2009年1月23日 (金)

織田裕二の問いかけ「君たちは誰だ?」

昨年夏、フジテレビ系列で放送された連続テレビドラマ
「太陽と海の教室」

織田裕二が生徒に話しかける言葉は いつも
とても、よく練られていて感心した。

まず、問いかける。
少し考える間がある。
生徒に考えさせているのだが、テレビで見ている僕らにも、考える時間がある。
答えを予想してみるのだが、なかなか素敵な言葉が浮かばない。

そして、織田裕二がおもむろに答えを言う。

その「最終回」の言葉を、今も自分に問いかける。

(以下、最終回より引用)

「君たちに問題を出す・・ 」

「十年かけて答えを出して欲しい。 」
「名前、人種、性別、職業、学歴・・ではなく 」

「君たちは誰だ? 」

(引用、おわり)

我々はバルタン星人である
という答えは駄目

「●●第一高校の佐藤です」
「△△株式会社の鈴木です」
「長崎生まれの田中です」
「田中一郎の長女の恵子です」

そうした名刺や固有名詞の属性ではなく、自分を表す概念。

散歩の時、図書館の棚を物色している時
時々、この問いかけを思い出して考えていた。

自分は誰だ?

自分を表すもの
それは「使命」
ある時は「夢」

それは、誰かと比較するものではない。
ゆえに、貴賤はない。
大小もない。
自慢することではないし、卑下する必要もない。

自分に問いかけて、
自分の良心、夢に沿って考えて

自分は■■の実現に向けて歩む人間だ。
社会に★★で役に立ちたい。

それが自分の答えだ。

織田裕二さん、いかがでしょう。
って、人にお伺いを立てることでも、承認してもらうことでもない。



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2008年12月20日 (土)

アカシックレコードと重なるもの

 アガスティアの葉【 agathiyar 】
 インドの「アガスティアの館」に保管されている14章からなる予言書である。

 5000年前の人物と言われる古代インドの予言者「アガスティア」が「シヴァ神」に祈りを捧げ、未来を聞き書き記した予言書が「アガスティアの葉」。
 その人の名前、誰と結婚し、どんな仕事をし、いつ死ぬかまでも含めて一生のことが書かれている。

 日本には1994年に「アガスティアの葉」青山圭秀著(三五館)で紹介された。

 青山圭秀【 あおやま まさひで 】 
アガスティアの葉を日本に紹介した理学博士。
東京大学大学院卒。量子物理化学が専門。
1959年 広島県福山市生まれ

著書
1993年 「理性のゆらぎ」三五館(第1作)
1994年3月27日「アガスティアの葉」三五館(出世作)
2000年4月25日「最後の奇跡」幻冬舎

 インドの館へ行き、親指の指紋(男性は右手、女性は左手)を手がかりに自分の葉を探してもらう。
 108パターンに分類された葉があり「見に来る人の数だけ」の葉があると言われている。
 日本では、インドまで行っていられないという人のために訪問を代行する業者がある。
 「アガスティアの葉検索代行」は、南インドにあるアガスティアの葉を本人に代わり読みに行くサービス。
 申込みから2ヶ月程度で依頼した「室」の葉の内容の和訳が届く。
 全14室のうち読むのを依頼する「室」の数で単価が変わる。
 3つまでだと1室あたり30,000円だが、8室頼むと1室あたり25,000円というように、たくさん頼めば1つあたりの単価が下がっていく。
 葉が見つからないこともあり、その場合は返金される。

【 料金に含まれる内容 】
■「葉」の内容の和訳
■「葉」に書かれていた古代タミル語のノート
■「葉」を読み上げた時のカセットテープ

 「ユダヤ人大富豪の教え」の著者本田健はアガスティアの葉について「私は結果 原因の世界への旅」講談社 2005年1月刊~の中で次のように書いている。
(以下引用)
 本物の葉がマドラス大学に保管されていたのです。なんと15万枚もです。
(引用おわり)

 「アガスティアの葉」はアカシックレコードの一種である。
 アカシックレコードとは、古代から未来にわたる人類の行動の記録。

 古代インドでは地水火風につづく五番目の元素として空(サンスクリット語でアカーシャ)=天地を満たす精気があるとされた。
 そのアカーシャにあらゆる欲望、想念、感情、行動が記されていると考えられている。

