2023年2月 4日 (土)

27年めで初めて開かなかったエクセル アプリケーションを正しく起動できませんでした(0xc0600142)

その日も、いつものようにエクセルのアイコンをクリックして、一日を始めようとすると、見慣れないダイアログが開いた

Officeを更新しています

見慣れたエクセルの緑の文字はなく、さっぱりしたMSOfficeのビジュアル
戦慄が走る

1995年暮れ、Windows95に移行した際、Lotus1-2-3から乗り換えて以来26年余。
エクセルが起動しなかったことは、一度もないからだ。

何事もなく、ほんの気まぐれであってくれと祈りながら待つこと、およそ1分
しかし、期待は裏切られる

[アプリケーションを正しく起動できませんでした(0xc0600142)]


非常事態が起きている。
情報セキュリティを仕事にしてきたので、これが、悪意のある何者かの仕業だとかそういうふうには考えない。
何らかの原因があるから、昨日とは違うことが起きている。
現状を打開する知恵を「Googleの泉」に探しに行く。

エラーメッセージで検索すると、対処方法を記したページが見つかった。
まずこれで「自分は1人じゃない」ということがわかり安堵する。

だが、当該ページに書かれていた方法は、自分の環境では見つからなかった。
自力で可能性を探らなければならないのか・・・
再び、路上に放り出されたような緊張が走る

そういえば、最近、Windows11のアップデートをスルーしていたことを思い出す。
Windows Updateの画面を開くと「Windows11 Version 22H2」のダウンロード案内が出ていた。
とりあえず「ダウンロード」をクリック
ところが、とてつもなく進行が遅い。10分過ぎてもまだ5%を表示している。

待っている間に、その次の策を考える。
万策尽きた場合、コンピューターの製造元であるVAIOへの[問合せ]だが「それはアプリケーション(MSOffice)のことですから、お力になれません」となる可能性もある。

スマホでも同様に「Google先生」に尋ねててみた。
アプリケーションを正しく起動できませんでした(0xc0600142)
すると、先ほどパソコンで見たものとは異なる解決策が表示された。
Windows11PCとiPhoneではそれぞれ異なる解決方法が出るようだ。


■手順
・Windowsアイコンを右クリック
・アプリと機能
・右ペインにある Microsoft 365(Office)の右端にある「︙」(縦の3点リーダーという名前のボタン)
・詳細オプション
・[修復]

ここで、エクセルアイコンをクリック
[アプリケーションを正しく起動できませんでした(0xc0600142)]
状況は変わらず

そこで、パソコンを再起動
「Windows11 Version 22H2」のダウンロード中ではあるが、ダウンロードを中断することは問題ないだろう

満を持して、エクセルアイコンをクリック
[アプリケーションを正しく起動できませんでした(0xc0600142)]
少しずつ心に落胆の雪が積もる

だが、次の瞬間、エクセルが立ち上がった
あっという間に雪は溶け、心は春を迎えた。
その日が節分だったから、そう感じたのかも知れない。

ある程度、パソコン知識がある僕が解決するまでに32分。
エクセルはパソコンに詳しい人も、そうでない人も、否応がなく向き合わなければならないアプリ。エクセルが開かなければ、まさに「仕事にならない」

現代社会では堅牢なエクセルですら、こうしたトラブルに見舞われるのか。
以前、勤めていた社内ヘルプデスクであれば、日々こうした[問合せ]という名のクレーム・恫喝の嵐で、まさに「仕事にならない」だろう。

ど素人!エクセル講座

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2023年2月 3日 (金)

わがこころの四ケ町 佐世保サンド三番手のHASUYA SAND

カフェこもれびをお暇して、わがこころの四ケ町へ進路をとる。
島瀬町立体駐車場に車を停めて、いざアーケードへ。

特になんの用事がなくても、ここを歩かなければ、佐世保に帰った気がしない。
四ケ町を歩くために帰ってくるのではないが、四ケ町を歩かずに佐世保を後にすることは難しい。

まずはじめに玉屋の前に立ち、そこから佐世保駅方面へ向かって、歩き始める。
買い物の用事はあるが、それは復路。
往路は、前回来た時となにか変わったところはないかと、右に左にきょろきょろと首を振って歩く。
サッカーファンが見たら、トップ下で配球先を探す中田英寿かっと想うかもしれない。

スタバは、いつも混んでいる。ここには一度しか入ったことがない。

「おっジャスコののーなっとる」
2022年2月末でジャスコの前は工事中の壁が築かれていて、初老の紳士が工事内容を記した看板に見入っている。
ジャスコが閉まったのを知らなかったのか、その後ここに何ができるかを知りたかったのか・・



