見方もある。
「るるぶ」に載っているのは、旅で行きたい「観光スポット」
そのスポットが一つもなくて「るるぶ」に何も情報が載っていない町や村は、日本じゅうにたくさんあるのだ。



その町の南側を流れる川には夏になるとホタルが現れた。
と言っても「よい子は5時を過ぎては遊んではいけません」という町なので(世の中もそうだったと思う)ホタルを目撃する機会はほとんどなかった。

それが年に一度、ホタルを目撃できる日が訪れる。
「ほたる祭り」だ。


町の中心にあるスーパーマーケットのとなりに広場があり(日頃は空き地だったと思う)そこに特設ステージをつくって、祭りは行われる。
広場には「ヨーヨー釣り」や「金魚すくい」といった夜店も並ぶ。

特に花火が上がるわけではない
(たぶん町にはそんな予算がなかったのだと思う)
司会者が町の名士を紹介して、挨拶する。
つづいて「衆議院議員」だという来賓の先生が挨拶する。


総選挙のポスターで見て、その顔は知っていたので「有名人を見た」ことが嬉しかった。
なにせ、その町で有名人など見たことがない。
芸能人が押しかけ、ポラロイド写真にサインするような超能力者が経営する四次元パーラーはないし、ここでしか食べられないような★★★(星みっつ)のグルメ店もない(たぶん)

僕はこの町に10年ほど住んでいたが、ここで見た有名人はこの議員だけだ。
(名前は克明に覚えているが割愛)

つづく

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2017年6月27日 (火)

「思い」という言葉のブームが定着した経緯

2009年12月27日
自民党 谷垣禎一総裁
国民新党の亀井静香が天皇陛下に向かって「権力の象徴であった江戸城にお住まいになるのはお立場上ふさわしくない。京都か広島にお住まいになってはどうか」と提言したのを受けて、テレビ番組で発言。

「陛下はちょっと行ってくる、とおっしゃって東京に行ったままになっているが、京都にお帰りになっていただきたいという思いはある」

これは、かつて天皇陛下は「僥倖」として江戸に発たれたのであり、正式な遷都ではないという論に立脚した「思い」である。
現実に「東京は日本の首都ではない」誰もが東京が首都だと思っているが、それは「事実上の首都」である。

いずれにせよ「思い」という言葉をオブラート役に、ずいぶん「重い」ことを話すものだ。



2010年3月9日
民主党 鳩山由紀夫首相
沖縄県の米軍普天間基地移設問題について

「命のかかわる話であればあるほど、当然、政府として首相として意思決定には覚悟をもって臨むべきだ。それが進退だとかどうだとかいう野党の思いに必ずしも乗る必要はない」

ついに他人の考えまで勝手に「思い」化してしまっている。
「思い」ブームは過ぎ「思い」が国民の言葉として定着したのである。


2010年5月4日
民主党 鳩山由紀夫首相
沖縄県の米軍基地について

「すべてを県外にということは、なかなか現実問題として難しいということに直面をしております。ぜひ、沖縄の皆様方にも、またご負担をお願いをしなければならないなと、その思いで、今日もまいった次第でもございます」

ここでは前言撤回の自己弁護として「思い」が使われているが、元々持っていた思いとは真逆の「思い」になっている。このようにものごとを曖昧にしたい時の常套句になったことがわかる。


僕はいつか「思い」という言葉への揺り戻しが起こると考えていた。
自分がそうであるように、この言葉への違和感がやがて、社会全体に広がると思っていたのだ。
しかし、現実は違っていた。


2011年3月
東日本大震災が起きた
人々はあまりにも残酷な現実に対して、婉曲に優しく考えを伝える必要に迫られた。

「思い」はその中核を成す言葉として必要になった。
もう誰も「思い」という言葉の危うさを論うことはできなくなった。

そして現在に至る。
だが、違和感は続いている。
本当の真実の前には、それに最もふさわしい言葉があるはずだ。

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2017年6月26日 (月)

僕がもの言う時、書く時に使いたくない言葉

2009年、民主党の鳩山由紀夫が総理大臣になった。
直近に小沢一郎が党首をおろされていて、たまたま党首になったところに政権が取れたものだから、期せずして行政の最高責任者となった。

彼の口癖が「思い」
このような便利な言葉は伝染力が強い。
メディア露出度が高い総理大臣が使ったものだから、加速度的に日本に蔓延した。


立派なことを言いながら、それを「個人的意見」だと予防線を張り、立場としての責任を曖昧にする時に使う狡猾なことば。
それが「思い」

行動がまちがっている人が、言動で自己を正当化する時に多用する。


「思い」を口にする人の特徴は次の3つ。
■自己顕示欲が強い
■責任感が乏しい
■言葉が軽い


「思い」は2009年から無責任な人たちの間で急速に広まった。
以下はその記録だ。


2009年10月14日
鳩山首相
過去最高44兆円の国債発行に当たり

「赤字国債は本来なら発行すべきではないが、税収の落ち込み具合を勘案する必要がある。赤字国債は発行したくないという基本的な思いはある」

自分は「思い」を思っているぞ、まともな感覚の持ち主だぞ。と自己防衛しているのだが、その後の体たらくをみれば「思い」を口にする人の危うさが際立つ。



2010年1月23日
東京都江戸川区で7歳の男児が親から暴行を受けて死亡した事件を受けて

男児が通う学校長
「もっと注意深くしていればという思いがある」

文科相
「教育現場に、感度が低いという思いがある」

この2人は自己防衛していない。
だがその責任を曖昧にする(言葉の強さを和らげる)ために「思い」を使っている。

「もっと注意深くしていればと思う」
「感度が低いと思う」
と言えばよいことだ。

「牛丼並盛りです」を「牛丼並盛りになります」と言うように「思い」を婉曲表現として使っている。

「思い」を口にする人は、自分の言葉を持たない。
「思い」ブームが始まり、こんなシリアスな場面ですら「思い」で自己防衛してしまうことに慄然とした。

つづく

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