ミッキーの弁当箱
ミッキーはその日もブリキの弁当箱のふたを底にはめ込んで、90度のついたてを作って弁当をむさぼるように食べていた。
おかずをクラスメートからのぞき見られないために、いつも彼はこうして黙々と箸を口に運んでいる。
五島では給食センターが整備されていなかったため、お昼は皆、弁当を持ってきていた。給食のある学校から転校した僕は、初日のお昼に皆が弁当を広げた瞬間に固まってしまった。それならそうと、先に言って欲しかった。
クラスメートは思い思いに、好きな人どうしで机を向かい合わせにくっつけて、弁当を開く。ふとした時についたての隙間からミッキーのおかずが見えてしまったことがあったが、おかずは真っ黒に近い魚の煮付けだった。それにご飯だけはしっかりと盛られていた。日の丸弁当というのがあるが、ミッキーのそれは漢数字の「一」の字弁当だった。
僕は見てはいけないと思い、とっさに目をそらし、彼も目を伏せた。
弁当に卵焼きやソーセージを入れてくるのは、今思えば裕福な家の子どもだったのだろう。
弁当をランチジャーに持ってくる ジャイアン の気が知れなかった。なんで、あんな工事現場のおやじみたいな箱を 小学6年生が恥ずかしくもなく持ってこれるのか。もし僕が親から、「今日からこれを持っていきなさい」 と、あれを持たされたら、弁当の時間は腹が痛いとか言って、図書室に閉じこもって一人時間を過ごしただろう。
ある時誰かが思い切って 「ソーセージばくれれ」 と言うと、おぅとジャイアンが気前よくソーセージを1本渡した。その途端堰を切ったように 「おいにもくれれ」 と次から次にソーセージ、卵焼きと友達の箸が伸びた。
ジャイアンは もってけ、どろぼー と笑いながら、売れていくおかずを見送っていた。
子供の頃は、体はでかいくせにNOが言えないやつなんだと内心、軽蔑していた。
もう数十年前のできごとなのに、今頃になって、考えることがある。
あの時ジャイアンはいったいどんな気持ちだったのだろうか。
僕がまだシャーロック・ホームズの世界に遊んでいた頃、カレは既に貧富の差のボーダーにいて、苦しんでいたのかも知れない。
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