2018年7月 5日 (木)

まさか、この歳で論文を書くとは想っていなかった

権田さんの指導によりMIND-SAを学んでから1年半が過ぎた頃、僕は先輩の勧めにより「企業論文」なるものを書いていた。
歳がいってから始めた「プログラム」は相変わらず不得手だったが、人と会って分析して決めて作るという「SE」の流れは、長く「営業」だった僕にはシームレスに入れる仕事。

MIND-SAの基本を得たことで、なんとか「なんちゃってSE」気取りができるようになった頃「そろそろ書いてみては?」と勧められたのだ。


これまでの生涯では「日記」に始まり「作文」「詩」「卒業論文」「レポート」といろいろな文章を書いて来た。
小学校に入学する数日前、母が僕の机に一冊のノートを置いた。
メーカーは「セイカ」だったと思う。
表紙には「日記帳」とあった。

今日からこれを毎日書きなさい

「あんたは素直さが足りない」
と何度、母から怒られたかわからない僕が、なぜこの指示に素直に従ったのかを思い出せない。
今となってはそこでどんなやりとりがあったのか、浄土の母に聞くことも叶わない。

最近、親が存命の人に「子どもの頃の自分について、聞けるのは今のうちだよ」と進言している。
17歳の自分が何に熱中していたか?
虐められて帰った日、僕はどんな様子だったか?
ききたいことは、ふとした時に現れる。
「自分が覚えていない自分」を知っているのは、同居していた親族だけなのである。


僕は小学校6年間、母の言いつけを守り日記を書き続けた。

そのお陰で「なにか書いて」と言われ、負担に感じたことはない。
だが、学者でもない社会人が「論文」を書くことになるとは思っていない。
論文は学生の「卒論」だけで卒業だと思っていた。


論文とは
「はじめに」で始まり、「おわりに」で終わる作文
(しらべるの定義)

既にいくつかの企業論文を書き終えた今となっては、気軽にこんな定義ができるのだが、当時「型式」「章立て」「使用禁止文字」など様々な制約に慣れない僕は、遅々として筆(指)が進まず苦しんでいた。


論文と呼べる条件は次の通り。
■起承転結をつけるか筋立てがしっかりしている。
■根拠を示す。「**という声がある」というような表現はダメ。
■事例の発表か、具体的な提案をテーマとしていて、それが読む人に有益なものである。

従って「1年間寝る前にチョコを食べたら3キロやせました」というような事例報告だけではダメで、根拠が明らかで、それが読む人の利益につながらなければ「論文」と言えない。
といっても「論文」の体を成していない駄文でも「論文」だと言い張れば、それは「論文」として扱われるのだが。


苦しみ続けたが、なんとか出口は見えてきた。
ギブアップしようかと思ったこともあったが、品質は二の次として、なんとか「完成」に漕ぎ着けそうである。

そんな論文の提出〆切が近づいたある日、思いも掛けぬ出来事が起きた。
そして、僕はトランスコスモスに救われることになる。

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2018年7月 4日 (水)

「考えて理解してまとめ直す」ことで覚えていく

何事も理解して腑に落ちないと動けない、いわゆる「頭でっかち」な僕は、系統的に学ぶことが嫌いではない。
それが、横文字専門用語の羅列であったり、数学や化学のように数字や記号で書かれているとお手上げだが「MIND-SA」は紛れもなく日本語でシンプルに書かれていた。


僕は「考えて理解してまとめ直す」ことで覚えていく
これは中学校の時から変わらない。
当時はほぼすべての授業を寝ていて、定期試験前日いわゆる「一夜漬け」の時に初めて教科書を見るのが常。
試験まであと数時間となっている時も、僕は考えをまとめるノートを作った。
試験開始まで、そのノートを見返す時間はないかも知れない。
それでも、まとめて書き込まないと気が済まない。


MIND-SAのテキストで理解したことを、エクセルブックでまとめていく。
中学校の頃はパソコンはおろか「消えるペン」フリクションもなかったので、ノートに書き込むのは一発勝負。
だからこそ、脳の回転数が上がったかも知れないが、やはり、書き直せるに越したことはない。

