2019年4月18日 (木)

令和が始まる日につくる想い出

もうすぐ平成も終わり、5月1日からは令和が始まる
令和が始まる日、なにか想い出に残るようなことをしたいと思っている。

日頃からしていることをしても、想い出には残りそうにない
日頃はしていないことをしないと、想い出には残りそうにない

日頃はしていないこととは、何だろう
映画を見に行く
川べりを走る
そんなことでは、その日の想い出だと、あとで認識できないだろう

想い出に残るとすれば、かなり変わったことだ
その日すれ違った町中の人に挨拶する
電車でとなりに座った女性に声をかける
尋常じゃない

子どもの頃「この子は残る」と言われたことがある
その場に居た人じゃないと分かりづらいので、補足して言うならば「この子にとって、このような出来事は、将来的に想い出に残る」という意味だ。

その言葉は、母の知り合いが集っていた場所で、その家の主であるおじさんからもたらされた。
記憶が定かではないが、工務店のような家の土間で「男はつらいよ」の居間のように大勢の人が詰めかけていた。
そこで、僕は何か「いいこと」をしてしまったのだが、それを周りの大人から「エライねぇ」と褒められて、照れくさくてうつむいていた。
子どもの頃から根がシャイなのだ
その時に件のおじさんが言った

「この子は残る」
周りの大人も「そうじゃね」と山口弁で賛同した
僕は「そんなものかな」と想い「そんな風に言われると僕のような天邪鬼の場合、返って忘れるんじゃないか」と心の中で思っていたが、口には出さなかった。

そして数十年経った今、やはり覚えていない
なにが「この子は残る」だ

このことから学ぶとすれば、狙って覚えるような想い出をつくることは難しいということだ。
時折そして定期的に繰り返し思い出す過去の出来事というのは、たいてい苦々しいもの。
「なんで、あんなことを言ったのだろう」というトラウマだったりする。

令和元年の初日となる2019年5月1日
誰かにおかしなことを言って、苦々しく思い出すような想い出を作りたくはない。
一日中、家にこもり、ネットも遮断して本でも読んでいようかと思っている。

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2019年3月25日 (月)

スーパーで集まる花見2019

川べりの桜が五輪咲いたかと思ったら、翌日にはもう三分咲きになっている。
2019年も開花から満開予想日が近い。
長崎県が日本一早い開花宣言をしたのが3月20日
東京では22日に開花宣言、満開予想は29日と発表されている。
短すぎる
いつも、庭の桜をみて「春が待ち遠しいね」と声をかけているのに、その春が一瞬で過ぎてしまうじゃないか
楽しみは長く続いて欲しい
でもいつまでもというわけにはいかない
だから、今この目の前の一分に集中しよう

今年も仲間を募るのは「スーパーで集まる花見」
以前は最寄り駅で集まっていたが、より花見の現地に近いほうが便利だ。
人によっては最寄り駅が違うので、集合のために遠回りになる人が出ていたので、花見の土手のそばにあるスーパーで集まるようになった。

ブルーシートを持参するのは、幹事である僕の役目
ガレージの棚から、年に一度この日のためにひっぱり出してくる
集合は10:30
スーパーの玄関にいつもの仲間が集まってくる
当日の天候によっては、お子さんが小さいので来られないという人もいるし、急な仕事が入る人も居る。
やっぱり来られることになったという人も居る。
ドタキャン、ドタ参、大歓迎
集まった人の分だけ、その場で飲食を調達する「スーパーで集まる花見」ならば、なにもムダになるものがない。

何年もこの企画をやっていると、皆、買い物にも手慣れている
ビールや飲み物は自分が飲む分だけ。
自分が買ったら、それを責任をもって飲む。
おにぎりやサンドイッチは、すぐにパサつくので買うとしても最小限
予め小分けになっていたり(揚げ物)切れている惣菜(玉子焼き)などは欠かせない
長時間の宴会ではないので、乾き物、スナック菓子も最小限
小さなお子さんがいたら「仮面ライダー」の食玩もカゴに入れる
誰にとっても、子どもが喜ぶ顔は宝物
200円で宝物が手に入るなんて、なかなかない

花見の開催時間は2時間が限度
地球温暖化で満開が3月になった今、まだまだ風が冷たい屋外に長時間いることが難しい年代なのである(笑)
学生の花見とは訳が違う

あと片付けをして、ゴミはそれぞれが手分けして持ち帰る
希望者は、道すがら喫茶店に入り、暖かい珈琲にありつく
花見の二次会だ
あぁ寒かった
でも、来年もまた集まろうね
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2019年3月23日 (土)

