2018年2月 9日 (金)

近所の子の間で、自転車を買ってもらったのは最後だった。

近所の子の間で、自転車を買ってもらったのは最後だった。
小学2年生の頃のことだ。

自転車はおよそ大半の子どもが親から買い与えられる備品。
昔は「初めて買ってもらう大物」の座にあったが、今はテレビゲームなど多様化していることだろう。


僕が住む田舎の盆地でも、小学校に上がると友達は皆、自転車に乗り始めた。
ある日曜日。
親友のおさる君が、僕の家の前の溝に自転車で突っ込んだ。それを高校生が助け起こしている。
近所の高校生から、買ったばかりの自転車で特訓を受けているらしい。
普通のこどもは自転車に補助車を付ける。
そしてバランス確保能力が高まったところで、補助車を外して「乗れるようになる」のだ。
だが、おさる君は違った。
買っていきなり、補助車を付けず練習をしている。

僕はショックを受けた。
補助車をつけずに練習する果敢な姿勢に嫉妬したわけではない。
なぜならば、彼の身体能力(当時は運動神経と言った)は折り紙付き。
鉄棒、野球、徒競走、彼は何でもすぐに誰よりも上手くやってのけた。


そうか、おさる君もついに買ったのか
おさる君は僕より1学年下で、本来ならば、年上の僕の方が早く買ってもらえてもおかしくない。
だが、所属する家庭が違う。

父は厳格で、母は倹約
その時点で、親から「大きなモノ」を買ってもらったということは記憶がない。
野球のグローブは買ってもらっていたが、王貞治に憧れて夢に見るほど欲しかったファーストミットは結局、買ってもらえなかった。
姉もまだ自転車を持っていなかったが、親にねだっているのを見たことがない。
従って、僕も感情に訴えてまで「自転車が欲しい」とは言わなかった。

ただ、それとなく「二年二組で、持っていないのは僕だけなんよ」ということは伝えていた。
そして、ついに親友のおさる君に自転車が来た。
その日、僕は母に「おさる君、今日自転車の練習してたよ」と話した。


どれくらい経っただろうか
ある日の夕方、誰かがウチを訪ねてきて、母が連れ立って外へ出て行った。
しばらくすると、母が戻ってきて表に出るよう僕に言う。

なんだろう?
と想って表に出ると、見知らぬおじさんのヨコに一台の白い軽トラック。
荷台にはロープで固定された、フレームが青い自転車が乗せられていた。

そのとき、母が僕になんと言ったか
台詞を覚えていない
「来たよ」だったかな

いわゆる、サプライズだ
その場に父もいた気がする
父は教諭なので、会社勤めと比べれば帰宅が早かったのだ。


近所の子の間で、自転車を買ってもらったのは最後だった。

今でも、このことを誇りに思っている。
僕は親のしつけにより、我慢を覚えた。

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2017年12月29日 (金)

AIスピーカーでつなぐ「会話ロボット」の未来

「会話ロボット」市場が普及前夜に入っている。

「会話ロボット」とは
「会話」ができて「カラダが動く」ロボット
(しらべるの定義)


2017年12月に発売された「KIROBO mini」は手足が動く小型会話ロボット
この商品は「持ち歩き」を前提としている。

■メーカー:トヨタ自動車
■価格:39,800円+税
■販売:トヨタディーラー

維持費として「スマホアプリKIROBO mini」利用料が350円/月
また、屋外ではWi-Fiではなく通常回線(4Gなど)を使う場面がある。
通信量は「通常3GB」(トヨタのウェブサイト)なので、3GB以上のパケット契約が必要となる。

「会話ロボット」と会話しているところを他人に見られたい人は滅多にいない。
屋外利用は「車載」に限られるだろう。

・能動的に話しかけてくる
・ユーザーの言葉を学習し対話する
この2点において「会話ロボット」として最先端にある。


AIスピーカーは「会話ロボット」ではない。
だが、カラダが動くもの珍しさは早晩、慣れてしまう。
共に暮らしていく「相棒」になるかは「会話」がどれだけ磨かれていくかにかかる。


