2009年11月28日 (土)

長野マラソン エントリー確定

10:30
長野マラソンのエントリーに取り組んで30分。
そろそろ、いやな予感のする時間帯になってきた。
井上陽水のチケット販売の時は、開始から数分後につながった時には、既に売り切れていた。

あれこれと試すうち、せっかくたどり着いていた深い階層のページを閉じてしまった。
なにか、流れを変えなければならない。
そこで、予備のパソコンからのアクセスを試す。
ランネットのページには入れたが、大会検索で"待機"が延々とつづくだけ。
だめだ。元のPCに戻る。

10:50
去年のエントリーでは 5時間で定員に達したと言うが、まさかこんな状況、つまり "つながりません"が 5時間続き、いきなり「終了しました」だったのか?
せっかくの3連休初日、パソコンと 5時間にらめっこは勘弁してほしい。

リロードボタンをクリック
左下ステータスバーに "残り2項目" これはただ
現在、アクセスが集中しているため、つながりにくくなっております。
ページの表示を待っているだけ。
ランネットへのログオン状態を保持するため、最低1つはブラウザーを残しておかねばならない。完全にブラウザーを落としてしまわないよう細心の注意を払う。

11:00
まさか1時間仕事になるとは思っても見なかった。
ランネットのトップページは
Internet Explorer ではこのページは表示できません
長野マラソン以外の用事でサイトを訪れた人は、いったい何事だと思うはず。
先着順受付を来年も続けるならば、ランネット社内では同時最大アクセス数についての議論がなされるだろう。

リロードの合間に、掲示板の書き込みをチェックする。
これがあると、他の皆さんの状況がわかる。
「つながらないのは、自分だけではないのだ」と確認できて、励みになる。

ブラウザーがリクエスト情報を持っていて、それがつながらない一因かとも考える。
一度ブラウザーを落として賭けてみるか・・
その前に二杯目の珈琲を
・・と思った時、ここまでの段階で途中まで開きかけたURLを見て、ある法則性に気づいた。

複数ページへ分散する仕組みにするのが、WEBサーバー技術者としては常套手段だが、ユーザー側は、その仕組みには気づかない。。
だが、今回の場合、URLにその仕組みが見て取れた。

珈琲を後回しにして、法則性に則って順番に試していく。
そのうち、いくつかのURLではエントリー画面にいくことがわかった。
それでもそこからまた
現在、アクセスが集中しているため、つながりにくくなっております。

やはり、簡単ではないが、夜明けの光が見え始めている。
試行が1巡したら珈琲を淹れに行こう。
すると、2巡目に入ろうかとしたところで、見覚えがある画面が開いた。

前日に予習しておいた長野マラソンホームページ、ランネットの手続き方法の画面だ。
やはり、事前に知っておくとおかないでは全然速さが違う。

画面がどのように遷移するか
予想タイム、ベストタイム、Tシャツのサイズの入力
すべて頭に入っていて、すいすいと進む。
頼むから、この途中で切れないで
そう願いつつ、確信を持って肯定的選択をつづける。

ネットでモノを買う時は慎重に進める「次へ」も、今日は迷わずに押す。
いつもなら何度も深呼吸する「確定」ボタン。それでも 3秒考えて押す。
確定が出た。
11:26 完了

【RUNNET】大会エントリーが完了しました
ほぼ同時に、ランネットからの確認メールが届いた。

1時間半というのは大変ではあったが、これでも早かった方らしい。
掲示板では先ほどとは一転して、エントリー成功の書き込みが大半を占めるようになった。
80分ほどでアクセス集中が緩和されて、つながりやすくなったということになる。

15:00 (5時間経過)
現在、アクセスが集中しているため、つながりにくくなっております。

去年は「5時間で受付終了」と周知されていた。
今年の受付終了時間はさらに早まるだろうと予想していたが、その5時間が経過しても依然としてアクセス集中状態が変わっていない。
察するに、2009年大会から既に、受付開始と同時に定員を超える人が申し込んでいたのかも知れない。

15:29 定員に達して、以下のメッセージに変わった。

視覚障害者の部を除く種目は、定員に達成したためエントリーを締め切りました。(2009/11/21)

去年の公称より30分長い、およそ5時間半で定員に達したことになる。

いよいよ2011年大会では、長野も抽選に切り替わるかも知れない。
そうなると、東京マラソンに続いて二つ目の抽選方式となる。

ど素人!マラソン講座

|

2009年11月27日 (金)

長野マラソンを走る!

