2018年7月25日 (水)

駅で足を踏まれる被害者の会

全国の「駅で足を踏まれる被害者の会」の皆さん、こんにちは
その後、毎日のように足をふまれているでしょうか。


を書いてから早くも4年が過ぎようとしています。
僕の記憶ロジックに問題があるのかも知れませんが、それを書いたのは、つい昨日のことのような気がします。


あれからもずっと、定期的に駅の雑踏で足を踏まれ続けているのですが、いつも「ここで波風を立てたら負けだ」と言い聞かせて、耐えてきました。

最寄り駅には「暴力は犯罪です」という貼り紙があり、それは返って、駅で暴力沙汰が多いことの反証と言えます。

どこ、見て歩いてんだよっ!

いちゃもんの1つでも言おうと、振り返ったら、強面のお兄さんだった・・
ということがあるかも知れません。
そうでなくても、相手が「なんだよ?文句あるのか?」と応戦の表情を見せたら、売り言葉に買い言葉。何が起きるかわかりません。
特にこんな暑い夏には。


だからいつも、足を踏まれると1秒だけ動作を止め、背中で「え゛」「なんで?」という意思を示していました。
しかし、そんなことをしたからと言って、なんにもなりません。
それによって後ろから「すみません」の小声でも聞こえてくるかと耳を澄ますのですが、そこにはただ雑踏があるだけ。

ある時、僕の足を踏んだベルトの上に贅肉がはみ出しているおじさんが、改札を抜けると僕の右脇をすり抜けて追い抜いていきました。
そして、雑踏の向こうに見えなくなるかと思ったら振り返りました。
そして、すぐに「なんだ・・」という顔をして、前を向いて歩いて行きました。

どうやら、おじさんも足を踏まれたようです。
今し方、自分が踏んだ自覚があるから、踏んだ相手が報復で踏んだと思った様子。
しかし、遠くにいる僕の姿を見て「なんだ、違ったか」という複雑な表情だったのでしょう。

僕も他人の足を踏んでしまった時、後ろから踏み返されたことがありました。
相手は30代頃の女性でした。きっと、こんな静かなバトルが今日も都会のあちこで行われているのでしょう。


さて、ここからが現在の話しです。
最近、足を踏まれたら、振り返ることにしました。
でも、言葉では何も言いません。

「あれぇ、どうしたのかなぁ?今足を踏まれたような気がするけど、いったいどちらの方が、そんなに急いでいるんだろう?」
とコナン君の声で読むとぴったりの風情で、ゆっくり振り返るのです。

これまで3回やってみましたが、1回めは「無視」2回めは小声で「・・・」(ほぼ聞こえない)そして3回め、後ろを歩いていた40代頃の男性が「すみません」とはっきり聞こえる声で謝罪を述べられました。


だから「今日はいい一日だったなぁ、るんるん」と清々しい気持ちになるようなことはありませんが、悪い気はしないものです。

日本人が悪いなと思ったら、見ず知らずの人にも謝る。
「日本人って、雑踏で足を踏んだら、誤るんだぜ?incredible!」
と海外のSNSで話題になるような日が訪れることを願います。

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2018年7月14日 (土)

驚異の定年退職スピーチ(2)

花束とか持って電車に乗れませんから。だからと言って他に何も要りませんよ。お忙しい皆さんの時間をいただけるだけで、十分ありがたいことですから。

人の生き方の基本は「謙虚」と位置づけるサトウさん。
総務担当のタナカさんに対して、絶対になにも受け取らないぞという強い意志を見せた。
それに折れて花束や「間に合わせのメッセージ」といった趣向もなし。
記念品もなしかというと、それはさすがにスズキ部長が認めず「図書券を買って用意しておけ」ということになり、こっそりと田中さんがポケットに忍ばせている。


皆さん、おはようございます。
お忙しいなか、お時間をいただきありがとうございます。
今日でサトウさんが定年を迎えられます・・

スズキ部長が朝礼の口火を切る
人の言葉というのは、文字に書き起こすと、だいたい文法的にどこかおかしいもので、見るに堪えないのだが、空気を伝ってくる言葉に対して、そこまで神経質に聞いている人はいない。