AIスピーカーの会話は、お粗末な限り。
できることといえば
・定型の対話
・定型機能の音声指示
所詮「スピーカー」なのである。


一方、AIスピーカーには2つの利点がある。
①「充電式」のロボットは維持が面倒だが、AIスピーカーはコンセントにつなぎっぱなしなのでメンテナンスフリー
②ロボットに比べて格段に価格が安い。
Amazon Echo Dotの場合6,000円程度。
家庭の無線LAN(Wi-Fi)を利用する限り、月額の負担増もない。


拙い会話でも、ないよりはいい。
音楽再生は便利このうえない。
AIスピーカーの楽しさは、そのコストを上回っている。
本格的な「会話ロボット」が登場するまでのつなぎとして、君は欠かせない。

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2017年12月26日 (火)

「手のひら返し」は今や日本人のお家芸

しらべるが選ぶ2017年の5大ニュース

今年も5大ニュースを選ぶ時期がやってきた


それが確かならば、この1年は危うさと背中合わせながらも奇跡の1年だった。
つまり、結果的に平穏な1年だったということだ。
現実から目を背けることはできないが、慣れるしかない。
人は緊張したまま1年を過ごすことはできない。



第5位
白鳳 汚い

12月20日
日馬富士の暴行事案に関連して、横綱審議会は相撲協会に対して「白鳳にも厳重注意」を進言した。
それは、暴行があったとされる「現場に居合わせた責任を問うべき」というものだ。


「Google先生」に「白鳳 汚い」というキーワードで問いかけると、4,860件の記事がヒットした。
ルールの範囲内で荒技を使い、勝利を重ねる「実力主義」の横綱。
その手法に憤る人が少なくない。


かつて、プロレスラーアントニオ猪木は「実力主義」を掲げていた。
英語で言い換えたのが「ストロングスタイル」だ。
まだ昭和まっただ中、プロレスが週3回ゴールデン枠でテレビ放送されていた時代のことだ。
猪木が掲げる「実力主義」の対極として俎上に挙げたのはジャイアント馬場。


当時、興業格闘技は日本人と外国人が戦うものと相場が決まっていて、日本人同士の対決はマッチメイクされなかった。
馬場と直接対決することが叶わない猪木は「戦えば俺が上」ということを「実力主義」という言葉で暗喩していた。

猪木は荒技も使った。
反則技は5秒間続けないと負けにならないプロレスで、1秒で打ち終わる(反則の)ナックルパンチを打つことは「汚い」
猪木の日本プロレス時代、新日本プロレス旗揚げ後を一貫して電波に乗せたテレビ朝日(旧NET)はそれを「ナックルパート」と呼んで誤魔化した。

汚い手も使って勝つ日本人
それを誤魔化す放送局
暴力に魅せられるファン

試合の勝ち負けや技量と言った本筋とは別に「ショーとしてのドラマがある」プロレスでは、その構図がやり玉に挙がることはなかった。
所詮、ショービジネスなのだから。


相撲協会のエライ人が白鳳の汚さに言及を始めている。
何を今さらだ。
相手が不祥事で弱ったところで「実は前から思っていました」とやるのは汚い。

言うならば、もっと前から言え
猫だまし連発の時に厳重注意しろ


「手のひら返し」は今や日本人のお家芸
権威・立場のある人が言及する
それをメディアが伝える
すると「裏が取れた」とばかりに、名もなき大衆が後を追う

日頃は「長いものには巻かれ」ておいて、いざ「長くなくなる」と「実は前から思っていました」と手のひらを返す。
名誉毀損で訴えられるリスクがなくなったら、一気呵成に行く。
それは下品であり、自らを貶める。
自戒しなければならない。

