2009年8月 4日 (火)

人生最良の日

その日、男は人生最良の日を迎えていた。

目覚まし時計が鳴り、一度はスヌーズボタンで逃げて、二度めに目覚めた。
暑い夏は、知らず知らずに男の体力を奪う。
昨日の疲れは色濃く残っている。

駅に向かう道のりには、1つだけ信号付き横断歩道がある。
その日によって、家を出る時間はまちまちなので、ある時は赤、ある時は青。
赤だからといって、回り道をすれば、結局同じだけ時間がかかるので、信号が青に変わるのを待つ。
その日の信号は赤。
信号が変わり、横断歩道を渡り始めると、猛烈なスピードでおばさんの自転車が突っ込んできて、男がよけた。
「ん、もぅ!」
おばさんは誰かに怒っていた。
しかたないな
ちょっと小首をかしげて、男は歩をゆるめず、駅へ向かった。

仕事場でいつもの席に着き、いつもと同じ流れ作業。
誰かに頼られているとか、期待されているといった
感情で仕事をしていたのは、遠い昔。
今は自分のなかに穏やかな時間が流れている。

トイレに行こうとすると、ガラスドアの向こうから名前を知らない社員がやってくるのが見えた。
彼は男よりも少し早くドアにたどりつき、ここはロンドンでもないのに、ドアを開けて男を待っていてくれた。
ありがとう
いえ
2人の男は、これ以外の会話をしたことがない。

昼休みはちょっと遠出して、公園のそばにあるラーメン屋へ。
テレビで紹介されたこの店で、一度食べてみたかった。
12時ちょうどに出てきたのだが、すでに30人ほどが並んでいる。
昼休みのベルを待たずに出てきたのか、10人ほど前には、同僚の姿が見える。
「今日は麺が終わりました」
男の5人ほど前で、予定数が終了した。

しかたない。コンビニでおにぎりを買い、公園で食べよう。
980円の高額ラーメンを食べなくて済んだお金で、300円分スクラッチくじを買った。
全部はずれた。

一日の仕事が終わり、まっすぐ家に帰る。
コンビニに寄って、新製品をチェックする。
国民の大半が、ちょっとした買い物ができるこずかいをいつも財布に入れている。
そんな国は世界中で数えるほどしかない。
並んだレジの係は胸に「研修生」と書いてあり、会計に手間取ったが、男はアルカイックな笑みをたたえて、からあげクンを眺めていた。

服を着替え、夕飯をとり、風呂掃除をして風呂に浸かる。
リンゴジュースを飲みながら、録画しておいた映画を観る。
一日が終わった。

6時間の睡眠から目覚めると日付は変わっている。
暑い夏は、知らず知らずに男の体力を奪う。
昨日の疲れは色濃く残っている。

その日、男は人生最良の日を迎えていた。

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2009年4月20日 (月)

しらべる9周年

 いつも、しらべるを読みに来ていただき、ありがとうございます。

 2000年4月20日に始めた しらべる は、今日で9周年。

 毎日更新は、これで、連続 3287日になりました。

 この日数は、フリーソフト「MD電卓」で計算しました。閏年もあるので、このソフトは、長い年月の日数計算に、とても便利です。

 しらべるには、数千ページの情報があり、それぞれのページがどれくらい、読まれているかは、ざっくりと把握しています。

 この9年は、CGIプログラムを組み込んで、自分で集計していたのですが、最近、Google Analytics ~グーグルアナリティクスと読みます ~を使い始めました。

 これは、それは強力なツールで、いろいろなことがわかります。

 その中で、一つ驚いたのは、ノーリファラーの比率が、想像をはるかに超えていたことでした。

 ノーリファラー no referer とは、リンク元がない、ウェブサイトへの来訪のことです。
 ウェブサイト来訪者分析ツールの、リンク元分類の一つで、その他の主なものは「検索エンジン」です。

 ノーリファラーとして分類されるのは、以下の3つです。
1,ブックマーク
2,メーラーに届いたメールに書いてあるURLをクリック
3,ブラウザーのアドレスバーに、URLを直打ち

 実際には、ノーリファラーの大半は、1のブックマークでしょう。

 このブックマークによる来訪者と、検索エンジンからの来訪者の比率はどうなっているのか?
 Google Analyticsを始める前は、考えたこともありませんでした。
 ノーリファラーという言葉も、知りませんでした。

 後追いで、普通ならばこれくらいだろうと考える推定値に対して、しらべるの来訪者に占めるノーリファラーの比率は、2倍を超えていました。

 これまでも、ブックマークをしてくださっている方が、そこそこにいるのではないかと推測はしていました。
 試しに、YAHOO!でキーワード しらべる を検索してみてください。
 他のウェブサイトと比べて、決して少なくないブックマーク登録をしていただいていることを、これで知りました。

 そして、Google Analyticsで知ったノーリファラーの数値。
 ブックマークして見てくださる方が、こんなに多かったとは。
 とてもありがたいことです。

 こうなると、ノーリファラーなんて呼び捨てにはできません。
 今から、ノーリファラー様 と呼ぶことにしました。

 Google Analyticsでは、来訪者の国が、世界地図に表示されています。
 日本はもちろんですが、アメリカやイギリス、そしていくつかの国から毎日、アクセスがあるようです。恐らく海外で暮らす日本人の方なのでしょう。

 ただ、世界地図を見るのは楽しいのですが、今後のウェブページ作りには、参考になりません。
 ちょっと難しそうですが、日本地図で、都道府県別に表示してくれると助かります。

 お、鳥取県ちょっと弱いな。
 よし「鳥取カレー」のページを、てこ入れしよう。
 なに、福島県のアクセスが増えているぞ!北東には足を向けて寝られないな・・.

 また、これからも、しらべるを時々、見に来てください。

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2009年4月 3日 (金)

ばか笑いする人に、いい人はいない

今日もとなりの部署から、ばか笑いが聞こえている。
そこには、ばか笑いするスズキさんがいる。

はははは

あ~ぁ
と続きそうな、気の抜けた、渇いた笑い。
会話の口調とは、オクターブが変わり、職場の静寂を打ち破る。
その部署の人たちは、そのばか笑いをOKしているのか、スルーしている。

セミが短い一生を、精一杯鳴き尽くすように
幼い雛が、えさは僕にと鳴くように
スズキさんは、その笑いがいつ、どのような気持ちで、始まったのか
もう覚えていない。
今や、ばか笑いも生活の一部。
ばか笑いが自分自身の色になっている。

謙虚に生きている人は、存在を誇示する行動はしない。
人に優しい人は、周囲の雰囲気を読む。

ばか笑いをする人は、
自分はここの主で、この空間を支配していると、考えている。
ゆえに、入社したその日、異動したその日から、ばか笑いする人はいない。

あるいは、空間の支配者になろうとしている。
自分は明朗な性格で、ここでは、ばか笑いを許された立場にいる。そう喧伝しているのだ。

寄席や、宴会中の居酒屋ではない。ここは、皆が静かに仕事をしている職場。大笑いがなじまない場所だ。

静寂を破るばか笑いを繰り返す人は、謙虚さに欠け、内心は人をバカにしている。
それは、とても、みっともなく、みすぼらしい行為だと
スズキさんが、僕の友達だったら言う。
「その笑い方は、あなたを知らない人が聞くと、ちょっとびっくりするよ」
でも、口をきいたことすらない。

ばか笑いをやめさせる方法はないか。

1,直接、本人に言う
 それが筋である。

でも、後々の影響を考えると、言えない。
幸い、口をきいたことさえないので、仕事で実害を被ることはない。
下駄箱はないので、上履きにチョークの粉を入れられることもない。
それでも、
「motoさんって人に 笑うなって言われたのぉ。余計なお世話よね。
 基本的人権の侵害じゃない?」
くらいのことは、吹聴されるだろう。

めんどい

2,その部署にいる親しい知人 サトウさんに頼んで、意見してもらう。
だが、サトウさんに悪い。
サトウさんは、物事がよくわかっている人だから、僕の名前を出すことはしないだろうし、そうすれば、矛先がサトウさんに向くかも知れない。

3,イントラネットの掲示板に書き込む
それじゃ、中学生だ。

4,本人に聞こえるように、他の同僚との会話で「ばか笑いは、感じ悪いよね」と話す。
陰険であり、自分が後悔しそうだ。

5,ラジオ番組に、ばか笑いをやめて欲しいとはがきを書く。
恐らく、ラジオは聞いていないだろう。

6,ブログに書く
いや、書いてますけど・・
見ていたら、怖い。

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2009年3月18日 (水)

就活の娘たちが向かう場所

 ある、雲ひとつない晴れた日の午後、
 桜並木の土手を散歩していた。
 サクラはまだ咲いていない。

 花見の駅を探している。

 サクラが連なっているベストポイントに立ち
 そこから近くの駅を探すことにする。
 近くには、酒や肴を買い出しをするコンビニも必要だ。

 土手を外れ、路地を進むとすぐに大きなスーパーがあった。
 高級スーパーとでもいえばいいのか。
 商品が全体的に高い。

 1階の食品売り場をチェックする。
 総菜が充実している。
 魚フライ、寿司、フランクフルト・・
 これならば、コンビニ調達よりも、美味しく食べられそう。
 買い出しは、この店に決める。

