2009年11月 7日 (土)

人びとがローソンに通う理由

 マチのほっとステーション「ローソン」
 かつては、その看板の色と同様、その経営は青い息を吐いていた。
 このまま、コンビニはセブンイレブンの1人勝ちと思われていた。

 そんなローソンが、ホットな息を吐くようになったのは、2001年を境にしている。

 ローソンは当初、ダイエーを母体とするDCVSという会社が経営しており、ダイエー本社がある大阪を中心に店舗を展開していた。
 本陣である大阪府には、長らくセブンイレブンを一店も踏み込ませなかった。
 2001年、ダイエーから三菱商事に経営が替わって以来、好調が続いている。

●ローソンの歴史

1975年6月
大阪府豊中市南桜塚に1号店を開店。

1998年
店頭端末(DCT)ロッピを設置。

DCT 【 でぃーしーてぃー 】 Digital Contents Terminal
 コンビニ店頭などに置かれる端末装置。
 当初はデジタルコンテンツ、イベントチケットを中心に販売していたが、現在はチケットと一般商品を中心に販売している。
 先行していたのはデジキューブと、LAWSONのロッピ。
 セブンイレブンは2000年11月からWindows2000、SQLサーバー搭載機種の導入を始め、2001年5月までに全店導入を完了した。

ロッピ設置当初の目玉はポケモン関連商品の先行販売。
ポケットピカチュウ、ポケモン図鑑など、当時のヒット商品がロッピで先行受付された。
ECサイト@LAWSON注文分の、申込み票を出力するのにも利用される。

 導入当初、ローソン役員の講演を聞く機会があった。
 esshopのセブンイレブンの場合、申込み票は客がプリンターで印刷するか、13桁の番号をレジ係りに伝えるという運用であることを引き合いに「家庭用プリンターから出たバーコードでは読み取りエラーが出るかもしれない。ロッピの方がミスがなく、レジに列ができない」
 それから10年が過ぎ、どこのコンビニDCTも、ロッピ同様の運用となっており、ローソンの方針が正しかったことになる。

2001年2月22日
三菱商事がダイエーからローソン株の7.9%を取得。筆頭株主となり実質経営権を握った。

2001年7月
「ナチュラルローソン」の店舗展開を始めた。
ナチュラルローソンはフランチャイズ(FC)方式ではなく、すべてローソンの直営。

2002年
クレジット機能つきポイントカード「ローソンパス」開始

2005年
5月「ローソンストア100」の店舗展開を始めた。

2007年
現金ポイントカード「マイローソンポイント」開始

 ローソンパスはクレジットカード。
 ローソンの支払いはカードで済む。

店員「ローソンのポイントカードはお持ちですか?」
客 「はい」
黙っていると、カードを受け取った店員は来店ポイントをつけてカードを返す。
客は支払い手続き中だと思っている。
店員は「なぜ、財布をしまうのだろう?」と怪訝な顔をする。

店員「ローソンのポイントカードはお持ちですか?」
客 「はい、クレジットで」
こう言えば、店員はカードをスキャンして来店ポイントをつけた後、レジにカードをローディングして、支払い手続きをする。カードが出てきてから、レシートが出てくるまでにも数秒の時間がかかる。
朝の混んでいる時間帯、レジに人が並んでいる時はちょっと気が引ける。
「現金で払えよ」という心の声が聞こえてきそうだ。
2009年10月に直営店で使い始めた新型レジは、カード支払い処理が溝を通すだけになった分、処理が早くなった。

クレジットカードをもてない未成年が持つカードは「マイローソンポイント」
一度の買い物につき 1ポイントの来店ポイントがつく。
ローソンは会員向けに新商品のプレゼントや廉価販売を行っており、その引き替えにポイントが使われる。

大人も子供もポイントが嫌いな人はいない。
今日も人々は、ローソンに通う。
中学生はうまい棒を10本買うのに、一回ずつ店を出てポイントを貯める。

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2009年7月 3日 (金)

1996年 携帯電話 5000円

 ある日、僕は携帯電話のセールスマンだった。
 と言っても、本職ではない。

 取引店の新規開拓で名古屋市を回っていた時のことだ。

 その会社に行くのは、楽しみだった。
 いつもならば、一回りも、二回りも年上の怖そうな顔をした社長さんを相手に、全然びびってませんよという顔をして営業をしなければならなかったが、タケダ社長は僕より1つ年下だった。
 会社に商談に行くと言うよりは、遊びに行くという感覚で、当時、集めていたナイキの靴やG-SHOCKの話で盛り上がった。
 自宅におじゃまして、タケダ社長がハワイで買ってきたというナイキのフォームポジットを見せてもらったこともある。
 宇宙人の靴みたいで、一目惚れした。
 3ヶ月後、日本で発売された日には、榮のビースクエアの開店に並んで買った。