長野マラソンエントリー前夜
長野マラソンホームページに、ランネットの手続き方法が詳細に紹介されていた。
ネットの手続きには慣れているが、念のために一通り目を通しておいた。

そして、当日朝
9:00
まずルートを確保するために、
長野マラソン公式ホームページにアクセス

現在、アクセスが集中しているため、つながりにくくなっております。

1時間前というのに、意外だ。
募集定員8000人だが、もしかして瞬時にそれを超えるのか?

もう一つのルートであるランネットのページにアクセス。
大会検索窓に "長野マラソン" を打ち込むと
1件の大会が該当しました。
昨日までは該当なしと表示されていた。

第12回長野オリンピック記念 長野マラソン
のタイトルをクリックすると

現在、アクセスが集中しているため、つながりにくくなっております。

先ほどと同じ画面。
ネットでチケットを買う時の状況に似ている。
開始前からつながりにくくなり、受付が始まってもつながらない。
いったい、どんな人がどんな環境でアクセスすればつながるのか。
何か裏ワザがあって、自分がそれを知らないだけなのか・・
そう思っているうちに、つながるのだが、既に受付が終了している。
チケット購入では、そんなことが何度もあった。
嫌な予感に包まれる。
いずれにせよ、長期戦になりそうだ。

予備のために別のパソコンからランネットにアクセス
ログインを試みると、IDパスワードが通らない。
二重ログオンを排他するシステムのようだ。
これはこれで、パワーユーザーを排することができ、安心感がある。

ランネットのタイムアウト(無操作時強制切断)については、事前に試し最低30分はログアウトしないことを確認してある。

9:30
タイトルをクリックするとページが遷移した。
11月21日 10時からエントリー開始です。
このページで待ってリロードをかけるか、一つ前のページで待つか。
以前、チケット販売サイトで複数タブでの操作を禁止しているところがあった。
複数タブで同じ画面待ちするのは控える。

長野マラソンのタイトルが表示された画面で待ち、10:00と同時にリロードをかける方針に決め、珈琲をいれて待つ。

10:00
リロードをクリック
現在、アクセスが集中しているため、つながりにくくなっております。

戻るボタンをクリックしたが、元のページもつながらず
ステータスは "待機中"
いったんタブを閉じてランネットのホームページに入り直す。
だが、もうつながらない。

10:10
長野には連続出場の先達が多い。
第1回からの連続出場者には、ゴールドゼッケンが与えられる。
せめて、その方だけには別枠を設けたらよいと思う。
先達の皆さんは、パソコンを前にして気が気じゃないだろう。

心は落ち着いている。
まだレースに向けて走り始めたわけではない。
春マラソンには、いくつかの代替プランもある。
長野マラソンがダメだった場合の第一候補は、同日の「かすみがうら」
デコの背番号と同じ[20]回記念大会。
長野と違う日ならば、走りたかった。

長野マラソンの制限時間は5時間。恐らく僕のど素人!マラソン人生で最も難しい挑戦になる。代替レース「かすみがうら」の制限時間は6時間。このままエントリーができなければ楽になれる。そんな考えが点滅し始めている。

10:12
×印だったエントリーが◎になったページが出た。
いよいよだ
勇んで、タイトルクリックすると
現在、アクセスが集中しているため、つながりにくくなっております。

長野マラソンエントリーページに戻る
をクリック
ダメだ。戻れない。

このリンクがどこへ遷移させようとしているのかはわからない。
とても浅いところだったら嫌だ。
ここまで深い階層にきた。
あと一歩の位置にいる。
これを繰り返すのが、ゴールまで最短の道と思われる。

別タブで「長野マラソン」の掲示板を立ち上げている。
ちらほらと登録完了の報告が出始めた。
だが、圧倒的に「つながらない」人が多い。

つづく

ど素人!マラソン講座

|

2009年6月24日 (水)

