2019年12月 1日 (日)

長崎平和マラソンまであと1年 既にできているイメージ

長崎平和マラソンまで、あと1年

2019年5月27日
長崎市が概容を発表し開催予定が開催に変わった
定員:ファンランと合わせて10,000人
コース:市営陸上競技場(松山町)発着
ゴール制限時間:6時間

1945年8月9日に米国の核攻撃を受けてから75年と3か月。
被爆75年記念事業として開催される。
この時点では「1年きり」なのか「定期開催」なのかは発表されていない。これは大半のマラソン大会も同様で、ほとんどの大会は「第1回」を謳わない。

制限時間6時間は、初回として妥当だと思う。
「7時間」にした場合、まったく走ったことがないだけでなく「練習ができていない」とか言って、ホントの素人が混じることがあり危険だ。
7時間ならば、半分近く歩いても完走できるが、6時間の場合、遅い人は歩いていられない。
本当に走りたいランナーが走れる大会になる。


2019年9月2日
公式ホームページ開設

2019年10月17日
「長崎平和マラソンに係る宿泊・輸送計画の策定及び旅行商品の企画等に関する業務委託」受託業者者として近畿日本ツーリストを選定したことを発表

2019年11月21日
長崎平和マラソン大会広告塔点灯式
田上市長らと並びV・ファーレン長崎マスコットのヴィヴィくんが参加した。
V・ファーレン長崎という1クラブのマスコットでありながら、他のクラブサポーターからも支持されているヴィヴィくん。

大会当日はきっと、コースの何処かで応援してくれるだろう。
いつもは熊本県民でもないのに「くまモン」の帽子をかぶって沿道の声援を取りに行く僕だが、長崎平和マラソンではV・ファーレン長崎2020年1stプロモデル(または夏に出る平和祈念ユニフォーム)を着て、関東アウェイ戦でいつも被るヴィヴィくん帽子で、あざとく地元声援を取りに行くつもりだ^^;)


2020年3月
エントリー受付開始予定

大会概要のうち、未公表で残るのは「参加費」と「エントリー方法」

全国的にみると参加費の最高額は横浜マラソンの15,000円
次いで東北・みやぎ復興マラソンの13,000円
ほとんどの大会は東京マラソンの10,000円(2007年開始以来)に倣っている。
2011年に1度だけ開催された「長崎国際マラソンinハウステンボス佐世保」は8,000円だった。

エントリー方式は「先着順」か「抽選」か。
定員はファンランと合わせて「最大1万人」と公表されている。
先日開催された「長崎ベイサイドマラソン」がハーフ、10kmを合わせて3,000人弱の定員。
この状況から考えて「先着順」エントリーと推察する。

2020年11月29日(日)
9:00「長崎平和マラソン」号砲

これに先立ち、銅座に前泊の宿を取った。
レースを思い描くには、まだずいぶん時間があるが、江山楼で炒飯とちゃんぽんを食べるイメージは既にできている。

1人で食べるには量が多いな・・
ちょっと量少なめにしてもらおうかな^^;)

|

2019年11月30日 (土)

長崎平和マラソン 1年前はベストコンディション

2019年11月29日
長崎平和マラソン、1年前の東京は快晴、最高気温10度。
肌寒い中を歩いていると「こんな日にマラソンをやりたいな」と心から思う、まさにベストコンディションの1日だった。

長崎市の天候
9:00(スタート時刻)
晴れ 8.6度 湿度71%
14:00(最高気温時刻)
晴れ 15.0度 湿度58%

やはり、最高のマラソン日和
ということは、11月の最終週に行われる来年のマラソンのコンディションも十分に期待が持てる。

11月29日、長崎市の天気出現率は
晴れ76.7% 最高気温15.2度
「長崎は今日も雨だった」という長崎だが、雨確率は13.3%とかなり低い日だ。


■長崎県とマラソン(つづき)

2015年2月22日
「佐世保ハウステンボスマラソン」の失敗で再び「非開催県」に戻っていた長崎県だが、3年数ヶ月のブランクを経て「五島つばきマラソン」が開催され、再び「開催県」となった。
五島列島の北から五番目(つまり最も南側)の福江島の五島市で行われる。

2020年は2月23日、すなわち令和初めての天皇誕生日に第20回大会が開催される。
20回と言っても、マラソン競技を始めたのは2015年の第15回からであり、マラソンとしては6回目を数える。