 霊視能力者が読み解く未来と、アカシックレコードは本来、重なるものである。
 両者が極端に違うと言うことはない。
 ヒーラーと称する人が読んでいる未来も、アカシックレコードと重なる。

 真贋を競う一定数の人たちは、暇としか言いようがない。
 それを信じて参考情報として使うか、信じないで参考にしないか。
 自分で調べて、自分で決めて、それに沿う。
 それだけのこと。
 それを声高に他人と言い争うことは、人生に不要なことである。

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2007年12月20日 (木)

占いは転ばぬ先の杖

 占いを生活にとりいれたのは平成9年(1997年)だった。
 当時はまだ静かなブームだった六星占術の本を買って来て読んだ。
 そして平成20年も買ってきたので、これで12年12冊めになる。

 風水はそれなりにモノを買うことを伴うので、続けるにはお金との相談になるが、こちらはとりあえず"先生"のところに行かなければ毎年533円の出費で済む。占いとしてはこれは破格の低コストだ。

 六星占術は12の運命周期のくり返し。

種子
緑生
立花
健弱
達成
乱気
再会
財成
安定

陰影
停止
減退

 エクセルにつけている日次の記録には、日付の横の列にこの周期をペーストする。
 毎年、新しい手帖が届くと365日にこれを書き込む。

 こうしておくことで不運を回避できるし、好機を逃さない。
 立花の日には新しいことを始めようと考える。
 陰影から始まる三日間の殺界は、より謙虚な姿勢を心がけるし、事故やトラブルに敏感になる。

 何か不運なことがあった時や、気分が意味もなく優れない時、周期を確認すると陰影の日だということが多い。

 占いは転ばぬ先の杖。
 信じるものでも、頼るものでもない。
 単なる参考情報。
 ただ、参考情報があるとないとでは、未来に備える想像力が大きく違ってくる。





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2007年11月30日 (金)

中谷彰宏ワールドとブレーキ

 中谷彰宏は京都の社長に教えてもらった。
 「入社3年目までに勝負がつく77の法則」1998年
 京都の社長はこの本を自分で買って、新入社員全員に配っているのだという。
 この作品は中谷彰宏を300冊読んだ今、記憶に残るベスト5に入っている。

 中谷彰宏で困ることは同じ本を二度読んでしまうこと。
 読み始めると、なんだか読んだ気がする。いくつかのエピソードが記憶の底にある。そこで、エクセルに記録した読書リストを検索すると2回めだとわかる。
 これまでに一番多いのは、同じ本を4回読んだことがある。

 ある地域の図書館データベースを「著者:中谷彰宏」で検索すると429冊が書誌登録されていた。蔵書でないものも登録しているが、これですべてが網羅されているわけではない。

 この429冊をエクセルにコピーして、自分の中谷彰宏読書リストとぶつけたところ、最初は未読が283冊あった。
 中谷本にはタイトルに「 」、。が入っているものが多い。
 これを整備したら、216冊になった。

 中谷彰宏の著書数は、2007年1月の「夢を実現するために、今すぐできる50のこと」に750冊と記されている。
 中谷彰宏をコンプリートするには、まだあと450冊を読まなければならない。
 1年に60冊ペースで書いていると著書にあるので、中谷彰宏だけを読んだとしても、今の読書スピードだと半年かかってしまう。

 この間の講演会で加藤眞由儒さんがこう言っていた。

「選択肢に迫られたとき 流れ、方向というものがある。
 クルマに例えるならば、ブレーキとアクセル。
 重要なのはブレーキ。
 世の中にはブレーキのない人が多い」

 中谷本をコンプリしたいという、このコレクター精神にはブレーキが必要だと思うのだが、中谷ワールドの "読みやすさ" という誘惑はかなり手強い。





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2007年9月26日 (水)

加藤眞由儒さんからの返信

 加藤眞由儒さんから、御礼のメッセージをいただいた。
 今年もファンサイトでお誕生日メッセージを募集したところ、北は栃木から南は福岡まで、全国からたくさんのお祝いの言葉が届いた。
 加藤眞由儒さんのメッセージは次のとおり。