タイトルが長い、静岡の新しいマラソン大会

 マラソンは人びとを健康にする。
 そして、マラソンは主催者に利益をもたらす。

 2008年に始まった徳島県の「とくしまマラソン」山口県の「下関海響マラソン」はいずれも、たくさんの参加者を集め、地域に大きな経済効果をもたらした。

 現在も、奈良県、京都府が新たなマラソンを計画中であるとメディアが伝えており、それ以外の地方公共団体も、虎視眈々と新たな「町興し財源」を狙っている。

 そして、また一つ2009年に新マラソンが誕生する。

 2009年11月1日
 富士山静岡空港開港記念第1回しまだ大井川マラソンinリバティ

 ながい・・

 まるで火曜サスペンスである。

 「富士山静岡空港」は、2009年6月4日に開港した、静岡県初めての空港。
 「しまだ」は静岡市から南西25kmほどの位置にある島田市。マラソンコースは複数の市町にまたがっているが、スタートとゴール地点は島田市にある。
 「大井川」は、静岡県を流れる一級河川。
 一級河川とは、国防と経済の観点からみて、特に重要な河川。
 最後の「リバティ」は、大井川の河川敷に設けられた片道22km のマラソン用コース。島田市、藤枝市、大井川町の三市町にまたがっている。
 河川敷のマラソンコースといえば、荒川がある。荒川市民マラソンは、今年3月に第12回を迎えた人気大会。7時間制限マラソンの先駆けでもある。

●第1回:2009年11月1日
●制限時間:7時間
●定員:6,000人
●エントリー方法:先着順
●参加費:5,000円

 コースは島田市役所を出発。
 大井川沿いの「リバティ」を往復して、島田市陸上競技場にゴールする。
 空港からは、ほど違いが、隣接した道路は走らない。
 始点、終点は違うが、往復コースと言える。

 「私が辞めれば、木を切ってくれるでしょう」
 こんな奇異な辞任談話を読んだのは、2009年3月のこと。
 石川嘉延 静岡県知事の辞任会見談話である。

 辞任したら、木を切る??
 事情を知らない者からすれば、意味不明だった。

 簡単にいうと、こういうことだ。
 静岡空港近隣の敷地に、航空法の制限を超える立木があった。
 これを切らなければ、開港できない。
 だが、立木の所有者は伐採に応じない。
 県知事と所有者が話し合い「知事が辞めるなら木を切ってもいい」ということで、話がついた。
 すなわち、県知事がその職と開港を引き替えにしたということだ。

 さて、本題のマラソン。
 既にエントリー受付が始まっている。

 7月~8月には、セカンドウインドACが、この大会と連動したランニングクリニックを、札幌、福岡、沖縄で開催する。
 クリニック参加者が、富士山静岡空港を利用して本大会に出場すると、1万円の交通費補助が出る。
 今や、マラソンは「旅」
 開港間もない新空港に降り立ち、記念すべき第1回大会を走る。
 そんな「第1回マニア」が、少なからず居ることだろう。

 9月11日がエントリー締切設定日。ただし、先着6,000人を超えた時点で締切となる。
 東京から日帰りできる距離でもあり、前日受付が強制されなければ、定員を集めるのは難しくないだろう。

*大会ホームページには、受付とナンバーカード交付についての記述は、見あたらない。



マラソンを走りながら書いたブログ一覧

|

2009年5月 4日 (月)

2009湘南国際マラソン 受付始まる

5月1日、早くも11月の秋マラソン「湘南国際」の募集が始まった。

湘南国際マラソンは、過去4度走ったマラソンの中で、唯一途中関門で止められて、完走できなかったレースだ。
だから、再挑戦したい。
でも、しない。

その理由は「江ノ島ゴールではなくなったこと」「3月から11月開催に移ったこと」である。

違うコースで完走しても、壁を越えたことにはならない。
失敗時と同条件で乗り越えなければ、達成の喜びには浸れない。

11月に走るには、夏から走り始めなければならない。
「春マラソン」ならば、正月に走り始めて、走り終えた頃に花見が待っている。
運営面からみても、東京マラソン落選組を拾える3月開催のほうが、ランナーを集めやすい。
東京を落選する人は20万人を超える。
「荒川」や「かすみがうら」と時期が重なることは、たいした問題ではない。

その湘南国際マラソンから、2009年 第4回大会のパンフレットが届いた。
「まだくるのか・・」
自分の場合、第1回に走ったが、その後、第2回、第3回を走っていない。
それでも第4回のお知らせはやってきた。
よほど、商売熱心なのか、それとも定員を満たすことに不安を感じているのか。

