2009年11月17日 (火)

会議は立ってしよう!

 会議とは、個人で完結し得ないテーマに限り、直接顔を合わせて「決める」場のことである。

 一人きりでやっている会社では会議はない。
 会社が専門性と責任感を備えたプロばかりの集団であれば、会議は存在しない。

 だが、会議は行われる。
 それは人員配置において、専門性と責任がリンクしていないことによる。

 専門性が高い人に権限がない。
 専門性が高い人の上に、専門性の低い人が権限者として存在する。

 こうなると会議が始まる。
 権限者は自分には専門性がないので、専門性が高い人を呼んで会議で意見を言わせ、それを自分の決定として使いたいからだ。

 また、各自の既得権(=雇用)を守るために、他人を追及せず、責任はとらないで済ませようという風土の会社でも会議は多い。
 そういう会社の会議は「話し合い」ではなく「お通夜」となる。

 誰も責任を取りたくない。
 言い出しっぺがやらされる。
 他人を批判したら、人間関係が壊れて、その火の粉が自分にかかる。

 誰が喋るか・・ってなもんだ。

 こうしたそもそも不要なのに、集まるとお通夜になる会議の共通点がある。
 それは「座っている」ということだ。

 人は座ると長話になる。

 椅子のある会議はまず雑談から始まる。
 そこで「議論を尽くして、のんびりやりましょう」という空気が完結する。
 集まったことで目的が終わってしまう。

 この時点で緊張感はなくなっており、なにかを「決める」ために集まっていたということさえ忘れている。
 そもそも会議とは何かを「決める」場だという認識がない人すらいる。

 会議肯定派は、ふた言目には
「フェースツーフェースじゃないとわからないことがある」
「人と人のつながりが大切」
などという。
 だが、それは的外れ。
 人格を形成し終えた大人どうしが、その日の天候や、電車のダイヤが乱れたことを確認しあっても、人間関係はできやしない。

 人間関係は会話で醸成するものではなく、心根の真摯さでつくるもの。
 互いが努力を惜しまず、協力して一つの目標に突き進もうという真摯さをもって仕事をしていれば、メールや電話でも仕事は進む。

 座ってする会議はお通夜を容認する。
 10人いて10人が発言しなくても、座っている会議は間が持ってしまう。
 立ってする会議ならば、10人が黙っている状況は生理的に受け入れられない。
 「早く決めて、自分の席に帰って座りたい」
 と誰もが思うから「決める」という目的が明確になり、会議は早く終わる。

 また、人は走ることで進化したという学説がある。
 立って足の裏を刺激していれば、脳は活性化し、ストレートな意見が飛び交う。
 椅子に座り、足を組んでいたら、眠くなるだけだ。

 会議の開催を決め、会議室をおさえた時
「長くのんびりやろう」としている自分に気づく。
 気づいたらすかさず、会議室をキャンセルして、参加者にメールを出す。

■○○打合せ
 10月19日<火> 10:00~10:10
 5階 佐藤さんヨコミーティングスペース(立席)



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2009年8月19日 (水)

集合研修で、講師が気をつけること

 今日は午後1時から3時間、研修がある。
 あなたの手帳に、そう書いてある。

 朝にその予定を確認した時、あなたは、どんな感慨を抱くだろう。

1,忙しいのになぁ、内職もっていこ
2,3時間も息抜きできる。ラッキー!
3,講師のサトウさんの話、おもしろいから、いい勉強になりそうだな。

 立場を替えて、あなたが講師のサトウさんだったとしたら、上記3つのうち、どう思ってもらいたいだろうか?

 そこで、集合研修の講師が気をつけるとよいことを、体験の中から挙げてみよう。

■初めに「お題」を振って、雑談をする。
 受講者が、想定していなかった話を振って、脳を使わせる。
 開始直後の入眠が、これで防げる。

■現在行っている研修内容、練習課題について、後続研修への影響を説明する。
 今聞き逃すと、まる1日置いてけぼりになることを、事前に警告してあげる。

■休憩:60分につき15分の休憩を取る。
 「これから90分授業だ」と思っただけで、社会人が長い人は意欲が持てない。

■休憩からの再開時間を守る。
 「もう皆さん揃っているから」と1分でも早く始めると、講師に対して不信感が生まれ、受講者の心にしこりが残る。

■資料の使い方
 テキストのページ、スクリーンに映している画面が変わる度に、ページ数、画面コードを口で言う。
 一度脱落してしまった人が、戦線に復帰できるように常に気を配る。