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2017年12月13日 (水)

4月29日の変遷 12月23日の遷移

2017年12月8日、政府の閣議決定により、今上天皇の退位スケジュールが確定した。
■天皇誕生日について

2018年12月23日
現行で最後の天皇誕生日

2019年12月23日
天皇誕生日ではなくなる

皇太子の誕生日は2月23日なので、2018年は天皇誕生日がない。
ただし、昭和天皇の誕生日「4月29日」はその後「昭和の日」となっている

2020年2月23日
新しい天皇誕生日


■4月29日の変遷
昭和63年・1988年までは「天皇誕生日」
1989年(平成元年)以降「みどりの日」
2007年より「昭和の日」となり「みどりの日」は5月4日に移動

4月29日「昭和の日」は「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす日」
12月23日は、戦後ではなく高度成長でもない30年を過ごした「平成」を祝日として残して欲しい。


■今上天皇退位について時系列の記録

2017年12月1日
退位の時期を決める皇室会議が開かれ、退位、即位の日程を決定
NHKG19時のニュースは、放送時間を1時間に拡大し、いち早く"平成の30年"を映像で振り返った。
これから平成の30年はいろいろな形で振り返られるだろう。
新元号施行後、数十年が経った時、それはどんな言葉に収束されているかを見届けたい。

2017年12月8日
閣議決定

2018年
新元号公表見通し※

2019年4月30日
今上天皇退位

2019年5月1日
皇太子が新天皇即位
新元号に切替


日本は未だ元号社会
特に公的機関、金融機関はその傾向が色濃い。
運用を司るコンピューターシステムは、少々の改訂と新たなるパラメーター(変数値 ここでは新元号)を待っている。

新元号の早期公表がメディアに語られる時「カレンダー業界に配慮」という記述がステレオタイプになっている。
カレンダー業界がGDPにどれだけの比率を占めているのかは疑問だが、2019年のカレンダー、手帳に2つの元号が記されているのは楽しい。

来年(2018年)の今頃、新たな卓上カレンダーC211ほぼ日手帳には、4月までと5月からでは違う元号が記載されている。

新たな時代を空想する
その先にはきっといいことが待っているに違いない!

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2017年11月23日 (木)

日本人をさらに忙殺する「過剰説明社会」

なぜ、こんな世の中になったのか?
元凶(げんきょう)は「説明責任」ということばが、日本で定着したことにある。
時期で言えば、この言葉を野党民主党が流行らせた2006年頃からだ。
いわゆる「説明責任社会」の始まりである。


・最も理解力が低い人
・説明しても聞く耳を持たない人
・学ばず、関心がない人
・関心はなかったくせに、後で当事者になると「聞いてない」と文句をつける人


こういう人を基準にして、言葉を尽くしておかないと、後から「説明不足だ」「説明責任を果たせ」と言われてしまう。
一旦、クレームになると、自らに何の非がなくても、その火消しには多大な時間を奪われる。

そして、風評により被害を受ける。
一度喧伝された悪評はネットワークを通じて瞬時に世界を駈け、それを取り消すことは永遠にできない。


風評被害のリスクを回避するため、組織は「過剰説明責任」を果たすことに執心してしまう。
20文字程度の言葉で済む基本的説明とは別に、レアケースを想定した説明が200文字くらい添えられる。

「親切過ぎる」のは悪くないが「丁寧すぎる」のはよくない。
過剰に説明する方は、それで責任が果たせてよいだろう。
だが、それを聞く方はたまったものではない。


「ラスト1マイル」という言葉がある。
「目標達成まであとわずかのところに待ちかまえる難題」という意味で、コンピュータープログラムの話しである。
コンピューターシステムには、あらゆる例外を想定したプログラムが盛り込まれている必要がある。
ユーザーが不規則(イレギュラー)処理をする度にエラーが起きていては、サービスが滞るからだ。