今回の告知はわかりやすい。
パンフレットとは別に「今大会の特徴」がまとめた紙が入っている。
今大会の特徴は、そのまま、湘南にとって初の試みでもある。

1.事前受付なし。ナンバーカード事前送付
2.完走メダル贈呈
3.スタート位置が会場に近くなった
4.ナイキが特別協賛になった

1は大変よい。参加者の大半が神奈川県民とはいえ、マラソンのために2度も大磯まで行くのはしんどい。
2は東京マラソンへの追随。真似るならば、メダルだけではなく、タオルも配ってもらいたい。
3はよくわからない。どうでもいいと思う。
4は主催者が嬉しいだろう。僕が出た第1回はニューバランスだった。

西湘バイパスが台風で崩落たために30kmレースとなった第2回では、折り返し点は江ノ島からかなり離れていたが、今回は江ノ島のすぐそば。
走るコースは第1回とほぼ同じだが、スタート/ゴール地点がコース西端のため、印象は大きく異なる。

 湘南の象徴 江ノ島に集まり、江ノ島にゴールして帰る。それがしたい。
記念品はTシャツではなく、地元調達の蛤でもいい。
2010年の第5回記念大会だけでいいから、ゴールを江ノ島にしてもらいたい。

■2009湘南国際マラソン
定員 12000人
会場 大磯プリンスホテル
制限時間 6時間
参加費 8000円

5月 1日 エントリー受付開始 先着順
7月31日 エントリー受付終了
8月28日 ボランティア応募〆切 先着2400名募集
11月 8日 9:00レーススタート

リタイアブログ「湘南に風は吹かず」

|

2009年4月22日 (水)

花と東京マラソンと日比谷公園

ある時、僕は、東京マラソン2007のボランティア説明会に出ていた。
ボランティア・リーダーが、担当拠点ごとにボランティアを集めて、仕事の内容を説明する。
僕が参加した「新宿出発地点フルマラソンランナーの荷物受付」班の隣では、ゴールゲート班の説明が行われていた。

「ゴールした後、女性だけに、花束を渡します」

メダルだけでもびっくりだが、花束までとは、大盤振る舞いだ。
そこで、僕は思った。
どうやって、男女を見分けるのだろうか?
ランナーは、目深に帽子をかぶり、CW-Xなどのロングタイツをはくと、男女の見分けがつかない。
ゴールしたランナーに向かって
「すみません、女性ですか?」
と確認するのは、難しそうだ。

答えはすぐに説明された。

「女性は、ゼッケンの数字の前に F がついていますから、F がついている人に渡してください」

その場がざわめき、安堵した空気が流れた。

この花束について、東京マラソンを開催にこぎつけるまでの実質的な責任者、遠藤雅彦は著書「東京マラソン」で、次のように書いている。

(以下引用)
シカゴマラソンのフィニッシュ会場には、花束を売っているブースがあります。
~中略~
東京マラソンのフィニッシュ会場で花束を売るブースを出しても、たぶんあまり売れないでしょう。そこで、まず配ろうと考えました。マラソンを完走した人には花束を贈るという習慣が根付くまで、何回かは配る必要があると思ったのです。
(引用おわり)

なかなか美しい話だ。
ところで、東京には100年前にも、似たような話があった。
かつて、日本初の公園「日比谷公園」を作った時のことだ。

1900年頃、日比谷公園の設計者である本多静六は、公園の設計図に門を書かなかった。
すると、市会で猛烈な反対を受けた。
「なぜ各門に門を設けないのか、夜間に花や木を盗まれてしまう」

これに対して、本多は反論する。
「公園の花が盗まれないくらいに国民の道徳が進まねば日本は亡国だ。公園は公徳心を養う教育機関の一つになるのだ。私は公園にたくさん花を植えて、国民が花に飽きて盗む気が起こらないくらいにするのだ」

今となっては、公園に門がないのは当たり前。
公園に花を盗みに行く人はいない。
だが、歴史が始まる前の価値観は違っていた。

さて、東京マラソンの花束の話に戻る。
結論から言うと、ゴールした女性ランナーへの花束は、第1回限りとなっている。
第2回、第3回では配られていない。
だからと言って、花束を買って贈る習慣が根付いたわけでもない。
第3回のゴール地点には、花束を売っているブースは見あたらなかった。