◆教材のつくりかた

■データの【 例 】を挙げる時に「ベルリン」「フランクフルト」のような、感情移入できない地名を使わない。
 会社が浅草にあれば「浅草」を使う。

■受講者が会社の一部署に限られる場合、扱っている商材名称を入れる。
 その場で皆に聞いて地名、商材を入れるとよい。

■並び順を整理する。
 違う分類の資料を、ランダムに登場させてはいけない。

▲悪い例
組織図1
→画面1
→用語定義1
→ビジネスフロー1
→伝票の構造1
→組織図2
→画面2
→データフロー1
→ビジネスフロー2
→画面3
→データフロー2

●よい例
用語定義
→組織図1,2
→ビジネスフロー1,2
→伝票の構造
→画面1,2,3
→データフロー1,2

 図、定義、フローは それぞれを一まとめにする。
 また、複数の章がある場合、どの章でも一定の並び順にしなければならない。

 紙で配る資料
■講演途中に、受講者がいつでも話の全体像を確認できるよう、システム全体図、画面展開図などの図を掲示するか、B4以上の紙に印刷して、事前に配る。

■一定のストーリーでつくる。
 起承転結をどの章も一定にする。
 それを目次のページに記述して、冒頭に紹介する。
 こうすることで、受講者は「この講師は、考えが頭の中でよく整理されているな」という第一印象を抱く。
 それが、安心と期待感を与えるのである。

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2009年6月19日 (金)

なんか変化 ?

漢字の読みのテストです。

変化

読めますか?
答えは「へんか」です。
そりゃ、読めますよね。
あ、そこの方「へんばけ」じゃないですよ。
「へんげ」でもないし・・
というと「なに言うとる。へんげという読みもあるぞ」というツッコミもあるかも知れませんが、現実の生活のうえで話を先へ進めます。

YAHOO!で "変化"を検索すると、3,100万ページがヒットしました。
この中にはあなたのブログやウェブページがあるかも知れませんね。

ところで、変化とは何でしょうか?
今、心の中で説明してみてください。
他人に尋ねるのはやめましょう。禅問答か?と言われます。

YAHOO!辞書で「変化」を調べると
ある状態や性質などが他の状態や性質に変わること
という答えが出ました。

変化という言葉を使うのが好きな人たちがいます。
それは、人の上に立つエライ人。

試しにいくつかの企業ホームページを開き、CSRとして公開された社長のメッセージを開いてみてください。
そして、そのページ上で [Ctrl]+[F] 変化 と入れると、ヒットしませんか?
あなたの会社の社長さん、部長さんたちはどうでしょう。
訓辞の中で「変化」について、話しませんか?

 忘年会では、エライ人がこう言います。
「予想もできないよう変化が、当たり前のように起こる一年でした」

「今年の経営不振は世の中のせいだ」
 と言っているようなものです。
 この言葉を聞いて「なるほど確かにそうだな」と思った社員はやばいです。
 変化は責任を転嫁する材料でも、備えるものでもないからです。

「若者が携帯電話にお金を使うようになって、CDが売れなくなった」
 確かに正しい分析です。
 優秀な評論家になれるでしょう。

「今年の夏は暑かったら、鍋を食べる人が減った」
 不振を気候のせいにしてよいのは、農家だけです。
 ただ、農家はそんなことを言い訳にはしません。
 夏が暑いのも、台風が来て作物をなぎ倒すのも、それを含めて、農業だからです。

 どんな正確な事後分析も、貧粗です。

「変化の時代です。的確で迅速な対応が求められています」
 そんなことを言われると「それじゃぁ、変化のない時代は、ぼーっとしていていいんかい?」とツッコミたくなります。

 下にいる時に、思考停止していた時代が長い人に限って、上に立った途端「変化」を連呼するのです。
 変化への対応が鈍かったことを、身をもって知っているから、感情が入るわけです。

 日々、工夫を楽しんで生きている人は、変化という言葉を使いません。
 変化は日常そのものだからです。

「変化」「厳しい」
 エライ人に、この2つの言葉を禁止したら「そうですね」「応援よろしくお願いします」を禁止されたプロ野球選手のように、しどろもどろになることでしょう。

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2009年6月10日 (水)

上手なプレゼンとは?