だいたい、なんでお前が「お忙しいなか」とか言うんだよ。
それは、集まってもらっているオレの台詞だろ
スズキさんが用意している話しの尺よりも、長尺と思われる部長の話しが終わり、サトウさんの番がきた。
さぁ、サトウさん「構想10年」渾身のスピーチが始まる。



皆さん、今日は貴重なお時間を奪って申し訳ありません。
ご紹介いただいた通り、本日で失礼しますので、ご挨拶申しあげます。

私は常日頃から同じ会社に勤める者どうしは「家族」だと思ってきました。
従って、家族である皆さんがこれからも長くこの会社で勤められることをお祈りします。

ただ、日頃から同じ場所にいると、返って言いづらいことというのは少なくないものです。
恐らく、誰もが思っているのだろうけど、言いだしにくい。
こんなことを言ったら、調和を乱す輩と思われはしないか。

だから、私は最後にいただいたこの時間で、私が日頃思っていたけれど、私も、誰も言わなかったことを1つ申しあげたいと思います。


ウォシュレットで尻を浮かすのはやめましょう

サトウさんの耳に確かに、全員から「すぅーっ」と血が引く音が聞こえた。
世界中の「びみょー」という言葉は、この時サトウさんのためにあった。
世界中の「?」マークが、お忙しい中、サトウさんの聴衆たちの頭上に集まった。


個室に入ると、それはもう高い確率で便座に水滴が飛び散っています。
恐らく、何らかの理由でお尻が浮いてしまうのだと思います。

ここで、田中さんが必死で笑いをこらえているのが視界に入った。


私は初めのうちは「なんだよ、部屋を出て行く時は後ろを振り向いて、汚れていないか確認すればいいのに」と思っていました。

そして、そのまま座るわけにもいかないので、掃除をしていました。
ところが、おかげで金運がよくなり、お金に困らなくなったのです。

私はそのうち、水滴が飛び散っていると「よっしゃ」とガッツポーズをするようになっていました。
ますます、金運が上がっていくからです。

皆さんのおかげです。ありがとうございました。
ただ、ここに来なくなると、金運がおちるのでは?と心配です
(ここで、ようやく、かすかに笑いがとれた)

もしかすると、掃除のアルバイトでひょっこりお邪魔しているかも知れませんので、その節はよろしくお願い申しあげます。

皆さんのご健康とご発展を心よりお祈りしています。
お忙しいなか、お時間をいただき、ありがとうございました。

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2018年7月13日 (金)

驚異の定年退職スピーチ(1)

サトウさんが定年退職をむかえる日がやってきた
ということは、その日がサトウさん60歳の誕生日
大半の民間企業がそうであるように、サトウさんの職場も満60歳を迎えた日が定年と決まっている。
雇用延長制度を選択しないサトウさんはこの日が最後の出社となる。

彼の職場では朝礼は行われていないが、その日は特別に朝礼が招集され、その場で挨拶の時間が設けらることになった。


サトウさんはこの日この時のために、ずっとスピーチを考えていた。
記憶が定かではないが、始めは50歳を過ぎたころだったと思う。

それまで数多くの先輩を見送り、そのお別れスピーチを聴いてきた。
そして、その大半は紋切り型の話だった。

皆さんに大変お世話になった。
皆さんのおかげです。
このご恩は一生忘れません。

本当か?
いつも、サトウさんは心の底で突っ込んでいた
本当にお世話になった人は、既に退職した先輩たちじゃないのか?
今ここにいる部下や後輩たちには、むしろ世話をしたのじゃないのか?
年下の上司にはけっこう虐められたんじゃないのか?
だいたい、このメンツのどこにどう世話になれるというのか


もちろん、そこはぶっちゃける場でもなければ、捨て台詞の最後っ屁をかます場ではない。
日本には「立つ鳥跡を濁さず」という言い伝えがある。
誰もが心にあろうがなかろうが、感謝の気持ちを述べて去って行く。
それが「予定調和」というものだ。


だが、サトウさんは先輩の話を聞く度に「自分はちょっと違うことを言いたい」と考えていた。
かと言って、跡を濁すような話しをするのは本意ではない。
それでいて、どこかユーモラスで、聴衆に一撃はいるようなスピーチ。