 花見の駅での集合は10時30分。
 この店が何時から開くかをチェックしようと思ったが
 入り口の自動ドアには、営業時間が書いていない。
 当たりを見渡したが、質問できそうな店員もいない。

 外を見やると、横断歩道で交通整理に当たっていた警備のおじさんがいた。
 開店時間と、最寄りの駅を教えてもらう。
 おじさんは、受け答えがめんどくさそうだったので
 駅までの詳しい順路は聞かずに歩き出した。

 しばらく歩くと、女性とすれ違った。
 一般的に言えば、キレイなほうだろう。
 すると、その後からも次々に女性がやって来る。
 紺色系の地味なスカート、ジャケット、ピンで止めた髪

 ユニフォームか!
 とツッコミをいれたくなる。

 皆、それぞれ一人でやってくる。
 数メートル間隔の行列は、僕の背後にある場所を目指している。
 そこにはきっと、美味しい角砂糖があるのだろう。

 3月という時期からして、2010年4月採用の就活。
 今、通ってきたあのスーパーなのか。

 駅までの順路はどこにも書いていなかったが、彼女たちの行列を逆にたどっていくと、駅に着くことは明白だった。

 そういえば、男がいない。
 いったい、どんな業界なのだ?
 スーパーだったら、男の社員もたくさんいるはず。

 どの女の子もけばくなく、おとなしい化粧で、こぎれい。
 今時の学生は皆、整形してるわけでもあるまいに・・
 その会社は、ルックスで選んでいるのか?

 それにしても、皆、同じ顔に見える。

 いったいどこの会社の面接なのか
 誰か一人に聞いてみたい衝動に駆られた。
 面接官が通行人のふりをして、話しかけるかも知れない・・
 そう思って、笑顔で対応してくれるのではないか?

 考えただけで、やめた。

 5分ほど行列をたどると、駅が見えてきた。
 駅前の横断歩道にプラカードを持った警備員が一人。
 学生たちに、説明会場はこちらですよ~と声をかけている。

 あのプラカードを見れば、このありんこの行列が、どこに向かっているかがわかる。
 プラカードをのぞき込んだ。

 ANA 会社説明会

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2009年2月12日 (木)

不遇の時代を過ごしていない人

 ある日、上司が部下のスズキさんに、メールで用事を頼む。

 3月末に、計画達成の慰労会をしたいのですが、
 ここは、総務係のスズキさんに幹事をお願いしたいと思います。
 設営をお願いできませんか。

 すると、スズキさんから申し訳なさそうな、返事が来る。

「私は総務担当ではありませんが・・」

 不遇の時代を過ごしていない人は、このような部下の気持ちを理解できない。

あ、そうですか。
で、それがどうしたの?
俺が丁重に頼んでいるのだよ
てなもんだ。

世の中、厳しいんだから・・
僕なんか、もっと大きな仕事をしていて、大きな責任を背負っていて、大変なんだよ。
少々のことは、どうでもいいじゃないか。
誰が、担当かだとか、いちいち構っていられないよ。
というノリ。

 これは、サラリーマンが専業主婦の妻に、
俺は外で働いているんだから、家の中のことを俺に頼むなよ
というのに、似ている。

今日はゴミの日だから、出勤のついでにゴミを出せ?
そんな、みっともないことできるかよ。

風呂掃除?
疲れているんだから、一日家にいるおまえがやれよ

それも、一理ある。
役割に沿って、餅は餅屋のことをする。
それは合っている。

だが、自分の役割以外のことでも、決してできないわけじゃない。
ひとつ、ここは相手の気持ちに立ってみよう。
そう考えることで、人間関係は大きく変わるのである。

君ねぇ、ボクは大変なんだから、そんなこと言うんじゃないよ。
ではなく、
君の気持ちを考えてみれば、確かにそうだね。

・・ と、このように言われてみれば、そういう考え方も、あっていいなと思うかも知れない。
人は助け合い、いたわり合わなければね。
だが、そう気づくのは、たいてい、ものごとに失敗した後。

なにも失敗していない人、不遇の時代を過ごしていない人には、理屈でしか、この感覚はわからない。

不遇の時代なくして、人は気づけないことがある。
一度目の不遇にけつをまくって、投げ出す人は、人に生まれてきた醍醐味を放棄している。



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2009年2月10日 (火)

天気が悪いのは自分のせい。

 ある時、訪問販売のセールスマンだった。
 だが、商品はなかなか売れなかった。
 一ヶ月、坊主の月もあった。
 仲間のセールスマンも同様だった。

 誰もが生活がかかっている。
 仲間の数人は、諦めて、他の商材へと流れていった。
 どうしたらよいのかわからず、途方に暮れていた時、一人のセールスマンのことを思い出した。

 サトウさん 年齢+15歳
 業界では有名なトップセールスマン。
 通常、月間 500万円売れば一流と言われる商材で、月間 1億円を売ったという伝説がある。
 「伝説」という言葉は好ましくないが、ちょっと眉唾なので、あえて伝説と呼ぶ。
 1億円という数字の真偽は別としても、超がつく一流であることには違いない。

 サトウさんは、以前から目をかけてくれていたので、泣きついてみた。
 「よし、その仲間を集めてくれ。僕が話してあげるよ」
 二つ返事で、講師を買って出てくれた。

 その教えの中で、長く記憶にとどまっているのが、次の言葉である。

 -・-・-・- -・-・-・- -・-・-・-

 朝起きて、天気が悪いと、あぁこんな日にセールスに出るのはいやだなって思うんじゃない?
 でも、その天気は誰のせい?
 それをお天道様のせいにしたら、もう負けなんだよ。

 売れないのは自分のせい。
 お客さんがアポをすっぽかしたのも、自分のせい。
 成約直前にお父ちゃんが帰ってきて「帰れ!」とどやされるのも、自分のせい。

 すべては自己責任なんだ。
 原因は自分にある。
 人のせいにしても、何も始まらない。

 天気さえも自分のせい。
 そう思ったら、道が開けてくるよ。

 -・-・-・- -・-・-・- -・-・-・-

 他人のことをとやかく言っている人は、その原因が自分にあるのではないか?
と考えてみるとよい。

 あくまで「原因」である。
 責任ではない。
 良いとか悪いでもない。

 いま、心に病んでいることの出発点を思い出してみる。
 それが、自分から始まっていたら、原因は自分にあると考える。

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2008年12月30日 (火)

2008年 しらべるが選ぶ5大ニュース

1、米国発金融不況に伴うドル安
2、ガソリン価格乱高下
3、野口みずき五輪マラソンを欠場
4、巨人13.5ゲーム差を逆転してリーグ連覇
5、新幹線0系車両引退・廃車

 品物を輸出して、代金をドルでもらう人。
 サービスを提供して、対価をドルでもらう人。
 ドル建てで収入を得ている人には大変な一年だった。

 クルマを1台1万ドルで輸出する。
 取引先が1万ドルをくれる。
 日本ではドルでは買い物ができないので、ドルを円に換える。
 為替レートが1ドル120円だった頃は、120万円がもらえる。
 だが、1ドル90円では90万円しかもらえない。

 収入は4分の3に減る。
 毎月40万円を家に入れていた人は、30万円しか入れられない。
 ざっとこういう計算になる。

 一方で、品物を輸入している人は収入が増える。
 ただ輸入の場合、その品物を売る相手は日本人。
 安く仕入れたのに、元のままの値段で売っていれば、いずれ客が離れていく。

 2007年の大連立失敗以来、政治はお遊戯になった。
 4月には、お遊戯の余波で生じたガソリン税一ヶ月限定撤廃。
 一度は110円台に下がったガソリン1リットル価格は、課税が復活すると一転、先物取引の暴走で180円台に突入。
 だが、円高の影響で12月現在、100円を割り込むところまで下がった。

 いかにして低燃費で走るか。外出を控えるかに汲々としていた走り屋の皆さんは、ローギアでの高回転走行をさぞかし楽しんでいることだろう。

 5大ニュースを選んでいて痛感したのは、驚きへの慣れ。
 その後に訪れるあきらめの速さ。
 この流れは 2009 2010 2011 2012 とさらに大きくなっていくのではないか。

 それでは、皆さんよいお年を!