遠藤雅彦は、第1回を限りに、東京マラソンの担当から外れている。

|

2009年4月16日 (木)

メダルとタオルとバナナ

東京マラソンを走りながら書いた 【 17 】

あぁあ、終わっちゃったよ

呆気ない終わり。
余力を残した低調なレースにため息が出た。
ランナーの職業病、ラップの時計を止めるのも忘れた。

しばらく歩いてから時計を止める。
走行距離 43.62km

Dsc06100
スタートラインまでの465mを差し引いても、960m余分に走っている。
一番の要因は、常にハイタッチをするために、左端を走り交差点を大回りしていたこと。次に前のランナー・・ではなく、ウォーカーを抜くのに、蛇行して走ったことがあげられる。

ゴール後は、ランナーがベルトコンベアーに乗っているような流れ作業。
手順が洗練されている。

まず、チップを靴から外してくれる。
東京マラソンでは結束タグでチップを靴紐に結わえる。
この方法は初めて見た。
これまでに出たマラソン大会では、靴紐を一旦アイレットから外してチップを通すため、外す時も靴紐をかなり解かなければならない。
今後は、この結束タグ方式が他の大会でも標準となっていくだろう。

外したチップを手渡されて、それと引き替えに完走メダルがもらえる。
ボランティアが一人一人のランナーの首にかけてくれる。
メダルをかけてもらうなんて、生涯で初めての経験だ。

おめでとうございます
ありがとう

土砂降りの雨のなか、そこかしこで、同じ会話が繰り返される。

続いて、特大のスポーツタオル。
これが、今大会もらった物の中では一番嬉しかった。
ランナーは我先にと受け取り、びしょ濡れになった髪を拭いている。
東京マラソンを開催にこぎつけるまでの実質的な責任者、遠藤雅彦は著書「東京マラソン」で、第1回では、タオルはコストが高くつくため、配れなかったと書いていた。
それだけに、タオルがもらえるなんて、思っても見なかった。
その代わり、第1回では、女性限定で配っていた花束は見かけなかった。第2回に出場したランナーによると、第2回でも花束はなかったそうだ。

バナナ、みかん、東京の水ペットボトル
とにかく、腹が減っている。バナナをすぐに剥く。
隣りで頬張っていたおじさんに「あまり食べ物なかったですよね?」と水を向けると、そうだっけという顔で笑っていた。

雨は小降りになっている。
久光製薬の社員がエアサロンパスを配っている。
傍らで椅子をタオルで拭いて、今ここでどうぞと勧めてくれる。
「今やっておけば、明日が違いますよ」
それは、的を射ている。
ミニボトルを1缶使い切ったお陰で、翌日の筋肉痛は驚くほど軽いものだった。

荷物受け取りは迅速。
第一回で、散々待たせた反省を元に、改善されていた。

ビッグサイト屋内の広いホールが、着替え場所に用意されている。
これで、3回のうち2回が雨にたたられた東京マラソン。この会場をゴールに選んだことが功を奏している。
ただ、マラソンの後は、晴れた空の元、芝生に寝ころびたい。

着替えたところで、ゴールに4万個のおにぎりが用意されているという話を思い出した。
4度めの正直。今日こそはおにぎりにありつきたい。
だが、それらしき姿はどこにもなかった。

3月23日
快晴
なんだよこれ 空につっこむ。

そして、今日も風が強い。
それにしても昨日のレース。
参考にならなかった。
あれくらいの調整ならば、どれくらいのタイムが出るという相関が見えない。
しかしながら、また一つマラソンを知った。
いくら脚力があっても、腹が減ったら走れない。
そういうマラソンもあるのだ。

来年のレース「長野を走る」と決めていた気持ちが少し揺れていた。

ユニフォームと靴を洗う。
マラソン用品を元の位置に戻す。
日常へ戻る。
祭りの季節が終わった。

ハイタッチ数 700人
走りながら撮った写真 20枚
ゴールまでに聴いた音楽 84曲
食べ物をいただいた私設エイド 5人
路上に捨てたゴミ 0

やっぱり、いつかまた走りたい。
ここを超える楽しいコースはないのではないか。
その前に、次の挑戦が待っている。

【 おわり 】

|

2009年4月14日 (火)

足がほんとに痛いと思うけど、がんばれ!