 本業は役務商品の販売なのだが、その社長はあらゆるものにアンテナを張り巡らせていた。

 ある日、いつものように遊びに行くと、タケダさんがチラシを作っていた。

「デジタルムーバ 5,000円」

 僕は1年前に携帯電話を買っていた。
 神戸で震災があり、携帯電話の購入に後ろ盾ができてすぐ。
 ドコモのお店で、総額は96,000円だった。

 その会社が売っている役務商品がおよそ 30万円。
 恐らく、その会員特典として廉価販売するのだろう。

「違いますよ、motoさん。ほんとに5000円で売るんですよ
 ただ、半年間解約できませんけどね」

 当時、携帯を解約するなんて発想すらない。
 10万円の大枚をはたいて買ったものを、解約してどうする。
 半年で解約する人なんて、いるわけないじゃないか!

 僕はそのチラシを1枚コピーしてもらい、会社に持ち帰った。
 何台くらい売ってもらえます?と、販売可能な枠を尋ねると
「何台でもいいですよ。5台売ってくれたら、1台motoさんにもあげますよ」

 そんなものは要らない。既に持っているし・・
 それよりも、同僚が びっくらこく顔が見たかった。

 僕の電話は飛ぶように売れた。

 「ほんとに、いいの?ほんとに 5,000円?」
 「絶対、裏があるに決まっている」
 「お前がバックマージンをもらうんだろ?」

 ナゴヤの人は疑り深い。
 そんなナゴヤ人を尻目に、転勤族の男連中が、俺も俺もと申し込んでくる。

9605




 いつ届くの?
 届いたら、motoにも、一杯おごらんといかんな。

 1996年4月、携帯電話を持っているのは、個人事業主ばかりで、一般のサラリーマンにはまだまだ高嶺の花だった頃。
 これで、自分もイカしたサラリーマンの仲間入り。
 誰もが、遠足を待つ少年のような目をして、納品を待った。

 1年後には、NECが折りたたみ式の携帯電話を発売する。今ではそれが標準だが、初めは誰も見向きもしなかった。
 その当時の携帯はすべて、このトランシーバースタイル。
 一斉に届いた翌日、誰もが、空いた手で受話器を作り、声を電話機に押し込んでいた。

 そんなことしなくても、声入るんですけど・・

 あれから13年。
 当時、僕から買って携帯デビューした15人は、そんな出来事を忘れているだろう。
 先日10年ぶりに東京で会ったタケダ社長は、昔とは全然違う商売をしていた。
 お揃いだった僕らのフォームポジットは、7年程度でダメになるナイキの靴には珍しく、今も現役を続けている。

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2009年6月 5日 (金)

また、何かありましたら、ご連絡ください。

 また、何かありましたら、ご連絡ください。

 それは、時と場合によっては、いたたまれない言葉である。

ある時、スーパーの駐車場で、車のエンジンがかからなくなった。
車を停める前に、バッテリーが上がるような、予兆はなかった。
そもそも、セルモーターが回る音さえしない。
こんなことは初めてだ。

携帯電話で、ディーラーに問合せた。

「ブレーキペダルを踏んでいますか?」

ブレーキを踏んだら、すぐエンジンはかかった。

すみません、かかりました・・・
お騒がせしました。

こんな、初歩的なもの忘れで、慌てて泣きついてしまったのか。
情けない思いで、電話口で詫びた。

そこに、その言葉がきた。

「また、何かありましたら、ご連絡ください」

 もう、こんなど素人質問で、恥ずかしい思いをしたくない。
「また、何かあって」はならないのだ。

 ある時にそれは、言う側にとっての、親切の押し売り言葉だ。

ある時、インターネットがつながらなくなった。
さっきまでは、つながっていたのである。
パソコンの再起動もしてみたが、やはり、つながらない。
モデムのパイロットランプを確認したが、正常を示すグリーンのランプが並んでいる。
こんなことは、初めてだ。

キャリアに電話をかけて、問い合わせた。

「モデムの電源を一旦切って、10秒ほど待ってから、もう一度電源を入れてみてください」

言われた通りにやってみると、ネットワーク接続が復活した。

狐につままれたような気分だが、現状が復帰したことは、とてもありがたい。
感謝の言葉を述べた。

そこにも、その言葉が追い打ちをかけてきた。

「また、何かありましたら、ご連絡ください」

そんなに、何度も何かあったら、たまらない。
それでも、彼らは、最後にそれを言わずにいられない。

ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
けれども、私たちは、今日もそして、これからも、真摯に対応いたしますよ。
逃げも隠れもしません。
お問い合わせいただくことは、我々には歓びなんです。
お客様の声がきけますから。
我々は、こんなに親切ですよ。
ユーザー思いなんです。