連休の飛び石

電車はいつもより空いているだろう
そう思った飛び石連休の中日だったが、やはりいつものように空席はない。
周りを見渡す限り、混み具合もいつもと同じにみえる。

あ、ちょっと少ないな
最寄り駅に着いて電車を降りる時にわかった
いつもならば、出入り口付近でスマホを操作しながら、降りる人などお構いなし
ここは俺の居場所だ。私の居場所よ
と立ちはだかる「スマホ仁王立ち」軍団が、今日はいない
横着者は皆、有給休暇をとったのだろうか

ホームに降りて階段を降りる
確かに少しだけ空いている
コンコースへ降りて改札へ向かう人の波も、スペースが多い
どれくらいだろう?
3割、いや2割くらいか
サラリーマンの2割が有給休暇をとって「連休」にしたことは間違いなさそうだ

川沿いの道に出ると桜並木に花が咲き始めている
そういえば、昨日出席した講演会で講師が「ごりん咲き」だと言っていたな
その時は「五厘」だと思って0.5%程度つまり"ほんの少し咲いている"という意味なのだろうと思った。
しかし、後でGoogle先生に尋ねてみると、開花宣言の基準は花が「五輪」つまり5つ咲くことであり、程度を表す場合「五輪咲き」という表現は使われないようだった。


そんなことを考えながら歩いていると、前を歩いていた男にぶつかりそうになった。
男が突然、立ち止まったのだ
男は、仕事に来るだけのために、テントでも携帯しているんじゃないかと思うような荷物からスマホを取り出し、桜の花に向けてかざしている
一度シャッターを押したが、気に入らない様子で、何度か角度を変えて撮り直す

以前、駒沢公園のジョギングコースでも同じことがあった
あの時は、走っていたのでぶつかる寸前ステップを踏んで脇へよけたが「桜男」は意に介していない風情だった

今日は余裕で「桜男」をスルーして先を急ぐ
もしも、あと2割人が多くて、いつものように混んでいる道だったら、誰かがぶつかっていたかも知れない。

空いている
少ない
という言葉は都市においてはポジティブなものだ
でもいつも
空いている
少ない
のは寂しい。そして、社会を維持していく時にいろいろと支障を来す。

来週末には早くも「満開」が予想されている
気候変動により年々早まる「満開」
花見の予定は一週繰り上げる必要がありそうだ

五厘咲いた花を愛でつつ、賑わいをどうつくっていけばいいいのかを考えている

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2019年2月17日 (日)

しゅっしゅっしゅっする男、しゅーしゅーする女

しゅっしゅっしゅっ

突然、場違いな音が聞こえてきた
ただ、それが「エアーダスター」の音だと言うことは経験上わかる
冬場、気温が低い場所に保管していると、なかなか空気が出てくれなくて、まさか爆発したりしないよな?と考えながら、缶をこすった経験が誰にもあると思う。

なぜ、今それが?
今は年末の大掃除の時期でもないのに

見上げると町田君がパソコンのキーボードに向かって
しゅっしゅっしゅっ
小刻みに強くボタンを押し込んでいる
彼は脇目も振らず真剣で、その行為の正当性を微塵も疑っていない

僕は思わず顔をしかめる
キーボードのキーの隙間には無数のちりゴミが沈んでいる
それが限界を超えたから、町田君は清掃を始めたのだろう
今ここでカーテンを引き部屋を真っ暗にして、彼に向かって特殊な光線を当てれば、膨大なちりゴミが空気中に拡散し、やがて空調の気流に乗って僕らを襲うことが、手に取るようにわかるだろう

それ、埃が周囲に舞って迷惑だよ

僕がそう言うと、きっと彼は気を悪くするだろう
「どこがいけないんですか?」
「なにも悪いことしていませんけど」
ふくれっ面の顔が目に浮かぶ

素直に「あ、すみません。気がつきませんでした」というような人ならば、しゅっしゅっする時にティッシュなどで噴出口のそばを押さえるといった配慮をする
それができないからこそ、辺り構わずしゅっしゅっしゅっなのだ

僕は寛大な世間の一員として、これを気にせず、見過ごし、忘れることが最善の策と思われた



後日、高田さんが町田君の元へやってきた
彼女はリーダー的な存在で、おせっかいなくらい、よく気がきく人と目されている

「町田さん、しゅーってやつ貸してくれる?」

「私物所持品情報登録制度」はないので、どこかにその情報が載っているわけではない
町田君がそれを所持しているという噂を誰かから聞きつけたのだろう
あるいは、しゅっしゅっしゅっの目撃が記憶の底に沈んでいたのかも知れない