定員800人程度の小規模大会だが、海辺を走り、地元の熱い声援を受けるので、旅マラソンランナーに人気がある。


2018年
この時点では、新たに2つの大会が準備中であると報道された。
諫早市の「諫早・雲仙マラソン(仮称)」
長崎市の「ながさき平和マラソン(仮称)」

しかし諫早市のプランはその後、続報されることはなかった。
一方、長崎平和マラソンは以下のように準備が進んでいく。

2018年4月より
道路交通量などの実地調査を開始

2018年7月17日
長崎平和マラソン実行委員会発足 初会合開催
日程・コース案公表
これ以降、メディア情報から(仮称)の文字が外れた。
当時、発着は「平和公園」とされていた。

「平和公園」とは平和祈念像がある場所である。
毎年8月9日には長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が開催される場所だ。
そこに1万人のランナーが整列して、ブロック毎に出発していく。多くのランナーが平和祈念像に愛と平和を誓いながら走り始める。
なかにはスマホで写真を撮る人もいるだろう。
(別に走りながら撮る必要はないと思うのだが)
オールスポーツのカメラマンは、ここに大量に投入されて、1人も漏らさぬようシャッターを切る。
そして、後日、このカットが最もよく売れるだろう・・・

そんなイメージを描いていたが、その後、公表されたコース案では平和公園の文字はなくなっている。
コース上からは平和祈念像を観ることはできない。

東京マラソンには「スカイツリー」「東京タワー」
下関海響マラソンには「関門橋」という「これこそ」という場所がある。
平和公園がコースから外れたことで、長崎のコースにはそれがなくなった。

つづく

|

2019年11月29日 (金)

長崎平和マラソンまで、あと1年

1年後の今日、2020年11月29日(日)長崎市で「長崎平和マラソン」が開催される。
2018年3月にこのブログで取り上げた時は、まだ計画段階だったが現在は開催に向けて準備が進んでいる。

全国的にみると今でもマラソン「非開催県」が複数あるが、長崎県は既に「開催県」である。

■長崎県とマラソン

2011年11月19日
「長崎国際マラソンin佐世保ハウステンボス」開催

それまでマラソン「非開催県」だった長崎は「坂が多く平地が少ないためコースが確保できない」と言われていた。
それでも、マラソンをやろうと思えば、町の中心の商業地には平地はあるわけで、ベルリンマラソンのような世界屈指の高速コースを目指さなければ、コース取りはなんとでもなる。
東京マラソン以降、全国各地で「マラソンは儲かる」という成功事例が出ていながらも、開催の声が上がらなかったのは、市民ランナー人口が少なく、行政を突き上げるほどの世論が集約されなかったのである。

そんな時、最初に手を挙げたのがテーマパークのハウステンボス(佐世保市)
他県でマラソンを運営していた実務経験者を招聘し、開催の準備を進めた。
ただし、コースはハウステンボスを出発して近隣の自動車専用道路を2往復するというもの。園内を走るエリアでは来園客の応援があるが、高速道路に人は住んでいないので、沿道住民の応援は得られない。
ハウステンボスは「佐世保市ハウステンボス町」という、行政上の町名を持っているが、佐世保市の中心部からは遠い。
(ジャパネットの本社は近いけど)
コースも佐世保市方面には行かない。
従って、佐世保市民の関心は薄く、というよりほとんどの人が知らなかったと思う。
本来、市民マラソンには欠かせない行政の後押しは、ほとんどなく「ハウステンボスの興行に過ぎない」という冷ややかな見方だった。

さて、栄えある「長崎県初のマラソン」として開催されたこの大会だが、当日の運営がうまくいかず、出場者の不興を買い、翌年は開催されなかった。ハウステンボスはその後、ランニング大会を主催してノウハウ作りに取り組んでいたが、マラソン開催には至っていない。

筆者は当時、相浦総合グラウンドを出発して、鹿子前の海きらら横を抜けて動植物園へ上がり、村上龍原作映画「'69」で妻夫木聡も走ったSSKのジャイアントカンチレバークレーン脇を通って、サンプラザ>四ケ町という日本一の直線アーケードを駆け抜ける"日本初"のマラソン「佐世保ハウステンボスマラソン」を提唱していたが、ハウステンボスの失敗でその可能性は潰えた。