その言葉が持つ 慇懃な意味合いには、礼を失わずに返す言葉がない。
その言葉を、ただ、黙って聞くだけだ。

わずか20文字、この言葉を聞く、10秒はとても長く感じる。

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2009年2月 9日 (月)

ペットと一緒にはいれる基地

ネットを見ていたら、隅っこにある広告バナーに目がとまった。

ペットと一緒にはいれる基地

どんな基地だ?
秘密基地か?
よくみたら

ペットと一緒にはいれる墓地
だった

どんな墓地だ
ペットが先に入って待っているのか
あるいは、人が先に入って待っているのか
いや、ペットが入れるレストランみたいに
ペット同伴可という意味か・・
そもそも、ペットが入れない納骨堂や墓地というのを聞いたことがない。

知りたいとは思わないから、クリックしなかった。
と、ここまで下書きして三日放っておいた。

やっぱり、気になる。
ネットで検索した。

ペットと一緒にはいれる基地

Googleは個人名の書類が1位に出てきた。
10位内に霊園業者らしきサイトはない。

yahoo!はとどうか。
Googleとは全然出てくるサイトが違う。
だが、やはり霊園業者はない。

おかしい・・

あ、
ペットと一緒にはいれる基地
で検索していた (笑)

よし、今度こそ

ペットと一緒にはいれる墓地

おぉ、今度はたくさん出た!
57,800件
Googleはアドワーズ(右側の関連語句広告)もたくさん出ている。

Yahoo!はどうか
605件
以前は、Googleと比べて、Yahoo!のヒットページ数は桁違いに多かった。
だが、Yahoo!はこのところ、ヒットページ数を絞り込む仕組みに替えたようだ。

Yahoo!も、右側にたくさんの広告が並ぶ。
どうやら、ペットと一緒にはいれる墓地は、激戦市場のようだ。
需要があるから、市場が成り立つ。

日本の金融資産は1400兆円。
日本には、まだまだ魅力ある需要が足りない。



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2007年7月10日 (火)

エアエッジとお別れの日

 2007年7月、5年使ってきたAir H゛とお別れする日が来た。

 KX-HV200ではエアエッジ(32Kbps)を27か月使った。
 2002年5月頃までは0時前後、回線混雑が激しかったがその後改善された。

 DDIポケットには、ウェブサイトに回線混雑について報告する画面があった。
 混雑するかどうかはキャリア側のアンテナ数で決まる。
 この会社はユーザーの声に敏感で、対応が速かった。
 ウィルコムもその画面を引き継いでおり、今も改善要求を出すことはできるし、顧客対応のメールもきちんと返ってくることには変わりない。

 32Kbpsは決して高速ではないが、2400bpsのダイヤルアップ時代を経験しているので遅くは感じない。
 しらべるのようなテキストだけのWebページやメールのアップロードではストレスは感じない。
 もしリンクをクリックして受信中になったら、その間を利用してコーヒーを飲む。手帳に気付いたことを書く。本を1ページ読む。今だったら「ありがとう」を言えるだけ唱える。隙間時間も、利用する意識があれば楽しく過ぎる。
 京ぽんに替えてからは、上りも32Kbpsになり、快適さが増した気がした。

 2007年7月、5年使ってきたAir H゛とお別れする日が来た。

 2007年、エアエッジは混雑がひどく、ほぼ全日「待機中」となった。
 過去の例に倣い、ウィルコムに施設増強を申し入れた。極力速く対応しますという返信はあったものの、待機中状態は変わらない。

 32Kbpsという遅さでも「受信中」であれば時間が読める。
 だが「待機中」というのは受信中以前の問題。
 3本しかない回線に4ユーザーが要求をかければ、1ユーザーは待機中となる。これは企業のイントラネット、一般キャリアでも論理的には同じだ。

 ただ、10MbpsクラスのADSLならば、待機した後が速い。
 だが、32Kbpsのエアエッジでは待機した後もまた長い。
 エアエッジが毎月2000円程度のサービスならば、これでも我慢する。だが長期割引を受けても5,000円前後という料金では見合わない。

 今は光ファイバーでも2,980円という業者がある。 毎日、外回りで仕事をしている人でもなければ、家庭でエアエッジを使う人はいなくなるだろう。



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2007年7月 9日 (月)

携帯の充電器が要らなくなった年

 京ぽんは雑誌だけに留まらず、多くの書籍が出版されている。

 2004年8月「京ぽんの本」魚輪タロウ 毎日コミュニケーションズ 発売。京ぽんでブラウズする便利なサイト紹介から無料の着メロ・などの裏ワザを紹介。

 2005年1月「逆転戦略ウィルコム」では
"この製品は実は化け物のような商品なのである"と紹介されている。
 移動電話機を使ったネットブラウジングはFOMAauにも定額制があったが、パソコン接続利用時も含めて定額なのは2005年3月現在エアエッジホンだけ。
 ドコモau携帯では電波の割り当てに限界があり、パソコンと接続してのモバイル利用を定額にするのは難しい。