これについて、村上春樹がとてもいい文章を残しているので、少々長くなるが引用する。

(引用ここから)
文章を書くというのはとてもいいことだ 。少なくとも僕にとってはとてもいいことだ 。最初にあった自分の考え方から何かを 「削除」し、そこに何かを「挿入」し 「複写」し「移動」し「更新して保存する」ことができる 。そういうことを何度も続けていくと 、自分という人間の思考やあるいは存在そのものがいかに一時的なものであり 、過渡的なものであるかということがよくわかる
(引用ここまで)
「遠い太鼓」村上春樹


「遠い太鼓」は村上春樹が「ノルウェイの森」を書くために欧州に長期滞在していた時に綴った日々のメモをまとめた随筆。
僕は「村上主義者」ではないので、村上個人の暮らしに興味は無いが、物書きが日々こんな暮らしをして、どう考えているのかが読者に対して親切に書かれている文章はとても勉強になるし、そもそも楽しい。
僕はこの文章をいつも目の届くところに置き、折に触れて読み返している。


数年の間「削除」「更新」「移動」などを繰り返した末、僕の中でのMIND-SAは諳んじることができるまでに脳に定着した。
この時、学んだ理論は大きなプロジェクトに関わることがなくなった今でも、身近な分析に役立てている。
違う言い方をすると、MIND-SAという基礎がなければ、僕にとってのこの20年はまったく違ったものになっていただろうし、これからの数十年も大きく違うだろう。

MIND-SAを教えてくれた権田さん
人に厳しいことを言えば「嫌われる」「波風が立つ」リスクをものともせず言ってくれた「アマチュアの詳しい人とプロは違うんだよ」という名言を生涯忘れない。


と、ここまで書いたが、これでは「権田さんへの恩義」「MIND-SAへの恩義」であり「トランスコスモスへの恩義」ではない。
話しはつづく。

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2018年3月 9日 (金)

就活の学生さん!会社の選び方

2018年は3月から会社説明会が解禁されました。
(試験解禁は6月1日)
「就活2019シーズン」の幕開けです。


まず、就活の学生さんに申しあげます。

おめでとうございます!

今、受かってもいないのにめでたいわけないだろう!とつっこんだお友達は、ちょっとやばいです。

2014年シーズン以降、アベノミクス景気により就職氷河期は去り、未曾有の「人手不足」の時代が訪れています。
ということは、本来「二流企業」レベルの方が「一流企業」に。
ぷーたろー候補の方が「定職」にすべりこむチャンスがある時代になったということです。

民主党政権当時に「就活」を迎えた先輩のことを考えてみてください。
「新卒の就活」は一生に一度きり。
運が悪かったじゃ済まされないのです。

今年就活戦線を戦う皆さんは「幸運」「ついている」というしかありません。
この状況に感謝できないようなお友達は、働き始めても周囲の人に感謝しない人でしょう。
感謝の心を持って働く人を、人事担当者は求めています。

感謝できないお友達が、現状よりも「プラス1レベル」の会社に入りたければ、内面を変える必要があります。
読むべき本は「面接の達人」ではなく、魂の在り方について書かれた実用書です。

まぁ、お友達のことだから、どうでもいいですね・・


さてここからは、感謝の心を持つあなたへのお話です。
あなたの社会人生が実り多く幸せなものにするために「会社の選び方」を1つお話したいと思います。

それは、パンフレットには載っていません。
ホームページにも多分、書いていない。
従って「説明会」で聞き出すしかありません。



質問トークは次の通りです。
「私は人としてかなり未熟であり、社会に出たら人としての勉強をしていかなければならないと思っています。貴社では人間教育について、どのような取組をされていますか?」

禅問答のようですが、聞き出したいことは次のことです。
「言葉づかい」「礼節」「基礎的ITスキル」
そういった社会人としての基礎的能力を教えているか?ということです。

今の若い人がどうということではなく、いつの世代でも新卒で入ってくる若者にはこの「三大スキル」が欠けています。


「言葉づかい」が悪いということは、まともな文章が書けないということです。
「5W1H」をおさえて「起承転結」をつける、そんなビジネスメールはほとんど存在しません。
「礼節」も怪しい人だらけ。
先輩にむかって「了解です」と言ってみたり、上司に教えを乞うた時に「参考になります」と言ってみたり・・