写真入りコース案はこちら

「長崎平和マラソン」の話し(つづく)

|

2019年11月26日 (火)

湘南国際マラソンの歴史③ マラソン好適時期へ移動

【第8回】
2013年11月3日
8回めにして初めて、要項にほぼ変更がなかった。
前年第7回で始めた東日本大震災の特別チャリティ枠(参加費+50,000円)を継続。前年同様100名を募集した。


【第9回】
2014年11月3日
参加費が10,000円+チャリティ500円から12,000円+チャリティ500円となった。
この時点では市民マラソン参加費として日本最高額となった。
ただし、4か月後に始まる横浜マラソンが15,000円であり、すぐに抜かれることになる。
湘南International Marathonサポーター枠を設けたが、スポンサーが集まらず不成立となった。

2015年3月に第1回が開催される「横浜マラソン」のボランティア・リーダー研修(任意参加)が行われた。

スタート直後、プロモーション映像を撮影していたドローンがコースそばに墜落する事故が起きた。


【第10回】
2015年12月6日
4年つづいた文化の日から12月に移動。
これ以降、2019年まで12月第1日曜開催が続いている。
世界的に年々気温が上昇しており、10月はおろか11月のレースですら「記録を狙えない」ほど気温が上がっている。
マラソン好適時期を求める場合、12月への移動は正解だと思う。

定員が1,000人増えて19,000人となった。
地元のエントリー優先枠が「湘南エリア優先枠(1,900人)」と「地方優先枠(950人」に変更された。

スタート前、西湘バイパスに停車していた車から自殺とみられる遺体が見つかり、スタートが5分遅れた。
現場では、コース上に放置された車に爆発物があるという噂が流れるなど緊迫した。

12月27日、BS日テレで「風と一緒に!密着!湘南国際マラソン」放送された。


【第11回】
2016年12月4日
定員19,000人 制限時間6時間30分 参加費12,000円+チャリティ500円
前年大会からほぼ要項の変更がなかった。


【第12回】
2017年12月3日
定員19,000人 制限時間6時間30分 参加費12,000円+チャリティ500円

トレーニング枠を新設
参加費込み 50,000円
7月から11月の土日に9回にわたり実技と座学をおこなう。
会場は地元湘南の大磯、二宮、平塚など。
市民スポーツの定着という意味で、すばらしい取組である。
ど素人!ランナーにとって、運動の基本を実技、座学で学ぶ機会はほとんどない。マラソンに特化した講座となればなおさら。
会場が近かったら1度参加してみたいと思う。


【第13回】
2018年12月2日
定員20,500人 制限時間6時間30分 参加費12,500円
定員が増えて2万人を超えた。
湘南コース沿線優先枠2,050人
地方優先枠1,450人


【第14回】
2019年12月1日
定員20,500人 制限時間6時間30分 参加費12,500円
そして、今年の大会。要項は前年とほぼ同じ。
ランナー、支える皆さん、観る皆さんにとって、好天のレースとなることを祈りたい。

第1回大会前日受付

|

2019年11月25日 (月)

湘南国際マラソンの歴史② 10種類ある記念品Tシャツ

【第4回】
2009年11月8日
スタート位置を国道1号線から西湘バイパス上に変更。大磯プリンスホテルに近くなった。
定員が前回の9,000人から12,000人となった。
協賛スポーツメーカーが、第1回から第3回までのニューバランスからナイキに代わった。
大会記録によると正午の天候は晴れ、気温は21.5度とランナーにとっては高めだった。


【第5回】
2011年1月23日
開催時期が11月から1月に移動
定員18,000人 地元優先枠(180人)を新設した。
大会後、参加賞のTシャツ(ナイキ製品)が「製品事故ではないか?」と話題になった。
SHONANの文字周りが湘南海岸の砂をイメージして滲んでいる。
これが製造上の事故ではないかと疑念を呼んだのである。

早速現物を取り寄せてみたが、一見して事故とは思わなかった。
というのは、事故では無いとわかっているからで、実際、僕自身も2019年にadidasの手袋が届いた時「色落ちした事故品では?」と思ったが、ネット画像をよく見るとそういうデザインだった。
そういうデザインだと知らずに開封した参加者は確かに驚いただろう。