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2008年10月24日 (金)

何を言っているかというと・・

「何を言っているかというと・・」

この言葉をしばらく、聞いていない。
最後に聞いたのはいつだろう。
2004年3月に聞いた覚えがある。

もう絶滅したのだろうか。

「何を言っているかというと」には、
「あなたの理解度を察しながら話していますよ」
「起承転結を押さえて話していますよ、さぁここからまとめに入りますよ」
という気持ちがこもっている。

「何を言っているかというと」は、このような時に出る。
●自分自身「ここまでの説明はわかりづらいな」と思っている。
●聴衆や説明している相手の顔に 「?マーク」 が浮かんでいるのが見える。

 そして「何を言っているかというと」 は
 仕込んだ話が、いま一つである時。
 説明が下手なのに、自分ではそれに気づいていない人が使う言葉。

 話がうまく組み立てられている。
 よどみなく話している人はこの言葉を言わない。

 自分の話が下手で、相手が理解していない。
 自分が悪いことは気づかないのだが、
 相手が理解していないことには気づいた。

 そんな時 「何が言いたいかというと」を言ってしまう。

 たまに、他人が作った難解な資料を解説する時にも使うが、この場合は資料を作った人への慇懃な軽蔑を含んでいる。

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2008年10月16日 (木)

品がない人をスルーするー?

 さて、突然ですが、人生相談コーナーの始まりです。

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 今日も、仕事のメールが届く。

 いつも大変お世話になります。
 佐藤@総務部です。

 それを言うなら、「総務部の佐藤です」だろう。
 会社で遊ぶな。

 今日も、問合せの電話がかかってくる。

 「経理のシステムが動いてないんだけどぉ」
 昨日までは使えていましたか?
 「うん」

 それを言うなら 「はい」だろう。
 仕事なんだから敬語を使え。
 彼氏じゃないんだから、甘えた声を出すな。

 こんなことを思う僕は、異常でしょうか。

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 という相談を受けたら、あなたはどう答えるだろうか?

 「君が言うとおりだよ!」
 「ちょっと、考え方が乱暴だね」
 「きゃ~、こわぁい」

 このように、様々な反応があることだろう。
 それは、品ということについて、価値観がまちまちだからだ。

 人として、サラリーマンとして、品はあったほうがよい。
 誰しも「品がない」と言われるよりは、「品がある」と言われたほうが、気分がよいはずだ。

 だが、世界中どこの国でも、品の定義は立法化されていないので、品の基準は個人の中にだけある。

 品がなくても、甘やかしてもらえるのが世間の暖かさ。
 だからこそ、息苦しくなく生きていられる。

 ただ、この人こそはと思った人には、やがて品をもって、見限られる。
 品がなくても世間はスルーしてくれるが、深く関わる人はスルーしない。

 そしてやがて、暖かいと思っていた世間も、品のなさをではなく、その人自身をスルーする。



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2008年5月 3日 (土)

火を吹く すずめ男

【 すずめ おとこ 】
 仕事のメールを読んでいる時、5分に1回以上のペースで舌打ちしている男。

 メールの中でも特に、メーリングリストや [CC:] [BCC:]で届いているメールに対して不満を持ち、すずめ男に変身する。


 同僚にすずめ男がいると、1日じゅう
 ちっ ちっ ちっ
 というさえずりが聞こえてくる。
 すずめが職場に迷い込んできたのかと思う。
 重度のすずめ男は「あ゛~っ」「なんでだよ」と独り言も多い。

 仮面ライダーの20話、21話ではドクガンダー幼虫、成虫が登場して旧2号と戦った。  舌打ちだけの「すずめ男」を幼虫とすれば、独り言を伴う男は「すずめ男成虫」である。

 すずめ男の前、左右に座っている人は、さえずりが聞こえてくる度に憂鬱になる。
 すずめ男が部下の場合は「なに怒ってるの?」と穏やかに対応できるが、
 すずめ男が上司の場合、誰も「舌打ちはやめてください」と言えない。

 すずめ男の舌打ちは伝染する。
 燃えさかる怒り、苛立ちの火は、延焼するのだ。
 いつのまにか隣の人も、すずめ男に変身している。
 すずめ男2号の誕生だ。
 すずめ男ウィルスは男にしか効かないようで、すずめ女というのは見かけない。

 すずめ男の舌打ちをやめさせる方法はない。
 人事部に訴えるのは、大人げない。
 メンタルヘルス窓口に相談しても、結局、相手にその声は届かない(届いたら怖い)
 すずめ男が舌打ちで示す怒りは、周囲の人のストレスに転化される。
 企業がすずめ男を飼っていると、周囲の生産性が落ちて、被害を被る。
 人事部は管理職研修で、舌打ちや苛立った奇声を発することを慎むよう指導するとよい。

 やめさせる方法がないからと言って、報復に舌打ちを返したら、その日から自分もすずめ男だ。
 すずめ男対策は「怒りに対して、怒りの報復をしない」と決めることしかない。
 報復しないと決めたら、聞き流せるようになる。
 それでも、5分に一度のさえずりは、否が応でも聞こえてくる。
 時には「この人、死ぬまで怒り続けるのか?」と呆れてしまう。
 呆れるようになったら、ひとまず、すずめ男変身の危機は脱している。


 作家 西村ヤスロウは「彼女はなぜフグになるのか」ソフトバンクパブリッシング 2003年12月 で次のように書いている。

 「チッ」と音に出すことで、怒りの気持ちが緩和される。これを思考停止または、ストップ法という。
 舌打ちの多い人を見ると「人間ができていないやつ」と思うものだが、そうではない。彼は、沸き上がる怒りを必死に抑えようとしている平和主義者なのだ。

 そう言われてみると、確かにすずめ男は根っからの悪党というよりは、小心者が多い。そう考えれば、ますますさえずりは聞き流せるようになる。

 世の中の人は今、とても怒っている。
 他人の怒りを鎮めることはできない。
 新たに自分が、怒りのすずめ男に変身しないことで、世の中の怒りが薄まっていく。



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2008年3月 8日 (土)

心の壁に貼り付いた言葉

心に残る言葉がある。

もう、終わってしまった・・・

いま、ピアノ鳴りましたか?

焼き海苔をそれだけ、頬張った時のように
心の壁にぺたっと貼り付いて、離れない。

この言葉を聞いたのは、学生の頃だ。

その当時、僕は一ヶ月の食費を15,000円で暮らしていた。
特に切り詰めているというわけではなく、当時の収入に見合った予算がその金額だった。

その頃、僕の友達にワタナベ君がいた。
高校ではボクシングをやっていたという彼は、いつも頬がこけて痩せていた。
見るからにハングリーな目つきだったが、実はそのお腹もハングリーだった。

彼は貧乏だった。
食費15,000円の僕はたまに、インスタントラーメンを食べることはあったが、ワタナベ君は毎日がインスタントラーメンだった。
それも、1袋のうまかっちゃんを2つに割って、朝と夜に食べていた。

お昼休みになると、僕らは学食に集いお昼を食べる。
1日の食費が500円の僕は、380円の定食には手が出なかったので、もっぱら180円のカレーを食べていた。

だが、ワタナベ君は下宿でおにぎりなどを作ってきて、そこで食べていた。

ある日、ワタナベ君は持ってきたサンドイッチ一切れを大切に食べていた。
それを見て、お腹空かないのか?などとつっこむ人は、もういなくなっていた。

最後の一口を飲み込み終えた時、ワタナベ君がつぶやいた。

もう、終わってしまった・・・

一日の中で食べることは、とても楽しみなことだ。
食べる、寝るという機会は、ほぼすべての日本人に毎日訪れる。
右肩上がりの会社経営者や、買った株が毎日上がるという人でもない限り、寝る、食べるということがその日訪れる唯一の楽しみという人は多い。





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2008年2月23日 (土)

あなたの歴史を書き出すフォーム集

 あなたの歴史を書き出すフォーム集を作りました。
 こうして、書き出していくと、なんて脳はいろいろなことを記憶しているのだろうと驚きます。
 書き終わる頃には、あなたはブログを始めたくなっているかも知れません。

 え?もう始めている。
 それならば、しばらくネタに困らないでしょう。


アイドル 長い間好き、応援している。けれどまだ会っていない憧れの人 
アルバイト したことがある職種 
【例】郵便配達 ウェイトレス
家 これまでに住んだ家
椅子 これまでに住んだ家、勤めた会社で座った「自分の椅子」
一番 一番になったこと。一位になったこと。 
【例】中2 2学期期末試験国語 学年1位


外国 行ったことがある外国
クルマ これまでに乗ったマイカー
携帯電話 これまでに使った携帯電話
芸能人 これまでに会った芸能人
恋人 恋愛相手
交通事故 加害者になった事故、被害者になった事故


サイン これまでにもらった有名人のサイン
信じられないような幸運
 
【例】10万円の旅行券が当たった 急に用事ができてキャンセルした飛行機が墜落した
スポーツ これまでに部活や習い事、自ら取り組んだスポーツ


大会 なにかの大会で1位になった履歴。なければ2位。
 
【例】町内オリエンテーリング総合1位
都道府県 行ったことがある都道府県
友達 親友と呼べる友達、交際した異性


入院 病気や怪我の入院歴


パソコン これまでに自分で買ったパソコン
犯罪 これまでに犯した犯罪・軽犯罪
 
【例】舗道で唾を吐いた コンビニで20円のチョコを万引き
文通 手紙で文通した相手と、そのきっかけ
本 長く心に残る本、親、恋人、子どもに勧める本


めがね これまでに使った眼鏡


夢 まだ現実になっていない、心に暖めている希望
 
【例】国体に出る 南の島に住む


ライブ ライブに行ったことがあるミュージシャン


 紙に書くのがためらわれるようなことは、エクセルに書き、パスワードをつけて[保存]するとよいですよ。



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2008年2月 6日 (水)