「基礎的ITスキル」は要注意です。
今の中高年の人たちは、社会に出たあと、途中からパソコンが登場した世代。
自分たちがITスキルが乏しいのは仕方ない。
だが、今の若い人は子どもの頃からパソコンがあったから、ばっちりだろう。
という誤った認識を持っています。

学校で触っていたパソコンと、仕事で使うパソコンはまったく別モノです。
そこに気づいていない企業が9割以上あると思います。

社会人のスタート時にきちんと身につけない人たちは、一生を掛けて「50%の効率」で働くことになります。

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2017年7月23日 (日)

うんこ漢字ドリルに触発される人たち

日本も堂々と人前でうんこを口にできる時代が来た。
いや食べるのではない
世界中をみてもうんこを堂々と口にできる国は他にないのではないか。
もうこれは文化的先進国だ。

テレビ東京の「WBS」では大江麻理子アナがニュースの生放送で堂々とうんこを口にしている。
食べたのではない

このドリルに言及する時、人は誰でも堂々とうんこを口にできるのだ。
何度もいうが食べるのではない



「日本一楽しい漢字ドリル うんこかん字ドリル 小学*年生」は文響社が2017年3月に発売した漢字ドリル。
すべての設問に「うんこ」が入っている。
教科書で教える漢字を収録しているので、すなわち学習指導要領対応ということになる。
別に学習指導要領で「子ども達に身近なうんこをモチーフにした教材を作りなさい」と言っているのではない。

■対象:小学1~6年生
■学年ごとに1冊、全6冊
■価格:各1,058円


このドリルの存在を初めて知ったのは山手線の車内広告だった。
ひと目見た瞬間「うまいことやったなぁ」と感心した。

小学生用の教材を作っている版元の編集者ならば、誰もが「やられた」とほぞを噛んだはずだ。
噛まなかった編集者がいたとしたら、残業ばかりしてヒット商品の一つも出さない者に違いない。


幼児から小学生は「うんこ」とか「おなら」といった言葉が大好き。

たった今まで仏頂面をしていた子どもに向かって「うんこ!」と叫んだ途端に笑い始める。
幼児の場合、笑いが止まらなくなる。

もし、電車の中で泣きじゃくる子どもに手を焼いているお母さんがいたら、駆け寄って「うんこ!」と叫んだらきっと泣き止む。
「うんこ!うんこ!」と連呼したら大爆笑だ。

子どもは楽しい
お母さん大助かり
乗客にっこり

一躍車内のヒーロー
になるか、次の駅で降ろされるかのどちらかだろう。



●「うんこ」と「おなら」児童教育書籍

2013年10月23日
白泉社がtupera tuperaの「うんこしりとり」発売

2016年4月27日
白泉社がtupera tuperaの「おならしりとり」発売

2017年3月18日
「日本一楽しい漢字ドリル うんこかん字ドリル 小学*年生」6冊同時発売

2017年5月
うんこ先生の顔出しボードがイベントで登場。以後、主要書店の児童書コーナーで見られるようになった



2017年6月7日
「うんこ ノート Dot Grid Notebook: 日本一楽しいノート」発売

2017年7月27日
水王舎が「まいにちおならで漢字ドリル 小学3年生」発売



失礼ながら文響社の名を、うんこ漢字ドリルに際して初めて聞いた。
きっと小回りのきく、風通しのよい版元なのだろう。

大手版元では、編集者が「うんこを例文にした漢字ドリル」の企画書を持って行くと、部長から「今日は帰っていいよ」と言われるだろう。

うんこの1文字を改変したおかしなドリルが出ないことを祈るばかりだ。

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2017年3月23日 (木)

該当をカクトウと読む「カクトウ男」

サワキ君はいけ好かない人だ
そして髪が長い
知識は確かで信頼されており、そのクールな人となりが女性に人気である。
だが日本語が苦手で、言っていることがわかりづらい。