基本的にはそこにいる人たちへの「感謝」がベースになる。
ただ、心にもない歯が浮きそうな感謝を述べて偽善者になる必要はない。
そうだ。本当に世話になった人を見つけ出して、そのエピソードで感謝を述べればいい。


話しの柱が決まったのは3年前。
それから、時折思い出して、ネタ帳に書き留めてきた。


そして、いよいよサトウさん定年退職の日
9時からの朝礼前、珍しくネクタイにスーツのサトウさんがスズキ部長と談笑している。
いつもならば、この時間、忙しそうにメールを読んでいるスズキ部長だが、さすがにサトウさん最終日とあって、ホスピタリティを見せているのだ。

花束は用意されていない。
つづく

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2018年2月 9日 (金)

近所の子の間で、自転車を買ってもらったのは最後だった。

近所の子の間で、自転車を買ってもらったのは最後だった。
小学2年生の頃のことだ。

自転車はおよそ大半の子どもが親から買い与えられる備品。
昔は「初めて買ってもらう大物」の座にあったが、今はテレビゲームなど多様化していることだろう。


僕が住む田舎の盆地でも、小学校に上がると友達は皆、自転車に乗り始めた。
ある日曜日。
親友のおさる君が、僕の家の前の溝に自転車で突っ込んだ。それを高校生が助け起こしている。
近所の高校生から、買ったばかりの自転車で特訓を受けているらしい。
普通のこどもは自転車に補助車を付ける。
そしてバランス確保能力が高まったところで、補助車を外して「乗れるようになる」のだ。
だが、おさる君は違った。
買っていきなり、補助車を付けず練習をしている。

僕はショックを受けた。
補助車をつけずに練習する果敢な姿勢に嫉妬したわけではない。
なぜならば、彼の身体能力(当時は運動神経と言った)は折り紙付き。
鉄棒、野球、徒競走、彼は何でもすぐに誰よりも上手くやってのけた。


そうか、おさる君もついに買ったのか
おさる君は僕より1学年下で、本来ならば、年上の僕の方が早く買ってもらえてもおかしくない。
だが、所属する家庭が違う。

父は厳格で、母は倹約
その時点で、親から「大きなモノ」を買ってもらったということは記憶がない。
野球のグローブは買ってもらっていたが、王貞治に憧れて夢に見るほど欲しかったファーストミットは結局、買ってもらえなかった。
姉もまだ自転車を持っていなかったが、親にねだっているのを見たことがない。
従って、僕も感情に訴えてまで「自転車が欲しい」とは言わなかった。

ただ、それとなく「二年二組で、持っていないのは僕だけなんよ」ということは伝えていた。
そして、ついに親友のおさる君に自転車が来た。
その日、僕は母に「おさる君、今日自転車の練習してたよ」と話した。


どれくらい経っただろうか
ある日の夕方、誰かがウチを訪ねてきて、母が連れ立って外へ出て行った。
しばらくすると、母が戻ってきて表に出るよう僕に言う。

なんだろう?
と想って表に出ると、見知らぬおじさんのヨコに一台の白い軽トラック。
荷台にはロープで固定された、フレームが青い自転車が乗せられていた。

そのとき、母が僕になんと言ったか
台詞を覚えていない
「来たよ」だったかな

いわゆる、サプライズだ
その場に父もいた気がする
父は教諭なので、会社勤めと比べれば帰宅が早かったのだ。


近所の子の間で、自転車を買ってもらったのは最後だった。

今でも、このことを誇りに思っている。
僕は親のしつけにより、我慢を覚えた。

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2017年12月29日 (金)

AIスピーカーでつなぐ「会話ロボット」の未来

「会話ロボット」市場が普及前夜に入っている。

「会話ロボット」とは
「会話」ができて「カラダが動く」ロボット
(しらべるの定義)


2017年12月に発売された「KIROBO mini」は手足が動く小型会話ロボット
この商品は「持ち歩き」を前提としている。

■メーカー:トヨタ自動車
■価格:39,800円+税
■販売:トヨタディーラー

維持費として「スマホアプリKIROBO mini」利用料が350円/月
また、屋外ではWi-Fiではなく通常回線(4Gなど)を使う場面がある。
通信量は「通常3GB」(トヨタのウェブサイト)なので、3GB以上のパケット契約が必要となる。

