2019年2月21日 (木)

しらべる6900日

2000年4月に始めた「しらべる」は今日で6,900日を迎えました。
毎日更新なので連続更新も6,900日となりました。
このブログ「しらべるが行く」は2,000日後に始めたので4,900日です。
いつも、皆さんが読みに来てくださるお陰です。
ありがとうございます。



2016年9月、それまで17年にわたりホームページを置いていたニフティの「@hpmepage」サービスが終了し、Googleで「しらべる」の記事が上位表示されることは少なくなりました。
Googleで上位表示されないということは、新しい閲覧者が増えないということです。
恐らく、こうして読んでいる方には、ブックマークしていただいている方が多いのではないでしょうか。
え?違う
それならば、今すぐお願いします(笑)



2016年9月まではGoogleを「しらべる」で検索すると、この「しらべる」が1番めに表示されましたが、現在は跡形もありません。
一方、現在はキーワード「しらべるが行く」が1番めに表示されます。

誰かにウェブサイトの在処を教える時、以前は「しらべる」で検索して!と言っていたのですが、今は「しらべるが行く」で検索してもらっています。
ただそれでは「しらべる」の方にはたどり着けないかも知れないですね。
今こうして読んでいる方にも「しらべる」ってなに?という方もいるかと思います。
そういう方はぜひ一度「しらべる」も覗いてってください。


「しらべる」は2000年当時「一瞬で意味がわかる用語集がない」ので、なければ自分で作ろうと思い立って始めました。
当時、まだウィキペディアはありませんでした。
ウィキペディアが始まった当初「百科事典」の項目には、ネット上の百科事典として「しらべる」が紹介されていたこともあります。

「一瞬で意味がわかる用語集がない」
という存在意義は、ウィキペディアや数多くのまとめサイトが整備された今でも失われていないと思います。

だって、PVは少ない。存在意義がない。では、続けて行く動機付けが保てないですからね。


これからもまた、読んでいただく皆さんが「こう書いてくれればわかりやすい」と思っていただけるよう、努力していきます。


これからも「しらべる」と「しらべるが行く」をよろしくお願いします。

~しらべる6900日に寄せて~

| | コメント (0)

2019年2月12日 (火)

一年に一度やって来る友達

年が明けると今年もそろそろ岩尾君からの電話がかかってくる頃だ

岩尾君との付き合いはかれこれ10年以上になる。
彼は営業で僕は営業を受ける側。
ここ数年、もう商談はなくなっているのだが、それでも彼はこの時期になると必ずやってくる。

1月の初め、滅多に鳴らない電話が鳴る
「今年もそろそろ、いかがでしょう」
今年はちょっと、早いね?
「そうですか?」
といったやりとりがあって、日時の約束をする。


指折り数えて待ったりはしないが、約束の日、僕は少しだけ明るい気持ちになる。
岩尾君はとても礼儀正しく、気持ちのいい青年であり、謙虚だ。
そんな人と会って気持ちが明るくならないわけがない。

そして、岩尾君とは「気が合う」
気が合うというのは、大抵において「話しが合う」ということを言うのだろう。



喫茶店で待ち合わせて、年長の僕が彼にコーヒーを奢る。
前払いのカウンターで僕が言う。
なんでもいいよ。好きなものを頼んで

「それじゃ、スペシャル抹茶ラテのラージで」

おいおい、本当に遠慮が無いなと、心の中で苦笑するが、そんな無遠慮に親しみを感じることができる。



岩尾君が商売にもならないのに、僕を年に一度、訪ねてくるのは、僕との話を楽しみにしているからだ。

共通の話題は「スポーツ」
岩尾君は「野球」で僕は「マラソン」
それぞれ、ルールも違うし、接点も少ないが、それぞれが取り組む「草野球」と「市民マラソン」で、この一年に起きた出来事を報告し合う。


「motoさんは今年はつくばでしたよね?」
彼に水を向けられて、僕が先陣を切る。
彼はノートを開いて、去年のメモを見ながら、質問してくる。
いろいろな人と話すけれど、彼のように「僕のメモ」を持ってくる人は見たことがない。

要点だけを話して、ところで野球はどう?
と水を向ける。

「実は事件がありまして」
彼が後攻を務める。
半年前、父兄ソフトボール大会できき手の指を骨折したのだという。
「リハビリをして、随分曲がるようになった」
という岩尾君の指は、それでもグーで握った拳から1cmは浮いていた。

指は人間の暮らしではとても役割が多い。
今でこそ、ペンを持って筆記する機会は減ったが、それでも何も書かないという日はない。営業の仕事をしていればなおさらだ。
お箸のコントロールがしづらいし、パソコンの「タッチタイピング」でも、スピードが落ちそうだ。
ボールを投げる岩尾君にしてみれば、難儀なことだろう。