その日、僕らは集まって資料を評価していた。
資料は皆で作ったものだが、司会者を務めるサワキ君が、それを読み上げている。

概ね、人は自分以外の人が考えたことに関心がない。
自分が評価されることや、キーマンとして扱われるか否かには関心があるのだが、他人が作った資料。その資料の先にいる人々には興味がないのだ。
従って、誰からもつっこまれることなく、サワキ君が淡々と読み進めている。


「このケースは、非常事態にかくとうします」
一瞬、僕の目の前の空気が動揺した。
誰も感じていない震度1の地震を、自分だけが捉えたような感覚だ

格闘?
非常事態が格闘するのか?
するわけないよね。

彼が読み上げている資料の項番を追う。
そこには「該当」とあった。


確かに、該のつくり「亥」が核ミサイルの「核」と同じだ。
サワキ君はいつの頃からか「該」はカクと読むものと思い込んだのだろう。
入社試験に入念な漢字テストがない限り、企業には「漢字が読めない社員」が大量に入ってくる。


プレゼンの場合、プレゼンテーションのパワポは自分で作るので、自分が読めない幹事は使わない。
「カクトウ」と入力して「該当」を出そうとしてもATOKは応えてくれないので、そこで諦めるはずだ。

他人の資料を読む場合に限り「漢字を読む力」が試される。
ただ、たいていの社員は、人前で他人が作った資料を読み上げる機会はないので、漢字を読めないことがばれることはない。


作った資料を共有フォルダーに置くことを「格納しました」というのは「格納男」だが、該当を「カクトウ」と読む「カクトウ男」は1人ではない。
年齢的には30代から50代まで幅広く存在している。



ある日、コヤナギさんが100人の聴衆を前に、演台に足っていた。
研修の講師を務めているのである。
30分間の講義が終わり、その定着度合いをはかる小テストが配られた。

これは違反行為に該当するか、しないか?
二者択一の問題が5つ。

5分の解答時間が与えられた後、コヤナギさんがスクリーンに投影しながら答え合わせをしていく。


「問1、はいこれは違反行為にカクトウします」

え゛
さっきまで眠気と格闘していたのが、一気に醒める。

「問2、これは違反行為にカクトウしません」

どうやら、いいまつがいではない。
本気モードだ
しかし、この大人数が聞いている前で講師が「漢字読めない男」では洒落にならない。

「問3、これは違反行為にカクトウします。ちょっと易しかったですかね」

だったら、易しい漢字も読んで欲しい

「問4、これは違反行為にカクトウしません」

僕は首を動かさず、視線だけを泳がせ当たりの反応を覗う。
だが、動揺した空気は微塵もない。
漢字の読み間違いは指摘しない。これが大人のたしなみということなのだろう。


ついに、最後まで「カクトウしました」と自信を持って言い切り、コヤナギさんは壇上から降りていった。
誰もがそんな彼に拍手を送る。
世間の風は暖かい。
日本はいい国だと思う。


「ちょっと、早口だったかな」
舞台の袖で、コヤナギさんがスタッフの男に問いかけている。
「いやいや、ばっちりですよ」
そのスタッフも、カクトウ男なのかも知れない。

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2017年3月22日 (水)

実施をジッチと読むジッチ男

ヤマイさんは気難しい人だ
そして話しが長い
同じことを手を変え品を変えて話す
そして、悲しいくらいに話しの中身がない


その日、僕らは集まって改善案を話し合っていた。
独自のアイデアを持っている人というのはそう多くない。
司会者は手詰まりになり、さっきからだんまりを決めているヤマイさんに水を向けた。

どうですか?ヤマイさん

ヤマイ
「僕ですかぁ・・・(2秒沈黙)
まぁぶっちゃけて言うと、僕なんか素人ですから、あんまり改善とかされちゃうと、やることなくなっちゃうんですよね。ここだけの話し」

どこだけの話しだ!
と心で突っ込んだ。

彼の話はいつもこう。
他人の意見をまとめ、焼き直し、さも自分の意見であるかのように言う。
しかし、他人も意見を言わない時は、真似しようがなくなり、得意のぶっちゃけが出る。