このTシャツの特筆すべき点は後ろ襟に記されたメッセージが10種類あったことだ。

今のジブンを追い越せ。
気力に限界はない。
苦しさはやがて消える。あきらめた事実は永遠に残る。
ゴールの先に何が見えるか。
ゴールは必ずくる。
下を向いたらゴールは見えない。
ジブンのすべてをコースに刻め。
とりあえずお先にどうぞ。
休むのはゴールしてからでいい。
42キロ、人生のたった数時間。

マラソンの記念品Tシャツでは、別料金で販売する場合に「色違い」が選べるということはあるが、2つ以上のバージョンが存在する例を他に知らない。
まさか、10種類コンプリートした人はいないと思うが・・


【第6回】
2011年11月3日(文化の日)
開催月が再び11月に移動した。
これで3月(①②)→11月(③④)→1月(⑤)→11月と3度めの移動。
かっこ内○数字は大会回次
文化の日開催はこの後、2014年の第9回まで4年続く。
スポーツ協賛メーカーがナイキからニューバランスに戻った。
参加費10,500円+チャリティ募金500円

2011年は3月11日に発生した東日本大震災の影響で、それ以降の春マラソンは軒並み中止になった。
コースが被災していなくても、警備などの要員が手薄になるという理由が挙げられたし、何より自粛の要素が大きかった。
この大会で全参加者に求めたチャリティ募金500円は東日本大震災の支援金に充てられている。

 


style="display:block"
data-ad-client="ca-pub-4504970654611255"
data-ad-slot="2542142052"
data-ad-format="auto"
data-full-width-responsive="true">

 

 

|

2019年11月24日 (日)

湘南国際マラソンの歴史① 江ノ島にゴールするのが夢だった

2019年12月1日(日)は第14回湘南国際マラソンが開催される。
僕自身は第1回大会を走ったきり、縁遠くなっている大会だが、その現状はいつもチェックを忘れない。

他の大会はチェックを忘れても、湘南だけは目が離せない。
なぜならば、要項が猫の目のように変わるからだ。
第1回から第7回までは、毎年、大きな変更があった。
では、そのチェック記録をご紹介しよう。


【第1回】
2007年3月18日
江ノ島を起点に湘南海岸を往復するコース
参加費8,000円
定員7,000人

2006年まで東京近隣の春マラソンは板橋Cityマラソン、かすみがうらマラソンだけだったが、2007年に東京マラソン、湘南国際マラソンが加わった。

東京マラソンと同時期に募集が行われ、東京マラソンの抽選結果が通知された後、第二次抽選結果が出る10日ほど前にエントリーを締め切った。

江ノ島がスタート/ゴール会場に使われたのはこの1度きり。
江ノ島大橋を渡ってゴールする姿を夢見ていたが、残念ながら31.3kmの関門で止められてしまった。
(当時は制限時間5時間40分)

関門を逃れた最後尾ランナーの後ろをのろのろ走る収容バスで僕は、来年こそは江ノ島大橋を渡るのだと決意した。

第1回の参加賞はスポーツバッグ。
Tシャツが完走賞というのが珍しい。
現代でもTシャツを参加賞ではなく完走賞に設定している大会は無いのではないか。
従って、僕はこのTシャツをもらい損ねてしまった。
僕の知り合いがTシャツ受取カウンターの前で、海産物のお土産を渡そうと待ち構えていたことを後で知った。
必ずここに来るものと思っていたらしい。そりゃ僕だってそう思う。
スポーツバッグをもらった時は「こんなモノ誰が使うのか」と思ったが、その後、旅マラソンの度に使った。軽くて大容量。重い荷物を持ちたくない旅マラソンにはとても重宝した。


【第2回】
2008年3月16日
コースが江ノ島発着ではなく、大磯発着となった。
理由は江ノ島に緊急車両の通行路が確保できないことが挙げられたが理由は定かではない。
そして、直近には西湘バイパスが台風で崩落したことを理由にマラソンから30kmレースに変更された。

江ノ島ゴールを夢見ていた僕は、コースが変わった時点で参加意欲をなくしてしまった。
このレースはひたすらまっすぐ走り、折り返すと、ひたすらまっすぐ戻るコース。
前方遠くまで膨大な数のランナーが見通せる。それが何時間も続く。
走っている時はあまり感じなかったが、後で考えると、途中で気分が変わらないことは辛かった。また一定のフォームで走り続けるため、足への負担も大きかったのではないかと推察する。


