2017年12月 7日 (木)

強すぎる「ヴェイパーフライ 4%」 1-2-3-4 フィニッシュ

平和台への200mの上り
もう足を残す必要はない。
しっかり、前へ進めている。
3番手で平和台競技場へ

川内優輝はこの瞬間が一番好きだと言う。
それは川内優輝ならずとも、ランナーならば誰だって同じはず。

かつてここで、瀬古利彦がラストの直線でイカンガーを猛スピードでかわすのを目の当たりにした。
それからずっと、この競技場に帰ってくるのが夢だった。
マラソンを始めて以来、平和台にゴールする市民マラソンが始まることを期待していた。

だが「福岡マラソン」が違う形で始まってしまい、それは遠い夢となった。
でもいつか、ここで走りたい。
博多を愛する多くのランナーが、そう思っていると推察する。


ソンドレノールスタッッド・モーエンがゴール 2:05:48
自己ベスト(2:10:07)を大幅更新
彼は独自の修行を積んでここまで来た。
大迫傑と同い年の26歳。東京五輪までには抜き返して欲しい。

キプロティクがゴール 2:07:10
彼の足下をみると、その靴もヴェイパーフライ4%(1st)のように見える。


大迫傑が最後の力を振り絞る
どうかトラック内側の縁石につまづかないで欲しい
(意外と高さがあって、あまり寄り過ぎると危ない)
2:07:19でゴール
日本人歴代4位 佐藤敦之の2:07:13に次いで歴代5位。

膝に手を置き、2,3度頭をひねった。
険しい表情
不満なのだ。



大迫傑インタビュー
「もっとトップ争いができればよかった」
MGC出場権獲得については
「自分の走りをすればそれは着いてくると思っていたので、予定通りです」
トーンを抑えた謙虚な受け答えに垣間見える自信。
中学生はえーを言わないのは好感が持てる。


今回初めて、大迫傑のマラソンレースを見た。
そこには、自分のように「ファンラン」と言われてもおかしくないような市民ランナーにも、いくつかの気づきがあった。
これまでナイキ・オレゴン・プロジェクトには、ハイテクで近寄りがたいイメージがあったが、とても基本に忠実という側面があるように感じた。
ランナーとして成すべきことは「エリート」も「市民」も変わらないのだ。



さて最後に、注目していた「ヴェイパーフライ 4%」の戦績をまとめよう。
1位 モーエン ヴェイパーフライ4%(1st)
2位 キプロティク ヴェイパーフライ4%(1st)
3位 大迫傑 ヴェイパーフライ4%(2nd)
4位 カロキ ヴェイパーフライ4%(2nd)

外観での判断なので確証はないが、1-2-3-4フィニッシュということになる。
驚異的な結果だ。
あまりに強すぎて、他メーカーから反感を買いはしないか心配になる。
マラソンのルールには、靴について制約がない。
「ソールに入れていいカーボンは、ソール面積の50%まで」といったくだらないルールができないことを祈る。

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2017年12月 6日 (水)

手袋を捨てた選手が勝ったのを見たことがない

31.6km香椎の折り返し
大迫傑は4番手。カロキがout-in-outでパイロンをかわしたのに対して、in-in-inで通過。
これまでパイロン通過の基本は
out-in-outだと思っていたが、オレゴンの皆さんは「in-in-in説」なのだろうか。
それとも、大迫傑にとって、この日数少ないミスの1つだったのか。
その一瞬、明らかにリズムを失った。
ちょっと一息入れたと言えなくもないが・・
マラソンのコース取り

第6エイドでボトルを取ると、例によって少しずつ飲みながら3番手に上がる。

ビダン・カロキが手袋を捨てる。
これまで、途中で手袋を外した選手が勝ったのを見たことがない。
(サングラスを捨てて勝ったのは一度見たが)

調子が悪いから手袋を外すのか、手袋を外すから調子が落ちるのか。
いずれにせよ、手袋を外すことで体温が急激に下がる。
手袋は外さないに越したことはない。
途中で外すくらいならば、最初から付けない方がよい。
大迫傑はスタートから手袋を付けていない。


トップの2人から大迫傑が離され始める。
モーエンが初めてトップに立つ。
モーエンの足下も、どうやら「NIKE ZOOM VAPORFLY 4%」(1stカラー)だ。