みんなもホントはそうだよね。
小難しい顔してるけどさ。
本音で生きるオレの株でも買わないかという塩梅だ。



そんなヤマイさんの言葉で、前からずっと気になっていることがあった。

「せっかくいい案を作っても、ジッチできるのかというのがあるよね」

実地?
実地って"する"とか"できる"といった類いのものじゃないよね。
実値でもないし。
ATOKではこの2つしか候補がないぞ。

恐らくヤマイさんの脳裏にある言葉に漢字を当てるならば、それは「実施」なのだろう。

彼の口からもう何度もジッチを聞いているが、誰かが「ヤマイさんそれはじっしだよ」と正すことはない。

世間の風は暖かい
"いいまつがい"は指摘しない。
それが「大人の対応」というものらしい。


あまりにも自信を持って「ジッチ」と言い平気な顔をされると、こちらが不安になる。
もしかして、僕が知らないだけ?
しこうとせこう(施行と施工)のように、用例によっては「じっち」とも読むのだろうか。
いや、そんなことはない。


そしてこの「ジッチ男」は1人ではない。
年齢的には30代から50代まで幅広く分布している。

日本の一部地域では、学校でジッチと教えているのか?
あるいは「イとエが言えない栃木県民」みたいに、ある地方では「し」が発音しづらく「ち」と言ってしまう民族がいるのか。


気にはなるが、特にしらべるほどのテーマでもない。
ずっと放置してきたある日

「ジッチ女」が現れた。

その席には件のヤマイさんもとなりに座っている。
これはいい機会だ。

すみません、ちょっと気になるんですけど
(あくまで丁重に切り出す)
それはジッシではないんですか?

すると「ジッチ女」
え゛そうですか?ジッシ、ジッシ・・
確かにそうですよね。
すぐに誤りを認めた。

隣りにいたジッチ男
うんうん、もっともだと言わんばかりに頷いている。
いったい、なにがうんうんなのか

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2016年2月23日 (火)

5分でわかるシュレディンガーの猫

「シュレディンガーの猫」は正式に言うと「シュレディンガーの猫のパラドックス」です。
以下は「シュレディンガーの猫」と表記します。


「シュレディンガーの猫」は、オーストリアの物理学者「シュレディンガー」が1935年に提唱した学説です。

それは、量子論のうち「コペンハーゲン解釈」への反論として提唱されたものです。


まずはじめに「コペンハーゲン解釈」を簡単に説明します。

■コペンハーゲン解釈
1927年、物理学者が集まって出した量子論の解釈。

その主張の要旨
■万物は観測した時点で存在する。観測されなければ存在しない。
■万物は"重ね合わせの状態"にある。

ちなみに、集まった場所がコペンハーゲンというわけではなく、中心となった学者ニールス・ボーアが「量子論を確立したのはデンマークである」という主張に因み、デンマークの首都「コペンハーゲン」を冠して命名しました。

コペンハーゲン解釈に沿って考えると、宇宙は心を持っていて、人の心を読み取ってその願いを実現してくれる。ということになります。

今、ここを読んでいる方の中でも賛否が分かれると思います。


シュレディンガーはこの「コペンハーゲン解釈」に齟齬あり!として反論しました。

たとえば、こういう実験をした場合どうか?と問うたのです。

鉛の箱に放射性物質と猫を入れる。
放射性物質から放射線が出た場合、猫が死ぬ。

さて、箱を開ける前に猫の生死が決まっているのか?箱を開けたときに生死が決まるのか?という問いかけです。


シュレディンガーは言いました。
「猫が半分生き、半分死んでいると言うことはあり得ない。箱を開けるまで、猫は死んでいるとも、いないとも言える"重ね合わせの状態"にあるとするコペンハーゲン解釈は誤り」