僕はいつか「守備はファーストしかしない」という条件で、近所の草野球チームに入ろうと思っていたが、この日を境にきっぱり諦めることにした。

|

2019年1月14日 (月)

新元号 恒和

2019年元旦、年が改まるとすぐに、新元号発表日が2019年4月1日と発表されました。
4月1日から30日間は「次の元号を知っている」時間を過ごすことになりました。


今上天皇の生前退位という経験そのものが、現在生きている日本人にとっては初めてのことです。
生涯初めてのことであり、もしかするとこの先、生涯の中では2度目の経験はないかも知れない。
そんな出来事はあまりありません。

出生は一度きりですが、ほとんど自覚がありません。
死亡は予めわかっていてもワクワクはできませんよね。

入学、卒業、就職、結婚、出産
こうした人生の節目も一度ではなく二度、三度という可能性があります。

何があるかを探してみましたが、大抵の人に当てはまることといえば「定年退職」くらいでしょうか・・


ワクワクし過ぎて4月1日を大人しく待っていられない。そんな人は少なくないようで「元号予想」がメディア、企業によって行われています。


1月12日、読売新聞夕刊によると、ソニー生命が行った予想クイズの1位は「平和」でした。
これは、多くの人が願うことであり、元号にスローガンの意味を込めるとしたら、これ以上の基本理念はないでしょう。


役所の申請書では誕生日記入欄に元号のイニシャルが表記されることから、直近の「T=大正」「S=昭和」「H=平成」* は重複するため候補に入らないと思われます。

*明治元年(1868念)生まれの方がいれば今年151歳


しらべるが考える次代に望む元号は「恒和」(こうわ)
今、変換したところATOKの候補には出て来ませんでした。

恒久の平和を希求する
恒に和をもって貴しとなす
いつも(=恒)和やかに佇む


「和をもって貴しとなす」は聖徳太子の言葉として流布されている諺で、外国人からは日本人の特徴と言われることがあります。
それは「いつも仲良く諍いを起こさない」という本来の意味に加えて、全会一致に拘り、独断専行を許さない。つまりものごとの進みが遅いという揶揄でもあるわけです。
団体行動が苦手な僕にとって、これが一番の課題ですが・・

|

2018年12月31日 (月)

日本IWC脱退

1位
日本IWC脱退

日本政府は12月25日、IWC脱退を閣議決定した
英断である
このニュースを読売新聞夕刊の一面トップに見つけた時、そう思った。
その理由は以下の2つに集約される。


1,調査に基づく行動
捕鯨反対国は停止理由の一つに、一部鯨種の絶滅を挙げている。
これに対して日本の主張はこうだ。

①調査によると鯨は増え続けている
②増えすぎた鯨が人間の3倍を超える魚を捕食、人間が食べる分の漁獲量が減っている(ピーク時の半分以下)

つまり、長年捕らないために増え続けた鯨が大量に魚を食べるために連鎖バランスが崩れており、人類の食糧確保に支障を来すレベルまで来ているということだ。
日本は調査データを根拠として提案を続けてきたし、IWC脱退後もオブザーバー出席(議決権のない出席)して、情報提供を続ける。


2,食文化への干渉
1948年に設立されたIWC(国際捕鯨委員会)は、1982年に商業捕鯨停止を採択した。
それ以降現在まで、捕鯨は調査捕鯨と規制対象外の鯨に限られてきた。
元水産庁官僚である小松正之氏は、その著書で「哺乳類保護を叫ぶことが動物愛護団体という国内の票田獲得につながっている」と指摘している。

哺乳類だから食べてはいけないという理屈は通らない。
それを言うならば、捕鯨に反対しているオーストラリア、米国は牛肉食を禁止しなければならない。

頭脳が高等だから食べてはいけないという理屈は通らない。
仮に国際愛犬委員会という組織があったとする。
(国際的な組織は国際畜犬連盟FCIのみ)
もしそこで「犬食停止」が採択された場合、犬食を食文化としている国はなんというだろう。
恐らく、そういう国は不利益な採択が成された時点で脱退するだろう。
日本は商業捕鯨停止の「採択」からIWC「脱退」まで、36年にわたり「再開」への努力を続けて来た。