大迫傑+ヴェイパーフライ 4%の走りは躍動感満点。
ジャンピングシューズを履いているかのよう。
まだまだ、前を追える。
ネガティブ・スプリットの体力を残しているように見える。
コース最後の高低差「名島橋」を過ぎて、先頭とは14秒差。


35km
大迫傑のゴール予測タイム 2:06:38
前2人には離されたが、ペースは上がっている。

36km
第7エイド
モーエン(ノルウェー)がスパート。カロキとの差を広げる。
大迫傑の小さくて白いボトルは、テーブルの最も手前の取りやすい位置に置かれていた。
エイドのボランティアが、彼を応援する気配りが嬉しい。


37.3km
キプロティクが抜いていき、大迫傑は4番手に下がる。
すぐに大迫傑は後ろに着く。これは僥倖だ。
「1人旅」はタイムが落ちる。
好タイムを目指すならば、マラソン終盤にはデッドヒートが欠かせない。
明らかに大迫傑の走りに活気が戻った。

38.9km
キプロティク、大迫傑の連合チームが一気にビダン・カロキをパス。
大迫傑 3番手に上がる。
圧倒的なスピード差に、カロキは着くことができない。


39km
キプロティクがペースアップ
コースが右に曲がる。道なりに走るキプロティクに対して、大迫傑は最短距離を走るため、コースを変えた。
クレバーな走り、できることは全部やる、基本に忠実な走り。
それが、できるのは、脳がクリアな状態を保っている証左である。


40km
大迫傑のゴール予測タイム 2:06:57
キプロティクと4秒差

思うにマラソンというのは、あっという間の出来事だ。
出走回数を追うごとに、そう感じるようになる。
大迫傑はまだこれが2度めのマラソン。
これから、経験を積むごとに、さらに彼の走りは進化するだろう。

大迫傑の頭が揺れている
苦しいのだろうかと思ったら、どうやら、沿道の応援に応えているようだ。
大迫傑は日本では初めてのレース。
「おーさこぉがんばれ~」
沿道の声援を独り占めする初めての日だ。
日本の実業団のエリートランナーが、沿道の声援に応えることはほとんどない。
感謝の気持ちをもって走る彼に、ランナーの原点を見る。

つづく

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2017年12月 5日 (火)

スペシャルドリンクを800m飲み続ける大迫傑

15km
ゴール予測タイム 2:06:32
第3エイド
大迫傑は早くからコース左に寄り、慎重にボトルを見つけた。

福岡国際マラソンのコースでは最大の高低差となる別府橋(べふばし)を通過。
元々はJR筑肥線をまたぐために作られた陸橋だが、地下鉄ができて筑肥線が廃線となってからは本来の意味合いを失っている。


17km
伝統的にいかした店が建ち並ぶ「けやき通り」にさしかかるあたりで川内優輝(30歳)が遅れ始める。

18km
警固交差点を右折。このあたり、沿道の観衆はそれほど多くない。


20km
ゴール予測タイム 2:06:39
第4エイド
大迫傑は難なくボトルをみつける。
ボトルを捨てたのは20.87km。
「少しずつ時間をかけて飲む」ということを徹底している。
これは参考にしたい。


中間点通過タイム 1:03:19
大迫傑にネガティブ・スプリットの体力が残っていれば、まだ「6分台」が期待できる閾値あたりだ。

●過去の2時間6分台記録
高岡寿成(カネボウ)2:06:16
藤田敦史(富士通)2:06:51
犬伏孝行(大塚製薬)2:06:57


23.48kmにはジェネラルテーブル
先頭集団からも数人が駆け寄って「水」を摂る。

25km
ゴール予測タイム 2:06:41
先頭集団の人数は10人。ただ1人キャップを被っている大迫傑の位置がペースメーカーの直後に迫っている。
第5エイドも無事ボトルを取った。


ここで、テレビ朝日の映像では、大迫傑の練習風景が紹介される。
スローモーションで映し出された映像はかかとを全くと言っていいほど着いていない。
完全なフォアフット走法
こんな走り方ができる日本人がいるとは驚きだ。
この走りならば、フルレングスのカーボンプレートがフォアフットに高反発を与える「NIKE ZOOM VAPORFLY 4%」のスペックが活きるだろう。


13:30現在 晴れ 14.1度
29km
集団がばらけ、先頭集団は5人。日本人は大迫傑のみ。
大迫傑が遅れ始める・・
という瞬間が来るのではという恐れが消えた。
予感は期待に変わる。