私もファックするから

 僕はまだ会社に入りたての頃で、いわゆる初な年頃。
 美人の人妻にファックしてと言われるのは、かなり心臓に負担がかかりました。

 人妻の彼女とは仕事上のパートナー。
 月に一度会うだけでした。
 日頃は彼女が、その地域の量販店を1人で販促しているのですが、月に一度、僕が出張で現地入りした時に時間を作り、半日ほど一緒に回るのです。
 それは「同行」(同伴ではない)と呼ばれるルーチンワーク。

 ただ、刺激の少ない地方都市に都会の街から嫁いできたという彼女は、刺激が受けられると思っているのか、大都市にある支社からやってくる僕との月に一度の「同行」をとても楽しみにしてくれていました。

「いつもmoto君と回るのが、とても楽しみなんよ」
 そう明け透けに言われると、面食らってしまい、僕は何も言えませんでした。

 「同行」の主旨は、販売促進の指導。
 最新の商品知識や、他の地域の店舗情報、業界の動向などを僕が店主に説明する。それを横で聞いて、彼女は翌日からの仕事にいかすのです。

 営業ですから、説明と同時に注文も取ります。
 当時はパソコンやハンディ・ターミナルはもちろん、インターネットもないので、注文書は紙にハンコをもらってくる。
 店主も気を遣って、いつもより注文数を増やしてくれたり、棚をごっそりウチに替えてくれたりして、僕の顔を立ててくれるのです。

 彼女たちは成果給。こうして同行した時の注文は、他の営業社員も皆、彼女たちセールスレディの実績につけていました。
 僕ら営業社員は、その地域の売上に責任を持っているので、誰の実績でもかまわないのです。
 そうして実績を付け替えてあげることで、人間関係が親密になるし、また頑張って数字を上げてくれるようになるので、僕らは喜んで、とってきた注文書を渡していました。

 注文書は彼女が持って帰り、あとでFAXしたり、急ぎの注文では僕が持ち帰り、後で控えをFAXしてあげたりする。

 午前10時頃落ちあって、地域のあちこちの量販店を回る。
 そして午後2時頃、ちょっと遅いお昼ご飯を食べて、他愛のない話をして別れる。

 そして別れ際、僕が最も恐れるいつもの言葉が出るのです。

「moto君、あとでファックして! 私もファックするから!」


 あのぉ、世の中ではそれはファックスなんですけど・・

 「ス」を略すな!

 純情だった僕は、そのことを結局彼女に言えなかった。
 彼女は今も平気で「ファックして」を連呼しているのだろうか?
 それがきっかけで、おかしなことになっていないだろうか?
 それとも誰かに注意されて、きょとんとした顔で、へぇそうなんだと言っただろうか。
 どこかで、このブログを読んでいないことを祈る。

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2008年2月 5日 (火)

ファックしてね!

 今日のお話はR18です。
 このタイトル、会社では読めませんね。
 スクロールしてタイトルをロールアウトしてから読んでください。


 これを読んでいる男性の皆さん
 女性から、こう言われたことがありますか?

「ファックして!」

 僕はあります。
 一人だけですが、その女性から10回は言われました。
 随分昔の話ですが、今も時々思い出します。
 いつも別れ際に彼女は一度だけ、こういうのです。

「ファックしてね」

 彼女は人妻で、僕より年が10歳くらい上でしたが
とても明るく、朗らかで厚化粧・・
回りの皆から美人と言われる綺麗な人でした。

 僕が出張でその街を訪れたとき、どこかで待ち合わせて、彼女はクルマを駐車場に置いて、僕のクルマの助手席へ。
 半日ほどクルマで走り、クルマを降りてあちこちに寄り、最後はちょっと遅いお昼ご飯を食べて、日の高いうちにお別れ。

 そして、別れ際に彼女はいつもの言葉
「motoくん、ファックしてね」
と言うのです。

 これを読んでいる皆さんは、そのどぎつい言葉からして、人妻が耳元で甘くささやくようなシーンを脳裏に描いているでしょう。
 しかし、彼女は違いました。
 二人きりの時、こっそりと言うのではないのです。

 手を振りながら、満面に笑みを浮かべて
「ファックしてね!忘れないで」

 ある時などは、別れ際になってもその言葉がなく、あぁ今日は言わないんだとほっとしたのです。
 すると、言い忘れたのを思い出したらしく、歩き始めて10mくらい先から振り返って、大声で右手を振りながら

「後でファックするから!」

 僕は思わず、あたりを見渡してしまいました。
 幸い、田舎の町なので辺りに通行人はなく、ほっとしました。

 どうして、彼女は僕と会うと必ず
「ファックして」欲しいのでしょうか・・
 それも会ってすぐではなく、別れ際に。

つづく

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2008年1月 1日 (火)

文筆家

 ある日、あなたの友達が
「作家をめざしている」
 と言い出したら、どんな気持ちになるだろうか。

 応援しているよ
 がんばってね
 本が出たら知らせて
 一冊買うよ。その時はサインしないでね。ブックオフに売れなくなるから。

 多くの人が、こうした承認や冷やかしの言葉を贈るだろう。

 その人が、日頃からブログやミクシィ日記などを公開している人だったら、その文章について何か一言コメントするかも知れない。

 あなたが書く文章は読みやすいからね。
 いい視点をもっているから、きっと成功するよ。
 この程度の文章で作家なんて、バカじゃないの。

 最後の一つは、心にしまうはずだ。

 版元で編集の仕事をしていた。
 なんでも書きさえすれば売れそうな、有名人である。
 自費出版につぎ込む金が余っていて、自費でもなんでも本さえ出れば自分自身を作家と認められる。

 このいずれにも当てはまらない人が、作家を目指す道は、次から選ぶことになる。

 1,地道に版元に持ち込む。
 2,新人賞で入選する。
 3,何かをやらかして有名になる。

 2001年に国会に呼ばれた話を書いて1を試したが、どの版元ともご縁がなかった。
 新人賞は3回落ちた。
 今年は何かをやらかす・・わけにもいかない。

 毎日なにか書いてウェブにアップロードすることを7年続けている。
 今できることを、地道にやっていきたい。

 あけましておめでとうございます。今年も「しらべるが行く」を
 よろしくお願いします。



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2007年12月31日 (月)

2007年 しらべるが選ぶ5大ニュース

1、自民・民主大連立ならず
2、テロ特措法 継続ならず
3、オシム監督倒れる
4、苫米地英人、江原啓之のメディア露出について危険性を指摘
5、佐世保で銃乱射事件


 たとえルールが決まっていても「そのルール通りにやるのはおかしい」とぶーたれてよい。
 そういう見本を国権の最高機関「国会」でやっていることこそがおかしい。

 参議院が与野党逆転しようが、衆議院の優位が憲法で保証されている。
 それなのに衆院での再可決を「強行採決」と悪いことのような名前を付けて呼ぶ人々。
 野党政治家、評論家、メディア・・

 強行でもなんでもないでしょ。それは、ふつー採決でしょ。

 2005年9月の総選挙で野党が大敗したから、そういう状況になっている。
 負けた時、野党の代表がそろって口にしたことば。それは
「催眠術」

「国民をマインドコントロールしちゃいかん」
「小泉催眠術から国民が醒めてくれなかった」
「催眠術をつかってはいかん」

 選挙速報の生放送で、そんな危ない言葉を口にする野党の代表者を見て、開いた口がふさがらなかった。
 有権者が政治家に尊敬されている気はしなかった。

 審判にも勝者に敬意を表さない。スポーツならば二流選手だ。
 負けを棚に上げて、選挙に勝った方が悪い。ズルだと言っているチームが、国民の過半数の尊敬を得る日は遠い気がした。

 それを一気にがらがらぽんしてしまおうという大連立。
 成立しなかったのは惜しい。
 「民主党にはまだ政権を担当する能力があるとは言い難い」
という謙虚な発言はすばらしかった。その言葉にこそ、政権を担当する能力が垣間見えた。

 国と地方の借金が800兆円。
 日本国債の格付けは先進国最低。

 そういうニュースと、将来のさらに質素な暮らしは人々の心で結びつかない。

 政治に圧倒的なスピードが必要な今、大連立は起爆剤だった。
 だが、2008年度予算はまた、小泉政権前の借金先送り、支持者ご機嫌取り路線に舵を切った。

 5大ニュースを選んでいて痛感したのは、相手に敬意を表することの大切さ。
 目覚めぬ人のニュースが多いなか、オシム監督の回復は嬉しかった。
 戦禍を逃れ、平和の国 日本を率いて世界に挑む。その挑戦が途絶えたのは惜しい。
 今からでも遅くないから、もう一度監督に戻してもらいたい。

 それでは、皆さんよいお年を!