 上手なプレゼンとは何か?
 それは、下手なプレゼンを裏返すことである。

 まず、前提となるのは、必要最小限の人数で、プレゼンの場に臨むことだ。
 「システムの全容」「プログラム仕様」「運用の実態」など、それぞれの観点から専門的に語れるメンバーを揃える。
 まちがっても、エライだけの人や、質問にも答えられない新人を連れて行かないことだ。
 ただし、その新人が女性の場合だけは、歓迎されたりする。
 プレゼンする側も、それを見透かしていて、そういう狙いが見え見えの女性を連れてきたりする。

 事前準備は、スライドショーの整備に尽きる。
 スライドショーができたら、まず一度、身内のレビューで、練習する。
 そこで、自分が喋っている内容で、スライドショーに記載されていないことを見つけて、それを全部、書き込む。

 営業の基本は、嘘をつかないことだ。
 お客様に隠し事をしない。
 正直、正ちゃんでなければならない。

 「この数字は秘密です、オフレコですから資料に書いてません」
というような姑息なトークは古い。
 そんな、いやらしい駆け引きをちらつかせる人とは、信頼関係は築けない。
 その場で、帰って欲しいと思う。

 スライドを作る時に、忘れてはならないのは、ページ番号と項番を振ることである。
 ページ番号を振っていないような担当者は、信用できない。
 そういう人は、几帳面さゼロ。
 導入した後、何かにつけて、ザルな仕事に悩まされるのは、間違いない。
 実際に、こういう人の会社は、後々「言った 言わない」が格段に多い。

 項番を振っている人は、とても少ない。
 「つづいて、真ん中あたりに、書いてあります 仕様について・・」
などと言われると、がっかりする。

 数百万、あるいは、一千万を超える買い物をするという時に、
「真ん中あたり」はないだろう。

 項番は、1、 1-1 、1-1-a
というように、すべてのページで、階層の一貫性が守られていなければならない。

 1の表題の下に、また1が出てきて、今ドコを話してるの?と聞くと
「え~っと、 下の1です」
とやっている人がいる。
お笑い芸人か!と思う。

 プレゼンは、スピーカー(プレゼンで話す人)のつかみで全てが決まる。

 「自社の概要から・・ と言いたいところですが、本日は皆様、お忙しいなか、貴重なお時間を頂いています。
 自社宣伝は、ばっさりカットしまして、本題から入りたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
とやれば、そこで、一気に聞き手の心をつかむことができる。

 「本日は 1時間いただいていますので、初めの30分はデモをご覧いただき、
 残りの 30分で、ご質問をいただきながら、実際の運用について、ご一緒にお話をしていきたいと思います」

 「導入後のイメージを話す」のは、営業の基本である。
 百科事典の販売をするセールスマンも、ジャパネットたかたの高田社長も然り。
 一流のセールスマンは、買ったことを前提にして、買った後のイメージを膨らませる話をする。

 一方的に話を聞く60分は苦痛である。
 30分は聞くけれど、あとの 30分は好きなことが言える。聞きたいことを聞ける。
 そういう空気を作らなければならない。

 一気に30分、しゃべり切るほうが、言いたいことが伝わってよいが、説明する枚数が多い時は、途中で区切って質問を受ける。
 その時は、あらかじめ
「2章の データ移行手順 まで終わりましたら、いったん、そこで、ご質問をお受けします」
と宣言しておく。
 「途中でばんばん質問してください」 などと言う、八方美人なスピーカーは軽くみられるだけである。

 自ら制限時間を設けているので、スライドショーに書いていないことまで、脱線する時間はない。
 自分のトークに酔うヒマもない。
 決められた時間よりも、10%程度 早めに終わるプレゼンは、好印象が残る。

 聞き手が求めているのは、安くて品質の高いモノ・サービス。
 上手な「説得」は要らない。
 理路整然とした「説明」があれば、それでよい。

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2009年6月 9日 (火)

下手なプレゼンとは?