 2005年2月2日、DDIポケットがウィルコムとなり、これに対応したAH-K3001Vのソフトウェアが公開された。何を対応したかというと初期画面に出る社名ロゴの変更だけ。

 5月、非売品ブック「私が京ぽんを使う50の理由」アスキー~が店頭のプロモーション用に制作される。この本はわかりやすいのにハイレベル、編集者のセンスの良さが伺われた。

 京ぽん+エアエッジの仕様
上りと下り共に32Kbpsの速度が出る。
 
旧来のエアエッジは上りは17Kbpsだった。
USBケーブル付属。USB充電可能。
 ケーブルが同梱され、充電器が無用の長物となったのは2004年である。
カメラ付き(11万画素)
 待ち受け写真としてはこれでも十分。1995年に出た元祖デジカメQV-10は25万画素。
「Opera」ブラウザー搭載。
 2005年7月の時点でミクシィの京ぽんコミュニティには3000人が参加していた。

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2007年7月 7日 (土)

社員は我慢してるんですよ

 彼のKX-HV200も、ぼろぼろに傷が入っていた。
 僕も同じだった。
 電話機として使い通信端末としても使うという状況のせいなのか、塗装が弱いのかはわからない。
 ただ、同じ電話機をぼろぼろになるまで使い込む二人は、初対面で意気投合した。

 その彼が「今売れているんですよ」と教えてくれたのが京ぽん。
 エアエッジの端末として使えるというのはKX-HV200と同じだが、POPメールが電話機で受信できるというのに惹かれた。
 その頃まだパソコンがあるところでしかメールは読めなかった。
 今思えばそれで何が悪いのかと思うが、人は無いものをねだる。一度手に入れなければ、本当に必要なものなのかはわからない。

 京ぽん2004年7月時点の実勢価格は新規7,800円、機種変更9,800円。
 発売から7月末までは品薄で、一部の大手量販店にしか並んでいなかった。当時はシルバーに人気が集中していた。増産分が8月に入って供給され、ようやく市場に出回った。

 そんなに、いい商品ならばなぜあなたは買わないの?
 そう問うと彼は答えた。
 「品薄だから、社員は我慢してるんです」

 僕はその言葉を聞いて、キリン麦酒の話しを思い出した。
 親戚が下関で酒屋をしている。
 夏休みに遊びに行き甲子園を見ていると、近くの漁協から電話が入る。どうやらビール1ダース贈答品の注文らしい。
 電話を受けたおばあちゃんに、もう亡くなったおじちゃんが叫ぶ。
 「銘柄(の希望)はあるんか?アサヒ持っていけぇや」

 麒麟は売れているから、客の指定がないのならば売れ残っているアサヒを持って行け。
 今とは違うそういう時代だった・・

 1台だけならなんとか手に入れますよという彼の誘いに、それでも1日考えてからお願いした。2週間後、まだ市場にはなかった電話機が手元にやってくる。
 こうして、足回りエアエッジは2台めの電話機を迎えることになった。

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2007年7月 6日 (金)

PHSが貧乏臭くなくなった日

 2004年5月14日、AH-K3001V
 愛称「京ぽん」が発売された。色はシルバー・白。
 シルバーと白は機能は同じだが、ボタンに刻印された文字のフォントが違っていて、白のほうはイタリックの数字が刻印された。

 エアエッジホン登場時、日本無線製の電話機には「味ぽん」というニックネームが付けられていた。
 「京ぽん」は京セラが「味ぽん」の物足りない部分を補って開発するエアエッジホンという意味で、ネット上のコミュニティで生まれたニックネームと考えられる。

 電話機発売の翌月、電話機メーカーの京セラがキャリアのDDIポケットの買収を発表する。

 その頃、モバイル端末を営業に持たせるシステムを設計していた。エアエッジを使っていた僕は、まだDDIポケットという会社の社員にご足労願い、導入を探っていた。
 その営業さんが「京ぽん」を教えてくれた。
 彼は僕と同じPanasonicのKX-HV200を使っていた。

KX-HV200
 DDIポケット用 AirH゛対応の折り畳みPHS電話機。
 2000年の発売当時はようやく、携帯電話で折りたたみ(シェル式)が定着しつつある頃で、PHSのシェルは珍しかった。PHSが貧乏くささを脱するきっかけになった機種と言える。
 発売当初の実勢価格は 新規10,800円~12,800円。