快く「エアーダスター」を貸し出す町田君
そもそも、空気に貸し借りはムリだと思うが、お互いそんな野暮なことは言わない
席に戻った高田さん、しゅーっ しゅーっと始めた
かなりの長押しだ
町田君の私用品、戻ってくる頃には、ほとんど空っぽなのではないか?
と心配になるほど、噴きまくっている
町田君も内心、気が気ではないだろう


高田さんのとなりに座っている佐藤さんは潔癖症として知られている
僕がそうだったように、彼女も眉間にしわを寄せている

高田さんそれには気づかず、広範囲にしゅーっしゅーっ
仕舞いにはとなりの佐藤さんの方に向けて吹き始めた
その先、なにが起きたかは、見なかったことにしよう

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2018年10月 6日 (土)

初めて亡くした親、最後に亡くす親 それぞれなんと呼ぶか

母との思い出

最近、ともだちの町田君のお父さんが亡くなった。
父上の具合が悪いことは知らなかったので、町田君にどれくらいの覚悟があったのかはわからない。

そこに自分が父を亡くした時の気持ちを重ねてみる。
父と母、亡くなった時、どちらが堪えたかというと、父の方だった。
それは、僕が「お父さんっ子」だったという噺ではなく、ただ、初めて亡くした肉親だったからだ。


肉親が亡くなること
その亡骸に接すること
初めての時というのは、前もって想像がつかないだけに、重く心に刻まれるのだと思う。

そういえば、日本には「初めて親を亡くすこと」に相当する言葉が無い。
無いならば作り出すのが、僕のライフワークの1つだから考えてみた。

「初」「親」「送る」といったキーワードを組み合わせて、できないだろうか。
「初盆」のように漢字2文字、音が4つだと語呂がいい。

日本人が仏教徒ばかりならば、初めて親が浄土に還るを略して「初浄」(はつじょう)などはどうかと思うのだが、聞いた人がおかしな意味にとりそうだ。


二度めに亡くす親は「完葬」
基本的には親は2人なので、二度亡くした時、あなたは誰かの子どもではない「大人」になる。
自分が戸籍の筆頭になるということは、無意識のうちに、人を大人にさせていくのだと思う。

ただ、二度めなので「初浄」のように、ずしりと来ない。
一度、経験済みのことは、その感情も想像できるので、脳は既定路線のように流してしまおうとするのだ。


じっくりと悲しむことができないのが「完葬」
数年が経ってみて「完葬」の親、僕の場合、母親を失った感慨が、どこか薄っぺらい。


ただ思い出は、圧倒的に母が多い。
それは、夕方の時間帯の想い出だ。
親と過ごしたのは高校生までだったので、父が居ない家の中で母と過ごした時間帯は、大半が夕方。
僕が学校から帰り、公務員だった父が、世の中のサラリーマンと比べれば早い時間帯に帰って来るまでの間。

母を想う時、いつも、うなぎの寝床のように狭く細長い台所で夕飯をつくる母の姿が思い浮かぶ。
いつも、厳しかった母も、そこでは温和な顔だった。

時々、夕飯のおかずになるハムやちくわの端っこをくれた。
そのせいか、今もハムの端っこ、ねじられてギザギザになった所を食べる時、幸せな気持ちになる。

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2018年9月16日 (日)

散髪屋の10分トークでこの夏を総括する

床屋にはだいたい6週間で行くことにしている。
ちょっと後ろが伸びてきたなと想う頃が、ちょうどその頃だからだ。
だが、今日はいつもより1週多い7週間
つくばマラソンまでの残り週数を計算すると、一週遅らせるとちょうどよいタイミングになるからだ。
マラソン前は直前に散髪すると風邪を引くリスクがあるので、いつも2週か3週前に短くする。


仕事帰りの夕方、駅前にある格安カットの店は空いていた。
日中の時間は「サービスタイム」
さらに安いため、無職の人たちや学生は皆、早めに訪れる。
仕事帰りで行く頃には、ちょうど「サービスタイム」の客が仕上げに入っている頃で、ほとんど待たずに席に着くことができる。


その店は都内に数店舗を構えるチェーン店だが、美容師はずっと前からいるおばちゃん達だ。
チェーン店というと、そのまま「こだわりのラーメン屋」で通用するんじゃないか?というがたいがいいおやじというイメージだが、ここはすべておばちゃん、とてもアットホームだ。