 2000年代半ばには、あらゆるプレゼンはスライドショーになった。
 大規模受注を目指して、やってくるITベンダーの「プレゼン軍団」もご多分に漏れない。
 そして、彼らの中には、思わず教えてあげたくなるような、下手なプレゼンがある。

 まず、その人数だ。
 人数は誠意だと勘違いしている。
 こちらが5人なのに、10人で来たりする。

「御社の要求レベルに応えられる、人員を揃えました」

 バカも休み休み言って欲しい。

 どう見ても、システム内容に疎そうな課長さんが、へらへら笑っているじゃないか。
 端っこの黒いスーツの若者。新人で、行く所もないし、荷物持ちに来ました。と顔に書いてあるじゃないか。
 人数が多ければ、コーヒーもたくさん出さなきゃならないし、何より空気が堅くなって、話が弾まない。
 人数が多い時点で、あぁこの会社は内容を人数でごまかそうとしているなと、期待感が下がる。

 プレゼンが始まる。

■自社の概略から入るな!

 「まず、弊社について、概略をお話させてください」

 いやだ!
 と一度つっこみたいが、さすがにそれはやったことがない。
 シェアが大きい会社にありがち。しかも概略という割には、長い。

■Power Pointのスライドにないことをべらべらしゃべるな!

 スクリーンには書いていないことを、徹底的に補足するスピーカー。
 自分のプレゼンを見ながら、今思いついたというのが、見え透いている。
 スライドショーが始まると、聞き手の意識はスクリーンに集中する。
 そこにない言葉は、理解できないのだ。

■本題からどんどん外れるな!

 話しているうちに、スライドの内容どころか、関係ないシステムの話に展開する。
 自らの商品、ノウハウ、そして自分の話に酔いまくっているのだ。
 自分に酔った営業からは、誰も買いたくない。

■前置きが長い!

 デモを見せて欲しいと言って、来てもらったのに
「まず、コンセプトをお話しします」
などと、勝手に前置きして、だらだらと説明する。
 こういう営業は、大学の試験で
「設問は "消費税2%アップが消費に及ぼす影響" ですが、ここは "2000年代の社会福祉" について書かせていただきます」
などと言って、勝手に質問を変えていた人だろう。

 「では、早速ですが」とデモに入った時には、もう予定時間の半分が過ぎている。
 全然、早速じゃないじゃん!

■聞きたいと言っていないことに、時間を割くな!

 自社の「売り」を「説得」することに終始するプレゼン。
 こういう営業は、プレゼン以前に、営業のセンスがない。
 相手が購入・導入した後の、場面設定が頭にイメージできていないのだ。
 こちらが聞きたい話に時間を割いてもらいたい。

 そして、最後に
■時間をオーバーするな!

 約束の時間を過ぎても、平気でプレゼンを続けている。
 こちらは「時間過ぎてますけど」と言えないだけなのに・・
 時間を守れない人は営業失格。
 それは、始まりの時間だけではない。

つづく

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2009年6月 8日 (月)

パワーポイントの錯覚

 世の中には「営業」という職種がある。
 実はそれほど営業が好きな人はいないのだが、自分の才能を信じ切れない人は、
「人と接する仕事が好き」
と自己暗示をかけて、営業の仕事へ進む。
 その方が、手堅く正社員の位置を確保できるからだ。

 営業は「飛び込み」を含めた開拓営業と、既存顧客を回る「ルート営業」に別れる。
 後者はとにかく楽だ。先輩が築いた人間関係、仕事の流れというレールの上を、ちょっと工夫しながら走ればよい。
 ルート営業に身を置いて「自分は実力がある」と思っている人の大半は勘違いである。
 会社に入った時からルート営業しか知らないので、自分がその尺度の中でしか測れなくなっていることにさえ、気づかないのだ。

 前者の「飛び込み」を含む新規開拓は辛いが、身につく力は格段に大きい。
 飛び込みの醍醐味を知らずして、いっぱしの営業を気取っている人を見ると、微笑ましくて仕方がない。

 これら、種類の違う営業に共通しているのは、取引先・顧客への「説明」である。
 この説明のうち、会議室・ホールで行うものを特にプレゼンと言う。

 プレゼン=プレゼンテーション。
 企画、提案、答申について説明すること

 1990年代、パソコンは世にあったものの、プレゼンはホッチキス(=ステープラー)でとめた紙の資料を配り、OHPで行われていた。
 2000年代に入ってから、ITベンダーのカンファレンスは、100% Power Point等のスライドショーで行われるようになった。
 OHPとトラペン(トランスペアレンシー)を生業にしていた事務機メーカーは、時代が移り行く悲哀を味わった。