「会話ロボット」と会話しているところを他人に見られたい人は滅多にいない。
屋外利用は「車載」に限られるだろう。

・能動的に話しかけてくる
・ユーザーの言葉を学習し対話する
この2点において「会話ロボット」として最先端にある。


AIスピーカーは「会話ロボット」ではない。
だが、カラダが動くもの珍しさは早晩、慣れてしまう。
共に暮らしていく「相棒」になるかは「会話」がどれだけ磨かれていくかにかかる。


AIスピーカーの会話は、お粗末な限り。
できることといえば
・定型の対話
・定型機能の音声指示
所詮「スピーカー」なのである。


一方、AIスピーカーには2つの利点がある。
①「充電式」のロボットは維持が面倒だが、AIスピーカーはコンセントにつなぎっぱなしなのでメンテナンスフリー
②ロボットに比べて格段に価格が安い。
Amazon Echo Dotの場合6,000円程度。
家庭の無線LAN(Wi-Fi)を利用する限り、月額の負担増もない。


拙い会話でも、ないよりはいい。
音楽再生は便利このうえない。
AIスピーカーの楽しさは、そのコストを上回っている。
本格的な「会話ロボット」が登場するまでのつなぎとして、君は欠かせない。

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2017年12月26日 (火)

「手のひら返し」は今や日本人のお家芸

しらべるが選ぶ2017年の5大ニュース

今年も5大ニュースを選ぶ時期がやってきた


それが確かならば、この1年は危うさと背中合わせながらも奇跡の1年だった。
つまり、結果的に平穏な1年だったということだ。
現実から目を背けることはできないが、慣れるしかない。
人は緊張したまま1年を過ごすことはできない。



第5位
白鳳 汚い

12月20日
日馬富士の暴行事案に関連して、横綱審議会は相撲協会に対して「白鳳にも厳重注意」を進言した。
それは、暴行があったとされる「現場に居合わせた責任を問うべき」というものだ。


「Google先生」に「白鳳 汚い」というキーワードで問いかけると、4,860件の記事がヒットした。
ルールの範囲内で荒技を使い、勝利を重ねる「実力主義」の横綱。
その手法に憤る人が少なくない。


かつて、プロレスラーアントニオ猪木は「実力主義」を掲げていた。
英語で言い換えたのが「ストロングスタイル」だ。
まだ昭和まっただ中、プロレスが週3回ゴールデン枠でテレビ放送されていた時代のことだ。
猪木が掲げる「実力主義」の対極として俎上に挙げたのはジャイアント馬場。


当時、興業格闘技は日本人と外国人が戦うものと相場が決まっていて、日本人同士の対決はマッチメイクされなかった。
馬場と直接対決することが叶わない猪木は「戦えば俺が上」ということを「実力主義」という言葉で暗喩していた。

猪木は荒技も使った。
反則技は5秒間続けないと負けにならないプロレスで、1秒で打ち終わる(反則の)ナックルパンチを打つことは「汚い」
猪木の日本プロレス時代、新日本プロレス旗揚げ後を一貫して電波に乗せたテレビ朝日(旧NET)はそれを「ナックルパート」と呼んで誤魔化した。

汚い手も使って勝つ日本人
それを誤魔化す放送局
暴力に魅せられるファン

試合の勝ち負けや技量と言った本筋とは別に「ショーとしてのドラマがある」プロレスでは、その構図がやり玉に挙がることはなかった。
所詮、ショービジネスなのだから。


相撲協会のエライ人が白鳳の汚さに言及を始めている。
何を今さらだ。
相手が不祥事で弱ったところで「実は前から思っていました」とやるのは汚い。

言うならば、もっと前から言え
猫だまし連発の時に厳重注意しろ


「手のひら返し」は今や日本人のお家芸
権威・立場のある人が言及する
それをメディアが伝える
すると「裏が取れた」とばかりに、名もなき大衆が後を追う

日頃は「長いものには巻かれ」ておいて、いざ「長くなくなる」と「実は前から思っていました」と手のひらを返す。
名誉毀損で訴えられるリスクがなくなったら、一気呵成に行く。
それは下品であり、自らを貶める。
自戒しなければならない。