【第3回】
2008年11月16日
開催時期が3月から11月に移動
距離はマラソン(42.195km)に戻ったが、会場は江ノ島には戻らなかった。
制限時間が6時間に延びた。

コースが江ノ島に戻ることを祈って、情報をチェックしていたら、開催時期が「秋マラソン」に移動すると聞き、マラソンは「年に一本、春マラソン」と決めている僕はひっくり返った。

|

2019年11月23日 (土)

走らずに手に入れた完走メダル

急に気温が下がった日
僕はいつもより厚手の服を着込んで、暑かったマラソンの日を思う。
あの日がこんな寒い日だったらな。
現代の日本にとって、マラソンに好適な低温の日が訪れるのは11月下旬なのか。
ということは、好タイムをめざして秋マラソンを走る人にとって、走る大会はとても限られてしまう。
11月の最終週。今ならばつくばマラソン。来年は長崎平和マラソンがこの週だ。
12月第1週には大阪マラソン。宮崎の青島太平洋マラソンは第2週。これから数年のターゲットはこんなところか。


冷たい雨が降りしきる東京
そんな雨の中、再配達を頼んだ郵便屋さんはやってきてくれた。
不在配達票には「東北・みやぎ復興マラソン」とあった。

本来ならば今年走るはずだった大会は、台風19号が宮城県を直撃した影響で中止になった。
天災、荒天などの影響でマラソンが中止になるのは、よくあることで、自身これが2度めの経験。
中止になった場合、参加費は一切戻ってこないことも、重々承知している。

それでも、心の何処かに日本で二番目に高い参加費(13,000円)を払って、走れなかった心残りはある。
ただ、それをもう1人の僕が打ち消す。
そもそも、これは復興のための大会だ。高額な分はチャリティではないか。だから、中止になり走って元が取れなくてもとやかく言うのは憚られる。

不在配達票をみてすぐに、計測チップの返却を求める「料金受取人払郵便」の封筒が頭に浮かんだ。
ナンバーカードと共に届いた返送用封筒は、ランナー都合でDNSとなった人が使うためのもので、切手は自分で貼る。
しかし、今回は中止という事情なので「返却方法について検討する」ことが主催者からアナウンスされていた。
その知らせを待っていたのだが、中止から一ヶ月を過ぎ、そろそろ切手を貼って送らねばと思っていたのだ。


届いた荷物は期せずして大きかった。
Tシャツをもう一回送ったのか?と思った(笑)
「参加賞」のオレンジ色のTシャツは、大会前にナンバーカードと同梱で届いている。

開封すると次のものが入っていた。
1,計測チップ返送用 料金受取人払郵便封筒
2,フィニッシャーズタオル
3,完走メダル
4,大会参加賞記念袋
5,協賛各社提供品

すなわち、ゴールした後、順番に渡されるモノのセットである。
タオルやメダルがもらえることは知っていたが、中止になった時点ですっかり忘れていた。
2011年に「佐倉朝日健康マラソン」が中止になった時は、確か何も送ってこなかったと思う。ただし、それが悪いというのではない。

タオルはマラソンに出る度もらうのだが、乳飲み子を風呂に入れたりすることはないので、バスタオルに日常の出番がない。従って置き場所に困るので、小さく切り刻んで「ぼろ布」にしている。

メダルをもらって嬉しかったのは、初めて東京マラソン2009でもらった時だけだった。今そのメダルはガラクタ箱の底に沈んでいる。
参加賞のTシャツが「溜まって困る」という話しを聞くが、それでもTシャツは2~3回着ることができる。すなわち実用がある。
一方、メダルにはそれがない。もらった自分がそれほど嬉しくないのだから、誰かに自慢できるはずもない。
そんなモノ見せられた側も、リアクションに困る。
思いの外、不味い料理を食わされて「いやぁこれは家庭でもなかなか出せない味ですねぇ(=家庭でもこんなに不味くは作れない)」と言うような妙なコメントを捻らなければならない。