【IWCの歴史】
1948年
国際捕鯨取締条約に基づいて設立

1982年7月23日
商業捕鯨一時停止を決議

1999年
1992年には5か国だった捕鯨推進国が、日本、ノルウェー、ロシア、 大韓民国など14か国に増えた。
*規約改正には4分の3の賛成が必要

2004年
年次総会で日本は南極海の禁漁区撤廃を提案。投票権を持つ53か国中、賛成19、反対30、棄権2、欠席2。捕鯨推進側は19か国まで伸びた。

2018年
捕鯨支持41、反捕鯨48


日本は、脱退したからと言って好き放題捕るわけではなく、IWCが算定した枠組みに則った量に留める。変わるのは、捕獲の主体が民間に移り、場所が調査捕鯨の南氷洋から、近海(EEZ)に移るということだ。

スーパーの惣菜コーナーに廉価の「くじらフライ」が復活する日が待ち遠しい。


今年も「しらべる」「しらべるが行く!」を読んでいただきありがとうございました。
2019年も時々読みにきてください。お待ちしています。
よいお年をお迎えください!

|

2018年12月29日 (土)

V・ファーレン長崎30点 スポーツを支える文化

3位
V・ファーレン長崎ゼイワンで30点

初めてゼイワンに昇格したV・ファーレン長崎は、勝ち点30を獲得したが18位(最下位)となり、1年でJ2降格となった。
J1史上、最下位の勝ち点30は史上最高。2018年のゼイワンはクラブの力が拮抗し、最終節まで6クラブに降格の可能性が残るという激戦だった。
「ゼイワン」とはクラブの経営者である高田明社長が「J1」と言う時の訛りで、長崎のファン・サポーターだけが「ゼイワン」を常用している。

長崎のチームスローガンは「正々道々」
フェアプレーに徹し、苦境にも下を向かず立ち向かう。
FW澤田崇は一年間を無警告で終え、ゼイワンのフェアプレー賞を受賞した。

被爆県である長崎は平和を旗印としており、スポーツを通して平和をアピールしている。
2015年からは期間限定で「平和祈念ユニフォーム」を着用。
毎年、異なるデザインのユニフォームを作る。
2018年はサンフレッチェ広島もこれに倣い、8月の対戦は「ピースマッチ」と銘打って行われた。



長崎はゼイワンで最下位
ということはゼイワンカテゴリーでは「弱いチーム」ということになる。
それでは、J2に戻るとファンはいなくなるのかというとそうではない。
そこで問われるのが「支えるスポーツ」文化の成熟度合いである。

「弱いから応援しない」
「有名な人(上手い人)がいないから応援しない」
そう考える人が一定の割合でいることは確かだ。
そういう人は、スタジアムに足を運ばないだろうし、DAZNにだって入らないだろう。

弱くても応援する
有名な人が出て行っても、残ってくれた人、来てくれた人を応援する
そう考える人が、少しずつ増えている


これから先、V・ファーレン長崎にはサッカー専用スタジアム建設という希望が待っている。
手倉森誠新監督は「J1で優勝争いをする」と宣言している。
ただ、強くなった時に集ってくる人は、弱くなるとまた離れて行く人だ。

高田明社長は常日頃「サッカーには夢がある」と言い続けている。

勝っても負けてもいい
平和な日本だから娯楽がある
それに一喜一憂できる
それこそが夢だ
その夢を共有する人が増えたところに「文化」が生まれる

長崎に、日本に「スポーツを支える文化」が根付く日に向けて、何ができるかを考え始めた2018年だった。

|

2018年12月28日 (金)

しらべるが選ぶ2018年の5大ニュース

2018年は激動の一年だった
と語るメディアは少ないと思う。
激動か否かは相対的なものであり、個人によって事情は異なる。ただ、世界を見渡してこの一年を激動と呼べるならば、そのメディアは「煽りが命」か「何もないところに、さも何かあるようにでっち上げるねつ造メディア」ということになる。


5位
AIの停滞

2018年1月11日、SONYが新型AIBOを発売した。
1999年6月に発売した犬型ロボットは入手することが難しく、11月の再販でも即時完売した。
しかし、その後、売行は低迷し2006年3月末で生産を終えていた。
今回はものづくりSONY復活のイメージリーダーとして、12年ぶりの再販。

我が家にも一台(一匹?)と思い、AIBOを家に迎えて暮らす(飼う?)ための費用をしらべた。
初期費用が30万円、これに毎月の維持費、保守契約を入れると5年で50万円を超える。

そして、AIBOは喋らない
愛らしく、まさに犬のように振る舞う
でも、喋らない
僕が欲しいのは話し相手だ。
高価ならば、広く普及して値段が下がるのを待つ。


一方、AIスピーカー「アレクサ」は日々、進歩を続けている。
進化というほどではない。
世界中の「問いかけ」を学習して、受け答えできるパターンを増やしている。
一例を挙げると、以前ならば「明日、雨降る?」と尋ねると「明日の天気は?」という問いかけと同じ答えである「翌日の天気・最高気温・最低気温」が返っていたが、今は「雨が降ることはなさそうです」という答えが返るようになった。