2022/2/24 撮影

2025年、跡地に低層階に商業施設、3階以上に分譲マンションという複合ビルが竣工する。
商業施設にはイオン系列のスーパーが入る見通し。

日曜日なのに、人通りが少ないな・・
そう想ったのは、里帰りがいつもお盆だったから。いつもの週末はこんなものなのだろう

音楽カセットはあるだろうかと、カワシモレコードをのぞく。
演歌のカセットが棚に並んでいた。

アーケードの端っこに着くと、そこから折り返し。
夜店通りに逸れて山本でアイスコーヒー。

大型モニターにはお祭りの様子が映し出されている。
どこだろうと想ったら、相浦の総合グラウンド
「させぼシーサイドフェスティバル」が開かれているらしい
僕はマスターのことを覚えているが、マスターは知らないだろう。
これテレビですか?と尋ねたが返事はなかった。
地上波ですか?と聞くべきだったかもしれない。


白十字パーラーで、明日訪問するAvenueのマスターへのお土産「まごコロぽるとアソート」を買う。
2015年3月に発売された小型版のぽるとで、会社土産のばらまき菓子に手頃な大きさ。
だが、今はもうその必要はない。

何が食べたいかを尋ね
誰かを想い買い
渡して笑顔に接する

お土産は三度愉しい。
お土産を買う相手がいることは、幸せなことだ。
お土産を買う機会があることも、幸せだ。


「今日はサンドイッチありますか?」
駐車場から車を出す前にホテルロータスハウスに電話を入れる。
「里帰りしたらすることリスト」に書いていた「HASUYA SAND」だ。

佐世保サンドは、長い間、玉屋のサンドイッチ、ロンサンドの両雄が並び立ち、そこにローソン、セブンイレブンも参入してきた。
2021年、地元勢3番手として、ホテルロータスハウス一階の「はす屋カフェ」が参入した。


佐世保サンドを買って帰った時のお約束である、親戚との「サンド会議」における評価は、次のように集約された。

■HASUYA SAND
・玉屋のサンドイッチと較べるとタレが少なくあっさりした印象
・野菜の歯ごたえがしっかりと感じられる

コロナ禍で三年ぶりのさとがえり(目次)

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2023年2月 2日 (木)

45年ぶりに再会した、魚肉ソーセージで意気投合した同級生

三泊四日の里帰りは三日目

前夜、トラスタからの帰りが遅かったので、午前中は家でゆっくり過ごす
お昼すぎ、白いシャツと礼服の黒いズボンに着替える。
前ボタンのシャツに腕を通すのは、およそ1年ぶり。

行き先は本願寺。この里帰りの大義名分である母の七回忌法要である。
十八で実家を出たあと、お盆には欠かさず里帰りをしてきた。
それが2020年にコロナ禍で途切れると「帰る理由」が必要になった。

地球からあらゆる伝染病が消滅することは考えづらく、これから先も「帰る理由」で思考が立ち止まることが続くだろう。
親戚は「いつでも帰っておいで」と言ってくれるから、それは現代を生きる人が抱える個人的な課題である。


読経のあいだ集中できない時間があった。
集中できないというのは、思考がはいるということだ。
この一年、瞑想をしてきたのにこの様かと情けなかった。
思考が消えないので、別の思考で打ち消すしかなくなり、母と暮らした思い出のシーンを浮かべた。
しばらくして、静かに波打つ川面が浮かんだ

読経が終わると、僧侶から三途の道の話しを聴く。
先祖が行路を照らしてくれている。それを確認するイベントが法要である。
手短に定義すると、こういう話だったと想う。


あっという間の三日間だった。
法要を無事終えることができたし、思い描いていた通りに楽しむこともできた。
次に帰ってくるのはいつになるかわからないけれど、またここに帰ってきたい。


親戚から車を借りて、おでかけ。
佐世保に到着してから48時間が過ぎようとしているのに、まだ四ケ町に行っていない。

まず、初めにヤマト運輸へ。
復路の手荷物を減らすため、最低限度の荷物を残して自宅へ先出し。
お昼すぎに佐世保を出すと、東京には翌々日の午前指定ができる。
里帰りのルーチンだが、三年ぶりということもあって、ひとつやらかしてしまった(後述)


ヤマト営業所を後にして、当然ながら三年ぶりとなる「カフェこもれび」へ

横尾町の山奥?にある、同級生が経営する古民家喫茶。
初めて行った時は、さんざん迷ったが、今回はすんなりと着くことができた。
僕も一口(クラウドファンディング)出資した駐車場に車を停める。