30km
ゴール予測タイム 2:06:44
ペースメーカーが「バイバイがんばってね」と手を振って離れ、大会車両に乗り込む。
大迫傑は5人中3番手を走る。


ナンバーカード「21」のビダン・カロキ(ケニア 広島世羅高→DeNA)がペースを上げる。
1人が脱落、大迫傑は残る。

つづく

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2017年12月 4日 (月)

設楽、神野、大迫 箱根駅伝スターの競演は14kmまで

リオ五輪までのマラソン日本代表選考は、3つの選考レースを設け、比較考量で選出されていた。
しかし、異なる条件のレース結果を元に「会議で決める」のは、選手としてはすっきりしない。
これを柔道でいえば、3つの大会で3人の優勝者が出て、会議でそのうち1人に絞るといったことになる。
一度も同じ土俵で戦わないで、それでも決めてしまうのは、マラソン特有の悪しき慣習と言える。

そこで、東京五輪マラソンの日本代表は「MGC」という一発勝負で決めることになった。

MGC
2019年9月以降に開催、2枠を決定
さらに「MGCファイナルチャレンジ」を開催して残り1枠を決定

なんだ、結局 一発勝負じゃないじゃん・・
まぁ、それは万が一、大迫傑がインフルエンザにかかり
MGCに出られなかったらいけないので、よしとしよう。


この日の「福岡国際マラソン」では次の条件をクリアをすれば、MGCへの出場権が手に入る。
2:10:00以内→日本人上位6位まで
2:11:00以内→日本人上位3位まで

2017年12月3日(日)
第71回福岡国際マラソン
大迫傑は招待選手を表す黄色地に「27」のナンバーカードをつけて、スタートラインに並んでいる。

12:00現在 晴れ 13.4度
気温はそこそこだが、日差しがある。
大記録が生まれる good condition とは言えない。
日差し対策として、大迫傑はナイキの白いキャップ。
「市民ランナー」川内優輝はキャップに日よけまでつけている。


1km
平和台競技場のトラック上
大迫傑は3分4秒程度。
先頭につかずコールドスタートしているところに、賢明な戦略が窺える。
この賢明さは、レース終盤まで、多くの気づきを与えてくれることになる。


5km
大迫傑は先頭集団に位置。
先頭を走るペースメーカーから2秒遅れ。
テレビ朝日のゴール予測は2:06:26と表示された。
代表選考レース各の大会と言えばNHKというイメージを抱いていたが、福岡国際マラソンは以前からKBC(九州朝日放送)の制作、テレビ朝日系列で放送されている。

この日、大半のエイドは5km毎のポイント直後に設置されていた。
第一エイド、大迫傑はペースを落としながら慎重に取り、しつこいくらいしばらく飲んでいた。
これだけ、長く飲むエリートランナーは見たことがない。


前年の福岡国際マラソンを制しているイエマネ・ツェガエ(エチオピア シューズ:アディダス)が早くも遅れ始める。
2017年世界選手権(ロンドン)では足がつって途中棄権しており、調子は戻っていない様子。


ペースメーカーのペースが安定しないため、スティーブン・キプロティク(ウガンダ)がペースメーカーから少し離れ、集団を先導する。
キプロティクはロンドン五輪(2012年)マラソンの金メダリスト。
色違いだが、大迫傑と同じ「NIKE ZOOM VAPORFLY 4%」を履いている。

10km
ゴール予測タイム 2:06:35
コースは202号線、東向きに変わる。
片側2車線を使い、対抗車線はクルマが渋滞している。

第2エイド
大迫傑は給水テーブルでスペシャルドリンクを見つけることができなかった。
通り過ぎた後に振り返り「あれっ?」という表情
ボトルが密集して置かれており見えなかったのか。
あるいは、手違いかなにかで置かれていなかったのか。
その後、ジェネラルテーブルで「水」を摂った。


大迫傑は先頭集団の後方、中央にいる。
風を受けず、周囲がよく見えるいい位置取りだ。


14km過ぎ
初マラソンの設楽啓太(東洋大→日立物流)が遅れ始める。
同じく初マラソンの神野大地(かみのだいち・青山学院大→コニカミノルタ)はペースメーカーの直後に付いた。
設楽、神野、大迫、箱根駅伝のスター競演は、ここ数年地味過ぎた日本のマラソン・レースをとても華やかなものにしている。
この時点では・・

つづく

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2017年12月 3日 (日)