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2007年12月12日 (水)

ちびの話2

 全国の犬ファンの皆さん、お待たせしました。
ちびの話後編です。

 常夏のハワイみたいに乾燥した暑さ
 ちびは小屋の中で日の光を避けていたんだけど、僕がやってくると、すたすたと力ない足取りで、小屋から出てきてくれた。

 やぁ元気かい?ちび
 なんだかつかれてるじゃないか。

 そうなんだ。
 この暑さでもうへとへとだよ。

 そう言ったちびの脇に置いてあるブリキのお椀がひからびている。
 僕は、そのお椀を見てすべてを悟った。

 ちびは「ん?どうしたの?」ときょとんとしている。

 次の瞬間、僕はブリキのお椀を手にとって走り出したんだ。
 あいにく、庭には水道なんてない。

 でも、堤防の向こうには川が流れている。
 その川の支流の小川がその堤防の手前に流れている。

 僕はブリキいっぱいに、小川のせせらぎをすくい取って
大切に一滴もこぼさないよう、そろりそろりと戻ってきたんだ。

 その時の君を忘れない。
 もう数十年経った今も、思い出して今三度
鳥肌が立ったよ。

 僕の姿を見た ちびは首輪につながれた紐が切れそうになるほど駆け寄って、大きく前足を上げて迎えてくれた。

 それはまるで暴れる馬のようであり、モーターバイクのレースで勝ったバレンティーノ・ロッシのウィリーのようだった。

 まぁそんな面倒な描写を小学生の僕は知らないから
とにかく、わっ、これ? 当たり?
 やっぱり。そうだろ そうだろ、な ちび。

 僕はその1年後、父親の転勤に連れられて、フェリーで本土まで3時間もかかる離島に引っ越した。

 ちびのことを、なぜ今日思い出したんだろう。

 もう犬の寿命からして、とっくに天国にいる頃だよね。
 僕は生涯で犬を飼ったことがないし、これからも飼うつもりはないから、ちびが僕にとって最初で最後の犬の友達だった。

 あの頃、犬語翻訳機があったら、どうだったかな。
 でもきっと僕は買ってもらえなかったな。
 科学と学習だって、毎月は買ってもらえなかったし。
 100円のジャイアントロボのソフビはおこづかいを貯めて買ったから。

 でもそれ、ちびと僕には要らなかったな。
 心通じ合う二人に、言葉は要らない
 

なんつって ^^;)



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2007年12月11日 (火)

ちびの話

 世の中には犬と猫が好きな人がたくさんいる。
 ミクシィを数年やっていて、改めてそれを実感している。
 ミクシィでは自分の写真をプロフィール写真にしている人はほとんどいない。

 クルマ好きな人が、マイカーの写真を。
 サッカー好きな人が、応援している選手の写真を使うように、犬や猫が好きな人は、そこに自分を投影した世界が広がっているのだろう。

 それは小学校3年生の頃
 越境入学で近所に友達が少なかった僕は、ある夏の午後
住んでいる県営住宅を散歩していたんだ。
一人でね。

 その住宅は15棟くらいあって、子どもの足で端っこから端っこまで行くのはけっこうな距離があった。
 住宅の東には堤防があって、大きな川が流れている。
 川は僕らの住宅の手前で90°右に曲がっていて、水を堤防にぶつけて向きを変えていく。コンクリートになる前は、よく堤防が切れて、住宅は水浸しになったという。

 夏になると、子ども達はそこで泳いでいた。
 台風の時は水かさが増して、まさに堤防を越えて来そうだった。
 いつもその川は「ざーっ」と流れているのだが、そういう日は濁った水が「どぷぷぷ」と流れていて、それは不気味で怖かった。

 その堤防に一番近い山田さんの家には一匹の犬がいた。
 ちびという名前のね。ちびと言っても体はそこそこに大きかった。

 それぞれが一戸建てだし、そもそも当時はペット禁止という時勢ではなかった。
 でもその住宅で犬がいたのは山田さん家のちびだけ。

 散歩の終着点にちびがいる

 その日はとても暑かったんだ。
 「暑い時は水を飲んではいけない。また汗が出るから」
と体育の先生が言っていた。
 甲子園で「水を飲ませてください」と審判に頼みこんだ投手が、却下されてマウンドに戻されていた。
 今とは価値観が180度違う時代だったから、僕は喉がからからになりながらも、水分補給という考えはこれっぽっちもなかった。

 山田さん一家は子どもがいなくて老夫婦ふたり。
それとちび。

 その日、山田夫妻は朝から出かけていたみたいで
いつも置いてある愛車のカローラがなかった。

 車庫の脇がすぐ家の縁側で、そこにちびの小屋がある。
いつも僕がちびと会うのはここ。
 犬と散歩するという時代でもなかったので、僕はつながれたちびしか見たことがなかった。

 湿度という言葉も知らない。
 からからに干からびたような夏の午後。
 人気はなく、風鈴の音も聞こえない。

 こんな日に、ちびはどうしているだろうか?

明日につづく





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2007年12月10日 (月)

最近ガラスを割ったのはいつですか?

 窓ガラスを壊して回るのは尾崎豊くらいで、普通の人はガラスを割ろうと思って割ることはない。 「あれ?割れちゃった」のである。

 子どもの頃、佐世保独楽を投げて回す特訓をしていたら、独楽がすっぽ抜けて玄関のドアが割れた。
 ガラスのそばでモノを投げるのは危ないと学んだ。

 その数年後、風呂のドアを蹴飛ばしたら、ガラス戸が割れた。
 足の裏を切って病院に運ばれた。
 素足でガラスを蹴るのは危ないと学んだ。

 その数年後、今度は手で風呂のドアを叩いたら、ガラス戸が割れた。
 時代は変わっても、ガラスのもろさは変わらないと学んだ。

 その数年後、僕は熊本県の山奥にいた。
 まだ高速がなかった頃の219号線。
 「助かりません。救急車到着まで1時間」
 という道路脇の看板が、ドライバーに慎重な運転を求めていた。

 まだその頃、携帯電話はない。会社への連絡は公衆電話だった。
 電話ボックスを見つけて、クルマを離れた僕は、そこで、キーを詰めてしまった。
 救急車が来るのに1時間なのだ。恐らくJAFを呼んでも1時間半は来ないだろう。
 近くの河原に降りた僕は大きい石を拾ってきて、窓を割ることにした。

 フロントガラスを割ると、風圧で運転しづらいし、高くつきそうだ。
 後部座席のドアガラスならよかろう。
 ガンガンと窓を叩く。
 ところが10分ほど経っても、窓はびくともしなかった。
 意外とガラスは割れないものだと学んだ。
 (結局JAFを呼んだら30分で来た。田舎では救急車よりJAFのほうが早いと言うことも学んだ)

 その数年後、格子状に針金が入ったサッシを蹴ったら、放射線状にヒビが入った。
 ガラスには割れやすいポイントがあるのだ。靴を履いていたので、キック力も強力だったかも知れない。
 次から蹴る時は、窓枠を蹴らなければならないと学んだ。

 人生の学びは奥が深い (バカは死ななきゃ直らない とも言う)





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2007年12月 8日 (土)

揺り戻し

 「ヘルプデスク」という部署に勤めている友達は、ある日今井さんという社員からの問合せの電話に、うまく答えられなかった。
 その時、今井さんからこう言われたという。

 「そこは問合せをしたら何でも完璧に答えるのが仕事じゃないの?全然ヘルプデスクになってないよ。それじゃヘルプレスデスクだ」

 この今井さんに見られる傾向をしらべるでは「揺り戻し」と定義している。

まじめにやっているのに
ルールを守っているのに
お金を出して買ったのに

僕はこんなに・・
だけど相手のこの様はなんだ
こういう心理を「揺り戻し」と呼ぶ。

 自分は誰からも後ろ指さされぬよう努力している。
 人間は誰もがそのように真摯に努力するべきだ。
 努力を怠り、結果が出ていない相手はクズだ。

 こういう「べきべき君」の思考回路は「揺り戻し」によって起こる。

 ある時点まで(あるいは、今もあるテーマにおいては)
自分も不まじめだった。
ルール違反をする横着者だった。
お金がなくて買いたいけど買えなかった。

 だが、何かのきっかけで成長して考えを改める。あるいは状況が変わる。
まじめになった。
ルールを守るようになった。
お金が入って、買えるようになった。

 そうなると、人は自分が好きになる。
 多くの人にキモいと言われている「自分探し」という行為の終点は、この自分を好きになることだ。

 子供の頃から、愛と感謝に満ちた家庭に育った人は、元々他人を攻撃する素養がない。
 ゆえに自分はこんなに努力しているのに報われない。
 他の人も同じように努力するべきという「べき論」思考に至らない。
 このような人に「揺り戻し」は起こらない。