今回、走らずして手に入れた完走メダル
スポーツボランティアが首にかけてくれた訳でもない
僕は君をどう処遇すればよいのだろう

協賛各社協賛品は「雪ごこちタオル」と「宮城県産だて正夢」ごはんパック
これは嬉しかった。タオルは翌日早速ハンカチ代わりに使い、ごはんは美味しくいただいた。

|

2019年11月17日 (日)

札幌 五輪マラソン(最終話)

2020年夏、124年の五輪史上初めて、開催地以外でマラソンが開催される。その知らせは東京都にとって唐突にもたらされた。


2019年10月17日
IOCバッハ会長が「マラソンと競歩を札幌に移すことを決めた」と発表
小池百合子東京都知事は「寝耳に水」だったことに言及

2019年11月1日
開催地の札幌変更を決定
東京都(小池百合子知事)、IOC、大会組織委員会、政府の4者会談で合意した。

この会談では「マラソン、競歩以外は(これ以上)都外に移転しない」ことを確認。
これにより、パラリンピックのマラソンについては既定どおり、東京のコースで行われることになった。

長距離競技者を東京の暑さから守る「アスリートファースト」が、札幌変更の論拠と説明されているが、パラリンピックは含まれていない様子。

パラリンピックのマラソンが東京コースで行われれば、東京都の予算で行った路面温度を下げる試み「遮熱性舗装」も、1度は活用されることになる。


さて、札幌開催が決まった東京五輪マラソン
決まっているのは日程のみ。
放送権利の都合上、日程は動かせないだろう。

2020年8月2日(日)
東京五輪女子マラソン開催予定

2020年8月9日
東京五輪男子マラソン開催見通し

”涼しい土地”でやるからには、時間も早朝6時スタートが求められる。

迎えた大会当日、札幌で9時スタートにしたところ「当日6時の東京と気温が変わりませんでした」では洒落にならない。


コースは市民マラソンの人気大会「北海道マラソン」のコースが下敷きになるだろう。
公道封鎖、緊急避難経路、警備、ボランティア配置

マラソンには「公道」を走るという定義があり「公道」を使い市民生活を制限する以上、管轄する自治体との調整に時間がかかる。
決定から9ヵ月しか準備期間がないマラソン大会を聞かない。
従って、既に実績がある「北海道マラソン」をほぼ踏襲することになると推察する。


北海道マラソンは、日本で唯一8月に開催されるマラソン。
2019年8月25日の大会は第33回を数えた。
本来、マラソンシーズンは10月~5月であり、6月~9月のマラソンは危険とされている。

それでも北海道で例年開催されているのは「北海道が涼しい」からである。
しかし、2010年8月29日の大会では気温が30度を超えた。
その後も2012年、2015年には28度を記録。

8月2日、9日の場合、日中は28度超えを警戒される。朝6時スタートは必須と言える。
しかし、その日朝6時の札幌の気温が、果たして東京より何度低いのだろうか・・・

おわり

 


ど素人!マラソン講座

 

|

2019年11月16日 (土)

札幌 五輪マラソン(3)

2020年夏、124年の五輪史上初めて、開催地以外でマラソンが開催されるきっかけとなった(と報じられている)出来事は、MGCから2週間後に起きた。


2019年9月27日
ドーハで開催された世界陸上の初日に行われた女子マラソンで出走した68人中 28人がDNF(途中棄権)

日本からは3選手が出場
7位 谷本観月
11位 中野円花
DNF 池満綾乃

スタート時間は日本時間 5:59
日本とドーハの時差は6時間なので、現地時間は正午
スタート時気温は32.7度、湿度73.3%だった。

この大会で41%(28/68)の選手が途中棄権したことが、東京開催が危険とする議論の出発点になっているが、比較考量するには以下2つの条件が異なっている。

1.スタート時間:東京 午前6時⇔ドーハ12:00
2.開催日:東京女子10日め、男子17日め⇔ドーハ大会初日


1.スタート時間
明け方6時と日中12時では気温、日照ともに大きく異なる。比較にならない。

2.開催日
初日開催の場合、気象条件が競技に与える影響を選手、関係者が十分に把握できていない。
数日経過した時点では、他競技の状況をみて、気象条件にどう対応するか準備ができる。

話題になった「女子マラソン」以外にも、ドーハでは「マラソン」「競歩」が行われている。


9月28日(大会2日め)
男子50km競歩
出場39→DNF11(28%)

