誰を待つのか、パン
車内では携帯電話で話すおじさんがいた。
今ここに携帯電話を持っているということは、携帯を持って走っていたということだ。
レースの現場で携帯を見たのは、これが初めてだった。
「あ、お疲れです。え?完走した?3時間?いやいやさすがですね」
先にゴールした仲間と話しているらしい。
自身の話はそこそこ。全く悪びれず、反省の弁を並べるわけでもない。
知らない人が見れば、沿道の応援者に見えただろう。
彼にとっては、マラソンDNF(Did Not Finished)も人生のなかではごくありきたりなできごとなのかも知れない。
初体験だから、とんでもないことになったと考えているが、これも日々の暮らしで起こる出来事の一つに過ぎないのである。
最後のエイドをバスが通りかかった。
ランナーはもうすべて行ってしまったというのに、そこには大勢のボランティアがいてバスに向かって手を振っている。飲み物、食べ物が整然と並べられていて、まるでこれからさしかかるランナーを待っているかのようだ。
美味しそうなパンが大量に置いてある。
そのまま無駄になるようなことはないだろうが、もう誰のためでもないパンが何を待っているのか、違和感があった。
ゴールには同僚が待っている約束があった。
「湘南マラソン走るんだって?応援に行ってやるよ!」
ヨットマンの彼は毎年、3月のこの週は学生のヨットレースの役員にかり出される。
今年はレース日がマラソンと重なるということで、江ノ島に車が入れなくなり大変だと言う。
彼にはゴール直前、江ノ島大橋に右折する手前で応援してくれるよう頼んでおいた。
待ってくれる人が一人でもいるレースは、誰も待っていないレースとは大きく違う。
ここ数週間、彼の野太い声に後押しされて、国道を右折し江ノ島大橋を疾走するシーンを何度も思い浮かべた。
でも僕はバスに乗って国道を走っている。
江ノ島が近づいてきた。
高い窓から沿道を探したが、彼の姿を見つけられなかった。
バスは江ノ島大橋までは行かず、ひとつ手前の信号で右折して駐車場に入った。
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