 「揺り戻し君」は成長してどんどんいい人になっていき、ますます自分を好きになる。
 だが、元はといえば「嫌いな自分」がいたことを深層で覚えている。
 ある時、それが他人を攻撃するという形で現れる。
 攻撃しているのは、かつての自分自身。

 揺り戻しを超えることで、幸せが訪れる。
 揺り戻しを超える方法は確かにある。
 だが、それは自ら学ばなければ身につかない。





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2007年10月15日 (月)

カリスマに見せる方法

 カリスマであるかのように振る舞うにはこうすればよい。

自嘲気味に謝らない卑屈な謝り方をしない。心の底から謝る。

低くてよく通る声を出す。

礼儀正しくする。

人が笑っている時は笑わず、クールさを装う。
 周囲に「なぜ、この人は笑わないのだろう?」と考えさせる。こうしておくと、いざ笑顔を見せた時の印象が強い。

人が苦い顔の時笑う。
 格の違いを相手の潜在意識に刷り込む。

びしっと決めた後に「なんてね」と言わない。

川端康成やリンカーンなど古人のエピソードを引き合いに出す。
 「あぁそれはリンカーンだね」というように名詞だけ持ち出すのは、雑学くんと思われるだけなので、絶対にやってはいけない。

前置き、言い訳を抜いて本題で話す。

相手に先攻で十分に話させてから、短く自分の意見を述べる。
 論評をくわえない。相手の言ったことを「まとめ」てはいけない。それは単なるずるい奴。

宴会では二次会の前に爽やかに消える。
 謝ったり、言い訳したり、ドロンしますとか言わずに「じゃ私はこれで」と一言だけ残して消える。
 「次はどこに行くのかなぁ?」ととぐろを巻くその他大勢の人は、差をつけられた気分になる。単に二次会に行く金がないだけなのに、周囲には個人の時間を大切にする人なのだという印象を与えることができる。

いい大学を出る。
 東京大学を出ているというだけで、相手は威圧感を感じる。二人の人が黙っている時、東大出の人たちが黙っていると思慮深くみえるが、二流大学の人が黙っていると、アイデアが貧困にみえる。



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2007年10月 4日 (木)

・・ではない

 思い込みと違うこと、必ずしもそうではないことは多い。
 しらべるでは、そんな「ではない」を日頃から書き加えている。

■「ガッツポーズ」という言葉の由来はガッツ石松ではない。
■ 手話は世界共通ではない。
■ 団塊ジュニアは「団塊の世代の人のこども」という定義ではない。
■ B型肝炎はB型の人がなる肝炎ではない。
■ Copyright 1988-2006 という表示は「1988年から2006年の間、著作権で保護されていますよ」という意味ではない。
■ 活断層は活発に動いている断層ではない。
■ 消費税は消費者に払うことが義務付けられているわけではない。
■ PTAは父母と先生が懇親を深め、二次会はカラオケで盛り上がる会ではない。
■ 東京は日本の首都と定義されているわけではない。
■ クリスマスはキリストの誕生日ではない。
■ ファミリーマートが開発した「ボンカレーパン」はボンカレーが入っているパンではない。
■ 大阪の「いかやき」はいかの丸焼きではない。
■ 「からすみ」は博多の名産品ではない。
■ 「無期刑」は生涯出獄できないわけではない。
■ 「ラマダン」は1ヶ月何も食べないわけではない。
■ 「鶴田真由の節電隊」は鶴田真由が会社を回るわけではない。
■ 「ライ麦畑でつかまえて」は、いかした女の子がライ麦畑で彼氏と鬼ごっこして「捕まえられるなら、捕まえてみて~」と戯れる本ではない。
■ ワーキングホリデーは働く休日ではない。
■ 四国アイランドリーグは、力の衰えた元プロ選手の受け皿ではない。

 ”ではない”ならば、では本当はどうなのか?
    ↓
 しらべるの記事「ではない」をご覧ください。

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2007年9月22日 (土)

しらべるが行く 2周年

 今日は、このブログを始めてから731日め。
 つまり2年と1日。3年めに入った。

 ウェブサイト「しらべる」の方は2000年4月20日に始めて以来、7年5か月 毎日更新を続けている。

 このブログ「しらべるが行く」は毎日書こうと思って始めたのではないが、つい毎日続けてしまった。
 ここまで続けてしまうと、もうやめられない。

 なにかを毎日欠かさず続けることは子どもの頃からの習慣だったので、とても自然なことだ。
 息をしているとか、ご飯をたべているとかそういうことではなく、今も毎日続けていることをリストアップすると10は下らない。

 短いものは4か月。長いものは20年。
 たまには、どれかをやめるという見直しも必要なのではないかと、検討してみるのだが、どれもその決断に至らない。
 さほど、大きな価値があるとは思えないことでも、次の理由があるから、やめるに至らない。

・ここまで続けてきたから記録が途絶えるのがもったいない。
・まったく負担にならないので、やめるまでもない。

 また「しらべるが行く」を読みにきてください。

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2007年7月23日 (月)

と言いたい

 牛丼 大盛り1つ と言いたい

 と言ったら店員さんが、困った顔をするだろう。

 あなたをとても愛している と言いたい

 と言ったら、恋人はあなたの人格を疑うだろう。

 「と言いたい」は
 ことばの責任をとりたくない場合や、予め言っても仕方ないことが自明な時の表現方法。
 お前は何様なのだ?と言われないための逃げ道としても使われる。

■経営者は退陣しろと言いたい
 ことばに責任は負えないが、そう思っている。
 直接相手に言う度胸はなくて、陰で言うケース。

■社会保険庁は給料を返せと言いたい
 言っても仕方ないことだが一応言っておきたい。
 自分はこう思っているぞということを、とりあえず宣言しておきたいケース。

 別にあなたが言わなくても、周囲の誰もが思っていること。
 それを代表すれば、自分では思っていても文章にするまでに至らなかった人、口に出す度胸が無かった人たちの共感を得ることができると計算して、モノ書きやお調子者がよく使う言い回し。

 「個人的な意見ですが」
 という品格を疑う言い回しと並んで、みっともない。

 と言いたい

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2007年6月22日 (金)

ワンフレーズ**

 日本が生き残る道は、ハイテク・アニミズム国家である。
 いかなるテクノロジーに立脚した国家であれば、人間の欲望をコントロールできるか? いかなるテクノロジーを発展させれば、自然と共存する喜びを分かち合えるか?
 いかなる産業社会を構築すれば、環境と経済を両立させて、持続的文明社会に向かいまい進できるか? 

 さて、上の文章を読んで、概要が理解できただろうか。

 知る限りの言葉の組み合わせを、複雑に絡み合わせれば、長い論文を書いたり、長い時間の講演で話すことができる。

 ことばを操ることが許された人は、それを快感と思うのかも知れないが、聞いている人、読んでいる人にはわけがわからないことが多い。

 ことばは一瞬にして流れて行く。
 膨大な語数が一瞬で過去に流れ去る。

 その膨大な情報を処理できる人、できない人がいる。
 情報処理できた人は賛同して支持を与える。
 情報処理できなかった人は、ただやり過ごす(現代は「スルーする」と言う)

 情報がわかりやすいと、処理できる人が増える。
 賛同する人も増えて、支持する人も増える。

 情報をわかりやすくすることで、多くの支持を得る確率があがる。
 わかりやすくすることは罪ではない。
 わかりやすくすることは歓迎されるべきだが、その立場によっては、わかりやすくするとメディアに叩かれることがある。
 2006年、わかりやすい言葉を使って、メディアに叩かれた人がいた。
 だが、いかなる立場であろうが、わかりやすいことが咎められる世の中はおかしい。

 上記の文章を、わかりやすい言葉で置き換えるとどうなるか。
 あなたも考えていただきたい。

 エコロジー&エコノミー 環境と経済の両立!
 今こそ新しい生活文明を!

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2007年6月11日 (月)

舌打ち男

 今日もさわやかな朝だ。
 小鳥がさえずっている。

 ちっ ちっ

 不定期だが、キーボードを打つ軽やかな音の合間に聞こえてくる。

 時々、さえずりにまじって
 「ろ ろ ろ」
 という変わった音も聞こえてくる。

 あ゛~っ
 んだよ

 小鳥のさえずりかと思っていたのは実は舌打ちで、
 舌打ちは、いつもの独り言に変わった。
 今日もまた、同僚の舌打ちと独り言が静寂なオフィスに響き渡る。

 舌打ちは周囲の人の気持ちを暗くさせる。
 メールを読みながらメールの文面に向かって怒っているのはわかる。

 ただ、そのメールに書かれている内容はわからない。
 誰のどの行為について怒っているのか、周りにはわからない。
 怒っている対象は目の前にいる自分達なのか?
 それとも、ここには居ない違う部署の誰かなのか?