たくさんの心温まるメッセージを頂き大変感激しております。
世界情勢が益々緊迫の度合いを増し、国内でも政治でさえ安心して身を委ねることのできない混沌とした生活環境に私たちは日々晒されいます。

そんな危なげな日常の中、こうして無事に45回目の誕生日を迎えることができたのも、私を支援して下さる皆様のおかげと心から感謝致しております。

私は今後も微力ながら世界平和のために警鐘を鳴らし続けて参ります。
どうか皆様も今のままの温かい心を持ち続けて私と共に平和を祈って頂けますよう願ってやみません。

加藤 眞由儒

 9月11日で45歳を迎えた加藤眞由儒さん。
 見た目は、年を追うごとに若くなっている。
 日頃から気をつけている水やサプリメントの効能。
 そして、いつも笑顔を忘れない大きな心が、加齢を寄せ付けないのだろう。

 人は怨み、ねたみ、諍いを起こすことで、辛気くさい顔になり老いていく。
 野に咲く花のように、穏やかな心で生きていきたいと思う。



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2007年9月13日 (木)

夢と夢占い

 夢【 ゆめ 】についてのしらべるの定義はこうだ。

 睡眠中にみる幻想。

 フロイトは無意識に潜む願望が現れるとした。
 ユングは意識と現実のギャップを埋めるために夢を見るとした。
 夢はノンレム睡眠レム睡眠どちらの睡眠でもみているが、ノンレム睡眠時で眠りが浅くなった状態(起きる前)のものをよく記憶している。
 起きたらすぐ書き留めておいて「夢占い」本で調べると、自分でも掴んでいなかった心理状態がわかる。

 夢はお昼頃思い出そうとしても思い出せない。
 後から、書きなぐっておいたメモをみても「こんな夢みたかな」と思うほど記憶は薄れていく。
 まずは起きてすぐに書かなければ夢分析は始まらない。

 夢占いについては「夢占い事典」ルナマリア ナツメ社 ¥1,000 が整然とまとめられている。

 1900年にフロイトは「夢判断」で "夢の持つ意味は一人一人違う "としている。
 占いは予言ではなく指針である。

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2007年7月12日 (木)

分岐点

 私たちは自分だけの力で生きているのではない。人に生かされているのだという考え方がある。
 他人様のお陰で生きているのだから、いつもお陰様と思う。
 頼まれたことは人を喜ばせる、はたを楽にするために嫌な顔をせずに引き受ける。
 これは自分の仕事じゃない、なぜ自分がやらなければならないのかと悶々とする人生は苦しい。

 そう考えれば、とりあえずやる羽目になったことは、四の五の言わずにやってみるという姿勢をとることになる。

 だが、それでいいのだろうかと考える。
 自分は楽になり、他人様を楽にした。それで万事うまくいったと言えるのだろうか。
 自分に楽にされた他人様たちの中には、他人が自分の領分までやってくれるのだから、自分は努力を削っていいと考える人がいるだろう。
 人々の善行の総和が世の中を浄化していくならば、そのような横着は世の中のプラスにはならないだろう。

 一つの教えは、その行き着く先にまた新たな分岐点へとつながっている。
 心が弱くなっている時、ありがたい教えにただ盲目に従うことがある。
 日本には「だまされたと思ってやってみる」という言葉があるように、従うことは悪いことではない。
 ただ、教えの先の分岐点が見つかるよう、考えることが大切なのだと肝に銘じている。

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2007年6月 4日 (月)

クジラを食べる自由

 クジラやイルカは、ほ乳類だから可愛そうと言う欧米人は牛を大量に食べています。
 海にいるくじらを捕るには出漁費用を出せばいいですが、牧場で牛を飼うには大量の森林を伐採しなければなりません。

 子どもの頃住んでいた五島列島ではイルカを捕獲していましたが、これは漁網をイルカが荒らして被害が出るためでした。漁師にとってイルカが網にかかった魚を食べたうえに、網を壊してしまうのは困るのです。

 クジラは20数年前から商業捕鯨が禁じられ、保護されたために大量に増えていますが、そのクジラは人間が食べる3倍の量の魚を捕食しています。
 魚を食べる習慣の国には困ったことです。漁師さんにとっても死活問題です。