以前、沢口靖子を30歳若くしたような美容師がいたことがあるが、僕はその人が苦手だった。
散髪というのはハサミやバリカンを当てることを容認する行為なので、できればリラックスして臨みたいが、その人が当たるととても緊張したのだ。
ある時「これくらいでいいですか?」と沢口に確認を求められ、もうちょっと切ってもらっていいですか?と丁重にお願いしたところ「はっ、けっこう短いですよ」と反論されて、要望を取り下げたことがあった。


「今日あたり寒いくらいですね」
散髪の席に着くと僕はいつも、目をつぶっているのだが、おばちゃんは付属サービスでもあるかのように、世間話を振ってくる。

そうですね
寝たふりをするのは大人げないので、さらに話題が膨らまぬよう、最低限の回答をする。

「ついこないだまで、あんなに暑かったんですけどね」
だいたいは、ここで会話は終わり、散髪が終わるまでのおよそ10分間、粛々と作業が進められる。
だが、今日は違った。

「今年は蚊が少なかったですね」
そうですね
「暑いのはいやだけど、蚊に刺されないのは助かりましたよ」
確かにそうですね
僕は目を閉じたまま、口元にアルカイックスマイルを浮かべて、敵意はないことを表明する。

「セミもあまり鳴かなかったですよね」
・・・
ここで答えに窮した
いや、セミは鳴いていただろう?
僕は確かに、おざなりな相づちは打っているが、事実と異なることを言葉にできない。
正直者だから。

そうですか?
つい、疑問形を使ってしまった。
メールで相手の返事が欲しい時に使う常套手段である「疑問形」を、もっとも使ってはいけない場面で繰り出してしまった。

「そういえば、必死に鳴いてましたよね」
いや、セミはいつものセミで、鳴き声が必死だと、僕はこの夏、一度も想わなかった。

今年は家の前で力尽きて、ひっくり返ってるセミを、何度も見ましたね
つい、ネタを振ってしまった。

「あまり生きられないのにね」
そうですね

でも、ひっくり返っていても、ちょっとつついてやると慌てて反転して飛び立っていくんですよね。短い一生だから、そうしてあとひと頑張りだぞって、2回セミを励ましたんですけど、なんか、ちょっといいことした気分でした。

と言いそうになったが、今度はおばちゃんがスルーしそうなので、やめておいた。

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2018年9月11日 (火)

NOLTYカレンダーC211は天皇退位と元号の変更にどう対応したのか

今年もC211が届いた
届いたと言っても、水回り修繕業者のチラシのようにむこうから勝手に届いたのではなく、昨日Amazonに注文して届いたのだ。


C211を使い始めたのは2004年。
2019年版は16年めになる。
2013年にフリクションを使うようになってからは、気軽にスケジュールを書き留めるメモとして「計画を立てる」ことを生活の柱としている僕にとって欠かせないツールになった。

2018年は新たに「V・ファーレン長崎」「レノファ山口」を応援するという「計画」が始まり、これでJ1 34試合、J2 42試合、合わせて75の「計画」が加わった。



早速、2019年版を開封する。
まずは、恒例の「変更点チェック」
2018年版は「週番号表示」が追加されたが、2019年版については変更点は見つからなかった。


つづいて、興味津々の「改元」対応チェック

【1月】
「平成31年 亥年」と表示されている

【2月】
特にチェックポイントなし
2020年からは、ここに天皇誕生日が加わる

【3月】
特にチェックポイントなし
いよいよ、4月
めくるのに、どきどきする

【4月】
一見何の変哲も無い4月のカレンダー
よくみても、やはり変わりは無い。
当然だが、4月29日は昭和の日と記載されている

報道によると
「4月30日 今上天皇退位」であり、政府は4月27日~5月6日を「10連休」とする検討に入った」とされていた。
この法案は2018年秋の臨時国会に提出されるので、現時点では未定。従って、カレンダーに記載はない。

【5月】
元号表記がなくなり「亥年」と表示が変わった
それ以外はなにも変わらない

【6月~11月】
特にチェックポイントなし

【12月】
12月23日の欄に「天皇誕生日」の記載はなく、祝日を示す網掛けもない。現時点では「天皇誕生日ではなくなること」だけが確定しており、その後のこの日の扱いは未定。