女子50km競歩
出場22→DNF5(18&)

9月29日(大会3日め)
女子20km競歩
出場42→DNF3(7%)

10月4日(大会8日め)
男子20km競歩
出場45→DNF5(10%)

10月5日(大会9日め)
男子マラソン
出走73→DNF18(20%)
日本から出場した3選手は完走


いずれも正午前後にスタートした競技において、初日の女子マラソンを超えるDNFの数値は出ていない。

つづく

 


ど素人!マラソン講座

 

|

2019年11月12日 (火)

ハンマーヘッドの右折がきつ過ぎる!横浜マラソン

横浜マラソンおよそ3kmあたり

この時点でかなりきつそうな人
心中を察します
だって、この暑さでまだ「あと39km」あると思うと、その道のりは永久に続くような気がします。
ここで「あと39km!」というような冗談をいう人はいません。
くらわされます(長崎弁です)
でも、実際に走っているとあと12kmのところで「ラスト~」とか「あと少しぃ」という声は掛かりますけどね。
真剣に言っているのが怖いです。


マラソンの最終ランナーが通り過ぎた後、しばらくすると「2km車椅子の部」がやってきます。
思いの外、出場者が多かった!
車椅子ランナー、そして介助者、そのひたむきさに心打たれました。
往路は下り坂、赤レンガ倉庫からの復路は上り坂。
沿道の皆さん、懸命に応援していました。


最終走者を見届けてから、今度は復路コースへ廻りました。
カップヌードルミュージアム~赤レンガ倉庫前の道路を「復路も」走ったのは第2回まで。
中止になった第3回は別として、第4回から復路は赤レンガ倉庫の海沿いを走ります。

そして、今年は「横浜ハンマーヘッド」がオープンしたので、コースがさらにハンマーヘッドの海沿いへと変更されました。
つまり、横浜マラソンは開催された4回ともに異なるコースで行われたことになります。
(第1回→第2回は距離不足の修正)

「ハンマーヘッド」といえば造船に詳しい方は、巨大クレーンを思い浮かべると思いますが、ここは客船ターミナルです。
実際にこの施設の先にはハンマーヘッドクレーンがありますが、現在は使われていません。
(横浜市が遺構として保存)


前回の第4回大会では赤レンガ倉庫から直線だった走路が、今回は「横浜ハンマーヘッド」を迂回するコースに変わりました。
こちらに廻ったのは、その新コースを見るためです。

驚いたのは、ハンマーヘッドでの右折。
90度というよりは100度くらいありそうなカーブ。
え?ここを曲がるの?
TBS赤坂5丁目ミニマラソンか!と思うような曲がり方。過去14年のマラソン人生では見たことがありません。

スピードが出ているランナーは、かなり減速しなければならないのでタイムロスになるだろうし、道幅が狭いので時間帯によって渋滞が起きそうです。

まだ先頭のランナーが来ないので、そのままゴール方向へ歩きます。
すると、またも急な右折。
しかも右折した先の道路は2車線中、左側は交通規制をしていないため、走路は右半分のみ。
ここも減速、渋滞が起きるのでは?

そう考えているところに先導白バイ、審判車輌、つづいて先頭のランナーがやってきました。
車輌は日産の1800ccクラスと見受けました。決して大きくないクルマですが、それでもコーナリングはギリギリ。これ以上の大型車、たとえばテレビ局の放送車では曲がれないでしょう。

ちなみにこの日の模様は、去年に続いて地元神奈川テレビで生放送されました。

やってきた先頭のランナー、F1ドライバーやMotoGPライダーのように、アウトインアウトのコース取り。アウト側のコーンぎりぎりでコーナーをクリアしていきました。
41km過ぎ先頭ランナー

自分がランナーだったら「5時間切り」が微妙という切羽詰まった時、あそこで渋滞したらイヤだなぁと思いました。


11月の第二日曜日
みなとみらいを訪れた行楽客、沿道の応援、大会スタッフにとっては好天に恵まれた、いい1日になったと思います。
ランナーの皆さんにとっては、どうだったでしょうか。

僕も1度は「横浜マラソン」走ってみたいと思います。
35km過ぎからのビクトリーロードの華やかさ、賑やかさは東京マラソンに負けていませんからね。

ど素人!マラソン講座

|

より以前の記事一覧