 日本初の機構として、ボタンを押すと折り畳んだ状態から90°までシェルを開けることができた。
 専用USBケーブル サン電子 PSP01(標準価格 6,980円 実勢価格 4,970円)でパソコンと接続すれば、AirH゛端末としても使える。

 そう、まだこの頃はUSBケーブルは同梱ではなく別売。
 しかも高価。
 そして、USB充電という今は常識の機能もなく、どこかへ出かける時は充電器が手放せなかった。

 またサン電子 PSP01は発売当初「WindowsXPにも対応予定」とアナウンスしていたがいつまでも対応のドライバーが出ず、WindowsXPパソコンでは不具合が出た。しびれを切らしてメーカーに問い合わせたところ「IOデータから出ている(WindowsXP対応の)ケーブルに買い換えてほしい」と代金を返してくれた。

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2007年7月 5日 (木)

エアエッジの歴史

2001年
 8月、サービス開始。32Kbpsのみ

2002年
 3月26日、128Kbpsのサービス開始。

2003年
12月「トルネードWeb」機能が使えるようになる。

2004年
 5月、京ぽん発売。
 6月、エクィティファンド「カーライルグループ」と京セラがKDDIの子会社DDIポケットの買収を発表。
 6月からFOMAが「パケット定額制」になったが、これはiモードだけの定額。パソコンのネットワーク通信は定額にならなかった。

2005年
 2月、DDIポケットがWILLCOMとなったのを機に、商標をAir H゛からAIR-EDGEに変更。MEGA PLUS(高速化サービスV)開始、2005年7月末まで無料お試し期間を実施。

2005年
 1月「逆転戦略ウィルコム」鈴木貴博 ダイヤモンド社~出版。
 PHSの歴史、ウィルコム事業大化けの可能性が詳しく書かれている。
 2月2日、DDIポケットからウィルコムに社名変更。
11月、シャープがW-ZERO3発売。

2006年
 4月15日、エアエッジで続けていた「メガプラス」の無料お試し期間を終了。メールによる案内によると、ユーザー側でソフトをアンインストールしなければ有料請求される。

 エアエッジの歴史の中で京セラの「京ぽん」とシャープの「ゼロ3」が生まれた。こうした新しいケータイのカタチを提案をしながら、エアエッジは歴史をつくってきた。

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2007年7月 3日 (火)

PHSをケータイといい始めたのは?

 ハイブリッド携帯 H゛
 基本料金¥2,700(年間契約すると15%オフで2,295円)
 PHSは音がいいのが特徴。
 デジタル携帯電話は相手の声が聞き取りづらいのに対して、PHSは固定電話と同等の通話品質。

 音が良くて、通話料も安いPHS。
 もっと売れてもいいはずだが、携帯ユーザーは敬遠した。

 本音のところは「ぴっち」という貧乏臭さが「070」という番号を言った途端にばれてしまうのを怖れていたのだろうが、それは公言しづらい。
 人々は違う理由を口にした。

 「PHSって、切れるでしょ」

 実はこれ、ドコモとアステルの欠点であり、DDIポケットは違っていた。
 エッジでは当初から電波の捕まえ方を工夫して「切れない」ようにしていた。実際に使っていて、切れた経験は新幹線に乗っていた時だけだ。

 貧乏くさいPHSだが「ハイブリッド携帯」というネーミングでPHSの文字がなくなった途端、発売直後に雑誌各社が行ったアンケートでは、すべての携帯・PHS中でナンバー1の評価を得ていた。
 2007年の今、ウィルコムはPHSを「ケータイ」と呼称しているが、2000年から既に「携帯」と自称していたのである。

 エッジという名前が定着したのは翌年。
 2001年8月、PHSによる 使い放題・無線インターネット接続サービス「AIRH゛」がサービスを開始した。

 【 えあえっじ 】
■料金
 月額基本使用料5,800円
 年間契約すると初めから 5,176円(中途解約は違約金 およそ2000円をとられる)
 12か月を超えるとさらに5%割引で4,750円。
 3年超で4,567円

■接続方法
 下記4つのうち、いずれかを選ぶ。
・エアエッジホン
・AIR-EDGE対応電話機+USBケーブル
・USB型通信機
 AH-F401Uなど
・AirH゛カード
 PCカードスロットに挿して使う。
 別売イヤホンマイクをつなぐと音声通話もできるが、使い勝手はよくない。

■接続スピード(当初)
 標準コースは32Kbps。128Kbpsコースもある。

 データ通信の基本料金(5,176円)を払えば、音声通話の基本料金を別に払わなくて済む。通話料は割り増しではなく、標準通話料。
 日本で初めて、無線で使い放題という思い切ったサービスは、ノートパソコンを持ち歩く人たちに大人気となった。

次回は7月5日

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2007年7月 2日 (月)