玄関をがらがらと開けて、カウンターへ進み、アイスコーヒーを注文
特に会話も始まらないので、iPhone13に目を落としていると、マスターが素っ頓狂な声を挙げる
「あれ?motoやないと?わからんやった~」
マスクを着けていると、わからないらしい。
確かにそうだろう。
その日、会うことがわかっていない限り、目元だけの特徴では人は判別し辛いのだ。
コロナ禍に入って3年にして、ようやく知った。
世の中の多くの人はとうに知っていたことだろう。僕があまり表に出ないから気づかなかったのだ。

しばらくすると、マスターに来客があった。マスターが僕に言う
「あれ?motoはYとは接点ないと?」
来客は、同級生のYだった。

高校1年の時、入部した弓道部にYがいた。
Yは体格、人柄、頭脳という高校生にとってもわかりやすい三要素に秀でていて、僕はYが僕らの代の主将を務めるだろうと踏んでいた。

福石の弓道場で県北大会があった時、彼とお昼を買いに出たことがある。
駄菓子屋のようなお店で、互いにサンポー焼豚ラーメンを握りしめた時、僕は傍らにあったMARUHA魚肉ソーセージに目を留めた
これ、入れるのよくない?と僕が言うと「いいねぇ」とYも応じた。
それが彼との思い出のすべてだ。
彼は一学期が終わる頃、退部してほかの部に移っていった。それ以来、口を利くこともなかったので、実に45年ぶりということになる。

当然ながら、互いの風貌は大きく変化している。
マスクの有無に関わらず、お互いに言われなければわからないし、言われても実はよくわからなかった。別の人だと言われたら、あぁそうなのかと想ったかもしれない。
四ケ町ですれ違っても、どこかの知らない人の一人に過ぎなかっただろう。

コロナ禍で三年ぶりのさとがえり(目次)

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2023年2月 1日 (水)

石原慎太郎さん 一周忌

2022年2月1日、作家であり東京都知事を務めた石原慎太郎さんが亡くなった。
石原さんの功績が数あるなかで、僕が特に記憶していることが4つある。


【1】首都移転を防ぐ

メディア露出が少なく、あまり知られていないが、日本の首都*は東京から何処かの地域へ移転することが法律で決まっていた。
日本は法治国家なので、ものごとは法律の後ろ盾を必要とする。
法律に規定されたことは、そのとおりに遂行されなければならない。

*日本の首都は法制化されていない。従って正式な首都はない。東京は事実上の首都

法律で決まった移転の受け皿として、全国で4地域が名乗りを挙げ「首都招致合戦」を繰り広げるなか、唯一首都移転反対を唱えたのが東京都。
石原さんは都庁内に専門チームを置き、自らも「国会等の移転に関する特別委員会」に参考人として出向き意見を述べた。
この特別委員会に出席した参考人の中で、首都移転反対を述べたのは石原さんと僕の2人だけ。
石原さんは僕を知らないだろうが、僕は首都防衛の同士だと勝手に想っている^^;)


【2】尖閣諸島の購入

1895年
日本(明治政府)が領土として沖縄県に編入

1978年
石原慎太郎衆議院議員を中心とするグループ(青嵐会)が魚釣島に灯台を建てた

1992年
中国が領海法を制定。尖閣諸島を中国固有の領土とした

2012年4月16日
石原慎太郎東京都知事が東京都が尖閣諸島の土地を所有者から購入すると発表
尖閣諸島購入のために東京都に寄せられた寄付金は14億円を超えた

2012年9月
政府(民主党 野田政権)が地権者から3島(魚釣島、北小島、南小島)を購入した後、国有化を閣議決定


【3】マラソンブームの発端となる東京マラソンを立ち上げ

2003年に東京マラソンを構想を発表。東京都と日本陸連の協力で2007年に実現した。
東京マラソンの成功。特に商業的な成功により、全国の政令市がこれに続いた。
長年、あまり「陽が当たらない」レースを走っていたランナーには「陽の当たる」レースが増えた。
それまで500mすら走ったことがなかった人も、42.195kmを目指して走り始めた。
運動不足の人が減る→病気が減る→健康保険の負担が減る
というのは自明であり、市民ランナーの数を増やした石原さんの功績は大きい。


【4】東京2020(オリパラ)招致

2005年、2016年夏季大会の招致を表明(リオに敗れる)
2011年、スポーツ基本法成立を受けて2016年夏季大会招致を表明
国政復帰のため2012年に都知事を退任。猪瀬直樹氏に後を託した
2013年、招致決定