東京マラソンを走りながら書いた 【 16 】

あと2kmの看板の脇を通過。
ボランティア・スタッフから声がかかる。
「がんばれ! あと3km!」
おいおい、違うだろ
名探偵コナンの声で、つっこんでしまった。

残り2kmといえば、いつものマラソンならば、嬉しい知らせ。
だが、中盤に寝ていたような今日のマラソンでは、複雑な気分に包まれる。

実際に、雷門から銀座へ戻る際、日本橋交差点の左折では 「ここで、寝よう」と思った。
これだけ意識が低下していても、走れるのだから、目をつぶっても走れると思えたのだ。
この試みが成功すれば 「睡眠完走法」として、マラソン学会に発表できる・・
目を閉じようとして、すんでの所で思いとどまった。
直前に、私設エイドで、チョコをもらっていたおかげだ。
あそこで、目を閉じていたら、突然ばったりと倒れ込んで、周りの人をびっくりさせただろう。

「大丈夫か?」
駆け寄るボランティア。
いやいや、すみません。大丈夫です、ちょっと寝ながら走ろうと思って・・・
きっと、走り疲れて、おかしくなったと思われただろう。

去年、かすみがうらを走った時のような、ゴールの遠さを感じない。
かすみがうらは最後の最後まで、どこがゴールなのか、わからなかった。
後でコース図を見ると、ゴールまで700mの地点が、残り3kmぐらいに感じていた。
かつて、福岡国際を平和台で見て、競技場でのゴールに憧れていた。
かすみがうらのゴールは、その競技場なのだが、作りが小さくて、直前まで気づかない。
いつかは、巨大な競技場のゲートをくぐって、トラックに飛び込みたい。

ガイドブックには「40kmを過ぎると、もうアップダウンもない。ゴールを目指すだけ」と書いてあった。
よし、これで終わった。あとは、ゴールするだけだ・・
大嘘だった。
首都高速湾岸線を立体交差するため、りんかい線「国際展示場」駅のところでもう一度登り坂。
それで本当に坂は終わり。あとはフラットな道。
ここにきて、雨脚が強くなり、前が見づらい。
この雨の中、傘も差さず応援してくれる沿道の皆さんがいる。
こんなに雨が降っているのに、なぜ?

応援は、叫びに変わっている。
「完走できるぞ!」
あの、制限時間まで、あと1時間あるんですけど・・
きっと、マラソンを走ったことはない方なのだろう。

「足がほんとに痛いと思うけど、がんばれ!」
彼もランナーで、マラソン終盤の激痛を乗り越えたのか。
終盤のこの位置に陣取って、その具体的な応援。
可笑しくなって、気持ちが軽くなった。

皆、気持ちが一つなのだ。
応援の皆さんも、僕らと一緒に走っているんだ。

できるだけ、ゆりかもめの高架下を走り、雨をしのぐ。

ゆりかもめと別れを告げ、東京ビッグサイト前を左折。
そこにも、土砂降りのなか、沿道はすずなりの人。

ずっとコースの左端を走ってきた。
ここは、左端には人がいない。
隊列からぽつんと一人離れて、残りわずかとなったコース上にいる。

少しでもタイムを詰めようと、そこそこにペースを上げる。
ゴール間際のラストスパートが、突然死につながることは、何度も本で読み、いくつかの大会では主催者から注意が喚起されていた。
全力疾走したところで、得られる目標は、もう残っていない。

東京ビッグサイト東の交差点を右折すると、そこはゴール・ロード
テレビ局だろうか。誰かにインタビューしている音声が聞こえる。
まだ3時過ぎというのに、夕闇迫るスタンド前を駆け抜ける。

過去2回は、テレビで見ていたゴールの映像。
カメラはいつもゴール側からの絵をとらえている。
逆から見る映像に、特に感慨はなかった。

次回は4月16日

|

2009年4月13日 (月)