福岡国際マラソンの歴史

福岡国際マラソンは、福岡市で行われるエリートランナーの冬マラソン。

コースは「平和台競技場」を出て一旦福岡市の西端まで走った後、一気に市内を駈け抜けて東区へ。香椎で折り返して西に走り平和台競技場に戻る。
「観光名所を巡る」というわけではないが、福岡市の中心部を走るので、博多を知るランナーならば一度は走ってみたいコースだ。

しかし、走ることができるのはエリートランナーのみ。
市民ランナーは走ることができない。
もしも2時間10分以内で走る市民ランナーがいれば、話しは別だが。

市民ランナー向けには2014年から「福岡マラソン」が始まった。
しかし、コースに魅力が乏しい。
天神をスタート西へ向かい、シーサイドももちのあたりまではハイテンションで居られるのだが、その後がいけない。

姪浜で折り返して市街地へ戻る「福岡国際」と違い、そのまま糸島へ突き抜けてしまう。
「糸島」と言えば、今やカキ小屋を初めとして、ちょっとしたグルメブランドとしてもてはやされているが、ランナーはレース中にカキを食べるわけではない。

コースの後半はほぼ田園レース。
「かすみがうらマラソン」を走っているようなものだ。
糸島に親戚がいる人以外は、ゴールが近づくにつれて人里離れていくコースにテンションが下がりっぱなしになるだろう。

エントリーは第1回から抽選制
その当選倍率は以下のように、下がり続けている。

2014年 5.1倍
2015年 4.3倍
2016年 3.9倍
2017年 3.5倍

できれば福岡国際マラソンのコースで市民マラソンを作って欲しかった。
しかし、一度始めてしまったものは、なかなか引っ込みがつかないだろう。



【 福岡国際マラソンの歴史 】

1947年
「金栗賞朝日マラソン」開催 これが第1回大会にあたる。

1955年
「朝日国際マラソン」と改名

1966年
第20回大会で「国際マラソン選手権」と改名。国際大会となる。
この時「マラソン世界選手権」という名前にしようとしたが、世界陸連の反対にあって断念した。
デレク・クレイトンが2時間9分36秒で優勝。
日本国内レースでは初のサブテンだった。
1970年
「国際マラソン選手権」となって以降、日本人としての初優勝だった。

1971年
この大会からフランク・ショーターが4連覇

1974年
「福岡国際マラソン」と改名して現在に至る

1978年
この大会から瀬古利彦が3連覇

2011年
第65回大会、川内優輝が日本人最高の3位に入った

2015年12月6日
世界記録(2時間2分57秒)を持つデニス・キメットが出場

2017年12月3日
大迫傑がズーム ヴェイパーフライ 4% 2ndを履いて初出場

参考文献
宇佐美彰朗「マラソンひとりぼっち」

マラソン講座

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2017年12月 2日 (土)

ヴェイパーフライ 4%で走る大迫傑、マラソン日本記録か?

2017年12月3日(日)
福岡国際マラソンで大迫傑が2度めのマラソンを走る。
その足下、赤い「NIKE ZOOM VAPORFLY 4%」に注目したい。


大迫傑(おおさこ すぐる)は2020年東京五輪マラソンでメダルを狙うランナー。
世界に水をあけられた日本男子マラソンにおいて、なんとか地の利を活かして「東京の銅」くらいに潜り込めはしないか?
そんな期待を寄せることができるとしたら、現時点では彼が唯一のランナーだ。


大迫傑の略歴

1991年5月23日
東京都生まれ

2007年 佐久長聖高校入学

2011年
箱根駅伝1区区間賞 この大会で早稲田大学は総合優勝

2015年
ナイキオレゴンプロジェクト入り

2017年
4月17日、初マラソンのボストンマラソンを 2時間10分28秒で走り3位
市販される前の「NIKE ZOOM VAPORFLY 4%」を履いて走った

2020年東京五輪時は29歳と2ヶ月。
マラソンランナーとしては絶頂期といえる年齢で迎える。


大迫傑に期待する理由はその練習環境にある。
ナイキオレゴンプロジェクトは、ナイキの長距離選手育成チーム
大迫傑はナイキ本社があるオレゴンで練習している。
これまで日本男子マラソン界では、国籍を海外に移すランナーはいたが、練習拠点を所属ごと海外に移したランナーは居なかった。