確定している情報だけを粛々と反映したというカレンダー。
よくよく考えれば、至極当然の対応。
これから先、国会で決まることは、僕等がかき込めばいいのである。


ちなみに、2019年祝日が土曜とかぶるのは11月23日勤労感謝の日、ただ1日のみ。
2017年は4回、2018年は2回あった。
暦通りのサラリーマンと、よい子の皆さんは「休みを損して」嘆く回数が最少で済むことになる。

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2018年9月10日 (月)

NOLTYカレンダーC211は天皇退位と元号の変更にどう対応したのか

来年のことを言うと鬼が笑うらしいが、僕は8月の半ばを過ぎると早くも来年のことが気になって仕方がない。
僕が4ヶ月も先の呑み会の日程を決めようと言い出すので、かつて、友達は「motoさん気が早いよ」「まだそんな先のことはわからないよ」と難色を示したものだ。
しかし、最近はそれにも慣れたようで気軽に相談に応じてくれるようになった。
ずいぶん先の計画を立てるのには理由がある。
僕の1年は8月の旅(里帰りとも言う)で区切られていて、この旅が終わると、1年先の計画へと暦モードが切り替わるのだ。
そして、この時期「そろそろかな」とチェックを始めるツールが2つ。
「ほぼ日手帳」と「C211」だ。
「カレンダー業界に配慮して・・」
日本のメディアはよく、こんな言い回しをする。
祝日が改訂される場合などに多い。
カレンダー業界は「1年半前くらいからカレンダーの印刷に入る」らしく、それまでに日程や名称が確定していないと「間に合わない」という論調だ。
カレンダー業界って偉いんだなぁ
と想う子ども達もいるだろう。
かつて「堅い業種」として「銀行」や「公務員」が人気だったように、数年後、カレンダー業界は就職希望職種のトップクラスに位置するに違いない。
2019年のカレンダーは、カレンダー業界、そしてカレンダーファンにとっては未曾有の年になる。
今上天皇の生前退位により「元号が変わることが事前に確定」しているという「現代カレンダー業界」が成立して以降、初めての年である。
しかも、その新元号は「改元一ヶ月前」公表が想定されている。
「カレンダー業界に配慮して・・」
1年半はおろか、半年前に発表することもない。
果たして、僕が愛用している卓上カレンダー「C211」は、どのような対応をするのだろう?
7月末に確認したところ「2019年版」の取扱は既に始まっていたが、納期は9月中旬とされていた。
9月に入って確認したところ、Amazon在庫では既に入荷していたので、例年どおり「2セット」注文した。
つづく

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2018年7月25日 (水)

駅で足を踏まれる被害者の会

全国の「駅で足を踏まれる被害者の会」の皆さん、こんにちは
その後、毎日のように足をふまれているでしょうか。


を書いてから早くも4年が過ぎようとしています。
僕の記憶ロジックに問題があるのかも知れませんが、それを書いたのは、つい昨日のことのような気がします。


あれからもずっと、定期的に駅の雑踏で足を踏まれ続けているのですが、いつも「ここで波風を立てたら負けだ」と言い聞かせて、耐えてきました。

最寄り駅には「暴力は犯罪です」という貼り紙があり、それは返って、駅で暴力沙汰が多いことの反証と言えます。

どこ、見て歩いてんだよっ!

いちゃもんの1つでも言おうと、振り返ったら、強面のお兄さんだった・・
ということがあるかも知れません。
そうでなくても、相手が「なんだよ?文句あるのか?」と応戦の表情を見せたら、売り言葉に買い言葉。何が起きるかわかりません。
特にこんな暑い夏には。


だからいつも、足を踏まれると1秒だけ動作を止め、背中で「え゛」「なんで?」という意思を示していました。
しかし、そんなことをしたからと言って、なんにもなりません。
それによって後ろから「すみません」の小声でも聞こえてくるかと耳を澄ますのですが、そこにはただ雑踏があるだけ。

ある時、僕の足を踏んだベルトの上に贅肉がはみ出しているおじさんが、改札を抜けると僕の右脇をすり抜けて追い抜いていきました。
そして、雑踏の向こうに見えなくなるかと思ったら振り返りました。
そして、すぐに「なんだ・・」という顔をして、前を向いて歩いて行きました。

どうやら、おじさんも足を踏まれたようです。
今し方、自分が踏んだ自覚があるから、踏んだ相手が報復で踏んだと思った様子。
しかし、遠くにいる僕の姿を見て「なんだ、違ったか」という複雑な表情だったのでしょう。

僕も他人の足を踏んでしまった時、後ろから踏み返されたことがありました。
相手は30代頃の女性でした。きっと、こんな静かなバトルが今日も都会のあちこで行われているのでしょう。