4度めのZARD「負けないで」

東京マラソンを走りながら書いた 【 15 】

35kmで聴こうと思っていたロッキーのテーマ。
これだけ体力が残っている35kmも珍しい。

私設エイドで、なにやら暖かいものを配っている。
このあたりの人は皆歩いていて、立ち止まり暖を取っている。
暖かくて、美味しそうなのだが、さすがに走りながらでは、飲めそうにない。
残念だが、横目で見送る。

翌日、バラエティ番組で、この私設エイドが取り上げられていた。
みそ汁と、おにぎり1500個を振る舞ったらしい。
個人で1,500とはすごい数だが、もちろん、6時間ランナーには遠い夢である。

入船橋の信号を右折すると、道路は上り坂。
最大の難関とされている佃大橋だ。
レース前は、どんなに辛い坂になるだろうと考えていたのだが、違った。

私設チョコで復活したため、ここに来て、足が元気なのである。
佃大橋の上りは、全員歩いていた。
極端に言っているのではなく、実際に走っている人が、僕以外に一人もいない。
そこを、ちょいとごめんよと声をかけながら、縫うように走っていく。
本来、上り坂は、生理的イーブンを期するため、ペースを落とすもの。
しかし、ここに来て、絶好調の足は、平地よりもペースを上げて進んでいった。

今回は、ほとんど鳴っていた音楽を覚えていない。
それでも、いつも心に響く歌がある。
88曲中、63番めにいれた
「負けないで」ZARD
この歌だけは、いつも、特別な思いで聴く。
前奏が鳴ると、朦朧としていた意識が戻ってくる。

♪負けないで、もう少し、最後まで走り抜けて♪
♪負けないで、ほらそこに、ゴールは近づいてる♪

ランナーのために作ったとしか思えない。
自宅でパソコンに向かっている時、この曲を聴くと、レース終盤の苦しい呼吸のなか、歯を食いしばって走り続けた記憶がよみがえる。
今回は、34km地点で鳴るように入れたが、次回はもう少し後ろ。39kmあたりに入れよう。
入り船橋の手前で、沿道からもロッキーのテーマが聞こえてきた。
ランナーから苦笑いが漏れる。
確かにぞろぞろ歩いている姿に、この曲は似合っていない。

佃大橋の真ん中で36km
37km、朝潮大橋
春海橋を左折
豊洲二丁目の信号をゆるやかに右カーブ
応援は、まばらになることはあっても、途切れることがない。
元々人口は多くない地域。地元の人は総出してるんじゃないか。
臨海地域の応援が薄いという風評を知って、わざわざここに駆けつけたと見て取れる人もいる。

Dsc06099

東雲橋を渡ると39km
そこを過ぎると、雲がさらに厚みを増した。
応援に来ていた学生が「おいおい、真っ暗になっちゃったよ」と空につっこんでいる。

東雲一丁目を右折すると40km。
40kmのタイムは、予定より15分遅れ。
終盤に足が残っていたため、この5kmラップは、予定より1分速い。



|

2009年4月11日 (土)

マラソンの応援で力をもらうということ

東京マラソンを走りながら書いた 【 14 】

歌舞伎座を過ぎ、築地四丁目の交差点に向かう道。
銀座に繰り出した買い物客は、静かに僕らマラソン・ランナーを見守っている。

そこに人はたくさんいるのに、静かだ。
皆さん、それじゃ、つまんないでしょ?
どうです?ハイタッチでもしましょうよ。
今日、家に帰ってから、お茶の間で「走ってる人とハイタッチしてきたよ」って言えるし、参加した気がするでしょ。
なんたって今日は「東京が一つになる日」ですから。

沿道いっぱいに左に寄り、こちらから大きく手を振りかぶる。
すると、そのうちの一人がハイタッチに応える。
すると、その連れのおばちゃんの手が出る。
その2m先のおばちゃん、その旦那のおじちゃんも。

エイドでハイタッチ・ラインをつくってくれたボランティアのおかげで、レース後に試算したハイタッチ人数は 700人。
ハイタッチをしようと待ちかまえてくれた人が 600人。
その気はなかったのに、こちらが迫ったのが 100人。

たくさんの力をもらった・・

そう、書くと思っているかも知れないが、本当のところはよくわからない。
応援を受けると嬉しい。
ハイタッチをすると楽しい。
だけど、それによって、元気もりもり、脚力がんがん・・
ということはない。
応援がなければ、あそこでつぶれていた。
なんてこともない。
そもそもそんな柔では、6時間も歩かずに、走れない。