ナイキは「Breaking2」という「マラソン2時間切り」プロジェクトを遂行中で、そこで開発された靴が「ヴェイパーフライ 4%」

福岡国際では恐らくセカンドカラーの赤い「ヴェイパーフライ 4%」を履いて走るだろう。

2017年7月、Fall season に市販された「ヴェイパーフライ 4%」1stカラーはネット、店頭ともに瞬時に完売。
ナイキの大半の靴がそうであるように、同一シーズン内の再販はされなかった。



赤いアッパーの2ndカラーは、Holiday season 10月20日に発売して即時完売。
11月21日、NIKE公式通販で再販されたが再び瞬時に完売。
11月25日の店頭販売は「徹夜並び」を防ぐため抽選販売となった。
(同日夜にはヤフオクで50点余りのプレ値出品を確認)

一秒でもタイムを削りたい
なおかつ、金銭的に余裕がある(24,000円+税)ランナーであれば、なんとしてでも手にしたい(足にしたいか?)赤い靴


大迫傑が圧倒的推進力を備えるこの靴で、どれくらいタイムを伸ばしてくるか。
レース中の気温が低い。
終盤、外国人とのデッドヒートになる。
そうした条件が揃えば、一気に高岡寿成が持つ2時間6分16秒の日本記録を下回ることも考えられる。

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2017年11月 5日 (日)

関門橋は渡らない、第10回下関海響マラソン

「次のレースはどこですか?」
下関です

「え゛下関まで行くんですか?」
えぇ

「橋は渡るんですか?」


この会話が、ここ数ヶ月で何度かあった。
どうやら下関といえば海峡、海峡には関門橋
マラソンというからにはきっとそこを渡るに違いない
そんな思考遷移が、世の中ではステレオタイプになりつつある。

千葉にはアクアラインを渡る「ちばアクアラインマラソン」がある。
「能登和倉万葉の里マラソン」「下関海響マラソン」では大きな橋を渡る。
だが、ランナーでもない一般人には、そんなことは知られていない。
恐らくそこに「海峡」があると、日本人には「渡りたい」というDNAがあるのだろう。

かくいう僕も2008年の第1回下関海響マラソンが発表された時「橋を渡れるのだろうか?」と考えた。
それは、僕が子どもの頃、関門橋と共に大きくなったという実感があり、関門橋への憧憬が強いからだ。


ちなみに「橋は渡るんですか?」に対する僕の回答はこうだ。
関門橋は高速道路です。もちろんそこを停めてマラソン大会をするという選択肢もあるでしょうが、物流の要なので半日停めてしまうと、九州経済に大きな影響が出ます。
それに橋の上は風が強いから、人が走るのは危いでしょうね。


1973年に関門橋が開通した時、若戸大橋のように人も渡れるものと思っていたので、高速自動車国道専用と知った時は愕然とした。
あれだけ、大騒ぎで作っておいてクルマしか通れないとは・・
それほど、関門橋の進捗は大きく報道されていた。
壇ノ浦と和布刈に橋脚が立ち上がり、最初のワイヤーロープがかかる。

関門海峡は早鞆瀬戸(はやとものせと)と呼ばれる。
鳴門海峡、長崎の西海橋と並ぶ日本三大潮流に数えられ、潮の流れが速い。
一定時間、狭い海峡を封鎖することで物流への影響が大きい。
そもそも、工事の船が潮に流されて危険だ・・
風船で飛ばす案なども出るなか、船でワイヤーを運ぶ案に落ち着いた。

そのロープからロープが下がり、両岸の橋脚から橋梁が延びていく。
そして1つにつながる。
できる途中も、できてからも、関門橋は僕にとって共に育った特別な存在。
わが心の関門橋である。


2017年11月5日(日)
第10回下関海響マラソンを走りに来た
ランナーには好レースを、下関市のボランティアの皆さん、沿道の皆さんが過ごしやすいよう、好天を祈る。

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2017年11月 1日 (水)

横浜マラソン中止

「motoさん、マラソン、残念でしたね」
そう声をかけてきたのは、年齢の割にはスマートな体型を維持しているサイトウさんだ。
彼女とすれ違うと、デパートの一階で道に迷った時のような香りがする。
それについての評価は分かれるだろうが、僕は気にならない。

それは、下関海響マラソンまであと数日、そろそろ緊張の雪が心につもり始めていた10月末である。
そんな時に「マラソン、残念」なんて縁起でも無い。
目が点・・)
鳩が豆鉄砲を食ったよう
を足して2で割った顔をしている僕に対して、彼女は続ける