しかし、日常、人が人に何かを伝える場面では「ラスト1マイル」は要らない。
「例外の難題」を聞かされるのはうんざりだ。


問題は今、目の前で解決したのである。
「他にお困りのことはありませんか」
あるわけないだろ!
「また何かありましたら、何なりとお申し付けください」
言われなくてもそうする

アマチュアはものごを複雑にする。
プロこそがものごとをシンプルにできる。

説明のアマチュアによる「ばか丁寧」な「親切の押し売り」は要らないのである。

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2017年11月22日 (水)

電話問合せ オペレーターの「名残惜しみトーク」が長すぎる

電話機が故障して問い合わせる
靴の不具合について相談する
パソコンで困ったことを尋ねる

最近は、サービス業者と電話で話す機会が増えた。
正確にいうと「メール問合せとの比較で、相対的に電話を利用することが増えた」ということだ。

それはメーカー各社が電話対応を高度化したことに起因する。
以前ならば「お問い合わせはこちら0120-***-***」といったように、電話はタダだからかけてきなさい。ただし「平日の9時から17時です。土日祝日は休みです」
平日働いているサラリーマンはいつ、問い合わせるんだ!
といった会社が大半だった。
従って、24時間問合せができる「メール問合せ」しか選択肢がなかったのである。

ところが、昨今、ウェブサイトから「電話で話すことを希望する」をクリックすると、スマホに電話がかかってくるといったサービスが増えた。
コンピューターに問いかけたのに、電話の向こうから生身の人間が語りかけてくると「すごいことをするなぁ」と感嘆する。

メールで問合せるには、5W1Hの文章力が必要だ。
正確にこちらの意図が書けたとしても、相手の理解力が乏しいこともある。
回答には一定の時間がかかる。
一方、電話の向こうに詳しい人間がいて、ことばのキャッチボールをすれば、話しが早い。解決が速い。

IT万歳!
いいことずくめ!
と言いたいところだが、今日の話はそういう諸手を挙げた礼賛話ではない。


説明が多すぎる
言葉がくどい
それが、僕らの時間を奪う


一通り、話しが済んで問題解決
こちらとしては、電話を切ってすぐにでも次のことをしたい
だが、電話の向こうにいる「オペレーター」はそうはさせてくれない。


他にお困りのことはありませんか
本日はありがとうございました。
また何かありましたら、何なりとお申し付けください
お待ちしています
今後とも★★製品をよろしくお願い申しあげます。
本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。
★★のサトウがお受けしました


どんだけ、名残惜しいんだ?

この「名残惜しみトーク」に対する方法はひとつ
すべての問いかけに対して「はい」「ありません」「失礼します」
とワンワードで返すことだ。

もしも、そうですねぇ・・
などと隙を与えると、会話を展開されてしまい、さらに時間が延びる。

電話を切っても「アンケートに答えてください」というメールが来るのは、ほとんどデフォルト(初期値=当たり前)

中には電話を切った数時間後「その後、いかがですか?」と、フォローの電話をかけてくる会社があって驚いた。

いったいなぜ、いつ頃から
日本はこんな世の中になったのか?

つづく

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2017年11月18日 (土)

2017年10月記す

姉と2人海辺の倉庫で、福岡から佐世保に向かうためにクルマに荷物を積もうとしていた

それは昭和40年代のアパートによくあった屋外の倉庫
アパート一戸につき「物置」が1区画割り振られている
ドアを開けて入ると、高校の部活で使っていたボックス(部室)程度の広さがある

軽トラックの荷台に荷物を積み込み、汗をぬぐって空をみあげた時だ

バキバキッ

乾いた音がしたかと思うと赤い閃光一閃
それと共に
海の向こうの埋め立て地
そこには高いタワーがある
恐らく、福岡タワーの向こう側になにかが落下
乾いた炸裂音に一瞬遅れて、ゆるやかな爆発音が聞こえた