ハイブリッドな携帯

 プリウスが世に出てから、ハイブリッドは自動車用語になった。
 だが、1995年から1997年まではハイブリッドと言えばパソコン用語だった。
 ハイブリッドの意味は「両方」
 1枚のCD-ROMで、Windows、マック、どちらのパソコンでも動くソフトを「ハイブリッド版」といった。
 ハイブリッド版は、どちらのOSでも動く魔法のプログラムが入っているわけではなく、1枚のCD-ROMの中に、Windows用プログラムとマック用プログラムを両方入れただけ。
 ハイブリッドカーがガソリンと電気を切り替えながら動作することと対比すれば、パソコンソフトのハイブリッド版は純然としたハイブリッドではなく「Windows、マック同梱」に過ぎない。
 ただ、当時そんなことを詳しく知っている人はいなくて、あるメーカーはハイブリッド版のソフトを「プログラム容量は580MBの高機能」と宣伝していたが、実際、ユーザーにとっては「290MBの価値」ということだった。

 プリウスの3年後、ハイブリッドな携帯が、ドコモから出た。
 「ドッチーモ」 1台でPHS、携帯電話の2役をする。
 PHS+iモード携帯が合体したスーパードッチーモもあった。

 電話番号は携帯(090)、PHS(070)それぞれ1つ。1台の電話機で、2つの番号を持つ。通話中はもう一方の電話番号は「オフ」の扱いになる。
 既にドコモの携帯電話またはドコモのPHSを持っていて、ドッチーモに変更する場合は、既存の番号をそのまま使えた。

 高速移動時や、iモードでネット接続する時は「携帯」、音声通話や通常のデータ通信時は「PHS」と、2台の電話機を持っていて使い分けている人がいる。という想定で発売されたのだが、間もなく市場から消えた。

 同じく2000年、 ハイブリッド携帯H゛をKDDI(発売当初はDDIポケット)が発売した。「H゛」と書いてエッジと読む。
 ただ「ハイブリッド携帯」と言っているが、中身はPHS。
 いったいどういうハイブリッドなのかというと、これがよくわからなかった。

つづく

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2007年6月30日 (土)

ごめん キャッチ 入ったみたい

 「ぶつっ あ、ごめん キャッチ入ったみたい」

 だいたい、人と話してる時に他の電話に出るなよな・・
と口では言えないので、じっと保留音を聞いて待つ。
 時には、じゃあとでかけて!とか言われて切られることもあった。

 携帯がなかった時代、友達への電話は相手の自宅にかけていた。
 実家に住んでいる友達と話していると、よくキャッチ待ちがあった。

 電話相手との力関係を瞬時に浮き彫りにするサービス。
 それがNTTのキャッチホン。

 キャッチホンは話し中に、電話がかかってきたことがわかるサービス。
 インターネット、FAX通信中にキャッチホンが入ると、通信が乱れたり、切れたりすることがある。

 それを改善したのが「キャッチホンⅡ」月々の使用料は500円(サービス開始当時)
<NTT資料より引用>
 お話中に他から電話がかかってきた時、簡単操作で切り替えられるキャッチホン。でも時には「大切な電話の時に切り替えにくい」「切り替えないと、留守だと思われる」ということも…。
 キャッチホンⅡは、後からかかった電話に出られない時に、お客様に代わって音声で応答し、メッセージを録音します。
 通話後、メッセージがあることをお知らせします。

 ポケベルがなくなった今も、キャッチホンはやっている。
 今は値下げして月々315円。
 局内工事(コンピューターによる設定)で済むため、NTTとしては辞める理由が見つからないのだろう。

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2007年6月25日 (月)

固定電話の逆転

 クレジットカードの仕事をしていると今は固定電話が自宅にない人がいるということを想起する。

 固定電話とは家庭・事務所に設置された電話。加入電話ともいう。本来、NTT東日本・西日本のサービス。現在は自由化されて各社が参入している。
 これに対して移動して使える無線電話を移動電話という。
 今ならば一般的には「携帯電話」と言ってしまえば事足りるが、かつては自動車電話、携帯電話、そして今もウィルコム1社が残っているPHSがあった。中央省庁が名称を定義する場合は、それらを総称する移動電話という言葉が今も使われている。

 NTTよりも安いKDDIのプランでも固定電話の基本料金は1,700円。一見安そうに見えるが、12か月では20,400円。
 独り暮らしの人であれば削りたい出費の代表格だろう。

 移動電話の加入台数が家庭や会社の固定電話を上回ったのは2000年3月。もう今から7年も前のことだ。

【 2000年3月末データ 】(郵政省、NTT発表)
固定電話 5,544万台
移動電話 5,684万台
移動電話普及率 44.8%

 「移動電話が固定電話を逆転」は1999年12月にも報道されたが、郵政省が発表した2000年3月が「逆転」時期としては正しいと思われる。
(1999/12報道によると、移動電話加入台数は5,770万台とされていた)