 一度でも、プレゼンのスピーカーの側に立ったことがある人ならば、その大変さがわかる。
 事前の資料集め。その精査。
 スライドショーの作成。
 身内でのレビューという名の事前チェック。
 ただの「説明」に見えるプレゼンには、膨大な準備の時間が費やされている。

 だが、一度もプレゼンをやったことがない人には、それが「机上の空論」「パソコン遊び」 に見える。
 プレゼンの場で、本題とは外れた枝葉末節にケチをつける人は、自分で企画をまとめる力がない人である。
 学歴と寝技で偉くなった管理職に、こういう人が多い。

 プレゼンを聴いた時は 「今イチだねぇ」 と言っておいて、後でちゃっかり盗用している「いただき」や「参考にするから」とファイルを要求するのはモラル違反。

 2001年頃には、内容そっちのけで「 Power Pointっていいねぇ、俺も始めようかな 」という人が大勢いた。
 一同、スライドショーの動きに目がうるうるしているのである。

 自分もあれをやってみたい・・・

 そういう人は、パワーポイントを使うと、企画が沸いてくると錯覚していたのである。

つづく



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2009年5月22日 (金)

変な話って、どんな話?

あなたは、最近、溺れていないだろうか?

え?私は泳げるって?
いやいや、そうではなくて、海でもプールでもない、あなたの職場での話だ。
いま、職場には「変な話」の洪水が起きている。

あなたも、聞いたことがあるかも知れない。
ある特定の人が好んで使う、何気ない言葉。
けれども少しだけ、耳に残るフレーズ。

「変な話」

 これは、指揮系統が乱れていて、統制がとれていない職場で使われる、不規則発言の枕詞だ。

 「変な話」が乱発される環境
 本来、言うべきではない立場の人、または、言ってはいけない内容の発言が野放しにされている。
 情報統制がなされていない。

 それでは「変な話」って、どんな話なのか。
 その趣旨により、分類してみよう。

■自分の立場で言うのは、筋違いな話。
 責任者でもないのに、責任者が決断するような内容を話す。
【 使用例 】
 変な話、ノルマは2倍にしたっていいくらいだ。

■身も蓋もない話。
【 使用例 】
 変な話、部長なんて、誰がやったって一緒じゃないの?

「ぶっちゃけ」で言い換えることもできるが、職場は和民ではない。
どんだけ若造でも、さすがに職場で「ぶっちゃけ」は言えない。

■無責任な話
【 使用例 】
 変な話、担当は僕かも知れないけど、あなたがやってもらうのは、可能ですか?

 現代横着サラリーマンの必殺技「可能ですか?」とのセット攻撃は、心穏やかに生きている人々を疲弊させる。

■支離滅裂な話
【 使用例 】
 変な話、タバコ吸って時間つぶしても、その分 残業すればいいんじゃないの。

■人格が疑わしい話
【 使用例 】
 変な話、これから呑みに行こうか。

 「変な話」を枕に使う人は、変な人である。
 だが、同僚からは、比較的「まともな人」という評価を得ている人でもある。
 それだけに 「変な話」はこれから、フェーズ6=部署を超えた大流行の危険さえある。

 フェーズ3= 変なからまともな人への感染 が起こる前に、水際で食い止める必要がある。
 対策として有効なのは、情報の伝達についてのルールを明らかにすること。
 管理職→中間管理職→ヒラ社員
 管理職←中間管理職←ヒラ社員
 Plan 、Do、Check、Act それぞれのフェーズにおいて、誰から誰へ、どの順番で、情報を伝達していくのかを明らかにすればよい。



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2009年3月10日 (火)

内部統制なんて、ろくでもない。

 今日もまた、内部統制である。
 「内部統制の遵守をお願いします」というのは、もう言い飽きた。

 現場を営業で回っている人からみれば、バカいっちゃいけないよ、である。
 もの作りをしている人からすれば、いいよなぁ、そんなこと言ってて、仕事になるなんて、である。