 その昔クジラを最も熱心に捕っていたのは「鯨油」を主な燃料にしていた米国です。
 ペリーが浦賀に来て、日本に開国を迫った一因は捕鯨時の寄港地確保でした。
 でも今は「鯨油」が「石油」に変わりました。
 また、動物愛護団体の支持を受けると票がまとまって手に入るので、捕鯨反対が政治に利用されています。
 IWCで調査捕鯨禁止を可決した国々は、欧米に勧誘を受け?加盟したクジラなど食べたこともない国ばかりです。

 食べない自由もあれば、食べる自由もある。
 自分は自由だけど、他人は自由にさせない。

 先住民捕鯨といって米国の一部やデンマークでは、昔からクジラを捕って食べていた民族だけには、捕鯨が許されています。
 日本だって昔から捕って食べています。捕鯨大国ノルウェーは肉以外は捨ててしまいますが、日本では皮も油も残さず大切に活用します。

 日本にとって捕鯨ができないのは死活問題ではない。

 これがIWCが日本に捕鯨を許さない理由なのだそうです。
 もっと米国の牛を食べたらいいじゃないか。鳥肉や豚肉、野菜だってあるし。他の魚も捕っているんでしょ。ということです。

 そりゃないよと思います。
 世界の人々が、それぞれの自由を尊重する "自然体" を取り戻してほしいと思います。

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2007年5月10日 (木)

MKWからの手紙

 加藤さんのファンサイトを始めて5年が過ぎた。
 始めた頃、記事を書くために加藤さんのことが載っている本や雑誌をくまなく読み研究した。
 ファンサイトを立ち上げると、お便りをくれる方もいた。
 それによると、加藤さんは以前、掲示板に悪口を書かれたことがあるらしい。

 パソコン通信の掲示板は見ていたが、インターネットになってからの掲示板は見ない。
 見たら腹が立つ。
 反論すれば、反論されるか、すかされるか。
 時間が惜しい。
 5年前はその程度に思っていた。

 時が過ぎて、今は論理が身に付いた。
 掲示板を見ない理由。それは闇との会話だから。
 闇とはどれだけ会話しても、闇の中の世界。
 やがて自分が闇に引き込まれてしまう。

 恨まれたことを心で反芻する。
 反論する。
 心の中で、相手が反論する。
 恨みのロールプレイング
 そうして闇をさらに引き寄せる。

 闇との会話が始まった時、どうしたらいいか。
 それは自分が闇との会話を始めたことを認識するということ。
 「お、闇との会話が始まったぞ」
 そう思うことができなければ、即、闇の世界への転入手続きをとることになる。
 闇の世界はつきあわないでよい世界。
 それを認識しているだけで、闇との一線を画すことができる

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2006年9月19日 (火)

加藤眞由儒さんへの any question!

 先日、霊視能力者の加藤眞由儒さんより、質問のお返事がきた。
 ファンサイトに寄せられたファンの皆さんからの質問をお送りしたところ、お答えをまとめて送っていただいた。

 質問の中には、独特な価値観に特化したものもあったが、それでも一つ一つ丁寧に答えていただいた。

 質問は次のようなもの。
■日本人として生まれてきた意味
■どんな人でも生まれ変われるのでしょうか?

 最後にこういう質問がある。
■魅力のある人間とは?

 その答えが印象深かったので、ここでもご紹介したい。

【Q】
 加藤さんの考える魅力のある人間とはどういう人をさしますか?
 そして、魅力のある大きな人間になるのはどのようにしたらいいでしょうか。

【A】
 自分自身の考えをきちんと主張して発言できること
 間違ったら謝ることの出来る勇気をもつこと
 先人を立てて行くこと
 そして、総てを許すこと
 絶対に報復をしないこと

 ではないでしょうか。
 皆様と共に魅力ある人間になれるように頑張ります。

 「報復をしない」
 日々の暮らしから報復を外すと、ずいぶん世界は違うものになる。



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2005年11月26日 (土)

ノストラダムスの大予言

 五島勉はその後どうしているのだろうか?

