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2005年10月27日 (木)

クィーン 九電記念体育館

 クィーンは「華麗なるレース」からリアルタイムで聴き始めた。
 その頃、RKBラジオのCMでは「ボヘミアンラプソディ」の「ままぁ~」のサビにつづいて「クィーン来日公演決定っ」とやっていたが、クィーンはステレオで聴くものであって、見るものではなかったので「へぇ、クィーンが福岡に来るんだぁ」というくらいに聞き流していた。

 当時はベイシティローラーズがブームで、ベイシティのスタジオライブやKISSのライブ映像がNHKの土曜夕方の特番で放映され
「ジーン・シモンズの火がすごい」

「パット・マッグリン、客席に手を振ってるのにギターが鳴っているぞ」
と目を皿のようにしてみていた。
 
エアロスミス、クィーンを含むこの4大グループが揃って全盛期を向かえていたことで世はいわゆるロックブーム。クィーンファンはベイシティファンを馬鹿にし、そのクィーンファンをイーグルスファンが「クィーンは おんな子どもの聴くもんばい」と馬鹿にするといった会話が中学生の男子と女子、時には男同士の仲を険悪なものにしていた。

 その後、
佐世保北高のフレディ・マーキュリーと呼ばれていた僕は大学に行ったら、ぴた・もっこりスーツ を着てロック・ボーカリストとして活動するために14キロのダイエットを成功させたが、学歴だけで一流企業が出世コースを約束してくれる大学には入れなかったため、ロック・バンドを断念し勉学の道をすすもうと心に誓っていた。

 ロック・ボーカリストの夢もとうに忘れてしまっていた頃、あのクィーンが来日した。
 「三度のメシよりクイーンが好き」
だった頃の僕だったら、発売と同時にチケットをゲットしただろうが、その後に出会った
佐野元春に関心が移ったことと、クィーンのアルバム「ワークス」が惨憺たるできだったことで、「あぁ、クィーン来てるんだよなぁ・・」という程度の認識にとどまっていた。


 
クィーン来日公演の初日となった九電記念公演は散々な入りとなった。この入りに怒ったクィーン側は 「明日の公演のキャンセルも辞さない」 という構えをとった。(RKBアルバイト Y氏 談)



つづき →タダでQUEEN


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