 舌打ち男に悪気はないのだろう。
 だが、職場の空気を悪くする罪は大きい。

 バンダイの食玩「小鳥のさえずり」シリーズでも職場に置いて、対抗したら面白くなるだろうか。なるわけないけど。

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2007年5月26日 (土)

想像でモノをいう

 業務連絡には必ず「よろしくお願い申し上げます」を付けないと感じが悪いよ。受け取った人にきっと反感を買うと思う。

 「売上データの件数が1件少ないのは、佐藤さんが例外処理で1件削除したんだと思うな。そうじゃないと、理論的に起こりえないよ」

 想像でものを言う人がいる。
 根拠は何もない。
 だが、確信を持っているかのように言う。
 その思いは、絶対に譲らない。

 想像でものを言い、その想像に対して誰かが反論する。
 想像でものを言い、その想像に対して誰かが同意する。

 話は展開して行き、時間が過ぎていく。
 だが、結論は出ない。
 出るはずがない。
 想像上の話だから。

 暇なのである。
 時間がつぶしたかっただけなのだ。

 本当に時間がない人は、想像でものを言い合う時間がない。
 締め日までにあとクルマを1台売らなければならない人は、結論の出ない打合せや会議はしない。ただ、クルマを売って歩く。

 「よろしくお願い申し上げます」を付けるべきかを知りたければ、その文書を受け取る数人に意見を聞けばよい。

 売上データが1件少なければ、佐藤さんに「データ消しましたか?」と聞けばよい。

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2007年5月25日 (金)

告白病

 2002年9月、しらべるに「告白病」について書いている。
 確か、このことばは村上龍の著書にあった。

告白病
 日頃、陽の当たらない人がたまに意見を求められると堰を切ったように、自分の生き様までしゃべってしまうこと。

 告白病の人を邪険にするよりは大切にした方がものごとはうまくいく。
 告白病は自らが陥らぬよう注意したい。

 原文を丸写しにするわけではなく、自分の解釈をくわえて自分の言葉で定義する。それに自分の考えを加える。
 数千ページにわたるウェブサイトなので、実は自分でこういうことを書いたことも忘れている。
 今こうして読み返すと、なんだか冷たい。
 書いた時の心のありようが映っている。

 数年経ったとき、今の自分だったらどう書くだろうかと考えて、書き直すこともある。ただそれは、ページ別分析でページビュー(閲覧数)が目だって増えているページしか手が回らない。
 この「告白病」ページは短期の集計でも上位に入ったことがない。

 このことばは、自分が心に刻みたいと思って載せた。
 自分の現状の中に、告白病といえる状況があったからだ。
 それ以来、ずっと告白病のスイッチはオフになっていた。

 これから先、告白病を演じることはあっても、告白病になることは自ら戒めるだろう。

 時間は未来から過去に流れている。

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2007年5月 4日 (金)

これはこれで嬉しい合コン

 金曜の夜に似合う華やかな服装に身を包んだ鈴木さんと佐藤さんが10mの距離に近づいた時、田中さんが振り向いて二人を視認する。

「やばいっ やばいよmotoちゃん!鈴木さんと佐藤さんだよ」
 え、どうしたんですか? は、鈴木さん え、どこどこ?
 どこまでもぼける。

「やばいって」
 街路樹の植え込みに隠れる田中さん、僕ら三人は大爆笑をこらえて、さらに追い打ちをかける。

moto「あれ?どうしたの」
鈴木「えぇ?motoさんだ~ 今から私たち合コンなんですよ」
moto「えっ奇遇だねぇ。僕らも合コンなんだ。ね、田中さん」

 なんで、俺に話しかけるんだ?と顔をゆがめつつ、瞬時に平静をつくって田中さんが街路樹から出てくる。

佐藤「なにしてたんですか?そんな所で 怪し~っ^^;)」
田中「いや、ちょっとね。え、なに合コンなの?あっそう ふーん」
 きっと彼の脈拍は100を超えていただろう。

moto「何時からなの?」
鈴木「6時からですぅ」
moto「あ、僕らもだよ。これまた奇遇だね~ じゃあと5分あるから、ちょっといこうか?」
鈴木佐藤「(声をそろえて)はい!」

田中「はいってあなた、え、何いってんの?」
 声にならぬ声で抗議する田中さんに目もくれず、僕ら3人は歩き出す。田中さん、何が何だかわからないと困惑した様子で着いてくる。

 5分後

 焼き鳥が美味しいその店で、二人ずつ向かい合ってテーブルを囲む。
moto「じゃ、合コンにかんぱ~い」

 え、合コン、え、そうなの?
 テーブルに崩れ落ちる田中さん

 「気づくの遅すぎ」
 そこから1時間は当日のリプレイで盛り上がる。

 サプライズパーティが楽しいのはこのリプレイタイム。騙された方も嬉しい誤算だからこそ、どれだけ言葉の洗礼を浴びても笑っていられる。

田中「いや、これはこれで嬉しいよ」
鈴木「これはこれで・・」
 また、そこから散々叩かれる。

 焼鳥屋で始まった合コンは、カラオケへ流れ、いつもの調子っぱずれな歌い納めをした頃には1時を回った。

 皆が言葉を飲み込んでおやすみを言った。
 こんなにも、楽しい時を過ごした仲間は明日にはばらばらになり、そしてこの同じ仲間が集うことはもう一生ない。

 翌日、彼は次の赴任地へ発っていった。

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2007年5月 3日 (木)

サプライズ・トラップ

 同僚の女性、鈴木さんと佐藤さんに声をかけた。
 この二人、職場でも異彩を放っている。

 今度、田中さんの送別会をやりたいんだけど、力を貸してくれない?

 支店の送別会はもうおわりましたよね。力ってなんですか?
 二人は怪訝そう。

 そこで僕はサプライズパーティの作戦を授ける。

 僕が田中さんに言う。
「田中さん、福岡最後の記念に合コンをセッティングしました。けっこう学生の頃の友達がいるので、声かけてみたんですよ。そしたら二人からOKの返事が来たんです」
 きっと、田中さんは「ほんと?いいねぇ」と乗ってくる。

 そこで僕は続ける
「ところが、この二人は僕の記憶でも史上最強の淫乱二人組なんですよ。さすがの僕でも手に余るというか。だから、どういうことになるかちょっと読めないんですよね~」
 と困ったものだという表情をつくる。
 田中さんはきっと万難を排して予定を開けてくれるだろう。

 そして、決行日
 ここまですべては予定通り。
 田中さんは朝から落ち着かない。
「motoちゃん、ほんとに大丈夫。どこまでもいっていいの?」
 そうですねぇ。そりゃ田中さんの気持ち次第でしょう。
「後腐れとかないのかな?次の赴任地に追っかけて来たりしないよね」
 あぁ、そういう娘たちじゃないですよ。だいたいそんなヒマじゃないと思うし。

 期待と不安を煽るための言葉はすべて言い尽くす ^_^;)

 金曜日の18時 まだ日は高い。
 待ち合わせの地下鉄の駅に10分前に着く。
「ほんとに来るの?」
 どうですかねぇ。けっこういい加減ですからねぇ。
まだ、やっている。

 田中さんが時計に目を落とした時、その肩越しに二人の姿が見えた。
 鈴木さんが僕ら二人を視認して、Vサインをつくる。

 僕は思わず、吹き出しそうになるのを必死でこらえる。

つづきは5月4日

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2007年5月 1日 (火)

サプライズパーティ

 これまでの生涯でサプライズパーティを3度開いたことがある

 その一度目のこと
 それはパーティと呼べる人数ではないかも知れない

 当時僕は職場の中ではとても厳しい立場にあり、権力闘争で言うならば非主流派といえる位置にいた。

 その時、同じ立場だった田中さんと意気投合した。
 二人でよく連れだって呑みに行き、愚痴をこぼし合った。
 女の子の話しもした。
 彼はよくこう言った。
 「職場の鈴木さんと佐藤さん二人に囲まれて呑めたら、死んでもいいな」
 鈴木さん、佐藤さんは社屋の中でもひときわ目を引くルックス。彼は二人にあこがれていた。

 田中さんは僕よりも少し年上だがとても腰が低く、人の話をよく聞く好青年。少し天然ぼけが入っていて、彼がぼけて僕がツッコむ。

 二人で振り付きで歌う「無縁坂」
 何度歌ってもハモリがずれる「夏の終わりのハーモニー」
 は周囲の爆笑を誘った。

 そんな二人に別れの時が来る。

 定期異動が発表されたその日、内示を受けた彼はまっさきに僕に言いに来てくれた。
「motoちゃん、おれ異動になっちゃったよ」
 何も彼が悪いわけではなく、僕に気兼ねすることなど何もないのに、彼はとてもすまなそうだった。僕がまた独りぽっちになるのを心配してくれていたのだろう。

 彼の出発まであと2週間となったある日
 僕はあることを思いついた。
 そうだ。サプライズパーティやろう。

5月3日につづく



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2007年4月20日 (金)