 行政指導で1円携帯がなくなるという。
 頻繁に機種変更する人の費用(機械の代金)を、一機種で長く使っている人が(割高な通話料で)払っている図式を正すのが狙いだそうだ。

 このような目に見えない不公平は、世の中に数多いだろう。
 一つでも正そうとする姿勢はよいことだ。

携帯電話の歴史

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2007年1月 9日 (火)

PHSの歴史

 2007年の今、死語になりつつあるPHSは1995年に、その歴史の幕を開けた。

1995年
7月、NTTパーソナル、DDIポケットサービス開始。
10月、アステルがサービス開始。

1997年
利用者が700万件をこえる。

1998年
12月、NTTパーソナルのPHS事業をNTTドコモが引き継ぐ。
12月1日、PIAFS64Kデータ通信サービス開始。

2000年
 5月、利用者578万件。

2001年
 8月、データ通信つなぎ放題AirH゛始まる。

2002年
11月、570万件。
ドコモ、アステルのデータ通信速度は64Kbpsだが、DDIポケットは128Kbps対応サービスを開始した。

2004年
 5月、DDIポケットがエアエッジホン「京ぽん」を発売。

2005年
 2月、DDIポケットがWILLCOMとなる。
 2月28日、ドコモ、PHS事業からの撤退を発表。この時点のユーザー数は135万。
 4月20日、アステル東京電話が新規受付終了。
 4月30日、ドコモが新規受付終了
 7月、アステル東京電話がユーザーに解約か、ボーダフォン(携帯電話)への乗換の選択を求める案内を発信。
 8月31日、アステル東京電話がPHSサービス終了。

 2007年の今、ウィルコムという名称は何食わぬ顔をして、携帯電話3社と並んでいる。
 PHSという言葉もあまり聞かなくなった。

 もうPHSと言わなくていいのだろうか。
 堂々と「僕の携帯はね・・」と言ってもいいのだろうか。
 070・・と言った途端「それピッチじゃん」というツッコミはもうないのだろうか。

 まだまだ、小心なPHSユーザーは疑心暗鬼なのである。

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2006年11月 2日 (木)

インクジェット年賀はがき

 パソコンのプリント用にインクが乗りやすく加工した お年玉付き郵便はがき。インクジェットプリンター用だが、ふつうにペンで書くことにも支障はない。

【 インクジェット年賀ハガキの歴史 】

1997年
発売。

1999年末
近年、通常の年賀状は売れ残るようになっていたが、インクジェット年賀状だけは完売した。
同じインクで試した場合、従来の再生紙年賀状では色がくすむ。
1999年末、インクジェット年賀状が品切れした後、再生紙にプリントした見本のみを掲示して「充分な画質です」と謳って販売していた郵便局があった。とんでもないことである。

2000年末
6億6200万枚を発売、ほぼ完売。セブンイレブンでは「インクジェット、早くも品切れ」と掲載した朝日新聞の記事を発売数日後から店頭に掲示していた。

2002年末
14億枚発売。全体が38億6,500万枚なので36%。3分の1を超えた。

2003年末
19.5億枚発売。全体は44.5億枚なので44%を占めた。年を越しても売れ残った。

2004年末
22億6,609万枚発売。全体は43.5億枚なので52%。ついに半分を超えた。
「インクジェット紙光沢年賀はがき」1枚65円×1億枚を、首都圏エリア限定で初めて販売。

2005年末
22億7,000万枚発売。全体は40億8,500万枚なので55.5%。

2006年末
22億3,000万枚発売。全体は37億9000万枚なので58.8%を占める。
1997年の発売以来、発行枚数は右肩上がりだったが、初めて発行枚数が前年を割った。年賀はがき全体に対する占有率の右肩上がりは、依然として続いている。

 数年前から、10月末になると郵政公社に勤務する親戚から電話がくるようになった。 販売枚数のノルマがきついのだそうだ。
 送料、振り込み手数料を個人負担してでも、ノルマを捌かなければならないとは、世の中は厳しい。

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2006年3月 4日 (土)

NTTの先見性

 無線の電話が普及すれば、身を置く場面に突然電話がかかってくる。レストランでのデートや電車の中、会議など行為そのものが、電話により中断される。禁電席、禁電タイムが必要になるだろう。

 「2005年の社会と情報通信」NTT出版 にこう書かれている。
 1991年9月のことである。

 14年後の社会を予測した本を出すという意図がよくわからないが、その先見性は確かだ。当時まだ携帯電話は登場前で、パソコン通信はあったものの、インターネットという言葉はなく、当然、この本には登場しない。