 内部統制は、そもそも、米国企業の不祥事が元で、米国で生まれたもの。
 その「内部統制」活動で、たくさんのIT企業が「内部統制システム」を作った。
 よし、これを、日本にも売りつけようということになり、日本政府に働きかけて、関連法を整備させた。

 ・・・と、筆者は考えている。
 「意見」には個人差があります。

 法律が決まったから、内部統制である。
 監査法人というところから、監査員がやってくる。
 監査法人といっても、民間企業。営利の商売である。

 監査員は、書類をひっくり返す。
 あれを出せ、これを出せという。
 そして、ここにハンコがない。この手順が漏れていると、重箱の隅をつつく。

 監査員に指摘されると、各部署に配置された「内部統制」担当者は、錦の御旗を得るのである。

 「監査法人の指摘です。ご協力をお願いします」
 そう言うだけでよい。

 なぜならば、会社は内部統制を始める前に、説明会を開き、社員から漏れなく「同意書」をとっているのだ。
 一筆とられているから、社員は弱い。
 違反したら、評価に[×]をつけられてしまう。

 それにしても、手続きのための、手続きが増える。
 社員が皆、手続き上手になる。
 内部統制をやれば、皆、エクセレントな社員に生まれ変わる。

 しかし、エクセレントになっても、売れる物を作ること、売れない物でも売ることとは、何ら関係はない。
 どこまでいっても、内部統制は、管理部門の「管理ごっこ」の域を出ない。

 上場企業の会計監査制度の充実、内部統制の強化を求める法律が金融商品取引法。通称SOX法。

 2002年7月、米国でサーベンス・オクスリー法(SOX法)が成立。
 2006年6月、第164通常国会で金融商品取引法が成立。
 2008年4月、金融商品取引法施行
 上場企業はこの時点で、SOX法に対応したコンピューターシステムを稼動させる必要がある。

 2009年3月末、2008年度末のこの日、金融商品取引法に対応を完了していることが求められる。

 2006年から大々的に宣伝を始めた日本のIT企業があったが、果たして並み居る列強システムを相手に「お任せあれ~」と言い切れたのだろうか。



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2009年3月 9日 (月)

「分社」と「持ち株会社」

 「持ち株会社」とは、経営を目的として、ある会社の株式を保有する会社のことである。

 会社を事業ごとに分割、分割した各社の株式を「持ち株会社」が持ち、経営判断、一般管理部門を共有することを「分社」という。

 1977年の法改正で「持ち株会社」が認められて以来、分社経営が行われるようになった。
 独占禁止法による「持ち株会社」の定義は次の通り。
「取得株式総額が、総資産額の50%超を保有する会社」

 分社のメリット

■一般管理部門が共有できる。
 各部門にいた庶務、経理、総務、パソコン担当などの人員を持ち株会社に置き、各社で共有する。

 会社経営という視点からみた、分社のメリット

■不採算部門をやめることが容易になる。
 それぞれの会社が独立しているので、責任の所在が明確になる。
 会社が一つのうちは、不採算部門は「赤字部門」と呼ばれる。
 分社すると、これが「赤字会社」になる。
 赤字が続けば、企業はその存在価値を失うので、その会社はつぶれることになる。

■社員の目が覚める。
 「赤字部門」の社員の中には、赤字が続いているのに、なんの疑問も持たない社員が多い。
 「自分のせいではない」「自分は希望してここにいるのではない」と、けつをまくっている社員は少なくない。

 だが、分社して「赤字会社」になると、そんなことは言ってられなくなる。
 黒字にしないと会社はつぶれる。それは、自らの雇用がなくなるということ。
 そうならないよう「赤字部門」だった人たちは「赤字会社」になってはまずいので、必死になる。
 こうして、ぬるま湯につかっていた社員の目が覚める。
 これが、分社する最大のメリットである。

 「持ち株会社」には2つの種類がある。
■純粋持株会社:他社の経営を本業とする。
■事業持株会社:本業がある。

 持ち株会社は、○○ホールディングス という名前が多い。
 金融持ち株会社は、○○フィナンシャルグループ という名前が多い。

 「持株会社」ではなく「持ち株会社」と表記することが多い。
・キーワード「持ち株会社」でのヒット数
 Google 1,260,000
・キーワード「持株会社」でのヒット数
 Google 521,000
2009年3月現在