一つ言えることは、応援もハイタッチもない道を、6時間も走ることは難しいということだ。
そんな道には、給水所がないし、5cmのバナナすら出ない。
信号で止められたり、自転車にぶつかったりもする。路上の段差に常に神経をとがらせなければならない。

ランナーのためにしつらえたコースがあり、信号はすべて青。
2.5km毎に水を配ってくれる人、バナナを配る人がいる。
沿道で、声援を送ってくれる見知らぬ大勢の人がいる。
そんな特別待遇が、参加費の高い大会でも1万円、安ければ5,000円で受けられるのである。

ゴルフが趣味でも、コースに応援のギャラリーはいない。
ナイスパットを決めても、4人が「ナイスイン」と言ってくれるだけ。
国体や日本選手権という場で、声援を受けるのは一部のアスリート。

素人が、見知らぬ大勢の人から応援を受ける、唯一のスポーツ。
それがマラソンなのである。

築地4丁目を左折すると35km
予定していたタイムからは、16分遅れ。
この時点で、昨年のかすみがうらマラソンより、タイムが悪くなることがわかった。

いよいよ、ここからが自分のマラソン
35kmまでは東京の名所と、大観衆がつくってくれる。
ここから先の 7.195kmは自分でつくる。

|

2009年4月10日 (金)

銀座での復活

東京マラソンを走りながら書いた 【 13 】

32km
日本橋を過ぎて、再び銀座の中央通りに戻る。
時刻はまだ 13:40
いつもの日曜日ならば、まだまだこれからという時間帯だが、雲は厚さを増し、二度めの銀座は、夕闇の街に変わっていた。
ここまで来れば、ゴールまでの道のりは頭にある。
銀座和光から築地までの道は、庭のようなものだ。

マラソンも終盤にはいると、応援の趣向が変わってくる。
そのメッセージに、より具体性が増してくる。
私設エイドも増えるのだが、プラカードも増える。

「楽しんで!」
楽しんでと言われて、あ、そうだったと思い出す。
レース前は、かなり楽しめると自信があったのだ。
だが、楽しむというのは、楽しむ力があってこそ。
たとえ東京だろうが、下関海響だろうが、力がないマラソンは苦しい。
今日の僕には、まだ楽しむだけの力がなかった。

「明日は仕事だ」
マラソンは日曜日なので、当然、翌日は月曜日。
お休みを取っていない人は、いつものように早起きをして、筋肉痛の足をひきずり、仕事へと向かう。
それにしても、きつい一言だ。

「ナイスラン」
いや、すみません。こんなへぼな走りして・・

こうして、プラカードにつっこみ、一頻り考える。
世の中にはプラカードを作ったことがある人と、そうでない人がいる。
一見簡単なことのようだが、段ボールを切って、マジックで書くだけでも、それ相応の手間暇がかかる。
それをカバンに入れて、電車に乗ってくるのだ。荷物はかなりかさばる。
普通の人ならば、思い立っても、やっぱりやめておく。
それを、突き抜けて、こうして掲げられたプラカード。
一つ一つ大切に、すべてを読み、評論しながら走った。

ハイタッチは続けている。
すると、ハイタッチ待ちで並んでいる手の中に、チョコレートや飴が握られている。
素手 素手 素手 チョコ 素手 飴・・
これは、新しいスタイルだ。
ちょっと面食らった。
ハイタッチをしていると、突然チョコが出てくる。そのままハイタッチしようとすると、チョコを払い落としてしまいそうで、思わず手を引っ込める。

「もらってくれない・・」
と嘆いている女性の声が聞こえた。
まぁ、まぁと友達が慰めている。

34km
銀座四丁目を左折
時刻は14時。
この時、突如、体に力が戻ったのがわかった。
チョコレートと飴が効いたのだ。
脳が防衛機制を解き、体にエネルギーの使用許可を出した。

歌舞伎座の前は、黒山の人だかり。
その中に、歌舞伎のコスプレで応援しているそ~さんがいる。
大見得を切って、おまかせあれ~っとでも言っているかと思ったら、あの格好でふつーに立っているのが可笑しい。
挨拶をして、再び走り始めた。

次回は4月11日



|

より以前の記事一覧