それは、戦時中の記録映画で見たことがあったものとは違い、呆気ないほどシンプルな暴虐だったが、それが何者かによる悪意の攻撃であることは容易に察することができた

そんなことがあるかも知れない
想像だけはしていたが、実際にこんな現実は見たくなかった

もしも、これがこれまでに見たことがない「現代の核」だったら、ここに居る僕らも危ない
急いでこの場を離れなければ

だが、焦りが募るだけで倉庫の鍵が閉まらない
倉庫の荷物なんか、放っておけばいいのに

それが夢であることは、薄々感じていた
目覚めると平和な町
なにも変わらない

2017年10月記す

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2017年10月30日 (月)

若い頃、ハロウィンがなくてよかった

10月31日
ハロウィン(Halloween)はキリスト教の祝日「万聖節」の前夜祭。
All Hallows even(万聖節の前夜)が縮まって Halloween と呼ばれるようになった。
元々はキリスト教とは関係なく、ケルト民族が1年の終わりの日(10月31日)に悪霊に取り憑かれないよう魔女などの扮装をしたのが始まりだ。


しらべるを始めた頃、ハロウィンと言えば、10月31日の夜、かぼちゃのお化け(ジャック・オー・ランタン)や魔女などの仮想をした子どもたちが、近所の家を回って「 Trick or Treat ! (お菓子をくれないと、いたずらするよ)」と言うと、家の人は「 Treat. 」と答えお菓子を渡すものだった。

近所を回り集めたお菓子を持ち寄って開くのがハロウィンパーティだが、日本では子どもの存在を「迷惑」と思っている大人が多いので、自分の親からもらったお菓子を持ち寄ってパーティだけを開いていた。

いずれにせよ「ハロウィン」といえば
Trick or treat!
Treat!
と言ってにっこり笑うイベントだった。


それが日本では国民的行事となり、2013年頃から一部の町では「若者がコスプレして町を練り歩くイベント」に変成し始めた。

■キーワード「ジャコランタン」Googleでのヒット数
2002年10月  500
2007年10月 24,100
2008年10月 18,200
2012年10月 50,500
2017年10月 137,000


僕が子どもの頃、年間を通してのうわついたイベントと言えばクリスマスだけだったし、若い頃でいえば学園祭くらいだ。
社会に出てからは特にない。
なくてよかったと思う。
僕のようなお調子者はとても雰囲気にのまれやすい。

子どもの頃から「冒険王」の通販で「おばけマスク」を買っていたくらいなので、仮装も嫌いじゃない。
仮装して町に出て、それが集団として認知されると、何をするかわからない。
嬌声を上げ、羽目を外し、誰かに迷惑をかけただろう。

そして、翌日から周囲の空気が冷たくなったことに、おかしいな、まぁいいか・・と言って何も学ばない。

そんなことにならずに済んだのは、まだ世の中にこんないかれたイベントがなかったおかげだ。
この感謝を誰に伝えよう・・

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2017年9月 9日 (土)

Amazon商品をコンビニで受け取れば、ヤマトのドライバーが楽になる

今日「なた豆すっきり歯磨き粉」が届いた。
歯磨き粉くらい、近所で買いなさいよと思うかも知れない。
もちろん最初、近くのスーパーで買ったのだが、Amazonで値段を見たら3割も安かったのだ。
1割の違いならば迷わず実店舗で買う。
ネットは受取が面倒だからだ。
3割ならば、仕方なくネットで買う。
迷うのは2割の差あたりだ。


届いたといっても自宅にではなく、近所のコンビニに届いた。
納品先を指定したのだ。
Amazonが取り扱う商品は、大半が近隣のコンビニ受取が指定できる。


ヤマト運輸の加重残業が問題視されて以来、再配達を頼むのが億劫になった。

再配達依頼票にはドライバーの携帯電話が書いてある。

ドライバーは配達中に電話に出なければならない。
コンビニで飲み物を買っている時も
もちろん運転中も(違法だけど)