2012年には、東大の古澤明教授が「「シュレディンガーの猫のパラドックス」が解けた!」という著書で、シュレディンガーの論説に反論しています。

古澤明教授は、1996年に世界で初めて「量子テレポーテーション」に成功した量子光学のトップランナーです。

テレポーテーションと言っても、SF映画や「ドラえもん」のような、物の瞬間移動ではなく「光と鏡で作りだした量子に電圧をかけて、もう一対の量子を作る」ことです。

今、世界じゅうで開発競争が行われている量子コンピューターにも活用される技術として、期待されます。


人が言ったことや、ネットに書いてあることを本物であると錯覚するのが現代の高度情報化社会の悪いクセ。
自分の目で見るまでは本物ではない。
それは、量子論コペンハーゲン解釈につながる考え方であり、シュレディンガーの猫のパラドックスとは真逆にあるものです。

いかがですか?
「シュレディンガーの猫」がそれとなく、おわかりいただけたでしょうか。

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2015年5月25日 (月)

子を思う親の愛情

教育ママと呼ばれても、けっこう家庭円満なこの18年間とMr.childrenが歌ったのはもう15年前のこと。


教育に熱心なママ=教育ママは死語になった。


教育パパと言うことばは当時からなかった。


パパは、子どもがわんぱくでもいい、たくましく育って欲しいと願ってやりながら、キャンプでハムを厚く切ってやるような懐の深さが求められていたのだ。




子どもは人生の中で最も言うことを聞かない人類。


最も迷惑を受ける人類と言ってもいい。


いけすかない上司や、身勝手な部下に囲まれたとしても、一人あたりから受ける迷惑は数が知れている。


子供から受ける迷惑は質量ともに、群を抜いている。


それでも、親としての愛情はそれを凌駕して深い。


どれだけ言うことを聞かない子どもでも、可愛い。


ぶちギレて手を上げることがあっても、それは一時的なもの。


親から父となる。親から母となれば、やがて、手を上げたことや声を張り上げたことすら恥じる日が来る。


それほど、子どもは愛おしい。


親は子育てから、赦すことを学ぶ。


自分とは違う価値観を受け入れることを学ぶ。



大人どうしの社会において、子どもの居ない人は見ていてすぐにわかる。



すぐに切れる


身勝手


少女のようなノリで喋る


子どものような言葉で喋る


オカマのような態度を取る


だらだらと雑談する


有給休暇を取ることは基本的人権だと思っている



我慢を知らない。






もちろん、子どもが居る人の中にも、嫌なやつはいる。


だが、その人が家に帰れば人の親だと想像し、その人を頼って生きている人が居ることに思いを馳せると、怒りもすーっと引いていく。



だが、子どもが居ない嫌なやつには、それもない。


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2015年5月23日 (土)

こどもが親の愛を受け取る 子供のおもちゃ博物館

デジタルカメラが普及し始めたのは1995年のことだ。

1991年にはソニーがデジカメの試作機である「マビカ」を発表していたが、市販しなかった。
新しモノでソニーモノ好きのファンたちは、市販しないという方針に対して「まびかっ」と突っこんだ。

1995年3月10日
カシオが世界初の市販デジカメ「QV-10」きゅーぶいてん
を発売。
25万画素という今となっては冗談のような低画質だったが、ここから世界中の人々が「写真撮影と共に暮らす生活」が始まったのである。

2001年、日本国内出荷台数で、デジカメの出荷台数が銀塩フィルムカメラを逆転した。
2002年には、国内、国外合算でも逆転
 デジカメ 2,450万台
 フィルムカメラ 2,360万台

デジカメを造ったのは日本
国別世界シェアは日本製品が1位。


ゆえに日本人は世界で最も早く「写真撮影と共に暮らす生活」に移行したのである。
1995年以降の子育て世代と、それ以前の子育て世代では"子供の写真枚数"が格段に違う。

それは被写体が子供の写真に限らない。
子供と共にみた景色
子供がつくった工作
子供の友達

銀塩フィルムカメラの場合、フィルム購入にお金がかかった。
デジカメはメモリーを使い回すので、そこにランニングコストがかからない。

銀塩フィルムカメラの場合、現像プリントにお金がかかった。
現像代は400円程度、プリントは1枚35円(1980年代)
デジカメはパソコンやスマホで見る限り、そこにお金がかからない。