AIおしゃべりロボットは、この一年、進化していない。
2019年には、そろそろ「本気で買いたくなる」あるいは、高いけれど「いつかは●●」と思えるロボットの登場を期待したい。


4位
史上初米朝首脳会談

2018年が始まった時、ドナルド・トランプ米国大統領と金正恩朝鮮労働党委員長が握手をするとは夢にも思わなかった。
2017年には、一発お見舞いするぞと挑発し合っていた二人である。
この会談の実現は、世界は予定調和の時を終え、今や何事も不可能では無いと思わせた。

「会談の成果が出ていない」と批判するのは的外れだ。
現にこうして今、人々は「地政学的リスク」に怯えていない。

|

2018年12月13日 (木)

参考になりましたは禁句だと思う

参考になりましたは禁句だと思う
もしも、言ってもいいとしたら、それは目上の人から目下の人。教える側から教えを乞う側という場合だ。



あなたは営業マンで、パワーポイントの資料をパソコンに入れて、売り込み先の企業にプレゼンにやってきた。
最も嫌われる「我が社の沿革」から入ったりせず、相手が知りたいこと、期待していることを、相手の立場で考え、起承転結でまとめてきた。
プレゼンは終始和やかなムードで進み、渾身一滴の決め台詞で締めた。

決まった

そう思った時、相手のお偉いさんがすっくと立って一言言った。

「いいねぇ。参考にさせていただきますよ」



あなたは社内の経営会議で、事例発表を命じられた。
過去一年間取り組んできた業務改善が、徐々に実を結んで来ており、それが経営陣の目に留まったのだ。
エライ人が嫌う、不必要なアニメーションは使わず「社内プレゼンの本」で研究した、シンプルな構成でまとめた。
発表中、経営陣は誰もが熱心で、珍しく居眠りしている人も、持ち込んだパソコンで内職している人も、スマホでメールしている人もいない。

一年間頑張ってきてよかった
充実のフィナーレで終わろうとした時、社長が書類に目を落としながら言った。

「ご苦労さん。参考にするよ」



あなたは部下から業務手順についてアドバイスを求められ、時間をとって説明することにした。
いつも使っている手順書に、ヒントやポイント、参考資料を盛り込んだスライドショーをまとめた。
部下は一つ一つの言葉に頷き、時折「スゴイですねぇ」「さすがだなぁ」という合いの手を入れてくる。
最後に激励の言葉で締めた。

部下は感激してうるんだ瞳でこう言った。

「参考にします」

|

2018年12月12日 (水)

参考という言葉の響き

参考という言葉と出会ったのは、中学の時に買った参考書だった。
子供の頃から学習塾には一度も通ったことがなく、勉強というのは教科書と辞書とノートでするものだと思っていた。
といってもそれは中間試験と期末試験の前日のみ
年6回、日数にして15日程度行われる試験前日、いわゆる「一夜漬け」の15日だけのことだが。


高校受験が近くなった時、そろそろ日頃から勉強する必要に迫られて、いわゆる教材を買うことになった。
かと言って、僕が住んでいた上五島には教材の訪問販売員は回ってこなかったので、書店で売っているものから選ぶ。
そこには教科書ガイドがあったが、それはおいといて「参考書」と「問題集」があった。

春先になると書店業界は「学参シーズン」を迎える。時期でいうと2月頃から始まり、3月には本格的になり、4月の第1週末をピークに、4月いっぱいまで続く。
学参シーズンに売れるのは参考書、問題集だけではない。教科書ガイドもあるし、学校が指定または推薦する「英和」「和英」「国語」「古語」といった辞典もある。

僕がよく行く書店も、この時期はいつもよりも売り場を広げ、各版元が知恵を絞った最新版の「学参」が並んだ。



「参考書」は教科書の内容に図版や、試験に出るポイントという視点による角度を変えた説明などが載っている。教科書を理解する「参考」になる書ということだ。
「問題集」というやつは、ひたすら「おいこら、解いてみろ」と言うだけで、愛想が悪い。僕は一度開いただけで嫌いになった。

大抵の子どもたちはそうして「参考」という言葉を、自らのものにしていったのだと思う。
「参考」になるものはよきものであり「参考」にすることは悪いことではない。
「参考」は決してネガティブな意味合いを含まないし、響きも悪くない。
それが大抵の人が築き上げたこの言葉への印象と言えるだろう。