客の側からすれば、この上なく便利だ。
ネットや受付ダイヤルでは既に「当日配達の受付」が終わっていても、ドライバーにかけられる時間帯は、さらに遅く設定されている。

だが、客にとって便利ということは、ドライバーにとって大変ということだ。
配達先にコンビニを指定するのは、ドライバーに気が引けるというだけではない。


再配達依頼の電話をかけると「この後うかがいます」という答えが返ってくる。
この後というのは「21時まで」とは限らない。
遅い時には22時近くということもあった。

それまで、風呂に入らず、パンツ一丁になるのを我慢し、それなりの格好をして過ごすのは緊張する。
だったら、自分の都合で受け取れるコンビニ受け取りが気楽だ。


商品がコンビニに到着すると、受取番号が書かれたメールが届く。
「ファミポート」や「ロッピ」で受取証を発券して、レジカウンターで受け取る。
その場で開梱して、中身だけを持ち帰る。
外箱は店員さんに頼んで捨ててもらう。
(これまで、箱を捨てることを拒まれたことはない)

段ボール箱を捨てるのは「資源ゴミ」の日に出すのが面倒だからではない。
Amazonの箱は大きすぎて、箱ごと入るレジ袋がコンビニにないからだ。

仕事帰りに毎日立ち寄るコンビニで受け取れば、なんのストレスもない。
ドライバーも納品先が絞られれば、楽になるだろう。

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2017年7月11日 (火)

応募に費やす時間が惜しい

応募は止めなければならない


休日の朝起きて、昨晩届いているメールをチェックする。
大手チケット販売会社から「電話番号認証をしないと抽選に参加できないぞ」というメールが届いている。
いざという時に困りそうなので、対応することにする。

しかし、手順がきちんと書いていない。
仕方なく公式ウェブサイトからログインを試みるが、ログインできない。
「ID」「パスワード」が違います。

この手続きに30分



つづいて、たまっていた郵便物から大手クレジット会社のジェミッツはがき(DM)をとり出して開く。
「1,000万円キャッシュバック」
「参加登録:必要」
とある。エントリーするだけでチャンスがあるならば・・
スケベ心が働いて、対応することにする。

しかし、手順がきちんと書いていない。
仕方なく公式ウェブサイトからログイン。
今度はログインできたのだが、新たにパスワードリマインドの質問を3つ入れなければ、先へ通してくれない。

設問はプルダウンメニューからの選択に限られていて、自分で決められない。
「初めて買ったCD」なんて、誰が覚えているんだ・・
「一番好きな都市」なんて、移り変わっていくだろう?

この手続きに30分


つづいて、昨晩立ち寄った大手コンビニでもらった応募券をチェック。
(700円以上買うと1回くじが引ける)
モノが当たるなら嬉しいが、応募券は受け取りをためらう。
このあとに控えている面倒と、それに見合う対価が得られないことが容易に想像できるからだ。

こちらはスマホでQRコードを読み取りアクセス。
ここまでの手順は容易だ。

しかし、応募にはユーザー登録が必要で、新規登録すると「そのメールアドレスは既に登録されている」というエラーが返った。
パスワードリマインドのやりとりをして、ようやくシリアル番号の入力にたどり着く。
しかし、応募コースを選ぶ段階になって「応募券一枚ではB'zのタオルしか当たらない」ことがわかり断念。

この手続きに30分


ここまでに費やした1時間30分
僕は何かを得た気がしない。

いつか、プレミアなチケット参戦に参加できるかも知れない。
ついでにエントリーしたTDLのチケットが当たるかも知れない。
あと応募券を1枚追加すれば、電気ポットが当たるかも知れない。

そんな不透明な対価のために1時間30分
これは、見合わない。

予期していなかった「応募」に付き合うのは、もう止めなければならない。

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