しらべる7周年

 2000年4月20日に始めた「しらべる」は今日で7周年

 7年間 毎日更新を続けてきた。365を単純に7倍すると2500ほどだが、実際には1日1記事というわけではないので、記事数はその2倍を超えている。

 長く続けていれば、相応に財産が増えるということだ。

 当初、特に20という数字にこだわっていたわけではないが、デコと出合った今は何かにつけて「20」という数字との縁ができた。

 この数字と自分が好きな39を組み合わせた 2039年までは、このしらべるの毎日更新を続けて行きたい。

 また、しらべるを読みにきてください。

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2007年4月12日 (木)

好意があるメールと義理メールの見分け方

 届いたメールを読んで、相手が自分に好意を持っているか、義理メールなのかはここで見分ける。

【 好意があるメール 】
?で終わる疑問形の文章がある。
ため口が混じっている。
「**を見に行きたい」のような直近の希望が語られている。
自分の肉親の話題に触れる。

【 義理メール 】
!で終わる感嘆文が多い。
すべて敬語と丁寧語。
「いつかは○○したい」という長期的な夢が語られている。
自分の配偶者や恋人の話題に触れる。

【 どちらともいえない 】
顔文字を使っている。

 さぁ、あなたも過去に届いた異性からのメールをチェックしてみよう!

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2006年9月22日 (金)

一周年

 今日は、このブログを始めてから366日め。
 つまり1年と1日。2年めに入った。

 ウェブサイト「しらべる」の方は2000年4月20日に始めて以来、6年5か月 毎日更新を続けている。

 このブログ「しらべるが行く」は毎日書こうと思って始めたのではないが、つい毎日続けてしまった。
 ここまで続けてしまうと、やめづらい。

 小学校の時、小1から小6まで6年間、毎日、日記をつけていた。
 2000日強、継続していたことになる。

 1年を超えて毎日継続していることは、生涯でこのブログが3つめになった。

 続くことの共通点は何かを自分に問いかけた。
 誰かがみているから?
 それは関係ない。

 結論として3つに共通しているのは
「自分にとって後々役に立つ」ということだった。

 ただ「しらべる」については、今後、人のために役立つということに重心を移していこうと思っている。

 こちらの「しらべるが行く」は、あまり役に立たないかもしれませんが、また読みに来てください。

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2006年4月20日 (木)

しらべる6周年

しらべるは今日で6周年

 6年間毎日1つ新しい記事をつくることを自らに課してきたので、そこそこの記事数になった。時々自分で見ていて、こんな記事書いたかなということがある。

 始めて1年半を過ぎた頃、ある記事がきっかけで国会に呼ばれた。

 感想のお便りをいただくこともある。

 だが、そういう反応はとてもレアなこと。

 毎日、何処の誰に向けて書いているという実感はなく、しらべたいと思ったことを、自分がわかるようにシンプルに言い切る。

 この生涯学習の旅はあと30年はつづくだろう。

また、しらべるを 読みに来て下さい。

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2005年12月30日 (金)

第100話

 9月に始めた「しらべるが行く」は今日で100日め
つまり第100話

 ブログというのは、これまでインターネット上でやってきたものの中でも格段に難しい。

 ウェブ記事よりもはるかに読者が目の前にいるように感じる。だから気が重い。
 だが、読んでいる人が想定できるミクシィ日記やメルマガ記事と比べると読者の顔が見えない。

 この感覚はきっと書籍の著者が感じている感覚に近いのだと思う。
 どのような文体で、誰に語りかけるのか、難しいからこそ勉強にもなっている。

 一つだけ予想外だったのは、まったくコメントがつかないことである。

 さて、私の記憶が確かならば・・
 しらべるには100という数字に因んだ記事が3つある。
 ぜひとも読んでいただきたい。

100円ショップ

100匹目の猿現象

100マス計算

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2005年12月27日 (火)

一期一会

 今から随分前の話しですが、僕は一度だけ横浜の中華街に行ったことがあります。
 横浜に住んでいたいとこが福岡から訪ねて来た僕にごちそうしてくれたのでした。
 何を食べたかも覚えてないのですが、席が円卓だったことと、いとこの子どもがまだ小さかったことを覚えています。

 大好きだったそのいとこは、誰もが名前を知っている会社に勤めその会社ではとても人気がありました。

 彼は僕が東京に来てしばらくして、若くして亡くなりました。
 それでもこうしていつまでも覚えています。

 彼が癌の手術が成功して入院していると聞き、仕事を終えて病院に会いに行きました。げっそりと痩せた彼に奥さんが付き添っていました。僕は「何か元気付けることを言うお見舞いの人」を演じなければいけないと思っていました。
 もう十数年前、中華街に連れて行ってもらったこと、今度は僕がご馳走しますよ!と畳み掛ける僕に、今ひとつの反応の二人。
僕は思わず
 「もう、治ったんだよね!」
と、妙に張り切った口調で言いました。だから、また行きましょうという意味で。
 その時の、目を白黒させて顔を見合わせる二人・・
そのシーンをコマ落しで思い出せます。

 あ、やっちゃったかな・・
 と思ったものの「え、まだやばいの?」と言うわけにもいかず病室を辞しました。癌の患者が常に再発の可能性と戦っていることを、きちんと認識したのは、この数年後でした。

 お通夜の斎場では、500個用意した会葬お礼がなくなってしまい、親戚の僕らは自分がもらっていた分を一旦返して使ってもらいました。

 この夏にそのいとこのお父さんが亡くなりました。
 つまり逆縁状態だったわけです。
 お線香をあげに行った時、いとこの話がでました。
 いとこは僕の母校の先輩ですが、長男を懐かしむ年老いたおばちゃんの口から意外な言葉が出たのです。

 「ゆうた(仮名)は高校では友達ができんかったって言ってたわ。
あの学校は進学の指導はするけど、人としての指導をしてくれんとよね」

 いとこのお通夜の席では、親戚から「motoちゃんはなんの悩みもなかごと、見えるね」と言われて苦笑いしました。よく言うよまったくと思ったのでしたが、亡くなったいとこも人生の中で何度かそんな思いをしながら、深い目で受け止めていたのかも知れません。

 「一期一会」という言葉は、目の前にいる人とは一生に一度今日しか会えないかもしれない。だから、悔いのない関係を築こうという意味だと教わったことがあります。
 今日出会う人、去っていく人、そして去った人の分だけ、また新たな出会いがあるでしょう。

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2005年10月19日 (水)

誕生日コレクター

 僕はいろいろなモノを集めるコレクターだが、モノだけでなく誕生日や記念日も集めている。

 営業1年生の時、宮崎の取引先でたまたま社長の奥様の誕生日を知り、それがきっかけでとても贔屓にしてもらえるようになった。確かに誕生日って誰かが覚えていてくれると嬉しいよな..と言うところから始まり、手帖に書き込んだ。ただ、手帖だと毎年 手書きで転記しなければならない。これはけっこう手間だった。

 1990年代にはいって、Lotus1-2-3で毎日の記録をつけ始めた時にそこに書き込むことにした。これならば翌年になったら、その列を366行コピーするだけで済む。

 こうして”集め”始めて随分になるが、未だに埋まっていない日がたくさんある。100日くらいは埋まっていない。先日、ここ数年行き来がない人を別の列に移動させたら、250日くらいが空白になってしまった。

 親しい人の誕生日にはメッセージを送るのだが、それに対しての反応はさまざま。特に男は九分九厘反応がない。ある時、それを女性に話したら「それは気持ち悪いよ」と言われた。なるほど、そうだったのか。 いや待てよ。男同士だからじゃなく、僕が気持ち悪がられているのかも知れない。

 人は、常に自らを省みる姿勢が必要である。

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2005年9月22日 (木)

しらべるが行く

 1995年に佐野元春さんのホームページをみんなで立ち上げた時、 魔法のような技術を駆使して絵のはいった画面が動くのを見ても、なんだかぴんとこなかった。 僕が知っていたのは、NIFTY-Serveの文字だけのパソコン通信画面だった。

 1年後、佐野さんのホームページを運用しているMIPSの仲間とパーティがあった。 彼らが話す言葉がなにもわからなかった。悔しかった。 そして、思った。自分も勉強してこの仲間に入りたい!

 インターネットマガジンをしばらく買って、勉強したのだけれど、何が何だかさっぱりわからなかった。 結局、3年ほったらかした・・

 1999年、暖めていた考えがまとまりつつあった。

 この発想はこれまでに誰もやっていないはずだ。

 でも、その枠組みを言い表す言葉がなかった。

 目黒の駅のホームを海に向かって歩いているときに、言葉がおりてきた

 「そうだ。しらべるで作ればいいじゃん」

 しらべる  この言葉に僕がやってきたこと、やりたいことが集約されていた。

 いったいこの言葉、あの時、どこから降りてきたんだろう?

 今日からブログでも、しらべるが行く。

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