 分社は、経営者にとってはメリットが大きいが、従業員にとっては功罪相半ばである。
■黒字部門の会社は、投資の自由度が高まる。
 赤字部門にお金を回さなくて済む。

■赤字部門の会社は、じり貧になり、解散の危険もある。
 会社全体が不振を極めているから、分社化するのであって、その中での赤字部門は、大変に苦しい経営となる。

■ヨコのつながりはなくなる。
 日本的な村社会、家族的な会社としての、つながりは薄れる。
 特に20代の社員はドライで、一般管理を担う会社への冷たい態度が露骨になる。
 ただし、持ち株会社に移行せざるを得ないような会社は、元々、ヨコの連携が薄いものであり、そういう観点では、あまり変化がないとも言える。

■労働組合は、会社との交渉戦術を見直す必要がある。

 1997年の独禁法改正当時から数年の間に「持ち株会社」の制度を解説した本が多数出版された。
 だが、その後の11年では、持ち株会社の内部から、その体験談を綴った本は見あたらない。
 くだらない内部告発の本は要らないが、持ち株会社に移行する内情を切々と書いた本ならば、読んでみたい。



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2009年2月14日 (土)

管理部門で、威張っている人を見つける方法

 中小企業と大企業には、製造でも営業でもなく、売上げに関与していない部署がある。
 経理、総務、人事、コンピューターシステムなど。
 これらの部門を、管理部門と呼ぶ。

 管理部門に勤務する人たちには、次の3つの特徴がある。

1,自分は杓子定規にやっているのに、他人のことは「お役所」だと思っている。
 自分がやっていることは「お役所」だと思っていない。
 自分がやっていることは、規則の遵守。規定通り。
 だが、その規則通りの仕事に接して、自分が不便な思いをすると、一転して相手を「お役所」呼ばわりする。

2,他人が知識を持っていないと、木で鼻をくくったような言い回しで煙に巻く。
 だが、自分が知識がないことでは、他人に誠意ある対応を求める。
 ひどい人は、説明責任を果たせ!と迫ったりもする。
 でも「説明責任を果たせ」と言う人に限って、自分は理路整然と説明できる知識が無く、他部署から説明を求められると、抽象的な回答をする。
 それで、相手が理解できないでいると、相手がいないところで、あいつは「勉強不足」「無知」「仕事を知らない」と切って捨てる。

3,「それは自分の仕事じゃない」が口癖
 相談を持ちかけられると、脳の第一回答が「それは自分の仕事じゃない」
 どうすれば、目の前の相手の役に立てるかではない。
 そういう思考回路になるには伏線がある。
 ある時、気を利かして過剰なサービスをしたことがある。
 すると、相手は次からも、それを求めてくる。つまり、マニュアル通りではなく、なれ合いの仕事を求めてくるのだ。
 そうして、恩を仇で返される経験をすると、身を守るために、担当以外の案件は、入り口できっぱり断るようになるのだ。

 もちろん、人間的にすぐれている管理部門の人もいて、これら3ついずれも当てはまらない人もいる。
 一方では、これら3つにどっぷりはまったうえ、さらに次の項目にも当てはまる人がいる。

4,会社は自分が回していると思って、威張っている。
 これは、本人の勘違いによって、起こる。

 会社はモノを作って、それを売っている人が回している。
 それが事実だ。

 経理の人は「資金繰りは、俺が回している」というかも知れない。
 人事の人は「人材は、俺が回している」というかも知れない。
 システムの人は「システムなくして、会社は動かない」と言うかも知れない。

 だが、いずれも違う。
 それらは、回り始めた歯車に、油を差しているに過ぎない。

 事業あってこそ、企業。
 1円の売上げもなく、成り立つ企業はない。
 売り上げなくして、企業という歯車は、回り始めない。

 管理部門の基本姿勢は、モノ作り、モノ売りの人たちが、効率よく仕事をできるように支援するということ。
 俺が、会社を回しているという態度で、威張ることではない。

 4の特徴にぴたりとはまっている人を、見つける方法がある。
 それは、仕事中に馬鹿笑いをしている人。

 縁の下の力持ちとして、真摯な姿勢で仕事している人は、絶対に馬鹿笑いはしないものだ。



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