 行為を中断されることが嫌いな人、スタイルとして格好悪いと思う人は今でも携帯を持たないし、持っていても会社の引き出しやカバンに入れたままにしている。

 携帯をかけながらの運転も依然として頻繁にみかける。狭い道を徐行もせず走ってくるクルマの運転席を見やると、だいたい電話中だ。

 禁電席は実現したが、まだ禁電タイムは実現していない。あと大丈夫じゃないのに「大丈夫」というのは禁電語に指定したい。

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2006年2月18日 (土)

M-stage music

【 えむすてーじ みゅーじっく 】
 2001年1月15日開始。
 
ドコモが提供するPHS向け音楽配信サービス。楽曲の料金とダウンロード中の通信費がかかる。配信システムはトライノーツ社が運営(ドコモ、松下通信工業、伊藤忠商事、ソニー)

 PHSにもかつて、こういう華やかな時期があったのだ・・としらべるを見ていて思い出した。

 今使っている京ぽんはPHSだが、毎日時速300kmで移動する仕事ではない僕には、なんの不自由もない。願わくば、携帯のユーザーがそれに気づいて流れてこないでもらいたいくらいだ。

PHSの歴史

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2005年11月24日 (木)

海外のドコモ携帯にかけるといくら?

 デコファン仲間が3人も22日のチャンピオンズリーグをカンプノウに見に行った。自分もバルセロナにパソコンを持参してインターネットにつないでいたので、メールが来るのは驚かないが、日本からバルセロナにいる友達の携帯に電話やメールができるのはちょっと驚く。

 ただ、いつもの携帯番号にかけて、相手がスペインにいる場合、料金は国際電話並みの料金なのか?気になるので調べてみた。

 日本にいる時にドコモ携帯で国際電話をかけるならば 「ワールドコール」だが、海外で使う場合、ムーバならば「ワールドウォーカープラス」、FOMAならば「ワールドコールウィング」なのだそうだ。なんだかややこしい。

 日本から 成田発でバルセロナに行った友達に電話する場合、かける方は最後に電話を切った地点(たとえば成田)までの通話料を支払う。転送料は受ける方が払う。転送料はスペインの場合、FOMA:1分間110円、MOVA:1分間121円である。

 ちなみにメールだと、送信側は当然タダ。受信側はスペインの場合、250文字まで1通あたり 50円(FOMA、MOVAとも同額)だそうだ。倹約したければ、受信者は受信メールを選べるらしいが、海外旅行中に50円をけちってメールを見ないような人はそもそも、携帯を持っていかないだろう。

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2005年10月14日 (金)

PHSを使う勇気

 PHSは電車の優先座席付近でも使えるのだが、僕はそこでPHSを使う勇気がない。PHSから出る電磁波は携帯電話の10分の1。PHSは病院で医者が首から下げているくらいだから、どこで使っても問題はないのである。でも使う気にはなれない。

 「なに携帯つかってんだよ」「いえ、これピッチなんで・・」「はぁっ?というやりとりを空想しただけで滅入ってくる。
 「PHSは電車でも使えます」と宣伝しても売上が伸びるとは思えないからウィルコムだってわざわざお金かけて啓蒙活動はしないだろうし、例え社会に周知したところで「なに使ってんだ?」という人はいなくならないだろうから、京ぽんユーザーもわざわざリスクを冒してまで使いはしないだろう。「安全マーク」のステッカーでも作ればいいのにと思ってみても、「そんなんじゃ、わかりにくいし、それを携帯に貼る人がきっといるよ」と言われて前に進まない。
 でも、そうやって社会の鈍さをあきらめてかからないといけないところが切ない。

 アステルが「もうすぐやめます」と止める2か月前に手紙を送ってきたのにはびっくりしたが、これでPHSを続けるのはウィルコムだけになった。それにしても未だにピッチというと「つながらないからなぁ」というステレオタイプなことを言う人が居るのには閉口する。2005年度末のウィルコム人口カバー率は99%だし、つながらないのはドコモのPHSの話しである。噂には聞いていたが、実際に営業マン16人にドコモPHS+@FreeDを持たせたところ、大阪のど真ん中で本当につながらなくてびっくりした。ウィルコムとドコモでは電波の方式が違うのだが、一般の人にそんなことはわからない。どちらも同じPHSだとしか思わない。

 PHSを使っていて不自由なのは "自分の電話機をなんと呼ぶか" に悩むことくらいだ。「070はピッチじゃん」とつっこまれたくないから「携帯」とはいいにくいし、だからと言って、自ら「ピッチ」と言うのはなんだか自虐的な気がする。仕方なしに「電話機」とか「電話」とか言っている。

 あとはウィルコムに足りないのは、災害伝言板機能だけである。

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