つづき

→参考になりましたは禁句だと思う

|

2018年9月29日 (土)

生まれて初めて見るシンメトリーな自分の顔

クレオパトラの顔は完全なシンメトリーだったらしい
親戚のおじさんが言っていたのならば、ちょっとは信憑性もあるが、知らない人が書いた本で読んだので、本当かどうかはわからない

要はシンメトリー「左右対称」な顔は美しいということのようだ
確かに新聞記事に載った「書類送検された元アイドル」の顔は見事にシンメトリーだ


その日、僕は電子手続きのために写真を必要としていた
ひと昔前ならば、近所のセルフ証明写真の販売機までクルマを走らせる必要があったが、今はデジタルカメラで撮り、パソコンに転送して、トリミング、ダウンサイジングを行うことで、先方が指定するピクセル、ファイルサイズの写真を自作できる

スマホで撮ると平坦な顔がさらにべったりしてしまうので、一眼レフのレリーズモードをリモコンにして自撮り
ケーブルをつないでパソコンに転送する
画像編集ソフトを立ちあげて、今撮ったばかりの十数枚の写真を見比べる
そこで、僕は愕然とする

顔が歪んでいる

それも左と左で歪みが違う
こんな顔だったかな
急いで洗面所に行って映してみる
あれ?歪んでないぞ
左右もそれほど違わない
よくよく、注意してみれば確かに違うけれど、ぼんやり見ている分にはわからない

気を取り直してもう一度、一眼レフで撮り直す
しかし、できあがった(現像してないけど)写真はさっきと同じ
左右が異なり、歪みも違っている

以前、新聞の取材を受けた時、カメラマンが左、正面、右とテストしたあとで「左からがいいですね」と言って、インタビューを受けている間、左ばかり撮り続けていた。
人の顔は左と右は違うものなのだと、その時知った。

歪んだ写真をしばらく見ていて、僕はある実験を思い立ち、早速とりかかる

まず顔の中心線から左だけをトリミングする
そしてその「左」を180度反転させて、本来「右」の顔がある位置に置く
継ぎ目がわからないよう微調整してできあがり
生まれて初めて見る「シンメトリーな自分」だ

ほぅ、こうなるのかぁ

だからと言って、元が元なので、いきなり福山雅治になったりはしない
ただ、本物の僕、一眼レフが撮った本当の僕と比べると、鏡の中にいる僕がみた僕、僕が作り出した僕によく似ている

あまりに合成がうまく行ったが、もちろん、それを手続きに使ったりはしない
だって、ほくろの位置、シミの数、髪の毛一本一本まですべて左右対称じゃ、バレバレである

|

2018年8月15日 (水)

モデル図を統一すれば

企業論文が大詰めを迎えていたある日
会社に残って論文に取り組んでいた時、携帯電話が鳴った。
割と遅い時間だったが、それは家族や親戚ではなく衆議院の職員だった。

それが本題ではないので割愛するが、結論として僕にはその瞬間から「衆議院の委員会に参考人招致される」という使命が加わった。

企業論文に加えて国会対策
できれば、違う時期に分けて欲しい
だが、方や〆切が、方や開催日が決まっていて動かせない。
両方ともギブアップもお断りもせずに完遂するには、さらに時間を削って「W準備」をするしかない。


帰宅して、国会資料を作り始める。
一から設計していては間に合わないのは一目瞭然
当時、インターネットは存在していたものの、現在のように様々な文献が見つかりはしなかった。
参考資料1つ探すにも、図書館に行く必要があり、それは週末の休みに限られる。

そんな時、脳裏に浮かんだのが「MIND-SA」のテキストにあった「費用対効果図」だ。
費用対効果を図示することは、営業や企画のサラリーマンならば、一度はやったことがあると思うが、その大半は「この図はどうやって見ればいいのか?」というお粗末なものだ。
僕もそれまで、自分は唸っても他人を唸らせるような「費用対効果図」が描けたことはない。

ところが「MIND-SA」に収録されたその図に僕は唸った。
「プラス」と「マイナス」の費用と効果を1つに納めた、その図はどんな素人がつくるものよりわかりやすかった。


この(委員会招致された)テーマに参加するすべての人に「費用対効果」を表す時は、これをモデル図として使うことを義務づける!

十人の人が「十人十色」のプロットを立てるから「議論」はわかりづらい。
わかりづらい話しに「傾聴」している時間は、本来なくてもよいものだ。
モデル図を統一すれば、参加者は「共通理解」にかかる時間をカットできる。

それが僕が風呂に入っていて思いついた提案だった。

|

より以前の記事一覧