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2017年12月13日 (水)

4月29日の変遷 12月23日の遷移

2017年12月8日、政府の閣議決定により、今上天皇の退位スケジュールが確定した。
■天皇誕生日について

2018年12月23日
現行で最後の天皇誕生日

2019年12月23日
天皇誕生日ではなくなる

皇太子の誕生日は2月23日なので、2018年は天皇誕生日がない。
ただし、昭和天皇の誕生日「4月29日」はその後「昭和の日」となっている

2020年2月23日
新しい天皇誕生日


■4月29日の変遷
昭和63年・1988年までは「天皇誕生日」
1989年(平成元年)以降「みどりの日」
2007年より「昭和の日」となり「みどりの日」は5月4日に移動

4月29日「昭和の日」は「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす日」
12月23日は、戦後ではなく高度成長でもない30年を過ごした「平成」を祝日として残して欲しい。


■今上天皇退位について時系列の記録

2017年12月1日
退位の時期を決める皇室会議が開かれ、退位、即位の日程を決定
NHKG19時のニュースは、放送時間を1時間に拡大し、いち早く"平成の30年"を映像で振り返った。
これから平成の30年はいろいろな形で振り返られるだろう。
新元号施行後、数十年が経った時、それはどんな言葉に収束されているかを見届けたい。

2017年12月8日
閣議決定

2018年
新元号公表見通し※

2019年4月30日
今上天皇退位

2019年5月1日
皇太子が新天皇即位
新元号に切替


日本は未だ元号社会
特に公的機関、金融機関はその傾向が色濃い。
運用を司るコンピューターシステムは、少々の改訂と新たなるパラメーター(変数値 ここでは新元号)を待っている。

新元号の早期公表がメディアに語られる時「カレンダー業界に配慮」という記述がステレオタイプになっている。
カレンダー業界がGDPにどれだけの比率を占めているのかは疑問だが、2019年のカレンダー、手帳に2つの元号が記されているのは楽しい。

来年(2018年)の今頃、新たな卓上カレンダーC211ほぼ日手帳には、4月までと5月からでは違う元号が記載されている。

新たな時代を空想する
その先にはきっといいことが待っているに違いない!

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2017年11月23日 (木)

日本人をさらに忙殺する「過剰説明社会」

なぜ、こんな世の中になったのか?
元凶(げんきょう)は「説明責任」ということばが、日本で定着したことにある。
時期で言えば、この言葉を野党民主党が流行らせた2006年頃からだ。
いわゆる「説明責任社会」の始まりである。


・最も理解力が低い人
・説明しても聞く耳を持たない人
・学ばず、関心がない人
・関心はなかったくせに、後で当事者になると「聞いてない」と文句をつける人


こういう人を基準にして、言葉を尽くしておかないと、後から「説明不足だ」「説明責任を果たせ」と言われてしまう。
一旦、クレームになると、自らに何の非がなくても、その火消しには多大な時間を奪われる。

そして、風評により被害を受ける。
一度喧伝された悪評はネットワークを通じて瞬時に世界を駈け、それを取り消すことは永遠にできない。


風評被害のリスクを回避するため、組織は「過剰説明責任」を果たすことに執心してしまう。
20文字程度の言葉で済む基本的説明とは別に、レアケースを想定した説明が200文字くらい添えられる。

「親切過ぎる」のは悪くないが「丁寧すぎる」のはよくない。
過剰に説明する方は、それで責任が果たせてよいだろう。
だが、それを聞く方はたまったものではない。


「ラスト1マイル」という言葉がある。
「目標達成まであとわずかのところに待ちかまえる難題」という意味で、コンピュータープログラムの話しである。
コンピューターシステムには、あらゆる例外を想定したプログラムが盛り込まれている必要がある。
ユーザーが不規則(イレギュラー)処理をする度にエラーが起きていては、サービスが滞るからだ。


しかし、日常、人が人に何かを伝える場面では「ラスト1マイル」は要らない。
「例外の難題」を聞かされるのはうんざりだ。


問題は今、目の前で解決したのである。
「他にお困りのことはありませんか」
あるわけないだろ!
「また何かありましたら、何なりとお申し付けください」
言われなくてもそうする