「横浜マラソン中止になったんですよね?」

どうやら、彼女は僕が近々マラソンに出るという噂を聞きつけ、それが身近な場所で開かれる「横浜マラソン」だと早合点していたらしい。



10月28日、下関海響マラソンまで1週間
レース準備期間最後の日曜だったが、東京はあいにくの土砂降り
ラストランに予定していたメニューは、室内の代替トレーニング「ステップ運動」に替わった。
カレンダーには「横浜マラソン」と書いてある
きょう、この雨の中を走るのはみんな大変だなぁ・・


横浜マラソンには第1回、第2回いずれもボランティアとして参加した。
第2回までは3月開催の「春マラソン」だったが、第3回から「秋マラソン」に移行している。
さすがに自分のレース一週間前に、終日屋外活動をするのは風邪のリスクが高い。
今回は遠慮した。


サイトウさんからの残念なお知らせに接し、脳裏に浮かんだのは
「高速道路」

横浜マラソンはコースの中盤から終盤にかけて、10kmにわたり高速道路を走る。
道路は海沿いに建てられた高架の上。
海沿いの「磯子方面」の車線は大会関係車両用に空けて、走路は山側の「東京方面」の車線を使う。
それでも十分、風を受けやすい場所だ。
中止理由は「台風22号接近により強風圏に入ることが確実な状況となった」ため。

ちなみにマラソンは中止になっても、参加費は一切返金されない。
すでに給水給食、警備員手配、さまざまな運営費は決済された後だからだ。
マラソン大会が中止になることは滅多にはないが、珍しくはない。
ただ、レースのためにすべて?を投げ打って備えてきたランナーにとっては、突然その真価を発揮する場所がなくなり、途方に暮れる。


エントリーした28,000人のランナーは、翌日の真っ青に晴れた空が恨めしかったと思う。
月曜の朝、その時点では中止を知らない僕は、空を見上げてあまりの青さに笑ってしまった。
昨日晴れてくれよな・・

「秋マラソン」を走るのは初めてで、夏から秋にかけて走るのも初めてだが、とても驚いていることがある。
「10月の東京はこんなにも雨が降るのか?」
ここ2週間、週末はほとんど雨。
予定していた練習メニューは、すべて「ステップ運動」に代わった。

季節の天候というものは、毎年そう大幅には変わらない。
横浜マラソン主催者の皆さん、来年は一週、後ろにずらした方がいいと思います。

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2017年5月 5日 (金)

可愛い子には5km走らせよ

関東平野一円が快晴に恵まれた日
僕はボランティアで皇居に来ていた。
清掃ではない。
皇居は2005年頃から、ランナーのメッカとなっている。
メッカでわかりづらいならば、ランナーの熱田神宮だ(余計わからんか)

皇居は江戸城があった場所であり、その外周はお濠が取り囲む。
その外側には一般道路が走っており、歩道もある。
この歩道が「ランナーのメッカ」なのである。

1周5km。途中には1つも信号がない。
それはそうだ。中から出てくるのは皇室関係者であり、滅多に出入りしないし、その時には信号など必要ないくらい、警備体制が敷かれる。
ここを左回りに走るのがお約束。
道幅が狭いので「逆走」すると、ランナー同士の衝突事故が起きかねない。


この日、一番の楽しみは「親子5km」
親1人、子1人が同じナンバーカードをつけて一緒に走る。
「リレー」ではない。

だいたいの場合、走る親だけでなくもう一方の親も会場に来る。
(見学の)母親が一眼レフを構えて、父親と娘を撮ろうとしているので、カメラマンを申し出る。
皇居をバックにした1枚。少し迷ったが全身を入れる。
被写界深度が深いので、うまく背景がぼけてくれるだろう。
Canon製はピントの合わせ方がよくわからないので自信がない。
二枚撮って、確認してもらう。
「ばっちりです」


見学の親はスタート地点で待機
かと思ったら、そのうち数名は「伴走」してくる。
その方がきっと楽しい。
携帯で電話してきて「今どこよ?」と確認してくるお母さん。
きっと暇を持て余している。


はじめの1kmは平坦
ここでお調子ものの子どもたちは、一気にスタミナを使い切ってしまう。
ベテランのマラソンランナーならば「入りはゆっくり」を心得ているが、子供らにその冷静さを求めるのは無理だ。