安倍晋三さんが亡くなった時、テレビ各局は五輪招致にまつわる映像を使っていたが、石原さんが亡くなった時、五輪招致の発起人的存在であり功労者であるという論説は見かけなかった。


現代社会では、批判・評論する者が「説明責任を果たせ」「エビデンスを示せ」と、小うるさい。
非難を恐れず、嫌われる勇気を持つことが難しい時代だ。
確固たる信念に基づき、明快な言葉で端的に話す石原さんは、とても清々しかった。

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2023年1月31日 (火)

パブロがもたらしたゆとり プレーに遊びがでて、技術が発揮され始めたヴェルカ

【19節】Game2
1月29日(日)
山形ワイヴァンズ 長崎ヴェルカ
山形県総合運動公園総合体育館

Game2の山形は要警戒。
前節も西地区1位の佐賀を相手に、Game1で敗れた後、勝利している。
前日試合後のミオドラグ・ライコビッチHCの「明日は接戦にしたい」という堅実なコメントが、返って不気味だった。
そして、今節もその修整力の高さが発揮される。

【1Q】
スターティング5:狩俣昌也、マット・ボンズ、高比良寬治、野口大介、ジェフ・ギブス
ティップオフはハビエル・カーター(32)とジェフ・ギブス カーターがタップしてポゼッションは山形
2:01 【VELCA】 ギブスのペイントアタックで初得点 5-2
4:01 【VELCA】 パブロ・アギラールの3pからのリスタートをカットしてボンズが決める 11-8
7:47 【VELCA】 高比良寬治からゴール下のボンズ レイバックで決める

■レイバック
バスケットを背にしてエンドライン側の手で放つレイアップショット

8:19 【VELCA】 カットインしたジョーダン・ヘディングのナイスゴール &1を沈めたが、ラインを踏んだためノーカウント 18-21

■フリースローのルール
シューターがフリースローラインを踏むと、ゴールしても得点は認められない。シューター以外のファウルがあってもゴールすれば得点。(相手が意図的なファウルで得点を阻むことはできない)ゴールできなかった場合、相手チームのファウルがあればやり直し

山形ワイヴァンズ 23-21 長崎ヴェルカ


【2Q】
1:57 【VELCA】 スティールからボンズがユーロステップ 28-23
5:07 OFFICIAL TIME OUT 36-29
5:21 【VELCA】 右コーナーに走り込んだ山本エドワード キャッチ&3p 最大9点差からの逆転 38-39
7:14 【VELCA】 JHのキックアウト、ギブスが3p 38-39
9:32 【VELCA】 正面からボンズが3p 46-49

山形ワイヴァンズ 48-49 長崎ヴェルカ


【3Q】
0:28 【VELCA】 ボンズ3pで先取点 48-52
4:36 【VELCA】 高比良寬治 体をぶつけたアタック 強い! 63-60
6:16 【VELCA】 ライコビッチHCの抗議でテクニカル・ファウル シューターJHが決める 63-63
8:48 【VELCA】 ギブスが強いアタックでFT×○ 66-66
山形の1点リードで4Qへ
山形ワイヴァンズ 67-66 長崎ヴェルカ


【4Q】
1:56 【VELCA】 JH ディープ・スリー 71-71
5:31 【VELCA】 OFFICIAL TIME OUT 76-75
5:38 【VELCA】 寬治ドライブ フックショット 巧い! 76-77
■フックショット
バスケットを横に置き、遠いほうの手でボールを持ち上げるショット

6:25 【VELCA】 頼れる!狩俣昌也タフスリー 78-80
6:45 【VELCA】 ギブスのスティール 連続してビッグプレー
8:44 【VELCA】 寬治 時間を使いながら自ら持ち込む、リバウンドをボンズがダンク 勝利を掴み取った 78-84

■試合結果
山形ワイヴァンズ 85-88 長崎ヴェルカ

パブロ・アギラールの復帰からヴェルカは5連勝
19節を終えてヴェルカは24勝11敗で西地区2位
東西では1位に上がった佐賀と4差のまま。2連敗した2位越谷と3差、3位千葉とは2差に詰めた。
次節は諌早で千葉と対戦する。


■パブロ・アギラール出場とヴェルカの戦績
・出場12試合
11勝1敗(.916)
※唯一の敗戦は開幕節Game2 アウェイ熊本戦

・欠場24試合
14勝10敗(.583)

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