アマチュアはものごを複雑にする。
プロこそがものごとをシンプルにできる。

説明のアマチュアによる「ばか丁寧」な「親切の押し売り」は要らないのである。

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2017年11月22日 (水)

電話問合せ オペレーターの「名残惜しみトーク」が長すぎる

電話機が故障して問い合わせる
靴の不具合について相談する
パソコンで困ったことを尋ねる

最近は、サービス業者と電話で話す機会が増えた。
正確にいうと「メール問合せとの比較で、相対的に電話を利用することが増えた」ということだ。

それはメーカー各社が電話対応を高度化したことに起因する。
以前ならば「お問い合わせはこちら0120-***-***」といったように、電話はタダだからかけてきなさい。ただし「平日の9時から17時です。土日祝日は休みです」
平日働いているサラリーマンはいつ、問い合わせるんだ!
といった会社が大半だった。
従って、24時間問合せができる「メール問合せ」しか選択肢がなかったのである。

ところが、昨今、ウェブサイトから「電話で話すことを希望する」をクリックすると、スマホに電話がかかってくるといったサービスが増えた。
コンピューターに問いかけたのに、電話の向こうから生身の人間が語りかけてくると「すごいことをするなぁ」と感嘆する。

メールで問合せるには、5W1Hの文章力が必要だ。
正確にこちらの意図が書けたとしても、相手の理解力が乏しいこともある。
回答には一定の時間がかかる。
一方、電話の向こうに詳しい人間がいて、ことばのキャッチボールをすれば、話しが早い。解決が速い。

IT万歳!
いいことずくめ!
と言いたいところだが、今日の話はそういう諸手を挙げた礼賛話ではない。


説明が多すぎる
言葉がくどい
それが、僕らの時間を奪う


一通り、話しが済んで問題解決
こちらとしては、電話を切ってすぐにでも次のことをしたい
だが、電話の向こうにいる「オペレーター」はそうはさせてくれない。


他にお困りのことはありませんか
本日はありがとうございました。
また何かありましたら、何なりとお申し付けください
お待ちしています
今後とも★★製品をよろしくお願い申しあげます。
本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。
★★のサトウがお受けしました


どんだけ、名残惜しいんだ?

この「名残惜しみトーク」に対する方法はひとつ
すべての問いかけに対して「はい」「ありません」「失礼します」
とワンワードで返すことだ。

もしも、そうですねぇ・・
などと隙を与えると、会話を展開されてしまい、さらに時間が延びる。

電話を切っても「アンケートに答えてください」というメールが来るのは、ほとんどデフォルト(初期値=当たり前)

中には電話を切った数時間後「その後、いかがですか?」と、フォローの電話をかけてくる会社があって驚いた。

いったいなぜ、いつ頃から
日本はこんな世の中になったのか?

つづく

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2017年11月18日 (土)

2017年10月記す

姉と2人海辺の倉庫で、福岡から佐世保に向かうためにクルマに荷物を積もうとしていた

それは昭和40年代のアパートによくあった屋外の倉庫
アパート一戸につき「物置」が1区画割り振られている
ドアを開けて入ると、高校の部活で使っていたボックス(部室)程度の広さがある

軽トラックの荷台に荷物を積み込み、汗をぬぐって空をみあげた時だ

バキバキッ

乾いた音がしたかと思うと赤い閃光一閃
それと共に
海の向こうの埋め立て地
そこには高いタワーがある
恐らく、福岡タワーの向こう側になにかが落下
乾いた炸裂音に一瞬遅れて、ゆるやかな爆発音が聞こえた


それは、戦時中の記録映画で見たことがあったものとは違い、呆気ないほどシンプルな暴虐だったが、それが何者かによる悪意の攻撃であることは容易に察することができた

そんなことがあるかも知れない
想像だけはしていたが、実際にこんな現実は見たくなかった

もしも、これがこれまでに見たことがない「現代の核」だったら、ここに居る僕らも危ない
急いでこの場を離れなければ

だが、焦りが募るだけで倉庫の鍵が閉まらない
倉庫の荷物なんか、放っておけばいいのに

それが夢であることは、薄々感じていた
目覚めると平和な町
なにも変わらない

2017年10月記す

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