子供と共にみた景色
というのは富士山とかシンデレラ城といった名所に限らない。
一緒に遊んだ公園の遊具、キャッチボールをした場所なども撮っておけた。


子供が作った工作
幼稚園で造って持ち帰って来る工作
家にあるブロックで造った独創的なロボット
折り紙
父の日、母の日の手作りプレゼント+手紙付き


子供の友達
遊びに来た友だち
発表会で「撮っておいて」と頼まれた他のクラスの友だち
フィルム時代であれば、たまえちゃんのパパじゃないのだから、他人の子供を撮るなんて、考えもしなかった。


子供の記念品はとても貴重だ。
その品をおもちゃ屋で見た時の輝く瞳
共に集めたゲームキャラのグッズ
一緒に見に行ったヒーローショーの変身グッズ

だが、子供が成長すれば見向きもされなくなる。
段ボールに放り込まれていた品々は、住宅事情によりやがて捨てられる。
そして、子供がやがてその子供を育てる年齢にさしかかる20年後
デジカメの写真から、子供の頃わくわくしたおもちゃの写真が登場する

あぁこれ欲しかったんだ
買ってくれた時は嬉しかったなぁ
でも、すぐ壊れて動かなくなったよね
いつ捨てたんだろう
あの頃は、捨てられても気づかなかったんだろう
記念に1つくらいとっておけばよかったな


すると、そこにあなたが登場する
「これのことか?」


それは燃えないゴミの日に捨てられるゴミの中から、あなたが救出してガラクタ箱の底にそっと眠らせておいたグッズ。
20年の時を超えて、親の愛が子供に届く瞬間だ。
子供は子供を育てないと、親の愛がわからない。

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2013年3月26日 (火)

なぜ大学の卒業式に出なければならないのか?

なぜ大学の卒業式に出なければならないのか?

それは、歳を取ってから出ておけばよかったと思うからである。

学校には入学式と卒業式が付きもの。
大概の人はその両方に出席する。

大学の卒業式が高校までの卒業式と違うのは、個人の出番がないところである。
よほどのマンモス高校でない限り、卒業証書は1人ずつ手渡される。

スズキイチロウ!
以下同文

最近では以下同文も言わない高校もある。
それでも、1人に1度、壇上に上がる晴れ舞台がある。

ところが、大学にはそれがない。
数千人規模の卒業生に1人ずつ、証書を手渡していたら陽が暮れてしまう。
なかには、キャンパス内のホールや体育館では収容できない学校もある。
卒業生が1万人を数えるようなマンモス大学では、日本武道館を借りて2デイズ。
まるで矢沢永吉だ。

その他大勢にまみれた卒業式にいったい、どんな価値があるのか。
そう問われたら、わかりませんと答える。
価値があるのか?と疑問を持つような人は、既に価値がないと値踏みしている。
そういうひねた人に認めさせるほどのたいした価値は想像できない。

部活に入っていた人ならば、下級生がお祝いをしてくれる。
胴上げをしてくれるかも知れないし、花吹雪をかけてくれるかも知れない。
祝おうという人がいるのに、そんなの意味ないよとトンズラするのは、自ら人付き合いを難しくする。
恐らく、そのような人は社会に出ても、人間関係に大いに苦しむはずだ。

大学の卒業式を回想する。
その日既に、遠くにある会社で新人研修が始まっていたため欠席した。
会社側は、どうぞ休んで行ってください。旅費は出ないけど。と言っていた。
数人を除いて、同期生達は会社を休んで、それぞれの卒業式に出た。

お金がないから仕方ない。
それ以上は考えなかった。
そして、長い年月を経た今、思う。
決して安くない航空券代金も、親に頼めば貸してくれただろう。
しかし、なにも考えず、ただその日を見送った。
それが、今思い出せるすべてだ。

出席していないので、映像が浮かばない。
卒業式で脳内を検索すると、会場となった体育館の外観が浮かぶだけ。
学長の挨拶もない。
お祝いの笑顔もない。
あるのは、後に実家に届いていた卒業証書とアルバム。でも写真は1枚も映っていない。

部活の後輩たちがお金を出してあつらえたという記念品もない。
行き場のない記念品を、後輩のスナオ君がせしめて喜んでいたと後で聞いた。
かように、卒業式にはろくな記憶がない。

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