 1999年に恐怖の大王が降ってきて世界は滅亡するはずだった。

 多くの人は1999年に自分が何歳になるかを計算して、あぁ短い人生なんだな、それならば完全燃焼しなきゃ!と思ったり、太田裕美のように「結婚しても子どもは作りません」と言ってみたりしていた。

 12月に東北から関東にかけて震度6の地震があります

 というような予言には、その災害を乗り越えた後の未来が見えている。

 予言に備えることによって、人は仮想体験を積み、想像力を得ることができる。

 だが、五島勉の予言には未来がなかった。

 もうほとんどの人が忘れてしまった世界滅亡の年を過ぎ、今度は日本経済の破たん、長期にわたる暗黒の時代を浅井隆が警告している。この問題に備えるという行動が、百匹目の猿現象のように伝搬する日は来るだろうか。

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2005年11月16日 (水)

地震が怖い人、怖くない人

 朝、メールを開いたら「予言」というタイトルのメールがあった。
 この間、地震の話をした知人から

 この間、会った時に 僕が15日に地震があるかも知れませんねぇと見通しを話したのだが、朝起きてNHKをつけたらずっと津波警報をやっていたらしく、「当たった」と思ったそうだ。

 当たるか外れるかで待っていると地震は怖い。
 地震だけではなく、あなたはうつ病になるとか、どえらい不幸に見舞われるとか予言されて、それを当たるか、外れるかで待っていると怖い。

 外国の預言者が、人類の悪行の因果で、宇宙から隕石が降って来て甚大な被害が及ぶと言っている人がいるらしく、心底恐れている人がいる。

 僕は隕石が降るかどうかは別にして、そういうこともあるかも知れないと思う。
 災害を避けるために、人類の祈りや善行が必要なことも一理有ると思う。

 こんなにばら色の未来が待っていますよ
 29歳までに運命の人が現れますよ

 といわれて、それをばら色の心で待つことは楽しい。
 でも、この心理は、災害が当たるか外れるかを畏れている心理の裏返しである。
 ばら色の未来は待っていても訪れない。運命の人は自力でたどり着かねば出会わない。

 原因と結果は一対になっている。
 原因に責任を感じて生きていれば、結果は怖くない。

 原因を追求する、本で調べる、自分をよく分析する、何をするべきかを考える、行動する。
 そうしていれば、結果は怖くない。

 大地震が来たらどうしよう
 29歳までに運命の人が現れなかったら、どうしよう
と考えている時点で、既に自分で何かをしよう、自分の責任というものを忘れている。

 占い、予言は参考情報
 どう動くかがその人に預けられている。

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2005年10月29日 (土)

夢占いに意味はあるか?

 人はをいつも見ているのだが、ノンレム睡眠の時のもの、眠りが浅くなった状態(起きる直前)のものをよく記憶している。記憶しているから「夢を見た」と認識できるのである。
 起きたらすぐに夢の内容を書き留めておいて「夢占い」本で調べると、自分でも掴んでいなかった心理状態がわかり面白い。

 僕はナツメ社の
「夢占い事典」ルナマリア著 を常備している。さすがナツメ社という一冊で整然とよくまとめられている。

 買ってすぐの頃、"
地震に遭った時に、食べようとしたある食材が腐っていた"という夢をみた。早速「夢占い事典」でひいてみると 「古い価値観にとらわれている暗示」 とあった。言われてみるとその頃は出世競争に盲進していて、なかなか昇進できないことに大きなストレスを感じていた。

 夢はお昼頃に思い出そうとしても思い出せない。書いておいたメモを見てさえ「こんな夢みたかな?」と思うほど記憶は急速に薄れている。まずは起きてすぐに書かなければ夢分析は始まらない。

 ところで、心理学の創始者
フロイトは1900年に著書 「夢判断」 で "夢の持つ意味は一人一人違う "と書いている。彼は夢に一定の意味を見いだすことはできないのだというのである。

 夢分析や夢占いに意味を見いだしている人には冷水となる論説だが、どの見識を採用するかは、1人1人が自分で決めることであり、一つの正解があるわけではない。フロイトが言うから正しいと皆が言うのであれば、明日から僕もフロイトと改名したいくらいだ。

 占いは予言ではなく指針である。

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