夕暮れのゴール
41km
40.1キロ最後のエイド。それまで「あれは、なんだろう?」と気になっていた白い物体を一つほおばる。
得体の知れないものは不安で手が出せないでいた。
飴をすぐ噛んでしまう僕でも、これは噛むに噛めない。あとで大会資料を確認すると「ぶどう糖」だったようだ。
これでエイド地点を書いたテープをすべて剥がし終える。一般的なマラソンでは5kmごと8箇所にエイドがあるが、荒川はさらにきめ細かく15箇所。どこにエイドがあるかを書いたテープを右手に貼っておいた。
15ヶ所すべてのエイドを利用した。
3か月前までは「僕は水分を摂らないでも大丈夫なんです」と嘯き、コーヒー以外は一滴の水も飲まなかったのが嘘のようだ。
42km
ゴールでは完走記録証に載る写真が記録される。
27キロからずっと歩いて来たのだから、今日は歩いた姿で映ろうかとも思ったが、もしもこれが最後のマラソンになったとしたら・・と思い直し、最後は走ってフィニッシュすることにする。
42という数字は日本ではゴロが悪いと敬遠されている。戦時中死線(4線)を越えるという縁起担ぎで5円玉を懐に忍ばせる兵士がいたと言う。42の線を越えたところにゴールがあるのも、日本人がマラソンに惹かれる一つの理由なのか?・・とそんなややこしいことを考える余裕はなかった。
ゴール
42キロの看板を超えるとまばらになったとは言え、応援の観客が残っている。残り195mさぁ走ろうと思ったが、その195mが走れない。足がダメになったら元も子もない。あと100m
よし、気合いだ!と声をかけて走る。幸い足は悲鳴を上げず、走れる。
目の前にゴールが迫る。
だが、夕暮れが迫り視界は暗くぼやけている。
ゴールテープがあるわけでもない。制限時間ぎりぎりに駆け込むランナーへのお座なりな拍手も聞こえない。フィニッシュはデコゴールのガッツポーズで決めようか、いや、やはりグリコポーズか?と考えていたが、そういう雰囲気ではなかった。普通のランニングフォームでゴール。
ゴールの瞬間を記録する写真機の位置は通り過ぎていることを見越して、時計を止める。
(実際にはゴールの瞬間、直後2枚の写真が記録証に入る。2枚めに時計を止めているところが映っていた)
タオルを持って駆け寄る人は居ない。
係りのおじさんが
「完走おめでとう」
「6対0で勝ったよ」
と声をかけてくれた。嬉しい。レース中、ゴールしたら泣いちゃうんじゃないかと思っていたが、ただ淡々としていた。
ん、6対0?
あぁそうか今日はWBCの決勝だったんだ。でもなんでゴール直後にそれを???
僕がマラソンに没頭していたここ数日、多くの人は野球に熱中していたのだろうか。それとも僕が着ているFCバルセロナのユニをみて、野球も好きにちがいないと思ったのか。
完走後のランナーは広いグラウンドに誘導され、そこでチャンピオンチップを回収される。しゃがんで外すことは42キロを走った足では難しいことを皆知っていて、足もとに跪いて外してくれるのが申し訳ないが、心遣いが嬉しい。
順路に沿って進むと「あらかわ水紀行」というペットボトルの水を配っていたので受け取る。この空きボトルはその後1年間、ミネラルウォーターのボトルとして愛用した。これでマラソンの手続きは終了。あとは預けておいた荷物を受け取るだけ。テントに入ると荷物置き場はがらんとしていた。
座って着替えるのは難しいなと思っていたら、ベンチを発見。急に寒さが実感された。そして着替えて歩き出すと、足が前に出なくなっていた。30分前まで「歩くなんて楽をして・・」と思っていたが、よくこの足で歩いていたものだ、僕の足よ、よく頑張ったなと声をかけた。
レース1週間前まで、ずっと不安だった。
10kmしか走ったことがないのに40kmが走れるものなのか?
だが、短いとは言えこの3か月は誰にも負けないくらい、マラソンのための階段を上った。
完走率96%という数字の4%に僕が入るとは思えない。
10km=1万mの持ちタイムから推測するタイムは6時間23分。これもぎりぎりなんとかなる数値だ。
僕は考えた。明確な不安がないことが不安なのだと。
不安を感じているのは明確な困惑がないからだ。膝の故障、落ちない体重・・と言った明確な困惑はなに一つない。ならば、いたずらに不安にとらわれる必要はない。不安があれば、微々たるこの力、その100%すら引き出せない。
最後の数週間は食生活から睡眠、生活全般において僕が守り通した誓いがある。それは「今できることをやる。できることは何でもやる」
経験は力。今僕はまた一つそれを手にした。
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