さて、ここからが現在の話しです。
最近、足を踏まれたら、振り返ることにしました。
でも、言葉では何も言いません。

「あれぇ、どうしたのかなぁ?今足を踏まれたような気がするけど、いったいどちらの方が、そんなに急いでいるんだろう?」
とコナン君の声で読むとぴったりの風情で、ゆっくり振り返るのです。

これまで3回やってみましたが、1回めは「無視」2回めは小声で「・・・」(ほぼ聞こえない)そして3回め、後ろを歩いていた40代頃の男性が「すみません」とはっきり聞こえる声で謝罪を述べられました。


だから「今日はいい一日だったなぁ、るんるん」と清々しい気持ちになるようなことはありませんが、悪い気はしないものです。

日本人が悪いなと思ったら、見ず知らずの人にも謝る。
「日本人って、雑踏で足を踏んだら、誤るんだぜ?incredible!」
と海外のSNSで話題になるような日が訪れることを願います。

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2018年7月14日 (土)

驚異の定年退職スピーチ(2)

花束とか持って電車に乗れませんから。だからと言って他に何も要りませんよ。お忙しい皆さんの時間をいただけるだけで、十分ありがたいことですから。

人の生き方の基本は「謙虚」と位置づけるサトウさん。
総務担当のタナカさんに対して、絶対になにも受け取らないぞという強い意志を見せた。
それに折れて花束や「間に合わせのメッセージ」といった趣向もなし。
記念品もなしかというと、それはさすがにスズキ部長が認めず「図書券を買って用意しておけ」ということになり、こっそりと田中さんがポケットに忍ばせている。


皆さん、おはようございます。
お忙しいなか、お時間をいただきありがとうございます。
今日でサトウさんが定年を迎えられます・・

スズキ部長が朝礼の口火を切る
人の言葉というのは、文字に書き起こすと、だいたい文法的にどこかおかしいもので、見るに堪えないのだが、空気を伝ってくる言葉に対して、そこまで神経質に聞いている人はいない。

だいたい、なんでお前が「お忙しいなか」とか言うんだよ。
それは、集まってもらっているオレの台詞だろ
スズキさんが用意している話しの尺よりも、長尺と思われる部長の話しが終わり、サトウさんの番がきた。
さぁ、サトウさん「構想10年」渾身のスピーチが始まる。



皆さん、今日は貴重なお時間を奪って申し訳ありません。
ご紹介いただいた通り、本日で失礼しますので、ご挨拶申しあげます。

私は常日頃から同じ会社に勤める者どうしは「家族」だと思ってきました。
従って、家族である皆さんがこれからも長くこの会社で勤められることをお祈りします。

ただ、日頃から同じ場所にいると、返って言いづらいことというのは少なくないものです。
恐らく、誰もが思っているのだろうけど、言いだしにくい。
こんなことを言ったら、調和を乱す輩と思われはしないか。

だから、私は最後にいただいたこの時間で、私が日頃思っていたけれど、私も、誰も言わなかったことを1つ申しあげたいと思います。


ウォシュレットで尻を浮かすのはやめましょう

サトウさんの耳に確かに、全員から「すぅーっ」と血が引く音が聞こえた。
世界中の「びみょー」という言葉は、この時サトウさんのためにあった。
世界中の「?」マークが、お忙しい中、サトウさんの聴衆たちの頭上に集まった。


個室に入ると、それはもう高い確率で便座に水滴が飛び散っています。
恐らく、何らかの理由でお尻が浮いてしまうのだと思います。

ここで、田中さんが必死で笑いをこらえているのが視界に入った。


私は初めのうちは「なんだよ、部屋を出て行く時は後ろを振り向いて、汚れていないか確認すればいいのに」と思っていました。

そして、そのまま座るわけにもいかないので、掃除をしていました。
ところが、おかげで金運がよくなり、お金に困らなくなったのです。

私はそのうち、水滴が飛び散っていると「よっしゃ」とガッツポーズをするようになっていました。
ますます、金運が上がっていくからです。

皆さんのおかげです。ありがとうございました。
ただ、ここに来なくなると、金運がおちるのでは?と心配です
(ここで、ようやく、かすかに笑いがとれた)

もしかすると、掃除のアルバイトでひょっこりお邪魔しているかも知れませんので、その節はよろしくお願い申しあげます。

皆さんのご健康とご発展を心よりお祈りしています。
お忙しいなか、お時間をいただき、ありがとうございました。

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