そして1km過ぎから2kmまで地獄の上りが始まる。
ここで、子ども達は一気に減速する。
なかには泣きじゃくる子あり。
お父さんがだっこしてしまう場合もある。
そうなると「親子5km」ではない。
「親5km(子ども付き)」だ。


一気に上った分、そこから先は「お楽しみの下り」
3kmあたりで一気に下り、千鳥ヶ淵を左折すると、右手に国会議事堂、最高裁、桜田門(「相棒」で毎回映る警視庁)左手にお濠の水辺を見下ろしながら快適な2km


泣きじゃくっている子どものふくらはぎに冷却スプレーをかけてあげる
「冷たい」
気づくと泣き止んでいる。
よかった

ここからは「下り」だから気持ちいいよ
すると女の子「がんばる」と言って走り出した
お母さんにっこり。
走るお母さんはキレイだ。


「親子ラン」は5kmくらいがいい
幼気な子どもに5kmも走らせるのは過酷だが、だからこそ、そこにドラマがある。
そこらの大人に「5km」は走れない。
だから、皆がびっくりしてくれるはずだ。

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2017年4月10日 (月)

マラソンシーズンの終わりを告げる第19回長野マラソン開催

2017年4月16日、第19回長野マラソンが開催される。
自分が走らなくても、この大会を思うと切ない思いが胸をよぎる。

4月の第三日曜はマラソン大会が集中する日で、マラソンシーズンの終わりを告げる日。
易占いの世界が2月の節分を境に年度が切り替わるように、マラソンの世界はこの日を境に年度が切り替わるように感じている。


「切ない思い」は、過去に出場した思い出、その時のイメージに起因する。
2010年、2014年と過去2度、出場した。
最初は今でも生涯最高と言えるレース。
次はさらに最高の準備で臨んだというのに、スタート直後に靴を踏まれたことで暗転した失敗レース。

しかし、いずれも好天に恵まれた。
沿道の応援が暖かく熱心なのは言うまでもないが、他のどの「旅マラソン」とも違うのは、レース前日や当日、マラソン会場とは関係ないところでの地元の人とのふれあいである。

こちらはウィンドブレーカーを羽織り、運動靴を履いており、いかにも「走りに来てます」という格好をしている。
すると、ホテルマンや掃除のおばちゃん、喫茶店のマスターが「明日の天気はよさそうですね」「去年は大変でしたね」と声をかけてくれる。
1人旅で話し相手が居ないところに、笑顔で話せる相手がいることは、とてもありがたく嬉しいことだ。



■マラソン以外のトピック

善光寺のご開帳は七年に一度。
前回が2015年なので、次回は2021年となる。
「それって6年に1度じゃん」
と思うのだが、仏教では奇数でカウントする。
死後1年の祥月命日は「一周忌」だが、2年後は「二周忌」ではなく「三回忌」
善光寺のご開帳は「数え年」で7年に一度なのである。

長年、長野マラソンに行くための足だった長野新幹線(現在の呼称は北陸新幹線に統一)「あさま」の「E2系」が2017年3月31日に引退。
オルカを思わせる白と紫のツートーンをもう見ることはできない。
今後当面は、現行車両「E7系」のみとなる。



■競技規定

4つめのコースで4回めの開催
定員:10,000人
制限時間:5時間
参加費:10,000円

例年と変更なし
定員は2012年大会より10,000人、参加費は2014年に10,000円となってから据え置き。



■過去のロスタイム
2014年大会:Iブロックで5分弱
2010年大会:Xブロック(申告タイム:4時間30分~5時間)の先頭で、5分55秒
2009年大会:ナンバーカード 7000番台のランナーは 7分0秒かかっていた。



■レース当日の天候
2016年大会:小雨 18度 *9時現在
2015年大会:晴 12度 *9時現在
2014年大会:くもり 9.3度 *スタート時
2013年大会:雪 0.4度 *スタート時
2012年大会:晴れ 最高気温15度
2011年大会開催予定日:晴れ 最高気温14度
2010年大会:晴れ 最高気温13度
2009年大会:晴れ 最高気温23度



2014年(第16回大会)に初めて作られた大会公式ソングが今年も作られており、大会ホームページから無料でダウンロードできる。
曲名「1/2」演奏はいつものthe Canadian Club(岐阜出身のバンド)

当日が「する」「見る」「支える」
ランナー、応援、ボランティアの皆さんにとって最高の好天に恵まれることをお祈りします。

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